(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023065513
(43)【公開日】2023-05-12
(54)【発明の名称】感情分類の方法及び装置
(51)【国際特許分類】
G06Q 50/10 20120101AFI20230502BHJP
【FI】
G06Q50/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
【公開請求】
(21)【出願番号】P 2023026815
(22)【出願日】2023-02-23
(71)【出願人】
【識別番号】721010858
【氏名又は名称】関家 直樹
(72)【発明者】
【氏名】関家 直樹
(57)【要約】 (修正有)
【課題】感情の分析や実験を行うにあたり、「喜び」や「悲しみ」といった感情を示す言葉が、発生原理別に分類され、その意味に基づき区別できる感情分類の方法及び装置を提供する。
【解決手段】環状分類プロセスは、感情を、(1)絶対性/普遍性の要求に基づく「事物が何で(どう)あるべきか」についての倫理的/審美的感情、(2)人格を伴う言語感性による笑いや泣きといった言語運用上の反応、(3)言語認識上又は現実における物的対象の制御/獲得とその量差の希求による反応(4)純粋な身体上の物的状態/反応としての生体状態/反応の感知、の4つに分類する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれの発生原理に基づき以下4つの分類を用いることによる感情分類の方法。
(1)絶対性/普遍性の要求に基づく「事物が何で(どう)あるべきか」についての倫理的/審美的感情
(2)人格を伴う言語感性による笑いや泣きといった言語運用上の反応
(3)言語認識上又は現実における物的対象の制御/獲得とその量差の希求による反応
(4)純粋な身体上の物的状態/反応としての生体状態/反応の感知
【請求項2】
それぞれの発生原理に基づき以下4つの分類を用いることによる感情分類の装置。
(1)絶対性/普遍性の要求に基づく「事物が何で(どう)あるべきか」についての倫理的/審美的感情
(2)人格を伴う言語感性による笑いや泣きといった言語運用上の反応
(3)言語認識上又は現実における物的対象の制御/獲得とその量差の希求による反応
(4)純粋な身体上の物的状態/反応としての生体状態/反応の感知
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感情分類の方法とその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの事業者や技術者によって、感情を分類する装置又は方法の開発が進められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】「認識と感情の推定方法」(特願2021―181544、PCT/JP2022/007429)
【特許文献2】「デザイン評価の方法及び装置」(特願2022-131641)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
感情の分析や実験を行うにあたり、「喜び」や「悲しみ」といった感情を示す言葉が、発生原理別に分類され、その意味に基づき区別できることが望ましい。
【0005】
本発明のアプローチは、文献1の「認識と感情の推定方法」(特願2021―181544、PCT/JP2022/007429)及び文献2の「デザイン評価の方法及び装置」(特願2022-131641)に基づく。
【0006】
但し、特許文献1と2においては、おもに人格を伴う言語活動上における認識と感情を取り扱っているため、本発明において、生物の身体反応/状態における快不快等としての「喜び」や「悲しみ」等への言及を加える。
【0007】
従来技術においては、発生原理が異なり、したがって意味もまた異なるにもかかわらず、「喜び」や「悲しみ」といった感情を示す単語が、様々な意味で多義的に用いられている。
【0008】
例えば、倫理的また美的感覚においての目的達成是非に「喜び」や「悲しみ」の単語が適用される一方、言語運用において発声しようとする意味対象の衝突や打消しによる発声上の不具合でありながら「笑い」が「喜び」のアイコンとされ、また一方、支配衝動や獲得衝動の充足またその量差的優位に対しても「喜び」の単語が適用され、さらには生物身体上の快不快等への認識にもまた「喜び」や「悲しみ」の単語が適用されている。
【0009】
そのため、感情に関する分析や実験を行うにあたり、「喜び」や「悲しみ」といった感情を示す単語を用いる際、当該単語が、どういった発生原理に基づく意味での「喜び」や「悲しみ」であるかを、分類する必要がある。
