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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023062640
(43)【公開日】2023-05-08
(54)【発明の名称】熱電材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H10N 10/856 20230101AFI20230426BHJP
   H10N 10/01 20230101ALI20230426BHJP
   C08G 61/12 20060101ALI20230426BHJP
【FI】
H01L35/24
H01L35/34
C08G61/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021172753
(22)【出願日】2021-10-21
(71)【出願人】
【識別番号】592254526
【氏名又は名称】学校法人五島育英会
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100208225
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 修二郎
(74)【代理人】
【識別番号】100217179
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 智史
(72)【発明者】
【氏名】藤間 卓也
(72)【発明者】
【氏名】長田 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】高木 凌
(72)【発明者】
【氏名】有松 英輝
【テーマコード(参考)】
4J032
【Fターム(参考)】
4J032BA04
4J032BB01
4J032BC32
4J032BD02
4J032CG09
(57)【要約】      (修正有)
【課題】熱起電力が向上された熱電材料及びその製造方法を提供する。
【解決手段】繊維基材と、繊維基材を構成する繊維上に付着している分子歪含有ポリチオフェン系高分子と、を含む熱電材料であって、分子歪含有ポリチオフェン高分子が、下記構成単位(I)を有し、下記構成単位(I)のCβに結合している水素原子の少なくとも一方が置換されていてもよく、かつ下記構成単位(I)が、下記の(i)及び(ii)の少なくとも1つを満たす、熱電材料:
(i)Cα-Cα結合が収縮していること、
(ii)Cα-Cβ結合が伸長していること:

【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材と、
前記繊維基材を構成する繊維上に付着している分子歪含有ポリチオフェン系高分子と、
を含む熱電材料であって、
前記分子歪含有ポリチオフェン高分子が、下記構成単位(I)を有し、
下記構成単位(I)のCβに結合している水素原子の少なくとも一方が置換されていてもよく、かつ
下記構成単位(I)が、下記の(i)及び(ii)の少なくとも1つを満たす、熱電材料:
(i)Cα-Cα結合が収縮していること、
(ii)Cα-Cβ結合が伸長していること、
【化1】
【請求項2】
下記の(i’)及び(ii’)の少なくとも1つを満たす、請求項1に記載の熱電材料:
(i’)ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークが、分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子と比較して、3.0cm-1以上の高波数側に位置していること;
(ii’)ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークが、分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子と比較して、3.0cm-1以上の低波数側に位置していること。
【請求項3】
下記の(a)又は(b)を満たす、請求項1又は2に記載の熱電材料:
(a)前記構成単位(I)において、2つのCβに結合している水素原子が、それぞれ独立して、ハロゲン原子、シアノ基、ニトロ基、水酸基、置換若しくは非置換の炭素数1~6のアルキル基、又は置換若しくは非置換の炭素数1~6のアルコキシ基で置換されていること、及び
(b)前記構成単位(I)において、2つのCβの炭素原子が、他の炭素原子、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、若しくはこれらの2種類以上の原子の組合せを介して、3員~8員環を形成していること。
【請求項4】
前記構成単位(I)が、下記構成単位(II)である、請求項1~3のいずれか一項に記載の熱電材料:
【化2】
【請求項5】
(i”)ラマン分光法よるラマンシフトにおける前記Cα-Cα結合に対応する散乱ピークが、1261.0cm-1以上であり、かつ
(ii”)ラマン分光法よるラマンシフトにおける前記Cα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークが、1538.0cm-1以下である、
