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特開2023-56203トレハロース及びジアリールヘプタノイド化合物を含む、胚の保存用液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023056203
(43)【公開日】2023-04-19
(54)【発明の名称】トレハロース及びジアリールヘプタノイド化合物を含む、胚の保存用液
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/073 20100101AFI20230412BHJP
   C12N 1/04 20060101ALI20230412BHJP
【FI】
C12N5/073
C12N1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021165394
(22)【出願日】2021-10-07
(71)【出願人】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(71)【出願人】
【識別番号】000149435
【氏名又は名称】株式会社大塚製薬工場
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】音井 威重
(72)【発明者】
【氏名】澤本 修
(72)【発明者】
【氏名】菊地 健志
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA87X
4B065AA90X
4B065BD27
4B065BD36
4B065BD38
4B065CA43
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】発育が良好で、動物への胚移植に適した高品質な胚を得るための手段を提供する。
【解決手段】トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含む液を、胚の保存に用いる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含む、胚の保存用液。
【請求項2】
ジアリールヘプタノイド化合物が、クルクミノイドである、請求項1に記載の保存用液。
【請求項3】
クルクミノイドが、クルクミンである、請求項2に記載の保存用液。
【請求項4】
トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びクルクミン若しくはその誘導体又はそれらの塩を等張液中に含む、請求項1~3のいずれかに記載の保存用液。
【請求項5】
等張液がリンゲル液である、請求項4に記載の保存液。
【請求項6】
さらに、多糖類若しくはその誘導体又はそれらの塩を含む、請求項1~5のいずれかに記載の保存用液。
【請求項7】
多糖類がデキストランである、請求項6に記載の保存用液。
【請求項8】
トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩の濃度が、2.0~6.0(w/v)%である、請求項1~7のいずれかに記載の保存用液。
【請求項9】
ジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩の濃度が、0.2~0.6(w/v)%である、請求項1~8のいずれかに記載の保存用液。
【請求項10】
多糖類若しくはその誘導体又はそれらの塩の濃度が、4.0~7.0(w/v)%である、請求項1~9のいずれかに記載の保存用液。
【請求項11】
受精後2~7日間経過した胚を保存するための、請求項1~10のいずれかに記載の保存用液。
【請求項12】
胚を12~36時間保存するための、請求項1~11のいずれかに記載の保存用液。
【請求項13】
胚を0~40℃で保存するための、請求項1~12のいずれかに記載の保存用液。
【請求項14】
胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇を抑制するために用いられる、請求項1~13のいずれかに記載の保存用液。
【請求項15】
胚が、胚盤胞期胚である、請求項1~14のいずれかに記載の保存用液。
【請求項16】
胚が、哺乳動物の胚である、請求項1~15のいずれかに記載の保存用液。
【請求項17】
胚が、ヒト、ブタ、ウシ、又はウマの胚である、請求項1~16のいずれかに記載の保存用液。
【請求項18】
請求項1~17のいずれかに記載の保存用液を調製するための、トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含有する、粉末製剤。
【請求項19】
トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含有する保存用液中で、胚を保存する工程を含む、胚の保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含む、胚の保存用液、該保存用液を調製するための粉末製剤、及び該保存用液を用いた胚の保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
体外受精、胚培養、胚移植等の技術は、医学分野では再生医療、生殖補助医療等に利用されており、畜産分野では優良家畜の増産や家畜改良等に利用されており、今や欠かせない技術となっている。ここで、哺乳動物の胚は、受精後、卵割により2細胞期胚、4細胞期胚、8細胞期胚へと割球が増加する。そして、桑実胚を経て、胚盤胞(初期胚盤胞~脱出胚盤胞)へと発生する。しかしながら、体外で培養された哺乳動物の胚、例えば、脱出胚盤胞を子宮に移植しても、その成功率(受胎率)は低くなっていた。たとえば、ウシにおいては40%程度、ヒトにおいては30%程度に留まっている。一般的に、体外培養で作出された胚の品質は、体内受精胚と比較して低いため、胚移植に適した品質の高い胚を得るための技術が強く求められている。
【0003】
