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特開2023-62423劣化診断装置、劣化診断方法、及び劣化診断プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023062423
(43)【公開日】2023-05-08
(54)【発明の名称】劣化診断装置、劣化診断方法、及び劣化診断プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01M 99/00 20110101AFI20230426BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
【審査請求】有
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021172390
(22)【出願日】2021-10-21
(71)【出願人】
【識別番号】593199471
【氏名又は名称】株式会社オサシ・テクノス
(74)【代理人】
【識別番号】110002664
【氏名又は名称】弁理士法人相原国際知財事務所
(72)【発明者】
【氏名】矢野 洋
【テーマコード(参考)】
2G024
【Fターム(参考)】
2G024AD34
2G024BA12
2G024BA21
2G024BA22
2G024BA27
2G024CA17
2G024CA30
2G024FA01
(57)【要約】
【課題】温度ヒステリシスが生じる場合であっても物理量を高精度に検出する。
【解決手段】劣化診断装置1は、インフラ設備の傾斜量を測定する加速度センサ10aと、加速度センサ10aの位置における温度を測定する温度センサ10bと、傾斜量及び温度の対応データを定期的に取得する制御装置11と、を備え、制御装置11は、所定の学習期間における複数の対応データに基づいて傾斜量の温度補正式を学習し、運用期間に取得される傾斜量を前記温度補正式で補正する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インフラ設備の劣化を診断するための物理量を測定する物理量センサと、
前記物理量センサの位置における温度を測定する温度センサと、
前記物理量及び前記温度の対応データを定期的に取得する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて前記物理量の温度補正式を学習し、運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式で補正する、劣化診断装置。
【請求項2】
前記温度補正式は、最新の前記物理量の温度シフト量を、直近の所定時間に取得された複数の前記温度による重み付き線形和で表す式である、請求項1に記載の劣化診断装置。
【請求項3】
前記制御装置は、前記学習期間において、前記温度の変化に対する前記物理量の変化の遅延時間を推定し、前記遅延時間に応じて前記所定時間を設定する、請求項2に記載の劣化診断装置。
【請求項4】
前記制御装置は、前記学習期間を複数の計算用期間に分割し、前記計算用期間ごとに前記温度補正式の学習結果を更新する、請求項1乃至3のいずれかに記載の劣化診断装置。
【請求項5】
前記制御装置は、前記計算用期間ごとに前記対応データの平均値を算出し、前記対応データと前記平均値との差分を用いて前記温度補正式を学習する、請求項4に記載の劣化診断装置。
【請求項6】
前記制御装置は、前記運用期間の開始から一定期間に取得される前記対応データにより前記温度補正式の学習結果を更新する、請求項1乃至5のいずれかに記載の劣化診断装置。
【請求項7】
インフラ設備の劣化を診断するための物理量及び温度の対応データを定期的に取得するデータ取得手順と、
所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて前記物理量の温度補正式を学習する学習手順と、
運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式に基づいて補正する補正手順と、を含む劣化診断方法。
【請求項8】
前記温度補正式は、最新の前記物理量の温度シフト量を、直近の所定時間に取得された複数の前記温度による重み付き線形和で表す式である、請求項7に記載の劣化診断方法。
【請求項9】
前記学習期間においては、前記温度の変化に対する前記物理量の変化の遅延時間を推定し、前記遅延時間に応じて前記所定時間を設定する、請求項8に記載の劣化診断方法。
【請求項10】
前記学習期間を複数の計算用期間に分割し、前記計算用期間ごとに前記温度補正式の学習結果を更新する、請求項7乃至9のいずれかに記載の劣化診断方法。
【請求項11】
前記計算用期間ごとに前記対応データの平均値を算出し、前記対応データと前記平均値との差分を用いて前記温度補正式を学習する、請求項10に記載の劣化診断方法。
