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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023066021
(43)【公開日】2023-05-15
(54)【発明の名称】化合物およびその用途
(51)【国際特許分類】
   C07D 311/82 20060101AFI20230508BHJP
   G01N 33/533 20060101ALI20230508BHJP
   C07D 493/10 20060101ALI20230508BHJP
【FI】
C07D311/82 CSP
G01N33/533
C07D493/10 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021176500
(22)【出願日】2021-10-28
(71)【出願人】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】中川 秀彦
(72)【発明者】
【氏名】川口 充康
(72)【発明者】
【氏名】家田 直弥
【テーマコード(参考)】
4C071
【Fターム(参考)】
4C071AA04
4C071AA07
4C071BB01
4C071BB07
4C071CC12
4C071DD19
4C071EE05
4C071FF17
4C071HH05
4C071HH09
4C071HH17
4C071KK01
4C071LL10
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明はCys-SSHに対する反応選択性に優れ、細胞内のCys-SSHを蛍光ラベルできる化合物、および前記化合物の用途を提供する。
【解決手段】下式(1)で表される化合物およびその塩。

Y:SO-R基。R:置換基を有してもよい炭素数1~10のアルキル基。Z:ハロゲン原子、ニトロ基またはシアノ基。L:蛍光化合物由来の原子団。n:1~4の整数。n個のRのうち少なくとも1個はカルボキシル基である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下式(1)で表される、化合物およびその塩。
【化1】
式(1)中、YはSO-R基であり、
は、置換基を有してもよい炭素数1~10のアルキル基であり、
Zは、ハロゲン原子、ニトロ基またはシアノ基であり、
は、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1~20のアルキル基、置換基を有してもよい炭素数1~20のアルコキシ基、カルボキシル基およびアミド基からなる群から選ばれる少なくとも1種以上であり、
nは1~4の整数であり、
n個のRのうち少なくとも1個は、カルボキシル基であり、
は、蛍光化合物に由来する原子団である。
【請求項2】
前記Rが、置換基を有してもよい炭素数1~3のアルキル基である、請求項1に記載の化合物およびその塩。
【請求項3】
前記Zが、ニトロ基である、請求項1または2に記載の化合物およびその塩。
【請求項4】
前記Zが、ベンゼン環に結合したアミド結合に対してパラ位に結合している、請求項1~3のいずれか一項に記載の化合物およびその塩。
【請求項5】
前記Yが、ベンゼン環に結合したZに対してオルト位に結合している、請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物およびその塩。
【請求項6】
前記蛍光化合物が、クマリン、ローダミン誘導体、ロドール、TokyoGreen、TokyoMagentaおよびSingaporeGreenからなる群から選ばれる1種以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の化合物およびその塩。
【請求項7】
前記Lが、下式(g1)で表される基である、請求項1~6のいずれか一項に記載の化合物およびその塩。
【化2】
およびXは、それぞれ独立して水素原子またはハロゲン原子であり、
、Rは、それぞれ独立して、水素原子、水酸基、ケトン基、置換基を有してもよいアミノ基または置換基を有してもよい炭素数2~20のアシル基である。
【請求項8】
前記nが1であり、かつ、前記Rがカルボキシル基である、請求項1~7のいずれか一項に記載の化合物およびその塩。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の化合物および前記化合物の塩からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を用い、Cys-SSHを蛍光ラベリングする、方法。
【請求項10】
Cys-SSHを蛍光ラベリングするための試薬であり、
請求項1~8のいずれか一項に記載の化合物および前記化合物の塩からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む、蛍光ラベリング用試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
S-sulfhydrationと呼ばれるタンパク質の翻訳後修飾反応が知られている。S-sulfhydrationにおいては、Cys残基のチオール基部分がhydropersulfideとなり、Cys-SSH構造が生成する。
【0003】
近年、様々なタンパク質においてS-sulfhydrationが起こることが明らかになっている。このCys残基の翻訳後修飾は、例えば、タンパク質の機能調節、遺伝子発現等に関与すると考えられている。
しかし、この翻訳後修飾を受けたS-sulfhydryl化タンパク質の生合成経路や細胞内における局在、その生理的意義については不明な点が多い。そのため、細胞内のS-sulfhydryl化タンパク質の高感度な検出系の開発が望まれている。
【0004】