ここで、例えば哺乳動物の高品質な胚を得るための技術として特許文献1を参照すると、20~80%(v/v)血清及び10~100mMグッド緩衝剤を含有する培地に哺乳動物の胚を浸漬し、非凍結低温下で前記胚を保存する方法が開示されている。また、非特許文献1を参照すると、卵母細胞を体外成熟中にトレハロース処理する方法が開示されている。さらに、特許文献2を参照すると、哺乳動物の胚に対して、近赤外光を照射する方法が開示されている。
【0004】
一方で、非特許文献2を参照すると、ウコン(Curcuma longa)に含まれる黄色のポリフェノール化合物として知られるクルクミンをマウスの胚盤胞に投与すると、アポトーシスが有意に増加し、全細胞数が減少し、さらに、マウスの子宮内での着床率の低下や胚移植アッセイでの胎児体重の減少等も見られたことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2014/030211号パンフレット
【特許文献2】特開2016-146823号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Theriogenology 2020, 141, 91-97
【非特許文献2】Int.J.Mol.Sci. 2010, 11, 2839-2855
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、発育が良好で、動物への胚移植に適した高品質な胚を得るための手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前述の非特許文献2を参照すると、クルクミンは胚の発育を阻害するように考えられる。しかしながら、本発明者らは、トレハロースを含む胚の保存用液にクルクミンを添加すると、驚くべきことに、クルクミンを添加しない場合と比較してむしろ胚の発育が良好となるということを見いだした。本発明は、かかる知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の事項により特定されるとおりのものである。
〔1〕トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含む、胚の保存用液。
〔2〕ジアリールヘプタノイド化合物が、クルクミノイドである、上記〔1〕に記載の保存用液。
〔3〕クルクミノイドが、クルクミンである、上記〔2〕に記載の保存用液。
〔4〕トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びクルクミン若しくはその誘導体又はそれらの塩を等張液中に含む、上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の保存用液。
〔5〕等張液がリンゲル液である、上記〔4〕に記載の保存液。
〔6〕さらに、多糖類若しくはその誘導体又はそれらの塩を含む、上記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の保存用液。
〔7〕多糖類がデキストランである、上記〔6〕に記載の保存用液。
〔8〕トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩の濃度が、2.0~6.0(w/v)%である、上記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の保存用液。
〔9〕ジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩の濃度が、0.2~0.6(w/v)%である、上記〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の保存用液。
〔10〕多糖類若しくはその誘導体又はそれらの塩の濃度が、4.0~7.0(w/v)%である、上記〔1〕~〔9〕のいずれかに記載の保存用液。
〔11〕受精後2~7日間経過した胚を保存するための、上記〔1〕~〔10〕のいずれかに記載の保存用液。
〔12〕胚を12~36時間保存するための、上記〔1〕~〔11〕のいずれかに記載の保存用液。
〔13〕胚を0~40℃で保存するための、上記〔1〕~〔12〕のいずれかに記載の保存用液。
〔14〕胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇を抑制するために用いられる、上記〔1〕~〔13〕のいずれかに記載の保存用液。
〔15〕胚が、胚盤胞期胚である、上記〔1〕~〔14〕のいずれかに記載の保存用液。
〔16〕胚が、哺乳動物の胚である、上記〔1〕~〔15〕のいずれかに記載の保存用液。
〔17〕胚が、ヒト、ブタ、ウシ、又はウマの胚である、上記〔1〕~〔16〕のいずれかに記載の保存用液。
〔18〕上記〔1〕~〔17〕のいずれかに記載の保存用液を調製するための、トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含有する、粉末製剤。
〔19〕トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含有する保存用液中で、胚を保存する工程を含む、胚の保存方法。
【0010】
また本発明の実施の他の形態として、例えば、以下のものを挙げることができる。
〔20〕胚を含む、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を含んだ液を、胚の移植を必要とする対象(例えば、ヒト、ブタ、ウシ、又はウマ等の哺乳動物)へ投与する工程を含む、胚の移植方法。
〔21〕トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を含む液(好ましくは等張液)に、胚を加えるか、或いは、胚を含む液(好ましくは等張液)に、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を加えることにより、保存用液を調製する工程と、調製した保存用液で、胚を保存する工程と、保存した胚を含む保存用液を、胚の移植を必要とする対象(例えば、ヒト、ブタ、ウシ、又はウマ等の哺乳動物)へ投与する工程とを含む、胚の移植方法。
