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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023060738
(43)【公開日】2023-04-28
(54)【発明の名称】自動車用試験装置
(51)【国際特許分類】
   G01M 17/007 20060101AFI20230421BHJP
【FI】
G01M17/007 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021170499
(22)【出願日】2021-10-18
(71)【出願人】
【識別番号】000003115
【氏名又は名称】東洋電機製造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 敏
(72)【発明者】
【氏名】中沢 拓未
(72)【発明者】
【氏名】舟木 勇太
(72)【発明者】
【氏名】北内 千浩
(57)【要約】
【課題】旋回はハンドル操作によって行われる操舵角の変化によることに注目してダイナモメータに設定値を付与し、試験車の旋回走行時における駆動制動時の動力バランスを再現できる自動車用試験装置を提供する。
【解決手段】試験車Tcの車輪連結部Wc1~Wc4に連結されるダイナモメータDm1~Dm4の負荷制御をする制御ユニットCuが、走行抵抗モデル11とバランス制御部13とを備える。操舵される車輪連結部に連結されるダイナモメータが操舵に伴って操舵方向に可動である。操舵角センサ2a,2bと、試験車の諸元Bs及び車速と操舵角δとに対応させて旋回運動をモデル化した旋回運動モデル15とを備え、バランス制御部に、走行抵抗モデルでの演算結果に加えて、旋回運動モデルでの演算結果としてのバランス指令値が入力され、バランス指令値に基づくダイナモメータ相互のバランス制御を加味して負荷を夫々決定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験車の車輪連結部に夫々連結される各ダイナモメータと、各ダイナモメータの負荷制御をする制御ユニットと、ダイナモメータの回転数から車速を検出する車速検出手段とを備え、
制御ユニットが、予め設定される試験車の車両諸元と試験車の車速とに対応させて試験車に作用する走行抵抗をモデル化した走行抵抗モデルと、車速検出手段で検出した車速に応じた走行抵抗モデルでの演算結果を基に各ダイナモメータに加える負荷を決定するバランス制御部とを備え、バランス制御部で決定される負荷に応じて各ダイナモメータが制御される自動車用試験装置であって、
操舵される車輪連結部に連結されるダイナモメータが操舵に伴って操舵方向に可動であるものにおいて、
試験車の操舵に伴う操舵角を検出する操舵角センサと、試験車の車両諸元、車速及び操舵角センサで検出される操舵角に対応させて試験車が操舵されたときの旋回運動をモデル化した旋回運動モデルとを更に備え、
バランス制御部に、走行抵抗モデルでの演算結果に加えて、旋回運動モデルでの演算結果としてのバランス指令値が入力され、このバランス指令値に基づくダイナモメータ相互のバランス制御を加味して負荷を夫々決定するように構成されることを特徴とする自動車用試験装置。
【請求項2】
前記操舵角センサで検出される操舵角に応じて前記旋回運動モデルによりコーナリングドラッグを演算し、この演算結果を走行抵抗モデルに入力するように構成したことを特徴とする請求項1記載の自動車用試験装置。
【請求項3】
前記旋回運動モデルは、旋回時における試験車の運動方程式をモデル化したものであることを特徴とする請求項1または請求項2記載の自動車用試験装置。
【請求項4】
前記バランス指令値は、車速追従平均回転数、走行距離差を基にした角度差及びトルク差のいずれか一つで付与することを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の自動車用試験装置。
【請求項5】
前記操舵角センサは、前記試験車の操舵されるすべての車輪に設けられることを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の自動車用試験装置。
【請求項6】
前記操舵される車輪以外のものに連結されるダイナモメータとして、操舵方向に不動のハブ結合式のものまたはローラ式のものを使用することを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の自動車用試験装置。
