(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023057879
(43)【公開日】2023-04-24
(54)【発明の名称】摩擦抵抗低減装置、移動体及び摩擦抵抗低減方法
(51)【国際特許分類】
F15D 1/12 20060101AFI20230417BHJP
【FI】
F15D1/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021167610
(22)【出願日】2021-10-12
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100127465
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 幸裕
(74)【代理人】
【識別番号】100196047
【弁理士】
【氏名又は名称】柳本 陽征
(72)【発明者】
【氏名】劉 浩
(57)【要約】
【課題】移動体と流体との間に生じる摩擦抵抗を低減する。
【解決手段】摩擦抵抗低減装置20は、流体Fと接触する表面板30と、表面板30に振動を与える振動源40と、を備え、振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下であり、振動の最大振幅は、10μm以上20μm以下である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体と接触する表面板と、前記表面板に振動を与える振動源と、を備えた摩擦抵抗低減装置であって、
前記振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下であり、
前記振動の最大振幅は、10μm以上20μm以下である、摩擦抵抗低減装置。
【請求項2】
前記振動の波長は、100μm以上150μm以下である、請求項1に記載の摩擦抵抗低減装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の摩擦抵抗低減装置を備えた、移動体。
【請求項4】
流体と接触する表面板に、振動源から振動を与える工程を備え、
前記振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下であり、
前記振動の最大振幅は、10μm以上20μm以下である、摩擦抵抗低減方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦抵抗低減装置、移動体及び摩擦抵抗低減方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車、航空機、船舶等の移動体が利用されている。これらの移動体は、空気、水等の流体中を進む際に、当該流体から抵抗を受ける。移動体が流体からの抵抗を受けることにより、移動体の速度が低下したり、移動体のエネルギー消費が増大したりする問題がある。これらの問題を解決するために、移動体が流体から受ける抵抗を低減するための研究が進められている。移動体が流体から受ける抵抗としては、主に圧力抵抗(形状抵抗)及び摩擦抵抗が挙げられる。このうち、圧力抵抗については比較的研究が進んでおり、圧力抵抗を低減するための様々な技術が提案されている。
【0003】
また、摩擦抵抗を低減するための研究も進められている。摩擦抵抗を低減する技術としては、従来、流体と接する表面にリブレット、グルーブ等の凹凸を設ける技術、流体と接する表面を超疎水性(超撥水性)の表面とする技術、流体と接する表面に空気の層を形成する技術等が提案されている。しかし、これらの技術によっても、十分な摩擦抵抗低減効果は実現されていない。
【0004】
摩擦抵抗を低減するための他の技術として、流体と接する表面に振動を与える技術も知られている。特許文献1及び特許文献2には、流体と接する表面に超音波振動を与えることにより、流体との摩擦抵抗を低減する技術が開示されている。また、非特許文献1には、流体と接する表面に流体の流れ方向と垂直な横波を与えることにより、流体との摩擦抵抗を低減する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭63-110096号公報
【特許文献2】特開2011-185409号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Yiqing Duほか著、「Suppressing Wall Turbulence by Means of a Transverse Traveling Wave」、Science 288 (5469)、2000年5月19日発行、p.1230~1234
