(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023062579
(43)【公開日】2023-05-08
(54)【発明の名称】電気化学測定装置及び電気化学測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/416 20060101AFI20230426BHJP
G01N 27/28 20060101ALI20230426BHJP
【FI】
G01N27/416 316Z
G01N27/28 321F
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021172632
(22)【出願日】2021-10-21
(71)【出願人】
【識別番号】592187534
【氏名又は名称】株式会社 堀場アドバンスドテクノ
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100206151
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 惇志
(74)【代理人】
【識別番号】100218187
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 治子
(72)【発明者】
【氏名】亀子 雄大
(72)【発明者】
【氏名】宮村 和宏
(57)【要約】
【課題】反応試薬を使用しないボルタンメトリー法において、結合塩素の濃度を精度よく測定することができる電気化学測定装置を提供する。
【解決手段】試料溶液に含まれる残留塩素濃度を電気化学的に測定するものであって、前記試料溶液と接するように配置されて残留塩素を検出する電極と、前記電極に印加する電圧を制御する電圧制御部とを備え、前記電圧制御部が、前記電極に結合塩素を酸化する酸化電圧を印加した後に、結合塩素を測定する測定電圧を印加する電気化学測定装置とした。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液に含まれる残留塩素濃度を電気化学的に測定する電気化学測定装置であって、
前記試料溶液と接するように配置されて残留塩素を検出する電極と、
前記電極に印加する電圧を制御する電圧制御部とを備え、
前記電圧制御部が、前記電極に結合塩素を酸化する酸化電圧を印加した後に、結合塩素を測定する測定電圧を印加することを特徴とする電気化学測定装置。
【請求項2】
前記電圧制御部が、前記電極に前記酸化電圧を印加した直後に前記測定電圧を印加するものである、請求項1記載の電気化学測定装置。
【請求項3】
前記酸化電圧が+1.0V以上+2.0V以下であり、
前記測定電圧が、-0.7V以上-0.2V以下である、請求項1又は2に記載の電気化学測定装置。
【請求項4】
前記電極が、ダイヤモンド電極、又はダイヤモンドライクカーボン電極である、請求項1~3の何れか一項に記載の電気化学測定装置。
【請求項5】
前記試料溶液を導入する導入口と前記試料溶液を導出する導出口とを有し、これら導入口と導出口との間に形成された内部流路に前記試料溶液を収容するするとともに、前記電極を、前記試料溶液に接するように前記内部流路内に収容する測定セルと、
前記測定セルに前記試料溶液を供給する試料供給流路と、
前記試料供給流路上に設けられて、前記測定セルへの前記試料溶液の流入量を制御する流量制御部とを備え、
前記流量制御部が前記測定セルへの前記試料溶液の流入量を減らした又はゼロにした後に、前記電圧制御部が前記電極に前記酸化電圧及び前記測定電圧を印加するものである、請求項1~4の何れか一項に記載の電気化学測定装置。
【請求項6】
前記電極として、作用電極と対向電極と参照電極とを備えていることを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の電気化学測定装置。
【請求項7】
試料溶液に含まれる残留塩素濃度を電気化学的に測定する方法であって、
前記試料溶液と接するように配置されて残留塩素を検出する電極に、結合塩素を酸化する酸化電圧を印加した後に、結合塩素を測定する測定電圧を印加することを特徴とする電気化学測定方法。
【請求項8】
