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特開2023-65214溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置
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  • 特開-溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023065214
(43)【公開日】2023-05-12
(54)【発明の名称】溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置
(51)【国際特許分類】
   B22D 11/16 20060101AFI20230502BHJP
   B22D 11/108 20060101ALI20230502BHJP
   B22D 41/50 20060101ALI20230502BHJP
   G01N 11/02 20060101ALI20230502BHJP
【FI】
B22D11/16 104E
B22D11/108
B22D41/50 540
G01N11/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021175882
(22)【出願日】2021-10-27
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100202441
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 純
(72)【発明者】
【氏名】塚口 友一
(72)【発明者】
【氏名】藤田 広大
【テーマコード(参考)】
4E004
【Fターム(参考)】
4E004HA01
4E004HA02
4E004HA03
4E004MB19
(57)【要約】
【課題】溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬可能な新たな物理モデル実験装置を開示する。
【解決手段】溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置であって、装置内部に溶融スラグ模擬液体と溶鋼模擬液体とを含み、前記溶融スラグ模擬液体のフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数が、模擬対象における前記溶融スラグのフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数と一致し、前記溶融スラグ模擬液体と前記溶鋼模擬液体との間の界面張力ならびに前記溶鋼模擬液体に対する前記溶融スラグ模擬液体の浮力を用いて算出されるエトベス数が、前記模擬対象における前記溶融スラグと前記溶鋼との間の界面張力ならびに前記溶鋼に対する前記溶融スラグの浮力を用いて算出されるエトベス数と一致する、実験装置。本実験装置は、前記溶鋼模擬液体に流動を付加する機能を有してもよい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置であって、
装置内部に溶融スラグ模擬液体と溶鋼模擬液体とを含み、
前記溶融スラグ模擬液体のフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数が、模擬対象における前記溶融スラグのフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数と一致し、
前記溶融スラグ模擬液体と前記溶鋼模擬液体との間の界面張力ならびに前記溶鋼模擬液体に対する前記溶融スラグ模擬液体の浮力を用いて算出されるエトベス数が、前記模擬対象における前記溶融スラグと前記溶鋼との間の界面張力ならびに前記溶鋼に対する前記溶融スラグの浮力を用いて算出されるエトベス数と一致する、
実験装置。
【請求項2】
前記溶鋼模擬液体が水溶液である、
請求項1に記載の実験装置。
【請求項3】
前記溶融スラグ模擬液体がオイルである、
請求項1又は2に記載の実験装置。
【請求項4】
前記溶鋼模擬液体に流動を付加する手段を有する、
請求項1~3のいずれか1項に記載の実験装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置を開示する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1~3には、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を、オイルを浮かべた水モデル実験で模擬する技術が開示されている。また、特許文献1には、低融点金属を用いた物理モデル実験によって溶鋼の流動を模擬する方法が開示されている。特許文献1においては、低融点金属が有するフルード数等の無次元数を、模擬対象である溶鋼が有する無次元数に一致させることで、溶鋼の流動を正確に再現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6750533号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】K. Watanabe et al.: ISIJ International, Vol. 49 (2009), No. 8, pp.1161-1166.
【非特許文献2】吉田ら:鉄と鋼, Vol. 87 (2001), No. 8, pp.529-535.
