IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ シオノギヘルスケア株式会社の特許一覧

特開2023-61922オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法
<>
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図1
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図2
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図3
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図4
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図5
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図6
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図7
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図8
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図9
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図10
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図11
  • 特開-オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023061922
(43)【公開日】2023-05-02
(54)【発明の名称】オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/08 20060101AFI20230425BHJP
【FI】
G01N24/08 510P
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022168611
(22)【出願日】2022-10-20
(31)【優先権主張番号】P 2021172044
(32)【優先日】2021-10-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】316008352
【氏名又は名称】シオノギヘルスケア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 博
(72)【発明者】
【氏名】清田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】菊池 純子
(57)【要約】
【課題】発明は還元末端を有するオリゴ糖類の還元末端糖を定量する方法を提供する。
【解決手段】還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物に含まれる還元末端糖の定量方法であり、下記の工程を有することを特徴とする方法:
(1)α型アノマーとβ型アノマーとが平衡状態にあるオリゴ糖類含有組成物を、定量NMRに供する工程、
(2)定量NMRにて、β型アノマーのアノメリックプロトンに由来するシグナル又はβ型アノマーのC-1,C-3及びC-4の少なくとも1つの炭素に由来するシグナルを測定し、オリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量を算出する工程、及び
(3)前記工程で算出されるオリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量と、当該オリゴ糖類含有組成物におけるα型アノマーとβ型アノマーとの存在比から、オリゴ糖類含有組成物中のα型アノマーとβ型アノマーの総量を算出する工程。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物に含まれる還元末端糖を定量的に分析する方法であり、下記の工程を有することを特徴とする方法:
(1)α型還元末端糖(α型アノマー)とβ型還元末端糖(β型アノマー)とが平衡状態にあるオリゴ糖類含有組成物を、定量NMRに供する工程、
(2)定量NMRにて、β型アノマーのアノマー炭素に結合したプロトン(アノメリックプロトン)に由来するシグナル、又はβ型アノマーのC-1, C-3及びC-4の少なくとも1つの炭素に由来するシグナルを測定し、オリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量を算出する工程、及び
(3)前記工程で算出されるオリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量と、当該オリゴ糖類含有組成物におけるα型アノマーとβ型アノマーとの存在比から、オリゴ糖類含有組成物中のα型アノマーとβ型アノマーの総量を算出する工程。
【請求項2】
前記(2)工程で実施する定量NMRが、H-qNMRであり、β型アノマーのアノメリックプロトンに由来するシグナルのピークが、分子内及び分子外の他のプロトンに由来するシグナルのピークと重複しないことを特徴とする、請求項1に記載する方法。
【請求項3】
β型アノマーのアノメリックプロトンに由来するシグナルが、4 ppm~6 ppmにピークを有するものである、請求項1又は2に記載する方法。
【請求項4】
還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物について、定量NMRに供する試料を調製する方法であり、オリゴ糖類含有組成物を水溶液に溶解し、還元末端糖をα型アノマーとβ型アノマーとの平衡状態に調整する工程を有する、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、末端に還元糖を有するオリゴ糖の還元末端糖を定量的に分析する方法に関する。より詳細には定量NMR手法を用いた還元末端糖の定量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
寒天の主成分(約70%)であるアガロースは、D-galactoseと3,6-anhydro-L-galactoseがそれぞれα-(1→3)とβ-(1→4)のグリコシド結合で交互に結合したアガロビオースの繰り返し構造からなる線状の多糖であり(図1参照)、食品、生物医学、および化学産業の分野で広く利用されている。
【0003】
アガロースは、酸や酵素(α-agarase)の作用により、3,6-anhydro-L-galactoseとD-galactoseとの間のα1→3結合が容易に加水分解されて、3,6-anhydro-L-galactoseを還元末端にもつ、アガロビオース(2糖)、アガロテトラオース(4糖)、アガロヘキサオース(6糖)、及びアガロオクタオース(8糖)等の複数のオリゴ糖を主成分とする組成物である、いわゆるアガロオリゴ糖が生成する(図2参照)。アガロースのα1→3結合が選択的に分解を受ける理由は、3,6-anhydro-L-galactoseの還元末端が非常に反応性に富んでいるからである。またアガロオリゴ糖の主成分である各オリゴ糖は、非還元末端にガラクトース残基を有するため、肝臓細胞等に取り込まれやすい。こうしたことから、アガロオリゴ糖はプレバイオティクス効果、抗酸化作用、抗炎症作用、及び抗がん作用などの様々な生理活性作用を有することが報告されている(非特許文献1参照)。
【0004】
