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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023067102
(43)【公開日】2023-05-16
(54)【発明の名称】血栓症改善剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/8998 20060101AFI20230509BHJP
   A61P 7/02 20060101ALI20230509BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20230509BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20230509BHJP
   A23L 2/38 20210101ALI20230509BHJP
【FI】
A61K36/8998
A61P7/02
A23L33/105
A23L2/00 F
A23L2/38 J
A23L2/52
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021178088
(22)【出願日】2021-10-29
(71)【出願人】
【識別番号】591014972
【氏名又は名称】株式会社 伊藤園
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100080953
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 克郎
(74)【代理人】
【識別番号】230103089
【弁護士】
【氏名又は名称】遠山 友寛
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】細山 広和
【テーマコード(参考)】
4B018
4B117
4C088
【Fターム(参考)】
4B018LB08
4B018LB10
4B018MD49
4B018ME14
4B018MF01
4B018MF06
4B117LC04
4B117LG13
4B117LG16
4B117LP01
4C088AB73
4C088BA08
4C088NA14
4C088ZA54
(57)【要約】
【課題】新規血栓症改善剤の提供。
【解決手段】本発明は、大麦の種子に由来する成分を有効成分として含む、血栓症改善剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
大麦の種子に由来する成分を有効成分として含む、血栓症改善剤。
【請求項2】
有効成分が水溶性溶媒によって抽出される、請求項1に記載の血栓症改善剤。
【請求項3】
大麦が六条大麦及び二条大麦から成る群から選択される1種又は2種以上である、請求項1又は2に記載の血栓症改善剤。
【請求項4】
血栓症改善が血栓の分解を経るものである、請求項1~3のいずれか一項に記載の血栓症改善剤。
【請求項5】
線溶の促進により血栓が分解される、請求項4に記載の血栓症改善剤。
【請求項6】
線溶の促進が、ウロキナーゼ及び/又はナットウキナーゼを介した線溶の促進である、請求項5に記載の血栓症改善剤。
【請求項7】
血栓症改善が、外因系・内因系凝固反応の阻害である、請求項1~3のいずれか一項に記載の血栓症改善剤。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の血栓症改善剤を含む飲食品組成物。
【請求項9】
飲料の形態である、請求項8に記載の飲食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大麦の種子に由来する成分を有効成分として含む、血栓症改善剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今のストレス社会や長時間のデスクワークの影響で多くの世代で血栓症患者は増加しており、日々の生活の中に血栓症予防を目的とした運動や食生活を取り入れる人が増えている。
【0003】
また、そうした時代背景から血栓予防を目的とした健康食品市場も急速に成長しており、近年ではフィブリンの溶解過程を促す効果がある納豆由来のナットウキナーゼや、ミミズ由来のルンブロキナーゼ等が配合されたサプリメントが多く市販されている。
【0004】
特許文献1には、ナットウキナーゼと、炭素数12~18の脂肪酸のうちの少なくとも1つを含む血栓溶解剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-147512号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、ナットウキナーゼ等を配合したサプリメントは比較的高価であり、また酵素であるため熱に弱くサプリメント以外への加工が難しいという問題点があった。そのため、摂取方法が多種多様で気軽に毎日摂取できる安価な商品が市場で求められている。
