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特開2023-55681メリライト型酸化物およびその製造方法、酸素貯蔵材料、触媒
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023055681
(43)【公開日】2023-04-18
(54)【発明の名称】メリライト型酸化物およびその製造方法、酸素貯蔵材料、触媒
(51)【国際特許分類】
   C01F 17/34 20200101AFI20230411BHJP
   B01J 37/16 20060101ALI20230411BHJP
   B01J 37/04 20060101ALI20230411BHJP
   B01J 23/10 20060101ALI20230411BHJP
   C01F 17/32 20200101ALI20230411BHJP
【FI】
C01F17/34
B01J37/16 ZAB
B01J37/04 102
B01J23/10 A
C01F17/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022161082
(22)【出願日】2022-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2021164682
(32)【優先日】2021-10-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】大石 耕作
(72)【発明者】
【氏名】本橋 輝樹
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 美和
(72)【発明者】
【氏名】青木 美都
【テーマコード(参考)】
4G076
4G169
【Fターム(参考)】
4G076AA02
4G076AB07
4G076AB09
4G076BA38
4G076BA43
4G076BB03
4G076BC01
4G076BC10
4G076CA02
4G076CA11
4G076CA29
4G076DA25
4G169AA08
4G169AA09
4G169BA01A
4G169BA01B
4G169BA06A
4G169BA06C
4G169BB06A
4G169BB06B
4G169BB20C
4G169BC01A
4G169BC01C
4G169BC02B
4G169BC08A
4G169BC08C
4G169BC09A
4G169BC09B
4G169BC10A
4G169BC10C
4G169BC12A
4G169BC12B
4G169BC13A
4G169BC16A
4G169BC17A
4G169BC17B
4G169BC18A
4G169BC18C
4G169BC20A
4G169BC20C
4G169BC25A
4G169BC25C
4G169BC26A
4G169BC26C
4G169BC27A
4G169BC27C
4G169BC29A
4G169BC29C
4G169BC38A
4G169BC38C
4G169BC43A
4G169BC43B
4G169CA03
4G169CA09
4G169DA05
4G169EA01Y
4G169EC22X
4G169EC22Y
4G169EC25
4G169FA01
4G169FB05
4G169FB30
4G169FB44
4G169FB70
4G169FC02
4G169FC04
(57)【要約】
【課題】高価な金属材料を使用しないで、酸素の吸収放出機能を備えた材料を提供する。
【解決手段】本発明は、一般式A2-XCD7+δで表される組成を有しており、前記Aがセリウムであり、前記Bがアルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、マグネシウム(Mg)、インジウム(In)および希土類金属元素(Ceを除く)からなる群から選択される1種以上の元素であり、前記Cおよび前記Dが遷移金属元素、12族元素、13族元素、14族元素および15族元素からなる群から選択される1種以上の元素であり、前記Eが酸素であり、前記xが0以上2.0以下であり、前記δが-1以上1.0以下であり、電気的中性を保持する、酸素の吸収放出機能を備えたメリライト型構造の酸化物である。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
メリライト型構造を有する酸化物であって、
一般式A2-XCD7+δで表される組成を有しており、
前記Aは、セリウム(Ce)であり、
前記Bは、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、マグネシウム(Mg)、インジウム(In)および希土類金属元素(ただし、セリウムを除く)からなる群から選択される1種または2種以上の元素であり、
前記Cおよび前記Dは、遷移金属元素、12族元素、13族元素、14族元素および15族元素からなる群から選択される1種または2種以上の元素であり、
前記Eは、酸素(O)であり、
前記xは、0以上、2.0以下であり、
前記δは、-1.0以上、1.0以下であり、
前記酸化物は、電気的中性を保持する、
酸素の吸収放出機能を備えたメリライト型酸化物。
【請求項2】
前記一般式における前記Bの元素は、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)またはバリウム(Ba)から選択される、請求項1に記載のメリライト型酸化物。
【請求項3】
前記一般式における前記Cの元素および前記Dの元素は、アルミニウム(Al)またはガリウム(Ga)から選択される、請求項1に記載のメリライト型酸化物。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載されたメリライト型酸化物により構成された、酸素貯蔵材料。
【請求項5】
請求項1~3のいずれかに記載されたメリライト型酸化物により構成された、触媒。
【請求項6】
請求項1~3のいずれかに記載されたメリライト型酸化物を製造する方法であって、
前記メリライト型酸化物の原料成分を含む前駆体を調製する工程と、
還元雰囲気中で前記前駆体を加熱処理して、前記メリライト型酸化物を合成する工程と、
を含むメリライト型酸化物の製造方法。
【請求項7】
前記還元雰囲気は、一酸化炭素ガスを含む、請求項6に記載のメリライト型酸化物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ceを含有するメリライト型酸化物およびその製造方法に関する。さらに、当該酸化物が備える酸素の吸収放出特性を利用した酸素吸収放出材料(酸素貯蔵材料)または触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
酸素を含む雰囲気(本明細書は、以下、「酸素雰囲気」と記載する。)において酸素を吸収したり放出したりする性質を有する酸素不定比性化合物は、「酸素貯蔵材料」と呼ばれる。代表的な酸素貯蔵材料としては、蛍石型構造を有する二酸化セリウム(CeO)が知られている(非特許文献1)。この化合物は、CeにおけるCe3+とCe4+との価数変化により、酸素を可逆的に吸収放出する性質を有している。二酸化セリウム(CeO)は、Ce4+からCe3+への価数変化に伴って雰囲気中の酸素を吸収し、三酸化二セリウム(Ce)は、Ce3+からCe4+への価数変化に伴って雰囲気中へ酸素を放出する。具体的な反応式は、下記の式(1)のとおりである。