試料溶液に触れるように配置されて前記試料溶液に含まれる残留塩素を検出する電極に対して、結合塩素を酸化する酸化電圧を印加した後に、結合塩素を測定する測定電圧を印加する電圧制御部としての機能をコンピュータに発揮させることを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学測定装置及び電気化学測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、食品を洗浄・殺菌する工程においては、殺菌が適正に行われる塩素濃度範囲に厳密にコントロールする必要がある。
そこで、食品を洗浄した洗浄液中の残留塩素濃度を精度よく測定することが求められている。
【0003】
洗浄液中に含まれる残留塩素の多くは遊離塩素(HClO又はClO-)として存在しているが、この遊離塩素のうちの極一部がアンモニア等の窒素含有化合物と反応し、クロルミン等の結合塩素として存在している。
そのため、試料溶液中の残留塩素濃度を精度よく測定するためには、洗浄液中に含まれる遊離塩素と結合塩素との合計濃度を測定する必要がある。
【0004】
しかしながら、結合塩素は遊離塩素に比べて濃度が、例えば、50ppm以下と非常に小さいために、特に、ヨウ素液等の反応試薬を使用せずに作用電極における酸化還元反応に起因する電流を測定することによって塩素濃度を測定する無試薬ボルタンメトリー法において、結合塩素の濃度を精度よく測定することは難しい。そのため、反応試薬を使用しないボルタンメトリー法による残留塩素測定においては、特許文献1に記載されているように、残留塩素として遊離塩素のみを測定しているのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、反応試薬を使用しないボルタンメトリー法において、結合塩素の濃度を精度よく測定することができる電気化学測定装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者が結合塩素を精度よく測定すべく鋭意検討を重ねた結果、結合塩素を酸化する酸化電圧を印加した後に結合塩素を測定する測定電圧を印加すると、結合塩素の濃度に依存する顕著な電流値の変化を観測することができることを見出して初めて完成したものである。
【0008】
すなわち、本発明に係る電気化学測定装置は、試料溶液に含まれる残留塩素濃度を電気化学的に測定するものであって、前記試料溶液と接するように配置されて残留塩素を検出する電極と、前記電極に印加する電圧を制御する電圧制御部とを備え、前記電圧制御部が、前記電極に結合塩素を酸化する酸化電圧を印加した後に、結合塩素を測定する測定電圧を印加することを特徴とするものである。
【0009】
このように構成した電気化学測定装置によれば、前述したように結合塩素の濃度に依存する電流値の変化を従来よりも顕著に検出することができるので、試料溶液中の結合塩素の濃度を従来よりも精度よく測定することができる。
【0010】
本発明の具体的な実施態様としては、前記酸化電圧が+1.0V以上+2.0V以下であるものを挙げることができる。また前記電圧制御部が前記電極に印加する前記測定電圧が、-0.7V以上-0.2V以下であるものを挙げることができる。
【0011】
前記電極が、ダイヤモンド電極、又はダイヤモンドライクカーボン電極であるものであれば、電圧に対する耐久性が高いので、前記酸化電圧を印加することによる電極への悪影響を小さく抑えることができるので好ましい。
【0012】
前記試料溶液を導入する導入口と前記試料溶液を導出する導出口とを有し、これら導入口と導出口との間に形成された内部流路に前記試料溶液を収容するとともに、前記電極が、前記試料溶液に接するように前記内部流路内に配置されている測定セルと、
前記測定セルに前記試料溶液を供給する流路と、前記流路上に設けられて、前記測定セルへの前記試料溶液の流入量を制御する流量制御部とを備え、前記流量制御部が前記測定セルへの前記試料溶液の流入量を減らした又はゼロにした後に、前記制御部が前記電極に前記酸化電圧及び前記測定電圧を印加するものであれば、前記酸化電圧によって酸化された結合塩素が前記電極の周囲に存在する状態で結合塩素を検出することができるので電流値の変化をより顕著に検出することができると考えられる。
【0013】
本発明は、試料溶液に含まれる残留塩素濃度を電気化学的に測定する方法であって、前記試料溶液と接するように配置されて残留塩素を検出する電極に結合塩素を酸化する酸化電圧を印加した後に、結合塩素を測定する測定電圧を印加することを特徴とする電気化学測定方法をも含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、測定対象物質と同質の電荷を有する妨害物質が含まれる試料溶液を測定する場合であっても、測定対象物質の濃度を精度よく測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態に係る電気化学測定装置全体の摸式図。