請求項4に記載の熱電材料。
【請求項6】
前記分子歪含有ポリチオフェン系高分子が、パラトルエンスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、及びベンゼンスルホン酸からなる群より選択される少なくとも1つによってドープされている、請求項1~5のいずれか一項に記載の熱電材料。
【請求項7】
前記繊維基材が、フェルト、シルク、綿、及び合成繊維からなる群より選択される少なくとも一つを含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の熱電材料。
【請求項8】
熱起電力の絶対値が、100μV/K以上である、請求項1~7のいずれか一項に記載の熱電材料。
【請求項9】
下記工程を含む、請求項1~8のいずれか一項に記載の熱電材料の製造方法:
前記繊維基材を含浸している溶媒中において、下記の構造式(I’)を有する単量体を重合させて、前記分子歪含有ポリチオフェン高分子を生成すること、ここで、構造式(I’)において、Cβに結合している原子の少なくとも一方が置換されていてもよい。
【化3】
【請求項10】
前記構造式(I’)を有する単量体及び前記繊維基材を有する系に、酸化剤及び/又はドーパントを含む、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
IoTを見据えて、エネルギーハーベスティング技術が求められている中、有機熱電材料は、その屈曲性や毒性の低さから、有望な常温域熱電発電材料として期待されている。
【0003】
これまでに、ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェン(PEDOT)等のポリチオフェン系高分子をポリスチレンスルホン酸(PSS)等のドーパントと共に含有する有機熱電材料に関して、様々な研究がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、導電性高分子化合物としてPEDOTを含む多孔構造を有し、前記多孔構造における空隙の割合が60体積%以上である熱電変換材料が開示されている。
【0005】
一方で、PEDOTの導電性を利用し、PEDOTを繊維等に付着させて導電性高分子繊維を得ることも報告されている。
【0006】
例えば、特許文献2には、洗濯耐久性を向上させることができる導電性高分子導電体、及びその製造方法を提供することを目的として、導電性高分子導電体は、基材に導電性高分子が付着されたものであり、基材は、シルク、綿、及び、合成繊維のうちの少なくとも1種を含んでおり、導電性高分子は、p-トルエンスルホン酸の鉄塩を添加したポリ3,4-エチレンジオキシチオフェンであり、p-トルエンスルホン酸の鉄塩とポリ3,4-エチレンジオキシチオフェンの単量体とエタノールと水とを含む反応溶液を用いて重合させたものであることが開示されている。
【0007】
また、非特許文献1~3には、いずれもPEDOTを、ドーパントと共に、シルク、セルロース及びポリプロピレン等の不織布等に付着させた導電性繊維が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-220469号公報
【特許文献2】特開2021-028364号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Jason D. Ryan et al ”Machine-Washable PEDOT:PSS Dyed Silk Yarns for Electronic Textiles” ACS Appl. Mater. Interfaces 2017, 9, 9045-9050
【非特許文献2】Kazuhiro Kirihara et al ”Thermoelectric power generation using nonwoven fabric module impregnated with conducting polymer PEDOT:PSS ” Science Direct (2017) Volume 225, Pages 41-48
【非特許文献3】Xuefei Zhang et al ”Worm-Like PEDOT:Tos coated polypropylene fabrics via low-temperature interfacial polymerization for high-efficiency thermoelectric textile ” Science Direct (2020) Volume 149, Pages 105919
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、PEDOTのようなポリチオフェン系高分子を含む熱電材料は、熱起電力・発電効率が低く、実用にはまだ課題が多いとされてきた。特に熱起電力については、インバータによる昇圧技術を用いても、実用には至らない程度(数十μV/K)の出力しか得られないという課題があった。
【0011】
