(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023066177
(43)【公開日】2023-05-15
(54)【発明の名称】エンドトキシン検出方法及びエンドトキシン検出装置、精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/579 20060101AFI20230508BHJP
G01N 33/18 20060101ALI20230508BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20230508BHJP
C09K 11/06 20060101ALI20230508BHJP
C02F 1/44 20230101ALI20230508BHJP
【FI】
G01N33/579
G01N33/18 F
G01N21/64 F
C09K11/06
C02F1/44 J
【審査請求】有
【請求項の数】22
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021176736
(22)【出願日】2021-10-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年9月8日 日本分析化学会第70年会講演要旨集にて公開 令和3年9月23日 日本分析化学会第70年会講演にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】000245531
【氏名又は名称】野村マイクロ・サイエンス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】502350504
【氏名又は名称】学校法人上智学院
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木本 洋
(72)【発明者】
【氏名】飯山 真充
(72)【発明者】
【氏名】橋本 剛
(72)【発明者】
【氏名】早下 隆士
【テーマコード(参考)】
2G043
4D006
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043BA01
2G043BA14
2G043BA17
2G043CA03
2G043DA02
2G043DA05
2G043EA01
2G043FA03
2G043GA06
2G043GA07
2G043GA08
2G043GB07
2G043GB09
2G043GB21
2G043KA02
2G043KA03
2G043KA05
2G043LA01
2G043MA03
2G043MA04
4D006GA03
4D006GA06
4D006JA51Z
4D006KA31
4D006KA72
4D006KB11
4D006KB30
4D006PA01
4D006PB02
4D006PB54
4D006PC02
4D006PC45
(57)【要約】
【課題】リムルス試験によらず、また、電気化学的な方法によらずに、簡便かつ迅速に、低濃度でも定量可能なエンドトキシンの検出方法を提供する。
【解決手段】縮合多環芳香族炭化水素又はその誘導体である蛍光部位と、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を用いて被験対象の試料からエンドトキシンを検出する、エンドトキシン検出方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
縮合多環芳香族炭化水素又はその誘導体である蛍光部位と、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を用いて被験対象の試料からエンドトキシンを検出する、エンドトキシン検出方法。
【請求項2】
前記検出において、蛍光を測定する波長が350~900nmである、請求項1に記載のエンドトキシン検出方法。
【請求項3】
前記縮合多環芳香族炭化水素は六員環のみで構成される、請求項1又は請求項2に記載のエンドトキシン検出方法。
【請求項4】
前記六員環の環数は2以上8以下である、請求項3に記載のエンドトキシン検出方法。
【請求項5】
前記スペーサのうち、前記蛍光部位と前記認識部位との間を直鎖として連結する部分は、炭素を含む2以上12以下の原子の単結合で構成されている、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出方法。
【請求項6】
前記蛍光物質は、前記認識部位として金属イオン(Mn+:ただしnは自然数)が配位されたジピコリルアミノ基を有し、前記蛍光部位としてピレンを有し、かつ前記スペーサの原子数が2以上10以下であり、
前記特定部位はエンドトキシンのリン酸基及びアルキル基である、請求項5に記載のエンドトキシン検出方法。
【請求項7】
前記蛍光物質は、前記スペーサの炭素数が4であって、下記式に示す化学構造を有する物質である、請求項6に記載のエンドトキシン検出方法。
【化1】
【請求項8】
前記金属イオンは、亜鉛イオン(Zn2+)又はカドミウムイオン(Cd2+)である、請求項6又は請求項7に記載のエンドトキシン検出方法。
【請求項9】
被験対象の試料が導入される試料導入部と、
縮合多環芳香族炭化水素又はその誘導体である蛍光部位と、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を前記試料に供給する供給部と、
前記試料と前記蛍光物質とが反応する反応部と、
前記反応を被った前記蛍光物質の発光又は発色を検出する検出部と、
を備える、エンドトキシン検出装置。
【請求項10】
前記検出において、蛍光を測定する波長が350~900nmである、請求項9に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項11】
前記縮合多環芳香族炭化水素は六員環のみで構成される、請求項9又は請求項10に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項12】
