(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023068016
(43)【公開日】2023-05-16
(54)【発明の名称】減速装置
(51)【国際特許分類】
F16H 57/04 20100101AFI20230509BHJP
F16H 1/06 20060101ALI20230509BHJP
C10M 173/02 20060101ALI20230509BHJP
C10M 125/10 20060101ALI20230509BHJP
C10M 129/32 20060101ALI20230509BHJP
C10M 129/08 20060101ALI20230509BHJP
C10M 129/06 20060101ALI20230509BHJP
C10M 107/26 20060101ALI20230509BHJP
C10N 10/02 20060101ALN20230509BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20230509BHJP
C10N 40/04 20060101ALN20230509BHJP
【FI】
F16H57/04 Z
F16H1/06
C10M173/02 ZAB
C10M125/10
C10M129/32
C10M129/08
C10M129/06
C10M107/26
C10N10:02
C10N30:00 Z
C10N40:04
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037845
(22)【出願日】2023-03-10
(62)【分割の表示】P 2018201099の分割
【原出願日】2018-10-25
(71)【出願人】
【識別番号】500408854
【氏名又は名称】株式会社ユーテック
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100112911
【弁理士】
【氏名又は名称】中野 晴夫
(74)【代理人】
【識別番号】100100479
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 三喜夫
(72)【発明者】
【氏名】上▲西▼ 幸雄
(57)【要約】
【課題】歯車式動力伝達機構を円滑に動作させることができ、潤滑液の漏れによる環境汚染を防止することができ、火災の発生を防止することができ、かつ使用済みの潤滑液の廃棄が容易である歯車装置を提供する。
【解決手段】歯車式減速装置8は、ハウジング10と、ハウジング10内にそれぞれ配置され、互いに噛み合う第1~第8歯車15~22を有する並列型歯車機構と、第1歯車15に接続された入力シャフト11と、第8歯車22に接続された出力シャフト9と、並列型歯車機構に水系潤滑液を供給する潤滑液供給装置30とを備えている。水系潤滑液は、水とポリアクリル酸ナトリウムとを含み、水系潤滑液における水に対するポリアクリル酸ナトリウムの量は1~5質量パーセントの範囲であり、水系潤滑液の水素指数はpH7~pH11(好ましくは、pH8~pH10)の範囲内である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングと、
前記ハウジング内にそれぞれ配置され、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有する歯車式動力伝達機構と、
前記歯車式動力機構の所定の歯車に接続され、前記ハウジングの外部に突出する第1のシャフトと、
前記所定の歯車以外の歯車に接続され、前記ハウジングの外部に突出する第2のシャフトと、
前記歯車式動力伝達機構に水系潤滑液を供給する潤滑液供給手段とを備えている歯車装置であって、
前記水系潤滑液は、水とポリアクリル酸ナトリウムとを含み、前記水系潤滑液における水に対するポリアクリル酸ナトリウムの量が1~5質量パーセントの範囲内であり、
前記水系潤滑液の水素指数がpH7~pH11の範囲内であることを特徴とする歯車装置。
【請求項2】
前記水系潤滑液の水素指数がpH8~pH10の範囲内であることを特徴とする、請求項1に記載の歯車装置。
【請求項3】
前記水系潤滑液の水素指数が、水酸化ナトリウム又は酢酸を添加することにより調整されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の歯車装置。
【請求項4】
前記歯車式動力伝達機構は、前記複数の歯車を支持する各シャフトが並列に配置された並列型歯車機構であり、
前記第1のシャフトは、前記並列型歯車機構に動力を入力する入力シャフトであり、
