(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023057373
(43)【公開日】2023-04-21
(54)【発明の名称】不死化された伴侶動物由来角膜細胞株及びその使用
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230414BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230414BHJP
C12N 15/37 20060101ALN20230414BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12Q1/02
C12N15/37
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021166873
(22)【出願日】2021-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】田島 一樹
(72)【発明者】
【氏名】松村 海波
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QR77
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC12
4B065AC20
4B065BA02
4B065CA43
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】生体における細胞の特徴がよく維持された、伴侶動物由来角膜細胞株を提供する。
【解決手段】不死化された伴侶動物由来角膜細胞株;被験物質の存在下で、伴侶動物由来角膜細胞株を培養する工程と、細胞株の増殖を測定する工程と、を含み、細胞株の増殖が、被験物質の非存在下と比較して促進されることが、被験物質が伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤であることを示す、スクリーニング方法;及び、被験物質の存在下で、伴侶動物由来角膜細胞株を培養する工程と、細胞株の増殖、生存率又は機能を評価する工程と、を含み、細胞株の増殖が低下すること、細胞株の生存率が低下すること、又は、細胞株の機能が低下することが、被験物質が伴侶動物由来角膜細胞に対する毒性を有することを示す、被験物質の毒性を評価する方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不死化された伴侶動物由来角膜細胞株。
【請求項2】
角膜内皮細胞株である、請求項1に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
【請求項3】
コンフルエントに達した状態で敷石状の形状を示す、請求項2に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
【請求項4】
培養して1.0×105~5.0×105個/cm2の細胞密度に到達した時に、細胞1個あたりが占める面積が200~1000μm2である、請求項2又は3に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
【請求項5】
ZO-1タンパク質及びNa/K-ATPaseタンパク質を発現している、請求項2~4のいずれか一項に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
【請求項6】
イヌ角膜内皮細胞株である、請求項2~5のいずれか一項に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
【請求項7】
受領番号NITE AP-03534として寄託された細胞株である、請求項6に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
【請求項8】
被験物質の存在下で、請求項1~7のいずれか一項に記載の伴侶動物由来角膜細胞株を培養する工程と、
前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖を測定する工程と、を含み、
前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖が、前記被験物質の非存在下と比較して促進されることが、前記被験物質が伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤であることを示す、伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
被験物質の存在下で、請求項1~7のいずれか一項に記載の伴侶動物由来角膜細胞株を培養する工程と、
前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖、生存率又は機能を測定する工程と、を含み、
