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特開2023-57333手術顕微鏡用光学素子およびその製造方法、医療用光学機器
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  • 特開-手術顕微鏡用光学素子およびその製造方法、医療用光学機器 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023057333
(43)【公開日】2023-04-21
(54)【発明の名称】手術顕微鏡用光学素子およびその製造方法、医療用光学機器
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/18 20150101AFI20230414BHJP
   G02B 1/115 20150101ALI20230414BHJP
   G02B 21/00 20060101ALN20230414BHJP
   A61F 9/007 20060101ALN20230414BHJP
【FI】
G02B1/18
G02B1/115
G02B21/00
A61F9/007 200C
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021166808
(22)【出願日】2021-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】000220343
【氏名又は名称】株式会社トプコン
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】大久保 拓朗
(72)【発明者】
【氏名】高橋 崇
【テーマコード(参考)】
2H052
2K009
【Fターム(参考)】
2H052AB10
2H052AB30
2K009AA06
2K009AA08
2K009BB02
2K009CC03
2K009CC24
2K009CC42
2K009DD02
2K009DD03
2K009EE05
(57)【要約】
【課題】防曇性、抗菌性、オートクレーブ処理に対する耐久性を併せ持つ手術顕微鏡用光学素子を提供する。
【解決手段】基板と、前記基板上に設けられた反射防止膜と、前記反射防止膜上に設けられたアクリルポリマーを含有する防汚コート層からなる手術顕微鏡用光学素子であって、前記防汚コート層表面の末端炭素のC-H結合が、燃焼化学気相蒸着法によりC-OSi(OH)に置換されている手術顕微鏡用光学素子。反射防止膜上にアクリル基を有するアルコキシシランを含む溶液を塗布して防汚コート層を形成し、シラン系ガスを用いた燃焼化学気相蒸着法により前記防汚コート層表面の末端炭素のC-H結合をC-OSi(OH)に置換する手術顕微鏡用光学素子の製造方法。
【選択図】図4

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に設けられた反射防止膜と、
前記反射防止膜上に設けられたアクリルポリマーを含有する防汚コート層からなる手術顕微鏡用光学素子であって、
前記防汚コート層表面の末端炭素のC-H結合が、シラン系ガスの燃焼化学気相蒸着法によりC-OSi(OH)に置換されていることを特徴とする手術顕微鏡用光学素子。
【請求項2】
前記防汚コート層に、アルコール類およびエステル類の少なくともいずれか一方を含有することを特徴とする請求項1に記載の手術顕微鏡用光学素子。
【請求項3】
前記アルコール類がフェノキシエタノールである請求項2に記載の手術顕微鏡用光学素子。
【請求項4】
前記フェノキシエタノールの含有量が1重量%以上5重量%以下である請求項3に記載の手術顕微鏡用光学素子。
【請求項5】
前記反射防止膜は、前記基板側から、五酸化二タンタルまたは二酸化ハフニウムからなる第1の高屈折率層と、酸化ケイ素からなる第1の低屈折率層と、五酸化二タンタル又は二酸化ハフニウムからなる第2の高屈折率層と、を積層してなることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の手術顕微鏡用光学素子。
【請求項6】
前記反射防止膜は、前記第2の高屈折率層上に、酸化ケイ素からなる第2の低屈折率層と、五酸化二タンタル又は二酸化ハフニウムからなる第3の高屈折率層と、を積層してなる請求項5に記載の手術顕微鏡用光学素子。