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1及び2並びに非特許文献1に開示された技術によっても、十分な摩擦抵抗低減効果は得られていないという問題がある。例えば、非特許文献1に開示された技術では、理想化されたモデルにおいて最大で20~30%程度の摩擦抵抗低減効果を発揮するに過ぎない。
【0008】
ところで、イルカは海中を高速で泳ぐことができることが知られている。本件発明者は、この点に着目し、イルカが海中を高速で泳ぐことができるメカニズムについて研究を進めた。イルカは、超音波を発してその反響音を聞くことによって、地形や餌となる魚の位置等を把握できることが知られている。研究の結果、本件発明者は、イルカが海中を高速で泳ぐことができるメカニズムに、イルカが発する超音波が関係していることを見出した。具体的には、イルカが発する超音波が皮膚を振動させることにより、皮膚と海水との間に生じる摩擦抵抗を大きく低減させていることを突き止めた。本件発明者は、仮説を立てて、単純化された平板モデルを用いて大規模流体シミュレーションにより、いわゆる微小振幅かつ波動状の超音波振動が摩擦抵抗を大幅に低減できることを初めて突き止めた。さらに、本件発明者は摩擦抵抗を大きく低減させ得る移動体壁面の超音波振動の特性を明らかにした。
【0009】
本発明は、このような点を考慮してなされたものであり、移動体表面と流体との間に生じる摩擦抵抗を低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による摩擦抵抗低減装置は、
流体と接触する表面板と、前記表面板に波動状の振動を与える振動源と、を備え、
前記振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下であり、
前記振動の最大振幅は、10μm以上20μm以下である。
【0011】
本発明による摩擦抵抗低減装置において、前記波動状の振動の波長は、100μm以上150μm以下であってもよい。
【0012】
本発明による移動体は、
上述の摩擦抵抗低減装置を備える。
【0013】
本発明による摩擦抵抗低減方法は、
流体と接触する表面板に、振動源から波動状の振動を与える工程を備え、
前記振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下であり、
前記振動の最大振幅は、10μm以上20μm以下である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、移動体壁面と流体との間に生じる摩擦抵抗を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明に係る摩擦抵抗低減装置を備えた移動体を概略的に示す図である。
【
図3】
図3は、摩擦抵抗低減装置の振動源の振動について説明するための図である。
【
図4】
図4は、乱流シミュレーション結果の一例を示す図である。
【
図5】
図5は、乱流シミュレーション結果の一例を示す図である。
【
図6】
図6は、乱流シミュレーション結果の一例を示す図である。
【
図7】
図7は、乱流シミュレーションにより算出された摩擦抵抗係数の一例を示すグラフである。
【
図8】
図8は、乱流シミュレーションにより算出された摩擦抵抗係数の他の例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明の一実施の形態について説明する。なお、本明細書に添付する図面においては、図示と理解のしやすさの便宜上、適宜縮尺および縦横の寸法比等を、実物のそれらから変更し誇張してある。
【0017】
また、本明細書において用いる、形状や幾何学的条件ならびにそれらの程度を特定する、例えば、「平行」、「直交」、「同一」等の用語や長さや角度の値等については、厳密な意味に縛られることなく、同様の機能を期待し得る程度の範囲を含めて解釈することとする。
【0018】
図1は、本発明に係る摩擦抵抗低減装置20を備えた移動体10を概略的に示す図であり、
図2は、摩擦抵抗低減装置20を示す図である。本実施形態の移動体10は、流体F中を進む移動体である。
図1には、移動体10が自動車である例を示すが、移動体10は自動車に限られない。移動体10には、陸上移動体、水上移動体、水中移動体及び航空移動体が含まれる。陸上移動体には、例えば、乗用車、バス、トラック等の自動車、電車、新幹線、リニアモーターカー等の列車が含まれる。水上移動体には、例えば、旅客船、貨物船、漁船、調査船、ヨット、カヌー等の船舶が含まれる。水中移動体には、例えば、潜水艇が含まれる。航空移動体には、例えば、飛行機、ヘリコプター、ドローンが含まれる。移動体10は、有人の移動体であってもよいし、無人の移動体であってもよい。