活性硫黄種としてのH(hydrogen disulfide)を検出する蛍光プローブは、いくつか提案されている(例えば、非特許文献1~4)。
【0005】
【化1】
【0006】
しかし、NRT-HP、SSP4、QSはいずれもCys-SSHを検出できない。Cy-DiseはCys-SSHを検出できることが報告されているが、検出反応において競合する化学種となるHとも反応し得る。そのため、Cys-SSHに対する反応選択性が不充分である。
加えて、これらのプローブはいずれもH等の活性硫黄種と反応して蛍光が変化するため、Cys-SSHをラベルできない。
【0007】
特許文献1では、特定のニトロベンゼン誘導体およびその塩によって、がん細胞で過剰発現するグルタチオン-S-トランスフェラーゼP1の活性を選択的に検出することが提案されている。
しかし、特許文献1の実施例では、生細胞内に存在するCys-SSHを検出していない。また、Cys-SSHに対する反応選択性にも改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2018/174253号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Anal.Chem.,88,7206(2016)
【非特許文献2】Chem.Sci.,4,2892(2013)
【非特許文献3】Anal.Chem.,87,3004(2015)
【非特許文献4】Chem.Sci.,7,5098(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、Cys-SSHに対する反応選択性に優れ、細胞内のCys-SSHを蛍光ラベルできる化合物;および前記化合物の用途を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、下記の態様を有する。
[1] 下式(1)で表される、化合物およびその塩。
【0012】
【化2】
【0013】
式(1)中、YはSO-R基であり、
は、置換基を有してもよい炭素数1~10のアルキル基であり、
Zは、ハロゲン原子、ニトロ基またはシアノ基であり、
は、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1~20のアルキル基、置換基を有してもよい炭素数1~20のアルコキシ基、カルボキシル基およびアミド基からなる群から選ばれる少なくとも1種以上であり、
nは1~4の整数であり、
n個のRのうち少なくとも1個は、カルボキシル基であり、
は、蛍光化合物に由来する原子団である。
【0014】
[2] 前記Rが、置換基を有してもよい炭素数1~3のアルキル基である、[1]の化合物およびその塩。
[3] 前記Zが、ニトロ基である、[1]または[2]の化合物およびその塩。
[4] 前記Zが、ベンゼン環に結合したアミド結合に対してパラ位に結合している、[1]~[3]のいずれかの化合物およびその塩。
[5] 前記Yが、ベンゼン環に結合したZに対してオルト位に結合している、[1]~[4]のいずれかの化合物およびその塩。
[6] 前記蛍光化合物が、クマリン、ローダミン誘導体、ロドール、TokyoGreen、TokyoMagentaおよびSingaporeGreenからなる群から選ばれる1種以上である、[1]~[5]のいずれかの化合物およびその塩。
[7] 前記Lが、下式(g1)で表される基である、[1]~[6]のいずれかの化合物およびその塩。
【0015】
【化3】
【0016】
およびXは、それぞれ独立して水素原子またはハロゲン原子であり、
、Rは、それぞれ独立して、水素原子、水酸基、ケトン基、置換基を有してもよいアミノ基または置換基を有してもよい炭素数2~20のアシル基である。
【0017】
[8] 前記nが1であり、かつ、前記Rがカルボキシル基である、[1]~[7]のいずれかの化合物およびその塩。
[9] [1]~[8]のいずれかの化合物および前記化合物の塩からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を用い、Cys-SSHを蛍光ラベリングする、方法。
[10] Cys-SSHを蛍光ラベリングするための試薬であり;[1]~[8]のいずれかの化合物および前記化合物の塩からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む、蛍光ラベリング用試薬。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、Cys-SSHに対する反応選択性に優れ、細胞内のCys-SSHを蛍光ラベルできる化合物;および前記化合物の用途が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】化合物F-72のCys-SSHに対する反応選択性の評価結果を示す。
図2】化合物F-82のCys-SSHに対する反応選択性の評価結果を示す。
図3】化合物F-42のCys-SSHに対する反応選択性の評価結果を示す。
図4】Cys-SSHの生細胞イメージングを行った結果を示す。
図5図4の生細胞イメージングにおいて蛍光強度の定量を行った結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本明細書において、式(1)で表される化合物を化合物(1)と記載する。他の式で表される化合物も同様に記載する。
本明細書において、式(g1)で表される基を基(g1)と記載する。他の式で表される基も同様に記載する。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0021】
1.化合物の実施の態様
本発明の化合物(1)は、以下に示す通りである。
【0022】
【化4】
【0023】
式(1)中、YはSO-R基である。SO-R基は、CysSSHの硫黄原子により求核攻撃を受けて脱離することにより、Cys-SSH構造と共有結合を形成し得る。そのため、化合物(1)はCys-SSHを検出できる。
