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  • 特開-押出多穴管及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023061742
(43)【公開日】2023-05-02
(54)【発明の名称】押出多穴管及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/02 20060101AFI20230425BHJP
   C22F 1/043 20060101ALI20230425BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230425BHJP
【FI】
C22C21/02
C22F1/043
C22F1/00 612
C22F1/00 602
C22F1/00 613
C22F1/00 626
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684A
C22F1/00 692B
C22F1/00 692A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 651B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021171857
(22)【出願日】2021-10-20
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 真一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 太一
(72)【発明者】
【氏名】東森 稜
(57)【要約】
【課題】高い強度を有する押出多穴管及びその製造方法を提供する。
【解決手段】押出多穴管1は、Si:0.30質量%以上1.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.50質量%以下、Mn:0.30質量%以上1.00質量%以下及びMg:0.30質量%以上1.00質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している。押出多穴管1の引張強さは290MPa以上である。押出多穴管1を作製するに当たっては、前記化学成分を有する鋳塊を450℃以上620℃以下の温度に2時間以上保持して均質化処理を行い、その後、鋳塊に熱間押出を行って押出多穴管1を作製する。熱間押出が完了した後、押出多穴管1の温度が150℃に到達するまでの平均冷却速度が1℃/秒以上となるように押出多穴管1を冷却する。冷却後の押出多穴管1を150℃以上200℃以下の温度に2時間以上保持して人工時効処理を行う。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.30質量%以上1.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.50質量%以下、Mn:0.30質量%以上1.00質量%以下及びMg:0.30質量%以上1.00質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
引張強さが290MPa以上である、押出多穴管。
【請求項2】
前記押出多穴管は、さらに、Fe:0.40質量%以下、Zn:0.60質量%以下、Cr:0.10質量%以下、Ti:0.10質量%以下、Zr:0.10質量%以下及びB:0.10質量%以下からなる群より選択される1種または2種以上の元素を含んでいる、請求項1に記載の押出多穴管。
【請求項3】
前記押出多穴管は扁平な断面形状を有しており、前記押出多穴管の厚みに対する幅の比率が5以上30以下である、請求項1または2に記載の押出多穴管。
【請求項4】
前記押出多穴管は、外部空間と前記押出多穴管の内部とを区画する外壁部と、前記外壁部の内部空間を区画する複数の隔壁部とを有しており、前記外壁部及び前記隔壁部の厚みが0.2mm以上2.0mm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の押出多穴管。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の押出多穴管の製造方法であって、
前記化学成分を有する鋳塊を作製し、
前記鋳塊を450℃以上620℃以下の温度に2時間以上保持して均質化処理を行い、
その後、前記鋳塊に熱間押出を行って前記押出多穴管を作製し、
前記熱間押出が完了した後、前記押出多穴管の温度が150℃に到達するまでの平均冷却速度が1℃/秒以上となるように前記押出多穴管を冷却し、
前記冷却後の前記押出多穴管を150℃以上200℃以下の温度に2時間以上保持して人工時効処理を行う、押出多穴管の製造方法。
【請求項6】