【0003】
Ce4+ = Ce3+1.5 + 1/4O ・・・式(1)
【0004】
酸化セリウムの有する酸素吸収放出特性は、様々な触媒において利用されており、代表的な例として自動車用三元触媒が挙げられる。三元触媒は、主触媒の貴金属が担体の金属酸化物などに担持された触媒である。自動車から排出される炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)、酸化窒素(NO)などの有害物質を分解浄化する特性を有する。エンジンに供給される空気と燃料の混合比率は「空燃比」と呼ばれる。CeOは、その酸素吸収放出特性によって貴金属触媒層が存在するミクロな空間における酸素分圧の変動を抑制し、貴金属触媒層に対する燃焼時の空燃比を調整する助触媒として重要な役割を果たしており、三元触媒の触媒活性を飛躍的に向上させる(非特許文献2)。
【0005】
排ガス中のNOxは還元されて窒素(N)に変化し、HCやCOは酸化されて二酸化炭素(CO)や水(HO)に変化して浄化される。理論空燃比よりも空燃比が小さい酸素不足側の雰囲気(燃料のリッチ雰囲気)においては、HCやCOの酸化反応が抑制される。一方、理論空燃比よりも酸素過剰側の雰囲気(燃料のリーン雰囲気)においては、NOxの還元反応が抑制される。いずれの状況も浄化効率の低下を引き起こしてしまう。
【0006】
CeOは、酸素貯蔵材料として、リッチ雰囲気では酸素を放出してHCとCOの燃焼を促進するとともに、リーン雰囲気では酸素を吸収してNOxの還元を促進する。三元触媒が機能する排ガス雰囲気中の酸素濃度のバランスを保持する役割を担っている。
【0007】
CeOを主成分とする酸素貯蔵材料の代表例としては、CeO-ZrO固溶体(CZ)が挙げられる(特許文献1)。当該CZは、水素ガスや一酸化炭素ガスなどが含まれる低酸素分圧の還元雰囲気において酸素を放出する機能を有する。CZは、白金(Pt)の担持によって還元雰囲気中での酸素の放出速度が大きく増大するため、CZには白金が使用される(非特許文献3、非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公平6-75675号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】H.C.Yao,et al,Journal of Catalysis,Vol.86(2),p254-265,(1984)
【非特許文献2】小澤正邦,セラミックス基盤工学研究センター年報,Vol.2, p1-8, (2002)
【非特許文献3】曽布川英夫ら,日本燃焼学会誌,第47巻,第140号,105-112頁,2005年
【非特許文献4】須田明彦ら,豊田中央研究所R&Dレビュー,Vol.33,No.3,1998年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の三元触媒においては、ジルコニウム(Zr)、白金(Pt)などの高価な貴金属材料が使用されている。また、Ce酸化物の酸素放出速度を高めるためにはPtの担持を必要とする。そこで、三元触媒の低価格化を図るため、これらの金属元素に代わる元素を用いた触媒材料が望まれている。
【0011】
また、セリウム酸化物に用いた従来の酸素貯蔵材料は、酸素を放出する際、酸素分圧の低い雰囲気を必要とするため、それを使用できる環境や条件が制限される。酸素貯蔵材料の用途を拡大するため、従来よりも酸素分圧が高い雰囲気においても、容易に酸素を放出することが可能であれば、酸素貯蔵材料を多種の分野への適用が期待される。
【0012】
そこで、本発明は、高価な金属材料を使用しないで、酸素の吸収放出機能を備えた材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の目的を達成するために検討した結果、蛍石型CeOと異なる結晶構造であるメリライト型構造に着目し、新規なメリライト酸化物を合成できること、酸素貯蔵性に関して当該メリライト型構造の酸化物が従来のCeOと異なる酸素の吸収放出特性を備えることを見出して、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は、下記(1)~(7)の態様を包含する。なお、本明細書において「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち「X~Y」は、「X以上Y以下」と同義である。
【0014】
(1)メリライト型構造を有する酸化物であって、
一般式A2-XCD7+δで表される組成を有しており、
前記Aは、セリウム(Ce)であり、
前記Bは、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、マグネシウム(Mg)、インジウム(In)および希土類金属元素(ただし、セリウムを除く)からなる群から選択される1種または2種以上の元素であり、
前記Cおよび前記Dは、遷移金属元素、12族元素、13族元素、14族元素および15族元素からなる群から選択される1種または2種以上の元素であり、
前記Eは、酸素(O)であり、
前記xは、0以上、2.0以下であり、
前記δは、-1.0以上、1.0以下であり、
前記酸化物は、電気的中性を保持する、
酸素の吸収放出機能を備えたメリライト型酸化物。
【0015】
(2)前記一般式における前記Bの元素は、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)またはバリウム(Ba)から選択される、上記(1)に記載のメリライト型酸化物。
【0016】
(3)前記一般式における前記Cの元素および前記Dの元素は、アルミニウム(Al)またはガリウム(Ga)から選択される、上記(1)または(2)に記載のメリライト型酸化物。
【0017】
(4)上記(1)~(3)のいずれかに記載されたメリライト型酸化物により構成された、酸素貯蔵材料。
【0018】
(5)上記(1)~(3)のいずれかに記載されたメリライト型酸化物により構成された、触媒。
【0019】
(6)上記(1)~(3)のいずれかに記載されたメリライト型酸化物を製造する方法であって、
前記メリライト型酸化物の原料成分を含む前駆体を調製する工程と、
還元雰囲気中で前記前駆体を加熱処理して、前記メリライト型酸化物を合成する工程と、
を含むメリライト型酸化物の製造方法。
【0020】
(7)前記還元雰囲気は、一酸化炭素ガスを含む、上記(6)に記載のメリライト型酸化物の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、温度の変動または雰囲気の変更に応じて酸素の吸収および放出が繰り返し可能である酸素貯蔵材料を提供する。また、従来の酸素貯蔵材料と異なり、還元ガス含有雰囲気だけでなく、酸素分圧が十分に低くない雰囲気下においても酸素を放出する材料を提供する。また、本発明に係るメリライト型酸化物は、高価な元素を含有しない組成によって構成することができるので、安価な材料を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本実施形態に係るメリライト型酸化物のメリライト構造を説明するための図である。