加えて、SO-R基は、CysSSHの硫黄原子に対する求電子性が適度に高いため、化合物(1)のCys-SSHに対する反応選択性が高くなる。
【0024】
SO-R基におけるRは、置換基を有してもよい炭素数1~10のアルキル基である。Rにおける置換基は特に限定されない。任意の置換基が挙げられる。
任意の置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)、アミノ基、シリル基、アシル基が挙げられる。ただし、任意の置換基はこれらの例示に限定されない。
【0025】
は、任意の置換基を1個だけ有してもよく、2個以上の任意の置換基を有してもよい。Rが任意の置換基を2個以上有する場合、2個以上の任意の置換基は互いに同一でも異なっていてもよい。ただし、Rとしてのアルキル基は任意の置換基を有さないこと、すなわち、Rは非置換であることが好ましい。
【0026】
Cys-SSHに対する反応選択性がさらに優れる点から、Rとしては置換基を有してもよい炭素数1~3のアルキル基が好ましく、置換基を有してもよいイソプロピル基、置換基を有してもよいエチル基、置換基を有してもよいメチル基がより好ましく、置換基を有してもよいメチル基がさらに好ましい。
置換基を有してもよいイソプロピル基、エチル基、メチル基における置換基としては、ハロゲン原子が好ましい。
【0027】
が置換基を有してもよいメチル基であるとき、Yは置換基を有してもよいメシル基となる。メシル基は-SO-CHである。
置換基を有してもよいメシル基における置換基としては、ハロゲン原子が好ましい。
【0028】
式(1)中、Zは、ハロゲン原子、ニトロ基またはシアノ基である。Cys-SSHに対する反応性を制御しやすい点から、Zとしては、ニトロ基が好ましい。
【0029】
式(1)中、Rは、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1~20のアルキル基、置換基を有してもよい炭素数1~20のアルコキシ基、カルボキシル基およびアミド基からなる群から選ばれる少なくとも1種以上である。
【0030】
式(1)中、nは1~4の整数である。また、n個のRのうち少なくとも1個はカルボキシル基である。化合物(1)においては、Rの少なくとも1個がカルボキシル基である。そのため、Cys-SSHに対する反応性が向上する、親水性および水溶性が向上する等の利点がある。
nは、1~3が好ましく、1~2がより好ましく、1がさらに好ましい。
【0031】
の置換基を有してもよい炭素数1~20のアルキル基、置換基を有してもよい炭素数1~20のアルコキシ基における置換基は、特に限定されない。任意の置換基が挙げられる。例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)、アミノ基、シリル基、アシル基が挙げられる。
における置換基を有してもよいアルキル基の炭素数は1~12が好ましく、1~8がより好ましく、1~4がさらに好ましく、1または2が特に好ましく、1が最も好ましい。
における置換基を有してもよいアルコキシ基の炭素数は1~12が好ましく、1~8がより好ましく、1~4がさらに好ましく、1または2が特に好ましく、1が最も好ましい。
【0032】
式(1)中、Lは、蛍光化合物に由来する原子団である。
蛍光化合物は蛍光標識化合物として使用されうる化合物であれば特に限定されない。蛍光化合物としては、例えば、フルオレセイン、ローダミン、BODIPY(ボロン-ジピロメテン)、クマリン、ローダミン誘導体、TokyoGreen、TokyoMagenta、SingaporeGreen、ナフタルイミド、ロドール(Rhodol)が挙げられる。
【0033】
なかでも、脂溶性、細胞膜透過性の点から、蛍光化合物としては、クマリン、ローダミン誘導体、ロドール、TokyoGreen、TokyoMagentaおよびSingaporeGreenからなる群から選ばれる1種以上が好ましく、TokyoGreenが特に好ましい。これは、細胞膜透過性がよいと、生細胞に適用する際に蛍光ラベリング用試薬等の種々の用途に適用しやすいためである。
【0034】
ローダミン誘導体としては、例えば、ローダミンB、ローダミン6G、ローダミン110、ローダミン123、これらのローダミン誘導体の10位酸素原子をジメチルシリルに置換したシリルローダミンが挙げられる。ただし、ローダミン誘導体はこれらの例示に限定されず、ローダミン骨格を有する種々の誘導体が適用され得る。
【0035】
化合物(1)において、Lは下記の基(g1)が好ましい。基(g1)は、蛍光化合物としてのTokyoGreenに由来する原子団の一例である。
【0036】
【化5】
【0037】
基(g1)において、XおよびXは、それぞれ独立して、水素原子またはハロゲン原子である。ハロゲン原子は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子のいずれであってもよい。なかでも、フッ素原子、塩素原子が好ましく、塩素原子がより好ましい。
Cys-SSHに対する反応選択性の点から、XおよびXのいずれか一方または両方が水素原子であることが好ましく、XおよびXの両方が水素原子であることがより好ましい。
【0038】
基(g1)において、R、Rはそれぞれ独立して、水素原子、水酸基、ケトン基、置換基を有してもよいアミノ基または置換基を有してもよい炭素数2~20のアシル基である。
【0039】
、Rの置換基を有してもよいアミノ基における置換基は、特に限定されない。例えば、炭素数1~20のアルキル基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)が挙げられる。
、Rの置換基を有してもよい炭素数2~20のアシル基における置換基は、特に限定されない。例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)、アミノ基、シリル基が挙げられる。
