(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023067831
(43)【公開日】2023-05-16
(54)【発明の名称】耐油シートおよび耐油組成物
(51)【国際特許分類】
D21H 11/20 20060101AFI20230509BHJP
D21H 21/14 20060101ALI20230509BHJP
【FI】
D21H11/20
D21H21/14 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022172425
(22)【出願日】2022-10-27
(31)【優先権主張番号】P 2021177416
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021182177
(32)【優先日】2021-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】304040072
【氏名又は名称】丸住製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134979
【弁理士】
【氏名又は名称】中井 博
(74)【代理人】
【識別番号】100167427
【弁理士】
【氏名又は名称】岡本 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】西村 朱十
【テーマコード(参考)】
4L055
【Fターム(参考)】
4L055AA02
4L055AC06
4L055AF10
4L055AG08
4L055AG34
4L055AG35
4L055AG36
4L055AJ01
4L055EA01
4L055EA05
4L055EA08
4L055EA19
4L055EA29
4L055EA40
4L055FA19
4L055FA30
(57)【要約】
【課題】取り扱い性と、耐油性に優れた耐油シートおよび耐油性を発揮させることができる耐油組成物を提供する。
【解決手段】セルロースの構成単位の少なくとも一部に下記の一般式(1)を有する化学変性パルプ繊維を含有する紙製のシート部材であり、前記化学変性パルプ繊維は、SO
3
-Zの導入量が0.9mmol/g以上5mmol/g以下であり、前記化学変性パルプ繊維から得られる以下のシートが、J. Tappi No. 41 : 2000に準拠して測定されるキット値が7以上12以下の耐油度を示すことを特徴とする。紙製でありながら、シート表面が油性の液体を浸透し難い構造になっているので、環境への負荷を低減しながら、耐油性を有するシートを提供することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースの構成単位の少なくとも一部に下記の一般式(1)を有する化学変性パルプ繊維を含有する紙製のシート部材であり、
前記化学変性パルプ繊維は、
SO
3
-Zの導入量が0.9mmol/g以上5mmol/g以下であり、
前記化学変性パルプ繊維から得られる以下のシートが、
J. Tappi No. 41 : 2000に準拠して測定されるキット値が7以上12以下の耐油度を示す
ことを特徴とする耐油シート。
(シート:坪量が10g/m
2以上100g/m
2以下、厚さが60μm以上150μm以下、密度が0.3g/cm
3以上1g/cm
3以下)
(一般式(1))
【化1】
(式中、R
1は、SO
3
-Z又はHを示す。ただし、R
1は、同一でも異なっていてもよい。またSO
3
-Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)
【請求項2】
前記化学変性パルプ繊維は、短繊維率が2.0%以下である
ことを特徴とする請求項1記載の耐油シート。
【請求項3】
前記化学変性パルプ繊維は、パルプ保水度が100%以上1000%以下である
ことを特徴とする請求項1または2記載の耐油シート。
【請求項4】
前記化学変性パルプ繊維は、フリーネスが400mL以上700mL以下である
ことを特徴とする請求項1または2記載の耐油シート。
【請求項5】
前記化学変性パルプ繊維の含有率が、50質量%~100質量%である
ことを特徴とする請求項1または2記載の耐油シート。
【請求項6】
前記耐油シートが、
基材と、前記化学変性パルプ繊維を含有する変性パルプ層と、を有する
ことを特徴とする請求項1または2記載の耐油シート。
【請求項7】
耐油性を付与するための化学変性パルプ繊維を含有する組成物であり、
前記化学変性パルプ繊維は、
セルロースの構成単位の少なくとも一部に下記の一般式(1)を有しており、
SO
3
-Zの導入量が0.9mmol/g以上5mmol/g以下であり、
該化学変性パルプ繊維から得られる以下のシートが、
J. Tappi No. 41 : 2000に準拠して測定されるキット値が7以上12以下の耐油度を示す
ことを特徴とする耐油組成物。
(シート:坪量が10g/m
2以上100g/m
2以下、厚さが60μm以上150μm以下、密度が0.3g/cm
3以上1g/cm
3以下)
(一般式(2))
【化2】
(式中、R
1は、SO
3
-Z又はHを示す。ただし、R
1は、同一でも異なっていてもよい。またSO
3
-Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)
【請求項8】
前記化学変性パルプ繊維は、短繊維率が8.0%以下である
ことを特徴とする請求項7記載の耐油組成物。
【請求項9】
前記化学変性パルプ繊維は、パルプ保水度が100%以上4000%以下である
ことを特徴とする請求項7記載または8記載の耐油組成物。
【請求項10】
前記化学変性パルプ繊維は、フリーネスが10mL以上700mL以下である
ことを特徴とする請求項7記載または8記載の耐油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐油シートおよび耐油組成物に関する。さらに詳しくは、食品や野菜、果物等の包装に使用される耐油シートおよび基材に塗工等して使用される耐油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ハンバーガーや揚げ物、ドーナツ、お菓子といった油分を含有する食品の包装材料には、食品と包装材料が接触しても油分が包装材料に浸透しないことが望ましい。耐油性の包装材料としては、樹脂製のものが一般的に使用されているが、近年の脱プラスチックなどの環境負荷低減という観点から樹脂製品から紙製品への代替が期待されている一方、紙には耐油性がないことは知られている。
そこで、従来、環境負荷低減という観点から、紙基材を使用しつつ、耐油性を発揮させるために、紙基材の表面に合成樹脂や生分解性樹脂を塗工した耐油紙が提案されている(例えば、特許文献1、2)など、様々な方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8-209590号公報
【特許文献2】特開2020-128616号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように、従来から環境負荷を低減した食品用の包装材料は存在するものの、さらなる環境への負荷を低減した耐油紙が求められている。
【0005】
本発明は上記事情に鑑み、取り扱い性と、耐油性に優れた耐油シートおよび耐油性を発揮させることができる耐油組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべき鋭意検討を重ねた結果、本発明者は、上記課題を解決できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0007】
本発明の耐油シートは、セルロースの構成単位の一部にアニオン性の置換基であるSO3
-Zを有する化学変性パルプ繊維を含有する紙製のシート部材であり、化学変性パルプ繊維から得られるシートがキット値で7以上12以下の耐油度を示すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の耐油シートは、紙製のシート部材でありながら、シート表面が油性の液体を浸透し難い構造になっている。このため、環境への負荷を低減しながら、耐油性を発揮する耐油シートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本実施形態の耐油シートの製造方法の概略フロー図である。
【
図2】耐油性(キット値)の測定に使用するキット液の調製方法を示した表である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本実施形態の耐油シートは、セルロースの構成単位の一部にアニオン性の置換基であるSO3
-Zを有する化学変性パルプ繊維を含有する紙製のシート部材でありながら耐油性を付与できるようにしたことに特徴を有している。
【0011】
