(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023005630
(43)【公開日】2023-01-18
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 29/00 20160101AFI20230111BHJP
【FI】
H02P29/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021107666
(22)【出願日】2021-06-29
(71)【出願人】
【識別番号】502129933
【氏名又は名称】株式会社日立産機システム
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】松原 満
(72)【発明者】
【氏名】高野 裕理
(72)【発明者】
【氏名】上井 雄介
(72)【発明者】
【氏名】近藤 輝朋
(72)【発明者】
【氏名】梁田 哲男
(72)【発明者】
【氏名】戸張 和明
【テーマコード(参考)】
5H501
【Fターム(参考)】
5H501BB05
5H501BB11
5H501GG01
5H501GG03
5H501GG05
5H501HB08
5H501HB16
5H501JJ03
5H501JJ25
5H501JJ26
5H501LL07
5H501LL22
5H501LL35
(57)【要約】 (修正有)
【課題】制振制御特有の応答遅れを改善ずるモータ制御装置を提供する。
【解決手段】速度制御系内制振制御器15は、位置指令の推定値13を算出する位置指令推定器9と、位置指令の推定値13に基づき第1の速度指令14に含まれる機械端の振動を励起する周波数成分を抽出し、抽出した周波数成分を出力する並列型制振制御器10と、並列型制振制御器10に起因して発生する応答遅れを改善する位相調整器1と、位相調整器1の出力を速度の次元に変換する単位変換器12と、演算器とを有し、演算器は、第1の速度指令14から並列型制振制御器10の出力を減算して機械端の振動を励起する周波数成分を第1の速度指令14から除去し、第2の速度指令8として出力し、単位変換器12の出力と第2の速度指令8とに基づいて速度制御系内制振制御器15の出力としての第1の実速度指令18を出力し、第1の実速度指令18を速度制御器20の指令とするモータ制御装置。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータに接続された機械端を位置制御する位置制御系に含まれるモータ制御装置であって、
前記モータ制御装置は、
上位系制御装置から第1の速度指令を受取り、
前記上位系制御装置に対してモータ軸の位置応答を出力するよう前記位置制御系に組込まれ、
速度制御器と、
速度制御系内制振制御器とを有し、
前記速度制御系内制振制御器は、
前記第1の速度指令と前記モータ軸の位置応答とに基づいて位置指令の推定値を算出する位置指令推定器と、
前記位置指令の推定値に基づき前記第1の速度指令に含まれる前記機械端の振動を励起する周波数成分を抽出し、抽出した前記周波数成分を出力する並列型制振制御器と、
前記並列型制振制御器に起因して発生する応答遅れを改善する位相調整器と、
前記位相調整器の出力を速度の次元に変換する第1の単位変換器と、
演算器とを有し、
前記演算器は、
前記第1の速度指令から前記並列型制振制御器の出力を減算して前記機械端の振動を励起する前記周波数成分を前記第1の速度指令から除去し、第2の速度指令として出力し、
前記第1の単位変換器の出力と前記第2の速度指令とに基づいて前記速度制御系内制振制御器の出力としての第1の実速度指令を出力し、
前記第1の実速度指令を前記速度制御器の指令とするモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記演算器は、
前記第1の速度指令から前記並列型制振制御器の出力を減算する第1の加減算器と、
前記第1の単位変換器の出力と前記第2の速度指令とを加算する第2の加減算器とを有するモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記位置指令推定器は、
前記上位系制御装置に含まれる位置制御器の逆特性に一致する推定フィルタと第3の加減算器とを有し、
前記第1の速度指令を前記推定フィルタで処理した信号と、前記モータ軸の位置応答とを前記第3の加減算器で加算したものを前記位置指令の推定値として出力するモータ制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記並列型制振制御器は、
