(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023063448
(43)【公開日】2023-05-09
(54)【発明の名称】細胞の有する二本鎖DNAの標的部位を改変する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20230427BHJP
C12N 1/15 20060101ALN20230427BHJP
C12N 1/19 20060101ALN20230427BHJP
C12N 1/21 20060101ALN20230427BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20230427BHJP
C12N 9/24 20060101ALN20230427BHJP
C12N 9/78 20060101ALN20230427BHJP
【FI】
C12N15/09 100
C12N1/15 ZNA
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12N9/24
C12N9/78
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023039794
(22)【出願日】2023-03-14
(62)【分割の表示】P 2020110705の分割
【原出願日】2019-03-26
(31)【優先権主張番号】P 2018059073
(32)【優先日】2018-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100118371
【弁理士】
【氏名又は名称】▲駒▼谷 剛志
(74)【代理人】
【識別番号】100181674
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 貴敏
(74)【代理人】
【識別番号】100181641
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】230113332
【弁護士】
【氏名又は名称】山本 健策
(72)【発明者】
【氏名】西田 敬二
(57)【要約】
【課題】細胞の有する二本鎖DNAの標的部位を改変する方法の提供。
【解決手段】本発明は、細胞の有する二本鎖DNAの標的部位を改変する方法であって、選択された二本鎖DNA中の標的ヌクレオチド配列と特異的に結合する核酸配列認識モジュールと、核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼとが結合した複合体、及び挿入配列を含むドナーDNAを該二本鎖DNAと接触させ、該標的部位において該二本鎖DNAの少なくとも一方の鎖を切断することなく、該標的部位を該挿入配列に置換する、又は該標的部位に該挿入配列を挿入する工程を含む、方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
本明細書に記載の発明。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNAの二重鎖切断を伴わず(無切断もしくは一本鎖切断で)、相同組換えを用いて細胞の有する二本鎖DNAの特定領域内の標的部位の改変を可能とする、二本鎖DNAの改変方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeats)及びCRISPR関連(CRISPR-associated;Cas)タンパク質は、単一のガイドRNA(sgRNA)及びプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)に依存的な様式で標的DNAを切断することで、細菌の適応免疫系として働くことが知られている。ストレプトコッカス・ピオゲネス(Streptococcuspyogenes)由来のCas9ヌクレアーゼは、DNA二重鎖切断(DSB)の修復経路を有する真核生物において、強力なゲノム編集ツールとして広く使用されている(例えば、非特許文献1、2)。非相同末端結合(NHEJ)経路によるDSBの修復中に、標的DNAに小さな挿入及び/又は欠失(indels)が導入され、部位特異的な変異又は遺伝子破壊が生じる。効率は宿主細胞に依存するものの、より正確な編集のために、標的領域に対するホモロジーアームを含むドナーDNAを提供することにより、相同組換え修復(HDR)を促進することができる。しかしながら、上記従来の方法では、二本鎖DNAの切断に伴い、想定外のゲノム改変を伴うため、強い細胞毒性や染色体の転位などの副作用があり、遺伝子治療における信頼性を損なったり、ヌクレオチド改変による生存細胞数が極めて少ないなどといった共通の課題がある。また、Cas9ニッカーゼ(nCas9)を用いた相同組換えも報告されているが(非特許文献1、2)、組換え誘導効率はCas9ヌクレアーゼと比較して非常に低い場合も多い(非特許文献3)。また、本発明者が知る限り、両方のヌクレアーゼ活性が不活化したCas9(dCas9)を用いた相同組換えは報告されていない。
【0003】
最近、標的領域に対するホモロジーアームを含むドナーDNAを使用せずに、標的遺伝子座でヌクレオチドを直接編集する、デアミナーゼに媒介される標的塩基編集が実証されている(例えば、特許文献1、非特許文献4~6)。この技術は、ヌクレアーゼに媒介されるDNA切断の代わりに、DNA脱アミノ化を利用するため、細胞に対する毒性が低く、またピンポイントに変異を導入することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Mali, P. et al., Science 339:823-827 (2013)
【非特許文献2】Cong, L. et al., Science 339:819-823 (2013)
【非特許文献3】Ran, F.A. et al., Nat Protoc, 8:2281-2308 (2013)
【非特許文献4】Komor, A. C. et al., Nature 61:5985-91 (2016)
【非特許文献5】Nishida, K. et al., Science 102:553-563 (2016)
【非特許文献6】Ma, Y. et al., Nat. Methods 1-9 (2016) doi:10.1038/nmeth.4027
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、この技術は、デアミナーゼを用いることから、導入できる変異のタイプや変異部位に制約が生じ、また、遺伝子の向きや組み合わせをスイッチさせたり、遺伝子断片をノックインさせることなどは不可能であった。従って、本発明の課題は、導入できる変異のタイプや変異部位に制約されずに、遺伝子の向きや組み合わせをスイッチさせたり、遺伝子断片をノックインさせることが可能な、デアミナーゼなどの核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼを用いた新規なDNA改変技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
分裂する細胞にとって、特に重大なDNA損傷の様式は、DNA二本鎖の両方の鎖が切断されてしまう障害であり、この障害を修復する機構として、相同組換え及び非相同末端再結合が知られている。一方で、DNA二本鎖の片方の鎖の損傷の場合には、主に、アルキル化や脱アミノ化による損傷を修復する機構である塩基除去修復や、数十塩基対に及ぶ比較的大規模な、二重鎖を歪ませるような損傷に対し行われる修復機構であるヌクレオチド除去修復(nucleotide excision repair: NER)により修復が行われる。割合等は検証されていないものの、DNA二本鎖の片方の鎖が損傷した場合にも、相補鎖修復を誘導することも知られている。
【0008】
しかしながら、塩基除去修復に対する相補鎖修復の活性の度合いは十分に検証されておらず、塩基除去修復を利用した、相同組換えによるDNAの編集は積極的に行われてこなかった。本発明者の知る限り、このようなDNA編集の報告はない。そのような状況の下、本発明者は、核酸塩基変換酵素を用いて細胞内のDNAに脱アミノ化や脱塩基を引き起こすことで、相補鎖修復を誘導することができ、この際にドナーDNAを該DNAと接触させることで、相同組換えを用いたDNAの組換を行えるのではないかとの着想を得た。その着想に基づき研究を進めた結果、核酸配列認識モジュールと、核酸塩基変換酵素とが結合した複合体、及び挿入配列を含むドナーDNAを標的のDNAに接触させることで、細胞への毒性を抑制しつつDNAの相同組換えが可能であること、しかも好ましい実施態様において、驚くべきことに、標的部位において100%に近い相同組換え活性が生じることを見出した。本発明者は、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の通りである。
[1] 細胞の有する二本鎖DNAの標的部位を改変する方法であって、選択された二本鎖DNA中の標的ヌクレオチド配列と特異的に結合する核酸配列認識モジュールと、核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼとが結合した複合体、及び挿入配列を含むドナーDNAを該二本鎖DNAと接触させ、該標的部位において該二本鎖DNAの少なくとも一方の鎖を切断することなく、該標的部位を該挿入配列に置換する、又は該標的部位に該挿入配列を挿入する工程を含む、方法。
[2] 前記ドナーDNAが、標的部位の隣接領域に相同な配列を含む、[1]に記載の方法。
[3] 前記核酸配列認識モジュールが、Casエフェクタータンパク質の少なくとも1つのDNA切断能が失活したCRISPR-Casシステム、ジンクフィンガーモチーフ、TALエフェクター及びPPRモチーフからなる群より選択される、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 前記核酸配列認識モジュールが、Casエフェクタータンパク質の2つのDNA切断能のうちの一方のみのDNA切断能が失活したCRISPR-Casシステムである、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記核酸配列認識モジュールが、Casエフェクタータンパク質の両方のDNA切断能が失活したCRISPR-Casシステムである、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[6] 前記核酸塩基変換酵素がデアミナーゼである、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 前記デアミナーゼがシチジンデアミナーゼである、[6]に記載の方法。
[8] 前記シチジンデアミナーゼがPmCDA1である、[7]に記載の方法。
[9] 二本鎖DNAと複合体との接触が、該細胞への、該複合体をコードする核酸の導入により行われる、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10] 前記細胞が原核生物細胞又は真核生物細胞である、[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11] 前記細胞が微生物細胞である、[10]に記載の方法。
[12] 前記細胞が植物細胞、昆虫細胞又は動物細胞である、[10]に記載の方法。[13] 前記動物細胞が脊椎動物細胞である、[12]に記載の方法。
