(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023057409
(43)【公開日】2023-04-21
(54)【発明の名称】表面性状に優れたNi基合金およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 19/05 20060101AFI20230414BHJP
C22F 1/10 20060101ALI20230414BHJP
C22B 23/06 20060101ALI20230414BHJP
C22C 1/02 20060101ALI20230414BHJP
B22D 11/00 20060101ALI20230414BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230414BHJP
【FI】
C22C19/05 Z
C22F1/10 H
C22B23/06
C22C1/02 503G
B22D11/00 D
C22F1/00 623
C22F1/00 640A
C22F1/00 640C
C22F1/00 641Z
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684C
C22F1/00 685Z
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021166930
(22)【出願日】2021-10-11
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】000232793
【氏名又は名称】日本冶金工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 大樹
(72)【発明者】
【氏名】桐原 史明
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA19
4K001EA02
4K001EA03
4K001EA04
4K001GA13
4K001KA06
4K001KA10
(57)【要約】
【課題】表面性状に影響をおよぼす非金属介在物の組成を制御し、表面性状に優れたNi基合金を提供する。
【解決手段】以下mass%にて、Ni:52.0%以上、C:0.001~0.030%、Si:0.01~0.10%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Cr:13.0~25.0%、Mo:10.0~18.0%、W:1.00~5.00%、Cu:1.00%以下、Co:3.00%以下、Al:0.001~0.170%、Fe:2.00~8.00%、Mg:0.0010~0.0200%、Ca:0.0001~0.0040%、V:0.500%以下、Nb:0.001~0.100%、O:0.0001~0.0050%、残部が不可避的不純物から成るNi基合金であって、酸化物系非金属介在物はMgO、CaO、CaO-MgO系酸化物、CaO-Al2O3-MgO系酸化物、MgO・Al2O3のうち1種または2種以上を含み、全酸化物系非金属介在物に対してMgO・Al2O3の個数比率が50個数%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下mass%にて、Ni:52.0%以上、C:0.001~0.030%、Si:0.01~0.10%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Cr:13.0~25.0%、Mo:10.0~18.0%、W:1.00~5.00%、Cu:1.00%以下、Co:3.00%以下、Al:0.001~0.170%、Fe:2.00~8.00%、Mg:0.0010~0.0200%、Ca:0.0001~0.0040%、V:0.500%以下、Nb:0.001~0.100%、O:0.0001~0.0050%、残部が不可避的不純物から成るNi基合金であって、
酸化物系非金属介在物はMgO、CaO、CaO-MgO系酸化物、CaO-Al2O3-MgO系酸化物、MgO・Al2O3のうち1種または2種以上を含み、全酸化物系非金属介在物に対してMgO・Al2O3の個数比率が50個数%以下であることを特徴とするNi基合金。
【請求項2】
Ti:0.070%以下、N:0.070%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載のNi基合金。
【請求項3】
前記酸化物系非金属介在物のうち、全酸化物系非金属介在物に対してCaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が50個数%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のNi基合金。
【請求項4】
前記酸化物系非金属介在物のうち、CaO-MgO系酸化物はmass%にてCaO:20~80%、MgO:20~80%であり、CaO-Al2O3-MgO系酸化物はCaO:10~60%、Al2O3:5~60%、MgO:10~80%、SiO2:10%以下であり、MgO・Al2O3はMgO:10~40%、Al2O3:60~90%であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のNi基合金。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載のNi基合金の製造方法であって、電気炉にて原料を溶解し、次いで、AODおよび/またはVODにて脱炭した後に、石灰、蛍石を投入し、次いで、フェロシリコン合金、純シリコン、Alのうち一種または二種以上を投入し、CaO:50~75%、SiO2:1~10%、Al2O3:5~25%、MgO:3~15%、F:1~15%からなるCaO-SiO2-MgO-Al2O3-F系スラグを用い、Cr還元、脱酸、脱硫を行い、連続鋳造機もしくは普通造塊によりスラブもしくはインゴットを製造し、インゴットは熱間鍛造を施し、続けて熱間圧延、冷間圧延を実施することを特徴とする、Ni基合金またはNi基合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、表面性状に優れたNi基合金およびこのNi基合金の精錬方法に関するものであり、詳細には、スラグ組成および溶湯中のSi、Al、Mg、CaおよびOを制御することにより、溶湯中の非金属介在物を無害な組成に制御し、さらに表面の介在物個数を低減させた表面性状に優れたNi基合金およびその製造方法に関するものであり、特に排煙脱硫装置などの耐孔食性および耐酸性が厳しく要求されるNi基合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