【請求項12】
前記運用期間の開始から一定期間に取得される前記対応データにより前記温度補正式の学習結果を更新する、請求項7乃至11のいずれかに記載の劣化診断方法。
【請求項13】
インフラ設備の劣化診断を行う制御装置に、
前記インフラ設備の劣化を診断するための物理量及び温度の対応データを定期的に取得するデータ取得手順と、
所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて、前記物理量の温度補正式を学習する学習手順と、
運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式に基づいて補正する補正手順と、を実行させる劣化診断プログラム。
【請求項14】
前記温度補正式は、最新の前記物理量の温度シフト量を、直近の所定時間に取得された複数の前記温度による重み付き線形和で表す式である、請求項13に記載の劣化診断プログラム。
【請求項15】
前記学習期間においては、前記温度の変化に対する前記物理量の変化の遅延時間を推定し、前記遅延時間に応じて前記所定時間を設定する、請求項14に記載の劣化診断プログラム。
【請求項16】
前記学習期間を複数の計算用期間に分割し、前記計算用期間ごとに前記温度補正式の学習結果を更新する、請求項13乃至15のいずれかに記載の劣化診断プログラム。
【請求項17】
前記計算用期間ごとに前記対応データの平均値を算出し、前記対応データと前記平均値との差分を用いて前記温度補正式を学習する、請求項16に記載の劣化診断プログラム。
【請求項18】
前記運用期間の開始から一定期間に取得される前記対応データにより前記温度補正式の学習結果を更新する、請求項13乃至17のいずれかに記載の劣化診断プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、劣化診断装置、劣化診断方法、及び劣化診断プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、橋梁、トンネル、建築構造物等のインフラ設備の老朽化が社会問題となり、経年劣化の状態確認や対策のため様々な技術が研究・開発されている。例えば、上記のようなインフラ設備の劣化状態を検出する方法として、当該インフラ設備に設置した加速度センサ、歪みセンサ、又は荷重センサ等の物理量センサにより当該インフラ設備に加わる物理量を測定し、数年から数十年の長期に亘る当該物理量の変化を指標とする方法が挙げられる。
【0003】
ところで、上記のような物理量センサは、周囲の環境温度により測定精度が大きく影響を受けることが知られており、測定された物理量の値が物理量センサ自身の温度特性に基づいて補正されることが多い。例えば、特許文献1の従来技術では、傾斜量と温度との対応関係を1次、又は2次以上の曲線で近似することにより傾斜量の温度補正を行なっている。
【0004】
ただし、上記のような従来技術では、傾斜量の温度シフトと温度との関係が一対一であることを前提としているため、実際に測定される両者の関係に履歴現象(ヒステリシス)が生じる場合には、傾斜量の測定精度が低下する問題が生じる。
【0005】
一方、特許文献2に開示された従来技術では、加速度の測定において、温度上昇時と温度下降時とではバイアスが異なる温度ヒステリシスが生じ得ることがあることに着目し、加速度センサの温度補償処理において、互いに逆向きに設置された一対の加速度センサの温度ヒステリシス特性を加算処理により相殺する温度補償処理が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2016-145709号公報
【特許文献2】特開2019-163955号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2の従来技術では、軸方向ごとに一対の加速度センサが必要になる他、各センサの個体差に基づく測定誤差が解消されないため、傾斜角の測定精度向上の妨げとなる虞が生じる。特に、インフラ設備の劣化状態を検出する場合、物理量として傾斜量(傾斜角)を採用するのであれば測定誤差をおおよそ±0.01°以内に抑えることが求められ、上記のような従来技術では十分な測定精度を達成することは困難である。
【0008】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、温度ヒステリシスが生じる場合であっても物理量を高精度に検出することができる劣化診断装置、劣化診断方法、及び劣化診断プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の劣化診断装置は、インフラ設備の劣化を診断するための物理量を測定する物理量センサと、前記物理量センサの位置における温度を測定する温度センサと、前記物理量及び前記温度の対応データを定期的に取得する制御装置と、を備え、前記制御装置は、所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて前記物理量の温度補正式を学習し、運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式で補正する。