前記位置指令の推定値から前記第1の速度指令に含まれる前記機械端の振動を励起する周波数成分を位相遅れなく抽出する振動励起成分抽出器と、
前記振動励起成分抽出器で抽出された振動励起成分信号の単位を速度の次元に変換する第2の単位変換器とを有し、
前記第2の単位変換器の出力を前記並列型制振制御器の出力とし、
前記演算器は、
前記振動励起成分抽出器の入力と出力の差分を演算し、
前記位相調整器は、
前記差分を入力し、位相の調整をして前記第1の単位変換器に出力するモータ制御装置。
【請求項5】
請求項4に記載のモータ制御装置において、
前記演算器は、
前記第1の速度指令から前記並列型制振制御器の出力を減算する第1の加減算器と、
前記第1の単位変換器の出力と前記第2の速度指令とを加算する第2の加減算器と、
前記振動励起成分抽出器の入力から出力を減じる第4の加減算器とを有するモータ制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記速度制御系内制振制御器は、
前記上位系制御装置に含まれる位置制御器のフィードバック制御にかかる応答遅れを改善するためのフィードフォワード制御器を有し、
前記演算器は、
前記位相調整器の入力と出力とを演算し、
当該演算の結果を前記フィードフォワード制御器は入力し、
前記フィードフォワード制御器の出力と前記第1の実速度指令とから第2の実速度指令を演算し、
前記第2の実速度指令を前記速度制御系内制振制御器の出力とするモータ制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載のモータ制御装置において、
前記演算器は、
前記位相調整器の入力と出力とを加算する第5の加減算器と、
前記フィードフォワード制御器の出力と前記前記第1の実速度指令とを加算する第6の加減算器とを有するモータ制御装置。
【請求項8】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記位相調整器は、ハイパスフィルタであるモータ制御装置。
【請求項9】
請求項6に記載のモータ制御装置において、
前記フィードフォワード制御器は、
ハイパスフィルタであることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項10】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記位相調整器のフィルタパラメータは、前記機械端の振動特性に基づいて設定されるモータ制御装置。
【請求項11】
請求項6に記載のモータ制御装置において、
前記フィードフォワード制御器のフィルタパラメータは、前記機械端の振動特性に基づいて設定されるモータ制御装置。
【請求項12】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記上位系制御装置は、
前記位置制御系に組み込まれ位置制御器を含み、前記位置指令を生成し、
前記位置制御器は、前記位置指令と前記モータ制御装置から受け取った前記モータ軸の位置応答とから、前記第1の速度指令を生成するモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
セミクローズド構成のモータ制御系で制御対象機械を駆動する場合において、
機械の剛性が低い場合には、機械の共振・反共振特性が原因で機械の端部(以降機械端と記述する)が数Hz~100Hzの低周波数で振動し、所望の応答特性を実現できない場合がある。
【0003】
位置決め精度と位置決めに要する時間の短縮の両立が必要なFA分野の作業機械では、このような場合、一般的に制振制御が用いられる。制振制御は一般に制御指令の加工により成され、制御指令から機械端の振動を励起する周波数成分を除去する方法が知られている。
【0004】
特許文献1は、位置指令に対して2つの制振フィルタを切り替えて用いることで機械の共振・反共振特性が変化する場合であっても機械の端部を制振可能とするもので、制振フィルタの一例としてはノッチフィルタが挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
モータ制御系が位置制御系である場合、位置指令を、ノッチフィルタ等を用いて加工することで制振制御を実現できるが、
図2に示すように、機器のリプレースなどの産業上の都合により、位置指令を生成する上位系制御装置が位置制御器を内包し、マイナーループである速度制御系をサーボモータ制御装置が担うような装置構成となる場合がある。
【0007】
さらにメンテナンス性や各装置のスペックなどの都合により、位置制御器で制振制御を実現せず、マイナーループである速度制御系を担うサーボモータ制御装置内で制振制御を実現したい場合がある。
