(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023058757
(43)【公開日】2023-04-26
(54)【発明の名称】抗がん剤効果を増強するがん治療補助剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/136 20060101AFI20230419BHJP
A61K 33/243 20190101ALI20230419BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230419BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20230419BHJP
A61P 11/10 20060101ALI20230419BHJP
A61K 31/675 20060101ALI20230419BHJP
A61K 31/4745 20060101ALI20230419BHJP
A61K 45/06 20060101ALI20230419BHJP
【FI】
A61K31/136
A61K33/243
A61P43/00 121
A61P35/00
A61P11/10
A61K31/675
A61K31/4745
A61K45/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020042090
(22)【出願日】2020-03-11
(71)【出願人】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】末松 誠
(72)【発明者】
【氏名】菱木 貴子
(72)【発明者】
【氏名】山本 雄広
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA20
4C084MA02
4C084NA05
4C084ZA63
4C084ZB26
4C084ZC75
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC22
4C086DA35
4C086HA12
4C086MA02
4C086MA04
4C086NA05
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4C086ZB26
4C086ZC75
4C206AA01
4C206AA02
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4C206MA02
4C206MA04
4C206NA05
4C206ZA63
4C206ZB26
4C206ZC75
(57)【要約】
【課題】本発明は抗がん剤の抗がん剤効果を増強するがん治療補助剤を提供することを課題とする。
【解決手段】アンブロキソールを、シスプラチンとともに薬剤耐性卵巣がん細胞株にin
vitroで投与したところ、シスプラチン単独投与に比べてがん細胞の細胞死の割合が増加し、アンブロキソールがシスプラチンの抗がん剤効果を増強することが示された。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリスルフィド除去剤を有効成分とする、DNAインターカレーター型抗がん剤と併用される、肺がん以外のがん治療補助剤。
【請求項2】
前記ポリスルフィド除去剤が、去痰剤である、請求項1に記載のがん治療補助剤。
【請求項3】
前記去痰剤が、アンブロキソールである、請求項1又は2に記載のがん治療補助剤。
【請求項4】
前記DNAインターカレーター型抗がん剤が、白金製剤である、請求項1~3のいずれか一項に記載のがん治療補助剤。
【請求項5】
前記白金製剤がシスプラチンである、請求項4に記載のがん治療補助剤。
【請求項6】
前記DNAインターカレーター型抗がん剤が、シクロフォスファミド又はイリノテカンである、請求項1~3のいずれか一項に記載のがん治療補助剤。
【請求項7】
前記がんが、非がん対照組織中のポリスルフィドのレベルと比較して、がん組織中のポリスルフィドのレベルが高いがんである、請求項1~6のいずれか一項に記載のがん治療補助剤。
【請求項8】
前記がんが、抗がん剤耐性がんである、請求項1~7のいずれか一項に記載のがん治療補助剤。