本実施形態の耐油シートは、紙製でありながら耐油性を発揮することから、様々な用途に使用することができる。このため、例えば、食品分野ではハンバーガーや揚げ物、ドーナツ、お菓子といった油分を含有する食品の包装用シート、工業分野では油等の付着を防止するカバーシート、医療分野では医療用シート、建築分野ではキッチン周りの壁紙などに使用することができる。
【0012】
本実施形態の耐油シートの構造の概略を説明する。
本実施形態の耐油シートは、化学変性パルプ繊維を含有するシート状の部材である。この化学変性パルプ繊維は、セルロースの構成単位の一部にアニオン性の置換基であるSO3
-Zを有するパルプ繊維である。
【0013】
具体的には、セルロース(セルロース分子ともいう)は、下記一般式(1)(式中のmは整数を示す。)によって示されるD-グルコースがβ(1→4)グリコシド結合した鎖状の高分子である。このセルロースが複数集合したものがパルプ繊維である。詳細は後述する。
この化学変性パルプ繊維は、上述したようにセルロースに所定のアニオン性の置換基(SO3
-Z)を導入したパルプ繊維である。つまり、この化学変性パルプ繊維は、セルロースの構成単位の少なくとも一部に下記の一般式(2)を有するパルプ繊維である。
【0014】
【0015】
(一般式(2))
【化2】
(式中、R
1は、SO
3
-Z又はHを示す。ただし、R
1は、同一でも異なっていてもよい。またSO
3
-Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)
【0016】
なお、一般式(2)の式中のnは、1以上の整数である。
一般式(2)の式中のnは、セルロースに導入されるアニオン性の置換基の導入量に応じて適宜調整される。例えば、化学変性パルプ繊維を構成するセルロースの重合度が3000とした場合、nは60以上であり、好ましくは300以上であり、より好ましくは600以上である。
【0017】
また、SO3
-Zは、セルロースのD-グルコースに最大で3個結合することができる。このため、Zは、水素イオン、アルカリ金属の陽イオン、1価の遷移金属イオン、オニウムイオン(アンモニウムイオン、脂肪族アンモニウムイオン、芳香族アンモニウムイオン等)、カチオン性高分子よりなる群から選ばれる少なくとも1種とすることができる。また、Zが、アルカリ土類金属の陽イオンまたは多価金属の陽イオン、ジアミンのようなカチオン性官能基を分子内に2以上含有する化合物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の場合もある。
【0018】
この化学変性パルプ繊維は、上記のごときSO3
-Zがセルロースに導入された繊維である。このアニオン性の置換基であるSO3
-Zの導入量は、例えば、0.9mmol/g以上5mmol/g以下である。より好ましくは、0.9mmol/g以上3mmol/g以下であり、さらに好ましくは1.0mmol/g以上2.5mmol/g以下である。
なお、SO3
-Zの導入量は、実施例に記載の方法により算出することができる。
【0019】
そして、本実施形態の耐油シートは、含有する化学変性パルプ繊維が平板状に押しつぶされたような状態で積層した構造(平板積層構造)になっている。
本実施形態の耐油シートは、化学変性パルプ繊維が平板状に押しつぶされた状態で積層した構造となっているので、表面に形成される複数の開口の大きさが非常に小さくなるように形成されている。具体的には、本実施形態の耐油シートは、一般的な紙(パルプ繊維同士を絡み合わせて形成された紙)と同様にシート表面に複数の開口が形成されている。そして、この表面に形成された開口は、平板状に押しつぶされた化学変性パルプ繊維同士またはかかる化学変性パルプ繊維と他のパルプ繊維等の間に形成された隙間である。このため、本実施形態の耐油シートの表面に形成される開口は、一般的な紙の表面に形成される開口と比べて非常に小さくなるように形成されている。そして、この開口から内方に向かって複数の細孔が網目状に形成されている。
【0020】
また、本実施形態の耐油シートの表面の開口は、上述したように化学変性パルプ繊維同士によって形成されており、この開口を形成する化学変性パルプ繊維の表面にはアニオン性のSO3
-Zが存在している。つまり、本実施形態の耐油シートの表面及び表面に形成された開口縁は、親水性となっている。言い換えれば、化学変性パルプ繊維の表面及び表面に形成された複数の開口縁は、撥油性の性質を発揮するようになっている。
しかも、本実施形態の耐油シートは、表面の開口から内部に向かって網目状の細孔が形成されており、この細孔内面も上記と同様に親水性つまり撥油性を発揮するようになっている。
【0021】
以上のごとく、本実施形態の耐油シートは、表面に形成された開口が、一般的な紙と比べて小さくなるように形成されており、この開口の開口縁またはその周囲には、撥油性の置換基(SO3
-Z)が設けられた構造となっている。
このため、本実施形態の耐油シートは、表面に油性の液体が接触した場合、シート表面に形成された開口が小さいことから液体が開口から内部への侵入がしにくくなる。
しかも、開口周囲及び開口内には撥油性の置換基であるSO3
-Zが設けられてるので、かかる液体が開口からシート内部へ侵入するのをより適切に阻止することができる。
つまり、本実施形態の耐油シートは、シート表面が物理的にも化学的にも耐油性を発揮できる構造になっているのである。
【0022】
とくに、本実施形態の耐油シートが含有する化学変性パルプ繊維は、適切な撥油性を有している。
具体的には、本実施形態の耐油シートに含有させる化学変性パルプ繊維は、シート状に形成した際の耐油度がキット値で7以上12以下を有する繊維である。なお、このキット値は、J. Tappi No. 41 : 2000に準拠して測定される値である。つまり、化学変性パルプ繊維から得られるシート(以下、試験シートという)は、J. Tappi No. 41 : 2000に準拠して測定されるキット値が7以上12以下の耐油度を示す。
【0023】
上記の試験シートは、上記の準拠法に基づく範囲内のものであれば、とくに限定されない。なお、この試験シートが、特許請求の範囲の化学変性パルプ繊維から得られるシートに相当する。
【0024】
例えば、試験シートは、坪量が10g/m2以上200g/m2以下である。好ましくは坪量が20g/m2以上100g/m2以下であり、より好ましくは坪量が30g/m2以上65g/m2以下、さらに好ましくは坪量が40g/m2以上65g/m2以下、さらにより好ましくは坪量が45g/m2以上65g/m2以下である。
【0025】
試験シートの厚さ(μm)は、例えば、60μm以上150μm以下である。好ましくは70μm以上150μm以下、より好ましくは70μm以上120μm以下、さらに好ましくは75μm以上110μm以下である。
【0026】
試験シートの密度(g/cm3)は、例えば、0.3g/cm3以上1.0g/cm3以下である。好ましくは0.4g/cm3以上1.0g/cm3以下であり、より好ましくは0.4g/cm3以上0.9g/cm3以下であり、さらに好ましくは0.4g/cm3以上0.8g/cm3以下である。
【0027】
なお、試験シートの水分率は、とくに限定されないが、例えば、20%以下である。好ましくは15%以下であり、より好ましくは10%以下である。この水分率は、、赤外線水分計(例えば、ケツト科学研究所社製、型番;FD-720)を用いて測定することができる。
【0028】
とくに、本実施形態の耐油シートに含有する化学変性パルプ繊維は、短繊維率が所定の値以下となるように形成されているのが好ましい。例えば、化学変性パルプ繊維の短繊維率は、2.0%以下となるように調整されている。この値は、好ましくは1.0%以下、より好ましくは0.5%以下であり、さらに好ましくは0.3%以下である。
【0029】
ここで、パルプ繊維は、一般的に木材等の原料から製造される複数のセルロース繊維から構成された繊維状の部材である。このため、通常、パルプ繊維の繊維長は、均一ではなく、平均繊維長よりも短い繊維(短繊維)や長い繊維が含まれている。例えば、短繊維の場合だと数%程度含まれている。
仮に、本実施形態の耐油シートに含有する化学変性パルプ繊維が、通常のパルプ繊維と同程度の短繊維を含有する場合、上述した耐油シートの構造の均質性が低下する傾向にある。一方、短繊維率を上記範囲内に調整することにより、化学変性パルプ繊維の平板積層構造をより適切に形成させ易くできるので、本実施形態の耐油シートの耐油度をより適切に発揮させることができる。
【0030】
しかも、短繊維率を上記範囲内に調整することにより、化学変性パルプ繊維のフリーネスを増加させることができる、本実施形態の耐油シートの製造において、作業性を向上させ、かつ生産性も向上させることができるようになるという利点も得られる。
【0031】
なお、短繊維とは、0.04mm以上0.2mm以下の繊維長を有する繊維のことを示す。短繊維率の調製方法については後述する。
【0032】
