(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023057549
(43)【公開日】2023-04-21
(54)【発明の名称】有機分子の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20230414BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20230414BHJP
【FI】
G01N33/543 521
G01N27/62 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022162922
(22)【出願日】2022-10-11
(31)【優先権主張番号】63/254,215
(32)【優先日】2021-10-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】522398027
【氏名又は名称】平田 岳史
(71)【出願人】
【識別番号】308024029
【氏名又は名称】宮原 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】110002789
【氏名又は名称】弁理士法人IPX
(72)【発明者】
【氏名】平田 岳史
(72)【発明者】
【氏名】宮原 秀一
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA14
2G041EA04
2G041FA11
2G041JA16
2G041LA08
(57)【要約】
【課題】簡易に高い感度で有機分子を定量可能とする方法を提供すること。
【解決手段】本発明の一態様によれば、有機分子の分析方法が提供される。この分析方法は、第1の工程と、第2の工程と、第3の工程とをこの順に含む。第1の工程では、標識物質を有機分子に接触させる。第2の工程は、分離工程と濃縮工程とのうち少なくとも一つを含む。分離工程は、標識物質と結合した有機分子を分離させる工程である。濃縮工程は、標識物質と結合した有機分子を濃縮させる工程である。第3の工程では、位置分解能を有する質量分析法により、標識物質を検出することで、標識物質に標識された有機分子の質量分析を行う。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機分子の分析方法であって、
第1の工程と、第2の工程と、第3の工程とをこの順に含み、
前記第1の工程では、標識物質を前記有機分子に接触させ、
前記第2の工程は、分離工程と濃縮工程とのうち少なくとも一つを含み、
前記分離工程は、前記標識物質と結合した前記有機分子を分離させる工程で、
前記濃縮工程は、前記標識物質と結合した前記有機分子を濃縮させる工程で、
前記第3の工程では、位置分解能を有する質量分析法により、前記標識物質を検出することで、前記標識物質に標識された前記有機分子の質量分析を行う、
分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の分析方法において、
前記第2の工程は、さらに分散工程をさらに含み、
前記分散工程は、前記標識物質と結合した前記有機分子を分散させる工程である、
分析方法。
【請求項3】
請求項1に記載の分析方法において、
前記第2の工程では、前記第2の工程に含まれる複数の工程を兼ねるものとして、前記標識物質に接触させた前記有機分子を含む検査試料をクロマト展開させ、
前記第3の工程では、位置分解能を有する質量分析法により、前記クロマト展開に使用された膜担体から前記標識物質を検出することで、前記標識物質に標識された前記有機分子の質量分析を行う、
分析方法。
【請求項4】
請求項1に記載の分析方法において、
前記標識物質は、ナノ粒子である、
分析方法。
【請求項5】
請求項1に記載の分析方法において、
前記質量分析法は、誘導結合プラズマ質量分析法である、
分析方法。
【請求項6】
請求項5に記載の分析方法において、
前記誘導結合プラズマ質量分析法は、レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法である、
分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機分子の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機分子を分析する手段としては、核磁気共鳴法、ガスクロマトグラフ法、マトリックス支援レーザ脱離イオン化法等が採用されている(特許文献1参照)。
