(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023061540
(43)【公開日】2023-05-02
(54)【発明の名称】高温炉用炭素部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20230425BHJP
F27D 11/02 20060101ALI20230425BHJP
【FI】
C23C26/00 D
C23C26/00 C
F27D11/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021171498
(22)【出願日】2021-10-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 日刊産業新聞(令和3年3月1日付)
(71)【出願人】
【識別番号】310013299
【氏名又は名称】國友熱工株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】508209956
【氏名又は名称】D.N.A.メタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099966
【弁理士】
【氏名又は名称】西 博幸
(74)【代理人】
【識別番号】100134751
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 隆一
(72)【発明者】
【氏名】坪田 輝一
(72)【発明者】
【氏名】前田 茂樹
【テーマコード(参考)】
4K044
4K063
【Fターム(参考)】
4K044AA11
4K044AB03
4K044BA18
4K044BB01
4K044BC02
4K044BC11
4K044CA38
4K044CA39
4K063AA06
4K063AA12
4K063AA15
4K063AA16
4K063CA05
4K063FA04
4K063FA07
4K063FA27
(57)【要約】
【課題】炭素発熱体を構成する炭素製基材に炭化タンタルのような高融点金属の炭化物よりなる保護層が容易に形成可能な方法を開示する。
【解決手段】炭素製基材3は例えば棒状であり、受け台(負極)5によって回転自在に保持されている。タンタル電極(正極)9は、その先端が炭素製基材3の外周面に当たるように配置されている。タンタル電極9と炭素製基材3との間にパルス電流を印加し放電させることにより、タンタル電極9のタンタル原子21を炭素製基材3に飛ばして好ましくは炭化タンタル22を生成させる。設備は簡単であり常温・常圧の環境で作業できて操業コストも低い。タンタル電極9の歩留りは高いため、材料のロスもない。炭素製基材3を構成している炭素原子20を炭化タンタル化するものであるため、保護層4は剥離し難い。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空雰囲気下又は不活性雰囲気下でかつ800℃以上の高温環境下で使用される炉に使用される高温炉用部材の製造方法であって、
炭素製基材を用意する工程と、前記炭素製基材の表層部に高融点の保護層を形成する工程とを備え、
前記保護層を形成する工程は、前記高融点の金属と前記炭素製基材とを電極として、前記高融点金属と炭素製基材との間に電圧を印加して放電させて、前記高融点金属の原子を前記基材に転移させることによって行われている、高温炉用炭素部材の製造方法。
【請求項2】
前記高融点金属は純金属が使用されており、前記高融点純金属から前記炭素製基材に転移した原子のうち少なくとも一部と前記炭素製基材の炭素原子とを結合させて高融点の炭化金属を形成している、
請求項1に記載した高温炉用炭素部材の製造方法。
【請求項3】
前記炭素製基材は棒状又は筒状又は板状又はブロック状に形成されて前記高融点金属は前記炭素製基材の表層部に配置されており、前記炭素製基材を動かしながら当該炭素製基材と高融点金属の電極とを相対動させることにより、前記炭素製基材の表層部に前記保護層を形成していく、
請求項1又は2に記載した高温炉用炭素部材の製造方法。
【請求項4】
前記炭素製基材は、軸心方向から見てコ字形又はU文字形若しくはその他の形状の樋状に形成されており、前記炭素製基材の内面に前記高融点金属を配置し、前記炭素製基材と高融点金属とを、前記炭素製基材の軸心方向とこれと交叉した方向とに相対動させることにより、前記炭素製基材の内面に前記保護層を形成していく、