なお、本実施形態の耐油シートに含有する化学変性パルプ繊維は、保水性に優れたものを採用するのが望ましい。保水性に優れた化学変性パルプ繊維を使用することにより、耐油シート内に上述した化学変性パルプ繊維が平板状に押しつぶされたように積層する構造をより適切に形成させ易くできる。
【0033】
このような保水性に優れた化学変性パルプ繊維としては、とくに限定されない。
例えば、後述する膨潤性を有する化学変性パルプ繊維を採用することができる。この膨潤性を有する化学変性パルプ繊維は、水分を吸収すれば繊維の径方向に径が伸び(拡径)、水分を除去すれば繊維の径方向に径が縮む(縮径)構造のパルプ繊維である。詳細は後述する。
【0034】
化学変性パルプ繊維の保水性の値は、とくに限定されない。
例えば、化学変性パルプ繊維のパルプ保水度は、100%以上1000%以下が好ましく、より好ましくは200%以上500%以下であり、さらに好ましくは200%以上400%以下である。
【0035】
なお、パルプ保水度は、JIS P 8228(2018)に準拠した方法により得られる、規定した条件で遠心脱水した湿潤パルプ試料の質量と同一パルプ試料の絶乾質量との比(%)である。
【0036】
また、本実施形態の耐油シートに含有される化学変性パルプ繊維は、所定のフリーネスを発揮するものが望ましい。
このフリーネスは、例えば、400mL以上800mL以下が好ましく、より好ましくは400mL以上700mL以下、さらに好ましくは450mL以上700mL以下である。
【0037】
なお、フリーネスとは、JIS P 8121-2(2012)に準拠した方法により得られるカナダ標準ろ水度(フリーネス、mL)である。
【0038】
なお、本実施形態の耐油シートは、耐油シート全体に対して、化学変性パルプ繊維が50質量%~100質量%となるように調製されている。この含有率は、より好ましくは80質量%~100質量%であり、さらに好ましくは90質量%~100質量%である。
つまり、例えば、化学変性パルプ繊維をスラリー状にしたものからのみ形成される本実施形態の耐油シートは、耐油シート全体に対して化学変性パルプ繊維が100質量%となるように調整されたシートである。
【0039】
(本実施形態の耐油シートの製造方法)
本実施形態の耐油シートは、所定の特性となるように調製された化学変性パルプ繊維を抄紙機等に供給することにより製造することができる。この抄紙機等は、押圧する工程(押圧工程)を有していれば、その他の工程は、とくに限定されない。この押圧工程は、シート状の状態のものを回転ローラーで押圧する方法やプレス機等で押圧する方法など、一般的に使用される方法を挙げることができる。
【0040】
例えば、シート状の状態で押圧可能な押圧工程を有する一般的に使用される抄紙機を用いて本実施形態の耐油シートを製造することができる。得られた耐油シートは、押圧工程により、化学変性パルプ繊維が押しつぶされた状態(平板状の状態)で積層する構造を有するようになっている。
【0041】
なお、本実施形態の耐油シートは、上記押圧工程を有していれば、化学変性パルプ繊維を分散させたパルプスラリーを調製し、手すきで抄紙することもでき、さらにスピンコートや撥水性の高い基材へ塗工し乾燥後剥離することもでき、単に風乾や熱乾燥を用いてシート状に形成してもよい。例えば、既存の設備が上記の押圧工程と同様の機能を有する工程を備えていれば、耐油シートを製造するための特別な装置等を特段設けなくてもよいので、経済的な利点が得られる。つまり製造コストを大幅にカットすることができる。
【0042】
本実施形態の耐油シートは、上述したように化学変性パルプ繊維を上記範囲で含有するシート状の部材であれば、とくに限定されない。
例えば、本実施形態の耐油シートは、化学変性パルプ繊維のみから形成されるシートまたは化学変性パルプ繊維と他のパルプ等を含有した繊維から形成されるシートであってもよいし、以下のような構成であってもよい。
【0043】
例えば、本実施形態の耐油シートは、基材に化学変性パルプ繊維を水に分散させたパルプスラリーを塗工した構造を採用することができる。つまり、本実施形態の耐油シートは、基材と、化学変性パルプ繊維を含有する変性パルプ層と、を有する構造とすることができる。なお、基材の素材は、とくに限定されないが、紙製であれば、環境負荷の観点から好ましいが、かかる素材に限定されないのはいうまでもない。
【0044】
また、本実施形態の耐油シートは、基材と変性パルプ層とを有する構造であれば、2層構造であっても多層構造であっても、とくに限定されない。例えば、基材の表面い変性パルプ層が積層した構造や、基材の両面に変性パルプ層が積層した構造、基材と変性パルプ層との間に第三の層を有する構造など、様々な積層構造のものを採用することができる。
【0045】
また、本実施形態の耐油シートは、基材と、変性パルプ層と、を有する構造の場合には、例えば、化学変性パルプ繊維を分散させたパルプスラリーを調製し、このパルプスラリーを基材面に塗工することにより製造することができる。変性パルプ層の厚みや塗工量を調整することにより、耐油性を用途に応じて調整することが可能となる。
塗工量としては、例えば、0.1g/m2以上20g/m2以下である。好ましくは、2g/m2以上10g/m2以下であり、より好ましくは、3g/m2以上7g/m2以下である。
なお、塗工とは、基材にパルプスラリーの層(変性パルプ層)を形成することをいい、塗布も含まれる概念である。例えば、一般的な、抄紙に用いられる塗工機やバーコーターや刷毛等を用いた手塗方法、スプレー散布による塗布方法などを採用することができる。
また、塗工に用いるパルプスラリーの濃度は、とくに限定されない。例えば、化学変性パルプ繊維の固形分濃度が0.1~10%となるように調整したものを用いることができる。
【0046】
なお、本実施形態の耐油シートは、化学変性パルプ繊維を上記のごとく含有していれば、他のパルプや樹脂などを含有していてもよい。例えば、樹脂として、ポリビニルアルコール(PVA)などの高分子樹脂を用いれば、柔軟性や引っ張り強度等を向上させることが可能である。また、エピクロロヒドリンのようなパルプ繊維表面改質剤を用いれば紙力強度(乾燥紙力強度や湿潤紙力強度)が向上される。さらに、エチレン-ビニルアルコール共重合体のような樹脂溶解液を添加剤として含有することにより優れた水蒸気透過抑制を発揮できるという利点が得られる。
【0047】
(本実施形態の耐油シートが含有する化学変性パルプ繊維の製造方法)
以下では、本実施形態の耐油シートが含有する化学変性パルプ繊維(以下、単に本実施形態の化学変性パルプ繊維という)の製造方法について説明する。
【0048】
まず、本実施形態の耐油シートが含有する化学変性パルプ繊維の製造方法(以下、本製法という)の概略を示す。
【0049】
本製法は、セルロースを含む繊維原料(例えば木材パルプなど)を所定の化学処理工程に供することによって製造する方法である。
この化学処理工程は、供給された繊維原料を反応液に接触(接触工程)させた後、加熱反応(反応工程)に供してセルロースの構成単位であるDグルコースに所定のアニオン性の置換基を導入するというものである。
【0050】
なお、本明細書にいう繊維原料とは、セルロース分子を含む繊維状の部材をいい、例えば、木材等を原料するパルプなどが含まれる。パルプとは、パルプ繊維が集合した部材(パルプ繊維の集合体)であり、パルプ繊維とは、複数のセルロース繊維から構成された繊維状の部材を意味する。そして、セルロース繊維とは、複数の微細繊維(例えば、ミクロフィブリル等)が集合した繊維状の部材であり、微細繊維とは、D-グルコースがβ(1→4)グリコシド結合した鎖状の高分子であるセルロース分子(以下、単にセルロースということもある)が複数集合した部材を意味する。
【0051】
本製法において、繊維原料は、そのまま使用してもよいが、使用前に洗浄したものを用いてもよい。洗浄する方法はとくに限定されない。例えば、200メッシュもしくは235メッシュのふるい上で水を使ってろ過脱水することで、微細繊維やゴミをふるい落とすことができるので、製造時の取扱性を向上させることができる。言い換えれば、200メッシュや235メッシュの残渣となり得るサイズの繊維が、事前に洗浄した際に用いられるパルプ繊維である。繊維原料の詳細は後述する。
【0052】
以下、化学処理工程の各工程について説明する。
【0053】
(接触工程)
化学処理工程における接触工程は、繊維原料に対して反応液に含まれるアニオン性の置換基(つまりSO3
-Z)の導入に必要な化合物を接触させる工程である。
接触工程における接触方法は、とくに限定されない。例えば、反応液に繊維原料(例えば、木材パルプなど)を浸漬等して繊維原料に反応液を含浸させてもよいし、繊維原料に対して反応液を塗布してもよいし、繊維原料に対して上記化合物を直接塗布(複数の化合物を使用する場合にはそれぞれ別々に塗布)したり、含浸させたり、スプレー噴霧してもよい。例えば、反応液に繊維原料を浸漬させる方法を採用すれば、均質に繊維原料と反応液を接触させ易いという利点が得られる。
【0054】
なお、反応液の溶媒は、上記化合物を溶解または分散させることができるものであればとくに限定されない。