【非特許文献3】井口ら:鉄と鋼, Vol. 101 (2015), No. 11, pp.559-565.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1~3に開示されているような従来の水モデル実験においては、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象の一部を再現するにとどまっていた。或いは、定性的な傾向(例えば、溶融スラグの粘度上昇と、溶融スラグ-溶鋼間の界面張力上昇とが、ともにスラグの巻込みを減少させるといった傾向)を示すにとどまっていた。一方で、特許文献1に開示された方法においては、物理モデル実験によって溶鋼の流動を正確に模擬できるものの、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬することはできない。この点、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を物理モデル実験によって模擬する新たな装置が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を支配する力は、溶融スラグに作用する浮力、粘性力、慣性力及び溶融スラグ-溶鋼間の界面張力の4つと考えられる。これらの各々の力は、溶融スラグのフルード数(Fr)、レイノルズ数(Re)、ウェーバー数(We、ただし本願にいうウェーバー数とは、表面張力を溶融スラグ-溶鋼間の界面張力に置き換えたものをいう)、及びエトベス数(Eo、ただし本願にいうエトベス数とは、表面張力を溶融スラグ-溶鋼間の界面張力に置き換えたものをいう)と対応する。溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を定量的に模擬するためには、物理モデル実験にて用いる液体の上記の無次元数を、模擬対象における上記の無次元数と一致させることが有効である。
【0007】
すなわち、本願は上記課題を解決するための手段の一つとして、
溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置であって、
装置内部に溶融スラグ模擬液体と溶鋼模擬液体とを含み、
前記溶融スラグ模擬液体のフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数が、模擬対象における前記溶融スラグのフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数と一致し、
前記溶融スラグ模擬液体と前記溶鋼模擬液体との間の界面張力ならびに前記溶鋼模擬液体に対する前記溶融スラグ模擬液体の浮力を用いて算出されるエトベス数が、前記模擬対象における前記溶融スラグと前記溶鋼との間の界面張力ならびに前記溶鋼に対する前記溶融スラグの浮力を用いて算出されるエトベス数と一致する、
実験装置
を開示する。
【0008】
本開示の装置において、前記溶鋼模擬液体が水溶液であってもよい。
【0009】
本開示の装置において、前記溶融スラグ模擬液体がオイルであってもよい。
【0010】
本開示の装置は、前記溶鋼模擬液体に流動を付加する手段を有していてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明者の知見によると、従来のモデル実験は、上記したような無次元数の相似則を無視しており、それゆえ、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象の一部を再現するにとどまっていた。或いは、定性的な傾向を示すにとどまっていた。例えば、フルード数が一致しているもののウェーバー数が一致しない場合には、界面張力の影響を再現することができない。或いは、フルード数が一致しているもののレイノルズ数が一致しない場合には、粘性抵抗による流れ減衰を再現できない。
【0012】
これに対し、本開示の装置は、物理モデル実験におけるフルード数、レイノルズ数、ウェーバー数及びエトベス数が、模擬対象におけるフルード数、レイノルズ数、ウェーバー数及びエトベス数と一致している。これにより、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を支配する力である、溶融スラグに作用する浮力、粘性力、慣性力及び溶融スラグ-溶鋼間の界面張力の4つが、物理モデル実験に適切に組み込まれる。結果として、本開示の装置は、従来のモデル実験に対し、定量的且つ正確に、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】物理モデル実験装置の構成の一例を概略的に示している。(A)が溶鋼模擬液体に流動を付加する手段を有しない形態の一例、(B)~(D)が溶鋼模擬液体に流動を付加する手段を有する形態の一例である。