【請求項9】
前記抗がん剤耐性が、白金製剤に対する耐性である、請求項8に記載のがん治療補助剤。
【請求項10】
前記がんが、卵巣がん又は膵臓がんである、請求項1~9のいずれか一項に記載のがん治療補助剤。
【請求項11】
ポリスルフィド除去剤及びDNAインターカレーター型抗がん剤を含む、肺がん以外のがん治療用医薬。
【請求項12】
前記ポリスルフィド除去剤が、去痰剤である、請求項11に記載のがん治療用医薬。
【請求項13】
前記去痰剤が、アンブロキソールである、請求項11又は12に記載のがん治療用医薬。
【請求項14】
前記DNAインターカレーター型抗がん剤が、白金製剤である、請求項11~13のいずれか一項に記載のがん治療用医薬。
【請求項15】
前記白金製剤がシスプラチンである、請求項14に記載のがん治療用医薬。
【請求項16】
前記DNAインターカレーター型抗がん剤が、シクロフォスファミド又はイリノテカンである、請求項11~13のいずれか一項に記載のがん治療用医薬。
【請求項17】
前記がんが、非がん対照組織中のポリスルフィドのレベルと比較して、がん組織中のポリスルフィドのレベルが高いがんである、請求項11~16のいずれか一項に記載のがん治療用医薬。
【請求項18】
前記がんが、抗がん剤耐性がんである、請求項11~17のいずれか一項に記載のがん治療用医薬。
【請求項19】
前記抗がん剤耐性が、白金製剤に対する耐性である、請求項18に記載のがん治療補助剤。
【請求項20】
前記がんが、卵巣がん又は膵臓がんである、請求項11~19のいずれか一項に記載のがん治療用医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学療法薬剤耐性がんなどに対し抗がん剤効果を増強するがん治療補助剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来技術では、強力な抗がん剤耐性能を有するがんに対する治療としては、外科的手術による可能な限りがんを完全切除することや放射線療法を行うことが必須であり、患者への身体的かつ精神的な負担が大きかった。また、そのような患者負担の大きな治療を行った場合でも、がんが再発することが多く、抗がん剤耐性能を有するがんを治療することは困難であった。一方で、抗がん剤による抗がん効果が得られるがんについては、拡大手術を施行せずに、抗がん剤の使用による治療が期待出来る。
【0003】
ここで、肺がんの治療において、高濃度のアンブロキソールを単剤投与することで手術後の肺合併症の発生や抗生物質投与期間に関する成績が向上したことが示されており(非特許文献1)、またタキサン系抗がん剤であるパクリタキセルとアンブロキソールを併用することにより抗がん剤の効果が増強されたことが示されている(非特許文献2)。しかしながら、引用文献1及び2においては、アンブロキソールは、抗がん剤自体に作用して抗がん剤の効果を増強することを目的として使用されておらず、実際にアンブロキソールが抗がん剤自体に作用するかは明らかになっていなかった。一方で、これらの文献においては、アンブロキソールの去痰作用によって、肺がんに起因する身体症状が抑制されたことによって、肺がんの悪化が抑制されたことが示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Cell Biochem Biophys., 2015, 73(2), 281-284
【非特許文献2】Am J Cancer Res., 2017, 7(12), 2406-2421
【非特許文献3】Nature Communications, 2018, 9, Article number:1561
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
すなわち、本発明は抗がん剤の抗がん剤効果を増強し、抗がん剤耐性となった癌へも抗がん剤の効果を増強するがん治療補助剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
これまでに本発明者等は、シスプラチン等の白金製剤に対して薬剤耐性を示す卵巣がん組織においてはポリスルフィドの発現量が増加していることを見出し、シスプラチンがポリスルフィドと直接反応することにより構造変化を起こし、シスプラチンが活性を失うことを見出した(特願2019-162162)。