【請求項7】
前記操舵角センサでの操舵角に代えて、試験車のハンドル角を用いることを特徴とする請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の自動車用試験装置。
【請求項8】
前記試験車は、2輪車、3輪車、4輪車、6輪車、8輪車またはトレーラを有する車両のいずれかであることを特徴とする請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の自動車用試験装置。
【請求項9】
請求項2記載の自動車用試験装置であって、前記試験車が2輪車である場合において、キャンバ角を検出して旋回走行時のコーナリングドラッグを再現可能としたことを特徴とする自動車用試験装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用試験装置に関し、より詳しくは、自動車(試験車)の操舵による旋回運動を想定してダイナモメータの負荷制御が可能なものに関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動二輪車、乗用車やトラックといった自動車の排出ガスや燃費などの評価試験には、シャシダイナモが従来から利用されている。評価試験に際しては、試験室内でローラ上に設置された試験車に対し、ダイナモメータにより試験車が実路走行したときの同等の負荷(走行抵抗)を付与し、例えば、モード排出ガス量(g/km)や燃費値(km/L)が算出される(例えば、特許文献1,2参照)。このようなシャシダイナモは、試験車を旋回走行させることを想定していない機械装置である。このため、旋回走行を含む実路を想定したモード運転による評価試験を実施したいという近年の要請には対応できないものである。
【0003】
一方、試験車のタイヤを取り外し、例えば、試験車の各車輪連結部としてのハブにダイナモメータを夫々連結し、ローラを介さず動力を付与する方式の自動車用試験装置が提案されている。このような自動車用試験装置の中には、試験車のハンドル操作により車輪の実舵角を変えられる方式のものも提案されている(特許文献3参照)。このものでは、旋回走行を含んだ運転時における試験車のエンジンやモータの原動機からハブまでの駆動力、回生エネルギやブレーキ操作時の減速エネルギの合計による排出ガスや燃費などの評価試験が可能になる。
【0004】
然し、実路走行時に操舵されると、試験車は様々な自立した運動を伴う(非特許文献1,2参照)。これに伴って試験車の各駆動輪や各従動輪に作用する走行抵抗のバランスも変化するものの、上記特許文献3では、このような走行抵抗のバランスを考慮できないという問題がある。つまり、旋回を含む実路を想定したモード走行、テストコースでの旋回を含む試験室内での評価試験におけるフロントローディングと呼ばれる前倒し試験、車両外部視界に代表される情報を模擬可能とした場合の先進運転支援システム(ADAS)や、自動運転(AD)時の運転のように、予め決められた車速などの設定値がない状態で評価試験を行うとき、旋回に対して予めダイナモメータに設定値(負荷)を付与する手段がなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1―173848号公報
【特許文献2】米国特許公開2011/0303000号公報
【特許文献3】特表2020-520457号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】安部正人著,「自動車の運動と制御」,第2版,東京電機大学出版局,2008年
【非特許文献2】清水康夫著,「先端自動車工学」,初版,東京電機大学出版局,2016年2月20日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、旋回はハンドル操作によって行われる操舵角の変化によることに注目してダイナモメータに設定値を付与し、試験車の旋回走行時における駆動制動時の動力バランスを再現できるようにした自動車用試験装置を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、試験車の車輪連結部に夫々連結される各ダイナモメータと、各ダイナモメータの負荷制御をする制御ユニットと、ダイナモメータの回転数から車速を検出する車速検出手段とを備え、制御ユニットが、予め設定される