前記六員環の環数は2以上8以下である、請求項11に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項13】
前記スペーサのうち、前記蛍光部位と前記認識部位との間を直鎖として連結する部分は、炭素を含む2以上12以下の原子の単結合で構成されている、請求項9から請求項12までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項14】
前記蛍光物質は、前記認識部位として金属イオン(Mn+:ただしnは自然数)が配位されたジピコリルアミノ基を有し、前記蛍光部位としてピレンを有し、かつ前記スペーサの炭素数が2以上10以下であり、
前記特定部位はエンドトキシンのリン酸基及びアルキル基である、請求項13に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項15】
前記蛍光物質は、前記スペーサの炭素数が4であって、下記式に示す化学構造を有する物質である、請求項14に記載のエンドトキシン検出装置。
【化2】
【請求項16】
前記金属イオンは、亜鉛イオン(Zn2+)又はカドミウムイオン(Cd2+)である、請求項14又は請求項15に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項17】
前記試料は、精製水製造設備で製造された精製水又は注射用水製造設備で製造された注射用水から採取される、請求項9から請求項16までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項18】
原水を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により前記原水から精製水を得る精製水製造部と、
前記精製水から前記被験対象の試料を採取する試料採取部と、
請求項9から請求項16までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出装置と、
を備える精製水製造設備。
【請求項19】
原水を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により前記原水から精製水を得る精製水製造部と、
前記精製水をろ過する高分子膜ろ過装置又は前記精製水を蒸留する蒸留器により前記精製水から注射用水を得る注射用水製造部と、
前記注射用水を加熱した状態で維持して貯留する注射用水タンクと、
前記注射用水タンクに備えられている前記注射用水を所定の使用場所へ送出する送出ラインと、
前記注射用水から前記被験対象の試料を採取する試料採取部と、
請求項9から請求項16までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出装置と、
を備える注射用水製造設備。
【請求項20】
前記試料採取部は、前記注射用水製造部より下流側でかつ前記注射用水タンクより上流側において、前記注射用水タンクから直接、又は、前記送出ラインから、前記試料を採取する、請求項19に記載の注射用水製造設備。
【請求項21】
原水を逆浸透ろ過及びイオン交換のうちの少なくとも一方により処理して精製水を得て、
前記精製水から採取された前記被験対象の試料を、請求項1から請求項8までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出方法に供することを特徴とする精製水製造方法。
【請求項22】
原水を逆浸透ろ過及びイオン交換のうちの少なくとも一方により処理して精製水を得て、
前記精製水の高分子膜ろ過によるろ過により、又は、前記精製水の蒸留により、前記精製水から注射用水を得て、
前記注射用水から採取された前記被験対象の試料を、請求項1から請求項8までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出方法に供することを特徴とする注射用水製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験対象の試料中のエンドトキシン検出方法及びエンドトキシン検出装置に関し、さらに精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精製水とは、常水を蒸留、イオン交換樹脂塔又は電気式脱塩装置(EDI)等によるイオン交換、逆浸透若しくは限外ろ過、紫外線照射装置(UV)又はそれらの組み合わせにより精製したもので、製剤の原料のみでなく、試薬の調製などにも使用される。滅菌精製水とは、精製水を高圧蒸気滅菌などにより滅菌したもので、点眼剤の溶剤などに使用される。注射用水(WFI、Water for Injection)は、精製水を滅菌したのち、所定のエンドトキシン試験に適合したものである。これら製薬用水では、いずれも、人体に有害であるエンドトキシンを定量する必要が生じる場合がある。
【0003】
WFI製造設備の一例として、下記特許文献1記載の技術が挙げられる。WFIの製造には、精製水製造設備で製造された精製水から、蒸留器又は高分子膜ろ過装置(好ましくは限外ろ過膜装置)のようなエンドトキシン除去設備によってエンドトキシンを高度に除去することが必須である。
【0004】
エンドトキシンとは、グラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖であり、生活環境に偏在する代表的な発熱物質である。エンドトキシンが血液中に入ると発熱、敗血症性ショック、多臓器不全、頻脈等などの作用が起こることから、医薬品や医療機器、特に生体内へ直接導入される液体や、製薬用水、注射器、人工臓器、透析膜などの医療機器の製造においては、厳重な管理が必要となる。たとえば、「日本薬局方(JP17)品質適合試験」における注射用水の管理基準では、0.25EU/mL未満と定められている。
【0005】