〔22〕胚移植治療を必要とする疾患又は状態(例えば、不妊症)の治療における使用のための、胚を含む、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を含んだ液。
〔23〕胚の保存用液の製造における、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類の使用。
〔24〕胚を含む液を保存するための、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類の使用。
〔25〕胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇を抑制するための、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類の使用。
〔26〕胚の保存用液に用いるための、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類。
〔27〕胚を含む、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を含んだ液。
〔28〕トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を含む液(好ましくは等張液)に、胚を加えるか、或いは、胚を含む液(好ましくは等張液)に、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を加えることにより、保存用液を調製する工程を含む、胚を含む保存用液の調製方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩を含む液を、胚の保存に用いることで、発育が良好で、動物への胚移植に適した高品質な胚を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の胚の保存用液は、「胚を保存するため」という用途に特定された、トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩(本願において、「トレハロース類」ということがある)、及びジアリールヘプタノイド化合物若しくはその誘導体又はそれらの塩(本願において、「ジアリールヘプタノイド化合物類」ということがある)を含む液(本願において、「本件保存用液」ということがある)である。
【0013】
上記トレハロース類におけるトレハロースとしては、2つのα-グルコースが1,1-グリコシド結合した二糖類であるα,α-トレハロースの他に、α-グルコースとβ-グルコースとが1,1-グリコシド結合した二糖類であるα,β-トレハロースや、2つのβ-グルコースが1,1-グリコシド結合した二糖類であるβ,β-トレハロースを挙げることができるが、これらの中でもα,α-トレハロースが好ましい。これらトレハロースは、化学合成、微生物による生産、酵素による生産等のいずれの公知の方法によっても製造することができるが、市販品を用いることもできる。例えば、α,α-トレハロース(株式会社林原社製又は富士フィルム和光純薬社製)等の市販品を挙げることができる。
【0014】
上記トレハロース類におけるトレハロース誘導体としては、二糖類のトレハロースに1又は複数の糖単位が結合したグリコシルトレハロース類であれば特に制限されず、グリコシルトレハロース類には、グルコシルトレハロース、マルトシルトレハロース、マルトトリオシルトレハロース等が含まれる。
【0015】
上記トレハロース類におけるトレハロースやその誘導体の塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、グリコール酸塩、メタンスルホン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩等の酸付加塩や、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等の金属塩や、アンモニウム塩、アルキルアンモニウム塩等を挙げることができる。なお、これらの塩は使用時において溶液として用いられ、その作用は、トレハロースの場合と同効なものが好ましい。これらの塩類は、水和物又は溶媒和物を形成していてもよく、またいずれかを単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0016】
本件保存用液中のトレハロース類の濃度としては、胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇の抑制効果が発揮される濃度であればよく、例えば、トレハロース換算で0.1(w/v)%以上、好ましくは0.3(w/v)%以上、より好ましくは0.6(w/v)%以上、さらに好ましくは1.0(w/v)%以上、最も好ましくは2.0(w/v)%以上である。また、胚への悪影響を回避する観点から、例えば、トレハロース換算で40(w/v)%以下、好ましくは20(w/v)%以下、より好ましくは15(w/v)%以下、さらに好ましくは10%(w/v)%以下、最も好ましくは6.0(w/v)%以下である。したがって、本件保存用液中のトレハロース類の濃度としては、例えば、トレハロース換算で0.1~40(w/v)%の範囲内、好ましくは0.3~20(w/v)%、より好ましくは0.6~15(w/v)%、さらに好ましくは1.0~10%(w/v)%、最も好ましくは2.0~6.0(w/v)%である。
【0017】