本発明は、上記の事情を改善しようとするものであり、その目的は、高い熱起電力を有する熱電材料、及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成する本発明は、以下のとおりである。
【0013】
〈態様1〉
繊維基材と、
前記繊維基材を構成する繊維上に付着している分子歪含有ポリチオフェン系高分子と、
を含む熱電材料であって、
前記分子歪含有ポリチオフェン高分子が、下記構成単位(I)を有し、
下記構成単位(I)のCβに結合している水素原子の少なくとも一方が置換されていてもよく、かつ
下記構成単位(I)が、下記の(i)及び(ii)の少なくとも1つを満たす、熱電材料:
(i)Cα-Cα結合が収縮していること、
(ii)Cα-Cβ結合が伸長していること、
【化1】
〈態様2〉
下記の(i’)及び(ii’)の少なくとも1つを満たす、態様1に記載の熱電材料:
(i’)ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークが、分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子と比較して、3.0cm-1以上の高波数側に位置していること;
(ii’)ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークが、分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子と比較して、3.0cm-1以上の低波数側に位置していること。
〈態様3〉
下記の(a)又は(b)を満たす、態様1又は2に記載の熱電材料:
(a)前記構成単位(I)において、2つのCβに結合している水素原子が、それぞれ独立して、ハロゲン原子、シアノ基、ニトロ基、水酸基、置換若しくは非置換の炭素数1~6のアルキル基、又は置換若しくは非置換の炭素数1~6のアルコキシ基で置換されていること、及び
(b)前記構成単位(I)において、2つのCβの炭素原子が、他の炭素原子、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、若しくはこれらの2種類以上の原子の組合せを介して、3員~8員環を形成していること。
〈態様4〉
前記構成単位(I)が、下記構成単位(II)である、態様1~3のいずれか一項に記載の熱電材料:
【化2】
〈態様5〉
(i”)ラマン分光法よるラマンシフトにおける前記Cα-Cα結合に対応する散乱ピークが、1261.0cm-1以上であり、かつ
(ii”)ラマン分光法よるラマンシフトにおける前記Cα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークが、1538.0cm-1以下である、
態様4に記載の熱電材料。
〈態様6〉
前記分子歪含有ポリチオフェン系高分子が、パラトルエンスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、及びベンゼンスルホン酸からなる群より選択される少なくとも1つによってドープされている、態様1~5のいずれか一項に記載の熱電材料。
〈態様7〉
前記繊維基材が、フェルト、シルク、綿、及び合成繊維からなる群より選択される少なくとも一つを含む、態様1~6のいずれか一項に記載の熱電材料。
〈態様8〉
熱起電力が100μV/K以上である、態様1~7のいずれか一項に記載の熱電材料。
〈態様9〉
下記工程を含む、態様1~8のいずれか一項に記載の熱電材料の製造方法:
前記繊維基材を含浸している溶媒中において、下記の構造式(I’)を有する単量体を重合させて、前記分子歪含有ポリチオフェン高分子を生成すること、ここで、構造式(I’)において、Cβに結合している水素原子の少なくとも一方が置換されていてもよい。
【化3】
〈態様10〉
前記構造式(I’)を有する単量体及び前記繊維基材を有する系に、酸化剤及び/又はドーパントを含む、態様9に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、熱起電力が向上された熱電材料及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、実施例1のラマン分光測定結果を示す図である。
図2図2は、比較例1のラマン分光測定結果を示す図である。
図3図3は、比較例2のラマン分光測定結果を示す図である。
図4図4は、比較例3のラマン分光測定結果を示す図である。
図5図5は、実施例1及び比較例1~3の、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークを示す図である。
図6図6は、実施例1及び比較例1~3の、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークを示す図である。
図7図7は、実施例1の分子歪含有ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェンのその分子間の歪みを示す図である。
図8図8は、実施例1及び比較例2の熱起電力の測定機構を示す断面図である。
