(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023061389
(43)【公開日】2023-05-01
(54)【発明の名称】医薬組成物、抗体、及び核酸分子
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20230421BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20230421BHJP
C07K 16/10 20060101ALI20230421BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20230421BHJP
C12P 21/08 20060101ALN20230421BHJP
【FI】
A61K39/395 S
C12N15/13 ZNA
C07K16/10
A61P31/14
C12P21/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167074
(22)【出願日】2022-10-18
(31)【優先権主張番号】P 2021170471
(32)【優先日】2021-10-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告) ○ 令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、「VHH抗体技術を用いた新規SARS-CoV-2中和抗体の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願 ○ 令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 共創の場形成支援(産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム)「安全な酸化剤による革新的な酸化反応活性化制御技術の創出に関する国立大学法人大阪大学による研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】518190064
【氏名又は名称】株式会社COGNANO
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 良太
(72)【発明者】
【氏名】藤田 純三
(72)【発明者】
【氏名】高折 晃史
(72)【発明者】
【氏名】白川 康太郎
(72)【発明者】
【氏名】笠井 一樹
(72)【発明者】
【氏名】山崎 寛章
(72)【発明者】
【氏名】伊村 明浩
(72)【発明者】
【氏名】牧野 文信
(72)【発明者】
【氏名】難波 啓一
(72)【発明者】
【氏名】山口 桂史
(72)【発明者】
【氏名】井上 豪
(72)【発明者】
【氏名】安齋 樹
(72)【発明者】
【氏名】松浦 善治
(72)【発明者】
【氏名】淺原 時泰
(72)【発明者】
【氏名】森口 舞子
【テーマコード(参考)】
4B064
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG27
4B064CA02
4B064CA19
4B064CC24
4B064CE12
4B064DA01
4C085AA14
4C085BA71
4C085BB11
4C085BB31
4C085DD62
4C085EE01
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA20
4H045FA74
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】新型コロナウイルスに対して中和活性を有する新たな抗体を提供する。
【解決手段】Covid-19を予防又は治療するための医薬組成物。配列番号1~9からなる群から選択されるアミノ酸配列を有するVHH抗体を含有する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Covid-19を予防又は治療するための医薬組成物であって、
配列番号1~9、43、及び48からなる群から選択されるアミノ酸配列を有するVHH抗体を含有する、医薬組成物。
【請求項2】
Covid-19を予防又は治療するための医薬組成物であって、抗SARS-CoV-2抗体を含有し、
前記抗SARS-CoV-2抗体は、
(i)配列番号1~9、43、及び48からなる群から選択されるアミノ酸配列と少なくとも90%の相同性を有する、
(ii)配列番号10で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号11で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号12で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
(iii)配列番号13で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号14で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号15で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
(iv)配列番号16で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号17で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号18で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
(v)配列番号19で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号20で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号21で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
(vi)配列番号22で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号23で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号24で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
(vii)配列番号25で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号26で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号27で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
(viii)配列番号28で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号29で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号30で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
(ix)配列番号31で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号32で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号33で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
(x)配列番号34で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号35で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号36で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、又は、
(xi)配列番号44で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号45で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号46で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
医薬組成物。
【請求項3】
前記抗SARS-CoV-2抗体はVHH抗体である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)の349番、351番、468番、470番、又は471番のアミノ酸残基に対応するエピトープに結合する、抗SARS-CoV-2抗体。
【請求項5】
SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)に加えてN末端ドメイン(NTD)に結合する、抗SARS-CoV-2抗体。
【請求項6】
SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質のdown状態の受容体結合ドメイン(RBD)に結合する、抗SARS-CoV-2抗体。
【請求項7】
SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)の375番、376番、405番、408番、又は505番のアミノ酸残基に対応するエピトープに結合する、抗SARS-CoV-2抗体。
【請求項8】
SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の2つの受容体結合ドメイン(RBD)の間に結合する、抗SARS-CoV-2抗体。
【請求項9】
前記抗SARS-CoV-2抗体はVHH抗体である、請求項4から8のいずれか1項に記載の抗SARS-CoV-2抗体。
【請求項10】
Covid-19を予防又は治療するための医薬組成物であって、
請求項4から9のいずれか1項に記載の抗SARS-CoV-2抗体を含有する、医薬組成物。
【請求項11】
請求項4から9のいずれか1項に記載の抗SARS-CoV-2抗体をコードする、核酸分子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体に関し、特に抗新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)VHH抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