【0010】
感情分類における多義性の原因は、対象によって感情を定義しようとするところにあると推測される。
【0011】
例えば、「喜び」という感情を示す単語が用いられる対象は、以下が挙げられる;
(1)個々の人格によって自由に選択され要求された何らかの目的(「事物が何で(どう)あるべきか」)に、その要求された目的に適合する事物のあり様
(2)人格を伴う言語認識により、「事物が何で(どう)あるか」が設定され運用されるにおいて、発話/想起が意図される対象が複数ある等により、発話をしながらの発話の中断としての「笑い」が生じる事態
(なお補足として、「笑い」は実際は発話失敗であり、「泣き」は発話/想起対象が認識できないことによる発話/想起不可時の発話/想起失敗の反応であり、「笑い」や「泣き」は発話/想起の意味内容が喜ばしいことであるか悲しいことであるか等にかかわらず発生するため、「笑い」や「泣き」が感情に分類できるかどうかは疑問がある)
(3)物的対象の制御/支配/獲得、またそれらの獲得量や順位といった事物の量差に優位を感じる事態
(なお補足として、制御/獲得の希求と量差の希求は、本発明の説明において便宜上、「物的対象への希求」という共通点でまとめてはいるものの、厳密に「発生原理」ということを問うのであれば、生物身体の諸反応と同様、例えば「物的対象を獲得することの喜び」と「量が多いことの喜び」といった違いに基づき詳細に区別されて然るべきである。)
(またさらに補足として、物的対象に対する反応は人間と人間以外の生物との間で共通するとはいえ、人格を伴う言語活動は、人間と人間以外の生物との間で共通ではない。そのため、人格を伴う言語活動上で名(記号)を用いて認識される場合の物的対象への認識は、人間と人間以外の生物との間で共通ではない。)
(4)生物の身体上の状態/反応への感知
【0012】
加えて、上記(1)から(4)の対象はそれぞれ多岐にわたる。
【0013】
即ち、上記(1)の倫理的/審美的感情の原因となる「事物が何で(どう)あるべきか」の要求は、国の在り方、人生観、音楽や絵画といった芸術表現、仕事の仕方、物の形状等、あらゆる事柄が対象となる。その上、「事物が何で(どう)あるべきか」の要求の内容の構築や承認は、個々の人格の自由による。
【0014】
また上記(2)の言語運用の前提となる「事物が何で(どう)あるか」の認識自体への認識は、個々人の人格によって自由に構築されるため、ソシュールに指摘されるように、記号も記号の対象も個々人で異なり得る。事実、言語そのものや個々人の物事の捉え方は多様である。
【0015】
また上記(3)の物的制御/獲得とその量差の優位/不利の認識の対象も、物性を問えるあらゆる事柄が対象となる。即ち、人格を伴う言語認識においては、物として取り扱われるあらゆる名(記号)と名(記号)に結びつけられたあらゆる概念、及び例えば試験成績や製品スペック等、言語認識上のあらゆる対象の獲得量多寡やランク上下等が挙げられ、現実の物的対象としては力の強さや力関係における序列、何らかの制御/獲得対象、等が挙げられる。
【0016】
また上記(4)の生体の状態/反応の感知対象も言うまでもなく多様であり、感知される対象としては満腹かどうか、適温かどうか、温度変化が心地よいか、覚醒しているか眠気があるか、心拍はどうか、等様々挙げられる。
【0017】
そのため、(1)~(4)のそれぞれの対象から見ても、対象によって感情を定義することはできない。
【0018】
つまり、「喜び」という単語一つをとっても、そもそもどういった意味での「喜び」であるかが発生原理によって区別されなければ、定義不可能であり、またそれぞれの発生原理においても「喜び」という単語が用いられる対象が多岐にわたり、それらの対象をひとくくりにできる単語がないため、この点でも、対象によって「喜び」を定義することは不可能となる。
【0019】
感情の発生原理の異なる対象を一緒くたにできないために、対象に基づく定義が不可能になることは、「悲しみ」「怒り」「恐れ」といった感情を示す語にも当てはまる。
【0020】
感情を示す語は対象に基づく定義が不可能であるため、感情を示す語の意味の分別が発生原理に基づき行われない場合、感情の分析と実験は困難となる。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明においては、感情分類の方法及び装置を提供する。
【0022】
上記の問題解決の解決として、対象ではなく発生原理によって感情を示す語を定義することによって、感情を示す語を、本質的に異なるそれぞれの意味毎に分類することができる。
【0023】