前記鋳塊を作製する際に、鋳造原料の少なくとも一部にアルミニウム廃材を使用する、請求項5に記載の押出多穴管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、押出多穴管及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
押出多穴管は、その外周部分を構成する外壁部と、外壁部により囲まれた空間を区画する隔壁部とを有しており、外壁部と隔壁部とにより囲まれた通路に流体を流通させることができるように構成されている。このような微細な構造を備えた複雑な断面形状を押出加工によって形成するために、押出多穴管は、合金元素の含有量が比較的少なく、押出性に優れたアルミニウム合金から構成されていることが多い。
【0003】
例えば特許文献1には、質量%でSi:0.01~0.3%、Fe:0.01~0.3%、Cu:0.05~0.4%、Mn:0.05~0.3%、Zr:0.05~0.25%、Ti:0~0.15%を含有し、ZrとTiとの合計が0.3%以下であり、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金からなり、マトリックス中に分散している粒子面積1.0μm以上の粒子のうち、AlFeSi安定相の占める面積率が0.1%以上0.5%未満であることを特徴とする耐食性に優れた熱交換器用押出扁平多穴管が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-46702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年では、押出多穴管の強度をより高めることが求められている。押出多穴管の強度を高めるためには、単純には、強度を向上させる作用を有する合金元素の含有量を増やす方法が考えられる。しかし、一般的に、強度の高いアルミニウム合金は熱間押出時の変形抵抗が高い傾向があるため、押出多穴管の強度を高めようとすると押出性の悪化を招き、複雑な断面形状を有する押出多穴管を押出加工によって作製することが難しくなるという問題があった。
【0006】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、高い強度を有する押出多穴管及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、Si(シリコン):0.30質量%以上1.80質量%以下、Cu(銅):0.10質量%以上0.50質量%以下、Mn(マンガン):0.30質量%以上1.00質量%以下及びMg(マグネシウム):0.30質量%以上1.00質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、引張強さが290MPa以上である、押出多穴管にある。
【0008】
本発明の他の態様は、前記の態様の押出多穴管の製造方法であって、
前記化学成分を有する鋳塊を作製し、
前記鋳塊を450℃以上620℃以下の温度に2時間以上保持して均質化処理を行い、
その後、前記鋳塊に熱間押出を行って前記押出多穴管を作製し、
前記熱間押出が完了した後、前記押出多穴管の温度が150℃に到達するまでの平均冷却速度が1℃/秒以上となるように前記押出多穴管を冷却し、
前記冷却後の前記押出多穴管を150℃以上200℃以下の温度に2時間以上保持して人工時効処理を行う、押出多穴管の製造方法にある。
【発明の効果】
【0009】
前記押出多穴管は、少なくとも、前記特定の範囲の化学成分を有することにより、290MPa以上という高い引張強さを容易に実現することができる。そして、前記押出多穴管は、前記特定の範囲の引張強さによって表される機械的特性を有しているため、従来の押出多穴管に比べて高い強度を有している。
【0010】
また、前記の態様の製造方法においては、前記特定の範囲の化学成分を有する鋳塊に前記特定の条件で均質化処理を行うことにより、その後の熱間押出における鋳塊の変形抵抗の上昇を抑制することができる。また、熱間押出後の押出多穴管に、前記特定の条件で冷却及び人工時効処理を施すことにより、押出多穴管の強度を向上させることができる。
【0011】
以上のように、前記の態様によれば、高い強度を有する押出多穴管及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、実施例1における押出多穴管の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(押出多穴管)
前記押出多穴管の化学成分、特性および構造等について説明する。
【0014】
[化学成分]
前記押出多穴管には、必須成分としてSi、Cu、Mn及びMgが含まれている。
【0015】
・Si:0.30質量%以上1.80質量%以下