【0019】
流体としては、例えば、空気等の気体、淡水、海水等の液体が挙げられる。移動体10が陸上移動体又は航空移動体である場合、流体は空気等の気体であり得る。移動体10が水中移動体である場合、流体は淡水、海水等の液体であり得る。移動体10が水上移動体である場合、流体は淡水、海水等の液体及び/又は空気等の気体であり得る。
【0020】
なお、本発明に係る摩擦抵抗低減装置20は、移動体10に限られず、流体との間に摩擦抵抗が生じ得る任意の箇所に適用することができる。摩擦抵抗低減装置20は、例えば、石油や天然ガスのパイプライン、ビル、工場、発電所、橋梁、家屋等の建築物や、風力発電装置、波力発電装置等に適用することも可能である。
【0021】
本実施形態の摩擦抵抗低減装置20は、流体Fと接触する表面板(移動体壁面)30と、表面板30に振動(超音波振動)を与える振動源40と、を備えている。表面板30は、一対の主面32,34を含んでいる。一対の主面32,34は、流体Fと接触する第1面32と、第1面32と対向する第2面34を含んでいる。
【0022】
図1に示された例では、摩擦抵抗低減装置20は、移動体10の屋根に設けられている。この場合、表面板30の第1面32が、移動体10の屋根の表面を構成する。なお、これに限られず、表面板30は、第1面32が移動体10のボディにおける他の部分の表面を構成するように設置されてもよい。また、表面板30は、第1面32が移動体10のフロントウィンドウ、サイドウィンドウ、リアウィンドウ等の窓の表面を構成するように設置されてもよい。なお、屋根、ボディ、窓等における「表面」とは、移動体10の外部の流体(空気)Fと接触する面を指している。
【0023】
図1に示された例において、流体F中を移動体10が紙面の左へ向かって進む場合、流体Fは、移動体10に対して相対的に紙面の右へ向かって流れることになる(
図1及び
図2の矢印を参照)。
図1及び
図2に示された例では、表面板30の第1面32は、流体Fの流れ方向(矢印の方向)に対して平行な方向に延びるように配置されているが、これに限られず、第1面32は、流体Fの流れ方向に対してある角度を有して傾斜した方向に延びてもよい。第1面32の延びる方向と流体Fの流れ方向との間の角度は、0度以上90度未満であってもよい。好ましくは、第1面32の延びる方向と流体Fの流れ方向との間の角度は、0度以上45度以下であってもよい。さらに好ましくは、第1面32の延びる方向と流体Fの流れ方向との間の角度は、0度以上30度以下であってもよい。
【0024】
本実施形態では、振動源40が表面板30に対して特定の周波数及び最大振幅を有する超音波振動を与えることにより、流体Fと表面板30(第1面32)との間に生じる摩擦抵抗が大きく減少し得る。このような摩擦抵抗低減装置20について、以下に詳述する。
【0025】
表面板30を構成する材料としては、例えば、金属、ガラス、セラミックス、樹脂等を用いることができる。振動源40からの振動を表面板30の全体に適切に伝達する観点からは、表面板30を構成する材料は、ある程度の剛性を有していることが好ましい。表面板30は、全体が平面状に形成された平面板であってもよいし、全体が曲面状に形成された曲面板であってもよい。とりわけ、表面板30の第1面32は、平面であってもよいし、曲面であってもよい。
【0026】
振動源40は、表面板30に所定の周波数及び最大振幅を有する振動を与える機能を有する。とりわけ、振動源40は、表面板30の延びる方向に沿った波動状の超音波振動を表面板30に与える機能を有してもよい。摩擦抵抗低減装置20が移動体10に組み込まれる場合、振動源40は、移動体10の移動方向に沿う波動状の超音波振動を表面板30に与える機能を有してもよい。摩擦抵抗低減装置20が複数の振動源40を有する場合、振動源40が発生する振動には互いに位相差があるため、移動体壁(表面板30)に沿う波動(進行波、後退波、定在波)を引き起こすことが重要である。
【0027】
振動源40は、振動を発生する振動子を有している。振動子としては、例えば、BL(ボルト締めランジュバン型)振動子、フェライト振動子、PZT(ジルコン酸チタン酸鉛)振動子等の、電歪型、磁歪型の振動子を用いることができる。本実施形態の振動子は、超音波振動を発生することができるように構成される。とりわけ、振動子は、後述する特定の周波数及び最大振幅を有する超音波振動を発生することができるように構成される。
