IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 静岡県公立大学法人の特許一覧 ▶ 株式会社396バイオの特許一覧

特開2023-56624オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質
<>
  • 特開-オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質 図1
  • 特開-オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023056624
(43)【公開日】2023-04-20
(54)【発明の名称】オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/62 20060101AFI20230413BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20230413BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20230413BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20230413BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20230413BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20230413BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230413BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20230413BHJP
   C07K 14/705 20060101ALI20230413BHJP
【FI】
C12N15/62 Z
C12N15/12 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C07K19/00
C07K14/705
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021165939
(22)【出願日】2021-10-08
(71)【出願人】
【識別番号】507219686
【氏名又は名称】静岡県公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】521346830
【氏名又は名称】株式会社396バイオ
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】原 清敬
(72)【発明者】
【氏名】大長 薫
(72)【発明者】
【氏名】原(弘埜) 陽子
【テーマコード(参考)】
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065AA72X
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA02
4B065BB20
4B065CA24
4B065CA44
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045EA20
4H045FA72
4H045FA74
4H045GA26
(57)【要約】      (修正有)
【課題】オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質、該融合タンパク質をコードする核酸、および該核酸を含む細胞を提供する。
【解決手段】一態様において、酸性オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質であって、該酸性オルガネラ移行配列がV型ATPアーゼのサブユニットに含まれる移行配列であり、該オルガネラ移行配列がVph1タンパク質または酸性オルガネラへの移行能を保持したその部分である融合タンパク質、該融合タンパク質をコードする核酸、および、該核酸を含む細胞を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質。
【請求項2】
酸性オルガネラ移行配列が、V型ATPアーゼのサブユニットに含まれる移行配列である、請求項1に記載の融合タンパク質。
【請求項3】
オルガネラ移行配列が、Vph1タンパク質または酸性オルガネラへの移行能を保持したその部分である、請求項1または2に記載の融合タンパク質。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の融合タンパク質をコードする核酸。
【請求項5】
制御配列に作動可能に連結した請求項4に記載の核酸を含む、遺伝子発現ベクター。
【請求項6】
制御配列に作動可能に連結した請求項4に記載の核酸を含む、細胞。
【請求項7】
請求項6に記載の細胞を、その培養に適した条件下で培地中で培養することを含む、方法。
【請求項8】
培地が、オールトランスレチナールを含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
培養が、光照射条件下で行われる、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
真核細胞のATP要求量または真核細胞の酸性オルガネラにおけるATP消費量を低下させる方法であって、酸性オルガネラにオプシン(またはロドプシン)を発現させることを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、オルガネラ移行配列と、オプシンとの融合タンパク質、当該タンパク質をコードする核酸、当該核酸を含む細胞を提供する。本開示はまた、当該細胞を培養する方法を提供する。培養は、好ましくは、オールトランスレチナールを含む培地中で、光照射条件下で行われ得る。
【背景技術】
【0002】
微生物や細胞、生物を利用した物質生産は、化学物質の生産プロセスにおいて注目を集める1分野である。特許文献1では、ハロテリジェナ・タークメニカ由来のデルタロドプシン(dR)をミトコンドリア内膜に発現した酵母が開示されている。
【0003】
特許文献1では、得られた酵母は光依存的にプロトン輸送能を示し、酵母のエネルギー産生を促進し、グルタチオン、トレハロース、およびコハク酸の産生能が向上することが示されている。特許文献2では、デルタロドプシン(dR)およびマリン・ピコプランクトン由来のプロテオロドプシン(pR)を発現した大腸菌が開示されている。