【請求項7】
前記基板が、ランタン系ガラス、または、合成石英ガラスであることを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の手術顕微鏡用光学素子。
【請求項8】
前記防汚コート層の膜厚が、1nm以上10nm以下であることを特徴とする請求項1~7のいずれかに記載の手術顕微鏡用光学素子。
【請求項9】
請求項1に記載の手術顕微鏡用光学素子の製造方法であって、
前記基板上に前記反射防止膜を形成し、
前記反射防止膜上にアクリル基を有するアルコキシシランを含む溶液を塗布して防汚コート層を形成し、
シラン系ガスを用いた燃焼化学気相蒸着法により前記防汚コート層表面の末端炭素のC-H結合をC-OSi(OH)に置換することを特徴とする手術顕微鏡用光学素子の製造方法。
【請求項10】
請求項1~8のいずれかに記載の手術顕微鏡用光学素子を備える医療用光学機器。




【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、手術顕微鏡用光学素子およびその製造方法、医療用光学機器に係り、特に、長期間に亘って高い防曇性能、抗菌性能およびオートクレーブ処理に対する耐久性を維持することができる手術顕微鏡用光学素子および医療用光学機器に関する。
【背景技術】
【0002】
医療用光学機器、特に手術用顕微鏡システム(OMS:operating microscope system)においては、眼の手術に用いられる接眼レンズは患者との距離が近くなるため、呼気により、レンズが曇り、手術を中断せざるを得ないという課題、また、レンズの曇りを解消するために表面に親水性の膜を設けた場合は菌が付着しやすいという課題があった。
【0003】
このような課題に対して、ガラス基板に反射防止膜を有し、反射防止膜上に、アルコール類およびエステル類の少なくともいずれか一方を含有するアクリルポリマーからなる防汚コート層を積層してなる光学素子が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この技術によれば、防汚コート層を親水性とすることで良好な防曇性を付与することができ、また、アルコール類およびエステル類の少なくともいずれか一方を含ませることで、防曇性が低下することなく、抗菌性能を向上させることができる。
【0004】
しかしながら、医療機器用途であるため、130℃以上、0.32気圧以上、10分以上のオートクレーブによる滅菌処理が必要とされており、特許文献1に記載の光学素子では、有機物からなる防汚コート層が分解してしまい、耐久性に問題があった。
【0005】
また、親水性を有する防汚コート層を備える光学素子であって、高温高圧処理後の光学素子表面を水拭きする工程を有する光学素子表面の防曇性維持方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
しかしながら、この方法では、高温高圧のオートクレーブ処理の度に、水拭き工程や、防汚コート層の再コーティング工程などを要し、工数が煩雑であるという問題があった。
【0007】
また、シラン系ガスをフレームバーナーで燃焼させてナノレベルの酸化ケイ素微粒子を生成し、基材表面に付着させて表面にSi-OH結合を生成し、防曇性を付与する、燃焼化学気相蒸着(CCVD)による技術が知られている。
【0008】
しかしながら、無機物である基板表面にはSi-OHが密着せず、容易に脱落して防曇性が失われるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第6799932号公報
【特許文献2】特願2016-64260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、オートクレーブ処理にも耐え、長期間に亘って高い防曇性能、抗菌性能を維持することができる手術顕微鏡用光学素子および医療用光学機器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記目的を達成するものであり、請求項1に記載の発明は、基板と、前記基板上に設けられた反射防止膜と、前記反射防止膜上に設けられたアクリルポリマーを含有する防汚コート層からなる手術顕微鏡用光学素子であって、前記防汚コート層表面の末端炭素のC-H結合が、シラン系ガスの燃焼化学気相蒸着法によりC-OSi(OH)に置換されていることを特徴とする手術顕微鏡用光学素子である。