[14] 前記脊椎動物細胞が哺乳類動物細胞である、[13]に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、導入できる変異のタイプや変異部位に制約されずに、遺伝子の向きや組み合わせをスイッチさせたり、遺伝子断片をノックインさせたりすることが可能な、デアミナーゼなどの核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼを用いた新規なDNA改変技術が提供される。本発明のDNA改変技術は、二本鎖DNAを切断することなく標的部位を改変できるため、切断に伴う想定外の再編成や毒性が低く抑えられ、しかも従来の手法と比べて、はるかに効率良く標的部位を改変し得る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、相補鎖修飾によるゲノム改変のメカニズムの概略図を示す。核酸配列認識モジュールと、核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼとが結合した複合体と、組み換え用のドナーDNAとを細胞に導入することで、挿入配列の高効率なノックインが可能となる。
【
図2】
図2は、dCas9-CDA又はnCas9-CDAと、ドナーDNAとを用いて、標的部位の変異を導入できたことを示す。ベクター1525:pRS415_dCas9-CDA+CAN(mut); ベクター1526: pRS415_nCas9-CDA+CAN(mut);ベクター1059:pRS426_SNR52-Can7R-sgRNA; ベクター1149: pRS426_SNR52-Can10R-sgRNA
【
図3】
図3は、Ade1とAde1のプロモーター領域の間にあらかじめマーカースイッチを導入した出芽酵母(BY4741株)を用いた、組み換えの評価系を示す。マーカースイッチが相同領域で組み換えにより反転すると、Ade1の機能が回復し、コロニーの色が赤から白へと変化する。
【
図4】
図4は、
図3の組み換えの評価系を用いた、組み換えの反応の実証実験の結果を示す。プラスミドベクター(以下「ベクター」と略記する場合がある)1553:nCas9-CDA_UraAde target 2 (標的ヌクレオチド配列:cctttagcggcttaactgtg(配列番号9)); ベクター1557:nCas9-CDA_UraAde target 6 (標的ヌクレオチド配列:ggcccaggtattgttagcgg(配列番号10))、ベクター1559:nCas9-CDA_UraAdetarget 8 (標的ヌクレオチド配列:ttggcggataatgcctttag (配列番号11));ベクター1560: nCas9-CDA_UraAdetarget 9 (標的ヌクレオチド配列:tgcagttgggttaagaatac(配列番号12))、ベクター1562: nCas9-CDA_UraAdetarget 11 (標的ヌクレオチド配列:gctaacatcaaaaggcctct(配列番号13));ベクター1565: dCas9-CDA_UraAdetarget 3 (標的ヌクレオチド配列:ttggcggataatgcctttag(配列番号14))。上記ベクター(1553、1557、1559、1560、1562、1565)は、ベクター1059(配列番号5)の配列の3890番~3909番の塩基配列を上記各標的ヌクレオチド配列に置換したベクターに相当する。また、ベクター番号の下2桁は、
図4の標的部位の数字に対応する。
【
図5】
図5は、本発明のDNA改変方法を用いた、ノックイン又はノックアウト方法の模式図を示す。
【
図6】
図6は、
図5の方法を用いた、ノックイン又はノックアウトの実証実験の結果を示す。
【
図7】
図7は、実施例5で行った、動物細胞を用いた組み換えの評価系の概略図及び実験条件を示す。
【
図8】
図8は、
図7の組み換えの評価系を用いた、組み換えの反応の実証実験の結果を示す。グラフの横軸は相同組換え率(%)を示す。
【
図9】
図9は、実施例6で行った、動物細胞を用いた組み換えの評価系の概略図及び実験条件を示す。
【
図10】
図10は、
図9の組み換えの評価系を用いた、組み換えの反応の実証実験の結果を示す。グラフの縦軸は相同組換え率(%)を示す。
【
図11】
図11は、実施例7で行った、動物細胞を用いた組み換えの評価系の概略図及び実験条件を示す。
【
図12】
図12は、
図11の組み換えの評価系を用いた、組み換えの反応の実証実験の結果を示す。グラフの横軸は相同組換え率(%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、改変しようとする二本鎖DNA(例えば、染色体DNA、ミトコンドリアDNA、葉緑体DNA;以下、これらを包括して「ゲノムDNA」ともいう)の少なくとも一方の鎖を切断することなく、該二本鎖DNA中の標的部位を外来のドナーDNAに含まれる挿入配列に置換すること、あるいは、該標的部位に該挿入配列を挿入することにより、該二本鎖DNAの該標的部位を改変する方法(以下「本発明の方法」と略記する場合がある)を提供する。当該方法は、該二本鎖DNA中の標的ヌクレオチド配列と特異的に結合する核酸配列認識モジュールと、核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼ(以下「核酸塩基変換酵素等」と略記する場合がある)とが結合した複合体、及び挿入配列を含むドナーDNAを該二本鎖DNAと接触させる工程を含むことを特徴とする。
【0013】
本発明において、二本鎖DNAの「改変」とは、DNA鎖上のあるヌクレオチド(例えば、dA、dC、dG又はdT)又はヌクレオチド配列が、他のヌクレオチド又はヌクレオチド配列に置換されること、あるいはDNA鎖上のあるヌクレオチド間に他のヌクレオチドもしくはヌクレオチド配列が挿入されることを意味する。ここで、改変される二本鎖DNAは特に制限されないが、好ましくはゲノムDNAである。
【0014】
本発明において「ドナーDNA」とは、外来の挿入配列を含むDNAを意味し、ドナーDNAには通常、標的部位に隣接する、標的部位の上流側及び下流側2か所の領域(以下「隣接領域」ともいう)の配列と相同な2種類の配列(以下「ホモロジーアーム」ともいう)を含む。各ホモロジーアームを区別する場合には、「5’ホモロジーアーム」と「3’ホモロジーアーム」とで区別することがある。また、二本鎖DNAの「標的部位」とは、ドナーDNAに含まれる挿入配列で置換されることとなる領域、あるいは該挿入配列が挿入されることとなるヌクレオチド間を意味し、該標的部位には、前記隣接配列は含まれない。
【0015】
標的部位の隣接領域と相同な配列とは、完全に同一な配列だけでなく、細胞内で相同組換えが起こり得る限り、完全に同一な配列に対して、好ましくは80%以上(例:85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)の同一性を有する配列であってもよい。
【0016】
挿入配列には、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例:カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、赤色蛍光タンパク質、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、細胞の選別等が終了した後などに、これらの遺伝子を切除できるように、それらの前後にLoxP配列、FRT配列又はトランスポゾン特異性末端逆位配列(PiggyBacTerminal Repeat)を有してもよい。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる(Kaji,K. et al., Nature, 458: 771-775 (2009)、Woltjen et al., Nature, 458: 766-770(2009) 、WO 2010/012077)。あるいは、Oji A et al., Sci Rep, 6: 31666 (2016)などに記載されるように、上記薬剤耐性遺伝子を含む発現ベクターを共導入し、一過的な(数日程度の)薬剤選抜を行ってもよい。挿入配列が標的部位に挿入されていることや、標的部位と置換されているかは、配列を解読するほか、細胞から分離抽出した染色体DNAをサザンハイブリダイゼーションまたはPCR法によりスクリーニングすることなどにより確認することができ、ドナーDNAに上記薬剤耐性遺伝子等が存在する場合には、それらの発現を指標として確認することもできる。
【0017】
ドナーDNAは、直鎖状(例:合成二本鎖DNA)であってもよく、環状(例:プラスミドDNA)であってもよく、また、一本鎖DNA(例:一本鎖オリゴデオキシヌクレオチド(ssODN))であってもよく、二本鎖DNAであってもよい。ドナーDNAは、挿入配列の塩基長や、宿主細胞の相同組換え活性等により、適宜設計することができる。例えば、挿入配列として100塩基長以下の場合、通常はssODN又は合成二本鎖DNAが用いられ、それより長い場合、通常は合成二本鎖DNA又はプラスミドDNAが用いられる。ドナーDNAの長さも特に制限はなく、挿入配列の長さなどにより適宜設計することができる。挿入配列の長さは、特に制限はなく、通常は1塩基長~数万塩基長の範囲(例えば、ssODNの場合には、100塩基長以下(例:70塩基以下、50塩基以下))で目的に応じて適宜設計することができる。また、各ホモロジーアームの長さも特に制限はなく、ドナーDNAがssODNの場合、通常は10塩基長~150塩基長のものが用いられ、ドナーDNAが合成二本鎖DNAの場合、通常は10~5000塩基長のものが用いられ、ドナーDNAがプラスミドDNAの場合、通常は100塩基長~5000塩基長、好ましくは500塩基長~1000塩基長のものが用いられる。これらのドナーDNAは、公知文献(例:OchiaiH, Int J Mol Sci, 16:21128-21137 (2015)、Hockemeyer D et al., Nat Biotefchnol,27:851-857 (2009))を参酌して設計することができる。
【0018】
本発明において「核酸配列認識モジュール」とは、DNA鎖上の特定のヌクレオチド配列(即ち、標的ヌクレオチド配列)を特異的に認識して結合する能力を有する分子又は分子複合体を意味する。核酸配列認識モジュールが標的ヌクレオチド配列に結合することにより、該モジュールに連結された核酸塩基変換酵素等が、二本鎖DNAの核酸塩基変換酵素等が標的とする部位(即ち、標的ヌクレオチド配列及びその近傍のヌクレオチド)に特異的に作用することを可能にする。
【0019】
後述の実施例に示す通り、核酸塩基変換酵素と、核酸配列認識モジュールとの複合体及びドナーDNAを細胞に導入することで、標的部位が改変できることを実証している。いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、該方法による標的部位の改変のメカニズムとしては、以下のように推察される。該核酸塩基変換酵素が標的とする部位に存在する塩基を他の塩基に変換し、DNAグリコシラーゼによりこの変換した塩基が除去され、脱塩基反応の結果生じた塩基の無い部位(apurinic/apyrimidic(AP) site)は、APエンドヌクレアーゼ、DNAポリメラーゼ、DNAリガーゼ等の塩基除去修復(base excision repair:BER)経路の下流の酵素によって処理される。一方で、BERが完了せず異常なヌクレオチドやミスマッチ構造が存在することにより、相補鎖修復経路も活性化され、標的部位と、ドナーDNAに含まれる領域とで相同組換えが起こり、標的部位の改変が生じたと考えられる。従って、DNAグリコシラーゼ用いた場合であっても、該酵素が標的とする部位で脱塩基を生じさせることにより、同様の改変が生じると推察されるため、核酸塩基変換酵素だけでなく、DNAグリコシラーゼも本発明の方法に適用し得る。