【0004】
特許文献2では、得られた大腸菌は光依存的にプロトン輸送能を示し、大腸菌のエネルギー産生を促進し、イソプレノールの産生能が向上することが示されている。このように、物質生産への生物利用には、培地からの栄養源の供給に加えて、ロドプシンを利用した形質膜またはミトコンドリア内膜における光エネルギーの利用が有益であることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2015/170609A
【特許文献2】WO2020/050113A
【発明の概要】
【0006】
本開示は、オルガネラ移行配列と、オプシンとの融合タンパク質、当該タンパク質をコードする核酸、当該核酸を含む細胞を提供する。本開示はまた、当該細胞を培養する方法を提供する。培養は、好ましくは、オールトランスレチナールを含む培地中で、光照射条件下で行われ得る。
【0007】
本発明者らは、酸性オルガネラの膜上に微生物のロドプシンを発現させ、光照射条件下で培養することによって、酸性オルガネラのpH維持に用いられるATPを、細胞の他のアクティビティに活用することができることを見出した。例えば、細胞に物質生産をさせる際に有用な技術であり得る。本発明は、このような知見に基づいてなされた発明である。
【0008】
本開示によれば、例えば、以下のような発明が提供される。
(1)酸性オルガネラ移行配列(例えば、Vph1タンパク質の全長または酸性オルガネラへの移行能を保持したその部分)とオプシンとの融合タンパク質。
(2)酸性オルガネラ移行配列が、V型ATPアーゼのサブユニットに含まれる移行配列である、上記(1)に記載の融合タンパク質。
(3)オルガネラ移行配列が、Vph1タンパク質または酸性オルガネラへの移行能を保持したその部分である、上記(1)または(2)に記載の融合タンパク質。
(4)上記(1)~(3)のいずれかに記載の融合タンパク質をコードする核酸。
(5)制御配列に作動可能に連結した上記(4)に記載の核酸を含む、遺伝子発現ベクター。
(6)制御配列に作動可能に連結した上記(4)に記載の核酸を含む、細胞。
(7)上記(6)に記載の細胞を、その培養に適した条件下で培地中で培養することを含む、方法。
(8)培地が、オールトランスレチナールを含む、上記(7)に記載の方法。
(9)培養が、光照射条件下で行われる、上記(7)または(8)に記載の方法。
(10)真核細胞のATP要求量または真核細胞の酸性オルガネラにおけるATP消費量を低下させる方法であって、酸性オルガネラにオプシン(またはロドプシン)を発現させることを含む、方法。
【0009】
(20)オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質のアミノ酸配列を選択する方法であって、オルガネラ移行配列候補とオプシンとの融合タンパク質のアミノ酸配列を提供することと、前記アミノ酸配列を有する融合タンパク質を真核細胞内に発現させたときに酸性オルガネラに局在するアミノ酸配列を選択することを含む、方法。
(21)融合タンパク質をコードする核酸を得ることをさらに含む、上記(20)に記載の方法。
(22)細胞を選択する方法であって、オルガネラ移行配列候補とオプシンとの融合タンパク質のアミノ酸配列を提供することと、前記アミノ酸配列を有する融合タンパク質を真核細胞内に発現させることと、当該融合タンパク質を酸性オルガネラに有する細胞を選択することとを含む、方法。
(23)細胞を培養することをさらに含む、上記(22)に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、酸性オルガネラの膜上にロドプシンを発現した出芽酵母を光照射条件下で培養した後の相対細胞濃度(上パネル)および相対グルコース消費量(下パネル)を示す。
図2図2は、酸性オルガネラの膜上にロドプシンを発現した出芽酵母を光照射条件下で培養した後の培養液当たりの相対グルタチオン濃度(上パネル)および細胞当たりの相対グルタチオン濃度(下パネル)を示す。
【発明の具体的な説明】
【0011】
本明細書では、「ロドプシン」とは、オプシン(Opsin)というタンパク質とレチナール(Retinal)の複合体である。ロドプシンの種類としては、例えばデルタロドプシン(dR)、バクテリオロドプシン(bR)およびbR型ロドプシン(例えば、アーキアロドプシン、クルックスロドプシン)、センサリーロドプシンI、センサリーロドプシンII、プロテオロドプシン(pR)およびpR型ロドプシン、チャンネルロドプシンI、チャンネルロドプシンII、ハロロドプシン、キサントロドプシン、ナトリウムポンプ型ロドプシン、ヘリオロドプシンなどが挙げられる。例えば、デルタロドプシン、バクテリオロドプシン、およびプロテオロドプシンは、原核生物の細胞膜に局在し、明条件(光照射)によりプロトンを原核生物の内部から外部へ汲み出す機能を有する。原核生物においては、細胞膜内外のプロトン濃度勾配は、ATP産生に利用され得る。真核生物においては、ミトコンドリア内膜は酸化的リン酸化経路を有し、膜内から膜外にプロトンを輸送してプロトン濃度勾配を形成する。このプロトン濃度勾配は、ATP産生に利用される。したがって、真核生物に対しては、ミトコンドリア内膜にオプシンを発現させることによって、プロトン濃度勾配を光依存的に形成させ、ATP産生を促進することができる。
【0012】
本明細書では、「オプシン」は、7回膜貫通構造を有する膜タンパク質である。ビタミンA誘導体であるレチナールが結合することにより光受容能を獲得する。オプシンの例としては、例えば、表1に記載のオプシンが挙げられる。しかし、これらがすべて異種生物においてプロトン輸送能を奏するわけではない。オプシンとしては、特に限定されないが、Gloeobacter violaceus、Roseiflexus sp.、Octadecabacter antarcticus、Photobacterium sp. SKA34、Exiguobacterium sibiricum、Uncultured marine bacterium 66A03、Rhodobacterales bacterium、Uncultured bacterium MedeBAC35C06、Uncultured marine bacterium HF1019P19、およびPsychroflexus torquisからなる群から選択される少なくとも1つの種のオプシンが挙げられる。これらのオプシンは、有意なプロトン輸送能を有する。光依存的にプロトンの濃度勾配を形成させることができるオプシンの機能的変種もオプシンに含まれる。
【0013】
