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特開2023-59749アルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023059749
(43)【公開日】2023-04-27
(54)【発明の名称】アルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 27/20 20060101AFI20230420BHJP
   B22D 19/00 20060101ALI20230420BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20230420BHJP
   C04B 37/02 20060101ALI20230420BHJP
   H05K 1/02 20060101ALI20230420BHJP
【FI】
B22D27/20 A
B22D19/00 E
C22C21/00 A
C04B37/02 B
H05K1/02 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021169937
(22)【出願日】2021-10-15
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】000224798
【氏名又は名称】DOWAホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】コマロフ セルゲイ
(72)【発明者】
【氏名】小林 幸司
(72)【発明者】
【氏名】小山内 英世
【テーマコード(参考)】
4G026
5E338
【Fターム(参考)】
4G026BA16
4G026BB27
4G026BE04
4G026BF20
4G026BF24
4G026BG02
4G026BH07
5E338AA02
5E338AA18
5E338BB05
5E338BB75
5E338CC08
5E338EE02
(57)【要約】
【課題】溶湯接合法でアルミニウム-セラミックス接合基板を製造するに際し、その溶湯接合の工程で、微細化剤の添加や超音波付与を行うことなく、結晶粒径が微細化されたアルミニウム部材を容易に形成させる。
【解決手段】下記(A)に規定される凝固物からなるAl系固体材料を溶融させてAl系溶湯を作り、そのAl系溶湯を鋳型中に配置されるセラミックス板の表面に接触させた状態で凝固させることにより、前記セラミックス板の片面または両面にアルミニウム部材を接合させる。(A)Ti:0.01~0.2質量%、B:0.001~0.1質量%を含み、Al:99.0質量%以上である組成を有し、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している730℃以上の金属溶湯を形成させたのち、720~680℃の溶湯温度範囲内で超音波振動を当該金属溶湯に付与する処理を施し、凝固させた凝固物。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)に規定される凝固物からなるAl系固体材料を溶融させてAl系溶湯を作り、そのAl系溶湯を鋳型中に配置されるセラミックス板の表面に接触させた状態で凝固させることにより、前記セラミックス板の片面または両面にアルミニウム部材を接合させる、アルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
(A)Ti:0.01~0.2質量%、B:0.001~0.1質量%を含み、Al:99.0質量%以上である組成を有し、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している730℃以上の金属溶湯を形成させたのち、その金属溶湯の温度を降下させ、720~680℃の溶湯温度範囲内で超音波振動を当該金属溶湯に付与する処理を施し、その後、前記処理が施された金属溶湯を凝固させて得られた凝固物。
【請求項2】
前記の超音波振動を付与する処理は、振動振幅10~80μm(p-p)の超音波振動を付与する処理である、請求項1に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
【請求項3】
アルミニウム-セラミックス接合基板は、セラミックス板の両面にアルミニウム部材が接合した構造を有し、その両方のアルミニウム部材のうち、一方が半導体素子を搭載する回路用金属部材であり、他方が放熱部材である、請求項1または2に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子を搭載するための絶縁回路基板として有用な、セラミックス板とAl系板状部材とが接合した「アルミニウム-セラミックス接合基板」の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パワーモジュールなどの発熱量の多い半導体装置では、一般にセラミックス板の表面に板状の回路用金属部材が接合された絶縁回路基板が使用され、半導体素子は前記の回路用金属部材の上にはんだ付けなどの方法で搭載される。回路用金属部材としては、導電性の良好なCu系あるいはAl系の金属材料が適用される。このうちAl系の回路用金属部材を適用した絶縁回路基板(アルミニウム-セラミックス接合基板)は、昇温、降温を繰り返すヒートサイクルに対し、セラミックス板の耐破損性に優れることから、自動車用途などにおいて需要増が期待されている。
【0003】
アルミニウム-セラミックス接合基板にヒートサイクルを付与したとき、Al系部材が適度に塑性変形することによってセラミックス板との熱膨張差を吸収し、セラミックス板に付加される応力が軽減される。Al系部材がセラミックス板に拘束されながら塑性変形を繰り返すと、表面に露出している結晶粒界の部分に段差が生じて、半導体素子搭載面に凹凸が形成されることがある。表面の段差が大きい場合には、その面に搭載された半導体素子に損傷を与える恐れがある。上記の段差を小さくするためには、表面に現れている結晶粒界の総延長を長くして、塑性変形に伴う段差を分散させることが有効である。すなわち、Al系部材の結晶粒径を小さくすることが有効である。
【0004】
アルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法として、セラミックス板の表面でAl系金属の溶湯を凝固させることによってセラミックス板とAl系の回路用金属部材とを直接接合する「溶湯接合法」の技術が知られている。溶湯接合法によると、Al系の回路用金属部材は凝固組織となることから、圧延材などの加工品とは異なり、結晶粒は粗大化しやすい。そのため、ヒートサイクルによって形成されることがある上述の表面段差をできるだけ小さくするためには、Al系溶湯が凝固する際の結晶粒微細化技術が重要となる。また、回路用金属部材として使用するためには、アルミニウム本来の高い導電性および軟質な性質をできるだけ維持することも重要である。
【0005】