【0010】
また、本発明の劣化診断方法は、インフラ設備の劣化を診断するための物理量及び温度の対応データを定期的に取得するデータ取得手順と、所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて前記物理量の温度補正式を学習する学習手順と、運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式に基づいて補正する補正手順と、を含む。
【0011】
さらに、本発明の劣化診断プログラムは、インフラ設備の劣化診断を行う制御装置に、前記インフラ設備の劣化を診断するための物理量及び温度の対応データを定期的に取得するデータ取得手順と、所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて、前記物理量の温度補正式を学習する学習手順と、運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式に基づいて補正する補正手順と、を実行させる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る劣化診断装置、劣化診断方法、及び劣化診断プログラムによれば、温度ヒステリシスが生じる場合であっても物理量を高精度に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】劣化診断装置の構成を示すブロック図である。
図2】温度補正前の傾斜量及び温度の変化を表す波形である。
図3】劣化診断方法の学習期間における制御手順を表すフローチャートである。
図4】劣化診断方法の運用期間における制御手順を表すフローチャートである。
図5】学習期間及び運用期間における温度と温度補正前後の傾斜量との変化を表す波形である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照し、発明の実施形態について詳細に説明する。尚、本発明は、以下に説明する内容に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において任意に変更して実施することが可能である。また、実施の形態の説明に用いる図面は、いずれも構成部材を模式的に示すものであって、理解を深めるべく部分的な強調、拡大、縮小、又は省略などを行っており、構成部材の縮尺や形状等を正確に表すものとはなっていない場合がある。
【0015】
図1は、劣化診断装置1の構成を示すブロック図である。劣化診断装置1は、橋梁、トンネル、建築構造物等のインフラ設備に設置され、当該インフラ設備の劣化状態を把握するために数年から数十年に亘り生じる物理量の僅かな変化を継続的に遠隔監視する装置である。ここでは、インフラ設備の劣化を診断するための物理量として傾斜量を用いる実施形態を例示するが、当該インフラ設備に加わる歪みや荷重を用いてもよい。
【0016】
また、本実施形態における劣化診断装置1は、双方向通信によりクラウドサーバ2を介して操作端末3に接続されている。クラウドサーバ2は、劣化診断装置1から受信した各種データを保存すると共に、操作端末3からの制御信号に基づいて劣化診断装置1を制御することで劣化診断装置1を管理する。操作端末3は、例えば汎用の電子計算機からなり、クラウドサーバ2にアクセスすることでユーザが劣化診断装置1の各種データを参照することができると共に、ユーザの操作を受け付けることでクラウドサーバ2を介して劣化診断装置1を制御する。
【0017】
劣化診断装置1は、防水筐体に収容されるセンサ部10、制御装置11、記憶装置12、通信部13、電池14、センサ用電源部15、及び通信用電源部16を備える。
【0018】
センサ部10は、「物理量センサ」としての加速度センサ10aと温度センサ10bとを含むMEMSセンサ(Micro Electro Mechanical Systems)である。加速度センサ10aは、劣化診断装置1が設置されるインフラ設備の傾斜量を測定する3軸の傾斜計である。温度センサ10bは、加速度センサ10aの位置における温度を測定する。尚、以下では、X軸、Y軸、Z軸のうちX軸の傾斜量のみについて説明し、同様の測定・演算が行われるY軸、Z軸の傾斜量については詳細な説明を省略する。尚、インフラ設備に加わる歪みや荷重を測定する場合には、「物理量センサ」としてひずみ計や荷重計が使用される。
【0019】