置換基を有してもよいアミノ基、置換基を有してもよい炭素数2~20のアシル基は任意の置換基を1個だけ有してもよく、2個以上の任意の置換基を有してもよい。これらが任意の置換基を2個以上有する場合、2個以上の任意の置換基は互いに同一でも異なっていてもよい。
【0040】
蛍光ラベリング用試薬とした際の脂溶性、細胞膜透過性の点から、R、Rはそれぞれ独立して炭素数2~20のアシル基であることが好ましい。これは、細胞膜透過性がよいと、生細胞に適用する際に蛍光ラベリング用試薬等の種々の用途に適用しやすいためである。
【0041】
、Rのアシル基としては、炭素数2~12のアシル基が好ましく、炭素数2~8のアシル基がより好ましく、炭素数2~4のアシル基がさらに好ましく、炭素数2~3のアシル基が特に好ましく、炭素数2のアシル基が最も好ましい。
【0042】
、Rにおけるアシル基は、脂肪族アシル基、芳香族アシル基のいずれでもよく、芳香族基を置換基として有する脂肪族アシル基であってもよい。アシル基は1個または2個以上のヘテロ原子を含んでいてもよい。
アシル基としては、例えば、アルキルカルボニル基(アセチル基等)、アルキルオキシカルボニル基(アセトキシカルボニル基等)、アリールカルボニル基(ベンゾイル基等)、アリールオキシカルボニル基(フェニルオキシカルボニル基等)、アラルキルカルボニル基(ベンジルカルボニル基等)、アルキルチオカルボニル基(メチルチオカルボニル基等)、アルキルアミノカルボニル基(メチルアミノカルボニル基等)、アリールチオカルボニル基(フェニルチオカルボニル基等)、またはアリールアミノカルボニル基(フェニルアミノカルボニル基等)等のアシル基が挙げられる。ただし、アシル基はこれらの例示に限定されない。
【0043】
本発明の一態様において、Zがベンゼン環に結合したアミド結合に対してパラ位に結合していることが、Cys-SSHに対する反応性が高い点で好ましい。
本発明の一態様において、Yがベンゼン環に結合したZに対してオルト位に結合していることが、Cys-SSHに対する反応選択性がさらに優れる点で好ましい。
本発明の一態様において、Zがベンゼン環に結合したアミド結合に対してパラ位に結合し、かつ、Yがベンゼン環に結合したZに対してオルト位に結合していることが、Cys-SSHに対する反応選択性がさらに優れる点でさらに好ましい。
これらの態様においても、Cys-SSHに対する反応選択性の点でZはニトロ基が好ましく、YにおけるRとしては置換基を有してもよい炭素数1~3のアルキル基が好ましく、置換基を有してもよいイソプロピル基、置換基を有してもよいエチル基、置換基を有してもよいメチル基がより好ましく、置換基を有してもよいメチル基がさらに好ましい。
【0044】
したがって本発明の一態様としては、化合物(11)が特に好ましい。
【0045】
【化6】
【0046】
式(11)中、Msは置換基を有してもよいメシル基である。
その他、各符号の詳細および好ましい態様は、式(1)と同様である。
【0047】
化合物(1)等は塩として存在する場合がある。塩としては、例えば、塩基付加塩、酸付加塩、アミノ酸塩が挙げられる。
塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等の金属塩;アンモニウム塩、トリエチルアミン塩、ピペリジン塩、モルホリン塩等の有機アミン塩が挙げられる。
酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の鉱酸塩;メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、トリフルオロ酢酸塩等の有機酸塩が挙げられる。
アミノ酸塩としては、例えば、グリシン塩、アラニン塩が挙げられる。
ただし、化合物(1)の塩はこれらの例示に限定されない。
【0048】
これらのなかでも、化合物(1)の親水性、水溶性、細胞膜透過性の点で、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、グリシン塩、トリフルオロ酢酸塩が好ましく、ナトリウム塩、塩酸塩、トリフルオロ酢酸塩がより好ましく、ナトリウム塩、塩酸塩がさらに好ましく、ナトリウム塩が特に好ましい。
【0049】
化合物(1)等は、置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があり、エナンチオマーまたはジアステレオマー等の立体異性体が存在する場合がある。純粋な形態の立体異性体、立体異性体の任意の混合物、ラセミ体等はいずれも化合物(1)に包含される。
【0050】
化合物(1)等またはその塩は、水和物、溶媒和物として存在する場合もある。これら水和物、溶媒和物はいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
溶媒和物を形成する溶媒の種類は特に限定されない。例えば、エタノール、アセトン、イソプロパノールが挙げられる。
【0051】
化合物(1)等およびその塩は、生体内環境としてのpH(例えば、pH7.0~8.0、好ましくはpH7.4)の条件下において非イオン性の状態で存在することが好ましい。生体内環境で非イオン性の状態で存在すると、細胞膜透過性がよく、生細胞に適用する際に蛍光ラベリング用試薬等の種々の用途に適用しやすい。
【0052】
化合物(1)等の合成方法は特に限定されない。種々の合成技術が使用され得る。
後述の実験結果の記載においては、化合物(1)の一例についての合成方法が具体的に示されている。当業者は本明細書の開示を参照し、また、必要に応じて本願出願時の技術常識を参酌することで出発原料や試薬、反応条件等を適宜選択することにより、化合物(1)に包含される任意の化合物を合成できる。
【0053】
合成技術に関して、例えば、下記の文献が参照され得る。
・J.Am.Chem.Soc.,130,14533(2008).
・Chem.Comm.,55,8122(2019).
・J.Am.Chem.Soc.,141,10409(2019).
