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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023067837
(43)【公開日】2023-05-16
(54)【発明の名称】レシプロエンジン
(51)【国際特許分類】
   F02B 77/00 20060101AFI20230509BHJP
   F16F 15/02 20060101ALI20230509BHJP
   F16H 21/10 20060101ALI20230509BHJP
【FI】
F02B77/00 B
F16F15/02 Z
F16H21/10
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022172656
(22)【出願日】2022-10-27
(31)【優先権主張番号】P 2021178307
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021207285
(32)【優先日】2021-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】519266362
【氏名又は名称】株式会社アルテミス
(74)【代理人】
【識別番号】100110559
【弁理士】
【氏名又は名称】友野 英三
(72)【発明者】
【氏名】今野 常雄
【テーマコード(参考)】
3J048
3J062
【Fターム(参考)】
3J048AD05
3J048EA01
3J062AA01
3J062AB27
3J062AB29
3J062AC07
3J062BA25
3J062CB02
3J062CB06
3J062CB14
3J062CB28
3J062CB32
3J062CG82
(57)【要約】
【課題】レシプロエンジンで、ピストンの慣性力に起因する振動を低減する。
【解決手段】レシプロエンジン11は、エンジン躯体13と、クランシャフトと、ピストン14と、ピストン14の往復直線運動をクランクシャフトの回転運動に変換するためのリンク機構と、を有する。リンク機構は、エンジン躯体13との連接点を含み、ピストン14の慣性力によりエンジン躯体13に発生する加振力を低減するために、リンク機構は、エンジン躯体13との連接点を含み、ピストン14により生じる慣性トルクに応じて、ピストン14に生じる慣性力と反対方向の力を連接点に発生させる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ内でシリンダ軸方向に往復直線運動をするピストンと、
クランク軸受によってエンジン躯体に回転支持されたクランクシャフトと、
前記ピストンの往復直線運動を前記クランクシャフトの回転運動に変換するためのリンク機構と、を有するレシプロエンジンであって、
前記リンク機構は、
前記エンジン躯体との連接点を含み、前記クランクシャフトに生じる慣性トルクに応じて、前記ピストンに生じる慣性力と反対方向の力を連接点に発生させること、
を特徴とするレシプロエンジン。
【請求項2】
前記リンク機構は、
アッパリンクと、ロアリンクと、コントロールリンクと、を備え、
前記アッパリンクは、第1の端部がピストンピンを介して前記ピストンに回転接続され第2の端部がアッパピンを介して前記ロアリンクの第1の端部に回転接続され、
前記ロアリンクは、第2の端部がロアピンを介して、前記コントロールリンクの第1の端部に回転接続され、前記ロアリンクの第1の端部と第2の端部の間に、クランクピンを介して前記クランクシャフトに回転接続され、
前記コントロールリンクの第2の端部は、前記コントロールピンを介して回転可能に前記エンジン躯体に連接されるよう構成されていて、
前記コントロールピンは、クランクジャーナルの軸心を通りシリンダ軸に平行な直線を基準線としたとき、前記基準線に対してシリンダ軸の反対側に位置し、前記コントロールピンの軸心と前記基準線との距離が、実質的に前記クランクジャーナルの軸心と前記クランクピンの軸心の距離の0.17倍から0.71倍になる範囲にあること、
を特徴とする請求項1に記載のレシプロエンジン。
【請求項3】
前記ピストンにより生じる慣性力は、前記エンジン躯体を上下方向に振動させず、前記エンジン躯体を回転方向に振動させること、
を特徴とする請求項1または請求項2に記載のレシプロエンジン。
【請求項4】
前記クランクシャフトに発生する慣性トルクに応じて、前記連接点と前記クランクジャーナルに偶力を発生させること、
を特徴とする請求項1または請求項2に記載のレシプロエンジン。
【請求項5】
前記ピストン慣性力により前記エンジン躯体に発生する加振力の1次成分および2次成分が、それぞれ、前記ピストン慣性力の1次成分および2次成分に比べて低減すること、
を特徴とする請求項1または請求項2に記載のレシプロエンジン。
【請求項6】
前記リンク機構は、前記エンジン躯体との連接点を含み、
前記リンク機構は、アッパリンクと、ロアリンクと、コントロールリンクと、を備え、
前記アッパリンクは、第1の端部がピストンピンを介して前記ピストンに回転接続され第2の端部がアッパピンを介して前記ロアリンクの第1の端部に回転接続され、
前記ロアリンクは、第2の端部がロアピンを介して、前記コントロールリンクの第1の端部に回転接続され、前記ロアリンクの第1の端部と第2の端部の間で、クランクピンを介して前記クランクシャフトに回転接続され、
前記コントロールリンクの第2の端部は、ドリブンシャフトを介して回転可能に接続され、
前記ドリブンシャフトは、前記エンジン躯体に回転可能に連接され、前記クランクシャフトの回転数の2分の1の回転数で逆転に駆動されること、
を特徴とする請求項1に記載のレシプロエンジン。
【請求項7】
前記レシプロエンジンから動力伝達され発電するジェネレータと、クランシャフトに固定接続されるフライホイールと、歯車列とを備え、
前記ジェネレータは、前記歯車列により前記クランクシャフトとの反対方向に回転されることにより、ロールモーメントを低減すること、