制御装置11は、公知のマイコン制御回路からなり、RTC(Real-Time Clock)と呼ばれる内部タイマを含むことにより、センサ部10に対して定期的に傾斜量及び温度のデータ取得コマンドを送信する。制御装置11は、センサ部10が取得した傾斜量及び温度からなる対応データを受信し、測定時刻と共に記憶装置12に保存し、通信部13を介してクラウドサーバ2にも送信する。更に、制御装置11は、詳細を後述するように、傾斜量の測定値に含まれる温度シフト量を推定するため、事前の学習期間に測定された対応データで温度補正式を学習するための計算を行う。
【0020】
ここで、本実施形態においては、制御装置11は、1時間毎にセンサ部10へデータ取得コマンドを送信する。このときセンサ部10は、加速度センサ10aで傾斜量を複数回測定し、温度センサ10bでそのときの温度を測定し、それらのデータを制御装置11へ返信する。そして、制御装置11は、複数回測定された傾斜量の平均を算出することにより振動等の突発的な外乱や計測のばらつきを排除することができる。そして、当該平均化された傾斜量の値と測定温度とにより上記の1時間毎の対応データが構成される。尚、当該平均化の計算は必須の構成要件ではなく、公知の各種ノイズ処理を採用してもよい。
【0021】
記憶装置12は、公知の不揮発メモリからなり、制御装置11とのシリアル通信を通して、測定された対応データや温度補正式に関して計算される各種パラメータを受信して記憶し、それらの情報が必要に応じて制御装置11から読み出される。
【0022】
通信部13は、公知のLPWAモジュール(Low Power Wide Area)及び平面アンテナを含み、クラウドサーバ2との間で無線通信を行う。尚、劣化診断装置1の筐体内の平面アンテナに替えて、外付けのロッドアンテナを代用してもよい。
【0023】
電池14は、例えば定格電圧が3V程度のリチウム乾電池であり、制御装置11、センサ部10、及び通信部13へ電力を供給する。尚、制御装置11は、電池14の電力残量を監視し、電池交換が必要な場合には通信部13及びクラウドサーバ2を介して操作端末3にその旨を通知する。
【0024】
センサ用電源部15及び通信用電源部16は、MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)から構成されるスイッチであり、制御装置11からの制御信号に基づいて、センサ部10及び通信部13への電力供給をそれぞれ断接制御する。
【0025】
上記のような構成により、劣化診断装置1は、データ伝送容量を抑制した通信モジュールと、各構成部分に必要時のみ電池14から電力を供給する省エネ設計とにより、安価かつ低消費電力でインフラ設備の傾斜を監視することができる。
【0026】
次に、本発明の課題について詳細に説明する。図2は、温度補正前の傾斜量及び温度の変化を表す波形である。より具体的には、図2は、上記のような加速度センサ10aと温度センサ10bとで測定された6日間の傾斜量及び温度の波形である。尚、傾斜量の平均値は0°ではないが、これは劣化診断装置1の設置角度に依存する。
【0027】
図2に示されるように、温度補正前の傾斜量の測定値は、日周期の温度変化と強い相関があり、一日の気温変動により0.1°以上の温度シフトを含むことになる。また、傾斜量の変化は、温度の変化に対して時間的に遅れ、傾斜量と温度との関係が一対一で対応しない温度ヒステリシスが確認できる。このため、例えば事前に傾斜量の温度特性を用意しておき傾斜量の測定時の温度を参照して温度補正する従来の補正方法では、誤差が大きく高精度に傾斜量を検出することができなくなる。
【0028】
そこで、本発明の劣化診断装置1は、以下に示す劣化診断プログラムを制御装置11において実行させることにより、事前の学習期間において傾斜量の温度ヒステリシスを考慮した温度補正式を学習し、運用期間に取得される傾斜量を当該温度補正式に基づいて補正する劣化診断方法で高精度に傾斜量を検出する。ここでは、劣化診断方法を、事前の学習期間と運用期間とに分けて説明する。
【0029】
図3は、劣化診断方法の学習期間における制御手順を表すフローチャートである。劣化診断装置1は、インフラ設備に設置され図1のようにクラウドサーバ2及び操作端末3との通信環境が構築された後、ユーザからの学習開始指令に基づいて図3に示される手順を開始する。
【0030】
学習期間が開始すると、制御装置11は、センサ部10によりインフラ設備の傾斜量及び温度の対応データを定期的に取得するデータ取得手順を開始する(ステップS1)。データ取得手順においては、上記したように、傾斜量及び温度が1時間に1回の間隔で定期的に測定される。尚、データ取得の当該間隔は、操作端末3からの指示により変更されてもよい。
【0031】
また、制御装置11は、傾斜量及び温度の対応データが1日分取得されるまでデータ取得を行い(ステップS2でNo)、24時間分の対応データが蓄積された場合に(ステップS2でYes)、それらの対応データで温度補正式の学習を行う(ステップS3、学習手順)。