【0008】
特許文献1では、制振制御に寄与する制振フィルタ3、フィルタ切替え手段9、指令方向検出手段4は、
図2における上位系制御装置で制振制御を実現する構成である。そのため、特許文献1では、速度制御系を担うサーボモータ制御装置内で制振制御を実現してはいない。
【0009】
さらに、機械端振動を励起する周波数成分を抽出するフィルタとしてラインエンハンサ(LE)を使う制振制御をする場合に、制振制御特有の応答遅れの発生が生じないことが課題となる。
【0010】
本発明は、セミクローズド構成のモータ制御系において、上位系制御装置が位置制御器を内包し、速度制御系を担うモータ制御装置内で制振制御を実現するモータ制御装置において、制振制御特有の応答遅れを改善ずるモータ制御装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、モータに接続された機械端を位置制御する位置制御系に含まれるモータ制御装置であって、
前記モータ制御装置は、
上位系制御装置から第1の速度指令を受取り、
前記上位系制御装置に対してモータ軸の位置応答を出力するよう前記位置制御系に組込まれ、
速度制御器と、
速度制御系内制振制御器とを有し、
前記速度制御系内制振制御器は、
前記第1の速度指令と前記モータ軸の位置応答とに基づいて位置指令の推定値を算出する位置指令推定器と、
前記位置指令の推定値に基づき前記第1の速度指令に含まれる前記機械端の振動を励起する周波数成分を抽出し、抽出した前記周波数成分を出力する並列型制振制御器と、
前記並列型制振制御器に起因して発生する応答遅れを改善する位相調整器と、
前記位相調整器の出力を速度の次元に変換する第1の単位変換器と、
演算器とを有し、
前記演算器は、
前記第1の速度指令から前記並列型制振制御器の出力を減算して前記機械端の振動を励起する前記周波数成分を前記第1の速度指令から除去し、第2の速度指令として出力し、
前記第1の単位変換器の出力と前記第2の速度指令とに基づいて前記速度制御系内制振制御器の出力としての第1の実速度指令を出力し、
前記第1の実速度指令を前記速度制御器の指令とするモータ制御装置である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、速度制御系を担うモータ制御装置内で制振制御を実現する際の、制振制御特有の応答遅れを改善でき、位置決め時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】上位系制御装置とサーボモータ制御装置とからなる構成を示す図。
【
図9】FF制御器を伴う2自由度制御器の具体的構成を示す図。
【
図10】モデルマッチング2自由度制御器の具体的構成を示す図。
【
図12】速度制御系内制振制御器を有するACサーボモータ制御系を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、本実施例の前提となる構成としての
図3の説明をする。
図3は、位置指令を加工せず、サーボモータ制御装置301内で制振制御を実現する技術である。
図3のサーボモータ制御装置301は、位置指令推定器9、並列型制振制御器10、速度制御器20、位置・速度算出器21、電流制御系207および加減算器304を有し、上位系制御装置201から得られる速度指令303を加工する点が特徴である。
【0015】
より具体的には、並列型制振制御器10は振動励起成分抽出器と単位変換器とから成り、位置指令推定器9から得た位置指令推定値13から、機械端204の振動を励起する周波数成分を振動励起成分抽出器で抽出し、単位変換器で速度の単位に変換し、速度指令303から振動励起成分を除去することで機械端の振動抑制を実現する。
【0016】
図3では、並列型制振制御器10内の振動励起成分抽出器には、位置指令推定器9から機械端振動を励起する周波数成分を位相遅れなく抽出できるフィルタとしてラインエンハンサ(LE)に相当する次式を採用している。
【0017】
【0018】
但し、Wは抽出幅、Lは抽出パワーレベルを担うパラメータで、ωnは抽出する周波数[rad/s]である。またsはラプラス演算子である(以降、sはラプラス演算子を意味する)。
【0019】
W=1、L=0.1、ωn=2π×10とした際の式(1)の周波数特性を
図4に示す。周波数ωnにおいて振幅がピークを迎え、位相遅れが0となる点が特徴である。
【0020】
図4の上段の縦軸はMagnitude(抽出する周波数の振幅)であり、横軸はFrequency(抽出する波形の周波数)である。
図4の下段の縦軸はPhase(抽出する周波数の位相)であり、横軸はFrequency(抽出する波形の周波数)である。