本明細書では、「オプシンをコードする核酸」とは、制御配列(例えば、プロモーター)に作動可能に連結したオプシンをコードする核酸である。制御配列は、宿主(核酸を導入した細胞)においてオプシンの転写を誘導することができる。オプシンをコードする核酸は、宿主に対してコドン最適化がなされていてもよい。宿主によってコドン使用が異なるために特に異種のオプシンをコードする核酸を導入する場合には、コドン最適化を行うことが好ましい。オプシンをコードする核酸は、宿主における複製に適した複製起点を有する、または有しないベクター(例えば、プラスミド)上に組み込まれ得る。ベクターは、栄養要求性マーカーおよび/または薬剤選択マーカーを有していてもよく、栄養要求性マーカーおよび/または薬剤選択マーカーを有する場合には、当該栄養および/または薬剤でベクターが導入された宿主を選択することができる。制御配列は、構成的プロモーターであっても、誘導性プロモーターであってもよい。オプシンは細胞において発現し、膜上でレチナールと結合するとロドプシンと呼ばれる。ロドプシンを発現しているとは、膜上でレチナールと結合した形態のオプシンを有することを意味する。
【0014】
本明細書では、生物は、原核生物と真核生物に大別される。また、生物は、単細胞生物と多細胞生物にも大別される。通常は、原核生物は単細胞であり、真核生物には、単細胞生物であるものと多細胞生物であるものとが存在する。原核生物としては、例えば、細菌、古細菌(アーキア)、ラン藻(シアノバクテリア)および放線菌が挙げられる。具体的には、大腸菌(例えば、エシェリキア・コリ(Escherichia coli))、枯草菌(例えば、バチルス・スブチリス(Bacillus subtilis))、乳酸菌(例えば、ラクトバチルス(Lactobacillus))、酢酸菌(例えば、アセトバクテラセエ(Acetobacteraceae))、コリネ型細菌(Corynebacterium)、シュードモナス属細菌(Pseudomonas bacteria)、メタン生成菌(例えば、メタノバクテリウム(Methanobacterium)、メタノサルシナ(Methanosarcina))、ストレプトミセス属(Streptomyces)、アクチノマイセス属(Actinomyces)、アグロバクテリウム属(Agrobacterium)等が挙げられる。真核生物としては、動物、植物、菌類(真菌類)が挙げられる。真菌類としては、例えば、分裂酵母または出芽酵母、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロミセス・カールスベルゲンシス(Saccharomyces carlsbergensis)、サッカロミセス・フラギリス(Saccharomyces fragilis)、サッカロミセス・ルーキシー(Saccharomyces rouxii)などのサッカロミセス属、シゾサッカロミセス・ポンべ(Shizosaccharomyces pombe)などのシゾサッカロミセス属、キャンディダ・ユーティリス(Candida utilis)、キャンディダ・トロピカリス(Candida tropicalis)などのキャンディダ属、キサントフィロマイセス・デンドロロウス(Xanthophyllomyces dendrorhous)などのキサントフィロマイセス(Xanthophyllomyces)属、ピキア(Pichia)属、クリベロマイセス(Kluyveromyces)属、ヤロイワ(Yarrowia)属、ハンゼニュラ(Hansenula)属、エンドマイセス(Endomyces)属、ロドトルラ(Rhodotorula)属などの酵母が挙げられる。中でも、サッカロミセス属、シゾサッカロミセス属、キャンディダ属、キサントフィロマイセス属またはピキア属の酵母が好ましく、サッカロミセス属のサッカロミセス・セレビシエ(S. cerevisiae)、シゾサッカロミセス属のシゾサッカロミセス・ポンべ(S. pombe)、キャンディダ属のキャンディダ・ユーティリス(C. utilis)がより好ましく、最も好ましくはS. cerevisiaeである。糸状菌(例えば、アスペルギルス(Aspergillus),トリコデルマ(Trichoderma),ヒュミコラ(Humicola),アクレモニウム(Acremonium),フザリウム(Fusarium),ブラケスリア・トリスポラ(Blakeslea trispora)及びペニシリウム(Penicillium)種)、昆虫細胞(例えば、スポドプテラ・フルギペルダ(Spodoptera frugiperda)由来細胞、トリコプルシア・ニ(Trichoplusia ni)由来細胞)、カイコ、線虫、植物細胞、藻類(大型藻類、微細藻類)、植物(例えば、シロイヌナズナ、タバコ)、哺乳類培養細胞(たとえばチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、ヒト細胞)が挙げられる。細胞は、藻類(大型藻類、微細藻類)であってもよい。細胞または生物は、光合成する細胞または生物(光合成細胞または光合成生物)であってもよいし、光合成しない細胞または生物(非光合成細胞または非光合成生物)であってもよい。オプシンの導入によって、少なくとも酸性オルガネラ内部に対してプロトン濃度勾配形成が促進され、当該濃度勾配形成に必要なV型ATPアーゼによるエネルギー消費が抑制されるからである。オプシンをコードする遺伝子が導入される生物または細胞を、本明細書では「宿主」と呼ぶことがある。細胞は、例えば、真核生物の細胞であり得、上記生物の細胞または上記細胞であり得る。
【0015】
本明細書では、「外来性」は、宿主以外の生物に由来することを意味する。典型的には、制御配列は、外来性であり得る。また、発現させる遺伝子も外来性であり得る。したがって、制御配列に作動可能に連結された遺伝子は、制御配列および当該遺伝子の両方が外来性であり得る。「内因性」は、宿主自体が有するものであることを意味する。
【0016】
本明細書では、「レチナール合成系」とは、イソペンテニル二リン酸(IPP)からオールトランスレチナール(ATR)を合成する多段階経路である。レチナール合成系では、下記[1]~[7]により、IPPからATRが合成される。
[1]IPPは、IPPδ-イソメラーゼにより、ジメチルアリール二リン酸(DMAPP)に変換される。
[2]DMAPPは、FPP合成酵素(ispA)により、ファルネシル二リン酸(FPP)に変換される。
[3]FPPは、ゲラニルゲラニルピロリン酸合成酵素(crtE)により、ゲラニルゲラニルピロリン酸(GGPP)に変換される。
[4]GGPPは、フィトエン合成酵素(crtB)により、フィトエンに変換される。
[5]フィトエンは、フィトエン脱水素酵素(crtI)により、リコペンに変換される。
[6]リコペンは、リコペンシクラーゼ(crtY)により、β-カロテンに変換される。