ここで、アンブロキソールは、ムチンのジスルフィド結合を切断することによって、痰の粘性を抑制する効果を有する去痰剤の1つである。
アンブロキソールを、シスプラチンとともに薬剤耐性卵巣がん細胞株にin vitroで投与したところ、シスプラチン単独投与に比べてがん細胞の細胞死の割合が増加し、アンブロキソールがシスプラチンの抗がん剤効果を増強するという結果が得られた。
以上のような知見に基づき、本発明者らは発明を完成させた。
【0007】
すなわち、この出願は、以下の発明を提供するものである。
[1]ポリスルフィド除去剤を有効成分とする、DNAインターカレーター型抗がん剤と
併用される、肺がん以外のがん治療補助剤。
[2]前記ポリスルフィド除去剤が、去痰剤である、[1]に記載のがん治療補助剤。
[3]前記去痰剤が、アンブロキソールである、[1]又は[2]に記載のがん治療補助剤。
[4]前記DNAインターカレーター型抗がん剤が、白金製剤である、[1]~[3]のいずれかに記載のがん治療補助剤。
[5]前記白金製剤がシスプラチンである、[4]に記載のがん治療補助剤。
[6]前記DNAインターカレーター型抗がん剤が、シクロフォスファミド又はイリノテカンである、[1]~[3]のいずれかに記載のがん治療補助剤。
[7]前記がんが、非がん対照組織中のポリスルフィドのレベルと比較して、がん組織中のポリスルフィドのレベルが高いがんである、[1]~[6]のいずれかに記載のがん治療補助剤。
[8]前記がんが、抗がん剤耐性がんである、[1]~[7]のいずれかに記載のがん治療補助剤。
[9]前記抗がん剤耐性が、白金製剤に対する耐性である、[8]に記載のがん治療補助剤。
[10]前記がんが、卵巣がん又は膵臓がんである、[1]~[9]のいずれかに記載のがん治療補助剤。
[11]ポリスルフィド除去剤及びDNAインターカレーター型抗がん剤を含む、肺がん以外のがん治療用医薬。
[12]前記ポリスルフィド除去剤が、去痰剤である、[11]に記載のがん治療用医薬。
[13]前記去痰剤が、アンブロキソールである、[11]又は[12]に記載のがん治療用医薬。
[14]前記DNAインターカレーター型抗がん剤が、白金製剤である、[11]~[13]のいずれかに記載のがん治療用医薬。
[15]前記白金製剤がシスプラチンである、[14]に記載のがん治療用医薬。
[16]前記DNAインターカレーター型抗がん剤が、シクロフォスファミド又はイリノテカンである、[11]~[13]のいずれかに記載のがん治療用医薬。
[17]前記がんが、非がん対照組織中のポリスルフィドのレベルと比較して、がん組織中のポリスルフィドのレベルが高いがんである、[11]~[16]のいずれかに記載のがん治療用医薬。
[18]前記がんが、抗がん剤耐性がんである、[11]~[17]のいずれかに記載のがん治療用医薬。
[19]前記抗がん剤耐性が、白金製剤に対する耐性である、[18]に記載のがん治療補助剤。
[20]前記がんが、卵巣がん又は膵臓がんである、[11]~[19]のいずれかに記載のがん治療用医薬。
【発明の効果】
【0008】
白金製剤に対して薬剤耐性を示すがんは、卵巣がん以外にも子宮がん、肺がん、胃がん等、多くの癌種で確認されている。アンブロキソールなどのポリスルフィド除去剤と白金製剤などのDNAインターカレーター型抗がん剤との併用投与により、これまで抗がん剤効果が確認出来なかったこれらの薬剤耐性がんについても抗がん剤の効果が期待でき、これまで外科的根治手術のみしか治療の選択肢が無かった薬剤耐性がんについても化学療法との併用治療という選択が可能となり、患者への身体的及び精神的負担の減少へと導くことが出来る。またアンブロキソールは去痰剤としてすでに承認を得ている医薬品であることから、抗がん剤に対する併用薬としての適応拡大に向けての障害が少ないと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】卵巣明細胞がん(Clear Cell Carcinoma;CCC)に由来する組織切片のSERSイメージングによるポリスルフィドを可視化した図を表す。aはCCC組織切片のH-E染色写真図であり、bはCCC組織切片のラマンシフト480cm