特許文献1には、Al系部材の結晶粒径が小さいアルミニウム-セラミックス接合基板を溶湯接合法により作製する技術として、固体のAlとAl-Ti-B合金を溶融させてAl系の溶湯を作り、それを鋳型に注入してセラミックス板と接合する手法が開示されている。Al-Ti-B合金としては例えばTi:3~8質量%、B:0.1~3質量%を含むものが良いとされる(段落0021)。Al-Ti-B合金には、Al系部材の結晶粒を微細化する凝固核成分としてTiAl、AlB、TiBなどが含まれている。Al系部材の導電性を維持しながら結晶粒を微細化させるためには、比較的低温でAl系溶湯を生成させることによりAl-Ti-B合金から供給された上記の凝固核成分がAl溶湯中に溶解することを防ぎ、かつ速やかに鋳型内に注湯することによってTiやBがAl中に固溶するのを抑制することが好ましいと教示されている(段落0020)。
【0006】
特許文献2には、アルミニウムを鋳造する際、溶湯へ超音波を照射することにより凝固組織制御等の効果が得られることが記載されている。溶湯への超音波照射は、移動樋を流れる溶湯中、あるいは鋳型内の溶湯中に超音波ホーンを挿入して行うことができるという(段落0002)。
【0007】
特許文献3には、アルミニウム-セラミックス接合基板を溶湯接合法により作製する際に、冷し金を介して鋳型に超音波振動を付与することにより、柱状晶よりも結晶粒が微細な等軸晶組織を形成させる技術が開示されている。超音波振動は柱状晶の成長よりも十分に速くアルミニウム内部を伝播し、凝固時点での結晶成長を乱すため、等軸晶組織を形成させることができるという(段落0057)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2019-141879号公報
【特許文献2】特開2011-177787号公報
【特許文献3】特開2018-163995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の手法によれば、溶湯接合法によって、Al系部材の結晶粒が微細化され、かつ導電性も高く維持されたアルミニウム-セラミックス接合基板を得ることができる。しかし、溶湯接合を行う工程において、異質核粒子として機能するTiB等の粒子をAl系溶湯中に導入するために、微細化剤のAl-Ti-B合金を固体のAlとともに溶融させる必要がある。鋳型に設けた溶湯収容部(坩堝として機能する部分)にAl原料とAl-Ti-B合金を投入して、それらを溶融させると、形成した溶湯中においてTi、Bの濃度分布が不均一になる場合がある。そのような溶湯を鋳型内の製品形状空間に注入すると、製品内の組成にTi、Bの偏析が生じ、製品品質の低下を招く恐れがある。また、Al系溶湯中に必要なTi、Bの含有量は微量であるため、鋳型の溶湯収容部に、正確に秤量した少量のAl-Ti-B合金を添加する操作を、個々の鋳型毎に逐一実施することは、アルミニウム-セラミックス接合基板の量産過程において煩雑であり生産性低下を招く要因となる。また、製造現場においてAl-Ti-B合金を添加し忘れて不良品を作ってしまうリスクもある。したがって、鋳型の溶湯収容部(坩堝として機能する部分)に原料を投入して溶融させる場合、予め成分調整された単一種類のAl系原料のみを使用することが望ましい。
【0010】
特許文献2、3に開示されるような超音波振動を付与する手段を利用すれば、溶湯接合法で形成されるAl系部材の結晶粒を微細化する効果を得ることができる。しかし、溶湯接合法に適用する個々の鋳型に超音波付与装置を設置することは、アルミニウム-セラミックス接合基板の量産過程において非常に煩雑であり、実施化は容易でない。
【0011】
本発明は、溶湯接合法でアルミニウム-セラミックス接合基板を製造するに際し、その溶湯接合の工程で、微細化剤の添加や超音波付与を行うことなく、結晶粒径が微細化されたアルミニウム部材を容易に形成させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは研究の結果、Ti、Bを含むAl系溶湯に超音波振動を付与したのち凝固させた凝固物には、再溶融させたのちに再凝固させたときに結晶粒が微細化された凝固組織を形成する性質が内在されていることを発見した。本発明はこの知見に基づいて成されたものである。すなわち、本発明では上記目的を達成するために、Ti、Bを含むAl系溶湯に超音波振動を付与する処理を施したのち、その溶湯を凝固させる手法で、Al系固体材料を予め作製しておき、そのAl系固体材料を溶湯接合法での溶湯形成用原料として使用する。具体的には、本明細書では以下の発明を開示する。
【0013】
[1]下記(A)に規定される凝固物からなるAl系固体材料を溶融させてAl系溶湯を作り、そのAl系溶湯を鋳型中に配置されるセラミックス板の表面に接触させた状態で凝固させることにより、前記セラミックス板の片面または両面にアルミニウム部材を接合させる、アルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
(A)Ti:0.01~0.2質量%、B:0.001~0.1質量%を含み、Al:99.0質量%以上である組成を有し、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している730℃以上の金属溶湯を形成させたのち、その金属溶湯の温度を降下させ、720~680℃の溶湯温度範囲内で超音波振動を当該金属溶湯に付与する処理を施し、その後、前記処理が施された金属溶湯を凝固させて得られた凝固物。
[2]前記の超音波振動を付与する処理は、振動振幅10~80μm(p-p)の超音波振動を付与する処理である、上記[1]に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
[3]アルミニウム-セラミックス接合基板は、セラミックス板の両面にアルミニウム部材が接合した構造を有し、その両方のアルミニウム部材のうち、一方が半導体素子を搭載する回路用金属部材であり、他方が放熱部材である、上記[1]または[2]に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
ここで、振動振幅についての「(p-p)」は、peak-to-peakのモードで測定される振幅であることを意味する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、溶湯接合法でアルミニウム-セラミックス接合基板を製造するに際し、その溶湯接合の工程で、微細化剤の添加や超音波付与を行うことなく、結晶粒径が微細化されたAl系部材を容易に形成させることが可能となった。予め用意されたAl系固体材料を溶融させてセラミックスとの溶湯接合に供するだけで、Al系部材の結晶粒を微細化させる高い効果が得られるので、本発明は、アルミニウム-セラミックス接合基板の品質向上および生産性向上に資するものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明で対象とするアルミニウム-セラミックス接合基板の断面構造の一例を模式的に例示した断面図。
図2】本発明で対象とするアルミニウム-セラミックス接合基板の断面構造の一例を模式的に例示した断面図。
図3図1に示した断面構造を有するアルミニウム-セラミックス接合基板を作製するための鋳型内の配置を模式的に例示した断面図。