試験車の諸元と試験車の車速とに対応させて試験車に作用する走行抵抗をモデル化した走行抵抗モデルと、車速検出手段で検出した車速に応じた走行抵抗モデルでの演算結果を基に各ダイナモメータに加える負荷を決定するバランス制御部とを備え、バランス制御部で決定される負荷に応じて各ダイナモメータが制御される自動車用試験装置であって、操舵される車輪連結部に連結されるダイナモメータが操舵に伴って操舵方向に可動であるものにおいて、試験車の操舵に伴う操舵角を検出する操舵角センサと、試験車の諸元及び車速と操舵角センサで検出される操舵角とに対応させて試験車が操舵されたときの旋回運動をモデル化した旋回運動モデルとを更に備え、バランス制御部に、走行抵抗モデルでの演算結果に加えて、旋回運動モデルでの演算結果としてのバランス指令値が入力され、このバランス指令値に基づくダイナモメータ相互のバランス制御を加味して負荷を夫々決定するように構成されることを特徴とする。
【0009】
以上によれば、試験車の旋回走行時、操舵角を検出して各駆動輪のバランス制御の一例である差回転数や差トルクを加味した設定値(負荷)を各ダイナモメータに付与できるため、試験車の旋回走行時における駆動制動時の動力バランスを再現することができる。言い換えると、操舵角に対するダイナモメータへの設定値を自動的に付与するため、予め設定値が不明な状態でも評価試験が実施することができる。
【0010】
ここで、試験車の操舵による旋回時、旋回方向外側に位置する車輪は、その内側に位置する車輪と比較して早く回転する。このため、操舵角が大きくなると、コーナリングドラッグとよばれる減速トルクが負荷される。そこで、本発明においては、前記操舵角センサで検出される操舵角に応じて前記旋回運動モデルによりコーナリングドラッグを演算し、この演算結果を走行抵抗モデルに入力する構成を採用することができる。これにより、旋回引きずり抵抗であるコーナリングドラッグを加味した設定値(負荷)を各ダイナモメータに付与することができる。
【0011】
本発明においては、前記旋回運動モデルは、旋回時における試験車の運動方程式をモデル化したものである構成を採用でき、また、前記バランス指令値は、車速追従平均回転数、走行距離差を基にした角度差及びトルク差のいずれか一つで付与することができる。更に、前記操舵角センサは、前記試験車の操舵されるすべての車輪に設けてもよく、また、操舵される車輪以外のものに連結されるダイナモメータとして、操舵方向に不動のハブ結合式のものまたはローラ式のものを使用することができる。更に、前記操舵角センサでの操舵角に代えて、試験車のハンドル角を用いることができる。本発明の自動車用試験装置で試験できる対象(試験車)は、2輪車、3輪車、4輪車、6輪車、8輪車またはトレーラを有する車両のいずれかであり、その一部またはすべての車輪を含む。なお、試験車が2輪車である場合において、キャンバ角を検出して旋回走行時のコーナリングドラッグを再現可能とすることができ、これにより、2輪車の旋回時の前後差回転(バランス)とコーナリングドラッグをダイナモメータに付加することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本実施形態の自動車試験装置の構成を説明する図。
図2】旋回運動モデルでのバランス指令生成の演算方法の一例を示す図。
図3】旋回運動モデルでのコーナリングドラッグの演算方法の一例を示す。
図4】操舵される前輪タイヤの横すべり角とサイドフォース、コーナリングフォース、コーナリングドラッグとのモデルを示す図。
図5】4輪車の等価的2輪車モデルを示す図。
図6】試験車の旋回半径とバランス制御の一例である車輪の左右回転数の差を説明する図。
図7】車両横すべり角モデル及びヨーモーメントモデルのブロック線図。
図8】(a)は、車両横すべり角モデルを説明する図、(b)は、ヨーモーメントモデルを説明する図、(c)は、旋回半径モデルを説明する図。
図9】変形例に係る実施形態の自動車試験装置の構成を説明する図。
図10】(a)及び(b)は、他の変形例に係る実施形態の3輪車用の自動車試験装置の構成を説明する図。
図11】他の変形例に係る実施形態の2輪車用の自動車試験装置の構成を説明する図であり、(a)は平面図、(b)は後面図。
図12】他の変形例に係る実施形態の6輪以上の車輪を持つ自動車用の動車試験装置の構成を説明する図。
図13】他の変形例に係る実施形態の4輪操舵式用の自動車試験装置の構成を説明する図。