ところで、こうしたアガロオリゴ糖の機能性を表示し、保健機能食品として製品化するためには、品質管理のための規格化(分析法の設定)が必要である。
一般に、糖の定量には、酸化還元を利用した比色法、酵素を利用した方法、及び液体高速クロマトグラフィー(HPLC)を用いた分析法等が多く利用されている。アガロオリゴ糖の機能性を示すためには、それに含まれる機能性成分であるオリゴ糖を定量することが必要である。しかし、一般的に糖の分析法として用いられている比色法やHPLC法は夾雑物の影響を受けやすく、また加水分解やラベル化の効率により、定量精度に問題がある。また、還元末端の3,6-anhydro-L-galactoseの安定性の問題から、標準物質(2、4、6、8糖等のオリゴ糖)の精製が難しく、標準品の規格化や安定供給ができていない。このため、アガロオリゴ糖に含まれるオリゴ糖を定量的に分析する方法は確立できていない。
【0005】
一方、近年、定量NMR(以下、「qNMR」と称する)、特にH-qNMRが医薬成分や食品成分の定量に使用されるようになっている。qNMR は、HPLCやガスクロマトグラフィー等のクロマトグラフ法を用いた定量と比較して、(1)測定対象成分の標準品が不要である、(2)検量線の作成が不要な一次標準比率法(物質量の基準となる別の化学物質を用い、それとの比較において目的の化学物質の物質量を測る方法)であり、基本的に分析法の設定も不要であることから、迅速性に優れる、(3)定量用基準物質に認証標準物質(CRM:Certified reference material)を用いることで国際単位系(SI)トレーサブルな信頼性の高い定量が可能である、(4)装置の汚染がない、(5)HPLC法よりも廃液量が少ないため環境負荷が小さい等の、様々なメリットがあることが知られている(例えば、非特許文献2)。
【0006】
H-qNMR及び13C-qNMRに利用されるNMR(核磁気共鳴分光法)は、分子中の水素核(プロトン)や炭素核(カーボン)を直接観測する手法であり、NMRスペクトルの測定条件及び解析条件を最適化することにより、検出される信号の強度比は各信号に対応する核種のモル比と等しくなる。NMRのこの定量性は、同一分子内の信号間だけでなく、異なる分子の信号間においても成り立つ。このため、測定対象成分(目的成分)を含む試料(被験試料)と、純度既知の物質(CRM / 定量用基準物質:qNMR reference)の両方を含む溶液を調製して、各NMRスペクトルを測定すれば、物質に由来する信号の強度比から測定対象成分の含有量を算出することができる。これがqNMRの原理である。非特許文献2には、このqNMRのうち、H-qNMRを用いることで砂糖調整品中に含まれるスクロースの定量が精度高くできることが記載されている。しかし、スクロースは、グルコースとフルクトースの還元末端同士がα-1,2-グリコシド結合した糖であるため、末端に還元糖を有するオリゴ糖ではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tatsuji Enoki, et al., ”Oligosaccharides from Agar Inhibit Pro-Inflammatory Mediator Release by Inducing Heme Oxygenase I” Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 74 (4), 766-770, 2010
【非特許文献2】松本健志ら、「定量NMRによる砂糖調整品中のスクロースの定量」、関税中央分析所報、第59号、19-27頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、末端に還元糖を有するオリゴ糖及びその修飾物(例えば、アルコキシ体、硫酸体、アセチル化体等)(以下、これらを区別することなく総称する場合「オリゴ糖類」とも記載する)について、その還元末端糖を定量的に分析する方法を提供することを課題とする。より詳細には、qNMR手法を用いた還元末端糖の定量的分析方法を提供することを課題とする。
好ましくは、本発明は、前述するアガロオリゴ糖のように、各種有用な生理活性作用を有する複数のオリゴ糖類を有する組成物について、それに含まれる還元末端糖の割合を定量的に分析する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
還元糖や末端に還元糖を有するオリゴ糖類は、水溶液中でアノマー化し、2種のアノマー(α型アノマー及びβ型アノマー)を形成し、両者は平衡状態で存在する。また、この状態において、2つのアノマーの存在比は、それぞれの糖に固有であることが知られている。アガロオリゴ糖に含まれる各種オリゴ糖類の還元末端糖(3,6-anhydro-L-galactose)も同じく、水溶液中で2種のアノマーを形成し、平衡状態で存在する。
【0010】
本発明者らは、研究を積み重ねていく中で、アガロオリゴ糖のH-NMRスペクトルにおいて、各オリゴ糖類の還元末端糖である3,6-anhydro-α-L-galactose(α型アノマー)のアノメリックプロトン(以下、「H-1」と称する場合がある)は、末端に位置していない3,6-anhydro-L-galactoseのH-1とNMRシグナルが重なるのに対して、3,6-anhydro-β-L-galactose(β型アノマー)のH-1のNMRシグナルは、特異的な位置(5 ppm付近)に現れ、末端に位置していない3,6-anhydro-L-galactoseのH-1のNMRシグナルとも、また分子内及び分子外の他のプロトンのNMRシグナルとも重複しないことを見出した。
また、アガロオリゴ糖の13C-NMRスペクトルにおいても、β型アノマーのC-1,C-3及びC-4のNMRシグナルは、特異的な位置(各92.6ppm、85.6ppm、88.3ppm付近)に現れ、末端に位置していない3,6-anhydro-L-galactoseのC-1,C-3及びC-4のNMRシグナルとも、また分子内及び分子外の他のカーボンのNMRシグナルとも重複しないことを確認した。
【0011】
さらに、平衡状態において、アガロオリゴ糖に含まれる各オリゴ糖類のα型アノマーとβ型アノマーの存在比は、各オリゴ糖類において末端に位置する3,6-anhydro-L-galactoseの平衡に影響しないと判断されることから、オリゴ糖類の一つであるアガロビオース(2糖)におけるα型アノマーとβ型アノマーの存在比で代表することができる。
【0012】
これらの知見に基づいて、還元末端糖がα型アノマーとβ型アノマーの平衡状態にあるオリゴ糖類を複数含有するアガロオリゴ糖を、qNMRに供し、β型アノマーのNMRシグナルからβ型アノマーの含量を算出し、次いで得られたβ型アノマーの含量と、2糖の平衡状態におけるα型アノマーとβ型アノマーとの存在比から、アガロオリゴ糖に含まれる還元末端糖の総量が算出できることを確認した。この方法によれば、アガロオリゴ糖について、生理活性作用に起因する還元末端糖の総量に基づいて、アガロオリゴ糖の還元性やその機能を評価することができる。またアガロオリゴ糖に限らず、末端に還元糖を有するオリゴ糖類を含む組成物中に含まれる還元末端糖の量を定量的に分析することも可能である。
【0013】
本発明はかかる知見に基づいて、さらに研究を重ねることで完成したものであり、下記の実施形態を包含するものである。
【0014】
(I)オリゴ糖類の還元末端糖の定量的分析方法
(I-1)還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物に含まれる還元末端糖を定量的に分析する方法であり、下記の工程を有することを特徴とする方法:
(1)α型還元末端糖(α型アノマー)とβ型還元末端糖(β型アノマー)とが平衡状態にあるオリゴ糖類含有組成物を、qNMRに供する工程、