前記押出多穴管は、必須成分として0.30質量%以上1.80質量%以下のSiを含んでいる。押出多穴管において、Siの一部はMgとともにMgSi等の金属間化合物を形成し、分散強化により押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。また、第二相粒子を形成しなかったSiは、Al母相中に固溶し、固溶強化により押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。
【0016】
押出多穴管の強度をより向上させる観点からは、Siの含有量は、0.50質量%以上であることが好ましく、0.70質量%以上であることがより好ましく、0.90質量%以上であることがさらに好ましい。押出多穴管中のSiの含有量が0.30質量%未満の場合には、押出多穴管の強度の低下を招くおそれがある。
【0017】
一方、Siの含有量が過度に多くなると、鋳塊中に固溶したSiの量が多くなり、熱間押出時の変形抵抗の上昇を招くおそれがある。Siの含有量を1.80質量%以下、好ましくは1.70質量%以下、より好ましくは1.50質量%以下とすることにより、熱間押出時の鋳塊の変形抵抗の上昇を抑制しつつ、押出多穴管の強度を向上させることができる。
【0018】
・Mn:0.30質量%以上1.00質量%以下
前記押出多穴管は、必須成分として0.30質量%以上1.00質量%以下のMnを含んでいる。押出多穴管において、Mnの一部はAl母相中にAl-Mn系金属間化合物を形成し、分散強化により押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。また、第二相粒子を形成しなかったMnは、Al母相中に固溶し、固溶強化により押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。
【0019】
押出多穴管の強度をより向上させる観点からは、Mnの含有量は、0.40質量%以上であることが好ましく、0.50質量%以上であることがより好ましく、0.60質量%以上であることがさらに好ましい。押出多穴管中のMnの含有量が0.30質量%未満の場合には、押出多穴管の強度の低下を招くおそれがある。
【0020】
一方、Mnの含有量が過度に多くなると、鋳塊中に固溶したMnの量が多くなり、熱間押出時の変形抵抗の上昇を招くおそれがある。Mnの含有量を1.00質量%以下、好ましくは0.95質量%以下とすることにより、熱間押出時の鋳塊の変形抵抗の上昇を抑制しつつ、押出多穴管の強度を向上させることができる。
【0021】
・Cu:0.10質量%以上0.50質量%以下
前記押出多穴管は、必須成分として0.10質量%以上0.50質量%以下のCuを含んでいる。押出多穴管において、CuはAl母相中に固溶し、固溶強化により押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。押出多穴管の強度をより向上させる観点からは、Cuの含有量は、0.15質量%以上であることが好ましく、0.20質量%以上であることがより好ましい。押出多穴管中のCuの含有量が0.10質量%未満の場合には、押出多穴管の強度の低下を招くおそれがある。また、この場合には、表面粗さの上昇などの表面性状の悪化を招くおそれがある。
【0022】
一方、Cuの含有量が過度に多くなると、前記押出多穴管の製造過程において鋳塊中に固溶したCuの量が多くなり、熱間押出時の変形抵抗の上昇及び押出性の低下を招くおそれがある。Cuの含有量を0.50質量%以下、好ましくは0.40質量%以下とすることにより、熱間押出時の変形抵抗の上昇を抑制しつつ、押出多穴管の強度を向上させることができる。
【0023】
・Mg:0.30質量%以上1.00質量%以下
前記押出多穴管は、必須成分として0.30質量%以上1.00質量%以下のMgを含有している。押出多穴管において、Mgの一部はSiとともにMgSi等の金属間化合物を形成し、分散強化により押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。また、第二相粒子を形成しなかったMgは、Al母相中に固溶し、固溶強化により押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。
【0024】
押出多穴管の強度をより向上させる観点からは、Mgの含有量は、0.40質量%以上であることが好ましく、0.45質量%以上であることがより好ましい。押出多穴管中のMgの含有量が0.30質量%未満の場合には、押出多穴管の強度の低下を招くおそれがある。
【0025】
一方、Mgの含有量が過度に多くなると、前記押出多穴管の製造過程において鋳塊中に固溶したMgの量が多くなり、熱間押出時の変形抵抗の上昇及び押出性の低下を招くおそれがある。Mgの含有量を1.00質量%以下、好ましくは0.95質量%以下、より好ましくは0.90質量%以下とすることにより、熱間押出時の変形抵抗の上昇を抑制しつつ、押出多穴管の強度を向上させることができる。