図9図9は、比較例1及び3の熱起電力の測定機構を示す断面図である。
図10図10は、実施例1及び比較例1~3の熱起電力を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について詳述する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、発明の本旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0017】
《熱電材料》
本発明の熱電材料は、
繊維基材と、
繊維基材を構成する繊維上に付着している分子歪含有ポリチオフェン系高分子と、
を含む熱電材料であって、
分子歪含有ポリチオフェン高分子が、下記構成単位(I)を有し、
下記構成単位(I)のCβに結合している水素原子の少なくとも一方が置換されていてもよく、かつ
下記構成単位(I)が、下記の(i)及び(ii)の少なくとも1つを満たす、熱電材料である:
(i)Cα-Cα結合が収縮していること、
(ii)Cα-Cβ結合が伸長していること、
【化4】
【0018】
有機熱電材料の熱起電力を向上させるために、一般的に、例えばPEDOT等の導電性高分子の結晶性を高めることによってその電気的特性を高める方法等が考えられる。
【0019】
これに対して、本発明者は、着眼点を変え、ポリチオフェン系高分子に分子歪を積極的に導入して、その電子状態密度を変化させて、それによって熱起電力を向上させることを試みた。その結果、驚くべきことに、分子歪が導入されたポリチオフェン系高分子、すなわち、分子歪含有ポリチオフェン系高分子を用いることで、従来の有機熱電材料よりも著しく大きい熱起電力が発生できることが分かった。
【0020】
本発明において、ポリチオフェン系高分子に分子歪を導入する手段としては、例えば、ポリチオフェン系高分子の構成単位(I)に相当する単量体を、繊維基材を構成する繊維上において重合させることが挙げられる。そのメカニズムのイメージとしては、ポリチオフェン系高分子の構成単位(I)に相当する単量体が、基材の繊維に付着しながら重合されることによって、得られたポリチオフェン系高分子と繊維との相互作用が大きくなっていることが考えられる。ただし、これは本発明を限定するものではない。
【0021】
〈分子歪含有ポリチオフェン高分子〉
本発明において、分子歪含有ポリチオフェン高分子は、上述した構成単位(I)を有する。構成単位(I)は、硫黄原子、2位と5位に存在する2つの炭素原子(「Cα」)、及び3位と4位に存在する2つの炭素原子(「Cβ」)を含む。
【0022】
構成単位(I)において、Cβに結合している水素原子の少なくとも一方が置換されていてもよい。本発明において、「置換」とは、水素原子が、例えばハロゲン原子、シアノ基、ニトロ基、水酸基、置換若しくは非置換のアルキル基、又は置換若しくは非置換のアルコキシ基等の置換基で置換されていることを意味する。
【0023】
また、構成単位(I)において、(a)2つのCβに結合している水素原子が、それぞれ独立して、ハロゲン原子、シアノ基、ニトロ基、水酸基、置換若しくは非置換の炭素数1~6のアルキル基、又は置換若しくは非置換の炭素数1~6のアルコキシ基で置換されていてもよく、又は(b)2つのCβの炭素原子が、他の炭素原子、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、若しくはこれらの2種類以上の原子の組合せを介して、3員~8員環を形成していてもよい。
【0024】
本発明において、分子歪含有ポリチオフェン系高分子の「分子歪」は、その構成単位(I)が、下記の(i)及び(ii)の少なくとも1つ、特に(i)及び(ii)の両方を満たすことを意味している:
(i)Cα-Cα結合が収縮していること、
(ii)Cα-Cβ結合が伸長していること。
【0025】
なお、(ii)におけるCα-Cα結合とは、隣接する2つの構成単位(I)を連結している炭素(Cα)-炭素(Cα)結合である。また、ポリチオフェン系高分子は、その分子内の共役により、キノイド構造、ベンゾイド構造、又はそれらの混合している構造であり得る。これによって、Cα-Cα結合、Cβ-Cβ結合、及びCα-Cβ結合はそれぞれ、単結合性であってもよく、二重結合性であってもよい。例えば、ポリチオフェン系高分子がキノイド構造である場合には、Cα-Cα結合及びCβ-Cβ結合は二重結合性となり、かつそれらに隣接するCα-Cβ結合は単結合性となる。また、ポリチオフェン系高分子がベンゾイド構造である場合には、Cα-Cα結合及びCβ-Cβ結合は単結合性となり、かつそれらに隣接するCα-Cβ結合は二重結合性となる。
【0026】
また、本発明において、分子歪含有ポリチオフェン系高分子の「分子歪」は特に、その構成単位(I)が、下記の(i’)及び(ii’)の少なくとも1つ、又は(i’)及び(ii’)の両方を満たすことを意味している:
(i’)ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークが、分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子と比較して、3.0cm-1以上の高波数側に位置していること;