(2)qNMRにて、β型アノマーのアノマー炭素に結合したプロトン(アノメリックプロトン)に由来するシグナル、又はβ型アノマーのC-1,C-3及びC-4の少なくとも1つの炭素に由来するシグナルを測定し、オリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量を算出する工程、及び
(3)前記工程で算出されるオリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量と、当該オリゴ糖類含有組成物におけるα型アノマーとβ型アノマーとの存在比から、オリゴ糖類含有組成物中のα型アノマーとβ型アノマーの総量を算出する工程。
(I-2)前記還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物がアガロオリゴ糖である、(I-1)に記載する定量方法。
(I-3)前記還元末端を有するオリゴ糖類が、アガロビオース、アガロテトラオース、アガロヘキサオース、アガロオクタオース、アガロデカオース、及びそれらの修飾体よりなる群から選択される少なくとも1種である、(I-1)又は(I-2)に記載する定量方法。
(I-4)前記還元末端糖が3,6-anhydro-L-galactoseである、(I-1)~(I-3)のいずれかに記載する定量方法。
(I-5)前記(2)工程で実施するqNMRが、H-qNMRであり、β型アノマーのアノメリックプロトンに由来するシグナルのピークが、分子内及び分子外の他のプロトンに由来するシグナルのピークと重複しないことを特徴とする、(I-1)~(I-4)のいずれかに記載する定量方法。
(I-6)β型アノマーのアノメリックプロトンに由来するシグナルが、4 ppm~6 ppm、好ましくは5 ppm又はその付近にピークを有するものである、(I-1)~(I-5)のいずれかに記載する定量方法。
(I-7)前記(1)工程の前に、還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物を水溶液に溶解し、還元末端糖をα型アノマーとβ型アノマーとの平衡状態に調整する工程を有する、(I-1)~(I-6)のいずれかに記載する定量方法。
(I-8)前記組成物が、少なくともアガロビオース、アガロテトラオース、アガロヘキサオース、及びアガロオクタオースを含有する組成物であり、前記水溶液が10mM 酢酸緩衝液(pH 5)またはそれと同等の緩衝液である、(I-7)に記載する定量方法。
【0015】
(II)オリゴ糖類含有組成物の定量NMR用試料の調製方法
(II-1)還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物について、定量NMRに供する試料を調製する方法であり、オリゴ糖類含有組成物を水溶液に溶解し、還元末端糖をα型アノマーとβ型アノマーとの平衡状態に調整する工程を有する、前記方法。
(II-2)前記オリゴ糖類が、アガロビオース、アガロテトラオース、アガロヘキサオース、アガロオクタオース、アガロデカオース、及びそれらの修飾体よりなる群から選択される少なくとも1種である、(II-1)に記載する定量NMR用試料調製方法。
(II-3)前記組成物が、少なくともアガロビオース、アガロテトラオース、アガロヘキサオース、及びアガロオクタオースを含有する組成物である、(II-1)又は(II-2)に記載する定量NMR用試料調製方法。
(II-4)前記組成物がアガロオリゴ糖である、(II-1)~(II-3)のいずれかに記載する定量NMR用試料調製方法。
(II-5)前記水溶液が、10mM 酢酸緩衝液(pH 5)またはそれと同等の緩衝液である、(II-1)~(II-4)のいずれかに記載する定量NMR用試料調製方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、末端に還元糖を有するオリゴ糖及びその修飾体(オリゴ糖類)について還元末端糖を定量的に分析する方法を提供することができる。好ましくは、本発明によれば、複数種のオリゴ糖類を含有する組成物について、それに含まれる還元末端糖の割合を定量的に分析することができる。例えば、少なくともアガロビオース、アガロテトラオース、アガロヘキサオース、及びアガロオクタオースを含有するアガロオリゴ糖のように、還元末端糖に起因して有用な生理活性作用を有する組成物であれば、それに含まれる還元末端糖の割合(総量)を定量的に分析することで、当該組成物の還元末端糖に起因する機能を評価することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】アガロースの構造を示す。
図2】アガロースのα1→3結合が加水分解されて生成するアガロオリゴ糖に含まれるオリゴ糖類のうち、1例として2糖(アガロビオース)、4糖(アガロテトラオース)、及び6糖(アガロヘキサオース)の構造を示す。
図3】3,6-anhydro-L-galactoseの環状のピラノース構造(3,6-anhydro-L-galactopyranose)を示す。
図4】実験例1においてH-qNMR測定したアガロオリゴ糖の1H-NMRスペクトルを示す。
図5】実験例2においてH-qNMR測定したアガロビオースの1H-NMRスペクトルを示す。
図6】(A)実験例2(1)において、10mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5)に溶解したアガロビオースを30℃下で放置し、α型アノマーとβ型アノマーとの平衡状態(存在比)を経時的に測定した結果(β型アノマーの存在比(%))を示す。(B)アガロオリゴ糖を、前記同条件で放置してα型アノマーとβ型アノマーとの平衡状態を経時的に測定した結果(β型アノマー体の存在比(%))を示す。
図7】実験例2(2)において、アガロビオースのα型アノマーとβ型アノマーの平衡状態(存在比)に対する温度の影響を確認した結果を示す。
図8】実験例4において、アガロオリゴ糖含有組成物1(Blank test Food 20mg +アガロオリゴ糖 20mg)を、H-qNMRにより測定したH-NMRスペクトルを示す。
図9】実験例4において、アガロオリゴ糖含有組成物2(Blank Capsule(1個)+ Blank test Food 100mg + アガロオリゴ糖 100mg)を、H-qNMRにより測定したH-NMRスペクトルを示す。
図10】実験例4において測定した、アガロオリゴ糖含有組成物1及び2のH-NMRスペクトル(上から3番目と4番目)を、Blank test FoodのH-NMRスペクトル(上から1番目)及びBlank Capsule+ Blank test FoodのH-NMRスペクトル(上から2番目)と対比した図である。
図11】実験例5において、アガロオリゴ糖含有組成物3(グルコサミン+アガロオリゴ糖)、アガロオリゴ糖含有組成物4(トトノエール)、及びアガロオリゴ糖を、H-qNMRにより測定したH-NMRスペクトルを示す。
図12】実験例6において、13C-qNMRにより測定したアガロオリゴ糖の13C-NMRスペクトルを示す。上段の図は、94~83 ppm領域の13C-NMRスペクトルを拡大した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(I)オリゴ糖の還元末端糖の定量的分析方法
本発明が対象とする「オリゴ糖」は2糖~10糖であって、末端に還元糖(本発明ではこれを「還元末端糖」という)を有する糖である。このため、本願発明でいうオリゴ糖には、スクロースのように、グルコースとフルクトースの還元末端同士が結合することで還元末端が消失した、非還元性のオリゴ糖は含まれない。オリゴ糖として、制限されないものの、好ましくはアガロビオース(2糖)、アガロテトラオース(4糖)、アガロヘキサオース(6糖)、アガロオクタオース(8糖)、またはアガロデカオース(10糖)を挙げることができる。