図4図2に示した断面構造を有するアルミニウム-セラミックス接合基板を作製するための鋳型内の配置を模式的に例示した断面図。
図5図3に示した鋳型の内部に溶湯を導入した状態を表す断面図。
図6図4に示した鋳型の内部に溶湯を導入した状態を表す断面図。
図7】溶湯接合法に用いるAl系固体材料を作製するための溶解装置の構成の一例を模式的に例示した断面図。
図8】実施例2および比較例2で得られた回路用金属部材の中央部付近のマクロ組織写真。
図9】実施例3および比較例3で得られた回路用金属部材の中央部付近のマクロ組織写真。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[アルミニウム-セラミックス接合基板]
アルミニウム-セラミックス接合基板は、半導体素子を搭載するための絶縁基板であり、セラミックス板の一方の面に回路用金属部材である板状のアルミニウム部材が接合された積層構造を有する。前記セラミックス板の回路用金属部材と反対側の面には、放熱のための伝熱を担うアルミニウム部材が接合されていてもよい。セラミックス板の回路用金属部材と反対側の面に接合されているアルミニウム部材を、本明細書では「背面部材」と呼ぶことがある。背面部材の形態としては、(i)ヒートシンクなどの放熱部品と接合するための板状体、(ii)絶縁基板を半導体装置の内部や筐体に直接取り付けることができる強度を持ち、「放熱ベース」として機能する放熱部材、(iii)複数のピン状突起やフィンを備える放熱部材、などが例示できる。
【0017】
図1に、本発明で対象とするアルミニウム-セラミックス接合基板の断面構造の一例を模式的に例示する。セラミックス板10の片側の面に、板状のアルミニウム部材からなる回路用金属部材20が接合されている。回路用金属部材20は、後述の溶湯接合法により、Al系溶湯がセラミックス板10の表面上で凝固することによって形成されたものである。半導体素子は回路用金属部材20の面上に搭載される。回路用金属部材20はAl系の金属であるため、通常、金属回路部材20の上面(半導体素子搭載面22)にNiめっきなどを施して、はんだ濡れ性を改善したのちに、半導体素子がめっき層の上にはんだ層を介して接合される。セラミックス板10の厚さは、絶縁回路基板の設計に応じて様々であるが、例えば0.3~1.5mmの範囲で設定することができる。回路用金属部材20の厚さは、例えば0.3~1.5mmの範囲で設定することができる。なお、図1において、各部材の厚さは誇張して描いてある。
【0018】
セラミックス板10の主成分である代表的なセラミックスとしては、熱伝導性の良いAlN(窒化アルミニウム)、強度の高いSi(窒化ケイ素)、安価で汎用性の高いAl(アルミナ)などが挙げられる。パワーモジュールの場合には、信頼性や放熱性を確保する観点からAlN板またはSi板を適用することが好ましい。セラミックス板10の厚さは、絶縁回路基板の設計に応じて様々であるが、例えば0.3~1.5mmの範囲で設定することができる。
【0019】
溶湯接合法によると、回路用金属部材20は一般的に粗大な結晶粒からなる凝固組織となりやすい。回路用金属部材20の結晶粒が粗大であると、上述したように、ヒートサイクルによって表面に露出している結晶粒界部分に段差が生じて半導体素子を接合するはんだ層や半導体素子に損傷を及ぼす恐れがある。本発明では、溶湯接合に供するAl系固体材料として、超音波処理を施す後述の手法で凝固させた凝固物を使用することによって、回路用金属部材20の凝固組織が粗大化することを防止する。本発明に従うアルミニウム-セラミックス接合基板では、回路用金属部材20の上表面(半導体素子搭載面22)を研磨した観察面は、等軸晶を主体とした微細な凝固組織を呈する。半導体素子搭載面22の必ずしも全面が等軸晶である必要はなく、半導体素子が接合される部分のみが等軸晶であることによって、段差による悪影響は大幅に軽減される。したがって、回路用金属部材20の上表面の総面積に占める等軸晶の面積率が例えば50%程度であっても、半導体素子の搭載レイアウトによっては十分な効果が得られる。しかし、汎用性の高い絶縁回路基板を提供する観点からは、回路用金属部材20の上表面の総面積に占める等軸晶の面積率は80面積%以上であることが好ましく、90面積%以上であることがより好ましい。回路用金属部材20の上表面の全体が等軸晶からなるものであることが更に好ましい。その等軸晶の平均結晶粒径は、例えばJIS H0501-1986に準ずる切断法で、3.0mm以下であることが好ましく、1.0mm以下であることがより好ましい。ここでは、回路用金属部材20の表面をバフ研磨したのちエッチングすることによって現れた結晶粒のうち、アスペクト比が3以下である結晶粒を等軸晶とみなす。回路用金属部材20の表面に占める等軸晶の面積割合を「等軸晶の面積率(%)」とする。ここでアスペクト比は、結晶粒の長径/短径で表される比率である。長径は結晶粒の輪郭線(結晶粒界)上の任意の2点を結ぶ線分の中で、最も長い線分の長さを意味し、短径は、長径に対して直角方向に測った結晶粒の輪郭線(結晶粒界)間の距離が最も長い部分の当該距離を意味する。回路用金属部材20の外周輪郭線(エッジ)によって切られる結晶粒はその外周輪郭線も結晶粒界の一部であるとしてアスペクト比を定める。
【0020】
回路用金属部材20は、できるだけ高い導電性を有することが望ましい。具体的には、Al含有量が99.0質量%以上のアルミニウム部材であることが好ましい。Al以外の元素としては、後述のAl系固体材料の作製時に添加されるTiおよびBを含有する。Ti:0.01~0.2質量%、B:0.001~0.1質量%、残部がAlと不可避的不純物からなる組成であることがより好ましく、Ti:0.02~0.1質量%、B:0.02~0.1質量%、残部がAlと不可避的不純物からなる組成であることが更に好ましい。TiとBの含有量比は、質量割合でTi:Bが1:1~6:1の範囲であることがより好ましい。
【0021】
図1の例では、セラミックス板10の回路用金属部材20と反対側の面に、背面部材として板状のアルミニウム部材からなる放熱部材50が接合されている。このアルミニウム-セラミックス接合基板は上記(ii)の形態に相当する。このタイプのアルミニウム-セラミックス接合基板は「ベース一体型絶縁回路基板」と呼ばれることがある。この放熱部材50には、図示するように、板状補強部材110を必要に応じて内蔵させることができる。板状補強部材110は、放熱部材50の強化機能と、アルミニウムの熱膨張に起因するベース一体型絶縁回路基板の変形抑制機能を発揮する。板状補強部材110には、例えばAlN、Siなどのセラミックス板、カーボン板状体などを適用することができる。放熱部材50も、溶湯接合法によって回路用金属部材20と同時に形成させることができる。
【0022】