VHH抗体は、ラクダ科(フタコブラクダ、ヒトコブラクダ、ラマ、及びアルパカ等)の血清中に含まれる重鎖抗体である。VHH抗体は、通常の抗体と同様に抗原に特異的に結合できる一方で、認識能が高く、安定性も高いことから、注目が集まっている(例えば特許文献1~3参照)。また、VHH抗体は通常アミノ酸鎖長が短いため、簡単に生産できる点でも優れている。特許文献4は、目的物質を認識するVHH抗体のアミノ酸配列をロジカルに特定し、これを生産する方法を開示している。さらには、特許文献1,3に記載されているように、VHH抗体を修飾すること、例えば抗原を認識するVHH抗体の相補性決定領域(CDR)の前後のフレームワーク領域を変異させること、CDRのアミノ酸配列を他の種類の抗体に導入すること、も行われている。
【0003】
このような背景技術の下、非特許文献1は、新型コロナウイルスに対して中和能を有するVHH抗体の取得に成功したことを報告している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005-520494号公報
【特許文献2】特開2017-14112号公報
【特許文献3】特表2013-506411号公報
【特許文献4】国際公開第2019/230823号明細書
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】2020年5月7日付北里大学プレスリリース「北里大学大村智記念研究所片山和彦教授らの研究グループが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して感染抑制能(中和能)を有するVHH抗体の取得に成功」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方で、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)が広まっている中、新型コロナウイルスに対する中和活性を有するより多くの種類の抗新型コロナウイルス抗体を用意することが、社会的に求められている。
【0007】
本発明は、新型コロナウイルスに対して中和活性を有する新たな抗体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施形態に係る医薬組成物は、Covid-19を予防又は治療するための医薬組成物であって、配列番号1~9からなる群から選択されるアミノ酸配列を有するVHH抗体を含有する。
【発明の効果】
【0009】
新型コロナウイルスに対して中和活性を有する新たな抗体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】VHH抗体による細胞染色の結果を示す写真。
【
図1B】VHH抗体による細胞染色の結果を示す写真。
【
図1C】VHH抗体による細胞染色の結果を示す写真。
【
図1D】VHH抗体による細胞染色の結果を示す写真。
【
図1E】VHH抗体による細胞染色の結果を示す写真。
【
図1F】VHH抗体による細胞染色の結果を示す写真。
【
図2A】VHH抗体による細胞染色の結果を示す写真。
【
図2B】VHH抗体による細胞染色の結果を示す写真。
【
図3A】VHH抗体によるウエスタンブロッティングの結果を示す写真。
【
図3B】VHH抗体によるラテラルフローアッセイの結果を示す写真。
【
図5】SPIKEタンパク質とVHH抗体の複合体の構造を示す図。
【
図6】SPIKEタンパク質とVHH抗体の複合体の結合状態を示す図。
【
図7】SPIKEタンパク質とVHH抗体の複合体の結合状態を示す図。
【
図8】SPIKEタンパク質とVHH抗体の複合体の結合状態を示す図。
【
図9】一実施形態に係るVHH抗体が認識するエピトープを示す図。
【
図10】SPIKEタンパク質とVHH抗体の複合体の構造を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を詳しく説明する。なお、以下の実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また実施形態で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明に必須のものとは限らない。実施形態で説明されている複数の特徴のうち二つ以上の特徴は任意に組み合わされてもよい。
【0012】
本発明の一実施形態に係る抗体は、配列番号1~9からなる群から選択されるアミノ酸配列を有するVHH抗体である。また、本発明の別の一実施形態に係る抗体は、配列番号43又は48のアミノ酸配列を有するVHH抗体である。
【0013】
本発明の別の一実施形態に係る抗体は、配列番号1~9からなる群から選択されるアミノ酸配列と少なくとも90%の相同性を有する、抗新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体である。また、本発明の別の一実施形態に係る抗体は、配列番号43又は48のアミノ酸配列と少なくとも90%の相同性を有する、抗新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体である。一実施形態において、相同性は95%以上、98%以上、又は99%以上である。アミノ酸配列の相同性(Identity)は、タンパク質相同性解析プログラムであるNCBI blastpを用いて評価される。一実施形態において、抗体はVHH抗体である。
【0014】
本発明の別の一実施形態に係る抗体は、抗体のCDRとして、
配列番号10で示されるCDR1、配列番号11で示されるCDR2、及び配列番号12で示されるCDR3を有する、
配列番号13で示されるCDR1、配列番号14で示されるCDR2、及び配列番号15で示されるCDR3を有する、
配列番号16で示されるCDR1、配列番号17で示されるCDR2、及び配列番号18で示されるCDR3を有する、
配列番号19で示されるCDR1、配列番号20で示されるCDR2、及び配列番号21で示されるCDRを有する、
配列番号22で示されるCDR1、配列番号23で示されるCDR2、及び配列番号24で示されるCDR3を有する、
配列番号25で示されるCDR1、配列番号26で示されるCDR2、及び配列番号27で示されるCDRを有する、
配列番号28で示されるCDR1、配列番号29で示されるCDR2、及び配列番号30で示されるCDR3を有する、
配列番号31で示されるCDR1、配列番号32で示されるCDR2、及び配列番号33で示されるCDRを有する、又は、
配列番号34で示されるCDR1、配列番号35で示されるCDR2、及び配列番号36で示されるCDR3を有する、抗新型コロナウイルス抗体である。本発明の別の一実施形態に係る抗体は、抗体のCDRとして、配列番号44で示されるCDR1、配列番号45で示されるCDR2、及び配列番号46で示されるCDR3を有する、抗新型コロナウイルス抗体である。一実施形態において、抗体はVHH抗体である。
【0015】
本発明の別の一実施形態に係る抗体は、抗体のCDRとして、
配列番号10で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号11で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号12で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
配列番号13で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号14で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号15で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
配列番号16で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号17で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号18で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
配列番号19で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号20で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号21で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
配列番号22で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号23で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号24で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
配列番号25で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号26で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号27で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
配列番号28で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号29で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号30で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、
配列番号31で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号32で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号33で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、又は、
配列番号34で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号35で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号36で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、抗新型コロナウイルス抗体である。本発明の別の一実施形態に係る抗体は、抗体のCDRとして、配列番号44で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号45で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号46で示されるアミノ酸配列において0個若しくは1個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるCDR3を有する、抗新型コロナウイルス抗体である。一実施形態において、抗体はVHH抗体である。
【0016】
本発明の別の一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2の他の株と比較して、SARS-CoV-2の特定の株に選択的に結合する抗体である。一実施形態において、抗体はVHH抗体である。