即ち、本発明の感情分類においては、下記(1)乃至(4)の発生原理に基づき、感情を示す語を分類する。(1)個々の人格によって自由に選択され要求された何らかの目的(「事物が何で(どう)あるべきか」)に事物が適合するかどうかの倫理的/美的判断、(2)「事物が何であるか」を設定し、事物に名を付与して名を身体上で扱うことによる言語運用上の身体反応(実際は意味内容にかかわらない発話/想起に伴う身体反応であるため、感情に分類できるかどうかは疑問がある)、(3)言語認識上又は現実の何らかの物的対象の制御/支配/獲得及びその量差への反応(4)生体の状態/反応の感知
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、発生原理に基づき分類された感情の意味による感情の分析や実験が可能な、感情分類の方法又は装置を提供することができる。
【0025】
即ち、先ず、本発明により、(1)倫理的/美的感情、(2)言語運用上の反応、(3)物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応、(4)生体状態/反応への感知の混同を避けることができる。
【0026】
ここで、(1)倫理的/美的感情と、(2)言語運用上の反応の区別について説明する。
【0027】
(1)倫理的/美的感情は、個々の人格に自由に設定され要求される、何らかの事物の何らかの「目的」に基づく。「目的」は言い換えれば「事物が何で(どう)あるべきか」であり、「事物が何で(どう)あるべきか」の側面即ち言い換えとして、事物の絶対性、普遍性、不変性、本質、法則性、永遠性、善悪の基準、生死の基準、存在是非の基準、美の基準が挙げられる。
【0028】
一方、言語運用上の反応は、人格によって設定され要求される、「事物が何で(どう)あるか」の認識そのものへの認識に基づき、そこに「こうあるべき」という絶対性/普遍性の要求はない。
【0029】
笑いや泣きは、言語運用上の反応であり、倫理的/美的に善いものに対しても悪いものに対しても発生し、それは何らかの「その事物が何で(どう)あるか」の認識そのものに対しての発話/想起の複合、中断、不可能によって生じる。それらは、対象を何ものとして認識するかの段階や、その認識について如何なる名(記号)を用いるかの段階のそれぞれにおける発話/想起処理に関する。
【0030】
なお、倫理的/美的判断に関する話題が言語運用上取り扱われることは当然あるため、笑いや泣きの原因となる、何らかの「不一致」という言語運用上の認識が、倫理的/美的判断においても不一致とされる事柄である場合がある。この場合は、単に話題に含まれたというだけで、笑いや泣きの反応そのものから言えば、前提の認識はどうあれ、身体上にあらわれるところの、言語運用上の反応と言える。
【0031】
一方、ひとつの認識に対して意味の唯一性を問う判断そのものが、倫理的/美的感性に常に由来しているかどうかは、検討の余地がある。ただいずれにせよこの場合も、笑いや泣きといった反応自体については、言語運用の結果としての身体反応である。
【0032】
そのため、(1)倫理的/美的感情は、(2)言語運用上の反応と区別される。
【0033】
(1)倫理的/美的感情と、(2)言語運用上の反応の区別によって、何らかの目的に基づく喜びや悲しみと、言語運用上の笑いや泣きといった発話/想起時反応を区別して感情の分析をすることができる。
【0034】
次に、(1)倫理的/美的感情と、(3)物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応の区別について説明する。
【0035】
ある物的対象(所有/支配対象、獲得する獲物、物的縄張り、興奮/威嚇表現、物的威力等)を希求したり、ある物的対象の量基準の認知に基づき、何らかの量の大小を競ったりするという事態が存在する。
【0036】
ここでの物的対象とは、人格による言語認識上にのみ存在する対象も含む。即ち、言語活動上においては、名(記号)という物的側面を持つ対象の運用によって、名(記号)が付けられたあらゆる事象が、「数えられる物」として扱われる。
【0037】
人格による言語認識上にのみ存在する物的対象は、例えばゲーム等における何らかのポイントや地位等の序列などが挙げられる。
【0038】
人格による言語認識上にのみ存在する対象への認識は、人格を伴わない生物とは共通しない一方、現実に存在する物的対象への認識は、人間と他生物との間で共通である。
【0039】
言語認識上の対象に対してであれ、現実の物的事象に対してであれ、物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応は、シンプルに「対象を制御/支配/所有/獲得できるか、対象の量が大であるか小であるか」に基づき、倫理的対象即ち目的の達成是非への認識とは別物である。