【0026】
押出多穴管には、前述した必須成分の他に、さらに、任意成分として、Fe(鉄)、Zn(亜鉛)、Cr(クロム)、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)及びB(ホウ素)からなる群より選択される1種または2種以上の元素が含まれていてもよい。
【0027】
・Fe:0.40質量%以下
前記押出多穴管は、任意成分として0質量%を超え0.40質量%以下のFeを含有していてもよい。Feは押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。押出多穴管の強度をより向上させる観点からは、Feの含有量は、0.05質量%以上であることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましく、0.15質量%以上であることがさらに好ましく、0.20質量%以上であることが特に好ましい。
【0028】
一方、Feの含有量が過度に多くなると、前記押出多穴管の製造過程において鋳塊中に粗大なAlFe系金属間化合物が形成されやすくなる。鋳塊中の粗大なAlFe系金属間化合物は、表面粗さの上昇などの押出多穴管の表面性状の悪化を招くおそれがあるため好ましくない。Feの含有量を0.40質量%以下、好ましくは0.35質量%以下とすることにより、表面性状の悪化を回避しつつ、押出多穴管の強度を向上させることができる。
【0029】
・Cr:0.10質量%以下
前記押出多穴管は、任意成分として0質量%を超え0.10質量%以下のCrを含有していてもよい。Crは押出多穴管の金属組織における結晶粒を微細化する作用を有している。かかる効果をより高める観点からは、Crの含有量は、0.005質量%以上であることが好ましく、0.010質量%以上であることがより好ましい。
【0030】
一方、Crの含有量が過度に多くなると、鋳塊中に粗大なAlCr系金属間化合物が形成されやすくなる。鋳塊中に粗大なAlCr系金属間化合物が存在すると、熱間押出や熱間押出後の二次加工の際に割れが生じやすくなるおそれがあるため好ましくない。Crの含有量を0.10質量%以下、好ましくは0.090質量%以下、より好ましくは0.080質量%以下とすることにより、粗大なAlCr系金属間化合物の形成を回避しつつ、押出多穴管の金属組織における結晶粒を十分に微細化することができる。
【0031】
・Zn:0.60質量%以下
前記押出多穴管は、任意成分として0質量%を超え0.60質量%以下のZnを含有していてもよい。ZnはMgとともに析出物を形成し、析出強化により押出多穴管の強度を向上させる作用を有している。かかる作用効果をより高める観点からは、Znの含有量は、0.05質量%以上であることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましく、0.15質量%以上であることがさらに好ましい。
【0032】
一方、Znの含有量が過度に多くなると、アルミニウム合金の固相線温度が低下するため、均質化処理や熱間押出の際に鋳塊や押出多穴管の部分溶融が生じやすくなるおそれがある。Znの含有量を0.60質量%以下、好ましくは0.55質量%以下とすることにより、鋳塊や押出多穴管の部分溶融を回避しつつ、Znによる作用効果を得ることができる。
【0033】
・Ti:0.10質量%以下
前記押出多穴管は、任意成分として0質量%を超え0.10質量%以下のTiを含有していてもよい。Tiは押出多穴管の金属組織における結晶粒を微細化する作用を有している。かかる効果をより高める観点からは、Tiの含有量は、0.005質量%以上であることが好ましく、0.010質量%以上であることがより好ましい。
【0034】
一方、Tiの含有量が過度に多くなると、鋳塊中に粗大なAlTi系金属間化合物が形成されやすくなる。鋳塊中に粗大なAlTi系金属間化合物が存在すると、熱間押出や熱間押出後の二次加工の際に割れが生じやすくなるおそれがあるため好ましくない。Tiの含有量を0.10質量%以下、好ましくは0.090質量%以下、より好ましくは0.080質量%以下とすることにより、粗大なAlTi系金属間化合物の形成を回避しつつ、押出多穴管の金属組織における結晶粒を十分に微細化することができる。
【0035】
・Zr:0.10質量%以下
前記押出多穴管は、任意成分として0質量%を超え0.10質量%以下のZrを含有していてもよい。Zrは押出多穴管の金属組織における結晶粒を微細化する作用を有している。かかる効果をより高める観点からは、Zrの含有量は、0.005質量%以上であることが好ましく、0.010質量%以上であることがより好ましい。
【0036】