【0020】
本発明において「核酸塩基変換酵素」とは、DNA塩基のプリン又はピリミジン環上の置換基を他の基又は原子に変換する反応を触媒することにより、DNA鎖を切断することなく、標的のヌクレオチドを他のヌクレオチドに変換し得る酵素を意味する。
【0021】
本発明において「DNAグリコシラーゼ」とは、DNAのN-グリコシド結合を加水分解する酵素を意味する。DNAグリコシラーゼは、本来BERにおいて傷害のある塩基をDNAから除去する役割を担うが、本発明においては、DNA中の正常な塩基(即ち、dC、dT、dA又はdG、あるいはそれらがエピジェネティック修飾を受けたもの)に作用し得るものが好ましい。本来は正常な塩基とは反応しないか、反応性が低いが、変異により正常な塩基に対する反応性を獲得、もしくは反応性が向上した変異DNAグリコシラーゼも、本発明におけるDNAグリコシラーゼに包含され、好ましく使用され得る。該酵素による脱塩基反応の結果生じた塩基の無い部位(apurinic/apyrimidic(AP) site)は、APエンドヌクレアーゼ、DNAポリメラーゼ、DNAリガーゼ等のBER経路の下流の酵素によって処理される。
また、「ひずみのない二重らせん構造のDNAへの反応性が十分に低い」とは、細胞の生存に影響を与えない程度に細胞毒性が抑えられる頻度でしか、ひずみのない二重らせん構造のDNAを形成する領域内での脱塩基反応を起こさないことを意味する。ここで「ひずみのない二重らせん構造のDNA」とは、強固な二重らせん構造を形成した状態にあること(即ち、unrelaxeddouble-helical DNA(又は単にunrelaxed DNAともいう))を意味し、対形成する塩基同士が完全に解離した一本鎖DNAの状態のみならず、塩基対は形成しているものの二重らせん構造がほどけた緩んだ二本鎖(relaxeddouble-stranded DNA)の状態のものも含まれない。ひずみのない二重らせん構造のDNAへの反応性が十分に低いDNAグリコシラーゼとしては、生来的にひずみのない二重らせん構造のDNAに対する反応性が十分に低いDNAグリコシラーゼや、野生型に比べてひずみのない二重らせん構造のDNAに対する反応性を低下させる変異が導入された変異DNAグリコシラーゼ等が挙げられる。さらに、2つの断片に分断されたDNAグリコシラーゼであって、それぞれの断片が2つに分断された核酸配列認識モジュールのいずれか一方と結合して2つの複合体を形成し、両複合体がリフォールディングすると該核酸配列認識モジュールは標的ヌクレオチド配列と特異的に結合することができ、該特異的な結合によって該DNAグリコシラーゼが脱塩基反応を触媒することが可能となるようにデザインされたスプリット酵素であるDNAグリコシラーゼも、本発明における「ひずみのない二重らせん構造のDNAへの反応性が十分に低いDNAグリコシラーゼ」に包含される。
【0022】
本発明において「核酸改変酵素複合体」とは、上記核酸配列認識モジュールと核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼとが連結された複合体を含んでなる、特定のヌクレオチド配列認識能が付与された核酸塩基変換反応又は脱塩基反応の触媒機能を有する分子複合体を意味する。ここで「複合体」は複数の分子で構成されるものだけでなく、融合タンパク質のように、核酸配列認識モジュールと核酸塩基変換酵素等とを単一の分子内に有するものも包含される。
【0023】
本発明に用いられる核酸塩基変換酵素は、上記反応を触媒し得るものであれば特に制限はなく、例えば、アミノ基をカルボニル基に変換する脱アミノ化反応を触媒する、核酸/ヌクレオチドデアミナーゼスーパーファミリーに属するデアミナーゼが挙げられる。好ましくは、シトシン又は5-メチルシトシンをそれぞれウラシル又はチミンに変換し得るシチジンデアミナーゼ、アデニンをヒポキサンチンに変換し得るアデノシンデアミナーゼ、グアニンをキサンチンに変換し得るグアノシンデアミナーゼ等が挙げられる。シチジンデアミナーゼとして、より好ましくは、脊椎動物の獲得免疫においてイムノグロブリン遺伝子に変異を導入する酵素である活性化誘導シチジンデアミナーゼ(以下、AIDともいう)などが挙げられる。
【0024】
核酸塩基変換酵素の由来は特に制限されないが、例えば、ヤツメウナギ由来のPmCDA1(Petromyzon marinus cytosinedeaminase 1)、哺乳動物(例、ヒト、ブタ、ウシ、ウマ、サル等)由来のAID(Activation-induced cytidinedeaminase; AICDA)を用いることができる。例えば、PmCDA1のcDNAの塩基配列及びアミノ酸配列は、GenBank accession No.EF094822及びABO15149を、ヒトAIDのcDNAの塩基配列及びアミノ酸配列はGenBank accession No. NM_020661及びNP_065712を、それぞれ参照することができる。酵素活性の観点からは、PmCDA1が好ましい。
【0025】
本発明に用いられるDNAグリコシラーゼは、DNAのN-グリコシド結合を加水分解して塩基を脱離させる反応を触媒し得るものであれば特に制限はないが、ゲノム編集技術としての汎用性を高める意味で、正常な塩基(即ち、dC、dT、dA又はdG、あるいはそれらがエピジェネティック修飾を受けたもの、例えば、5-メチルシトシン等)に作用し得るものが好ましい。そのような酵素として、例えば、シトシンを脱離する反応を触媒するCDG活性を有する酵素、チミンを脱離する反応を触媒するTDG活性を有する酵素、5-メチルシトシンを脱離する反応を触媒する活性(5-mCDG活性)を有する酵素等が挙げられ、具体的には、チミンDNAグリコシラーゼ、オキソグアニングルコシラーゼ、アルキルアデニンDNAグリコシラーゼ(例:酵母3-メチルアデニン-DNAグリコシラーゼ(MAG1)等)などが挙げられる。本発明者は以前、DNAグリコシラーゼに、ひずみのない二重らせん構造のDNA(unrelaxedDNA)への反応性が十分に低いDNAグリコシラーゼを用いることで、細胞毒性を低減し、効率よく標的配列を改変できることを報告している(国際公開第2016/072399号)。従って、DNAグリコシラーゼとして、ひずみのない二重らせん構造のDNAへの反応性が十分に低いDNAグリコシラーゼを用いることが好ましい。かかるDNAグリコシラーゼとしては、国際公開第2016/072399号に記載された、シトシン-DNAグリコシラーゼ(CDG)活性及び/又はチミン-DNAグリコシラーゼ(TDG)活性を有するUNG(ウラシル-DNAグリコシラーゼ)の変異体、ワクシニアウイルス由来のUDG変異体が挙げられる。
【0026】
前記UNGの変異体の具体例としては、酵母UNG1のN222D/L304A二重変異体、N222D/R308E二重変異体、N222D/R308C二重変異体、Y164A/L304A二重変異体、Y164A/R308E二重変異体、Y164A/R308C二重変異体、Y164G/ L304A二重変異体、Y164G/R308E二重変異体、Y164G/R308C二重変異体、N222D/Y164A/L304A三重変異体、N222D/Y164A/R308E三重変異体、N222D/Y164A/R308C三重変異体、N222D/Y164G/L304A三重変異体、N222D/Y164G/R308E三重変異体、N222D/Y164G/R308C三重変異体などが挙げられる。酵母UNG1に代えて別のUNGを用いる場合は、上記各変異体に対応するアミノ酸に、同様の変異が導入された変異体を用いればよい。例えば、TDG活性能を付与する変異である、酵母UNG1のY164A又はY164G変異に対応する大腸菌のUNGの変異としては、Y66A又はY66Gが、ヒトのUNGの変異としては、Y147A又はY147Gが挙げられる。CDG活性能を付与する変異である、酵母UNG1のN222D変異に対応する大腸菌のUNGの変異としては、N123Dが、ヒトのUNGの変異としては、N204Dが挙げられる。ひずみのない二重らせん構造へのDNAへの反応性が低下する、酵母UNG1のL304A、R308E又はR308C変異に対応する大腸菌のUNGの変異としては、L191A、R195E又はR195Cが、ヒトのUNGの変異としては、L272A、R276E又はR276Cが挙げられる。ワクシニアウイルス由来のUDG変異体としては、N120D変異体(CDG活性能が付与される)、Y70G変異体(TDG活性能が付与される)、Y70A変異体(TDG活性能が付与される)、N120D/Y70G二重変異体、N120D/Y70A二重変異体などが挙げられる。あるいは、2つの断片に分断されたDNAグリコシラーゼであって、それぞれの断片が2つに分断された核酸配列認識モジュールのいずれか一方と結合して2つの複合体を形成し、両複合体がリフォールディングすると該核酸配列認識モジュールは標的ヌクレオチド配列と特異的に結合することができ、該特異的な結合によって該DNAグリコシラーゼが脱塩基反応を触媒することが可能となるようにデザインされたスプリット酵素であってもよい。スプリット酵素は、例えば、国際公開第2016/072399号、NatBiotechnol. 33(2): 139-142 (2015)、PNAS 112(10): 2984-2989 (2015)の記載を参酌して設計及び作製することができる。
【0027】
UNGの由来は特に制限されないが、例えば、大腸菌由来のung(Varshney, U. et al. (1988) J. Biol. Chem., 263,7776-7784)、酵母、哺乳動物(例、ヒト、マウス、ブタ、ウシ、ウマ、サル等)など由来のUNG1又はUNG2、あるいはウイルス(例、ポックスウイルス科(ワクシニアウイルス等)、ヘルペスウイルス科など)由来のUDGを用いることができる。
【0028】
本発明の核酸改変酵素複合体の核酸配列認識モジュールにより認識される、二本鎖DNA中の標的ヌクレオチド配列は、該モジュールが特異的に結合し得る限り特に制限されず、二本鎖DNA中の任意の配列であってよい。標的ヌクレオチド配列の長さは、核酸配列認識モジュールが特異的に結合するのに十分であればよく、例えば、哺乳動物のゲノムDNA中の特定の部位に変異を導入する場合、そのゲノムサイズに応じて、12ヌクレオチド以上、好ましくは15ヌクレオチド以上、より好ましくは17ヌクレオチド以上である。長さの上限は特に制限されないが、好ましくは25ヌクレオチド以下、より好ましくは22ヌクレオチド以下である。後述の実施例で示す通り、標的ヌクレオチド配列が標的部位、ホモロジーアームと相同な配列、及びホモロジーアームと相同な配列を一部含む領域に存在する実験系のいずれにおいても、高い改変効率が実証されたため、標的ヌクレオチド配列は、標的部位に存在してもよく、ホモロジーアームと相同な配列の少なくとも一部の領域に存在してもよく、ホモロジーアームと相同な配列の近傍領域に存在してもよい。
【0029】