(ii’)ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークが、分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子と比較して、3.0cm-1以上の低波数側に位置していること。
【0027】
なお、本発明において、「分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子」とは、基材等の影響を受けない状態での、結晶性を持ったポリチオフェン高分子を意味する。
【0028】
また、上記(i’)において、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークは、分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子と比較して、より具体的には、3.0cm-1以上、4.0cm-1以上、5.0cm-1以上、6.0cm-1以上、7.0cm-1以上、8.0cm-1以上、9.0cm-1以上、又は10.0cm-1以上の高波数側に位置していてもよく、また20.0cm-1以下、又は15.0cm-1以下の高波数側に位置していてもよい。
【0029】
また、上記(ii’)において、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークは、分子歪を含まない場合の同じ分子構造式のポリチオフェン高分子と比較して、3.0cm-1以上、4.0cm-1以上、5.0cm-1以上、6.0cm-1以上、7.0cm-1以上、8.0cm-1以上、9.0cm-1以上、又は10.0cm-1以上の低波数側に位置していてもよく、また20.0cm-1以下、又は15.0cm-1以下の低波数側に位置していてもよい。
【0030】
本発明において、特に、高い熱起電力を得る観点から、構成単位(I)が、下記構成単位(II)であることが好ましい:
【化5】
【0031】
本発明において、構成単位(II)を有する分子歪含有ポリチオフェン系高分子は、例えばポリ3,4-エチレンジオキシチオフェンであってよい。
【0032】
また、本発明において、上記構成単位(II)を有する分子歪含有ポリチオフェン高分子は、
(i”)ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークは、1261.0cm-1以上であり、かつ
(ii”)ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークが、1538.0cm-1以下
であってよい。
【0033】
上記(i”)において、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークは、より具体的には、1261.0cm-1以上、1261.5cm-1以上、1262.0cm-1以上、1262.5cm-1以上、1263.0cm-1以上、1263.5cm-1以上、1264.0cm-1以上、又は1264.4以上であってよく、また、1278.0cm-1以下、又は1270.0cm-1以下であってよい。
【0034】
また、上記(ii”)において、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークは、より具体的には、1538.0cm-1以下、1537.5cm-1以下、1537.0cm-1以下、1536.5cm-1以下、1536.0cm-1以下、1535.5cm-1以下、又は1535.4cm-1以下であってよく、また1510.0cm-1以上、又は1521.0cm-1以上であってよい。
【0035】
なお、分子歪を含まない場合の上記構成単位(II)と同じ分子構造式を有するポリチオフェン高分子は、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークを、約1258.0cm-1とし、またラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークを、約1541.0cm-1とすることができる。
【0036】
〈繊維基材〉
本発明において、繊維基材は、特に限定されず、例えば、フェルト、シルク、綿、及び合成繊維からなる群より選択される少なくとも一つを含んでよい。また、合成繊維としては、例えば、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、アセテート繊維、レーヨン繊維、キュプラ繊維、アクリル繊維、ビニロン繊維、石綿繊維、ガラス繊維、及び炭素繊維等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0037】
本発明において、繊維基材の形状は、例えば、シート状、布状、又は糸状であってよい。また、布状又はシート状の場合には、織物、編み物、又は不織布のいずれでもよい。不織布は、繊維を織らずに絡み合わせたシート状のものであり、繊維を熱、機械的又は化学的な作用によって接着または絡み合わせたものである。
【0038】
〈ドープ又はドーピング〉