を特長とする請求項1または請求項2または請求項6のいずれかの請求項に記載のレシプロエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、往復ピストンを備えたレシプロエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のレシプロエンジンでは、各気筒のピストンの往復直線運動に伴って1次慣性力および2次慣性力が発生する。その結果、3気筒エンジンでは1次慣性偶力と2次慣性偶力が残存し、4気筒エンジンでは2次慣性力が残存する。シリンダ当りの排気量が大きくなると、3気筒エンジンでは1次慣性偶力が、4気筒エンジンでは2次慣性力が問題となる。それらの慣性力を、回転軸を用いたバランサ機構によって相殺する手法が知られている。その場合に、3気筒の1次慣性偶力相殺には1本のバランサシャフトが、4気筒の2次慣性力相殺には2本のバランサシャフトが必要である。
【0003】
一方、往復ピストンとクランクピンとを複数のリンクで接続するマルチリンクエンジンの技術が知られている(特許文献1~4参照)。
【0004】
なお、「1次」、「2次」とは、周期的な振動をフーリエ級数展開して表した際の1次、2次の項として表わされる成分を意味し、1次はクランクシャフトの1回転ごとに1周期の、2次はクランクシャフトの1回転ごとに2周期の三角関数で表現される。また、「偶力」とは、作用線が平行で、互いに大きさが等しく、方向が反対向きの2つの力である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4941231号公報
【特許文献2】特許第5417977号公報
【特許文献3】特許第5146250号公報
【特許文献4】国際公開第2016/02735号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、往復ピストンを備えたマルチリンクエンジンにおいて、2次振動が低減する旨の記載がある。しかし、2次振動をゼロまたはゼロ近くにまで低減することについての記載はない。
【0007】
特許文献2には、往復ピストンを備えたマルチリンクエンジンにおいて1次慣性力を打ち消す技術について記載されている。しかし、2次振動をゼロまたはゼロ近くにまで低減することについての記載はない。
【0008】
特許文献2には、ロアリンクのコントロールピン(本願明細書のロアピンに相当する。)付近の質量が1次慣性力を相殺すると述べられている。しかし、実際にはコントロールピンは揺動中心シャフト(本願明細書のコントロールピンに相当する。)を中心として左右に揺動するため、コントロールピン近傍に付加したマスによる1次慣性力低減効果はきわめて小さい。
【0009】
また、ロアリンクのアッパピン側質量は、ピストンと同じ方向の慣性力を生み、移動量もロアピン側より大きいので慣性力も大きい。よって、ピストンの1次慣性力をロアリンク等の1次慣性力で相殺することは実用上不可能と言わざるを得ない。
【0010】
特許文献3には、往復ピストンを備えたマルチリンクエンジンにおいて左右方向の2次振動を低減する技術が記載されている。しかし、それ以外の振動成分を低減することについての記載はない。また、クランクシャフトの慣性トルクを用いる旨の記載はない。
【0011】
特許文献4には、往復ピストンを備えたマルチリンクエンジンに関する技術が記載されている。しかし、振動抑制技術に関する記載はない。
上記特許文献1~4では、クランクシャフトの回転速度の変動(各1回転の中の回転速度の変動)に対する考慮がなされていない。
【0012】
この発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、往復ピストンを備えたレシプロエンジンにおいて、ピストンの慣性力に起因する振動を低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この発明の第1の態様によるレシプロエンジンは、シリンダ内でシリンダ軸方向に往復直線運動をするピストンと、クランク軸受によってエンジン躯体に回転支持されたクランクシャフトと、前記ピストンの往復直線運動を前記クランクシャフトの回転運動に変換するためのリンク機構と、を有するレシプロエンジンであって、前記リンク機構は、前記エンジン躯体との連接点を含み、前記クランクシャフトに生じる慣性トルクに応じて、前記ピストンに生じる慣性力と反対方向の力を連接点に発生させることを特徴とする。
【0014】
前記クランクシャフトに生じる慣性トルクに応じて、前記ピストンに生じる慣性力と反対方向の力を連接点に発生させることにより、前記エンジン躯体に発生する加振力を限りなく低減し、実質的に相殺することを可能とする。
【0015】
この発明の第2の態様によるレシプロエンジンは、第1の態様によるレシプロエンジンにおいて、前記リンク機構は、アッパリンクと、ロアリンクと、コントロールリンクと、を備え、前記アッパリンクは、第1の端部がピストンピンを介して前記ピストンに回転接続され第2の端部がアッパピンを介して前記ロアリンクの第1の端部に回転接続され、前記ロアリンクは、第2の端部がロアピンを介して、前記コントロールリンクの第1の端部に回転接続され、前記ロアリンクの第1の端部と第2の端部の間で、クランクピンを介して前記クランクシャフトに回転接続され、前記コントロールリンクの第2の端部は、前記コントロールピンを介して回転可能に前記エンジン躯体に連接されるよう構成されていて、前記コントロールピンは、クランクジャーナルの軸心を通りシリンダ軸に平行な直線を基準線としたとき、前記基準線に対してシリンダ軸の反対側に位置し、前記コントロールピンの軸心と前記基準線との距離が、実質的に前記クランクジャーナルの軸心と前記クランクピンの軸心の距離の0.17倍から0.71倍になる範囲にあることを特徴としても良い。
【0016】
更に、一般的に最大筒内圧が発生するのは、クランクピン26の位相がTDC後10度から20度の範囲なので、前記コントロールピンの軸心と前記基準線との距離が前記クランクジャーナルの軸心と前記クランクピンの軸心の距離の0.34倍から0.57倍になる範囲にあるのが好適である。
【0017】
この発明の第3の態様によるレシプロエンジンは、第1または第2の態様によるレシプロエンジンにおいて、前記ピストンにより生じる慣性力は、前記エンジン躯体を上下方向に振動させず、前記エンジン躯体を回転方向に振動させることを特徴としても良い。
【0018】
この発明の第4の態様によるレシプロエンジンは、第1または第2の態様によるレシプロエンジンにおいて、前記クランクシャフトに発生する慣性トルクに応じて、前記連接点と前記クランクジャーナルに偶力を発生させることを特徴としても良い。
【0019】
この発明の第5の態様によるレシプロエンジンは、第1または第2の態様によるレシプロエンジンにおいて、前記ピストン慣性力により前記エンジン躯体に発生する加振力の1次成分および2次成分が、それぞれ、前記ピストン慣性力の1次成分および2次成分に比べて低減することを特徴としても良い。
