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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023059111
(43)【公開日】2023-04-26
(54)【発明の名称】面発光量子カスケードレーザ
(51)【国際特許分類】
   H01S 5/11 20210101AFI20230419BHJP
   H01S 5/34 20060101ALI20230419BHJP
【FI】
H01S5/11
H01S5/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021169039
(22)【出願日】2021-10-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、防衛装備庁、安全保障技術研究推進制度、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】迫田 和彰
(72)【発明者】
【氏名】姚 遠昭
(72)【発明者】
【氏名】黒田 隆
(72)【発明者】
【氏名】池田 直樹
(72)【発明者】
【氏名】杉本 喜正
(72)【発明者】
【氏名】間野 高明
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 真司
(72)【発明者】
【氏名】橋本 玲
(72)【発明者】
【氏名】金子 桂
(72)【発明者】
【氏名】角野 努
(72)【発明者】
【氏名】大野 博司
【テーマコード(参考)】
5F173
【Fターム(参考)】
5F173AA01
5F173AB02
5F173AB52
5F173AB90
5F173AF03
5F173AF12
5F173AF15
5F173AH14
5F173AP09
5F173AP16
5F173AP33
5F173AR23
5F173AR52
(57)【要約】
【課題】 従来の面発光量子カスケードレーザとは異なる、面発光量子カスケードレーザとしての優れたビーム品質を実現できる面発光量子カスケードレーザを提供することである。
【解決手段】 レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bとからなり、組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、組成物Bは化合物半導体組成物であり、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Bからなる5角形の底面を有する柱状構造体を備える構造を有する、前記カスケードレーザである。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、
前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bとからなり、
組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、
組成物Bは化合物半導体組成物であり、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Bからなる五角形の底面を有する柱状構造体を備える構造を有する、
前記カスケードレーザ。
【請求項2】
前記正方形又は長方形の底面が、横方向の辺の長さをaとし、縦方向の辺の長さをaとする形状であって、当該横方向の辺の長さ(a)に対する当該縦方向の辺の長さ(a)の比(a/a)が1以上2以下の範囲であり、
前記五角形が、横方向の辺の長さをb、縦方向の辺の長さをbとする正方形又は長方形の一角から直角三角形の形状を欠いた形状であって、当該横方向の辺の長さ(b)に対する当該縦方向の辺の長さ(b)の比(b/b)が1以上2以下の範囲である、
請求項1に記載のカスケードレーザ。
【請求項3】
横方向の辺の長さをb、縦方向の辺の長さをbとする正方形又は長方形の一角から欠いた前記直角3角形が、bの長さを有する当該横方向の辺の欠いた部分の長さをb´とする底辺と、bの長さを有する当該縦方向の辺の欠いた部分の長さをb´とする高さとを有する形状を有し、
前記フォトニック結晶が長方格子の場合は、
前記横方向の辺の長さ(b)に対する前記底辺の長さ(b´)の比(b´/b)が0.1以上0.9以下であり、
前記縦方向の辺の長さ(b)に対する前記高さの長さ(b´)の比(b´/b)が0.3以上0.9以下であり、
前記フォトニック結晶が正方格子の場合は、
前記横方向の辺の長さ(b)に対する前記底辺の長さ(b´)の比(b´/b)が0.1以上0.5以下であり、
前記縦方向の辺の長さ(b)に対する前記高さの長さ(b´)の比(b´/b)が0.3以上0.9以下である、
請求項2に記載のカスケードレーザ。
【請求項4】
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子に占める前記組成物Bからなる五角形の底面を有する柱状構造体の割合が20%以上80%以下である、請求項1から3のいずれか一項に記載のカスケードレーザ。
【請求項5】
前記レーザ活性層が2層以上の量子井戸層からなる多重量子井戸であって、各量子井戸層が、III-V族化合物半導体組成物、ZnOとZnMgOからなる化合物半導体組成物、又はSiとSiGeからなる化合物半導体組成物のいずれかを含む、請求項1から4のいずれか一項に記載のカスケードレーザ。
【請求項6】
前記III-V族半導体組成物が、InGaAsとAlInAsからなる化合物半導体組成物、GaAsとInGaAsからなる化合物半導体組成物、GaAsとAlGaAsからなる化合物半導体組成物、InAsとAlGaSbからなる化合物半導体組成物、GaNとAlGaNからなる化合物半導体組成物、及びGaNとInGaNからなる化合物半導体組成物からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項5に記載のカスケードレーザ。
【請求項7】
前記レーザ活性層のドーピング密度が1×1018cm-3以下であり、且つ、前記活性層を除く半導体層のドーピング密度が1×1019cm-3以下である、請求項1から6のいずれか一項に記載のカスケードレーザ。
【請求項8】
レーザ発振波長が3μm以上9μm以下である、請求項1から7のいずれか一項に記載のカスケードレーザ。
【請求項9】
前記組成物A及び/又は前記組成物BがIII-V族化合物半導体組成物を含む、請求項1から8のいずれか一項に記載のカスケードレーザ。
【請求項10】
前記III-V族化合物半導体組成物が、InP、InGaAs、GaAs、AlGaAs、GaInP、InAs、AlInAs、およびGaPからなる群から選択される少なくとも1種の化合物半導体組成物である、請求項9に記載のカスケードレーザ。
【請求項11】
前記組成物AがInP化合物半導体組成物又は金属組成物であり、前記組成物BがInGaAs化合物半導体組成物である、請求項1から10のいずれか一項に記載のカスケードレーザ。
【請求項12】
前記組成物Aが金属組成物である、請求項1から11のいずれか一項に記載のカスケードレーザ。
【請求項13】
前記金属組成物が主成分として金を含有する、請求項1から12のいずれか一項に記載のカスケードレーザ。
【請求項14】
レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、
前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bと、当該組成物AとBの両方と屈折率が異なる組成物Cからなり、
組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、
組成物Bは化合物半導体組成物であり、
組成物Cは誘電体組成物であり、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、
前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体を前記組成物Bからなる層上に備え、
前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Cからなる五角形の底面を有する柱状構造体を備え、当該五角形の底面を有する柱状構造体の底面は前記組成物Bからなる層上に位置し、
前記組成物Cからなる五角形の底面を有する柱状構造体は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体中に埋設されている、
構造を有する、
前記カスケードレーザ。
【請求項15】
レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、
前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bとからなり、
組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、