例えば、水(イオン交換水や蒸留水等の純水はもちろんのこと水道水等を含む)のみの場合のほか、エタノールやメタノール、酢酸、ギ酸、2‐プロパノール、ニトロメタン、アンモニア水のようなプロトン性極性溶媒や、アセトンや、酢酸エチル、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルスルフィド(DMS)、ジメチルアセトアミド(DMA)等の非プロトン性極性溶媒や、ジエチルエーテルや、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、クロロホルム、1,4-ジオキサン等の非極性溶媒などを挙げることができ、これらを単体で使用してもよいし、2種以上を混合したものを使用してもよい。
【0055】
反応液に用いる化合物は、上述したようにセルロース(上記の一般式(1)に示す)に所定のアニオン性の置換基であるSO3
-Zを導入できるものであれば、とくに限定されない。
例えば、スルファミン酸、スルファミン酸塩、硫黄と共有結合する2つの酸素を持つスルホニル基を有するスルフリル化合物などのスルホン化剤を挙げることができる。
スルホン化剤として、これらの化合物を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。スルホン化剤は、上記のような化合物であればとくに限定されないが、硫酸等と比べて酸性度が低く、SO3
-Zの導入効率が高く、低コストで、安全性が高いので取り扱い性の観点から、スルファミン酸を採用するのが好ましい。
【0056】
また反応液には、スルホン化剤の反応性を向上させたり、スルホン化剤による影響を抑制したりするために、尿素および/またはその誘導体を用いる。尿素とその誘導体のうち、尿素の誘導体は、尿素を含有する化合物であればとくに限定されない。
例えば、カルボン酸アミド、イソシアネートとアミンの複合化合物、チアミドなどを挙げることができる。なお、尿素とその誘導体は、それぞれ単独で用いてもよいし、両者を混合して用いてもよい。また、尿素の誘導体は、上記化合物を単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。
尿素とその誘導体は、上記のような化合物であればとくに限定されないが、低コストで、環境負荷の影響が少なく、安全性が高いので取り扱い性の観点から、尿素を採用するのが好ましい。
【0057】
なお、アニオン性の置換基を導入することを、本明細書では単に置換といい、反応後にセルロースを構成する少なくとも一部の水酸基に、置換反応や酸化反応などにより所定のアニオン性の置換基が結合した状態のことを意味する。
具体的には、本明細書のセルロースが構成単位であるDグルコースにSO3
-Zが1個以上導入されたDグルコースをセルロースの構成単位の一部に少なくとも有することを意味する。
【0058】
例えば、セルロースの構成単位であるDグルコースの6位の水酸基にアニオン性のSO3
-Zが導入された構造(上記置換基がいわゆるエステル結合した構造)を挙げることができる。Dグルコースの6位の水酸基にのみ上記置換基が導入された構造としては、一般式(3)となるが、これに限定されない。例えば、上述したようにDグルコースの2位、3位、6位のいずれかに上記置換基が導入された構造のほか、2つに導入された構造、3つに導入された構造であってもよい。
【0059】
【0060】
なお、上記例では、本実施形態の化学変性パルプ繊維が、セルロースの構成単位であるDグルコースの2位、3位、6位の水酸基に上記置換基がエステル結合した場合について説明したが、上記構造以外にも、上述した水酸基が結合している2位、3位、6位の炭素に直接SO3
-Zが結合した構造(例えば、-C-SO3
-Zを有する構造)のDグルコースを構成単位に有していても良い。つまり、上述したようにDグルコースの2位、3位、6位のいずれかの炭素に上記置換基が直接導入された構造のほか、2つに導入された構造、3つに導入された構造を有する構成単位を有していてもよい。
【0061】
以下、本実施形態の化学変性パルプ繊維のセルロースの構成単位の少なくとも一部に上記一般式(2)を有する場合について説明する。
【0062】
まず、反応液には、スルファミン酸と尿素を水に溶解させた溶液を用いることができる。なお、接触工程により繊維原料に反応液(スルファミン酸と尿素)を接触させた状態のものを以下、反応液含浸繊維という。
なお、反応液に含まれる尿素は、主に触媒として機能するものである。
【0063】
(反応液の混合比)
反応液に繊維原料を浸漬させて繊維原料に対して反応液を含浸させる方法を採用する場合、反応液に含まれるスルファミン酸と尿素の混合比は、とくに限定されない。例えば、後述する実施例に記載の混合比にすることができる。
【0064】
また、例えば、反応液に繊維原料を浸漬させて繊維原料に対して反応液を含浸させる方法を採用する場合、反応液に含まれるスルファミン酸と尿素の混合比は、とくに限定されない。例えば、後述する実施例に記載の混合比にすることができる。例えば、スルホン化剤と尿素または/およびその誘導体は、濃度比(g/L)において、4:1(1:0.25)、2:1(1:0.5)、1:1、2:3(1:1.5)、1:2.5となるように調整することができる。
【0065】
(反応液の接触量)
繊維原料に接触させる反応液の量は、繊維原料に対して反応液中のスルファミン酸と尿素が所定の割合となるように接触させる。
【0066】
例えば、反応液と繊維原料を接触させた状態において、反応液に含まれるスルホン化剤が、繊維原料の乾燥重量100重量部に対して、1重量部~20,000重量部であり、反応液に含まれる尿素または/およびその誘導体が、繊維原料の乾燥重量100重量部に対して、1重量部~100,000重量部となるように調製することができる。
【0067】
また、本実施形態の化学変性パルプ繊維に膨潤性を発揮させたい場合には以下のように調製することができる。
【0068】
例えば、スルファミン酸の接触量は、スルファミン酸の接触量を尿素の接触量で除した値が、0.5以上となるように調整する。具体的には、反応液は、スルファミン酸と尿素の混合割合が、質量比において、スルファミン酸/尿素≧0.5となるように反応液を調製する。より好ましくは、スルファミン酸と尿素の混合割合が、質量比において、0.5以上4.0以下であり、さらに好ましくは0.6以上4.0以下となるように反応液を調製する。
より具体的には、スルファミン酸の接触量は、上記加熱反応に供する直前の反応液含浸繊維中の繊維原料の固形分質量100質量部に対して、60質量部以上となるように調整する。この値は、好ましくは60質量部以上250質量部以下となるように調製する。
【0069】
一方、尿素の接触量は、上記加熱反応に供する直前の反応液含浸繊維中の繊維原料の固形分質量に対して、スルファミン酸との上記関係を維持しつつ、当該繊維原料の固形分質量100質量部に対して、20質量部以上となるように調整する。この値は、好ましくは30質量部以上であり、より好ましくは30質量部以上120質量部以下となるように調製する。
【0070】
とくに、スルファミン酸の接触量が上記反応液含浸繊維中の繊維原料の固形分質量に対して60質量部以上150質量部以下のとき、尿素の接触量が30質量部以上100質量部以下、かつ質量比においてスルファミン酸/尿素が0.5以上4.0以下となるように調製するのが好ましい。なお、かかる条件下で得られる本実施形態の化学変性パルプ繊維におけるアニオン性の置換基であるSO3
-Zの導入量は、0.8mmol/g以上1.5mmol/g以下である。
【0071】
また、スルファミン酸の接触量が上記反応液含浸繊維中の繊維原料の固形分質量に対して180質量部以上240質量部以下のとき、尿素の接触量が90質量部以上120質量部以下、かつ質量比においてスルファミン酸/尿素が2.0となるように調製するのが好ましい。なお、かかる条件下で得られる本実施形態の化学変性パルプ繊維におけるアニオン性の置換基であるSO3
-Zの導入量は、1.5mmol/g以上2.0mmol/g以下である。
【0072】
さらに、繊維原料に接触させる水の量は、上記加熱反応に供する直前の反応液含浸繊維中の繊維原料の固形分質量に対して、スルファミン酸及び尿素の接触量が上記関係を維持しつつ、当該繊維原料の固形分質量100質量部に対して、1000質量部以下となるように調製する。この値は、好ましくは500質量部以上900質量部以下であり、より好ましくは600以上900質量部以下である。
【0073】
上記繊維原料の固形分質量100質量部に対するスルファミン酸の接触量および尿素の接触量は、後述する反応工程に供する際の反応液含浸繊維の状態に応じて適宜算出される。この具体的な算出方法は、例えば、後述する実施例に記載の算出方法を採用することができる。
【0074】
上述した、次工程の反応工程に供する際の反応液含浸繊維の状態としては、例えば、反応液含浸繊維をそのままの状態つまり繊維原料と反応液を接触させた状態のままで積極的な水分除去を行わない状態のものや、繊維原料と反応液を接触させた状態のものから水分を積極的に除去した状態のもの、などを挙げることができる。