エンドトキシンの検出は、カブトガニの血球成分がエンドトキシンにより凝固することを利用したリムルス試験で行われている。リムルス試験では、カブトガニの血液から抽出されたライセート試薬を用いて行うのが現在では標準であるが、試験結果が出るのに1~2時間を要する。さらに、リムルス試験を用いたオンライン測定装置も考案されているが、実用的な定量下限を得ることが難しく、定量性や再現性が乏しい。たとえば、試薬自体が生物由来であるため、その性能は試薬のロットによっても異なる場合がある。このことから、より迅速に試験結果を得られ、かつオンライン測定を実用的な精度で行うことができる検出方法が望まれていた。また、ライセート試薬を得るためにはカブトガニという野生生物を捕獲して採血を行う必要があるため、動物愛護の観点からも、カブトガニの血液を使用しない代替手段の開発が望まれていた。
【0006】
たとえば、下記特許文献2及び特許文献3のように、電気化学的な方法によるエンドトキシンの検出も試みられてきた。しかし、電気化学的な方法によるエンドトキシンの検出は、特に実用的な定量下限を得るためには、検出に用いる電極の作製技術若しくは量産性、要求されるメンテナンス頻度、又は測定の精度や迅速性など課題が多く、実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-025456号公報
【特許文献2】特開2016-151482号公報
【特許文献3】特開2007-093378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
エンドトキシン除去設備において、エンドトキシン除去能力に異常が発生すると、容易にWFI中のエンドトキシン濃度が増大し、注射液の製造には不適となる。特に近年は、エネルギー消費量の削減のため、このような設備として従来の蒸留器に代えて高分子膜ろ過装置を採用する傾向が強まっている。しかし、高分子膜ろ過装置では高分子膜として樹脂材料が使われているため、たとえば、加熱殺菌を行うたびに樹脂材料が損傷を受けるなど、蒸留器と比較して異常が起きやすいという懸念がある。この懸念が、エンドトキシン除去設備に高分子膜ろ過装置を採用することを妨げる要因となっている。
【0009】
したがって、安定的に要求水質のWFIを製造するためには、エンドトキシン除去設備において異常が発生した際には、高分子膜などの部品を直ちに交換又は修理するなどのメンテナンスを行う必要がある。しかし、エンドトキシン除去能力の異常を迅速に検出できる方法は、まだ実現できていない。
【0010】
本発明は、リムルス試験によらず、また、電気化学的な方法によらずに、簡便かつ迅速に、低濃度でも定量可能なエンドトキシンの検出方法及びその検出装置、精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示のエンドトキシン検出方法は、縮合多環芳香族炭化水素又はその誘導体である蛍光部位と、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を用いて被験対象の試料からエンドトキシンを検出する方法である。
【0012】
ここで、前記検出において、蛍光を測定する波長が350~900nmであることが望ましい。また、前記縮合多環芳香族炭化水素は六員環のみで構成されることが望ましい。さらには、前記六員環の環数は2以上8以下であることが望ましい。また、前記スペーサのうち、前記蛍光部位と前記認識部位との間を直鎖として連結する部分は、炭素を含む2以上12以下の原子の単結合で構成されていることが望ましい。この直鎖は、炭素原子のみで構成されていることが望ましいが、直鎖の途中には窒素、酸素、硫黄など炭素以外の原子が介在してもよく、また、直鎖の途中からの分岐があってもよい。
【0013】
また、前記蛍光物質は、前記認識部位として金属イオン(Mn+:ただしnは自然数)が配位されたジピコリルアミノ基を有し、前記蛍光部位としてピレンを有し、かつ前記スペーサの原子数が2以上10以下であり、前記特定部位はエンドトキシンのリン酸基及びアルキル基であることが望ましい。さらには、前記蛍光物質は、前記スペーサの炭素数が4であって、下記式(1)に示す化学構造を有する物質(以下、「dpa-C4Py」と称する。)であることが望ましい。
【0014】
【0015】
上記式(1)におけるピレンは、蛍光反応を阻害しない、又は増強するような置換基、好ましくは疎水性の置換基を有していてもよい。
【0016】
また、上記式(1)における金属イオンは、亜鉛イオン(Zn2+)又はカドミウムイオン(Cd2+)であることが望ましく、これらのうちでは亜鉛イオンが最も望ましい。
【0017】
本開示のエンドトキシン検出装置は、被験対象の試料が導入される試料導入部と、縮合多環芳香族炭化水素又はその誘導体である蛍光部位と、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を前記試料に供給する供給部と、前記試料と前記蛍光物質とが反応する反応部と、前記反応を被った前記蛍光物質の発光又は発色(これ以降、まとめて「発光」という)を検出する検出部と、を備える。
【0018】
ここで、前記縮合多環芳香族炭化水素は六員環のみで構成されることが望ましい。さらには、前記六員環の環数は2以上8以下であることが望ましい。また、前記スペーサのうち、前記蛍光部位と前記認識部位との間を直鎖として連結する部分は、炭素を含む2以上12以下の原子の単結合で構成されていることが望ましい。この直鎖は、炭素原子のみで構成されていることが望ましいが、直鎖の途中には窒素、酸素、硫黄など炭素以外の原子が介在してもよく、また、直鎖の途中からの分岐があってもよい。
【0019】
また、前記蛍光物質は、前記認識部位として金属イオン(Mn+:ただしnは自然数)が配位されたジピコリルアミノ基を有し、前記蛍光部位としてピレンを有し、かつ前記スペーサの原子数が2以上10以下であり、前記特定部位はエンドトキシンのリン酸基及びアルキル基であることが望ましい。さらには、前記蛍光物質は、前記スペーサの炭素数が4であって、前記式(1)に示す化学構造を有する物質であることが望ましい。