本発明の核酸改変酵素複合体の核酸配列認識モジュールとしては、例えば、Casエフェクタータンパク質(Casヌクレアーゼともいう)の少なくとも1つのDNA切断能が失活したCRISPR-Casシステム(以下「CRISPR-変異Cas」ともいう)、ジンクフィンガーモチーフ、TAL(transcriptionactivator-like) エフェクター及びPPR(pentatricopeptide repeat) モチーフ等の他、制限酵素、転写因子、RNAポリメラーゼ等のDNAと特異的に結合し得るタンパク質のDNA結合ドメインを含み、DNA二重鎖切断能を有しないフラグメント等が用いられ得るが、これらに限定されない。好ましくは、CRISPR-変異Cas、ジンクフィンガーモチーフ、TALエフェクター、PPRモチーフ等が挙げられる。本明細書において、前記の少なくとも1つのDNA切断能が失活したCasエフェクタータンパク質を、Casエフェクタータンパク質の変異体ともいう。
【0030】
ジンクフィンガーモチーフは、Cys2His2型の異なるジンクフィンガーユニット(1フィンガーが約3塩基を認識する)を3~6個連結させたものであり、9~18塩基の標的ヌクレオチド配列を認識することができる。ジンクフィンガーモチーフは、Modularassembly法(Nat Biotechnol (2002) 20: 135-141)、OPEN法(Mol Cell (2008) 31: 294-301)、CoDA法(NatMethods (2011) 8: 67-69)、大腸菌one-hybrid法(Nat Biotechnol (2008) 26:695-701)等の公知の手法により作製することができる。ジンクフィンガーモチーフの作製の詳細については、特許第4968498号公報を参照することができる。
【0031】
TALエフェクターは、約34アミノ酸を単位としたモジュールの繰り返し構造を有しており、1つのモジュールの12及び13番目のアミノ酸残基(RVDと呼ばれる)によって、結合安定性と塩基特異性が決定される。各モジュールは独立性が高いので、モジュールを繋ぎ合わせるだけで、標的ヌクレオチド配列に特異的なTALエフェクターを作製することが可能である。TALエフェクターは、オープンリソースを利用した作製方法(REAL法(CurrProtoc Mol Biol (2012) Chapter 12: Unit 12.15)、FLASH法(Nat Biotechnol (2012) 30:460-465)、Golden Gate法(Nucleic Acids Res (2011) 39: e82)等)が確立されており、比較的簡便に標的ヌクレオチド配列に対するTALエフェクターを設計することができる。TALエフェクターの作製の詳細については、特表2013-513389号公報を参照することができる。
【0032】
PPRモチーフは、35アミノ酸からなり1つの核酸塩基を認識するPPRモチーフの連続によって、特定のヌクレオチド配列を認識するように構成されており、各モチーフの1、4及びii(-2)番目のアミノ酸のみで標的塩基を認識する。モチーフ構成に依存性はなく、両脇のモチーフからの干渉はないので、TALエフェクター同様、PPRモチーフを繋ぎ合わせるだけで、標的ヌクレオチド配列に特異的なPPRタンパク質を作製することが可能である。PPRモチーフの作製の詳細については、特開2013-128413号公報を参照することができる。
【0033】
また、制限酵素、転写因子、RNAポリメラーゼ等のフラグメントを用いる場合、これら
のタンパク質のDNA結合ドメインは周知であるので、該ドメインを含み、且つDNA二重鎖切断能を有しない断片を容易に設計し、構築することができる。
【0034】
上記いずれかの核酸配列認識モジュールは、上記核酸塩基変換酵素等との融合タンパク質として提供することもできるし、あるいは、SH3ドメイン、PDZドメイン、GKドメイン、GBドメイン等のタンパク質結合ドメインとそれらの結合パートナーとを、核酸配列認識モジュールと、核酸塩基変換酵素等とにそれぞれ融合させ、該ドメインとその結合パートナーとの相互作用を介してタンパク質複合体として提供してもよい。あるいは、核酸配列認識モジュールと、核酸塩基変換酵素等とにそれぞれインテイン(intein)を融合させ、各タンパク質合成後のライゲーションにより、両者を連結することもできる。
【0035】
核酸配列認識モジュールと核酸塩基変換酵素等とが結合した複合体(融合タンパク質を含む。)を含んでなる本発明の核酸改変酵素複合体と、二本鎖DNAとの接触は、目的の二本鎖DNA(例、ゲノムDNA)を有する細胞に、該複合体をコードする核酸を導入することにより実施される。本明細書において、核酸改変酵素複合体をコードする核酸は、核酸配列認識モジュールをコードする塩基配列と、核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼをコードする塩基配列とを含み、該核酸配列認識モジュールがCRISPR-Casシステムの場合には、さらにガイドRNAをコードする配列も含む。
従って、核酸配列認識モジュールと、核酸塩基変換酵素等とは、それらの融合タンパク質をコードする核酸として、あるいは、結合ドメインやインテイン等を利用してタンパク質に翻訳後、宿主細胞内で複合体を形成し得るような形態で、それらをそれぞれコードする核酸として調製することが好ましい。ここで核酸は、DNAであってもRNAであってもよい。DNAの場合は、好ましくは二本鎖DNAであり、宿主細胞内で機能的なプロモーターの制御下に配置した発現ベクターの形態で提供される。RNAの場合は、好ましくは一本鎖RNAである。
核酸配列認識モジュールと核酸塩基変換酵素等とが結合した本発明の複合体は、DNA二重鎖切断(DSB)を伴わないため、毒性の低いゲノム編集が可能であり、本発明の方法は幅広い生物材料に適用することができる。従って、核酸配列認識モジュール及び/又は核酸塩基変換酵素等をコードする核酸が導入される細胞は、原核生物である大腸菌などの細菌や下等真核生物である酵母などの微生物の細胞から、ヒト等の哺乳動物を含む脊椎動物、昆虫、植物など高等真核生物の細胞にいたるまで、あらゆる生物種の細胞をも包含し得る。
【0036】
ジンクフィンガーモチーフ、TALエフェクター、PPRモチーフ等の核酸配列認識モジュールをコードするDNAは、各モジュールについて上記したいずれかの方法により取得することができる。制限酵素、転写因子、RNAポリメラーゼ等の配列認識モジュールをコードするDNAは、例えば、それらのcDNA配列情報に基づいて、当該タンパク質の所望の部分(DNA結合ドメインを含む部分)をコードする領域をカバーするようにオリゴDNAプライマーを合成し、当該タンパク質を産生する細胞より調製した全RNAもしくはmRNA画分を鋳型として用い、RT-PCR法によって増幅することにより、クローニングすることができる。
核酸塩基変換酵素等をコードするDNA(即ち、核酸塩基変換酵素をコードするDNA又はDNAグリコシラーゼをコードするDNA)も、同様に、使用する酵素のcDNA配列情報をもとにオリゴDNAプライマーを合成し、当該酵素を産生する細胞より調製した全RNAもしくはmRNA画分を鋳型として用い、RT-PCR法によって増幅することにより、クローニングすることができる。例えば、ヤツメウナギのPmCDA1をコードするDNAは、NCBIデータベースに登録されているcDNA配列(accessionNo. EF094822)をもとに、CDSの上流及び下流に対して適当なプライマーを設計し、ヤツメウナギ由来mRNAからRT-PCR法によりクローニングできる。また、ヒトAIDをコードするDNAは、NCBIデータベースに登録されているcDNA配列(accessionNo. AB040431)をもとに、CDSの上流及び下流に対して適当なプライマーを設計し、例えばヒトリンパ節由来mRNAからRT-PCR法によりクローニングできる。また、ドナーDNAも、標的部位の配列情報等に基づき、上記と同様にクローニングできる。
クローン化されたDNAは、そのまま、または所望により制限酵素で消化するか、適当なリンカー及び/又は核移行シグナル(目的の二本鎖DNAがミトコンドリアや葉緑体DNAの場合は、各オルガネラ移行シグナル)を付加した後に、核酸配列認識モジュールをコードするDNAとライゲーションして、融合タンパク質をコードするDNAを調製することができる。あるいは、核酸配列認識モジュールをコードするDNAと、核酸塩基変換酵素等をコードするDNAに、それぞれ結合ドメインもしくはその結合パートナーをコードするDNAを融合させるか、両DNAに分離インテインをコードするDNAを融合させることにより、核酸配列認識変換モジュールと核酸塩基変換酵素等とが宿主細胞内で翻訳された後に複合体を形成できるようにしてもよい。これらの場合も、所望により一方もしくは両方のDNAの適当な位置に、リンカー及び/又は核移行シグナルを連結することができる。また、ドナーDNAは、単一DNAとして作製してもよいし、核酸配列認識モジュール及び/又は核酸塩基変換酵素等をコードする核酸と単一なDNAとして提供されてもよい。
【0037】
核酸配列認識モジュールをコードするDNA、核酸塩基変換酵素等をコードするDNA、ドナーDNAは、化学的にDNA鎖を合成するか、もしくは合成した一部オーバーラップするオリゴDNA短鎖を、PCR法やGibsonAssembly法を利用して接続することにより、その全長をコードするDNAを構築することも可能である。ドナーDNAが一本鎖核酸の場合、化学的にDNA鎖を合成する以外の方法として、例えば、該DNAを含むプラスミドDNAを制限酵素により消化して一本鎖とし、RNAポリメラーゼによりRNAを合成した後、逆転写酵素によりcDNAを合成し、RNaseHによりRNA鎖を分化することで作製することができる。あるいは、ニッカーゼ型制限酵素によりドナーDNAを含むプラスミドを消化し、電気泳動による分離・精製を経て作製することもできる。化学合成又はPCR法もしくはGibsonAssembly法との組み合わせで全長DNAを構築することの利点は、該DNAを導入する宿主に合わせて使用コドンをCDS全長にわたり設計できる点にある。異種DNAの発現に際し、そのDNA配列を宿主生物において使用頻度の高いコドンに変換することで、タンパク質発現量の増大が期待できる。使用する宿主におけるコドン使用頻度のデータは、例えば(公財)かずさDNA研究所のホームページに公開されている遺伝暗号使用頻度データベース(http://www.kazusa.or.jp/codon/index.html)を用いることができ、または各宿主におけるコドン使用頻度を記した文献を参照してもよい。入手したデータと導入しようとするDNA配列を参照し、該DNA配列に用いられているコドンの中で宿主において使用頻度の低いものを、同一のアミノ酸をコードし使用頻度の高いコドンに変換すればよい。
また、標的ヌクレオチド配列とPAM配列以外の部位を標的部位とする場合は、改変後もこれらの配列が残り、核酸改変酵素等により核酸塩基変換反応又は脱塩基反応が生じる可能性があるため、これらの配列が除かれるようにドナーDNAを設計するか、ホモロジーアーム上の標的ヌクレオチド配列又はPAM配列に、サイレント変異を導入することが好ましい。
【0038】
核酸配列認識モジュール及び/又は核酸塩基変換酵素等をコードするDNAを含む発現ベクターは、例えば、該DNAを適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に連結することにより製造することができる。
発現ベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13);枯草菌由来のプラスミド(例、pUB110,pTP5,pC194);酵母由来プラスミド(例、pSH19,pSH15);昆虫細胞発現プラスミド(例:pFast-Bac);動物細胞発現プラスミド(例:pA1-11、pXT1、pRc/CMV、pRc/RSV、pcDNAI/Neo);λファージなどのバクテリオファージ;バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクター(例:BmNPV、AcNPV);レトロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルスなどの動物ウイルスベクターなどが用いられる。