図2】実施例にて作製した物理モデル実験装置の構成を示している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置
本開示の装置は、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置である。図1(A)~(D)に一実施形態に係る物理モデル実験装置100の構成を概略的に示す。図1(A)~(D)に示されるように、本開示の装置100は、内部に溶融スラグ模擬液体10と溶鋼模擬液体20とを含む。ここで、本開示の装置100においては、前記溶融スラグ模擬液体10のフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数が、模擬対象における前記溶融スラグのフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数と一致し、前記溶融スラグ模擬液体10と前記溶鋼模擬液体20との間の界面張力ならびに前記溶鋼模擬液体20に対する前記溶融スラグ模擬液体10の浮力を用いて算出されるエトベス数が、前記模擬対象における前記溶融スラグと前記溶鋼との間の界面張力ならびに前記溶鋼に対する前記溶融スラグの浮力を用いて算出されるエトベス数と一致する。また、図1(B)~(D)に示されるように、本開示の装置100は、前記溶鋼模擬液体20に流動を付加する手段30x~30zを有してもよい。前記溶鋼模擬液体20に流動を付加することによって、前記溶融スラグ模擬液体10を前記溶鋼模擬液体20中に効率的に巻き込ませる評価実験が可能となる。
【0015】
1.1 溶鋼
溶鋼の種類や組成に特に制限はない。装置100によれば、溶鋼の種類や組成によらず、溶鋼に対する溶融スラグの巻込み現象を模擬することができる。装置100は、例えば、製鋼工程の精錬における溶鋼や連続鋳造における溶鋼を模擬対象とするものであってもよい。
【0016】
1.2 溶融スラグ
溶融スラグの種類に特に制限はない。装置100によれば、溶融スラグの種類や組成によらず、溶鋼に対する溶融スラグの巻込み現象を模擬することができる。装置100は、例えば、製鋼工程の精錬や連続鋳造において溶鋼の湯面に生成するスラグを模擬対象とするものであってもよい。
【0017】
1.3 物理モデル実験
装置100によれば、溶鋼中の溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験が可能である。物理モデル実験としては、例えば、水モデル実験(水や水溶液を用いたモデル実験)が挙げられる。このように、装置100は、物理的に用意した溶融スラグ模擬液体10と溶鋼模擬液体20とを内部に含み、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する水モデル実験等の物理モデル実験を可能とするものである。特に、図1(B)~(D)に示されるように、装置100が溶鋼模擬液体20に流動を付加する手段30x~30zを備えることによって、溶融スラグ模擬液体10が溶鋼模擬液体20中に巻き込まれる様々な挙動を再現することができる。
【0018】
1.4 溶融スラグ模擬液体
装置100において、溶融スラグ模擬液体10は、後述の溶鋼模擬液体20の液面に浮かべられる。すなわち、溶融スラグ模擬液体10の密度は、溶鋼模擬液体20の密度よりも小さい。溶融スラグ模擬液体10の種類は特に限定されるものではなく、物理モデル実験の各無次元数(フルード数、レイノルズ数、ウェーバー数及びエトベス数)が、模擬対象における各無次元数と一致するようなものであればよい。溶融スラグ模擬液体10は、シリコーンオイルやオリーブオイル等のオイルであってよい。
【0019】
1.5 溶鋼模擬液体
装置100において、溶鋼模擬液体20は、上述の溶融スラグ模擬液体10の下方に存在する。溶鋼模擬液体20の種類は特に限定されるものではなく、物理モデル実験における溶融スラグ模擬液体10と溶鋼模擬液体20との関係から導かれる無次元数(例えばエトベス数)が、模擬対象における溶融スラグと溶鋼との関係から導かれる無次元数と一致するようなものであればよい。溶鋼模擬液体20は、例えば、水溶液であってよい。水溶液の溶質の種類は特に限定されるものではない。溶鋼模擬液体20の密度を上昇させる溶質が用いられてもよいし、溶鋼模擬液体20の密度を低下させる溶質が用いられてもよい。溶鋼模擬液体20の密度を上昇させる溶質としては、例えば、ポリタングステン酸ナトリウム(SPT)が挙げられる。SPTは、安全に水の密度を最大3倍程度にまで高められる添加物であり、SPTと水の混合割合によって溶鋼模擬液体20の密度を無段階に調整することができる
