(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023056329
(43)【公開日】2023-04-19
(54)【発明の名称】補強壁及び壁補強方法
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20230412BHJP
【FI】
E04G23/02 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021165619
(22)【出願日】2021-10-07
(71)【出願人】
【識別番号】000000549
【氏名又は名称】株式会社大林組
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】萩尾 浩也
(72)【発明者】
【氏名】江村 勝
(72)【発明者】
【氏名】巻島 一穂
(72)【発明者】
【氏名】緒方 大二郎
【テーマコード(参考)】
2E176
【Fターム(参考)】
2E176AA02
2E176BB29
(57)【要約】
【課題】既存壁を補強する鋼板の座屈を防止するとともに、既存壁の耐力を向上させる。
【解決手段】耐震補強壁10は、既設の鉄筋コンクリート造の柱2及び梁3によって囲まれた領域に構築された鉄筋コンクリート造の既存壁20と、既存壁20に形成された接着剤層38と、接着剤層38によって既存壁20に接合された鋼板30と、鋼板30を既存壁20に固定するあと施工アンカー40と、鋼板30及び既存壁20に増し打ちされた増厚部50と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
既設の鉄筋コンクリート造の柱と梁によって囲まれた鉄筋コンクリート造の既存壁と、
前記既存壁の面外方向へ順に前記既存壁に積層された鋼板及び鉄筋コンクリート造の増厚部と、を備える補強壁。
【請求項2】
前記既存壁に打ち込まれて前記鋼板を前記既存壁に固定し、前記増厚部に一部埋め込まれたアンカーを更に備える請求項1に記載の補強壁。
【請求項3】
既設の鉄筋コンクリート造の柱と梁によって囲まれた鉄筋コンクリート造の既存壁に鋼板を貼り付け、その後、鉄筋コンクリート造の増厚部を前記鋼板に積層するよう増し打ちする壁補強方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補強壁及び壁補強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、鉄筋コンクリート造の柱と梁によって囲まれた領域に構築された鉄筋コンクリート壁の壁面に鋼板をアンカーで固定することによって、鉄筋コンクリート壁を補強する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、鋼板によって鉄筋コンクリート壁を補強しても、耐力がそれほど向上しない。また、座屈が鋼板に発生し始める荷重もそれほど高くなく、地震時には鋼板が座屈したり、鉄筋コンクリート壁から剥離したりすることがある。
そこで、本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、既存壁を補強する鋼板の座屈を防止するとともに、既存壁の耐力を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するための補強壁は、既設の鉄筋コンクリート造の柱と梁によって囲まれた鉄筋コンクリート造の既存壁と、前記既存壁の面外方向へ順に前記既存壁に積層された鋼板及び鉄筋コンクリート造の増厚部と、を備える。
【0006】
上記課題を解決するための壁補強方法は、既設の鉄筋コンクリート造の柱と梁によって囲まれた鉄筋コンクリート造の既存壁に鋼板を貼り付け、その後、鉄筋コンクリート造の増厚部を前記鋼板に積層するよう増し打ちする方法である。
【0007】
以上によれば、増厚部が設けられることによって補強壁が厚くなるため、また既存壁が鋼板及び増厚部によって補強されるため、補強壁の耐力及び耐震性が向上する。
既存壁の面外方向へ順に鋼板及び増厚部が既存壁に積層されるため、座屈が鋼板に発生し始める荷重が高まり、地震時における鋼板の座屈及び剥離の発生を抑制できる。よって、補強壁の耐力及び耐震性が高い。
【0008】
好ましくは、前記補強壁が、前記既存壁に打ち込まれて前記鋼板を前記既存壁に固定し、前記増厚部に一部埋め込まれたアンカーを更に備える。