【0021】
式(1)のLEを用いた制振制御においては、制振制御特有の応答遅れの発生が課題となる。具体的には、周波数ωn以下の帯域で位相遅れが生じ、機械端の振動を抑制できる一方で、十分な応答特性が得られず、位置決め時間を十分に短縮しきれない場合がある。
【0022】
以下、本発明を適用した実施例は、制振制御特有の応答遅れ改善する構成であり、図面を参照しながら説明する。なお各図において、共通な機能を有する構成要素には同一の番号を付与し、その説明を省略する。また、以降「フィードバック」は「FB」と、「フィードフォワード」は「FF」と略記する場合がある。
【実施例0023】
図1は、本実施例の速度制御系内制振制御器15の構成を示したもので、
図3のサーボモータ制御装置301内の速度制御系内制振制御器302に対して、新たに位相調整器1、加減算器3および加減算器17、単位変換器12が追加された構成である。
【0024】
本実施例は、
図3に示すようにモータ制御系が上位系制御装置201とサーボモータ制御装置301とで構成される場合を想定にしたものである。本実施例のサーボモータ制御装置301はモータに接続された機械端を位置制御する位置制御系に含まれる。
【0025】
上位系制御装置201は位置指令24を生成し、位置制御器22を含み、サーボモータ制御装置301からモータ軸の位置応答23を受け取り、位置指令24とモータ軸の位置応答23とに基づき位置制御器22で速度指令14を生成し、これをサーボモータ制御装置301に出力する。なお位置指令24は、上位系制御装置201の外部から別の上位装置等から与えられるものであってもよい。
【0026】
本実施例のサーボモータ制御装置301は、速度制御系を担う速度制御器20、電流制御系207、位置・速度算出器21、および速度制御系内制振制御器15を含み、上位系制御装置201から速度指令14を受け取り、モータに対して速度制御を行うとともに、モータに取り付けらえた位置・速度を把握可能なセンサ(例えばロータリーエンコーダ)からの計測信号に基づき位置・速度算出器21でモータ軸の位置を算出し、これをモータ軸の位置応答23とし、モータ軸の位置応答23を上位系制御装置201に出力する。
【0027】
サーボモータ制御装置301は、図示は省略したがCPU(Central Processing Unit)を有する。位置指令推定器9、並列型制振制御器10、加減算器304などの各処理部を含む速度制御系内制振制御器302、速度制御器20、位置・速度算出器21、電流制御系207などは、CPUがプログラムを読み出してプログラムを実行することで、各処理部の処理が実行される。ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等のハードウェアで、各処理部の全部もしくは一部を構成することもできる。また上位系制御装置201はCPUを有し、位置制御器22に対応したプログラムをCPUが実行する。
【0028】
本実施例は、上位系制御装置201の位置制御器22が制振制御を含まず、サーボモータ制御装置301の内部で制振制御を実現し、かつ制振制御特有の応答遅れを改善することを課題とし、速度制御系内制振制御器15はそれを成すための本実施例の制振制御器である。
【0029】
速度指令14を加工することで制振制御を実現する。これには原理的には以下のステップの処理を行えればよい。
S1:位置指令の把握・推定
S2:把握・推定した位置指令から機械端振動を励起する周波数成分を抽出
S3:S2で抽出した周波数成分を含まない速度指令を生成し、速度制御器の速度指令とする
ステップS1は位置指令推定器9で実現される。
その実現手段の一例は、次式である。位置指令推定器9は、式(2)に従い、第1の速度指令14を推定フィルタで処理した信号と、モータ軸の位置応答23とを、第3の加減算器で加算したものを位置指令の推定値として出力する。
【0030】
【0031】
但し、re、srおよびypは各々位置指令推定値13、速度指令14およびモータ軸の位置応答23であり、Fpは、位置制御器22の逆特性に一致する推定フィルタである。例えば位置制御器22がP制御器ならば、FpはP制御器の逆特性、すなわちPゲインの逆数となる。なお、以降議論の簡単化のために、位置指令推定器9で得られる位置指令推定値13は、位置指令24を誤差無く推定できるものとする。
【0032】
ステップS2は、振動励起成分抽出器11で実現される。振動励起成分抽出器11はフィルタとしてラインエンハンサ(LE)であり、ラインエンハンサはすでに述べた式(1)の機能を有する。
【0033】