その他、種々の文献に開示の合成技術が使用され得る。
【0054】
(作用機序)
化合物(1)はアミド結合が結合したベンゼン環において、YおよびZが結合している。Zは、H等の活性硫黄種に対する反応性を高めることに寄与する。一方、Y、すなわち、SO-R基はCys-SSHの硫黄原子に対する求電子性が適度に高い。そのため、H等の活性硫黄種に対する化合物(1)の反応性は、相対的に低くなる。その結果として、化合物(1)のCys-SSH構造に対する反応選択性が高くなると考えられる。
加えて、化合物(1)においては、n個のRのうち少なくとも1個はカルボキシル基である。そのため、Cys-SSHに対する反応性の向上、親水性および水溶性の向上が期待でき、細胞膜透過性も向上する。そのため、細胞内のCys-SSHを蛍光ラベルでき、細胞への応用が可能になる。
そして、化合物(1)はLの蛍光原子団を有する。化合物(1)において、LはCys-SSH構造と反応した後も検出対象のCys-SSH構造から遊離しないよう設計されている。そのため、Cys-SSHを蛍光ラベルでき、生細胞内のCys-SSH構造を含有するタンパク質等の生体高分子の局在を調査できる。
以上より、得られる化合物(1)において、Cys-SSH構造に対する優れた反応選択性が発揮され、細胞内のCys-SSHを蛍光ラベルできる。
【0055】
本発明の化合物(1)は、Hに対する反応性と比べてCys-SSHに対して高い反応選択性を示す。加えて、本発明の化合物(1)はCys-SSHを蛍光ラベル化できる点で従来技術と大きく異なる。また、生細胞系でもCys-SSHを検出できる点で優位性がある。
【0056】
本発明の化合物(1)は、生体内でCys残基の翻訳後修飾が起こり得るタンパク質、すなわち、Cys-SSHを含有し得るタンパク質の蛍光ラベリング用途に好適に利用できる。
Cys-SSHを含有し得るタンパク質としては、例えば、血清アルブミン、GAPDH(Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase)、KEAP1(Kelch-like ECH-associated protein1)が挙げられる。
【0057】
2.化合物の用途
本発明の一実施形態によれば、上述した化合物(1)および化合物(1)の塩からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む、蛍光ラベリング用試薬が提供される。
蛍光ラベリング用試薬において、化合物(1)は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0058】
本発明の蛍光ラベリング用試薬は、Cys-SSHを蛍光ラベリングするための試薬である。本発明の蛍光ラベリング用試薬によれば、核酸(DNA、RNA等)、タンパク質、核酸-タンパク質複合体(RNP等)の生体高分子に特異的に結合または分布して蛍光を発することにより、生体高分子、細胞、組織の観察を容易にすることができる。
【0059】
蛍光ラベリング用試薬は、化合物(1)および化合物(1)の塩からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む。化合物(1)およびその塩は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
蛍光ラベリング用試薬としては、上述した本発明に係る化合物(1)およびその塩をそのまま用いてもよく、必要に応じて、試薬の調製に通常用いられる添加剤を配合してもよい。添加剤としては、例えば、溶解補助剤、pH調整剤、緩衝剤、等張化剤が挙げられる。これらの添加剤の配合量は当業者に適宜選択可能である。
【0060】
蛍光ラベリング用試薬は、一般的には粉末形態の混合物、凍結乾燥物、顆粒、錠剤、液剤等任意の形態の組成物として提供されるが、使用時に注射用滅菌水や、適宜の緩衝液に溶解して使用してもよい。
【0061】
蛍光ラベリング用試薬における化合物(1)の含有量は、特に限定されない。例えば、Cys-SSHの蛍光ラベリングを所望する試料に対して、例えば、1~1000μM程度とすることができる。
蛍光ラベリング用試薬のpHは、例えば、pH7.0~7.5の範囲が好ましい。
【0062】
本発明の一実施形態によれば、上述した化合物(1)および化合物(1)の塩からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を用い、Cys-SSHを蛍光ラベリングする、方法が提供される。
当該方法において、化合物(1)は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0063】
例えば、Cys-SSHを検出可能な本発明に係る蛍光ラベリング用試薬を試料に塗布することでCys-SSHの有無を評価できる。
Cys-SSHの有無、検出、判定はin vitroで行われてもよく、ex vivoで行われてもよく、in vivoで行われてもよい。
【0064】
被験者の血液細胞中の細胞を検出後、取得することにより、取得した細胞について別途解析手法を適用できる。結果、遺伝子解析、発現解析、局在解析等の性状解析も可能となる。
例えば、本発明の化合物(1)、蛍光ラベリング用試薬は、Cys-SSHの生細胞イメージング、Cys-SSHの局在の解明、Cys-SSHの機能解明の用途に好適に適用できる。
本発明の化合物(1)、蛍光ラベリング用試薬は、Cys-SSHの蛍光ラベル化によるCys-SSH含有タンパク質の網羅的同定、Cys-SSH含有タンパク質の機能解析の用途にも好適に適用できる。
【0065】
例えば、保持された生体試料に対して、本発明に係る化合物、蛍光ラベリング用試薬またはその溶液を加える。これにより化合物(1)と生体試料を接触させ、所定の時間インキュベートした後に、蛍光顕微鏡やマイクロプレートリーダーを用いて励起光を生体試料に照射し、生じた蛍光を検出することができる。
以上の操作を通じて蛍光を発する細胞部分にCys-SSH含有タンパク質が局在していることが分かる。また、蛍光を発する細胞をがん細胞と判定することもできる。
【0066】