【0020】
この発明の第6の態様によるレシプロエンジンは、第1の態様において、前記リンク機構は、アッパリンクと、ロアリンクと、コントロールリンクと、を備え、前記アッパリンクは、第1の端部がピストンピンを介して前記ピストンに回転接続され第2の端部がアッパピンを介して前記ロアリンクの第1の端部に回転接続され、前記ロアリンクは、第2の端部がロアピンを介して、前記コントロールリンクの第1の端部に回転接続され、前記ロアリンクの第1の端部と第2の端部の間で、クランクピンを介して前記クランクシャフトに回転接続され、前記コントロールリンクの第2の端部は、ドリブンシャフトを介して回転可能に接続され、前記ドリブンシャフトは、前記エンジン躯体に回転可能に連接され、前記クランクシャフトの回転数の2分の1の回転数で逆転に駆動されることを特徴としても良い。
【0021】
この発明の第7の態様によるレシプロエンジンは、第1の態様または第2の態様または第6の態様のいずれかの態様において、前記レシプロエンジンから動力伝達され発電するジェネレータと、クランシャフトに固定接続されるフライホイールと、歯車列とを備え、前記ジェネレータは、前記歯車列により前記クランクシャフトと反対方向に回転されることにより、ロールモーメントを低減することを特徴としても良い。
【0022】
この明細書および特許請求の範囲の記載において、「相殺」は、完全な相殺のみならず、部分的な相殺も含むものとする。
【発明の効果】
【0023】
この発明によれば、往復ピストンを備えたレシプロエンジンにおいて、ピストンの慣性力に起因する振動を低減することができる。さらに、この発明によれば、単一シリンダのエンジンでも多シリンダのエンジンでも、シリンダごとにエンジン躯体の振動を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の第1の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、ピストンが上死点(TDC)付近にあるときのクランクシャフトの軸心に垂直な断面を模式的に示す図である。
図2】本発明の第1の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、ピストンが下死点(BDC)付近にあるときのクランクシャフトの軸心に垂直な断面を模式的に示す図である。
図3図1および図2に示すレシプロエンジンにおいて、ピストンが上死点通過後間もなくの位置(クランク角90度未満)にあるときに作用する力の、上下方向のピストン慣性力のみを考慮したときの釣り合いを示す図。
図4図1および図2に示すレシプロエンジンにおいて、ピストンが上死点通過後間もなくの位置(クランク角90度未満)にあるときにロアリンクにかかる力の、上下方向のピストン慣性力のみを考慮したときの釣り合いを示す図。
図5】本発明の第1の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、ピストンが上死点通過後間もなくの位置(クランク角90度未満)で、アッパピンの軸心がシリンダ軸線上にあるときのクランクピンにかかる力の横方向成分をも考慮したときの力を示す図。
図6】本発明の第1の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、ピストンが上死点通過後間もなくの位置(クランク角90度未満)で、アッパピンの軸心がシリンダ軸線上にあるときのクランク軸受にかかる荷重および慣性トルクと、エンジン躯体がコントロールピンから受ける荷重とを示す図。
図7A】本発明の第1の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、コントロールピンの望ましい位置を考察するための図。
図7B】本発明の第1の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、コントロールピンの望ましい位置を考察するための図その2。
図8】本発明の第1の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、アッパピンの軸心がシリンダ軸線上にないときの横方向の力の釣り合いを示す図。
図9図8に対し、エンジン躯体がクランクジャーナルから受ける力のうち、F2とG3を合成して新しくF2とし、エンジン躯体がコントロールピンから受ける力F3とG3を合成して新しくF3として描き直した図。
図10】本発明の第1の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、ピストン慣性力F1の反力が、エンジン躯体の重心Gに作用し、エンジン躯体がクランクジャーナルから受けるF1及びF3と、エンジン躯体がコントロールピンから受ける反力F3の関係を示す図。
図11図10に対して、エンジン躯体の重心Gに発生するF1をリンク機構に作用する力で置換するため、コントロールピンの位置でエンジン躯体の上下両方向に作用するF1を追加した図。
図12図11に対して、エンジン躯体の重心Gに作用する下方向の力とコントロールピンからエンジン躯体が受ける上方向の力によるモーメントを、エンジン躯体がクランクジャーナルから受ける左横方向の力とコントロールピンから受ける右横方向の力で置き換えて説明する図。
図13】本発明の第2の実施形態に係るレシプロエンジンにおいて、ピストンが爆発行程の上死点にあるときの、ロアリンク、クランクジャーナル、コントロールリンク、ドリブンシャフトおよびそれらの周辺を示す図。
図14図13に対して、クランシャフトの縦断面を展開して示す図。
図15】本発明の第3の実施形態に係る発電機がシリーズハイブリッド用の場合に、ジェネレータの駆動機構とモーターの車両駆動機構を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明の実施形態に係るレシプロエンジンについて詳細に説明する。ただし、実施形態の説明のための概念図であり、実際の形状や寸法関係に則した内容ではない。
【0026】
[第1の実施形態]
第1の実施形態に係るレシプロエンジンは、図1および図2に示すように、レシプロエンジン11は、シリンダ12を含むエンジン躯体13と、ピストン14と、エンジン躯体13に回転支持されたクランクシャフト(図示せず)と、アッパリンク16と、ロアリンク17と、コントロールリンク18とを備えている。なお、この明細書で、ピストン14の往復動をクランシャフトの回転運動に変換する機構を「リンク機構」とも呼び、リンク機構には、アッパリンク16と、ロアリンク17と、コントロールリンク18とが含まれている。