図2に示された例では、振動源40は、表面板30の第2面34の一部に接触するように配置されている。振動源40は、表面板30の第2面34の全体に接触するように配置されてもよい。振動源40は、第2面34を介して表面板30に振動を与える。これにより、表面板30の第1面32が所定の周波数及び最大振幅を有して振動する。なお、これに限られず、振動源40は、表面板30の第1面32の一部に接触するように配置されてもよい。また、振動源40は、表面板30の端面に接触するように配置されてもよい。なお、端面とは、表面板30の第1面32と第2面34とを互いに接続する面である。
【0028】
本実施形態では、摩擦抵抗低減装置20は、制御部42、入力部44及び表示部46をさらに有している。制御部42は、振動源40及び表示部46を制御する。とりわけ、制御部42は、所定の周波数及び最大振幅を有して振動するように振動源40を制御する。また、制御部42は、振動源40に関する情報を表示部46に送信する。入力部44は、使用者からの指示の入力を受ける。入力部44は、使用者から入力された内容に対応する信号を制御部42に向けて送信する。制御部42は、入力部44から信号を受信し、この信号に基づいて振動源40を制御する。入力部44に入力される指示の内容は特に限られないが、例えば、振動源40の振動のON/OFF、振動に関する各種の設定等であってもよい。表示部46は、制御部42から受信した信号に基づいて、振動源40に関する情報を表示する。表示部46に表示される情報は特に限られないが、例えば、振動源40の振動のON/OFFの状態、振動に関する設定内容等であってもよい。
【0029】
制御部42は、例えば、CPU(中央演算装置)により構成される。制御部42は、1つのCPUを含んでもよいし、複数のCPUを含んでもよい。制御部42は、振動源40の振動に関する情報を格納するための揮発性又は不揮発性の記憶装置を含んでもよい。入力部44は、例えば、ボタン、キーボード、マウス、タッチパネル等を含んでもよい。表示部46は、例えば、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ、陰極線管(CRT)ディスプレイを含んでもよい。入力部44と表示部46とは一体化されてもよい。例えば、表示部46として液晶ディスプレイを用い、入力部44として液晶ディスプレイに重ねられたタッチパネルを用いてもよい。
【0030】
次に、振動源40が発生する振動の詳細について説明する。
図3は、振動源40の振動について説明するための図である。振動源40から表面板30に与えられる振動は、例えば、
図3に示されるような正弦波である。本実施形態では、振動源40から表面板30に与えられる振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下である。また、振動源40から表面板30に与えられる振動の最大振幅Aは、10μm以上20μm以下である。
【0031】
本件発明者が、イルカが海中を高速で泳ぐことができるメカニズムについて鋭意研究を進めたところ、イルカが発する超音波が皮膚を伝わって皮膚を振動させることにより、皮膚と海水との間に生じる摩擦抵抗が大きく低減していることを突き止めた。また、このようなイルカが発する超音波についてさらに研究を進めることにより、10kHz以上250kHz以下の周波数及び10μm以上20μm以下の最大振幅Aを有する超音波振動が、とりわけ大きな摩擦抵抗低減効果を発揮することがわかった。本実施形態の摩擦抵抗低減装置20では、この特定の周波数及び最大振幅Aを有する超音波振動を振動源40から表面板30に与えることにより、流体Fと表面板30との間に生じる摩擦抵抗を大きく減少させている。
【0032】
従来は、流体と接する表面に対して、比較的大きな最大振幅Aを有する超音波振動を付与する方が、大きな摩擦抵抗低減効果を発揮すると考えられてきた。例えば、上述の特許文献2に開示されている従来技術においては、流体と接する表面に対して、20μmを超えるような大きな最大振幅Aを有する超音波振動を付与していた。しかし、本件発明者がイルカの発する超音波の特性について研究を進めた結果、従来考えられていた20μmを超えるような大きな最大振幅Aを有する超音波振動と比較して、10μm以上20μm以下という小さな最大振幅Aを有する超音波振動の方が、はるかに大きな摩擦抵抗低減効果を発揮することを見出した。このように、表面板30に与える超音波振動の最大振幅Aが10μm以上20μm以下と小さい方が、はるかに大きな摩擦抵抗低減効果を発揮できることは、従来全く認識されていなかった。本件発明者は、乱流シミュレーション結果を示して後述するように、本実施形態によって、摩擦抵抗を100%低減する、すなわち摩擦抵抗をゼロにすることも可能であり、条件によっては摩擦抵抗をマイナスにできる可能性もあることを明らかにしている。摩擦抵抗がマイナスになるということは、表面板30に与えられる振動により流体Fから推進力が得られるということであり、従来の常識を覆す大きな技術的進歩である。