【
図2】本実施形態に係る電気化学測定装置の機能ブロック図。
【
図3】本実施形態に係る電気化学測定装置の測定セルの構造を示す模式図。
【
図4】本実施形態に係る電気化学測定装置の測定シークエンスの手順を示す模式図。
【
図5】本実施形態に係る電気化学測定装置を用いて酸化電圧を印加した後に結合塩素を測定した場合における結合塩素測定の結果を示すグラフ。
【
図6】本実施形態に係る電気化学測定装置を用いて結合塩素濃度及び測定電圧を変化させた場合の結合塩素測定の結果を示すグラフ。
【
図7】本実施形態に係る電気化学測定装置による残留塩素濃度測定の結果と比色法による残留塩素濃度測定の結果とを比較するグラフ。
【
図8】本発明の他の実施形態に係る電気化学測定装置の測定セルの構造を示す模式図。
【
図9】本発明の他の実施形態に係る電気化学測定装置の測定セルの構造を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の一実施形態に係る電気化学測定装置100について図を参照しながら説明する。
<本実施形態に係る電気化学測定装置の構成>
本実施形態に係る電気化学測定装置100は、例えば、電解質溶液である試料溶液に電圧を印加することにより試料を分析する3極式ボルタンメトリー測定を行うフローインジェクション方式の電気化学測定装置100である。その基本構成は、
図1及び
図2に示すように、内部に試料溶液が流れる試料供給流路1が形成された流通管2と、試料供給流路1内を流通する試料溶液の流量を制御する流量制御部と、試料供給流路1上に設けられたセンサ部3と、センサ部3からの信号を取り出すための測定回路4と、測定回路4により得られた電圧、電流等に基づいて試料中の成分の濃度等を算出する情報処理装置5とを備えるものである。
【0017】
このような電気化学測定装置100は、様々な用途に使用することができるが、本実施形態では、一例として、野菜などの食品を洗浄した洗浄液中に含まれる残留塩素濃度測定をするものについて説明する。
【0018】
残留塩素とは、水溶液中に含有されている全ての有効塩素のことを示している。
有効塩素とは、次亜塩素酸(HClO)、次亜塩素酸イオン(ClO-)、溶存塩素(Cl2)などの遊離塩素と、モノクロルアミン(NH2Cl)、ジクロルアミン(NHCl2)、トリクロルアミン(NCl3)などの結合塩素とからなるものである。
【0019】
試料供給流路1は、試料溶液である洗浄液が流れるメイン流路11と、メイン流路11から分岐してセンサ部3に接続されている分岐流路12とを備えている。
流量制御部は、例えば、試料供給流路1上に設けられたバルブ14又はポンプ、これらバルブ14又はポンプ等を制御するバルブ制御部53などを備えるものである。本実施形態では、前記試料供給流路1上には、メイン流路11から分岐流路12への試料等の流入を制御するバルブ14を設け、このバルブ14を開けるとメイン流路11から分岐流路12に試料などの液体が流れ、このバルブ14を閉じるとメイン流路11から分岐流路12への液体の送液が止まるようにしてある。
【0020】
センサ部3は、分岐流路12のバルブ14よりも下流側に接続されて、内部に試料溶液を収容する測定セル31と、測定セル31の内部に収容された試料と接触するように測定セル31に取り付けられた作用電極32と、参照電極33と、対向電極34とを備えている。
【0021】
作用電極32は、試料溶液に接して電圧を印加し測定対象物を検出するためのセンサ面321を備えたものであり、例えば、前記センサ面321がホウ素を高濃度に添加することにより導電性を有するボロンドープダイヤモンドで形成されたダイヤモンド電極である。
【0022】
参照電極33は、作用電極32の電位の基準となる電極であり、本実施形態では、銀/塩化銀電極を用いている。
【0023】
対向電極34は、作用電極32にある電位を設定する場合に、作用電極32に電流が支障なく流れるようにするものである。本実施形態では、作用電極32同様、ボロンドープダイヤモンド電極を用いている。
【0024】
測定セル31は、例えば、
図3に示すようなブロック状のものであり、前記試料溶液を導入する導入口311と前記試料溶液を導出する導出口312とを有し、これら導入口311と導出口312との間に形成された内部流路313に前記試料溶液を収容するものである。