[7]β-カロテンは、15,15’-β-カロテンジオキシゲナーゼ(blh)により開裂し、2つのオールトランスレチナール(ATR)に変換される。
IPPは、メバロン酸経路または非メバロン酸経路により産生され得る。
【0017】
本明細書では、「レチナール合成系の一連の酵素」とは、上記[1]~[7]の酵素一式をいう。細胞によっては、内在性の酵素を有している場合がある。例えば、大腸菌および酵母は、IPPδ-イソメラーゼとispAを有している。したがって、crtE、crtB、crtI、crtYを大腸菌に追加すると当該大腸菌および酵母はβ-カロテンを合成するようになる。大腸菌および酵母にblhをさらに追加することによって、当該大腸菌および酵母は、オールトランスレチナールを合成するようになる。このようにレチナール合成系の一連の酵素を有するとは、外来性の酵素と内在性の酵素とを合わせてレチナール合成系の一連の酵素をすべて有することを含む。もちろん、レチナール合成系の一連の酵素のすべてを外来性に供給してもよい。細胞が、いずれの酵素を有するかは、遺伝子の有無を解析することによって、あるいは遺伝子産物を解析することによって当業者であれば適宜決定することができる。ある態様では、宿主は、IPPδ-イソメラーゼ、FPP合成酵素(ispA)、ゲラニルゲラニルピロリン酸合成酵素(crtE)、フィトエン合成酵素(crtB)、フィトエン脱水素酵素(crtI)、リコペンシクラーゼ(crtY)、および15,15’-β-カロテンジオキシゲナーゼ(blh)からなる群から選択されるすべての酵素を発現している。ある態様では、宿主は、IPPδ-イソメラーゼ、FPP合成酵素(ispA)、ゲラニルゲラニルピロリン酸合成酵素(crtE)、フィトエン合成酵素(crtB)、フィトエン脱水素酵素(crtI)、リコペンシクラーゼ(crtY)、および15,15’-β-カロテンジオキシゲナーゼ(blh)からなる群から選択される一部、またはすべてをコードする外来性の遺伝子を有する{但し、宿主が内因性に有する酵素または遺伝子は有しなくてもよい}。細菌由来のオプシンは、オールトランスレチナールと結合してロドプシンとなると、その後は、光を受容するだけでプロトンの能動輸送を行うことができる。
【0018】
本開示によると、オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質が提供される。オルガネラ移行配列は、酸性オルガネラにタンパク質を移行させることができる配列であり得る。酸性オルガネラとしては、分泌経路やエンドサイトーシス経路に位置するゴルジ装置、分泌小胞、分泌顆粒、エンドソーム、リソソームなどのオルガネラが挙げられる。酸性オルガネラでは、その内腔側がpH4.5~6.5程度の弱酸性に保たれている。酸性オルガネラには、液胞型ATPアーゼ(V型ATPアーゼ)が発現し、ATPを消費してオルガネラ内にプロトン(H+)を能動輸送することにより、酸性オルガネラ内におけるpHを一定範囲に保っている。本発明者らによれば、ロドプシンを少なくとも酸性オルガネラの膜上に発現させ、光照射することによって、V型ATPアーゼによるATP消費を抑制することができると考えられる。したがって、オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質は、この目的において有用であり得る。
【0019】
オルガネラ移行配列は、宿主細胞においてタンパク質をオルガネラに移行させることが出来る限りは、宿主細胞と同種または異種のオルガネラ移行配列でもよいが、好ましくは、宿主細胞と同種のオルガネラ移行配列であり得る。オルガネラ移行配列は、少なくとも酸性オルガネラに対してタンパク質を移行させることができる。オルガネラ移行配列としては、酸性オルガネラへの移行を促進する配列として知られる、Atg27、Cpy、Vps34、Vps73、Vps68、Vps62、NHXl(VPS44)、V AM7(VPS43)、Vps41、VAM6(VPS39)、Vps35、VPS33、PEP3(VPS18)、VPS16、PEP5(VPS11)、VPS1、Rho8(ALP)、Pib2、Ivy1、Sna4、Avt1、Avt3、Avt4、Avt6、Avt7、Vba1、Vba2、Vba3、Vba4、Atg22、Ypq1、Ypq2、Uga4、Vma1、Vma2、Vma13、Vma5、Vma8、Vma4、Vma6、Vma7、Vma10、Vma11、Vma16、Vps23、Vps28、Vps37、Vps22、Vps25、Vps36、Vps2、Vps20、Vps24、Vps32、Pep4、Vam7、Vam3、Nyv1、Vti1、Ypt7、Vps11、Vps16、Vps18、Vps33、Vps39、およびVps41からなる群から選択されるタンパク質またはそのオルガネラ移行配列を含む部分(またはオルガネラ移行能を保持したその部分)用いることができる。V型ATPアーゼのATP消費の抑制という観点からは、オルガネラ移行配列としては、V型ATPアーゼと同様の細胞内分布を達成させるオルガネラ移行配列が好ましく用いられ得る。この観点で、V型ATPアーゼのオルガネラ移行配列としては、例えば、V型ATPアーゼのサブユニットの酸性オルガネラ移行配列、およびサブユニットの一つであるVph1タンパク質を好ましく用いることができる。したがって、ある好ましい態様では、オルガネラ移行配列は、宿主細胞と同種のV型ATPアーゼのサブユニットの酸性オルガネラ移行配列、およびVph1タンパク質、または酸性オルガネラ移行能を有するその断片もしくは変異体であり得る。
【0020】
V型ATPアーゼは、ATPアーゼ活性を担うV1(サブユニットAからHからなる)と、それに共役してプロトンを輸送するVo(サブユニットa、d、c、c’、およびc’’からなる)から構成される。Vph1タンパク質は、V型ATPアーゼのサブユニットの一つである。Vph1タンパク質は、別名として、V型プロトンATPアーゼサブユニットa、V-ATPアーゼaサブユニット、液胞ATPアーゼ91kDaサブユニット、液胞プロトンポンプaサブユニット、および液胞プロトン輸送ATPアーゼサブユニットaとも呼ばれる。Vph1は、V型ATPアーゼのアッセンブルと活性に重要な役割を示し、また、V型ATPアーゼの酸性オルガネラへの局在に関与している。出芽酵母のVph1としては、配列番号7のアミノ酸配列(例えば、GenBank Accession No. NC_001147.6)を有するものが挙げられる。Vph1としては、各生物種のオーソログを用いることができる。Vph1としては、例えば、表1に記載のいずれかのVph1タンパク質を用いることができる。表1には、生物種とその生物種におけるVph1タンパク質のGenBank Accession Noが提示されている。GenBank Accession Noからアミノ酸配列の情報を得ることができる。また、Vph1タンパク質としては、酸性オルガネラへの局在化能を保持し、これらアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するVph1タンパク質も含まれる。また、Vph1タンパク質としては、酸性オルガネラへの局在化能を保持し、これらアミノ酸配列と1から数個(例えば、1~7個、1~5個、1~4個、1~3個、または1~2個)の、挿入、欠失、置換、付加、および削除からなる群から選択される変異を有するVph1タンパク質もまた含まれる。オプシンには、上記のいずれかのVph1タンパク質の全長または、オルガネラへの局在化能を保持したその部分(特に移行配列部分)をオルガネラ移行配列として連結することができる。