【0012】
本発明の手術顕微鏡用光学素子によれば、反射防止膜上に積層される防汚コート層にアクリルポリマーを用いることで、防汚コート層を親水性とすることができ、良好な防曇性を付与することができる。また、防汚コート層最表面側のアクリルポリマー由来の末端炭素のC-H結合がC-OSi(OH)に置換されているので、高温・高圧のオートクレーブ処理によっても分解されず、耐久性が向上している。
【0013】
請求項2に記載の発明は、前記防汚コート層に、アルコール類およびエステル類の少なくともいずれか一方を含有することを特徴とする手術顕微鏡用光学素子である。
【0014】
本発明の手術顕微鏡用光学素子によれば、アルコール類およびエステル類の少なくともいずれか一方を含ませることで、防曇性が低下することなく、抗菌性能を向上させることができる。
【0015】
請求項3に記載の発明は、前記アルコール類がフェノキシエタノールである請求項2に記載の手術顕微鏡用光学素子である。
【0016】
請求項4に記載の発明は、前記フェノキシエタノールの含有量が1重量%以上5重量%以下である請求項3に記載の手術顕微鏡用光学素子である。
【0017】
この態様によれば、フェノキシエタノールの含有量を1重量%以上5重量%以下とすることで、光学素子の光学特性に影響を与えることなく、良好な抗菌性能を付与することができる。
【0018】
請求項5に記載の発明は、前記反射防止膜は、前記基板側から、五酸化二タンタルまたは二酸化ハフニウムからなる第1の高屈折率層と、酸化ケイ素からなる第1の低屈折率層と、五酸化二タンタル又は二酸化ハフニウムからなる第2の高屈折率層と、を積層してなることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の手術顕微鏡用光学素子である。
【0019】
請求項6に記載の発明は、前記反射防止膜は、前記第2の高屈折率層上に、酸化ケイ素からなる第2の低屈折率層と、五酸化二タンタル又は二酸化ハフニウムからなる第3の高屈折率層と、を積層してなる請求項5に記載の手術顕微鏡用光学素子である。
【0020】
この態様は、反射防止膜を規定したものであり、上記の構成の反射防止膜とすることで、波長420nmから750nmの光に対して、低い反射率とすることができる。
【0021】
請求項7に記載の発明は、前記基板が、ランタン系ガラス、または、合成石英ガラスであることを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の手術顕微鏡用光学素子である。
【0022】
請求項8に記載の発明は、前記防汚コート層の膜厚が、1nm以上10nm以下であることを特徴とする請求項1~7のいずれかに記載の手術顕微鏡用光学素子である。
【0023】
この態様によれば、防汚コート層の膜厚を上記範囲とすることで、光学素子の光学特性に影響を与えずに防汚コート層を積層することができる。
【0024】
請求項9に記載の発明は、請求項1に記載の手術顕微鏡用光学素子の製造方法であって、 前記基板上に前記反射防止膜を形成し、前記反射防止膜上にアクリル基を有するアルコキシシランを含む溶液を塗布して防汚コート層を形成し、シラン系ガスを用いた燃焼化学気相蒸着法により前記防汚コート層表面の末端炭素のC-H結合をC-OSi(OH)に置換することを特徴とする手術顕微鏡用光学素子の製造方法である。
【0025】
請求項10に記載の発明は、請求項1~8のいずれかに記載の手術顕微鏡用光学素子を備える医療用光学機器である。
【0026】
上記記載の手術顕微鏡用光学素子は、良好な防曇性、抗菌性およびオートクレーブ処理への耐久性を有するので、医療用光学機器に好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明の光学素子によれば、表面にアクリルポリマーからなる防汚コート層を積層し、この表面側末端の炭素のC-H結合をC-OSi(OH)に置換することで、防曇性、抗菌性およびオートクレーブ処理への耐久性を両立することができる。また、この光学素子は手術中に曇ることを防止でき、また、抗菌効果も有するので医療用手術装置に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】第1実施形態の手術顕微鏡用光学素子の積層状態を示す側断面図である。