【0020】
前記式(1)におけるピレンは、蛍光反応を阻害しない、又は増強するような置換基、好ましくは疎水性の置換基を有していてもよい。
【0021】
また、前記式(1)における金属イオンは、亜鉛イオン(Zn2+)又はカドミウムイオン(Cd2+)であることが望ましく、これらのうちでは亜鉛イオンが最も望ましい。
【0022】
また、前記試料は、精製水製造設備で製造された精製水又は注射用水製造設備で製造された注射用水から採取されることとしてもよい。
【0023】
本開示の精製水製造設備は、原水を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により前記原水から精製水を得る精製水製造部と、前記精製水から前記被験対象の試料を採取する試料採取部と、前記エンドトキシン検出装置と、を備える。
【0024】
本開示の注射用水製造設備は、原水を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により前記原水から精製水を得る精製水製造部と、前記精製水をろ過する高分子膜ろ過装置又は前記精製水を蒸留する蒸留器により前記精製水から注射用水を得る注射用水製造部と、前記注射用水を加熱した状態で維持して貯留する注射用水タンクと、前記注射用水タンクに備えられている前記注射用水を所定の使用場所へ送出する送出ラインと、前記注射用水から前記被験対象の試料を採取する試料採取部と、前記エンドトキシン検出装置と、を備える。なお、前記試料採取部は、前記注射用水製造部より下流側でかつ前記注射用水タンクより上流側において、前記注射用水タンクから直接、又は、前記送出ラインから、前記試料を採取することが望ましい。
【0025】
本開示の精製水製造方法は、原水を逆浸透ろ過及びイオン交換のうちの少なくとも一方により処理して精製水を得て、前記精製水から採取された前記被験対象の試料を、前記エンドトキシン検出方法に供することを特徴とする。
【0026】
本開示の注射用水製造方法は、原水を逆浸透ろ過及びイオン交換のうちの少なくとも一方により処理して精製水を得て、前記精製水の高分子膜ろ過によるろ過により、又は、前記精製水の蒸留により、前記精製水から注射用水を得て、前記注射用水から採取された前記被験対象の試料を、前記エンドトキシン検出方法に供することを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
上述のとおり、本発明により、リムルス試験によらず、また、電気化学的な方法によらずに、簡便かつ迅速(たとえば、1回の検出につき30分以内)に、かつ低濃度でも安定して定量可能なエンドトキシンの検出方法及びその検出装置、精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】エンドトキシン検出方法で用いられる蛍光物質の概略構成を模式図で示す。
【
図2】エンドトキシン検出装置の構成を模式図で示す。
【
図4】注射用水製造設備の概略構成を模式図で示す。
【
図5】dpa-C4Pyにエンドトキシンを加えたときの蛍光スペクトル変化をグラフで示す。
【
図6】dpa-C4Pyによるエンドトキシンの定量性をグラフで示す。
【
図7】銅イオンを配位させた各種蛍光物質のエンドトキシンに対する蛍光強度変化率をグラフで示す。
【
図8】亜鉛イオンを配位させた各種蛍光物質のエンドトキシンに対する蛍光強度変化率をグラフで示す。
【
図9】dpa-C4Pyにエンドトキシンを加えたときの蛍光強度の経時変化をグラフで示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、図面は概略図又は模式図であり、実際の寸法比率とは必ずしも一致しない。
【0030】
<エンドトキシン検出方法>
本開示のエンドトキシン検出方法は、縮合多環芳香族炭化水素又はその誘導体である蛍光部位と認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を用いてエンドトキシンを検出する方法である。蛍光物質における認識部位は、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する。
【0031】
蛍光物質10は、
図1の模式図に示すような概略構成を有する。すなわち、エンドトキシン50を認識する認識部位40と、発光する蛍光部位20とがスペーサ30で連結されている。
【0032】
エンドトキシン50は、親水性の部位である糖鎖と、疎水性の部位であるアシル酸とが2分子のグルコサミンを介して結合した構造を有する。グルコサミンにはそれぞれリン酸が結合している(棚本憲一「エンドトキシンと医薬品の品質管理」Bull.Natl.Inst.Health Sci.,126,19-33(2008))。エンドトキシン50のうち、アシル酸が結合したグルコサミンが2個結合した部分はリピドAと称され、エンドトキシン50の生物活性の多くはこの部分に由来する。
【0033】
蛍光部位20は、発光する性質の物質であって、後述する認識部位40における認識情報を受け取ることで発光特性が変化するものである。ここで、「発光」とは、蛍光又は燐光が発生することをいう。なお、大きい光量を得ることでエンドトキシンの検出感度をよくする観点からは、蛍光の発生がより好ましい。このような蛍光部位20を構成する物質としては、縮合多環芳香族炭化水素が挙げられる。なお、この縮合多環芳香族炭化水素は、発光を増強するか、又は阻害しないような置換基又は元素が付加された誘導体であってもよい。この縮合多環芳香族炭化水素は、六員環のみで構成されることが望ましく、さらにはこの六員環の環数は2以上8以下であることが望ましく、2以上6以下がより好ましく、2以上4以下がさらに好ましい。たとえば、下記式(2)に示すナフタレン、下記式(3)に示すアントラセン、下記式(4)に示すフェナントレン、下記式(5)に示すピレン、下記式(6)に示すクリセン及び下記式(7)に示すペリレン並びにこれらの誘導体が蛍光部位20として利用可能である。このような縮合多環芳香族炭化水素は、後述する認識部位40から認識情報を受け取って蛍光を発生する際、近傍にある分子同士が二量体を形成してエキシマー蛍光を示す性質がある。