【0019】
本発明が対象とする「オリゴ糖の修飾体」はオリゴ糖が有する水酸基の少なくとも1つが他の置換基で修飾された化合物である。これらの修飾体には、前記水酸基の少なくとも1つがアルコキシ化したアルコキシ体(例えば、メトキシ体)、硫酸化した硫酸化体、及びアセチル化したアセチル体が含まれる。本明細書では、前記オリゴ糖とその修飾体を、区別することなく示す場合には、これらを「オリゴ糖類」と総称する。これらのオリゴ糖類が本発明の定量的分析方法の測定対象物質となる。
【0020】
本発明の定量的分析方法が対象とする測定試料は、1種のオリゴ糖類を含む組成物(単一オリゴ糖類含有組成物)、及び/又は、2種以上の複数のオリゴ糖類を含む組成物(複数オリゴ糖類含有組成物)である。好ましくは複数オリゴ糖類含有組成物である。複数オリゴ糖類含有組成物には、例えばアガロオリゴ糖が含まれるが、これに限定されない。
【0021】
アガロオリゴ糖は、前述するように寒天などのアガロースを含む物質を酸または酵素で加水分解して生成される、3,6-anhydro-L-galactoseを還元末端にもつ、アガロビオース(2糖)、アガロテトラオース(4糖)、アガロヘキサオース(6糖)、及びアガロオクタオース(8糖)のオリゴ糖を主成分として含有する組成物(オリゴ糖の混合物)である。アガロオリゴ糖の中には、これらのオリゴ糖に加えて、これらのオリゴ糖の修飾体も含まれる。アガロオリゴ糖の中に含まれるオリゴ糖の修飾体としては、例えば、寒天に含まれるアガロペクチンに由来するオリゴ糖修飾体を挙げることができる。
【0022】
本発明の定量的分析方法で使用される定量NMR(qNMR)、特にH-qNMRは、2014年2月に第16改正日本薬局方第二追補で生薬試験法に収載され、また2018年1月に日本工業規格(JIS)の通則に収載されるなど、当業界において定量試験法として確立された測定手法である。本発明において、定量NMR(qNMR)には、H-qNMR及び13C-qNMRが含まれる。本明細書において、両者を区別することなく総称する場合、「定量NMR」又は「qNMR」と記載する。好ましくは、H-qNMRである。
【0023】
本発明の方法は、還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物(単一オリゴ糖類含有組成物又は複数オリゴ糖類含有組成物)に含まれる還元末端糖を定量的に分析する方法であり、下記の工程を有することを特徴とする:
(1)α型還元末端糖(α型アノマー)とβ型還元末端糖(β型アノマー)とが平衡状態にあるオリゴ糖類含有組成物を、qNMRに供する工程、
(2)qNMRにて、β型アノマーのアノマー炭素に結合したプロトン(アノメリックプロトン:H-1)に由来するシグナル、又はβ型アノマーのC-1,C-3及びC-4の少なくとも1つの炭素に由来するシグナルを測定し、オリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量を算出する工程、及び
(3)前記工程で算出されるオリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量と、当該オリゴ糖類含有組成物におけるα型アノマーとβ型アノマーとの存在比から、オリゴ糖類含有組成物中のα型アノマーとβ型アノマーの総量を算出する工程。
【0024】
前記(1)に供するオリゴ糖類含有組成物は、当該オリゴ糖類含有組成物に含まれるオリゴ糖類(測定対象物質)が、その中のα型還元末端糖(α型アノマー)とβ型還元末端糖(β型アノマー)とが平衡状態になるように、予め適当な水溶液に溶解し、静置しておくことが好ましい。かかる水溶液は、オリゴ糖類(測定対象物質)を溶解するとともに、溶解した状態で、所定時間静置した場合でも、アガロオリゴ糖が分解することなく、安定に平衡状態を形成することができるものであればよい。その限りにおいて、溶質の種類、その濃度、pH及び温度は制限されることなく、適宜設定調整することができる。なお、測定対象が液体ですでに平衡状態である場合は、当該工程を省略することができる。反対に測定対象物質に対し水分量が多い場合は、水分を除くことができる。
例えば、測定対象物質が3,6-anhydro-L-galactoseまたはその修飾体である場合、前記水溶液としては、制限されないものの、pH8以下の緩衝液、例えば酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ギ酸緩衝液、TFA塩酸緩衝液などの緩衝液を挙げることができる。好ましくはpH3~7、より好ましくはpH4~6のpH範囲を有する緩衝液である。好ましくは酢酸緩衝液である。また、これらの緩衝液の濃度は、上記の限り、制限されないものの、例えば1~100 mMの範囲で適宜設定調整することができる。好ましくは5~50 mM、より好ましくは5~30 mM、さらに好ましくは5~20 mMである。
【0025】
オリゴ糖類含有組成物は、前述する水溶液に溶解し、平衡状態にした状態、つまりqNMR用試料の状態で、qNMRに供される。この際、qNMR用試料中に含まれるオリゴ糖類の含有量は、上記の限り制限されないものの、例えば1~100 mg/mlの範囲で適宜設定調整することができる。好ましくは5~50 mg/ml 、より好ましくは5~30 mg/mlである。
【0026】
qNMR用試料を静置して平衡状態にする温度は、後述する実験例2に示すように、平衡状態にあるα型アノマーとβ型アノマーの存在比に影響を及ぼすファクターであるものの、両者は直線状の相関関係にある。このため、採用した温度条件におけるα型アノマーとβ型アノマーの存在比を求めることができれば、採用する温度条件は特に制限されない。例えば、10~50℃、好ましくは20~40℃の範囲から適宜設定することができる。
【0027】
前記(2)の工程は、公知のqNMR測定法を用いて行うことができる。
測定対象物質が3,6-anhydro-L-galactoseまたはその修飾体である場合、内標物質として、準表認証標準物質(CRM)である、3-(Trimethylsilyl)-1-propane-1,1,2,2,3,3-d6-sulfonic Acid Sodium Salt((DSS-d6)を使用することができる。
また、1H-qNMR測定法を用いて、測定対象物質3,6-anhydro-L-galactoseまたはその修飾体を測定する場合、観測中心(Offset / x_offset)を5 ppm付近にしたうえで、それが含まれるように、観測スペクトル幅(Spectral Width / x_sweep)が20 ppm程度となるように観測スペクトル領域を設定することができる。また、測定対象物質がそれ以外のオリゴ糖類である場合は、そのβアノメリックプロトンとqNMR referenceのシグナルの間に観測中心を設定し、観測幅の中に目的のシグナルが入るように、観測スペクトル領域を設定すればよい。測定対象に水が多く含まれる場合は、水のピークを除去する操作(水消しのパルスシーケンスを入れて測定する)を行うことができる。
【0028】
前記(2)のqNMR測定工程で、得られるβ型アノマーのβアノメリックプロトンに由来するシグナル又はβ型アノマーのC-1,C-3及びC-4の少なくとも1つの炭素に特有なシグナルの強度(積算値)から、qNMRに供した試験試料(qNMR用試料)中に含まれるβ型アノマーの含量(質量%)を求めることができる。
【0029】