図14】更に他の変形例に係る実施形態の自動車試験装置の構成を説明する図。
図15】更に他の変形例に係る実施形態の自動車試験装置の構成を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照し、4輪駆動及び前輪操舵方式の自動車を試験車Tcとし、本発明の自動車試験装置TMの実施形態を説明する。なお、各図面においては、特段の説明がない限り、同一の部材、要素や式につき同一符号や記号を用いるものとし、また、前、後、上、下といった方向を示す用語は、図1を基準とする。
【0014】
図1を参照して、本実施形態の自動車用試験装置TMは、試験車Tcの車輪連結部Wc1~Wc4に連結される各ダイナモメータDm1~Dm4と、各ダイナモメータDm1~Dm4の負荷制御をする制御ユニットCuとを備える。各ダイナモメータDm1~Dm4としては、試験車Tcの車両懸架装置の構造によって相違するものの、ブレーキディスクやホイールハブ等を含む部位である車輪連結部Wc1~Wc4に直接取り付けられる公知のものが利用できるため、ここでは詳細な説明は省略する。この場合、操舵される前輪の車輪連結部Wc1,Wc2に連結されるダイナモメータDm1,Dm2は、操舵(試験車Tcのハンドル操作)に伴って操舵方向に可動に構成されている。
【0015】
制御ユニットCuは、予め設定される(演算パラメータとしての)試験車Tcの諸元及び試験車Tcに装着され得るタイヤの諸元(以下、これらを「車両諸元Bs」という)と試験車Tcの車速Vとに対応させて試験車Tcに作用する走行抵抗(転がり抵抗、空気抵抗、慣性抵抗)をモデル化した走行抵抗モデル11と、走行抵抗モデル11での演算結果を基に、各ダイナモメータDm1~Dm4に対する負荷配分及び試験車Tcの駆動制動方向をモデル化した駆動制動方向モデル12と、駆動制動方向モデル12の演算結果を基に各ダイナモメータDm1~Dm4に加える負荷を決定するバランス制御部13と、試験車Tcの車速を検出する車速検出手段14とを備える。駆動制動方向モデル12には、各ダイナモメータDm1~Dm4で計測した回転数やトルクが入力され、その演算結果が車速検出手段14に入力されて車速が演算される。そして、バランス制御部13で決定された負荷をトルク指令として各ダイナモメータDm1~Dm4に夫々付設される電力変換装置Pc1~Pc4に入力され、これに応じて各ダイナモメータDm1~Dm4が負荷制御される。なお、上記各構成要素としては公知のものが利用できるため、これ以上の詳細な説明は省略する。
【0016】
本実施形態の自動車用試験装置TMでは、試験車Tcの旋回走行時における駆動制動時の動力バランスを再現するために、試験車Tcの旋回がハンドル操作によって行われる操舵角の変化によることに注目して各ダイナモメータDm1~Dm4に負荷(設定値)を付与できるように構成されている。以降、これを詳細に説明する。操舵される前左輪及び前右輪の車輪連結部Wc1,Wc2に夫々連結されるダイナモメータDm1,Dm2には、試験車Tcの操舵に伴う操舵角δ1,δ2を検出する公知の操舵角センサ2a,2bが取り付けられている。この場合、操舵角δ1,δ2を検出するものであれば、操舵角センサ2a,2bの取付位置はこれに限定されるものではなく、また、操舵角センサ2a,2bでの操舵角δ1,δ2に代えて、試験車Tcのハンドル操作角を用いることもできる。
【0017】
また、制御ユニットCuは、車両諸元Bs、車速V及び操舵角δ1,δ2に対応させて試験車Tcが操舵されたときの旋回運動をモデル化した旋回運動モデル15を更に備える。旋回運動モデル15には、車速検出手段14で演算された車速Vと各操舵角センサ2a,2bで検出された操舵角δ1,δ2とが入力され、旋回運動モデル15での演算結果がバランス指令としてバランス制御部13に入力されるようになっている。そして、バランス制御部13は、バランス指令に基づく各ダイナモメータDm1~Dm4相互のバランス制御(差回転数や差トルク)をも加味して負荷を夫々決定する。
【0018】