一方、Zrの含有量が過度に多くなると、鋳塊中に粗大なAlZr系金属間化合物が形成されやすくなる。鋳塊中に粗大なAlZr系金属間化合物が存在すると、熱間押出や熱間押出後の二次加工の際に割れが生じやすくなるおそれがあるため好ましくない。Zrの含有量を0.10質量%以下、好ましくは0.090質量%以下、より好ましくは0.080質量%以下とすることにより、粗大なAlZr系金属間化合物の形成を回避しつつ、押出多穴管の金属組織における結晶粒を十分に微細化することができる。
【0037】
・B:0.10質量%以下
前記押出多穴管は0質量%を超え0.10質量%以下のBを含んでいてもよい。押出多穴管中のBの含有量を前記特定の範囲とすることにより、押出多穴管の金属組織における結晶粒を十分に微細化することができる。かかる作用効果をより確実に得る観点からは、押出多穴管中のBの含有量は、0.005質量%以上0.090質量%以下であることが好ましく、0.010質量%以上0.080質量%以下であることがより好ましい。
【0038】
・その他の元素
前記押出多穴管中には、不可避的不純物として、前述した元素以外の元素が含まれていてもよい。かかる元素としては、例えば、V(バナジウム)等が挙げられる。不可避的不純物としての元素の含有量は、例えば各元素について0.05質量%以下であればよい。また、不可避的不純物としての元素の含有量の合計は0.50質量%以下であればよい。
【0039】
前述した強度の向上及び製造過程における押出性の向上の効果をより確実に得る観点からは、前記押出多穴管は、Si:0.70質量%以上1.70質量%以下、Fe:0.15質量%以上0.40質量%以下、Cu:0.15質量%以上0.50質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.00質量%以下、Mg:0.40質量%以上0.95質量%以下、Cr:0.005質量%以上0.090質量%以下、Zn:0.10質量%以上0.60質量%以下、Ti:0.005質量%以上0.090質量%以下、Zr:0.005質量%以上0.090質量%以下及びB:0.005質量%以上0.090質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有していることが好ましい。
【0040】
同様の観点から、前記押出多穴管は、Si:0.90質量%以上1.50質量%以下、Fe:0.20質量%以上0.35質量%以下、Cu:0.20質量%以上0.40質量%以下、Mn:0.60質量%以上0.95質量%以下、Mg:0.45質量%以上0.90質量%以下、Cr:0.010質量%以上0.080質量%以下、Zn:0.15質量%以上0.55質量%以下、Ti:0.010質量%以上0.080質量%以下、Zr:0.010質量%以上0.080質量%以下及びB:0.010質量%以上0.080質量%以下を必須に含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有していることが好ましい。
【0041】
[特性]
前記押出多穴管の引張強さは290MPa以上である。引張強さが前記特定の範囲内である押出多穴管は、従来の押出多穴管に比べて高い強度を有している。
【0042】
[形状]
押出多穴管は、外部空間と前記押出多穴管の内部とを区画する外壁部と、前記外壁部の内部空間を区画する複数の隔壁部とを有している。また、押出多穴管は、外壁部と隔壁部とによって囲まれた複数の通路を有しており、これらの通路に液体や気体などを流通させることができるように構成されている。押出多穴管の断面形状は特に限定されることはなく、例えば、長円状や長方形状などの種々の断面形状をとり得る。また、押出多穴管の通路の断面形状も特に限定されることはなく、例えば、円形や三角形、四角形などの種々の断面形状をとり得る。
【0043】
押出多穴管は、扁平な断面形状を有していてもよい。この場合、押出多穴管の厚みに対する幅の比率を5以上30以下とすることができる。一般に、押出多穴管が扁平な形状である場合、厚みに対する幅の比率が高いほど、押出加工が困難となり、高い押出性が求められる傾向にある。前記押出多穴管の製造過程においては、前記特定の化学成分を有するアルミニウム合金鋳塊に前記特定の条件で均質化処理を施すことにより、熱間押出時の変形抵抗の上昇を抑制し、押出性を高めることができる。それ故、このような高い押出性を求められる断面形状を備え、かつ、高い強度を有する押出多穴管を容易に得ることができる。
【0044】
また、押出多穴管は、外部空間と前記押出多穴管の内部とを区画する外壁部と、前記外壁部の内部空間を区画する複数の隔壁部とを有しており、前記外壁部及び前記隔壁部の厚みが0.2mm以上2.0mm以下であってもよい。前述した厚みに対する幅の比率と同様に、押出多穴管においては、外壁部及び隔壁部の厚みが薄いほど、押出加工が困難となり、高い押出性が求められる傾向にある。前記押出多穴管の製造過程においては、前記特定の化学成分を有するアルミニウム合金鋳塊に前記特定の条件で均質化処理を施すことにより、熱間押出時の変形抵抗の上昇を抑制し、押出性を高めることができる。それ故、このような高い押出性を求められる断面形状を備え、かつ、高い強度を有する押出多穴管を容易に得ることができる。