組成物Bは化合物半導体組成物であり、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、
前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体を前記組成物Bからなる層上に備え、
前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、空隙として五角形の底面を有する柱状の空隙構造体を備え、当該空隙構造体の底面は前記組成物Bからなる層上に位置し、
前記空隙構造体は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体中に埋設されている、
構造を有する、
前記カスケードレーザ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、面発光量子カスケードレーザに関する。具体的には、共振モードの放射損比率を向上させる構造のフォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザに関し、また、レーザ素子中でのレーザ光の吸収を低減することが可能な構造のフォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザに関する。
【背景技術】
【0002】
量子カスケードレーザは、1994年に初めて発振が確認された比較的新しい半導体レーザで、波長3~5μmを含む中赤外~遠赤外、さらにはテラヘルツ領域までの波長帯をカバーできる唯一の小型レーザ光源である。波長3~5μm帯には多様なガス種の吸収ピークが存在するため、量子カスケードレーザを利用することにより様々なガスの濃度測定が可能である。
【0003】
また、量子カスケードレーザは、レーザの単一波長性を利用した同位体比の測定が可能であり、他に簡便な代替測定手法が無いことからも、非常に注目されている。
【0004】
また、量子カスケードレーザは、レーザの直進性を利用して対向したミラー間にガスを通して分析するマルチパスミラー方式により感度を高めることができるため、ppbレベルの微量測定も可能である。この直進性をさらに応用することにより、火山の噴出ガス等の遠隔地の危険ガスの検出を可能にする新技術の創出が期待されてもいる。
【0005】
しかしながら、量子カスケードレーザを上述のマルチパス方式による高感度化や遠隔地の危険ガス検出等に応用する場合、長い光路長でもビーム形状が維持できる高品質ビームが求められる。遠隔地の危険ガス検出へ応用する場合には加えて、遠方までレーザ光を伝搬させる必要があるため、高出力であることも求められる。
そこで、これらの特性を実現するため、量子カスケードレーザとして、レーザ素子の活性層(すなわち、発光層)に近接する位置にフォトニック結晶構造を組み込む、高出力でビーム品質の高い面発光量子カスケードレーザの研究や開発が行われている(特許文献1、2)。
【0006】
例えば、特許文献1には、2種類の二次元格子(すなわち、2種類のフォトニック結晶)で構成されるいわゆる複合構造を有する面発光量子カスケードレーザによって、当該レーザの側面からのレーザ光の漏れの抑制を図ることが開示されている。
【0007】
また、特許文献2には、正方格子の回折格子(すなわち、フォトニック結晶)を備え、その単位構造として底面を略直角3角形とする三角柱の形状を有することを特徴とする面発光半導体レーザ素子によって、レーザビーム品質の改善を図ることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2019-47023号公報
【特許文献2】特開2014-197659号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
面発光量子カスケードレーザに用いられる前記フォトニック結晶は、屈折率の異なる複数の材料を周期的に2次元配列した構造体であり、電子線リソグラフィなどのナノ加工技術を用いて、レーザ素子の活性層に近接するように組み込む。その際、フォトニック結晶の光の共振モードを適切に設計して共振周波数をレーザの利得周波数帯に一致させることにより、レーザ発振を達成させるとともに、出射面に垂直方向へのレーザ光の面発光を実現させる。当該出射面は100μm角以上の大面積にすることが可能であり、回折によるレーザビームの広がりを抑制することができるため、面発光量子カスケードレーザを用いると、優れたビーム品質の実現が原理的に可能である。また、レーザの活性領域の面積を大きくとることも可能であるため、面発光量子カスケードレーザによれば、大きなレーザ出力を得ることも期待できる。
【0010】
しかしながら、一般に、量子カスケードレーザに電力を供給するためにはレーザ素子に通電する必要があるため、量子カスケードレーザでは、レーザ素子を構成する半導体層に不純物(すなわち、ドーパント)を添加(すなわち、ドープ)して半導体層の電気伝導度を大きくすることが必要になる。ところが、面発光量子カスケードレーザにおいて半導体層の電気伝導度を大きくすることは、レーザ光の吸収を引き起こし、また、フォトニック結晶の光共振モードの放射損比率を減少させることになるため、レーザ光の取出し効率を低下させる要因となってしまう。ここで放射損比率とは、吸収損を含む総損失に占めるレーザ出力の割合を意味する。
【0011】
このように、面発光量子カスケードレーザでは、レーザ素子中の光吸収が原理的に不可避であることから、面発光量子カスケードレーザにおいては、レーザ光の取出し効率が低いという課題がある。これは、電気から光への変換効率の低下やレーザ出力の減少を引き起こすとともに、レーザ素子の内部で吸収されたレーザパワーの影響で素子温度が上昇する等の面発光量子カスケードレーザの特性の劣化に直結する数々の問題を引き起こしてしまう。
【0012】
このような理由により、面発光量子カスケードレーザでは、レーザ光の取出し効率を向上させることが重要になるが、上述のような従来の面発光量子カスケードレーザでは、レーザ光の取出し効率が未だ十分とはいえない。また、面発光量子カスケードレーザでは、面発光量子カスケードレーザとしての優れたビーム品質を実現できることも重要である。そのため、従来の面発光量子カスケードレーザとは異なる新規の面発光量子カスケードレーザの開発が希求されている。
【0013】
本発明では、上述の課題を解決すべく、従来の面発光量子カスケードレーザとは異なる新規の面発光量子カスケードレーザであって、面発光量子カスケードレーザとしての優れたビーム品質を実現できる面発光量子カスケードレーザを提供することを目的とする。
【0014】
或いは、本発明では、共振モードの放射損比率を向上させることが可能な構造のフォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザを提供することを目的とする。当該放射損比率の向上によりレーザ光の取出し効率を高めることを目的とする。
【0015】
或いは、本発明では、レーザ素子中でのレーザ光の吸収を低減させることが可能な構造のフォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザを提供することを目的とする。当該レーザ光の吸収の低減によりレーザ光の取出し効率を高めることを目的とする。
【0016】
或いは、本発明では、レーザ素子を構成する半導体層にドープする不純物量を低減させても面発光量子カスケードレーザとしての優れたビーム品質を実現できる面発光量子カスケードレーザを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、鋭意検討した結果、レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶が、化合物半導体組成物又は金属組成物の組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる化合物半導体組成物の組成物Bとからなる場合に、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子が、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Bからなる5角形の底面を有する柱状構造体を備える構造を有する、前記カスケードレーザにより、上述の課題を解決できるという知見を得た。
【0018】
また、本発明者らは、レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶が、化合物半導体組成物又は金属組成物の組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる化合物半導体組成物の組成物Bと、当該組成物AとBの両方と屈折率が異なる誘電体組成物の組成物Cからなる場合に、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子が、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体を前記組成物Bからなる層上に備え、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Cからなる5角形の底面を有する柱状構造体を備え、当該5角形の底面を有する柱状構造体の底面は前記組成物Bからなる層上に位置し、前記組成物Cからなる5角形の底面を有する柱状構造体が、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体中に埋設されている、構造を有する、前記カスケードレーザによっても上述の課題を解決できるという知見を得た。