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
認識部位40は、その分子構造に応じて、エンドトキシン50の特定部位を認識する。換言すると、認識部位40は、エンドトキシン50の所定の部位又は官能基と物理的又は化学的に相互作用する官能基であり、より好ましくは、エンドトキシン50の特定の部位と特異的に相互作用する官能基のうち、認識した場合にその情報(以下、「認識情報」とする。)を蛍光部位20に伝達することができるものである。ここでいう認識情報とは、たとえば、認識部位40の化学構造内部における電子の配位状態の変化である。
【0041】
たとえば、下記式(8)に示すジピコリルアミノ基に金属イオン(Mn+:ただしnは自然数)が配位された化学構造が認識部位40となる場合であって、この金属イオンが亜鉛イオン又はカドミウムイオンであるとき、この認識部位40は、エンドトキシン50のグルコサミンに結合したリン酸を認識する。
【0042】
【0043】
認識部位40は、特定部位を認識すると、化学構造内で電子の配位状態が変化する。この電子の配位状態の変化が、認識情報として前記した蛍光部位20に伝達される。認識情報が伝達された蛍光部位20では電子の配位状態が変化することで、蛍光部位20の発光強度を増大させ、これにより認識部位40が特定部位を認識していることが可視化される。
【0044】
スペーサ30とは、蛍光部位20と認識部位40との結合を仲介する物質である。より好ましくは、認識部位40から蛍光部位20への認識情報の受け渡しが効率的に行われる大きさ及び構造を有する物質である。具体的には、炭素数2~12、好ましくは2~10、さらに好ましくは4~8のアルキル直鎖若しくはこのようなアルキル直鎖の途中に炭素以外の原子(たとえば、酸素、窒素又は硫黄)が介在したもの、又はこれらに側鎖が結合した誘導体であって、蛍光部位20と認識部位40とを直鎖として連結する部分は単結合のみであることが望ましい。
【0045】
蛍光部位20は疎水性であり、認識部位40は親水性である。したがって、たとえば、スペーサ30の種類を適切なものにして、蛍光物質10に十分な親水性を持たせることにより蛍光物質10が水溶性を持つこととなり、たとえば有機溶媒等に溶かして使用する等の必要がなく、検出精度を高くすることが可能である。スペーサ30の種類を適切なものにする方法としては、たとえば、スペーサ30の炭素数を調整したり、水溶性の側鎖を導入したり、窒素等の元素を導入する方法が考えられる。なお、同様の調整を、蛍光部位20や認識部位40に対して行うことも可能である。なお、上記したように縮合多環芳香族炭化水素である蛍光部位20が疎水性であり、この蛍光部位20がエンドトキシンのリピドAのアルキル基と親和性が高いため、認識部位40がリン酸基と配位する際の安定性が高まることになる。
【0046】
具体的な蛍光物質の例としては、前記式(8)に示す、金属イオンが配位されたジピコリルアミノ基と、前記式(5)に示すピレンとが、炭素数2~10のスペーサを介して結合された物質があり、特に、前記スペーサの炭素数が4である、前記式(1)に示すdpa-C4Pyが挙げられる。さらには、この金属イオンは亜鉛イオン又はカドミウムイオン、特に亜鉛イオンであることが望ましい。
【0047】
dpa-C4Pyの蛍光部位20であるピレンは、単体では、たとえば350nmの励起波長に対し、375nm及び395nmに蛍光強度のピークを示す。このピレンにスペーサ30(-CH2-CH2-CH2-CH2-)を介して、亜鉛イオンが配位されたジピコリルアミノ基が認識部位として結合されたdpa-C4Pyでは、エンドトキシン50の存在下では、470nm付近における蛍光強度が著しく増強されるエキシマー蛍光が生ずる。これは、亜鉛イオンに配位しているジピコリルアミノ基が、エンドトキシン50のリン酸基と複合体を形成すると、近傍のリン酸基と複合体を形成したdpa-C4Pyのピレン同士が重なり合って二量体を形成することで、単体では発生しなかった波長におけるエキシマー蛍光が発生するものと考えられる。
【0048】
<エンドトキシン検出装置>
図2は、本開示のエンドトキシン検出装置100の一例を模式図で示すものである。本開示のエンドトキシン検出装置100は、被験対象の試料960が導入される試料導入部200と、上述の蛍光物質10を前記試料に供給する供給部300と、前記試料960と前記蛍光物質10とが反応する反応部400と、前記反応を被った前記蛍光物質10の蛍光を検出する検出部500と、を備える。本例のエンドトキシン検出装置100はフローインジェクション分析法(FIA、Flow Injection Analysis)を利用して構成されている。
【0049】
試料導入部200は、試料960を搬送する液体としてのキャリアを貯留するキャリア貯留槽210と、キャリアを送液するキャリア送液ポンプ220と、キャリアが流動するキャリア送液路230と、キャリア送液路230に試料960が導入される試料導入部240とを備えている。キャリアは、試料960を搬送することのできる液体であれば特に限定はなく、試料960及び蛍光物質10の性状に応じて、たとえば純水又は各種緩衝液を適宜使用することができる。試料960は、エンドトキシン50を含有しているかどうかが検証される被験対象の液体であり、たとえば、注射剤、輸液、透析液などの溶媒となる精製水又は注射用水等の液体製品や、血液、唾液、尿等の生体液又はその希釈液等が試料960となり得る。試料導入部240には、上記した液体製品の製造ライン(特に、精製水製造設備や注射用水製造設備)に設けられた試料採取部700から採取された試料960が直接、連続的に導入されることが望ましいが、測定の都度、採取された試料960が試料導入部240から導入されることとしてもよい。
【0050】