船舶や火力発電所で用いられる排煙脱硫装置は、厳しい硫酸環境で使用されるため、NiやCr、Mo、W等を多量に含有し、耐食性および耐酸性を向上させたNi基合金が広く用いられている。近年、船舶の排出ガスに関する環境規制が厳しくなるに伴い、Ni基合金の需要が拡大している。
【0003】
耐食性および耐酸性に優れるNi基合金は、主要成分であるNiとともにCr、Mo、Wを含有しており、それらの金属は鉄と比べてきわめて高価な金属であることから、歩留まりを向上させ、製造コストを抑えることが非常に重要である。ここで、Ni基合金の表面に線状疵などの表面欠陥が発生すると、歩留まりが大きく低下するため、表面性状に優れたNi基合金が求められている。
【0004】
このような状況において、特許文献1では、Al、Tiを含有する高温用高Ni合金および高Ni合金の製造方法において、酸化物系介在物中のCa/Al質量比率を1.0~1.5の範囲とすることで、酸化物系介在物の組成を融点の低いCaO-Al2O3系に制御し、連続鋳造機の浸漬ノズルの閉塞を防止して製品の表面疵を防止する技術が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1のNi合金はNi含有量が18~50mass%を対象としており、本発明のNiを50mass%より多く含有するNi基合金と異なる。Ni含有量は介在物組成制御に大きく影響し、Ca、Mg、Al、Si、Oなどの微量成分が同じでも酸化物系非金属介在物の組成は大きく異なる。すなわち、特許文献1に記載の非金属介在物の組成制御の手法は、Niを50mass%より多く含有するNi基合金の表面欠陥を十分に改善するとは言えないものである。
【0006】
特許文献2では、高Ni合金において、合金中の非金属介在物の組成を制御し、熱間または冷間圧延時に延伸・分断性の良好な低融点介在物とすることで、表面疵を少なくする技術が開示されている。
【0007】
しかしながら、特許文献2の高Ni合金はNiを30~50mass%含有するものを対象としており、本発明のNiを50mass%より多く含有するNi基合金と異なる。Ni含有量は介在物組成制御に大きく影響し、Ca、Mg、Al、Si、Oなどの微量成分が同じでも酸化物系非金属介在物の組成は大きく異なる。すなわち、特許文献2に記載の非金属介在物の組成制御の手法は、Niを50mass%より多く含有するNi基合金の表面欠陥の改善には適用できない。
【0008】
特許文献3では、Ni含有量が40~70mass%のNi基合金材に関してミクロ組織中のTiNおよびTi(C,N)を主体とするTi系介在物の長さが10μm以下である耐食性と強度に優れるNi基合金材を開示している。
【0009】
しかしながら、Ni合金の表面性状を改善するために必要な酸化物系非金属介在物の制御方法は開示されていない。すなわち、Niを50mass%より多く含有するNi基合金の酸化物系非金属介在物の表面欠陥に関する課題は解決されていないままである。
【0010】
特許文献4では、Niが凡そ58mass%以上のNi-Cr-Mo-Nb合金に関して、非金属介在物としてMgO単体およびMgOと(Ti,Nb)Nの複合酸窒化物を含むことを特徴とするNi-Cr-Mo-Nb合金および、合金成分を適正化することで、非金属介在物の大型のクラスターの形成を抑制し、薄板の製品において表面欠陥の無い良好な品質を得る製造方法を開示している。
【0011】
しかしながら、特許文献4はNbを2.5~5質量%含有した合金を対象にした特許であり、NbはSiやMnと同程度に酸化しやすい元素であるため、精錬過程でAlによって十分に脱酸してからNbを添加しなければ、目的のNb含有量にならない。すなわち、特許文献4は、介在物組成に大きく影響するSiやMnと同程度の脱酸力を有するNbを2.5~5質量%含んだNi-Cr-Mo-Nb合金の介在物組成の制御方法を開示していることになる。本発明が対象としているNiを50mass%より多く含み、Nb:0.001~0.100mass%のNi基合金の介在物組成の制御には、介在物組成に大きく影響するNbの成分範囲が異なる特許文献4の開示内容をそのまま用いることはできず、更なる改良が必要であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2021-70838号公報
【特許文献2】特開平11-315354号公報
【特許文献3】特開平07-252564号公報
【特許文献4】特開2019-39021号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記の課題に鑑み、本願発明は、表面性状に影響をおよぼす非金属介在物の組成を制御し、表面性状に優れたNi基合金を提供することを目的とする。更に、それを実現するNi基合金の製造方法も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究、調査を重ね、表面欠陥が生じたNi基合金冷延板の表面欠陥を走査電子顕微鏡(SEM)およびエネルギー分散型X線分析装置(EDS)により詳細に分析することにより、表面欠陥の原因はMgO・Al2O3系、CaO、およびCaO-MgO系酸化物の非金属介在物であることを見出した。この種の非金属介在物は連続鋳造機におけるタンディッシュから鋳型に注湯するための浸漬ノズルの内壁に付着して大型化しやすく、脱落したものが凝固シェルに捕捉されて表面欠陥の起点となりやすいことに加え、融点が高いことから、熱間圧延時に延伸しにくいため小さく分散されることなく、Ni基合金冷延板の表面欠陥の起点となっていた。
【0015】
発明者らは、さらにNi基合金において、介在物組成とメタル成分との関係について、鋭意研究を行った。具体的には、Ni基合金の製造工程にて、タンディッシュからNi基合金のメタルサンプルを採取し、サンプル中の5μmを超える介在物を任意に20点選び、SEM/EDSにて介在物組成を測定した。また、連続鋳造機内部のタンディッシュから鋳型へ溶湯を供給するための浸漬ノズルを採取し、ノズルの内壁の付着物についてSEM/EDSにて成分を分析した。以上をもとに、介在物組成、メタル成分、および浸漬ノズルの内壁の付着物との関係について、鋭意研究を行った。