前記第2のシャフトは、前記並列型歯車機構から動力を出力する出力シャフトであることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1つに記載の歯車装置。
【請求項5】
前記歯車式動力伝達機構は遊星歯車機構であり、
前記第1のシャフトは、前記遊星歯車機構に動力を入力する入力シャフトであり、
前記第2のシャフトは、前記遊星歯車機構から動力を出力する出力シャフトであることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1つに記載の歯車装置。
【請求項6】
前記水系潤滑液がプロピレングリコールを含み、前記水系潤滑液における水に対するプロピレングリコール添加量が、0℃より低温側でありかつプロピレングリコールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定された前記歯車装置の使用下限温度を凝固点とするプロピレングリコール水溶液における水に対するプロピレングリコール添加量と同量であるか又はこれより多いことを特徴とする、請求項1~5のいずれか1つに記載の歯車装置。
【請求項7】
前記水系潤滑液がエタノールを含み、前記水系潤滑液における水に対するエタノール添加量が、0℃より低温側でありかつエタノールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定された前記歯車装置の使用下限温度を凝固点とするエタノール水溶液における水に対するエタノール添加量と同量であるか又はこれより多いことを特徴とする、請求項1~5のいずれか1つに記載の歯車装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハウジング内に配置され、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有する歯車式動力伝達機構を水系潤滑液で潤滑するようにした歯車装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータによって駆動される大型の機械設備、例えば河川、湖沼、海岸等に設置される巻き上げ式の水門等には、重量の大きい扉体を巻き上げるために、高速で回転するモータの回転を減速して高トルクを発生させる歯車式減速装置が設けられる。この種の歯車式減速装置は、一般に、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車がハウジング内に配置された構造を備えている(例えば、特許文献1~4参照)。
【0003】
この種の歯車式減速装置では、通常、互いに噛み合う歯車の摩擦による摩耗を低減するために、歯車に潤滑液が循環式で噴射又は散布され、あるいはハウジング内に貯留された潤滑液に歯車が部分的又は全面的に浸漬される。そして、歯車式減速装置の潤滑液としては、従来、適切な粘性を有し、かつ潤滑性が高いことから、鉱物油を主原料とする潤滑油が広く用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-337393号公報
【特許文献2】特開2013-044650号公報
【特許文献3】特開2013-100680号公報
【特許文献4】特開2018-105017号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように潤滑液として潤滑油を用いる歯車式減速装置では、潤滑油が外部に漏れると、河川、湖沼、海洋等の公共水域に流入して重大な環境汚染が生じるおそれがあるといった課題がある。また、潤滑油は可燃物であるので、失火、延焼、事故等により歯車式減速装置に火災が発生するおそれがあるといった課題がある。さらに、潤滑油は、劣化等により定期的にないしは適宜に新油と交換する必要があるが、廃油の処理又は処分が煩雑であるといった課題がある。
【0006】
なお、これらの課題は、歯車式減速装置だけでなく、ハウジング内に配置され、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有する歯車式動力伝達機構と、この歯車式動力伝達機構に潤滑液を供給する潤滑液供給装置とを備えた歯車装置において一般的に生じるものである。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、歯車式動力伝達機構を円滑に動作させることができ、潤滑液の漏れによる環境汚染を防止することができ、火災の発生を防止することができ、かつ使用済みの潤滑液の処理又は処分が容易である歯車装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するためになされた本発明に係る歯車装置は、