【0007】
また、血栓症改善作用は大きく分けて血栓の発生を防ぐ効果と血栓を分解する効果の2つに分けられるが、ナットウキナーゼについて知られている効果は血栓を分解する効果のみである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、大麦の種子の抽出物が血栓の発生を防ぐ成分や血栓の分解を亢進する成分を含有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
[1]
大麦の種子に由来する成分を有効成分として含む、血栓症改善剤。
[2]
有効成分が水溶性溶媒によって抽出される、[1]に記載の血栓症改善剤。
[3]
大麦が六条大麦及び二条大麦から成る群から選択される1種又は2種以上である、[1]又は[2]に記載の血栓症改善剤。
[4]
血栓症改善が血栓の分解を経るものである、[1]~[3]のいずれかに記載の血栓症改善剤。
[5]
線溶の促進により血栓が分解される、[4]に記載の血栓症改善剤。
[6]
線溶の促進が、ウロキナーゼ及び/又はナットウキナーゼを介した線溶の促進である、[5]に記載の血栓症改善剤。
[7]
血栓症改善が、外因系・内因系凝固反応の阻害である、[1]~[3]のいずれかに記載の血栓症改善剤。
[8]
[1]~[8]のいずれかに記載の血栓症改善剤を含む飲食品組成物。
[9]
飲料の形態である、[8]に記載の飲食品組成物。
【発明の効果】
【0010】
血栓症を改善するためのメカニズムは複雑であるが、本発明によれば、大麦の種子を処理する条件、例えば麦の加熱条件を変更したり、それにより得られる特定の分子量の画分を適宜組み合わせることにより所望とする効果、例えば血栓の生成を抑えつつ、生成してしまった血栓の消失を亢進するような複合的な血栓症改善効果を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、フィブリン膜に、血栓溶解酵素を溶解した麦茶を添加することで形成された線溶孔(右)を血栓溶解酵素の添加により形成された線溶孔(左)と比較したものである。
図2図2は、二条大麦を原料とした場合の有効成分の分離フローの一例を示す。
図3図3は、六条大麦を原料とした場合の有効成分の分離フローの一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態又は実施態様について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0013】
(血栓症改善剤)
一実施形態において、大麦の種子に由来する成分を有効成分として含む、血栓症改善剤、が提供される。
【0014】
血栓症改善剤の原料となる大麦の品種は特に限定されず、その例として、ラトローブ、ハインドマーシュ、メトカルフ、スコープ、コマンダー、ほうしゅん、ミカモゴールデン等の二条大麦;四条大麦;レガシー、シュンライ、ファイバースノウ、カシマムギ、ミノリムギ、マサカドムギ、すずかぜ等の六条大麦;ダイシモチ等の裸大麦等が挙げられる。中でも、麦茶の原料に使用する大麦、例えば二条大麦と六条大麦が好ましく、タンパク質を高含有している観点から六条大麦がより好ましい。
【0015】
大麦の栽培方法や種子を採取するタイミングは特に限定されない。種子は外皮つきのものでも脱穀により外皮を取り除いたものでもよい。種子は部位毎に構成成分が異なるものの、脱穀処理をしていない全粒を以降の処理に使用することができる。
【0016】
血栓症改善剤の有効成分は大麦の種子から抽出されるが、抽出前に種子を加熱処理することが好ましい。加熱処理の例としては、媒体焙煎、熱風焙煎、砂炒焙煎、遠赤外線焙煎、開放釜焙煎、回転ドラム式焙煎等の焙煎処理が挙げられる。加熱処理は焙煎処理に限定されず、それ以外の高温での乾燥処理も含み得るが、摂取時の香味等の観点から焙煎を経たものが好ましい。焙煎の場合、加熱の方法は、摂取時の香味等により適宜選択されるものだが、例えば媒体焙煎の場合は、特許4456178や、特開2020-068579に示される方法等が挙げられる。熱風焙煎の場合、例えば5kg程度の小型バッチロースターを用いた場合、排出時達温が約180~280℃、好ましくは190~230℃、より好ましくは200~220℃の範囲で適宜調整される。加熱条件は所望とする効果や大麦の種類によって変更され得る。例えば、熱風焙煎で先述の小型バッチロースターにて線溶促進活性を有する成分を得る場合、六条大麦は190~220℃が好ましく、二条大麦は210~215℃が好ましいが、これに限定されず、各条件については、加熱加工後に得られる種子の粉砕L値をもとに、適宜調整される。粉砕L値については後述する。
【0017】
種子は加熱処理後、次の処理にかけられる前に冷却され得る。冷却方法は限定されず、その例として、放冷、送風冷却、水冷却等が挙げられる。
【0018】
加熱前の処理として、大麦を水或いは蒸気と接触させ、大麦が水分を含有した状態とする膨化処理を行ってもよい。このように膨化処理を行えば、水分を含有した種子を高温で加熱することにより、膨化して割れるようになり、抽出効率をさらに向上させることができる。