【0025】
前述した作用電極32、参照電極33及び対向電極34は、それぞれが内部流路313に収容された試料溶液と接するように配置されている。特に作用電極32は、そのセンサ面321が内部流路313を流れる試料溶液の流れに対して斜め又は垂直になる姿勢で配置されている。具体的には、
図3に示すように、内部流路313が、作用電極32のセンサ面321に向かって流れる試料溶液を垂直又は垂直に近い角度でセンサ面321にぶつかるように誘導する形状のものとしてある。内部流路313をこのような形状にすることによって、作用電極32のセンサ面321にぶつかった試料溶液の流れが乱流となり、該センサ面321で発生した気泡を効率よく押し流すことができる。その結果、測定精度をより向上させることができる。
【0026】
さらに、本実施形態に係る測定セル31は、導入口311が、センサ面321よりも下側に配置されており、導出口312がセンサ面321よりも上側に配置されているので、導入口311から試料溶液とともに混入した気泡や、作用電極32のセンサ面321で発生した気泡を導出口312から測定セル31の外部へ排出しやすい。
【0027】
測定回路4は、作用電極32、参照電極33及び対向電極34に電圧を印加し、当該印加電圧における電流値を検出するものであり、例えば、ポテンショスタットを含むものである。
【0028】
情報処理装置5は、測定回路4に印加する電圧を制御する電圧制御部51と、測定回路4から出力される電圧信号及び電流信号に基づいて電流-電圧曲線を求め、この電流-電圧曲線に基づいて試料中の残留塩素の濃度を算出する算出部52と、試料供給流路1に設けられたバルブ14の開閉等を制御する流体制御部であるバルブ制御部53とを備えるものである。
【0029】
情報処理装置5の具体的な構成は、CPU、メモリ、A/Dコンバータ、D/Aコンバータ等を備えたものであり、前記メモリの所定領域に格納されたプログラムに従ってCPUや周辺機器が協働することにより電圧制御部51、算出部52、バルブ制御部53としての機能を発揮するようにしてある。また、情報処理装置5は、
図2に示すように、センサ部3から出力される電位、測定回路4によって得られた電位差又は算出部52によって算出された算出値等を記録する記録部や、これらの値を表示する表示部等を備えるものであっても良い。情報処理装置5は、前述したような値を、例えば、記録媒体などに出力する出力部をさらに備えていても良い。該出力部から出力された出力値を外部の表示部に表示させるようにしても良いし、例えば汎用のPC等に取り込ませてさらに演算処理などをさせるものとしても良い。
【0030】
<本実施形態に係る電気化学測定装置を用いた電気化学測定方法>
以上に説明したような電気化学測定装置100を用いて、試料溶液中の残留塩素濃度を測定する方法及び手順を以下に説明する。本実施形態では、野菜を洗浄するための洗浄液としてNaClO水溶液を使用した場合について説明する。
【0031】
試料溶液に含まれる測定対象物質の状態は、試料溶液のpHによって変化するが、本実施形態の場合には、NaClO水溶液を使用しているためにpHが8.0以上となっている。
【0032】
まず、前処理工程として、作用電極に-2.5~+2.0Vの電圧が掃引される。この前処理工程の具体的な手順は、例えば、以下のようなものである。
試料溶液が測定セル31内に収容されて、作用電極32のセンサ面321が試料に接触した状態で、電圧制御部51からの指令を受けた測定回路4により作用電極32に+2.0Vの電圧が1秒間印加される。
【0033】
次に、分岐流路12上に設けられたバルブ14がバルブ制御部53からの信号によって1秒間開状態にされることで、分岐流路12を通って測定セル31に試料溶液が流れ込み、測定セル31内の液置換が行われる。
バルブ14が閉じられた後、電圧制御部51からの指令を受けた測定回路4により作用電極32に-2.5Vの電圧が1秒間印加される。
分岐流路12上に設けられたバルブ14がバルブ制御部53からの信号によって1秒間開状態にされることで、分岐流路12を通って測定セル31に試料溶液が流れ込み、液置換が行われる。この液置換までが前処理工程となる。
【0034】
前述した前処理工程の後、遊離塩素(NaClO)の測定工程が開始される。測定工程は、例えば、以下のような手順で行われる。