前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖が前記被験物質の非存在下と比較して低下すること、前記伴侶動物由来角膜細胞株の生存率が前記被験物質の非存在下と比較して低下すること、又は、前記伴侶動物由来角膜細胞株の機能が前記被験物質の非存在下と比較して低下することが、前記被験物質が伴侶動物由来角膜細胞に対する毒性を有することを示す、前記被験物質の伴侶動物由来角膜細胞株に対する毒性を評価する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不死化された伴侶動物由来角膜細胞株及びその使用に関する。より詳細には、本発明は、不死化された伴侶動物由来角膜細胞株、伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤のスクリーニング方法、及び、被験物質の伴侶動物由来角膜細胞株に対する毒性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、伴侶動物はヒト同様の高度な医療が求められるようになってきている。しかしながら、伴侶動物の医療は遅れをとっている。近年では倫理的問題点から、イヌ等の伴侶動物を実験動物として扱うことが難しくなっており、このことも獣医学研究の遅れにつながっている。
【0003】
ヒトで実験を行うことは倫理的に許されないため、ヒトの研究をする際には、細胞レベルの実験を行うことも多い。ヒトの組織から細胞を分離し、増殖させることで、薬物への反応や、細胞の挙動を観察することができる。しかし、生体から採取した細胞は無限増殖するわけではなく、通常は一定数分裂すると寿命を迎え、細胞の増殖能の低下や、本来の細胞の性質の喪失が生じる。
【0004】
これを解決するため、細胞に癌遺伝子を組み込み、不死化させる技術が用いられる(例えば、非特許文献1を参照。)。また、不死化細胞が実際に数多く市販されている。不死化細胞を用いることで、細胞の性質や薬剤への反応を解析することができる。
【0005】
これに対し、イヌ等の伴侶動物の細胞に対する不死化細胞技術は発展途上であり、ヒト同様の細胞実験を行う際の障壁となっている。特に、眼の角膜内皮細胞は、生体から採取した際に増殖能に乏しく、実験を行うための細胞数を集めるには多くの新鮮な生体組織が必要である。例えば、イヌの場合であれば、イヌの眼球が複数個必要となり、そのためにはイヌから眼球を得る必要がある。しかしながら、倫理的観点から、細胞を用いた実験を行うことができない。
【0006】
ヒトでは、アイバンク等の献体から得られた眼の組織(角膜)を保存する団体があり、そこから角膜を購入することもできる。これに対し、イヌ等の伴侶動物のアイバンクは存在しておらず、角膜の入手は困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Alwin Prem Anand A., et al., Immortalization of neuronal progenitors using SV40 large T antigen and differentiation towards dopaminergic neurons, J Cell Mol Med., 16 (11), 2592-2610, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、生体における細胞の特徴がよく維持された、伴侶動物由来角膜細胞株を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の態様を含む。
[1]不死化された伴侶動物由来角膜細胞株。
[2]角膜内皮細胞株である、[1]に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
[3]コンフルエントに達した状態で敷石状の形状を示す、[2]に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
[4]培養して1.0×105~5.0×105個/cm2の細胞密度に到達した時に、細胞1個あたりが占める面積が200~1000μm2である、[2]又は[3]に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
[5]ZO-1タンパク質及びNa/K-ATPaseタンパク質を発現している、[2]~[4]のいずれかに記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
[6]イヌ角膜内皮細胞株である、[2]~[5]のいずれかに記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
[7]受領番号NITE AP-03534として寄託された細胞株である、[6]に記載の伴侶動物由来角膜細胞株。
[8]被験物質の存在下で、[1]~[7]のいずれかに記載の伴侶動物由来角膜細胞株を培養する工程と、前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖を測定する工程と、を含み、前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖が、前記被験物質の非存在下と比較して促進されることが、前記被験物質が伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤であることを示す、伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤のスクリーニング方法。