【0019】
また、本発明者らは、レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶は、化合物半導体組成物又は金属組成物の組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる化合物半導体組成物の組成物Bとからなり、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体を前記組成物Bからなる層上に備え、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、空隙として5角形の底面を有する柱状の空隙構造体を備え、当該空隙構造体の底面は前記組成物Bからなる層上に位置し、前記空隙構造体は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体中に埋設されている、構造を有する、前記カスケードレーザによっても上述の課題を解決できるという知見を得た。
【0020】
本発明者らは、これらの知見に基づき本発明を完成させるに至った。
【0021】
本発明は、具体的には以下の[1]から[15]の諸態様を有する。
[1]
レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、
前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bとからなり、
組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、
組成物Bは化合物半導体組成物であり、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Bからなる5角形の底面を有する柱状構造体を備える構造を有する、
前記カスケードレーザ。
[2]
前記正方形又は長方形の底面が、横方向の辺の長さをaとし、縦方向の辺の長さをaとする形状であって、当該横方向の辺の長さ(a)に対する当該縦方向の辺の長さ(a)の比(a/a)が1以上2以下の範囲であり、
前記5角形が、横方向の辺の長さをb、縦方向の辺の長さをbとする正方形又は長方形の一角から直角3角形の形状を欠いた形状であって、当該横方向の辺の長さ(b)に対する当該縦方向の辺の長さ(b)の比(b/b)が1以上2以下の範囲である、
[1]に記載のカスケードレーザ。
[3]
横方向の辺の長さをb、縦方向の辺の長さをbとする正方形又は長方形の一角から欠いた前記直角3角形が、bの長さを有する当該横方向の辺の欠いた部分の長さをb´とする底辺と、bの長さを有する当該縦方向の辺の欠いた部分の長さをb´とする高さとを有する形状を有し、
前記フォトニック結晶が長方格子の場合は、
前記横方向の辺の長さ(b)に対する前記底辺の長さ(b´)の比(b´/b)が0.1以上0.9以下であり、
前記縦方向の辺の長さ(b)に対する前記高さの長さ(b´)の比(b´/b)が0.3以上0.9以下であり、
前記フォトニック結晶が正方格子の場合は、
前記横方向の辺の長さ(b)に対する前記底辺の長さ(b´)の比(b´/b)が0.1以上0.5以下であり、
前記縦方向の辺の長さ(b)に対する前記高さの長さ(b´)の比(b´/b)が0.3以上0.9以下である、
[2]に記載のカスケードレーザ。
[4]
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子に占める前記組成物Bからなる5角形の底面を有する柱状構造体の割合が20%以上80%以下である、[1]から[3]のいずれかに記載のカスケードレーザ。
[5]
前記レーザ活性層が2層以上の量子井戸層からなる多重量子井戸であって、各量子井戸層が、III-V族化合物半導体組成物、ZnOとZnMgOからなる化合物半導体組成物、又はSiとSiGeからなる化合物半導体組成物のいずれかを含む、[1]から[4]のいずれかに記載のカスケードレーザ。
[6]
前記III-V族半導体組成物が、InGaAsとAlInAsからなる化合物半導体組成物、GaAsとInGaAsからなる化合物半導体組成物、GaAsとAlGaAsからなる化合物半導体組成物、InAsとAlGaSbからなる化合物半導体組成物、GaNとAlGaNからなる化合物半導体組成物、及びGaNとInGaNからなる化合物半導体組成物からなる群から選択される少なくとも一種である、[5]に記載のカスケードレーザ。
[7]
前記レーザ活性層のドーピング密度が1×1018cm-3以下であり、且つ、前記活性層を除く半導体層のドーピング密度が1×1019cm-3以下である、[1]から[6]のいずれかに記載のカスケードレーザ。
[8]
レーザ発振波長が3μm以上9μm以下である、[1]から[7]のいずれかに記載のカスケードレーザ。
[9]
前記組成物A及び/又は前記組成物BがIII-V族化合物半導体組成物を含む、[1]から[8]のいずれかに記載のカスケードレーザ。
[10]
前記III-V族化合物半導体組成物が、InP、InGaAs、GaAs、AlGaAs、GaInP、InAs、AlInAs、およびGaPからなる群から選択される少なくとも1種の化合物半導体組成物である、[9]に記載のカスケードレーザ。
[11]
前記組成物AがInP化合物半導体組成物又は金属組成物であり、前記組成物BがInGaAs化合物半導体組成物である、[1]から[10]のいずれかに記載のカスケードレーザ。
[12]
前記組成物Aが金属組成物である、[1]から[11]のいずれかに記載のカスケードレーザ。
[13]
前記金属組成物が主成分として金を含有する、[1]から[12]のいずれかに記載のカスケードレーザ。
[14]
レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、
前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bと、当該組成物AとBの両方と屈折率が異なる組成物Cからなり、
組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、
組成物Bは化合物半導体組成物であり、
組成物Cは誘電体組成物であり、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、
前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体を前記組成物Bからなる層上に備え、
前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Cからなる5角形の底面を有する柱状構造体を備え、当該5角形の底面を有する柱状構造体の底面は前記組成物Bからなる層上に位置し、
前記組成物Cからなる5角形の底面を有する柱状構造体は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体中に埋設されている、
構造を有する、
前記カスケードレーザ。
[15]
レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、
前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであって、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bとからなり、
組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、
組成物Bは化合物半導体組成物であり、
前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、
前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体を前記組成物Bからなる層上に備え、
前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、空隙として5角形の底面を有する柱状の空隙構造体を備え、当該空隙構造体の底面は前記組成物Bからなる層上に位置し、
前記空隙構造体は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体中に埋設されている、
構造を有する、
前記カスケードレーザ。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、従来の面発光量子カスケードレーザとは異なる新規の面発光量子カスケードレーザであって、面発光量子カスケードレーザとしての優れたビーム品質を実現できる面発光量子カスケードレーザを提供することができる。