【0040】
但し、倫理的/美的感性によって定められる目的は自由に定められるため、例えば「所有/支配/獲得の量差の圧倒的であること」が目的として定められてそこに絶対性/普遍性が要求され、達成又は未達成時には倫理的/美的感性に基づく感情があらわれることがある。しかしそれはあくまで倫理的/美的感性を発生原理としている感情であって、物的対象の制御/獲得とその量差への希求に基づく感情は個別に別途発現可能であるため、二者は区別される。
【0041】
加えて、生物の機能に基づく意識や本能は、人格によって構築される言語認識とは全く別に独立していて、倫理認識「事物が何(どう)であるべきか」は、絶対性/普遍性の要求対象としての言語認識「事物が何(どう)であるか」を前提とする。
【0042】
さらには、生物の機能の性質や本能の性質は倫理性と相反する。生物の機能に基づく意識や本能における衝動として観察されるものとしては、他から奪う衝動や、支配/排他衝動、物的量差の希求等もあり、倫理性はこうした自然由来の衝動に服や法でもって相対し秩序を要求する。
【0043】
人間以外の生物においては、生物の機能に基づく意識や、本能における衝動と相反する倫理性は観察されない。即ち、動物の身体を恥じて服と法で本能そのものと共に否定したり、新規に要求した秩序で「自己のあるべき姿」を構築したり、その存在そのものの善悪を問うたりするようなことは観察されない。
【0044】
人間が倫理性を働かせるにあたっては、倫理性によって定められる目的(「事物が何(どう)であるべきか」)は自由に選択されるため、倫理に反する内容の「生物の機能や本能に基づく衝動を満たすこと」もまた目的とされ得るとはいえ、「目的を果たそう」という倫理的意図と、生物の機能に基づく意識や本能における衝動は本質的に異なる。
【0045】
そのため、例えば目的が達成されることによる、個々人にとっての「そうあるべき何かがまさにその通りであること」への喜びと、他から奪うことや、支配し所有することへの生物の機能に基づく意識や本能における衝動の満足という意味での喜びは、発生原理からして全く別のものである。
【0046】
(1)倫理的/美的感情と、(3)物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応の区別によって、何らかの目的即ち「事物が何で(どう)あるべきか」という絶対性/普遍性の要求に基づく「喜び」や「悲しみ」等の感情と、ある物的対象を制御/支配/所有/獲得できるかどうか、またその量が大であるか小であるか、即ち優位であるか下位であるかの認識に基づく「喜び」や「悲しみ」等の感情を区別して感情の分析をすることができる。
【0047】
次に、(1)倫理的/美的感情と、(4)生体状態/反応への感知の区別について説明する。
【0048】
当然ながら、倫理的/美的感性において求められる絶対性/普遍性の成立是非における喜び等の感情と、生体が適温かどうか、覚醒しているか眠気があるか、筋負担が少ないかどうかといった心地よさ/不快さもまた、発生原理からして全く別のものである。
【0049】
倫理的/美的認識が人格を伴う言語認識を前提とし、生体機能が人格を伴う言語認識に対して独立していることからも、倫理的/美的認識と生体状態/反応への感知は区別される。
【0050】
(1)倫理的/美的感情と、(4)生体状態/反応への感知の区別によって、「事物が何で(どう)あるべきか」という絶対性/普遍性の要求に基づく「感情」と、生体における快不快等を区別して感情の分析をすることができる。
【0051】
次に、(2)言語運用上の反応と、(3)物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応の区別について説明する。
【0052】
人格を伴う言語認識の発端は、「事物が何で(どう)あるか」の設定であって、「事物が何で(どう)あるか」は、ひとつの事柄として矛盾なく認識される限り成立する。「事物が何で(どう)あるか」の設定は、あらゆる事柄が対象となる。ここでの「矛盾なく認識されるあらゆる事柄」とは、ひとつの事柄として認識されるかどうかに基づき、何らかの「矛盾したもの」や「混同されたもの」といった対象も含む。
【0053】
ここで、ひとつひとつの自由に構成された認識単位に対して、自由に形成された名(記号)が付与されて、発声器官を借りたり手足のジェスチャーを用いて身体上で表現されたり、又は身体の外の文字で表現されたりするのであるが、
【0054】
身体上で発話/想起しようとするときに、あるひとつの事柄について、言語認識上で発話/想起するものとして選択されるものが、複数あったり、肯定と同時に否定されたりすることがある。また、発話/想起対象の選択以前に、あるひとつの事柄についての「それが何(どう)であるか」という認識そのものが、新規の認識によって破壊され、そもそもの認識自体が不可能な場合もある。