特許文献1には、検査試料に含まれているタンパク質を定量する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、これらはいずれも、少量の有機分子から高い感度で検出及び定量をすることは難しい。また、別の手段としては、ラジオアイソトープ等を利用することで感度を高めることができるが、操作者への負荷、環境上の取り扱い等の事情を考慮すると、一般的な分析手法にはなり得ない。
【0005】
本発明では上記事情に鑑み、簡易に高い感度で有機分子を定量可能とする方法を提供することとした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様によれば、有機分子の分析方法が提供される。この分析方法は、第1の工程と、第2の工程と、第3の工程とをこの順に含む。第1の工程では、標識物質を有機分子に接触させる。第2の工程は、分離工程と濃縮工程とのうち少なくとも一つを含む。分離工程は、標識物質と結合した有機分子を分離させる工程である。濃縮工程は、標識物質と結合した有機分子を濃縮させる工程である。第3の工程では、位置分解能を有する質量分析法により、標識物質を検出することで、標識物質に標識された有機分子の質量分析を行う。
【0007】
かかる態様によれば、簡易に高い感度で有機分子を定量可能とする方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】イムノクロマト法で用いる試薬デバイスの基本構造を示す図である。
【
図2】クロマト展開が実施された結果を示す図である。
【
図4】被測定抗体とともに同時分析された元素の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明における有機分子の分析方法について説明する。以下に示す実施形態中で示した各種特徴事項は、互いに組み合わせ可能である。
【0010】
ここで、クロマトグラフ法は、検査試料に含まれる成分の定性および定量分析法として広い分野で利用されている手法の一つである。クロマトグラフ法では、移動相と、移動相に接して配置された固定相という2つの相を用いる。検査試料を移動相に流し、検査試料に含まれる物質の種類によって移動相での移動速度に差異があることや、固定相に含まれる成分との吸着力が異なることを利用して成分を分離することができる。
【0011】
移動相が気体である場合はガスクロマトグラフ法と呼ばれ、移動相が液体である場合は液体クロマトグラフ法と呼ばれる。また、用いる器具の形状により、カラムクロマト法、薄層クロマトグラフ法などの種類があり、用いる相互作用により、吸着クロマトグラフ法、イオン交換クロマトグラ法、分配クロマトグラフ法などの種類がある。
【0012】
イムノクロマト法は、抗原抗体反応を利用したクロマトグラフ法の一種である。
【0013】
以下、このイムノクロマト法を用いて、有機分子を定量する場合を例に説明する。
【0014】
なお、以下では、有機分子として、ウイルスの1種である、コロナウイルス科ベータコロナウイルス属に分類されるSARSコロナウイルス-2(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2,;SARS-CoV-2)の抗体を検出する場合を一例に説明する。
【0015】
図1は、イムノクロマト法で用いる試薬デバイスの基本構造を示す図である。イムノクロマト法で用いる試薬デバイスである試験片1は、一般的に
図1で示される部材で構成される。試験片1は、
図1に示すように、支持基板10と、この支持基板10上にそれぞれ配置された、試料供給部11と、試薬部12と、展開層13と、捕捉部14と、コントロール部15と、吸収部16とを有する。検査試料が展開層13を展開する展開方向を基準としたとき、展開層13の上流側に試薬部12が配置され、展開層13の下流側に吸収部16が配置されている。
【0016】
支持基板10は、短冊(平板)状をなした部材であり、バッキングシートと呼ばれる。支持基板10は、試験片1を構成する各種部材を支持する。支持基板10の構成材料は、主に樹脂材料が用いられる。例えば、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエステル、酢酸セルロース、ポリエチレンテレフタレート等が一般的に用いられる。
【0017】
試料供給部11は、短冊状をなしており、滴下された検査試料を吸収し、展開層13に送るためのものである。試料供給部11は、縁部が試薬部12に接触するように配置されており、滴下された検査試料を試薬部12に供給する。試料供給部11は、液体透過性を備えるものであれば特に限定されないが、例えば、多孔質材料、繊維質材料等により形成される。