本発明において、分子歪含有ポリチオフェン系高分子は、ドーパントでドープされていてもよく、これによって導電性を発現することができる。
【0039】
より具体的には、本発明の分子歪含有ポリチオフェン系高分子は、例えば、パラトルエンスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、及びベンゼンスルホン酸からなる群より選択される少なくとも1つによってドープされていてもよく、また、塩化鉄(III)等の遷移金属ハロゲン化物でドープされていてもよく、また、硝酸、塩酸、又は硫酸等のプロトン酸でドープされていてもよい。これらの中で、本発明の分子歪含有ポリチオフェン系高分子は、例えば、パラトルエンスルホン酸(「PTSA」)でドープされてよい。
【0040】
〈効果〉
本発明の熱電材料の熱起電力は、従来の熱電材料の場合よりも高く、例えば100μV/K以上であり得る。より具体的には、本発明の熱電材料の熱起電力は、100μV/K以上、500μV/K以上、1000μV/K以上、1500μV/K以上、2000μV/K以上、2500μV/K以上、3000μV/K以上、又は3500μV/K以上であり得る。また、熱起電力の上限としては、特に限定されず、例えば、100mV/K以下、50mV/K以下、10mV/K以下、5mV/K以下、1mV/K以下、又は500μV/K以下であってよい。
【0041】
本発明の熱電材料は、このような高い熱起電力を有することによって、従来の有機熱電材料では困難であったインバータによる昇圧技術等との組合せも可能になり、現実的に実用可能なユビキタス電源を実現することができる。
【0042】
《熱電材料の製造方法》
本発明はまた、本発明の熱電材料の製造方法を提供する。より具体的には、本発明の方法は、下記工程を含む:
繊維基材を含浸している溶媒中において、下記の構造式(I’)を有する単量体を重合させて、本発明の分子歪含有ポリチオフェン高分子を生成すること、ここで、構造式(I’)において、Cβに結合している水素原子の少なくとも一方が置換されていてもよい。
【化6】
【0043】
なお、構造式(I’)において、2つのCβは、上述した構成単位(I)のCβの説明を参考することができるため、ここでは、説明を省略する。
【0044】
本発明の方法において、溶媒としては、特に限定されず、例えば水性溶媒であってよい。また、水性溶媒としては、例えば水が用いられるが、これには限定されない。
【0045】
本発明の方法において、構造式(I’)を有する単量体は、例えば酸化重合反応によって重合されてもよい。よって、本発明の方法は、構造式(I’)を有する単量体及び繊維基材を有する系に、酸化剤を含んでよい。酸化剤としては、酸化重合反応の触媒となりうるものであれば、特に限定されない。より具体的には、酸化剤としては、過硫酸塩系酸化剤又は鉄塩系酸化剤等が挙げられるが、これらに限定されない。更に具体的には、酸化剤としては、過硫酸ナトリウム(「SPS」)、塩化第二鉄(FeCl)、又は過硫酸アンモニウム等が挙げられるが、これらに限定されない。また、酸化剤を含む場合には、構造式(I’)を有する単量体と酸化剤とのモル比(単量体:酸化剤)は、特に限定されず、例えば1:500~1:2000の範囲、又は1:800~1:1500の範囲であってよい。
【0046】
本発明にかかる分子歪含有ポリチオフェン系高分子はドープされていてもよいことから、本発明の方法は、構造式(I’)を有する単量体及び繊維基材を有する系に、ドーパントを添加することを含んでよい。ドーパントとしては、本発明の分子歪含有ポリチオフェン系高分子をドープできるものであれば、特に限定されないが、目的の分子歪含有ポリチオフェン系高分子との相性を合わせて適宜選択してよい。例えば、分子歪含有ポリチオフェン系高分子としてポリ3,4-エチレンジオキシチオフェンを合成する場合には、ドーパントとして、PTSAを用いてよい。また、ドーパントを含むには、構造式(I’)を有する単量体とドーパントとのモル比(単量体:ドーパント)は、特に限定されず、例えば、1:100~1:200の範囲、1:120~1:160の範囲、又は1:130~1:160の範囲であってよい。
【0047】
本発明の方法は、温度について特に限定されず、例えば常温で行ってよい。ここで、「常温」とは、15~25℃の温度を指す。
【0048】
本発明の方法において、反応時間は、特に限定されず、使用する原料、反応スケール等に合わせて適宜設定してよい。一例としては、反応時間は、1時間以上、6時間以上、又は12時間以上であってよく、また、48時間以下、36時間以下、又は24時間以下であってよい。
【0049】
本発明の方法は、反応をより進行させる観点からは、攪拌操作を更に含んでよい。
【0050】
本発明の方法は、その後処理として、例えば反応後、分子歪含有ポリチオフェン系高分子が付着されている繊維基材に対して、乾燥してよい。乾燥の温度は、特に限定されず、例えば30℃以上、40℃以上、50℃以上、又は60℃以上であってよく、また100℃以下、90℃以下、80℃以下、又は70℃以下であってよい。また、乾燥の時間は、特に限定されず、例えば1時間以上、6時間以上、又は12時間以上であってよく、また24時間以下であってよい。また、乾燥の手段は、特に限定されず、例えば低温乾燥機によって行ってよい。