次に、図2を参照して、旋回走行時における試験車Tcの運動方程式を基にモデル化したものを例に旋回運動モデル15でのバランス指令生成の演算方法を説明する。ここで、旋回運動モデル15は、第1の旋回モデル15a、第2の旋回モデル15b及び係数演算部15cを有し、第1の旋回モデル15aでは、車速検出手段14で演算された状態量である車速Vと、前左輪の操舵角センサ2aで検出される操舵角δ1と前右輪の操舵角センサ2bで検出される操舵角δ2とから演算される平均操舵角δが入力される。また、車両諸元Bsとして、ホイールベースl、車両重心点から前輪までの長さlf、車両重心点から後輪までの長さlr、トレッドd、車両重量m、タイヤ半径rt、前輪のコーナリングパワーkf、後輪のコーナリングパワーkrが予め設定されると共に、これらから係数演算部15cによりスタビリティーファクターである係数Aを予め演算し、設定される。そして、旋回半径Rを係数A、車速V、ホイールベースl、平均操舵角δから演算し、旋回モデル15aで得られた平均操舵角δ、旋回半径R及び、車速V、トレッドd、タイヤ半径rtを第2の旋回モデル15bに入力し、試験車Tcの旋回運動に起因した前輪左右回転数差△Nfrl、後輪左右回転数差△Nrrl並びに前後輪回転数差△Nfrを演算し、これらの演算結果(△Nfrl,△Nrrl,△Nfr)をバランス指令としてバランス制御部13に出力する。
【0019】
次に、図3を参照して、旋回走行時における試験車Tcの運動方程式を基にモデル化したものを例に旋回運動モデル15でのコーナリングドラッグの演算方法を説明する。旋回運動モデル15はまた、第3の旋回モデル15dと第4の旋回モデル15eとを備える。係数演算部15cでは、車両諸元Bsの各パラメータから予め演算し、係数Aに加えて係数Bが設定される。第3の旋回モデル15dに、車速V、前左輪の操舵角センサ2aで検出される操舵角δ1と前右輪の操舵角センサ2bで検出される操舵角δ2とから演算される平均操舵角δ、ホイールベースl、車両重心点から前輪までの長さlf、車両重心点から後輪までの長さlr、係数A,Bを入力し、車両横すべり角β、車両ヨーモーメントγが演算され、更には、前輪横すべり角βf及び後輪横すべり角βrが演算される。そして、前輪横すべり角βf及び後輪横すべり角βrをコーナリングドラッグ演算部としての第4の旋回モデル15eのタイヤ横すべり特性151に入力し、演算結果としてのコーナリングドラッグRcを走行抵抗モデル11に入力する。
【0020】
ここで、操舵される前輪の横すべり角βfとサイドフォースFs、コーナリングフォースFc、コーナリングドラッグRcのモデルを示す図4から、サイドフォースFsをベクトル分解すると、コーナリングフォースFcとコーナリングドラッグRcとになる。このため、図3中のタイヤ横すべり特性151は、前輪横すべり角βf(または後輪横すべり角βr)に応じたサイドフォースFs、コーナリングフォースFcを出力するXY特性である。この特性関数は、予め実験的に求めた前輪横すべり角βfとサイドフォースFsとコーナリングフォースFcとの関係をタイヤ特性関数としてプリセットし、その入力した前輪横すべり角βfに応じて測定点間を補正してサイドフォースFfsとコーナリングフォースFfcを出力するものである。一般の市販車では、タイヤのローテーションによってタイヤの減りを均等にするため、同じタイヤを用いることがある。このため、タイヤ特性関数は、1種類用意すればよいが、前後輪で異なるタイヤを装着する場合や、タイヤの磨耗などの特性変化を考慮してモデル化する場合は、この関数を2種類用意すればよい。
【0021】
また、後輪に関しては、後輪タイヤの横すべり角βrに応じて測定点間を補正してサイドフォースFrsとコーナリングフォースFrcを出力すればよい。前輪のサイドフォースFfsとコーナリングフォースFfcから、前輪のコーナリングドラッグRfcを演算し、同様に後輪のコーナリングドラッグRrcを演算する。車両全体にかかるコーナリングドラッグRcは上記2値から4輪全てにおいて計算して、求めることができる。なお、車両全体については、走行抵抗モデル11で行っているので、ここに入力する。一般に、操舵角δ1,δ2が小さい場合、前輪横すべり角βfも小さくなり、サイドフォースFsとコーナリングフォースFcはほぼ同じなのでコーナリングドラッグRcはほぼゼロになる。そして、操舵角δ1,δ2が大きくなると、これに従いサイドフォースFsが増加していくのに対し、コーナリングフォースFcは減少し、コーナリングドラッグRcは増えていくことになり、駆動制動系試験において影響が出てくる。なお、「コーナリングドラッグ」は上記操舵角に対するタイヤ特性による走行抵抗の増加として記述されることが多い。一方、風損についても旋回時は車両の投影断面積とCD値は変化するので、走行抵抗の増加に影響する。この場合も車両横すべり角βを元に斜め方向からの風に対する走行抵抗の増加としてダイナモメータに与えればよい。この風損の増加も広義の意味でコーナリングドラッグと捉えることができる。但し、このモデルを実装するには数少ない風洞試験装置によって特性値を入手する必要があるがあまりデータとして多くは存在しないので、実用上はそのデータの有無に左右される。