図2】第2実施形態の手術顕微鏡用光学素子の積層状態を示す側断面図である。
図3】燃焼化学気相蒸着法による表面処理を行う前の防汚コート層を模式的に示す側断面図である。
図4】燃焼化学気相蒸着法による表面処理を行った後の防汚コート層を模式的に示す側断面図である。
図5】医療用光学機器の外観構成の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、添付図面に従って本発明に係る手術顕微鏡用光学素子および医療用光学機器について説明する。
【0030】
<第1実施形態>
図1は、第1実施形態の手術顕微鏡用光学素子の積層状態を示す説明図である。第1実施形態の手術顕微鏡用光学素子1は、基板2に、反射防止膜3として、五酸化二タンタル(Ta)からなる第1の高屈折率層4と、酸化ケイ素(SiO)からなる第1の低屈折率層5と、五酸化二タンタルからなる第2の高屈折率層4と、を積層し、その上に光学特性に影響を与えない程度の厚さの防汚コート層6を積層することにより形成されている。
【0031】
基板2には、手術顕微鏡用光学素子として通常用いられるものが選択可能であり、ランタン系ガラスLAH53や、合成石英ガラスが材料として用いられる。
【0032】
高屈折率層4および低屈折率層5はこれらのみに限定されず、相互に屈折率の差異を有すればよく、例えば、他に選択可能な物質として、高屈折率層4としては五酸化二タンタルの代わりに、二酸化ハフニウム(HfO)を積層してもよい。
【0033】
基板2への反射防止膜3の成膜は、第1の高屈折率層4、第1の低屈折率層5、および、第2の高屈折率層4の各層を、イオンアシスト法、真空蒸着法、スパッタリング法により成膜することで行うことができ、いずれの成膜方法を用いることができる。
【0034】
反射防止膜3上への防汚コート層6の形成は、反射防止膜3表面に、アクリル基を有するアルコキシシランの溶液を塗布(1液塗布)し、続いて加水分解反応によって行う。ここで、本発明で言う「アクリル基を有するアルコキシシラン」とは、シラン(SiH)のHの1つが「Si-O-アクリル基」に置換、または「Si-O-(アクリル基を有する炭素鎖)」に置換されたものである。シランにおける残りの1~3つのHは、アルコキシル基(RO-)で置換されたものである。
【0035】
アクリル基またはアクリル基を有する炭素鎖がOを介してSiに結合し、Siの残りの1~3つの結合がアルコキシル基で置換されたモノアルコキシシラン、ジアルコキシシラン、トリアルコキシランがあり、この中でも、アクリル基以外の3つがアルコキシル基で置換されたアクリル基1置換+トリアルコキシシランであると、反射防止膜に対してSi-Oのネットワークが多数形成され、結合が強固となり、好ましい。またはこれらの混合物を用いてもよい。
【0036】
アルコキシル基のRとしては、メチル、エチル、プロピル等、公知の物を使用することができる。アクリル基を有するアルコキシシランの溶液中の濃度は、0.1~5.0%が好ましい。溶媒は、メタノール、エタノール等を使用することができる。
【0037】
この防汚コート層塗布処理により、アルコキシル基が脱離して水酸基となり、かつ反射防止膜表面に結合し、「(反射防止膜-O)-Si-O-アクリル基(またはアクリル基を有する炭素鎖)」というように、図3に示すように反射防止膜と防汚コート層との間にシロキサン結合が生じ、高屈折率層4の表面にOを介してSiが結合した構造が生成する。
【0038】
アクリル基を有するアルコキシシランの調製は、ケイ素化合物とアクリルポリマーを用いた従来技術であるので説明を省略するが、アクリル基を有するアルコキシシランの塗布後は、図3に示すように、Si-O-の上方にアクリルポリマー由来の有機基(炭素鎖)が結合した構造が完成する。なお、図3において楕円の図形で示す箇所はアクリルポリマー由来の任意の炭素鎖を省略したものであり、反射防止膜に対して、例えば、「-Si-O-CH-・・・-CH」のような構造を取る。この炭素鎖は炭素数が数百~数千程度までの炭素鎖であると好ましく、この炭素鎖のC-C単結合に代えて任意の箇所で二重結合や三重結合を含んでいてもよく、また、炭素鎖には任意の箇所でHに代えてOH基が結合していてもよい。炭素鎖は直鎖のみならず分岐していてもよい。最表面側の末端の-CHにおいてはnは1~3の整数を取り、末端が単結合、二重結合、三重結合である場合の-CH、=CH、≡CHを示す。これらの他、1個~全部のHをOHに置換した-CH(OH)(ここでa+b=3)、=CH(OH)(ここでc+d=2)、≡COHも可能である。