図2に、本発明で対象とするアルミニウム-セラミックス接合基板の断面構造の一例を模式的に例示する。ここでは、2つの回路用金属部材20が併置されている部分の断面を例示してある。2つの回路用金属部材20は、セラミックス板10上に形成されている溝部21によって互いに電気的に絶縁されている。また、放熱部材50として、複数のピン状突起53を有するタイプのAl系背面部材が適用されている。ピン状突起53の配置によっては、図2に図示したピン状突起53の間から背後のピン状突起の一部が見える場合があるが、ここでは背後のピン状突起の図示を省略してある。ピン状突起53は放熱性を高めるためのヒートシンク機能を有する。このアルミニウム-セラミックス接合基板は上記(iii)の形態に相当する。この例では、放熱部材50の厚さ方向に直角方向の端部は、セラミックス板10の端面を囲む構造の周壁部51と一体化している。すなわち、図2の放熱部材50は、セラミックス板10の回路用金属部材20が形成されている面と反対側のほぼ全面と、セラミックス板10の端面(側面)と、セラミックス板10の回路用金属部材20が形成されている面の周囲に形成されている。周壁部51と回路用金属部材20とは、セラミックス板10上に形成されている溝部52によって互いに電気的に絶縁されている。ピン状突起53および周壁部51を有する放熱部材50も、回路用金属部材20を形成する溶湯接合の過程を利用して、Al系溶湯の鋳造により形成させることができる。放熱性を高めるための部材として、ピン状突起に代えて板状部材からなる放熱フィンを、溶湯接合の過程を利用して鋳造により形成させることもできる。
【0023】
[溶湯接合法]
本発明では、溶湯接合に使用するAl系溶湯の原料として、後述の手法で予め溶製された凝固物からなるAl系固体材料を適用することを除き、公知の溶湯接合法を利用することができる。溶湯接合は、主として「部材配置工程」と「接合工程」によって実現される。
【0024】
(部材配置工程)
部材配置工程は、Al系溶湯が接合されるセラミックス板などの部材を鋳型内に設置する工程である。
図3に、図1に示した断面構造を有するアルミニウム-セラミックス接合基板を作製するための鋳型内の配置を模式的に例示した断面図を示す。上型1aと下型1bにより鋳型1が構成されている。上型1aと下型1bは、ガス透過性を有する炭素材料または金属材料からなる。鋳型1には上型1aと下型1bの内部空間によって形成される貯湯部5がある。貯湯部5は、鋳型内部の製品形状空間へ供給するための金属溶湯を収容する空間である。貯湯部5でAl系固体材料を溶融させてAl系溶湯を得ることもできる。その場合、貯湯部5は坩堝としての機能も有する。貯湯部5の上部には加圧口2があり、貯湯部5内の溶湯を製品形状空間に送り込むための圧力が鋳型1の外部から加圧口2を通じて溶湯に付与されるようになっている。下型1bには貯湯部5内の溶湯を鋳型内の各部位へ供給するための湯道3が設けられている。図3の例では、湯道3の一部に、溶湯が通過する流路の断面を細くした狭断面流路103が設けられている。Al系溶湯が狭断面流路103を通過する際に溶湯表面の酸化皮膜が除去される。
【0025】
セラミックス板10を下型1bの所定位置(セラミックス板収容部)に設置する。図3の例では、さらに板状補強部材110を下型1b内部に設けられた図示しない支持部に載置することによって所定位置に設置する。セラミックス板10と下型1bの内壁面の間には、空間Aが形成されている。空間Aは下型1b内の図示しない湯道によって貯湯部5に繋がっている。空間Aに充填されたAl系溶湯が凝固することにより板状の回路用金属部材(図1の符号20)が形成される。セラミックス板10の上面側には、板状補強部材110を取り囲むように空間Bが形成されている。空間Bは下型1b内の湯道によって貯湯部5に繋がっている。空間Bに充填されたAl系溶湯が凝固することにより、板状補強部材110を内蔵する放熱部材(図1の符号50)が形成される。セラミックス板10、板状補強部材110は、いずれも接合工程において溶湯を注入した際に所定位置からずれないように、鋳型内部の支持部材あるいは挟持部材によって位置が拘束されている。
図3において、セラミックス板10の厚み、板状補強部材110の厚み、空間Aにおけるセラミックス板10と下型1bの間隔、空間Bにおけるセラミックス板10と板状補強部材110の間隔、および空間Bにおける板状補強部材110と上型1aの間隔は、それぞれ誇張して描いてある。
【0026】
図4に、図2に示した断面構造を有するアルミニウム-セラミックス接合基板を作製するための鋳型内の配置を模式的に例示した断面図を示す。この場合は、空間Bは上型1aの壁面によって形成された複数のピン状凹部4を有している。ピン状凹部4に充填されたAl系溶湯が凝固することによりヒートシンク機能を有するピン状突起(図2の符号53)が形成される。図4の鋳型構造は、ピン状凹部4が形成されていること、セラミックス板10、空間A、空間Bの配置が異なること、板状補強部材(図3の符号110)を設置する構造を有しないことを除き、図3のものと基本的に同様である。セラミックス板10は、接合工程において溶湯を注入した際に所定位置からずれないように、鋳型内部の支持部材あるいは挟持部材によって位置が拘束されている。
【0027】
(接合工程)
接合工程は、鋳型内にAl系溶湯を注入して、そのAl系溶湯を鋳型内部に配置されていたセラミックス板あるいは更に板状補強部材の表面に接触させた状態で凝固させ、前記Al系溶湯に由来するアルミニウム部材とセラミックス板あるいは更に板状補強部材とが接合した構造体を形成させる工程である。
【0028】
図5および図6に、それぞれ図3および図4に示した鋳型の内部に溶湯を導入した状態の断面図を例示する。溶湯接合を行うための鋳造を、例えば以下のようにして行う。セラミックス板10、必要に応じて更に板状補強部材110が上述のようにセットされた鋳型1を用意する。貯湯部5を坩堝として利用する場合には、Al系溶湯の原料であるAl系固体材料を例えば粒状物や小片の形態で貯湯部5の中に入れる。その鋳型1を加熱炉に装入し、窒素ガスなどの非酸化性ガス雰囲気中で加熱する。鋳型1の外部にある溶解炉でAl系固体材料を溶融させたAl系溶湯を使用する場合は、その溶湯を加圧口2から貯湯部5に導入する。貯湯部5を坩堝として利用する場合は、原料のAl系固体材料を貯湯部5内で溶融させ、Al系溶湯を得る。
【0029】
鋳型が所定温度(例えば700~725℃)に到達したのち、加圧口2から窒素ガス等の不活性ガスにより例えば5~50kPaの圧力で加圧して、貯湯部5に収容されているAl系溶湯100(すなわち後述の方法で作製したAl系固体材料が溶融した溶湯)を、湯道3を経由して鋳型内の空間に注入する。本発明では、鋳型に注入するAl系溶湯を得る際に、微細化剤などの固体金属を使用して成分調整する必要がなく、予め用意してある単一種類のAl系固体材料のみを溶融させれば済むので、Al系固体材料が完全に溶融し、所定の注湯温度に到達すれば、すぐに溶湯の注入(注湯)を開始することができる。
【0030】
図5図6の例では、Al系溶湯100が狭断面流路103を通過することによって、溶湯表面に形成されている酸化皮膜が除去される。湯道で繋がっている鋳型内の空間が全てAl系溶湯100によって満たされたのち、凝固を開始する。凝固の方法としては、鋳型1の外壁の一部分(例えば図5図6の左端)に冷却装置として水冷の銅ブロックを接触させるなどの方法で、指向性凝固させることが望ましい。引け巣などの鋳造欠陥を防止するために、加圧口2から窒素ガス等の不活性ガスにより例えば5~50kPaの圧力での加圧を継続しながら凝固を進行させることが望ましい。Al系溶湯100が空間Aおよび空間Bで凝固することによって得られたアルミニウム部材は、後述の方法で作製されたAl系固体材料が再溶融したのち、再凝固することによって形成されたものである。このAl系固体材料を溶湯接合法のアルミニウム原料に用いることによって、アルミニウム-セラミックス接合基板のアルミニウム部材を等軸晶が主体の微細な凝固組織とすることができる。