図2】従来のCe酸化物の蛍石型構造を説明するための図である。
図3】本実施形態に係るメリライト型酸化物を合成するために使用される焼成装置の一例を示す模式図である。
図4】実施例の試験例1においてメリライト型酸化物のXRDパターンを示す図であり、(a)は、化合物No.1~No.5のXRDパターンを示し、(b)は、化合物No.6およびNo.7のXRDパターンを示す図である。
図5】実施例の試験例2においてメリライト型酸化物の酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図6】実施例の試験例3において雰囲気の種類による影響を示す図である。
図7】実施例の試験例4においてメリライト型酸化物の格子定数の変化を示す図であり、(a)は、測定角度の全体を示す図であり、(b)は、測定角度の一部を示す図である。
図8】実施例の試験例5において置換化合物の一例である化合物No.6による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図9】実施例の試験例5において置換化合物の一例である化合物No.7による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図10】実施例の試験例5において化合物No.1による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図11】実施例の試験例6において化合物No.6による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図12】実施例の試験例6において化合物No.7による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図13】実施例の試験例6において化合物No.1による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図14】実施例の試験例7において化合物No.6の雰囲気による影響を示す図である。
図15】実施例の試験例7において化合物No.7の雰囲気による影響を示す図である。
図16】実施例の試験例7において化合物No.1の雰囲気による影響を示す図である。
図17】実施例の試験例8において置換化合物の一例である化合物No.8による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図18】実施例の試験例8において化合物No.8による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図19】実施例の試験例8において化合物No.1による酸素の吸収特性および放出特性を示す図である。
図20】従来材料であるCZの酸素吸収放出に関する性能を示す図である。
図21】従来材料であるCeOの酸素吸収放出に関する性能を示す図である。
図22】CZの酸素吸収放出に関する性能を示す図である。
図23】CeOの酸素吸収放出に関する性能を示す図である。
図24】CZの雰囲気による影響を示す図である。
図25】CeOの雰囲気による影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態(以下、「本実施形態」という。)について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において適宜変更を加えて実施することができる。
【0024】
(メリライト型酸化物)
本実施形態に係るメリライト型酸化物は、メリライト型構造を有する酸化物であって、一般式A2-XCD7+δで表される組成を有しており、
前記Aは、セリウム(Ce)であり、前記Bは、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、マグネシウム(Mg)、インジウム(In)および希土類金属元素(ただし、セリウムを除く)からなる群から選択される1種または2種以上の元素であり、前記Cおよび前記Dは、遷移金属元素、12族元素、13族元素、14族元素および15族元素からなる群から選択される1種または2種以上の元素であり、前記Eは、酸素(O)であり、前記xは、0以上、2.0以下であり、前記δは、0以上、1.0以下であり、前記酸化物は、電気的中性を保持する、酸素の吸収放出機能を備えたメリライト型酸化物である。
【0025】
(メリライト型構造)
メリライト型構造とは、金属(M)-酸素(O)の四面体4配位構造(MO)を基本骨格とする結晶構造である。本実施形態に係る酸化物におけるメリライト型構造は、図1に示すように、一般式A2-XCD7+δで表される組成のとおり、「A」のCe元素と「B」のアルカリ金属元素等が中心を占め、「C」および「D」の遷移金属元素等が2種類の四配位サイトに配置される。これらのサイトをそれぞれ「2aサイト」および「4eサイト」と呼ぶ。図1は、メリライト型酸化物のab面における構成元素の配置の模式図である。図1は、c軸方向から、メリライト型酸化物のab面を見たものに相当する。
【0026】
従来のCeOは、図2に示すように蛍石型構造を有する。セリウムイオンが中心に配置され、その周囲の4配位位置の8か所に酸素イオンが配置された立方晶構造である。
【0027】
(酸化物の組成)
本実施形態に係るメリライト型酸化物は、一般式A2-XCD7+δで表される組成を有している。ここで、前記Aは、セリウム(Ce)であり、前記Bは、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素および希土類金属元素(ただし、セリウムを除く)の群から選択される1種または2種以上の元素である。なお、一般式における「A」~「E」の記載は、当該酸化物の構成要素群を示す符号であって、元素記号を示す符号ではない。
【0028】
前記Bのアルカリ金属元素は、周期表の1族に属する元素をいう。例えば、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)等の元素である。
【0029】
前記Bのアルカリ土類金属は、周期表の2族に属する元素をいう。例えば、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)等の元素である。
【0030】
前記Bの希土類金属(ただし、セリウムを除く)は、セリウムを除く周期表の3族およびランタノイド系列に属する元素をいう。例えば、スカンジウム(Sc)、ランタン(La)、イットリウム(Y)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)等の元素である。
【0031】
前記Cおよび前記Dは、遷移金属元素、12族元素、13族元素、14族元素および15族元素からなる群から選択される1種または2種以上の元素である。前記Cおよび前記Dの遷移金属元素は、周期表の3族~11族に属する元素をいう。前記Cおよび前記Dとしては、例えば、亜鉛(Zn)、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、リン(P)、インジウム(In)等の元素を選択することができる。前記Cおよび前記Dは、いずれも同じ元素を選択してもよく、あるいは、それぞれ異なる元素を選択してもよい。