【0016】
その結果、Ni合金の非金属介在物はMgO、CaO、CaO-MgO系酸化物、CaO-Al2O3-MgO系酸化物、MgO・Al2O3のうち1種または2種以上を含み、さらには、Si濃度を0.01~0.10mass%およびAl濃度をAl:0.001~0.170mass%に制御しつつ、Mg濃度を0.0010~0.0200mass%、Ca濃度を0.0001~0.0040mass%、O濃度をO:0.0001~0.0050mass%に調節することで、基本的に介在物組成をMgOまたはCaO-Al2O3-MgO系酸化物に制御することが可能である指針を得た。さらには、全酸化物系非金属介在物に対してMgO・Al2O3の個数比率が50%以下あるとともに、CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が50%以下である場合に、その非金属介在物は浸漬ノズルの内壁に付着堆積しにくく、すなわち大型化しにくく、表面欠陥の発生原因になりにくいことを見出した。また、そのような非金属介在物は、熱間圧延および冷間圧延で微細に分断されるために、清浄性に優れることも判った。
【0017】
よって本願発明のNi基合金は上記知見に基づいてなされたものであり、以下mass%にて、Ni:52.0%以上、C:0.001~0.030%、Si:0.01~0.10%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Cr:13.0~25.0%、Mo:10.0~18.0%、W:1.00~5.00%、Cu:1.00%以下、Co:3.00%以下、Al:0.001~0.170%、Fe:2.00~8.00%、Mg:0.0010~0.0200%、Ca:0.0001~0.0040%、V:0.500%以下、Nb:0.001~0.100%、O:0.0001~0.0050%、残部が不可避的不純物から成るNi基合金であって、酸化物系非金属介在物はMgO、CaO、CaO-MgO系酸化物、CaO-Al2O3-MgO系酸化物、MgO・Al2O3のうち1種または2種以上を含み、全酸化物系非金属介在物に対してMgO・Al2O3の個数比率が50個数%以下であることを特徴としている。
【0018】
本願発明においては、必要に応じてTi:0.070%以下、N:0.070%以下を含有することが好ましい。
【0019】
本願発明においては、前記の全酸化物系非金属介在物に対して、CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が50個数%以下であることが好ましい。
【0020】
本願発明においては、前記酸化物系非金属介在物中のCaO-MgO系酸化物はmass%にてCaO:20~80%、MgO:20~80%であり、CaO-Al2O3-MgO系酸化物はCaO:10~60%、Al2O3:5~60%、MgO:10~80%、SiO2:10%以下であり、MgO・Al2O3はMgO:10~40%、Al2O3:60~90%であることが好ましい。
【0021】
更に、本願発明では製造方法も提供する。すなわち、電気炉にて原料を溶解し、次いで、AODおよび/またはVODにて脱炭した後に、石灰、蛍石を投入し、次いで、フェロシリコン合金、純シリコン、Alのうち一種または二種以上を投入し、CaO:50~75%、SiO2:1~10%、Al2O3:5~25%、MgO:3~15%、F:1~15%からなるCaO-SiO2-MgO-Al2O3-F系スラグを用い、Cr還元、脱酸、脱硫を行い、連続鋳造機もしくは普通造塊によりスラブもしくはインゴットを製造し、インゴットは熱間鍛造を施し、続けて熱間圧延、冷間圧延を実施することを特徴とするNi基合金またはNi基合金板の製造方法である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
まず、本願発明のNi基合金の化学成分限定理由を示す。なお、以下の説明においては、「%」は「mass%(質量%)」を意味する。
(C:0.001~0.030%)
Cは、オーステナイト相安定化元素であるが、多量に存在すると、CrおよびMoと結合して炭化物を形成し、母材に含まれる固溶CrおよびMo量を低下させ、耐食性を劣化させる。そのため、C含有量は0.001~0.030%とした。好ましくは、0.002~0.015%である。より好ましくは、0.003~0.010%である。
【0023】
(Si:0.01~0.10%)
Siは、脱酸に有効な元素であるため、本願発明において重要な元素である。酸素濃度を0.0001~0.0050%に制御するためには、0.01%は必要である。更に、CaO-SiO2-MgO-Al2O3-F系スラグ中のCaOやMgOを還元し、溶湯中のMgを0.0010~0.0200%、Caを0.0001~0.0040%にそれぞれ調整する役割もある。これにより、介在物を無害なMgO、CaO-Al2O3-MgO系に維持する効果がある。その観点からも0.01%は必要である。一方、0.10%を超えて含有すると、スラグ中のCaOやMgOを還元しすぎてしまい、Mgが0.0200% を超えて、また、Caも0.0040%を超えて供給してしまう。その結果、CaOおよびCaO-MgO系酸化物が合計の個数比率で50個数%を超えて生成し、製品に表面欠陥やピットを多数発生させ表面性状が低下してしまう。また、合金中にMgを過剰に含有すると熱間加工性が低下し、熱間圧延中に割れが生じて表面欠陥をもたらすおそれがある。そのため、Si含有量は、0.01~0.10%と規定した。好ましくは、0.02~0.09%である。より好ましくは0.03~0.08%である。
【0024】
(Mn:0.10~1.50%)
Mnは、オーステナイト相安定化元素であるとともに脱酸に寄与するため、0.10%以上は添加する必要がある。しかしながら、多量に添加することで耐酸化性が損なわれるため、1.50%を上限とした。好ましくは、0.20~1.00%である。より好ましくは、0.30~0.60%である。
【0025】
(P:0.030%以下)
Pは、粒界に偏析して熱間加工時に割れを発生させる有害元素であるため、極力低減することが望ましく、0.030%以下に制限する。好ましくは、0.020%以下である。より好ましくは、0.015%以下である。