供給部300は、蛍光物質10を含有する試薬溶液を貯留する試薬貯留槽310と、試薬を送液する試薬送液ポンプ320と、試薬が流動する試薬送液路330と、キャリア送液路230に合流する混合部340とを備えている。混合部340では、蛍光物質10が試薬溶液として試料960に供給され、そして混合される。蛍光物質10は、上述のように、蛍光部位20と、エンドトキシン50の分子構造の特定部位51を認識する認識部位40とがスペーサ30で連結された構造を有している。蛍光部位20、認識部位40及びスペーサ30の意義については上述したとおりである。
【0051】
反応部400では、試料960にエンドトキシン50が含有されている場合、試薬中の蛍光物質10とエンドトキシン50との反応が発生し、蛍光物質10から発光が生ずる。反応部400としては、一般の検出システムで採用される反応コイルが用いられるが、単純なキャピラリ管を反応部400としてもよい。
【0052】
検出部500では、上述の反応を被った蛍光物質10の発光が光学的に検出される。検出部500としては、一般の発光検出器を使用可能である。
【0053】
なお、本開示のエンドトキシン検出装置100は、上述のFIAを利用した構成に限定されず、たとえば、CFA(連続流れ分析法)、SIA(逐次注入分析法)、r-FIA(リバースフローインジェクション分析法)を含めたFCA(液体流れ分析法)を利用した構成でも実現可能である。
【0054】
本開示のエンドトキシン検出装置100においては、そして、蛍光物質10として、特定部位51としてのリン酸基と反応するdpa-C4Py(前記式(1))を用いることが望ましい。
【0055】
<精製水製造設備>
図3は、本開示の精製水製造設備600の一例の概略構成を模式図で示すものである。本開示の精製水製造設備600は、原水900から精製水920を得る精製水製造部610と、精製水920から被験対象の試料960を採取する試料採取部700と、前記のエンドトキシン検出装置100と、を備える。
【0056】
精製水製造部610は、たとえば、原水900を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方による処理で、原水900から不純物を除去して、精製水920を製造する設備である。イオン交換装置には、たとえば、電気式脱塩装置や、混床式イオン交換樹脂装置を用いることができる。
【0057】
試料採取部700は、精製水製造部610の下流側で、精製水920の搬送ラインの途中に設けられる。試料採取部700により採取された精製水920は、被験対象の試料960として、前記した試料導入部240(
図2参照)からエンドトキシン検出装置100に導入される。エンドトキシン検出装置100の詳細は上述のとおりである。これにより、精製水920から採取された被験対象の試料960が、上述のエンドトキシン検出方法に供されることになる。
【0058】
上記の構成により、本開示の精製水製造設備600では、製造された精製水920から随時試料960を採取して、エンドトキシン検出装置100によりリアルタイムでエンドトキシン50を検出することが可能となる。そして、エンドトキシン50の濃度が所定の基準値を超えた場合には、たとえば即時に精製水製造設備600を停止して、部品交換又は修理等の適切な処置を講じることができる。
【0059】
<注射用水製造設備>
図4は、本開示の注射用水製造設備800の一例の概略構成を模式図で示すものである。本開示の注射用水製造設備800は、原水900から精製水920を得る精製水製造部610と、精製水920から注射用水940を得る注射用水製造部810と、注射用水940を加熱した状態で維持して貯留する注射用水タンク820と、注射用水タンク820に備えられている注射用水940を所定の使用場所850へ送出する送出ライン830と、注射用水940から被験対象の試料960を採取する試料採取部700と、前記のエンドトキシン検出装置100と、を備える。
【0060】
精製水製造部610については、前記の精製水製造設備600で説明したとおりである。
【0061】
注射用水製造部810では、高分子膜ろ過装置(好ましくは限外ろ過膜装置)により、精製水920をろ過することでエンドトキシン50等の不純物を高度に除去して、注射用水940が製造される。なお、高分子膜ろ過装置の代わりに、蒸留器を用いてもよい。
【0062】
なお、この精製水製造部610にエンドトキシン検出装置100が設けられており精製水920のエンドトキシン濃度が分かっている場合、それに合わせて注射用水製造部810の運転条件を調整してもよい。たとえば、精製水920のエンドトキシン濃度が十分に低いと分かっている場合は、そのぶんだけエンドトキシン除去能力を下げて高分子膜ろ過装置の透過水量を上げ、注射用水940の生産量を増やしてもよい。
【0063】
注射用水タンク820には、たとえば熱交換器のような加熱装置が装着され、注射用水940中の細菌等の増殖を防ぎ、清潔な状態を保つために、たとえば60℃以上、望ましくは70℃以上の温度状態が維持される。なお、この温度状態を維持しつつ、注射用水940の滞留を防ぐために、循環配管を用いてこの注射用水タンク820を構成することが望ましい。
【0064】
送出ライン830は、随時、又は必要に応じて、注射用水タンク820に貯留されている注射用水940を、所定の使用場所850へ送出する。ここでいう所定の使用場所850とは、たとえば、注射用水940の梱包設備、又は、注射液の製造設備等、注射用水940の用途に応じた様々な設備が想定される。
【0065】
試料採取部700は、注射用水製造設備800において、注射用水製造部810の下流側の所定の箇所に設けられる。試料採取部700により採取された精製水920は、被験対象の試料960として、前記した試料導入部240(
図2参照)からエンドトキシン検出装置100に導入される。エンドトキシン検出装置100の詳細は上述のとおりである。試料採取部700が設けられる箇所としては、