【0033】
振動源40から表面板30に与えられる振動の周波数が10kHz以上250kHz以下であり、且つ、最大振幅Aが10μm以上20μm以下である場合に、大きな摩擦抵抗低減効果が発揮されるメカニズムは、以下のようなものであると推測している。流体Fが表面板30(第1面32)に対して相対的に移動する場合、第1面32の近傍において流体Fの流れ方向が反転し得る。とりわけ、第1面32が微細な凹凸を有している場合に、このような流れ方向の反転が起こり得る。
【0034】
なお、上述した、流体と接する表面にリブレット、グルーブ等の凹凸を設ける技術においても同様の現象は起こる。従来技術では、この現象により流体の流れの中に渦が生じ、流体と接する表面の近傍には流体の流れ方向が反転した領域が存在するようになる。これにより、従来技術においても摩擦抵抗低減効果が発揮されるものの、その効果は不十分であった。
【0035】
本実施形態の摩擦抵抗低減装置20では、表面板30を10kHz以上250kHz以下の周波数及び10μm以上20μm以下の最大振幅Aで振動させることにより、第1面32の近傍の流体Fも、表面板30の速度成分と同じ速度成分を有して振動する。これにより、第1面32の近傍の流体Fにおける、反転した速度成分と、表面板30の振動により生じた流体Fの速度成分とが相互作用し、当該流体Fにおける、反転した速度成分、すなわち移動体10の進行方向に沿う速度成分が増大する。これにより、大きな壁面摩擦抵抗低減効果が発揮される。
【0036】
振動源40から表面板30に与えられる振動の波長λは、100μm以上150μm以下であることが好ましい。振動源40から表面板30に与えられる振動が、このような波長λを有していることにより、さらに大きな摩擦抵抗低減効果を発揮することができる。
【0037】
振動源40から表面板30に与えられる振動の相対速度は、5m/sec以上15m/sec以下であってもよい。ここで、振動の相対速度とは、当該振動の伝播速度のことであり、位相速度とも呼ばれる。振動源40から表面板30に与えられる振動が、このような相対速度を有していることにより、さらに大きな摩擦抵抗低減効果を発揮することができる。
【0038】
振動源40から表面板30に与えられる振動は、波動状の超音波振動である。波動状の超音波振動は、進行波、後退波及び定常波のいずれであってもよい。振動が進行波である場合、振動は流体Fの進行方向と同じ方向に進む。例えば、
図1及び
図2に示された例では、振動が進行波である場合、振動は流体Fの進行方向と同じく、紙面の右へ向かって進む。振動が後退波である場合、振動は流体Fの進行方向と逆の方向に進む。例えば、
図1及び
図2に示された例では、振動が後退波である場合、振動は流体Fの進行方向と逆に、紙面の左へ向かって進む。振動が定常波である場合、振動はいずれの方向にも進まず、その場で振動を続ける。好ましくは、振動源40から表面板30に与えられる振動は、進行波又は定常波である。より好ましくは、振動源40から表面板30に与えられる振動は、進行波である。これにより、さらに大きな摩擦抵抗低減効果を発揮することができる。
【0039】
次に、本実施形態の摩擦抵抗低減方法について説明する。
【0040】
まず、使用者が入力部44に指示を入力する(第1入力工程)。第1入力工程では、振動源40の振動を開始する(ONにする)旨の指示を入力する。この入力は、振動開始ボタンを押す、キーボードで振動開始に対応するキーを押下する、マウスを用いて振動開始に対応する領域をクリックする、タッチパネルを用いて振動開始に対応する領域をタッチする、等により行うことができる。第1入力工程は、表面板30が流体Fに接触している状態において行われてもよい。また、第1入力工程は、表面板30が流体Fと接触していない状態において行われ、その後、表面板30が流体Fと接触してもよい。また、第1入力工程は、移動体10が停止している状態において行ってもよいし、移動体10が移動している状態において行ってもよい。なお、第1入力工程では、上記に加えて振動に関する各種の設定を行ってもよい。入力部44は、使用者から入力された内容に対応する信号を制御部42に向けて送信する。
【0041】