【0039】
本発明においては、1置換のアクリル基を有するアルコキシシランに代えて、1置換の、ベタイン構造、多価アルコール構造、アミド構造、ノニオン構造を有するアルコキシシランを用いることもできる。Siの1つの結合にこれらの構造を有し、残りの1~3つの結合にアルコキシル基を有するアルコキシシランを用いた場合も、これまで説明してきたアクリル基の場合と同様に、Si側末端が反射防止膜にシロキサン結合を形成し、防汚コート層再表面側の末端のC-HやC-OHに対して、後述する燃焼化学気相蒸着法が行われる。
【0040】
アクリル基を有するアルコキシシランを調製するにあたり用いられる原料のアクリルポリマーとしては、水溶性のアクリルポリマー、非水溶性のアクリルポリマーのいずれも用いることができ、炭素数10以下の直鎖もしくは分岐のアルキル基を有するアクリル酸またはメタクリル酸のエステルを成分とする重合体などが挙げられる。具体的には、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチルなどのアクリル酸エステル類のアクリルポリマーを用いることができる。アクリルポリマーは、1種類を単独で用いてもよく、複数種類を混合して用いてもよい。
【0041】
防汚コート層6を、アクリル基を有するアルコキシシランを用いて形成することで、防汚コート層6に親水性を付与することができる。防汚コート層6を親水性とすることで、防汚コート層6に付着した水滴が表面で濡れ広がるため、手術顕微鏡用光学素子1が曇ることを防止することができる。親水性を示す指標としては、接触角を用いることができ、接触角は10°以下とすることが好ましい。防汚コート層6の物理膜厚は1nm以上10nmとすることが好ましい。
【0042】
防汚コート層6を形成する際には、アルコール類およびエステル類の少なくともいずれか一方を含むアクリル基を有するアルコキシシランを用いて形成を行うと、抗菌性が向上して好ましい。
【0043】
アルコール類としては、フェノキシエタノールを用いることができる。エステル類としては、パラオキシ安息香酸エステルを用いることができ、具体的には、メチルパラベン、エチルパラベン、プロピルパラベン、イソプロピルパラベン、ブチルパラベン、イソブチルパラベン、ベンジルパラベンなどが挙げられる。なかでも、フェノキシエタノールを用いることが好ましい。また、アルコール類およびエステル類の含有量は、アクリル基を有するアルコキシシランの重量に対して、1重量%以上5重量%以下とすることが好ましい。
【0044】
溶液を塗布する方法としては、スピンコート法により行うことができ、例えば、1500rpmで20秒間の塗布を2回行うことで塗布することができる。また、乾燥は、常温で乾燥してもよく、85℃で1時間加熱乾燥してもよい。図3において、符号6が防汚コート層に相当する。
【0045】
続いて、防汚コート層6の最表面側末端のC-H結合(またはC-OH結合)に燃焼化学気相蒸着(以下、CCVDと略称する場合がある)処理を行う。モノシラン、ジシラン等のシラン系ガスと、炭化水素ガス、酸素とを供給し、フレームバーナーによる酸化炎を介し、被塗布物の表面にナノレベルの酸化ケイ素粒子を膜に近い密集密度で付着させて表面を改質する。このCCVD処理により、図4に示すように、末端-C-H(または-COH)の結合が、-C-[OSi(OH)となる(n=1~3)。
【0046】
CCVD処理の条件は、上記のガス混合物に対して1000℃以上、数秒程度保持するものである。
【0047】
有機基の末端がC-Hであると、例えば132℃、0.32MPa、10分といったオートクレーブ処理によって炭素鎖が分解されるが、この結合が、C-[OSi(OH)であると、分解せずに、耐久性が向上することが明らかとなった。
【0048】
手術顕微鏡用光学素子1の層構成の具体例としては、例えば、以下の表1に示す組成、物理膜厚とすることができる。
【0049】
【表1】
【0050】
<第2実施形態>