【0055】
こうした事柄について言語認識上で扱おうとするときには、当然、発話/想起と同時のストッピングや、発話/想起が不可能な事柄の発話/想起の試みといったエラーが生じる。
【0056】
一方、物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応は、こうした発話/想起とは当然に発生原理を別にする。
【0057】
人間以外の地上の生物においては、「所有」といった概念を俯瞰し名(記号)をもってその所有構造を自由に構築するようなことのないまま、眼前の物的対象の制御/支配/所有/獲得を行う。
【0058】
また、人間以外の地上の生物において、物的な形や順序や序列による判断が行われるのであるが、例えば"時間"について、人格を伴う言語認識があれば、事象の生起そのものを名(記号)を用いて数え、時間の概念を構築できるが、一方、人間以外の地上の生物の順序の認識においては、眼前のある対象が別の対象に対して次に来るかどうかが認識されていて、各事象そのものを名(記号)の対象として捉えて各事象の生起サイクルを俯瞰し比較照合することを行っているわけではない。
【0059】
そのため、人間以外の地上の生物においては、現実上の物的対象の前後関係を判断しその前後差を求めることはあっても、事象の生起そのものに名(記号)をつけて言語認識上で生起サイクルを仮想したり計算したりするわけではない。即ち、そこに認識そのものに対する認識はない。
【0060】
物の序列への認識についても同様、人格を伴う言語認識においては、各事象そのものを名(記号)の対象として捉えて各事象の序列を問う一方、人間以外の地上の生物においては、ただ眼前の対象の物的力関係をもって序列を認識する。
【0061】
ここにおいて、物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応は、人格を伴う言語認識上においても、人間以外の地上の生物の認知においても、興奮、消沈、威嚇、怯え等、観察される。その相違は人格を伴う言語認識によって事象そのものが俯瞰されているかどうかである。
【0062】
即ち、人格による言語認識がなくても、物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応が生じているため、言語運用上の反応と、物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応は発生原理が異なる。
【0063】
(2)言語運用上の反応と、(3)物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応の区別によって、言語における名(記号)と認識対象の照合や、認識そのものへの認識構成に伴う身体反応と、物的対象を制御/獲得できるかどうか、またその量の大小、即ち優位か不利かへの認識に伴う反応を区別して、感情の分析をすることができる。
【0064】
次に、(2)言語運用上の反応と、(4)生体状態/反応への感知の区別について説明する。
【0065】
人間以外の生物においては、「事物が何(どう)であるか」の認識そのものへの認識がなく、そのため、その言語認識の証左としての、自由な認識構築や、いち生物という自己存在そのものからの自由な脱却等が観察されない。
【0066】
言語運用上の反応の例として、笑いにおいては、発話/想起と同時の発話/想起の中断が起こる。即ち笑いは、発話/想起の対象となるひとつの事柄についての「その事物が何(どう)であるか」の認識そのものが、複数認識されるか又は認識されると同時に認識が否定されるかによる、発話/想起の重複あるいは発話/想起と同時の発話/想起の強制停止によって生じる。泣きにおいては新規認識により想起対象の「その事物が何で(どう)あるか」の認識そのものへの認識が壊れて認識不可能になり、ひいては発話/想起もまた不可能になる。
【0067】
即ち、(2)言語運用上の反応は、名(記号)の運用のために脳や喉や手足といった身体を黒板のように扱うことによっていて、しかも名(記号)は本来、完全に自由に設定することが可能であり、身体とは本来無関係であるから、(4)生体の反応/状態の感知と区別される。
【0068】
(2)言語運用上の反応と、(4)生体状態/反応への感知の区別によって、笑いや泣きといった言語運用における意味と対象の照合の結果と、生体の状態/反応への感知結果を区別して感情の分析をすることができる。
【0069】