制御部42は、入力部44から振動源40の振動を開始する旨の信号を受信すると、振動源40を制御して振動源40を振動させる。とりわけ、制御部42は、振動源40の振動子を振動させる。これにより、振動源40は、流体と接触する表面板30に振動を与える(振動付与工程)。この振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下であり、最大振幅Aは、10μm以上20μm以下である。
【0042】
制御部42は、振動源40の振動のON/OFFの状態、振動に関する設定内容等の情報を表示部46に送信する。表示部46は、制御部42から受信した信号に基づいて、振動源40に関する情報を表示する(表示工程)。
【0043】
振動源40の振動を停止させる場合には、使用者が入力部44に指示を入力する(第2入力工程)。第2入力工程では、振動源40の振動を停止する(OFFにする)旨の指示を入力する。この入力は、ボタン、キーボード、マウス、タッチパネル等を用いて、第1入力工程と同様に行われる。第2入力工程は、表面板30が流体Fに接触している状態において行われてもよい。また、表面板30が流体Fと接触しなくなった後に、第2入力工程が行われてもよい。また、第1入力工程は、移動体10が移動している状態において行ってもよいし、移動体10が停止した後に行ってもよい。入力部44は、使用者から入力された内容に対応する信号を制御部42に向けて送信する。
【0044】
制御部42は、入力部44から振動源40の振動を停止する旨の信号を受信すると、振動源40を制御して振動源40の振動を停止させる。
【0045】
本実施形態の摩擦抵抗低減装置20は、流体Fと接触する表面板30と、表面板30に振動を与える振動源40と、を備え、振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下であり、振動の最大振幅は、10μm以上20μm以下である。
【0046】
本実施形態の摩擦抵抗低減方法は、流体Fと接触する表面板30に、振動源40から振動を与える工程を備え、振動の周波数は、10kHz以上250kHz以下であり、振動の最大振幅は、10μm以上20μm以下である。
【0047】
このような摩擦抵抗低減装置20及び摩擦抵抗低減方法によれば、表面板30に、10kHz以上250kHz以下の周波数及び10μm以上20μm以下の最大振幅Aを有する超音波振動を与えることにより、従来技術と比較して、はるかに大きな摩擦抵抗低減効果を発揮することができる。とりわけ、後述のシミュレーション結果でも示すように、本実施形態の摩擦抵抗低減装置20、移動体10及び摩擦抵抗低減方法によれば、摩擦抵抗をゼロにすることが可能である。また、条件によっては摩擦抵抗をマイナスにすることもできる。
【0048】
本実施形態の移動体10は、上述の摩擦抵抗低減装置20を備える。
【0049】
このような移動体10によれば、従来技術と比較して、はるかに大きな摩擦抵抗低減効果を得られることにより、移動体10の速度の低下を効果的に抑制することができる。また、移動体10のエネルギー消費を効果的に低減することができる。したがって、移動体10における高速移動性能と環境性能とを安定して両立させることが可能になる。
【0050】
本実施形態の摩擦抵抗低減装置20では、振動の波長は、100μm以上150μm以下である。
【0051】
このような摩擦抵抗低減装置20によれば、さらに大きな摩擦抵抗低減効果を発揮することができる。
【0052】
以下、本件発明者が実施したコンピュータシミュレーションの一例について説明する。なお、本発明は、以下のシミュレーション結果により限定されるものではない。
【0053】
数値流体力学手法を用いた乱流シミュレーションにより、表面板30に波動振動を与えたときの、流体Fと表面板30との間に生じる摩擦抵抗を算出した。流体シミュレーションには、ANSYS社製(ANSYS Fluent 16.0)を使用し、二次元平板モデルで乱流シミュレーションを行った。
【0054】
図4~
図6に、乱流シミュレーション結果の一例を示す。
図4は、乱流シミュレーションに用いたモデルの全体を示す。
図5は、
図4の表面板の表面の近傍の一部を拡大して示す。
図6は、
図5の表面板の表面の近傍の一部をさらに拡大して示す。
図4~
図6における白い部分(色のついていない部分)が表面板である。また、色のついている部分は流体である。
図4における表面板の横方向の寸法が表面板の「長さ」である。本シミュレーションでは、表面板は、その表面に微細な凹凸を有している。この凹凸における凹部の最低部から凸部の最高部までの高さは40μmであり、凸部の配列ピッチ(隣り合う2つの凸部間のピッチ)は0.15mmである。