【0021】
【表1】
【0022】
オプシンは、オールトランスレチナールと複合化して、ロドプシンを形成する。ロドプシンの種類としては、例えばデルタロドプシン(dR)、バクテリオロドプシン(アーキアロドプシン、クルックスロドプシンを含む)、センサリーロドプシンI、センサリーロドプシンII、プロテオロドプシン(pR)、チャンネルロドプシンI、チャンネルロドプシンII、キサントロドプシン、ナトリウムポンプ型ロドプシン、ヘリオロドプシンなどが挙げられる。例えば、デルタロドプシンやバクテリオロドプシンは明条件(光照射)によりプロトンを原核生物の内部から外部へ汲み出す機能を有する。本発明のロドプシンは、好ましくはデルタロドプシン、バクテリオロドプシンやプロテオロドプシンであり、より好ましくはデルタロドプシンである。デルタロドプシンは、ハロテリジェナ・タークメニカ(Haloterrigena turkmenica, Haloterrigena sp. Arg-4)由来のものが挙げられる。ある態様では、配列番号6のアミノ酸配列を有するdRを用いることができる。オプシンをコードする核酸(「ロドプシンをコードする遺伝子」ともいう)としては、これらのロドプシンを構成するオプシンをコードする核酸が挙げられる。ある態様では、配列番号5の配列を有する核酸を用いることができる。
【0023】
オプシンをコードする核酸は、上記オプシンをコードする遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる機能的なオプシンをコードする核酸であってもよい。ここで、ストリンジェントな条件としては、通常のストリンジェントな条件とより高いストリンジェンシーを有する条件が挙げられる。通常のストリンジェントな条件では、6×SSCまたはこれと同等の塩濃度のハイブリダイゼーション溶液中、50~60℃の温度条件下、約16時間ハイブリダイゼーションを行い、6×SSCまたはこれと同等の塩濃度の溶液等で必要に応じて予備洗浄を行った後、1×SSCまたはこれと同等の塩濃度の溶液中で洗浄を行うことにより実施できる。また、より高いストリンジェンシーを有する条件(ハイストリンジェントな条件)では、前記において、洗浄を0.1×SSCまたはこれと同等の塩濃度の溶液中で行うことにより実施できる。「SSC」は、15mMクエン酸ナトリウムおよび150mM塩化ナトリウムを含むpH7の水溶液である。「n×SSC」(ここで、nは正の実数である)は、当該SSCに含まれるクエン酸ナトリウムおよび塩化ナトリウムをそれぞれn倍の濃度で含むpH7の水溶液を意味する。SSCは、DNaseフリーおよび/またはRNaseフリーであり得、かつ、オートクレーブ滅菌されていてもよい。
【0024】
オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質をコードする核酸は、DNAまたはmRNAであり得る。上記融合タンパク質をコードするDNAは、制御配列(例えば、宿主における発現に適したプロモーター)に作動可能に連結していることができる。上記融合タンパク質をコードするDNAは、タンパク質発現ベクターの発現カセットに組込まれていてもよい。本開示によれば、制御配列に作動可能に連結された上記融合タンパク質をコードするDNAを含む、遺伝子発現ベクターが提供される。遺伝子発現ベクターは、栄養要求性マーカーおよび/または薬剤選択マーカーをさらに有していてもよく、ベクターを有する宿主を当該栄養非存在下および/または薬剤存在下で選択または維持することができる。上記融合タンパク質をコードするmRNAは、翻訳に適した構造を有し、例えば、5’末端に好ましくはキャップ構造を有し、3’末端に好ましくはポリA配列を有する。
【0025】
宿主は、融合タンパク質をコードする遺伝子に加えて、レチナール合成系の一連の酵素すべてを有していることができる。これによって、宿主がレチナールを自己合成できる場合、培地へのレチナールの添加量を低減することができる。宿主によるレチナールの合成量が十分である場合、培地にレチナールを添加しなくてもよい。宿主が、レチナール合成系の一連の酵素の一部を有しない場合、宿主が有しない当該酵素をコードする外来性の遺伝子を宿主に導入することができる。宿主が有しない当該酵素をコードする外来性の遺伝子は、制御配列に作動可能に連結されたものであり得、ベクター中の発現カセット内に導入される。宿主が、酵素を有するか否かは、生化学的な分析(例えば、ウェスタンブロット)、遺伝学的な分析(例えば、シークエンシング、またはPCR)により当業者であれば適宜決定することができる。
【0026】
本開示によれば、制御配列に作動可能に連結した融合タンパク質をコードする核酸を含む細胞が提供される。本発明によれば、当該細胞は、制御配列に作動可能に連結した融合タンパク質をコードするmRNAを含み得る。本発明によれば、当該細胞は、融合タンパク質を含み得る。当該細胞において、融合タンパク質は、酸性オルガネラの膜に局在し得る。
【0027】
本開示によれば、真核細胞のATP要求量または真核細胞の酸性オルガネラにおけるATP消費量を低下させる方法であって、酸性オルガネラにオプシン(またはロドプシン)を発現させることを含む、方法が提供される。この方法は、酸性オルガネラにロドプシンを発現した真核細胞を光照射条件下において培養することをさらに含んでいてもよい。本発明によれば、酸性オルガネラにおけるATP消費量が低下することによって、細胞が維持または成長のために使用することができる化学量論的過剰量のATPが残存し得る。
【0028】