図2は、第2実施形態の手術顕微鏡用光学素子の積層状態を示す説明図である。手術顕微鏡用光学素子11は、基板12に、反射防止膜13として、五酸化二タンタル(Ta)からなる第1の高屈折率層14と、酸化ケイ素(SiO)からなる第1の低屈折率層15と、五酸化二タンタルからなる第2の高屈折率層14と、酸化ケイ素からなる第2の低屈折率層15と、五酸化二タンタルからなる第3の高屈折率層14と、を積層し、その上に光学特性に影響を与えない程度の厚さの防汚コート層16を積層することにより形成されている。すなわち、第2実施形態の手術顕微鏡用光学素子11は、反射防止膜13に、5層を有する点が、第1実施形態の手術顕微鏡用光学素子1と異なっている。なお、第1実施形態と同様に、五酸化二タンタルの代わりに、二酸化ハフニウム(HfO)を積層してもよい。
【0051】
基板12としては、第1実施形態同様、ランタン系ガラスLAH53や、合成石英ガラスを材料として用いることができる。
【0052】
反射防止膜13の成膜方法、防汚コート層16に用いられる材料、形成方法は、第1実施形態の手術顕微鏡用光学素子1と同様の方法、材料により行うことができるので、その説明を省略する。
【0053】
手術顕微鏡用光学素子11の層構成の具体例としては、例えば、以下の表2に示す組成、物理膜厚とすることができる。
【0054】
【表2】
【0055】
なお、第1実施形態においては、反射防止膜として、高屈折率層4と低屈折率層5を交互に3層積層した実施形態を、第2実施形態においては、高屈折率層14と低屈折率層15を交互に5層積層した実施形態を示したが、本発明はこれらのみに限定されず、反射防止膜の最下層と最上層が高屈折率層であれば、高屈折率層と低屈折率層の積層数は特に限定されない。
【0056】
<医療用光学機器>
上記の光学素子を有する医療用光学機器の一例として、手術用顕微鏡に用いられる術者用顕微鏡について説明する。図5は、術者用顕微鏡の外観構成の一例を示す概略図である。上記の光学素子は、術者用顕微鏡の前置レンズに好適に用いることができる。
【0057】
手術用顕微鏡50は、図示しない支柱、アームに懸架された術者用顕微鏡56を備え、術者は、フットスイッチ(図示せず)を足で操作することで、術者用顕微鏡56を3次元的に移動させる。
【0058】
術者用顕微鏡56の鏡筒部60には、各種の光学系や駆動系が収納されている。鏡筒部60の上部には、インバータ部62が設けられている。インバータ部62は、倒像を正立像に変換する光学ユニットである。インバータ部62の上部には、接眼部61が設けられている。接眼部61には、接眼レンズが設けられており、また、鏡筒部60の下端には、対物レンズ65が設けられている。
【0059】
術者用顕微鏡56には、保持アーム64の上端部が連結されている。保持アーム64の下端部には、前置レンズ63が保持されている。前置レンズ63は、照明光を集束させて被手術眼Eの眼内を照明する。前置レンズ63としては、異なる屈折力(例えば、40D、80D、120Dなど)を有する複数個のレンズが用意されており、これらが択一的に保持アーム64に装着される。
【0060】
保持アーム64の上端部は、上下方向に回動可能に枢接されている。それにより、前置レンズ63は、被手術眼Eと対物レンズ65との間の位置に挿脱可能とされる。前置レンズが挿入される位置(使用位置)は、対物レンズ65の光軸上の位置であり、かつ、対物レンズ65の前側焦点位置と被手術眼Eとの間の位置である。図5は、前置レンズ63が、被手術眼Eと対物レンズ65との間の使用位置に配置された状態を示している。
【0061】
前置レンズ63は、その周囲を取り囲むように形成された保持板66により保持され、枢軸67を介してアーム部68に接続され、枢軸67を中心に回動可能とされている。
【0062】
また、術者用顕微鏡56は、昇降アーム71を有し、術者用顕微鏡56の本体部56a、および、保持アーム64および前置レンズ63を収納する収納部74が接続されている。昇降アーム71を上下方向に移動させることで、前置レンズ63も一体的に移動される。収納部74は、昇降アーム71に対して着脱可能に形成されている。これは、前置レンズ63や保持アーム64を滅菌する際などに術者用顕微鏡56から取り外すためである。
【0063】
前置レンズ63は、対物レンズ65を経由した照明光を集束させて眼内に導くように作用する。被手術眼Eの目に前置レンズ63を当て、被手術眼Eの眼内(網膜、硝子体など)を観察する際に用いられる。
【0064】