ステップS3は、単位変換器12および加減算器16で実現され、振動励起成分抽出器11の出力の単位を単位変換器12で位置から速度に変換し、これを速度指令14から加減算器16で除去することで、機械端振動を励起する周波数成分を含まない速度指令8を実現できる。なお単位変換器12の一例は、上位系制御装置201に含まれる位置制御器22である。
【0034】
位置制御器22は、位置指令24や、位置指令24とモータ軸の位置応答23との偏差に基づき速度指令を生成する役割を担う。したがって速度制御系内制振制御器15においては、単位変換器12の役割を担うことが可能である。
【0035】
振動励起成分抽出器11の式(1)のLEは、
図4に示すように、位置指令推定値13から機械端振動を励起する周波数成分を位相遅れなく抽出できる。しかしながら、LEは抽出する周波数ωn[rad/s]より低い帯域では位相を進ませる特徴がある(但し位相の最大進み量はπ/2[rad/s])。
【0036】
今、周波数ωの正弦波に対して、振幅がα(0<α≦1)で位相がβ(0<β<π/2)だけ進んだ正弦波を減ずる以下の処理を考える。
【0037】
【0038】
これを式変形すると以下となる。
【0039】
【0040】
【0041】
α(0<α≦1)かつβ(0<β<π/2)においては、γは常に負になる。したがって、周波数ωの正弦波に対して、振幅がα(0<α≦1)で位相がβ(0<β<π/2)だけ進んだ正弦波を減じた結果得られる正弦波Sc(t)は、周波数ωの正弦波に対して必ず位相が遅れた周波数ωの正弦波となる。なお位相の遅れ量はαが大きい場合に増加する傾向となる。
【0042】
また周波数ωの正弦波に対して、振幅がα(0<α≦1)で位相がβ(0<β<π/2)だけ進んだ正弦波を加算する以下の処理を考える。
【0043】
【0044】
これを式変形すると以下となる。
【0045】
【0046】
【0047】
式(8)のγは、α(0<α≦1)かつβ(0<β<π/2)においては、常に正になる。したがって、周波数ωの正弦波に対して、振幅がα(0<α≦1)で位相がβ(0<β<π/2)だけ進んだ正弦波を加算した結果得られる正弦波Sc(t)は、周波数ωの正弦波に対して必ず位相が進んだ周波数ωの正弦波となる。
【0048】
本実施例は、式(6)~式(8)の原理を利用して、制振制御特有の応答遅れを改善する。
【0049】
図1の並列型制振制御器10では式(1)を採用する。したがって、LEの特性上、周波数ωnより低い周波数成分(ωLとする)はLEによって進まされる。速度指令14の周波数ωLの周波数成分に対してLEによって位相が進まされた周波数ωLの周波数成分が加減算器16にて減じられるため、式(3)~式(5)の原理から加減算器16の出力8における、周波数ωLの周波数成分は必ず速度指令14の同周波数成分に対して遅れを有する。特にωLがωnに近いとき、LEの特性上、ゲインが高い(すなわちαが大きい)。
したがってωLがωnに近い場合の方が、位相遅れ量は顕著となる。
【0050】
これが、LEを用いた並列型制振制御における、制振制御特有の応答遅れの発生原因である。このような位相遅れ特性が速度指令14のωnより低い帯域の周波数成分を遅らせてしまうため、速度指令が全体的に遅れたものになる。
【0051】
本実施例は、このような速度指令14の位相が遅らされてしまう問題に対して、
図1の位相調整器1、加減算器3、単位変換器12、および加減算器17を用いる。
【0052】
加減算器3の出力2は、振動励起成分抽出器11の性質から、機械端振動を励起する周波数が除去された位置指令(推定値)であり、但し、周波数ωnより低い周波数成分は、出力8と同様に、位置指令推定値5(位置指令推定値13)よりも位相が遅れたものとなっている。
【0053】
位相調整器は、振動励起成分抽出器11に起因して遅れた周波数成分を進ませて、単位変換器12で単位を位置から速度に変換した後に、加減算器17で出力8に加算する。この結果、式(6)~式(8)の原理に従えば、振動励起成分抽出器11に起因してωnより低い周波数成分に位相遅れを有した出力8の位相遅れを進ませることができ、結果として、制振制御特有の応答遅れを改善することができる。換言すると、本実施例は振動励起成分抽出器11に起因して生じた速度指令14の位相遅れを改善することで、速度指令の遅れを改善した速度指令18(以降、これを実速度指令18と記す)を生成することができるという、速度指令の加工を狙ったものである。実速度指令18は、速度制御器20の速度指令である、
なお、出力2には機械端の振動を励起する周波数成分を含まれないため、出力8に対して、単位変換器12の出力7を加減算器17で加算して得られた実速度指令18は、やはり機械端の振動を励起することのない、制振効果のある速度指令になっている点に注意する。