【0020】
1.6 溶鋼模擬液体に流動を付加する手段
装置100において、溶鋼模擬液体20に流動を付加する手段は、例えば、溶鋼模擬液体20と溶融スラグ模擬液体10との界面を乱すことによって溶融スラグ模擬液体10が溶鋼模擬液体20中に巻き込まれる挙動を再現するものであってもよい。装置100においては、溶鋼模擬液体20に流動を付加する手段がなくとも、溶鋼模擬液体20と溶融スラグ模擬液体10とが入った容器全体を揺れ動かす等によって溶融スラグ模擬液体10を溶鋼模擬液体20中に巻き込ませることは可能であるが、溶鋼模擬液体20に流動を付加する手段を備えることによって、さらに自由度が高い実験が可能となる。溶鋼模擬液体20に流動を付加する手段の具体例は特に限定されるものではない。例えば、図1(B)に示されるような水車状又はプロペラ状(撹拌羽状)の撹拌手段30xを回転させることによって溶鋼模擬液体20に流動を付加するものであってもよい。あるいは図1(C)に示されるように、模擬ノズル30yから溶鋼模擬液体20を吐出することによって溶鋼模擬液体20に流動を付加するものであってもよい。図1(B)や(C)に示されたような装置100によれば、例えば、連続鋳造鋳型内の溶鋼吐出流の反転上昇によるスラグの巻込み等を模擬することができる。或いは、図1(D)に破線矢印にて示されるように、溶融スラグ模擬液体10や溶鋼模擬液体20の液面にガスを吹き込むことで、溶鋼模擬液体20に流動を付加するものであってもよい。図1(D)に示されたような装置100によれば、例えば、吹錬時の上吹きガスによるスラグの巻込み等を模擬することができる。また、容器の底から気泡を吹き込むことによって溶鋼模擬液体20に流動を付加するものであってもよい。この場合、例えば、底吹きガスによるスラグの巻込み等を模擬することができる。あるいは水中ポンプ等を利用して溶鋼模擬液体20に流動を付加するものであっても構わない。また、ポンプ等を利用して溶鋼模擬液体20を適宜循環させてもよい。
【0021】
1.7 その他の構成
装置100は、上記の溶融スラグ模擬液体10及び溶鋼模擬液体20等に加えて、例えば、以下のような構成を備えていてもよい。尚、以下の構成は装置100が備える構成の一例であり、装置100はこれ以外の構成を備えていてもよい。
【0022】
1.7.1 容器
図1(A)~(D)に示されるように、装置100は、溶融スラグ模擬液体10及び溶鋼模擬液体20を保持するための容器40を備えるものであってもよい。この場合、容器40は、容器外部から容器内部の液体10、20の様子を目視等で観察できるように、透明な材質からなるものであってもよい。例えば、アクリル等の樹脂製の容器やガラス製の容器等が好適に採用され得る。容器40の形状は、模擬対象に応じて適宜決定されればよい。例えば、連続鋳造鋳型における溶鋼への溶融スラグの巻込み現象を模擬する場合は、連続鋳造鋳型の形状と対応する断面形状(例えば、矩形断面形状)を有する容器を採用することができる。
【0023】
1.7.2 撮像手段
装置100は、溶鋼模擬液体20への溶融スラグ模擬液体10の巻込み現象を撮像して解析するための撮像手段(不図示)を備えていてもよい。例えば、物理モデル実験の際、透明の容器40の外部に撮像手段を設置し、容器40の内部の状態を連続的又は断続的に撮像してもよい。撮像手段としては公知の手段が採用されればよい。
【0024】
1.8 無次元数の一致
上述の通り、装置100においては、(1)溶融スラグ模擬液体10のフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数が、模擬対象における溶融スラグのフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数と一致し、且つ、(2)溶融スラグ模擬液体10と溶鋼模擬液体20との間の界面張力ならびに溶鋼模擬液体20に対する溶融スラグ模擬液体10の浮力を用いて算出されるエトベス数が、模擬対象における溶融スラグと溶鋼との間の界面張力ならびに溶鋼に対する溶融スラグの浮力を用いて算出されるエトベス数と一致することが重要である。ここで、本願にいう「一致」とは、誤差を許容するものである。具体的には、模擬対象系における無次元数の値に対して、物理モデル実験系の無次元数の値が±10%の範囲内であれば、「一致」とみなす。好ましくは±5%の範囲内である。