【0026】
(S:0.0050%以下)
Sは、粒界に偏析して低融点化合物を形成し、熱間加工性を阻害する有害元素であるため、極力低下させることが望ましく、0.0050%以下に制限する。これを達成するために、Al含有量の下限を0.001%とし、脱酸を進行させO濃度を0.0001~0.0050%の範囲に制御することで、脱硫を進行させた。好ましくは、0.0030%以下である。より好ましくは0.0010%以下である。
【0027】
(Ni:52.0%以上)
Niは、本願発明のNi基合金における主たる元素であり、オーステナイト構造を有するとともに、塩化物を含む溶液環境における耐孔食性、耐隙間腐食性ならびに耐応力腐食割れ性の高い元素である。52.0%以上含有することで、厳しい腐食環境下での使用に耐えうる耐孔食性および耐酸性を得ることができる。好ましくは、54.0%以上である。より好ましくは、55.0%以上である。
【0028】
(Cr:13.0~25.0%)
Crは、Ni基合金の表面に不動態皮膜を形成させる元素であり、耐酸性、耐孔食性、耐隙間腐食性ならびに耐応力腐食割れ性を改善するための母材の構成成分として、最も重量な元素である。しかしながら、Cr含有量が13.0%未満では十分な耐食性が得られない。逆に、含有量が25.0%を超えると、σ相を生成し脆化を招く。以上の理由から、Cr含有量は13.0~25.0%と規定する。好ましくは、14.0~23.5%である。より好ましくは、15.0~22.0%である。
【0029】
(Mo:10.0~18.0%)
Moは、少量の添加でも塩化物が存在する湿潤環境および高温大気環境下での耐食性を著しく改善し、添加量に比例して耐食性を向上する効果がある。さらに、脱酸に有効なSiは0.10%を上限としているが、MoはSiの活量係数を高めて脱酸力を補う効果があり、有用な元素である。したがって、10.0%以上添加することが必要である。一方で、Moを多量に添加した材料では、高温大気環境下でかつ表面の酸素ポテンシャルが少ない場合には、Moが優先酸化を起こして、酸化皮膜の剥離が生じ、表面欠陥が発生する原因となり得るため、上限は18.0%とした。好ましくは、12.0~17.0%である。より好ましくは、13.0~16.5%である。
【0030】
(W:1.00~5.00%)
Wは、Ni基合金の強度を高める元素であるため、1.00%以上添加する。しかしながら、多量に添加することは製造コストを増大させるため、上限を5.00%と規定する。好ましくは、2.00~4.50%である。より好ましくは、2.50~3.50%である。
【0031】
(Cu:1.00%以下)
Cuは、耐硫酸腐食性を改善するのに有効であるが、過剰に添加すると熱間加工性を低下させ、割れが発生して表面欠陥の原因となるために、1.00%以下と規定する。好ましくは、0.50%以下である。より好ましくは、0.20%以下である。
【0032】
(Co:3.00%以下)
Coはオーステナイト安定化元素の一つであるが、多量に添加することは原料コストの上昇を招くために、3.00%以下に制限する。好ましくは、1.50%以下である。より好ましくは、0.50%以下である。
【0033】
(Al:0.001~0.170%)
Alは脱酸のために非常な有効な元素であり、本願発明において特に重要な元素である。酸素濃度を0.0001~0.0050%の範囲に制御できると共に、CaO-SiO2-MgO-Al2O3-F系スラグ中のMgOおよびCaOを還元し、溶湯中にMgを0.0010%以上、Caを0.0001%以上それぞれ供給し、介在物を無害なMgO、CaO-Al2O3-MgO系に制御する効果がある。これらは、下記の反応による。
3(MgO)+2Al=3Mg+(Al2O3) …(1)
3(CaO)+2Al=3Ca+(Al2O3) …(2)
括弧内はスラグ中の成分、下線は溶湯中成分を示す。
【0034】
Al濃度が0.001%未満だと脱酸が進行せず、酸素濃度が0.0050%を超えて高くなってしまう。更に、脱酸が進行しないために脱硫が阻害され、S濃度が0.0050%を超えて高くなってしまう。一方で、Al濃度が0.170%を超えて高いと、Mg濃度が上記の(1)式の反応によって0.0200%を超えて高くなり、Ca濃度も上記の(2)式の反応によって0.0040%を超えて高くなってしまう。したがって、Al含有量の範囲は0.001~0.170%と規定する。好ましくは、0.005~0.100%である。より好ましくは、0.010~0.080%である。
【0035】
(Ti:0.070%以下)
Tiは、脱酸に寄与する元素であるが、溶湯中のNと反応してTiNを生成しやすく、TiNは連続鋳造機内部の浸漬ノズルの内壁に付着することで大型化し、付着堆積物が脱落して溶湯とともに鋳型内部へ運ばれて凝固シェルに捕捉されることで、表面欠陥の原因となり得る。よって、Ti含有量の範囲は0.070%以下と規定する。好ましくは、0.040%以下である。より好ましくは、0.010%以下である。
【0036】
(Fe:2.00~8.00%)
Feは、熱間加工性および冷間加工性に影響する元素であり、2.00%を下回ると熱間加工性および冷間加工性が低下する。また、8.00%を超えて添加させると、耐隙間腐食性ならびに耐応力腐食割れ性が低下する。よって、Fe含有量の範囲は2.00~8.00%と規定する。好ましくは、4.50~7.50%である。より好ましくは、5.50~7.00%である。
【0037】
(Mg:0.0010~0.0200%)
Mgは溶湯中の酸化物系非金属介在物の組成を、表面性状に悪影響の無いMgO、CaO-Al2O3-MgO 系酸化物に制御するために有効な元素である。その効果は、含有量が0.0010%未満では得られず、逆に、0.0200%を超えて含有させると、熱間加工性が低下するために熱間圧延工程で割れが生じやすくなり、最終製品に表面欠陥をもたらす。そのため、Mg含有量は、0.0010~0.0200%と規定した。好ましくは、0.0015~0.0170%である。より好ましくは、0.0020~0.0150%である。
【0038】
溶湯中に効果的にMgを添加させるには、(1)式で示す反応を利用することが好ましい。上記の範囲にMgを制御するには、スラグ組成をCaO:50~75%、SiO2:1~10%、Al2O3:5~25%、MgO:3~15%、F:1~15%に制御すればよい。
【0039】
(Ca:0.0001~0.0040%)