【0023】
或いは、本発明によれば、共振モードの放射損比率を向上させることが可能な構造のフォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザを提供することができる。当該放射損比率の向上によりレーザ光の取出し効率を高めることができる。
【0024】
或いは、本発明によれば、レーザ素子中でのレーザ光の吸収を低減させることが可能な構造のフォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザを提供することができる。当該レーザ光の吸収の低減によりレーザ光の取出し効率を高めることができる。
【0025】
或いは、本発明によれば、レーザ素子を構成する半導体層にドープする不純物量を低減させても面発光量子カスケードレーザとしての優れたビーム品質を実現できる面発光量子カスケードレーザを提供することができる。例えば、レーザ活性層のドーピング密度が1×1018cm-3以下であり、かつ、活性層を除く半導体層のドーピング密度が1×1019cm-3以下でも優れたビーム品質を実現できる面発光量子カスケードレーザを提供することができる。
【0026】
上述のとおり、本発明によれば、当該放射損比率の向上が可能な構造のフォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザを提供することができる。ここで、当該フォトニック結晶の構造を効果的な放射損比率(具体的には、大きな放射損比率)となるように設計することにより、大きなレーザ光の取出し効率を実現することが可能になる。例えば、当該レーザ光の取出し効率として40%超を実現できる。また、本発明によれば、フォトニック結晶の単位格子が正方格子の場合でも、単位格子として同じ正方格子のフォトニック結晶を使用する従来の面発光半導体レーザ素子よりも高いレーザ光の取出し効率(具体的には、凡そ15%以上)を実現できる。本発明によれば、大きなレーザ光の取出し効率を実現することが可能になるので、レーザ出力の向上、電気から光への変換効率の向上、並びに、レーザ素子の温度上昇の抑制も期待できる。当該温度上昇の抑制により、素子冷却機構の簡素化も期待できる。
【0027】
本発明によれば、放射損比率の向上が可能な構造のフォトニック結晶を使用するため、フォトニック結晶の光のバンド構造のうち、面発光レーザの重要な指標であるΓ点の共振モードのQ値を精密に設計できる。そのため、大きなレーザ光の取出し効率の実現が期待できる。本発明で用いられる放射損比率の向上が可能な構造のフォトニック結晶は、従来から用いられてきた正方格子フォトニック結晶や3角格子フォトニック結晶よりも質的に格段に優れた特徴となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、本発明の面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶の単位格子の一実施態様をレーザ光の射出方向から見た平面図である(ここで、図中の単位格子は、長さaとaからなる正方格子又は長方格子であり、屈折率がnの化合物半導体組成物又は金属組成物から構成され、中心部に屈折率がnの5角形の化合物半導体組成物を有する。当該5角形は、横方向の辺の長さをb、縦方向の辺の長さをbとする正方形又は長方形の一角から底辺の長さをb´、高さをb´とする直角3角形の形状を欠いた形状を有する。)。
図2図2は、実施例1-1で作製した面発光量子カスケードレーザの構造の一実施態様を示す図(側面図)である(ここで、図中の(a)は、フォトニック結晶の空洞の埋め込みにInPを用いた実施態様であり、図中の(b)は、フォトニック結晶の空洞の埋め込みにTi薄膜と金を用いた実施態様である。)。
図3図3は、実施例1-2で作製した面発光量子カスケードレーザの構造の一実施態様を示す図(側面図)である。
図4図4は、実施例1-2で作製した面発光量子カスケードレーザによるレーザ発振の出力特性を示す図である。
図5図5は、実施例1-2で作製した面発光量子カスケードレーザによるレーザビームの遠方場プロファイルを示す図である。
図6図6は、実施例1-2の方法を用いて新たに作製した3種類の面発光量子カスケードレーザによるレーザ発振スペクトルを、実施例1-2で作製した面発光量子カスケードレーザによるレーザ発振スペクトルとともに示す図である(図中のスペクトルは、面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶がいずれも正方格子の単位格子を有し、図1に示すaとaの長さが、a=a=1.355μm、1.360μm、1.365μm、1.370μmであるものを上から順に示したものである)。
図7図7は、実施例1-2の方法を用いて面発光量子カスケードレーザを作製した場合の面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶中の単位格子構造に関し、図1中のaとaの長さが同じ1.355μmの正方格子であって、中心部の5角形の大きさ(具体的には、(b´/b)と(b´/b))を変化させた場合のレーザ光の取出し効率(%)に与える影響を有限要素法による数値計算で算出した結果を示す図である。
図8図8は、比較例1-1の面発光量子カスケードレーザと実施例1-2の面発光量子カスケードレーザの出力特性(すなわち、レーザ発振特性)の比較結果を示す図である(図中、比較例1-1は、図1に示すフォトニック結晶単位格子中の5角形部分が円形構造である点で実施例1-2と異なる。)。
図9図9は、比較例1-1のレーザビームの遠方場プロファイルを示す図である。
図10図10は、実施例1-2の方法を用いて面発光量子カスケードレーザを作製した場合の面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶中の単位格子構造に関し、図1中のaとaの長さが異なる長方格子(a=1.380μm、a=1.656μm)であって、中心部の5角形の大きさ(具体的には、(b´/b)と(b´/b))を変化させた場合のレーザ光の取出し効率(%)に与える影響を有限要素法による数値計算で算出した結果を示す図である。
図11図11は、本発明の面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶の単位格子の図1とは別の一実施態様を示す図である(ここで、図中の(a)は、レーザ光の射出方向から見た平面図であり、図中の(b)は、側面図を示す。)。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができることに留意すべきである。
【0030】
本発明の一態様は、レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザである。そして、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bとからなり、組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、組成物Bは化合物半導体組成物である。更に、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Bからなる5角形の底面を有する柱状構造体を備える構造を有する。
【0031】
本発明において、レーザ活性層は、いわゆる発光層のことであり、具体的には、複数の量子井戸層を積層したいわゆる「多重量子井戸(MQW)」からなり、サブバンド間遷移によりレーザ光を放出させる層のことである。レーザ活性層は、単に「活性層」と称されることもあり、本願でも単に「活性層」と称することもある。
【0032】
本発明において、レーザ活性層以外の半導体層とは、本発明の一態様である前記面発光量子カスケードレーザを構成するレーザ活性層以外の全ての半導体層(例えば、クラッド層やフォトニック結晶)のことである。
【0033】
レーザ活性層を構成する各量子井戸層は、III-V族化合物半導体組成物、ZnOとZnMgOからなる化合物半導体組成物、又はSiとSiGeからなる化合物半導体組成物のいずれかを含む層であることが好ましい。ここで、「含む」とは、必要に応じてドーパント(すなわち、不純物)をドープ(すなわち、添加)してもよいという意味であり、レーザ素子を構成する半導体層へのドープ量低減という観点から、できるだけ少なくすることが望ましく、具体的には、レーザ活性層全体のドーピング密度が1×1018cm-3以下になる量とすることが好ましい。
【0034】