-1のSERSイメージングの写真図である。bにおいて、黒のアノテーションはがん細胞クラスター部(以下、単にがん部とも言う)を示し、白のアノテーションはがん間質細胞クラスター部(以下、単にがん間質部とも言う)を示す。この病理学的なアノテーションは病理の専門家によって付けられた。SERSイメージングを行った後にその切片を用いて、H-E染色を行った。図中、バーの長さは1mmである。
【
図2】ポリスルフィドを分解する化合物であるアンブロキソールの、シスプラチン誘発の細胞死に対する効果を表す表面増強ラマン分光スペクトル図である。aは、アンブロキソールそのもののスペクトル図を表すが、ラマンシフト396cm
-1以外の位置に明確なピークはない。b-cは、ポリスルフィド(それぞれNa
2S
3、Na
2S
4)にアンブロキソールを添加した時のスペクトル図である。dは、アンブロキソールの添加濃度が増加するに従い、OVISE細胞(ヒト卵巣明細胞腺癌由来細胞株)の生存率への影響を示す。フィッシャーの最小有意差法(Fischer’s LSD test)を伴う一元配置分散分析(one-way ANOVA)において、P値が0.05未満である場合に、統計学的に有意差があるとした。eは、OVISE細胞のシスプラチン誘発細胞死に対する、25μmol/Lのアンブロキソール(黒い棒グラフ)添加の効果を示す図である。細胞死は、アネキシンV転移アッセイによって評価した。シスプラチン(図中、CDDPで表す)を添加していない細胞で発光強度を標準化した。フィッシャーの最小有意差法(Fischer’s LSD test)を伴う一元配置分散分析(one-way ANOVA)において、P値が0.05未満である場合に、統計学的に有意差があるとした。*:シスプラチン添加かつアンブロキソール未添加である群(白い棒グラフ)と比較して、P値が0.05未満であることを表す。
【
図3】膵臓がん及びコントロールとしての慢性膵炎に由来する組織切片のSERSイメージングによるポリスルフィドを可視化した図を表す。aは慢性膵炎の組織切片のH-E染色写真図であり、cは慢性膵炎の組織切片のラマンシフト480cm
-1のSERSイメージングの写真図である。bは膵臓がん組織切片のH-E染色写真図であり、dは膵臓がん組織切片のラマンシフト480cm
-1のSERSイメージングの写真図である。それぞれSERSイメージングを行った後にその切片を用いて、H-E染色を行った。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、ポリスルフィド除去剤を有効成分とする、DNAインターカレーター型抗がん剤と併用される、肺がん以外のがん治療補助剤(以下、単に補助剤とも言う)である。
【0011】
本発明においてポリスルフィドとは、1又は複数のジスルフィド結合を含むポリマー又はその塩のことであり、R-Sx-Rの化学式で表される化合物である。前記化学式中、特に限定されることはないが、Rは、例えば、H、Na又は任意の置換基で置換されていてもよいアルキル基であり、好ましくはNaである。また、xは2以上の任意の整数であるが、xは2~4の整数であることが好ましい。
本発明において、ポリスルフィドは特に限定されることはないが、RがNaである場合、Na2S2、Na2S3又はNa2S4であることが好ましい。
【0012】
本発明において、ポリスルフィド除去剤は、対象に投与することにより、ポリスルフィドと結合してポリスルフィドを分解して消去する剤のことであり、当該剤を投与した対象に発現しているポリスルフィドの量を減少させるものを指す。
ポリスルフィド除去剤は、ポリスルフィド除去作用を有する限り特に限定されないが、ポリスルフィド除去剤は去痰剤であることが好ましく、去痰剤はアンブロキソールであることが好ましい。
本発明において、ポリスルフィド除去剤は、薬理学的に許容される任意の塩であってもよく、例えば塩酸塩等であってもよい。
【0013】
本発明において、DNAインターカレーター型抗がん剤とは、DNAの二本鎖構造の塩基間に挿入され、DNAの構造変化が起こることによって、DNAのスーパーコイリングを阻害する剤のことである。特に限定されないが、DNAインターカレーター型抗がん剤は、例えば白金製剤やシクロフォスファミド、イリノテカンが挙げられる。白金製剤としては、特に限定されないが、例えばシスプラチン、カルボプラチン又はオキサリプラチンを挙げることができ、好ましくはシスプラチンである。