【0045】
(押出多穴管の製造方法)
前記押出多穴管を作製するに当たっては、
前記化学成分を有する鋳塊を作製し、
前記鋳塊を450℃以上620℃以下の温度に2時間以上保持して均質化処理を行い、
その後、前記鋳塊に熱間押出を行って前記押出多穴管を作製し、
前記熱間押出が完了した後、前記押出多穴管の温度が150℃に到達するまでの平均冷却速度が1℃/秒以上となるように前記押出多穴管を冷却し、
前記冷却後の前記押出多穴管を150℃以上200℃以下の温度に2時間以上保持して人工時効処理を行えばよい。
【0046】
鋳塊の作製には、DC鋳造やCC鋳造などの公知の鋳造方法を採用することができる。鋳塊を作製する際の鋳造原料としては、例えば、アルミニウムの新地金やアルミニウム廃材を使用することができる。
【0047】
前記押出多穴管の製造方法においては、鋳造原料の少なくとも一部にアルミニウム廃材を使用することが好ましい。ここで、アルミニウム廃材には、アルミニウム製品の製造過程で発生する端材や切りくず、使用済みのアルミニウム製品及び使用済みの製品から分離されたアルミニウム製部品等が含まれる。
【0048】
近年、環境意識の高まりにより、アルミニウム廃材を鋳造原料として再利用する技術の重要性が高まっている。しかし、アルミニウム廃材中には、アルミニウム以外の種々の元素が含まれている。また、アルミニウム廃材中には、場合によっては鉄等のアルミニウム以外の金属材料も含まれることがある。そのため、アルミニウム廃材を鋳造原料として再利用する場合には、アルミニウム以外の元素の含有量が多くなり、熱間押出時の変形抵抗の上昇や押出速度の低下などの種々の問題の発生を招いていた。それ故、従来の技術水準においては、アルミニウム廃材を鋳造原料として用いる場合、複雑な断面形状を備えた押出多穴管を作製することは難しいと考えられていた。
【0049】
これに対し、前記押出多穴管の製造方法においては、鋳塊の化学成分を前記特定の範囲とした上で、さらに、前記特定の条件で均質化処理を行うことにより、アルミニウム以外の元素の含有量が比較的多い場合であっても熱間押出時の変形抵抗の上昇を抑制することができる。それ故、前記の態様の製造方法によれば、鋳造原料の少なくとも一部にアルミニウム廃材を使用する場合であっても、複雑な断面形状を備え、かつ、強度の高い押出多穴管を容易に作製することができる。
【0050】
さらに、鋳造原料の少なくとも一部にアルミニウム廃材を使用することにより、アルミニウムの新地金の使用量を低減することができる。その結果、押出多穴管の製造過程における環境負荷をより低減するとともに、押出多穴管の材料コストをより低減することができる。かかる効果をより高める観点からは、鋳造原料に占めるアルミニウム廃材の割合を50質量%以上とすることが好ましく、75質量%以上とすることがより好ましく、100質量%、つまり、鋳造原料としてアルミニウム廃材のみを使用することが特に好ましい。
【0051】
前記押出多穴管の製造方法においては、鋳塊を作製した後に、鋳塊を450℃以上620℃以下の温度に2時間以上保持して均質化処理を行う。均質化処理における保持温度及び保持時間をそれぞれ前記特定の範囲とすることにより、鋳塊中の粗大な晶出物を分解したり、粒状化したり、Al母相中に再固溶させたりすることができる。
【0052】
鋳塊中の晶出物の分解等をより促進する観点からは、均質化処理における保持温度は550℃以上600℃以下であることが好ましい。同様の観点から、均質化処理における保持時間は10時間以上であることが好ましい。また、均質化処理における保持時間は、生産性の観点から24時間以下であることが好ましい。
【0053】
均質化処理における保持温度が450℃未満の場合、または、保持時間が2時間未満の場合には、晶出物の分解等が不十分となるおそれがある。均質化処理における保持温度が620℃を超える場合には、鋳塊が部分的に溶融するおそれがある。
【0054】
前記押出多穴管の製造方法においては、必要に応じて、前記特定の条件で均質化処理を施した後の鋳塊にさらに均質化処理を施すこともできる。なお、以下において、均質化処理を二段階で行う場合における初回の均質化処理を「第一均質化処理」といい、2回目の均質化処理を「第二均質化処理」という。
【0055】
第二均質化処理における保持温度は400℃以上550℃以下であり、保持時間は2時間以上であることが好ましい。前述したように、第一均質化処理は、鋳造時に鋳塊内に晶出した粗大な晶出物の分解、粒状化及び再固溶を主な目的として行われる。しかし、第一均質化処理における保持温度及び保持時間を前記特定の範囲内とした場合、晶出物の分解、粒状化及び再固溶とともに、溶質元素であるMnやSiのAl母相への固溶も促進される。Al母相への溶質元素の固溶量が過度に多くなると、熱間押出時における母相中の転位の運動速度の低下を招き、変形抵抗が上昇しやすくなる。