前処理工程が終了し、再度バルブ14が閉じられて測定セル31に流れ込む試料溶液の流量がゼロになった後、電圧制御部51からの指令を受けた測定回路4により作用電極32、参照電極33及び対向電極34に+1.3Vの測定電圧が2秒間印加される。このとき作用電極32の表面で、印加電圧に応じた電気化学反応が起こり、この時に生じた電気信号が測定回路4によって検出されて算出部52に送られて解析され、試料中の遊離塩素濃度が算出される。遊離塩素の測定工程は、作用電極32、参照電極33及び対向電極34に印加される電圧が0Vに戻されることによって終了する。
【0035】
遊離塩素の測定工程が終了すると、前述した前処理工程が再度行われる。
前処理工程が終了すると、次に結合塩素の測定工程が開始される。測定工程は、例えば、以下のような手順で行われる。
【0036】
前述した前処理工程が終了し再度バルブ14が閉じられて測定セル31に流れ込む試料溶液の流量がゼロになった後、電圧制御部51からの指令を受けた測定回路4により作用電極32に結合塩素を酸化する酸化電圧(+2V、対向電極34を基準として)が5秒間印加される。直後に、作用電極32に-0.5V(対向電極34を基準として)の測定電圧が2秒間印加される。このとき作用電極32の表面で、印加電圧に応じた電気化学反応が起こり、この時に生じた電気信号が測定回路4によって検出されて算出部52に送られて解析され、試料中の結合素濃度が算出される。この結合塩素の測定工程は、作用電極32に印加される電圧が0Vに戻されることによって終了する。本実施形態においては、前処理工程が終了し再度バルブ14が閉じられたままで、前述した酸化電圧と測定電圧とが連続して印加されるため、酸化電圧を印加し始めてから測定電圧の印加が終了するまでの間は測定セル内での液置換は発生しない。
【0037】
算出部52は、濃度が既知の結合塩素を用いて作成された電気信号(例えば、電流値)と結合塩素濃度との検量線等の相関関係式を用いて、測定態様である試料溶液について検出された電気信号の値から結合塩素の濃度を算出する。
【0038】
本実施形態に係る結合塩素の測定工程おいては、電圧制御部51は、作用電極32に対して、測定電圧を印加する直前に、作用電極32に結合塩素を酸化するための酸化電圧を、例えば、5秒程度印加している。本実施形態における結合塩素の測定電圧は前述したように-0.5Vであるので、この場合の酸化電圧は様々な形態の結合塩素を条件に関らず酸化するために十分な電圧、例えば+2.0V等とすることが好ましい。
【0039】
ここで、直後とは、例えば、酸化された結合塩素が試料溶液中に均一に拡散するまでに必要な時間が経過するまでの所定時間を意味する。酸化電圧によって酸化された結合塩素が均一に拡散するまでに必要な時間は測定セル31の内部流路313の容量や測定セル31に流れ込む試料溶液の流量等によって変化すると考えられるが、本実施形態の場合には5秒以内であることが好ましく、3秒以内であることがより好ましく、1秒以内であることが特に好ましい。
【0040】
最後に、前記算出部52が、算出した遊離塩素濃度と結合塩素濃度とを合計した残留塩素濃度を算出し、前記表示部に対して出力する。
【0041】
<本実施形態の効果>
本実施形態に係る電気化学測定装置100又は電気化学測定方法によれば、結合塩素を測定する前に酸化することによって、結合塩素による電流値の変化量を従来よりも大きくすることができる。その結果、試料溶液中に含まれる結合塩素の濃度を低濃度において精度よく測定することができる。
【0042】
さらに、作用電極32及び対向電極34がボロンドープダイヤモンド電極であるので、電位窓が広く(酸化電位及び還元電位が広い)、また、他の電極材料と比較してバックグラウンド電流が低く、更に、化学的耐性、耐久性、電気伝導度、耐腐食性等にも優れるといった利点を有しているので好適である。
【0043】
前述したボロンドープダイヤモンド電極のようなダイヤモンド電極であれば、電圧に対する耐久性が高いので、他の素材の電極よりも高い電圧を印加することができ、かつ電極の交換頻度を抑えることができる。
【0044】
作用電極32、参照電極33、対向電極34を使用した3電極方式のボルタンメトリー測定を採用しているので、特別な試薬が不要であり、電位窓の影響を抑えて正確かつ容易に残留塩素濃度測定を行うことができる。
【0045】
電気化学測定装置100が、メイン流路11と分岐流路12とを備えており、分岐流路12上にセンサ部3が設けられているので、バルブ14の開閉に伴う送液の応答時間を短くすることができる。
【0046】