【0075】
前者(積極的な水分除去を行わない状態)の反応液含浸繊維とは、繊維原料と反応液を接触させた状態(例えば、スラリー状の状態などを含む)のものや、反応液と繊維原料を接触させた状態のものから繊維原料を取り出して静置して調製したものなどを含むことを意味する。
一方、後者(積極的な水分除去を行った状態)の反応液含浸繊維とは、繊維原料と反応液を接触させた状態から水分を意識的に除去したものをいい、例えば、反応液と繊維原料を接触させた状態から繊維原料を取り出して風乾等により自然乾燥させて調製したものや、反応液と繊維原料を接触させた状態のものを脱水ろ過して調製したもの、この脱水ろ過したものをさらに風乾して調製したもの、この脱水ろ過したものをさらに循環送風式の乾燥機を用いて乾燥し調製したもの、この脱水ろ過したものをさらに加熱式の乾燥機を用いて乾燥して調製したもの、反応液と繊維原料を接触させた状態のものを循環送風式の乾燥機や加熱式の乾燥機を用いて乾燥して調製したもの、などを含むことを意味する。
【0076】
このため、反応工程に供する際の反応液含浸繊維は、上述した積極的な水分除去を行わない状態のものや、積極的な水分除去を行ってある程度の水分を除去した状態のままであってよい。また、乾燥により水分を除去する場合には、乾燥後の水分率が1%程度であってもとくに問題がない。
とくに、後者の方法を採用すれば、反応工程へ供給する際の反応液含浸繊維中の水分を低くできるので、反応工程の加熱反応における反応時間を短くできる。このため、化学変性パルプ繊維の生産性を向上させることができるという利点が得られる。また、脱水処理を行う方法を採用すれば、反応液を多量に処理する際より効率よく反応液含浸繊維を調製することができるという利点が得られる。
【0077】
なお、積極的に乾燥する方法を採用する場合、反応液含浸繊維の水分率が1%程度まで乾燥してもよく、1%よりもかなり低い絶乾状態にまで乾燥する方法で水分を除去してもよい。
本明細書中では、反応液含浸繊維の水分率が1%以上の非絶乾状態のものを湿潤状態ともいう。例えば、反応液を含浸等させたままの状態のものやある程度脱水処理した状態のものはもちろん、ある程度乾燥処理した状態のものも本願明細書では湿潤状態ということがある。
また、本明細書中の絶乾とは、例えば、塩化カルシウムや五酸化二リンなどの乾燥剤を入れたデシケーター等で減圧したり、長時間加熱乾燥処理を行って水分率を1%よりも低くした状態のものを意味する。
したがって、接触工程において、上記後者の方法を採用する場合には、反応液含浸繊維の水分率を非絶乾状態にする方法を採用してもよいし、絶乾状態にする方法を採用してもよいが、好ましくは非絶乾状態の方法を採用するのがよい。
【0078】
なお、本明細書中の水分率は、下記式を用いて算出される。
水分率(%)=100-(反応液含浸繊維における固形分質量(g)/水分率測定時における反応液含浸繊維(g))×100
【0079】
なお、反応液を接触させる際の繊維原料の状態はとくに限定されない。例えば、乾燥した状態であってもよいしウェットの状態(つまり湿潤状態)であってもよい。
【0080】
(反応工程)
上記のごとく接触工程で調製された反応液含浸繊維は、次工程の反応工程へ供給される。
化学処理工程における反応工程は、接触工程から供給された反応液含浸繊維中の、繊維原料に含まれるセルロースとスルファミン酸と尿素とを反応させる工程である。具体的には、反応液含浸繊維に含まれるパルプ等を構成するセルロースにSO3
-Zを導入する工程である。
【0081】
この反応工程は、反応液含浸繊維の繊維原料中のセルロースにSO3
-Zを導入することができる反応であれば、とくに限定されない。
例えば、反応液含浸繊維を加熱することにより反応を促進させる方法(加熱反応)を採用することができる。以下では、反応工程において、加熱反応を用いた製法を代表として説明する。
【0082】
(反応工程における反応温度)
反応工程における反応温度は、繊維の熱分解や加水分解反応を抑えながら、上記繊維原料を構成するセルロースにSO3
-Zを導入できる温度であれば、とくに限定されない。
例えば、反応工程に供給した反応液含浸繊維の雰囲気温度が100℃以上200℃以下となるように調整する。好ましくは雰囲気温度が120℃以上200℃以下である。
加熱時における雰囲気温度が200℃よりも高くなると、繊維の熱分解が起こったり、繊維の変色の進行が早くなったりする。一方、反応温度が100℃よりも低くすると、得られる反応後の繊維の透明性が低くなる傾向にある。
したがって、得られる反応後の繊維の透明性を向上させるという観点では、反応工程における反応温度(具体的には雰囲気温度)は、100℃以上200℃以下が好ましい。より好ましくは120℃以上180℃以下であり、さらに好ましくは120℃以上160℃以下である。
【0083】
なお、反応工程に用いられる加熱器などは、接触工程後の反応液含浸繊維を直接的または間接的に上記要件を満たしながら加熱することができるものであれば、とくに限定されない。
例えば、公知の乾燥機や、減圧乾燥機、マイクロ波加熱装置、オートクレーブ、赤外線加熱装置、熱プレス機(例えば、アズワン(株)製、AH―2003C)を用いたホットプレス法等を採用することができる。とくに、操作性の観点では、反応工程でガスが発生する可能性があるので、循環送風式の乾燥機を使用するのが好ましい。
【0084】
(反応工程における反応時間)
反応工程として上記加熱方法を採用した場合の加熱時間(つまり反応時間)は、反応液含浸繊維を構成するセルロースにSO3
-Zを適切に導入することができれば、とくに限定されない。
例えば、反応工程における反応時間は、反応温度を上記範囲となるように調整した場合、1分以上となるように調整することができる。好ましくは、5分以上であり、より好ましくは10分以上であり、さらに好ましくは15分以上である。
反応時間が1分よりも短い場合は、セルロースに対する反応がほとんど進行していないと推察される。一方、加熱時間をあまり長くしてもSO3
-Zの導入量の向上が期待できない傾向にある。
したがって、反応工程として上記加熱方法を採用した場合の反応時間は、反応時間や操作性の観点においては、5分以上300分以内が好ましい。より好ましくは5分以上120分以内とするのがよい。
【0085】
(接触工程の予備乾燥工程)
上記例で、接触工程における反応液含浸繊維の調製方法において、積極的な水分除去を行った状態の反応液含浸繊維を調製する方法について説明したが、この製法で加熱しながら水分を除去する方法(予備乾燥工程)を採用する場合(例えば、反応液と繊維原料を接触させた状態のものを直接加熱乾燥したり、脱水処理したものを加熱乾燥するような場合など)には、加熱温度が所定の温度以下となるように調整するのが望ましい。
この予備乾燥工程における乾燥温度は、反応液含浸繊維に含まれる水分や周囲の水分を除去でき、かつ上記反応が進行しない程度の温度となるように調整されていれば、とくに限定されない。
例えば、予備乾燥工程における乾燥温度として、反応液含浸繊維の雰囲気温度が100℃以下となるように調整することができる。一方、作業性の観点では、50℃以上となるように調整するのが好ましい。
したがって、接触工程における予備乾燥工程の乾燥温度は、50℃以上100℃以下となるように調整するのが好ましく、より好ましくは70℃以上100℃以下である。
【0086】
(繊維原料)
本製法に用いられる繊維原料は、上述したようにセルロースを含むものであれば、とくに限定されない。
例えば、一般的にパルプといわれるものを用いてもよいし、ホヤや海藻などから単離されるセルロースなどを含むものを繊維原料として採用することができるが、セルロース分子で構成されたものであれば、どのようなものであってもよい。
上記パルプとしては、例えば、木材系(針葉樹や広葉樹などを原料とするもの)のパルプ(以下単に木材パルプという)や、溶解パルプ、コットンリンタなどの綿系のパルプ、麦わらや、バガス、楮、三椏、麻、ケナフのほか、果物等などの非木材系のパルプ、新聞古紙、雑誌古紙やダンボール古紙などから製造された古紙系のパルプなどを挙げることができるが、これらに限定されない。なお、入手のし易さの観点から、木材パルプが繊維原料として採用しやすい。
【0087】
この木材パルプには、様々な種類が存在するが、使用に際してとくに限定されない。例えば、針葉樹クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹クラフトパルプ(LBKP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)などの製紙用パルプなどを挙げることができる。
なお、繊維原料として、上記パルプを使用する場合に上述した種類のパルプ1種を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0088】
(接触工程における水分調整工程)
接触工程において、反応液と接触させる繊維原料を水分率が所定の範囲内に入るように水分調整工程を含んでもよい。