【0032】
本実施形態に係る一般式の組成における前記xは、0以上、2.0以下であることが好ましい。当該xの範囲は、本実施形態に係るメリライト型酸化物の結晶構造を構成するイオンの価数によって決定される。上限のx=2.0である組成は、3価のCe3+が結晶構造のAサイトを100%占有する酸化物を意味する。例えば、A=Ce1.5Na0.5のようなメリライト型酸化物を容易に合成できることから、xは、1.5以下であることがさらに好ましい。
【0033】
本実施形態に係る一般式の組成における前記δは、-1.0以上、1.0以下であることが好ましい。δの範囲は、本実施形態に係るメリライト型酸化物の結晶構造を構成するイオンの価数によって決定される。当該δの理論的な上限は、δ=1.5であり、例えば、(Ce4+Al8.5のような全ての過剰酸素サイトを占有する組成を意味する。しかし、このような組成は不安定である。そのため、δは、1.0以下であることが好ましく、例えば、A=Ce1.5Na0.5のようなメリライト型酸化物の合成が容易であることから、δは、0.75以下であることがさらに好ましい。
【0034】
さらに、酸化物組成に応じて、δは、0.5以下、または0.1以下であることが好ましい。例えば、「CeCa0.80.2Al」のようなCaがM元素で置換されたメリライト型酸化物において、M元素として、3価の元素(Sc、Y、La、Eu、Dy、Yb、Inなど)が含有される場合、酸素組成は、「O7.1」のように7.0を超える範囲となり、δ=0.1である。他方、M元素として、1価のアルカリ金属元素(Li、Na、K、Rb、Cs)が含有される場合は、酸素組成が「O6.9」のように7.0未満の範囲となり、δ=-0.1である。そのため、δは、0以下の範囲を含む-1.0以上であることが好ましく、酸化物組成に応じて、-0.5以上または-0.1以上であることが好ましい。
【0035】
本実施形態に係るメリライト型酸化物は、電気的中性を保持している。電気的中性を保持するために、一般式の「A」、「B」、「C」および「D」の各成分におけるプラス電荷の総和は、「E」の酸素(O)のマイナス電荷と相殺される必要がある。例えば、上記プラス電荷の総和が「7+δ」の2倍である「14+2δ」に相当するように、酸化物の組成が決定される。
【0036】
本実施形態に係る一般式における前記Bの元素は、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)またはバリウム(Ba)から選択されることが好ましい。これらの元素を含むことにより、δ値の増大を抑制し、メリライト型酸化物を安定化させる効果が得られる。
【0037】
本実施形態に係る一般式における前記Cおよび前記Dの元素は、アルミニウム(Al)またはガリウム(Ga)から選択されることが好ましい。このような4配位を好む元素を含むことにより、メリライト型酸化物を安定化させる効果が得られる。
【0038】
(酸素の吸収放出性能)
本実施形態に係るメリライト型酸化物は、従来の酸素貯蔵材料であるCeOと同様に、CeのCe4+とCe3+との価数変化により酸素吸収放出性能を示す材料である。しかし、酸素の放出特性については、従来のCeOが低い酸素分圧の雰囲気下でのみ酸素放出が可能であるのに対し、本実施形態に係るメリライト型酸化物は、還元ガス含有雰囲気だけでなく、酸素分圧が低くない雰囲気下であっても酸素の放出が可能である。この点で、従来のCeOと大きく異なる性能を備えている。
【0039】
(製造方法)
本実施形態に係るメリライト型酸化物を製造する方法は、特に限定されない。メリライト型酸化物の原料成分を含む前駆体を調製する工程と、還元雰囲気中で前記前駆体を加熱処理して、前記メリライト型酸化物を合成する工程と、を含むことが好ましい。例えば、以下に説明するような溶液法によってメリライト型酸化物を製造することができる。
【0040】
(1)前駆体の調製工程
メリライト型酸化物の原料成分を含む前駆体を調製する工程は、目的生成物のメリライト型酸化物に含まれる金属元素を含む前駆体を得ることができるならば、特に限定されない。
【0041】
(1-1)原料溶液の調製
例えば、目的生成物に含まれる金属元素の化学量論比と同様になるように、それぞれの金属源を純水中に添加し、さらにクエン酸を加えて均一となるように撹拌し、原料成分を含む原料溶液を作製することができる。使用される金属源の態様は、特に限定されない。例えば、当該金属元素の硝酸塩を用いることができる。
【0042】
当該原料溶液におけるクエン酸の添加量は、原料溶液中の金属イオンに対し、モル比で3~5倍とすることが好ましい。クエン酸の添加により、クエン酸ゲルを作製することができる。
【0043】
(1-2)仮焼処理
得られたクエン酸ゲルは、大気雰囲気での加熱処理により蒸発乾固させて、乾燥粉末とすることが好ましい。加熱温度は、特に限定されない。例えば、80~150℃の範囲で加熱すればよく、100~130℃の範囲でもよい。加熱手段としては、所定温度に設定した恒温槽を使用できる。
【0044】
得られた乾燥粉末は、それに含まれる有機分を分解除去するための加熱処理が施される。本明細書は、この加熱処理を「仮焼処理」という。仮焼処理のための加熱温度は、有機物が燃焼分解する温度であれば限定されない。例えば、250~600℃の範囲であればよく、400~500℃の範囲でもよい。加熱手段としては、例えば、マントルヒータを使用できる。
【0045】
本明細書は、仮焼処理により得られた粉末を、「仮焼粉」という。仮焼粉に含まれるCeの価数は、Ce4+である。仮焼粉は、その後の取り扱いを容易にするため、圧粉成形して適宜の形状に成形してもよい。例えば、錠剤成形手段によって錠剤状の仮焼体を作製することができる。この仮焼粉および仮焼体は、本実施形態に係る前駆体に相当する。
【0046】
(2)加熱処理による合成工程
還元雰囲気中で前駆体を加熱処理して、メリライト型酸化物を合成する工程は、この処理条件を満たすものであれば、特に限定されない。当該前駆体を還元雰囲気中で加熱処理することによって、目的とするメリライト型酸化物が得られる。合成工程では、例えば、以下に説明するような加熱処理を施してもよい。
【0047】
(2-1)本焼成処理
前駆体の仮焼粉に含有されるCe4+をCe3+へ還元するために、強い還元力を有する雰囲気(以下、「強還元雰囲気」という。)の中で仮焼粉(仮焼体)を加熱して焼成することが好ましい。本明細書は、このような加熱処理を「本焼成処理」という。本焼成処理によって仮焼体が還元されて、仮焼体に含まれるCe価数のCe4+がCe3+へ変化するにともない、メリライト型の結晶構造を有する酸化物が合成され、目的とするメリライト型酸化物が得られる。
【0048】
本焼成処理における強還元雰囲気の生成方法としては、例えば、粒状炭素の不完全燃焼によって一酸化炭素ガス(COガス)を生成する操作が好ましい。焼成用容器の中に仮焼体と粒状炭素を配置した後、当該焼成用容器を加熱炉(例えば、箱型炉)内に入れて所定温度で加熱する。この加熱によって、粒状炭素が不完全燃焼を起こし、焼成用容器中に一酸化炭素ガスが充満する。このような加熱方法によって、仮焼体を強還元雰囲気中に保持しながら、所定条件で本焼成処理を施すことができる。