【0018】
試薬部12には、SARSコロナウイルス-2の抗原と、標識化抗体とが含浸されている。抗原および標識化抗体は、検査試料中に含まれる抗体と特異的に結合し、標識化された抗原抗体複合体を形成した状態で展開層13に供給される。試薬部12では、コンジュゲートパッドと呼ばれる多孔質担体に、抗原および標識化抗体が遊離可能な状態で担持(保持)されている。試薬部12の構成材料は、液体透過性のものであれば特に限定されないが、例えば、試料供給部11と同様に、多孔質材料、繊維質材料を用いて形成される。
【0019】
ここで、標識化抗体は、標識物質と結合することにより標識化された抗体(2次抗体)である。2次抗体としては、例えば、IgG抗体、IgA抗体、IgM抗体、IgE抗体、IgD抗体が挙げられる。
【0020】
標識物質の例としては、ビオチン、酵素、蛍光色素、金属ナノ粒子等が挙げられるが、相当数の原子を含むナノ粒子であることが好ましい。このナノ粒子としては、ラテックス粒子等の公知の粒子を採用することができるが、好ましくは、金属ナノ粒子である。これにより、簡易な標識操作により、有機分子一つに対して複数のシグナルを発生させることができる。また、金属ナノ粒子の例としては、金ナノ粒子、銀ナノ粒子等が挙げられるが、金ナノ粒子を用いることが好ましい。金ナノ粒子1つには107個程度の金原子が含まれていることから、これにより、有機分子を直接検出する場合に比べて107倍のシグナルを得ることができる。なお、本明細書において、市販の金属ナノ粒子、または公知の方法で製造された金属ナノ粒子を使用するものとする。また、金属ナノ粒子の平均粒径は、典型的には10nm以上150nm以下であり、好ましくは20nm以上40nm以下である。なお、本明細書において、「平均粒径」とは、レーザー回折式粒度分析装置で測定されるD50(メディアン径;頻度分布が累積50%に相当する粒子径)の値を指す。
【0021】
なお、金ナノ粒子は、流体中においてはコロイドとして存在し、抗体を金ナノ粒子により標識する場合、緩衝液中で抗体と金コロイドとを混合することにより行われる。これにより、抗体に金コロイドが付着し、抗体が標識化され、標識化抗体を得ることができる。
【0022】
また、多孔質担体に標識化抗体を担持させ、試薬部12を形成する方法としては、例えば、標識化抗体を含有する水溶液を調製した後、この水溶液を多孔質担体に含浸させ、その後、乾燥する方法が挙げられる。このような方法より、多孔質担体に標識化抗体を均一に担持させることができる。
【0023】
展開層13は、毛細管現象により検査試料をクロマト展開させる部分である移動相である。以下、「クロマト展開」とは、試料を展開層13で展開させることをいう。展開層13は、短冊状をなしており、その長手方向の上流側の縁部が試薬部12に接触し、下流側の縁部が吸収部16に接触するように配置されている。展開層13は、例えば多孔質担体で構成され、ニトロセルロース、酢酸セルロース等のセルロース誘導体で構成される膜、ガラスフィルター、ろ紙等で構成され得る。
【0024】
また、展開層13には、その途中に、捕捉部14と、この捕捉部14よりも下流側に配置されたコントロール部15とが配置されている。
【0025】
捕捉部14は、試薬部12で形成された抗原抗体複合体と特異的に結合する捕捉抗体(1次抗体)が固定化された固定相である。
図1に示すように、捕捉部14は、展開層13の長手方向に直交するようにライン状(帯状)に形成されている。以下、捕捉部14に形成されたラインを「検出ライン」と称する。捕捉部14に固定化された一次抗体は、試薬部12から検査試料が供給されると、検査試料に含まれる抗原を補足する。このとき、展開層13に供給された抗原は、抗原抗体複合体が形成されているため、捕捉部14において抗原が補足されると、標識化抗体も補足される。捕捉部14で標識化抗体が補足されると、検出ラインが着色し、バンドが形成され、シグナルを検出することができる。なお、試料に抗原が含まれない場合、捕捉部14で標識化抗体が補足されず、バンドは形成されない。
【0026】
なお、捕捉抗体(1次抗体)も、2次抗体と同様に、抗原抗体複合体と特異的に認識するものであれば特に限定されないが、例えば、IgG抗体、IgA抗体、IgM抗体、IgE抗体、IgD抗体が挙げられる。
【0027】
また、捕捉抗体を展開層13に固定化させる方法としては、展開層13の多孔質担体にニトロセルロース膜を用いる場合、捕捉抗体を含有する水溶液をライン状に滴下した後、乾燥及び洗浄することにより捕捉部14を形成することができる。
【0028】