本発明において、DNAインターカレーター型抗がん剤は、薬理学的に許容される任意の塩であってもよく、又は水和物であってもよい。
【0014】
本発明において、治療対象となるがんは、非がん対照組織中のポリスルフィドのレベルと比較して、ポリスルフィドのレベルが高いがんであることが好ましく、抗がん剤耐性がんであってもよい。抗がん剤耐性がんは、白金製剤に対する耐性を有するがんであることが好ましい。抗がん剤耐性とは、抗がん剤の効果が全く得られない場合のみならず、例えば、抗がん剤の治療効果が弱く治療効果が十分に得られない場合や抗がん剤の効果が一時的にはあってもその後すぐに再発するような場合のことをいう。
本発明において、治療対象となるがんは肺がん以外のがんであればよいが、具体的には例えば、卵巣がん、膵臓がん、乳がん、神経膠芽腫などが挙げられ、好ましくは、卵巣がん又は膵臓がんである。卵巣がんとしては、好ましくは卵巣明細胞がんである。
【0015】
ポリスルフィドのレベルの測定方法は、特に限定されないが、例えば、ラマン分光法や非特許文献2に記載されるような電気化学的測定法によって測定できる。ラマン分光法によって測定することが好ましく、ラマン分光法としては複数の方法があることが当業者に公知であるが、特に限定されることはなく、例えば通常型共鳴ラマン分光法や表面増強ラマン分光法(SERS)を用いる事ができる。
ラマン分光法は、その測定方法の特性上、測定ごとにラマンシフト上の特定のピークが数cm-1シフトするものである。この測定ごとのピークのシフトは、多くの場合±10cm-1以内であるので、ピーク位置から±10cm-1以内のラマンシフトの場合に、同一のシグナルを表すものとする。
ポリスルフィドを表す特定のピークは測定対象によってシフトするものであり、特に限定されることはないが、例えば、がん組織を測定対象として測定した場合は、ラマンシフト480±10cm-1の位置にピークが現れ、溶液を測定対象として測定した場合は、ラマンシフト460±10cm-1の位置にピークが現れる。
【0016】
ポリスルフィドのレベルとは、ラマン分析法を用いた場合は、ポリスルフィドを表す特定のピークの高さを表すが、他の測定方法を用いた場合は、がん組織中のポリスルフィドの量の実測値、対照の測定値等で実測値を補正した補正値、又はインデックス値を表すものであってもよい。
ポリスルフィドのレベルが高いとは、がん組織中のポリスルフィドのレベルが対照組織中のポリスルフィドのレベルよりも高いことを言う。統計学的に有意差があることが好ましいが、必ずしも有意差があることは必要とはしない。
【0017】
対照組織とは、例えば、健常人における対応する部分の正常組織や、対応する組織にがんを有する他のがん患者における対応する部分のがん組織のことである。
【0018】
ポリスルフィド除去剤の、補助剤又は後述のがん治療用医薬(以下、単に医薬とも言う)中の含有量は、併用による抗がん剤の抗がん剤効果を増強できる限り特に限定されないが、例えば、5~50nmol/gでもよく、10~40nmol/gでもよく、15~
35nmol/gでもよく、20~30nmol/gでもよい。また、補助剤又は医薬が液剤の場合は、例えば、5~50μmol/Lでもよく、10~40μmol/Lでもよく、15~35μmol/Lでもよく、20~30μmol/Lでもよい。
ポリスルフィド除去剤としてアンブロキソールを用いる場合は、その補助剤又は医薬中の含有量は5~50nmol/gが好ましく、10~40nmol/gがさらに好ましく、15~35nmol/gがさらに好ましく、20~30nmol/gがより好ましい。また、補助剤又は医薬が液剤の場合は、5~50μmol/Lが好ましく、10~40μmol/Lがさらに好ましく、15~35μmol/Lがさらに好ましく、20~30μmol/Lがより好ましい。
【0019】
DNAインターカレーター型抗がん剤の、補助剤又は医薬中の含有量は特に限定されないが、例えば、1~10nmol/gでもよく、2~5nmol/gでもよい。また、補助剤又は医薬が液剤の場合は、例えば、1~10μmol/Lでもよく、2~5μmol/Lでもよい。
DNAインターカレーター型抗がん剤としてシスプラチンを用いる場合は、その補助剤又は医薬中の含有量は1~10nmol/gであることが好ましく、2~5nmol/gであることがさらに好ましい。また、補助剤又は医薬が液剤の場合は、1~10μmol/Lであることが好ましく、2~5μmol/Lであることがさらに好ましい。