【0031】
[Al系固体材料の作製方法]
溶湯接合法で鋳型に注入するAl系溶湯の原料として、本発明では下記(A)に規定される凝固物からなるAl系固体材料を使用する。
(A)Ti:0.01~0.2質量%、B:0.001~0.1質量%を含み、Al:99.0質量%以上である組成を有し、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している730℃以上の金属溶湯を形成させたのち、その金属溶湯の温度を降下させ、720~680℃の溶湯温度範囲内で超音波振動を当該金属溶湯に付与する処理を施し、その後、前記処理が施された金属溶湯を凝固させて得られた凝固物。
【0032】
図7に、上記Al系固体材料を作製するための溶解装置の構成例を、断面構造によって模式的に例示する。炉70の内部に坩堝71が設置されている。坩堝71の中に金属原料を入れ、炉70内で加熱溶融させることにより金属溶湯72を形成させる。炉70としては、例えば図示しないヒーターを備える電気炉や、図示しない高周波コイルを備える高周波誘導炉などが使用できる。坩堝71としては、例えばアルミナ坩堝を使用することができる。炉外からの操作によって、振動子を内蔵する超音波振動子73に備えられたホーン74を、金属溶湯72の中に浸漬させること、および金属溶湯72の中から引き上げることができるようになっている。金属溶湯72の温度をモニターするために、例えば熱電対センサー75が坩堝71内に設置される。ここでは、この構成の溶解装置を用いる場合を例に挙げて、Al系固体材料を作製する手法を説明する。
【0033】
まず、坩堝71内に、アルミニウム原料を入れる。最終的にAl含有量が99.0質量%以上となるように、不純物の少ないAlをアルミニウム原料として使用する。回路用金属部材(図1図2の符号20)を形成したときの高い導電性を確保する観点から、例えば純度99.9%以上の純Alを使用することが好ましい。炉内は大気雰囲気とすることもできるし、真空あるいは窒素等の不活性ガス雰囲気とすることもできる。炉内を大気以外の所定雰囲気に調整する場合は、炉70として密閉式の炉を用い、炉70内を所定のガス雰囲気が維持される状態とする。次に、ヒーターあるいは高周波コイルによって坩堝71内のアルミニウム原料を加熱溶融させて、Alからなる金属溶湯72を形成させる。
【0034】
Alからなる金属溶湯72の温度が少なくとも730℃以上となるように溶湯温度を上昇させたのち、Ti源としてAl-Ti合金、B原としてAl-B合金をそれぞれ金属溶湯72の中に投入し、Ti、BをAlの液相中に溶解させる。TiとBの両方を含有するAl-Ti-B合金を使用せずに、TiおよびBをそれぞれ単独に含有するAl-Ti合金およびAl-B合金を使用することが好ましい。Al-Ti-B合金中には、すでにTiB粒子が含まれており、これを完全にAlの液相中に溶解させることは必ずしも容易ではないからである。具体的なTi源およびB源の投入手法としては、例えば以下に示す手順を採用することができる。すなわち、まずAlからなる金属溶湯72の温度をできるだけ高温の状態に維持する。溶湯温度が730℃未満だとTiBが生成しやすくなるので、少なくとも730℃以上の高温域であることが必要であるが、更に高温域、例えば750~850℃の温度に昇温することが好ましい。この高温に維持されたAlからなる金属溶湯72の中に、例えばTiを10質量%程度含むAl-Ti合金を投入し、完全に溶解させる。次いで、例えばBを4質量%程度含むAl-B合金を投入して完全に溶解させる。先にAl-B合金を投入し、次にAl-Ti合金を投入する投入順序としてもよい。Al-Ti合金、Al-B合金の投入量は、金属溶湯72が、Ti:0.01~0.2質量%、B:0.001~0.1質量%の範囲にある目標組成となるように調整する。TiとBの含有量比は、質量割合でTi:Bが1:1~6:1となるように設定することがより好ましい。このようにして、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している730℃以上、より好ましくは750℃以上の金属溶湯72を形成させる。
【0035】
次に、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している上記の金属溶湯72の温度を降下させ、超音波振動子73のホーン74を金属溶湯72の中に浸漬させる。溶湯温度が720~680℃の範囲にあるときに、超音波振動をホーン74から金属溶湯72に付与する処理を施す。TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している金属溶湯の温度を下げていくと、TiとBの大部分がTiBの生成に消費されると考えられる。残りのTiは、一部がAlTiの生成に消費され、その残りはAl溶湯中に「溶存Ti」として存在する。またTiBの生成に消費されなかったBのほとんどはAl溶湯中に「溶存B」として存在する。720~680℃の温度範囲では、降温中にTiBの生成が活発に起こりやすいと考えられる。そこで、金属溶湯72の温度が720~680℃の範囲の任意の温度域にあるときに超音波振動を付与する。金属溶湯72の温度が少なくとも715~685℃の範囲の任意の温度域にあるときに超音波振動を付与することがさらに好ましい。
【0036】
金属溶湯72へ付与する超音波振動の振動振幅は例えば10~80μm(p-p)とすることが効果的であり、40~70μm(p-p)とすることがより好ましい。なお、本願記載の振動振幅は、peak-to-peak(p-p)のモードで測定される値である。溶湯中にキャビテーション場を形成させることで粒子の分散効果が期待されるので、振動振幅の下限としては、溶融Alの場合、完全発達キャビテーションの開始閾振幅に近い10μm(p-p)とすることが好ましい。また、ホーン端面の直下でキャビテーション気泡が多く生成してホーンからAl溶湯へ伝達するエネルギーが大きく低下する現象(acoustic (or cavitation) shielding)をできるだけ回避する必要があることや、振動振幅が過大になるとホーン中の内部応力が大きくなりホーンの折損リスクが高まることを考慮し、振動振幅は80μm(p-p)以下とすることが望ましい。ホーン74の浸漬位置は、処理対象である金属溶湯72の全体に超音波振動の効果が及ぶように設定することが望ましい。上記の振動振幅を処理対象である金属溶湯72の全体に付与するためには、超音波振動子73による超音波振動出力を溶湯1kg当たり例えば0.05~0.5kWの範囲で調整することによって実現できる。超音波振動の付与時間は例えば30~300秒の範囲で設定することができる。「超音波」は20kHz以上の音波を意味する用語として使用されることが多いが、本明細書では、振動子によって発生される15kHz以上の周波数の振動を超音波振動と呼ぶ。これまでの実験によれば、例えば15kHz以上の超音波振動によって、Al系溶湯中でのキャビテーション効果を得ることができる。また、上限は特に定めないが、溶融Al中のキャビテーションの発生現象を考慮すると30kHz以下に設定するのが好ましい。
