(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023057968
(43)【公開日】2023-04-24
(54)【発明の名称】ヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/52 20060101AFI20230417BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20230417BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20230417BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20230417BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20230417BHJP
【FI】
C12N15/52 Z
C12P21/02 C ZNA
C12N15/31
C12N1/21
C12N1/20 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021167756
(22)【出願日】2021-10-12
(71)【出願人】
【識別番号】390033145
【氏名又は名称】焼津水産化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】弁理士法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木野 邦器
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA02
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA10
4B065AA26X
4B065AA26Y
4B065AA41Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA41
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】ヒドロキシプロリル-グリシンを効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】L-アミノ酸リガーゼを導入した微生物を用いてヒドロキシプロリル-グリシンを得ることを特徴とするヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法である。L-アミノ酸リガーゼとしては、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の野生型又は変異型のTabSであってよい。また、微生物としては、ペプチダーゼ欠損株であってよい。また、微生物を高浸透圧条件下において用いるようにしてよい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
L-アミノ酸リガーゼを導入した微生物を用いてヒドロキシプロリル-グリシンを得ることを特徴とするヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項2】
前記L-アミノ酸リガーゼは、ヒドロキシプロリン及びグリシンを基質として利用するものである、請求項1記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項3】
前記L-アミノ酸リガーゼは、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の野生型又は変異型のTabSである、請求項1記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項4】
前記L-アミノ酸リガーゼは、野生型TabSのアミノ酸配列のうち1又は2以上のアミノ酸残基が、ヒドロキシプロリル-グリシン合成能を損なわない範囲で置換された変異型TabSである、請求項3記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項5】
前記製造方法は、菌体反応法又は発酵法によるものである、請求項1~4のいずれか1項に記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項6】
前記製造方法は、前記微生物に少なくともヒドロキシプロリン及びグリシンを作用させてヒドロキシプロリル-グリシンを得るものである、請求項1~5のいずれか1項に記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項7】
前記微生物がペプチダーゼ欠損株である、請求項1~6のいずれか1項に記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項8】
前記ペプチダーゼ欠損株は、大腸菌PepD欠損株である、請求項7に記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項9】
前記微生物を高浸透圧条件下において用いる、請求項1~8のいずれか1項に記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項10】
前記高浸透圧条件は、KCl及び/又はNaClの添加によるものである、請求項9記載のヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれかの製造方法に用いられる微生物であって、外来L-アミノ酸リガーゼを導入した形質転換体。
【請求項12】
前記微生物は、大腸菌である、請求項11記載の形質転換体。
【請求項13】
前記大腸菌は、PepD欠損株である、請求項12記載の形質転換体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
動物の主要構成タンパク質であるコラーゲンは、生体内において細胞と細胞の隙間を埋めている「細胞外マトリックス」成分として、水に不溶の繊維状や膜状の構造体を形成している。コラーゲンやコラーゲンを熱変性して水溶性にしたゼラチンは、古くから接着剤(いわゆる膠)として利用されているほか、写真乳剤、製紙、染色、食品、化粧品、医薬品等の幅広い分野で利用されている。また、コラーゲンの加水分解物であるコラーゲンペプチドは、高分子のコラーゲンに比べて水への溶解度が高く低粘度であり、生体内への吸収性が高く、様々な生理効果が期待できることから、機能性素材として飲食品や化粧品分野で盛んに利用されるようになっている。
【0003】
コラーゲンのアミノ酸配列は、アミノ酸配列中でグリシン(Gly)が3残基ごとに繰り返すGly-Xaa-Yaaの構造を有しており、XaaとYaaとしては、それぞれプロリン(Prо)とヒドロキシプロリン(Hyp)が多いということが知られている(非特許文献1参照)。
【0004】
コラーゲン素材を摂取したとき血中で検出される低分子として、ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)やプロリル-ヒドロキシプロリン(Pro-Hyp)などのジペプチドが報告されている(非特許文献2、3)。これらのジペプチドについては、コラーゲンゲル上で線維芽細胞の増殖を促進することが示されており(非特許文献2)、コラーゲンの合成を促進し、真皮を再生することにより創傷の治癒や健康な皮膚の維持に寄与するものと考えられている。また、高リン食誘導性硬組織障害モデルマウスに投与することで、骨密度の改善効果が得られたという報告もある(非特許文献4)。
【0005】
一方、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来のL-アミノ酸リガーゼであるTabSは、無保護のアミノ酸同士を基質(プロリンとグリシン)にして、選択的にプロリル-グリシン(Pro-Gly)を合成する酵素であることが報告されている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】奥山健二、川口辰也、「コラーゲンの分子構造・高次構造」高分子論文集、2000 Apr Vol.67, No.4, Pages 229-47.
【非特許文献2】Iwai K., Hasegawa T., Taguchi Y., Morimatsu F., Sato K., Nakamura Y., Higashi A., Kido Y., Nakabo Y. and Ohtsuki K.,「Identification of food-derived collagen peptides in human blood after oral ingestion of gelatin hydrolysates」J Agric Food Chem. 2005 Aug 10; 53(16): Pages 6531-6.