【0020】
ポリスルフィド除去剤の投与量は、併用による抗がん剤の抗がん剤効果を増強できる限り特に限定されず、患者の年齢、性別、体重、症状、がんの種類などにより適宜選択されるが、ポリスルフィド除去剤を単独で対象に投与した時に毒性が生じない又は毒性が少ない量であることが好ましい。
具体的には、例えば、通常の成人であれば、1日あたり、1~100mg/60kg体重とすることが出来る。この投与量のポリスルフィド除去剤を、1回で投与してもよく、複数回に分けて投与してもよい。例えば、アンブロキソール塩酸塩を用いた場合は、1日あたり、1回15mg/60kg体重を1日3回投与してもよい。
【0021】
DNAインターカレーター型抗がん剤の投与量は、抗がん剤として治療対象のがんに対して通常使用される範囲内であれば特に限定されず、患者の年齢、性別、体重、症状、がんの種類などにより適宜選択されるが、ポリスルフィド除去剤の投与量によっては通常使用される投与量の範囲よりも少なくてもよい。
具体的には、例えば、1日あたり、1~500mg/m2(体表面積)とすることが出来る。ここで、ヒトの体表面積は、例えば、当業者に既知のDuBoisの式:体表面積(m2)=71.84×身長(cm)0.725×体重(kg)0.425×10-4によって求めることが出来る。この投与量のDNAインターカレーター型抗がん剤を、1回で投与してもよく、複数回に分けて投与してもよい。
例えば、シスプラチンを用いた場合は、1日1回50~70mg/m2(体表面積)を投与してもよく、また1日1回15~20mg/m2(体表面積)を5日連続で投与してもよい。また、例えば、カルボプラチンを用いた場合は、1日1回300~400mg/m2(体表面積)を投与してもよい。
【0022】
上述の投与量に従い、かつ、ポリスルフィド除去剤とDNAインターカレーター型抗がん剤の併用による抗がん剤効果を増強する限り、これら二剤のモル比は特に限定されない。
【0023】
本発明の補助剤又は医薬は、ポリスルフィド除去剤及び/又はDNAインターカレーター型抗がん剤以外にも、通常製剤化に用いられている賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、安定剤、矯味剤、矯臭剤、pH調整剤、着色剤等の成分を含むことができる。
【0024】
本発明の補助剤又は医薬は、投与方法に応じて、適宜所望の剤形に製剤化することができる。例えば、経口投与の場合は、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤等の固形製剤;溶液剤、シロップ剤、懸濁剤、乳剤等の液剤等に製剤化することができる。また、非経口投与の場合は、注射剤、液剤、懸濁剤等に製剤化することができる。
【0025】
併用とは、同時に対象に投与することでもよく、一方の剤を投与してから一定の時間を空けて他方の剤を対象に投与することでもよい。例えば、一定の時間とは5分間、10分間、15分間、20分間、30分間、1時間、2時間、3時間、4時間、5時間、6時間、7時間、8時間、9時間、10時間、12時間、15時間、18時間、21時間、1日間、2日間、3日間、4日間、5日間、1週間等が挙げられる。
【0026】
投与方法は、本発明の抗がん剤増強効果が得られる限り特に限定されず、これらの剤を治療対象に投与するときに当業者が通常用いる方法で用いてよい。例えば、投与方法は剤ごとに適した方法で投与すればよく、剤ごとに異なる方法で投与することができる。例えば経口投与又は非経口投与のいずれであってもよく、非経口投与であれば点滴静注が挙げられる。
【0027】
本発明の補助剤又は医薬は、さらに他の剤や医薬等と併用してもよく、また他の治療法と併用してもよい。
【0028】
本発明の他の実施態様は、ポリスルフィド除去剤及びDNAインターカレーター型抗がん剤を含む、肺がん以外のがん治療用医薬である。
【0029】
本実施形態の医薬は、ポリスルフィド除去剤及びDNAインターカレーター型抗がん剤を単一の医薬中に含有させて製剤化した単一医薬であってもよく、またポリスルフィド除去剤とDNAインターカレーター型抗がん剤をそれぞれ別個の医薬として製剤化した併用医薬であってもよい。
【0030】