【0017】
本発明の別の一実施形態に係る抗体は、新型コロナウイルスのSPIKEタンパク質に対する平衡解離定数KDが1.5×10-9M以下である抗体である。一実施形態において、抗体はVHH抗体である。
【0018】
本明細書において、抗体の意義は通常の用法に従うが、多量体及び抗原結合性断片を含む。例えば、一実施形態に係る抗体は、リンカーを介して二量体を形成していてもよい。具体例として、本発明の一実施形態に係る、配列番号1~9からなる群から選択されるアミノ酸配列を有するVHH抗体は、同じVHH抗体とホモダイマーを形成していてもよいし、他の配列を有するVHH抗体とヘテロダイマーを形成していてもよい。
【0019】
VHH抗体とは、シングルドメイン抗体又はナノボディとも呼ばれる重鎖抗体である。VHHは、一般に、FR1、CDR1、FR2、CDR2、FR3、CDR3、及びFR4の各領域により構成されている。FR1~FR4はフレームワーク領域と呼ばれる。また、フレームワーク領域に挟まれたCDR1~CDR3は、超可変性領域であり、相補性決定領域と呼ばれる。一般に、CDR1~CDR3が抗原を認識し、抗原に特異的に結合すると考えられている。なお、各領域は、Elvin A. Kabat et al. "Sequence of proteins of immunological interest", NIH publication No. 91-3242、及びL. Riechmann et al. "Single domain antibodies: comparison of camel VH and camelised human VH domains", J. Immunol. Methods, 1999, 231, 25-38の記載に従って特定することができる。
【0020】
このようなVHH抗体は、アルパカ等のラクダ科の動物によって生産される。一方で、特定のアミノ酸配列を有するVHH抗体は、遺伝子合成を行い、遺伝子をプラスミドとして大腸菌に導入するなどの方法により、容易に生産可能である。
【0021】
一方で、VHH抗体はヒト化されていてもよい。例えば、VHH抗体のフレームワーク領域において、1つ又は複数のアミノ酸残基が、ヒト抗体のVHドメインのアミノ酸配列に従って欠失、置換若しくは付加されてもよい。また、VHH抗体はその他の手法で最適化されていてもよい。このような観点から、上記のように、配列番号1~9からなる群から選択されるアミノ酸配列を有する抗体に加えて、これと一定の相同性を有する抗体、同一のCDRを有する抗体、及びアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたCDRを有する抗体も、抗新型コロナウイルス抗体として用いることができる。
【0022】
また、一実施形態に係る抗体には、さらなる分子が結合していてもよい。結合していてもよい分子としては、ポリペプチド鎖(例えばVHH抗体、免疫グロブリン、若しくはこれらの断片、又は酵素)、医薬品(例えば抗ウイルス剤)、発光物質、又はその他の化学物質(例えばポリエチレングリコール)などであってもよい。これらの分子は、リンカー配列を介してVHH抗体に結合していてもよい。本明細書において、抗体には、このように分子が結合するなどの方法で修飾された抗体も含まれる。
【0023】
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)には、野生型(武漢型)に加えて、VOC202012/01(英国型)、VOC202012/02(南アフリカ型)、及びブラジル型等の変異体がこれまで知られている。一実施形態に係る抗体は、これらの新型コロナウイルスのうちの少なくとも1つに対して結合する。本明細書では、抗体が結合する新型コロナウイルスのことを認識対象と呼ぶ。また、本明細書では、野生型と1又は複数のアミノ酸が異なる新型コロナウイルスのことを変異体と呼ぶ。
【0024】
一実施形態に係る抗体は、新型コロナウイルスのうちの1つに対して特異的に結合する。例えば、一実施形態に係る抗体は、別のコロナウイルス株(野生型又は変異体)と比較して、認識対象であるコロナウイルス株に対して選択的に結合する。また、別の実施形態に係る抗体は、これらの新型コロナウイルスのうちの全てに結合する。一方で、一実施形態に係る抗体は、従来型コロナウイルス(HCoV-229E、HCoV-OC43、HCoV-NL63、及びHCoV-HKU1)と比較して、認識対象に対して選択的に結合する。
【0025】
一実施形態において、抗体の認識対象に対する平衡解離定数KDは、1×10-7M以下、1×10-8M以下、1.5×10-9M以下、1.0×10-9M以下、又は5.0×10-10M以下である。また、本明細書において、比較対象と比較して認識対象に対して選択的に結合するとは、認識対象に対する平衡解離定数KDが、比較対象よりも10倍以上小さいこと、102倍以上小さいこと、又は103倍以上小さいことを意味する。これらの平衡解離定数KDは、バイオレイヤー干渉法(BLI)によって測定される。
【0026】
一実施形態に係る抗体は、新型コロナウイルスのSPIKEタンパク質、とりわけSPIKEタンパク質のS1領域を認識するように設計されている。例えば、一実施形態に係る抗体は、SPIKEタンパク質のS2領域と比較して、SPIKEタンパク質のS1領域に対して選択的に結合する。
【0027】
一実施形態に係る抗体は、国際公開第2019/230823号明細書に記載の方法に従って、そのアミノ酸配列を特定することができる。例えば、新型コロナウイルスのSPIKEタンパク質の細胞外ドメイン(S1及びS2領域)を目的物質、S2領域を対照物質として用い、目的物質を認識する抗体のアミノ酸配列から対象物質を認識する抗体のアミノ酸配列をサブトラクトすることにより、S1領域を特異的に認識する抗体のアミノ酸配列を特定することができる。このような抗体は、新型コロナウイルス上の結合部位をブロックするために適している。一方で、新型コロナウイルスの特定の変異型のSPIKEタンパク質を目的物質、従来型のコロナウイルス又は野生型の新型コロナウイルスのSPIKEタンパク質を対照物質として用いることにより、新型コロナウイルス特定の変異型を特異的に認識する抗体のアミノ酸配列を特定することもできる。
【0028】
一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)の特定のエピトープに結合する。S1領域はRBDとN末端ドメインを含むことが知られている。後述する実施例に示すように、本願発明者らの検討により、RBDのうちS349、Y351、I468、T470、及びE471に対応するエピトープに結合する抗体が、SARS-CoV-2の感染を中和できることが確認された。
【0029】
一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)の349番、351番、468番、470番、又は471番のアミノ酸残基に対応するエピトープに結合する。このような抗体は、SARS-CoV-2の感染を中和するために用いることができる。また、これらのアミノ酸残基は、各SARS-CoV-2変異株の間で保存される傾向があるため、様々な変異株の感染を中和できることが期待される。なお、アミノ酸残基の番号は、SARS-CoV-2野生株における番号を指す。また、特定のアミノ酸残基に対応するエピトープとは、特定のアミノ酸残基を含むエピトープのことを指す。抗体との結合界面に特定のアミノ酸残基が含まれる場合、抗体はこのアミノ酸残基に対応するエピトープに結合するということができる。SARS-CoV-2変異株のSPIKEタンパク質における、上記のアミノ酸残基に対応するエピトープは、SARS-CoV-2野生株との配列の比較を通じて特定することができる。例えば、変異株がアミノ酸配列の欠失、挿入、又は置換を受けていても、野生株のSPIKEタンパク質の468番のアミノ酸残基に対応する、変異株のSPIKEタンパク質のアミノ酸残基は、配列の比較により特定することができる。一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)の468番~471番のアミノ酸残基に対応するエピトープに結合する。
【0030】
一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質のRBDに加えてNTDに結合する。本願発明者らの検討により、RBDに加えてNTDに結合する抗体は、SARS-CoV-2への親和性が高く、SARS-CoV-2の感染を中和できることが確認された。
【0031】
また、一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質のdown状態のRBDに結合する。本願発明者らの検討により、down状態のRBDに結合する抗体は、SARS-CoV-2の感染を中和できることが確認された。
【0032】
一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2の感染中和作用のIC50が10μg/mL未満、5μg/mL未満、1μg/mL未満、又は0.1μg/mL未満である。感染を中和できるSARS-CoV-2としては、D614G変異株、α変異株、β変異株、又はδ変異株等が挙げられる。
【0033】
一実施形態に係る抗体は、新型コロナウイルスを認識するために用いることができる。例えば、酵素又は発光物質で標識した抗体を用いることにより、サンプル中に新型コロナウイルスが存在するか否かを検出することができる(例えばELISA法、CIA法、又はFIA法)。また、一実施形態に係る抗体は、新型コロナウイルス上の結合部位をブロックするために用いることもできる。
【0034】
また、一実施形態に係る抗体は、Covid-19を予防又は治療するために用いることができる。すなわち、一実施形態に係る医薬組成物は、Covid-19を予防又は治療するための医薬組成物であって、上記の抗体を含有している。
【0035】
このような医薬組成物を必要とする対象に対して投与することにより、Covid-19を予防又は治療することができる。投与対象は、ヒト又はその動物でありうる。また、投与対象は、Covid-19に感染している患者、Covid-19の感染リスクが高い対象であってもよい。
【0036】
医薬組成物は、上記の抗体以外の成分を含んでいてもよい。例えば、医薬組成物は、上記の抗体とは異なる抗SARS-CoV-2抗体、又はCovid-19治療に用いられる有効成分を含有していてもよい。例えば、複数種類の抗体を含有する医薬組成物は、いわゆる抗体カクテル治療のために用いることができる。一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2の従来とは異なるエピトープを認識するため、抗体カクテルとして用いるために適している。また、医薬組成物は、担体、安定剤、又は賦形剤等の、薬学的に許容される添加物を含んでいてもよい。
【0037】