【0049】
図3は、本焼成工程において使用される焼成用容器の一例を示す模式図である。焼成用容器は、大きさの異なる2組の鞘(さや)と蓋とを組み合わせている。蓋は、その自重により鞘の上に載置し、焼成用容器の中にほぼ密閉された空間が形成される。鞘および蓋は、セラミックス製である。図3に示すように、鞘2と蓋3とを組み合わせた内側容器5の外側には、鞘6と蓋7とを組み合わせた外側容器8が配置されている。内側容器5および外側容器8の中に所定量の粒状炭素9が積まれている。内側容器5の中の中央付近に置かれた粒状炭素9の上には、角板4が設置されており、仮焼体10が角板4の上に載置された状態で本焼成処理が施される。仮焼体の置かれた雰囲気は、内側容器および外側容器によって二重に囲まれているので、内部ガスの漏出と外部ガスの侵入が防止されて強還元雰囲気を保持できる。
【0050】
本焼成処理を行う加熱条件は、特に限定されない。例えば、加熱温度は、800~1000℃であればよく、850~950℃でもよい。加熱時間は、8~16時間であればよく、10~14時間でもよい。
【0051】
(3)特性の測定と評価
加熱処理工程によって得られたメリライト型酸化物の試料(以下、単に「試料」という。)は、その特性を評価するため、以下に説明するような測定が行われる。
【0052】
(3-1)X線回折(XRD)による測定
試料の結晶構造に関しては、XRDパターンにより結晶面ピークの位置を測定し、メリライト型構造の有無を確認することができる。さらに、ピーク位置の角度に基づいて格子定数を算出し、物質固有値である単位格子の大きさを調べることができる。
【0053】
(3-2)熱重量(TG)分析による測定
酸素の吸収および放出が周期的に変化する特性(以下、「酸素吸収放出サイクル特性」という。)に関しては、熱重量(TG)分析装置を用いて試料の重量変化を測定することによって、酸素の吸収放出にともなう重量変化を知ることができる。具体的には、酸素雰囲気下に試料を配置し、雰囲気温度を周期的に上昇および降下を繰り返しながら、試料の「重量変化量(wt%)」を測定する。試料は、酸素の吸収と放出によって、その重量が変化する。雰囲気の温度を周期的に変動させながら、試料の重量変化を測定することにより、温度変化と関係する酸素吸収放出サイクル特性について調べることが可能である。
【0054】
試料を酸素雰囲気中に保持する場合、試料の配置された容器中に所定量の酸素ガスを流して、試料を所定濃度の酸素雰囲気に曝すことができる。例えば、管状の電気炉内に試料を配置し、電気炉の中に酸素ガスを一定速度で流通させながら、電気炉の加熱および冷却を繰り返すことにより、酸素雰囲気中において試料を所定の温度条件に保持することができる。冷却するときは、電気炉の通電を停止して自然放冷すればよい。電気炉内の温度を測定しながら、昇温速度と冷却速度を制御する。
【0055】
(用途)
本発明に係るメリライト型酸化物は、温度変化に応じて酸素の吸収と放出を繰り返す性質を有している。さらに、還元ガス含有雰囲気などの酸素分圧が低い雰囲気に限らず、酸素分圧が低くない雰囲気においても酸素を放出する機能を備えている。そのため、本発明に係るメリライト型酸化物は、従来のセリア(CeO)と異なる酸素吸収放出性能を活用して、Ceの価数変化による酸化還元反応や結晶中の酸素が関連する触媒反応において特異な特性を示す可能性がある。例えば、酸素吸収放出による酸素を利用した触媒、結晶内の酸化物イオン伝導を利用した材料、排ガス浄化触媒などの触媒、酸素分離装置、酸素除去装置、酸素選択装置、酸素富化装置等への適用を期待できる。
【0056】
本実施形態に係るメリライト型酸化物は、CaやAlなどの安価な元素で構成されている。Ptなどの高価な貴金属を使用しなくても、従来の酸素貯蔵材料と同程度の酸素吸収放出性能を備えた材料を安価に提供できる。
【実施例0057】
本発明に係る実施例について説明する。本発明は、以下の記載に限定されない。なお、本明細書は、以下、実施例に係るメリライト型酸化物を「化合物」と記載することもある。
【0058】
1.化合物No.1~No.7の作製と当該化合物の特性
(試料の化学式)
以下の化学式を有する化合物No.1~No.7の各試料を作製した。なお、化合物No.1~No.7の化合物を示す際は、化学式に代えて、付記した括弧内の符号により記載することがある。
化合物No.1:CeCaAl(CCA化合物)
化合物No.2:CeSrAl(CSA化合物)
化合物No.3:CeCaGa(CCG化合物)
化合物No.4:CeSrGa(CSG化合物)
化合物No.5:CeBaGa(CBG化合物)
化合物No.6:Ce1.2Ca0.6Na0.2Al
化合物No.7:CeCa0.8Na0.2Al6.9
【0059】
(試料の作製)
化合物No.1~No.7の各試料は、「溶液法」により作製した。
(1)原料溶液の調製
以下の試薬を用いて、Ce、Ca、Sr、Ba、Na、AlおよびGaの各成分を含む金属源溶液を調製した。
Ce源:Ce(NO・6HO(純度99.9%、高純度化学研究所)
Ca源:Ca(NO・4HO(純度99.99%、高純度化学研究所)
Sr源:Sr(NO(純度99.9%、富士フイルム和光純薬)
Ba源:BaCO(純度99.9%、富士フイルム和光純薬)
Na源:NaNO(純度99.0%、富士フイルム和光純薬)
Al源:Al(NO・9HO(純度99.9%、富士フイルム和光純薬)
Ga源:Ga(NO・HO(純度99.9%、高純度化学研究所)
クエン酸C(純度不明、富士フイルム和光純薬)
L-乳酸C(純度不明、富士フイルム和光純薬)
【0060】
上記のCe、Ca、Sr、Na、AlおよびGaの各硝酸塩の試薬と、上記の炭酸バリウム(BaCO)を乳酸(LA)水溶液に溶解させた試薬とを、超純水に溶解して、それぞれの金属源溶液として1molの溶液を調製した。その後、目的生成物の化学式中における成分イオンの化学量論比と同様の仕込み比となるように、各成分の金属源溶液を所定量で分取し、さらに、金属イオン総量の3倍モル量に相当するクエン酸を添加し、原料溶液を得た。なお、Ga源については、Ga酸化物が高温下および低酸素分圧下において揮発性を有するため、Ga硝酸塩を6mol%過剰の量を添加した。
【0061】
(2)仮焼処理
当該原料溶液を120℃に設定された恒温槽内に収容し、大気中での加熱処理によって、原料溶液を蒸発乾固させて乾燥粉末を得た。その後、当該乾燥粉末を450℃で加熱する仮焼処理を施して、当該乾燥粉末に含まれる有機成分を燃焼分解除去した。仮焼粉を圧粉成形して錠剤状の仮焼体を作製し、次の本焼成処理に供した。なお、仮焼粉に含まれるCeの価数は、Ce4+であった。
【0062】
(3)本焼成処理
仮焼粉に含有されるCe4+をCe3+へ還元するために、図3に示すような焼成用容器1を用いて、強還元雰囲気を生成し、仮焼体に本焼成処理を施した。焼成用容器1は、鞘2と蓋3とを組み合わせた内側容器5の外側に、鞘6と蓋7とを組み合わせた外側容器8が配置されており、蓋3,7は、自重により鞘2,6の上に載置している。内側容器5および外側容器8の中に粒状炭素9が配置されている。当該粒状炭素の不完全燃焼によって一酸化炭素ガス(COガス)を発生し、強還元雰囲気が生成されて保持された。仮焼粉10を含む仮焼体は、内側容器5の中に設置された角板4の上に配置され、強還元雰囲気の中で、800℃~1000℃、12時間の本焼成処理が行われた。本焼成処理によって得られた試料は、その特性を調べるため、以下の試験例1~4に示す測定および評価試験に供された。