前記(3)の工程は、前記(2)の工程で算出されるオリゴ糖類含有組成物中のβ型アノマーの含量をもとに、オリゴ糖類含有組成物中のα型アノマーとβ型アノマーの総量を算出する工程である。これは、後述する実験例2に示すように、平衡状態にあるqNMR用試料中のα型アノマーとβ型アノマーは、一定の存在比で存在することを利用して、上記で得られたqNMR用試料中のβ型アノマーの含量と、当該qNMR用試料中におけるα型アノマーとβ型アノマーとの存在比から、計算により求めることができる。なお、qNMR用試料中におけるα型アノマーとβ型アノマーとの存在比は、実験例2に示すように、β型アノマー含量の測定に使用するqNMR用試料と同じ条件で、測定することで求めることもできる。
【0030】
(II)オリゴ糖類含有組成物のqNMR用試料の調製方法
本発明のqNMR用試料の調製方法は、還元末端を有するオリゴ糖類を少なくとも1種含有する組成物(単一オリゴ糖類含有組成物又は複数オリゴ糖類含有組成物)について、qNMRに供する試料を調製する方法であり、オリゴ糖類含有組成物を水溶液に溶解し、還元末端糖をα型アノマーとβ型アノマーとの平衡状態に調整する工程を有することを特徴とする。
単一オリゴ糖類含有組成物又は複数オリゴ糖類含有組成物が、3,6-anhydro-L-galactose又はその修飾体を還元末端にもつオリゴ糖類を含有する組成物である場合、前記水溶液として、好ましくは10mM 酢酸緩衝液(pH 5)またはそれと同等の緩衝液を用いることができる。
10mM 酢酸緩衝液(pH 5)と同等の緩衝液としては、制限されないものの、pH8以下の緩衝液、例えば酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ギ酸緩衝液、TFA塩酸緩衝液などの緩衝液を挙げることができる。好ましくはpH3~7、より好ましくはpH4~6のpH範囲を有する緩衝液である。好ましくは酢酸緩衝液である。また、これらの緩衝液の濃度は、上記の限り、制限されないものの、例えば1~100 mMの範囲で適宜設定調整することができる。好ましくは5~50 mM、より好ましくは5~30 mM、さらに好ましくは5~20 mMである。
【0031】
qNMR用試料中に含まれるオリゴ糖類の含有量は、上記の限り制限されないものの、例えば1~100 mg/mlの範囲で適宜設定調整することができる。好ましくは5~50 mg/ml、より好ましくは5~30 mg/mlである。
【0032】
qNMR用試料の温度は、採用した温度条件におけるα型アノマーとβ型アノマーの存在比を求めることができればよく、特に制限されない。例えば、10~80℃、好ましくは20~50℃、より好ましくは20~40℃の範囲から適宜設定することができる。
【0033】
以上、本明細書において、「含む」及び「含有する」の用語には、「からなる」及び「から実質的になる」という意味が含まれる。
【実施例0034】
以下、本発明の構成及び効果について、その理解を助けるために、実験例を用いて本発明を説明する。但し、本発明はこれらの実験例によって何ら制限を受けるものではない。以下の実験は、特に言及しない限り、室温(30℃)、及び大気圧条件下で実施した。なお、特に言及しない限り、以下に記載する「%」は「質量%」、「部」は「質量部」を意味する。
【0035】
以下の実験に使用した試料、測定機器、qNMRの条件及び解析条件、並びに計算式は以下の通りである。
(1)試料
(i)測定試料(Sample):
アガロオリゴ糖:寒天の酸加水物。アガロビオース(2糖)、アガロテトラオース(4糖)、アガロヘキサオース(6糖)、及びアガロオクタオース(8糖)を主成分とする複数のオリゴ糖類を含む混合物(シオノギヘルスケア社製(Lot No. AG122012))
アガロビオース(2糖):シオノギヘルスケア社製
Balnk Capsule:HPMC(クオリカプス社製)
Blank test Food:乾燥澱粉、ステアリン酸カルシウム、及び微粒二酸化ケイ素を含む混合物(シオノギヘルスケア社製)
グルコサミン+アガロオリゴ糖:N-アセチルグルコサミン、II型コラーゲン、アガロオリゴ糖、還元麦芽糖水飴、粉末セルロース、ステアリン酸カルシウム、微粒二酸化ケイ素、ビタミンB12、ビタミンB6、及び葉酸を含む混合物(シオノギヘルスケア社製)
トトノエール:ミルクオリゴ糖、還元麦芽糖水飴、アガロオリゴ糖、デキストリン、ビフィズス菌乾燥粉末、及びリン酸カルシウムを含む混合物(シオノギヘルスケア社製)
(ii)認証標準物質(CRM):
3-(Trimethylsilyl)-1-propane-1,1,2,2,3,3-d6-sulfonic Acid Sodium Salt((DSS-d6)(分子量:224.36)、富士フイルム和光純薬社製(核磁気共鳴スペクトル測定用)、Lot No. 6525
(iii)試薬
重水 (D2O) :Sigma-Aldrich Co. LLC(核磁気共鳴スペクトル測定用、99.9 atom)、Lot No. MKBJ18826V
重酢酸-d4 :Cambridge Isotope Laboratories Inc.、Lot No.10E227
重酢酸ナトリウム-d3 :Cambridge Isotope Laboratories Inc.、Lot No. PR-19178E
【0036】
(2)測定機器
NMR装置:JEOL-ECZ400S(日本電子社製)、Varian Unity-Inova 600 (Agilent社製) 超精密天秤:UMX2(Mettler-Toledo, LLC)
【0037】
(3)qNMR測定条件
(A)1H-qNMR測定
(i)共通項目
測定用ソフトウエア:JEOL Delta v5.3(日本電子社製)
対象測定とする核(Nucleus):H
観測周波数:400 MHz以上
デジタルフィルタ(Digital Filter):TRUE
パルス角度(Pulse Angle):90°
取り込み時間(Acquisition Time):4秒
デジタル分解能(Digital Resolution):0.25 Hz
遅延時間(Relation Delay):60秒
13C核デカップリング(Decouler noise moduration):MPF8
積算回数(Number of Scans):64回
ダミースキャン(Dummy Scan):2回
スピニング(Spin ):off
(ii)個別項目
測定試料用に設定したパラメータは、以下の通りである。
観測中心(Offset):5 ppm
観測スペクトル幅(Spectral Width): -5~15 ppm
【0038】
(B)13C-qNM測定
測定用ソフトウエア :Varian Unity-Inova(Agilent製)
対象測定とする核(Nucleus / x_domein):13C
測定シークエンス:gated-decouping without NOE法
観測周波数:150.7 MHz
観測スペクトル幅(Spectral Width / x_sweep): 49751Hz ppm
デジタルフィルタ(Digital Filter / auto_filter):TRUE
パルス角度(Pulse Angle / x_angle):90°
取り込み時間(Acquisition Time / x_acq_time):1.4秒
デジタル分解能(Digital Resolution / x_resolution):0.7 Hz
遅延時間(Relation Delay):10秒
1H核デカップリング(Temperature / temp_set):waltz
積算回数(Number of Scans /scans):23776回
ダミースキャン(Dummy Scan / x_prescans):8回
スピニング(Spin / spin_state):Non
観測中心(Offset / x_offset):50 ppm
【0039】
(4)qNMR解析条件
(A)1H-qNMR解析
(i)共通項目
解析用ソフトウエア:Mnova(Mestrelab Research S.L.)