【0056】
これに対し、第二均質化処理において鋳塊を前記特定の条件で加熱すると、第一均質化処理においてAl母相中に固溶したSi及びMnをAlMnSi系金属間化合物として微細に析出させることができる。その結果、Al母相中における溶質元素の固溶量を減少させ、熱間押出時における変形抵抗をより低下させることができる。従って、第一均質化処理を施した後の鋳塊を前記特定の条件で加熱して第二均質化処理を行うことにより、熱間押出時における押出性をより向上させることができる。
【0057】
なお、第二均質化処理における保持時間は、生産性の観点から24時間以下であることが好ましく、15時間以下であることがより好ましい。
【0058】
前記製造方法においては、第一均質化処理と第二均質化処理とを連続して行うことができる。ここで、第一均質化処理と第二均質化処理とを連続して行うとは、第一均質化処理が完了した後、鋳塊の温度を第二均質化処理における保持温度まで低下させ、鋳塊の温度が第二均質化処理における保持温度に達した時点で第二均質化処理を開始することをいう。
【0059】
また、前記製造方法においては、第一均質化処理が完了した後、鋳塊を第二均質化処理における保持温度よりも低い温度まで一旦冷却し、その後第二均質化処理を行うこともできる。この場合、例えば、第一均質化処理が完了した後、鋳塊を200℃以下の温度まで一旦冷却し、その後に鋳塊を加熱して第二均質化処理を行えばよい。
【0060】
前記押出多穴管の製造方法においては、均質化処理が完了した後の鋳塊に熱間押出を行うことにより、押出多穴管を得ることができる。熱間押出における押出開始時の鋳塊の温度や押出完了時の押出多穴管の温度などは、押出多穴管の化学成分に応じて適宜設定すればよい。例えば、押出開始時の鋳塊の温度は440℃以上560℃以下の範囲から適宜設定することができる。また、押出完了直後の押出多穴管の温度は400℃以上500℃以下の範囲から適宜設定することができる。
【0061】
前記押出多穴管の製造方法においては、熱間押出が完了した直後に、押出多穴管の温度が150℃に到達するまでの平均冷却速度が1℃/秒以上となるように押出多穴管の冷却を行う。押出多穴管の冷却には、放冷やファン空冷、水冷などの種々の方法を採用することができる。また、冷却完了時の押出多穴管の温度は、例えば150℃以下であればよい。
【0062】
熱間押出直後の押出多穴管を前記特定の条件で冷却することにより、押出多穴管内に固溶したSiやMgなどの溶質元素の析出を抑制し、溶質元素がAl母相中に固溶した状態を維持することができる。そして、このように溶質元素がAl母相中に固溶した状態を維持することにより、後に行う人工時効処理においてMgSiなどの金属間化合物をAl母相中に微細に析出させることができる。
【0063】
熱間押出後の押出多穴管の平均冷却速度が1℃/秒よりも遅い場合には、冷却中に溶質元素が析出しやすくなる。そのため、この場合には、人工時効処理後の押出多穴管の強度の低下を招くおそれがある。なお、最終的に得られる押出多穴管の強度の低下を回避する観点からは押出多穴管の平均冷却速度に上限はないが、平均冷却速度を高くしようとすると製造コストの増大を招くおそれがある。製造コストの増大を回避する観点からは、熱間押出後の押出多穴管の平均冷却速度を300℃/秒以下とすることが好ましい。
【0064】
前記製造方法においては、冷却完了後の押出多穴管を150℃以上200℃以下の温度に2時間以上保持して人工時効処理を行う。押出多穴管を前記特定の条件で加熱して人工時効処理を施すことにより、押出多穴管のAl母相中に固溶した溶質元素を析出させ、Al母相中にMgSi等の微細な金属間化合物を形成することができる。その結果、分散強化により押出多穴管の強度を向上させることができる。
【0065】
分散強化による強度向上の効果をより確実に得る観点からは、人工時効処理における保持温度は160℃以上190℃以下であることが好ましい。同様の観点から、人工時効処理における保持時間は5時間以上であることが好ましく、8時間以上であることがより好ましい。なお、人工時効処理における保持時間は、生産性の観点から24時間以下であることが好ましい。
【0066】
人工時効処理における保持温度が150℃未満の場合、または、保持時間が2時間未満の場合には、溶質元素の析出が不十分となり、押出多穴管の強度の低下を招くおそれがある。また、人工時効処理における保持温度が200℃を超える場合には、押出多穴管中に存在する晶出物や析出物がAl母相中に再固溶しやすくなり、所望の特性を得られなくなるおそれがある。
【0067】
このようにして得られた押出多穴管は、そのまま使用されてもよいし、寸法や形状を調整するための引き抜き加工や、耐食性向上のための亜鉛溶射、塗装などの後処理を行った後に使用されてもよい。これらの後処理は、押出多穴管の用途等に応じて適宜組み合わせることができる。