【0022】
次に、図5には、試験車Tcの車両運動モデルを説明するために、4輪車の等価的2輪車モデルを示し、旋回に関する諸量を導き出すことができる。図5中、タイヤ特性として、βfは前輪横すべり角、βrは後輪横すべり角、Ffは前輪のコーナリングフォース、Frは後輪のコーナリングフォースである。また、車体運動として、δは操舵角、βは車両横すべり角、γは車両ヨーモーメント、Vは車速である。車両諸元として、lはホイールベース、lfは車両重心点Gと前車輪軸間の距離、lrは車両重心点Gと後車輪軸間の距離、mは車両重量、Jは車両ヨー慣性モーメントである。なお、旋回について解く場合、旋回時のロール方向についても遠心力とキャンバスラストが関係するが、本実施形態においては、車両旋回時の車両運動モデルそのものは既知であるため、4輪でのキャンバに関しては省略し、車両ヨー方向での運動から解いた時の一例についてのみ記載する。
【0023】
以上の諸元と状態量から運動方程式は以下となる。即ち、車両重心点Gにおけるヨーモーメントγは式1から、車両重心点Gにおける車両横軸方向の方程式は式2から、操舵角δ、車両横すべり角βと前輪横すべり角βf、後輪横すべり角βrの関係は式3で算出される。
【式1】
【0024】
【式2】
【0025】
【式3】
【0026】
【0027】
上記を諸元にあたるパラメータから求められる係数A及び係数Bを先にまとめると、式4となる。なお、係数Aは、一般にスタビリティーファクターSfと呼ばれているパラメータである。
【式4】
【0028】
【0029】
以上より、dV/dt=0,dβ/dt=0,dγ/dt=0の定常状態に対して、車両横すべり角βと車両ヨーモーメントγを求めると、次の式5となる。
【式5】
【0030】
【0031】
上記式5から旋回半径Rは、次の式6となる。
【式6】
【0032】
【0033】
次に、図6を参照して、図3中の第4の旋回モデル15eを説明するために、試験車Tcの旋回半径とバランス制御の一例である車輪の左右回転数の差について説明する。図6中、Rは旋回半径、R’は内輪旋回半径、dは車両トレッド、θは旋回角度、L1は内輪走行距離、L2は外輪走行距離、△Lは内外輪走行距離差、Vは速度、△Vは内外輪速度差、V-△V/2は内輪速度、V+△V/2は外輪速度、ωは角速度とする。また、タイヤ半径をrtとする。そして、△Lの走行差がつくまでの時間を△tとし、次の式7から内外輪速度差△Vが求められる。
【式7】
【0034】
【0035】
内外輪速度差△Vの左右回転数差△Nrlへの変換は、次の式8が用いられる。なお、前左右輪と後左右輪で旋回半径差は同等となるため、左右回転数差△Nrlも同じとなる。
【式8】
【0036】
【0037】
前後輪の回転数差△Nfrは、同様に旋回半径差から幾何学的に以下の近似式9となる。
【式9】
【0038】
【0039】
ここで、上記において、dV/dt=0,dβ/dt=0,dγ/dt=0の定常状態に対して車両横すべり角βと車両ヨーモーメントγを算出したが、演算器でリアルタイムに演算して過渡も含めて求めることができる。そして、前輪横すべり角βf、後輪横すべり角βrを上述の前輪のコーナリングフォースFf、後輪のコーナリングフォースFrに代入し、これを上記式1、式2に代入し、全項を積分すると、式10、式11が得られる。
【式10】
【0040】
【式11】
【0041】
【0042】
上式10,11において、sはラプラス演算子であり、1/sは積分記号と同じ意味となる。そして、上記をブロック線図で表すと、全体が図7になり、上記式10が車両横すべり角モデル、式11がヨーモーメントモデルとなる。また、車両横すべり角モデルを式10に従い詳細を記載すると、図8(a)のように、また、ヨーモーメントモデルを式11に従い詳細を記載すると、図8(b)のようになる。更に、旋回半径モデルは、図8(c)のようになる。これにより、第1の旋回モデル15aを図7及び図8(a)~(c)の動的車両旋回モデルに置換すれば、動的な前輪横すべり角βf、後輪横すべり角βr、旋回半径R、車両横すべり角β及び車両ヨーモーメントγが夫々求められる。
【0043】