前記III-V族化合物半導体組成物としては、InGaAsとAlInAsからなる化合物半導体組成物(当該組成物を「InGaAs/AlInAs」と表記することもある)、GaAsとInGaAsからなる化合物半導体組成物(当該組成物を「GaAs/InGaAs」と表記することもある)、GaAsとAlGaAsからなる化合物半導体組成物(当該組成物を「GaAs/AlGaAs」と表記することもある)、InAsとAlGaSbからなる化合物半導体組成物(当該組成物を「InAs/AlGaSb」と表記することもある)、GaNとAlGaNからなる化合物半導体組成物(当該組成物を「GaN/AlGaN」と表記することもある)、及びGaNとInGaNからなる化合物半導体組成物(当該組成物を「GaN/InGaN」と表記することもある)からなる群から選択される少なくとも一種であることが好ましい。この場合の基板は、III-V族化合物半導体組成物が「InGaAs/AlInAs」である場合、InP基板が好ましく、「GaAs/InGaAs」又は「GaAs/AlGaAs」である場合、GaAs基板が好ましく、「InAs/AlGaSb」である場合、InAs基板が好ましく、「GaN/AlGaN」又は「GaN/InGaN」である場合、GaN基板が好ましい。
【0035】
ZnOとZnMgOからなる化合物半導体組成物(当該組成物を「ZnO/ZnMgO」と表記することもある)を使用する場合の基板は、ZnO基板が好ましい。
SiとSiGeからなる化合物半導体組成物(当該組成物を「Si/SiGe」と表記することもある)を使用する場合の基板は、Si基板が好ましい。
【0036】
フォトニック結晶は、屈折率が異なる物質を光の波長と同程度の間隔で並べた、ナノ周期構造を持つ人工結晶である。光が内部に閉じ込められたり、侵入できなかったりする現象が起きるため、光を小さな領域に閉じ込め、光と物質の相互作用を高めることに利用される。
【0037】
本発明に用いられる正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、化合物半導体組成物又は金属組成物(当該組成物を本願では便宜上「組成物A」と称する)と、組成物Aと屈折率が異なる化合物半導体組成物(当該組成物を本願では便宜上「組成物B」と称する)からなる。
【0038】
組成物Aと組成物Bとしては、化合物半導体組成物としてIII-V族化合物半導体組成物を含むことが好ましい。代表的なものとして、例えば、InP、InGaAs、GaAs、AlGaAs、GaInP、InAs、AlInAs、GaPが挙げられ、これらの化合物半導体組成物からなる群から選択される少なくとも1種を使用することが好ましい。ここで、「含む」とは、必要に応じてドーパント(すなわち、不純物)をドープ(すなわち、添加)してもよいという意味であり、レーザ素子を構成する半導体層へのドープ量低減という観点から、できるだけ少なくすることが望ましく、具体的には、レーザ活性層以外の半導体層全体のドーピング密度が1×1019cm-3以下になる量とすることが好ましい。
【0039】
組成物Aと組成物BとしてIII-V族化合物半導体組成物を使用する場合、屈折率が互いに異なるIII-V族化合物半導体組成物を選択する必要がある。フォトニック結晶の構造にもよるが、一般的には、高屈折率のものと低屈折率のものを選択することが好ましく、高屈折率差になるように選択することがより好ましい。
【0040】
組成物Aと組成物Bの組み合わせに関しては、例えば、組成物Aとして、InP化合物半導体組成物又は金属組成物を使用し、且つ、組成物BとしてInGaAs化合物半導体組成物を使用することが好ましい。
【0041】
組成物Aとして金属組成物を使用する場合、当該金属組成物は、金属を含有する組成物のことである。代表的なものとして、例えば、金、銅、ニッケル、チタン、又はこれらの組み合わせを含有する組成物が挙げられ、これらの金属を単体で使用しても、主成分として使用してもよい。組成物Aとして金属組成物を使用する場合、主成分として金を含有する金属組成物(例えば、金とTiからなり主成分を金とする金属組成物)を使用することが好ましい。なお、組成物Aとして使用する金属組成物を、本願では単に「金属」と称することもある。
【0042】
フォトニック結晶の単位格子は、正方格子又は長方格子である。放射損比率を高めるという観点から、長方格子が好ましい。
【0043】
本発明の一態様である前記面発光量子カスケードレーザでは、正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子の構造は、組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、組成物Bからなる5角形の底面を有する柱状構造体を備える構造を有する。つまり、正方格子又は長方格子フォトニック結晶は、組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、組成物Bからなる5角形の底面を有する柱状構造体(すなわち、5角柱構造体)を備える構造を基本単位として、2次元周期配列しているものである。
【0044】
正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子の構造の概略は、当該フォトニック結晶を用いて面発光量子カスケードレーザを作製したときのレーザ光の射出方向から見た平面図として図1に示す。
【0045】
図1に示すとおり、正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子を2次元的に見ると、当該フォトニック結晶の単位格子の構造は、組成物Aからなる正方形又は長方形の形状部とその中心部に組成物Bからなる5角形の形状部を有する。
【0046】
正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子の作製では、まず、5角形の形状部が、組成物B(例えば、図中の屈折率nが3.40のInGaAs)を用いて、分子線エピタキシー(MBE)法と有機金属気相成長法を用いた薄膜作製と、電子線リソグラフィを用いたナノ加工により作製される。作製された5角形の形状部は、組成物Bからなり、フォトニック結晶に対応する。次に、2次元周期配列している組成物Bからなる5角形間の間隙を組成物A(例えば、屈折率nが3.07のInP)で隙間なく埋め込むことにより、組成物Aからなる正方形又は長方形の形状部が作製される。その結果、図1に示すとおり、前記フォトニック結晶の単位格子の構造は、組成物Aからなる正方形又は長方形の形状部とその中心部に組成物Bからなる5角形の形状部を有することになる。
【0047】
図1に示すとおり、組成物Aからなる正方形又は長方形の形状部(すなわち、正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子)の横方向の辺の長さをa、縦方向の辺の長さをaとすると、横方向の辺の長さ(a)に対する縦方向の辺の長さ(a)の比を示す(a/a)の値は、1以上2以下の範囲であることが好ましく、1以上1.8以下の範囲であることがより好ましく、1以上1.5以下の範囲であることがより一層好ましい。横方向の辺の長さa、縦方向の辺の長さaは、目標とするレーザ発振波長に応じて有限要素法による計算結果に基づいて調節すればよい。但し、通常は、フォトニック結晶の平均屈折率をn、レーザ発振波長をλ(単位:nm)とした場合、横方向の辺の長さaは、na/λ=0.8以上1.2以下を満たす値であることが好ましく、na/λ=0.9以上1.1以下を満たす値であることがより好ましい。この場合、縦方向の辺の長さaは、na/λ=0.8以上2.4以下を満たす値であることが好ましく、na/λ=0.9以上2.0以下を満たす値であることがより好ましい。
【0048】
図1に示すとおり、組成物Bからなる5角形の形状部(すなわち、フォトニック結晶部)は、横方向の辺の長さをb、縦方向の辺の長さをbとする正方形又は長方形の一角から直角3角形の形状を欠いた(すなわち、取り除いた)形状であることが好ましい。この場合、横方向の辺の長さ(b)に対する縦方向の辺の長さ(b)の比を示す(b/b)の値は、1以上2以下の範囲であることが好ましく、1以上1.8以下の範囲であることがより好ましく、1以上1.5以下の範囲であることがより一層好ましい。ここで、横方向の辺の長さ(b)は、単位格子に占める組成物Bの割合が20%以上80%以下の範囲であるように定めることが好ましい。したがって、横方向の辺の長さ(a)に対する比を示す(b/a)の値は、b/a=0.2以上0.8以下の範囲であることが好ましく、0.3以上0.7以下の範囲であることがより好ましく、0.4以上0.6以下の範囲であることがより一層好ましい。
【0049】
図1に示すとおり、前記直角3角形が、bの長さを有する前記横方向の辺から欠いた部分の長さをb´とする底辺と、bの長さを有する当該縦方向の辺の欠いた部分の長さをb´とする高さとを有する形状であるとすると、前記横方向の辺の長さ(b)に対する前記底辺の長さ(b´)の比を示す(b´/b)の値は、前記フォトニック結晶が長方格子の場合、0.1以上0.9以下の範囲であることが好ましく、0.2以上0.9以下の範囲であることがより好ましく、0.3以上0.9以下の範囲であることがより一層好ましい。また、縦方向の辺の長さ(b)に対する前記高さの長さ(b´)の比を示す(b´/b)の値は、前記フォトニック結晶が長方格子の場合、0.3以上0.9以下の範囲であることが好ましく、0.5以上0.9以下の範囲であることがより好ましく、0.6以上0.9以下の範囲であることがより一層好ましい。前記フォトニック結晶が正方格子の場合、(b´/b)の値は、0.1以上0.5以下の範囲であることが好ましく、0.2以上0.5以下の範囲であることがより好ましい。また、前記フォトニック結晶が正方格子の場合、(b´/b)の値は、0.3以上0.9以下の範囲であることが好ましく、0.5以上0.9以下の範囲であることがより好ましい。