【実施例0068】
前記押出多穴管及びその製造方法の実施例を以下に説明する。本例の押出多穴管は、Si:0.30質量%以上1.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.50質量%以下、Mn:0.30質量%以上1.00質量%以下及びMg:0.30質量%以上1.00質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している。また、押出多穴管の引張強さは290MPa以上である。
【0069】
本例の押出多穴管1は、図1に示すように、扁平な断面形状を有している。より具体的には、押出多穴管1は長円状の断面形状を有している。押出多穴管1の幅は例えば60.0mmであり、厚みは例えば3.0mmである。
【0070】
また、押出多穴管1は、その外部空間と内部とを区画する外壁部11と、外壁部11により囲まれた空間を10本の通路12に区画する隔壁部13とを有している。本例における押出多穴管1の通路12は、円形の断面形状を有している。外壁部11における最も薄い部分の厚みは、例えば1.2mmであり、隔壁部13における最も薄い部分の厚みは、例えば0.6mmである。
【0071】
本例の押出多穴管は、例えば以下の方法により作製することができる。まず、アルミニウム廃材を含む鋳造原料を用い、DC鋳造により表1に示す化学成分(合金記号A1~A5)を有する鋳塊を作製する。なお、表1における「Bal.」は当該元素が残部であることを示す記号である。
【0072】
鋳塊を作製した後、鋳塊を560℃の温度に6時間保持して第一均質化処理を行う。第一均質化処理が完了した後、鋳塊を480℃の温度に8時間保持して第二均質化処理を行う。第一均質化処理と第二均質化処理とは、連続して行ってもよいし、第一均質化処理が完了した後第二均質化処理を行うまでの間に鋳塊の温度が第二均質化処理における保持温度を下回ってもよい。
【0073】
第二均質化処理が完了した後、鋳塊の温度が500℃となるまで鋳塊を加熱する。この温度を保った状態で鋳塊に熱間押出を行い、次いで、熱間押出直後の押出多穴管1を150℃に達するまでの平均冷却速度が1℃/秒となるように冷却する。冷却が完了した後、押出多穴管1を180℃の温度に8時間保持して人工時効処理を行う。
【0074】
以上により、表2に示す試験材S1~S2を得ることができる。なお、表2に示す試験材R1~R2は、試験材S1~S2との比較のための試験材である。試験材R1~R2の作製方法は、鋳塊の化学成分を表1に示す合金記号A3~A4に変更した以外は試験材S1~S2と同様である。
【0075】
各試験材の引張強さ及び押出性の評価方法を以下に説明する。
【0076】
・引張強さ
まず、各試験材を切断し、長さ60mmの試験片を採取する。この試験片の長さ及び質量を精密に測定し、これらの値と試験片を構成するアルミニウム合金の密度とに基づき試験片の断面積を算出する。次に、試験片を引張試験機の固定チャックと可動チャックとの間に取り付ける。そして、引張速度2mm/分で可動チャックを移動させ、試験片に引張力を加えることにより荷重-変位曲線を取得する。このようにして得られた荷重-変位曲線と、前述した方法により得られる試験片の断面積とに基づいて引張強さ及び0.2%耐力の値を算出する。また、荷重-変位曲線に基づいて伸びの値を算出する。表2に各試験材の引張強さ、0.2%耐力及び伸びを示す。
【0077】
・押出性
押出性は、試験材の外観に基づいて評価することができる。より具体的には、試験材の外観を目視により観察し、割れや押出方向に沿った筋状模様の有無を評価する。表2に、各試験材の端部の割れ及び筋状模様の有無を示す。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【0080】
表1及び表2に示すように、試験材S1~S2は、前記特定の化学成分を有している。また、試験材S1~S2の製造過程においては、前記特定の化学成分を有する鋳塊に前記特定の条件で均質化処理、熱間押出、冷却及び人工時効処理が施されている。それ故、試験材S1~S2は、高い強度を有するとともに、熱間押出時の押出性に優れており、良好な外観を有している。
【0081】
一方、試験材R1にはMnが含まれていない。そのため、試験材R1の強度は試験材S1~S2より低い。
【0082】
試験材R2には、Cuが含まれておらず、Mnの含有量が前記特定の範囲よりも少ない。そのため、試験材R2の強度は試験材S1~S2よりも低い。
【0083】
以上、実施例に基づいて本発明に係る押出多穴管及びその製造方法の具体的な態様を説明したが、本発明に係る押出多穴管及びその製造方法の具体的な態様は実施例の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。
【符号の説明】
【0084】
1 押出多穴管
11 外壁部
12 通路
13 隔壁部
図1