【非特許文献3】Shigemura Y., Akaba S., Kawashima E., Park E.Y., Nakamura Y. and Sato K.,「Identification of a novel food-derived collagen peptide, hydroxyprolyl-glycine, in human peripheral blood by pre-column derivatisation with phenyl isothiocyanate」Food Chemistry 2011 Dec 1; 129(3): Pages 1019-24.
【非特許文献4】関 勇哉「コラーゲンジペプチド(Pro-Hyp、Hyp-Gly)によるマウス骨代謝に対する効果」明海大学大学院歯学研究科博士学位論文甲第298号、2014年3月22日学位授与
【非特許文献5】Kino H., Nakajima S., Arai T., and Kino K.,「Effective production of Pro-Gly by mutagenesis of L-amino acid ligase」J Biosci Bioeng. 2016 Aug; 122(2): Pages 155-9.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
コラーゲン由来のジペプチドを安価に大量生産できれば、機能性食品や医薬品としての応用が可能となる。
【0008】
本発明の目的は、ヒドロキシプロリル-グリシンを効率的に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らが鋭意研究したところ、L-アミノ酸リガーゼを外来的に導入した微生物を用いることで、原料コストのかかるATPを添加せずにヒドロキシプロリル-グリシンが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、その第1の観点では、L-アミノ酸リガーゼを導入した微生物を用いてヒドロキシプロリル-グリシンを得ることを特徴とするヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法を提供するものである。
【0011】
上記第1の観点に係る本発明の製造方法によれば、L-アミノ酸リガーゼを導入した微生物を用いるので、その微生物のATP供給系により生じるATPを利用してジペプチド合成反応を完遂させることができる。これにより原料コストのかかるATPの外部添加を必要とせず、コラーゲンを構成するジペプチドであるヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)を高効率かつ低コストに製造することができる。
【0012】
本発明により提供されるヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法において、前記L-アミノ酸リガーゼは、ヒドロキシプロリン及びグリシンを基質として利用するものであってよい。
【0013】
また、前記L-アミノ酸リガーゼは、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の野生型又は変異型のTabSであってよい。
【0014】
また、前記L-アミノ酸リガーゼは、野生型TabSのアミノ酸配列のうち1又は2以上のアミノ酸残基が、ヒドロキシプロリル-グリシン合成能を損なわない範囲で置換された変異型TabSであってよい。
【0015】
また、本発明により提供されるヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法は、菌体反応法又は発酵法によるものであってよい。
【0016】
また、本発明により提供されるヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法は、前記微生物に少なくともヒドロキシプロリン及びグリシンを作用させてヒドロキシプロリル-グリシンを得るものであってよい。
【0017】
また、前記微生物がペプチダーゼ欠損株であってよい。この場合、前記ペプチダーゼ欠損株は、大腸菌PepD欠損株であってよい。
【0018】
また、前記微生物を高浸透圧条件下において用いるようにしてよい。この場合、前記高浸透圧条件は、KCl及び/又はNaClの添加によるものであってよい。
【0019】
一方、本発明の第2の観点によれば、本発明は、上記の製造方法に用いられる微生物であって、外来L-アミノ酸リガーゼを導入した形質転換体を提供するものである。
【0020】
上記第2の観点に係る本発明の形質転換体によれば、ヒドロキシプロリル-グリシンの製造に好適に用いられる。
【0021】
本発明により提供される形質転換体において、前記微生物は、大腸菌であってよい。この場合、前記大腸菌は、PepD欠損株であってよい。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】試験例1において、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の野生型又は変異型のTabSを含有する精製酵素溶液を用いて酵素反応を行い、反応後の反応液中のヒドロキシプロリル-グリシン濃度を調べた結果を示す図表である。
【
図2】試験例4において、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の変異型TabS(S85T/H294D)を導入した大腸菌を用いて菌体反応を行い、反応後の反応液をHPLC分析にかけた結果を示すクロマトグラムである。
【
図3】試験例5において、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の変異型TabS(S85T/H294D)を導入した大腸菌を用いた菌体反応を行う際の、反応液中のKCl濃度の影響を調べた結果を示す図表である。
【
図4】試験例6において、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の変異型TabS(S85T/H294D)を導入した大腸菌を用いた菌体反応を行う際の、ヒドロキシプロリン(Hyp)とプロリン(Pro)の分解性、及びジペプチド合成への利用率を調べた結果を示す図表である。