Caは溶湯中の酸化物系非金属介在物の組成を、クラスターを形成せず、表面品質に悪影響の無いCaO-Al2O3-MgO系酸化物に制御するために有効な元素である。その効果は、含有量が0.0001%未満では得られず、逆に、0.0040% を超えて含有させると、CaO単体および/またはCaO-MgO系酸化物の介在物が形成し、最終製品に表面欠陥やピットが発生する。したがって、Ca含有量は0.0001~0.0040%と規定した。好ましくは、0.0002~0.0030%である。より好ましくは、0.0003~0.0020%である。
【0040】
溶湯中に効果的にCaを供給するには、(2)式で示す反応を利用することが好ましい。Caを上記の範囲に制御するには、スラグ組成をCaO:50~75%、SiO2:1~10%、Al2O3:5~25%、MgO:3~15%、F:1~15%に制御すればよい。
【0041】
(V:0.500%以下)
Vは靭性を改善させる元素であるが、多量に添加することは加工性の低下を招くために、0.500%以下と規定する。好ましくは、0.100%以下である。より好ましくは、0.050%以下である。
【0042】
(Nb:0.001~0.100%)
NbはO、C、N、Bと結合しやすい元素であり、酸化物NbO2、炭化物NbC、窒化物NbN、ホウ化物NbB2を生成する。Nbが0.001%以上であれば、合金板を熱処理することにより、NbはCを炭化物として固着し、NbCを生成することにより、粒界鋭敏化を防止し、耐粒界腐食性を改善する。しかしながら、Nbが0.100%を超えると、溶湯中にNbO2およびNbNが生成し、MgOとともに複合酸窒化物のクラスターを生成しやすく、連続鋳造時の浸漬ノズル内に付着し、さらにNbO2およびNbNは凝固の核にもなるためノズル内壁で溶湯の凝固が進行し、ノズル閉塞による鋳込み中止を引き起こす。幸いにして鋳込みが継続できた場合も、ノズル内壁からMgO、NbO2およびNbNと地金が結合した物が脱落し、Ni基合金の表面に欠陥となって現れる。以上の理由から、Nb含有量は0.001~0.100%と規定する。好ましくは、0.005~0.050%である。より好ましくは、0.010~0.040%である。
【0043】
(N:0.070%以下)
Nは、オーステナイト相安定化元素である一方で、多量に含有するとTiNを形成して表面欠陥を引き起こす。TiNは連続鋳造機内部の浸漬ノズルの内壁に付着しやすい介在物であり、付着堆積物が内壁より脱落して溶湯と共に鋳型内に運ばれ、凝固シェルに補足されることで、圧延工程で表面欠陥を生じる原因となる。また、付着物堆積物によって浸漬ノズルが閉塞すると、鋳込みを中止せざるを得なくなり、操業に大きな負荷をもたらす。そのため、0.070%以下と規定する。好ましくは、0.050%以下である。より好ましくは、0.020%以下である。
【0044】
(O:0.0001~0.0050%)
酸素濃度は介在物と密接に関連しているため、本願発明において非常に重要である。Oは、合金中に0.0050%を超えて存在すると、介在物個数が多くなって表面欠陥の発生に結びつくとともに、脱硫が阻害されてS濃度が高くなる。しかしながら、0.0001%未満だとAlがスラグ中のCaOやMgOを還元する能力を高めすぎてしまい、Mg濃度が上限の0.0200%を、Ca濃度が上限の0.0040%をそれぞれ上回ってしまう。したがって、O含有量は0.0001~0.0050%と規定する。好ましくは、0.0002~0.0040%である。より好ましくは、0.0003~0.0025%である。
【0045】
(酸化物系非金属介在物)
本願発明では、酸化物系非金属介在物組成は、MgO、CaO、CaO-MgO系酸化物、CaO-Al2O3-MgO系酸化物、MgO・Al2O3のうち1種または2種以上を含み、CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が50個数%以下であるとともに、MgO・Al2O3の個数比率が50個数%以下であることを好ましい態様としている。以下、酸化物系非金属介在物の成分および個数比率を限定した根拠を示す。
【0046】
(酸化物系非金属介在物組成は、MgO、CaO、CaO-MgO系酸化物、CaO-Al2O3-MgO系酸化物、MgO・Al2O3のうち1種または2種以上を含み)
本願発明に係るNi基合金は、Ni基合金中のSi、Al、Mg、Caの含有量に従い、MgO、CaO、CaO-MgO系酸化物、CaO-Al2O3-MgO系酸化物、MgO・Al2O3のうち1種または2種以上を含む。なお、上記の酸化物系非金属介在物組成の表記方法のうち、「-」で繋げて表記されたものは、Ni基合金の精錬温度の1600℃で、それらの介在物種が固溶体となっていることを表しており、「・」で繋げて表記されたものは、Ni基合金の精錬温度の1600℃で、それらの介在物種が中間化合物を形成していることを表している。CaO-MgO系酸化物に関して、CaOとMgOの二元系状態図上では、1600℃でCaOとMgOの共晶組成であるが、CaO-MgO系酸化物中では広い成分範囲でCaOとMgOが微細に分散しているため、固溶体を表す「-」で記述した。上記の酸化物系非金属介在物のうち、MgOおよびCaO-Al2O3-MgO系酸化物が個数比率の制限なく含有されても問題ない理由は、MgOおよびCaO-Al2O3-MgO系酸化物は、連続鋳造機におけるタンディッシュから鋳型に注湯するための浸漬ノズルの内壁に付着しないため、大型の付着堆積物を生成せず、表面欠陥を生じないためである。
【0047】
(MgO・Al2O3の個数比率が50%以下)
MgO・Al2O3は、連続鋳造機内部の浸漬ノズルに付着して大型化した付着堆積物が脱落し、溶湯と共に鋳型内に運ばれ、凝固シェルに補足されることで、表面欠陥の原因となり得る。しかしながら、MgO・Al2O3の個数比率が50%以下であれば、その付着傾向は軽度であり、表面欠陥の発生数が抑えられることが判った。したがって、MgO・Al2O3の個数比率は50%以下と規定した。
【0048】
(CaO-MgO系酸化物の成分比がCaO:20~80%、MgO:20~80%)
CaO-MgO系酸化物におけるCaOおよびMgOの濃度は、CaO-MgO系酸化物中のCaOとMgOの相比に相当する。CaO濃度が80%より高ければCaO相の影響が大きく、CaO介在物と同様の挙動となり、MgO濃度が80%より高ければMgO相の影響が大きく、MgO介在物と同様の挙動となる。そのため、CaO-MgO系酸化物のCaO濃度は20~80%、MgO濃度は20%~80%と規定した。