[9]被験物質の存在下で、[1]~[7]のいずれかに記載の伴侶動物由来角膜細胞株を培養する工程と、前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖、生存率又は機能を測定する工程と、を含み、前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖が前記被験物質の非存在下と比較して低下すること、前記伴侶動物由来角膜細胞株の生存率が前記被験物質の非存在下と比較して低下すること、又は、前記伴侶動物由来角膜細胞株の機能が前記被験物質の非存在下と比較して低下することが、前記被験物質が伴侶動物由来角膜細胞に対する毒性を有することを示す、前記被験物質の伴侶動物由来角膜細胞株に対する毒性を評価する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、生体における細胞の特徴がよく維持された、伴侶動物由来角膜細胞株を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1(a)及び(b)は実験例1における角膜内皮細胞の顕微鏡写真を示す。
【
図2】
図2(a)~(c)は、実験例2におけるイヌ角膜内皮細胞の代表的な顕微鏡写真である。
【
図3】
図3(a)及び(b)は、実験例4において撮影した、継代回数20回(P20)の不死化イヌ角膜内皮細胞の代表的な顕微鏡写真である。
【
図4】
図4(a)~(c)は、実験例5において撮影した、不死化イヌ角膜内皮細胞の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[伴侶動物由来角膜細胞株]
一実施形態において、本発明は、不死化された伴侶動物由来角膜細胞株を提供する。本実施形態の伴侶動物由来角膜細胞株は、生体における細胞の特徴がよく維持されており、生体における角膜細胞のモデルとして、研究、薬物スクリーニング、毒性評価等に使用することができる。また、培養して増殖させることができるため、使用しても倫理的問題点が少ない。
【0013】
伴侶動物としては、イヌ、ネコ、ウサギ等が挙げられる。また、角膜細胞株としては、角膜上皮細胞、角膜内皮細胞等が挙げられる。
【0014】
伴侶動物由来角膜細胞の不死化の方法は特に限定されないが、不死化遺伝子の導入により不死化されていることが好ましい。不死化遺伝子としては、SV40 LargeT抗原遺伝子、ヒトテロメア逆転写酵素(Human Telomerase Reverse Transcriptase、hTERT)遺伝子等が挙げられる。
【0015】
SV40 LargeT抗原遺伝子のNCBIアクセッション番号はM99347.1等である。SV40 LargeT抗原遺伝子としては、例えば、配列番号1に記載の塩基配列からなる遺伝子を用いることができる。また、hTERT遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_001193376、NM_198253、NM_198254、NM_198255等である。
【0016】
本実施形態の伴侶動物由来角膜細胞株は、生体における細胞の特徴をよく反映している。生体における細胞の特徴をよく反映しているとは、例えば、細胞株が角膜内皮細胞株である場合には、コンフルエントに達した状態で敷石状の形状を示すことが挙げられる。
【0017】
ここで、コンフルエントに達した状態で敷石状の形状を示すとは、培養して1.0×105~5.0×105個/cm2の細胞密度に到達した時に、細胞1個あたりが占める面積が200~1000μm2であるということもできる。
【0018】
あるいは、生体における細胞の特徴をよく反映しているとは、例えば、細胞株が角膜内皮細胞株である場合に、ZO-1タンパク質及びNa/K-ATPaseタンパク質を発現していることであってもよい。
【0019】
ZO-1及びNa/K-ATPaseは、角膜内皮細胞マーカーであることが知られている。ZO-1(別名:TJP1)は、タイトジャンクション関連タンパク質である。タイトジャンクションとは、隣り合う細胞をつなぎ、さまざまな分子が細胞間を通過するのを防ぐ、細胞間結合の一種である。イヌZO-1遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_001003140.1等である。
【0020】
Na/K-ATPaseとは、細胞の膜輸送系の酵素であり、膜貫通タンパク質である。この酵素は、細胞内でのATPの加水分解と共役して細胞内からナトリウムイオンを汲み出し、カリウムイオンを取り込むのでナトリウム-カリウムポンプ又は単にナトリウムポンプとも呼ばれる。イヌNa/K-ATPase遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はL42173.1等である。
【0021】
近年、動物医療のレベルは高まっており、ヒト医療同様の治療が受けられる診療科目もある。獣医眼科領域では、以前はヒト用の点眼薬を使用し治療を行っていたが、近年は農水省認可による動物専用の点眼薬も多く市販されるようになってきている。更に、白内障手術や網膜硝子体手術といった眼内の手術が国内でも多く実施され、動物専用の眼内レンズも市販されている。今後、新たに開発される点眼薬や眼内に使用する薬剤、製品については、市販の前に安全性試験が必要である。しかしながら、インビトロでこれらの試験を実施可能な細胞が不足している。これに対し、本実施形態の細胞株を用いることにより、インビトロでこれらの試験を実施することができる。
【0022】
また、角膜内皮細胞は生体内においても増殖能が低いため、一度傷害されると再生することができないことが知られている。角膜内皮細胞が傷害される疾患は多く、これにより失明に至る症例も多い。
【0023】
例えば、イヌの角膜内皮細胞は、増殖性が低く、従来、ほとんど実験を行うことができなかった。これに対し、本実施形態の細胞株を用いることにより、例えば、角膜内皮細胞が増殖しないメカニズムの解明を細胞レベルで行うことが可能になる。また、角膜内皮細胞は、眼内の手術の際に傷害を受けやすい細胞でもあることから、傷害を軽減するための薬剤等をスクリーニングすることが可能になる。