【0027】
ピストン14は、シリンダ12の軸Yに沿ってシリンダ12内で上下方向(縦方向)に往復直線運動をする。ピストン14は、ピストンピン21を介して、アッパリンク16の上端部に接続されている。アッパリンク16は、アッパリンク16の下端部とロアリンク17の一端(左端)とがアッパピン24を介して回転可能に接続されている。ロアリンク17は、ロアリンク17の一端(右端)に設けられたロアピン23を介してコントロールリンク18の上端部に回転可能に接続されている。
【0028】
クランシャフトは、ロアリンク17のアッパピン24とロアピン23の間に位置するクランクピン26を介して、ロアリンク17に回転可能に接続され、矢印Aの方向(時計方向)に回転する。クランクピン26は、クランシャフトと一体に構成される。
【0029】
コントロールリンク18の下端は、エンジン躯体13に固定支持されたコントロールピン22を介して回転可能に支持されている。コントロールピン22は、このリンク機構とエンジン躯体13との連接点となっている。
【0030】
エンジン各部の諸元は、アッパピン24の軸心の軌跡Bがピストン14運動時の上死点から下死点にかけてシリンダ軸Yと2回交差するように設定され、アッパピン24の軸心の軌跡Bは、上下に長い楕円状の形状となる。
軌跡Bとシリンダ軸Yの交点では、アッパピン24の軸心はシリンダ軸Y上にあるので、アッパリンク16は直立状態となり、ピストン14には側圧が発生しない。ピストンピン21の軸心がシリンダ軸Yから外れている場合(オフセットピストン採用時)でもアッパリンク16は近似的に直立状態とみなせる。
【0031】
エンジン躯体13は、クランクシャフトに連動して運動しない静止構造体であり、クランクジャーナル20、コントロールピン22を支持する軸受などの軸受、シリンダ12を含むシリンダブロック、シリンダヘッド等(図示せず)の構造部品を含む。
【0032】
ピストン14は、シリンダ12内で上下に往復直線運動をし、それにより、クランクシャフトが回転駆動される。ピストン14の往復直線運動により慣性力が発生し、これがレシプロエンジン11の振動の原因となる。
【0033】
この実施の形態においては、ピストンの上下運動により発生するピストン慣性力がエンジン躯体に及ぼすシリンダ軸方向の力(合力)を加振力と定義する。ピストンの1次慣性力と2次慣性力は、ピストン14に連動して運動する部品に発生する力を利用して、エンジン躯体13に作用する他の力と相殺されるので、エンジン躯体に作用する加振力を各気筒それぞれに低減できる。この実施の形態によれば、バランサシャフトを用いることなく、エンジン躯体に作用する加振力を低減することが可能となり、エンジンの低振動化が可能となる。
【0034】
ピストン14の往復直線運動による慣性力を考えるにあたっては、ピストンピン21を含むピストン14自体の質量による慣性力に加えて、ピストン14に隣接するアッパリンク16の質量の一部も考慮に入れ、等価質量として取り扱ってもよい。なお、ロアリンク17、コントロールリンク18等の質量や慣性モーメントは、ピストン慣性力に比べて影響が小さいので考慮しないものとする。
【0035】
この実施の形態において、ピストン・クランク機構の運動により発生する力の源泉は、ピストン14の往復直線運動による上下方向(縦方向)の慣性力であり、クランクシャフトはピストン14の慣性力により回転変動する。このときクランクシャフトに生じる慣性トルクと、それに対するエンジン躯体13からの反作用によるトルク(ロールモーメント)でピストン14の慣性力を気筒ごとに相殺することができる。
【0036】
ピストン14の往復直線運動による慣性力は慣性トルクを利用して相殺できることを、以下に説明する。ただし、慣性力(単位はN)と慣性トルク(単位はN・m)は物理単位が異なるので、実際に相殺しあうのは、慣性力または慣性トルクにより発生する力と力である。
【0037】
まず従来の手法によるクランクシャフトが等速回転する場合に発生するピストン14の上下方向の力について考察する。従来の手法では、クランクシャフトの回転速度が一定であると仮定して、クランクシャフトに発生する慣性トルクは考慮されていない。
【0038】
マルチリンク機構でもピストン自体には従来エンジンと同様な1次慣性力が発生するが、発生する2次慣性力は従来エンジンに対して低減させることができる。
【0039】
アッパピン24の軸心は、図1および図2に示す上下に長い楕円のような軌跡Bを描く。この軌跡Bは円形ではなくて縦に長い楕円に近い形状なので、アッパリンク16は従来コンロッドよりも揺動する角度が小さい。これが、マルチリンクを用いたときに2次慣性力が発生源で低減する理由である。
【0040】
しかし、アッパピン24の軸心の軌跡は楕円状であって上下1本の直線ではないので、2次慣性力が発生源でゼロになることはない。この慣性力は、クランクピン26を経由してクランク軸受からエンジン躯体13に伝達される経路と、コントロールリンク18を経由してエンジン躯体13に伝達される経路とに分かれる。
【0041】
梃子の原理によりクランクピン荷重はピストン14の慣性力より増大するが、コントロールピン22に作用する荷重は方向が反対のため、慣性力がエンジン躯体13に及ぼす上下方向の力の合計は変化しない。すなわち、マルチリンクを用いてもエンジン躯体13が受けるピストン慣性力の合計は増減しない。
【0042】
具体的に説明すると、図3に示すように、ピストン慣性力をF1、クランクピン26に作用する力をF2、コントロールピン22に作用する力をF3とすると、慣性力によりエンジン躯体13の上下方向に作用する力(合力)F(図示せず)は、
F=F2-F3 である。
【0043】
図4に示すロアリンク17の力の釣合いでは、力F2は下方に、力F3は上方に作用するので、
F1+F3=F2 となる。
【0044】
よって、F=F1 となる。
【0045】
このように、発生したピストン慣性力F1は、クランクピン26とコントロールピン22を経由してエンジン躯体13に作用し、その合力はF1となる。したがって、マルチリンク機構を用いても発生した慣性力1次、2次を低減する機能は無いという結論になる。
【0046】
次に、本実施形態によるピストン慣性力の相殺機能について説明する。
【0047】