コントロール部15は、標識化抗体を補足する抗抗体(抗標識化抗体)が固定化された固定相である。コントロール部15は、捕捉部14の試薬部12に対する反対側に設けられている。コントロール部15は、展開層13の長手方向に直交するように、ライン状に形成されている。
【0029】
抗原抗体複合体を形成しなかった二次抗体は、捕捉部14を通過し、コントロール部15で捕捉される。コントロール部15において固定化された抗抗体と標識化抗体との反応が確認された場合、展開層13に供給された検査試料に含まれる標識化抗体が、展開層13の上流側から下流側に位置するコントロール部15にまで展開されたことが示される。
【0030】
抗抗体としては、標識化抗体を補足し得る機能を有するものであれば特に限定されないが、例えば、IgG抗体、IgA抗体、IgM抗体、IgE抗体、IgD抗体が挙げられる。
【0031】
吸収部16は、短冊状をなしており、その長手方向の上流側の縁部が展開層13に接触するように配置されており、展開層13を展開してきた検査試料を展開層13の下流側の端部から吸収(吸水)する。
これにより、吸収部16が展開層13における毛細管現象を補助する機能を有し、展開層13におけるクロマト展開をより円滑に行うことができる。吸収部16は、液体透過性を有するものであれば特に限定されないが、例えば、試料供給部11と同様に、多孔質材料、繊維質材料等により形成される。
【0032】
誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)とは、プラズマをイオン源とした質量分析法であり、電子材料等の定量分析に用いられる。ICP-MSでは、高周波を用いてアルゴンガスを電離状態にし、高温のプラズマを発生させ、試料中の原子をイオン化させた後、真空内で濃度を測定することにより質量分析を行う。
【0033】
ICP-MSは、他の技術と組み合わせた手法として、液体クロマトグラフ誘導結合プラズマ質量分析法(IC-ICP-MS)、レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS)等がある。レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS)とは、レーザアブレーション(LA)技術とICP-MSを組み合わせた手法である。LA-ICP-MSでは、パルスレーザを試料に照射して微粒子化させた後、ICP-MSに導入して分析する。
【0034】
本発明における各工程について順次説明する。本発明における分析方法は、第1の工程と、第2の工程と、第3の工程とをこの順に含む。
【0035】
<第1の工程>
第1の工程では、標識物質を有機分子である被測定抗体に接触させる。具体的には例えば、抗原と標識物質を含む標識化抗体とが含浸された試薬部12に、被測定抗体を含有する血液試料を滴下し、抗原と標識化抗体と有機分子とを接触させる。これにより、抗原と被測定抗体と標識化抗体とで抗原抗体複合体が形成され、被測定抗体は抗原を介して標識物質と結合する。なお、これに限らず、被測定抗体を含有する血液試料を、抗原と標識化抗体とを含有する試薬と混合することにより、被測定抗体を標識物質と結合させてもよい。以下、標識物質は金属ナノ粒子である場合を例に説明するが、これに限られない。標識物質は、金属以外の何らかのナノ粒子であってもよい。
【0036】
<第2の工程>
第2の工程は、分離工程と濃縮工程とのうち少なくとも一つを含む。例えば、第2の工程に含まれる複数の工程を兼ねるものとして、標識物質に接触させた有機物質を含む検査試料をクロマト展開させる。分離工程は、標識物質と結合した有機分子を分離させる工程である。具体的には例えば、試薬部12に滴下された血液試料をクロマト展開することで、毛細管現象により、血液中の他の成分等、被測定抗体と結合していない遊離標識物質、試験片1を構成する各部材に予め含有される成分等の妨害分子から、第1の工程で形成された抗原抗体複合体を分離させる。なお、本明細書における「標識物質と結合した有機分子」とは、標識物質と有機分子が直接結合した場合のみならず、標識物質と結合した物質が有機物質と結合することで、複合体を形成した場合を含む。
【0037】
濃縮工程は、標識物質と結合した有機分子を濃縮させる工程である。具体的には例えば、捕捉部14で第1の工程で形成された抗原抗体複合体を特異的に補足し、検出ライン上で濃縮させる。
【0038】
これらの工程を具備することで、標識物質から得られるシグナルをさらに増大させることができるだけでなく、バックグランドノイズを低減させ、有機分子以外の物質をあたかも当該有機分子として検出してしまうリスクを劇的に低減させることができる。また、これにより、シグナル/ノイズ比が高まり、定量性を飛躍的に高めることができる。