【
図5】試験例7において、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の変異型TabS(S85T/H294D)を導入した大腸菌を用いた菌体反応を行う際、反応液中のグリシン(Gly)の添加濃度を2倍(25mM)にした条件で反応を行った結果を示す図表である。
【
図6】試験例8において、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の変異型TabS(S85T/H294D)を導入した大腸菌を用いた菌体反応を行う際、反応液中のグリシン(Gly)の添加濃度を2倍(25mM)又は4倍(50mM)にし、菌体濃度を2倍(20mg/mL)にした条件で反応を行った結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、L-アミノ酸リガーゼを導入した微生物を用いてヒドロキシプロリル-グリシンを得る、ヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法を提供するものである。以下、ヒドロキシプロリル-グリシンのことを「Hyp-Gly」ないし「OG」と表記する場合がある。なお、本明細書において、ヒドロキシプロリンは「trans-4-L-ヒドロキシプロリン」であってよい。
【0024】
本発明に用いるL-アミノ酸リガーゼとしては、ヒドロキシプロリル-グリシン合成能を有する酵素であればよく、特に限定されないが、例えば、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来のL-アミノ酸リガーゼであるTabSなどを好ましく例示することができる。この場合、野生型のTabSのアミノ酸配列のうち1又は2以上のアミノ酸残基が、ヒドロキシプロリル-グリシン合成能を損なわない範囲で置換された変異型TabSであってもよい。
【0025】
なお、本明細書においては、アミノ酸やアミノ酸配列は、当業者に周知慣用のアミノ酸の3文字又は1文字による表記法で記述される場合がある。また、アミノ酸は、L体、D体、それらの混合やラセミ体であってよく、特にことわりのない限りL体であってよい。また、変異型タンパク質を表す場合、当業者に周知慣用の表記法である野生型タンパク質の変異が導入されるアミノ酸の1文字表記、変異位置を表す数字、及び、変異されたアミノ酸の1文字表記、例えば「S85T」などによって記述される場合がある。
【0026】
上記シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)に由来するL-アミノ酸リガーゼであって、本発明に使用し得るL-アミノ酸リガーゼとしては、限定されないが、例えば以下に示すものが挙げられる。
(i)シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の野生型TabSのアミノ酸配列(Accession No.AB548153に掲載のアミノ酸配列:配列番号1)を含むタンパク質
(ii)配列番号1のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、もっとも好ましくは95%以上の相同性を有し、かつ、ヒドロキシプロリル-グリシン合成能を有するタンパク質
(iii)配列番号1のアミノ酸配列の1又は複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、ヒドロキシプロリル-グリシン合成能を有するタンパク質
【0027】
また別の態様において、本発明に使用し得る、上記シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)に由来するL-アミノ酸リガーゼとしては、例えば、
配列番号1のN末端から85番目のセリン(S)残基に相当するアミノ酸残基に対する、スレオニン(T)による置換、及び/又は
配列番号1のN末端から294番目のヒスチジン(H)残基に相当するアミノ酸残基に対する、アスパラギン酸(D)による置換、を含むタンパク質が挙げられる。
【0028】
ヒドロキシプロリル-グリシン合成能を有するタンパク質であるかどうかの評価は、下記の反応式で表される通常のL-アミノ酸リガーゼ(Lal)活性における評価と同様にして行うことができる。
【0029】
【0030】
すなわち、基質としてヒドロキシプロリン(Hyp)とグリシン(Gly)を縮合させ、α位カルボキシ基でペプチド結合させる活性、なかでもヒドロキシプロリン(Hyp)とグリシン(Gly)をN末端側からその順で結合させてジペプチド(Hyp-Gly)を得る活性を評価することができる。具体的には、限定されないが、例えば、被験タンパク質と、基質であるアミノ酸と、ATPとを含む、例えばpH5~11の緩衝液中で、例えば20~50℃の所定の温度で、例えば2~150時間の所定の時間インキュベーションし、インキュベーションによって産生するジペプチドの量若しくは濃度の増加、基質であるアミノ酸の量若しくは濃度の減少、ATPの量若しくは濃度の減少、ADPの量若しくは濃度の増加、又は無機リン酸の量若しくは濃度の増加の中の少なくとも1つを指標として、例えば、高速液体クロマトグラフィー等を用いて測定することができる。
【0031】
本発明に用いる微生物としては、原核生物及び真核生物のいずれであってもよく、特に限定されないが、例えば、大腸菌、放線菌、酵母、コリネバクテリウム属細菌、バチルス属細菌、シュードモナス属細菌などの微生物が挙げられ、なかでも大腸菌(E.coli)が最も好ましく例示される。
【0032】
本発明の限定されない任意の態様においては、上記微生物はペプチダーゼ欠損株であってよい。これによれば、後述の実施例で示されるように、目的ジペプチドであるヒドロキシプロリル-グリシンの分解が抑制され、これにより合成効率が向上する。
【0033】