【0025】
本発明者は、溶融スラグの溶鋼中への巻込現象を模擬する物理モデル実験装置として、溶融スラグのフルード数(Fr)、レイノルズ数(Re)、ウェーバー数(We、ただし表面張力を溶融スラグ-溶鋼間の界面張力に置き換えたもの)、及びエトベス数(Eo、ただし表面張力を溶融スラグ-溶鋼間の界面張力に置き換えたもの)の相似則を全て同時に満たす条件を探索するにあたり、まず、エトベス数(Eo)を除いた3つの無次元数が、溶融スラグと溶融スラグ模擬液体10とで一致する条件について検討した。ここで、フルード数(Fr)、レイノルズ数(Re)及びウェーバー数(We)は、下記式(1)~(3)によって定義される無次元数である。すなわち、フルード数(Fr)は、慣性力/重力の平方根として定義され、レイノルズ数(Re)は、慣性力/粘性力として定義され、ウェーバー数(We)は、慣性力/表面張力の平方根として定義される。下記式において、ρは密度、ηは粘度、σは溶融スラグ-溶鋼間の界面張力、Lは代表長さ、Vは流速、gは重力加速度である。
【0026】
【数1】
【0027】
【数2】
【0028】
【数3】
【0029】
上記式において、動粘度をν、界面張力を密度で除したパラメータ(以下、動界面張力)をιとしてRe及びWeを書き換えると、それぞれ下記式(2)’及び(3)’が得られる。
【0030】
【数4】
【0031】
【数5】
【0032】
1.8.1 Frが一致する条件
流動現象を模擬したい対象の物性値やパラメータに添字0を付け、物理モデル実験のスケール比をλ(すなわち、L=λ・L)とすると、Frの一致は下記式(4)のように表される。式(4)より、モデル実験の流速Vは下記式(5)となる。
【0033】
【数6】
【0034】
【数7】
【0035】
1.8.2 Fr及びReの双方が一致する条件
同様に、Reの一致は下記式(6)で表され、さらに上記式(5)を代入して変形すると、FrとReとが同時に一致する場合のスケール比λFRが下記式(7)のように求まる。
【0036】
【数8】
【0037】
【数9】
【0038】
1.8.3 Fr及びWeの双方が一致する条件
同様に、Weの一致は下記式(8)で表され、さらに上記式(5)を代入して変形すると、FrとWeとが同時に一致する場合のスケール比λFWが下記式(9)のように求まる。
【0039】
【数10】
【0040】
【数11】
【0041】
1.8.4 Fr、Re及びWeのすべてが一致する条件
2つの液体においてFr、Re、Weの3つが一致する場合には、式(7)=式(9)の関係が成り立つことから、下記式(10)が導かれる。
【0042】
【数12】
【0043】
上記式(10)より、動界面張力ιの1/2乗と動粘度νの2/3乗の比が等しい2つの液体は、スケール比λが上記式(7)及び(9)を満たすとき、相互にFr、Re及びWeの3つが同時に一致するといえる。
【0044】
1.8.5 エトベス数が一致する条件
エトベス数(Eo)は、浮力と界面張力の比として定義され、下記式(11)のように表される。尚、エトベス数は通常、浮力と表面張力の比として定義されるが、本願においては表面張力に代えて界面張力を用いる。
【0045】
【数13】
【0046】
ここで、ρは、溶融スラグ(溶融スラグ模擬液体10)を浮かべる溶鋼(溶鋼模擬液体20)の密度、dは溶融スラグ滴(溶融スラグ模擬液体10の滴)の代表寸法であり、その他の記号の定義は上記式において定義したものと同じである。
【0047】
すなわち、溶融スラグや溶鋼の性状を式(11)に代入して得られる値と、溶融スラグ模擬液体10や溶鋼模擬液体20の性状を式(11)に代入して得られる値とが一致する場合に、物理モデル実験におけるエトベス数が、模擬対象におけるエトベス数と一致しているものといえる。
【0048】
1.8.6 Fr、Re、We及びEoのすべてが一致する条件
以上をまとめると、模擬対象である溶融スラグ及び溶鋼と物理モデル実験における溶融スラグ模擬液体及び溶鋼模擬液体とついて、
(I)上記式(7)及び(9)が満たされ、
(II)上記式(10)が満たされ、
(III)上記式(11)のエトベス数が一致するとき、
相互にFr、Re、We及びEoの4つが同時に一致するものといえる。すなわち、溶融スラグと溶鋼の物性値に対して、上記の関係を満たす液体の組み合わせによって、目的とする物理モデル実験が可能となる。