【0019】
膨化処理の方法としては、上述の通り、原料を水と接触させる方法を挙げることができる。例えば、種子を水に浸漬したり、直接水を散布したり、蒸気噴霧により水と接触させる方法等を例示することができる。但し、これらの方法に限定するものではない。
【0020】
また、種子の品質劣化を防ぐ観点から、種子は加熱後に冷却することが好ましい。冷却方法は特に限定されるものではない。例えば放冷、送風冷却、水冷却などを例示することができる。
【0021】
有効成分は、大麦を水、メタノール、エタノール及びそれらの組み合わせから成る群から選択される1又は複数の水溶性溶媒;及び/又はアセトン等の親水性溶媒に所望の時間浸漬することで抽出される。実施例では、限外濾過時の目詰まり防止を目的としてヘキサンやメタノールが使用されているが、これらは有効成分の抽出に必須なものではない。水の例としては、例えば純水、水道水、蒸留水、脱塩水、アルカリイオン水、湖水、海洋深層水、イオン交換水、脱酸素水、天然水、水素水等が挙げられる。抽出時における効率や成分の安定性等の観点から、できる限り溶質あるいは不純物が少ない水が好ましく、純水、蒸留水、脱塩水が好ましい。溶媒は抽出効率改善のために事前に加熱してもよい。抽出は1又は複数回行ってもよく、複数回抽出する場合、その都度溶媒の種類を変更してもよい。溶媒は各工程毎に異なる種類の溶媒を使用することができるが、同じ種類の溶媒を使用してもよい。また、抽出効率や香味への影響を考慮して、成分の変質の影響のない範囲にpHを調整した水を用いてもよい。
【0022】
抽出温度は溶媒や麦粒の粉砕の有無・程度によって異なるが、可溶性成分が適切に溶出できる条件であれば特に限定はされない。たとえば丸麦を用いた浸漬抽出で水の場合、60~100℃で5~120分間抽出するのが好ましく、70~99℃で15~90分間抽出するのがより好ましく、さらに80~99℃で20~80分間抽出するのがさらに好ましい。抽出をより効率的に行うため攪拌操作を加えてもよい。
【0023】
抽出方法は浸漬抽出以外にも、カラム式抽出、バッチ式抽出、ドリップ抽出、シャワーリングによる抽出等公知の方法を使用することができる。
【0024】
加熱処理の程度は、種子を粉砕し、そのL値(明度)を測定することで評価することができる。粉砕L値は公知の手法を用いて測定することができ、例えば色差計(日本電色SE-2000、日本電色工業社製)を用いて測定することができる。限定することを意図するものではないが、外因系・内因系凝固反応を阻害して血栓症改善効果を実現する観点から、粉砕L値は22以上であることが好ましい。
【0025】
抽出操作において、種子を粉砕するための手法は、湿式・乾式を問わないが、最終的に有効成分が水系溶媒に抽出する過程や、原料の保管等取扱いの容易さ等を踏まえれば、乾式を用いるのが望ましい。例えば、ジェットミル、ハンマーミル、ピンミル、コロイドミル、摩砕機、リファイナーやミキサー等の攪拌粉砕機を用いて行なう方法を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0026】
種子の粉砕物は、抽出効率や製造時の利便性、香味等を考慮して適宜形状を選択して良い。たとえば、ティーバッグのように水や熱水に浸漬して溶媒抽出する場合は、JIS Z8801-1:2006に規定する目開き500μmの篩を通過しない程度の粒径を有してもよい。
【0027】
これら種子の粉砕は抽出に必須な方法ではないが、有効成分の抽出効率を改善する目的や、所望とする香味を得る目的で適宜実施することができる。
【0028】
上記工程は一般的な焙煎麦を用いた飲料、たとえば麦茶飲料の製造で行われる工程で代用してもよい。そのような飲料の製造方法の工程としては、例えば、大型抽出機を用いて焙煎済種子より温水で抽出した後の、異物除去やpH調整、殺菌等の工程が挙げられるが、有効成分が最終的に抽出される限り、製法については特に制限はない。
【0029】
上記工程で得た抽出液は、溶出成分を安定に保つため、適宜適した条件で使用時まで保管される。例えば、抽出液を篩やネルで濾過し不要な成分や残渣を除去した後に、濾過液を凍結するほか、適切な濃縮方法、たとえば減圧濃縮や凍結乾燥、スプレードライ等の方法で余分な水分を除去後に保管する等の方法がある。また、用途によっては、抽出液をそのまま、あるいは適宜希釈や濃縮等を行い、すぐに使用してもよい。
【0030】
血栓症改善効果は広く、フィブリンの形成反応(凝固)とその溶解反応(線維素溶解=線溶)を担う各プロテアーゼカスケードにおいて、血栓症の予防乃至治療に関与する効果を意味する。但し、本明細書で使用する場合、「血栓症改善効果」とは、フィブリノーゲン及びフィブリンにより生成される血栓の発生・消失、すなわち凝固と線溶に影響を及ぼし症状を改善することを意味するものであって、血液流動性向上効果のようなフィブリノーゲン及びフィブリンが関与しない作用は含まれない。
【0031】