プロモーターとしては、遺伝子の発現に用いる宿主に対応して適切なプロモーターであればいかなるものでもよい。DSBを伴う従来法では毒性のために宿主細胞の生存率が著しく低下する場合があるので、誘導プロモーターを使用して誘導開始までに細胞数を増やしておくことが望ましいが、本発明の核酸改変酵素複合体を発現させても十分な細胞増殖が得られるので、構成プロモーターも制限なく使用することができる。
例えば、宿主が動物細胞である場合、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
宿主が大腸菌である場合、trpプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーター、T7プロモーターなどが好ましい。
宿主がバチルス属菌である場合、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーターなどが好ましい。
宿主が酵母である場合、Gal1/10プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーターなどが好ましい。
宿主が昆虫細胞である場合、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーターなどが好ましい。
宿主が植物細胞である場合、CaMV35Sプロモーター、CaMV19Sプロモーター、NOSプロモーターなどが好ましい。
【0039】
発現ベクターとしては、上記の他に、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ターミネーター、ポリA付加シグナル、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性相補遺伝子等の選択マーカー、複製起点などを含有しているものを用いることができる。
【0040】
核酸配列認識モジュール及び/又は核酸塩基変換酵素等をコードするRNAは、例えば、上記した核酸配列認識モジュール及び/又は核酸塩基変換酵素等をコードするDNAをコードするベクターを鋳型として、自体公知のインビトロ転写系にてmRNAに転写することにより調製することができる。
【0041】
核酸配列認識モジュール及び/又は核酸塩基変換酵素等をコードするDNAを含む発現ベクターを宿主細胞に導入し、当該宿主細胞を培養することによって、核酸配列認識モジュールと核酸塩基変換酵素等との複合体を細胞内で発現させることができる。
宿主としては、例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、酵母、昆虫細胞、昆虫、動物細胞などが用いられる。
エシェリヒア属菌としては、例えば、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)K12・DH1〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA,60,160(1968)〕,エシェリヒア・コリJM103〔Nucleic Acids Research,9,309 (1981)〕,エシェリヒア・コリJA221〔Journalof Molecular Biology,120,517 (1978)〕,エシェリヒア・コリHB101〔Journal of MolecularBiology,41,459 (1969)〕,エシェリヒア・コリC600〔Genetics,39,440 (1954)〕などが用いられる。
バチルス属菌としては、例えば、バチルス・サブチルス(Bacillus subtilis)MI114〔Gene,24,255 (1983)〕,バチルス・サブチルス207-21〔Journalof Biochemistry,95, 87 (1984)〕などが用いられる。
酵母としては、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)AH22,AH22R-,NA87-11A,DKD-5D,20B-12、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomycespombe)NCYC1913,NCYC2036,ピキア・パストリス(Pichia pastoris)KM71などが用いられる。
【0042】
昆虫細胞としては、例えば、ウイルスがAcNPVの場合、夜盗蛾の幼虫由来株化細胞(Spodoptera frugiperda cell;Sf細胞)、Trichoplusianiの中腸由来のMG1細胞、Trichoplusia niの卵由来のHigh FiveTM細胞、Mamestra brassicae由来の細胞、Estigmenaacrea由来の細胞などが用いられる。ウイルスがBmNPVの場合、昆虫細胞としては、蚕由来株化細胞(Bombyx mori N 細胞;BmN細胞)などが用いられる。該Sf細胞としては、例えば、Sf9細胞(ATCCCRL1711)、Sf21細胞〔以上、In Vivo, 13, 213-217 (1977)〕などが用いられる。
昆虫としては、例えば、カイコの幼虫、ショウジョウバエ、コオロギなどが用いられる〔Nature,315,592 (1985)〕。
【0043】
動物細胞としては、例えば、サルCOS-7細胞、サルVero細胞、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞、dhfr遺伝子欠損CHO細胞、マウスL細胞,マウスAtT-20細胞、マウスミエローマ細胞,ラットGH3細胞、ヒト胎児腎臓由来細胞(例:HEK293細胞)、ヒト肝癌由来細胞(例:HepG2)、ヒトFL細胞などの細胞株、ヒト及び他の哺乳動物のiPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞、種々の組織から調製した初代培養細胞が用いられる。さらには、ゼブラフィッシュ胚、アフリカツメガエル卵母細胞なども用いることができる。
【0044】
植物細胞としては、種々の植物(例えば、イネ、コムギ、トウモロコシ等の穀物、トマト、キュウリ、ナス等の商品作物、カーネーション、トルコギキョウ等の園芸植物、タバコ、シロイヌナズナ等の実験植物など)から調製した懸濁培養細胞、カルス、プロトプラスト、葉切片、根切片などが用いられる。
【0045】
発現ベクターの導入は、宿主の種類に応じ、公知の方法(例えば、リゾチーム法、コンピテント法、PEG法、CaCl2共沈殿法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、リポフェクション法、アグロバクテリウム法など)に従って実施することができる。ドナーDNAも、同様の方法により細胞に導入することができる。発現ベクターとドナーDNAを異なる分子として導入する場合、発現ベクターとドナーDNAの導入は、同時に行ってもよく、異なるタイミングで行ってもよい。
大腸菌は、例えば、Proc. Natl. Acad. Sci. USA,69,2110 (1972)やGene,17,107 (1982)などに記載の方法に従って形質転換することができる。
バチルス属菌は、例えば、Molecular & General Genetics,168,111 (1979)などに記載の方法に従ってベクター導入することができる。
酵母は、例えば、Methods in Enzymology,194,182-187 (1991)、Proc. Natl. Acad. Sci. USA,75,1929(1978)などに記載の方法に従ってベクター導入することができる。
昆虫細胞および昆虫は、例えば、Bio/Technology,6,47-55 (1988)などに記載の方法に従ってベクター導入することができる。
動物細胞は、例えば、細胞工学別冊8 新細胞工学実験プロトコール,263-267 (1995)(秀潤社発行)、Virology,52,456 (1973)に記載の方法に従ってベクター導入することができる。
【0046】
ベクター及びドナーDNAを導入した細胞の培養は、宿主の種類に応じ、公知の方法に従って実施することができる。
例えば、大腸菌またはバチルス属菌を培養する場合、培養に使用される培地としては液体培地が好ましい。また、培地は、形質転換体の生育に必要な炭素源、窒素源、無機物などを含有することが好ましい。ここで、炭素源としては、例えば、グルコース、デキストリン、可溶性澱粉、ショ糖などが;窒素源としては、例えば、アンモニウム塩類、硝酸塩類、コーンスチープ・リカー、ペプトン、カゼイン、肉エキス、大豆粕、バレイショ抽出液などの無機または有機物質が;無機物としては、例えば、塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、塩化マグネシウムなどがそれぞれ挙げられる。また、培地には、酵母エキス、ビタミン類、生長促進因子などを添加してもよい。培地のpHは、好ましくは約5~約8である。
大腸菌を培養する場合の培地としては、例えば、グルコース、カザミノ酸を含むM9培地〔Journal of Experiments in MolecularGenetics, 431-433, Cold Spring Harbor Laboratory, New York 1972〕が好ましい。必要により、プロモーターを効率よく働かせるために、例えば、3β-インドリルアクリル酸のような薬剤を培地に添加してもよい。大腸菌の培養は、通常約15~約43℃で行なわれる。必要により、通気や撹拌を行ってもよい。
バチルス属菌の培養は、通常約30~約40℃で行なわれる。必要により、通気や撹拌を行ってもよい。
酵母を培養する場合の培地としては、例えば、バークホールダー(Burkholder)最小培地〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA,77,4505(1980)〕や0.5%カザミノ酸を含有するSD培地〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA,81,5330 (1984)〕などが挙げられる。培地のpHは、好ましくは約5~約8である。培養は、通常約20℃~約35℃で行なわれる。必要に応じて、通気や撹拌を行ってもよい。
昆虫細胞または昆虫を培養する場合の培地としては、例えばGrace's Insect Medium〔Nature,195,788 (1962)〕に非働化した10%ウシ血清等の添加物を適宜加えたものなどが用いられる。培地のpHは、好ましくは約6.2~約6.4である。培養は、通常約27℃で行なわれる。必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。
動物細胞を培養する場合の培地としては、例えば、約5~約20%の胎児ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)〔Science,122,501 (1952)〕,ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)〔Virology,8,396(1959)〕,RPMI 1640培地〔The Journal of the American Medical Association,199,519(1967)〕,199培地〔Proceeding of the Society for the Biological Medicine,73,1 (1950)〕などが用いられる。培地のpHは、好ましくは約6~約8である。培養は、通常約30℃~約40℃で行なわれる。必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。