医薬組成物の形態は特に限定されないが、例えば凍結乾燥製剤又は溶液製剤であってもよい。医薬組成物の投与方法も特に限定されないが、例えば経皮投与、筋肉内投与、又は静脈内投与のような非経口投与であってもよい。
【0038】
医薬組成物の投与量及び投与間隔も特に限定されず、Covid-19を予防又は治療するために十分な量の上記の抗体が投与されるように、医薬組成物の投与量及び投与間隔を定めることができる。投与量は、患者の体表面積、年齢、健康状態、及び併用薬のような要因に基づいて決定することができる。
【0039】
上記の抗体をコードする核酸分子も、本発明の範囲に含まれる。もちろん、このような核酸分子を含むベクター、及びこのようなベクターでトランスフェクトされた細胞も、本発明の範囲に含まれる。
【実施例0040】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。抗体の特定は、以下のとおり、国際公開第2019/230823号に記載の方法に従って行った。
【0041】
実施例1:アルパカにおける免疫応答の誘導
アルパカに対して、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質を注射することにより免疫応答を誘導した。注射による、アルパカにおける免疫応答は、公知の方法に従って実施した。
【0042】
具体的には、免疫抗原として、D614G変異を加えた及び加えていない全長のオリジナルWH-1(GenBank:QHD43416)、D614G変異を加えた及び加えていないオリジナルWH-1の細胞外ドメイン、並びにこれらに対してフリン切断部位の変異(N679SPRRA又はIL680)を導入したものを含む、組み換えCoV-2SPIKE複合体を精製したものを用いた。これらのタンパク質混合物は、完全フロイントアジュバント中で乳化させて、2頭のアルパカに2週間の間隔で9回まで皮下注射した。
【0043】
実施例2:VHH抗体ファージライブラリーの作製
実施例1に従って免疫応答をおこした1頭のアルパカの血液から、リンパ球を回収した。リンパ球に含まれるVHH抗体遺伝子群(VHH抗体遺伝子ライブラリー)の取得、及びその遺伝子配列群を持つファージ群の作製(VHH抗体ファージライブラリー)は、公知の方法を参照して実施した。
【0044】
具体的には、頸静脈から血液サンプルを採取し、末梢血単核細胞(PBMC)をFicoll(ナカライテスク社製)を用いたショ糖密度勾配で得た。PBMCをPBSで洗浄した後、RNAlater solution(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)に懸濁した。そして、PBMCサンプルからトータルRNAを分離した(Direct-Zol RNA MiniPrep、Zymo Research社製)。それぞれ1μgのトータルRNAをテンプレートとし、ランダムな6量体プライマーを用い、SuperScript II逆転写酵素(Thermo社製)を用いて、相補的DNAを合成した。重鎖可変ドメインのコーディング領域を、LA taqポリメラーゼ(タカラバイオ社製)と、PAGE精製した2つのプライマー(CALL001:5’-GTCCTGGCTGCTCTTCTACAAGG-3’(配列番号41)及びCALL002:5’-GGTACGTGCTGTTGAACTGTTCC-3’(配列番号42))で増幅した。増幅した重鎖可変ドメインのコーディング遺伝子断片を、1.5%低融点アガロースゲル(Lonza Group社製)で分離し、重鎖のみの免疫グロブリンに対応する約700塩基対の下位バンドを抽出した(QIAquick Gel Extraction Kit、Qiagen社製)。VHHドメインのコーディング遺伝子を増幅するためにVHH-PstI-For及びVHH-BstEII-Revプライマーを用いてネスティッドPCRを行い、pMES4ファージミドベクター(GeneArt DNA Synthesis、Thermo社製)へとサブクローニングした。エレクトロポレーションコンピテントな大腸菌TG1細胞(アジレントテクノロジージャパン社製)を、ライゲーションしたプラスミドを用いて低温条件で形質転換し、1マイクロリットルあたり107コロニー形成単位より高く維持するように、限界希釈で力価を確認した。8mLの培養細胞からコロニーを採取してプールし、マザーライブラリとして凍結グリセロールストックに保存した。
【0045】
実施例3:目的物質と相互作用するVHH抗体の選択、及び実施例4:対照物質と相互作用するVHH抗体の選択
目的物質としてはSARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の細胞外ドメイン(S1領域及びS2領域)の三量体を用いた。磁気ビーズの製造業者(Invitrogen)の推奨条件に従い、50mg/mL EDC(1-エチル-3-(-3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩)と50mg/mL NHS(N-ヒドロキシスクシンイミド)試薬を使い、上記三量体を磁気ビーズ表面に存在する活性基(Carboxylic acid)へと共有結合させた。
【0046】
実施例2で得られたファージ群を、目的物質が結合した磁気ビーズに結合させる方法は、磁気ビーズの製造業者(Invitrogen)の推奨する条件で実施した。具体的には、目的物質が結合した磁気ビーズ200μL分を、1.5mL容量のサンプルチューブに入れ、さらにファージ(10000000個以上)を加えて、ひと晩撹拌することで結合を飽和させた。磁気ビーズへの結合を飽和させた後、十分量のバッファー(界面活性剤入りトリス緩衝液 中性pH)で洗った(1mL、20分撹拌を4回)。洗浄後に磁気ビーズに結合していたファージをプロテアーゼ処理で磁気ビーズからはがして回収した。
【0047】
回収したファージは、ファージ感染用の大腸菌(TG1コンピテントセル)に感染させて、大腸菌ライブラリーとして保存した。目的物質が結合した磁気ビーズに結合してきたVHH抗体の遺伝子配列群は、作成された大腸菌ライブラリーにプラスミドの形で存在しており、製造業者の推奨する方法で(Qiagen)それらのプラスミドを精製した。
【0048】
対照物質としてはSARS-CoV-2のSPIKEタンパク質のS2領域を用いた。実施例3と同様に、S2領域を磁気ビーズに結合させ、実施例2で得られたファージ群のうち、磁気ビーズに結合したファージを回収して、大腸菌ライブラリーとして保存した。また、VHH抗体の遺伝子配列を含むプラスミドを精製した。
【0049】
具体的には、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の細胞外ドメイン(目的物質)及びSARS-CoV-2のSPIKEタンパク質のS2領域のみ(対照物質)のそれぞれを、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)で活性化したマグネットビーズ(Dynabeads、Thermo社製)にアミン結合させた。また、季節性風邪コロナウイルスHCoV-OC43のSPIKEタンパク質の細胞外ドメイン(対照物質)、及び触媒ポリペプチド様3G(catalytic polypeptide-like(APOBEC)3G(A3G))も、同様にマグネットビーズに結合させた。1ラウンドのバイオパニングは、1%(n-ドデシル-β-D-マルトピラノシド)(DDM)(ナカライ社製)、0.1% 3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-1-プロパンスルホネート(CHAPS)(ナカライ社製)、0.001%コハク酸水素コレステロール(CHS)(東京化成工業社製)、0.1%ラウリルマルトースネオペンチルグリコール(LMNG)(Anatrace社製)、及び500mMの塩化ナトリウムを含む、pH7.4の50mMリン酸緩衝液中で、それぞれのタンパク質でコーティングされたマグネットビーズを用いて1ラウンドのバイオパニングを行った。同じ緩衝液で3回洗浄した後、洗浄したビーズに結合したままのファージをトリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)溶液(ナカライ社製)を用いて室温で30分間溶出させた。溶出した各ファージ含有溶液をタンパク質阻害剤カクテル(cOmplete、EDTA-free,Protease inhibitor cocktail tablets、Roche Diagnostics社製)のPBS希釈液で中和し、TG1エレクトロポレーションコンピテント細胞に感染させるために用いた。感染した細胞を、100μg/mLのアンピシリン(ナカライ社製)を含むLBブロス(ミラー社製)中で37℃で一晩培養し、選別した。QIAprep mini-prep kit(Qiagen社製)を用いて、選別したファージミドを回収した。
【0050】
実施例5:VHH抗体のアミノ酸配列の解読
実施例3及び4で得られたVHH抗体の遺伝子配列群を次世代シーケンス解析により解読した。具体的には、VHH抗体の遺伝子配列のうち、500塩基対以下の部分をターゲット領域として、その部分に含まれる遺伝子配列を解読した。ターゲット領域を増幅するためのプライマーとして5’gaaatacctattgcctacggc(5’側、配列番号37)と5’ggaaccgtagtccggaacgtc(3’側、配列番号38)を設計した。ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR)でこれらのプライマーセットを使うことで、VHH抗体の遺伝子配列のうち、500塩基対以下の部分のターゲット領域を増幅した。さらに、次世代シーケンサーに固有の指定配列 5’TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAG-(配列番号39)と5’GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACAG-(配列番号40)を上記プライマーにそれぞれ融合したプライマーセットを用いることで、製造業者(イルミナ社)が推奨する方法でillumina_MiSeq_Amplicon_Deep_Sequence法によるターゲット領域の遺伝子配列を解読した。
【0051】
こうして解読された遺伝子配列群からアミノ酸配列群への翻訳は、市販の解析ソフトウェアでおこなった(Genetyx社)。これらの遺伝子配列群及びアミノ酸配列群のうち、末端の配列が使用したプライマーと完全に一致するもの、ターゲット領域の塩基長が401塩基対以上であるもの、リードカウント数が2以上であるもの、ベクター配列に含まれるヒスタグ配列(6×His)を含むもの、を選び出した。さらに、遺伝子配列が異なっていてもアミノ酸配列が同一であるものを合算して、出現頻度(リードカウント数)が高いアミノ酸配列の順にまとめた。
【0052】