血管内の血液の流動性は凝固系と線溶系のバランスにより維持されており、凝固系機能の亢進、線溶系機能の低下、あるいはその両方により血栓傾向が示されたり、また、線溶系機能の亢進、凝固系機能の低下、あるいはその両方により出血傾向が示される。
【0032】
フィブリンの形成に関与する血液凝固系は種々の凝固因子が関与し、第XII因子の活性化を起点とする内因性凝固系と、組織因子(第III因子)を起点とする外因系凝固系の二種類がある。外因系凝固の検査の例としてプロトロンビン時間(PT)があり、内因系凝固の例として、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)がある。
【0033】
大麦の種子には、PTとAPTTのような凝固反応の検査値、特にAPTTを延長させる作用があることがわかった。このような延長作用を示す成分は大麦の種子に複数含まれるが、強い活性を示す成分は、加熱処理又は未加熱処理の大麦種子、特に未焙煎の大麦種子又は比較的弱い焙煎をした大麦種子に含まれる成分のうち、分子量10,000以下のものであると考えられる。分子量10,000以下の成分、特に分子量3,000~5,000及び分子量3,000以下の成分は、PTとAPTTの両方、又はいずれかを延長することができる。これは外因系・内因系凝固反応、とくに内因系凝固反応を阻害して血栓症改善効果を奏するものと考えられる。理論に拘束されることを意図するものではないが、この成分は、加熱処理されていない大麦の種子に含まれ得る。なお、ここでいう分子量は、限外濾過膜において、使用する膜の公称分画分子量を指し、例えば分子量Xの膜で通液した場合に、「X以下」とは濾過された成分、「X以上」とは残留した成分であることを意味する。
【0034】
内因系凝固反応の進行を阻害させる機序の例として、プロトロンビンからトロンビンへの変換の阻害が挙げられる。第Xa因子は、血小板膜のリン脂質上でカルシウムを介して活性化第V因子(第Va因子)とプロトロンビナーゼ複合体を形成し、プロトロンビンを活性化してトロンビンを生成し、フィブリノーゲンに作用してフィブリンが形成される結果、血漿が凝固するところ、大麦の種子由来の分子量が5,000以下、さらに好ましくは3,000以下の成分は、血液凝固時間、詳しくはPTとAPTT、特にAPTTを延長させた。すなわち、最終的にトロンビンの生成に至る各過程の変換を阻害し得る。
【0035】
血液凝固系により血管内に形成された止血栓は、通常線溶酵素であるプラスミンによって可溶性のフィブリン分解物へと加水分解される。線溶に関与する酵素としてウロキナーゼやナットウキナーゼ等がある。ウロキナーゼは、血漿タンパク質のプラスミノーゲンをプラスミンに変換するプラスミノーゲンアクチベーター(PA)と呼ばれる物質である。PAにより生じたプラスミンがフィブリンを溶解することで線溶が進行する。一方、線溶促進を目的とした飲食物成分の一例としてナットウキナーゼが挙げられるが、これはウロキナーゼの作用を増強するほか、それ自体がプロテアーゼの一種であり、それ自身がフィブリンを溶解する能力を有する。
【0036】
大麦の種子にはウロキナーゼ及び/又はナットウキナーゼを介した線溶を促進して血栓分解効果を奏する成分が含まれており、特にその成分は加熱処理又は未加熱処理の大麦種子、特に焙煎した大麦種子に含まれている成分のうち分子量が高いものであり、その分子量は、例えば3,000、又は5,000以上であると考えられる。理論に拘束されることを意図するものではないが、この成分は、未焙煎種子に含まれていた有機化合物が加熱により生成・分解し、それらがランダムに結合して生じた物質である可能性がある。なお、ここでいう分子量は、限外濾過膜において、使用する膜の公称分画分子量を指し、例えば分子量Xの膜で通液した場合に、「X以下」とは濾過された成分、「X以上」とは残留した成分であることを意味する。
【0037】
有効成分の分画は公知の方法により行うことができ、例えば、液液分配や、担体、例えばシリカゲルや樹脂、ゲルろ過材などを用いた分離のほか、透析や限外濾過膜により高分子量画分と低分子量画分とに分画してもよい。
【0038】
(飲食品組成物)
一実施形態において、血栓症改善剤を含む飲食品組成物が提供される。
【0039】
血栓症改善剤の有効成分は大麦の種子に由来するため、飲食品組成物は麦茶のような大麦の種子を原料とする飲食品であってもよい。有効成分を含む画分を濃縮し、これをナットウキナーゼ等の線溶酵素を含むサプリメント等の抗血栓用の製品等に配合することもできる。
【0040】
飲食品組成物は血栓症改善剤の有効成分以外に他の成分を含有していてもよい。そのような他の成分としては、大麦の種子に由来する有効成分以外の成分、例えばミネラル成分、ビタミン類、あるいは乳化剤、酸味料、酸化防止剤、甘味料、着色料等がある。
【0041】
飲食品組成物は容器に充填され得る。血栓症改善剤の有効成分を容器に充填する際、必要に応じて、アスコルビン酸やアスコルビン酸ナトリウム等の酸化防止剤、香料、炭酸水素ナトリウム等のpH調整剤、乳化剤、保存料、甘味料、着色料、増粘安定剤、調味料、強化剤等の添加剤を単独又は組み合わせて配合してもよい。