図6における横軸X及び縦軸Yは、それぞれ横方向及び縦方向における原点を基準とした位置であり、単位はm(メートル)である。
【0055】
このモデルにおいて、表面板を固定し、この表面板に対して流体が紙面の左から右へ向かって流れたときの、各位置における流速及び表面板に生じる摩擦抵抗の値をシミュレーションにより算出した。
【0056】
乱流シミュレーション条件は以下のとおりである。各条件において、数値範囲内の複数の数値についてそれぞれ乱流シミュレーションを行った。
<表面板>
長さ :100mm~1000mm
<流体>
流速 :5m/sec~12.5m/sec
レイノルズ数Re:1.26×106
(Re = 長さ(L)×流速(U)/動粘性係数(ν))
<振動>
周波数 :10kHz~250kHz
最大振幅A :10μm~20μm
波長λ :100μm~150μm
相対速度 :5m/sec~15m/sec
動粘性係数(ν):1.0×10-6m2・s-1
【0057】
このうち、以下の条件において行われた乱流シミュレーションの結果が
図4~
図6に示されている。
<表面板>
長さ(L) :1000mm
<流体>
流速(U) :12.5m/sec
レイノルズ数Re:1.26×10
6
<振動>
周波数 :100kHz
最大振幅A :20μm
波長λ :150μm
相対速度 :15m/sec
動粘性係数(ν):1.0×10
-6m
2・s
-1
【0058】
図4~
図6には、色の濃淡により流体の速度(流速)の分布が示されている。色の濃淡は、流速の相対的な大小を示している。色の濃い部分(黒に近い部分)は、相対的に流速が小さいことを示し、色の薄い部分(白に近い部分)は、相対的に流速が大きいことを示している。
【0059】
図5及び
図6によく示されているように、表面板の表面の隣り合う2つの凸部の間に、色の濃い部分すなわち流速の小さい部分が存在し、その周りに時計回りに流れる渦が生じていることがわかる。この渦における、表面板と反対側に位置する流体は、流体全体の流れ方向と概ね一致する方向に向かって流れている(矢印51)。これに対して、この渦における、表面板に近い側に位置する流体は、その流れ方向が反転しており、流体全体の流れ方向に対して概ね逆方向に向かって流れている(矢印52)。表面板の表面の近傍における、この流れ方向が反転した流体の流れが、表面板に対して紙面の左方向へ向かう力を作用させる。これにより、流体と表面板との間に生じる摩擦抵抗が大きく低減している。
【0060】
図7及び
図8は、シミュレーションにより算出された摩擦係数を示すグラフである。
図7は、表面板に与えられた振動の周波数が100kHzであるときの摩擦抵抗係数を示す。また、
図8は、表面板に与えられた振動の周波数が200kHzであるときの摩擦係数を示す。
図7及び
図8において、横軸(t/T)は無次元化時間を示し、縦軸(C
f)は摩擦抵抗係数を示す。
【0061】
摩擦抵抗係数(C
f)は、以下の式で算出される。
C
f=D
f/(ρ×U×L/2)
ここで、D
fは摩擦抵抗、ρは流体の密度、Uは流体の速度(流速)、Lは表面板の長さである。なお、摩擦抵抗係数(C
f)は無次元数である。流体の流れにより、表面板が流体の流れ方向と同じ方向に摩擦抵抗を受ける場合、すなわち、
図4~
図6において表面板が右向きの力を受ける場合には、摩擦抵抗係数(C
f)は正(プラス)の値をとる。その一方、流体の流れにより、表面板が流体の流れ方向と逆方向に摩擦抵抗を受ける場合、すなわち、
図4~
図6において表面板が左向きの力を受ける場合には、摩擦抵抗係数(C
f)は負(マイナス)の値をとる。
【0062】
図7及び
図8において、G1は、粗い計算格子を用いた乱流シミュレーションのグラフである。G2は、細かい計算格子を用いた乱流シミュレーションのグラフである。G3は、非常に細かい計算格子を用いた乱流シミュレーションのグラフである。
【0063】
図7及び
図8に示されたグラフにおいて、G1~G3のいずれにおいても摩擦抵抗係数(C
f)の値が負の値をとっていることがわかる。これは、
図4~
図6に示されるモデルにおいて、流体が右向きに流れたときに、表面板が左向きの力を受けることを示している。すなわち、流体の流れによって、流体と表面板との間にマイナスの摩擦抵抗が生じることを示している。したがって、このシミュレーション結果によれば、表面板に与えられる振動により、流体から推進力が得られることが理解できる。
【符号の説明】
【0064】
10 移動体
20 摩擦抵抗低減装置
30 表面板
32 第1面
34 第2面
40 振動源
42 制御部
44 入力部
46 表示部