【0032】
制御装置11は、温度補正式の学習を行うための前処理として、取得した24時間分の対応データの平均値を算出し、対応データと当該平均値との差分を用いて以降の計算を行う。より具体的には、傾斜量については、測定された傾斜量xの平均値をXAVEとすると差分ΔX=x‐XAVEを、温度については、測定された温度tの平均値をTAVEとすると差分ΔT=t‐TAVEを用いて計算を行うことにより、制御装置11の演算における桁落ちのエラーを防止することができる。
【0033】
また、本実施形態における温度補正式は、最新の傾斜量の温度シフト量を、直近の所定時間に取得された複数の温度による重み付き線形和で表す式としてモデル化される。より具体的には、整数nに対し、n時間前の温度をΔTとし、重みパラメータをa=[a、a、…、a]とすると、X軸方向の傾斜量の温度シフト量xshiftは、下記の式で表される。
shift=f(ΔT,a)=a・ΔT+a・ΔT+…+a・ΔT …式(1)
【0034】
ここで、式(1)における整数nは、温度の変化に対する傾斜量の変化の遅延時間として想定される所定時間であり、予め任意に設定されている。ただし、当該所定時間は、温度ヒステリシスの上記した遅延時間により設定することができ、例えば図2のように温度の変化に対する傾斜量の変化の遅延時間が約4時間である場合にはn=4として設定してもよい。このように、学習期間における温度の変化に対する傾斜量の変化の遅延時間を推定し、遅延時間に応じて当該所定時間を設定することにより、温度ヒステリシスの影響時間をカバーしつつ後述する機械学習の収束時間を短縮させることができる。
【0035】
そして、学習期間においては、真の傾斜量の変化が0と見做せることから、制御装置11は、上記の温度シフト量xshiftが0となるような重みパラメータaを、取得された対応データに基づいて機械学習により計算する。すなわち誤差EがE=Σ(xshift→0となるような重みパラメータaの値aFIXを算出するため、例えば公知の最急勾配法により学習係数ηを用いた更新式aNEW=aOLD‐η・dE/daで繰り返し最適化演算を行う。
【0036】
尚、上記した重みパラメータaの初期値は、劣化診断装置1の設置前に取得されるデータにより求めることができ、例えば本実施形態においてはa=[0.00293, -0.00267, -0.00276, 0.00299]として制御装置11に記憶されている。また、学習係数ηは、予め任意に設定することができ、ここではη=0.00001とする。これらのパラメータを元に最初の演算を行うと、E=0.00456、dE/da=[0.789, -0.805, -0.803, 0.817]と算出され、最初の繰り返し演算で、重みパラメータはa=[0.00292, -0.00266, -0.00275, 0.00298]と修正された。同様の演算を1000回繰り返すことにより、誤差Eは0.00456から0.00001591へと収束し、収束時のaの値aFIX=[0.000167, -0.000143, -0.000177, 0.000181]が得られた。これにより制御装置11は、傾斜量の温度シフト量xshift=f(ΔT、aFIX)として温度補正式を得ることができる。
【0037】
また、制御装置11は、操作端末3からの学習期間終了指示の有無を確認する(ステップS4)。そして、学習期間終了指示が無い間は、ステップS2~ステップS3の手順を繰り返し、この期間に取得される対応データに基づいて、上記の温度補正式の学習を更新する。ここで、本実施形態においては4日間の学習期間が設けられている。尚、学習期間は、必ずしも操作端末3からの終了指示に基づく必要はなく、予め任意に設定された期間で終了してもよい。
【0038】
そして、学習期間が終了すると(ステップS4でYes)、制御装置11は、定期的な対応データの取得を一旦終了する(ステップS5)。また、制御装置11は、それらの学習結果を記憶装置12に保存すると共に、通信部13を介してクラウドサーバ2に送信し(ステップS6)、事前学習のプログラムを終了する。
【0039】
これにより、制御装置11は、事前の学習期間における対応データを用いて温度補正式の学習を行うことができる。ここで、制御装置11は、学習期間の4日間に取得された全ての対応データにより一括して温度補正式を学習することもできるが、本実施形態においては、ステップS2のように当該学習期間を1日ごとに複数の計算用期間に分割し、当該計算用期間ごとに温度補正式の学習結果を更新している。これにより、制御装置11の演算負荷と通信部13の通信負荷を時間的に分散することができる。
【0040】
続いて、運用期間における制御装置11の動作について説明する。図4は、劣化診断方法の運用期間における制御手順を表すフローチャートである。劣化診断装置1は、上記の学習期間が終了した後、ユーザからの運用開始指令に基づいて図4に示される手順を開始する。