任意の微生物におけるペプチダーゼ欠損株の造成は、当業者に周知慣用の手段によればよい。例えば、特許第4593476号公報などに記載の方法により、任意の大腸菌(E.coli)についてそのペプチダーゼ欠損株を造成することができる。欠損させるペプチダーゼとしては、PepD、PepN、PepA、PepBなどが挙げられ、なかでもPepDが最も好ましく例示される。
【0034】
本発明においては、上記したL-アミノ酸リガーゼを、上記した微生物に導入したうえで用いる。
【0035】
微生物へのL-アミノ酸リガーゼの導入は、その微生物の菌体内でL-アミノ酸リガーゼの酵素が働くようにすることができればよく、特に限定されないが、例えば、外来遺伝子を発現させるためのDNAベクターを用いて、これにL-アミノ酸リガーゼのアミノ酸配列をコードするDNAを組み込んだうえ、微生物の菌体内に導入して、そのベクター上のDNA配列情報に基づき、目的とするL-アミノ酸リガーゼを発現するようにすることなどが挙げられる。以下に、より詳細に説明する。ただし、微生物へのL-アミノ酸リガーゼの導入の形態は、以下に説明する特定の方法に限られるものではない。
【0036】
当業者に周知慣用の遺伝子クローニング手段により、所望のL-アミノ酸-リガーゼをコードする組換えDNAを取得することができる。例えば、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)からは、L-アミノ酸-リガーゼであるTabSをコードするDNA配列を含む組換えDNAを得ることができる。TabSや異種生物間ホモログを産生する生物体としては、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)以外にも、Gibbsiella quercinecans、Microbispora sp.、Micromonospora sp.、Streptomyces sp.、Xenorhabdusの他、植物や動物でも報告されているが、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)が最も好ましい。
【0037】
取得した組換えDNAには、必要に応じて、そのDNAがコードしているアミノ酸配列の任意のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されてなる変異を導入するためのヌクレオチド変異を導入することができる。具体的には、当業者には周知の様々な変異導入法を用いて、例えば、取得した組換えDNAを鋳型にしたPCR増幅や各種DNAポリメラーゼによる複製反応に基づき、任意箇所に変異を導入することができる。部位特異的変異導入法は、例えば、PCR法やアニーリング法等(村松ら編、「改訂第4版 新遺伝子工学ハンドブック」、羊土社、p.82-88)の任意の手法により行うことができる。必要に応じてQuickChange II Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社、米国)や、QuickChange Multi Site-Directed Mutagenesis Kit(アジレント テクノロジー社、米国)等の各種の市販の部位特異的変異導入用キットを使用することもできる。
【0038】
取得した組換えDNAを用いて、外来遺伝子を発現させるためのDNAベクターに組み込んだうえ、そのベクターが菌体内に導入されてなる宿主株、すなわち形質転換体を造成することができる。ベクターへのDNAの挿入は、常法により、例えば、制限酵素サイトを用いたリガーゼ反応により行うことができる(Current Protocols in Molecular Biology Edited by Ausubel et al.(1987)Publish. John Wiley & Sons.Section 11.4-11.11)。
【0039】
上記したDNAベクターとしては、例えば、宿主株として大腸菌(E.coli)を用いる場合、pColdI(タカラバイオ社製)、pCDF-1b、pRSF-1b(いずれもノバジェン社製)、pMAL-c2x(ニューイングランドバイオラブス社製)、pGEX-4T-1(ジーイーヘルスケアバイオサイエンス社製)、pTrcHis(インビトロジェン社製)、pSE280(インビトロジェン社製)、pGEMEX-1(プロメガ社製)、pQE-30(キアゲン社製)、pET-3(ノバジェン社製)、pBluescriptII SK(+)、pBluescript II KS(-)(ストラタジーン社製)等を挙げることができる。
【0040】
上記したベクターについて、外来遺伝子を発現させるためのプロモーターとしては、大腸菌(E.coli)等の宿主で機能するものであればいかなるものでもよいが、例えば、trpプロモーター(Ptrp)、lacプロモーター(Plac)、PLプロモーター、PRプロモーター、PSEプロモーター等の、E.coliやファージ等に由来するプロモーターを用いることができる。また宿主としてバチルス属に属する微生物を用いる場合、バチルス サチルスで機能するSPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーター等を用いることができる。またPtrpを2つ直列させたプロモーター、tacプロモーター、lacT7プロモーター、let Iプロモーターのように人為的に設計改変されたプロモーター等も用いることができる。
【0041】
上記した組換えDNAを挿入したベクターの宿主への導入は、限定されないが、例えば、リン酸カルシウムトランスフェクション、DEAE-デキストラン媒介トランスフェクション、ポリブレン媒介トランスフェクション、プロトプラスト融合、リポソーム媒介トランスフェクション(リポフェクション)、接合、天然の形質転換、エレクトロポレーション及び当業者に公知のその他の方法を含む様々な方法によって行うことができる。また、商業的に利用可能なDNAベクター導入試薬を入手し、これを利用してもよい[参考文献:Current Protocols in Molecular Biology. 3 Vols. Edited by Ausubel F.M.et al., John Wiley & Son,Inc., Current Protocols.]。
【0042】