上記ジアリールヘプタノイド(diarylheptanoid)化合物類におけるジアリールヘプタノイド化合物としては、直鎖(線状)ジアリールヘプタノイド化合物であっても、環状ジアリールヘプタノイド化合物であってもよいが、直鎖ジアリールヘプタノイド化合物が好適である。また、直鎖ジアリールヘプタノイド化合物としては、クルクミノイドが例示される。クルクミノイドとしては、クルクミン(エノール形及びケト形)、デメトキシクルクミン、ビスデメトキシクルクミン、及びテトラヒドロクルクミン等が例示され、さらにそれらの類縁体としてジヒドロクルクミン、ジヒドロデメトキシクルクミン、ジヒドロビスデメトキシクルクミン、テトラヒドロデメトキシクルクミン、テトラヒドロビスデメトキシクルクミン、ジヒドロキシテトラヒドロクルクミン、ジ-O-デメチルクルクミン、O-デメチルデメトキシクルクミン等が例示されるが、後述する本実施例においてその効果が実証されているため、特にクルクミンを好適に例示することができる。本発明においてジアリールヘプタノイド化合物は、化学合成、植物からの抽出等の公知の方法によって製造することができるが、市販品を用いることもできる。例えば、クルクミンは、ショウガ科ウコン属に属する植物から抽出して得ることができる。ショウガ科ウコン属に属する植物としては特に制限されないが、好ましくはウコン(Curcuma longa)である。なお、ウコンには、クルクミンのほか、デメトキシクルクミン、ビスデメトキシクルクミン、及びテトラヒドロクルクミンも含まれる。
【0018】
上記ジアリールヘプタノイド化合物類におけるジアリールヘプタノイド化合物誘導体としては、特に制限されないが、例えば、クルクミン、デメトキシクルクミン、ビスデメトキシクルクミン、及びテトラヒドロクルクミン等のフェニル基上に置換基を有する、クルクミン誘導体、デメトキシクルクミン誘導体、ビスデメトキシクルクミン誘導体、及びテトラヒドロクルクミン誘導体等を挙げることができる。
【0019】
上記ジアリールヘプタノイド化合物類におけるジアリールヘプタノイド化合物又はその誘導体の塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、グリコール酸塩、メタンスルホン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩等の酸付加塩や、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等の金属塩や、アンモニウム塩、アルキルアンモニウム塩等を挙げることができる。なお、これらの塩は使用時において溶液として用いられ、その作用は、ジアリールヘプタノイド化合物又はその誘導体の場合と同効なものが好ましい。これらの塩類は、水和物又は溶媒和物を形成していてもよく、またいずれかを単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0020】
本件保存用液中のジアリールヘプタノイド化合物類の濃度としては、胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇の抑制効果が発揮される濃度であればよく、例えば、ジアリールヘプタノイド化合物換算で0.01(w/v)%以上、好ましくは0.05(w/v)%以上、より好ましくは0.1(w/v)%以上、さらに好ましくは0.2(w/v)%以上、最も好ましくは0.3(w/v)%以上である。また、胚への悪影響を回避する観点から、例えば、ジアリールヘプタノイド化合物換算で4(w/v)%以下、好ましくは2(w/v)%以下、より好ましくは1(w/v)%以下、さらに好ましくは0.8(w/v)%以下、さらにより好ましくは0.6(w/v)%以下、最も好ましくは0.5(w/v)%以下である。したがって、本件保存用液中のジアリールヘプタノイド化合物類の濃度としては、例えば、ジアリールヘプタノイド化合物換算で0.01~4(w/v)%の範囲内、好ましくは0.1~2(w/v)%、より好ましくは0.2~1(w/v)%、さらに好ましくは0.2~0.8%(w/v)%、さらにより好ましくは0.2~0.6%(w/v)%、最も好ましくは0.3~0.5(w/v)%である。すなわち、本件保存用液中のジアリールヘプタノイド化合物類の濃度としては、例えば、ジアリールヘプタノイド化合物換算で0.27~108μMの範囲内、好ましくは2.7~54μM、より好ましくは5.4~27μM、さらに好ましくは5.4~21.6μM、さらにより好ましくは5.4~16.2μM、最も好ましくは8.1~13.5μMである。
【0021】
本件保存用液としては、胚の保存が可能な液(例えば、等張液、低張液、高張液)中にトレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を含むものであればよく、中でも等張液を好適に例示することができる。本明細書において「等張液」とは、体液や細胞液の浸透圧とほぼ同じ浸透圧を有する液を意味し、具体的には、250~380mOsm/Lの範囲内の浸透圧を有する液を意味する。また、本明細書において「低張液」とは、体液や細胞液の浸透圧よりも低い浸透圧を有する液を意味し、具体的には、250mOsm/L未満の浸透圧を有する液を意味する。かかる低張液としては、細胞が破裂しない程度の低張液(具体的には、100~250mOsm/L未満の範囲内の浸透圧を有する液)が好ましい。また、本明細書において「高張液」とは、体液や細胞液の浸透圧よりも高い浸透圧を有する液を意味し、具体的には、浸透圧が380mOsm/L超(好ましくは380mOsm/L超~1000mOsm/Lの範囲内)を意味する。
【0022】
上記等張液としては、体液や細胞液の浸透圧とほぼ同じになるようにナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン等によって塩濃度や糖濃度等を調整した等張液であれば特に制限されず、具体的には生理食塩水や、緩衝効果のある生理食塩水(例えば、PBS、トリス緩衝生理食塩水[Tris Buffered Saline;TBS]、HEPES緩衝生理食塩水)、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、5%グルコース水溶液、動物細胞培養用基礎培地(例えば、DMEM、EMEM、RPMI-1640、α-MEM、F-12、F-10、M-199)、等張剤(例えば、ブドウ糖、D-ソルビトール、D-マンニトール、ラクトース、塩化ナトリウム)等を挙げることができ、これらの中でも乳酸リンゲル液が好ましい。等張液は、市販のものであっても、自ら調製したものであってもよい。市販のものとしては、大塚生食注(大塚製薬工場社製)(生理食塩液)、リンゲル液「オーツカ」(大塚製薬工場社製)(リンゲル液)、ラクテック(登録商標)注(大塚製薬工場社製)(乳酸リンゲル液)、ヴィーン(登録商標)F輸液(扶桑薬品工業社製)(酢酸リンゲル液)、大塚糖液5%(大塚製薬工場社製)(5%グルコース水溶液)、ビカネイト(登録商標)輸液(大塚製薬工場社製)(重炭酸リンゲル液)、セルストアS(大塚製薬工場社製)、セルストアW(大塚製薬工場社製)、を挙げることができる。