本開示によれば、オルガネラ移行配列とオプシンとの融合タンパク質のアミノ酸配列を選択する方法であって、オルガネラ移行配列候補とオプシンとの融合タンパク質のアミノ酸配列を提供することと、前記アミノ酸配列を有する融合タンパク質を真核細胞内に発現させたときに酸性オルガネラに局在するアミノ酸配列を選択することを含む、方法が提供される。この方法は、融合タンパク質をコードする核酸を得ることをさらに含んでいてもよい。融合タンパク質の局在は、融合タンパク質に対する抗体を用いて検出することができるほか、融合タンパク質に標識をすることによって、標識を検出することができる各種手法を用いて検出することができる。この方法は、より強くオルガネラ移行を促進するものを取得する場合等において有益で有り得る。細胞としては、好ましくは宿主細胞を用いることができる。本開示の方法はまた、細胞を選択する方法であって、オルガネラ移行配列候補とオプシンとの融合タンパク質のアミノ酸配列を提供することと、前記アミノ酸配列を有する融合タンパク質を真核細胞内に発現させることと、当該融合タンパク質を酸性オルガネラに有する細胞を選択することとを含み得る。この方法は、細胞を培養することをさらに含んでいてもよい。培養は、光照射条件下または光非照射条件下で実施され得る。この方法は、オルガネラ移行配列が特定の宿主細胞(特に異種の場合)で機能するかが不明である場合などにおいて有益であり得る。細胞としては、好ましくは宿主細胞を用いることができる。
【0029】
本開示によれば、細胞を培養する方法が提供される。細胞は、制御配列に作動可能に連結した融合タンパク質をコードする核酸を含む。細胞はまた、当該細胞は、融合タンパク質を含み得る。当該細胞において、融合タンパク質は、酸性オルガネラの膜に局在し得る。このような細胞は、光照射条件下で培養することによって酸性オルガネラにプロトンを供給することができ、これにより、酸性オルガネラのpH維持に用いられるATP量を低減することができる。細胞内では融合タンパク質は、オールトランスレチナールを結合して光駆動型のプロトンポンプ活性を発揮する。したがって、細胞は、少なくとも酸性オルガネラの膜にオールトランスレチナールと結合した融合タンパク質を含む。細胞が、レチナール合成系を有している場合には、オールトランスレチナールを培地に添加する必要は無い(但し、添加してもよい)。しかし、培地にオールトランスレチナールを添加して、細胞内の融合タンパク質中のオプシンにオールトランスレチナールを供給してもよい。培養は、細胞を単に増殖させる目的で行われる場合には、オールトランスレチナール非存在下で(光照射条件下または光非照射条件下で)培養してもよいが、細胞をより効率的に増殖させる目的では、オールトランスレチナールと結合したオプシンを含む融合タンパク質を酸性オルガネラの膜上に含む細胞を光照射条件下で培養することができる。
【0030】
融合タンパク質を発現した宿主(宿主は、細胞である)は、当該宿主に適した培養条件下で培養することができる。培養条件は、当業者であれば適宜決定することができるであろう。融合タンパク質を発現した宿主は、光照射条件下で培養することができる。光照射下で培養することによって、融合タンパク質を発現した宿主では、ATP合成が促進され、光照射によりエネルギーが供給されることとなる。光照射は、融合タンパク質中のロドプシンが光を受容する程度の照射であれば特に限定されないが、例えば、0.01μmol photons m-2-1以上、0.02μmol photons m-2-1以上、0.03μmol photons m-2-1以上、0.04μmol photons m-2-1以上、または0.05μmol photons m-2-1以上の強度とすることができる。光照射はまた、0.1μmol photons m-2-1以下、0.2μ photons molm-2-1以下、0.3μmol photons m-2-1以下、0.4μmol photons m-2-1以下、0.5μmol photons m-2-1以下、0.6μmol photons m-2-1以下、0.7μmol photons m-2-1以下、0.8μmol photons m-2-1以下、0.9μ photons molm-2-1以下、1.0μmol photons m-2-1以下、1.1μmol photons m-2-1以下、1.2μmol photons m-2-1以下、1.3μmol photons m-2-1以下、1.4μmol photons m-2-1以下、1.5μmol photons m-2-1以下、1.6μmol photons m-2-1以下、1.7μmol photons m-2-1以下、1.8μmol photons m-2-1以下、1.9μmol photons m-2-1以下、2μmol photons m-2-1以下、3μmol photons m-2-1以下、4μmol photons m-2-1以下、5μmol photons m-2-1以下、6μmol photons m-2-1以下、7μmol photons m-2-1以下、8μmol photons m-2-1以下、9μmol photons m-2-1以下、10μmol photons m-2-1以下、15μmol photons m-2-1以下、20μmol photons m-2-1以下、20μmol photons m-2-1以下、30μmol photons m-2-1以下、40μmol photons m-2-1以下、50μmol photons m-2-1以下、60μmol photons m-2-1以下、70μmol photons m-2-1以下、80μmol photons m-2-1以下、90μmol photons m-2-1以下、100μmol photons m-2-1以下、110μmol photons m-2-1以下、120μmol photons m-2-1以下、130μmol photons m-2-1以下、140μmol photons m-2-1以下、150μmol photons m-2-1以下、160μmol photons m-2-1以下、170μmol photons m-2-1以下、180μmol photons m-2-1以下、190μmol photons m-2-1以下、200μmol photons m-2-1以下、300μmol photons m-2-1以下、400μmol photons m-2-1以下、500μmol photons m-2-1以下、600μmol photons m-2-1以下、700μmol photons m-2-1以下、800μmol photons m-2-1以下、900μmol photons m-2-1以下、1000μmol photons m-2-1以下、1500μmol photons m-2-1以下、または2000μmol photons m-2-1以下であり得る。照射する光は、電球(例えば、白熱電球、ハロゲン電球等)、蛍光灯、高圧放電ランプ、低圧放電ランプ、LED、EL、化学発光、生物発光および太陽光のいずれでもよく、例えば、300~800nm、450~650nm、例えば、550nmの波長を含む光を用いることができる。光照射は、連続的に行われてもよく、間欠的に行われてもよい。