請求項1又は2に記載した高温炉用炭素部材の製造方法。
【請求項5】
前記炭素製基材は筒状に形成されて前記高融点金属は前記炭素製基材の内部に配置されており、前記炭素製基材を回転させながら当該炭素製基材と高融点金属とを前記炭素製基材の軸心方向に相対動させることにより、前記炭素製基材の内周面に前記保護層を形成していく、
請求項1又は2に記載した高温炉用炭素部材の製造方法。
【請求項6】
前記炭素製基材の複数箇所に高融点の金属電極を配置し、複数箇所において同時に保護層を形成していく、
請求項1~5のうちのいずれかに記載した高温炉用炭素部材の製造方法。
【請求項7】
炭素製基材に粉体高融点金属を含侵させるか又は付着させてから、放電又は他の方法で前記炭素基材を高温に曝し、前記高融点金属と前記炭素製基材の炭素とを結合させることにより、セラミックス化された表層部を形成する、
高温炉用炭素部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、真空環境雰囲気又は不活性雰囲気下でかつ800℃以上の高温環境で使用される高温炉に使用される炭素部材の製造方法に関するものである。高温炉の一例として焼成炉が挙げられ、炭素部材の例として炭素発熱体(カーボンヒータ)が挙げられる。
【背景技術】
【0002】
焼成炉等の真空高温炉において、炉内を高温化する発熱体として炭素発熱体(カーボンヒータ)が使用されている。炭素発熱体は、耐熱性や発熱安定性に優れている等の利点があるが、酸化による浸食や炉内のガスとの反応による浸食、或いは、高速のガス流による浸食などの問題があり、寿命が短いという問題があった。
【0003】
そこで、炭素発熱体に保護層を設けることが考えられており、その例として特許文献1,2には、炭素基材の表面に炭化タンタル等の被膜を形成することが開示されている。このうち特許文献1では、炭化タンタル被膜の形成方法としてプラズマ溶射法(PVD法)を採用しており、特許文献2では、アークイオンプレーティング方式を採用している。他方、特許文献3には、炭素材料を含む放電電極から、放電を利用して、基材に硬質炭素系被膜を形成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平06-280117号公報
【特許文献2】特開平10-235892号公報
【特許文献3】再表2019-59054号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高融点金属の例として、タンタルやタングステンやその炭化物が挙げられる。特に、炭化物は純金属よりも高い融点を有しているため保護層として好適である。そこで、特許文献1では、炭化タンタル等の化合物(合金)を溶射材料として使用しているが、特許文献2にも記載されているように、炭化タンタルや炭化タングステンのような化合物は融点が高いため、PVD法では炭素製基材に適度に成膜し難いという問題がある。
【0006】
また、炭化タンタルはいわば後付けで炭素製基材の炭素と結合させるものであるため、炭素製基材の炭素と保護層の炭化タンタルとの結合力(分子間引力)は弱くて、保護層が剥離しやすいと云う問題もある。
【0007】
他方、特許文献2では、ターゲット材として金属タンタルを使用するものであり、金属タンタルの原子を炭素製基材の炭素に当てて炭化タンタルを生成させるものであるため、保護層と炭素製基材との結合力に優れて剥離し難い利点があるが、条件が管理された炉での成膜になるため、コストが嵩むのみならず、炉の稼働に手間を要して能率や即応性が悪いという問題がある(この点は特許文献1も同様である。)。
【0008】
また、いずれにおいても、炉の大きさには限度があるため、例えば2mに近いような長尺の炭素発熱体には適用し難いといった問題があった。更に、保護層は炭素発熱体の表面全体に必要でない場合も多く、部分的な被膜である場合も多いが、特許文献1,2の方法では炭素発熱体の表面全体に保護層が形成されるため、高価な材料が無駄に消費されてしまう問題や、必要以上に保護層があることで却って不具合を引き起こすおそれもあった。
【0009】
更に、いずれの成膜方法も炉内に炭化タンタルや金属タンタルのようなターゲット材の原子が飛散するため、高価な材料を使用しつつ歩留りが悪いという問題があり、これもコスト面での問題になっていた。CVD法やCVR法も同様である。他方、特許文献3は放電を利用して硬化層を形成するものであるため、金属基材に硬化層を容易に形成できる利点がある。