前述のように、実際のエンジンではピストン慣性力によりクランシャフトには慣性トルク(トルク変動)が発生する。図5に示すように、クランクピン26に作用する力は前述の場合と同じくF2とするが、ここでは横方向の成分の発生も考慮して斜め方向の荷重とする。この力F2が作用するクランクピン26の軸心を通る作用線をL1とする。
【0048】
これにより、図6に示すように、クランクジャーナル20には上方向に荷重(力)F2と慣性トルクTが作用する。この力F2のベクトルが作用するクランシャフトの軸心20を通る作用線L2は作用線L1に平行である。
【0049】
ここで、クランクジャーナル20にとって、図5図6は等価である。等価であることは、以下のように説明できる。図5のクランクジャーナル20に、力「F2」と、この反対に作用する力「-F2」を加えても力の総和に変化はなく、作用線L1上の力「F2」と作用線L2上の力「-F2」で構成される偶力をトルクTで置き換えることができ、図6になる。
【0050】
作用線L1と作用線L2の距離をD1として、慣性トルクTは次式で与えられる。
T=F2×D1 (1)
【0051】
このクランシャフトに発生する慣性トルクTに対応して、作用・反作用の法則によりエンジン躯体13に大きさが同じで反対方向のトルクMが発生する。
T=M (2)
【0052】
このトルクは、従来のエンジンでもロールモーメントとして知られており、ピストン14のスラスト荷重(横方向荷重)として出現し、クランクジャーナル20の横方向荷重成分と偶力を構成する。
【0053】
本実施形態のレシプロエンジン11の場合、ロールモーメントMは、ピストン14のスラスト荷重によるピストン側圧経由モーメントMpと、コントロールピン22に発生する荷重による連接点経由モーメントMcとで構成される。
M=Mp+Mc (3)
【0054】
<Mp=0の場合>
最初に、ピストン側圧経由モーメントMp=0とし、ロールモーメントMはコントロールピン22に作用する力による連接点経由モーメントMcだけで構成されるとして定式化する。この条件は、軌跡Bとシリンダ軸Yが交差する点において成立する。
Mp=0なので、M=Mc (4)
【0055】
図6は、ロールモーメントM(連接点経由モーメントMc)とコントロールピン22に作用する力F3の関係を示す。力F3を表すベクトルのコントロールピン22の軸心を通る作用線をL3とする。力F3はモーメントMcの要素なので、エンジン躯体13に作用する力F3と大きさが同じで反対方向の力が存在しなければならない。クランクジャーナル20に作用する力F2がその力に相当し、それ以外の力は存在しない。よって、作用線L3は作用線L2および作用線L1と平行であり、かつ、 F2=F3 でなければならないことがわかる。よって、次の式(5)が成り立つ。
Mc=F3×D2=F2×D2 (5)
【0056】
式(1)、(2)、(4)、(5)より、 F2×D1=F2×D2 となり、
D1=D2 である。
【0057】
図7Aは、D1=D2=D として、クランクピン26に作用する力F2とコントロールピン22の位置でエンジン躯体13に作用する力F3(=F2)の関係を描き直した図である。
【0058】
力F2と力F3は、クランクピン26の軸心とコントロールピン22の軸心を通る直線を作用線として共用する、大きさが同じで逆向きのベクトルである。
【0059】
エンジン躯体13に作用する上下方向の力は、クランクジャーナル20に作用する力F2とコントロールピン22に作用する力F2であり、偶力を構成する。よって、その合力は上下、左右とも相殺されてゼロとなる。
【0060】
上述した説明では、概念を示す図のためロアリンク17に対するクランクピン26の位置は、アッパピン24とロアピン23を結ぶ線上にあるが、実際のロアリンクでは必ずしも線上にある必要はない。上述した計算式、及び以降で説明する計算式において、クランピン26の位置は、アッパピン24とロアピン23を結ぶ線上になくても成立する。
【0061】
以下に、コントロールピン22の望ましい位置に関して考察する。燃焼ガス圧により発生する荷重についても、クランクシャフトが受けるトルクとエンジン躯体が受けるトルクの大きさは等しいので上述の説明と同様な議論が成立する。
【0062】
リンクジオメトリーは燃焼の爆発行程前半においてアッパリンク16がほぼ直立するように設定されるので、爆発行程前半における荷重特性は、図A7のベクトルを逆方向にしたもので近似できる。
【0063】
荷重ベクトルの上下方向の成分を一定とした場合、そのベクトルの作用線とシリンダ軸線との成す角度が大きくなるほど、横方向の荷重成分が増えるので、その荷重ベクトルの絶対値は増加する。この荷重が低いほど、エンジン躯体に発生する応力は低減し、またエンジンのフリクションも低下する。
【0064】
燃焼ガスによる筒内圧力が高くなる領域はピストンが略上死点(TDC)からTDC後30度なので、この範囲で荷重ベクトルが出来るだけ直立するようにコントロールピン22位置を設定すれば良い。
【0065】
具体的には、クランクジャーナル20の軸心とクランクピン26の軸心の距離をR1、シリンダ軸線Yに平行でクランクジャーナル20の軸心を通る直線をL0とし、直線L0とコントロールピン22の軸心との距離をR2とすると、コントロールピン22の軸心の位置は爆発側(図7では、L0の右側)にあって、R2は以下の等式を満たす事が望ましい。
【0066】
一般的に、マルチリンク機構ではピストンのTDCに対してクランクピン26の位相は、10度から15度進み側に位置するので、それを考慮してR2の望ましい範囲は、
R1×sin10度 = 0.174×R1<R2<R1×sin45度=0.707×R1
四捨五入して、
0.17×R1<R2<0.71×R1
【0067】
一般的に最大筒内圧が発生するのは、クランクピン26の位相がTDC後10度から20度の範囲なので、好適なR2の範囲は、
R1×sin20度
= 0.342×R1<R2<R1×sin35度=0.574×R1
四捨五入して、0.34×R1<R2<0.57×R1 となる。
【0068】
図7Bを使って、ピストン荷重を一定とした時に、R2の位置がロールモーメントの大きさに及ぼす影響について説明する。
【0069】
R2の範囲を、0.174×R1<R2<0.707×R1の時のケース1と、R2´の範囲を0.707×R1<R2とした時のケース2で、発生するロールモーメントの大きさを比較する。
【0070】
各々のケースでエンジン本体に発生するロールモーメントの大きさをM、M´とすると、M=F2×D2、M´=F2´×D2´である。爆発行程前半においてF2とF2´の作用線がシリンダ軸と成す角度は小さいので、F2≒F2´となる。