この水分調整工程は、繊維原料が所定の水分率となるように乾燥したり、加湿したりして所望の水分量となるように調整する工程である。この水分調整工程を含むことにより、反応液等と接触させる際の繊維原料中の水分量をある程度均質にすることができるので、連続操業における製品安定性を向上させる可能性がある。
また、繊維原料をある程度乾燥して水分量を少なくすれば(例えば、水分率が1%以上10%以下)、保管性を向上させることができるという利点がある。
【0089】
(反応工程の後の洗浄工程)
化学処理工程における反応工程の後に、反応後の繊維を洗浄する洗浄工程を含んでもよい。
SO3
-Zを導入した後の繊維は、スルファミン酸等の影響により表面が酸性になっていることがある。また、反応液を過剰に接触させれば、未反応の反応液が残存する可能性がる。このような場合、反応を確実に終了させ、余分な反応液を除去して中性状態にする洗浄工程を設けることにより、取り扱い性を向上させることが可能となる。
【0090】
この洗浄工程は、反応後の繊維を水で洗浄した際の洗浄水がほぼ中性になるように洗浄することができれば、とくに限定されない。
例えば、反応後の繊維が中性になるまで純水等を用いて洗浄してもよいし、アルカリ等を用いた中和洗浄を行ってもよい。
なお、中和洗浄を行う場合、アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物としては、無機アルカリ化合物、有機アルカリ化合物などを挙げることができる。そして、無機アルカリ化合物としては、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩、リン酸塩等を挙げることができる。有機アルカリ化合物としては、アンモニア、脂肪族アミン、芳香族アミン、脂肪族アンモニウム、芳香族アンモニウム、複素環式化合物、複素環式化合物の水酸化物などを挙げることができる。
【0091】
(短繊維除去工程)
つぎに、以上の製法を用いて製造された本実施形態の化学変性パルプ繊維から短繊維を除去する工程(短繊維除去工程)について説明する。
短繊維除去工程は、上述した洗浄工程後に得られる化学変性パルプ繊維から所定の短繊維を除去することができれば、とくに限定されない。例えば、短繊維除去工程において、洗浄工程後に得られたシート化原料を80メッシュのふるい上で多量の水を用いて洗浄すれば短繊維を除去できる。洗浄の終点は、短繊維率が所定の範囲内になるように適宜調整すればよい。
【0092】
なお、短繊維率とは、繊維長分布測定器(例えば実施例に記載のバルメット社製、型番;FS-5)により得られる繊維長分布において、0.04mm以上、0.2mm以下の繊維長を有するパルプの短繊維の含有率%(つまり短繊維率)である。詳細は実施例に記載の方法により算出される。
また、短繊維除去工程では、洗浄後得られたシート化原料は収率50%以上100%以下が望ましい。
【0093】
(膨潤性を有する化学変性パルプ繊維の変化率)
本実施形態の膨潤性を有する化学変性パルプ繊維は、上述したようにセルロースの構成単位に少なくとも上記一般式(2)を有するパルプ繊維であり、水分を吸収すれば繊維の径方向に径が伸び(拡径)、水分を除去すれば繊維の径方向に径が縮む(縮径)構造のパルプ繊維である。具体的には、この化学変性パルプ繊維は、繊維の径方向の変化率が、1.1よりも大きく、10以下の範囲で拡径や縮径ができる構造を有する繊維である。
以下、この化学変性パルプ繊維が径方向に伸縮する構造について詳細に説明する。
【0094】
本実施形態の膨潤性を有する化学変性パルプ繊維の変化率について説明する。
変化率とは、本実施形態の化学変性パルプ繊維が水を吸収した状態における平均膨潤繊維幅を、本実施形態の化学変性パルプ繊維の乾燥状態における平均非膨潤繊維幅で除した値である。
【0095】
(平均膨潤繊維幅の測定方法)
まず、平均膨潤繊維幅の概略算出方法について説明する。
平均膨潤繊維幅は、本実施形態の化学変性パルプ繊維を固形分濃度が0.1質量%に調整した分散体を偏光顕微鏡を用いて測定された膨潤繊維幅を平均化することにより算出することができる。例えば、10本の繊維の膨潤繊維幅の合計を10で除して算出される。
なお、平均膨潤繊維幅の詳細な算出方法は、実施例に記載の方法を参照。
【0096】
本実施形態の化学変性パルプ繊維の平均膨潤繊維幅は、繊維原料により変動することがある。
例えば、針葉樹を原料とした場合には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、平均膨潤繊維幅が50μm以上となるように形成されている。好ましくは60μm以上であり、より好ましくは70μm以上、さらに好ましくは80μm以上となるように形成されている。また、広葉樹を原料とした場合には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、平均膨潤繊維幅が50μm以上となるように形成されている。好ましくは60μm以上であり、より好ましくは70μm以上、さらに好ましくは80μm以上となるように形成されている。
【0097】
上記分散体の繊維を偏光顕微鏡を用いて撮影した偏光顕微鏡写真から任意の1本の繊維を選択する。
この繊維において、最も繊維幅が大きい箇所を見つける。つぎに、この箇所における最大の繊維幅(本明細書にいう膨潤繊維幅)を測定する。同様に、偏光顕微鏡写真から10本の膨潤繊維幅を測定する。得られた10本の繊維の膨潤繊維幅の合計を10で除することにより、平均膨潤繊維幅を算出することができる。
【0098】
(平均非膨潤繊維幅の測定方法)
つぎに、平均非膨潤繊維幅の概略算出方法について説明する。
平均非膨潤繊維幅は、本実施形態の化学変性パルプ繊維を乾燥した状態(乾燥状態)における繊維を電子顕微鏡を用いて測定された非膨潤繊維幅を平均化することにより算出することができる。例えば、10本の繊維の非膨潤繊維幅の合計を10で除して算出される。
なお、平均非膨潤繊維幅の詳細な算出方法は、実施例に記載の方法を参照。
【0099】
本実施形態の化学変性パルプ繊維を所定の乾燥状態にする。
この乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維を電子顕微鏡を用いて撮影した電子顕微鏡写真から任意の1本の繊維を選択する。この繊維において、最も繊維幅が大きい箇所を見つける。つぎに、この箇所における最大の繊維幅(本明細書にいう非膨潤繊維幅)を測定する。同様に、電子顕微鏡写真から10本の非膨潤繊維幅を測定する。得られた10本の繊維の非膨潤繊維幅の合計を10で除することにより、平均非膨潤繊維幅を算出することができる。
【0100】
なお、本製法に用いられる繊維原料には、非膨潤繊維幅が60μmよりも大きな繊維が一部含まれることがある。
例えば、広葉樹を原料とした場合には、道管(ベッセル)のような非膨潤繊維幅が140μm程度の繊維が含まれている。このような繊維を任意にカウントし平均非膨潤繊維幅を算出すると、平均非膨潤繊維幅の数値が大きくなり真値を得られない。
このため、平均非膨潤繊維幅の算出に用いる膨潤繊維幅は、事前に100本以上の繊維を観察し、明らかに誤差を与える要素を除いた10本の繊維を選出し、これらの繊維から算出する。
【0101】
また、本実施形態の化学変性パルプ繊維の平均非膨潤繊維幅は、繊維原料により変動することがある。
例えば、針葉樹を原料とした場合には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、平均非膨潤繊維幅が20μm以上50μm以下となるように形成されている。好ましくは20μm以上40μm以下であり、より好ましくは20μm以上30μm以下となるように形成されている。また、広葉樹を原料とした場合には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、平均非膨潤繊維幅が10μm以上60μm以下となるように形成されている。好ましくは20μm以上40μm以下であり、より好ましくは20μm以上30μm以下となるように形成されている。
【0102】
非膨潤繊維幅を測定に用いられる本実施形態の化学変性パルプ繊維は、外観上、乾燥した状態であれば、とくに限定されない。
例えば、本実施形態の化学変性パルプ繊維の水分率は、20%以下が好ましく、より好ましくは15%以下である。下限値は、とくに限定されず、例えば、絶乾状態(水分率が0%)のものであってもよい。
なお、本実施形態の化学変性パルプ繊維の非膨潤繊維幅を測定する際、水分率が上記範囲内となるように調整することができれば、その乾燥方法はとくに限定されない。例えば、自然乾燥のほか、熱乾燥、真空凍結乾燥、デシケーターなどを用いて乾燥してもよい。
また、水分率の算出方法は、実施例に記載したパルプの水分率の算出方法と同様の方法により算出することができる。
【0103】
また、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、所定の復元率を発揮するような構造でもある。