【0010】
本願発明はこのような現状を背景に成されたものであり、高融点の保護層が形成された高温炉用部材を容易にかつ高品質に製造できる技術を開示せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明は様々な構成を含んでおり、その典型例を各請求項で特定している。このうち請求項1の発明は、
「真空雰囲気下又は不活性雰囲気下でかつ1000℃以上の高温環境下で使用される炉に使用される高温炉用部材の製造方法であって、
炭素製基材を用意する工程と、前記炭素製基材の表層部に高融点の保護層を形成する工程とを備え、
前記保護層を形成する工程は、前記高融点の金属と前記炭素製基材とを電極として、前記高融点金属と炭素製基材との間に電圧を印加して放電させて、前記高融点金属の原子を前記基材に転移させることによって行われている」
という構成になっている。電極となる高融点金属としては、タンタル、タングステン、ハフニウムが好適である。
【0012】
本願発明において、高温炉用炭素部材は、炭素発熱体や炉壁部材、炉内で使用する治具など、様々な物品を含んでいる。また、形状は物品によってそれぞれ相違している。本願発明が特に価値を持つ炉内温度は、好適には1500℃以上、更に好適には2000℃以上である。2000℃以上の高温では、本願発明の真価が強く発揮される。なお、炭素部材はそれ自体で物品の全体が構成されている場合と、部品として物品の一部に組み込まれている場合との両方を含んでいる。
【0013】
本願発明は、様々に展開できる。その例として請求項2では、
「前記高融点金属は純金属が使用されており、前記高融点純金属から前記炭素製基材に転移した原子のうち少なくとも一部と前記炭素製基材の炭素原子とを結合させて高融点の炭化金属を形成している」
という構成を採用している。
【0014】
請求項3の発明は請求項1又は2の発明を具体化したもので、この発明では、
「前記炭素製基材は棒状又は筒状又は板状又はブロック状に形成されて前記高融点金属は前記炭素製基材の表層部に配置されており、前記炭素製基材を動かしながら当該炭素製基材と高融点金属の電極とを相対動させることにより、前記炭素製基材の表層部に前記保護層を形成していく」
という構成になっている。この形態及び以下の請求項の高温炉用部材は、例えば炭素発熱体に好適である。
【0015】
炭素製基材が棒状又は筒状である場合は、当該炭素製基材を回転させつつ、電極と炭素製基材とを炭素製基材の軸心方向に相対動させたらよい。他方、炭素製基材が板状又はブロック状である場合は、炭素製基材をXYテーブル等によって縦横に移動させることにより、表面の全体又は一部に保護層を形成できる。請求項4のように樋状の炭素製基材の外面に成膜する場合も同様である。
【0016】
請求項4の発明は、請求項1又は2において、
「前記炭素製基材は、軸心方向から見てコ字形又はU文字形若しくはその他の形状の樋状に形成されており、前記炭素製基材の内面に前記高融点金属を配置し、前記炭素製基材と高融点金属とを、前記炭素製基材の軸心方向とこれと交叉した方向とに相対動させることにより、前記炭素製基材の内面に前記保護層を形成していく」
という構成になっている。樋状の形態の例としては、コ字やU字状の他に台形状やV型が挙げられる。
【0017】
請求項5の発明は、請求項1又は2において、
「前記炭素製基材は筒状に形成されて前記高融点金属は前記炭素製基材の内部に配置されており、前記炭素製基材を回転させながら当該炭素製基材と高融点金属とを前記炭素製基材の軸心方向に相対動させることにより、前記炭素製基材の内周面に前記保護層を形成していく」
という構成になっている。
【0018】
炭素発熱体は非常に長いものがあるが、このような長尺物に好適な具体例として、請求項6では、請求項1~5のうちのいずれかにおいて、
「前記炭素製基材の複数箇所に高融点の金属電極を配置し、複数箇所において同時に保護層を形成していく」
という方法を採用している。
【0019】
請求項7の発明は請求項1と並立するもので、
「炭素製基材に粉体高融点金属を含侵させるか又は付着させてから、放電又は他の方法で前記炭素基材を高温に曝し、前記高融点金属と前記炭素製基材の炭素とを結合させることにより、セラミックス化された表層部を形成する」
という製造方法になっている。
【0020】
請求項7において、高温雰囲気での結合方法としては、放電により生成された環境下で融合させることの他に、真空浸炭炉を使用した真空浸炭と同様の状態での結合や、プラズマ浸炭炉を使用した浸炭と同様の状態での結合も採用できる。