【0054】
位相調整器1の一例は、以下に示す1次のハイパスフィルタ(HPF)である。
【0055】
【0056】
但し、ωhは遮断周波数[rad/s]、h(>1)は調整ゲインである。
【0057】
ωh=2π×10、h=2.5とした際の、HPFの周波数特性を
図5に示す。
【0058】
図5の上段の縦軸はMagnitude(HPFにおける周波数の振幅)であり、横軸はFrequency(HPFにおける波形の周波数)である。
図5の下段の縦軸はPhase(HPFにおける周波数の位相)であり、横軸はFrequency(HPFにおける波形の周波数)である。
【0059】
周波数ωhでπ/4[rad/s]位相が進み、周波数ωhより低い帯域では最大でπ/2[rad/s]の位相進む特性である。またゲインに関しては、高域で20×log10(h)だけゲイン増になる特性である。
【0060】
したがって、式(9)を用いることで、速度指令14の位相の遅れを改善できる。
【0061】
式(9)のパラメータωhおよびhには設計自由度がある。例えば、遮断周波数をLEの抽出する周波数ωnに一致させた場合(ωh=ωn)、ランプ指令に対する応答の立ち上がり遅れは理論上、hの増加に対して線形的に改善できる。
【0062】
また、機械端振動の応答特性は次の式(10)で表現されることが多い。
【0063】
【0064】
但し、ωaは機械端振動の周波数[rad/s]、ζaは減衰係数である。
なお機械端の振動周波数をLEで抽出するにはωa=ωnとすればよい。
【0065】
HPFのパラメータ設計に関して、式(10)のARの周波数特性が既知であるならば、これを考慮したものとしてもよい。
【0066】
ARの周波数特性を
図6に示す。なお、ωa=2π×10、ζa=0.1としている。
【0067】
図6の上段の縦軸はMagnitude(ARにおける周波数の振幅)であり、横軸はFrequency(ARにおける波形の周波数)である。
図6の下段の縦軸はPhase(ARにおける周波数の位相)であり、横軸はFrequency(ARにおける波形の周波数)である。
【0068】
ARはωaより高域では位相が遅れ、ゲインも減衰する特性となる。したがって、HPFでは、ωhおよびhはARの関数としてωh(ωa、ζa)、およびh(ωa、ζa)とし、ωh(ωa、ζa)>ωaとして積極的に高域で位相を進ませ、h(ωa、ζa)>2として積極的に高域でのゲインを高めることで、制振制御特有の応答遅れに加えてARの特性に伴う応答遅れを改善する効果が期待できる。位相調整器のフィルタパラメータは、機械端の振動特性(振動の周波数及び振動の減衰係数)に基づいて設定される。
【0069】
このようなHPFの積極的な設計が可能な理由は、HPFの入力である出力2に機械端の振動を励起する周波数成分が含まれないためである。
【0070】
このように、本実施例によれば、上位系制御装置が位置制御器を内包し、速度制御系を担うモータサーボ制御装置内で制振制御を実現する手段を備えたモータ制御装置の提供において、並列型制振制御器10に起因して発生する制振制御特有の応答遅れを簡単な処理にて改善することができ、結果位置決め時間の短縮が可能である。
したがってFF制御器72を伴う本実施例によれば、上位系制御装置が位置制御器を内包し、速度制御系を担うモータサーボ制御装置内で制振制御を実現する手段を備えたモータ制御装置の提供において、並列型制振制御器10に起因して発生する制振制御特有の応答遅れを簡単な処理にて改善することができ、かつFB制御器に起因したFBループの応答遅れも併せて改善することが可能であり、結果位置決め時間の短縮が可能である。
なお、ωfはFF制御における所望の応答特性を規定し、ωpは位置制御器22の制御ゲインであるから、式(13)に含まれるパラメータは一意に定まるもので、機械端振動の応答特性ARとは独立に設計されるものである。しかしながら、式(13)のhfを調整ゲインと見なして、hfのωpをあえて調整できるものとしてもよい。
これにより、応答遅れを更に改善できる場合がある。位相調整器1とFF制御器72とは、改善する遅れ特性に明確な違いがあり、独立設計されることが前提であることは既に述べた通りだが、あえてhfのωpを調整要素とし、位相調整器1のパラメータωh(ωa、ζa)、およびh(ωa、ζa)とバランスするように適切な設計を行うことで、トータルとして機械端振動を抑制しながら、機械端の応答遅れを短縮可能となる場合がある。
このような効果は、FF制御器72を位相調整器1のHPFと同様の役割と見なし、HPFを二つ用いて速度指令8の位相を調整した結果得られたものである、と解釈できる。