本発明において、ヒドロキシプロリル-グリシンの製造は、例えば、上記のようにして造成し得る、L-アミノ酸リガーゼが導入された微生物を用いて、その反応系には、基質としてヒドロキシプロリン(Hyp)やグリシン(Gly)に、更に、必要に応じて糖質、塩化カリウム、硫酸マグネシウム等を存在せしめて、該微生物が生物活動のために備わるATP供給系を利用することにより、所望とするイミダゾールジペプチドを製造するものである。これにより、ATPの添加を含まない、又は、モル数換算で製造されるイミダゾールジペプチド量よりも少ないATP量の添加によって、所望とするヒドロキシプロリル-グリシンを製造することができる。
【0043】
ATP供給系における基質の例としては、使用する微生物が利用してATPを産生できればよく、特に限定されない。具体的には、炭水化物、脂質等が挙げられる。炭水化物の例としては、糖質(糖類・単糖・二糖)、三糖(オリゴ糖)及び糖アルコール(グリセロールなど)などが挙げられる。好ましくは、グルコース及びグリセロールを挙げることができる。また、脂質の例としては、パルミチン酸、ステアリン酸などの脂肪酸が挙げられる。
【0044】
なお、このように目的とする製造物が微生物を用いて製造されるとき、限定されないが当業者には菌体反応法又は発酵法などと理解することができる。すなわち、「菌体反応法」とは、微生物を利用して目的とする製造物を製造するための方法であって、増殖が休止又は静止した状態にある微生物の内部の酵素活性を利用する方法である。よって、増殖又は生育のための培地成分の添加は不要である。また、「発酵法」とは、増殖又は生育状態にある微生物を使用して、目的とする製造物を製造する方法である。この場合、微生物の増殖又は生育のための培地成分の添加が必要である。以下に、より詳細に説明する。ただし、微生物と基質との反応の形態は、以下に説明する特定の方法に限られるものではない。
【0045】
ヒドロキシプロリル-グリシンを製造するには、例えば、上記したL-アミノ酸リガーゼが導入された微生物を用いて、ATP供給系のための基質としての例えば糖質の共存下、該酵素のアミノ酸基質であるヒドロキシプロリン(Hyp)及びグリシン(Gly)を、緩衝液中で、若しくは、緩衝液を用いずに適宜pHを調整しながら菌体反応を行う、又は、微生物の増殖又は生育のための培地中で培養する。この反応後の、緩衝液や緩衝剤を含まない反応液、又は、培養後の培養液には、上記したL-アミノ酸リガーゼにより合成されたヒドロキシプロリル-グリシンが含まれる。よって、所望する場合には、これらから当業者に周知慣用の単離あるいは回収の手段による処理を経て、純度や濃度の高められたヒドロキシプロリル-グリシンを得ることが可能である。単離あるいは回収の手段としては、例えば、活性炭、イオン交換樹脂、分取HPLC、逆浸透膜、限外ろ過膜等を用いる方法、有機溶媒による抽出、結晶化、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、合成吸着樹脂などが挙げられる。
【0046】
上記菌体反応を行うための緩衝液としては、例えば、当業者に周知慣用の緩衝液である、例えば、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液などを使用することができる。また、反応液又は培養培地のpHを調整しない、あるいは適宜にpH調整剤を添加して調整することにより、緩衝液を使用することなく、ヒドロキシプロリル-グリシンを得ることも可能である。
【0047】
一方、上記微生物の培養を行うための培養培地に含まれる成分として、炭素源としては、一般に微生物が資化し得るものであればよく、例えば、グルコース、フラクトース、スクロース、これらを有する糖蜜、デンプンあるいはデンプン加水分解物等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類などが挙げられる。
【0048】
また、上記培養培地に含まれる成分として、窒素源としては、一般に微生物が資化し得るものであればよく、例えば、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸もしくは有機酸のアンモニウム塩、その他の含窒素化合物、並びに、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、大豆粕及び大豆粕加水分解物、各種発酵菌体、及びその消化物などが挙られる。
【0049】
また、上記培養培地に含まれる成分として、無機塩としては、例えば、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等を用いることができる。この他にペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カザミノ酸、ビオチン等の各種ビタミンなどが挙げられる。
【0050】
また、培養は、通常、通気撹拌、振とう等の好気条件下で行うことができる。培養温度は、上記したL-アミノ酸リガーゼが導入された微生物が増殖又は生育し得る温度であれば特に制限はなく、また、培養途中のpHについても使用した微生物が増殖又は生育し得るpHであれば特に制限はない。培養中のpH調整は、酸又はアルカリを添加して行うことができる。
【0051】
なお、反応液あるいは培養培地に添加する糖質の例としては、代表的にはグルコースであり、グルコースの添加量としては0.001~3mol/Lの濃度であり、好ましくは0.005~2mol/Lであり、より好ましくは0.01~1mol/Lである。また、pH条件としてはpH5~11であり、好ましくはpH6~10である。また、温度条件としては20~45℃であり、好ましくは25~40℃であり、反応又は培養時間としては2~72時間であり、好ましくは6~36時間である。
【0052】
本発明の限定されない任意の態様においては、高浸透圧条件により、アミノ酸基質としてヒドロキシプロリンやグリシン、特にはヒドロキシプロリンの微生物の菌体内への取り込みを亢進させることができる。このような高浸透圧条件は、使用する微生物を、例えば、KCl、NaCl等の塩により高塩濃度の環境下におくことでなし得る。その濃度範囲としては、50~800mMであり、好ましくは100~700mMであり、より好ましくは300~600mMである。