以上の実施形態によれば、試験車Tcの旋回走行時、操舵角δを検出して各車輪のバランス制御の一例である差回転数や差トルクを加味した設定値(負荷)を各ダイナモメータDm1~Dm4に付与できる。従って、試験車Tcの旋回走行時における駆動・制動時の動力バランスを再現することができる。言い換えると、操舵角δに対するダイナモメータDm1~Dm4への設定値を自動的に付与できるため、予め設定値が不明な状態でも評価試験を実施することができる。
【0044】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。上記実施形態では、バランス制御の設定値が試験車Tcのパッシブなディファレンシャルギヤを想定し、代表的状態量として差回転数設定とその動力計制御系のバランス制御で説明したが、これに限定されるものではない。例えば、差異として差動機構の差異やアクティブ車両制御の有無が関係するが、この場合でも操舵時の操舵角δから求まる各車輪の走行距離差および差回転数は変化しないので、送信側であるバランス設定はそのまま出力し、受信側のバランス制御側で車両差異を実走行と同じになるように制御系を対応させれば良い。
【0045】
また、上記実施形態では、4輪駆動及び前輪操舵方式の自動車を試験車Tcとしたものを例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、2輪駆動の自動車に対しても本発明は適用することができ、近年の自動車が車両安定装置の予防安全技術として標準採用されるABS(アンチロック・ブレーキシステム)、TRC(トラクションコントロール)、ESC(横すべり防止装置)などのブレーキの制御を行う場合にも本発明は適用することができる。駆動される車輪を駆動輪、駆動されない車輪を従輪とし、試験車(実車)の実路での走行時、従輪もまた路面と接しているので回転する。この場合、本発明の自動車用試験装置TMを用いて評価試験する場合には路面がないので、従輪を駆動輪と同等の車速となるように回転させないと、車両安定装置が空転と異常判断して運転できない。このような場合、図9に示すように、従輪連結部に連結したダイナモメータDm3,Dm4もまた、駆動輪と同等の車速となるように回転数制御され、車両安定装置が異常と判断せずに運転ができるようにしている。このようなダイナモメータDm3,Dm4の制御機能を「車速追従制御部」と称する。但し、車両安定装置を無効にして試験を行い所望の評価が得られるのであれば、駆動輪(前輪駆動2輪、あるいは後輪駆動2輪)だけにダイナモメータを用意すればよい。なお、制御系も2輪駆動用に負荷配分を切り換えて行えばよい。これらの制御機能は、上記負荷配分及びタイヤ駆動制御方向モデルの負荷配分部に設ければよい。
【0046】
更に、上記実施形態では、バランス指令の一例として、前輪左右回転数差△Nfrl、後輪左右回転数差△Nrrl及び前後輪回転数差△Nfrを例に説明した。これは車両の差動機構がディファレンシャルギアの場合を想定しており車両側が制御を行わない場合に一般的に行われる。ディファレンシャルギア以外の差動機構や車両側がアクティブヨー制御等の各輪のバランス制御を行う場合は、バランス指令は回転数とは限らず、走行距離差を基にした角度差、あるいはトルク差のモデルを与える。あるいはバランス制御を無効にし、タイヤの駆動・制動方向のモデル中のスリップモデルのみで評価試験を行うようにしてもよい。
【0047】
現在あまり台数は多くは無いが、試験車Tcが3輪車の場合でも4輪車同様に、ダイナモメータを必要な台数用意し、前輪に操舵角センサを用いれば評価試験ができる。このような自動車用試験装置につき、図10(a)には、前1輪、後2輪の場合の「試験車Tc1」に対する構成例を、図10(b)には、前2輪、後1輪の場合の「試験車Tc2」に対する構成例を示している。また、バイク等の2輪車(試験車Tc3)を操舵角によって旋回させる試験であれば、図11(a)に示すように、上記同様、必要な数のダイナモメータDm1,Dm3を用意すればよい。但し、図11(b)に示すように、車体を傾けて、キャンバ角と称される角度に応じたキャンバスラストと称されるコーナリングフォースによる旋回を本発明の自動車用試験装置で行うのであれば、これに利用されるダイナモメータDm2もキャンバ角に対応させて角度をつける必要がある。このような場合、キャンバ角センサを設け、その出力信号を旋回モデルに入力すれば、機能を具備させることができる。なお、車両の前後輪に差動機構がないため、その評価のためのバランス制御は不要である。また、4輪車と同様にABS異常検知防止させるのであれば、車速追従制御および前後輪バランス制御を付加し、コーナリングドラッグ負荷を与えて旋回時の駆動・制動の評価試験が行うことができる。