具体的には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、復元率が、0.6以上、1.5以下の範囲で復元できる構造となっている。この復元率は、好ましくは0.7以上、1.4以下であり、より好ましくは0.8以上、1.3以下である。
【0104】
この復元率とは、本実施形態の化学変性パルプ繊維の平均非膨潤繊維幅と、この乾燥状態の繊維に水を吸収させて膨潤させた繊維を再度乾燥状態にした状態における平均非膨潤繊維幅と、の関係性を示したものである。
【0105】
復元率は、下記式を用いて算出することができる。
復元率=(乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維Aに水を吸収させて膨潤させた繊維を再度乾燥状態にした際の平均非膨潤繊維幅β)/(乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維Aの平均非膨潤繊維幅α)
式の分子中の「乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維A」と分母中の「乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維A」は同じ繊維である。
式中の「水を吸収させて膨潤させた繊維」とは、乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維Aを固形分濃度が0.1質量%となるように調整した分散体を調製し、所定の時間(例えば30分)静置した後の繊維である。
式中の「乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維A」と「再度乾燥状態にした際」の繊維の水分率は、同じ値か同程度の値(例えば、±10%以内)となるように調整する。
【0106】
(本実施形態の耐油組成物)
つぎに、本実施形態の耐油組成物について説明する。
この耐油組成物は、耐油性を付与するための化学変性パルプ繊維を含有する組成物である。この化学変性パルプ繊維は、上述した化学変性パルプ繊維であるため、説明は割愛する。
本実施形態の耐油組成物は、上述した耐油性を発揮する化学変性パルプ繊維を含有しているので、被対象物に塗布等により付着させれば被対象物に対して耐油性を付与することができる。
とくに、本実施形態の耐油組成物は、ゲル状や液状であればよく、その形状はとくに限定されない。言い換えれば、本実施形態の耐油組成物は、シート状にしなくてもよい。
したがって、本実施形態の耐油組成物に含有する化学変性パルプ繊維は、本実施形態の耐油シートに含有する化学変性パルプ繊維と、以下の特性が異なる。
パルプ保水度は、100%以上4000%以下である。短繊維率は、0.3%以上8%以下である。フリーネスは、10mL以上700mL以下である。
【実施例0107】
本発明を実施例により詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例によってなんら制限を受けるものではない。
【0108】
まず、本発明の耐油シートに含有させる化学変性パルプ繊維について説明する。
【0109】
(繊維原料)
繊維原料として、未叩解の針葉樹クラフトパルプ(NBKP)を使用した。
以下では、実験に供したNBKPを単にパルプとして説明する。
パルプは、大量のイオン交換水(ORGANO社製電気伝導率計(型番RG-12)で測定される電気伝導度の値の範囲が0.1~0.2μS/cm。以降、純水という)で洗浄後、目開き75μm(200メッシュ)のステンレスふるいで水を切り、サンプルを一部採り分け後述する方法により、固形分濃度を25.0質量%に調整した乾燥履歴が1度もない湿潤状態のパルプ(単に湿潤パルプと称する)を実験に供した。つまり、実験に供した湿潤パルプ400gには、パルプが100g含有されたものを使用した。
洗浄後のパルプを後述する方法によりパルプ特性を評価したところ、フリーネス720mL、平均繊維長2.54mmであった。また、このNBKPは比較例として使用した(比較例9)。
【0110】
(化学処理工程)
以下の化学処理工程を行うことにより繊維原料中のセルロースにアニオン性の置換基であるSO3
-Zが導入された実施形態の一般式(2)を構成単位に有する化学変性パルプ繊維を得た。
【0111】
実験では、まず、パルプを反応液が入った容器に入れてパルプに反応液を含浸させた。本実施形態の「化学処理工程」における「接触工程」に相当する。
実験では、繊維原料中のセルロースの構成単位であるDグルコースにアニオン性のSO3
-Zを導入した。
【0112】
反応液は、以下のように調製した。
スルファミン酸(純度99.8%、扶桑化学工業製)と尿素溶液(純度99.0%、富士フィルム和光純薬社製、型番;特級試薬)を使用して、両者の混合比が、濃度比(g/L)において、4:1(200g/L:50g/L、実施例1)、2:1(200g/L:100g/L、実施例2)、1:1(200g/L:200g/L、実施例3)、1:1.5(200g/L:300g/L、実施例4)、1:2(200g/L:400g/L、比較例1)、2:2.5(200g/L:500g/L、比較例2)となるように混合し各反応液を調整した。
【0113】
調製した反応液を用いてパルプに接触させた。
具体的には、各反応液から1000gを分取し、この反応液とパルプ20g(固形分質量)を接触させた。接触方法は、含浸方法を用いた。
【0114】
パルプの「固形分質量(g)」とは、測定対象のパルプ自体の乾燥重量をいう。
乾燥パルプの重量は、乾燥機を用いて温度105℃、2時間乾燥したものを測定して、水分率が平衡状態になるまで乾燥した。
実験での平衡状態の評価方法は、恒温槽の温度を所定の温度(例えば、50℃もしくは105℃)に設定した上記乾燥機にて1時間乾燥後、連続して測定した2回の重量の変化量が乾燥開始時の重量に対して1%以内となった状態を平衡状態にあるとした(ただし、2回目の重量の測定は1回目に要した乾燥時間の半分以上とした)。
水分率の測定は、下記式により算出した。
水分率(%)=100-(パルプの固形分質量(g)/水分率測定時におけるパルプ質量(g))×100
【0115】
10分間接触させた後、反応液とパルプを混合した分散体をろ紙(Advantec社製、No.2)を用いて吸引ろ過して脱水(脱水ろ過)した。ろ過は溶液が滴下しなくなるまで行った。吸引ろ過後、ろ紙からパルプを剥がし、パルプを50℃雰囲気下の乾燥機に入れて24時間乾燥した(本実施形態の「反応液含浸繊維」に相当する)。乾燥はパルプ中の水分率が平衡状態に達するまで行った(水分率は5%以下)。
【0116】
つぎに、調製した反応液含浸パルプを加熱を利用した反応工程(本実施形態の「化学処理工程」における「反応工程」に相当する)に供した。
反応条件は以下のとおりとした。
加熱には、乾燥機を用いた
乾燥機の恒温槽の温度:120℃、加熱時間:25分
【0117】
加熱反応後、反応液含浸パルプを中性になるまで洗浄して、化学変性パルプ繊維を得た。
【0118】
(分散体の調製)
化学変性パルプ繊維を水に分散させて固形分濃度が1.0質量%のパルプスラリーを調製した。
固形分濃度は、下記式により算出した。
固形分濃度(%)=(パルプの固形分質量(g)/パルプスラリーの質量(g))×100
【0119】
(SO3
-Z導入量の測定)
得られた化学変性パルプ繊維に導入されたSO3
-Z量は、電気伝導度測定により測定した。
化学変性パルプ繊維は、中和に使用した炭酸水素ナトリウムの影響により、Naが静電的な相互作用で結合した塩となっている。この状態では、電気伝導度測定ができないため、一度、Na塩を除去し、プロトンが結合したH型とする必要がある。このため、まず、調製された化学変性パルプ繊維を以下のようにしてH型へ変換したのち、水酸化ナトリウム水溶液による滴定によって測定した。
【0120】
パルプスラリー50g(固形分質量0.5g)をビーカに入れ、このビーカに、純水で塩酸(富士フィルム和光純薬社製、型番;特級試薬)を希釈し0.5Mに調整したもの250mLを加えた。1時間以上振とう処理を行った。その後、目開き46μmのステンレスふるい(300メッシュ)上に注いだ後、多量の水で洗浄してH型の化学変性パルプ繊維を調製した。
調製したH型の化学変性パルプ繊維は、固形分質量が0.2gとなるようにビーカに入れ、純水を加えて全量を50gにした。このビーカを電気伝導度計(水質計(東亜ディーケーケー社製、型番;MM‐43X)、電気伝導度電極(東亜ディーケーケー社製、型番;CT-58101B)で行った)にセットして官能基導入量を測定した。
【0121】
アルカリを用いた滴定では5M水酸化ナトリウム溶液(富士フィルム和光純薬社製、製品名;5mol/L水酸化ナトリウム溶液)を純水で1Mに希釈した溶液を用いて、20μL~100μLずつ滴下していき電気伝導度計の値の変化を計測し、縦軸に電気伝導度、横軸に水酸化ナトリウム滴定量としてプロットし曲線を得て、得られた曲線から変曲点を確認した。滴下初期は電気伝導度が低下していくが、ある地点で変曲を示す。この変曲点までに要した水酸化ナトリウムの滴定量がSO3