【0031】
光照射により宿主にエネルギーが提供されると、宿主は、酸性オルガネラのpH維持のために用いるATPの消費量を低減しうる。光照射により宿主による酸性オルガネラにおけるATPの消費量が低減されると、宿主は、物質産生に関わる経路(例えば、ペントースリン酸経路等)やエネルギー産生経路で炭素源等の原料のより多くを用いることができるようになる。したがって、光照射により宿主は、物質産生に適した状態となる。そのため、宿主に炭素源等の原料を供給することによって、物質生産を好ましく行うことができる。
融合タンパク質を発現した微生物は、光照射条件下で低pH耐性、および/または高温耐性を示し得る。
【0032】
低pH耐性とは、宿主の能力(増殖能、ATP合成能、および物質産生能からなる群から選択される1以上の能力)が低下するpHの低い環境下(例えば、pH5.0未満)において、非照射時と比較して、光照射条件下で、および/または融合タンパク質の非発現時と比較して、発現条件下で、増殖能、ATP合成能、および物質産生能からなる群から選択される1以上の能力が、高まることを意味する。低pH耐性とは、例えば、酵母の場合、pH5.0未満、pH4.5以下、pH4.0以下、例えば、pH3.2~3.7(例えば、pH3.5)のpH条件下において、増殖能、ATP合成能、および物質産生能からなる群から選択される1以上の能力が、非照射条件下および/または融合タンパク質非発現条件下での対応する能力よりも高まることを意味する。融合タンパク質を発現し、低pH耐性を備えた宿主は、低pH条件下においても好ましく培養し得る。低pH条件下では、他の混入微生物の増殖、ATP合成能、および物質産生能からなる群から選択される1以上の能力が抑えられ、宿主を選択的に培養することが可能となり得る。
【0033】
高温耐性とは、宿主の能力(増殖能、ATP合成能、および物質産生能からなる群から選択される1以上の能力)が低下する高温環境下において、非照射時と比較して、光照射条件下で、および/または融合タンパク質の非発現時と比較して、発現条件下で、増殖能、ATP合成能、および物質産生能からなる群から選択される1以上の能力が、高まることを意味する。高温耐性とは、例えば、酵母の場合、32℃以上、33℃以上、34℃以上、例えば、34℃~36℃(例えば、35℃)またはそれ以上の条件下において、増殖能、ATP合成能、および物質産生能からなる群から選択される1以上の能力が、非照射条件下および/または融合タンパク質非発現条件下での対応する能力よりも高まることを意味する。高温条件下では、他の混入微生物の増殖が抑えられ、宿主を選択的に培養することが可能となり得る。
【0034】
融合タンパク質を発現した微生物は、光照射条件下で、低pH耐性および高温耐性を備え得る。この場合、融合タンパク質を発現し、低pH耐性および高温耐性を備えた宿主は、低pHおよび高温条件下において好ましく培養し得る。低pHおよび高温条件下では、他の混入微生物の増殖、ATP合成能、および物質産生能からなる群から選択される1以上の能力が抑えられ、宿主を選択的に培養することが可能となり得る。
【0035】
物質生産は、上記条件下において、融合タンパク質を発現する細胞または生物を培養することによって好ましく行われ得る。融合タンパク質を発現する細胞または生物は、特定の物質の産生量を増大させるために、当該物質の産生に適した条件下で培養され得る。培養条件は、低pH条件下および高温条件下のいずれかまたは両方を満たし得る。特定の物質の産生量を増大させるためには、融合タンパク質を発現する細胞または生物に対してさらなる改変を加えることが許容される。そのような改変としては、例えば、当該物質の産生経路に関する酵素を変異および/または導入する改変;当該物質の分解に関する酵素の破壊、発現量の低減、活性の欠失や低減;および/または競合する経路に関する酵素の破壊、発現量の低減、および/または活性の欠失や低減が挙げられる。
【0036】
物質生産により、産生される物質としては、例えば有機酸、ペプチド、アミノ酸、タンパク質、ヌクレオシド、ビタミン、糖、糖アルコール、アルコール、イソプレノイド類及び脂質などをあげることができる。より具体的には以下があげられる。有機酸としては、酢酸、乳酸、コハク酸、αーケト酸(2-オキソ酸)などをあげることができる。ペプチドとしてはグルタチオン、アラニルグルタミン、γグルタミルバリルグリシンなどをあげることができ、ポリペプチドとしては、ポリリジン、ポリグルタミン酸をあげることができる。アミノ酸としては、L-アラニン、グリシン、L-グルタミン、L-グルタミン酸、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-リジン、L-メチオニン、L-スレオニン、L-ロイシン、L-バリン、L-イソロイシン、L-プロリン、L-ヒスチジン、L-アルギニン、L-チロシン、L-トリプトファン、L-フェニルアラニン、L-セリン、L-システイン、L-3-ヒドロキシプロリン、L-4-ヒドロキシプロリン、5-アミノレブリン酸などをあげることができる。タンパク質としては、ルシフェラーゼ、イノシンキナーゼ、Glutamate 5-kinase (EC 2.7.2.11)、Glutamate-5-semialdehydedehydrogenase (EC 1.2.1.41)、Pyrroline-5-carboxylatereductase (EC 1.5.1.2)、γ-グルタミルシステイン合成酵素(EC 6.3.2.2)、グルタチオン合成酵素(EC 6.3.2.3)、ヒト顆粒球コロニー刺激因子、キシロースレダクターゼ、P450などをあげることができる。ヌクレオシドとしては、イノシン、グアノシン、イノシン酸、グアニル酸、アデニル酸などをあげることができる。ビタミンとしては、リボフラビン、チアミン、アスコルビン酸などをあげることができる。糖としては、キシロース、マンノースなどをあげることができ、糖アルコールとしては、キシリトール、マンニトールなどをあげることができ、アルコールとしてはエタノールなどをあげることができる。イソプレノイド類としては、メバロン酸(MVA:Mevalonate)、イソプレノール、アスタキサンチン、イソプレン、イソペンテノール、リモネン、ピネン、ファルネセン、ビサボレンなどをあげることができる。脂質としては、プロピオン酸、ヒドロキシプロピオン酸、EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)などをあげることができる。本発明における有用物質では、有機酸では酢酸、ペプチドではグルタチオン、イソプレノイド類ではメバロン酸、イソプレノール、脂質ではヒドロキシプロピオン酸が特に好適である。産生される物質としては、例えば、ATP、グルタチオン、イソプレノイドが挙げられる。本開示では、本発明の方法により、例えば、グルタチオンの酸性を促進することができる。