以上によれば、鋼板が既存壁から剥離し難くなり、鋼板の座屈が防止される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、既存壁の耐力が向上し、鋼板の座屈及び剥離が防止される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図5】既存壁に鋼板を貼り付ける工程の説明図である。
【
図6】あと施工アンカーを打ち込む工程の説明図である。
【
図7】鉄筋コンクリート造の増厚部を増し打ちする工程の説明図である。
【
図8】シミュレーションにより求めた部材角と水平せん断力との関係を示したグラフである。
【
図10】変形例(2)の耐震補強壁の断面図である。
【
図11】変形例(3)の耐震補強壁の正面図である。
【
図12】変形例(4)の耐震補強壁の正面図である。
【
図13】変形例(5)の耐震補強壁の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。以下に述べる実施形態には、本発明を実施するために技術的に好ましい種々の限定が付されているが、本発明の範囲を以下の実施形態及び図示例に限定するものではない。
【0012】
1. 耐震補強壁
図1は、建築物の耐震補強壁及び柱梁架構を示す正面図である。
図2は、
図1に示すII-IIに沿った断面図である。
図3は、
図1に示すIII-IIIに沿った断面図である。
【0013】
柱梁架構1は、建築物の既設躯体の隣り合う柱2,2と隣り合う梁3,3とからなる。柱2,2が鉛直に立設され、梁3,3が柱2,2間に水平に架設され、これにより柱梁架構1が矩形枠状に設けられている。柱2,2及び梁3,3は鉄筋コンクリート造又は鉄骨鉄筋コンクリート造である。
【0014】
耐震補強壁10は柱梁架構1の内側に構築されている。耐震補強壁10は、鉄筋コンクリート造の既存壁20と、接着剤層38と、鋼板30と、複数のあと施工アンカー40と、鉄筋コンクリート造の増厚部50と、を備える。耐震補強壁10は、既設の既存壁20の片側の面21に接着剤層38により接合された鋼板30をあと施工アンカー40により既存壁20に固定した上で、その面21及び鋼板30に増厚部50を増し打ちしたものである。そのため、既存壁20の面外方向へ順に接着剤層38、鋼板30及び増厚部50が既存壁20に積層され、これにより既存壁20が補強される。
【0015】
既存壁20は、柱梁架構1の内側に構築された耐震壁である。既存壁20の壁筋はダブル配筋又はシングル配筋である。ダブル配筋とは、格子状に配筋された縦筋と横筋との組が既存壁20の厚さ方向に二組あることいい、シングル配筋とは、縦筋と横筋との組が一組であることをいう。縦筋の端は梁3に定着され、横筋の端は柱2に定着されている。
【0016】
既存壁20はその中央に矩形状の開口22を有する。ここで、
図4の正面図に示すように、既存壁20のうち開口22の上の部分23を垂れ壁部23といい、開口22の下の部分24を腰壁部24といい、開口22の両側の部分25を袖壁部25という。垂れ壁部23の両側且つ袖壁部25の上の部分26を上袖壁部26といい、腰壁部24の両側且つ袖壁部25の下の部分27を下袖壁部27という。
【0017】
図1~
図3に示すように、鋼板30は接着剤層38によって既存壁20の袖壁部25に貼り付けられている。接着剤層38は、樹脂系接着剤又はセメント系接着剤が硬化したものである。
【0018】
複数のあと施工アンカー40は、面内において格子状に配列されている。あと施工アンカー40は、鋼板30を既存壁20の袖壁部25に締結する。これらあと施工アンカー40は、袖壁部25から鋼板30の剥離を抑えるとともに、鋼板30の座屈を抑える。
【0019】
あと施工アンカー40は、アンカーボルト41及びナット42を有する。アンカーボルト41は鋼板30を貫通し、アンカーボルト41の一部が袖壁部25に埋め込まれているとともに袖壁部25に定着されている。アンカーボルト41は金属系アンカーボルト又は接着系アンカーボルトである。ナット42はアンカーボルト41にねじ止めされて、鋼板30を袖壁部25に締め付ける。なお、アンカーボルト41にねじ止めされるナット42の数は2個以上であってもよい。ナット42の数が2個以上の場合、これらナット42が互いに離れていてもよいし、積み重なっていてもよい。ナット42の数が2個以上であれば、鋼板30が既存壁20から剥離し難くなる範囲があと施工アンカー40の周囲に拡がり、鋼板30の座屈防止効果が高くなる。
【0020】