-Z量に相当するため、この変曲点の水酸化ナトリウム量を測定に供した化学変性パルプ繊維のパルプ固形分質量で除することで、化学変性パルプ繊維中のSO3
-Z量すなわちSO3
-Zの導入量を測定した。
【0122】
(化学変性パルプ繊維の平均繊維長および短繊維率の測定)
パルプスラリー(固形分質量0.1g)をプラスチックビーカーに入れ、このビーカーに水を加えて全容300mLの希薄パルプスラリーを調製した。
この希薄パルプスラリーは繊維長分布測定器(バルメット社製、型番;FS-5)を用いて希薄パルプスラリー中の化学変性パルプ繊維の平均繊維長と、0.04mm~0.20mmにおける短繊維率を測定した。測定の精度は、装置のISO規格に準拠したモードで行った。
【0123】
(化学変性パルプ繊維のフリーネス測定)
フリーネスの測定は、JIS P 8121-2 カナダ標準ろ水度法(2012)に準拠した測定方法で測定した。試験では、1.0質量%パルプスラリーを純水で0.3質量%に希釈し、1000mL(20℃)準備した。この調製溶液を使って、ろ水度試験機(熊谷理機工業社製、製造番号;0209087)を用いて測定した。
【0124】
(化学変性パルプ繊維のパルプ保水度測定)
化学処理後の繊維の保水度の測定は、以下に示すようにTAPPI No.26に準拠して行った。
保水度とは、測定の対象とするパルプスラリーを遠心カップと呼ぼれる容器中で脱水後、容器ごと遠心沈澱管中に入れ、3000Gの遠心力で、15分間遠心分離した後、パルプ中に残存する水の量を乾燥後の試料重量に対する割合で表示した値である。
本実験では、遠心カップには、300メッシュのステンレスワイヤーメッシュを貼った塩ビ管(外径3.4cm、内径2.6cm、長さ7.5cm、底部より1.8cmの内部にメッシュを貼り付け)のカップを用いた。遠心処理には、遠心分離機(久保田製作所社製、型番;KUBOTA KR/702)を用いて行った。
【0125】
具体的な測定方法を以下に示す。まず、、パルプの固形分濃度が1~10%の範囲になるように脱水し、固形分質量で0.5gの化学変性パルプ繊維を準備した。このパルプを遠心カップに入れ、吸引ろ過を行い、水分がパルプ表面から引いたところで吸引を止めた。その後、遠心脱水(3000G、15分間)し、遠心カップ内のメッシュ上の湿潤パルプ重量と、乾燥後のパルプ重量の比から下記式を用いてパルプ保水度を算出した。遠心処理中の内部温度は、20℃±5℃の条件で行った。
パルプ保水度(%)=100×(遠心処理後の湿潤パルプ重量(g)-乾燥パルプ重量(g))/乾燥パルプ重量(g)
【0126】
(短繊維除去工程)
実施例1~4および比較例1~2に関しては、以下に説明するシートの作製を容易にするため、以下の短繊維除去を行った。
具体的には、作製したパルプスラリーを80メッシュステンレスふるい上にいれ、多量の水で1時間洗浄した。
洗浄後、80メッシュステンレスふるい上の残渣を固形分濃度1.0質量%に調整し、フリーネス、短繊維率、パルプ保水度の測定を行った。なお、残渣収率はほぼ100%であることを確認した。
便宜上、短繊維除去前の測定結果には「A」、短繊維除去後の測定結果には「B」と表記した。
【0127】
次に、本発明の耐油シートについて説明する。
【0128】
(シートの作製)
以下に具体的なシートの作製方法を説明する。
シートの作製方法は次のように行った。5Lプラスチック容器にパルプスラリーを25cm×25cmの大きさで坪量が約60g/m2になるようはかりとり、固形分濃度0.2~0.5質量%になるまで水道水を加えてよく分散させた。この希釈スラリーをJIS P 8222 パルプ-試験用手抄紙の調製方法-(2015)に準拠し、目開き0.154mm(100メッシュ、大きさ;25cm×25cm)の金網を使用し、シートを形成した。
得られたシートは、以下に記載した特性評価に必要な大きさに裁断し、それぞれ使用した。
【0129】
(シート坪量、厚さ、密度の測定)
JIS P 8184(2011)に準拠し、電子天秤で得られたシートの質量をシートの面積で除することによりシート坪量(g/m2)を算出した。
シートの厚さはJIS P 8118(2014)に準拠し、マイクロメーター(TECLOK社製、型番;PG-02)で厚さ(μm)を測定した。得られたシート坪量を厚さで除することにより密度(g/cm3)を算出した。
なお、シートの水分率は約5~15%であった。
【0130】
(シートの耐油性評価)
得られた耐油シートを用いて耐油性を評価した。
評価方法は、J. Tappi No. 41 : 2000に準拠し以下の方法により行った。
具体的には、トルエン(富士フィルム和光純薬、純度99.5%)、ヘプタン(99.0%)、ひまし油(富士フィルム和光純薬、化学用)を、
図2に示した配合割合で混合しキット液を調製した。
【0131】
作製したシートをきれいで凹凸の無い平らな面の上に静置し、25mmの高さから適当なキット液を10μLシート面に滴下した。シートとキット液が接触してから15秒後、シート上のキット液をきれいなティッシュペーパーでふき取り、シートへのしみ込みの有無を目視で観察した。次に、キットナンバーのことなるキット液を用いて、滴下位置を変えて再滴下し、しみ込みの有無を観察した。しみ込みが見られなかった最も大きなキットナンバーをキット値として採用した。
【0132】
(比較例:リン酸化パルプの作製方法)
反応液は、以下のように調製した。
リン酸二水素アンモニウム(純度99.0%、富士フィルム和光純薬社製)と尿素溶液(純度99.0%、富士フィルム和光純薬社製、型番;特級試薬)を使用して、両者の混合比が、濃度比(g/L)において、4:1(200g/L:50g/L、比較例3)、2:1(200g/L:100g/L、比較例4)、1:1(200g/L:200g/L、比較例5)、1:1.5(200g/L:300g/L、比較例6)、1:2(200g/L:400g/L、比較例7)、2:2.5(200g/L:500g/L、比較例8)となるように混合し各反応液を調整した。
調製した反応液を用いてパルプに接触させた。
具体的には、各反応液から1000gを分取し、この反応液とパルプ20g(固形分質量)を接触させた。接触方法は、含浸方法を用いた。
10分間接触させた後、反応液とパルプを混合した分散体をろ紙(Advantec社製、No.2)を用いて吸引ろ過して脱水(脱水ろ過)した。ろ過は溶液が滴下しなくなるまで行った。吸引ろ過後、ろ紙からパルプを剥がし、パルプを50℃雰囲気下の乾燥機に入れて24時間乾燥した(本実施形態の「反応液含浸繊維」に相当する)。乾燥はパルプ中の水分率が平衡状態に達するまで行った(水分率は5%以下)。
その後、調製した反応液含浸パルプを加熱を利用した反応工程に供した。
反応条件は以下のとおりとした。
加熱には、乾燥機を用いた
乾燥機の恒温槽の温度:140℃、加熱時間:25分
加熱反応後、反応液含浸パルプを中性になるまで洗浄して、化学変性パルプ繊維を得た。
【0133】
(比較例3~8および比較例9のパルプ)
リン酸化パルプ(比較例3~8)およびNBKP(比較例9)は、上述した方法で置換基量、平均繊維長、フリーネス、短繊維率、パルプ保水度を測定した。なお、リン酸化パルプの置換基であるリン酸基は、本発明のSO3
-Z量の測定と同様の方法で行った。
【0134】
(比較例3~8および比較例9のシート)
リン酸化パルプ(比較例3~8)およびNBKP(比較例9)は、短繊維除去工程を経ず上述した方法によりシートを作製し、同様の物性を評価した。
【0135】
(実験結果)
図3に実施例および比較例の物性値を示す。
図4に短繊維除去工程による化学変性パルプ繊維の短繊維率とシート化の関係を表したグラフを示す。
図5に短繊維除去工程による化学変性パルプ繊維のパルプ保水度とフリーネスの関係を表したグラフを示す。
図6に実施例および比較例の置換基量と耐油性(キット値)の関係を表したグラフを示す。
【0136】
図3に示すように、本発明の耐油シートが耐油性を発揮できることが確認できた。
しかも、短繊維除去工程前の化学変性パルプ繊維は高い保水度を有する一方、、短繊維除去工程後では、パルプ保水度を抑制し、フリーネスを増加させることができた。そして、
図4に示すように、短繊維率を低下させることにより、シート効率を向上させることができることが確認できた。
したがって、短繊維を多く含むパルプ繊維であっても短繊維除去工程を行うことにより、容易に耐油性を発揮するシートを製造できることが確認できた。
作製したシートのキット値を測定したところ、
図6に示した通りSO
3
-Zが1.02mmol/g以上の化学変性パルプ繊維を用いたときキット値12を示すようになった。なお、他のアニオン性の官能基が導入された化学変性パルプとしてリン酸化パルプを調製し、シートのキット値を測定したが、リン酸基が多くてもキット値は低かった。
以上の結果から、SO
3
-Zと保水性に優れたパルプ繊維を用いて初めて耐油性に優れる耐油シートを容易に作製できることが確認できた。