【0050】
本発明の一態様である前記面発光量子カスケードレーザでは、正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子に占める組成物Bからなる5角形の底面を有する柱状構造体の割合は、20%以上80%以下であることが好ましく、30%以上70%以下の範囲であることがより好ましく、40%以上60%以下の範囲であることがより一層好ましい。
【0051】
本発明の一態様である前記面発光量子カスケードレーザでは、レーザ活性層としてドーパント(すなわち、不純物)をドープ(すなわち、添加)してもよいが、レーザ素子を構成する半導体層へのドープ量低減という観点から、できるだけ少なくすることが望ましく、具体的には、レーザ活性層のドーピング密度は1×1018cm-3以下であり、且つ、当該レーザ活性層以外の半導体層のドーピング密度も1×1019cm-3以下であることが好ましい。レーザ活性層のドーピング密度は、1×1017以下であることがより好ましく、5×1016以下であることがより一層好ましい。また、レーザ活性層以外の半導体層のドーピング密度は、1×1018以下であることがより好ましく、5×1017以下であることがより一層好ましい。
【0052】
本発明の一態様である前記面発光量子カスケードレーザでは、多様なガス種分析への利用や優れたビーム品質等の観点から、レーザ発振波長が3μm以上9μm以下であることが好ましく、4μm以上8μm以下であることがより好ましい。
【0053】
以下に、本発明に関し、本発明の一態様である前記面発光量子カスケードレーザとは別の一態様について述べる。その際、本発明の一態様である前記面発光量子カスケードレーザにおいて既に述べた説明については、特に断りがない限り、同様に適用される。
【0054】
本発明の別の一態様は、レーザ活性層以外の半導体層と前記レーザ活性層を有し、前記レーザ活性層上に正方格子又は長方格子フォトニック結晶を有する面発光量子カスケードレーザであり、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aと、当該組成物Aと屈折率が異なる組成物Bと、当該組成物AとBの両方と屈折率が異なる組成物Cからなり、組成物Aは化合物半導体組成物又は金属組成物であり、組成物Bは化合物半導体組成物であり、組成物Cは誘電体組成物である。そして、前記正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体を前記組成物Bからなる層上に備え、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体の中心部に、前記組成物Cからなる5角形の底面を有する柱状構造体を備え、当該5角形の底面を有する柱状構造体の底面は前記組成物Bからなる層上に位置し、前記組成物Cからなる5角形の底面を有する柱状構造体は、前記組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体中に埋設されている構造を有する。
【0055】
本発明の別の一態様である前記面発光量子カスケードレーザにおいて用いられるフォトニック結晶の単位格子は、化合物半導体組成物又は金属組成物(当該組成物を本願では便宜上「組成物A」と称する)と、組成物Aと屈折率が異なる化合物半導体組成物(当該組成物を本願では便宜上「組成物B」と称する)と、組成物AとBの両方と屈折率が異なる誘電体組成物(当該組成物を本願では便宜上「組成物C」と称する)からなる。
【0056】
組成物Cとしては、誘電体組成物としてSiOを使用することが好ましい。代表的なものとして、例えば、Si、ZrO、TiOが挙げられ、これらの誘電体組成物からなる群から選択される少なくとも1種を使用することが好ましい。
【0057】
正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子の構造の概略は、当該フォトニック結晶を用いて面発光量子カスケードレーザを作製したときのレーザ光の射出方向から見た平面図と側面図としてそれぞれ、図11(a)と図11(b)に示す。
【0058】
図11(a)に示すとおり、正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子を2次元的に見ると、当該フォトニック結晶の単位格子の構造は、組成物Aからなる正方形又は長方形の形状部とその中心部に組成物Cからなる5角形の形状部を有する。そして、図11(b)に示すとおり、正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体と、その中心部に備えられている(すなわち、配置されている)組成物Cからなる5角形の底面を有する柱状構造体とが、組成物Bからなる層上に位置する構造を有する。そして、組成物Cからなる5角形の底面を有する柱状構造体は、組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体に埋め込まれて埋設している構造を有する。
【0059】
本発明の更なる別の一態様である前記面発光量子カスケードレーザにおいて用いられるフォトニック結晶の単位格子は、前記組成物Cで構成される部分を空隙とする。この場合の正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子の構造の概略は、図11(a)と図11(b)に示すとおり、組成物Cで構成される部分を空隙に置き換えた構造となる。そのため、本発明の別の一態様である前記面発光量子カスケードレーザにおいて用いられる正方格子又は長方格子フォトニック結晶の単位格子は、組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体と、その中心部に備えられている(すなわち、配置されている)空隙からなる5角形の底面を有する柱状の空隙構造体とが、組成物Bからなる層上に位置する構造を有する。そして、5角形の底面を有する柱状の空隙構造体は、組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体中に当該柱状構造体を貫通させることなく空隙として存在する。そのため、5角形の底面を有する柱状の空隙構造体は、図11(b)に示すとおり、組成物Aからなる正方形又は長方形の底面を有する柱状構造体に埋め込まれて埋設している構造を有する。
【0060】
本願において定めのない条件については、本発明の目的を達成できる限り、特に制限はない。
【実施例0061】
次に、実施例を挙げて本発明の実施の形態をより具体的に説明するが、本発明の実施の形態はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0062】
実施例1-1
<面発光量子カスケードレーザの製造及び効果(その1)>
図2(a)と(b)に示す2種類の面発光量子カスケードレーザを分子線エピタキシー(MBE)法を用いて作製した。図2(a)と(b)は、作製した面発光量子カスケードレーザの側面図である。
図2の2種類の面発光量子カスケードレーザにおいて、発光層である活性層(レーザ活性層のことである)14、24は、InGaAs薄膜とAlInAs薄膜を主構成要素とする多重量子井戸(MQW)からなり、下クラッド層15、25は、N型InP基板と当該基板上に形成されたInP薄膜からなる。下クラッド層15、25は、InPクラッド層15、25とも称する。下クラッド層15、25もMBE法を用いて作製した。前記多重量子井戸(MQW)では、他の構成要素としてSiをドープし、当該ドープ量は、活性層14、24におけるドーピング密度が1×1018cm-3以下になる量とした。
活性層14、24の上面にはInGaAsを主成分とするフォトニック結晶12、22を組み込んだ。なお、図2(b)では、活性層14、24の上面にInPの上クラッド層27(当該層を「InPクラッド層27」とも称する。)を設けた。当該フォトニック結晶12、22の作製は、図2(a)では、活性層14の上面に、図2(b)では、InPクラッド層27の上面に、まず厚みが1μmのInGaAs薄膜をMBE法で作製し、さらに電子線レジストを塗布した後、図1に示す設計にしたがって電子線リソグラフィによる電子線露光とドライエッチングで5角柱の2次元周期配列に加工することにより実施した。