【0049】
(CaO-Al2O3-MgO系酸化物の成分比がCaO:10~60%、Al2O3:5~60%、MgO:10~80%、SiO2:10%以下)
CaO-Al2O3-MgO系酸化物のうちCaO、Al2O3、MgOの組成が上記の範囲内であれば、浸漬ノズル内の温度において溶融状態を保つため、より好ましい。この範囲外となると、固体としての挙動を示すため、連続鋳造機における浸漬ノズルの内壁への付着傾向を示すようになり、表面欠陥の原因となる。また、SiO2がこの範囲を超えて多いと、粗大化した大型の介在物が多くなり、表面欠陥の原因となる。したがって、CaOは10~60%、Al2O3は5~60%、MgOは10~80%、SiO2は10%以下と規定した。
【0050】
(MgO・Al2O3の構成成分比がMgO:10~40%、Al2O3:60~90%)
MgO・Al2O3は比較的広い固溶体を持つ化合物であり、上記の範囲で固溶体となるので、このように規定した。
【0051】
(CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が50%以下)
CaOは、製品の表面において大気中の水分と反応して水和物となることで表面から脱落し、ピットを引き起こす介在物である。CaO-MgO系酸化物は、1個の介在物中にCaO相とMgO相が混在した様相を呈する介在物である。MgOと比較すると、CaO-MgO系酸化物は水和物となりやすく、製品の表面から脱落してピットを引き起こしやすい。また、CaOおよびCaO-MgO系酸化物は、連続鋳造機におけるタンディッシュから鋳型に注湯するための浸漬ノズルの内壁に付着し、大型化した付着堆積物が脱落して溶湯と共に鋳型内に運ばれ、凝固シェルに補足されることで、表面欠陥の原因となり得る。一方で、CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が50%以下であれば、ノズルへの付着傾向が軽度となって表面欠陥の発生数が抑えられるとともに、製品の表面で水和物として脱落することによるピットの発生も抑えられることが判った。したがって、CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率を50%以下と規定する。
【0052】
(製造方法)
本願発明においては、Ni基合金の製造方法も提案する。まず、電気炉にて原料を溶解し、所定の組成を有するNi基溶湯を溶製し、次いで、AOD(Argon Oxygen Decarburization)もしくはAODに続いてVOD(Vacuum Oxygen Decarburization)を用いて脱炭した後に、石灰、蛍石を投入し、フェロシリコン合金、純シリコン、Alのうち一種または二種以上を投入し、CaO:50~75%、SiO2:1~10%、Al2O3:5~25%、MgO:3~15%、F:1~15%からなるCaO-SiO2-MgO-Al2O3-F系スラグを用いて溶湯を精錬する。その後、取鍋に出湯して、温度調整ならびに成分調整を行い、連続鋳造機もしくは普通造塊によりスラブもしくはインゴットを製造する。インゴットは熱間鍛造を施し、スラブを製造する。これにより、酸化物系非金属介在物は、MgO、CaO、CaO-MgO系酸化物、CaO-Al2O3-MgO系酸化物、MgO・Al2O3のうち1種または2種以上に制御でき、かつ、CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が50%以下であるとともに、MgO・Al2O3の個数比率を50%以下に抑えることができるため、表面性状に優れたNi基合金を得ることができる。製造したスラブは、表面を研削し、加熱したのちに熱間圧延を実施して熱帯を製造し、焼鈍、酸洗を行い、表面のスケールを除去する。最終的に冷間圧延を施して薄板を製造する方法である。
【0053】
本願発明に係るNi基合金の製造方法では、上述のようにスラグの組成に特徴を有している。以下、本願発明で規定するスラグ組成の根拠を説明する。
(CaO:50~75%)
スラグ中のCaO濃度およびSiO2濃度は、脱酸および脱硫を効率よく行い、かつ介在物制御を行うための元素である。CaO濃度が75%を越えると、スラグ中CaOの活量が高くなり、(2)式の反応が進行しすぎる。そのため、溶湯中に還元されるCa濃度が0.0040%を超えて高くなり、CaO単体および/またはCaO-MgO系酸化物の非金属介在物が生成し、連続鋳造機内部の浸漬ノズル内に付着すると、付着堆積物が脱落して、溶湯とともに鋳型内に運ばれ、凝固シェルに捕捉されることで、最終製品に表面欠陥をもたらす。また、CaOおよびCaO-MgO系酸化物は、大気中の水分と反応して水和物となり、最終製品の表面から脱落してピットを引き起こす介在物であるため、過剰に存在すると表面性状を悪化させる原因となる。したがって、上限を75%と規定する。一方、CaO濃度が50%未満だと、脱酸、脱硫が進まずに、本願発明におけるS濃度、O濃度を規定の範囲に制御することができなくなる。したがって、下限を50%と規定する。好ましくは、53~70%である。より好ましくは、55~68%である。
【0054】
(SiO2:1~10%)
スラグ中のSiO2は、スラグの最適な流動性を確保するために必要な元素であるため、少なくとも1%は必要である。しかしながら、10%を超えて高くなると、溶湯中のAl濃度、Mg濃度およびCa濃度が規定の範囲を下回って低くなってしまうため、上限を10%と規定する。好ましくは、2~8%である。より好ましくは、3~7%である。
【0055】
(Al2O3:5~25%)
スラグ中のAl2O3が高いと、脱酸が十分に進行せずにO濃度が規定の範囲に制御されず、非金属介在物としてはMgO・Al2O3が個数比率で50%を超えて生成する。また、クラスター化しやすいAl2O3介在物も形成してしまう。一方で、スラグ中のAl2O3が低いと、非金属介在物のうちCaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が50%を超えてしまう。したがって、Al2O3濃度は5~25%と規定する。好ましくは、6~20%である。より好ましくは、7~18%である。
【0056】
(MgO:3~15%)