植物細胞を培養する培地としては、MS培地、LS培地、B5培地などが用いられる。培地のpHは好ましくは約5~約8である。培養は、通常約20℃~約30℃で行なわれる。必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。
以上のようにして、核酸配列認識モジュールと核酸塩基変換酵素等との複合体、即ち核酸改変酵素複合体を細胞内で発現させることができる。
【0047】
核酸配列認識モジュール及び/又は核酸塩基変換酵素等をコードするRNAの宿主細胞への導入は、マイクロインジェクション法、リポフェクション法等により行うことができる。RNA導入は1回もしくは適当な間隔をおいて複数回(例えば、2~5回)繰り返して行うことができる。
【0048】
ジンクフィンガーモチーフは、標的ヌクレオチド配列に特異的に結合するジンクフィンガーの作製効率が高くなく、また、結合特異性の高いジンクフィンガーの選別が煩雑なため、実際に機能するジンクフィンガーモチーフを多数作製するのは容易ではない。TALエフェクターやPPRモチーフは、ジンクフィンガーモチーフに比べて標的核酸配列認識の自由度が高いが、標的ヌクレオチド配列に応じて巨大なタンパク質をその都度設計し、構築する必要があるので、効率面で問題が残る。
これに対し、CRISPR-Casシステムは、標的ヌクレオチド配列に対して相補的なガイドRNAにより目的の二本鎖DNAの配列を認識するので、標的ヌクレオチド配列と特異的にハイブリッド形成し得るオリゴDNAを合成するだけで、任意の配列を標的化することができる。
従って、本発明のより好ましい実施態様においては、核酸配列認識モジュールとして、Casエフェクタータンパク質の1つのみ、又は両方のDNA切断能が失活したCRISPR-Casシステム(CRISPR-変異Cas)が用いられる。
【0049】
CRISPR-変異Casを用いた本発明の核酸配列認識モジュールは、標的ヌクレオチド配列と相補的な配列を含むCRISPR-RNA(crRNA)と、必要に応じて変異Casエフェクタータンパク質のリクルートに必要なtrans-activatingRNA(tracrRNA)と(tracrRNAが必要な場合は、crRNAとのキメラRNAとして提供され得る)、変異Casエフェクタータンパク質との複合体として提供される。変異Casエフェクタータンパク質と組み合わせて核酸配列認識モジュールを構成する、crRNA単独あるいはcrRNAとtracrRNAとのキメラRNAからなるRNA分子を「ガイドRNA」と総称する。変異を導入していないCRISPR/Casシステムを用いる場合も同様である。
【0050】
本発明で使用されるCasエフェクタータンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成して、目的遺伝子中の標的ヌクレオチド配列とそれに隣接するprotospaceradjacent motif(PAM)を認識し結合し得る限り、特に制限はないが、好ましくはCas9(Cas9ヌクレアーゼともいう)又はCpf1(Cpf1ヌクレアーゼともいう)である。Cas9としては、例えばストレプトコッカス・ピオゲネス(Streptococcuspyogenes)由来のCas9(SpCas9; PAM配列NGG(NはA、G、T又はC。以下同じ))、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcusthermophilus)由来のCas9(StCas9; PAM配列NNAGAAW)、ナイセリア・メニンギチジス(Neisseria meningitidis)由来のCas9(MmCas9;PAM配列NNNNGATT)等が挙げられるが、それらに限定されない。好ましくはPAMによる制約が少ないSpCas9である(実質2塩基であり、理論上ゲノム上のほぼどこでも標的化することができる)。また、Cpf1としては、例えば、フランシセラ・ノヴィシダ(Francisellanovicida)由来のCpf1(FnCpf1; PAM配列NTT)、アシダミノコッカス sp.(Acidaminococcus sp.)由来のCpf1(AsCpf1;PAM配列NTTT)、ラクノスピラ科細菌(Lachnospiraceaebacterium)由来のCpf1(LbCpf1; PAM配列NTTT)等が挙げられるが、それらに限定されない。本発明で用いられる変異Casエフェクタータンパク質(変異Casと略記する場合がある)としては、Casエフェクタータンパク質の二本鎖DNAの両方の鎖の切断能が失活したものと、一方の鎖の切断能のみを失活したニッカーゼ活性を有するものの、いずれも使用可能である。例えば、SpCas9の場合、10番目のAsp残基がAla残基に変換した、ガイドRNAと相補鎖を形成する鎖の反対鎖の切断能を欠く(従って、ガイドRNAと相補鎖を形成する鎖に対するニッカーゼ活性を有する)D10A変異体、あるいは、840番目のHis残基がAla残基で変換した、ガイドRNAと相補鎖を形成する鎖の切断能を欠く(従って、ガイドRNAと相補鎖を形成する鎖の反対鎖に対するニッカーゼ活性を有する)H840A変異体、さらにはその二重変異体(dCas9)を用いることができる。また、FnCpf1の場合、917番目のAsp残基がAla残基(D917A)に、あるいは1006番目のGlu残基がAla残基(E1006A)に変換した、両方の鎖の切断能を欠く変異体を用いることができる。二本鎖DNAの少なくとも一方の鎖の切断能を欠く限り、他の変異Casも同様に用いることができる。
【0051】
Casエフェクタータンパク質(変異Casを含む、以下同様)をコードするDNAは、塩基除去修復のインヒビターをコードするDNAについて上記したのと同様の方法により、該酵素を産生する細胞からクローニングすることができる。また、変異Casは、クローン化されたCasをコードするDNAに、自体公知の部位特異的変異誘発法を用いて、DNA切断活性に重要な部位のアミノ酸残基(例えば、SpCas9の場合、10番目のAsp残基や840番目のHis残基、FnCpf1の場合、917番目のAsp残基や1006番目のGlu残基等が挙げられるが、これらに限定されない)を他のアミノ酸で変換するように変異を導入することにより、取得することができる。
あるいはCasエフェクタータンパク質をコードするDNAは、核酸配列認識モジュールをコードするDNAや核酸塩基変換酵素をコードするDNAについて上記したのと同様の方法により、化学合成又はPCR法もしくはGibsonAssembly法との組み合わせで、用いる宿主細胞での発現に適したコドン使用を有するDNAとして構築することもできる。
【0052】
得られたCasエフェクタータンパク質及び/又は核酸改変酵素及び/又は塩基除去修復のインヒビターをコードするDNAは、標的細胞に応じて、上記と同様の発現ベクターのプロモーターの下流に挿入することができる。
【0053】
一方、ガイドRNAをコードするDNAは、標的ヌクレオチド配列に対して相補的なヌクレオチド配列(本明細書中、「ターゲッティング配列(targetingsequence)」ともいう)を含む、crRNA配列(例えば、Casエフェクタータンパク質としてFnCpf1をリクルートする場合、ターゲッティング配列の5’側に配列番号1;AAUUUCUACUGUUGUAGAUを含むcrRNAを用いることができ、下線部の配列同士が塩基対を形成しステム-ループ構造をとる)のコード配列、あるいは、crRNAコード配列と必要に応じて既知のtracrRNAコード配列(例えば、Casエフェクタータンパク質としてCas9をリクルートする場合のtracrRNAコード配列として、gttttagagctagaaatagcaagttaaaataaggctagtccgttatcaacttgaaaaagtggcaccgagtcggtgcttttttt;配列番号2、又はgttttagagctagaaatagcaagttaaaataaggctagtccgttatcaacttgaaaaagtggcaccgagtcggtggtgctttt;配列番号3)とを連結したオリゴDNA配列を設計し、DNA/RNA合成機を用いて、化学的に合成することができる。
ここで「標的鎖」とは、標的ヌクレオチド配列のcrRNAとハイブリッド形成する方の鎖を意味し、その反対鎖で標的鎖とcrRNAとのハイブリッド形成により一本鎖状になる鎖を「非標的鎖(non-targetedstrand)」と呼ぶこととする。標的ヌクレオチド配列を片方の鎖で表現する場合(例えばPAM配列を表記する場合や、標的ヌクレオチド配列とPAMとの位置関係を表す場合等)、非標的鎖の配列で代表させるものとする。
【0054】
ターゲッティング配列の長さは、標的ヌクレオチド配列に対して特異的に結合し得る限り特に制限はないが、例えば15~30ヌクレオチド、好ましくは18~25ヌクレオチドである。
【0055】
ターゲッティング配列の設計は、例えば、Casエフェクタータンパク質としてCas9を用いる場合、公開のガイドRNA設計ウェブサイト(CRISPR DesignTool、CRISPRdirect等)を用いて、目的遺伝子のCDS配列の中からPAM(例えば、SpCas9の場合、NGG)を3’側に隣接する20mer配列をリストアップし、その5’端から3’方向に7ヌクレオチド以内のCをTに変換した場合に、目的遺伝子がコードするタンパク質にアミノ酸変化を生じるような配列を選択することにより行うことができる。また、20mer以外のターゲッティング配列の長さを用いる場合にも、適宜配列を選択することができる。これらの候補の中から、目的の宿主ゲノム中のオフターゲットサイト数が少ない候補配列をターゲッティング配列として用いることができる。使用するガイドRNA設計ソフトウェアに宿主ゲノムのオフターゲットサイトを検索する機能がない場合、例えば、候補配列の3’側の8~12ヌクレオチド(標的ヌクレオチド配列の識別能の高いseed配列)について、宿主ゲノムに対してBlast検索をかけることにより、オフターゲットサイトを検索することができる。
【0056】
ガイドRNAをコードするDNAも、上記と同様の発現ベクターに挿入することができるが、プロモーターとしては、pol III系のプロモーター(例、SNR6、SNR52、SCR1、RPR1、U3、U6、H1プロモーター等)及びターミネーター(例、ポリT配列(T6配列等))を用いることが好ましい。
【0057】
ガイドRNA(crRNA又はcrRNA-tracrRNAキメラ)をコードするDNAは、標的ヌクレオチド配列の標的鎖に対して相補的な配列と、既知のtracrRNA配列(Cas9をリクルートする場合)又はcrRNAのダイレクトリピート配列(Cpf1をリクルートする場合)とを連結したオリゴRNA配列を設計し、DNA/RNA合成機を用いて、化学的に合成することができる。
【0058】
変異Cas及び/又は核酸塩基変換酵素等をコードするDNA若しくはRNA、ガイドRNA-tracrRNA若しくはそれをコードするDNAは、宿主に応じて、上記と同様の方法により宿主細胞に導入することができる。
【0059】
従来型の人工ヌクレアーゼでは、DNA二重鎖切断(DSB)を伴うため、ゲノム内の配列を標的とすると染色体の無秩序な切断(オフターゲット切断)によると思われる増殖阻害と細胞死とが引き起こされる。本発明では、標的部位の改変を、DNA切断ではなく、DNA塩基上の置換基の変換反応(特に脱アミノ化反応)又は脱塩基反応、及びその後の修復機構を利用して行うため、毒性の大幅な軽減が実現できる。