【発明の効果】
【0021】
本願発明では、高温炉用部材の表層部に耐熱性の保護層を形成して、高温炉用部材の寿命を格段に向上できる。実際に、実証炉の炭素発熱体において2倍前後の寿命を確保することができた。炭素製品はグラファイトやカーボン繊維、カーボナノチューブ等の様々な態様をしているが、金属に比べると密度は低く、組織間に空隙が存在するポーラス構造であることが多い。
【0022】
このような構造上の特徴に起因して、酸化されやすい問題や炉内でのガス流によって浸食されやすいといった問題があるが、本願発明では、密度が低い炭素製部材の表層部に金属を含む保護層が形成されるため、耐熱性を格段に向上できる。
【0023】
そして、本願請求項1の発明の大きな特徴は、環境が管理された特別の炉のような設備は不要であり、常温・常圧のオープンな環境の下で容易に成膜できる点であり、これにより、設備費や作業コストを大幅に抑制して成膜コストを抑制できる。また、炉による制約はないため、長尺物や大型ものにも成膜可能であり、汎用性・融通性に優れている。炭素製基材の表面の一部のみへの成膜も容易であるため、材料の無駄な消費を防止してコストを抑制できると共に、過剰被膜を防止して品質の安定化にも貢献できる。
【0024】
また、タンタルにしてもタングステンにしてもハフニウムにしても、高融点金属はレアメタルであって非常に高価であるが、本願発明の方法は、高融点金属から炭素製基材に向いた放電に載せて金属原子を炭素製基材に転移させる放電転移法であり、金属原子の飛翔方向は炭素製基材に向いているため、タンタル等の金属の原子が放電によって周囲に飛散することは殆どなく、歩留りが非常によいという利点もある(CVD法の場合は金属材料の30%程度しか利用できていなかったが、本願発明は98%程度まで有効利用できる。)。この点も、成膜コストの低減に大きく貢献している。このように、本願発明では、耐熱性に優れた炭素性の高温炉用部材を、様々な制約を外して容易に製造できる。
【0025】
本願各発明において、保護層はタンタル等の高融点金属の原子(或いは分子)を含んでおれば足りるし、金属原子の存在形態も、金属層(又は炭化金属層)で炭素製基材の表面を被覆している態様や、炭素製基材の内部に金属原子がめり込んだような形態など、様々な態様があり得る。すなわち、本願発明では、金属原子が炭素原子と結合していなくても、高い保護効果を得ることが可能である。
【0026】
既述のとおり、タンタル等の高融点金属は炭素と結合して炭化金属に合金化していると耐熱温度が増して好適であり、請求項1では、高融点金属として炭化タンタルのような炭化物も使用できる。他方、純金属は炭化物に比べて融点が低いため、請求項2のように高融点純金属を使用すると、放電によって金属原子を金属母材から遊離させることの確実性に優れており、従って、金属原子を炭素製基材の炭素原子に結合させて炭化物を生成させることができる。すなわち、炭素製基材に、それ自身の炭素を利用して保護層を形成できる。
【0027】
請求項2において、炭化タンタル等の金属炭化物を構成する炭素は炭素製基材自身を構成しているものであり、他の炭素原子と強固に結合しているため、炭化タンタル等の炭化物より成る保護層は炭素製基材に対して極めて強固に固着している。従って、高温環境に晒されても保護層が剥離することはなくて、高い保護機能を発揮する。この点は、本願発明の特筆すべき技術的特徴の一つである。
【0028】
請求項2では、高融点純金属から炭素製基材に転移した金属原子の全てが炭化する場合と一部が炭化する場合とを含んでいるため、請求項2の下では、保護層は、炭化金属のみで構成されている状態と、炭化金属と純金属とで構成されている状態とが有り得る。他方、請求項2とは異なって、高融点純金属を使用しても転移した金属原子が全く炭化しないことも想定される。
【0029】
従って、請求項2を含む本願発明では、保護層は、金属原子のみで構成されている態様と、炭化金属のみで構成されている態様と、金属原子と炭化金属とが混在している態様との3つの態様が有り得る。
【0030】
炉用の炭素発熱体は棒状に形成されているものが多いが、請求項3~5の構成を採用すると、様々な形状の炭素製基材について、いわば炭素製基材にラインを引いて塗り潰していくような状態で、能率よく成膜できる。自動化・省力化も容易であり、品質の安定にも大きく貢献できる。
【0031】