【0041】
運用期間が開始すると、制御装置11は、学習期間と同様に定期的(例えば1時間おき)に対応データを取得する(ステップS7、データ取得手順)。また、制御装置11は、運用期間の開始からn時間後(本実施形態では4時間後)以降の取得データに対し、学習済みの温度補正式xshift=f(ΔT、aFIX)に直近n時間分の温度を代入して得られる温度シフト量を算出し、測定された傾斜量から減算する(補正手順)。これにより制御装置11は、取得された傾斜量の値に対し、温度ヒステリシスを考慮した温度補正を行うことができる(ステップS8)。
【0042】
取得された傾斜量が温度補正されると、制御装置11は、ステップS7で取得された対応データ、及び補正後の傾斜量を必要に応じて記憶装置12に保存すると共に、通信部13を介してクラウドサーバ2に送信する(ステップS9)。これによりクラウドサーバ2は、劣化診断装置1から定期的に受信する温度補正後の傾斜量により、対象とするインフラ設備の劣化状態を監視することができる。
【0043】
尚、本発明に必須の構成ではないが、制御装置11は、運用期間の開始から一定期間に取得される対応データにより温度補正式の学習結果を更新してもよい。より具体的には、制御装置11は、傾斜量が変化しないと見做すことができる運用開始からの一定期間(例えば1か月間)が経過したか否かを判定し(ステップS10)、一定期間が経過するまでの間に取得される対応データに基づいて(ステップS10でNo)、上記した温度補正式を更新してもよい(ステップS11)。そして、当該一定期間が経過すると(ステップS10でYes)、制御装置11は、温度補正式の学習結果の更新を終了する。
【0044】
また、制御装置11は、温度補正された傾斜量の値が、事前に任意に設定された閾値以上であるかを判定してもよい(ステップS12)。この場合、制御装置11は、インフラ設備の傾斜量が閾値以上となるまでは、引き続き数年から数十年に亘り傾斜量の監視を継続する(ステップS12でNo)。
【0045】
一方、補正後の傾斜量の値が、当該閾値以上であると判定された場合には(ステップS12でYes)、通信部13及びクラウドサーバ2を介して操作端末3に傾斜検出の警告を通知し(ステップS13)、当該プログラムを終了してもよい。または、警告後も操作端末3からの運用期間終了指令があるまでは監視を継続してもよい。
【0046】
続いて、本発明の効果について説明する。図5は、学習期間及び運用期間における温度と温度補正前後の傾斜量との変化を表す波形である。ここでは、9日間に亘り対応データを取得し、最初の4日間の学習期間で学習された温度補正式を用いて、残りの5日間の運用期間で取得された傾斜量を温度補正した波形を実線で示している。尚、9日間の温度データを破線で示し、参考として温度補正前の傾斜量の変化を一点鎖線で示している。
【0047】
ここで、温度補正後の傾斜量の算出で使用する傾斜量の平均値XAVE及び温度の平均値TAVEとしては、補正すべき時刻から過去96時間分(24H×4日)のx及びTを使用してXAVE=-0.076、TAVE=9.646と算出された。また、直近4時間の温度がΔT=[-9.81, -10.76, -11.71, -11.65]であったため、温度シフト量xshiftは、次式のように計算される。
shift=f(ΔTn、aFIX)
=-9.81*0.000167-10.76*(-0.000143)-11.71*(-0.000177)-11.65*0.000181=-0.000154
従って、図5の温度補正後の傾斜量のうち最初のデータは、x=XAVE+xshift=-0.0762と算出される。そして、同様の演算を繰り返すことにより図5の「補正後の傾斜量」の波形が得られる。
【0048】
図5に見られるように、温度補正前の傾斜量は、温度変化に応じて温度シフトの影響を受けて日周期の変動が生じている。一方、本発明に係る劣化診断方法により温度補正された傾斜量は、学習期間に亘り変動がほとんど生じておらず、図5における傾斜量の最大値と最小値との差は0.006981であったため、測定誤差が±0.01°以内に抑えられている。すなわち、当該劣化診断方法によれば、温度シフトの影響が±0.01°以内であるため、数年から数十年に亘り生じるインフラ設備の傾斜量の僅かな変化を検出することができる。
【0049】
以上のように、本発明に係る劣化診断装置1は、インフラ設備の物理量及び温度の対応データを時系列で複数取得し、それらの対応データに基づいて温度補正式を学習するため、物理量の測定値に重畳する温度シフト量を時系列変化に対応して推定することができる。これにより本発明に係る劣化診断装置1によれば、温度ヒステリシスが生じる場合であっても物理量を高精度に検出することができる。
【0050】
<本発明の実施態様>