【0023】
本件保存用液は、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類をそれぞれ単独で含む液であってもよいし、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類から選択されるそれぞれ2種類以上を含む液であってもよい。また、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類以外に、さらに任意成分を含む液であってもよい。
【0024】
本明細書において「任意成分」としては、例えば、等張剤(例えば、グルコース、ソルビトール、マンニトール、ラクトース、塩化ナトリウム)、キレート剤(例えば、EDTA、EGTA、クエン酸、サリチレート)、溶解補助剤、保存剤、酸化防止剤、アミノ酸(例えば、プロリン、グルタミン)、ポリマー(例えば、ポリエーテル)、リン脂質(例えば、リゾホスファチジン酸[LPA;Lysophosphatidic acid])、pH調整剤(例えば、水酸化物、酢酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩等のアルカリ;クエン酸、コハク酸、酢酸、乳酸、氷酢酸、塩酸等の酸)、ビタミン類(ビタミンA、ビタミンB[B1、B2、B3すなわちナイアシン、B5、B6、B7、B9、B12等]、ビタミンCすなわちアスコルビン酸、ビタミンD、ビタミンE等)、ポリフェノール類(カテキン、エピカテキン、ガロカテキン、エピガロカテキン、没食子酸カテキン、没食子酸エピカテキン、没食子酸ガロカテキン、没食子酸エピガロカテキン、ルチン、ケルセチン、アントシアニン、クロロゲン、フラボノイド等)を挙げることができる。本明細書において「任意成分」とは、含んでもよいし含まなくてもよい成分のことを意味する。
また、本発明には、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を含む、本件保存用液を調製するための粉末製剤が含まれる。当該粉末製剤には上記の任意成分を含んでいてもよい。
【0025】
本件保存用液としては、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類だけでも、胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇の抑制効果を発揮するため、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類以外に、胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇の抑制作用を有する成分(例えば、アカルボース、スタキオース、デキストラン、ヒドロキシエチルスターチ[Hydroxyethyl starch;HES]等の多糖類若しくはその誘導体又はこれらの塩;グルコース等の単糖類若しくはその誘導体又はこれらの塩)を含まないものであってもよいが、さらに、胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇の抑制効果を高めるため、若しくは胚盤胞の総細胞数の増加効果を高めるため、上記成分、具体的には、多糖類若しくはその誘導体又はこれらの塩をさらに含むものが好ましく、後述する本実施例においてその効果が実証されているため、デキストラン若しくはその誘導体又はこれらの塩(本願において、「デキストラン類」ということがある)をさらに含むものを好適に例示することができる。
【0026】
上記デキストラン類におけるデキストランとしては、D-グルコースからなる多糖(C10であって、α1→6結合を主鎖とするものであれば特に制限されず、デキストランの重量平均分子量(Mw)としては、例えば、デキストラン40(Mw=40000)、デキストラン70(Mw=70000)等を挙げることができる。これらデキストランは、化学合成、微生物による生産、酵素による生産等のいずれの公知の方法で製造することができるが、市販品を用いることもできる。例えば、デキストラン40(東京化成工業社製)、デキストラン70(東京化成工業社製)、低分子デキストランL注(10[w/v]%デキストラン含有乳酸リンゲル液)(大塚製薬工場社製)等の市販品を挙げることができる。
【0027】
上記デキストラン類におけるデキストラン誘導体としては、デキストラン硫酸、カルボキシル化デキストラン、ジエチルアミノエチル(DEAE)-デキストラン等が含まれる。
【0028】
上記デキストラン類におけるデキストランやその誘導体の塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、グリコール酸塩、メタンスルホン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩等の酸付加塩や、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等の金属塩や、アンモニウム塩、アルキルアンモニウム塩等を挙げることができる。なお、これらの塩は使用時において溶液として用いられ、その作用は、デキストランの場合と同効なものが好ましい。これらの塩類は、水和物又は溶媒和物を形成していてもよく、またいずれかを単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0029】