具体的には、マザーライブラリと、1ラウンドのターゲット濃縮後のサブライブラリ内のVHHコーディング領域をPCR増幅し、AMPure XP beads(Beckman Coulter社製)を用いて精製した。その後、デュアルインデックスライブラリを調製し、MiSeq Reagent Kit v3を用い、Illumina MiSeq(Illumina社製)で、ペアード、300bpリードでシーケンシングした。こうして、それぞれのサブライブラリについて、約100000のペアードリードを生成した。リードの生データに対し、cutadapt v1.18(Martin, M. Cutadapt removes adapter sequences from high-throughput sequencing reads. EMBnet.journal, 17, 10-12, doi:10.14806/ej.17.1.200 (2011).)を用いてアダプター配列をトリミングし、その後低品質のリードをTrimmatic v0.39(Bolger, A. M., Lohse, M. & Usadel, B. Trimmomatic: a flexible trimmer for Illumina sequence data. Bioinformatics 30, 2114-2120, doi:10.1093/bioinformatics/btu170 (2014))を用いて除去した。残るペアードリードはfastq-join(Aronesty, E. Comparison of Sequencing Utility Programs.The Open Bioinformatics Journal 7, 1-8, doi:10.2174/1875036201307010001 (2013))を用いてマージし、EMBOSS v6.6.0.0(Rice, P., Longden, I. & Bleasby, A. EMBOSS: the European Molecular Biology Open Software Suite. Trends in genetics : TIG 16, 276-277, doi:10.1016/s0168-9525(00)02024-2 (2000))を用いてアミノ酸配列へと翻訳した。
【0053】
実施例6:対照物質と相互作用するVHH抗体のアミノ酸配列群(B群)を、目的物質と相互作用するVHH抗体のアミノ酸配列群(A群)からサブトラクトしたアミノ酸配列群(C群)を取得する(C群=A群-B群)
具体的には、以下の群に含まれるアミノ酸配列を選択し、C群を取得した。
A群に含まれているアミノ酸配列(リード数=2以上)で、かつB群には含まれないアミノ酸配列(リード数=0)を選ぶ。
A群に含まれているアミノ酸配列(リード数=20以上)のうち、B群にはその10分の1以下のリード数しか現れないアミノ酸配列(リード数=2以上)を選ぶ。
A群に含まれているアミノ酸配列(リード数=4以上)のうち、B群にはその半分以下のリード数しか現れないアミノ酸配列(リード数=2以上)を選ぶ。
C群はC0群とC1/10群とC1/2群に含まれるアミノ酸配列を合算したのちに、これら3群間で重複するアミノ酸配列を除いたものの集合である。この処理により、対照物質と相互作用する多数のVHH抗体を特定した(実施例9及び10を参照)。
【0054】
具体的には、seqkit v0.10.1(Shen, W., Le, S., Li, Y. & Hu, F. SeqKit:A Cross-Platform and Ultrafast Toolkit for FASTA/Q File Manipulation. PLOS ONE 11, e0163962, doi:10.1371/journal.pone.0163962 (2016))及びusearch v.11(Edgar, R. C. Search and clustering orders of magnitude faster than BLAST.Bioinformatics 26, 2460-2461, doi:10.1093/bioinformatics/btq461 (2010))を組み合わせたカスタムpythonスクリプトを用いて、各ライブラリのユニークな配列をカウントした。各クローンの濃縮スコアは、バイオパニングされたそれぞれのサブライブラリのおける存在比の間でカイ二乗検定のP値を算出することによって分析した。その結果、SARS-CoV-2SPIKEタンパク質でバイオパニングしたサブライブラリにおける濃縮スコアが、バイオパニングした他のサブライブラリにおける濃縮スコアよりも高かった9クローンを選択した。
【0055】
実施例7:C群に含まれるアミノ酸配列をコードする遺伝子配列の人工遺伝子合成
C0群に含まれるアミノ酸配列はいずれも200アミノ酸残基以下からなり、そのアミノ酸配列をコードする遺伝子配列は、製造業者(ユーロフィン社)が提供する最適化された遺伝子配列(ここでの最適化された遺伝子配列とは、たとえば、合成しやすい、分解されにくい、塩基が偏っていない、配列の繰り返しが少ない、二次構造を取りにくいなどの遺伝子配列のこと)として人工的に合成することができた。本実施例においては、VHH抗体の直列二量体をコードする遺伝子を合成した。VHH抗体を二量体又は多量体として発現させて用いる方法は、特表2010-534465号公報等に記載されているようによく知られている。人工的に合成された遺伝子は、任意の発現ベクターに組み込むことができた。
【0056】
具体的には、選択された9個のアミノ酸配列のそれぞれを、(GGGGS)4リンカーでタンデムホモダイマーとして連結した。9つのホモダイマーのコーディング遺伝子と、既知のSARS72(Wrapp et al., Cell 2020)、mNb6(Schoof et al., Science 2020)、及びTy1(Hanke et al., Science 2020)の連結ホモダイマーの遺伝子を、コドン最適化して合成した。
【0057】
実施例8:人工遺伝子がコードするVHH抗体タンパク質の発現
発現ベクターに組み込んだ人工遺伝子をプラスミドとして大腸菌(BL21株)に遺伝子導入することで、人工遺伝子がコードするVHH抗体タンパク質を大腸菌に発現させることができた。具体的には、人工遺伝子にコードされたアミノ酸配列の発現は、当該大腸菌が対数増殖期にあるときにIPTGを添加することで行った。発現されたアミノ酸配列(VHH抗体にヒスタグが付加されている)は、製造業者(GE Healthcare)が推奨する方法でニッケル固相化樹脂カラムを使って精製した。
【0058】
実施例9:得られたVHH抗体の抗原結合能の評価
バイオレイヤー干渉法(BLI法)により、実施例6で特定され、実施例7,8で得られたVHH抗体のうち、サンプルID:P086(配列番号8)、サンプルID:P543(配列番号3)、サンプルID:C116(配列番号5)、及びサンプルID:P017(配列番号6)について、抗原との結合速度定数ka、解離速度定数kd、及び平衡解離定数KDを測定した。比較のために、抗SARS-CoV-2 VHH抗体であるTy1(L. Hanke et al. "An alpaca nanobody neutralizes SARS-CoV-2 by blocking receptor interaction", Nature Communications, 2020, 11, Article number: 4420.)及び抗SARS-CoV-1 VHH抗体でありSARS-CoV-2に対する結合能も確認されているSARS_VHH72(D. Wrapp et al. "Structural Basis for Potent Neutralization of Betacoronaviruses by Single-Domain Camelid Antibodies", Cell, 2020, 181, p. 1004-1015.)についても同様にBLI測定を行った。BLI測定装置としてはFortebio社製BLItzを用い、抗原としては、A. Wallsらが報告した(A. Walls et al. "Structure, Function, and Antigenicity of the SARSCoV-2 Spike Glycoprotein", Cell, 2020, 180, p. 281-292.)SARS-CoV-2(野生型)SPIKEタンパク質細胞外ドメインの三量体を用いた。なお、本明細書においては、サンプルID:P086などをP86などと省略することがある。
【0059】
結果を下表に示す。以下のように、サンプルID:P086、P543、C116、及びP017は、既知のVHH抗体と同等以上の結合能を有し、特にサンプルID:P543、C116、及びP017は、既知のVHH抗体よりも高い結合能(より低い平衡解離定数K
D)を有することが確認された。
【表1-1】
【0060】
一方で、各サンプルのアフィニティは、測定に用いる緩衝液の塩濃度に影響を受けることが確認された。そこで、高濃度緩衝液(サンプルID:P017、P086、P334、及びC116)又は低濃度緩衝液(サンプルIDP158、P543、C017、C049、及びC246)のいずれかを用いて各サンプルのBLI測定を改めて行ったところ、以下の結果が得られた。高濃度緩衝液としては、500mMのNaClと0.001%のLMNGを含むリン酸緩衝液を用いた。この緩衝液中ではSPIKEタンパク質が安定化する。又、低濃度緩衝液としては、5mMのNaClと0.00005%のLMNGを含むリン酸緩衝液を用いた。この緩衝液中ではSPIKEタンパク質が変動する。具体的には、センサーチップにはビオチン化したサンプルを固定化し、順次希釈した濃度のSARS-CoV-2 SPIKEタンパク質細胞外ドメインの三量体との結合動態をリアルタイムで測定した。
【0061】
結果を下表に示す。以下のように、各サンプルがSARS-CoV-2(野生型)SPIKEタンパク質に対する高い結合能を有することが確認された。
【0062】
【0063】
実施例10:細胞染色によるVHH抗体の抗原認識能の確認
実施例6で特定され、実施例7,8で得られたVHH抗体を蛍光標識し、これらのVHH抗体による細胞染色を行った。VHH抗体としては、上記のサンプルID:P086(配列番号8)、サンプルID:P543(配列番号3)、サンプルID:C116(配列番号5)、及びサンプルID:P017(配列番号6)の他、サンプルID:C246(配列番号2)、サンプルID:P334(配列番号4)、サンプルID:C017(配列番号7)、及びサンプルID:P158(配列番号9)を用いた。蛍光標識を行う細胞としては、SARS-CoV-2(野生型)、SARS-CoV-2(D614G変異体:欧州型)又はSARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体:南アフリカ型)のSPIKEタンパク質全長遺伝子を一過性に遺伝子導入して発現させたHEK細胞をそれぞれ用いた。比較のために、上記のSARS_VHH72及びTy1、並びにSARS-CoV-2に結合するシングルドメイン抗体であるmNb6(M. School et al. "An ultrapotent synthetic nanobody neutralizes SARS-CoV-2 by stabilizing inactive Spike", Science, 2020, 370, p. 1473-1479.)を用いて同様に細胞染色を行った。さらに、比較のために、同じ細胞サンプルに対し、SPIKEタンパク質全長遺伝子のカルボキシル末端に結合したC9タグに対する抗体(C9tag)、及びDAPIを用いた細胞染色も行った。