【0037】
超音波振動がAl溶湯に及ぼす影響については、現時点で十分に解明されていないが、以下のことが考えられる。超音波振動を照射しながら溶湯温度を下げていくと、超音波振動によってTiB粒子の凝集が回避され、サイズの小さいTiB粒子が溶湯中に分散した状態になる。また、生成したTiB粒子の表面は超音波振動によって清浄化され、より活性な状態になる。Al溶湯中の溶存Tiは、超音波振動によって分散化・活性化されたTiB粒子表面上で溶存Bと反応してTiBからなる新生面を形成するか、あるいはAlと反応してAlTiからなる新生面を形成することが考えられる。このような新生面が形成されたTiB粒子が分散した状態で封じ込められた凝固物を、溶湯接合法のAl源(Al系固体材料)として使用すると、異質核生成が促進され、Al結晶粒の微細化作用が顕著に発揮されるものと推察される。
【0038】
超音波振動を付与する処理を終えたのち、ホーン74を金属溶湯72から引き上げる。その後、坩堝71を傾動させるなどの方法で金属溶湯72を炉70内に設置してある鋳型などに流し込んで凝固させるか、あるいは金属溶湯72の温度を降下させて坩堝72中で金属溶湯72を凝固させ、凝固物を得る。凝固が完了するまで、窒素ガス雰囲気などの不活性ガス雰囲気を維持することが望ましい。
【0039】
得られた凝固物を、溶湯接合の工程で再溶融させるのに適した所定サイズに小片化する。このようにして溶湯接合法でアルミニウム原料として使用するためのAl系固体材料を得ることができる。
【0040】
以上のようにして得られたAl系固体材料は、再溶融させたのちに再凝固させたとき、等軸晶を主体とする微細な凝固組織を形成させやすい性質を内在している。その要因として、このAl系固体材料は、上述のようなTiB粒子を数多く含んでいることが挙げられる。この種のTiB粒子は、一次粒子として生成した段階で表面が清浄化されていると考えられ、二次粒子として粗大な凝集体を作りにくい性質を有していると推定される。また、上述の凝固物サンプルについてのTEM(透過型電子顕微鏡)観察によれば、超音波振動を付与しながら生成させたTiB粒子の表面には中間生成物(異相)の存在が確認されず、TiB粒子が直接αAl相と接していた。このことから、超音波処理中に生成したTiB粒子は、その粒子自体がαAlの異質核生成サイトとして機能すると考えられた。上記のAl系固体材料を再溶融させた溶湯を用いて、アルミニウム-セラミックス接合基板を溶湯接合法により作製したとき、従来一般的な冷却速度で凝固させても、微細な結晶粒からなるアルミニウム部材の凝固組織が容易に得られるのは、再溶融させた溶湯中に浮遊する多数のTiB粒子が凝固過程で迅速に異質核生成サイトとして働くことによるものと推察される。なお、このAl系固体材料中には、TiAlなど、異質核として機能しうるTiB以外の粒子も含まれていると考えられるが、発明者らは、微細な等軸晶を形成させやすくしている作用の発現に関してはTiBが支配的であると考えている。
【実施例0041】
[実施例1]
(Al系固体材料の作製)
図7に示した構成の溶解装置を用いて、溶湯接合に供するためのAl系固体材料を作製した。炉70として電気炉を使用し、大気雰囲気下で以下のようにしてAl系固体材料を溶製した。
【0042】
純度99.9%以上の純Alのインゴットを坩堝に入れ、電気炉の加熱を開始し、上記純Alのインゴットを溶融させ、金属溶湯を得た。金属溶湯の温度は坩堝内に設置した熱電対センサーによりモニターした。金属溶湯の温度をさらに上昇させ、溶湯温度を800℃に維持した。純Alからなる800℃の金属溶湯に、Ti源としてAl-10質量%Ti合金を投入し、800℃で60分保持することによりAl-10質量%Ti合金を完全に溶解させた。このAlおよびTiからなる金属溶湯に、B源としてAl-4質量%B合金を投入し、800℃で60分保持することによりAl-4質量%B合金を完全に溶解させ、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している金属溶湯約3kgを得た。溶湯組成は、Ti:0.02質量%、B:0.02質量%、残部がAlである。
【0043】
その後、上記の金属溶湯の温度を降下させ、超音波振動子のホーンを金属溶湯中に浸漬させ、溶湯温度が710~690℃の範囲にあるときに、超音波振動を溶湯に付与した。ここでは、周波数20kHz、振動振幅40μmの超音波振動を溶湯に約100秒付与した。超音波振動出力は溶湯1kg当たりに換算すると0.13~0.2kW程度であった。超音波振動を付与したのち、ホーンを金属溶湯から引き上げ、溶湯温度690℃以下にて坩堝中の金属溶湯を鋳型に流し込み、溶湯を凝固させた。鋳型から凝固物を取り出し、得られた凝固物を切断して小片に分割し、溶湯接合法に使用するためのAl系固体材料とした。
【0044】
(アルミニウム-セラミックス接合基板の作製)
超音波振動を付与する方法で作製した上記のAl系固体材料(Ti:0.02質量%、B:0.02質量%、残部がAlである組成のもの)のみをAl系溶湯の原料に使用して、図1に示した断面構造を有するアルミニウム-セラミックス接合基板(ベース一体型絶縁回路基板)を溶湯接合法により、以下のようにして作製した。
【0045】
セラミックス基板(図1の符号10)として、120mm×92mm×1mmのAlNからなる板材を用意した。板状補強部材(図1の符号110)として、126mm×94mm×1mmのAlNからなる板材を用意した。これらを図3に示した断面構造のガス透過性を有する炭素材料からなる鋳型の内部に設置した。回路用金属部材(図3の符号20)となる鋳型内空間(図3の空間A)における鋳型壁面とセラミックス基板の間の距離は0.4mm、放熱部材(図1の符号50)となる鋳型内空間(図3の空間B)のうち、セラミックス板(図3の符号10)と板状補強部材(図3の符号110)の間の距離は2.6mm、板状補強部材(図3の符号110)と鋳型壁面の距離は0.4mmである。セラミックス板、板状補強部材は、いずれも溶湯を注入した際に所定位置からずれないように、鋳型内部の支持部材あるいは挟持部材によって位置が拘束されている。
【0046】
この鋳型の貯湯部(図3の符号5)にAl原料として上記の方法で作製したAl系固体材料を入れたのち、鋳型を炉内に装入し、窒素雰囲気中で加熱した。加熱温度は鋳型に取り付けた熱電対によってモニターした。Al原料が溶融したのち、温度720℃において鋳型の加圧口(図5の符号2)から窒素ガスにより16kPaの圧力を付与し、湯道に設けた狭断面流路(図5の符号103)を経由して鋳型内部の空間へAl系溶湯を注入した。その注湯開始から約4分経過した時点で鋳型端部の外壁(図5の左端に相当する部位)に冷却装置として水冷の銅ブロックを接触させる方法で、指向性凝固を開始させた。窒素ガスによる加圧および貯湯部からの溶湯供給を継続しながら凝固を進行させた。鋳型の温度が約50℃以下となった後、炉内を大気に開放し、鋳型から鋳造製品(積層構造体)を取り出した。このようにして、製品部分の断面が図1に示した構造を有するアルミニウム-セラミックス接合基板(ベース一体型絶縁回路基板)を得た。このアルミニウム-セラミックス接合基板の各部材の寸法(鋳型から取り出した際に付属している湯道部分などの不要部分を切断により除いた製品部分の寸法)は、回路用金属部材(図1の符号20)が80mm×50mm×0.4mm、セラミックス板(図1の符号10)が120mm×92mm×1.0mm、放熱部材(図1の符号50)が140mm×100mm×4.0mm、放熱部材に内蔵される板状補強部材(図1の符号110)が126mm×94mm×1.0mmである。