スラグ中のMgOは、溶湯中に含まれるMg濃度を請求項に記載される濃度範囲に制御するために重要な元素であるとともに、非金属介在物を本願発明に好ましい組成に制御する上で重要な元素である。したがって、スラグ中のMgOは少なくとも3%以上である必要がある。一方、MgO濃度が15% を超えると、(1)式の反応が進行しすぎてしまい、溶湯中のMg濃度が高くなり、熱間加工性が低下するため、最終製品に表面欠陥をもたらす。したがって、MgO濃度の上限を15%と規定する。スラグ中のMgOは、AOD精錬、あるいはVOD精錬する際に使用されるドロマイトレンガ、またはマグクロレンガがスラグ中に溶け出すことで、所定の範囲となる。あるいは、所定の範囲に制御するため、ドロマイトレンガ、マグクロレンガの廃レンガのうち一方または両方を添加してもよい。好ましくは、4~13%である。より好ましくは、5~10%である。
【0057】
(F:1~15%)
Fはスラグ精錬を行う際に、スラグを溶融状態に保つ役割があるため、少なくとも1%以上添加する必要がある。F濃度が1%を下回ると、スラグが融けず流動性が低くなってしまう。一方で、F濃度が15%を超えて高くなると、スラグの流動性が著しく高くなるため、レンガの溶損が顕著となる。したがって、1~15%と規定する。
【実施例0058】
次に、実施例を提示して本願発明の効果をより明らかにする。ところで、本願発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。容量60トンの電気炉により、フェロニッケル、純ニッケル、フェロクロム、鉄屑、ステンレス屑、Fe-Ni基合金屑、Fe-Moなどを原料として溶解した。その後、AODもしくはVODにおいてCを除去するための酸素吹精(酸化精錬)を行い、石灰石および蛍石を投入し、CaO-SiO2-Al2O3-MgO-F系スラグを生成させ、さらに、FeSi合金およびAlの一方または両方を投入し、Cr還元を行い、次いで脱酸した。その後、さらにAr撹拌して脱硫を進めた。AOD、VODではマグクロレンガをライニングした。その後、取鍋に出湯して、温度調整ならびに成分調整を行い、連続鋳造機によりスラブを製造した。
【0059】
製造したスラブは、表面を研削後、熱間圧延を実施して熱帯を製造した。その後、焼鈍、酸洗を行い、表面のスケールを除去した。最終的に冷間圧延を施し、板厚1mmの冷延板を製造した。
【0060】
得られたNi基合金の化学成分、および、AODもしくはVOD精錬終了時のスラグ組成を表1に、非金属介在物組成、介在物の形態および品質評価を表2に示す。ここで、発明例2はVODにて精錬し、発明例5はAODに続いてVODにて精錬し、それ以外はAODにて精錬した。また、発明例3は普通造塊にて、それ以外は連続鋳造にてスラブを造塊した。( )で示す数値は、本願発明の請求項の範囲外であることを示す。
【0061】
【0062】
【0063】
(1)合金の化学成分およびスラグ組成:蛍光X線分析装置を用いて定量分析を行い、合金の酸素濃度は不活性ガスインパルス融解赤外線吸収法で定量分析を行った。
(2)非金属介在物組成:鋳込み開始直後、タンディッシュにて採取したサンプルを鏡面研磨し、SEM-EDSを用いて、サイズ5μm以上の介在物をランダムに20点測定した。
(3)介在物の個数比率:上記(2)の測定の結果から、全非金属介在物個数に対する、CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率、およびMgO・Al2O3の個数比率を評価した。
(4)表面欠陥評価:圧延により製造した、板厚1mmである上記冷延板の表面を、全長に渡って目視で観察し、幅1m、長さ100m中に、非金属介在物および熱間加工性起因の表面欠陥の個数をカウントした。品質評価に当たっては、表面欠陥が2個以下であれば◎とし、3~5個であれば○とし、6~10個であれば△とし、11個以上であれば×とした。
(5)ピット評価:上記(4)の板厚1mmの薄板より試験片を採取し、鏡面仕上げを施し、湿度60%、温度40℃の雰囲気にて24時間保持を行ったのち、この試験片表面を水洗し、さらに1μm深さほどバフ研磨を施したのち、10cm×10cmの試験片の表面にて3Dレーザー顕微鏡を用いて、深さ10μm、直径40μmを超えるピットの数を測定した。ここでピットの数が0個であれば◎、1~2個であれば〇、3~5個であれば△、6個以上であれば×と評価した。
(6)総合評価:表面欠陥評価およびピット評価の結果を、以下のように点数付けした。
ピット評価: ◎3点 〇2点 △1点 ×0点
表面欠陥評価:◎3点 〇2点 △1点 ×0点
その後、総合評価として、ピット評価と表面欠陥の合計点が6点であれば◎評価、4~5点であれば〇評価、3点であれば△評価、2点以下もしくは表面欠陥評価かピット評価が×であれば×評価とした。
【0064】
発明例の1~11は、本願発明の範囲を満足していたために、冷延板の表面において、表面欠陥が少なく、深さ10μm、直径40μmを超える粗大なピットもほとんど見られず、良好な表面性状を得ることが出来た。
【0065】
発明例6は、Si濃度が0.10mass%、Al濃度が0.112mass%と、いずれも既定の範囲内ではあるが高かったため、脱酸がやや強くなった結果、スラグ中からのMgおよびCaの供給がやや多くなり、CaOとCaO-MgO系酸化物とを合計した個数比率が若干ではあるが高くなった。その結果、10cm×10cmの試験片の表面にて深さ10μm、直径40μmを超えるピットが若干ではあるが観察された。
【0066】
発明例7は、Si濃度が0.02mass%、Al濃度が0.004mass%と、いずれも既定の範囲内ではあるが低かったため、脱酸がやや不十分となり、スラグ中からのMgおよびCaの供給がやや不足し、MgO・Al2O3の個数比率が若干ではあるが高くなった。その結果、浸漬ノズルの内壁に付着して大型化したMgO・Al2O3が合金中に捕捉されることで、表面欠陥が若干ではあるが発生した。
【0067】
発明例8は、スラグ中のSiO2濃度が9.5mass%とやや高くなった結果、Si濃度が0.02mass%、Mg濃度が0.0019mass%、Ca濃度が0.0002mass%と、いずれも既定の範囲内ではあるが低くなったため、CaO-Al2O3-MgO系酸化物中のSiO2が23.9mass%と高くなり、介在物が大型化しやすくなった結果、表面欠陥が若干ではあるが発生した。
【0068】