本実施形態において、ポリスルフィド除去剤の種類、DNAインターカレーター型抗がん剤の種類、それらの含有量や、医薬の投与量、投与方法、対象となるがんの種類などについては、前述のがん治療補助剤の項にて記載した通りである。
【実施例0031】
実施例は、開示する目的のために記載されており、本発明の範囲を制限する意図はない。
【0032】
<材料及び方法>
使用した検体
実施例に記載するがん組織を用いた実験データの取得は、防衛医科大学(NDMC、所沢)及び国立がん研究センター(NCC、東京)の倫理問題に関する内部審査委員会から承認を得て行った。使用した患者由来の卵巣がん組織及び膵臓がん組織は、NCCバイオバンクから入手した。
【0033】
表面増強ラマン分光法(SERS)解析
<基板の作成>
24×24×0.5mm3のガラスプレートを、有機物の混入を防ぐために表面活性剤(W304/LB93、ADEKA Corp.)で洗浄し、超音波槽において超精製水でリンスした。スピンドライヤーでプレートを乾燥させた後、アルミニウム(Al)が反応性DCマグネトロンスパッタリングシステム(SPF-530H、ANELVA)を5Å s-1の蒸着速度で使用して、50nmの厚さになるようにプレートに蒸着した。そ
の後、Alフィルムを熱水(100℃)で15分間煮沸して、ベーマイト(AlO(OH))を形成させ、窒素ガスで乾燥させた。さらに金(Au)を電子ビーム蒸着システム(EBX-8C、ULVAC)によって、80°という蒸着角度で蒸着させた。この方法により、基板上でGold-nanofeve(GNF)と名付けたソラマメ型Auナノ粒子のランダム配列を構築した。この基板を使用することで、表面増強ラマン分光法(SERS)解析において、励起源としての電磁的なホットスポットを生み出し、組織切片中の代謝物の分子振動を十分な感度と均一性を以て広範囲の可視化をすることができる。
<ラマンスペクトルの測定>
ラマンスペクトルの測定は、50倍(NA=0.65)の対物レンズを備えた倒立ラマン顕微鏡システム(RAMANforce、Nanophoton Corporation、大阪府吹田)により行った。この顕微鏡システムの感度と周波数は、SERS測定を行う前にシリコンフォノンモードのラマンシフト520cm-1を較正した。SERSシグナルのバックグラウンドノイズは、Lanczosの第二関数で加重平均フィッティングを行うことにより、測定したスペクトルから差し引いた。
【0034】
<in vivo及びin vitroでの代謝産物のGNF-SERSイメージング>
NCC Biobankに保存された卵巣がんの凍結ブロックから調製された空気乾燥組織切片の代謝物は、5μm厚の組織切片をGNF基板に乗せ、真空乾燥チャンバーに入れることで可視化した。
SERSイメージング実験の前に、マイクロニードルを使用して、SERS基板の表面の組織スライスの外側領域に3つのマイクロスクラッチを付けた。このマイクロスクラッチは光学顕微鏡法とSERSイメージングによって特定できるため、SERS画像とH-E染色の向きを一致させることができた。より高いS/N比でSERSイメージングを達成するために、±10cm-1の中心ピーク波数でSERSシグナルを蓄積した。
【0035】
<がん部及びがん間質部の病理学的アノテーション>
組織切片のSERSイメージングを行った直後に、同じ組織切片を用いてH-E染色を行った。NanoZoomer v.2.0-HT(浜松ホトニクス)を使用して、光学的に透明なGNF基板上にマウントしたH-E染色組織切片の顕微鏡画像をデジタル写真ファイルとしてインポートした。がん細胞は、NDP view2ソフトウェア(浜松ホトニクス)を使用して、病理の専門家ががん部及びがん間質部にそれぞれアノテーションを付けた。がん組織内において、間質部の候補領域にがん細胞が含まれる場合には、その領域にはアノテーションを付けなかった。
【0036】
<細胞培養及び生存率試験に使用される化学物質>
OVISE細胞はATCCから入手した。OVISE細胞は、96ウェルプレート(Thermo Fisher)に3×103細胞/ウェルの細胞濃度で播種した。接着細胞(50~60%コンフルエント)を25μmol/Lのアンブロキソール塩酸塩(A9797、Sigma)及びCDDP(cis-diammineplatinum(II)dichloride;SIGMA、P4394)で48時間処理した。製造業者の指示通りに、Realtime-Glo Annexin Vアポトーシスアッセイキット(Promega、JA1000)を使用して、アポトーシスを評価した。測定の4時間前に検出用の試薬を追加した。SpectraMAX Lマイクロプレートリーダー(Molecular Devices、Sunnyvale、CA)を用い、発光を測定した。