【0042】
飲食品組成物を充填する容器としては、例えばガラス瓶、ポリエチレンテレフタレートを主成分とする成形容器(PETボトル)、多層成形容器等のプラスチック容器、紙容器、金属容器等を挙げることができる。
【0043】
以下に実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0044】
実施例1:麦茶の血栓に対する作用1 線溶促進活性の確認1
公知の方法(村上 他、同志社女子大学生活科学紀要、51, 45 (2017))を改変し、人工的に作成した血栓(フィブリン膜)に、血栓溶解酵素であるウロキナーゼと評価サンプルを接種し、37℃で18時間静置した後に生じた線溶孔の大きさを比較した。詳細な手順は以下の通りである。
【0045】
(フィブリン膜の調製)
50mM Tris-HCl緩衝液(pH7.75)100mLにフィブリノーゲン(シグマアルドリッチ製;ウシ血漿由来)150mg及び塩化カルシウムを終濃度25mMとなるように加えて調製したフィブリノーゲン溶液を、プラスチック製5.5cm径又は6cm径シャーレに3mL配置し、トロンビン10U/mL溶液(持田製薬製;トロンビン液モチダソフトボトル5千をTris-HCl緩衝液で希釈して調製したもの)70μLを滴下後、すぐに軽く攪拌して蓋をし、常温もしくは20~30℃程度の気温が保たれた室内で2時間水平に静置し、フィブリン膜を形成させた。
【0046】
(アッセイ溶液)
50mM Tris-HCl緩衝液(pH7.75)に、ウロキナーゼ(持田製薬製 ウロナーゼ静注用6万単位)を終濃度12U/mL、及び評価用検体を目的の終濃度となるように溶解してアッセイ溶液とした。
【0047】
(線溶試験)
フィブリン膜の中心にアッセイ溶液を20μL接種し、水平が保たれた恒温装置(ヤマト科学製プログラム低温恒温機IL702)で37℃18時間静置した。
【0048】
(評価)
線溶試験後のシャーレを市販スキャナー上に適宜配置してコンピューターに300dpiで画像取り込みし、画像解析ソフト(アドビシステムズ社製 Photoshop Elements2021、Photoshop Elements2.0)で線溶孔のピクセル数を計測した。解析は、線溶孔とフィブリン膜を明瞭に視認で区別できる程度にレベル補正で調整後、自動選択ツールにて許容値を20以下として線溶孔範囲を選択領域とし、ヒストグラムに表示されるピクセル数を面積とした。自動選択ツールでの選択が困難な場合は、線溶孔の境界線に沿ってなげなわツール、多角形選択ツール等を用いて線溶孔領域を選択した。ウロキナーゼ12U/mLのみ含む溶液で形成された線溶孔面積を基準としたときの、評価用検体を含んだアッセイ溶液で形成された線溶孔の増減分を百分率で示したものを、面積比とした。
【0049】
評価サンプルは、1)ウロキナーゼ単独と、2)ウロキナーゼを溶解した伊藤園製健康ミネラルむぎ茶(六条大麦、二条大麦、飲用海洋深層水、麦芽/ビタミンC)の二種類準備した。
【0050】
18時間経過後にフィブリン膜上に形成された線溶孔を比較した結果、ウロキナーゼを溶解した伊藤園製健康ミネラルむぎ茶はウロキナーゼ単独より50%も線溶孔が大きくなり(図1右)、麦茶に線溶促進活性があることが明らかとなった。
【0051】
実施例2:麦茶の血栓に対する作用1 線溶促進活性の確認2
麦茶に含まれる線溶促進活性成分を特定するべく、焙煎した六条大麦、二条大麦の抽出物を準備した。なお、粉砕L値は、各麦適量を小型超高速粉砕機(大阪ケミカル株式会社製 Wonder Blender、型番WB-1)を用いて5~15秒粉砕し目視にて未粉砕物がないことを確認後、色差計(日本電色工業株式会社製 SE7720)にて表面色を測定して求めた。
【0052】
(実施例2-1)焙煎六条大麦は、カナダ産レガシー種を特許4456178に基づき媒体焙煎した。具体的には、大麦に蒸気噴霧処理を施して含有水分量が約25重量%になるように調整し、この大麦を回転ドラム式媒体焙煎窯に投入し、焙煎温度255℃で90秒間の一次焙煎を行った。その後、0.17L/分の割合で水をシャワー状に噴霧し、瞬間的(約1秒)に温度を90℃下げ、麦の品温が165℃になるように急冷した。続いて、焙煎温度を280℃で90秒間の二次焙煎を行い、この焙煎した大麦を、冷却装置のコンベアに移し、麦の品温が80~140℃の温度域に47秒間滞留するように冷却ファン及びコンベアの速度を調整して緩慢冷却をし、焙煎麦を製造した。得られた焙煎麦の粉砕L値は31.01であった。
【0053】
(実施例2-2)焙煎二条大麦は、オーストラリア産ラトローブ種を小型バッチロースター(東京産業工業製 TG-5型バッチロースター)で15分間・排出温度210℃で熱風焙煎することで調製した。粉砕L値は41.54であった。
【0054】
焙煎した大麦に対する抽出操作は、次の手順で行った。各麦100gに対し、95~100℃の熱水2,000gを加えた。温度を98±2℃に保持して5分おきに攪拌しながら30分抽出し、得られた抽出液を篩(20メッシュ及び80メッシュ)及びネルで濾過した後、減圧及び凍結乾燥による濃縮を行い、抽出物を得た。抽出効率は、六条大麦が45.5%(実施例2-1抽出物)、二条大麦が9.45%(実施例2-2抽出物)であった。