バルブ14が測定セル31の上流に配置されているので、バルブ14を閉めてから分岐流路12から測定セル31に流れ込む試料による測定セル31内の試料溶液の流動の流れが止まるまでの時間をより短くすることができる。
【0047】
本発明は前記実施形態に限られたものではない。
例えば、本発明に係る電気化学測定装置又は電気化学測定方法は、食品分野だけではなく、水道水、飲料水、河川や沼湖の水、工業廃水、産業廃液、実験試薬など様々な試料溶液に対して使用可能である。
【0048】
本発明に係る電気化学測定装置全体の大きさは特に限定されないが、食品工場における食品製造ラインなどの現場に簡単に設置して、その場で測定できるように、持ち運びができるサイズのものであることが好ましい。
【0049】
各流路を形成する配管や、測定セル、電極等の素材は、特に限定されないが、前述したように食品の製造工程などに組み込まれる電気化学測定装置とする場合には、食品衛生法に対応している素材を使用することが好ましい。例えば、測定用セルの素材としてポリメチルペンテン(PMP)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、ポリ塩化ビニル(PVC)などの食品衛生法の認証を得ている材料を使用することが考えられる。
【0050】
作用電極に印加される酸化電圧は、前述した範囲のものに限らず、還元反応によって検出される結合塩素を測定前に酸化することができるものであれば良い。試料溶液に含有されていることが予測される結合塩素の種類によって、適宜変更してもよい。また、物質の酸化条件は温度やpHなどの条件によっても変化することが考えられるため、結合塩素を含有する試料溶液の温度やpH等の条件にから適切な酸化電圧を選択するようにしてもよい。
【0051】
作用電極及び対向電極として、導電性ダイヤモンド電極やカーボン電極、グラッシーカーボン電極、ダイヤモンドライクカーボン電極等の炭素を含有する炭素電極を使用する場合の酸化電圧の一例としては、+1.0以上+2.0Vであることが好ましく、+1.5V以上+2.0V以下であることがより好ましく、+1.8V以上+2.0V以下であることが特に好ましい。酸化電圧の値は大きい方が好ましいが、+2.0V以下であれば水の電気分解を抑えることができるので好ましい。
【0052】
作用電極に印加される前処理時の印加電圧や測定電圧は、前述したものに限らず、試料溶液の種類や検出対象、測定環境等によって適宜変更することができる。またこれら電圧を印加する時間や液置換を行う時間の長さについても、適宜変更可能である。
前述した実施形態においては、酸化電圧を印加している間や測定電圧を印加している間、及び酸化電圧と測定電圧の間で液置換が発生しないようにしていたが、酸化電圧を印加している間や測定電圧を印加している間に液置換が起こるようにしてもよい。
酸化電圧を印加する時間は、結合塩素を十分に酸化するために、1秒以上であることが好ましく、3秒以上であることがより好ましく、5秒以上であることが特に好ましい。酸化電圧を印加する時間については、特に上限値はないが、測定の迅速化という観点から10秒以下とすることが好ましい。
【0053】
作用電極及び対向電極として、導電性ダイヤモンド電極やカーボン電極、グラッシーカーボン電極、ダイヤモンドライクカーボン電極等の炭素を含有する炭素電極を使用する場合の測定電圧は、電解質に由来する電流値変化をできるだけ抑制するために-0.7V以上であることが好ましい。より具体的には、測定電圧は、-0.7V以上-0.2V以下であることが好ましく、-0.7V以上-0.3V以下であることがより好ましく、-0.5V以上-0.3V以下であることが特に好ましい。
【0054】
前述した実施形態では、遊離塩素と結合塩素とを連続して測定する場合の測定シークエンスについて説明したが、結合塩素のみを測定したい場合には、前処理工程と結合塩素の測定工程のみを行うようにすればよい。
【0055】
電気化学測定装置は、前述したような3極式のものに限らず、2極式や4極式、6極式のものとしても良い。
【0056】
作用電極はボロンドープダイヤモンド電極に限らず、窒素、リン等の13族又は15族の元素をドープした導電性ダイヤモンド電極であっても良いし、さらにダイヤモンド電極に限らずカーボン電極、グラッシーカーボン電極、ダイヤモンドライクカーボン電極等の炭素を含有する炭素電極などや、金、白金など貴金属や、これら貴金属を含有する合金を使用した電極等であってもよい。
【0057】