次に、(3)物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応と、(4)生体状態/反応への感知の区別について説明する。
【0070】
物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応は、意識上に生じるものであって、制御/獲得対象を認識する意識や、基準となる量と、基準量と比較される量の認識が前提であり、生体の状態/反応、即ち、温度変化や心拍変化に常に伴うものではない。
【0071】
(3)物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応と、(4)生体状態/反応への感知の区別によって、物的対象を制御/獲得できるかどうか、またその量の大小、即ち優位か不利かへの認識に伴う快不快等と、生体の状態/反応の感知結果としての快不快等を区別して、感情の分析をすることができる。
【0072】
以上、上記において各発生原理に基づく区別の効果を述べた。
【0073】
本発明の他の効果として、課題対処の面から言えば、解決すべき感情や反応を特定することができる。(1)倫理的/美的感情に関しては絶対性/普遍性の要求される対象、(2)言語運用上の反応に関しては意味の複合/肯定/否定の対象、(3)物的対象の制御/獲得とその量差への希求における反応に関しては基準量及び基準量と比較される量、(4)生体状態/反応への感知については当該生体状態/反応、といったように、それぞれ個別に対応する事ができる。
【0074】
そのため、例えば、生体状態/反応の快不快や、物的制御/獲得また物的量差に対する快不快について、倫理的/美的感覚における良し悪しの問題として対処するような、誤解に基づく課題対処を防ぐことができる。
【0075】
即ち、例えば、医療カウンセリング、犯罪予防、学校教育における児童指導等において、感情分析を行うにあたり、動機や衝動が、倫理的/美的認識に基づくか、物的対象の制御/獲得とその物的量差への希求に基づくか、あるいは単に生体の状態/反応に基づくかを分析し、対処方法を特定する事ができる。
【0076】
また或いは本発明により、例えばもし脳や表情等の身体の測定により、上記いずれかの発生原理に固有の反応を検出する事が出来れば、身体計測による感情推定において、発生原理に基づく意味分析が可能となる。
【0077】
但し、脳はあくまで動物のそれであり、人格を伴う言語のための記号、即ち身体をどう扱うかは言語毎また個人毎に自由に設定され、さらには倫理/美的認識における「事物が何(どう)であるべきか」も言語認識における「事物が何(どう)であるか」も自由に設定されるため、「倫理的/美的感性又は人格を伴う言語のための脳や身体」というものは存在し得ない。
【0078】
そのため、何らかの倫理的/美的感情及び言語反応に固有の脳反応等が身体から検出されない場合があることも考えられる。
【0079】
倫理的/美的活動及び人格を伴う言語運用において、生物の身体は、倫理/美的感性及び人格を伴う言語とは本来全く無関係の、表現のための黒板のようなものに過ぎないためである。
【0080】
そのため、発生原理が異なる感情同士であっても、身体上の反応としては似通るということがあり得る。例えば、倫理的/美的感覚において目的が満たされる場合も、所有による満足やその量差における優位が得られる場合も、どちらの脳反応も同じとなる可能性がある(尚、異なる感情の身体反応が同じであることは、身体反応によっては感情を定義できないことを示す)。
【発明を実施するための形態】
【実施例0081】
本発明の実施例を示す。
【0082】
本発明では、例えば、
図2に示すような感情を示す用語の感情と反応の発生原理に基づく分類表を準備して、
図1に示すような感情分類プロセスを実施する。
【0083】
即ち、本発明は、例えば感情の分析や実験において、取扱い対象となる感情又は反応が、(1)倫理的/美的感覚に基づくものであるか、(2)人格を伴う言語のために身体を用いることによる反応であるか、(3)物的対象の制御/獲得及びその物的量差の優位不利の認識に基づくものであるか、(4)生物身体上の快不快や興奮消沈等によるものであるか、といったように、発生原理別に分類するものである。
【0084】
本発明は、様々な分類プロセスに組み込むことができる。
【0085】
「喜び」「悲しみ」といった分類に用いる表記などは適宜変更するものとする。
以上により、本発明による感情分類の方法によれば、感情を示す用語を感情や反応の発生原理別に分類して感情の分析や実験ができる、という効果が得られるため、例えば、身体計測からの感情推定、危険運転等を引き起こし得る感情の検出、製品に対する官能評価や感性分析、医療カウンセリング等、感情に関する分析や実験において有用である。