図4に示すように、注射用水製造部810より下流側でかつ注射用水タンク820より上流側か、注射用水タンク820に直接(たとえば、循環配管の途中)か、又は送出ライン830の途中かの、いずれに設けてもよい。いずれの場合も、注射用水940から採取された被験対象の試料960が、上述のエンドトキシン検出方法に供されることになる。
【0066】
試料採取部700を注射用水製造部810より下流側でかつ注射用水タンク820より上流側に設ける場合、注射用水製造部810で製造された直後の注射用水940のエンドトキシン濃度が、たとえば日本薬局方に記載の基準(0.25EU/mL)を満たしているかどうかを、実質的に常時確認することができる。そして、万一この基準を満たしていない場合は、すぐに下流への注射用水940の供給を止めることで、その時点で下流の注射用水タンク820に貯留されている基準を満たした状態の注射用水940へのコンタミネーションを防ぐことができる。なお、実質的に常時とは、たとえば、繰り返し測定時間を30分以内、好ましくは10分以内とする測定をいう。下流側の装置の保有水量及び装置の造水量を考慮すると、これらの頻度で測定を繰り返すことにより、トラブルによる水質悪化によるコンタミネーションにより、注射用水の製造を止めることなく運転できる。
【0067】
試料採取部700を注射用水タンク820に直接設ける場合、循環貯留されている注射用水940が上記基準を満たしているかどうかを実質的に常時モニターすることができる。そして、たとえば上記基準を満たしていることが確認されているときのみ注射用水940を送出ライン830に供給し、万一上記基準を満たしていないときは図示していない返送ラインを用いて注射用水940を注射用水製造部810の上流側に戻し、注射用水製造部810で再処理するようにしてもよい。
【0068】
本発明のエンドトキシン検出装置100は十分な測定精度があるため、実質的に常時モニターすることにより、前段の装置の不具合だけでなく、不具合の予兆も確認できる。たとえば、製造される注射用水940のエンドトキシン測定値が、エンドトキシンの基準値を満たすものの、わずかな上昇傾向を示した場合、これは前段の装置の性能悪化の予兆であることも多く、これをそのまま放置すると、製造される注射用水940がエンドトキシンの基準値を満たさなくなる場合もある。すなわち、注射用水製造装置の不具合を事前に検出する事で、トラブルを回避することが可能である。たとえば、前段の装置の運転条件を変更したり、メンテナンスを行うことにより対応可能である。
【0069】
試料採取部700を送出ライン830に設ける場合、実際に使用される時点での注射用水940のエンドトキシン濃度を直接モニターすることができる。また、たとえば、使用場所850の直前にタンクを設置し、タンク内に注射用水を貯留して、これを使用場所850に供給し、タンクが空になったら再度注射用水を貯留するというバッチ式の使用も考えられる。そして、タンク内の注射用水のエンドトキシン濃度をエンドトキシン検出装置100で各バッチ毎に確認することで、エンドトキシン濃度が管理基準を満たす注射用水の使用を保障することができる。
【0070】
以上述べた、3箇所はいずれも試料採取部700を設置する利点がありいずれも好ましい設置箇所であるが、注射用水940のエンドトキシン50汚染を最も早期に検出できる点で、注射用水製造部810より下流側でかつ注射用水タンク820より上流側に設けるのが最も好ましい。また、可能であれば3箇所のうち2箇所以上に試料採取部700を設置することとしてもよい。
【0071】
上記の構成により、本開示の注射用水製造設備800では、製造された注射用水940から随時試料960を採取して、エンドトキシン検出装置100によりリアルタイムでエンドトキシン50を検出することが可能となる。そして、エンドトキシン50の濃度が所定の基準値を超えた場合には、即時に注射用水製造設備800を停止して、部品交換又は修理等の適切な処置を講じることができる。これにより、要求水質の注射用水940を安定的に製造できるようになる。
【0072】
また、本開示の注射用水製造設備800では、試料960となる注射用水940の不純物濃度は十分に小さくなっており、他の不純物による影響を最小限にすることができるため、特にエンドトキシン濃度を精度よく測定することができる。また、試料960となる注射用水940の粘性は十分に低いため、特にキャリア溶液等で希釈する必要がなく、エンドトキシン検出装置100へ直接送液することができる。これにより、キャリア溶液が不要となり、試料960を不必要にキャリアで希釈することがなくなるという利点もある。
【0073】
なお、試料採取部700を、注射用水タンク820に直接、又は、送出ライン830に設置する場合、試料960は加熱された状態で採取されることになる。このような高温の試料960は、エンドトキシン検出装置100に供給される前に、熱交換器等で常温に冷却することが好ましい。
【実施例0074】
(1)dpa-C4Pyによるエンドトキシンの測定
dpa-C4Pyを用いてエンドトキシンの測定を試みた。実験方法は以下のとおりとした。
【0075】
測定サンプルとして、下記表1に示す組成のサンプル1~サンプル7を、10mLメスフラスコで調製した。なお、表中の単位である「M」は、「molL-1」を意味する。
【0076】
【0077】
上記サンプル1~サンプル7を、光路長1cmの石英セルに取り、蛍光分光光度計で蛍光スペクトルを測定した。測定条件は以下のとおりとした。
励起波長:350nm
開始波長:360nm
終了波長:580nm
【0078】
本測定条件により、いずれのサンプルの測定も5分以内に終えることができた。
【0079】
上記サンプル1~サンプル7の蛍光スペクトルは、
図5に示すとおりである。
図5の縦軸は蛍光強度を、横軸は波長(nm)をそれぞれ示す。なお、図中のグラフは、エンドトキシン(LPS)濃度が高いサンプルほど上側の曲線として描かれている。
【0080】
エンドトキシン濃度が0であるサンプル1では、375nm及び395nm付近に蛍光強度のピークが現れるが、470nm付近の蛍光強度はほぼ0であった。しかし、エンドトキシン濃度が高くなるほど、470nm付近に現れるエキシマー蛍光の蛍光強度のピークが高くなった。