【0039】
ここで、発明者は鋭意検討の結果、有機分子の分析感度を高めるために、有機分子1つに対して複数のシグナルを発生させる手段として、金属ナノ粒子をはじめとする、相当数の原子を含む微細粒子を標識物質として当該有機分子に付着または結合させ、当該有機分子を検出するのではなく、標識物質を検出することで、見かけのシグナルを劇的に増大することができると考えた。しかしながら、実際には質量分析の工程での損失があるため、現実的には金ナノ粒子1つから得られるシグナルは100~1000シグナル程度である。これに対し、上記のように、第2の工程を実施することで、標識物質を分離または濃縮することができ、十分な信頼性、定量性を担保することができる。
【0040】
また、第2の工程は、さらに分散工程をさらに含んでもよい。分散工程は、標識物質と結合した有機分子を分散させる工程である。具体的には、抗原抗体複合体、妨害分子、遊離標識物質、試験片1を構成する各部材に含有される成分等を、ニトロセルロース薄膜で分散保持する。ニトロセルロース薄膜は、コントロールされたマトリックスとしての機能を有し、抗原抗体複合体を他の物質と分離して安定的保持するだけでなく、これらの物質を第3の工程で定量することが可能となる。かかる定量は、有機分子の定量に影響を与えず、有機分子の定量と同時に行うことができる。これにより、検査試料全体の検体量を逆算することができ、検体量の高精度な管理が不要となる。
【0041】
<第3の工程>
第3の工程では、位置分解能を有する質量分析法により、標識物質を検出することで、標識物質に標識された有機分子の質量分析を行う。具体的には、第3の工程では、位置分解能を有する質量分析法により、クロマト展開に使用された膜担体から標識物質を検出することで、標識物質に標識された有機分子の質量分析を行う。このような態様によれば、有機分子を検出するのではなく、標識物質を検出することで、見かけのシグナルを劇的に増大することができる。
【0042】
第3の工程で用いられる質量分析法は、位置分解能を有するものであれば分析手段であれば、その種類は制限されないが、例えば、四重極型、地場掃引型、飛行時間型等である。また、好ましくは、質量分析法は、誘導結合プラズマ質量分析法であり、特に、レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法であることが好ましい。これにより、レーザ照射部位のみの局所超微量元素分析が可能でとなり、10μm以下の位置分解能を持ちながら、多元素を同時定量することができる。これは標識物質を複数同時に使えること、すなわち複数の分析対象有機分子を一時に分析できることを示している。また、質量分離を行うので、仮に同じ元素で標識したい場合でも、同位体を用いれば、化学的特性の同一性を全く損なうことなく、しかし検出段階で別物の標識物質として検出することができる。高い位置分解能を持つ、ということは、空間的に濃縮されている、ということと同義である。このため、1nmの金ナノ粒子(約1,000個の金原子の集合体)であっても、数万cpsのシグナルを得ることができる。つまり、一つのタンパク分子に、一つの金ナノ粒子を具備させれば、確実にそのタンパク分子を検出することができる。レーザの照射位置を高速に移動させ、これに連動し得られる質量スペクトルを位置情報とともに記録する、いわゆる元素マッピングを行うことで、位置的な分散をなされた標識物質を極めて効率よく高速に検出し、定量することができる。併せて、二種類以上の分析対象物質に同じ標識物質を具備させた場合でも、位置的な分散に場所依存性を持たせ、これを元素マッピングすることで、二種類以上の分析対象物質を正確に弁別することができる。なお、標識物質を具備した当該有機分子を位置的に分散させる第3の工程では、目的や濃度に応じて、ごく狭い範囲に集中させる、あるいは、広い面積に分散させるかを選択することができる。
【0043】
以上説明したような有機分子の分析方法によれば、さらに以下のメリットがある。
【0044】
従来、標識物質としては発色性が高く発色の多様性に富む物質であることが望ましく、発光色を自在に変化させることができる、量子ドット効果を具備する標識物質が用いられてきた。量子ドット効果を具備する標識物質は、複数の分析目的分子を同時に検出できるが、その色彩の多様性の自由度は光学的検出器に搭載される光学フィルターや単色器の分解能となる±10-20nm程度に制限されるため、原理的に12~25物質の同時分析が上限となる。量子ドット効果を用いても、検出には光学的手法を用いることになるため、検出感度は従来の標識法から大幅に改善することは難しい。
【0045】