【0063】
(試験例1) XRDパターンの測定
化合物No.1~No.7の各試料を粉末X線回折法により測定した。なお、X線回折は、X線源としてCuKα線を使用し、X線出力が40kV、40mA、スキャン速度が10°/min、ステップ幅が0.02°の条件でX線回折(XRD)パターンを測定した。
【0064】
図4の(a)は、化合物No.1~No.5の各試料のXRDパターンを示し、図4の(b)は、化合物No.6と化合物No.7の各試料のXRDパターンを示したものである。図4の(a)と(b)に示すように、いずれの試料のXRDパターンにおいても、メリライト型構造に由来する110、111、201、211、220、002、310、212、400、410、330および312の各結晶面のピークが明瞭に現れていたことから、化合物No.1~No.7の試料の酸化物は、本発明の範囲に含まれるメリライト型構造を有する化合物であることを確認できた。また、得られたXRDパターンに基づいて、これらの化合物の格子定数(単位Å)を求めて、後記する表2に示した。
【0065】
(試験例2) 酸素吸収放出サイクル特性に関する測定と評価
次に、酸化物の酸素吸収放出サイクル特性を評価するため、化合物No.1の試料(CCA化合物、以下、「試料1」という。)を用いて、上述した熱重量(TG)分析による測定方法に基づき、試料1の重量変化を測定し、周囲温度に対する重量変化量(%)を得た。測定装置として示差熱天秤(TG-DTA)を用いた。試料1が配置された管状の電気炉の中に酸素100%ガスを100mL/minの流量で供給し、試料1を100%酸素ガスの酸素雰囲気に曝した。電気炉による加熱と自然放熱による冷却とを繰り返して、試料1の温度変化を制御した。
【0066】
図5は、試料1のTG分析による測定結果を示したものである。図5における左縦軸の目盛りが重量変化量(wt%)、右縦軸の目盛りが温度(℃)、横軸の目盛りが時間(min)である。図5の線22は、周囲温度の変化を示しており、線21は、温度変化に応じた試料1の重量変化を示している。
【0067】
周囲温度は、25℃(室温)と700℃との間で周期的に変化させた。25℃を起点として昇温を開始して700℃に到達した後、降温させて25℃に至るまでを1サイクルとした。その後、同様に複数サイクルの温度変化を与えた。1サイクル当たりの経過時間は、約290minであり、1サイクルの昇温過程および降温過程の経過時間は、昇温過程が約135min、降温過程が約155minであった。
【0068】
図5に示されるように、1サイクル目は、その昇温過程において、重量変化量が増加傾向を示し、約450℃に至ると、最大の約1.2wt%の重量変化量まで増加した。450℃に達した以降は、温度の上昇にともない重量変化量は減少傾向に転じて、約700℃において重量変化量が約0.2wt%となるまで重量が減少した。このように、450℃から700℃への昇温によって約0.8wt%の重量減少が生じた。次に、700℃からの降温過程において、重量変化量は増大傾向に転じた。温度25℃に至ると、重量変化量は、約1.0wt%まで増加した。
【0069】
本実施例では、1サイクル目における酸素吸収量および酸素放出量の最大値を、それぞれ「酸素吸収量」および「酸素放出量」という。後記する表2において、化合物No.1の酸素吸収量と酸素放出量を示した。なお、表2に記載された「測定条件」欄の「1」は、図5のような昇温時の最高温度:700℃、昇温時間:135minである測定条件1を指している。
【0070】
次の2サイクル目および3サイクル目においても、1サイクル目とほぼ同様の重量変化が見られた。すなわち、昇温過程においては、25℃から450℃へ至るまで、1サイクル目の重量変化量(約1.0wt%)がほぼ維持された。450℃に達した以降は、重量変化量が減少傾向に転じて、700℃に至るまで重量が減少した。そして、700℃からの降温過程では重量変化量が増加傾向に転じて、温度25℃に至ると、重量変化量は、約1.0wt%まで増加した。
【0071】
このように、試料1の化合物において、周期的な温度変化に伴って重量変化の増加と減少が繰り返されることを確認できた。後記する試験例4において説明するように、このサイクル的な重量変化は、試料1の酸化物において、Ce4+とCe+3とのCe価数変化にともない、酸素原子が当該酸化物の結晶構造に対して挿入および脱離を繰り返すこと、すなわち、酸素の吸収と放出が繰り返されたことに起因すると推測される。このことから、本発明の範囲に含まれる試料1のメリライト型酸化物は、温度変化に伴って酸素の吸収と放出を行う機能を有する材料であって、従来のセリア(CeO)で見られない特異の酸素吸収放出サイクル特性を備えていた。
【0072】
(試験例3) 雰囲気による酸素吸収放出特性の変化
次に、酸素吸収放出特性に対する雰囲気変更による影響を調べた。具体的には、試料1(CCA化合物)を用いて、400℃で480分間、酸素雰囲気中に保持した後、窒素雰囲気に切換えるとともに、600℃へ昇温させて、試料1の重量変化を測定した。
【0073】
図6は、その測定結果を示したものである。図6に示されるように、酸素雰囲気中の400℃で保持される時間の経過にしたがい、試料1の重量変化量が増加し、480分間の保持により約1.4wt%に到達した。その後、酸素雰囲気を窒素雰囲気へ変更した。それに合わせて、酸素放出を促進させるため、温度を600℃まで上昇させた。(なお、試料1は、この雰囲気変化がなくても、試験例2の図5に示されるように、400℃から600℃への昇温によって酸素放出を誘起することができる。)
【0074】
上記の試験条件の変更に伴い、試料1の重量変化量は、減少傾向に転じて、約5分後には、重量変化量がゼロとなり、約1.4wt%の重量減少を示した。このような重量変化量の増減は、試料1のCCA化合物における酸素吸収放出に起因する重量変化であると考えられる。上記の試験結果により、本化合物が可逆的に酸素を吸収放出する性質を備えることを確認できた。
【0075】
(試験例4) ピーク角度と格子定数の測定
試料1のCCA化合物を用いて、100%酸素ガスの酸素雰囲気中に350℃、70時間で保持する処理を施した(以下、この処理を「酸素アニール処理」という。)。酸素アニール処理を行う前の試料1(「酸素放出相」という。)および酸素アニール処理を行った後の試料1(「酸素吸収相」という。)について、XRDパターンを測定し、得られたXRDパターンに基づいてピーク位置の角度2θと格子定数を求めた。
【0076】
図7は、酸素放出相と酸素吸収相の各XRDパターンを示しており、図7の(a)が2θ=10°~60°のパターンであり、図7の(b)が2θ=30.5°~32.0°のパターンであり、横軸の寸法を図7(a)よりも拡大して示している。図7(b)のXRDパターンに基づいて得られた211結晶面のピーク位置の角度2θ(°)と、図7(a)のXRDパターンに基づいて算出された、a軸方向、b軸方向およびc軸方向における格子定数(単位Å)を表1に示す。なお、表1に記載した格子定数の数値において、その末尾に括弧で示した数値は、最小桁における不確かさの範囲を示す略記である。例えば、酸素放出相の7.7896(2)は、7.7896±0.0002を意味する。