【0071】
一方、クランクジャーナル20の軸心から各作用線への垂直距離はD2<D2´である。よって、ロールモーメントに対しては垂直距離の影響が支配的であり、M<M´となる。
【0072】
以上の事から、同一ピストン荷重に対して発生するエンジン本体のロールモーメントを低減するためには、R2の値は、R1に対して0.174倍以上の値で、極力小さいことが望ましいことが説明できる。
【0073】
R2の値を上述した値に制限する事によって、エンジン躯体に作用する荷重を低く抑える事が出来ると共に、エンジン躯体に発生するロールモーメントの大きさも抑制する事が可能となり、慣性力相殺の効果と相まって低振動エンジンを構成する事ができる。
【0074】
<Mp≠0の場合>
次に、ピストン14のスラスト荷重によるモーメントMpがゼロでない場合について考察する。
【0075】
各部に作用する荷重は、上述のモーメントMcによる荷重に、モーメントMpによる荷重をベクトル合成して得られる。
【0076】
図8に示すように、エンジン躯体に作用するピストンピン21の位置で横方向の力をG1、クランクジャーナル20の位置で反対方向に作用する力をG2、コントロールピン22の位置で横方向の力をG3とする。左右方向に外力は作用しないので、力の釣合いからG2=G1+G3となる。
【0077】
図8に示すクランクジャーナル20から受ける力のうち、力F2と、力G2の成分であるG3を合成して新しくF2とし、コントロールピン22に作用する力F3(=F2)と力G3を合成して新しくF3として描きなおしたものが図9である。
【0078】
クランクジャーナル20から受ける力G1は、ピストン14の側圧G1と偶力を構成し、モーメントMpとなる。モーメントMcの力成分が新しく定義したクランクジャーナル20から上方向に受ける力F2と、コントロールピン22から下方向に受ける力F3(=F2)であり、Mp=0 の時と同様に偶力を構成する。
【0079】
エンジン躯体はクランジャーナルから上方向に力F2と左横方向に力G1を受けており、力F2と力G1の上方向に働く合力は、コントロールピン22から受ける下方向の力F3と偶力を構成しない。しかし、エンジン躯体13に作用する上下方向の力F2と力F3は偶力をなす。これにより、エンジン躯体13に作用する慣性力は、相殺される。
【0080】
図8および図9の上述した説明では、慣性力の発生方向は上方、クランク角度は上死点後を用いたが、以上の考察は慣性力の方向、クランク角に依らず成立する。
【0081】
ピストン慣性力をエンジンの回転次数で表現すると、低減すべき主要成分としては回転1次、回転2次がある。上述したように、慣性力の相殺機能は慣性力の方向やクランク角に依らないので、慣性力の1次、2次を気筒ごとに相殺することができる。
【0082】
慣性力の方向、クランク角に依らず、ピストン慣性力を、ピストン慣性力により発生するクランクシャフトの慣性トルクを用いて相殺出来る事を示した。
【0083】
実際のエンジンでは、コントロールリンク18、アッパリンク16、ロアリンク17の揺動により発生する慣性力の影響があり、上下方向の慣性力の合計はピストン慣性力に対してそのぶん増減する。
【0084】
しかし、上記で説明したようにエンジン躯体13がクランクジャーナル20から受ける力F2と、コントロールピン22から受ける力F3は偶力を構成するので、増減分も相殺される。よって、本機構により上下方向の加振力は相殺される。以上により、エンジン排気量が大きくなっても低振動であり、バランサシャフトを必要としないピストン・クランク機構の原理を明らかにした。
【0085】
上述した慣性トルクによる上下方向の加振力が相殺される説明に代わり、以下では計算に慣性力を用いても、上下方向の加振力が相殺される説明を行う。
【0086】
図10に示すように、エンジン躯体13がクランクジャーナル20から受ける力F2を、エンジン躯体13がコントロールピン22から受ける力F3と大きさが同じで反対向きに作用する力F3とピストン慣性力のF1に分解する。
F2=F3+F1
【0087】
エンジン躯体13には合力としてF1が上方向に作用するので上方向の加速度を生じ、エンジン躯体13の重心Gにはその反作用として慣性力F1が下向きに作用する。
【0088】
ピストン慣性力の作用中心はピストン14の重心であるが、F1はピストンピン21を経由して出現する。同じように、エンジン躯体13に作用する慣性力F1はその重心Gが作用中心であるが、本機構の場合には、慣性力はコントロールピン22を経由して出現する。よって、以下のように荷重ベクトルを置換えることが可能である。
【0089】
図10に対して、図11に示すように、コントロールピン22の位置でエンジン躯体13に上下方向にF1を追加してもエンジン躯体13がコントロールピン22の位置で受ける力に変更はない。
F1―F1=0
【0090】
さらに、エンジン躯体13の重心Gの位置で下方向に作用するF1とコントロールピン22の位置で上方向に作用する力F1はモーメントを構成するので、図12に示すように、クランクジャーナル20の位置でエンジン躯体13に作用する左横方向の力F4とコントロールピン22の位置でエンジン躯体13に作用する右横方向の力F4で構成されるモーメントに置き換えることが可能となる。
【0091】
コントロールピン22の位置でエンジン躯体に作用するF1、F3、F4の合力と、クランクジャーナル20の位置でエンジン躯体に作用するF1、F3、F4の合力は、大きさが同じで反対方向の力となり、両者は偶力を構成する。したがって、エンジン躯体13に作用する上下方向の力は相殺される。上記の荷重ベクトルの置換えは、エンジン躯体13の重心Gの位置に依らず成立する。
【0092】
上述した図10から図12の説明より、ピストン14の運動による上下方向のピストン慣性力は、エンジン躯体13に作用してピストン慣性力と反対方向に荷重を発生させてロールモーメントの偶力を構成している事が分る。すなわち、上下方向のピストン慣性力は、エンジン躯体13を上下方向に振動させず、エンジン躯体13を回転方向に振動させることが上記で示したベクトル解析でも説明できる。
【0093】
上述したエンジン躯体13を上下方向に振動させずは、加振せず、と同意である。
【0094】
次に、慣性力1次に関して考察する。従来の単気筒エンジンでは、ピストン質量とコンロッドの往復部質量からなるピストン慣性力の1次成分を低減するために、カウンターウェイトを用いてバランス率を50%に設定することが多かった。上下方向の慣性力の一部を回転するカウンターウェイトの遠心力で相殺するためである。