図1A~
図1Fは、細胞染色の結果を示す写真である。
【0064】
また、実施例6で特定され、実施例7,8で得られたVHH抗体のうち、サンプルID:P086(配列番号8)及びC049(配列番号1)を蛍光標識し、これらのVHH抗体による細胞染色を行った。蛍光標識を行う細胞としては、SARS-CoV-2(野生型)、SARS-CoV-2(D614G変異体:欧州型)、SARS-CoV-2(E484K変異体)、又はSARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体:南アフリカ型)のSPIKEタンパク質全長遺伝子を導入して安定に発現させたDT40細胞、及びネイティブのDT40細胞をそれぞれ用いた。比較のために、上記のmNb6を用いて同様に細胞染色を行った。染色により、サンプルID:P086は野生型、D614G変異体、E484K変異体、及びD614G+N501Y+K417N+E484K変異体を認識することが確認された。また、サンプルID:C049は、D614G+N501Y+K417N+E484K変異体を認識する一方で、野生型、D614G変異体、及びE484K変異体を認識しないことが確認された。mNb6は、野生型及びD614G変異体を認識し、E484K変異体及びD614G+N501Y+K417N+E484K変異体を認識しなかった。
図2A及び
図2Bは、細胞染色の結果を示す写真である。なお、
図2Aは写真のグレースケール画像であり、
図2Bは同じ写真について細胞の位置を示す青色成分を抑制したグレースケール画像である。本実験においてVHH抗体には赤色で蛍光標識されており、
図2BはVHH抗体が認識した細胞の位置をより明確に示している。
【0065】
表2は、上記の細胞染色の結果をまとめたものである。表2において、○はVHH抗体が細胞を染色したこと(すなわちSPIKEタンパク質を認識したこと)、×はVHH抗体が細胞を染色しなかったこと(すなわちSPIKEタンパク質を認識しなかったこと)、▲はVHH抗体が細胞を弱く染色したこと(すなわち○と判定されたSPIKEタンパク質の方が選択的に認識されていたこと)を示す。
図1A~
図1F及び表2に示されるように、サンプルID:P017、P086、P158、P334、P543、C017、C116、及びC246は、SARS-CoV-2(野生型)SPIKEタンパク質及びSARS-CoV-2(D614G変異体)SPIKEタンパク質を選択的に認識することが確認された。
【0066】
【0067】
同様に、実施例6で特定されたVHH抗体から選択され、実施例7,8に従って得られた各VHH抗体による細胞染色を行った。表3は、SARS-CoV-2(野生型)SPIKEタンパク質、SARS-CoV-2(D614G変異体)SPIKEタンパク質、及びSARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体:南アフリカ型)SPIKEタンパク質に対する染色結果を示す。
【0068】
【0069】
同様に、受容体結合ドメイン(RBD)及びN末端ドメイン(NTD)に、D614G変異に加えて様々な変異(又は欠失)を有する各SARS-CoV-2 SPIKEタンパク質に対して、各サンプルを用いた染色を行った。染色結果を以下に示す。下表において、+はVHH抗体が細胞を染色したこと(すなわちSPIKEタンパク質を認識したこと)、-はVHH抗体が細胞を染色しなかったこと(すなわちSPIKEタンパク質を認識しなかったこと)、±はVHH抗体が細胞を弱く染色したこと(すなわち○と判定されたSPIKEタンパク質の方が選択的に認識されていたこと)を示す。
【0070】
【0071】
表2、表3、及び表3-2の結果は、実施例1~6に従ってVHH抗体を特定することにより、SARS-CoV-2を認識する様々なVHHクローンが得られることを示す。この結果は、実施例9の結果も踏まえれば、所望の特性(例えば所定値よりも低い平衡解離定数KD)を有するVHH抗体を過度の試験を行うことなく取得できることを示している。これらの結果(特にサンプルID:P017、P334、C017、及びC049)は、実施例1~6に従ってVHH抗体を特定することにより、特定のSARS-CoV-2変異株に、他のSARS-CoV-2変異株と比較して選択的に結合するVHH抗体を、過度の試験を行うことなく取得できることを示している。また、サンプルID:C049について得られた結果は、実施例1~6に従ってVHH抗体を特定することにより、特定のSARS-CoV-2変異株を認識する一方で、他のSARS-CoV-2変異株を認識しないVHH抗体、及び野生型のSARS-CoV-2と比較して、SARS-CoV-2の特定の変異株に選択的に結合する抗体を、過度の試験を行うことなく取得できることを示している。
【0072】
また、表3-2に示されるように、各サンプルは、δ変異株のような、L452R変異を有するSPIKEタンパク質に対する感度を維持していた。これは、Ty1がL452R変異を有するSPIKEタンパク質を検出できないのとは対照的である。
【0073】
なお、サンプルID:C49及びC246は、細胞内領域のSPIKEタンパク質のみを染色した一方で、残りの7つのクローンは、細胞膜付近又は細胞膜上のSPIKEタンパク質を染色した。この結果は、各クローンがSARS-CoV-2のSPIKEタンパク質を状態に応じて認識していることを示唆している。例えば、C246は未熟な又は折りたたまれていないスパイクを認識するものと考えられる。後述するようにC246は様々な変異株を中和することができるが、これはウイルスの成熟を阻害しているものと考えられる。
【0074】
なお、サンプルID:P543、P334、及びP158は、ウエスタンブロッティングのためにも使用可能であることが確認された。すなわち、VHH抗体はSDSにより変性したタンパク質を認識しないことが多いが、サンプルID:P543、P334、及びP158はSDSにより変性したSPIKEタンパク質を認識可能であった。
【0075】
すなわち、SARS-CoV-2の野生型(Control)、D614G変異体、N501Y変異体、N501Y+E484K変異体、N501Y+E484K+K471N変異体、及びK417N変異体のSPIKEタンパク質のC末端にC9タグを付けたものをサンプルとして用い、DTTを用いてSDS-PAGEを行った。そして、サンプルID:P543、P334、及びP158を用いてバンドの染色を行った。具体的には、C末端に6×Hisタグを付けたナノボディホモダイマー(P158、P334、及びP543の希釈比はそれぞれ1:5000、1:1000、及び1:2500)、抗His-tag抗体(MBL社製)、及びHRP結合抗ウサギ又は抗マウスIgG二次抗体(Cytiva社製)と順次インキュベートし、反応したタンパク質のバンドをELC plusシステム(Cytiva社製)を用いて可視化した。結果を
図3Aに示す。
図3Aに示すように、サンプルID:P543、P334、及びP158は、マウスモノクローナルC9抗体と同様の感度でSPIKEタンパク質を認識した。バインディングパターンから、それぞれのクローンはS1ドメインの一部を認識していることが示唆された。
【0076】
さらに、サンプルID:P543及びP158を用いて、サンドイッチELISA法によりSPIKEタンパク質を検出するキットを作製した。具体的には、MaxiSorp96ウェルプレート(Nunc社製)のウェルに、捕捉抗体としてサンプルID:P158のホモダイマーをコーティングした。また、ウェルを洗浄した後、Carbo-Freeブロッキング溶液(Vector Laboratories社製)でブロッキングした。その後、SARS-CoV-2 SPIKEタンパク質を含むサンプルを添加した。さらに、ビオチン結合したサンプルID:P543を検出抗体として添加してインキュベートした後、HRP結合ストレプトアビジン(東京化成工業株式会社製)を添加してさらにインキュベートした。その後、o-フェニレンジアミン二塩酸塩(OPD)を用いて現像した後、マイクロプレートリーダーを用いて、ウェルの光学濃度を450nmで読み取った。このように作製されたELISAキットによるSARS-CoV-2 SPIKEタンパク質の検出限界は1μg/mLであった。P543及びP086は、サイボウホモジネート中のD614G変異株及びβ変異株(D614G+N501Y+E484K+K417N)のSPIKEタンパク質を特異的に検出することができた。さらに、検出抗体として、Fcタグ付きのP543を用いたところ、検出限界は20ng/mL以下となった。また、検出抗体としてP086を用いたELISAキットも、SARS-CoV-2 SPIKEタンパク質を検出することができた。
【0077】
さらに、VHH抗体を用いた、SARS-CoV-2 SPIKEタンパク質を検出できるラテラルフローアッセイの抗原検査キットも開発することができた。この抗原検査キットは、サンプルパッド、試薬パッド、キャプチャーラインを含む反応メンブレン、及び吸収パッドが並んでいるテストストリップを有している。そして、試薬パッドには微粒子に結合したVHH抗体が含まれ、キャプチャーラインにもVHH抗体が含まれている。このような抗原検査キットのサンプルパッドにサンプルをスポットすることにより、サンプル中のSARS-CoV-2 SPIKEタンパク質を検出することがてきた。
【0078】
具体的には、精製したP158(330ng/mL)を、ニトロセルロース膜(IAB90、東洋濾紙株式会社製)に約1mm幅で並べた。このメンブレンをCarbo-Freeブロッキング溶液に室温で1時間浸し、風乾させた。また、精製したP086又はP543を、直径30nmのEstaporeビーズ(Sigma-Aldrich社製)にアミン結合させた。ガラス繊維紙(GF/DVA、Cytiva社製)を、0.005%(w/v)のVHH抗体が結合したEstaporeビーズを含むブロッキング溶液に浸して飽和させた後、真空状態で乾燥させた。裏打ちしたニトロセルロース膜とビーズを吸着させたガラス繊維紙とをバッキングシート(Cytiva社製)に重ね合わせた。CF4紙(Cytiva社製)をサンプルパッドと吸収パッドの両方に使用し、同様に用意したバッキングシートに重ねた。4枚重ねのシートを5mm幅にカットし、黒いケースに入れて、シリカゲルと一緒に密封して保存した。乾燥した状態で、SARS-CoV-2δ変異株のSPIKEタンパク質(D614G、L452R、T478K)サンプル300ng(
図3Bの+)、又はPBS(
図3Bの-)をサンプルパッドにスポットした。315nmのUVランプ下で観察を行ったところ、SPIKEタンパク質をスポットした場合にのみシグナルが確認された。キャプチャーラインにP158を、ディテクタービーズにP086を用いた場合の観察結果を
図3Bに示す。
【0079】