【0037】
<実施例1>卵巣がん組織のSERSイメージング
本発明者らは、CCC(卵巣明細胞がん)が、抗がん剤が効きにくいがんであることを見出した。
また、これまでの本発明者等の研究において、ラマンシフト480cm
-1のSERS
ピークは、ポリスルフィドの存在によるものであることが示されている(非特許文献3)。ここで、CCCのがん組織を用いて、上述の方法によるSERSイメージングを行った後、同一の切片を用いて当業者に既知の方法でH-E染色を行った。SERSイメージングにおいて、ラマンシフト480±10cm
-1の範囲を同一のシグナルとした。
SERSイメージングの結果、CCCのがん組織中のがん部(
図1a中、黒のアノテーションで示す)及びがん間質部(
図1a中、白のアノテーションで示す)の何れの部分においても、480±10cm
-1に強いSERSシグナルを示すことが明らかになった(
図1b)。すなわち、抗がん剤が効きにくいがんであるCCCにはポリスルフィドがその組織全体にわたって強く発現していることが示された。
【0038】
<実施例2>アンブロキソールがポリスルフィドを分解することによって、シスプラチンによるOVISE細胞の細胞死を促進する
内因性ポリスルフィドを分解する化合物は、卵巣がん細胞のシスプラチン誘発の細胞死を促進するアジュバント試薬として役立つ可能性があるという仮説を立てた。
本発明者らは、ムチンのジスルフィド結合を切断する去痰剤であるアンブロキソールが、ポリスルフィドに作用するかを検討した。アンブロキソール未添加だとNa
2S
3はラマンシフト426及び456cm
-1に、Na
2S
4はラマンシフト430及び456cm
-1に、それぞれ明確なダブルピークが現れるが、アンブロキソールを添加することによって、そのダブルピークのシグナル強度がアンブロキソールの添加濃度依存的に減少した。すなわち、アンブロキソールは、濃度依存的にポリスルフィドを分解消去することを示した(
図2a-c)。
次に、アンブロキソール自体の細胞毒性の検討を行った。アネキシンV転移アッセイを行った結果、アネキシンVの転移を指標として判断できる通り、アンブロキソールの濃度が25μmol/L以下であれば、72時間OVISE細胞の培養を行っても、有意な細胞傷害を生じないことが示された(
図2d)。
次に、アンブロキソールとシスプラチンを併用することにより、抗がん剤作用が増強されるかを検討した。
図2eにおいて白い棒グラフで示す通り、シスプラチン(図中、CDDPと表す)濃度を増強させると、その濃度依存的にがん細胞の細胞死を増加させることが示されたが、そのシスプラチン濃度依存的な細胞死の増加はわずかなものであった。一方で、黒い棒グラフで示す通り、シスプラチンと25μmol/Lのアンブロキソールを併用することにより、シスプラチン濃度に依存して、がん細胞の細胞死が有意に増大することが示された。
以上より、CCCのように、シスプラチンに対する抗がん剤耐性能を有するがん細胞において、シスプラチンとアンブロキソールを併用することによって、シスプラチンの有する抗がん剤効果が増強されることが示された。
【0039】
<実施例3>膵臓がん組織のSERSイメージング
本発明者等は、膵臓がんの組織を用いて、実施例1の方法と同様にSERSイメージング及びH-E染色を行った。SERSイメージングにおいて、ラマンシフト480±10cm
-1の範囲を同一のシグナルとした。
SERSイメージングの結果、膵臓がんにおいてもそのがん組織全体にわたって、480±10cm
-1に強いSERSシグナルを示すことが明らかになった(
図3b及びd)。コントロールとして慢性膵炎のSERSイメージングの結果も示す(
図3a及びc)。
以上の結果を踏まえると、膵臓がんにおいてもその組織中のポリスルフィドのレベルが高いため、卵巣がんの場合と同様に抗がん剤とアンブロキソールを併用することによって、抗がん剤の有する抗がん剤効果を増強できることが示唆された。