ハウジングと、
前記ハウジング内にそれぞれ配置され、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有する歯車式動力伝達機構と、
前記歯車式動力機構の所定の歯車に接続され、前記ハウジングの外部に突出する第1のシャフトと、
前記所定の歯車以外の歯車に接続され、前記ハウジングの外部に突出する第2のシャフトと、
前記歯車式動力伝達機構に水系潤滑液を供給する潤滑液供給手段とを備えている歯車装置であって、
前記水系潤滑液は、水とポリアクリル酸ナトリウムとを含み、前記水系潤滑液における水に対するポリアクリル酸ナトリウムの量が1~5質量パーセントの範囲内であり、
前記水系潤滑液の水素指数がpH7~pH11(好ましくは、pH8~pH10)の範囲内である。
【0009】
本発明に係る歯車装置において、水系潤滑液の水素指数は、水酸化ナトリウム又は酢酸を添加することによりpH7~pH11(好ましくは、pH8~pH10)の範囲内に調整されているのが好ましい。
【0010】
本発明に係る歯車装置において、歯車式動力伝達機構は、複数の歯車を支持する各シャフトが並列に配置された並列型歯車機構であってもよい。この場合、第1のシャフトは、並列型歯車機構に動力を入力する入力シャフトであってもよく、第2のシャフトは、並列型歯車機構から動力を出力する出力シャフトであってもよい。
【0011】
本発明に係る歯車装置において、歯車式動力伝達機構は遊星歯車機構であってもよい。この場合、第1のシャフトは、遊星歯車機構に動力を入力する入力シャフトであってもよく、第2のシャフトは、遊星歯車機構から動力を出力する出力シャフトであってもよい。
【0012】
本発明に係る歯車装置において、水系潤滑液はプロピレングリコールを含んでいてもよい。この場合、水系潤滑液における水に対するプロピレングリコール添加量は、0℃より低温側でありかつプロピレングリコールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定された歯車装置の使用下限温度を凝固点とするプロピレングリコール水溶液における水に対するプロピレングリコール添加量と同量であるか又はこれより多いのが好ましい。
【0013】
本発明に係る歯車装置において、水系潤滑液はエタノールを含んでいてもよい。この場合、水系潤滑液における水に対するエタノール添加量は、0℃より低温側でありかつエタノールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定された歯車装置の使用下限温度を凝固点とするエタノール水溶液における水に対するエタノール添加量と同量であるか又はこれより多いのが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る歯車装置によれば、歯車式動力伝達機構の潤滑液として潤滑油ではなく水系潤滑液を用いるので、歯車装置で潤滑液の漏れが発生しても、周囲の水環境等の油汚染は生じない。また、水系潤滑液は不燃性であるので、歯車装置に火災が発生する可能性はなく、防火の点で極めて有利である。さらに、使用済みの水系潤滑液は、公共用水域又は公共下水道に排出することが可能であるので、その処理又は処分が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1(a)はワイヤロープウインチ式のゲート開閉装置の模式的な側面図であり、
図1(b)は
図1(a)に示すゲート開閉装置を構成する本発明に係る歯車式減速装置の拡大された一部断面平面図である。
【
図2】歯車式減速装置及び該歯車式減速装置に水系潤滑液を供給する潤滑液供給装置の模式的な側面断面図である。
【
図3】40℃のポリアクリル酸ナトリウム水溶液についての、水に対するポリアクリル酸ナトリウムの添加量と動粘度の関係を示すグラフである。
【
図4】ポリアクリル酸ナトリウム水溶液及び潤滑油の動粘度の温度に対する変化特性を示すグラフである。
【
図5】
図5(a)~
図5(c)は、固定されたチャンネルと、該チャンネル内を長手方向に移動する可動部材との間の動摩擦係数を測定するための動摩擦係数測定装置の模式図である。
【
図6】
図5に示す動摩擦係数測定装置を用いて測定された、移動している可動物体と固定されたチャンネルの間の動摩擦係数と、可動物体とチャンネルの間に介在する水系潤滑液のポリアクリル酸ナトリウム添加量の関係を示す図である。
【