【0081】
図6は、
図5におけるサンプルのエンドトキシン(LPS)濃度とエキシマー蛍光の蛍光強度のピークとの関係をプロットしたグラフである。
図6の横軸はエンドトキシン(LPS)濃度(μM)を示し、縦軸は蛍光スペクトル変化(エンドトキシンを添加したサンプルの波長470nmの蛍光強度(F)から、エンドトキシンが添加されていないサンプル1の波長470nmの蛍光強度(F
0)を差し引いた値)を示す。このグラフから、波長470nmの蛍光強度は、エンドトキシン濃度と強い正の相関関係があることが推認される。よって、亜鉛イオンが配位されたdpa-C4Pyによって、少なくとも1μMまでの濃度のエンドトキシンが測定し得ると考えられた。
【0082】
(2)各種蛍光物質と配位される金属イオン
次に、各種蛍光物質と、これらに配位される金属イオンとの相違による、エンドトキシンに対する蛍光強度を比較した。
【0083】
前記式(1)に示すdpa-C4Pyに加え、下記式(9)に示すdpa-C1Py及び下記式(10)に示すdpa-HCCを蛍光物質として使用した。
【0084】
【0085】
【0086】
ここで、式(9)に示すdpa-C1Pyは、dpa-C4Pyのスペーサである炭素数4のテトラメチレン基(-CH2-CH2-CH2-CH2-)を、炭素数1のモノメチレン基(-CH2-)に置換した蛍光物質である。また、式(10)に示すdpa-HCCは、金属イオンが配位されたジピコリルアミノ基を認識部位とし、7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸を蛍光部位として、これらを炭素数1のスペーサで連結した蛍光物質である。
【0087】
下記表2に示す組成のサンプル8~サンプル13を、10mLメスフラスコで調製した。なお、表中の単位である「M」は、「molL-1」を意味する。
【0088】
【0089】
上記サンプル8~13を、前記(1)と同条件にて測定した。そして、測定により得られた蛍光スペクトルにおいて、上記表2に示した測定波長における蛍光強度(F)の、各々エンドトキシン濃度が0の時の蛍光強度(F
0)に対する比率を
図7及び
図8に示す。なお、
図7及び
図8は、金属イオンとして銅イオン及び亜鉛イオンを使用した場合をそれぞれ示している。その結果、金属イオンとして亜鉛イオンを配位させたdpa-C4Pyを蛍光物質として使用することで、エンドトキシンに対する感度が飛躍的に高まった。
【0090】
(3)蛍光部位及びスペーサ
次に、蛍光物質につき、蛍光部位の種類及びスペーサの炭素数がエンドトキシンの感度に与える影響を検証した。すなわち、上記表2のサンプル13を実施例1とし、この実施例1に対し蛍光物質を様々に変えたものを比較例及び実施例2~6とした。各実施例及び比較例の蛍光物質は下記表3のとおりであった。なお、いずれの実施例及び比較例においても、認識部位は全てジピコリルアミノ基(式(8))であり、これに配位される金属イオンは亜鉛イオンであった。
【0091】
【0092】
上記各実施例及び比較例につき、前記(1)と同条件にて測定した。そして、測定により得られた蛍光スペクトルにおいて、上記表3に示した測定波長における蛍光強度(F)の、各々エンドトキシン濃度が0の時の蛍光強度(F0)に対する比率が上記表3における感度比である。なお、比較例における測定波長は、エンドトキシン無添加でも蛍光するピークがエンドトキシンを添加することで、蛍光が増大することを利用して測定したものである。また、各実施例における測定波長は、エンドトキシン無添加で蛍光がほとんど起きない波長において、エンドトキシン添加で新たに生じたエキシマー蛍光を測定したものである。このようになる波長は、350~900nmであり、測定感度の点から390~
520nmがより好ましい。上記の実施例の結果からは、縮合多環芳香族炭化水素を構成する環数が3~6で、かつ、スペーサの炭素数が3~6であれば、感度比が大幅に向上することが分かった。また、上記表3の実施例のうちでは、環数が4のピレンを蛍光部位に持ち、スペーサの炭素数が4である実施例1のdpa-C4Pyが最も蛍光物質として優れていることが分かった。
【0093】
なお、上記表3に示した以外の蛍光物質での測定結果も総合すると、エキシマー蛍光を発する物質(換言すると、平面構造を有する縮合多環芳香族炭化水素)を蛍光部位に用い、二分子間の蛍光部位が重なる適切な長さのアルキル鎖のスペーサを選択することで、エンドトキシンを高感度に検出することが可能となることが分かった。また、縮合多環芳香族炭化水素を構成する環数としては、1~8を用いることができ、2~6が好ましく、2~4がさらに好ましいことが分かった。さらに、スペーサの炭素数は2~12を用いることができ、2~10が好ましく、4~8がさらに好ましいことが分かった。なお、スペーサの炭素数が1と短い場合は、リン酸基に配位した蛍光物質の蛍光部位が重なり合って二量体を形成するには距離が短すぎるため、エキシマー蛍光が生じない一方、スペーサの炭素数が適切である場合には、蛍光部位同士が重なり合って二量体を形成することができるため、蛍光部位が本来蛍光を発しない新たな波長に強いエキシマー蛍光が生ずると考えられる。
【0094】
(4)測定時間
蛍光物質としてdpa-C4Pyを用いてエンドトキシンを検出する場合の適切な測定時間を検証した。すなわち、測定サンプルとして、前記表1に示すサンプル4を10mLメスフラスコで調製したものを、9サンプル調製した。各サンプルについては、調製後、6秒、1分、2分、3分、4分、8分、12分、16分及び20分の各インキュベーション時間経過後に、光路長1cmの石英セル内に注入した後、蛍光分光光度計で470nmの蛍光強度を励起波長350nmにて測定した。
【0095】
その結果、測定開始後1分~2分にかけて、エキシマー蛍光の蛍光強度が最大となり、その後は漸減していった。これにより、蛍光物質としてdpa-C4Pyを用いてエンドトキシンを検出する場合の適切な測定時間は、測定開始後1分~2分であることが分かった。