【0049】
1.9 補足
尚、本開示の装置は以下の通り表現することも可能である。すなわち本開示の装置は、
溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置であって、
装置内部に溶融スラグ模擬液体と溶鋼模擬液体とを含み、
前記物理モデル実験のスケール比に関して上記式(7)及び(9)が満たされ、
前記溶融スラグと前記溶融スラグ模擬液体とのそれぞれの密度、粘度、前記溶融スラグと前記溶鋼との間の界面張力、及び、前記溶融スラグ模擬液体と前記溶鋼模擬液体間との界面張力に関して、上記式(10)の関係が満たされ、
前記溶融スラグの前記溶鋼中での浮力及び前記溶融スラグと前記溶鋼との間の界面張力を用いて上記式(11)のように規定されるエトベス数と、前記溶融スラグ模擬液体の前記溶鋼模擬液体中での浮力及び前記溶融スラグ模擬液体と前記溶鋼模擬液体との間の界面張力を用いて上記式(11)のように規定されるエトベス数とが一致することを特徴とする。
【0050】
以上の通り、本開示の装置によれば、溶鋼の流れによって溶鋼中に巻き込まれる溶融スラグの挙動や、当該挙動に対する溶融スラグの粘度や表面張力の影響などを、物理モデル実験によって正確に再現することができる。例えば、常温で透明な水溶液やオイルを用いた場合、現象の観察や測定がより容易となり、高温かつ不透明な液体ゆえに解明が不十分であった溶鋼中への溶融スラグ巻込現象を明らかにすることができる。
【0051】
2.溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を物理モデル実験によって模擬する方法
本開示の技術は、上記した物理モデル実験装置としての側面に加えて、物理モデル実験方法としての側面も有する。すなわち、本開示の方法は、
溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を物理モデル実験によって模擬する方法であって、
溶融スラグ模擬液体と溶鋼模擬液体とを用いて前記物理モデル実験を行うこと、
を含み、
前記物理モデル実験における前記溶融スラグ模擬液体のフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数を、模擬対象における前記溶融スラグのフルード数、レイノルズ数及びウェーバー数と一致させ、
前記物理モデル実験におけるエトベス数であって前記溶融スラグ模擬液体及び前記溶鋼模擬液体の間の界面張力と前記溶鋼模擬液体に対する前記溶融スラグ模擬液体の浮力とを用いて算出されるエトベス数を、前記模擬対象におけるエトベス数であって前記溶融スラグ及び前記溶鋼の間の界面張力と前記溶鋼に対する前記溶融スラグの浮力とを用いて算出されるエトベス数と一致させる
ことを特徴とする。本開示の方法においては、溶鋼模擬液体を流動させながら物理モデル実験を行ってもよい。溶融スラグ模擬液体及び溶鋼模擬液体等の詳細については上述した通りである。例えば、溶鋼模擬液体は水溶液であってもよく、溶融スラグ模擬液体はオイルであってもよい。溶鋼模擬液体に流動を付加する手段についても上述の通りである。
【実施例0052】
本発明者は、上記の関係を満たす液体の組み合わせの探索にあたって、実験の容易さを考慮し、水又は水溶液のように、常温での実験が可能で、かつ安全な液体の上にオイル類(シリコーンオイルや精製油、植物油など)を浮かべる実験装置を前提とした。すなわち、水又は水溶液に流動を与え、オイルとの界面を乱して水又は水溶液中にオイルが巻き込まれる挙動や油滴の形態あるいは量を観察/測定する実験装置を構築し実験を行った。その際、物性値の関係が上記式(10)及び(11)に係る関係を同時に満たし、且つ、スケール比が上記式(7)及び(9)を満たすようにした。以下、実施例を示しつつ本開示の技術についてさらに詳細に説明する。
【0053】
従来、溶融スラグに対し、Fr、Re及びWeの3つが同時に一致するオイル類が存在するとは考えられておらず、上記式(10)に係る関係を満たすか否かが探索されたことは無かった。加えて、本開示の技術においては、上記式(11)に係る関係も同時に満たすことが求められる。このような発明思想は従来技術からは想到し得ない。
【0054】