これに対し、本発明は、原理的に元素の種類と同位体の数の積に相当する数の物質を高感度で同時分析できることとなり、量子ドット効果を用いた標識法に比べて格段に同時分析性を格段に高めることができる。
【0046】
また、有機分子1つを検出しようとした場合、この有機分子1つをイオン化させ、質量分析する方法がある。しかしながら、これを単に実行すると当該有機分子がイオン化の過程で分解してしまわないような工夫と、非常に大きな分子量を精度よく質量分離する工夫と、1つのイオンを確実に検出する工夫が必要となり、難易度が極めて高い。これに対して、本発明によれば、簡易に高い感度で有機分子を定量することができる。
【0047】
また標識物質としては、これまで、イオン化すなわち溶存形態にならない物質であること必須条件であった。これは、イオン化してしまうと流動性が高まり、色彩の差として検出しにくくなる、すなわちコントラストが悪化し結果検出感度を低下させる原因になるためである。また、本来の微粒子としての発色とイオンとしての発色の区別がつかず、擬陽性反応を呈するというデメリットがある。
【0048】
しかし、本発明による検出手法であれば、粒子とイオンでは決定的に得られる質量スペクトルが異なるため、標識物質のイオン化による分析への妨害は最大限抑えることが可能である。このため、標識物質には、イオン化可能な物質を用いることができ、利用可能な標識物質の多様性が大きく広がることが期待できる。
さらに、次に記載の各態様で提供されてもよい。
【0049】
(1)有機分子の分析方法であって、第1の工程と、第2の工程と、第3の工程とをこの順に含み、前記第1の工程では、標識物質を前記有機分子に接触させ、前記第2の工程は、分離工程と濃縮工程とのうち少なくとも一つを含み、前記分離工程は、前記標識物質と結合した前記有機分子を分離させる工程で、前記濃縮工程は、前記標識物質と結合した前記有機分子を濃縮させる工程で、前記第3の工程では、位置分解能を有する質量分析法により、前記標識物質を検出することで、前記標識物質に標識された前記有機分子の質量分析を行う、分析方法。
【0050】
このような態様によれば、容易に高い感度でタンパク質等の高分子量の有機分子を定量することができる。
【0051】
(2)上記(1)に記載の分析方法において、前記第2の工程は、さらに分散工程をさらに含み、前記分散工程は、前記標識物質と結合した前記有機分子を分散させる工程である、分析方法。
【0052】
このような態様によれば、有機分子の定量に影響を与えず、分解、汚染、飛散などによる影響を低減することが可能となる。
【0053】
(3)上記(1)又は(2)に記載の分析方法において、前記第2の工程では、前記第2の工程に含まれる複数の工程を兼ねるものとして、前記標識物質に接触させた前記有機分子を含む検査試料をクロマト展開させ、前記第3の工程では、位置分解能を有する質量分析法により、前記クロマト展開に使用された膜担体から前記標識物質を検出することで、前記標識物質に標識された前記有機分子の質量分析を行う、分析方法。
【0054】
このような態様によれば、イムノクロマト法を用いて、抗体の定量測定が可能となる。
【0055】
このよう
【0056】
(4)上記(1)~(3)の何れか1つに記載の分析方法において、前記標識物質は、ナノ粒子である、分析方法。
【0057】
このような態様によれば、色素に由来する偽陽性を排除することができる。
【0058】
(5)上記(1)~(4)の何れか1つに記載の分析方法において、前記質量分析法は、誘導結合プラズマ質量分析法である、分析方法。
【0059】
(6)上記(5)に記載の分析方法において、前記誘導結合プラズマ質量分析法は、レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法である、分析方法。
もちろん、この限りではない。
【0060】
既述のとおり、本発明に係る種々の実施形態を説明したが、これらは、例として提示したものであり、発明の範囲を何ら限定するものではない。当該新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。当該実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【実施例0061】
以下に、実施例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。本実施例では、SARS-CoV-2ウイルスのワクチンを接種してから25日後の血液を検査試料に用いて試験を実施した。金ナノ粒子を標識物質に用いた。また、人血中のSARS-CoV-2ウイルスの抗体を定量対象の有機分子として試験を実施した。また、第2の工程では、SARS-CoV-2ウイルスの抗原を用いたイムノクロマト法を用いて、標識物質を具備した当該有機分子を分離、濃縮、及び位置的な分散を行った。