【0095】
本実施形態のレシプロエンジン11では、上述したように、クランクシャフト慣性トルクの荷重成分を、ロールモーメントの荷重成分であるコントロールピン22に作用する反力で相殺する。したがって、バランス率は遠心力を発生しないバランス率0%としてもよいし、エンジン全体の振動が許容値以下であれば他のバランス率の値を採用してもよい。バランス率を0%とすれば、バランス率50%に比べてカウンターウェイトを軽量化できるのでエンジン軽量化に寄与する。
【0096】
従来の直列3気筒エンジンでは、上下方向に回転1次の慣性偶力が発生するので、単気筒と同様に各気筒それぞれでバランス率を50%に設定する場合がある。しかし、エンジンの排気量が大きくなると、残存する1次振動が問題となり、クランクシャフトに対して逆回転する回転1次のバランサシャフトが必要となった。
【0097】
本実施形態のレシプロエンジン11では、上述のようにピストン慣性力は各気筒それぞれに相殺可能なので、回転1次や2次の慣性偶力が発生しない。よって、3気筒エンジンを大排気量化しても回転1次や2次のバランサシャフトは必要ない。各気筒それぞれのバランス率は振動の観点からは0%が望ましいが、軸受荷重やクランクシャフト応力の許容値等も考慮して選定すれば良い。
【0098】
慣性力2次に関しても、本実施形態のレシプロエンジン11では各気筒それぞれに相殺が可能なので、直列4気筒エンジンに特有の慣性力2次が発生せず、低振動エンジンが実現できる。
【0099】
マルチリンク機構を用いたエンジンでは、コントロールピンの位置を主にシリンダ軸方向に移動する事で可変圧縮比エンジンを実現できる事が知られている。具体的には、コントロールピンと一体に構成されたコントロールシャフトを設け、コントロールピンの軸心がコントールシャフトの軸心に対して偏心するように設定し、コントロールシャフトの回転角度をモーター等で制御すれば良い。この場合、エンジン躯体が直接接触しているのはコントールピンではなくコントロールシャフトであるが、一定の圧縮比の時にはコントロールシャフトはエンジン躯体に対して固定されている。よって、コントロールピンに発生した荷重はそのままエンジン躯体に伝達されるので、コントロールピンがリンク機構の連接点であり、可変圧縮比エンジンでも本案は当てはまる。
【0100】
[第2の実施形態]
第2の実施形態は第1の実施形態の変形であって、アトキンソンサイクルを利用するものである。図13に示すように、第2の実施形態に係るレシプロエンジンでは、第1の実施形態に対して、コントロールリンク18aは、ドリブンシャフト50と一体に構成されたコントロールピン22aを介して回転可能に接続されている。ドリブンシャフト50は、エンジン躯体13に回転可能に連接されている。さらに、クランシャフトの回転に合わせて回転可能にクランクシャフトギア54と、ドリブンギア56が追加されている。
【0101】
図13は、ピストンが爆発行程の上死点(TDC)にあるときの図である。シリンダ12、エンジン躯体13、ピストン14とアッパリンク16の図示を省略するが、これらは第1の実施形態と同様の構成である。
【0102】
ピストン14の位置がTDCの時にコントロールピン22aが図13に示す位置に来るように設定する。この設定により、膨張行程のピストンストロークを圧縮行程のピストンストロークよりも大きくする事が可能となる。この技術は従来から、アトキンソンサイクルの一形態として知られており、通常のエンジンよりも高い熱効率が得られる。
【0103】
図14は、図13に対して、クランシャフトの縦断面を展開して示す図である。
【0104】
コントロールリンク18aの一端は、ロアピン23を介してロアリンク17と回転可能に接続されている。
【0105】
コントロールリンク18aのもう一方の端は、コントロールピン22aを介し、ドリブンシャフト50に回転可能に接続されている。
【0106】
クランクシャフトギア54は、クランクシャフトに固定され、クランクシャフトの回転に合わせて回転する。
【0107】
ドリブンギア56は、ドリブンシャフト50に固定され、クランクシャフトの2分の1の回転数で逆方向に連動回転するギア歯数で構成される。
【0108】
ドリブンシャフト50の回転角度とコントロールピン22aの位置は、クランクシャフト回転角度に応じて一義的に定まる。このため、コントロールピン22aはコントロールリンク18aから力を受けても移動する事が出来ないので、コントロールピン22aに発生した荷重はそのままエンジン躯体に伝達される。よって、コントロールピン22aがリンク機構の連接点になる。
【0109】
図13に示す、コントロールピン22aを介してエンジン躯体13にかかる力F4は、例えば図7に示す、第1の実施形態におけるコントロールリンク18からコントロールピン22を介してエンジン躯体13にかかる力F3と同様に、クランクピン26に作用する力F2と大きさが同じで反対向きであり、その作用線は力F2の作用線L1に一致する。このことにより、この第2の実施形態のリンク機構は、第1の実施形態のリンク機構と同じく、作用・反作用の原理により、クランシャフトに発生する慣性トルクによりピストン慣性力の相殺が可能である。
【0110】
[第3の実施形態]
上述したように、レシプロエンジンにマルチリンク機構を用いれば各気筒に発生する慣性力を相殺する事が出来るので、すなわち、1次慣性力、1次慣性偶力、2次慣性力、2次慣性偶力の発生を抑制できる。残る主要な振動はローリング(ロールモーメント)であるが、発電専用エンジンでは、この成分も相殺、或いは低減する事が可能である。第3の実施形態として、以下にその方法を示す。図15は、発電機がシリーズハイブリッド用の場合に、ジェネレータGの駆動機構とモーターMの車両駆動機構を示す図である。
【0111】
ジェネレータGはクランクシャフトCSに取付けたフライホイールFWを介してギアで駆動されクランクシャフトCSとは反対方向に回転する。クランクシャフトCSの角速度をω、ジェネレータGの増速比をKとする。クランクシャフトCSに発生するトルクをT(燃焼トルク+慣性トルク)とし、クランクシャフト軸上でジェネレータGを駆動するトルクをTt、ジェネレータGの吸収トルクをTgとする。
【0112】
エンジン定常運転時のTgは一定値と見なせる。クランクシャフトCSとフライホイールFWを含むクランクシャフト系の慣性モーメントをJ1,ジェネレータGと駆動機構を含むジェネレータ系の慣性モーメントをJ2とすると、各軸上での運動方程式は以下のように定まる。
【0113】
となる。