図7】エタノール水溶液及びプロピレングリコール水溶液における濃度と凝固点の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付の図面を参照しつつ、本発明の実施形態を具体的に説明する。なお、この実施形態では、ワイヤロープウインチ式(巻き上げ式)のゲート開閉装置のための歯車式減速装置について本発明を説明するが、本発明は、このような歯車式減速装置だけでなく、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有する歯車式動力伝達機構がハウジング内に配置され、この歯車式動力伝達機構に水系潤滑液を供給するようにした種々の歯車装置にも幅広く応用することができる。また、この実施形態では歯車式動力伝達機構は、歯車が隣り合って並列に配置された並列型歯車機構であるが、本発明が応用される歯車式動力伝達機構はこのようなものに限定されるわけではなく、その他の形式の歯車機構(例えば、遊星歯車機構)であってもよい。遊星歯車機構は、一例として、太陽歯車と、太陽歯車の外側に位置する内歯車と、太陽歯車および内歯車の両方に噛合する遊星歯車と、遊星歯車の公転運動を取り出す遊星キャリヤとを備え、太陽歯車、内歯車および遊星キャリヤのいずれか1つが固定され、他の2つが入力シャフトおよび出力シャフトにそれぞれ連結される。
【0017】
<ゲート開閉装置および歯車式減速装置の概要>
図1(a)及び
図1(b)に示すように、例えば河川、農業用水路、湖沼、海岸等(図示せず)に設置されるゲート開閉装置Sは、水門1を開閉する扉体2を動力で上昇させる一方、自重で降下させるようになっている。すなわち、水門1は、扉体2の昇降動作によって開閉される。扉体2はワイヤロープ3によって懸下され、このワイヤロープ3はワイヤドラム4に巻回されている。ワイヤドラム4は回転シャフト5に同軸状に取り付けられ、回転シャフト5と一体回転する。回転シャフト5は、回転シャフト支持部6によって回転可能に支持されている。
【0018】
回転シャフト5及びワイヤドラム4が、電動機25により回転駆動されて所定の回転方向(例えば、回転シャフト支持部側からみて時計回り方向)に回転すると、ワイヤロープ3がワイヤドラム4に巻き取られ、扉体2は上昇する。また、扉体2が自重(重力)で下降すると、ワイヤロープ3によってワイヤドラム4が前記所定の回転方向と反対方向に回転させられ、ワイヤロープ3の巻回が解かれる。回転シャフト5は、その中心軸の伸びる方向に関してワイヤドラム4と反対側で、連結具7(カップリング)によって歯車式減速装置8(以下、略して「減速装置8」という。)の出力シャフト9に同軸状に連結されている。
【0019】
減速装置8は、
図1(b)に示すように、ハウジング10と、ハウジング10内にそれぞれ配置され、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車15~22とを備え、さらに出力シャフト9に加えて、入力シャフト11と、入力シャフト11と出力シャフト9の間に配置された第1~第3中間シャフト12~14とを備えている。詳しくは図示していないが、出力シャフト9、入力シャフト11及び第1~第3中間シャフト12~14は、減速装置8のハウジング10に固定された軸受によって回転可能に支持されている。出力シャフト9および入力シャフト11の一部は、軸受を介してハウジング10の外部に突出している。そして、入力シャフト11には、第1歯車15が同軸状に取り付けられている。第1中間シャフト12には、第2歯車16と第3歯車17とが同軸状に取り付けられている。第2中間シャフト13には、第4歯車18と第5歯車19とが同軸状に取り付けられている。第3中間シャフト14には、第6歯車20と第7歯車21とが同軸状に取り付けられている。出力シャフト9には、第8歯車22が同軸状に取り付けられている。第1~第8歯車15~22にはヘリカルギヤが用いられている。なお、ヘリカルギヤ以外の歯車を用いてもよいのはもちろんである。
【0020】
ここで、第1歯車15と第2歯車16は1より大きい所定の歯車比(例えば、5)で噛み合い、第3歯車17と第4歯車18は1より大きい所定の歯車比(例えば、4)で噛み合い、第5歯車19と第6歯車20は1より大きい所定の歯車比(例えば、4)で噛み合い、第7歯車21と第8歯車22は1より大きい所定の歯車比(例えば、4)で噛み合っている。つまり、減速装置8は、入力シャフト11から出力シャフト9へ、320の変速比でトルクを増大させる。なお、扉体2の自重による降下時において、出力シャフト9から入力シャフト11にトルクが伝達される場合(逆駆動される場合)の変速比は、入力シャフト11から出力シャフト9へトルクが伝達される場合の変速比の逆数である(増速される)。
【0021】