本発明の第1の態様に係る劣化診断装置は、インフラ設備の劣化を診断するための物理量を測定する物理量センサと、前記物理量センサの位置における温度を測定する温度センサと、前記物理量及び前記温度の対応データを定期的に取得する制御装置と、を備え、前記制御装置は、所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて前記物理量の温度補正式を学習し、運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式で補正する。
【0051】
第1の態様に係る劣化診断装置によれば、インフラ設備の物理量及び温度の対応データを時系列で複数取得し、それらの対応データに基づいて温度補正式を学習するため、物理量の測定値に重畳する温度シフト量を時系列変化に対応して推定することができ、温度ヒステリシスが生じる場合であっても物理量を高精度に検出することができる。
【0052】
本発明の第2の態様に係る劣化診断装置は、上記した第1の態様において、前記温度補正式は、最新の前記物理量の温度シフト量を、直近の所定時間に取得された複数の前記温度による重み付き線形和で表す式である。
【0053】
第2の態様に係る劣化診断装置によれば、温度補正式は、測定された最新の物理量に影響を与える直近の温度変化を次数の低い多項式で効率的に表現されているため、制御装置における演算量を抑制することができる。
【0054】
本発明の第3の態様に係る劣化診断装置は、上記した第2の態様において、前記制御装置は、前記学習期間において、前記温度の変化に対する前記物理量の変化の遅延時間を推定し、前記遅延時間に応じて前記所定時間を設定する。
【0055】
第3の態様に係る劣化診断装置によれば、温度ヒステリシスの影響時間をカバーできる温度補正式を構成しつつ、温度補正式の学習における繰り返し最適化演算の収束時間を短縮させることができる。
【0056】
本発明の第4の態様に係る劣化診断装置は、上記した第1乃至3のいずれかの態様において、前記制御装置は、前記学習期間を複数の計算用期間に分割し、前記計算用期間ごとに前記温度補正式の学習結果を更新する。
【0057】
第4の態様に係る劣化診断装置によれば、制御装置の演算負荷や演算結果の送信における通信負荷を時間的に分散することができる。
【0058】
本発明の第5の態様に係る劣化診断装置は、上記した第4の態様において、前記制御装置は、前記計算用期間ごとに前記対応データの平均値を算出し、前記対応データと前記平均値との差分を用いて前記温度補正式を学習する。
【0059】
第5の態様に係る劣化診断装置によれば、測定される対応データを平均値からの差分として温度補正式の学習に使用することで、微小な数値を扱う場合であっても制御装置の演算における桁落ちのエラーを防止することができる。
【0060】
本発明の第6の態様に係る劣化診断装置は、上記した第1乃至5のいずれかの態様において、前記制御装置は、前記運用期間の開始から一定期間に取得される前記対応データにより前記温度補正式の学習結果を更新する。
【0061】
第6の態様に係る劣化診断装置によれば、運用期間に取得される対応データにより温度補正式の強化学習を行うことに、温度補正の精度をより向上させることができる。
【0062】
本発明の第7の態様に係る劣化診断方法は、インフラ設備の劣化を診断するための物理量及び温度の対応データを定期的に取得するデータ取得手順と、所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて前記物理量の温度補正式を学習する学習手順と、運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式に基づいて補正する補正手順と、を含む。
【0063】
第7の態様に係る劣化診断方法によれば、インフラ設備の物理量及び温度の対応データを時系列で複数取得し、それらの対応データに基づいて温度補正式を学習するため、物理量の測定値に重畳する温度シフト量を時系列変化に対応して推定することができ、温度ヒステリシスが生じる場合であっても物理量を高精度に検出することができる。
【0064】
本発明の第8の態様に係る劣化診断方法は、上記した第7の態様において、前記温度補正式は、最新の前記物理量の温度シフト量を、直近の所定時間に取得された複数の前記温度による重み付き線形和で表す式である。
【0065】
第8の態様に係る劣化診断方法によれば、温度補正式は、測定された最新の物理量に影響を与える直近の温度変化を次数の低い多項式で効率的に表現されているため、学習のための演算量を抑制することができる。
【0066】
本発明の第9の態様に係る劣化診断方法は、上記した第8の態様において、前記学習期間においては、前記温度の変化に対する前記物理量の変化の遅延時間を推定し、前記遅延時間に応じて前記所定時間を設定する。
【0067】
第9の態様に係る劣化診断方法によれば、温度ヒステリシスの影響時間をカバーできる温度補正式を構成しつつ、温度補正式の学習における繰り返し最適化演算の収束時間を短縮させることができる。