窓関数処理(Window function):なし
ゼロファイリング(Zero-Filing):1
参照(qNMR Reference):CRMを0ppmとする
位相補正(Phase correction):マニュアル法
ベースライン補正(Baseline correction):マニュアル法
【0040】
(ii)個別項目
測定試料用に設定したパラメータは、以下の通りである。
ベースライン補正:CRM(DDS-d6)を0ppmに設定後、6.0~2.7 ppm及び0.5~-0.5 ppm付近が直線になるように補正
CRMの積分範囲(DDS-d6):0.5~-0.5ppm
測定試料の積分範囲(アガロオリゴ糖):5.037~4.983 ppm
【0041】
(B)13C- qNMR解析
解析用ソフトウエア:Mnova(Mestrelab Research S.L.)
窓関数処理(Wind fator):Line broadning 1.0Hz
ゼロファイリング(Zero-Filing):1
参照(Reference):CRMを0ppmとする
位相補正(Phase correction):マニュアル法
ベースライン補正(Baseline correction):Whittaker スムーサー法
【0042】
(5)計算式
下記の式より、測定試料中に含まれる還元糖(還元末端がフリーの糖:還元末端糖)の割合(質量%)を算出した。
【数1】
【0043】
実験例1 アガロオリゴ糖に含まれる還元末端糖の定量的分析( 1 H-qNMR)
測定試料としてアガロオリゴ糖を、定量基準物質(qNMR reference)としてCRMであるDDS-d6を用いて、アガロオリゴ糖に含まれる各オリゴ糖類の末端に位置する還元糖(3,6 anhydro-galactose)の総量を、1H-qNMRを用いて、下記の方法により定量した。
【0044】
(1)測定試料及びCRMを溶解するための水溶液の調製
1H-qNMR測定に供するアガロオリゴ糖及びCRMを溶解するための水溶液として、10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)を用いた。
具体的には、まず重酢酸-d4(分子量 : 64.08)をメスフラスコに6.4 mg秤取し、重水で10 mLにメスアップして、10 mM 重酢酸水溶液を調製する。別途、重酢酸ナトリウム-d3(分子量 : 85.05)をメスフラスコに17.0 mg秤取し、重水で20 mLにメスアップして、10 mM 重酢酸ナトリウム水溶液を調製する。両水溶液を混合して、pH 5.0に調製し、10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)とする。
アガロオリゴ糖に含まれるオリゴ糖は、一般に水溶液中で、末端の還元糖(3,6 anhydro-L-galactose)が環状のピラノース構造になる。これは、さらに1位の炭素(アノマー炭素)に結合する水酸基(アノメリックプロトン)が5位水酸基とシス配置の関係にあるα型アノマーと、トランス配置の関係にあるβ型アノマーとの平衡状態になる。アガロオリゴ糖を溶解するための水溶液として、還元末端糖をα型アノマーとβ型アノマーとの平衡状態に比較的早く調整することが好ましいが、本実験では、前夜に溶解し翌日に測定する実験スケジュール(放置時間15時間)に合わせて、その間に平衡状態になる条件として上記緩衝液を用いた。
【0045】
(2) 1 H-qNMR測定用試料の調製
・CRMを保管庫から出した後、速やかにデシケーター(乾燥剤:シリカゲル)に入れ、常圧で室温に戻るまで保った後、開封する。
・CRM を5 ~ 15 mg程度秤取した後、試験室環境(温度15~25℃、相対湿度20~80%)で30分以上放置する。
・測定試料(アガロオリゴ糖)を20.0±0.2 mg、及びCRMを1.0±0.1 mgとなるように、それぞれアルミ製のサンプルパンを用いてガラスバイアルに精密に秤取する。
・これに、ホールピペットを用いて、前記で調製した10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)1 mLを添加し、溶解させる。
・NMRチューブに、液高 約5 cm程度充填した後、保管庫内で、30℃で15時間保管する。
【0046】
(3) 1 H-qNMR測定
前記方法で調製した1H-qNMR測定用試料を保管庫から取り出し、NMR 装置に供して、平衡状態に達した1H-qNMR 測定を行った。1H-NMRスペクトルを図4に示す。
図4に示すように、アガロオリゴ糖に含まれる各種のオリゴ糖類の末端に位置する還元糖(3,6 anhydro-L-galactoseのピラノース構造物)のα型アノマー及びβ型アノマーの各アノメリックプロトン(H-1)、並びに重水のプロトン、及びCRM(DSS-d6)のプロトンに各々由来するシグナルのピークが検出された。またこの時、測定条件に水消しのパルスシークエンスを入れて定量することも可能である。
3,6 anhydro-L-galactoseのα型アノマーのアノメリックプロトン(H-1)に由来するシグナルのピークは、アガロオリゴ糖の末端にない3,6 anhydro-L-galactoseのプロトンのシグナルと末端にあるα- 3,6 anhydro-L-galactoseのプロトンのシグナルとが重複している。これに対して、化学シフト値5.037-4.983 ppmで検出されるシグナルピークは、他成分の妨害がなく、アガロオリゴ糖に含まれる各オリゴ糖類の末端に位置する還元糖(3,6 anhydro-L-galactose)のβアノメリックプロトン(H-1)に固有のシグナルのピークであることが確認された。また、S/Nが762.5であり、定量限界を定量用シグナルのS/Nが100以上とする判定基準をみたしていた。このことから、1H-qNMRを用いて、アガロオリゴ糖に含まれる還元末端糖の総量を測定するためには、3,6-anhydro-β-L-galactoseを標的分子として、そのβアノメリックプロトン(H-1)由来のシグナルを測定することが有用であるといえる。
【0047】
(4) 1 H-qNMR解析による還元糖の定量
前記で得られた1H-qNMR測定結果をもとに、前述する条件で1H-qNMR解析を行い、アガロオリゴ糖に含まれる各オリゴ糖類の末端に位置する還元糖(3,6-anhydro-L-galactoseのピラノース構造物)のβ型アノマー(標的分子)、及びCRMのシグナル(定量用)の積分値を得た。