ゲート開閉装置Sは、扉体2を上昇させるときに、入力シャフト11を回転駆動する電動機25を備えている。電動機25の回転子に固定された電動機回転軸(図示せず)は連結具ないしはカップリング(図示せず)を介して入力シャフト11に同軸状に連結されている。電動機25へは、電源(図示せず)から、導線26及び制御盤27を介して商用電力が供給される。なお、入力シャフト11と電動機回転軸とを、連結具ないしはカップリングで連結するのではなく、歯車対等を介して力学的に係合させ、動力を伝達させるようにしてもよい。
【0022】
図2に示すように、減速装置8の第1~第8歯車15~22に水系潤滑液を供給するために潤滑液供給装置30が設けられている。この潤滑液供給装置30は、水系潤滑液を循環させつつ連続的に第1~第8歯車15~22に噴射もしくは散布し又は流下させて供給する形式のものである。しかし、本発明はこのような形式の潤滑液供給装置30に限定されるわけではなく、ハウジング10内に水系潤滑液を貯留し、この水系潤滑液に第1~第8歯車15~22を部分的又は全面的に浸漬させる形式のものであってもよい。
【0023】
潤滑液供給装置30は、ハウジング10内において、第1~第8歯車15~22の上方に配置された潤滑液供給器31を備えている。潤滑液供給器31は、第1~第8歯車15~22に水系潤滑液を噴射もしくは散布し又は流下させる複数のノズル32を有している。これにより、第1~第8歯車15~22ないしはこれらの噛み合い部は、潤滑液供給器31から供給される水系潤滑液によって常時濡らされ、潤滑される。そして、ハウジング10の下部ないしは底部近傍には、第1~第8歯車15~22から流下ないしは滴下した水系潤滑液が滞留している。
【0024】
また、潤滑液供給装置30は、減速装置8に供給する水系潤滑液を貯留する潤滑液貯槽33と、ハウジング10内に滞留している水系潤滑液を潤滑液貯槽33に還流させるための潤滑液還流通路34とを備えている。潤滑液還流通路34の一方の端部は、ハウジング10の下部ないしは底部近傍部に設けられた潤滑液排出ポート35に接続され、潤滑液還流通路34の他方の端部は潤滑液貯槽33の上部に設けられた潤滑液受入ポート36に接続されている。ハウジング10内に滞留している水系潤滑液は、重力で潤滑液貯槽33に流下する。
【0025】
さらに、潤滑液供給装置30は、潤滑液貯槽33内に貯留されている水系潤滑液を、ハウジング10内に配置された潤滑液供給器31に圧送ないしは輸送するために、電動機(図示せず)によって駆動されるポンプ37と、ポンプ37の吐出口から吐出された水系潤滑液を潤滑液供給器31に案内ないしは輸送する潤滑液供給通路38とを備えている。なお、ポンプ37は、潤滑すべき減速装置8の大きさ等に応じて水系潤滑液を適切な吐出圧及び吐出量で吐出することができれば、どのようなものでもよい。例えば、ラジアル形又はアキシャル形のプランジャポンプ(ピストンポンプ)、ベーンポンプ、ギヤポンプ、ねじポンプなどを用いることができる。
【0026】
以下、減速装置8の第1~第8歯車15~22を潤滑する水系潤滑液の特性、性能等を具体的に説明する。しかしながら、このような水系潤滑液は、本実施形態に係る減速装置8だけでなく、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有する歯車式動力伝達機構がハウジング内に配置され、この歯車式動力伝達機構に水系潤滑液を供給するようにした種々の歯車装置に幅広く用いられるものである。そこで、以下では、水系潤滑液の特性、性能等を、減速装置8の上位概念である歯車装置に即して説明する。
【0027】
前記のとおり、一般に、歯車式動力伝達機構を備えた従来の歯車装置では、歯車の摩擦抵抗を低減するための潤滑液として、鉱物油からなる潤滑油を用いている。しかし、このような潤滑油は可燃性であるので、失火、延焼、事故等により歯車装置に火災を発生させるおそれがある。また、歯車装置が例えば河川の水門等を開閉するゲート開閉装置の減速装置として用いられた場合、震災時等における潤滑油の漏出により下流側の広い水域にわたって水環境が損なわれるおそれがある。さらに、耐用年数経過後の潤滑油の処分又は処理が煩雑である。
【0028】
そこで、本発明者は、このような潤滑油に代わる潤滑液として、火災を発生させるおそれがなく、河川等に漏出した場合でも水環境を損なわず、かつ耐用年数経過後の処分又は処理が容易な潤滑液として、水を主成分とし、生体に対する有害物質を含まない水系潤滑液を開発した。このように開発された水系潤滑液は、下記の事項を可及的に満たすものである。
【0029】
<水系潤滑液が満たすべき事項>
(1)動粘度が潤滑油と同等であること
(2)動粘度の温度変化が小さいこと