上記のように、少なくともP158、P334、P543、及びP86は、S1ドメインに変異を持つSARS-CoV-2 SPIKEタンパク質を検出することができた。この変異とは、H69、V70、Y144、Y145、L242、A243、及びL244の欠失、並びにL18F、T20N、P26S、D138Y、R190S、D215G、R246I、N439Y、Y453F、T478K、及びA570Dの点変異である。
【0080】
実施例11:アルパカにおける免疫応答のさらなる誘導方法
1頭のアルパカに対して、様々な種類のSARS-CoV-2のSPIKEタンパク質を注射することにより免疫応答を誘導する。例えば、SARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体)SPIKEタンパク質を注射する。本実施例によれば、SARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体)を認識するVHH抗体を効率的に特定することができる。
【0081】
実施例12:目的物質及び対照物質のさらなる選択方法(1)
目的物質としてはSARS-CoV-2の特定の株(野生型又は変異体)のSPIKEタンパク質を用い、対照物質としてSARS-CoV-2のその他の株のSPIKEタンパク質を用いる。例えば、目的物質としてSARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体)SPIKEタンパク質の細胞外ドメイン(S1領域及びS2領域)三量体を用い、対照物質としてSARS-CoV-2(野生型)SPIKEタンパク質の細胞外ドメイン(S1領域及びS2領域)三量体を用いる。本実施例によれば、SARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体)に、SARS-CoV-2(野生型)に対して選択的に結合するVHH抗体を効率的に特定することができる。
【0082】
実施例13:目的物質及び対照物質のさらなる選択方法(2)
複数の対照物質(例えばSARS-CoV-2の複数の株のSPIKEタンパク質)を用いる。すなわち、目的物質と相互作用するVHH抗体のアミノ酸配列群(A群)から、複数の対照物質のいずれかと相互作用するVHH抗体のアミノ酸配列群(B群)をサブトラクトしたアミノ酸配列群(C群)を取得する。例えば、目的物質としてSARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体)SPIKEタンパク質の細胞外ドメイン(S1領域及びS2領域)三量体を用い、対照物質としてSARS-CoV-2(野生型)、SARS-CoV-2(D614G変異体)、及びSARS-CoV-2(E484K変異体)SPIKEタンパク質の細胞外ドメイン(S1領域及びS2領域)三量体を用いる。そして、目的物質と相互作用するVHH抗体のアミノ酸配列群(A群)から、SARS-CoV-2(野生型)SPIKEタンパク質の細胞外ドメイン三量体と相互作用するVHH抗体のアミノ酸配列群(B群-1)、SARS-CoV-2(D614G変異体)SPIKEタンパク質の細胞外ドメイン三量体と相互作用するVHH抗体のアミノ酸配列群(B群-2)、及びSARS-CoV-2(E484K変異体)SPIKEタンパク質の細胞外ドメイン三量体と相互作用するVHH抗体のアミノ酸配列群(B群-3)をサブトラクトする。本実施例によれば、SARS-CoV-2(D614G+N501Y+K417N+E484K変異体)を、SARS-CoV-2の他の株に対して選択的に認識するVHH抗体を効率的に特定することができる。
【0083】
実施例14:SPIKEタンパク質を発現するウイルスの中和アッセイ
上記のVHH抗体について、ウイルスの感染及び/又は伝播を中和できるかどうかを検証した。サンプルとして使用したVHH抗体は、上記のサンプルID:P086(配列番号8)、サンプルID:P543(配列番号3)、サンプルID:C116(配列番号5)、サンプルID:P017(配列番号6)、サンプルID:C246(配列番号2)、サンプルID:P334(配列番号4)、サンプルID:C017(配列番号7)、及びサンプルID:P158(配列番号9)、及びサンプルID:C49(配列番号1)である。比較のために、SARS-CoV-2抗体である上記のTy1もサンプルとして用いた。
【0084】
まず、SARS-CoV-2 SPIKEタンパク質を発現するHIV-1ベースの疑似ウイルスを調製した。LentiX HEK293T細胞に対して、ポリエチレンイミントランスフェクション試薬(Cytiva製)を用いて、製造会社によるプロトコルに従って、C末端にC9タグが付加された、SARS-CoV-2 SPIKEタンパク質(オリジナル、α変異株、β変異株、又はγ変異株)の全長をコードするプラスミドと、ルシフェラーゼレポーターをコードするHIV-1トランスファーベクターとを、共トランスフェクトした。細胞を培地中37℃で4-6時間培養した後、10%FBSを含むDMEMに交換してさらに48時間培養を行った。その後、上澄み液を採取し、0.45mの膜でろ過し、超遠心分離で濃縮した後、-80℃で凍結した。各変異株のSARS-CoV-2 SPIKEタンパク質としては、以下の変異を有しているものを用いた。
・オリジナル(Original:D614G)
・α変異株(Alpha:H69del、V70del、Y144del、N501Y、A570D、D614G、P681H、T716I、S982A、及びD1118H)
・β変異株(Beta:L18F、D80A、D215G、R246I、K417N、E484K、N501Y、D614G、及びA701Y)
・δ変異株(Delta:T19R、G142D、E156del、F157del、R158G、L452R、T478K、D614G、P681R、及びD950N)
【0085】
そして、ACEII及びTMPRSS2を発現するK562細胞を、5段階に順次希釈したVHH抗体とともに37℃で1時間インキュベートした後、上記の疑似ウイルスを感染させた。2日間の培養後に細胞を溶解し、Steady-Glo Luciferase Assay System(プロメガ社製)とマイクロプレート分光光度計(ARVO X3、パーキンエルマージャパン社製)を用いてルシフェラーゼ活性を測定した。得られた発光単位は、VHH抗体不存在下で疑似ウイルスを感染させた細胞由来の発光単位で規格化した。
【0086】
VHH抗体の濃度と、規格化された発光単位に基づいて評価された、K562細胞への相対的な感染単位の平均値(各サンプルについてn=3)との関係を
図4に示す。また、各サンプルについて、各変異株の感染抑制作用のIC50の測定値を下表に示す。
【表4】
【0087】
図4の左上は、SARS-CoV-2(D614G)のSPIKEタンパク質を発現する疑似ウイルスに対する中和アッセイの結果を示す。
図4に示すように、9つのサンプルそれぞれについて感染率を低下させる、すなわち感染を中和できることが確認された。特に、9つのサンプルのうち5つ(P086、C116、P017、C246、及びC017)は、オリジナル(D614G)の感染を用量依存的に阻害できることが確認された。
【0088】
図4の右上、左下、及び右下は、それぞれSARS-CoV-2のα変異株、β変異株、及びδ変異株のSPIKEタンパク質を発現する疑似ウイルスに対する中和アッセイの結果を示す。P017、P086、及びC116は、Ty1よりも強力にα変異株を中和した。さらに、P086及びC246は有意にβ変異株の感染を抑制し、P017及びC246はδ変異株を中和した。上記のように細胞内領域のSPIKEタンパク質を染色したC246は、試験した全ての変異株を中和することができた。また、P017はβ変異株を中和したがδ変異株は中和せず、一方でP086はδ変異株を中和したがβ変異株は中和しなかった。
【0089】
実施例15:クライオ電子顕微鏡を用いたSPIKEタンパク質-VHH抗体複合体の構造解析
上記のVHH抗体が結合するSARS-CoV-2 SPIKEタンパク質のエピトープを同定するために、クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)を用いてSPIKEタンパク質-サンプルID:P086複合体、及びSPIKEタンパク質-サンプルID:P017複合体の単一粒子解析を行った。
【0090】
まず、SARS-CoV-2スパイクタンパク質(D614G変異体)を、以下のように発現させ、精製した。すなわち、HE400AZ培地(Gmep社製)で維持されたExpi293-F細胞(Thermo社製)で、フリン耐性変異を有するHisタグ付きのスパイクタンパク質を一過性に発現させた。発現ベクターとしてはGxpress 293 Transfection Kit(Gmep社製)を用い、メーカーによるプロトコルに従って細胞にトランスフェクションした。トランスフェクション後5日目に培養上清を採取し、スパイクタンパク質をNickel Sepharose 6 Fast Flowカラム(Cytiva社製)を用いて精製し、続いて50mM HEPES,pH7.0,200mM NaClを含む緩衝液で平衡化したSuperdex 200 Increase 10/300 GLカラム(Cytiva社製)を用いたサイズ排除クロマトグラフィーによりさらに精製した。
【0091】
上記のように得た0.1mg/mLのSARS-CoV-2スパイク(D614G)の三量体複合体を、5倍モル過剰のVHH抗体モノマー(P086又はP017)と混合し、氷上で10分間インキュベートした後、得られたSPIKEタンパク質-VHH抗体複合体溶液3μLをエポキシ化グラフェングリッドに塗布した。室温で5分間インキュベートした後、4℃、湿度100%で平衡化したVitrobot Mark IV(Thermo社製)のチャンバー内で、-3の力で2秒間グリッドをブロットし、すぐに液体エタンに投入した。余分なエタンは濾紙で取り除き、グリッドは液体窒素内で保存した。
【0092】
クライオ電子顕微鏡画像データセットは、K3直接電子検出器(Gatan社製)を用い、CDSモードにおいて300kVで動作するJEM-Z300FSC(CRYO ARM 300,JEOL社製)を用いて得た。ゼロロスイメージングのために、Ωタイプのインカラムエネルギーフィルタをスリット幅20eVで使用した。公称倍率は60000倍で、0.870Å/ピクセルに相当する。デフォーカスは-0.5mから-2.0mの間で変化した。各動画は60フレーム(1フレーム0.0505秒、総露光3.04秒)に分割され、総線量は60e-/Å2であった。
【0093】