【0024】
本実施形態の伴侶動物由来角膜細胞株は、イヌ角膜内皮細胞株であることが好ましい。また、イヌ角膜内皮細胞株が、受領番号NITE AP-03534として寄託された細胞株であることが好ましい。
【0025】
実施例において後述するように、受領番号NITE AP-03534として寄託された細胞株は、増殖能が高く、継代数が20を超えても増殖能が維持されていることを確認済みである。また、本細胞株は、コンフルエントに達した状態で敷石状の形状を示す特徴を維持している。また、本細胞株は、角膜内皮細胞マーカーである、ZO-1タンパク質及びNa/K-ATPaseタンパク質の発現を維持している。このように、本細胞株は、生体における角膜内皮細胞の特徴をよく維持している。また、継代数が若い本細胞株を多数凍結保存しており、その凍結保存状態からの再培養が可能なことも確認済みである。したがって、伴侶動物由来角膜細胞の研究材料として非常に有望であり、今後この細胞を用いて医薬品開発等を行うことができる。
【0026】
[伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤のスクリーニング方法]
一実施形態において、本発明は、被験物質の存在下で、上述した伴侶動物由来角膜細胞株を培養する工程と、前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖を測定する工程と、含み、前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖が、前記被験物質の非存在下と比較して促進されることが、前記被験物質が伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤であることを示す、伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤のスクリーニング方法を提供する。
【0027】
上述したように、例えば、イヌの角膜内皮細胞は生体内においても増殖能が低いため、一度傷害されると再生することができないことが知られている。これに対し、本実施形態のスクリーニング方法によれば、伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤をスクリーニングすることが可能となる。
【0028】
被験物質としては特に制限されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、代謝物ライブラリ等が挙げられる。
【0029】
本実施形態のスクリーニング方法において、細胞の増殖の測定には、通常行われる各種測定方法を利用することができる。具体的には、例えば、直接細胞数をカウントする;MTT、MTS、WST-1等のテトラゾリウム化合物による細胞生存アッセイ;TMRE、TMRM、JC-1、JC-10、Mitotracker Red等のミトコンドリア膜電位依存的にミトコンドリア膜に蓄積する色素を利用してその傷害を測定するミトコンドリア膜電位依存的色素アッセイ;Calcein AM、Calcein violet AM等の色素を使用するエステラーゼ切断色素アッセイ;アデノシン三リン酸(ATP)量、アデノシン二リン酸(ADP)量の測定に基づくアッセイ;解糖活性アッセイ;酸素消費アッセイ;ki67等の細胞増殖マーカーの免疫染色により、細胞増殖期の細胞を検出する方法等が挙げられる。
【0030】
細胞の増殖の測定は、被験物質の存在下で、伴侶動物由来角膜細胞株を所定の時間培養後に行ってもよいし、被験物質の存在下で、上述した伴侶動物由来角膜細胞株を培養しながら経時的に行ってもよい。
【0031】
被験物質の非存在下と比較して、被験物質の存在下において細胞の増殖が促進された場合、被験物質は伴侶動物由来角膜細胞の増殖促進剤であるということができる。
【0032】
[被験物質の伴侶動物由来角膜細胞株に対する毒性を評価する方法]
一実施形態において、本発明は、被験物質の存在下で、上述した伴侶動物由来角膜細胞株を培養する工程と、前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖、生存率又は機能を測定する工程と、を含み、前記伴侶動物由来角膜細胞株の増殖が前記被験物質の非存在下と比較して低下すること、前記伴侶動物由来角膜細胞株の生存率が前記被験物質の非存在下と比較して低下すること、又は、前記伴侶動物由来角膜細胞株の機能が前記被験物質の非存在下と比較して低下することが、前記被験物質が伴侶動物由来角膜細胞に対する毒性を有することを示す、前記被験物質の伴侶動物由来角膜細胞株に対する毒性を評価する方法を提供する。
【0033】
本実施形態の毒性評価方法において、被験物質、細胞の増殖の測定方法については上述したものと同様である。
【0034】
細胞の生存率(生存性)の測定は、細胞毒性の測定ということもでき、通常行われる各種測定方法を利用することができる。具体的には、例えば、乳酸脱水素酵素(LDH)等の漏出酵素の検出;トリパンブルー等の色素による染色;アネキシンV結合アッセイ、DNAの凝集及び断片化の検出、活性化カスパーゼの検出等によりアポトーシスを検出する方法;活性酸素種(ROS)の定量、ROS誘導タンパク質修飾の検出、抗酸化能の測定といった、酸化ストレスに関連するアッセイ等が挙げられる。
【0035】