本件保存用液中のデキストラン類の濃度としては、胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇の抑制効果、若しくは胚盤胞の総細胞数の増加効果が発揮される濃度であればよく、例えば、デキストラン換算で0.1(w/v)%以上、好ましくは0.3(w/v)%以上、より好ましくは0.6(w/v)%以上、さらに好ましくは1.0(w/v)%以上、さらにより好ましくは2.0(w/v)%以上、最も好ましくは4.0(w/v)%以上である。また、胚への悪影響を回避する観点から、例えば、デキストラン換算で50(w/v)%以下、好ましくは20(w/v)%以下、より好ましくは15(w/v)%以下、さらに好ましくは12%(w/v)%以下、さらにより好ましくは9.0%(w/v)%以下、最も好ましくは7.0(w/v)%以下である。したがって、本件保存用液中のデキストラン類の濃度としては、例えば、デキストラン換算で0.1~50(w/v)%の範囲内、好ましくは0.3~20(w/v)%、より好ましくは0.6~15(w/v)%、さらに好ましくは1.0~12%(w/v)%、さらにより好ましくは2.0~9.0%(w/v)%、最も好ましくは4.0~7.0(w/v)%である。
【0030】
本発明の胚の保存方法は、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類を含む液中で、受精後任意の期間経過した胚を、任意の期間、任意の温度で保存する工程を含むもの(本願において、「本件保存方法」ということがある)である。
【0031】
本発明において、保存する胚の受精後の任意の経過期間としては、胚を本件保存用液中で保存したときに、当該保存用液中の胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇を抑制することができる期間が好ましく、例えば、受精後2日間~7日間;受精後2日間~6日間;受精後2日間~5日間;受精後2日間~4日間;受精後2日間~3日間;受精後3日間~7日間;受精後3日間~6日間;受精後3日間~5日間;受精後3日間~4日間;受精後4日間~7日間;受精後4日間~6日間;受精後4日間~5日間;受精後5日間~7日間;受精後5日間~6日間;受精後6日間~7日間;等経過した胚等を挙げることができ、受精後2日間~7日間経過した胚を保存することが好ましく、受精後3日間~6日間経過した胚を保存することがより好ましく、受精後4日間~6日間経過した胚を保存することがさらに好ましく、後述する本実施例においてその効果が実証されているため、特に受精後5日間経過した胚を保存することを好適に例示することができる。
【0032】
本発明において、胚を保存する任意の期間としては、胚を本件保存用液中で保存したときに、当該保存用液中の胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇を抑制することができる期間が好ましく、例えば、6時間以上、12時間以上、18時間以上、24時間以上であり、また、胚の保存期間が長すぎると胚に悪影響を及ぼす可能性があるため、悪影響を回避する観点から、例えば、72時間以下、60時間以下、48時間以下、42時間以下、36時間以下、30時間以下、24時間以下である。したがって、上記保存期間としては、例えば、6時間~72時間;6時間~60時間;6時間~48時間;6時間~42時間;6時間~36時間;6時間~30時間;6時間~24時間;12時間~72時間;12時間~60時間;12時間~48時間;12時間~42時間;12時間~36時間;12時間~30時間;12時間~24時間;18時間~72時間;18時間~60時間;18時間~48時間;18時間~42時間;18時間~36時間;18時間~30時間;18時間~24時間;24時間~72時間;24時間~60時間;24時間~48時間;24時間~42時間;24時間~36時間;24時間~30時間;等を挙げることができ、12時間~36時間保存することが好ましく、18時間~30時間保存することがより好ましく、後述する本実施例においてその効果が実証されているため、特に24時間保存することを好適に例示することができる。
【0033】
本発明において、胚を保存する任意の温度としては、胚を本件保存用液中で保存したときに、当該保存用液中の胚の形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇を抑制することができる温度が好ましく、通常0~40℃の範囲内、好ましくは0~30℃(室温)の範囲内である。なお、本件保存方法は、好ましくは、胚を含む本件保存用液を、当該保存用液が液体の状態で存在する温度条件下で保存するものである。また、本件保存方法は、当該保存用液が固体の状態で存在する温度条件下で保存する工程(例えば、凍結保存する工程)を含まないことが好ましい。
【0034】
本件保存用液は、胚を液体中で保存したときに生じる形態回復率低下、発育率低下、又はアポトーシス率上昇を効果的に抑制する作用を有する液である。このため、本件保存用液は、さらに、「胚の形態回復率低下を抑制するため」という用途;「胚の発育率低下を抑制するため」という用途;及び/又は「胚のアポトーシス率上昇を抑制するため」という用途;に特定されたものが好ましい。本件保存用液中に保存した胚について、形態回復率低下又は発育率低下が抑制されたことは、顕微鏡下で形態観察する事で確認することができる。その際、形態回復については、培養開始後24時間以降の胚の再拡張の有無を基準として判定することが例示され、培養開始後24時間から48時間までの間の胚の再拡張の有無を基準として判定してもよい。胚発育については、培養開始後48時間までの間の透明帯からの脱出の有無を基準として判定することが例示され、透明帯から脱出途中の胚も透明体から脱出している胚とみなして判定してもよい。本件保存用液中に保存した胚について、アポトーシス率上昇が抑制されたことは、トリパンブルー(Trypan Blue)染色法、TUNEL法、Nexin法、FLICA法等の細胞死を検出できる公知の方法を用いて確認することができる。なお、トレハロース類及びジアリールヘプタノイド化合物類は、動物の生体に悪影響を及ぼす可能性が低いと考えられることから、胚を本件保存用液中で保存した後、新しい移植用液に置換することなく、そのまま動物の生体内へ投与してもよい。このため、本件保存用液は、さらに、「胚を移植するため」という用途に特定されたものであってもよい。