【0068】
本発明の第10の態様に係る劣化診断方法は、上記した第7乃至9のいずれかの態様において、前記学習期間を複数の計算用期間に分割し、前記計算用期間ごとに前記温度補正式の学習結果を更新する。
【0069】
第10の態様に係る劣化診断方法によれば、温度補正式の学習における演算負荷や演算結果の送信における通信負荷を時間的に分散することができる。
【0070】
本発明の第11の態様に係る劣化診断方法は、上記した第10の態様において、前記計算用期間ごとに前記対応データの平均値を算出し、前記対応データと前記平均値との差分を用いて前記温度補正式を学習する。
【0071】
第11の態様に係る劣化診断方法によれば、測定される対応データを平均値からの差分として温度補正式の学習に使用することで、微小な数値を扱う場合であっても制御装置の演算における桁落ちのエラーを防止することができる。
【0072】
本発明の第12の態様に係る劣化診断方法は、上記した第7乃至11のいずれかの態様において、前記運用期間の開始から一定期間に取得される前記対応データにより前記温度補正式の学習結果を更新する。
【0073】
第12の態様に係る劣化診断方法によれば、運用期間に取得される対応データにより温度補正式の強化学習を行うことに、温度補正の精度をより向上させることができる。
【0074】
本発明の第13の態様に係る劣化診断プログラムは、インフラ設備の劣化診断を行う制御装置に、前記インフラ設備の劣化を診断するための物理量及び温度の対応データを定期的に取得するデータ取得手順と、所定の学習期間における複数の前記対応データに基づいて、前記物理量の温度補正式を学習する学習手順と、運用期間に取得される前記物理量を前記温度補正式に基づいて補正する補正手順と、を実行させる。
【0075】
第13の態様に係る劣化診断プログラムによれば、インフラ設備の物理量及び温度の対応データを時系列で複数取得し、それらの対応データに基づいて温度補正式を学習するため、物理量の測定値に重畳する温度シフト量を時系列変化に対応して推定することができ、温度ヒステリシスが生じる場合であっても物理量を高精度に検出することができる。
【0076】
本発明の第14の態様に係る劣化診断プログラムは、上記した第13の態様において、前記温度補正式は、最新の前記物理量の温度シフト量を、直近の所定時間に取得された複数の前記温度による重み付き線形和で表す式である。
【0077】
第14の態様に係る劣化診断プログラムによれば、温度補正式は、測定された最新の物理量に影響を与える直近の温度変化を次数の低い多項式で効率的に表現されているため、制御装置における演算量を抑制することができる。
【0078】
本発明の第15の態様に係る劣化診断プログラムは、上記した第14の態様において、前記学習期間においては、前記温度の変化に対する前記物理量の変化の遅延時間を推定し、前記遅延時間に応じて前記所定時間を設定する。
【0079】
第15の態様に係る劣化診断プログラムによれば、温度ヒステリシスの影響時間をカバーできる温度補正式を構成しつつ、温度補正式の学習における繰り返し最適化演算の収束時間を短縮させることができる。
【0080】
本発明の第16の態様に係る劣化診断プログラムは、上記した第13乃至15のいずれかの態様において、前記学習期間を複数の計算用期間に分割し、前記計算用期間ごとに前記温度補正式の学習結果を更新する。
【0081】
第16の態様に係る劣化診断プログラムによれば、温度補正式の学習における演算負荷や演算結果の送信における通信負荷を時間的に分散することができる。
【0082】
本発明の第17の態様に係る劣化診断プログラムは、上記した第16の態様において、前記計算用期間ごとに前記対応データの平均値を算出し、前記対応データと前記平均値との差分を用いて前記温度補正式を学習する。
【0083】
第17の態様に係る劣化診断プログラムによれば、測定される対応データを平均値からの差分として温度補正式の学習に使用することで、微小な数値を扱う場合であっても制御装置の演算における桁落ちのエラーを防止することができる。
【0084】
本発明の第18の態様に係る劣化診断プログラムは、上記した第13乃至17のいずれかの態様において、前記運用期間の開始から一定期間に取得される前記対応データにより前記温度補正式の学習結果を更新する。
【0085】
第18の態様に係る劣化診断プログラムによれば、運用期間に取得される対応データにより温度補正式の強化学習を行うことに、温度補正の精度をより向上させることができる。
【符号の説明】
【0086】
1 劣化診断装置
2 クラウドサーバ
3 操作端末
10 センサ部
10a 加速度センサ
10b 温度センサ
11 制御装置
12 記憶装置
13 通信部
14 電池
15 センサ用電源部
16 通信用電源部
図1
図2
図3
図4
図5