参照電極は、前述した銀/塩化銀電極に限らず、例えば、標準水素電極、水銀/塩化水銀電極、水素パラジウム電極等を用いることもできる。
さらに、対向電極についても、ダイヤモンド電極に限らず、例えば炭素、ステンレス、金、銀、塩化銀、白金、SnO2等の電極を用いることができる。
【0058】
バルブは、測定セル31への試料溶液の流れを制御できれば良く、測定セル31の下流に配置されていても良いし、測定セルの上流側と下流側の両方に設けられていても良い。
【0059】
メイン流路と分岐流路を使用せず、メイン流路に測定セルを設けてバルブがメイン流路の流れを制御するようにしてもよい。
また、流体制御部が、バルブではなく、メイン流路や分岐流路に設けられたポンプを制御するものとしても良い。このようにバルブではなく、ポンプを備える場合には、流体制御部がポンプを作動させることによって試料溶液などの流体が測定セルに供給され、ポンプを停止することによって測定セルへの流体の供給が止まるようにしてもよい。
液置換時にメイン流路、分岐流路及び測定セルに流れる液体は、前述した試料溶液だけでなく、測定対象物質を含まない校正液や測定セル用洗浄液などであってもよい。
【0060】
前記バルブ制御部は、作用電極に電圧が印加されていない間にのみバルブを開状態とするものに限らず、常にバルブを開状態にしておくものとしても良いし、作用電極に所定値以上の電圧が印加されている場合における測定セルに流入する試料溶液の流量を、作用電極に前記所定値よりも小さい電圧が印加されている場合に比べて小さく制御するものとしても良い。
【0061】
前記測定セルとしては、前述したように導入口よりもセンサ面が上側にあり、さらにセンサ面よりも導出口が上側にあるものに限らず、例えば、
図8及び
図9に示すような様々な形状のものを採用することが可能である。また、測定セルに形成されている内部流路の形状についても、例えば、気泡が発生しにくい試料溶液などを測定する場合には、前述したように作用電極のセンサ面に対して試料溶液の流れが垂直又は斜めに衝突するような形状のものでなくても良い。また、前記実施形態においては、内部流路における作用電極、参照電極及び対向電極の配置順番が、導入口に近い方から参照電極、作用電極、対向電極の順に並んでいるものを記載したが、これら電極の配置順番はこれに限られず、適宜変更が可能である。また内部流路における各電極の配置場所についても、適宜変更可能である。
【0062】
なお、前述した実施形態では、電気化学測定装置がフローインジェクション方式のものである場合について説明したが、ビーカーなどにセンサ部を浸して測定するバッチ式の電気化学測定装置であってもよい。
その他、本発明の趣旨に反しない限りにおいて、種々の変形や実施形態の組合せを行ってもかまわない。
【実施例0063】
以下に本発明の実施例について説明するが、本発明は、この実施例に限定されるものではない。
【0064】
<実施例1>
前記実施形態で説明した電気化学測定装置を用いて、結合塩素の一種であるモノクロラミン水溶液を試料溶液として、モノクロラミンの検出を試みた。この実施例1では、前処理工程を行った後、バルブを閉めて測定セル内の試料溶液の流れを止めた状態で、酸化電圧である+2.0Vから測定電圧である-2.0Vまで掃引し、引き続き-2.0から+2.0Vまで掃引した。なお、スイープ速度は0.1V/secとした。結果を
図5に示す。
この実験で使用したモノクロラミン水溶液は、「次亜塩素酸ナトリウム:塩化アンモニウム」のモル濃度比が1:1.03になるようにとなるように、0.071M塩化アンモニウム水溶液を10
-4M水酸化ナトリウム水溶液で希釈した溶液と、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を10
-4M水酸化ナトリウム水溶液で希釈した溶液とを等量混合することで調整したものである。
【0065】
<比較例1-1>
また、比較例1として同じ結合塩素水溶液の結合塩素の濃度を、測定電圧を印加する直前に酸化電圧を印加しなかった以外は実施例1と同じ手順で実験を行った。結果を
図5に示す。
<比較例1-2、1-3>
比較例1-2及び1-3は、NaClO水溶液をサンプルとして実験を行ったものである。比較例1-2は実施例1と同じ手順、比較例1-3は比較例1-1と同じ手順で実権を行った。結果を
図5に示す。
【0066】
<実施例1及び各比較例についての考察>