【0035】
本件保存用液としては、胚を含む本件保存用液をそのまま移植に用いる場合、胚移植に適した液が好ましく、かかる胚移植に適した液は、胚移植に適さない物質、例えば、生体由来の成分(例えば、血清又は血清由来成分[例えば、アルブミン]);や、胚を凍結保存又は凍結乾燥保存したときの胚の生存率低下を抑制する作用を有する成分、例えば、ジメチルスルホキシド[Dimethyl sulfoxide;DMSO]、グリセリン、エチレングリコール、トリメチレングリコール、ジメチルアセトアミド、ポリエチレングリコール[PEG]、ポリビニルピロリドン、血清又は血清由来成分(例えば、アルブミン)等の凍結保護剤又は凍結乾燥保護剤;を含まないことが好ましい。
【0036】
本発明において、胚としては、卵割開始前の胚(1細胞期胚の受精卵)と、卵割開始後の胚(2細胞期胚、4細胞期胚、8細胞期胚、桑実胚、胚盤胞期胚(初期胚盤胞~脱出胚盤胞))のいずれをも含むが、卵割開始後の胚であることが好ましく、卵割開始前の胚(1細胞期胚の受精卵)を含まないことが好ましく、すなわち2細胞期から胚盤胞期の胚であることが好ましく、特に胚盤胞期胚が好ましい。なお、胚がこれらのどの段階の胚であるかは、例えば、胚の顕微鏡画像を国際胚移植学会(IETS)マニュアルに掲載されている画像と比較することにより、容易に判定することができる。本発明において、胚は、公知の方法により準備することができる。例えば、体内受精、体外受精、核移植等により準備することができる。また、本発明において、胚は、各種ベクター等により、遺伝子組み換えの手法で遺伝子を導入されたトランスジェニック、遺伝子ノックアウト、コンディショナルノックアウト等の手法で遺伝情報を加工された胚であってもよい。さらに、本発明において、胚は、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、外的刺激により人工的に生成され又は選択された幹細胞等を含んでいてもよい。また、本発明において、胚は、単なる胚ではなく、必ずしも個体や胎児に成長せず、各系統の臓器にのみ分化するような胚様体であってもよい。この際、胚の一部を解析用に取り除いた胚、すなわちバイオプシーした胚であってもよい。
【0037】
本発明において、胚としては、動物の胚が挙げられ、動物としては、例えば、哺乳類、両生類、爬虫類、鳥類、魚類等を挙げることができ、特に哺乳動物の胚が好適である。本発明において、哺乳動物としては、例えば、ヒト、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、イノシシ、ウサギ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジー、イヌ、ネコ等を挙げることができ、中でも、ヒト、ブタ、ウシ、ウマを好適に挙げることができる。また、本発明において、胚は、複数の種類の動物の細胞が混合されたキメラの胚であってもよい。この際、キメラの胚に、哺乳動物以外の動物の細胞等が組み合わせられていてもよい。
【0038】
本発明において、哺乳動物の胚としては、例えば、哺乳動物胚移植治療を必要とする疾患又は状態(例えば、不妊症)に対する生殖補助医療における使用のための胚、再生医療における使用のための胚、等の医療分野における使用のための胚、又は、家畜生産における使用のための胚、家畜改良における使用のための胚、等の畜産分野における使用のための胚、を挙げることができる。
【実施例0039】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【0040】
1.ブタ体外受精卵の調製
保存試験には以下の手法で調製した体外受精卵を用いた。
(1)卵母細胞の採取
食肉処理場で採取した豚(三元交配種)の卵巣を30℃に保温した滅菌生理食塩水に浸し、3時間以内に実験室に持ち帰った。卵巣を滅菌生理食塩水で2~3回洗浄後、90×20mmシャーレ上で直径2~6mm大の卵胞を滅菌済みのメスで切開した。採取した卵母細胞を含む卵胞液は15mLチューブに集めて15分静置し、上清を除去した後に100IU/mLペニシリン(明治製菓社製)と100μg/mLストレプトマイシン(明治製菓社製)を含むエンブリオテック液(日本全薬工業社製)で洗浄したのち、実体顕微鏡下で卵母細胞を採取した。卵母細胞は卵丘細胞が2層以上付着しており、細胞質が形態的に均一で良好なもののみを選別して回収した。
【0041】
(2)体外成熟
成熟培養液はTissue Culture Medium (TCM) 199(Thermo Fisher Scientific社製)を基礎培地とした。これに10%(v/v)ブタ卵胞液、0.6mM L-cysteine(Sigma-Aldrich社製)、50μM ピルビン酸ナトリウム(Sigma-Aldrich社製)、2mg/mL D-ソルビトール(和光純薬社製)、50μM β-メルカプトエタノール(和光純薬社製)、10IU/mL 妊馬血清性腺刺激ホルモン(eCG;共立製薬社製)、10IU/mLヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG;共立製薬社製)、50μg/mLゲンタマイシン(Sigma-Aldrich社製)を添加して使用した。選別した卵母細胞は培養液で洗浄後、約50個を4-wellディッシュ(Thermo Fisher Scientific社製)に分注した500μLの成熟培養液内で、39.0℃、5%CO気相条件下で22時間成熟させ、その後、上記のホルモンを含まない成熟培養液に移し、更に22時間成熟させた。
【0042】
(3)体外受精