画像はRELION3.1(Zivanov et al., IURcJ 2020)を用いて処理した。動画に対してはMotionCor2(Zheng et al., Nat. Methods 2017)を用いて動き補正を行い、CTFFIND4.1(Rohou et al., 2015)を用いてCTFを推定した。CTFのma解像度が5Åを超えている顕微鏡写真を選択した。すべての画像に対して3Dテンプレートベースのオートピッキングを行い,4xビニングで粒子を抽出し、これを2回の2D分類にかけた。P086についてのデータセットにおいては、初期モデルを作成し、次の3D分類における参照のために使用した。P017についてのデータセットにおいては、SPIKEタンパク質3量体の密度マップ(以前に得られたデータセット)を参照として使用した。対称性を適用することなくリファレンスベースの3D分類(4クラスに分類)を行い、選択した粒子をビン化せずに再抽出した。対称性を適用しない3次元オートリファイン、ソフトマスク生成、後処理、CTFリファイン、ベイジアンポリッシング、及びさらなる3次元オートリファインを行った。続いて、1つのRBDについてのアップとダウンの状態を分離するために、アライメントを行わないフォーカスされた3D分類を行った。選択された粒子には、さらなる3Dオートリファイン、後処理、CTFリファイン、3Dオートリファイン、及び後処理を行った。最終的なマップの解像度(FSC=0.143)は、P086のデータセットでは2-up及び3-upの状態でそれぞれ3.37Å及び3.56Åであり、P017のデータセットでは1-up及び2-upの状態でそれぞれ3.08Å及び3.24Åであった。それぞれの複合体の3次元構造を示す画像を、UCSF Chimera(Pettersen et al., J. Comput. Chem. 2004)及びChimeraX(Pettersen et al., Protein Sci. 2021)を用いて作成した。
【0094】
上記の解析により、SPIKEタンパク質-P086複合体からは、2-RBD-upの状態(2-up+P086、
図5(A))及び3-RBD-upの状態(3-up+P086、
図5(B))の構造を確認できた。また、SPIKEタンパク質-P017複合体からは、1-RBD-upの状態(1-up+P017、
図5(C))及び2-RBD-upの状態(2-up+P017、
図5(D))の構造を確認できた。最終的な再構成マップの解像度は、2-up+P086、3-up+P086、1-up+P017、及び2-up+P017で、それぞれ3.37Å、3,56Å、3.08Å、及び3.24Åであった。P086及びP017のそれぞれについて、2つの状態の間でVHH結合領域に変化は見られなかった。P086及びP017に対応する電子密度は、down状態とup状態の双方のRBDの外側に位置していた。
【0095】
図6(A)~(C)は、それぞれP086及びP017とdown状態のSPIKEタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)との結合状態を示す拡大図である。down状態のRBDに結合したP086及びP017の電子密度は、隣のプロトマーのNTDまで伸びていた。この点はP086においてより明らかであり、P086はRBDと隣のプロトマーのNTDとの間のギャップを埋め、これらをつないでいることが確認された。また、P017の結合位置はP086の結合位置と部分的に重なっており、P086と比較してRBDの受容体結合モチーフ(ACEII結合領域)側にわずかにシフトしていた。この結果、SARS-CoV-2デルタ株の重要な変異点の一つであるL452は、RBDの表面とP017の間の空間に位置しており、P017はL452に直接接触していないことが確認された。また、各クローンに隣接するNTDの残基(Ser349、Tyr351、Ile468、Thr470、Glu471)は、P017と比較して、P086とより緊密な結合界面を形成していた。さらに、P017とP086は、ともにRBDのE484を含むループ領域に結合していることが確認された。
【0096】
図7(A)及び
図7(B)は、それぞれP086及びP017とup状態のSPIKEタンパク質のRBDとの結合状態を示す拡大図である。この場合も、down状態と同様、各クローンはSPIKEタンパク質のRBDに結合していた。P086のRBDへの結合領域の端部は、重ね合わせたACEIIの構造(PDBエントリー:7KMS)と重なっており、P017のRBDへの結合領域は、ACEIIとより重なっていた。
【0097】
さらに、P086の結晶構造に基づいて、SPIKEタンパク質とP086との結合モデルを構築した。P086の結晶構造は、P086をシッティングドロップ蒸気拡散法により結晶化させ、X線回折実験を行うことにより決定した。P086の構造を
図8(A)及び(B)に示す。また、
図8(C)及び(D)は、それぞれdown状態のRBDとP086との結合モデル、及びup状態のRBDとP086との結合モデルである。P086が有するCDRループ領域は、down状態のRBDと隣接するNTDとの間に埋まっていることが確認された。
【0098】
図9に示すように、これまでに報告されていたヒトの抗体は、RBDのクラスI(
図8(A))、クラスII(
図9(B))、RBDボディI(
図9(C))、RBDボディII(
図9(D))、の4つのエピトープのいずれかを標的としていた。一方で、P086のエピトープは、
図9(B)及び(C)に示されるように、クラスII及びRBDボディIの外側に、クラスI及びRBDボディIIの反対側に、位置していた。P086は小さいために、ヒトの抗体では見られなかった隠れたクレバスにアクセスしているものと考えられる。このように、P086のエピトープは、従来の抗体ではアクセスできないほど狭いものと思われる。
【0099】
このような結合領域の違いが、P086及びP017の変異耐性及び中和活性、すなわちP017はδ変異株(L452R)を中和でき、一方でP086はβ変異株(E484K)を中和できたこと、に影響を与えたものと考えられる。
【0100】
実施例15:さらなるVHH抗体の取得及び評価
実施例6で特定され、実施例7,8で得られたVHH抗体のうち、サンプルID:P559(配列番号43)について、さらにウイルスの感染及び/又は伝播を中和できるかどうかを検証した。本実施例における中和アッセイは実施例14と同様に行ったが、SARS-CoV-2 SPIKEタンパク質として、オリジナル及びδ変異株のSPIKEタンパク質の他に、ο変異株BA.5のSPIKEタンパク質を用いた。
【0101】
各株の感染抑制作用のIC50の測定値を下表に示す。表5において、MP559はサンプルID:P559の単量体を用いた場合の結果を、TP559はサンプルID:P559の三量体(単量体をリンカーGGGGSGGGGSGGGGSGGGGSで結合したもの)を用いた場合の結果を、それぞれ表す。以下の結果より、サンプルID:P559はο変異株BA.5を中和できることが確認された。
【表5】
【0102】
さらに、VHH抗体の二量体について、同様に中和アッセイを行った。用いた二量体は以下の通りである。
・P86-P559(サンプルID:P86とサンプルID:P559とをリンカーGGGGSGGGGSGGGGSGGGGSで結合したものであり、P86がN末端側)
・P559-P86(サンプルID:P559とサンプルID:P86とをリンカーGGGGSGGGGSGGGGSGGGGSで結合したものであり、P559がN末端側)
・R47L-P559(サンプルID:P86の47番目のアミノ酸をRからLに改変したもの(R47L、配列番号48)と、サンプルID:P559とをリンカーGGGGSGGGGSGGGGSGGGGSで結合したものであり、R47LがN末端側)
・P559-R47L(サンプルID:P559と、サンプルID:P86の47番目のアミノ酸をRからLに改変したもの(R47L)とをリンカーGGGGSGGGGSGGGGSGGGGSで結合したものであり、P559がN末端側)
また、SARS-CoV-2 SPIKEタンパク質として、オリジナル、β変異株、及びδ変異株のSPIKEタンパク質の他に、ο変異株BA.2及びο変異株BA.5のSPIKEタンパク質を用いた。
【0103】
各株の感染抑制作用のIC50の測定値を下表に示す。下表に示すように、いずれの二量体もο変異株を中和できることが確認された。特に、P86-P559と比較して、P559-P86は、より高い中和活性を有していた。また、いずれの場合についても、サンプルID:P86に対してR47L変異を加えることにより、各株に対する中和活性が向上した。R47L変異は、SPIKEタンパク質-サンプルID:P86複合体の構造解析結果により、サンプルID:P86のR47とδ変異株のSPIKEタンパク質との間に立体障害が生じることが示唆されたことから、導入されたものである。この結果は、サンプルID:P86の47番目のアミノ酸をRからLに改変することにより、δ変異株及びο変異株に対する中和活性が向上することを示唆している。
【表6】
【0104】
さらに、実施例15と同様に、クライオ電子顕微鏡を用いて、SPIKEタンパク質-サンプルID:P559複合体の構造解析を行った。
図10は、得られた3次元構造を示す。
【0105】
サンプルID:P559は、RBDの375番、376番、405番、408番、及び505番のアミノ酸残基に対応するエピトープに結合することが確認された。このように、一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)の375番、376番、405番、408番、又は505番のアミノ酸残基に対応するエピトープに結合する。このような抗体は、SARS-CoV-2の感染を中和するために用いることができ、特にδ変異株及びο変異株に対する向上した中和活性を有している。
【0106】
また、構造解析の結果より、サンプルID:P559は、RBDの側面に結合してupコンフォメーションを安定化するだけでなく、RBDに結合した際にRBDをACE2結合時に近い位置に動かすという新規な作用を有することが確認された。また、サンプルID:P559は、RBDの側面のうちVOC変異の入っていない領域と主に相互作用することで、中和活性の低下を広く回避することが可能になっている。
【0107】
さらに、SPIKEタンパク質-サンプルID:P86複合体の構造解析結果及びSPIKEタンパク質-サンプルID:P559複合体の構造解析結果から、以下のことが分かった。すなわち、SPIKEタンパク質のup状態の1つのRBDに結合したサンプルID:P86のC末端から同じRBDに結合したサンプルID:P559のN末端までの距離と比べて、SPIKEタンパク質のup状態の1つのRBDに結合したサンプルID:P559のC末端からup状態の別のRBDに結合したサンプルID:P86のN末端までの距離の方が、想定されるリンカーGGGGSGGGGSGGGGSGGGGSの長さと適合していた。このことは、P559-P86が、up状態の2つのRBDの間に入るようにSPIKEタンパク質と結合していることを示唆している。これらの結果から、2つの異なるRBD間に結合し、これら2つのRBDの動きを固定することができるVHH抗体が、より高い中和活性を有することが示唆される。
【0108】
このように、一実施形態に係る抗体は、SARS-CoV-2のSPIKEタンパク質の2つの受容体結合ドメイン(RBD)の間に結合する。このような抗体は、SARS-CoV-2の感染を中和できる。
【0109】
発明は上記の実施形態に制限されるものではなく、発明の要旨の範囲内で、種々の変形・変更が可能である。