【0060】
本発明の方法では、異なる位置の複数の標的ヌクレオチド配列を用いて標的部位を改変することも可能である。従って、本発明の一実施態様においては、異なる標的ヌクレオチド配列とそれぞれ特異的に結合する、2種以上の核酸配列認識モジュールを用いることができる。この場合、これらの核酸配列認識モジュールの各々1つと、核酸塩基変換酵素等とが、核酸改変酵素複合体を形成する。ここで核酸塩基変換酵素等は共通のものを使用することができる。例えば、核酸配列認識モジュールとしてCRISPR-Casシステムを用いる場合、Casエフェクタータンパク質と核酸塩基変換酵素等との複合体(融合タンパク質を含む)は共通のものを用い、ガイドRNA(crRNA又はcrRNA-tracrRNAキメラ)として、異なる標的ヌクレオチド配列とそれぞれ相補鎖を形成する2以上のcrRNA、あるいは2以上のcrRNAの各々と、tracrRNAとのキメラRNAを2種以上作製して用いることができる。一方、核酸配列認識モジュールとしてジンクフィンガーモチーフやTALエフェクターなどを用いる場合には、例えば、異なる標的ヌクレオチドと特異的に結合する各核酸配列認識モジュールに、核酸塩基変換酵素等を融合させることができる。
【0061】
本発明の核酸改変酵素複合体を宿主細胞内で発現させるためには、上述のように該核酸改変酵素複合体をコードするDNAを含む発現ベクターを宿主細胞に導入するが、効率よく変異を導入するためには、一定期間以上、一定レベル以上の核酸改変酵素複合体の発現が維持されるのが望ましい。かかる観点からは、該発現ベクターが宿主ゲノムに組み込まれることが確実であるが、核酸改変酵素複合体の持続的発現はオフターゲット切断のリスクを増大させるので、首尾よく標的部位の改変が達成された後は、速やかに除去されることが好ましい。宿主ゲノムに組み込まれたDNAを除去するための手段としては、Cre-loxP系やFLP-FRT系を用いる方法やトランスポゾンを用いる方法等が挙げられる。
【0062】
あるいは、所望の時期に核酸反応が起こり、標的部位の改変が固定されるのに必要な期間だけ、一過的に本発明の核酸改変酵素複合体を宿主細胞内で発現させることにより、オフターゲット切断のリスクを回避しつつ宿主ゲノムの編集を効率よく実現することができる。当業者は、使用する培養条件等に基づいて、好適な発現誘導期間を適宜決定することができる。本発明の核酸改変酵素複合体をコードする核酸の発現誘導期間は、宿主細胞に副作用を生じさせない範囲で、上記「標的部位の改変が固定されるのに必要な期間」を超えて延長されてもよい。
【0063】
本発明の核酸改変酵素複合体を、所望の時期に所望の期間、一過的に発現させる手段としては、該核酸改変酵素複合体をコードする核酸(変異CRISPR-Casシステムにおいては、ガイドRNAをコードするDNAと、Casエフェクタータンパク質及び核酸改変酵素等をコードするDNA)を、発現期間を制御可能な形態で含むコンストラクト(発現ベクター)を作製し、宿主内に導入する方法が挙げられる。「発現期間を制御可能な形態」としては、具体的には、本発明の核酸改変酵素複合体をコードする核酸を、誘導性の調節領域の制御下においたものが挙げられる。「誘導性の調節領域」は特に制限されないが、例えば、温度感受性(ts)変異リプレッサーとこれに制御されるオペレーターとのオペロンが挙げられる。ts変異リプレッサーとしては、例えばλファージ由来のcIリプレッサーのts変異体が挙げられるが、これに限定されない。λファージcIリプレッサー(ts)の場合、30℃以下(例、28℃)ではオペレーターに結合して下流の遺伝子発現を抑制しているが、37℃以上(例、42℃)の高温ではオペレーターから解離するために、遺伝子発現が誘導される。従って、核酸改変酵素複合体をコードする核酸を導入した宿主細胞を、通常は30℃以下で培養し、適切な時期に温度を37℃以上に上げて一定期間培養して、相同組換えを行わせ、標的遺伝子に変異が導入された後は、速やかに30℃以下に戻すことにより、標的遺伝子の発現が抑制される期間を最短にすることができ、宿主細胞にとって必須遺伝子を標的化する場合でも、副作用を押さえつつ効率よく編集することができる。
温度感受性変異を利用する場合、例えば、ベクターの自律複製に必要なタンパク質の温度感受性変異体を、本発明の核酸改変酵素複合体をコードするDNAを含むベクターに搭載することにより、該核酸改変酵素複合体の発現後、速やかに自律複製が出来なくなり、細胞分裂に伴って該ベクターは自然に脱落する。このような温度感受性変異タンパク質としては、pSC101oriの複製に必要なRep101 oriの温度感受性変異体が挙げられるが、これに限定されない。Rep101 ori (ts)は30℃以下(例、28℃)では、pSC101oriに作用してプラスミドの自律複製を可能にするが、37℃以上(例、42℃)になると機能を失い、プラスミドは自律複製できなくなる。従って、上記λファージのcIリプレッサー(ts)と併用することで、本発明の核酸改変酵素複合体の一過的発現と、プラスミド除去とを、同時に行うことができる。
【0064】
また、本発明の核酸改変酵素複合体をコードするDNAを、誘導プロモーター(例:lacプロモーター(IPTGで誘導)、cspAプロモーター(コールドショックで誘導)、araBADプロモーター(アラビノースで誘導)等)の制御下において宿主細胞内に導入し、適切な時期に培地に誘導物質を添加(又は培地から除去)して該核酸改変酵素複合体の発現を誘導し、一定期間培養して、核酸改変反応を行わせ、標的遺伝子に変異が導入された後核酸改変酵素複合体の一過的発現を実現することができる。
【0065】
以下に、本発明を実施例により説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0066】
<出芽酵母の細胞株・培養・形質転換・発現誘導>
出芽酵母Saccharomyces cerevisiae BY4741株(ロイシン及びウラシル要求性)を用い、標準的なYPDA培地ないしSD培地の栄養要求性に合わせたDropout組成で培養した。培養は25℃から30℃の間で、寒天プレートでの静置培養または液体培地での振とう培養を行った。形質転換は酢酸リチウム法を用い、適切な栄養要求性に合わせたSD培地で選抜を行った。ガラクトースによる発現誘導には、適切なSD培地で一晩予備培養した後、炭素源を2%グルコースから2%ラフィノースに代えたSR培地に植え継いで一晩培養、さらに炭素源を0.2%ガラクトースに代えたSGal培地に植え継いで3時間から二晩程度培養して発現誘導を行った。
生存細胞数及びCan1変異率の測定には、細胞懸濁液をSDプレート培地及びSD-Arg+60mg/l Canavanineプレート培地あるいはSD+300mg/lCanavanineプレート培地に適宜希釈して塗布し、3日後に出現するコロニー数を生存細胞数としてカウントした。SDプレートでの生存コロニー数を全細胞数とし、Canavanineプレートでの生存コロニー数を耐性変異株数として、変異率を算出・評価した。変異導入箇所はコロニーPCR法によって各株のターゲット遺伝子領域を含むDNA断片を増幅した後DNAシーケンスを行い、SaccharomycesGenome Database (http://www.yeastgenome.org/)の配列をベースにアラインメント解析を行って同定した。
【0067】
<動物細胞の細胞株・培養・発現誘導>
ヒト胎児腎臓由来細胞(HEK293T細胞)を、10μg/mL ピューロマイシン(Life Technologies)及び10%胎仔ウシ血清(FBS)(Biosera,Nuaille, France)を添加したDME-glutamax培地(Thermo Fisher Scientific)を用いて、37℃、5% CO2条件で培養を行った。細胞の回収には5%トリプシンを用いた。ディープフリーザーで保存したHEK293T細胞を37℃のウォーターバスにて溶解し、5x106cellsになるように75 T-flaskに播種した。1-3日間培養後に細胞を回収し、0.5x105cells/wellになるように24ウェルプレートの各ウェルに播種した。1-3日培養後に60-80%コンフルエント状態の各ウェルの細胞に対して、各500ng/wellの下記プラスミド(エフェクタープラスミド及びレポータープラスミド)(計1 μg/well)、200 nMのドナーDNA、1.5 μlのFugeneHD(プロメガ)を用いてトランスフェクションした。各実施例で用いたドナーDNAを表1に示す。トランスフェクション72時間後に細胞を回収し、FACSを用いてiRFP及びEGFPの蛍光を検出した。検出された細胞数から、以下の式により組み換え効率(%)を算出した。
【0068】
【0069】
【0070】
<核酸操作>
DNAは、PCR法、制限酵素処理、ライゲーション、Gibson Assembly法、人工化学合成のいずれかによって、加工・構築した。プラスミドは酵母・大腸菌シャトルベクターとしてロイシン選抜用のpRS415、及びウラシル選抜用のpRS426をバックボーンとして用いた。プラスミドは大腸菌株XL-10gold又はDH5αで増幅し、酢酸リチウム法で酵母に導入した。
【0071】
<出芽酵母用のコンストラクトの構築>
ホモロジーアーム、ガイドRNA、挿入配列等の配列は、酵母ゲノムのデータベース(https://www.yeastgenome.org/)を参照して設計した。ベクター構築は、NishidaK. et al., Science 16:353(6305) (2016) doi: 10.1126/science.aaf8729に記載する方法に準じて行った。1x gRNAベクターは、配列番号15の配列の5871番~5890番の塩基配列を、L86又はM4の標的ヌクレオチド配列の相補配列に置換したベクターに相当する。2x gRNAベクターは、配列番号16の配列の2638番~2657番の塩基配列を、L86、L87、L88、L93及びR90のいずれかの標的ヌクレオチド配列の相補配列に置換し、かつ配列番号16の6293番~6312番の塩基配列を、L87、R89、R90、R91及びR92のいずれかの標的ヌクレオチド配列の相補配列に置換したものに相当する。上記標的ヌクレオチドは、次の通り。
L86:CGAACAGAGTAAACCGAATC(配列番号17)
L87:AGCACTATCAAGGCTAATAA(配列番号18)
L88:GCGAACTTGAAGAATAACCA(配列番号19)
R89:TCACCTAACTCAGACATTAT(配列番号20)
R90:TTGCTGATTCTATTTACAAA(配列番号21)
R91:GCAAACTCTATTCTTGGTGC(配列番号22)
R92:ACCAGAGTATCATCCATGTC(配列番号23)
L93:AATTCGGACACTTTAGGGTT(配列番号24)
M4 :AGATATTATACCTGGACCCC(配列番号25)
【0072】
<動物細胞用のコンストラクトの構築>
pcDNA3.1ベクターバックボーンおよびCMV, PmCDA1, Cas9, H1, sgRNAの各配列はNishida et al 2016の論文より由来する。各変異はPCR法によって導入した。EF1,iRFPおよびmEGFP断片は人工遺伝子合成によって作製した。ギブソンアッセンブリーないしライゲーション反応によって断片を挿入・置換した。
【0073】