既述のとおり、棒状の炭素製基材には2mといった非常に長いものがあるし、壁材は広い面積になっているが、請求項6の方法を採用すると、複数箇所から同時に成膜していけるため、長尺であったり広い面積であったりしても保護層を能率良く形成できる。
【0032】
請求項7の発明は、炭素基材の表層部に高融点金属の粒子を予め含浸又は付着させておいて、高融点金属と炭素等を結合させてセラミック化するものであるため、電極を使用して金属原子を飛翔させる方式に比べて、セラミック化の確実性に優れている。また、炉を使用して広い面積の保護層(硬化層)を能率よく形成することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本願発明の実施例を示す図であり、(A)は全体図、(B)は(A)の模式的なB-B視断面図、(C)は(B)の模式的なC-C視断面図である。
【
図3】(A)は
図2のIII-III 視断面図、(B)は変形例を示す図である。
【
図5】請求項5に対応した第2実施形態を示す図である。
【
図6】請求項6に対応した第3実施形態のメカニズムを示す模式図である。
【
図7】(A)~(C)は樋状の炭素製基材への成膜方法の例である第4~6実施形態を示す図、(D)(E)は、筒状の炭素製基材への成膜方法の例である第7~8実施形態を示す図である。
【
図8】(A)は実施品のラマン分光スペクトルを示すグラフ、(B)は炉での使用結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
(1).炭素発熱体・成膜装置
次に、本願発明の実施形態を図面に基づいて説明する。製法の説明に先立って、炭素発熱体1と成膜装置2との具体例を、
図1,2を参照して説明する。
図1において、炭素発熱体1の一例を模式的に表示している。本例の炭素発熱体1は、純粋な炭素より成る円柱状(丸棒状)の炭素製基材(炭素棒,黒鉛棒)3と、その外周面に形成された保護層4とで構成されている。保護層4は、主として炭化タンタルで構成されているのが好ましい。
【0035】
図1(A)では保護層4を部分的な網かけ表示で示しており、炭素製基材3の外周面の全体に保護層4が形成されているように見えるが、保護層4は、炭素製基材3の外周面のうち炉の内部に露出する部分のみに形成したらよい。すなわち、炭素発熱体1は、炉内に突出した状態に保持するためにその一端部が保護管で覆われているが、本実施形態では、保護管の内部に入り込む部位には保護層4を形成する必要はない。
【0036】
図2では、成膜装置2を模式的に表示している。成膜装置2は、炭素製基材3(ワーク)を水平姿勢で回転自在に保持する複数の受け台5と、炭素製基材3の浮きを防止する抑え手段の一例として押さえローラ6と、炭素製基材3の外周面に上から当てられたタンタル電極9とを備えている。受け台5は
図3(A)に示すようにVブロック状になっているが、
図3(B)に示すように、一対のローラ6で構成することも可能である。
【0037】
各受け台5は、炭素製基材3の軸心方向に長い可動テーブル7に固定されており、可動テーブル7は、炭素製基材3の軸心方向移動するようにリニアガイドなどを介して固定テーブル8に装着されている。受け台5と可動テーブル7とは導電性が高い素材で構成されていて互いに電気的に接続されており、可動テーブル7と固定テーブル8とは電気的に絶縁されている。押さえローラ6は移動不能に配置されている。従って、炭素製基材3は押さえローラ6に対して滑り移動していく。
【0038】
炭素製基材3を回転させつつ軸心方向に移動させる方法としては、炭素製基材3のうち保護管に挿入される一端部をロータリー式のクランプ体で掴持し、クランプ体をモータで回転させる方法を採用できる。モータは可動テーブル7に固定されている。もとより、炭素製基材3の駆動方式は様々であり、駆動ローラを使用することも可能である(押さえローラ6を駆動ローラに兼用させてもよい。)。
【0039】
炭素製基材3の外周面には、当該炭素製基材3の軸心と直交した姿勢のタンタル電極9の先端が当接又は近接している。タンタル電極9は、金属電極の一例であり、図示しないガイド手段によって、その軸心方向に往復動するように保持されている。そして、タンタル電極9と炭素製基材3との間に電流を印加し、炭素製基材3の先端と炭素製基材3の外周面との間にアーク放電を発生させて、炭素製基材3の原子(或いは分子)を炭素製基材3に転移させる。
【0040】