レーザ素子の発熱を効率的に拡散させて当該素子の温度上昇を抑制するため、図2(a)では、エッチングで生じたフォトニック結晶12中の空洞(すなわち、隣接する5角柱の間隙)を、有機金属気相成長法でInP膜を成長させることによってInPで埋め込むとともに更にその上部に厚みが凡そ3μmのInP膜を作製し、クラッド層(当該層を「埋め込みInPクラッド層13」と称する。)とした。同様に、図2(b)でも、エッチングで生じたフォトニック結晶22中の空洞(すなわち、隣接する5角柱の間隙)を、金とTiからなり主成分を金とする金属(すなわち、Ti/Au金属)で埋め込むとともに更にその上部に厚みが凡そ1μmのTi/Au金属膜を作製し、Ti/Au金属層(当該層を「埋め込みTi/Au金属層23」と称する。)とした。5角柱の2次元周期配列の形成及び空洞(すなわち、隣接する5角柱の間隙)が隙間なく埋め込まれている(すなわち、充填されている)ことは、電子顕微鏡による観察で確認した。InPで埋め込む場合には、その上面に電流注入用の電極としてTiとAuからなる金属電極(すなわち、Ti/Au電極11)を作製した。図示していないが、図2(b)でも、同様に金属電極を作製した。また、SiOの絶縁膜を設けた。更に、前記InP基板の下面にも電流注入用の金属電極16、26(具体的には、Ti/Au電極)を取り付けた。中央にはレーザ光の取出し用の開口を設けた(図示せず)。
なお、活性層14、24以外にドープされたドーパントの量は、活性層14、24を除いたドーピング密度が1×1019cm-3以下になる量とした。
図1は、面発光量子カスケードレーザにおけるレーザ光の射出方向から見た、フォトニック結晶12、22の単位格子を示す平面図である。図1を用いて本実施例で設計されたフォトニック結晶12、22の構造を説明する。フォトニック結晶12、22の単位格子は、図中、aの長さが1.37μm、aの長さが1.644μm、bの長さが1.123μm、bの長さが1.348μm、b´の長さが0.786μm、そしてb´の長さが0.943μmになるように設計した。つまり、フォトニック結晶12、22は、長方格子の単位格子を有する。そのため、フォトニック結晶12、22の単位格子は、その二次元構造が、縦方向の長さをaとし、横方向の長さをaとする長方形の形状を有するが、その中心部に当該長方形の形状を構成する材料とは異なる材料からなる5角形の形状も有する。ここで、正方形又は長方形の形状部分は、図2(a)では埋め込みInPクラッド層13に相当し、図2(b)では埋め込みTi/Au金属層23に相当するので、その材料は、図2(a)ではInPであり、図2(b)ではTi/Au金属である。また、5角形の形状部分は、図2(a)ではフォトニック結晶12に相当し、図2(b)ではフォトニック結晶22に相当するので、その材料はドープ成分を除けばいずれもInGaAsである。
図2(a)では、5角形の形状部分の材料であるInGaAsの屈折率nは、3.40であり、長方形の形状部分の材料であるInPの屈折率nは、3.07である。
図2(b)では、5角形の形状部分の材料であるInGaAsの屈折率nは、3.40であり、長方形の形状部分の材料であるTi/Au金属の屈折率nは、3.53であった。
図2(a)と(b)のいずれも、レーザ素子には前記構造を有する単位格子を約360個×300個の量で、周期的に作製したことから、フォトニック結晶全体としての面積は、約500μm×500μmの大きさであった。
作製した図2に示す2種類の面発光量子カスケードレーザの効果に関しては、液体窒素温度に冷却して電流注入によるレーザ発振を実施し、面発光量子カスケードレーザとしてレーザ発振が達成でき、優れたビーム品質を実現できることを確認した(図示せず)。
【0063】
実施例1-2
<面発光量子カスケードレーザの製造及び効果(その2)>
図3に示す面発光量子カスケードレーザを、実施例1-1と同様の方法で作製した。図3は、作製した面発光量子カスケードレーザの側面図である。
具体的には、図3の面発光量子カスケードレーザにおいて、発光層である活性層34は、InGaAs薄膜とAlInAs薄膜を主構成要素とする多重量子井戸(MQW)からなり、下クラッド層35は、N型InP基板と当該基板上に形成されたInP薄膜からなり、InPクラッド層35とも称する。下クラッド層35もMBE法を用いて作製した。前記多重量子井戸(MQW)では、他の構成要素としてSiをドープし、当該ドープ量は、活性層34におけるドーピング密度が1×1018cm-3以下になる量とした。
活性層34の上面には、InGaAsを主成分とするフォトニック結晶32を組み込んだ。フォトニック結晶32の作製は、活性層34の上面にまず厚みが1μmのInGaAs薄膜をMBE法で作製し、さらに電子線レジストを塗布した後、図1に示す設計にしたがって電子線リソグラフィによる電子線露光とドライエッチングで5角柱の2次元周期配列に加工することにより実施した。
レーザ素子の発熱を効率的に拡散させて当該素子の温度上昇を抑制するため、エッチングで生じたフォトニック結晶32中の空洞(すなわち、隣接する5角柱の間隙)を、有機金属気相成長法でInP膜を成長させることによってInPで埋め込むとともに更にその上部に厚みが凡そ3μmのInP膜37を作製し、クラッド層(当該層を「埋め込みInPクラッド層33」とも称する)とした。5角柱の2次元周期配列の形成及び空洞(すなわち、隣接する5角柱の間隙)が隙間なく埋め込まれている(すなわち、充填されている)ことは、電子顕微鏡による観察で確認した。埋め込みInPクラッド層33の上には、厚みが凡そ0.1μmのInGaAs層37を更に形成した。InGaAs層37の上面に電流注入用の電極としてNiとAuからなる金属電極(すなわち、Ni/Au電極31)を作製した。また、SiOの絶縁膜39を設けた。さらに、InP基板38の下面にも電流注入用の金属電極36(具体的には、Ni/Au電極)を取り付けた。中央にはレーザ光の取出し用の開口を設けた(図示せず)。
なお、発光層(すなわち、活性層)34以外にドープされたドーパントの量は、発光層34を除くドーピング密度が1×1019cm-3以下になる量とした。
図1は、面発光量子カスケードレーザにおけるレーザ光の射出方向から見た、フォトニック結晶32の単位格子を示す平面図である。図1を用いて本実施例で設計されたフォトニック結晶32の構造を説明する。フォトニック結晶32の単位格子は、図中、aとaの長さがいずれも1.355μm、bとbの長さがいずれも1.065μm、b´の長さが0.426μm、そしてb´の長さが0.852μmになるように設計した。つまり、フォトニック結晶32は、正方格子の単位格子を有する。そのため、フォトニック結晶32の単位格子は、その二次元構造が、縦方向の長さaと横方向の長さaが同じ正方形の形状を有するが、その中心部に当該正方形の形状を構成する材料とは異なる材料からなる5角形の形状も有する。ここで、正方形の形状部分は、埋め込みInPクラッド層33に相当するので、その材料はInPである。また、5角形の形状部分は、フォトニック結晶32に相当するので、その材料はInGaAsである。5角形の形状部分の材料であるInGaAsの屈折率nは、3.40であり、正方形の形状部分の材料であるInPの屈折率nは、3.07である。
レーザ素子には前記構造を有する単位格子を約370個×370個の量で、周期的に作製したことから、フォトニック結晶全体としての面積は、約500μm×500μmの大きさであった。
作製した図3に示す面発光量子カスケードレーザの効果に関しては、実施例1と同様、液体窒素温度に冷却して電流注入によるレーザ発振を実施することにより確認した。図4に、本実施例で作製した面発光量子カスケードレーザの出力特性の結果を示す。この結果から、レーザ発振閾値電流は約2.8A、最大出力は約50mWであることを確認した。
また、図5に、本実施例で作製した面発光量子カスケードレーザの出力レーザビームの遠方場プロファイルの結果を示す。この結果から、ビーム広がり角が小さい単峰の出力ビームが得られることを確認した。
これらの結果から、本実施例で作製した面発光量子カスケードレーザによれば、面発光量子カスケードレーザとしてレーザ発振が達成でき、優れたビーム品質を実現できることがわかった。
【0064】
比較例1-1
<比較用面発光量子カスケードレーザの製造>
実施例1-2で作製した面発光量子カスケードレーザ中のフォトニック結晶32を構成する単位格子中の5角柱部分の底面の形状だけを直径1.102μmの円形の形状として円柱に置き換えただけの構造を有する一般的な面発光量子カスケードレーザを比較例1-1として作製した。当該作製方法は、単位格子中の5角柱部分の形状だけを円柱の形状に置き換えた以外、実施例1-2と同様である。
比較例1-1の面発光量子カスケードレーザの出力特性の結果を、実施例1-2の面発光量子カスケードレーザの出力特性の結果とともに図8に示す。
この結果から、比較例1-1の面発光量子カスケードレーザは、実施例1-2の面発光量子カスケードレーザと比べてレーザ出力が小さいことを確認した。
また、比較例1-1の面発光量子カスケードレーザによるレーザビームの遠方場プロファイルの結果を図9に示す。この遠方場プロファイルは、実施例1-2の面発光量子カスケードレーザによるレーザビームの遠方場プロファイルを示す図5の遠方場プロファイルとは異なり、ドーナッツ状の形状を示し、ビーム広がり角も大きいことを確認した。
これらの結果から、比較例1-1の面発光量子カスケードレーザでは、ビーム品質が低く、本発明の一実施態様の面発光量子カスケードレーザである実施例1-2のような優れたビーム品質は得られないことがわかった。
【0065】
実施例2-1
<フォトニック結晶の単位格子の構造がレーザ発振波長に与える影響>