得られたアルミニウム-セラミックス接合基板について以下のことを調べた。
【0047】
(回路用金属部材のマクロ組織観察)
回路用金属部材(図1の符号20)の表面をバフ研磨し、濃度3質量%の水酸化ナトリウム水溶液で洗浄したのち、濃度13.5質量%、温度25℃の塩化第二鉄水溶液でエッチングし、結晶粒界が現れた観察面を得た。この観察面を撮影した写真の画像に基づいて回路用金属部材の上表面の総面積(80mm×50mm)に占める等軸晶の面積を求めたところ、等軸晶の面積率は85面積%であった。また、JIS H0501-1986に準ずる切断法により、写真の画像上に線分を引き、その線分によって完全に切られる結晶粒数を数えることによって、等軸晶の平均結晶粒径を求めた。線分は、凝固方向に対して概ね直角となる、80mm×50mmの矩形の短辺に平行な方向に、長さ50mmに相当する複数の線分を15mm間隔で等軸晶領域に引き、各線分で求めた切断長さの平均値を、全ての線分について平均することによって平均結晶粒径を定めた。その結果、等軸晶の平均結晶粒径は1.48mmであった。
【0048】
(回路用金属部材の電気抵抗率)
回路用金属部材(図1の符号20)の表面をバフ研磨した面について、導電率(%IACS)を、導電率計(FOERSTER社製、SIGMATEST2.069)を用いて渦電流法により測定した。その導電率(%IACS)から、下記(1)式の換算により、電気抵抗率(μΩ・cm)を求めた。
電気抵抗率(μΩ・cm)=10000/(58.001×導電率(%IACS)) …(1)
その結果、電気抵抗率は2.73μΩ・cmであった。
【0049】
(回路用金属部材の硬さ)
回路用金属部材(図1の符号20)の表面をバフ研磨した面について、JIS Z2244-1:2020に準拠して試験力F=9.8Nでのビッカース硬さを測定した。その結果、回路用金属部材の硬さは16.7HVであった。
【0050】
(接合欠陥の検査)
得られたアルミニウム-セラミックス接合基板について、回路用金属部材(図1の符号20)とセラミックス板(図1の符号10)との接合界面を超音波探傷装置(SAT)(日立建機ファインテックス株式会社製、FS100II)により観察した。その結果、当該接合界面に、未接合となっている欠陥(未接合部)は認められなかった。
【0051】
[比較例1]
実施例1のAl系固体材料の作製過程において、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している金属溶湯溶湯の組成を、Ti:0.03質量%、B:0.03質量%、残部がAlとしたこと、および超音波振動を付与する処理を行わなかったことを除き、実施例1と同様の条件でAl系固体材料を作製した。超音波振動を付与せずに作製した上記のAl系固体材料(Ti:0.03質量%、B:0.03質量%、残部がAlである組成のもの)のみをAl系溶湯の原料に使用して、実施例1と同様の条件でアルミニウム-セラミックス接合基板を作製した。
【0052】
実施例1と同様の条件で回路用金属部材のマクロ組織観察を行ったところ、回路用金属部材の上表面の全体(80mm×50mm)が柱状晶からなる凝固組織を呈していた。JIS H0501-1986に準ずる切断法により、実施例1と同様に、凝固方向に対して概ね直角となる、80mm×50mmの矩形の短辺に平行な方向に、長さ50mmに相当する複数の線分を15mm間隔で引き、平均結晶粒径を測定した。その結果、柱状晶の凝固方向に対して概ね直角方向の平均結晶粒径は17.0mmであった。
【0053】
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の電気抵抗率を測定したところ、電気抵抗率は2.75μΩ・cmであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の硬さを測定したところ、硬さは16.2HVであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材とセラミックス板との接合界面を検査したところ、当該接合界面に、未接合となっている欠陥(未接合部)は認められなかった。
【0054】
[実施例2]
実施例1のAl系固体材料の作製過程において、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している金属溶湯溶湯の組成を、Ti:0.04質量%、B:0.04質量%、残部がAlとしたことを除き、実施例1と同様の条件でAl系固体材料を作製した。超音波振動を付与する方法で作製した上記のAl系固体材料(Ti:0.04質量%、B:0.04質量%、残部がAlである組成のもの)のみをAl系溶湯の原料に使用して、実施例1と同様の条件でアルミニウム-セラミックス接合基板を作製した。
【0055】
実施例1と同様の条件で回路用金属部材のマクロ組織観察を行ったところ、回路用金属部材の上表面(80mm×50mm)における等軸晶の面積率が95面積%である凝固組織を呈していた。JIS H0501-1986に準ずる切断法により、実施例1と同様に、凝固方向に対して概ね直角となる、80mm×50mmの矩形の短辺に平行な方向に、長さ50mmに相当する複数の線分を15mm間隔で引き、平均結晶粒径を測定した。その結果、等軸晶の平均結晶粒径は1.25mmであった。
図8中に、本例で得られた回路用金属部材の中央部付近のマクロ組織写真を例示する。凝固方向は概ね写真の左側から右側へ向かう方向である。
【0056】
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の電気抵抗率を測定したところ、電気抵抗率は2.72μΩ/cmであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の硬さを測定したところ、硬さは16.8HVであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材とセラミックス板との接合界面を検査したところ、当該接合界面に、未接合となっている欠陥(未接合部)は認められなかった。
【0057】
[比較例2]
実施例2において、Al系固体材料の作製過程で超音波振動を付与する処理を省略したことを除き、実施例2と同様の条件で実験を行った。すなわち、超音波振動を付与せずに作製したAl系固体材料(Ti:0.04質量%、B:0.04質量%、残部がAlである組成のもの)のみをAl系溶湯の原料に使用して、実施例1と同様の条件でアルミニウム-セラミックス接合基板を作製した。
【0058】