次いで、得られた積分値を、前述する計算式に当てはめて、測定試料(アガロオリゴ糖)中に含まれる標的分子(β型アノマー)の総量を算出した。
同じ測定試料を対象として、3つのサンプルについて測定した結果を、表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
この結果から、測定試料(アガロオリゴ糖)は、前記緩衝液中に溶解した状態で、β型アノマーの還元末端糖(3,6-anhydro-β-L-galactose)が16.2質量%の割合で含むことが確認された。
【0050】
水溶液中で、アガロオリゴ糖に含まれるオリゴ糖類は、その還元末端糖がα型アノマーとβ型アノマーの平衡状態になる。後述する実験例2に示すように、測定試料(アガロオリゴ糖)に含まれるオリゴ糖類のうち、2糖(アガロビオース)は前記緩衝液(10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)、30℃)中に溶解した状態で、α型アノマー:β型アノマー=29.6:70.4(質量比)で存在することが確認された。また平衡状態において、アガロオリゴ糖に含まれるオリゴ糖類の種類に関わらず構造に変化がないと考えられることから、前記2糖における存在比がアガロオリゴ糖に含まれるオリゴ糖類のα型アノマーとβ型アノマーの比を代表するものであるとして設定した。
この存在比から、前記測定試料(アガロオリゴ糖)中に含まれる還元末端糖(3,6-anhydro-L-galactose)の総量は、23.0%と算出することができる。
【0051】
実験例2 アガロビオース(2糖)に含まれる還元末端糖の定量的分析( 1 H-qNMR)
測定試料としてアガロビオース(2糖)を、定量基準物質(qNMR refarence)としてCRMであるDDS-d6を用いて、実験例1と同じ方法で1H-qNMR測定及び1H-qNMR解析を行い、アガロビオース(2糖)の還元末端糖(3,6-anhydro-L-galactose)の総量を1H-qNMRにより測定した。
【0052】
図5に、H-qNMR測定したアガロビオースの1H-NMRスペクトルを示す。図5に示すように、アガロビオースの還元末端糖(3,6-anhydro-L-galactoseのピラノース構造物)のα型アノマー及びβ型アノマーの各アノメリックプロトン(H-1)、並びに重水のプロトン、及びCRM(DSS-d6)のプロトンに各々由来するシグナルのピークが検出された。また試料溶媒として使用した重酢酸ナトリウム緩衝液に含まれる各種成分のプロトンに由来するシグナルのピークも検出された。これからわかるように、化学シフト値5.037-4.983 ppmに検出される3,6-anhydro-β-L-galactose(β型アノマー)のH-1のシグナルピークは、他成分の妨害を受けないことが確認された。
【0053】
(1)アガロビオースのα型アノマーとβ型アノマーの平衡状態
アガロビオース(2糖)を被験試料として、実験例1(2)の記載に従って、試料を溶解する溶媒(試料溶媒)として10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)を用いて、1H-qNMR測定用試料を調製した。これを、NMRチューブに、液高 約5 cm程度充填した後、保管庫内で、30℃で0~15時間保管した。保管期間中、経時的にサンプリングし、前記1H-qNMR測定に供して、α型アノマーのH-1のシグナル強度(積分値)とβ型アノマーのH-1のシグナル強度(積分値)との比(α型アノマーとβ型アノマーとの比)から、両者の平衡状態を確認した。
【0054】
図6(A)に、経時的に測定したβ型アノマーの存在比(%)(α型アノマーとβ型アノマーの総量を100%とする)を示す。これから分かるように、試料溶媒として10mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)を用いた場合、30℃条件下で13時間後には平衡が完了しており、α型アノマーとβ型アノマーとの存在比は、29.6:70.4(質量比)であることが確認された。図6(B)に、アガロオリゴ糖を10mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)(30℃)に溶解して、経時的にβ型アノマーの存在比(%)を測定した結果を示す。この結果から、アガロオリゴ糖も30℃条件下で13時間後には平衡が完了していることがわかる。
【0055】
(2)α型アノマーとβ型アノマーの平衡状態に対する温度の影響
Α型アノマーとβ型アノマーの平衡状態に対する温度の影響を確認するために、前記で採用した保管温度30℃に代えて、15℃、20℃、35℃、及び40℃を採用して、上記(1)と同様にして、β型アノマーの存在比(%)(α型アノマーとβ型アノマーの総量を100%とする)を求めた。結果を図7に示す。
図7に示すように、平衡状態にあるα型アノマーとβ型アノマーの存在比は、アガロビオース(2糖)を溶解した1H-qNMR測定用試料の温度(測定温度)によって変化するものの、両者には高い直線性があることが確認された。このことから、1H-qNMR測定及び解析には、1H-qNMR測定用試料を一定の温度に設定し、設定した温度に対応したα型アノマーとβ型アノマーの存在比を採用することが必要である。
【0056】
実験例3 被験試料の溶液中の安定性評価
実験例1では、(2)で調製した1H-qNMR測定用試料を、NMRチューブに液高 約5 cm程度充填した後、保管庫内にて、30℃で15時間保管した後、1H-qNMR測定に供した。
本実験例3では、被験試料の安定性を評価するために、NMRチューブに充填した1H-qNMR測定用試料を、前記と同条件でさらに24時間、及び48時間保管した後、実験例1と同様に1H-qNMR測定に供した。その結果、いずれの場合も、前記表1と同じ結果(標的分子であるβ型アノマーの還元末端糖の含量:16.2%、SD:0.0、RSD:0.3%)が得られた。
このことから、アガロオリゴ糖に含まれるオリゴ糖類は、10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)中で比較的長く安定してα型アノマーとβ型アノマーとが平衡状態を形成していることが確認された。このことから、10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)は、1H-qNMRを用いて、β型アノマーを標的分子としてアガロオリゴ糖に含まれる各オリゴ糖類中の還元末端糖を定量するための溶解溶媒(試料溶媒)として有用である。