【0053】
一方、本発明は、他の観点では、上記に説明したヒドロキシプロリル-グリシンの製造方法に用いられる微生物であって、外来L-アミノ酸リガーゼを導入した形質転換体を提供するものである。この場合、その微生物は大腸菌(E.coli)であってよく、該大腸菌(E.coli)はPepD欠損株であってよい。
【0054】
後述する実施例で示されるように、配列番号1のアミノ酸配列を含むタンパク質、ないしは、配列番号1のアミノ酸配列のN末端から85番目のセリン(S)残基に相当するアミノ酸残基に対する、スレオニン(T)による置換、及び/又は、配列番号1のN末端から294番目のヒスチジン(H)残基に相当するアミノ酸残基に対する、アスパラギン酸(D)による置換、を含むタンパク質は、ATPを添加したインビトロ反応系で、ヒドロキシプロリン及びグリシンを基質としてヒドロキシプロリル-グリシンを合成する活性を有する。そのような合成活性を有する酵素を微生物の菌体内に導入した形質転換体によれば、その微生物のATP供給系を利用したヒドロキシプロリル-グリシンの製造を有効に実施することが可能となる。
【実施例0055】
以下に実施例を挙げて本発明について更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0056】
〔1.材料・方法〕
ポリヌクレオチド(DNA、mRNA)の調製、PCR、塩基配列決定、形質転換、HPLC分析等は、当業者に周知慣用の方法を用いて行うことができる。例えば、Sambrook、J.及びRussell、D.W.、Molecular Cloning,A Laboratory Manual 3rd Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2012)等を参照することができる。
【0057】
〔2.TabS発現ベクターの造成〕
大腸菌を宿主にしたタンパク質発現用プラスミドベクターであるpETベクターの所定箇所に、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来の野生型TabSをコードするDNA(Accession No.AB548153に掲載のDNA配列:配列番号2)を組み込んだ。また、これを鋳型として、部位特異的変異導入キット(商品名「Quick Change Site-Directed Mutagenesis」、Strategene、米国)を用いて目的の変異を導入した。
【0058】
【0059】
具体的には、野生型TabSの85番目のセリン(S)をスレオニン(T)に置換した変異型1、294番目のヒスチジン(H)をアスパラギン酸(D)に置換した変異型2、85番目のセリン(S)をスレオニン(T)に置換し、294番目のヒスチジン(H)をアスパラギン酸(D)に置換した変異型3を得た(Journal of Bioscience and Bioengineering Vol.122 No.2,155-159, 2016)。
【0060】
〔3.形質転換体の造成〕
発現ベクターによる大腸菌宿主の形質転換を行った。具体的には、大腸菌BL21(DE3)(PepD野生型、又はPepD欠損株)のコンピテントセルと、野生型又は変異型TabSの発現ベクターとを共に、42℃で熱処理した。その後、培養液のうちの200μLをカナマイシン100μg/mL含有LB寒天培地に塗布し、終夜培養した。その後、寒天培地に生えたコロニー(形質転換体)をカナマイシン30μg/mL含有LB培地3mLに植菌し、37℃で5時間培養した。
【0061】
〔4.大腸菌形質転換体からのTabSの発現誘導及び精製〕
上記3.で得られた形質転換体の培養液2mLをカナマイシン100μg/mL含有LB培地200mLに植菌し、OD600の値が0.8に到達した時点でIPTG(イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド:終濃度100μM)を添加して、発現ベクターからの発現誘導を行った。
【0062】
IPTGの添加から18時間後、培養液を遠心分離(5,000×g、10分、4oC)して集菌して、沈殿を生理食塩水にて洗菌し、BugBuster HT Protein Extarction Reagent(Novagen社製)を用いて菌体破砕を行って、菌体破砕液を得た。その後、該菌体破砕液を遠心分離(7,000×g、30分、4℃)し、無細胞抽出液を得た。
【0063】
得られた無細胞抽出液から精製酵素溶液を調製した。具体的には、GEヘルスケア社製のNiアフィニティーカラムであるHisGraviTrap及びPD-10カラムで精製し、精製酵素溶液を得た。なお精製時、Binging buffer(Tris 50mM、NaCl 500mM、Imidazole 10mM in MilliQ at pH8.0)及びElution buffer(Tris 50mM、NaCl 500mM、Imidazole 500mM in MilliQ at pH8.0)を用いた。
【0064】
〔5.HPLC分析〕
ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)等の定量は、常法に従い、HPLC分析により行った。以下にはその分析条件を示す。なお、HPLC分析の際には、供試試料をNα-(5-Fluoro-2,4-dinitrophenyl)-L-alaninamide(FDAA)と反応させて、アミノ酸又はペプチドのN末端側を誘導体化させ、その吸収波長を用いて検出した。
【0065】
<分析条件>
・使用機器:HITACHI L-7000 シリーズ(株式会社日立製作所、東京)
・使用カラム:WH-C18A(4×150mm)(株式会社日立ハイテクノロジーズ、東京)
・サンプル注入量:10μL
・流速:0.5mL/分
・カラム温度:40℃
・UV検出波長:340nm
【0066】
【0067】
【0068】
[試験例1]
シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来のL-アミノ酸リガーゼであるTabSやその部位特異的変異導入体にヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)を合成する活性があるかどうかを調べた。