【0077】
【表1】
【0078】
酸素放出相と酸素吸収相における各測定結果を比較した。表1に示されるように、試料1は、酸素放出相に酸素アニール処理が施された後、酸素吸収相においてピーク位置が高角度側へ0.35°移行し、さらに格子定数が減少した。これらの変化割合は、ピーク位置角度の変化が約1.1%、格子定数の変化量がa軸方向およびb軸方向に約1.0%の減少、c軸方向に約0.9%の減少という程度であった。また、図7の(a)に示されるように、酸素アニール処理の前後における各ピークの強度比は、ほぼ同じ程度であった。
【0079】
これらのピーク位置およびピーク強度に関する測定結果から見て、XRDパターン全体の形状は、酸素アニール処理の前後において、ほぼ同じであったことから、試料1のメリライト型酸化物は、酸素アニール処理の前後で、メリライト結晶構造という基本骨格に変化が起きなかったと推測できる。結晶構造の原子配置に変化がなく、酸素原子だけが結晶構造内に吸収されたと考えられる。
【0080】
そして、XRDパターンのピーク位置の変化量から格子定数の変化量が得られる。格子定数の減少は、サイズの大きなCe3+イオンが小さなCe4+イオンへ変化したことに起因すると考えられる。このCeの価数変化は、従来のセリア(CeO)と同様に、Ce原子の価数変化による酸素量の増加を示している。
【0081】
(試験例5) Naで置換された化合物の作製とその特性
化合物No.1(CCA)の組成は、「CeCaAl」であり、一般式の「B」としてCaが選択されている。化合物No.6(Ce1.2Ca0.6Na0.2Al)および化合物No.7(CeCa0.8Na0.2Al6.9)の各試料は、CCAにおけるCaの一部がNaで置換された化合物(以下、「Na置換化合物」と記載する。)の一例である。本明細書では、他の元素で置換された化合物を「置換化合物」と言うこともある。そして、化合物No.7は、電気的中性を保持するために酸素が「O」よりも少ない「O6.9」である。本明細書では、酸素が「O」よりも少ない化合物を「酸素欠損型」の化合物と言うこともある。
【0082】
試験例1におけるXRDパターンの測定によると、化合物No.6、化合物No.7の格子定数(単位Å)は、後記する表2に示すとおりであった。いずれもNaの置換によって格子定数が増大したことが分かる。これは、Naのイオン半径(1.18Å)がCa2+のイオン半径(1.12Å)およびCe3+のイオン半径(1.14Å)よりも大きいことに起因すると考えられる。(上記のイオン半径の各数値は、「R.D.Shannon et al.,Acta Cryst. A 32 751 (1976)」を参照した。)
【0083】
化合物No.6およびNo.7の各試料を用いて、酸素吸収放出サイクル特性を調べた。最高温度及び昇温時間の設定条件を除いて、試験例2と同様の手順により、周囲温度を周期的に変化させて、重量変化量(wt%)を測定した。1サイクルにおける昇温時の最高温度が600℃、昇温時間が約115minにより温度を変化させた。降温過程においても昇温過程とほぼ同じ時間で温度を変化させた。また、化合物No.1(CCA)を用いて、化合物No.6およびNo.7と同様の測定条件により重量変化量を測定した。昇温および降温の1サイクル目における重量変化について、それらの測定結果を図8図10に示す。図8が化合物No.6の測定結果であり、図9が化合物No.7の測定結果であり、図10が化合物No.1の測定結果である。
【0084】
図8図10によると、化合物No.6、化合物No.7および化合物No.1は、その重量変化量が類似した傾向を示した。すなわち、重量変化量は、室温からの温度上昇にともない増大した後、昇温過程の途中で減少に転じて600℃へ到達した。次いで、600℃から温度が下降する過程では、重量変化量は増加傾向に転じた。或る温度に至った後、ほぼ一定のレベルを保持した。上記の昇温過程において重量変化量が増加傾向から減少傾向へ転じる挙動は、酸素吸収放出の発現を示しているので、この付近の温度範囲において酸素貯蔵材料として利用することができる。そこで、本明細書では、重量変化の傾向が転じる温度を「動作温度」という。化合物No.6、化合物No.7および化合物No.1の各動作温度は、550℃、560℃、440℃であった。化合物No.6およびNo.7のNa置換化合物は、化合物No.1(CCA)に比べて動作温度が高温側へ移動した。高温域において酸素吸収放出特性を利用する分野への応用が期待できる。
【0085】
試験例2において説明したように、図8図10に示された重量変化量は、化合物No.6等に吸収および放出された酸素の変化量に相当すると見なせる。よって、1サイクル目における酸素吸収量および酸素放出量の最大値である「酸素吸収量」と「酸素放出量」について、化合物No.6およびNo.7の酸素吸収量と酸素放出量は、後記する表2に示したとおりであった。化合物No.6のNa置換化合物は、酸素吸収量が化合物No.1(CCA)よりも酸素吸収量が増加した。
【0086】
(試験例6) Na置換化合物の酸素吸収放出サイクル特性に関する測定と評価
試験例5の測定は、試験例2のように複数サイクルに亘って行われた。図11図13は、試験例5における1サイクル以降の測定結果を示したものである。図の線42は、周囲温度の変化を示しており、線41は、温度変化に応じた試料の重量変化を示している。図11が化合物No.6の測定結果であり、図12が化合物No.7の測定結果であり、図13が化合物No.1の測定結果である。化合物No.6およびNo.7のNa置換化合物は、温度変化に応じて酸素の吸収と放出を繰り返しており、化合物No.1と同様の傾向を示した。
【0087】
(試験例7) Na置換化合物の雰囲気変化による酸素吸収放出特性の変化
試験例5及び6において用いた化合物について、酸素吸収放出特性に対する雰囲気変更による影響を調べた。具体的には、化合物No.6、化合物No.7および化合物No.1を用いて、窒素雰囲気中に60分間で保持した後、酸素雰囲気へ切り替えて酸素雰囲気中に120分間で保持した。その後、再度、窒素雰囲気へ切り替えて窒素雰囲気中に60分間で保持した。この試験の温度は、試験の開始から終了まで240分間、480℃に保持された。このような雰囲気を変化させながら、試料の重量変化を測定した。
【0088】
図14図16は、それらの測定結果を示したものである。図14が化合物No.6の測定結果であり、図15が化合物No.7の測定結果であり、図16が化合物No.1の測定結果である。これらの図に示されるように、酸素雰囲気中に480℃で保持される時間の経過にしたがい、化合物の重量変化量が増加し、120分間の保持によって約1.0~1.4wt%の重量変化量が得られた。次に酸素雰囲気を窒素雰囲気へ変更した後は、酸素が放出されて重量変化量の減少へ転じた。
【0089】
2.化合物No.8~No.29の作製と当該化合物の特性
(試験例8) Scで置換された化合物の作製とその特性
次に、「CeCa0.8Sc0.2Al7.1」の組成を有する化合物No.8を作成した。これは、化合物No.1(CCA)の組成におけるCaの一部をScで置換された化合物である。化合物No.8は、電気的中性を保持するために酸素が「O」よりも多い「O7.1」である。本明細書では、酸素が「O」よりも多い化合物を「酸素過剰型」の化合物と言うこともある。