増厚部50は鋼板30に積層されるよう増し打ちされているとともに、鋼板30からはみ出た領域、つまり上袖壁部26、下袖壁部27、垂れ壁部23及び腰壁部24に積層されるよう増し打ちされている。増厚部50の壁筋は格子状に配筋されているとともに、増厚部50のコンクリートに埋め込まれている。増厚部50の壁筋はシングル配筋又はダブル配筋である。増厚部50の壁筋のうち縦筋の端はアンカー等によって梁3に定着され、横筋の端はアンカー等によって柱2に定着されている。
あと施工アンカー40のうち鋼板30から突き出た部分は増厚部50のコンクリートに埋め込まれている。
【0021】
増厚部50は既存壁20の開口22に打ち込まれていない。増厚部50は、既存壁20の開口22に重なる開口を中央に有する。
【0022】
2. 既存壁の補強方法
続いて、既存壁20の補強方法、つまり耐震補強壁10の施工方法について説明する。
まず、鋼板30と袖壁部25の一方又は両方に接着剤を塗布し、
図5に示すように鋼板30を接着剤によって袖壁部25に貼り付ける。なお、格子状配列の通し孔31が鋼板30に予め形成されている。通し孔31は、あと施工アンカー40のアンカーボルト41が通される穴である。
【0023】
次に、
図6に示すように、複数のあと施工アンカー40を袖壁部25に打ち込んで、これらのあと施工アンカー40によって鋼板30を袖壁部25に締め付ける。以下、あと施工アンカー40の打ち込みについて詳細に説明する。
まず、通し孔31を通じてドリル等によって埋込穴を袖壁部25に開ける。次に、アンカーボルト41を通し孔31に挿入して埋込穴に埋め込み、アンカーボルト41を袖壁部25に定着する。次に、ナット42をアンカーボルト41にねじ止めし、ナット42によって鋼板30を袖壁部25に締め付ける。
【0024】
あと施工アンカー40の打ち込み後、
図7に示すように増厚部50を増し打ちする。以下、増厚部50の増し打ちについて詳細に説明する。
まず、縦筋及び配筋を配筋する。縦筋の配筋に際しては、縦筋の端を梁3に定着する。横筋の配筋に際しては、横筋の端を柱2に定着する。次に、柱2,2及び梁3,3によって囲まれた領域内に型枠を組む。次に、型枠の内側にコンクリートを打設することで、縦筋及び横筋がコンクリートに埋め込まれ、あと施工アンカー40のうち鋼板30から突き出た部分もコンクリートに埋め込まれる。打設したコンクリートが硬化したら、型枠を解体して、増厚部50を露出させる。
【0025】
3. 耐震補強壁の有利な効果
(1) 増厚部50が設けられることによって耐震補強壁10が厚くなるため、耐震補強壁10の耐力及び耐震性が向上する。また、増厚部50による耐震補強壁10の耐力及び耐震性の向上は、鋼板30の薄型化を実現できるとともに、鋼板30の材料費低下に繋がる。
【0026】
(2) 鋼板30が既存壁20の袖壁部25を補強するため、耐震補強壁10の耐力及び耐震性が向上する。また、鋼板30による耐震補強壁10の耐力及び耐震性の向上は、増厚部50の薄型化と増厚部50の材料費低下に繋がる。
【0027】
(3) 鋼板30が鉄筋コンクリート造の既存壁20及び増厚部50の間に挟まれているため、座屈が鋼板30に発生し始める荷重が高まり、鋼板30の座屈の発生が防止される。
【0028】
(4) 鋼板30があと施工アンカー40によって既存壁20に固定されているため、既存壁20から鋼板30の剥離が防止されるとともに、鋼板30の座屈が防止される。特に、あと施工アンカー40が鋼板30を既存壁20に締め付けるため、接着剤層38と既存壁20の界面近傍における既存壁20のコンクリートの剥離が防止され、その結果、鋼板30の剥離及び座屈が防止される。
【0029】
(5) 接着剤層38が鋼板30と既存壁20との間に介在し、鋼板30が接着剤層38によって既存壁20に接合されている。そのため、鋼板30が既存壁20から剥離し難くなり、鋼板30の座屈が防止される。
【0030】
4. シミュレーションによる検証
有限要素法を用いたシミュレーションを行って、上の梁3を水平方向に変位させた場合の部材角と水平せん断力との関係を求めた。
【0031】
シミュレーションのモデルは次の4種類である。
(1) 耐震補強壁10
(2) 既存壁20のみ(つまり、鋼板30、接着剤層38、あと施工アンカー40及び増厚部50無し)
(3) 既存壁20及び増厚部50のみ(つまり、鋼板30、接着剤層38及びあと施工アンカー40無し)
(4) 既存壁20、鋼板30、接着剤層38及びあと施工アンカー40のみ(つまり、増厚部50無し)
【0032】