【0055】
活性評価は、実施例1と同様に、各サンプルの終濃度がウロキナーゼは12U/mL、各麦の抽出物は10mg/mLとなるようにアッセイ液を調製し、それぞれをフィブリン膜に滴下して18時間37℃で静置し、ウロキナーゼのみの場合の線溶孔面積を対照として比較した。
【0056】
静置後の線溶孔を比較した結果、ウロキナーゼ単独との比較で二条大麦の抽出物(実施例2-2抽出物)は47%、六条大麦の抽出物(実施例2-1抽出物)は58%線溶孔を拡大した。一方、ウロキナーゼを含まない比較例としての六条大麦の抽出物は線溶孔を形成しなかった。このことから、麦茶抽出物自体にはウロキナーゼと同様の活性がなく、あくまでウロキナーゼの反応を補助する活性が存在することが分かる。
【0057】
実施例3:麦茶の血栓に対する作用 線溶促進活性の確認(血栓溶解酵素に対する亢進効果)
麦茶に含まれる線溶促進活性成分が、ウロキナーゼ以外の酵素、たとえばナットウキナーゼ(M. Milner et al., Alternative and Complementary Therapies, 8, 157(2002).ほか)のようなフィブリンを溶解するプロテアーゼに対しても同様に亢進活性を示すか確認するため、以下の試験を行った。
【0058】
1.評価試験に用いるナットウキナーゼの濃度の確認
ナットウキナーゼ(富士フイルム和光純薬製)の適宜濃度を変えた溶液を作成した。また、終濃度0.2及び0.5mg/mLのナットウキナーゼ溶液の一部を用い、80℃で10分加熱処理した。これらの溶液について、ウロキナーゼ終濃度12U/mL液を対照として実施例1に示した手順で線溶孔を測定した。各アッセイ液の調製には、実施例1と同様にTris-HCl緩衝液(pH7.75)を用いた。
【0059】
(結果)
ナットウキナーゼ終濃度0.2mg/mLが、ウロキナーゼ終濃度12U/mLに相当することがわかった。また、熱処理で失活したナットウキナーゼは線溶を示さなかった。
【表1】
【0060】
2.ナットウキナーゼとウロキナーゼの併存
ウロキナーゼ終濃度12U/mL液とナットウキナーゼ終濃度0.2mg/mLをともに含むアッセイ液を作成した。同様に、ウロキナーゼ終濃度12U/mL液と熱処理により失活させたナットウキナーゼ終濃度0.2mg/mLをともに含むアッセイ液を作成した。これらについて、ウロキナーゼ終濃度12U/mL液を対照として実施例1に示した手順で線溶孔を比較した。各アッセイ液の調製には、実施例1と同様にTris-HCl緩衝液(pH7.75)を用いた。
【0061】
(結果)
ウロキナーゼとナットウキナーゼが併存した場合、面積比は132%であった。また失活ナットウキナーゼの存在によりウロキナーゼの線溶孔は影響を受けなかった。以上1,2試験の結果から、ナットウキナーゼによる線溶現象は、酵素反応によるものであり、ウロキナーゼに対して酵素自体も失活物も線溶亢進作用を示さないことが示された。
【表2】
【0062】
3.ナットウキナーゼに対する焙煎麦抽出物の線溶亢進効果の評価
ウロキナーゼ(終濃度12U/mL)、ナットウキナーゼ(終濃度0.2mg/mL)及び焙煎六条大麦抽出物(実施例2-1抽出物、終濃度10mg/mL)をそれぞれ表3に示すように単独又は混合してアッセイ液を作成し、フィブリン膜に接種して実施例1に示した手順で線溶孔を測定した。
【0063】
(結果)
ナットウキナーゼによる線溶孔が対照に比して101%だったのに対し、焙煎麦抽出物の併存により135%と増大したことから、焙煎麦抽出物はナットウキナーゼに対しても線溶亢進活性があることが示された。また、ナットウキナーゼとウロキナーゼの混合液では、線溶孔比率は197%であったことから、焙煎麦抽出物はウロキナーゼとナットウキナーゼの併存下において、双方に対しより線溶亢進作用を現わすことが分かった。
【表3】
【0064】
実施例4:麦茶の血栓に対する作用1 線溶促進活性の確認3
大麦の焙煎が線溶促進活性に及ぼす影響を確認した。
【0065】
試作焙煎機(小型バッチロースター、東京産業工業製 TG-5型)に二条大麦(オーストラリア産ラトローブ種)又は六条大麦(カナダ産レガシー種)の未焙煎穀粒を2kg投入して熱風焙煎した。火力を適宜調整しながら、品温達温が各指定の温度になったところで焙煎機から排出し、冷却して各焙煎麦を得た(実施例4-2~5、4-7~10)。
【0066】
次いで、実施例4-2~5、4-7~10の各焙煎麦並びに六条・二条の各未焙煎麦(実施例4-1及び4-6)を、ハンドミルを用いて30メッシュ上で95%が残る程度に粗く粉砕し、各50gに対し、95~100℃の熱水1,000gを加えた。温度を97±2℃に保持して5分おきに攪拌しながら30分抽出した。抽出液をネル濾過、続いてろ紙濾過(アドバンテック東洋 定性濾紙 No.1)した後、減圧及び凍結乾燥による濃縮を行い、抽出物を得た(実施例4-1~10抽出物)。活性評価にあたっては、実施例1同様、ウロキナーゼ終濃度12U/mL、各麦抽出物の終濃度が10mg/mLとなるように蒸留水に溶解してアッセイ溶液とし、線溶促進活性をウロキナーゼのみの場合の線溶孔面積を対照として比較した。各麦の抽出効率及び線溶亢進活性試験の面積比結果を以下の表に示す。