発明例9は、Si濃度が0.02mass%、Mn濃度が0.19mass%と、いずれも規定の範囲内ではあるもののやや低く、脱酸がやや不十分となり、スラグ中からのCaの供給がやや不足した結果、CaO-Al2O3-MgO系酸化物中のCaOが9.3mass%と低く、Al2O3が61.5mass%と高くなるとともに、MgO・Al2O3が生成した。その結果、連続鋳造機内部の浸漬ノズルの内壁へ付着し、介在物が大型化しやすくなった結果、表面欠陥が若干ではあるが発生した。また、Ti濃度が規定の範囲を超えて高くなったため、TiN介在物による表面欠陥が若干ではあるが発生した。
【0069】
発明例10は、精錬終了間際にAlを投入したところ、スラグ中のAl2O3濃度が20.2mass%とやや高くなるとともに、Al濃度も0.120mass%とやや高くなった。その結果、MgO・Al2O3中のAl2O3濃度が90.5mass%と高くなり、Al2O3単体に似た性状となりクラスターを生じやすくなったが、発生したMgO・Al2O3の個数比率は50個数%以下であったため、若干の表面欠陥が発生するにとどまった。
【0070】
発明例11は、成分調整のためMgを直接投入したところ、Mg濃度が0.0190mass%とやや高くなった。その結果、MgO・Al2O3中のMgO濃度が41.3mass%と高くなり、MgO・Al2O3の融点が低下することでクラスターを生じやすくなったが、発生したMgO・Al2O3の個数比率は50個数%以下であったため、若干の表面欠陥が発生するにとどまった。
【0071】
発明例12は、Al濃度が0.163mass%と規定の範囲内ではあるもののやや高く、脱酸反応が過剰に進んだ結果、スラグ中からMg、Caが溶湯中へ過剰に供給され、Mg濃度およびCa濃度が高くなった。その結果、CaO-MgO系酸化物が個数比率で50個数%を僅かに超えて生成し、10cm×10cmの試験片の表面にて深さ10μm、直径40μmを超えるピットが若干ではあるが観察された。
【0072】
発明例13は、精錬時の石灰の投入量が若干多かったため、スラグ中のCaO濃度が72.5mass%とやや高くなった。これにより、スラグ中のCaO活量が高くなり、溶湯中へCaが過剰に供給され、Ca濃度が0.0039mass%とやや高くなった結果、CaO介在物が発生し、CaOとCaO-MgO系酸化物が合計で個数比率50%を超えて発生し、10cm×10cmの試験片の表面にて深さ10μm、直径40μmを超えるピットが若干ではあるが観察された。
【0073】
一方、比較例は本願発明の範囲を逸脱したため、表面欠陥および/またはピットが多数発生し、表面性状が悪化した。以下に、各例について説明する。
比較例14は、Si濃度が0.15mass%と規定の範囲を超えて高く、脱酸反応が過剰に進んだ結果、スラグ中から溶湯中へMg、Caが過剰に供給され、特にCa濃度は0.0066mass%、と規定の範囲を超えて高くなった。その結果、CaOおよびCaO-MgO系酸化物の非金属介在物が多く生成し、10cm×10cmの試験片の表面にて深さ10μm、直径40μmを超えるピットが多数観察され、表面性状が悪化した。
【0074】
比較例15は、Al濃度が0.188mass%と高く、脱酸反応が過剰に進み、O濃度が0.00007mass%と規定の範囲を下回って低くなった結果、スラグ中から溶湯中へMg、Caが過剰に供給され、Mg濃度およびCa濃度が規定の範囲を上回って高くなった。また、O濃度が想定よりも低くなったために、Nbが殆ど酸化せずに溶湯中に歩留り、Nb濃度が0.116mass%と規定の範囲を超えて高くなった結果、溶湯中でNbO2およびNbNが生成し、MgO介在物と複合酸窒化物のクラスターを生成することで、連続鋳造機内部の浸漬ノズルの内壁を地金と共に閉塞させ、大型化したものが脱落して合金中に捕捉されることで多数の表面欠陥を生じ、表面性状が悪化した。
【0075】
比較例16は、Si濃度が0.005mass%、Mn濃度が0.078mass%、Al濃度が0.00085mass%と、いずれも既定の範囲よりも低かったため、脱酸が十分に進行せず、O濃度は0.0062%と高くなり、Nbは酸化して歩留らず0.0085mass%となった。その結果、CaO-Al2O3-MgO系酸化物を主体としながらも、O濃度が高いことから非金属介在物個数が多くなり、介在物起因の表面欠陥が多数発生して、表面性状が悪化した。
【0076】
比較例17は、添加したAlがスラグと直接接触してしまい溶湯中に歩留らず、酸化物となって、スラグ中のAl2O3濃度が28.3mass%と高くなった。さらに、溶湯中のAlが不足して脱酸が不十分となった結果、スラグ中からのMgおよびCaの供給が不足し、Mg濃度およびCa濃度が規定の濃度よりも低くなった。このため、MgO・Al2O3が個数比率で50個数%を超えて発生してクラスター化し、また、Al2O3単体の非金属介在物も生成してクラスター化したことで、最終製品の表面に多数の欠陥が発生し、表面性状が悪化した。
【0077】
比較例18は、耐火物が激しく溶損したために、スラグ中MgO濃度が18.1mass%と規定の範囲を超えて高くなり、溶湯中に過剰にMgが供給され、Mg濃度が0.0235mass%と規定の範囲を超えて高くなった。その結果、熱間加工性が著しく悪化し、最終製品に熱間加工性起因の表面欠陥が多数発生し、表面性状が悪化した。
【0078】
比較例19は、成分調整のため精錬終了間際にMgを投入したところ、スラグ中のAl2O3と反応し、MgO・Al2O3介在物が多数発生した。その結果、連続鋳造機内部の浸漬ノズルへMgO・Al2O3介在物が付着堆積し、大型化したものが脱落して凝固シェルに捕捉され、多数の表面欠陥が発生した。また、Mg濃度が0.0249mass%と規定の範囲を超えて高くなった結果、熱間加工性が著しく悪化し、最終製品に熱間加工性起因の表面欠陥が多数発生し、表面性状が悪化した。
【0079】
比較例20は、過剰に石灰を投入したものであり、スラグ中のCaO濃度が76.3mass%と規定の範囲を超えて高くなり、SiO2濃度は0.9mass%と規定の範囲を下回って低くなった。これによって、スラグ中のCaO活量が高くなり、溶湯中にCaが過剰に供給され、Ca濃度が0.0075mass%と高くなった。その結果、CaO介在物が多数発生するとともに、CaO-MgO系酸化物中のCaOが規定の範囲を超えて高くなったことで、介在物起因の表面欠陥が発生するとともに、10cm×10cmの試験片の表面にて深さ10μm、直径40μmを超えるピットが多数観察され、表面性状が悪化した。