試料の取得の容易性の観点から、生体試料としては血液が好ましく、血液から得られた細胞が好ましい。
ただし、生体試料の由来は血液に何ら制限されない。血液以外の生体由来の試料であってもよく、非生体由来の試料であってもよい。血液以外の生体由来の試料の種類は特に制限されない。例えば、リンパ液、髄液その他の体液;細胞抽出物(ホモジネート)等が挙げられる。
【0067】
本発明に係る化合物(1)、蛍光ラベリング用試薬は、プレパラート、ガラスボトムディッシュやスライドガラス、マルチウェルプレート等、生体イメージングの手法において一般的に用いられる観察容器に保持した生体試料に対して作用させることができる。例えば、国際公開第2011/149032号に記載の生体試料固定装置に保持した生体試料に対して作用させることもできる。
【0068】
例えば、蛍光ラベリング用試薬を組織に適用してインキュベートした後に、フローサイトメトリーや蛍光顕微鏡による画像取得とそれに続くマイクロピペットによる細胞分取技法を用いることで、細胞数の計測、細胞の選別等を行うこともできる。
【0069】
3.実験結果
以下、本発明者が行った実験の結果を示す。ただし、本発明は以下の記載に限定されない。本発明はその他の様々な形態で実施可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置換、変更が可能である。
【0070】
<化合物F-1の合成>
以下に示す反応スキームにて、化合物F-1を合成した。
【0071】
【化7】
【0072】
4-アミノフルオレセイン(206mg,0.594mmol)および炭酸セシウム(519mg,1.59mmol,2.7eq)のアセトニトリル(15mL)溶液に氷浴下にて無水酢酸(140μL,1.48mmol,2.5eq)を加え、室温で40分間撹拌した。沈殿物を濾過し、濾液を減圧下留去した。得られた残渣を0.04N塩酸に溶解させ酢酸エチルを用いて抽出した。集めた酢酸エチル層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン/酢酸エチル=2/3)で精製することにより化合物F-1(141mg,0.328mmol,55%)を白色結晶として得た。
H-NMR(CDCl,500MHz,δ;ppm)7.19(1H,d,J=2.3Hz),7.06(2H,d,J=2.3Hz),6.95(2H,m),6.89(2H,d,J=8.6Hz),6.80(2H,dd,J=8.6Hz,2.3Hz),4.06(2H,s),2.31(6H,s).MS(ESI)m/z;432[M+H]
【0073】
<化合物F-72の合成>
以下に示す反応スキームにて、化合物F-72を合成した。
【0074】
【化8】
【0075】
4-フルオロ-3-ニトロ安息香酸(255mg,1.38mmol)およびメチルメルカプタンナトリウム(329mg,4.70mmol,3.4eq)をイソプロパノール(8mL)に懸濁させ室温で50分間撹拌した。反応液を酢酸エチルおよび1Nの塩酸で希釈後、酢酸エチル層を分離した。酢酸エチル層を1Nの塩酸および飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣を酢酸エチルに溶解させ、n-ヘキサンを加えることにより沈殿を析出させた。得られた沈殿をろ取し減圧下乾燥させることで化合物F-70-1(133mg,0.625mmol,45%)を橙色個体として得た。
H-NMR(CDOD,500MHz,δ;ppm)8.79(1H,s),8.23(1H,d,J=8.5Hz),7.66(1H,d,J=8.5Hz),2.58(3H,s).
【0076】
化合物F-70-1(133mg,0.625mmol)をアセトニトリル(1.5mL)および30%H(6mL,58.7mmol)に溶解させ、リン酸カリウムを気泡の発生が止まるまで加えた。反応液を室温で40分間撹拌した後、1NのHClで希釈し酢酸エチルで抽出した。酢酸エチル層を1Nの塩酸および飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣を酢酸エチルに溶解させ、n-ヘキサンを加えることにより沈殿を析出させた。得られた沈殿をろ取し減圧下乾燥させることで化合物F-70(21.3mg,0.0869mmol,14%)を白色個体として得た。
H-NMR(CDOD,500MHz,δ;ppm)8.44(2H,m),8.29(1H,d,J=8.5Hz),3.46(3H,s).
【0077】
化合物F-70(20.9mg,0.0852mmol,1.07eq)およびN,N-ジメチルホルムアミド(1滴)の脱水ジクロロメタンCHCl(3mL)溶液に氷浴下にて塩化チオニル(50μL)を加え、40分間加熱還流した。反応液を減圧留去後、得られたオイル状物質に無水ジクロロメタン(5mL)を加えた。化合物F-1(34.3mg,0.0795mmol)のN,N-ジイソプロピルエチルアミン(1mL)溶液に先のジクロロメタン溶液を室温にて滴下後、室温で40分間撹拌した。反応液を0.5Nの塩酸で希釈した後、酢酸エチルで抽出した。集めた酢酸エチル層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン/酢酸エチル=1/1)で精製することにより化合物F-71(10.5mg)を得た。
H-NMR(CDCl,500MHz,δ;ppm)9.03(1H,s),8.39(1H,d,J=1.7Hz),8.35(2H,m),8.31(1H,d,J=8.2Hz),8.21(1H,dd,J=8.3Hz,2.0Hz),7.09(2H,d,J=1.5Hz),6.83(4H,m),3.48(3H,s),2.33(6H,s).
13C-NMR(CDCl,125MHz,δ;ppm)175.60,169.04,162.13,152.25,151.71,144.80,140.57,136.65,132.22,128.87,127.32,124.20,117.96,117.95,116.20,115.97,110.59,100.65,45.14,35.40,21.15.
HRMS(ESI)m/z:calcd657.08152,found657.08168[M-H](+0.16mDa).