そこで、成膜装置2は、電装部として、タンタル電極(正極)9に接続された第1放電回路10と、負極としての可動テーブル7に接続された第2放電回路11と、両者の間に可変抵抗13を介して接続された電源部14とを備えている。
【0041】
第1放電回路10と第2放電回路11とは充電回路15で接続されており、充電回路15に可変コンデンサ16を介挿している。また、第1放電回路10のうち充電回路15との接続部よりも下流側に、抵抗17とインダクタ18とが、インダクタ18を下流側に配置した状態で介挿されている。可変抵抗13は、第1放電回路10のうち充電回路15よりも上流側に配置しており、この可変抵抗13と可変コンデンサ16とは、制御部19によって制御される。
【0042】
(2).成膜工程(保護層生成工程)
タンタル電極9と炭素製基材3との間には電流がパルスとして間欠的に印加されて、可変コンデンサ16に蓄えられた電流が瞬間的に流れ、タンタル電極9の先端と炭素製基材3との間にアーク放電が発生する。これにより、タンタル電極9のタンタル原子が炭素製基材3に転移する。
【0043】
タンタル原子21が転移して炭化タンタル22が構成される場合のメカニズムを、
図4(A)~(C)で模式的に表示している。すなわち、
図4において、全体を網かけ表示しているのは炭素原子20を、白丸はタンタル原子21を、半円部のみを網かけ表示しているのは炭化タンタル22を示しており、タンタル電極9と炭素製基材3の間に放電が成されると、高温化してタンタル電極9からタンタル原子21が炭素製基材3に向けて飛翔し、炭素製基材3の炭素原子20とがイオン結合して炭化タンタル22に変化する。これにより、炭素製基材3の表面に炭化タンタル22より成る保護層4が形成される。
【0044】
図4(A)~(C)では原子を綺麗に並べた状態に表示しているが、炭素製基材3の表面は相当に大きな凹凸がある。従って、放電時に、炭素製基材3の山が削られる現象や炭素製基材3に凹みができる現象も発生していると推測される。
【0045】
また、炭素製基材3から遊離した炭素原子20とタンタル電極9から遊離したタンタル原子21とが結合して炭化タンタル22となり、これが炭素製基材3に再結合する現象も発生していると推測される。このようなメカニズムにより、炭素製基材3から遊離した炭化タンタル22を炭素製基材3に積層していくことができると解され、これにより、数十nm~数十μmの厚さの保護層4を形成できると云える。
【0046】
図4(D)では、タンタル原子21が炭素製基材3の内部にめり込んだ状態を示している。炭素製基材3は密度が低く、また、タンタル原子21は炭素原子20に比べて質量及び直径が遥かに大きく、また、黒鉛の組織で炭素原子は必ずしも高い密度で並んでいる訳ではないため、
図4(D)のように、タンタル原子21が炭素製基材3の内部に入り込んだ状態に保持されていることが想定される。
【0047】
炭素製基材3は組織内に無数の連続気孔又は(/及び)独立気孔を有するポーラス構造であるため、飛翔したタンタル原子21(或いはタンタル分子)が気孔に入り込んで、黒鉛の組織で抱持されていることも想定される。いずれにしても、タンタル原子21は独立して存在している場合と、炭素と結合して炭化タンタル22として存在している場合とが想定される。
【0048】
そして、
図4(C)のように炭化タンタル22からなる膜によって炭素製基材3の表面が覆われていなくても、
図4(D)のように表層部にタンタル原子21の群が存在していることにより、炭素製基材3の耐熱性は格段に向上する。
図4(D)では、タンタル原子21は炭素製基材3の表面に近い箇所にしか表示していないが、タンタル原子21の群が炭素製基材3の内部に深く(例えば数ナノ~数十ナノ深さで)入り込み、炭素製基材3を構成している炭素原子20と一体になって厚い保護層を形成していることは有り得ることである。
【0049】
図8(A)のグラフは、本実施形態で加工した炭素発熱体1の表面をラマン分光法によって測定したものであるが、炭化タンタルのピークが明瞭に現れている。すなわち、
図8(A)には、グラフェンの特徴として1580cm
-1付近にピークa,bを持つGバンドが現れていると共に、グラフェンの構造の乱れと欠陥に起因したDバンドが1360cm
-1付近にピークc,dを持って現れており、かつ、960~970cm
-1付近にピークeを持つ炭化タンタルが現れている。このことから、炭素製基材3を構成する炭素を原料として炭化タンタルが生成されている事実を確認できる。
【0050】
また、