【0057】
実験例4 アガロオリゴ糖含有組成物に含まれる還元末端糖の定量的分析( 1 H-qNMR)
試験試料として、下記に示すアガロオリゴ糖含有組成物1及び2(アガロオリゴ糖に他成分を添加した混合物)を用い、また定量基準物質(qNMR refarence)としてCRMであるDDS-d6を用いて、実験例1と同じ方法で1H-qNMR測定及び1H-qNMR解析を行い、アガロオリゴ糖含有組成物中の還元末端糖(3,6-anhydro-L-galactose)の総量を1H-qNMRにより測定した。
【0058】
[アガロオリゴ糖含有組成物1]
Blank test Food 20mg +アガロオリゴ糖(AG122012) 20mg
[アガロオリゴ糖含有組成物2]
Blank Capsule(1個)+ Blank test Food 100mg + アガロオリゴ糖(AG122012) 100mg
【0059】
なお、上記アガロオリゴ糖含有組成物1及び2について1H-qNMR測定用試料を調製するための水溶液として、それぞれ1mLの10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)及び5mLの10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)を用いて、不溶物を水系フィルターでろ過した後、NMRチューブに液高 約5 cm程度充填し、保管庫内にて、30℃で15時間保管した後、1H-qNMR測定に供した。
【0060】
図8及び9に、それぞれアガロオリゴ糖含有組成物1及び2を、H-qNMRにより測定したH-NMRスペクトルを示す。これらの図に示すように、アガロオリゴ糖に他の成分を添加混合した場合でも、3,6-anhydro-L-galactoseのβ型アノマーのアノメリックプロトン固有のシグナルが他成分のプロトンのシグナルと区別して検出された。また、H-qNMR解析によって算出されたβ型アノマーの量は、アガロオリゴ糖含有組成物1がアガロオリゴ糖の重量に対し16.2質量%、アガロオリゴ糖含有組成物2がアガロオリゴ糖の重量に対し16.5質量%であり、実施例1(1)で得られたアガロオリゴ糖中に含まれるβ型アノマーの総量(16.2質量%)と一致した。このことから、他成分の存在は、アガロオリゴ糖中の3,6-anhydro-L-galactoseのβ型アノマーの含有量の測定に影響されないことが確認された。
【0061】
実験例5 アガロオリゴ糖含有組成物に含まれる還元末端糖の定量的分析( 1 H-qNMR)
試験試料として、下記に示すアガロオリゴ糖含有組成物3及び4(アガロオリゴ糖に他成分を添加した混合物)を用い、また定量基準物質(IS)としてCRMであるDDS-d6を用いて、実験例1と同じ方法で1H-qNMR測定及び1H-qNMR解析を行い、アガロオリゴ糖含有組成物中の還元末端糖(3,6-anhydro-L-galactose)の総量を1H-qNMRにより測定した。
【0062】
[アガロオリゴ糖含有組成物3]
グルコサミン+アガロオリゴ糖:アガロオリゴ糖含有割合 22.1mg/100mg
[アガロオリゴ糖含有組成物4]
トトノエール:アガロオリゴ糖含有割合 13.3mg/100mg
【0063】
なお、上記アガロオリゴ糖含有組成物3及び4について1H-qNMR測定用試料を調製するための水溶液として、それぞれアガロオリゴ糖の含有量が20 mg/mLになるように10mM 重酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)に溶解し、不溶物を水系フィルターでろ過した後、NMRチューブに液高 約5 cm程度充填し、保管庫内にて、30℃で15時間保管した後、1H-qNMR測定に供した。
【0064】
図10に、アガロオリゴ糖含有組成物3及び4を、H-qNMRにより測定したH-NMRスペクトルを示す。併せてアガロオリゴ糖のH-NMRスペクトルも示す。図中、標的シグナルは、3,6-anhydro-β-L-galactoseのα位置のプロトンで、隣のプロトンと大きめのカップリングがある。逆に3,6-anhydro-α-L-galactoseのβ位置のプロトンは、隣のプロトンと小さい(数Hz)のカップリングしかないためブロードシグナルとして観測される。これらの図に示すように、アガロオリゴ糖に他の成分を添加混合した場合でも、3,6-anhydro-L-galactoseのβ型アノマーのアノメリックプロトン固有のシグナルが他成分のプロトンのシグナルと区別して検出された。
【0065】
実験例6 アガロオリゴ糖含有組成物に含まれる還元末端糖の定量的分析( 13 C-qNMR)
測定試料として実験例1で使用した測定試料と同一ロットのアガロオリゴ糖(20.121mg)を、また定量基準物質(IS)としてCRMであるDSS-d6(1.0073mg)を用いて、各オリゴ糖類の末端に位置する還元糖(3,6-anhydro-L-galactose)の総量を、13C-qNMRを用いて定量した。なお、13C-qNMR測定用試料の調製は、実験例1の(1)及び(2)に記載する方法を用いた。
【0066】
調製した13C-qNMR測定用試料をNMR 装置に供して13C-qNMR 測定を行った。13C-NMRスペクトルを図11示す。
図11に示すように、アガロオリゴ糖に含まれる各オリゴ糖類の末端に位置する還元糖(3,6-anhydro-L-galactoseのピラノース構造物)のβ型アノマーの炭素のうちC-1,C-3,及びC-4、並びにCRMの炭素に各々由来するシグナルのピークは、α型アノマーおよびアガロオリゴ糖の他のシグナルに重なることなく、分離して検出された。
その結果、標的分子であるβ型アノマーのC-1,C-3及びC-4に由来するシグナルから、アガロオリゴ糖に含まれる還元末端糖の総量が算出された(16.7%、SD:0.10、RSD:0.49%)。この総量は、実験例1において1H-qNMRを用いて定量した総量とほぼ同一であった。
このことから、アガロオリゴ糖中に含まれる還元末端糖の総量は、1H-qNMRだけでなく、13C-qNMRを用いても定量できることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12