体外成熟後の卵母細胞は、ブタ媒精液(PFM;機能性ペプチド研究所社製)で洗浄を行った。PFMを1wellあたり250μLずつ4-wellディッシュに分注し、そこに約50個の卵母細胞を移し、精子を加えるまでの間、約30分間インキュベートした。次に、凍結精液を37℃で融解後にブタ媒精液で希釈し500×gで5分間遠心処理を行った。遠心後、上清を除去し、再びブタ媒精液で濃度2×10sperm/mLとなるように希釈した。希釈精液250μLを、上記の卵母細胞を含むブタ媒精液250μLに添加し、最終濃度1×10sperm/mLに調整後、39.0℃、5%CO、5%O、90%Nの気相条件下で5時間共培養した。この体外受精後の胚は、ブタ培養胚発生用培地(PZM-5;機能性ペプチド研究所社製)で3日間、以降はブタ胚盤胞培地(PBM;機能性ペプチド研究所社製)を用いて5%CO、5%O、90%N、39℃条件のインキュベーターで培養し、後述する実験に用いた。なお、これ以降も「培養」は、5%CO、5%O、90%N、39℃条件のインキュベーターでの培養を表す。
【0043】
2.ブタ胚の保存における短期保存液及び添加剤の検討
(1)ブタ胚盤胞期胚を用いた短期保存液の比較検討
保存液の効果を比較するため、体外受精後5日目の胚盤胞期胚を
(i)保存液を使用せず培養を継続した群:保存なし
と、以下の(ii)~(iv)の各保存液を使用して保存した群とを比較検討した。
(ii)ブタ胚培養に用いられるブタ胚盤胞培地:PBM(porcine blastocyst medium)液(PBM、機能性ペプチド研究所社製)
(iii)トレハロース及びデキストランを含む市販の細胞保存液:S液(セルストアS、大塚製薬工場社製、組成は表1に示す。)
(iv)トレハロースを含む市販の細胞保存液:W液(セルストアW、大塚製薬工場社製、組成は表1に示す。)
各保存液の入った0.6mLのチューブに胚を入れ密閉し、25℃で、24時間保存した(なお、これ以降も「保存」は、25℃、密閉条件での保存を表す)。保存後、PBM液で2日間培養し、顕微鏡下で形態観察する事でその後の形態回復(Survival;培養開始後24時間から48時間までの間に胚の再拡張がみられたものと定義)と胚発育(Development;培養開始後48時間までの間に透明帯から脱出途中の状態となったもの及び脱出がみられたものと定義)を判定した。また、胚盤胞の総細胞数(Total cell number of blastocysts)及びDNA断片化を評価するために胚盤胞を固定し、DAPIとTUNELの2重染色を実施した。胚盤胞の総細胞数に占めるアポトーシス細胞数の割合であるアポトーシス率(% of apoptotic cells)は、TUNEL陽性細胞数を総細胞数で割ることで算出した。統計解析にはSTATVIEW(Abacus Concepts, Inc., Berkeley, CA, USA)を使用し、分散分析(ANOVA)検定に続いて、Fisher's protected least significant difference(PLSD)検定を実施した。有意水準はp<0.05とした(表2)。
【0044】
【表1】
【0045】
結果、表2に示したとおり、S液又はW液で保存した場合にPMB液で保存した場合よりも形態回復率(供試胚盤胞数に占める形態回復した胚盤胞数の割合)及び胚発育率(供試胚盤胞数に占める胚発育した胚盤胞数の割合)が有意に向上した。S液で保存した場合とW液で保存した場合との間では胚の形態回復率、胚発育率、及びアポトーシス率に有意な差はなかったが、S液で保存した場合の胚盤胞の総細胞数はW液で保存した場合よりも有意に多かった。
【0046】
【表2】
【0047】
(2)ブタ胚盤胞期胚を用いたS液への添加剤の比較検討
保存液への添加剤の効果を検討するため、体外受精後5日目の胚盤胞期胚をクルクミン(10μM;すなわち約0.37(w/v)%相当)、又はβ-メルカプトエタノール(50μM)を添加したS液の入った0.6mLチューブに入れ25℃で24時間保存し、上記(1)と同様に、PBM液で2日間培養した後、形態回復と胚発育、胚盤胞の総細胞数、アポトーシス率を比較した(表3)。
【0048】
結果、表3に示したとおり、形態回復率は、クルクミンを添加したS液で保存した場合に、β-メルカプトエタノールを添加したS液で保存した場合と比較して有意に高かった。また、S液で保存した場合(Control)と比較しても、クルクミンを添加したS液で保存した場合には形態回復率が高い傾向及びアポトーシス率が低い傾向がみられた。胚発育率についてもクルクミン添加S液で高い傾向がみられ、特にS液で保存した場合(Control)と比較すると有意に高かった。以上より、S液にクルクミンを添加してブタ胚盤胞期胚の保存に用いると、ブタ胚盤胞期胚の形態回復率の低下、胚発育率の低下、及びアポトーシス率の上昇を効果的に抑制できることが示された。
【0049】
【表3】
【0050】
(3)ブタ1細胞期胚を用いたW液への添加剤の比較検討
保存液への添加剤の効果を検討するため、体外受精後10時間目の1細胞期胚をクロロゲン酸(50μM)、クルクミン(10μM)、β-メルカプトエタノール(50μM)を添加したW液の入った0.6mLチューブに入れ25℃、48時間保存し、PZM5液(ブタ培養胚発生用培地、PZM-5;機能性ペプチド研究所社製)で3日間、PBM液で4日間培養して、上記(1)と同様に顕微鏡観察及びDAPIとTUNELの2重染色にて卵割(Cleaved;培養期間中に卵割がみられたものと定義)、胚発育、胚盤胞の総細胞数及びアポトーシス率を調べた(表4)。
【0051】
結果、表4に示したとおり、1細胞期胚の保存においてはクルクミン添加W液保存群で卵割率(供試卵数に占める卵割した胚数の割合)が有意に低下し、胚発育能も低下傾向がみられた。以上より、W液にクルクミンを添加してブタ1細胞期胚の保存に用いると、ブタ1細胞期胚の発育が阻害されることが示された。この結果は、前述のようにブタ胚盤胞期胚に対しては保存液へのクルクミンの添加により胚発育が良好となったこととは相反する驚くべき結果であったが、これらを総括すると、本発明において、トレハロースを含む保存液へのクルクミンの添加効果は対象とする胚の発育段階によって異なっており、受精後、卵割の進んだ胚に対してのみ胚発育を良好にすることが示唆された。
【0052】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、医療分野では生殖補助医療、体外受精、体外培養、受精卵移植等、畜産分野では家畜生産等に利用することができ、産業上利用することが可能である。