いくつかの溶融スラグ-溶鋼系を模擬対象とした場合の物理モデル実験系について、表1に実施例を示し、表2に比較例を示す。表1及び2において、relative Fr、relative Re、relative We、relative Eoとは、それぞれの無次元数の実験条件における値を模擬対象系における値で除し、模擬対象系における無次元数に対する比率で表したものである。これらの値が1のとき、該当する無次元数に関する相似則が満たされる(すなわち、模擬対象系と物理モデル実験系とで無次元数が一致する)ことを示す。
【0055】
尚、表1及び2においては、各無次元数を算出する際の代表寸法および代表寸法部位における流速を適当に与えているが、これらの値をどのように与えても、relative Fr、relative Re、relative We、relative Eoの計算結果には影響しない。無次元数の比率を計算する際に、分子、分母にこれらの値が入って相殺されるからである。
【0056】
表1及び2に記載のSPT水溶液とは、ポリタングステン酸ナトリウム(SPT)と水とを混ぜた液体を指す。本実施例では、SPTによって溶鋼模擬液体の密度を高めている。溶鋼模擬液体の密度を高める方法は他にもあるが、安全性の面で、実施例ではSPTを採用した。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
実施例1~3は、物性値の異なる溶融スラグと溶鋼の組み合わせを模擬対象系とし、物性値が上記式(10)の関係を満たし、スケール比λが上記式(7)及び(9)を満たすよう設定したオイル-水溶液系を用いて、エトベス数Eoが一致するよう水溶液の密度を調整した例である。その結果、フルード数Fr、レイノルズ数Re、ウェーバー数We及びエトベス数Eoの全ての相似則を満たすことができた。すなわち、これらの実施例では、relative Fr、relative Re、relative We、relative Eoの誤差がいずれも5%未満であり、これら4つの無次元数について相似則が同時に満たされているといえる。これら実施例においては、溶融スラグに作用する浮力、粘性力、慣性力及び溶融スラグ-溶鋼間の界面張力の4つの影響が正確に再現できる。例えば、実施例1の条件からシリコーンオイルの粘度を上下させる、あるいは、水溶液中に界面活性剤を添加して界面張力を下げることによって、溶融スラグの粘度や溶融スラグ-溶鋼間の界面張力の変化が巻込現象に及ぼす影響を定量的に評価することも可能である。ここでいう定量的の意味は、物理モデル実験系における粘度や界面張力の変化と、模擬対象系における粘度や界面張力の変化とを、定量的に紐づけられるという意味である。例えば、溶融スラグ-溶鋼間の界面張力が1400mN/mから1200mN/mに低下する影響、或いは、溶融スラグの粘度が0.2Pa・sから5Pa・sに上昇する影響等を、物理モデル実験系において再現することが可能である。この定量性こそが、本開示の技術に係る物理モデル実験の特徴であり優位点である。
【0060】
比較例1は、実施例1と同じ溶融スラグ-溶鋼系を模擬対象としたが、溶鋼を模擬する液体にSPT水溶液ではなく水を用いた例である。比較例1では、水とオイルとの密度差が小さいことに起因して、エトベス数Eoが模擬対象系と物理モデル実験系とで大きく乖離し、浮力の影響が再現できない物理モデル実験装置となった。
【0061】
比較例2は、実施例2と同じ溶融スラグ-溶鋼系を模擬対象としたが、オイルの物性値の選定およびスケール比の設定が不適当であるので、ウェーバー数Weが模擬対象系と物理モデル実験系とで大きく乖離し、界面張力の影響が再現できない物理モデル実験装置となった。
【0062】
図2は、溶鋼中への溶融スラグの巻込み現象を模擬する物理モデル実験装置の実施例である。図2に示された装置は、溶鋼模擬液体に流動を付加する手段を有している。具体的には、図2の実施例は、鋼の連続鋳造の鋳型を模した装置であり、鋳型容器の中に、溶鋼模擬液体に流動を付加する撹拌羽根車と、流れを妨げる円筒状の模擬ノズルと、表1中の実施例1の溶鋼模擬液体及び溶融スラグ模擬液体と、を有する。図2中の寸法は、単位がmmであり、鋳型容器の寸法は内寸を示す。図2には鋳型容器の肉厚を表現していないが、25mmの厚みを有する透明なアクリル板で構成されており、溶融スラグ模擬液体が巻き込まれる様子を外部から観察することができる。図2には鋼の連続鋳造の鋳型を模した装置を示したが、本発明による実験装置は取鍋内の撹拌などを含め幅広い溶鋼-溶融スラグ系の流動現象において溶融スラグが溶鋼中に巻き込まれる挙動の再現に用いることができる。
【符号の説明】
【0063】
10 溶融スラグ模擬液体
20 溶鋼模擬液体
30x、30y、30z 溶鋼模擬液体に流動を付加する手段
40 容器
100 物理モデル実験装置
図1
図2