【表4】
【0067】
【表5】
【0068】
二条大麦、六条大麦ともに、焙煎することによりその強さが増大することが明らかとなった。
【0069】
実施例5:麦茶の血栓に対する作用1 線溶促進活性の確認4
各焙煎大麦が線溶促進活性に及ぼす成分の局在を、分子量別分画により確認した。
【0070】
実施例2-1、4―2~5および4-7~10で作成した各焙煎麦抽出物を純水に溶解し、遠心分離(1,580×g、10℃、10分)により不溶物を除去して澄明な5%w/v溶液を作成した。この溶液を日本ポール(株)製遠心ろ過デバイス(マイクロセップ アドバンス及びマクロセップ アドバンス10K、公称分画分子量10,000)に付し、遠心分離(2,150×g、10℃、60分×3回)により透過液と残渣に分けた。次いで、透過液を同様に、日本ポール(株)製遠心ろ過デバイス(マイクロセップ アドバンス及びマクロセップ アドバンス3K、公称分画分子量3,000)に付し、遠心分離(2,150×g、10℃、60分×3回)により透過液と残渣に分けた。デバイス10K、3K各分画の残渣及び3Kの透過液は、適宜減圧濃縮後、凍結乾燥を行い、各分子量別画分とした。
【0071】
活性評価は、実施例1同様、ウロキナーゼ終濃度12U/mL、各麦抽出物の終濃度が10mg/mLとなるように蒸留水に溶解してアッセイ溶液とし、線溶促進活性をウロキナーゼのみの場合の線溶孔面積を対照として比較した。各麦の抽出効率及び線溶亢進活性試験の面積比結果を以下の表に示す。
【0072】
【表6】
【0073】
【表7】
【0074】
各画分は、10K残渣は分子量1万以上、3K残渣は分子量3千から1万程度、3K透過液は分子量3千以下の化合物が多く含まれていると考えられる。各画分の活性を比較すると、3K残渣、すなわち分子量3千から1万程度の化合物を多く含む画分が最も強く、次いで10K残渣、すなわち分子量1万以上の化合物を多く含む画分であった。一方、活性が比較的強い焙煎の強い麦由来の分子量別画分の回収率は、10K残渣と3K残渣の両計で85%以上を占めていることから、各麦抽出物における活性の主体は分子量3千以上の化合物であると推察された。
【0075】
実施例6:麦茶の血栓に対する作用1 線溶促進活性の確認5
熱風焙煎麦に含まれる線溶促進活性成分の探索と評価を試みた。
【0076】
(限外濾過)
実施例4-8で用いた焙煎二条大麦抽出物(焙煎温度200℃)20gを改めて蒸留水に約5%w/vとなるように溶解した後、適宜遠心分離及びメンブレンフィルター(アドバンテック東洋 メンブレンフィルター セルロース混合エステルまたはセルロースアセテートタイプ、または、メルクミリポア社 オムニポア 親水性メンブレンフィルター)を用いて水不溶物を除き、澄明な溶液とした。この溶液を日本ポール(株)製の限外濾過フィルターユニットMinimateシステムに、公称分子量が大きい順に通液・濃縮して限外濾過膜による分子量別分画を行った(実施例6分画1~4)。なおMinimateシステムに用いるMinimate TFFカプセルの公称分画分子量は、10Kが10,000、5Kが5,000、3Kが3,000である。分画の手順を図2に示す。
【0077】
図2で得た各分子量別画分について、終濃度を10mg/mLとし、ウロキナーゼ12U/mLを含むようにサンプルを調製し、線溶亢進活性試験に付した。その結果、ウロキナーゼ単独の場合に比して、高分子量画分(分子量10,000超、実施例6分画1)が58%、分子量5,000~10,000画分(実施例6分画2)が48%の強い線溶孔拡大を示した。分子量3,000~5,000(実施例6分画3)が42%であった。3,000以下の画分(実施例6分画4)は28%で、弱い線溶亢進効果であった。特に分子量5,000超の高分子量画分は、発色試験等により、窒素原子を含む可能性が示唆されている。
【0078】
実施例7:麦茶の血栓に対する作用1 線溶促進活性の確認6
媒体焙煎麦に含まれる線溶促進活性成分の探索と評価を試みた。
【0079】
(抽出操作)
焙煎六条大麦100g(L=31.01 実施例2-1で使用した焙煎大麦)を30メッシュの篩に95%残る程度の粗さにハンドミルで粉砕した。これにn-ヘキサン400mLを加え17時間、室温静置抽出を行い、抽出液と残渣を分離した。次に、残渣に、メタノール400mLを加えて7時間、室温静置後、抽出液と残渣を分離した。メタノール抽出は2回行った。メタノールを分離後の残渣に、98±2℃の熱水2,000gを加え、湯温を保持しつつ5分おきに攪拌しながら30分間抽出した。抽出操作後、手網で残渣を除去して得た抽出液を熱時にネル及び濾紙(アドバンテック東洋 定性濾紙 No.1)を用いて濾過し、30℃程度まで冷却後に減圧、凍結乾燥による濃縮を行うことで六条大麦の水抽出物を得た(実施例7抽出物)。抽出効率は56.5%だった。