【0069】
そのため、上記4.で得られた精製酵素溶液を用いて、表4に示す反応液を調製して、温度37℃、pH7.0~10.0の条件で20時間反応を行った。その後、反応液10μLに対して、Nα-(5-Fluoro-2,4-dinitrophenyl)-L-alaninamide(FDAA)を0.5%(w/v)含有するアセトン溶液を50μL加えて(pH10)、40℃、1時間反応させ、アミノ酸又はペプチドのN末端側を誘導体化した。上記5.によるHPLC分析の結果を、反応液中に含まれるヒドロキシプロリル-グリシンの濃度(mM)として算出した。
【0070】
【0071】
その結果、
図1に示されるように、S85T変異又はH294D変異を導入した変異型TabSでは、野生型と比較してOG合成量がおよそ2倍程度に高められた。更に、S85T/H294Dの二重変異を導入した変異型TabSでは、野生型と比較して約4.5倍と高い収率でOGの合成に成功した。このとき反応液中に9.28mMのOGが確認され、対基質モル変換収率としては74.8%(mol/mol)であった。
【0072】
[試験例2]
試験例1によれば、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来のL-アミノ酸リガーゼであるTabSやその部位特異的変異導入体には、ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)を合成する活性があることが明らかとなった。そこで、当該酵素をコードするDNAを発現ベクターに組み込んで、これを宿主大腸菌に導入してなる形質転換体により、ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の合成が可能ではないかと考えられた。
【0073】
その目的のため、まず、宿主大腸菌のペプチダーゼ活性の影響について調べた。具体的には、大腸菌BL21(DE3)株、又は、分解に関与するペプチダーゼと予想されるPepDの遺伝子を欠損している大腸菌PepD欠損株(BL21(DE3)ΔpepD株)を用いて、その大腸菌を100mMのHEPES-NaOH緩衝液(pH8)に10mg/mLの濃度で懸濁させ、これにヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の標品(Bachem AG社製)を5mMとなるよう添加して、30℃、20時間反応させた(反応液量300μL/1.5mLマイクロチューブ)。反応後、上清を回収して、試験例1と同様にしてFDAAによる誘導体化の処理を行ったうえ、上記5.によるHPLC分析を行った。結果は、反応液に添加したヒドロキシプロリル-グリシンの標品の量に対する残存率として算出した。
【0074】
【0075】
その結果、表5に示されるように、OG分解に関与するペプチダーゼと予想されたPepDを保持した大腸菌BL21(DE3)株では、添加したOGがすべて分解されて、検出できなかった。これに対して、大腸菌PepD欠損株(BL21(DE3)ΔpepD株)によれば、OG残存率は91.6%となり、その分解が大幅に抑制された。
【0076】
以上から、大腸菌におけるOGの主要な分解酵素はPepDであると考えられた。
【0077】
[試験例3]
試験例1によれば、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来のL-アミノ酸リガーゼであるTabSやその部位特異的変異導入体には、ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)を合成する活性があることが明らかとなった。また、試験例2によれば、宿主大腸菌のPepD欠損株により、菌体反応系において合成されるヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の分解が抑えられると考えられた。
【0078】
そこで、大腸菌PepD欠損株(BL21(DE3)ΔpepD株)を宿主とし、S85T/H294Dの二重変異を導入した変異型TabSを発現するpETベクターを、上記3.の方法で導入して形質転換体を造成し、得られた形質転換体を用いて菌体反応によるヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の合成を試みた。
【0079】
具体的には、表6に示す組成で反応液を調製し、30℃、22時間、インキュベートしながら反応させた(反応液量1000μL/3mL容試験管)。その際、L-プロリンを基質としたPro-Gly合成についても比較検討のため同様に実施した。反応後、上清を回収して、試験例1と同様にしてFDAAによる誘導体化を行ったうえ、上記5.によるHPLC分析を行った。
【0080】
【0081】
その結果、使用した基質(ヒドロキシプロリン又はプロリン)のそれぞれに対応するジペプチド、ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)及びプロリル-グリシン(Pro-Gly)が確認された。ただし、合成量としては、Pro-Glyでは十分に確認されたものの、目的とするOGについては微量にとどまるものであった。
【0082】
[試験例4]
試験例3によれば、菌体反応系において、宿主大腸菌による分解を抑制しただけではヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の合成量に乏しいことが明らかになった。一方、Pro-Gly合成は確認されたことから、合成量の乏しさはHyp-Glyに特異的な現象であり、例えば、膜酵素を介した基質ヒドロキシプロリン(Hyp)の取り込みや生成したヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の排出に課題があると考えられた。
【0083】