図8(B)は、本願発明を炭素発熱体(カーボンヒータ)に適用して、真空焼成炉において2300℃の温度で繰り返し操業した場合の炭素発熱体の重量(質量)の変化をプロットしたグラフであるが、本願実施品は、従来品(保護層が施されていない炭素発熱体)の2倍の寿命を確保しており、効果も実証されている。
【0051】
図8(B)の試験において、炭素発熱体はそれぞれ5本ずつ製造して使用し、平均値を結果値とした。また、炭素発熱体は丸棒状のものである。炉はアルゴンガスによる不活性化炉であり、アルゴンガスを500Paで封入し、2300℃まで昇温してから3時間保持する、という制御を繰り返して炭素発熱体の重量を測定した。
【0052】
なお、第1放電回路10と炭素製基材3との間の電圧は50V以上であるのが好ましく、好適には125Vを超えているのが好ましい。パルス幅は、10マイクロ秒未満であるのが好ましい。タンタル電極9を炭素製基材3に当てた状態で放電させて、放電が終わるとタンタル電極9を後退させており、放電と放電とのインターバルの間に、可変コンデンサ16に充電される。
【0053】
本実施形態の成膜装置2は常温・常圧の工場内に設置して保護層4の加工を行えるため、設備費用や作業コストは低廉である。また、タンタル電極9の歩留りは非常に高いため、材料の無駄もない。更に、保護層4は必要な箇所のみに被覆できるため、タンタル電極9の無駄は発生しない。これらが相まって、炭素発熱体1の加工コストを大きく抑制できる。また、金属タンタルは炭化タンタルに比べて融点が低いため、炭素製基材3からのタンタル原子の遊離を確実化して、炭化タンタル22の生成を促進できる。
【0054】
なお、実施形態では保護層4は螺旋状に形成されているが、炭素製基材3を軸心方向に往復動させながら間欠的に回転させることにより、保護層4をジグザグ状に形成していくことも可能である。
【0055】
(3).他の実施形態
炭素製基材3がある程度以上の長さである場合は、
図5に示すように、炭素製基材3の複数箇所にタンタル電極9を配置して、成膜工程を複数箇所から同時進行させることも可能である。この方法を採用すると、長尺の炭素製基材3であっても能率よく成膜できる。この場合、各タンタル電極9からの放電が同時に行われないように、放電タイミングをずらしておくと、電流の干渉を回避できて好適である。
【0056】
さて、
図6(A)に示すように、タンタル電極9と炭素製基材3との間に放電しても、タンタル電極9のタンタル原子21が炭素原子20と融合せずに、タンタル原子のままで炭素製基材3に結合する現象の発生が予想される。すなわち、保護層4が炭化タンタル22とタンタル原子21とで構成される現象の発生が予想される。タンタルは融点が高いので、タンタル原子21のままで炭素製基材3に結合していても高い保護効果を発揮できるが、保護効果を更にアップさせるためには、保護層4の大半が炭化タンタル22であるのが好ましい。
【0057】
そこで、
図6では、第3実施形態として、タンタル電極9と炭素製基材3との間に放電する工程の後に、(B)に示すように、保護層4が形成された炭素製基材3に対して、炭素電極23を正極として放電することにより、炭素電極23の炭素原子20と炭素製基材3のタンタル原子21とを融合させて炭化タンタル22に変化させている。これにより、保護層4の全体を炭化タンタル22で構成して、保護機能を格段に向上できる。
【0058】
図6の工程は、
図2や
図5の成膜装置2を使用した成膜工程と別の工程として行ってもよいし、タンタル電極9と炭素電極23を炭素製基材3の軸方向に並べて配置することにより、2つの工程を一連の工程として行ってもよい。この場合も、タンタル電極9からの放電と炭素電極23からの放電とはタイミングをずらして行うのが好ましい。
【0059】
図7(A)~(C)では、断面コ字型の樋状に形成された炭素製基材3の内面に保護層4を形成する方法を示している。(A)に示す4実施形態は、炭素製基材3の底面3aに成膜する方法を示している。この実施形態では、炭素製基材3を受け台5の上面に上向き開口の姿勢で配置し、底面3aにタンタル電極9を当てている。
【0060】
受け台5は、底面3aの幅方向(X方向)及び紙面と直交した軸線方向(Y方向)に移動するように固定テーブル(図示せず)に装着されており、Y方向に往復動させつつ、所定ピッチでX方向に移動させることにより、底面3aに成膜される。
【0061】