【0080】
(限外濾過)
得られた抽出物について、改めて蒸留水に約5%w/vとなるように溶解した後、適宜遠心分離及び先述のメンブレンフィルター等を用いて水不溶物を除き、澄明な溶液とした。この溶液を先述の日本ポール(株)製の限外濾過フィルターユニットMinimateシステムに、公称分子量が大きい順に通液・濃縮して限外濾過膜による分子量別分画を行った(実施例7分画1~4)。抽出から分画までの手順を図3に示す。
【0081】
図3で得た各分子量別画分について、終濃度を10mg/mLとし、ウロキナーゼ12U/mLを含むようにサンプルを調製し、線溶亢進活性試験に付した。その結果、ウロキナーゼ単独の場合に比して、高分子量画分(分子量10,000超、実施例7分画1)が66%、分子量5,000~10,000画分(実施例7分画2)が26%の線溶孔拡大を示した。分子量3,000~5,000(実施例7分画3)及び3,000以下の画分(実施例7分画4)はいずれも線溶亢進効果を示さなかった。分子量5,000超の高分子量画分は、発色試験等により、窒素原子を含む可能性が示唆されている。
【0082】
以上、実施例5,6及び7から、線溶亢進活性を示す成分は比較的分子量が大きい化合物群であり、3,000以上、好ましくは5,000以上、さらに好ましくは10,000以上の分子量成分が線溶亢進活性に寄与していることがわかった。
【0083】
実施例8:内因系及び外因系凝固機構に対する阻害
焙煎麦の血栓に対する作用のひとつとして、内因系及び外因系凝固機構に対する阻害作用を確認した。
【0084】
実施例4及び7で作成した麦由来成分の一部を用い、濃度が1.5% w/v(アッセイ時終濃度0.5% w/v)となるように、0.9%生理食塩水に溶解させアッセイ原液を調製した。マウス(Slc:ICR、雄、日本エスエルシー)をイソフルラン麻酔吸入下で採血して得た血液(血液凝固阻止剤:クエン酸ナトリウム3.8%)を遠心分離(4℃、1400g、10分)し、得られた血漿300μLに以下の表に記載のサンプル(アッセイ原液)150μLを加えて、全自動血液凝固測定装置(シスメックス株式会社、Sysmex CA‐650)でプロトロンビン時間(PT)及び活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を測定し、生理食塩水と比較し%で示した。
【0085】
各サンプルの凝固阻害評価を以下のとおりPT及びAPTTを指標として行った。
◎:PT・APTTの両方が110を超えている
〇:PT・APTTのいずれかが、110を超えている
△:PT・APTTの両方が、100を超えている
▽:PT・APTTのいずれかが、100~110である
×:PT・APTTの両方とも100以下である
上記の110という数字は、臨床検査において正常値から逸脱したと判断する値である。
100~110は、健康診断等では正常値の範囲と解釈される場合もあるが、本実施例では活性ありと判断して「△」としている。
結果を以下の表に示す。
【0086】
【表8】
【0087】
PT(プロトロンビン時間)、APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)とも、一定の操作により血漿中にフィブリンが析出するまでの時間を測定するもので、PTは外因系及び共通系、すなわち外部からの刺激や物質により生じる凝固機構に関する指標であり、APTTは内因系、すなわち血液中の因子のみで惹起される凝固機構に対する指標である。それぞれ時間の延長は、抗凝固作用を反映したものとなる。
【0088】
熱風焙煎麦、未焙煎麦、媒体焙煎麦とも、PTとAPTTの両方、又はいずれかの延長が認められたことから、麦抽出物には、内因系及び外因系の凝固機構阻害による血栓形成阻害活性を有することが示された。さらに、媒体焙煎麦抽出物を分子量別に分画したサンプル(実施例7分画1~4)について同活性を調べたところ、分子量1万以下で、PTとAPTTの両方、又はいずれかの延長が認められ、特に分子量3千~5千(実施例7分画3)及び分子量3千以下(実施例7分画4)は、PTとAPTTの両方とも10%以上の延長が認められた。これより、麦焙煎物のうち、特に分子量5千以下、3千以下の成分は顕著な延長を示すことがわかった。
【0089】
以上をまとめると、焙煎の強さで比較した場合、線溶系に対する亢進活性は、焙煎が進むに従い増強が認められた。一方、内因系・外因系凝固機構に対する阻害活性は、未焙煎麦、又は比較的弱い焙煎に強い傾向が認められた。また、成分の分子量別で比較した場合、線溶系に対する亢進活性は、分子量が大きいほど強く表れた。一方、内因系・外因系凝固機構に対する阻害活性は、分子量が小さいほど強く表れた。これらを総合的に判断すると、麦の加熱加工の程度と成分の分子量を適宜制御して調整物を作成することで、血栓の生成を抑える成分と、生成した血栓の消失を亢進する成分をバランスよく含ませた、二面性を有する優れた血栓症改善剤が可能となる。
図1
図2
図3