【0078】
化合物F-71(10.5mg)および炭酸カリウム(20.5mg,0.148mmol)のメタノール溶液(3mL)を氷浴下にて10分間撹拌した後、反応液を0.5Nの塩酸で希釈した。酢酸エチルを用いて抽出した後、集めた酢酸エチル層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣を逆相HPLCで精製することにより化合物F-72(2.77mg,0.00482mmol,6%(総収率))を黄色個体として得た。
純度:97.9%(254nm)、HPLC条件:solventA,MilliQ(0.1%TFA);solventB,MeCN(0.1%TFA);Bconc,20%to100%(20min).
H-NMR(CDOD,500MHz,δ;ppm)8.54(1H,s),8.49(1H,s),8.46(1H,d,J=8.1Hz),8.36(1H,d,J=8.2Hz),8.06(1H,d,J=8.3Hz),7.23(1H,d,J=8.3Hz),6.69(2H,s),6.64(2H,d,J=8.7Hz),6.55(2H,d,J=8.6Hz),3.49(3H,s).
HRMS(ESI)m/z:calcd573.06039,found573.06023[M-H](-0.16mDa).
【0079】
<化合物F-82,化合物F-82-DAの合成>
以下に示す反応スキームにて、化合物F-82,化合物F-82-DAを合成した。
【0080】
【化9】
【0081】
3-フルオロ-4-ニトロ安息香酸(584mg,3.15mmol)およびメチルメルカプタンナトリウム(658mg,9.39mmol,3.0eq)をN,N-ジメチルホルムアミド(15mL)に溶解させ70℃で2時間撹拌した。反応液を放冷し酢酸エチルおよび1Nの塩酸で希釈後、酢酸エチル層を分離した。酢酸エチル層を1Nの塩酸および飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣を酢酸エチルに溶解させ、n-ヘキサンを加えることにより沈殿を析出させた。得られた沈殿をろ取し減圧下乾燥させることで化合物F-80-1(535mg,2.51mmol,80%)を橙色個体として得た。
H-NMR(CDCl,500MHz,δ;ppm)8.32(1H,d,J=8.4Hz),8.12(1H,d,J=1.5Hz),7.93(1H,dd,J=8.6Hz,1.8Hz),2.59(3H,s).
【0082】
化合物F-80-1(304mg,1.43mmol)をアセトニトリル(4mL)および30%H(10mL,97.8mmol)に溶解させ、リン酸カリウムを気泡の発生が止まるまで加えた。反応液を室温で1時間撹拌した後、0.5NのHClで希釈し酢酸エチルで抽出した。酢酸エチル層を1Nの塩酸および飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣を酢酸エチルに溶解させ、n-ヘキサンを加えることにより沈殿を析出させた。得られた沈殿をろ取し減圧下乾燥させることで化合物F-80(78.4mg,0.320mmol,22%)を白色個体として得た。
H-NMR(CDOD,500MHz,δ;ppm)8.72(1H,s),8.49(1H,d,J=8.2Hz),8.04(1H,d,J=8.3Hz),3.45(3H,s).
【0083】
化合物F-80(32.7mg,0.133mmol,1.1eq)およびN,N-ジメチルホルムアミド(1滴)の脱水ジクロロメタンCHCl(5mL)溶液に氷浴下にて塩化チオニル(80μL)を加え、50分間加熱還流した。反応液を減圧留去後、得られたオイル状物質に無水ジクロロメタン(5mL)を加えた。化合物F-1(51.6mg,0.120mmol)のN,N-ジイソプロピルエチルアミン(1.5mL)溶液に先のジクロロメタン溶液を室温にて滴下後、室温で1時間撹拌した。反応液を0.5Nの塩酸で希釈した後、酢酸エチルで抽出した。集めた酢酸エチル層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン/酢酸エチル=1/1)で精製することにより化合物F-81(化合物F-82-DA)(38.2mg)を得た。
H-NMR(DMSO-d,500MHz,δ;ppm)8.66(1H,d,J=1.7Hz),8.58-8.56(2H,m),8.33(1H,d,J=8.6Hz),8.12(1H,dd,J=8.3Hz,2.0Hz),7.47(1H,d,J=8.6Hz),7.30(2H,s),6.98(4H,d,J=1.1Hz),3.56(3H,s),2.30(6H,s).
13C-NMR(DMSO-d,125MHz,δ;ppm)168.92,168.27,163.16,152.12,150.88,149.68,147.55,138.20,134.93,133.10,130.63,129.25,127.95,126.35,125.41,124.75,118.69,116.16,115.29,110.53,110.51,81.13,44.52,20.89.
HRMS(ESI)m/z:calcd657.08152,found657.08206[M-H](+0.54mDa).
【0084】
化合物F-81(38.2mg)および炭酸カリウム(45.4mg,0.328mmol)のメタノール溶液(5mL)を氷浴下にて12分間撹拌した後、反応液を0.5Nの塩酸で希釈した。酢酸エチルを用いて抽出した後、集めた酢酸エチル層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥して減圧濃縮した。得られた残渣を逆相HPLCで精製することにより化合物F-82(19.7mg,0.0343mmol,29%(3工程総収率))を黄色個体として得た。
純度:97.2%(254nm)、HPLC条件:solventA,MilliQ(0.1%TFA);solventB,MeCN(0.1%TFA);Bconc,20%to100%(20min).