タンタル電極9はヘッダー24に装着されているが、タンタル電極9が底面3aと直交した姿勢のままであると、タンタル電極9が底面3aのうち内側面3bに近い縁部に至るとヘッダー24が内側面3bに当たってしまう。そこで、ヘッダー24を若干の角度だけ首振りできる(炭素製基材3の軸心回りに回動できる)状態でアーム(図示せず)に取り付けて、底面3aの縁部に至るとタンタル電極9を傾斜させて、底面3aの全体に漏れなく成膜できるようにしている。
【0062】
図7(B)の第5実施形態では、樋状の炭素製基材3の内側面3bに成膜する方法を示している。この方法は基本的には(A)と同じであり、炭素製基材3をXY方向に移動させることにより、内側面3bに保護層4を形成していく。この例でも、ヘッダー24はアーム25に首振り可能に取り付けられていて、内側面のうち底面3aに近い縁部では、タンタル電極9を傾斜姿勢にする。
【0063】
炭素製基材3がタンタル電極9の全体を内部に配置できる大きさである場合は、
図7(B)のように、タンタル電極9を内側面3bと直交した基本姿勢で配置できるが、炭素製基材3の溝幅がタンタル電極9の最長寸法より短い場合も有り得る。この場合は、
図7(C)に第6実施形態として示すように、炭素製基材3の軸心方向から見て、タンタル電極9を傾斜姿勢に炭素製基材3の開口部から内側面3bに当てたらよい。図示していないが、タンタル電極9は、放電する先端部を除いて大部分が絶縁体製の保護管に挿通されている。
【0064】
炭素製基材3の底面3aと内側面3bとの全体に成膜する場合は、炭素製基材3を軸心回りに回転させつつ、内側面3aと底面3bとに一連に成膜することもできる。炭素製基材3の外面に成膜する場合も同様であり、3つの外面の成膜を別々の工程として行うこともできるし、一連の工程として行うこともできる。
【0065】
図7(D)の第7実施形態では、円筒状の炭素製基材3の内周面に成膜する方法を示している。この実施形態では、タンタル電極9はヘッダー24に取り付けられて全体が炭素製基材3の内部に配置されている。ヘッダー24は、炭素製基材3と平行に配置されたフレーム(或いはアーム)26に固定されている。
【0066】
図7(E)に示す第8実施形態では、炭素製基材3がその内部にタンタル電極9を縦長姿勢に配置できない大きさである場合の成膜方法を示している。すなわち、この実施形態では、タンタル電極9は、炭素製基材3の軸心と直交した線に対して傾斜した姿勢になっており、ヘッダー24は、炭素製基材3の内部に挿通されたフレーム26に固定されている。この実施形態でも、タンタル電極9は、曲がりを防止するためにその大部分が絶縁体製の保護管に挿通されている。
【0067】
以上は請求項1~6を具体化した実施形態の説明であったが、請求項7の具体例としては、例えば、炭素製基材3の表層部にタンタル粉末等の高融点金属粉体を塗布してから加圧するなどして、含浸又は付着せしめ、次いで、プラズマ放電などを利用して金属と炭素とを結合させることが可能である。放電はオープンな状態で行ってもよいし、プラズマ炉などの炉を使用して行ってもよい。
【0068】
真空浸炭炉やプラズマ浸炭炉を使用して、炭化水素ガスに含まれた炭素を金属原子に結合させつつ、炭素製基材の炭素とも結合(一体化)させて硬化層(保護層)を生成するといったことも可能である。炉は、高温雰囲気を形成する手段として使用することも可能である。
【0069】
以上、本願発明の実施形態を説明したが、本願発明は他にも様々に具体化できる。例えば、保護層を構成する金属電極としては、タンタルの他にタングステンなどの他の金属も使用できる。既に述べたが、高温炉用部材は炭素発熱体に限らず様々なものに適用できる。棒状の炭素発熱体の場合、円柱状である必要はないのであり、断面四角形や六角形等の角棒タイプも使用できる。
【0070】
棒状等の高温炉用部材を軸方向に移動させるスライド手段は、様々な機構を採用できる。炭素製基材と炭素製基材との両方を移動させることも可能である。炭素製基材が板状や樋状、円筒状、角筒状である場合、スリットが形成されていてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本願発明は、炭素発熱体等の高温炉用部材の製法に具体化できる。従って、産業上利用できる。
【符号の説明】
【0072】
1 高温炉用部材の一例の炭素発熱体
2 成膜装置
3 炭素製基材
4 保護層
5 受け台(負極)
7 可動テーブル
8 固定テーブル
9 タンタル電極(金属電極、正極)
10,11 放電回路
14 電源部
20 炭素原子
21 タンタル原子
22 炭化タンタル
23 炭素電極