実施例1と同様の条件で回路用金属部材のマクロ組織観察を行ったところ、回路用金属部材の上表面の全体(80mm×50mm)が柱状晶からなる凝固組織を呈していた。JIS H0501-1986に準ずる切断法により、実施例1と同様に、凝固方向に対して概ね直角となる、80mm×50mmの矩形の短辺に平行な方向に、長さ50mmに相当する複数の線分を15mm間隔で引き、平均結晶粒径を測定した。その結果、柱状晶の凝固方向に対して概ね直角方向の平均結晶粒径は15.5mmであった。
図8中に、本例で得られた回路用金属部材の中央部付近のマクロ組織写真を例示する。凝固方向は概ね写真の左側から右側へ向かう方向である。本例と実施例2を対比すると、超音波振動を付与する方法で作製したAl系固体部材を再溶融させたのちに再凝固させることによる結晶粒の微細化の効果は、顕著であることが判る。
【0059】
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の電気抵抗率を測定したところ、電気抵抗率は2.72μΩ・cmであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の硬さを測定したところ、硬さは16.0HVであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材とセラミックス板との接合界面を検査したところ、当該接合界面に、未接合となっている欠陥(未接合部)は認められなかった。
【0060】
[実施例3]
実施例1のAl系固体材料の作製過程において、TiおよびBがAlの液相中に溶解した状態で存在している金属溶湯溶湯の組成を、Ti:0.05質量%、B:0.05質量%、残部がAlとしたことを除き、実施例1と同様の条件でAl系固体材料を作製した。超音波振動を付与する方法で作製した上記のAl系固体材料(Ti:0.05質量%、B:0.05質量%、残部がAlである組成のもの)のみをAl系溶湯の原料に使用して、実施例1と同様の条件でアルミニウム-セラミックス接合基板を作製した。
【0061】
実施例1と同様の条件で回路用金属部材のマクロ組織観察を行ったところ、回路用金属部材の上表面の全体(80mm×50mm)が等軸晶からなる凝固組織を呈していた。JIS H0501-1986に準ずる切断法により、実施例1と同様に、凝固方向に対して概ね直角となる、80mm×50mmの矩形の短辺に平行な方向に、長さ50mmに相当する複数の線分を15mm間隔で引き、平均結晶粒径を測定した。その結果、等軸晶の平均結晶粒径は1.69mmであった。
図9中に、本例で得られた回路用金属部材の中央部付近のマクロ組織写真を例示する。凝固方向は概ね写真の左側から右側へ向かう方向である。
【0062】
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の電気抵抗率を測定したところ、電気抵抗率は2.71μΩ・cmであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の硬さを測定したところ、硬さは16.3HVであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材とセラミックス板との接合界面を検査したところ、当該接合界面に、未接合となっている欠陥(未接合部)は認められなかった。
【0063】
[比較例3]
実施例3において、Al系固体材料の作製過程で超音波振動を付与する処理を省略したことを除き、実施例3同様の条件で実験を行った。すなわち、超音波振動を付与せずに作製したAl系固体材料(Ti:0.05質量%、B:0.05質量%、残部がAlである組成のもの)のみをAl系溶湯の原料に使用して、実施例1と同様の条件でアルミニウム-セラミックス接合基板を作製した。
【0064】
実施例1と同様の条件で回路用金属部材のマクロ組織観察を行ったところ、回路用金属部材の上表面の全体(80mm×50mm)が柱状晶からなる凝固組織を呈していた。JIS H0501-1986に準ずる切断法により、実施例1と同様に、凝固方向に対して概ね直角となる、80mm×50mmの矩形の短辺に平行な方向に、長さ50mmに相当する複数の線分を15mm間隔で引き、平均結晶粒径を測定した。その結果、柱状晶の凝固方向に対して概ね直角方向の平均結晶粒径は16.8mmであった。
図9中に、本例で得られた回路用金属部材の中央部付近のマクロ組織写真を例示する。凝固方向は概ね写真の左側から右側へ向かう方向である。本例と実施例3を対比すると、超音波振動を付与する方法で作製したAl系固体部材を再溶融させたのちに再凝固させることによる結晶粒の微細化の効果は、顕著であることが判る。
【0065】
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の電気抵抗率を測定したところ、電気抵抗率は2.71μΩ・cmであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の硬さを測定したところ、硬さは16.3HVであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材とセラミックス板との接合界面を検査したところ、当該接合界面に、未接合となっている欠陥(未接合部)は認められなかった。
【0066】
[比較例4]
溶湯接合法に供するAl系固体材料としてAl含有量99.9質量%以上の純Alインゴットのみを使用して、実施例1と同様の条件でアルミニウム-セラミックス接合基板を作製した。
【0067】
実施例1と同様の条件で回路用金属部材のマクロ組織観察を行ったところ、回路用金属部材の上表面の全体(80mm×50mm)が柱状晶からなる凝固組織を呈していた。JIS H0501-1986に準ずる切断法により、実施例1と同様に、凝固方向に対して概ね直角となる、80mm×50mmの矩形の短辺に平行な方向に、長さ50mmに相当する複数の線分を15mm間隔で引き、平均結晶粒径を測定した。その結果、柱状晶の凝固方向に対して概ね直角方向の平均結晶粒径は15.9mmであった。
【0068】
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の電気抵抗率を測定したところ、電気抵抗率は2.70μΩ/cmであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材の硬さを測定したところ、硬さは16.0HVであった。
実施例1と同様の方法で回路用金属部材とセラミックス板との接合界面を検査したところ、当該接合界面に、未接合となっている欠陥(未接合部)は認められなかった。
【符号の説明】
【0069】
1 鋳型
1a 上型
1b 下型
2 加圧口
3 湯道
4 ピン状凹部
5 貯湯部
10 セラミックス板
20 回路用金属部材
21 溝部
22 半導体素子搭載面
50 放熱部材
51 周壁部
52 溝部
53 ピン状突起
70 炉
71 坩堝
72 金属溶湯
73 超音波振動子
74 ホーン
75 熱電対センサー
100 溶湯
103 狭断面流路
110 板状補強部材
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9