そこで、高浸透圧条件による大腸菌の膜構造の脆弱化により、菌体反応系によるヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の合成効率を向上させることができるかどうかを検討した。具体的には、表7に示すとおり、反応液中に300mMの濃度でKClやNaClを添加した条件で反応を実施した。
【0084】
【0085】
図2には、1.0mM標品溶液、KClあるいはNaClを添加した反応液、塩無添加の反応液の計4種類のクロマトグラムを示す。
【0086】
図2に示されるように、300mMの濃度のKClあるいはNaClの塩添加系において、菌体内へのヒドロキシプロリン(Hyp)の取り込みの指標であるHyp消費量が増加し(Hypのピーク高の低下)、塩無添加に比較してOGの合成により効率的に活用されたことがわかる。
【0087】
[試験例5]
試験例4によれば、菌体反応系への300mM濃度の塩添加が、ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の合成量を増加させるのに有効であった。そこで、表8に示す反応液組成により、菌体反応系におけるKClの濃度の影響を検討した。
【0088】
【0089】
その結果、
図3に示されるように、KClの添加濃度が400mMのときOG合成量が極大を示し、ヒドロキシプロリン(Hyp)に対する対基質モル変換収率が30.3%(mol/mol)であった。
【0090】
[試験例6]
大腸菌にはプロリン(Pro)の分解を触媒するプロリンデヒドロゲナーゼ(PutA)が存在しているが、大腸菌由来PutAの精製酵素を用いた反応では、ヒドロキシプロリン(Hyp)はプロリン(Pro)と比較して分解を受けにくいことが報告されている(Richard S., et al., 1987:The Journal of Biological Chemistry, 253 (17), 5997-6001)。そこで、菌体反応系における基質としてはどうか、それぞれを比較した。具体的には、表9に示す反応液組成で、菌体反応系によるヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)及びプロリル-グリシン(Pro-Gly)の合成を行い、ヒドロキシプロリン(Hyp)とプロリン(Pro)の分解性、及びジペプチド合成への利用率を検証した。
【0091】
【0092】
図4には、反応液に添加したヒドロキシプロリン(Hyp)とプロリン(Pro)とが、それぞれヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)やプロリル-グリシン(Pro-Gly)に変換される割合、並びに合成に用いられず菌体外に残存した割合を示した。
【0093】
その結果、
図4に示されるように、ヒドロキシプロリン(Hyp)を基質とする反応系では、OGに変換した量と菌体外に残存した量との合計量が、基質として添加した量に対して大きな差がみられなかった。一方、プロリン(Pro)を基質とする反応系では、菌体外にほとんど残存しておらず、図中「Others」で示される分解ロスが顕著であった。
【0094】
以上から、大腸菌由来PutAの精製酵素を用いた反応と同様に、菌体反応系においてもヒドロキシプロリン(Hyp)がプロリン(Pro)に比べてPutAによる分解を受けにくく、OGへの効率的な変換が可能であることが明らかとなった。
【0095】
[試験例7]
試験例6によれば、宿主大腸菌におけるヒドロキシプロリン(Hyp)に対する分解性の低さはヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の合成に有利であることが示された。一方、もう1つの基質であるグリシン(Gly)は、大腸菌に存在するグリシン開裂系(Glycine Cleavage system)によって分解されることが報告されている。したがって、菌体反応系におけるHyp-Gly合成においては、グリシン(Gly)供給が律速であり、その律速性を緩和することによって合成効率が向上する可能性があると考えられた。
【0096】
そこで、グリシン(Gly)供給の律速性の確認とともに、その律速性の緩和を試みた。具体的には、表10に示すとおり、反応液中のグリシン(Gly)の添加濃度を2倍(25mM)にした条件で反応を行った。
【0097】
【0098】
図5には、反応液に添加した12.5mM、25mMのグリシン(Gly)がそれぞれOGに変換される割合と、OG合成に用いられず菌体外に残存した割合を示す。
【0099】
図5に示されるように、反応液に添加したグリシン(Gly)がそれぞれOGに変換される割合は、グリシン(Gly)の添加濃度に関係なく同等であったが、菌体外の残存率には顕著な差がみられた。すなわち、グリシン(Gly)の添加濃度を25mMとした条件では、12.5mMの条件に比べ菌体外の残存率が顕著に増加し、図中「Others」で示される分解ロスが大幅に低下した。このことから、当該濃度条件下では、菌体反応系におけるグリシン(Gly)供給の律速性が緩和されており、それは大腸菌によるグリシン(Gly)分解が抑制あるいは阻害されることによるものであることが示唆された。
【0100】
[試験例8]
試験例7によれば、基質となるグリシン(Gly)の添加濃度を高めることで、ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の合成効率の向上が期待できるものと考えられた。また、触媒となる菌体量増加によっても合成効率の向上が期待できるものと考えられた。
【0101】
そこで、ヒドロキシプロリル-グリシン(Hyp-Gly)の合成効率の更なる向上を目指して、グリシン(Gly)の添加濃度を2倍(25mM)又は4倍(50mM)とし、菌体濃度を2倍(20mg/mL)とした条件において反応を行った。
【0102】
【0103】
その結果、
図6に示されるように、グリシン(Gly)の添加濃度を12.5mMから25mMに増加させ、菌体濃度を10mg/mLから20mg/mLに増加させた条件では、OG合成量の大幅な増加がみられた。また、グリシン(Gly)の添加濃度を50mMに増加した条件では、OG合成量の更なる増加がみられ、基質であるヒドロキシプロリン(Hyp)に対する対基質モル変換収率としては77.9%(mol/mol)を達成することができた。