H-NMR(CDOD,500MHz,δ;ppm)8.75(1H,d,J=1.8Hz),8.53(1H,s),8.49(1H,dd,J=8.3Hz,2.2Hz),8.11(2H,m),7.27(1H,d,J=8.3Hz),6.77(6H,m),3.49(3H,s).
HRMS(ESI)m/z:calcd573.06039,found573.06017[M-H](-0.22mDa).
【0085】
<活性硫黄種間での反応選択性の評価>
化合物F-72、化合物F-82の活性硫黄種間(NaS,Na,Cys,Cys-SSH)での反応選択性を評価した。
比較対象の化合物として、化合物F-42についても同様に反応選択性を評価した。この化合物F-42の合成方法は公知である。例えば、J.Am.Chem.Soc.,130,14533(2008)に記載されている通りに合成して得られる。
【0086】
【化10】
【0087】
96穴プレート(Costar)にアッセイバッファー(100mMのHEPES buffer(pH7.4))に溶解させた20μMの各プローブ(30μL,final 10μM)および20,200,2000μMの各活性硫黄種(NaS,Na,Cys,Cys-SSH,30μL,final10,100,1000μM)を添加し、室温で10分間インキュベーションした。反応後、プレートリーダーにて蛍光強度(励起波長:485nm,蛍光波長:535nm)を測定した。Cys-SSHはCysとNaSを37℃で15分間インキュベーションしたものを用いた。また、コントロールでは活性硫黄種の代わりにバッファーを30μL加えた。実験は全てn=3で行い、測定結果は平均±標準偏差で示した。
【0088】
結果、化合物F-72、化合物F-82は、化合物F-42と比較してCysやH等の他の活性硫黄種に対して低い反応性を示してCys-SSHに対して高い反応選択性を示した。(図1図2図3)。特に、化合物F-82はCys-SSHに対して高い反応選択性を示すことが明らかになった。
【0089】
<Cys-SSHの生細胞イメージング>
化合物F-82-DAは化合物F-82と比較して細胞膜透過性が高い。化合物F-82-DAを用いて、細胞内R-SSHの蛍光イメージングを行った。
これまでCys-SSHは生体内でCSE(cystathionine γ-lyase)やCBS(cystathionine β-synthase)等の酵素反応により産生されると考えられてきた。ところが近年、CARS2(cysteinyl-tRNA synthetase2)により同時翻訳的にCys-SSHが産生されること、また、CARS2経路によるCys-SSHの産生が支配的であることが示された(Nat.Commun.8,1177(2017))。
【0090】
そこで、CARS2 WT,CARS2 KOのHEK293T細胞を用いてCys-SSHをラベリングして生細胞イメージングを行った。
CARS2 WT HEK293T細胞およびCARS2 KO HEK293Tをそれぞれ35mmガラスボトムディッシュ(松浪硝子工業社製品)に2.0×10細胞(2mL)播種し24時間、37℃で培養した。D-PBS(1mL)にて細胞を1回洗浄した後、新しいD-PBS(1mL)を添加した。1mMの化合物F-82-DA(10μL,final 10μM,1%DMSO)を添加し、60分間37℃で細胞を培養した。その間、20分毎に共焦点蛍光顕微鏡(オリンパス社製品「IX-71」)にてそれぞれの細胞をGFPフィルターで蛍光観察した(図4)。各細胞における蛍光強度の定量は画像処理ソフトウェア「image J」を用いて行った。また、有意差検定は統計処理ソフト(GraphPad Software社製品「GraphPad Prism6」)を用いて行った。
【0091】
化合物F-82-DAを用いて処理した後の蛍光強度の比較を行った結果、CARS2 WT HEK293T細胞でKO細胞と比べて有意に強い蛍光強度を示した(図5)。弧の結果から、様々な求核種が存在する夾雑環境下においても化合物F-82-DAはCys-SSHを検出できる可能性が示された。
【0092】
<Cys-SSHのラベリング機構>
化合物F-82を一例に、本発明の化合物(1)によるCys-SSHのラベリング機構を説明する。
【0093】
【化11】
【0094】
化合物F-82においては、Ms、すなわち、SO-CHは、CysSSHの硫黄原子により求核攻撃を受けて脱離することにより、Cys-SSH構造と共有結合を形成する。そのため、化合物(1)はCys-SSHを検出できる。
また、このCys-SSHの硫黄原子に対する求電子性が適度に高いため、Cys-SSHに対する反応選択性が高くなると考えられる。
【0095】
以上の実験結果に示すように、化合物F-72、化合物F-82は化合物F-42と比較してCysやH2S2等他の活性硫黄種に対して反応性が低く、Cys-SSHに対する反応選択性が高い。
【0096】
特に、化合物F-82はCys-SSHに対して高い反応選択性を示した。加えて、化合物F-82DAにおいて、HEK293T細胞のCARS2WTおよびKOを用いて蛍光強度の比較を行った結果、CARS2WT細胞でKO細胞と比べて有意に強い蛍光強度を示した。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明によれば、Cys-SSHに対する反応選択性に優れ、細胞内のCys-SSHを蛍光ラベルできる化合物;および前記化合物の用途が提供される。
図1
図2
図3
図4
図5