実施例1-2で作製した図3に示す面発光量子カスケードレーザを、実施例1-2と同様の方法により、新たに3種類作製した。これら3種類の面発光量子カスケードレーザは、面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶32の単位格子の構造に関し、実施例1-2のフォトニック結晶32の正方格子の単位格子の長さ(具体的には、図1中のaとaの長さがいずれも同じ1.355μm)だけが1.355μmから1.370μmの範囲内で異なるように作製した。具体的には、図3に示す面発光量子カスケードレーザにおいて、図1中のaとaの長さがいずれも同じ1.360μmである面発光量子カスケードレーザ、aとaの長さがいずれも同じ1.365μmである面発光量子カスケードレーザ、そしてaとaの長さがいずれも同じ1.370μmである面発光量子カスケードレーザの3種類である。
作製した3種類の面発光量子カスケードレーザの効果に関し、実施例1-2と同様、液体窒素温度に冷却して電流注入によるレーザ発振を実施して確認した。図6には、作製した3種類の面発光量子カスケードレーザのレーザ発振スペクトルの結果を、実施例1-2の面発光量子カスケードレーザのレーザ発振スペクトルの結果と共に示す。この結果から、フォトニック結晶32の正方格子の単位格子の長さが増大するに伴い、レーザ発振波長(μm)が増大することを確認した。従って、フォトニック結晶32の単位格子構造を調節することによってレーザ発振波長の調節が可能であることがわかった。また、図6の結果から、レーザ発振波長(μm)はいずれも、約4.3から4.4μmであり、3μm以上9μm以下の範囲内であることを確認した。
このように、本実施例で作製した面発光量子カスケードレーザによれば、面発光量子カスケードレーザとしてレーザ発振が達成でき、優れたビーム品質を実現できることがわかった。
【0066】
実施例2-2
<フォトニック結晶の単位格子の構造がレーザ光の取出し効率に与える影響(その1)>
実施例1-2と同様の方法で図3に示す面発光量子カスケードレーザを作製した場合に関し、面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶32の単位格子の構造が、レーザ光の取出し効率に与える影響を調べた。具体的には、前記面発光量子カスケードレーザのレーザ光の取出し効率に関し、図1中のb´の長さとbの長さの比を示す(b´/b)の値、及び、b´の長さとbの長さの比を示す(b´/b)の値に対する依存性を有限要素法による数値計算で算出した。レーザ光の取出し効率は、面発光量子カスケードレーザで生じる全エネルギー損失に占めるレーザ出力の割合で一般的に定義されるが、本実施例においては、計算の簡素化のために相対的に寄与の小さいためレーザ光の取出し効率に影響を与えない自然放出によるエネルギー損失は考慮せず、全エネルギー損失はレーザ光の素子内部での再吸収と素子外に放射されるレーザ出力の合計として定義した。そのため、レーザ光の取出し効率は、活性層の利得スペクトルに含まれる複数の電磁共振モードに関するレーザ光の取出し効率の平均値でもある。なお、フォトニック結晶32の単位格子は、実施例1-2と同じ正方格子(すなわち、図1中のaとaの長さがいずれも同じ1.355μm)である。結果を図7に示す。
この結果から、レーザ光の取出し効率に関し、(b´/b)の値及び(b´/b)の値には最適値が存在し、具体的には、(b´/b)の値が0.1≦(b´/b)≦0.5を満たし、且つ、(b´/b)の値が0.3≦(b´/b)≦0.9を満たす場合に凡そ15%以上の大きな取出し効率が得られることがわかった。
なお、この傾向は、実施例1-1と同様の方法で図2に示す面発光量子カスケードレーザを作製した場合に関しても当て嵌まることも確認した(図示せず)。
【0067】
実施例2-3
<フォトニック結晶の単位格子の構造がレーザ光の取出し効率に与える影響(その2)>
面発光量子カスケードレーザからのレーザ光の取出し効率も、有限要素法による数値計算で算出した。その際、レーザ光の取出し効率を決める主たる要因だけ(具体的には、電磁モードの回折効率、及び、半導体層と上面電極による再吸収だけ)を考慮し、相対的に寄与が小さいためにレーザ光の取出し効率に実質的に影響を与えない、裏面電極による再吸収及び水平方向へのレーザ光の散逸は無視した。
実施例1-2と同様の方法により作製される面発光量子カスケードレーザに関し、当該面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶の構造がレーザ光の取出し効率に与える影響を調べた。具体的には、当該面発光量子カスケードレーザを構成するフォトニック結晶12、22、32の単位格子は、図1中のaの長さが1.380μmで、aの長さが1.2×a(=1.656μm)となる長方格子を有する。加えて、長方格子の単位格子の中心部に位置する5角柱の底面である5角形は、図1中のbの長さが1.2×bで、bの長さが当該5角形の面積が単位格子の面積の50%を占めるように設計されている。
フォトニック結晶がこのような構造を有する前記面発光量子カスケードレーザに関し、b´の長さとbの長さの比である(b´/b)の値とb´の長さとbの長さの比を示す(b´/b)の値が、レーザ光の取出し効率に与える影響を調べた。ここで、埋め込みInPクラッド層13、33とInGaAsのフォトニック結晶12、22、33のドーピング密度はそれぞれ、4×1016cm-3と1×1017cm-3であり、多重量子井戸層のドーピング密度は5×1016cm-3とした。結果を図10に示す。
この結果から、aの長さとaの長さの比率が1:1.2の長方格子を採用する場合、(すなわち、図1中のaの長さとaの長さの比を示す(a/a)の値が1以上2以下の範囲内の1.2である長方格子を採用する場合)、レーザ光の取出し効率が飛躍的に向上し、(b´/b)=(b´/b)=0.9の場合、61.5%という極めて高いレーザ光の取出し効率が得られることを確認した。
なお、この傾向は、実施例1-1と同様の方法で図2に示す面発光量子カスケードレーザを作製した場合に関しても当て嵌まることも確認した(図示せず)。
【0068】
実施例2-4
<ドーパント量の影響>
実施例1-1及び1-2と同様の方法により作製される面発光量子カスケードレーザに関し、レーザ光の再吸収に与える影響を調べた。
ここで、面発光量子カスケードレーザ素子内部でのレーザ光の再吸収量は、有限要素法による数値計算で算出した。その際、レーザ光の再吸収を決める主たる要因だけ(具体的には、半導体層へのドーパントのドープにより生じたキャリヤと上面の金属電極中の自由電子による光の再吸収だけ)を考慮し、相対的に寄与が小さいためにレーザ光の再吸収に実質的に影響を与えない、多重量子井戸中のサブバンド間遷移及び裏面電極中の自由電子による光の再吸収は無視した。
数値計算に使用した前記面発光量子カスケードレーザは、フォトニック結晶12、22、32の単位格子が、図1中のaとaの長さが同じ1.395μmである正方格子である構造を有する。加えて、正方格子である単位格子の中心部に位置する5角柱の底面である5角形は、図1中のb´とbの長さの比を示す(b´/b)の値が0.4であり、b´の長さとbの長さの比を示す(b´/b)の値が0.8であって、且つ、bとbの長さが同じで、前記5角形が前記単位格子(正方格子)の50%になるようにbの長さとbの長さを定めた構造を有する。当該面発光量子カスケードレーザにおけるInP層とInGaAs層のドーピング密度は、4×1016cm-3とする。
ここで、前記面発光量子カスケードレーザ中の多重量子井戸層のドーピング密度を2.5×1017cm-3から5×1016cm-3へと5分の1に減らすと、全レーザ光発生量に占める再吸収の割合が94.6%から92.5%へ低減することを確認した(図示せず)。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、波長3~5μmを含む中赤外~遠赤外、さらにはテラヘルツ領域までの波長帯をカバーできる小型レーザ光源としての利用が可能であり、様々なガス濃度測定への利用可能性がある。そのうえ、ppbレベルの微量ガスの濃度測定が可能であり、また、レーザとして直進性という特性を有するため、火山の噴出ガス等の遠隔地の危険ガスの検出としての利用可能性がある。また、レーザの単一波長性を利用した同位体比の測定への利用可能性がある。そのため、様々な分野(例えば、環境、食品、バイオ、化学、医薬、電子機器、自動車等)への利用可能性が大いに期待できる。
【符号の説明】
【0070】
11、31 金属電極(Ti/Au電極又はNi/Au電極)
12、22、32 フォトニック結晶
13、23、33 埋め込みInPクラッド層又は埋め込みTi/Au金属層
14、24、34 活性層(発光層)
15、25、35 下クラッド層(InPクラッド層)
16、26、36 金属電極(Ti/Au電極又はNi/Au電極)
27 上クラッド層(InPクラッド層)
37 InGaAs層
38 InP基板
39 絶縁膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11