【0048】
また、本発明は、バスやトラックなどの4輪商用車だけでなく、従輪の多い6輪以上のものにも適用することができる。但し、図12に示すように、駆動輪のあるトラクタ部分とトレーラ部分が連結装置を介してつながるトレーラの車種に対しては、トラクタ部分とトレーラ部分の車両横すべり角β1,β2は同じでは無いので、上記実施形態の「旋回モデル(図2、3参照)」をトレーラ用に書きかえれば成立する。4輪車における4輪操舵の機能を有する車両の場合、図13に示すように、後輪側にも操舵角センサ2c,2dを設けて、タイヤ横力モデル及び旋回運動モデル15に入力すれば、同様に評価試験ができる。車両運動モデルにおいては、前輪横すべり角βfの式の前輪操舵角δと同じように後輪横すべり角βrの式において後輪操舵角をδrとすると、次の式12で同様に旋回モデルを解くことができる。
【式12】
【0049】
【0050】
また、上記実施形態では、車輪連結部(ハブ)Wc1~Wc4に連結され、操舵に対し可動するダイナモメータDm1~Dm4について全ての車輪に対して同様に記載したが、操舵に対して可動する必要が無い車輪軸のダイナモメータについては、操舵に対して可動しないハブ結合式の動力計または左右独立のローラ式動力計を組み合わせても、各輪のバランス制御とコーナリングドラッグRcを与えることができる。また、左右独立ではないローラ式動力計を組み合わせた場合でも、左右のバランス制御は出来ないがコーナリングドラッグRcを与えることは可能である。また、駆動・制動力の評価ではなく、例えば負荷を与えずとも車輪が回転した状態で操舵した場合、例えば、車両安定装置のESCを除く動作の確認や、その他の電子制御機器の部分的な動作を確認するために使用するのであれば、そのための試験装置として機能する。
【0051】
更に、上記実施形態では、操舵角が操舵方向に可動するダイナモメータDm1~Dm4から出力している(即ち、ダイナモメータDm1~Dm4に操舵角センサ2a,2bを設けている)が、実舵角と呼ばれる車輪部の操舵角を検出するようにしてもよい。操舵は操舵ハンドルにより行われるので、ハンドル操舵角を操舵角として旋回時の動力バランス及びコーナリングドラッグRcを再現することもできる。なお、操舵は運転者の筋力を補助するパワーアシストと呼ばれるステアリングシステムが多く用いられる。例えば、図14に示す電気式のものであれば、操舵ハンドルHs、モータ、減速ギアとラックアンドピニオン、操舵軸の機構により車両連結部Wc1,Wc2に操舵力が伝達されるため、ハンドル操作角θと実舵角δの比率は、ステアリングシステム内の遊び角を除けば概ね一定の減速比Gとなる。また、試験車Tcには操舵ハンドルHsの角度を検出する角度センサ(図示省略)が組み込まれており、角度センサはECUと称される車両制御装置に接続され、試験車Tc内のCANと称されるECU間の通信系統で接続され、操舵ハンドルHsの角度データが割り当てられ、その一部がOBDと称される車載式故障診断装置を車両外部に接続され、OBDポートを介してダイナモメータDm1,Dm2(その制御部)とECUとを接続することによりハンドル操作角θを得るようにしてもよい。そして、第1の旋回モデル15a内でハンドル操作角θを実操舵角δとの減速比Gで徐すれば実操舵角δとして、その後段の旋回モデル15bに入力して、旋回時のダイナモメータDm1,Dm2を制御することができる。また、ハンドル操作角θとして試験車Tcの制御装置が有するデータを用いる方法以外に、図15にその一例を示すように、車両のECUに接続しないで、操舵角度計などの測定器を取り付けてハンドル操作角θを検出して信号として出力し、旋回運動モデル15に接続するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0052】
TM…自動車用試験装置、Tc…試験車、Wc1~Wc4…車輪連結部、Dm1~Dm4…ダイナモメータ、Cu…制御ユニット、11…走行抵抗モデル、Bs…車両諸元、V…車速、13…バランス制御部、δ…操舵角、2a,2b…操舵角センサ、15…旋回運動モデル、θ…ハンドル操作角(ハンドル角)。

図1
図2
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図15