作製したベクターSY4(H1_sgRNA、CMV_mEGFP)(レポータープラスミド)、ベクターSY45(CMV_Cas9-PmCDA1、EF1_iRFP)及びベクターSY45(CMV_Cas9、EF1_iRFP)の配列を、それぞれ配列番号42~44で示す。ベクターSY45(CMV_nCas9(D10A)-PmCDA1、EF1_iRFP)は、配列番43において、770~772番目の塩基をgctに置換したものに相当する。ベクターSY45(CMV_nCas9(H840A)-PmCDA1、EF1_iRFP)は、配列番43において、3260~3262番目の塩基をgctに置換したものに相当する。ベクターSY45(CMV_dCas9-PmCDA1、EF1_iRFP)は、配列番43において、770~772番目の塩基をgctに、3260~3262番目の塩基をgctに置換したものに相当する。また、ベクターSY45(CMV_nCas9(D10A)、EF1_iRFP)は、配列番44において、3724~3726番目の塩基をgctに置換したものに相当する。ベクターSY45(CMV_nCas9(H840A)、EF1_iRFP)は、配列番44において、6214~6216番目の塩基をgctに置換したものに相当する。ベクターSY45(CMV_dCas9、EF1_iRFP)は、配列番44において、3724~3726番目の塩基をgctに、6214~6216番目の塩基をgctに置換したものに相当する。
【0074】
<細胞のDNAのシーケンシング>
iRFP陽性細胞をFACSにより分取し、次いでGenomic DNA及び導入したプラスミドDNAを抽出した後、以下のサンプルを調製し、以下の条件でPCRを行い目的の箇所を増幅した。
サンプル調製:
gDNA 1μL
プライマー 各1μL
rTaq 10x Buffer 5μL
25mM MgCl2 3μL
2mM dNTP 5μL
rTaq(TOYOBO) 0.5μL
ddH
2
O 33.5μL
計50μL
PCRの条件:94℃に2分間維持した後、94℃で45秒、55℃で45秒、72℃で1分30秒のサイクルを33サイクル行い、最後に72℃に5分間維持した。
増幅用のプライマーとして、以下のSY157及びSY182を使用した。増幅産物のサイズは、1554 bpである。
SY157: TTCTGCTTGTCGGCCATGAT(配列番号47)
SY182: AGGCAAGGCTTGACCGACAATT(配列番号48)
増幅産物を切り出し、Fastgeneを用いて精製した後、各精製産物とpGEM-t easy vecterとをTAクローニングし、該ベクターで大腸菌(JM109)をトランスフォーメーションした。次いで、各サンプルにつき24個のコロニーをピックアップし(青白選抜あり)、プラスミドDNAをMiniprep (Fastgene使用)により精製した。
【0075】
次に、以下のシーケンシング混合液を調製し、Genewizに外注して配列情報を入手した。
各サンプル 2.5μL
プライマー SY157 (10 pmol/μL) 2.5μL
ddH
2
O10μL
計15μL
最後に、入手した配列情報をSnapgeneを用いてアライメントした。
【0076】
実施例1:dCas9-CDA又はnCas9-CDAとドナーDNAとを用いた挿入配列の標的部位への挿入
出芽酵母BY4741株を、プラスミドベクター1525(配列番号4の6036番目の塩基がg、6037番目の塩基がcである)又は1526(配列番号4の6036番目の塩基がc、6037番目の塩基がaである)と、1059(配列番号5)又は1149(配列番号5の配列の3890番~3909番の塩基配列をTCCAATAACGGAATCCAACT(配列番号6)に置換したベクターに相当する)とで二重形質転換し、栄養要求性培地(SD-Leu-Ura)により選抜した。S-Leu-Ura2% ラフィノース培地で一晩培養した。S-Leu-Ura 2% ラフィノース + 0.02% ガラクトース培地に1/32希釈し、30℃で一晩培養した。SD-Ura-Leu及びSD-Ura-Leu+Canavanineプレートに10倍希釈でスポッティングした。二日後にCanavanine耐性コロニーをシーケンス解析した。その結果、標的部位への変異の挿入が確認された(
図2)。
【0077】
実施例2:組換えの評価系の構築
プラスミドベクター1548(配列番号7)を、SmaI/HpaIで処理したDNA断片をBY4741株に形質転換し、SD-Ura培地で選抜した。シーケンス解析により、Ade1領域への組み込みが確認された。
【0078】
実施例3:組み換えの評価系を用いた組み換えの反応の実証実験
上記のプラスミドベクターのいずれかを実証実験株に形質転換し、SD-Leu-Ura培地で選抜した。S-Leu-Ura 2% ラフィノース培地で一晩培養した。S-Leu2% ラフィノース + 0.02% (又は0.2%) ガラクトース培地に1/32希釈し、30℃で一晩培養したものを5 generationsとした。20generationsには、1/32希釈を計4回繰り返した。SD-Leuプレートに10倍希釈でスポッティングし、2日後にコロニー数と色を評価した。その結果、Ade1機能が回復して白くなったコロニーが高頻度で現れたことから、本発明の方法により、標的部位での相同組換えの誘導が示された(
図4)。
【0079】
実施例4:本発明によるノックイン又はノックアウトの実証実験
出芽酵母BY4741株を、プラスミドベクター1251(配列番号8)及び2x gRNA ベクターで二重形質転換し、栄養要求性培地(SD-Leu-Ura)により選抜した。S-Leu-Ura2% ラフィノース培地で一晩培養した。S-Leu-Ura 2% ラフィノース + 0.2% ガラクトース培地に1/32希釈し、30℃で一晩培養した。SD-Ura-LeuおよびSD-Ura-Leu(+Canavanine)プレートに10倍希釈でスポッティングし、二日後にCanavanine耐性コロニーをシーケンス解析した。その結果、本発明の方法により高い効率でノックインが実現できた(
図6)。
【0080】
実施例5:動物細胞における組み換え反応の実証実験
ドナーDNAとして一本鎖オリゴDNA(70塩基長)(表1)を用いて、動物細胞(HEK293T細胞)において組み換え反応が生じるか否かを検証した。実験の概略図を
図7に示す。レポータープラスミドとして、ベクターSY4(H1_sgRNA、CMV_mEGFP)を用い、エフェクタープラスミドとして、ベクターSY45(CMV_Cas9-PmCDA1、EF1_iRFP)、ベクターSY45(CMV_nCas9(D10A)-PmCDA1、EF1_iRFP)、ベクターSY45(CMV_nCas9(H840A)-PmCDA1、EF1_iRFP)、ベクターSY45(CMV_dCas9-PmCDA1、EF1_iRFP)、ベクターSY45(CMV_Cas9、EF1_iRFP)、ベクターSY45(CMV_nCas9(D10A)、EF1_iRFP)、ベクターSY45(CMV_nCas9(H840A)、EF1_iRFP)又はベクターSY45(CMV_dCas9、EF1_iRFP)を用いた。ドナーDNAとしてFw2、Fw3を用いた場合、首尾よく相同組換えが生じた場合には、EGFPをコードする配列に開始コドンが生じる結果、EGFPの発現が認められる。Fw1は、相同組換えが生じてもEGFPをコードする配列に開始コドンが生じないように設計されたドナーDNAであり、ネガティブコントロールとして用いた。Fw3は、Fw2のホモロジーアームの1塩基が置換(c→g)されたものであり、ホモロジーアームが標的部位の隣接領域と完全に相同でない場合でも、相同組換え反応が生じるか否かを検証するため、及び複数の異なる箇所の変異も導入可能であるか否かを検証するために用いた。
【0081】
結果を
図8に示す。nCas9-pmCDA1を用いた場合では、nCas9を用いた場合よりも相同組換え効率が高く、Cas9を用いた場合と同等以上の相同組換え効率を示すことが示された。また、dCas9-pmCDA1を用いた場合でも、有意な相同組換えが認められた。ドナーDNAとしてFw2を用いた場合と、Fw3を用いた場合では、相同組換え率に有意な差異は認められなかった。
【0082】
実施例6:ドナーDNAの塩基数、及び相補鎖の種類(表(Fw)又は裏(Rv))による相同組換え反応への影響の検証
ドナーDNAとして一本鎖オリゴDNA(50塩基長)(表1)を用いて、動物細胞(HEK293T細胞)において組み換え反応が生じるか否かを検証した。実験の概略図を
図9に示す。レポータープラスミドとして、ベクターSY4(H1_sgRNA、CMV_mEGFP)を用い、エフェクタープラスミドとして、ベクターSY45(CMV_nCas9(D10A))-PmCDA1、EF1_iRFP)又はベクターSY45(CMV_nCas9(H840A))-PmCDA1を用いた。
【0083】
結果を
図10に示す。一本鎖オリゴDNAとして50塩基長のものでも、相同組換えが可能であること、相補鎖は、Fw、Rvのどちらでも相同組換えが可能であること、また、nCas9は、nCas9(D10A)とnCas9(H840A)どちらのバージョンでも相同組換えが可能であることが示された。
【0084】
実施例7:ドナーDNAのホモロジーアームの検証
異なる相同領域に対するホモロジーアームを有するドナーDNA(表1)を用いて、相同領域により相同組換え反応の効率の変化を検証した。実験の概略図を
図11示す。レポータープラスミドとして、ベクターSY4(H1_sgRNA、CMV_mEGFP)を用い、エフェクタープラスミドとして、ベクターSY45(CMV_nCas9(D10A))-PmCDA1、EF1_iRFP)又はベクターSY45(CMV_nCas9(H840A))-PmCDA1を用いた。
【0085】
結果を
図12に示す。相同領域のニックが生じる部位乃至PmCDA1によるデアミナーゼ部位を中心とした場合に、該領域の3’側のホモロジーアームが5’側のホモロジーアームよりも長くなるようにドナーDNAを設計することで、相同組換えの効率が向上することが示された。
【0086】
実施例8:哺乳動物細胞のDNAにおける改変の検証
実施例5のFw2を用いた実験と同じgRNA及びドナーDNAを用いて、DNAにおける改変を検証した。結果を以下の表2に示す。nCas9(D10A)-PmCDA1及びnCas9(H840A)-PmCDA1を用いた場合には、Cas9を用いた場合に比べて、副産物であるIndelの発生が顕著に抑制されること、即ち細胞毒性が低減されることが実証された。なお、本実施例で用いるDNAとの用語には、ゲノムDNAとプラスミドDNAの両方が含まれる。
【0087】
【0088】
以上より、nCas9-CDAを用いた場合には、相同組換えの効率はCas9を用いた場合と同程度以上であり、Cas9を用いた場合に生じる、副産物としてのIndelや、高い細胞毒性も回避することができるため、nCas9-CDAを用いた方法は従来の方法より有益・有用となり得る。さらに、nCas9-CDAを用いることで、Cas9を用いた場合に生じる上記の問題を回避する目的で用いられているnCas9よりも、高い効率を達成できる。
【0089】
本出願は、日本で出願された特願2018-059073(出願日:2018年3月26日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
本発明により、導入できる変異のタイプや変異部位に制約されずに、遺伝子の向きや組み合わせをスイッチさせたり、遺伝子断片のノックインが可能な、デアミナーゼなどの核酸塩基変換酵素又はDNAグリコシラーゼを用いた新規なDNA改変技術を提供される。本発明のDNA改変技術は、二本鎖DNAを切断することなく標的部位を改変できるため、切断に伴う想定外の再編成や毒性が低く抑えられ、しかも従来の手法と比べて、はるかに効率良く標的部位を改変し得るため、極めて有用である。