細胞の増殖又は生存率の測定は、被験物質の存在下で、伴侶動物由来角膜細胞株を所定の時間培養後に行ってもよいし、被験物質の存在下で、上述した伴侶動物由来角膜細胞株を培養しながら経時的に行ってもよい。
【0036】
被験物質の非存在下と比較して、被験物質の存在下において細胞の増殖が低下した場合、被験物質は伴侶動物由来角膜細胞に対する毒性を有するということができる。あるいは、被験物質の非存在下と比較して、被験物質の存在下において細胞の生存率(生存性)が低下した場合、被験物質は伴侶動物由来角膜細胞に対する毒性を有するということができる。
【0037】
また、伴侶動物由来角膜細胞株の機能としては、例えば、タイトジャンクションが維持されていること、ポンプ機能が維持されていること等が挙げられる。タイトジャンクションが維持されているか否かは、例えば、電気抵抗測定、低分子物質の透過性測定等により測定することができる。また、ポンプ機能が維持されているか否かは、Ussing chamberを用いたアッセイ等により測定することができる。Ussing chamberとは、短絡電流法により、上皮膜における電解質輸送を電気生理学的に測定する装置である。
【0038】
細胞の機能の測定は、被験物質の存在下で、伴侶動物由来角膜細胞株を所定の時間培養後に行ってもよいし、被験物質の存在下で、上述した伴侶動物由来角膜細胞株を培養しながら経時的に行ってもよい。
【0039】
被験物質の非存在下と比較して、被験物質の存在下において細胞の機能が低下した場合、すなわち、タイトジャンクションが破綻した場合、ポンプ機能が低下した場合等に、被験物質は伴侶動物由来角膜細胞に対する毒性を有するということができる。
【実施例0040】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
[実験例1]
(生体内の角膜内皮細胞の観察)
イヌ眼球から摘出した角膜内皮細胞を固定してアリザリンレッド染色し、顕微鏡で観察した。
図1(a)及び(b)に顕微鏡写真を示す。
図1(a)は拡大倍率20倍で撮影した写真であり、
図1(b)は拡大倍率40倍で撮影した写真である。その結果、生体における角膜内皮細胞は6角形の形状を有していることが確認された。
【0042】
[実験例2]
(イヌ角膜内皮細胞の初代培養)
イヌ角膜内皮細胞の初代培養を行い、細胞の形態を観察した。
図2(a)~(c)は、代表的な細胞の顕微鏡写真である。
図2(a)は継代回数1回(P1)の写真であり、
図2(b)は継代回数3回(P3)の写真であり、
図2(c)は継代回数5回(P5)の写真である。
【0043】
その結果、イヌ角膜内皮細胞は、継代回数が少ない段階では敷石状の形状を維持していた。しかしながら、継代回数が増加すると細胞の形態が大型化し、敷石状の形状でなくなるとともに、増殖能が著しく低下していくことが明らかとなった。
【0044】
[実験例3]
(イヌ角膜内皮細胞株の樹立)
イヌ角膜内皮細胞にSV40 LargeT抗原のレトロウイルスベクターを導入し不死化した。レトロウイルスベクターは、パッケージング細胞に、pBABE-puro SV40 LT(カタログ番号「13970」、Addgene)及びパントロピックエンベロープをコードするpCMV-VSV-G(カタログ番号「8454」、Addgene)を導入して調製した。pBABE-puro SV40 LTに含まれるSV40 LargeT抗原遺伝子の塩基配列を配列番号1に示す。
【0045】
その結果、99クローンの不死化細胞株が得られた。これらのクローンのうち、細胞形態を指標として選別した結果、4クローンのイヌ角膜内皮細胞株が樹立された。これらの4クローンのうち、ZO-1及びNa/K-ATPaseの免疫染色、mRNA発現量を指標として、最も生体における角膜内皮細胞の特徴を反映している1クローンを選別した。選別したイヌ角膜内皮細胞株を、独立行政法人製品評価技術基盤機構(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に寄託した(受領日:令和3年9月9日、受領番号NITE AP-03534、細胞名「CCEC-M1」)。
【0046】
[実験例4]
(イヌ角膜内皮細胞株の検討1)
実験例3で樹立したイヌ角膜内皮細胞株(受領番号NITE AP-03534、細胞名「CCEC-M1」)を培養し、細胞の形態を観察した。
図3(a)及び(b)は、継代回数20回(P20)における代表的な細胞の顕微鏡写真である。
図3(b)は
図3(a)の四角で囲んだ領域の拡大画像である。
【0047】
その結果、実験例2におけるイヌ角膜内皮細胞の初代培養ではP5程度が限界であったが、CCEC-M1細胞は、P20でも増殖能を維持していた。また、P20においても、初代培養と同様の敷石状の形状を維持していた。
【0048】
[実験例5]
(イヌ角膜内皮細胞株の検討2)
実験例3で樹立したCCEC-M1細胞を固定して、角膜内皮細胞マーカーであるZO-1タンパク質及びNa/K-ATPaseタンパク質を免疫染色した。
図4(a)~(c)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図4(a)はZO-1タンパク質を染色した結果である。
図4(b)はNa/K-ATPaseタンパク質を染色した結果である。
図4(c)は、核を4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)で染色した結果である。
【0049】
その結果、得られた不死化イヌ角膜内皮細胞は、角膜内皮細胞マーカーである、ZO-1タンパク質及びNa/K-ATPaseタンパク質を発現していることが確認された。