前置レンズ63は、被手術眼Eから数mmの位置に配置され、手術が行われる。したがって、被手術者の呼気により、前置レンズ63が曇り、手術を中断しなければならないことが懸念されるが、本発明の光学素子を前置レンズに用いることで、前置レンズの曇りを防止することができる。また、良好な抗菌性能を有し、また、手術後は、繰り返しの高温、高圧のオートクレーブ処理に対しても防汚コート層が分解せず耐久性を有するので、医療用光学機器として長期間好適に用いることができる。
【実施例0065】
以下に実施例を挙げ、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下の実施例の構成に限定されるものではなく、本発明は、明細書全体の開示に基いてサポートされる。
【0066】
[実施例1、比較例1]
光学素子として、図1に示す第1実施形態の手術顕微鏡用光学素子1(3層の反射防止膜を有する)を用いた。反射防止層3上に、防汚コート層6として、Siのうち1置換にアクリル基を有するトリメトキシシランをウエットコートさせた。コート後、単分子層とするために純水でリンスを行い、余分な分子を除去した。これを乾燥後、水洗したものを、比較例1とした。また、同様にして作製したものに対して、シラン系ガスによるCCVD処理を行い、末端C-H結合の処理を行ったものを実施例1とした。
【0067】
[実施例2、比較例2]
実施例1、比較例1においてSiのうち1置換にベタイン構造を持つトリメトキシシランを使用した以外は同様にして、実施例2および比較例2の光学素子を作製した。
【0068】
[実施例3、比較例3]
実施例1、比較例1においてSiのうち1置換に多価アルコール構造を持つトリメトキシシランを使用した以外は同様にして、実施例3および比較例3の光学素子を作製した。
【0069】
[実施例4、比較例4]
実施例1、比較例1においてSiのうち1置換にアミド構造をもつトリメトキシシランを使用した以外は同様にして、実施例4および比較例4の光学素子を作製した。
【0070】
[実施例5、比較例5]
実施例1、比較例1においてSiのうち1置換にノニオン構造を持つトリメトキシシランを使用した以外は同様にして、実施例5および比較例5の光学素子を作製した。
【0071】
[評価方法]
各実施例および比較例の手術顕微鏡用光学素子にオートクレーブ処理を行う前後の複数の段階で防曇性を確認することによって、オートクレーブ処理への耐久性の評価を行った。防曇性の評価は、光学素子表面に対して室温25±2℃、湿度40±10RH%の条件で呼気試験を行い、目視で確認して曇りが直ちに消失して防曇性が良好なものを〇、防曇性にムラがあるものを△、素子全面で曇りが取れず防曇性が無いものを×とした。オートクレーブ処理は、1回あたり132℃、0.32MPa、10分間とした。
【0072】
まず、比較例についての評価を表3に示す。表3において、「CL(1)前」は、コートを単分子にするための純水リンスを行う前を意味し、「CL(1)後」は、リンス後を意味する。「CL(2)前」は、純水を含浸させたワイパーにて1回手拭きを行う前を意味し、「CL(2)後」は、手拭き後を意味する。
【0073】
【表3】
【0074】
表3に示すように、比較例4はコートを単分子にするための純水リンス前は防曇性が劣っていたものの、リンス後は防曇性が向上し、比較例1~5のいずれも防曇性が〇であった。しかしながら、1回のオートクレーブ処理後は、防曇性が低下し、ワイパーにて手拭きを行っても防曇性は回復しなかった。続いて、実施例についての評価を表4に示す。
【0075】
【表4】
【0076】
表4に示すように、本発明の実施例1~5では、オートクレーブ処理を10回経た後でも防曇性が維持されており、さらにワイパーでの手拭きを行っても防曇性が維持されていることが分かった。
【0077】
以上より、実施例の光学素子によれば、オートクレーブ処理に対して耐久性を有し、防曇性を維持する光学素子とすることができた。また、防汚コート層に抗菌成分を配合すれば、抗菌性能も併せ持つことができる。
【符号の説明】
【0078】
1、11…光学素子、2、12…基板、3、13…反射防止膜、4、14…高屈折率層、5、15…低屈折率層、6、16…防汚コート層、50…手術用顕微鏡、56…術者用顕微鏡、56a…本体部、60…鏡筒部、61…接眼部、62…インバータ部、63…前置レンズ、64…保持アーム、65…対物レンズ、66…保持板、67…枢軸、68…アーム部、71…昇降アーム、74…収納部
図1
図2
図3
図4
図5