【0062】
なお、この実験系において、妨害分子は血中のタンパク質など、マトリックス物質として血中の鉄や亜鉛などの金属物質、イムノクロマト展開液中の塩化ナトリウムなど、コントロールされたマトリックスとしてニトロセルロース、となる。
【0063】
図2は、クロマト展開が実施された結果を示す図である。
図2で示すように、捕捉部14の検出ラインが着色し、バンドが形成された、捕捉部14に標識物質である金ナノ粒子が多数蓄積したことを確認することができた。これにより、検査試料にSARS-CoV-2ウイルスの抗体が含まれることが確認することができた。このように、金属ナノ粒子が光学的に着色として判別できることを利用し、SARS-CoV-2ウイルスの抗体の有無を判断することができる。
【0064】
図3は、標識物質の濃度情報のグラフである。第3の工程において、ニトロセルロース紙マトリックスごとLA-ICP-MSを用いてマッピング元素定量分析を行うと、
図3で示すように、位置情報を含む標識物質の濃度情報を得ることができる。なお、IgGにかかる元素の濃度は検出されたシグナルの高さと位置関係に相当する分の掛け算、すなわちグラフの面積から算出することができる。
【0065】
本実施例において、位置IgGにかかる元素の濃度は検出されたシグナルの高さと位置関係に相当する分の掛け算、すなわちグラフの面積から算出することができる。検出されたシグナルの高さから推測すると、少なくとも目視の100倍以上の検出感度として計測されている。
【0066】
レーザの1ショット分の位置分解能はおおむね10μmであり、着色による目視ではこの幅のラインを判別することはできない。そのため、
図3に示す横方向の位置的に1.5mmにわたり分散されている。しかし、LA-ICP-MSを用いると10μmでも定量が可能で、かつ位置的に15mmにわたり分散されたものすべてを積算できるため、結果的には150倍のシグナルを得ることができているに等しい。
【0067】
さらに、今回の実験では、
図3の縦方向の積算を行っていない。この幅は3mmあるため、これをすべて積算すると300倍のシグナルを得ることができることが確認できた。これらすべてを総合すると、目視の450万倍の高感度化が実現したことになる。
【0068】
図4は、標識物質とともに同時分析された元素の結果を示すグラフである。
図4に示すようにマトリックス物質として存在する血中の鉄や銅、亜鉛などの金属物質を同時定量することも可能である。必要に応じて、同位体比を求めることもできる。さらに、検査試料中のイオン化された物質と、ナノ粒子等の粒子とを区別して検出し定量することもできる。
【0069】
従来、イムノクロマト法によって被測定物質の定量を可能とするために検体量(検査試料の量)の高精度な管理が必要であるが、試験片1に滴下する検査試料の量を正確にコントロールすることは難しかった。これに対し、本発明によれば、検査試料に含まれる被測定物質以外の物質の定量を被測定物質の定量と同時に行うことが可能となる。典型的な例を説明すると以下の通りである。すなわち、通常、ヒトの血液中に含まれる鉄分の量はほぼ一義的に定まることとなるが、本実施例では、
図4で示されるように、鉄分の濃度情報が得られたことで、試験片1に滴下した血液量(検体量)を逆算して求めることができる。このように、第2の工程と第3の工程とを組み合わせることで、分析に用いた検査試料の量を正確に逆算することが可能になる。また、これにより、血中の抗体量の濃度、すなわち定量化が可能になる。
【0070】
ここで、イムノクロマト法の大きな問題として、ゴーストラインと呼ばれる、擬陽性判定がある。これの原因は様々なものが考えられるが、一般的には異常な強固な抗原-抗体の結合により標識物質が特異的に脱離してしまい、発色団が残留してしまうことが原因と考えられる。
図3に示すDay0~20の結果では、目視ではIgGの部位に薄いラインが観測されており、これがゴーストラインに相当する。すなわち、通常擬陽性、となるものである。しかし、本発明を用いて分析を行った結果、IgG部位には金は検出されず、陰性のままである。すなわち本発明が、擬陽性を有効に排除できることがわかった。
【0071】
また、本発明に懸る分析時間は15mmの分散区間を10μmの分解能で60kHzのレーザ発振で分析した場合、1秒以下で定量が可能である。半定量が可能なELISA法は分析に3時間程度用することから、本発明が迅速分析の面でも優れていることが示せた。
【0072】
以上の結果によれば、簡易に高い感度で有機分子を定量することができる。