【0090】
Sc源としてのSc(純度99.9%、高純度化学研究所)を硝酸に溶解させた試薬を、超純水に溶解して、1molの金属源溶液を調製した。その後、化合物No.1等と同様の手順により、原料溶液を調製した後、仮焼成処理および本焼成処理を行い、化合物No.8の試料を得た。焼成温度は、800℃とした。そして、当該試料について、試験例1と同様の手順により、XRDパターンを測定した。化合物No.8のXRDパターンを図17に示す。図17に示すように、XRDパターンにおいて、メリライト型構造に由来する110、111、201、211、220、002、310、212、400、410、330および312の各結晶面のピークが明瞭に現れており、化合物No.8の酸化物は、本発明の範囲に含まれるメリライト型構造を有する化合物であることを確認した。また、格子定数は、後記する表3に示した。
【0091】
化合物No.8の試料を用いて、酸素吸収放出サイクル特性を調べた。試験例2と同様の手順により、周囲温度を周期的に変化させて、重量変化量(wt%)を測定した。昇温および降温からなる1サイクル目における重量変化について、その測定結果を図18に示す。化合物No.1の測定結果(図5)における1サイクル目の測定結果を図19に示す。
【0092】
図18および図19に示されるように、化合物No.8の測定結果は、化合物No.1と類似した様相を呈した。重量変化量は、昇温過程では昇温にともなって増加した後、動作温度で減少傾向へ転じた。700℃に到達した後の降温過程においては、重量変化量が増加傾向に転じた後、ほぼ一定レベルを保持した。化合物No.8の酸素吸収量および酸素放出量は、表3に示した。
【0093】
(試験例9) 置換された化合物の作製とその特性
さらに、表2および表3に示すように種々の置換化合物が作製された。化合物No.9~No.29の試料は、一部の焼成温度を除いて、試験例8(化合物No.8)と同様の手順により作製された。原料溶液の調製に用いられた金属源は、以下のとおりである。
Li源:LiNO(純度99.0%、富士フイルム和光純薬)
Rb源:RbCO(純度99%、Sigma-Aldrich)
Cs源:CsNO(純度99.9%、富士フイルム和光純薬)
Mg源:Mg(NO2・6HO(純度99.9%、富士フイルム和光純薬)
Y源:Y(純度99.9%、高純度化学研究所)
La源:La(NO3・6HO(純度99.9%、富士フイルム和光純薬)
Eu源:Eu(純度99.9%、高純度化学研究所)
Dy源:Dy(純度99.9%、富士フイルム和光純薬)
Yb源:Yb(純度99.9%、高純度化学研究所)
In源:In(純度99.99%、高純度化学研究所)
硝酸:HNO(純度61%、富士フイルム和光純薬)
【0094】
本焼成処理において、化合物No.11~No.14は、900℃で焼成を行い、化合物No.9、No.10、No.15~No.29は、800℃で焼成を行い、各試料を得た。化合物No.11~No.14を除く各試料を用いて酸素吸収放出特性を測定した。化合物No.9とNo.10は、試験例5と同様の手順(昇温時の最高温度600℃、昇温時間が115min)により測定した。化合物No.15~No.29は、試験例5と同様の手順(昇温時の最高温度700℃、昇温時間が135min)により、格子定数と酸素吸収放出特性を測定した。これらの測定結果を表2および表3に示す。
【0095】
表2は、化合物No.9~No.14の測定結果と合わせて、試験例5の化合物No.6およびNo.7の測定結果を示した。表3は、化合物No.15~No.29の測定結果と合わせて、試験例8の化合物No.8の測定結果を示した。表2および表3に付記した「測定条件」欄の番号は、酸素吸収放出特性を測定する際の温度サイクル条件を指している。測定条件1は、昇温時の最高温度が700℃、昇温時間が135minであり、測定条件2は、昇温時の最高温度が600℃、昇温時間が115minであり、測定条件3は、昇温時の最高温度が500℃、昇温時間が95minである。
【0096】
【表2】
【0097】
【表3】
【0098】
化合物No.9~No.28は、Caの一部が他の元素で置換された化合物である。化合物No.29は、一般式の「CD」であるAlの一部がInで置換された化合物である。これらの置換化合物は、いずれもメリライト型構造を有する化合物であって、表2および表3に示される格子定数を有していた。化合物No.9、No.10、No.15~No.29は、メリライトの単一相であった。化合物No.11~14は、メリライトのほぼ単一相であり、不純物が含まれる程度であった。表2および表3に示されるように、これらの置換化合物は、特定の酸素吸収量と酸素放出量とを有する酸素吸収放出特性を備えていた。
【0099】
(試験例10)従来材料の酸素吸収放出に関する性能
背景技術において上述したように、従来の酸素貯蔵材料の代表例として、CeO-ZrO固溶体(以下、「CZ」という」と記載する。)と二酸化セリウム(以下、「CeO」と記載する。)が知られている。これらの従来材料について、本実施例と同様の手順により、酸素の吸収および放出に関する性能を測定した。それらの測定結果を図20図25に示す。
【0100】
(1)酸素吸収放出特性に関する測定
CZおよびCeOについて、試験例5と同様の手順により、酸素の吸収放出に関する性能を測定した。図20および図21は、1サイクル目の変化を示したものであり、図22および図23は、複数サイクルの推移を示したものである。図20図22がCZの測定結果であり、図21図23がCeOの測定結果である。図の線52は、周囲温度の変化を示しており、線51は、温度変化に応じた試料の重量変化を示している。これらの測定結果によると、CZは、酸素を吸収する性能を示した一方で、酸素を放出する性能を有していなかった。CeOは、温度変化に対して酸素の吸収および放出する性能を実質的に有していなかった。この点で、本実施例のメリライト型化合物は、従来材料と比べて、特別な酸素吸収放出特性を備えているといえる。
【0101】
(2)雰囲気変化による影響
試験例7と同様の手順により、雰囲気を切り替えて酸素吸収放出に関する性能を調べた。図24がCZの測定結果であり、図25がCeOの測定結果である。従来材は、酸素雰囲気から窒素雰囲気に切り替えても、重量変化量に実質的な変化が見られなかった。この点でも、本実施例のメリライト型化合物は、従来材料と比べて、特別な酸素吸収放出特性を備えているといえる。
【0102】
以上のことから、本発明に係るメリライト型酸化物は、温度または雰囲気によって分解することがなく、結晶構造を維持しつつ、酸素の吸収と放出を可逆的に行う機能を備えていることを確認できた。
【符号の説明】
【0103】
1 焼成用容器
2 鞘(内側)
3 蓋(内側)
4 角板
5 内側容器
6 鞘(外側)
7 蓋(外側)
8 外側容器
9 粒状炭素
10 仮焼体
21,41,51 重量変化を示す線
22,42,52 温度変化を示す線
31 酸素放出相の測定データ
32 酸素吸収相の測定データ
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