図5に示すように、本発明に係る電気化学測定方法を用いた実施例1においては、-0.5付近に電流値のピークを検出することができた。一方で、比較例1-1、比較例1-2及び比較例1-3においては-0.5V付近に電流値のピークはほとんど観測できなかった。なお、これら実験結果は、同じ構成の異なる装置を用いた場合にも変わらなかった。
これらの結果から、前記実施形態に係る電気化学測定装置及び電気化学測定方法を用いて、結合塩素を測定する測定電圧を印加する前に酸化電圧を印加すれば、反応試薬を用いないボルタンメトリー法によって、結合塩素に由来すると思われる電流値の変化を検出できることが分かった。
【0067】
<実施例2>
次に、
図5で観察された電流値の変化が結合塩素の濃度に依存するものであるかどうかを調べた。
この実験では、前記実施形態に係る測定方法を用いて、結合塩素(モノクロラミン)の濃度を変化させた場合及び測定電圧を様々に変化させた場合について、電流値の変化を観察した。
図5で使用したサンプルと同様の手法で調整したモノクロラミン水溶液を段階ごとに希釈したものを各測定電圧において各10分ずつ測定し、10分経ったときの電流値を観測した。結果を
図6に示す。
【0068】
<実施例2についての考察>
図6の結果から、
図5で観察された電流値の変化と結合塩素の濃度との間には明らかな相関関係があることが分かった。また、
図6の結果から、測定電圧を様々に変化させた場合であっても、結合塩素濃度と電位変化との相関関係が維持されていることが分かった。これら相関関係に基づいて得た近似式は50ppm以下の範囲で近似した場合に非常に高い相関性を示し、25ppm以下において近似した場合にはさらに高い相関性を示すことが分かった。
以上の結果から、ある測定電圧における結合塩素濃度と電流値との相関関係式を求めておけば、結合塩素濃度が不明の試料溶液についての結合塩素濃度を算出することができる。
【0069】
<実施例3>
実施例3においては、実際に野菜(キャベツ又はタマネギ)を洗浄する洗浄槽からサンプリングした洗浄液の塩素濃度を、該洗浄液を前記実施形態に係る測定装置の測定セルに連続的に供給しながら行った。
実験の手順は以下のとおりである。
前記洗浄槽への水道水の供給を開始した後、洗浄槽内からサンプリングした洗浄液中の塩素濃度を20分間測定した。なお、水道水の供給は測定終了まで同じ流速で続けた。
次に、全塩素濃度が200ppm程度となるように調整した次亜塩素酸ナトリウム水溶液を洗浄槽に一定流量で供給しながら、洗浄液中の塩素濃度を20分間測定した。
続いて洗浄槽への前記次亜塩素酸ナトリウム水溶液の供給を停止し、洗浄槽に前記野菜(100g)を投入して、野菜を浸漬した状態での洗浄液中の塩素濃度を10分間測定した。なお、野菜は千切りにして、千切りにした野菜が洗浄槽中で拡散しないように水切りネットの中に100gずつ収容しておいた。
野菜を取り出して、引き続き洗浄液中の塩素濃度を20分間測定した。
測定開始時からの感度変化がないかを確認するため、前記次亜塩素酸ナトリウム水溶液を再開して、洗浄液中の塩素濃度測定を行った。
前記次亜塩素酸ナトリウム水溶液の供給を停止した後、洗浄液中の塩素濃度をさらに10分間測定を行い、測定を終了した。
結果を
図7に示す。
【0070】
<比較例3-1>
結合塩素の測定電圧を印加する前に酸化電圧を印加しない以外は実施例3と同じ手順で、実施例3と同じサンプルについて残留塩素濃度を測定した。結果を
図7に示す。
【0071】
<比較例3-2>
実施例3と同じサンプルについて、ヨウ素試薬を反応試薬として用いた吸光光度法(比色法)によって残留塩素濃度を測定した。ヨウ素試薬は遊離塩素だけでなく結合塩素とも反応するので、比色法によれば遊離塩素と結合塩素とを両方含む残留塩素濃度を測定することができる。結果を
図7に示す。
【0072】
<実施例3、比較例3-1及び比較例3-2についての考察>
図8から分かるように、比較例3-1(酸化電圧を印加しない場合)の測定結果と、比較例3-2(比色法)による測定結果との間には、誤差が生じていることが分かる。この誤差はおよそ20ppmほどの小さなものである。
一方で、本発明に係る電気化学測定装置及び測定方法を用いた実施例3においては、比較例3-2との誤差が比較例3-1よりも明らかに小さくなっていることが分かる。
この結果から、実施例3の電気化学測定装置及び電気化学測定方法によれば、酸化電圧を印加していない比較例3-1においては検出されていなかった結合塩素が精度よく検出された結果、遊離塩素及び結合塩素の合計量を測定している比色法(比較例3-2)の結果により近い残留塩素濃度を測定できたことが分かる。