何れのモデルも実際の壁を約3分の1に縮尺したものである。モデルにおいて、既存壁20の内法高さは0.9mであり、既存壁20の内法幅は1.48mであり、開口22の鉛直方向の寸法は0.3mであり、開口22の水平方向の寸法は0.5mであり、既存壁20の厚さは40mmであり、鋼板30の厚さは6mmであり、接着剤層38の厚さは約1mmであり、増厚部50の厚さは40mmである。
【0033】
シミュレーション結果を
図8に示す。
図8のグラフ中、横軸は部材角を表し、縦軸はせん断応力を表す。部材角は、上の梁3の水平変位を壁の高さで除したものである。(1)~(4)のモデルにおける最大水平せん断力、つまりせん断耐力を比較すると、(1)のモデルのせん断力耐力が最も大きく、(3)のモデルのせん断耐力が2番目に大きく、(4)のモデルのせん断耐力が3番目に大きく、(2)のモデルのせん断耐力が最も小さい。(3)又は(4)のモデルのように増厚部50と鋼板30のどちらかによって既存壁20を補強しただけでは、既存壁20の耐力及び耐震性がそれほど向上しない。(1)のモデルのように鋼板30及び増厚部50の両方によって既存壁20を補強すれば、耐震補強壁10の耐力及び耐震性が向上することが分かる。
【0034】
5. 変形例
耐震補強壁10の各構成要素を以上の実施形態から変更してもよい。以上の実施形態からの変更点について以下に説明する。以下に説明する(1)~(6)の変更点のうち少なくとも2つの変更点は、可能な限り組み合わせて適用してもよい。
【0035】
(1)
図9に示すように、鋼板30及び接着剤層38が袖壁部25(
図4参照)から上袖壁部26(
図4参照)及び下袖壁部27(
図4参照)へはみ出て、鋼板30が接着剤層38によって袖壁部25、上袖壁部26及び下袖壁部27に貼り付けられてもよい。この場合、あと施工アンカー40の格子状配列が上袖壁部26及び下袖壁部27にも及び、鋼板30があと施工アンカー40によって上袖壁部26及び下袖壁部27に固定されている。
【0036】
(2)
図10に示すように、あと施工アンカー40の代わりにリブ40Aが設けられてもよい。リブ40Aは鋼板30から面外方向に突出するように鋼板30に溶接されていて、増厚部50のコンクリートに埋め込まれている。リブ40Aは、縦方向に延在するとともに、横方向に間隔を置いて配列されている。リブ40Aとしてアングル鋼又は帯板が採用される。
リブ40Aの設置は、鋼板30を既存壁20に貼り付ける前であってもよいし、既存壁20に貼り付けた後且つ増厚部50を増し打ちする前であってもよい。
このようなリブ40Aは鋼板30を補強して、地震時の鋼板30の座屈を抑制する。強いては、地震時の既存壁20及び増厚部50から鋼板30の剥離が抑えられる。
なお、リブ40Aは、横方向に延在するとともに、縦方向に間隔を置いて配列されてもよい。また、リブ40Aは、格子状に設けられてもよい。
【0037】
(3)
図11に示すように、既存壁20が開口を有さなくてもよい。この場合、鋼板30が接着剤層38によって既存壁20の全体に貼り付けられている。また、あと施工アンカー40が既存壁20の全体に亘って格子状に配列され、鋼板30がこれらあと施工アンカー40によって既存壁20に全体的に固定されている。
【0038】
(4)
図12に示すように、鋼板30が複数の鋼板片32に分割されたものであり、これら鋼板片32が既存壁20に貼り付けられてもよい。この場合、鋼板片32が溶接により互いに接合されていてもよいし、溶接されずに互いに接触していてもよい。鋼板片32を互いに溶接する工程は、鋼板片32を接着剤層38によって既存壁20に貼り付ける工程の前であってもよいし、その工程の後であってもよい。なお、上記(1)及び(3)の場合でも、鋼板30が複数の鋼板片32に分割されもよい。
【0039】
(5)
図13に示すように、鋼板30が複数の鋼製帯板33に分割されたものであり、これら鋼製帯板33が既存壁20に貼り付けられてもよい。これら鋼製帯板33は、縦方向に長尺に延在して、横方向に間隔を置いて配列されている。なお、鋼製帯板33が横方向に長尺に延在して、縦方向に間隔を置いて配列されてもよい。また、上記(1)及び(3)の場合でも、鋼板30が複数の鋼製帯板33に分割されもよい。
【0040】
(6) 上記実施形態では、鋼板30が接着剤層38によって既存壁20に接着されている。それに対して、鋼板30が接着剤を用いることなく既存壁20に直接貼り付けられ、あと施工アンカー40によって鋼板30が既存壁20に固定されてもよい。
【符号の説明】
【0041】
1…柱梁架構
2…柱
3…梁
10…耐震補強壁
20…既存壁
30…鋼板
38…接着剤層
40…あと施工アンカー
50…増厚部