【0114】
エンジン躯体及びジェネレータの駆動機構を含む発電ユニット全体が受けるトルクTuは、クランクシャフト軸上に残存するトルクの反力、ジェネレータ軸上に残存するトルクの反力、及びジェネレータのステータに発生するトルクで構成される。
【0115】

J1=K×J2
であれば、Tu=Tg(一定値)となる。
【0116】
よって、エンジン躯体及びジェネレータの駆動機構を含む発電ユニット全体にはピストン慣性力や燃焼ガス圧に起因するローリング振動を生じない。よって第3の実施形態は、多気筒直列エンジンの主要な振動5成分である、1次慣性力、1次慣性偶力、2次慣性力、2次慣性偶力、ロールモーメントを全て相殺する事が可能であり、実質的にゼロバイブレーションを実現出来る。また、J1≠K×J2 であってもジェネレータの逆回転効果により振動を低減する事が可能である。
【0117】
さらに、フライホイールFWとジェネレータ駆動ギアの間にバネ要素等によるダンパー機構を追加してギア音対策をしても良い。また、図15に示すように、発電機がシリーズハイブリッド用の場合にはジェネレータGの駆動機構とモーターMの車両駆動機構を同一ケースに収納してコンパクト化を図ることも可能である。
【0118】
上記説明で「上下」、「アッパ」、「ロア」等の表現を用いたが、これらは説明の便宜のための表現であり、この発明は重力の方向には関係がない。
【0119】
[他の実施形態]
さらに、一々例示はしないが、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲内において、種々の変更が加えられて実施されうるものである。
【符号の説明】
【0120】
11…レシプロエンジン
12…シリンダ
13…エンジン躯体
14…ピストン
16…アッパリンク
17…ロアリンク
18,18a…コントロールリンク
20…クランクジャーナル
21…ピストンピン
22,22a…コントロールピン
23…ロアピン
24…アッパピン
26…クランクピン
50…ドリブンシャフト
54…クランクシャフトギア
56…ドリブンギア
CS…クランクシャフト
FW…フライホイール
M …モーター
G …ジェネレータ―
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
【手続補正書】
【提出日】2023-02-06
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ内でシリンダ軸方向に往復直線運動をするピストンと、
クランク軸受によってエンジン躯体に回転支持されたクランクシャフトと、
前記ピストンの往復直線運動を前記クランクシャフトの回転運動に変換するためのリンク機構と、を有するレシプロエンジンであって、
前記リンク機構は、
前記エンジン躯体との連接点を含み、前記クランクシャフトに生じる慣性トルクに応じて、前記ピストンに生じる慣性力と反対方向の力を連接点に発生させること、
を特徴とするレシプロエンジン。
【請求項2】
前記リンク機構は、アッパリンクと、ロアリンクと、コントロールリンクと、を備え、
前記アッパリンクは、第1の端部がピストンピンを介して前記ピストンに回転接続され第2の端部がアッパピンを介して前記ロアリンクの第1の端部に回転接続され、
前記ロアリンクは、第2の端部がロアピンを介して、前記コントロールリンクの第1の端部に回転接続され、前記ロアリンクの第1の端部と第2の端部の間に、クランクピンを介して前記クランクシャフトに回転接続され、
前記コントロールリンクの第2の端部は、コントロールピンを介して回転可能に前記エンジン躯体に連接されるよう構成されていて、
前記コントロールピンは、クランクジャーナルの軸心を通りシリンダ軸に平行な直線を基準線としたとき、前記基準線に対してシリンダ軸の反対側に位置し、前記コントロールピンの軸心と前記基準線との距離が、実質的に前記クランクジャーナルの軸心と前記クランクピンの軸心の距離の0.17倍から0.71倍になる範囲にあること、
を特徴とする請求項1に記載のレシプロエンジン。
【請求項3】
前記ピストンにより生じる慣性力は、前記エンジン躯体を上下方向に振動させず、前記エンジン躯体を回転方向に振動させること、
を特徴とする請求項1または請求項2に記載のレシプロエンジン。
【請求項4】
前記クランクシャフトに発生する慣性トルクに応じて、前記連接点と前記クランクジャーナルに偶力を発生させること、
を特徴とする請求項1または請求項2に記載のレシプロエンジン。
【請求項5】
前記ピストン慣性力により前記エンジン躯体に発生する加振力の1次成分および2次成分が、それぞれ、前記ピストン慣性力の1次成分および2次成分に比べて低減すること、
を特徴とする請求項1または請求項2に記載のレシプロエンジン。
【請求項6】
前記リンク機構は、前記エンジン躯体との連接点を含み、
前記リンク機構は、アッパリンクと、ロアリンクと、コントロールリンクと、を備え、
前記アッパリンクは、第1の端部がピストンピンを介して前記ピストンに回転接続され第2の端部がアッパピンを介して前記ロアリンクの第1の端部に回転接続され、
前記ロアリンクは、第2の端部がロアピンを介して、前記コントロールリンクの第1の端部に回転接続され、前記ロアリンクの第1の端部と第2の端部の間で、クランクピンを介して前記クランクシャフトに回転接続され、
前記コントロールリンクの第2の端部は、ドリブンシャフトを介して回転可能に接続され、
前記ドリブンシャフトは、前記エンジン躯体に回転可能に連接され、前記クランクシャフトの回転数の2分の1の回転数で逆転に駆動されること、
を特徴とする請求項1に記載のレシプロエンジン。
【請求項7】
前記レシプロエンジンから動力伝達され発電するジェネレータと、クランシャフトに固定接続されるフライホイールと、歯車列とを備え、
前記ジェネレータは、前記歯車列により前記クランクシャフトとの反対方向に回転されることにより、ロールモーメントを低減すること、
を特とする請求項1または請求項2または請求項6のいずれかの請求項に記載のレシプロエンジン。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0048
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0048】
これにより、図6に示すように、クランクジャーナル20には上方向に荷重(力)F2と慣性トルクTが作用する。この力F2のベクトルが作用するクランクジャーナル20の軸心を通る作用線L2は作用線L1に平行である。