【0037】
本開示のあらゆる態様において、宿主細胞に導入されるタンパク質は、好ましくは、宿主細胞と同種の生物のタンパク質であり得、および/または、核酸は、宿主細胞での発現に対してコドン最適化がなされていてよい。コドン最適化は、当業者であれば、周知慣用技術に基づいて適宜実施することができるであろう。
【実施例0038】
実施例1:酸性オルガネラに対するプロトンポンプの供給
細胞内オルガネラは、細胞内ATPを消費して内部環境を維持している。例えば、酸性オルガネラは、ATPアーゼ(特にV型ATPアーゼ)によりATPを消費して細胞質のプロトンをオルガネラ内に能動輸送し、オルガネラ内のpHを酸性に維持する。本実施例では、オルガネラの膜状にATP非依存的なプロトンポンプを発現させることによって、オルガネラおよびそのpHを維持しながら細胞内ATP消費量を抑えることに成功した。具体的には以下の通りである。
【0039】
本実施例では、細胞として出芽酵母を用い、出芽酵母の細胞内オルガネラに発現させるプロトンポンプとしてロドプシンを用いた。ロドプシンは、膜上に発現して、光を受容し、そのエネルギーにより膜を介してプロトンを能動輸送することができる。本実施例では、ロドプシンとしては、特に高度好塩菌Haloterrigena turkmenica由来のデルタロドプシン(dR)を用いた。dRに対してオルガネラ移行配列を付加して酸性オルガネラの膜上にdRを発現させる系を構築した。オルガネラ移行配列としては、出芽酵母のV型ATPアーゼのサブユニットの一つであるVph1の全長(配列番号7参照)を用いた(J Biol Chem. 2001; 276(50): 47411-20参照)。
【0040】
配列番号7のアミノ酸配列を有するVph1をコードする遺伝子を以下に示されるプライマーを用いてPCR法により増幅した。
【化1】
【0041】
H. turkmenica (JCM 9743, Riken BRC)由来のdRのアミノ酸配列(配列番号6)を出芽酵母のコドンユーセージを考慮して最適化して配列番号5の配列を有するdRをコードする核酸を得た。
【化2】
【0042】
配列番号5の配列を有する核酸を以下のプライマーを用いてPCR法により増幅した。
【化3】
【0043】
得られた2つの増幅産物をin fusion法により連結してpGK426ベクターに導入して、pGK426-Vph1-dRを得た。
【0044】
出芽酵母BY4741(ATCC201388)に酢酸リチウム法によってpGK426-Vph1-dRを導入し(Ito H. et al. (1983) J. Bacteriol., 153:163-168)、dR発現株を得た。陰性対照としては、pGK426の空ベクターを導入して得られたdR非発現株を用いた。
【0045】
得られたdR発現株(dR+_3とdR+_5の2つの出芽酵母クローン)およびdR非発現株をYPD培地で、一晩の前培養を行った。以後の培養はすべて、175rpmの攪拌条件下で30℃で行った。前培養液を本培養液である合成デキストロース(SD)培地に添加して、OD600=0.15とした。酵母を本培養液中で22時間培養し、10μMのオールトランスレチナールを培地に添加した。これにより、少なくとも酸性オルガネラの膜上にロドプシンを有する出芽酵母を得た。培養開始から22時間後から50μmol m-2-1の光照射を実施しながらさらに培養を継続した。
【0046】
培養開始から30時間後、46時間後、54時間後、および70時間後に一部の培地を回収して出芽酵母の生育状態と培養液中のグルコース消費量を測定した。出芽酵母の生育は、分光光度計によるOD600値に基づいて細胞濃度を求めた上で、dR非発現株の細胞濃度を100として、各株の相対細胞濃度を求めた。また、培養液中のグルコース濃度は、遠心分離後に培養上清を取得し、培養上清中のグルコース濃度をGlucose C-II Test Kit(和光純薬)により求めた。グルコースの初期濃度と測定値からグルコース消費量を算出し、dR非発現株のグルコース消費量を100として、各株の相対グルコース消費量を求めた。結果は、図1に示される通りであった。図1に示されるように、dR発現株では、細胞濃度および相対グルコース消費量において、dR非発現株と比較して同等レベルであった。dR+_5では、グルコース消費量が1割ほど低下した。
【0047】
オルガネラによるATP消費量が低下したことを確認するために、細胞内でATPが増加した場合に合成が促進されるグルタチオンの産生量を検討した。グルタチオンの生合成経路は、以下の通りである。第1段階において、システインとグルタミン酸とATPからγ-L-グルタミル-L-システインが合成され、第2段階においてγ-L-グルタミル-L-システインとグリシンとATPからグルタチオンが合成される。したがって、グルタチオンの生合成には、2分子のATPが用いられる。dR+_3株、dR+_5株、およびdR非発現株を10μMオールトランスレチナールを含むSD培地中で培養した。培養開始から30時間後、46時間後、54時間後、および70時間後にそれぞれ培養物の一部を回収した。培養物を遠心分離に供し、沈殿を回収して細胞懸濁液を作製した。細胞懸濁液の細胞濃度を分光光度計によるOD600値に基づいて求めた。次いで、細胞懸濁液を95℃で5分間加熱し、遠心分離により細胞破砕物を除去して上清をグルタチオン濃度測定に供した。グルタチオン濃度は、GSH測定キット(同仁化学社)を用いてDTNB(5-5’-ジチオビス[2-ニトロ安息香酸])による呈色法で測定した。結果は図2に示される通りであった。図2に示されるように、dR発現株では、グルタチオンの産生量が約3倍に上昇した。このことから、酸性オルガネラに対してプロトンポンプを発現させて、V型ATPアーゼによるATP消費を低下させることができたことが明らかになった。また、細胞内ATPは、物質産生系で用いることができることも明らかとなった。また、グルタチオン産生量などの物質産生能が向上しているにもかかわらず、細胞増殖に与える影響はほとんど無い上に、培地中のグルコース消費量も増加しないことから、オルガネラ(ミトコンドリア以外の細胞質オルガネラ)に対するプロトンポンプ(ロドプシン)の提供は、物質産生系の構築における有用な細胞改変であり得ることを示す。
図1
図2
【配列表】
2023056624000001.app