【0051】
本発明の方法は、In-Situ重合で行ってよく、本発明の方法によって、ワンステップで、上述した本発明の熱電材料を製造することができる。
【実施例0052】
以下に実施例を挙げて、本発明について更に詳しく説明を行うが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0053】
《実施例1》
In-Situ重合によって、繊維基材上に付着している分子歪含有ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェンを含む実施例1のサンプルを合成した。
【0054】
より具体的には、水を入れたビーカーに、水に対して添加濃度12×10-3mmol/Lの3,4-エチレンジオキシチオフェン(「EDOT」)、14mmol/LのSPS(酸化剤)及び1.9mmol/LのPTSAを添加し、40mm(横)×30mm(縦)×1.5mm(厚さ)の未処理フェルト(ポリエチレンテレフタラート繊維)を浸漬させた。そして、攪拌しながら、フェルト上においてEDOTを24時間重合させた。次に、反応後のフェルトを取り出して、低温乾燥器内にて、63℃で、ガラス容器上に静置させ、12時間乾燥を行った。
【0055】
《比較例1》
実施例1の操作において、基材としてフェルトの代わりにガラスを用いて、比較例1のサンプルを作成した。
【0056】
《比較例2》
市販のPEDOT/PSSの分散液中に、実施例1の未処理のフェルトと同じものを浸漬させて、乾燥して、比較例2のサンプルを作成した。
【0057】
《比較例3》
市販のPEDOT/PSSの分散液を、ガラスに滴下して、ガラスにスピンをかけることによって、膜を形成した。そして乾燥して、比較例3のサンプルを作成した。
【0058】
〈評価〉
(ラマン分光法によるラマン散乱測定)
実施例1及び比較例1~3のサンプルに対して、ラマン散乱測定を行い、それぞれ結果を図1図4に示す。また、それぞれのサンプルに関して、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合及びCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークを、ピーク分離を行い、比較した。Cα-Cα結合に対応する散乱ピークの比較結果は、図5に、また、Cα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークの比較結果は、図6に示す。
【0059】
また、実施例1及び比較例1~3のサンプルの、ぞれぞれの、ラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合及びCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークの値は、以下の表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
表1並びに図5及び6から明らかであるように、実施例1のサンプルは、分子内の特定の結合が、比較例1~3のサンプルと比較して、大きく歪んでいることが分かった。
【0062】
なお、表1における「基準」は、分子歪を含まない場合のポリ3,4-エチレンジオキシチオフェン高分子であり、この「基準」のラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cα結合に対応する散乱ピークは、約1258.0cm-1とし、かつこの「基準」のラマン分光法よるラマンシフトにおけるCα-Cβ結合の非対称振動に対応する散乱ピークは、約1541.0cm-1とした。
【0063】
また、実施例1で合成された分子歪含有ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェンの一部構造(ベンゾイド構造の3量体)を例として、その分子間の態様をより明確に表示する構造式を図7に示す。
【0064】
(熱起電力の測定1)
実施例1及び比較例2で作成したサンプルを図8に示す測定機構の断面図のように設定し、熱起電力を測定した。また、比較例1及び3で作成したサンプルを図9に示す測定機構の断面図のように設定し、熱起電力を測定した。なお、それらの結果を比較した図を図10に示す。
【0065】
実施例1及び比較例2で測定は、各電極を加熱・冷却することによって、サンプルの表裏に温度差を付与することによって行われた。また、比較例1及び3の測定は、ペルチェ素子を低温及び高温に制御することによって、サンプルの面内に温度差を付与することによって行われた。
【0066】
その結果、実施例1及び比較例1~3のサンプルのそれぞれのゼーベック係数は、下記表2に示す。
【0067】
【表2】
【0068】
このように、実施例1の熱電材料のサンプルは、比較例1~3のサンプルに比べて熱起電力が遥かに高いことが分かった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10