(3)潤滑液が介在する摺動部間の動摩擦係数が潤滑油を用いる場合と同等であること
(4)生体に対する毒性がないこと(好ましくは食品に添加することも可能)
(5)漏出・排出による環境汚染性が低いこと
(6)火災の可能性がないこと
(7)寒冷地では低温時に凍結しないこと
(8)酸化による劣化がほとんどないこと
(9)アルミニウム系材料及び鉄系材料に対する金属腐食性が低いこと
(10)空気中の水蒸気の混入による弊害がないこと
(11)液貯槽内での気泡分離性が良好なこと
(12)生物的劣化(腐敗)がほとんどないこと
【0030】
本発明に係る水系潤滑液の主成分は、例えば、下記のとおりである。
(1)水:例えば、純水、精製水、蒸留水
(2)増粘剤兼摩擦低減剤:例えば、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリル酸
(3)凍結防止剤:例えば、プロピレングリコール、エタノール
(4)pH調整剤:例えば、水酸化ナトリウム、酢酸
なお、必要があれば、水系潤滑液は、合成色素、天然色素、好ましくは食用色素で着色される。これにより製品の識別、誤用誤飲の防止、外部漏出の早期検出が図られる。
【0031】
水系潤滑液の動粘度は、主として、その成分であるポリアクリル酸ナトリウム(以下「PANa」という。)に起因するものである。なお、ポリアクリル酸ナトリウムとしては、例えば東亞合成化学株式会社製のアロン(登録商標)A-20Lなどを用いることができる。下記表1に、本発明者が、測定ないし算出した種々のポリアクリル酸ナトリウム水溶液(以下「PANa水溶液」という。)の40℃における動粘度を示す。PANa水溶液の動粘度は、オストワルド粘度計を用いて純水に対するPANa水溶液の相対粘度を測定し、この相対粘度と純水の粘度(周知)とからPANa水溶液の粘度を算出し、この粘度とPANa水溶液の密度とから算出したものである。なお、表1には、この種の歯車装置において一般に使用されている潤滑油の40℃における動粘度(規格値)も示している。
【0032】
【0033】
図3は、表1に示すデータに基づいて作成した40℃のPANa水溶液についての、水に対するPANa添加量と動粘度の関係を示すグラフである。
図3に示すグラフによれば、PANa添加量と動粘度とは、ほぼ一義的な関数関係にあることがわかる。したがって、
図3に示すグラフを用いて、PANa添加量を好ましく設定することにより、40℃における動粘度が0.6~250mm
2/sの範囲内の任意の値である水系潤滑液を調製することができる。
【0034】
このように、水系潤滑液は、PANa添加量を調整することにより、40℃における動粘度をおおむね0.6~250mm
2/sの範囲内の任意の値とすることができるので、水系潤滑液の動粘度を、従来使用していた潤滑油(例えば、ISO VG22、VG32、VG46、VG68、VG100、VG150)の動粘度と同等ないしは同様のものとすることが可能である。
図3によれば、水系潤滑液の動粘度を、一般に使用されている潤滑油と同等の動粘度(おおむね、20~165mm
2/s)とするには、水に対するPANa添加量を1~5wt%の範囲内で調整すればよいということがわかる。
【0035】
図4は、PANa添加量が0.45wt%又は1.3wt%であるPANa水溶液の動粘度及び潤滑油(ISO VG32)の動粘度の温度に対する変化特性(依存性)を示すグラフである。
図4から明らかなとおり、PANa水溶液の動粘度の温度に対する変化は、潤滑油の動粘度の温度に対する変化に比べて非常に小さい。潤滑油(ISO VG32)は、とくに40℃以下の温度領域では温度の低下に伴って動粘度が急激に増加するので、低温時(例えば、0~10℃)には動粘度が高くなりすぎて使用不可能となり、より粘性の低い潤滑油と交換する必要が生じる可能性がある。これに対して、水系潤滑液は、低温状態でもさほど動粘度が高くならないので、低温時(例えば、0~10℃)でもそのまま使用することが可能である。
【0036】
歯車式動力伝達機構を備えた歯車装置で使用する潤滑液は、互いに噛み合う歯車間の摩擦抵抗を低減するとともに、摩擦による歯車の摩耗を防止するために、歯車間の滑り摩擦を大幅に低減するものでなければならない。一般に、歯車間に潤滑液が介在する場合の、歯車間における滑り摩擦の動摩擦係数(摩擦力/押圧力)は、おおむね0.02以下であれば実用上は歯車装置に不具合は生じない。以下、水系潤滑液の摩擦低減特性を説明する。
【0037】
図5(a)~(c)は、本発明者が用いた、テーブルの上に固定されたチャンネルと、該チャンネル内をチャンネル長手方向に移動(摺動)する可動部材との間における滑り摩擦の動摩擦係数を測定するための動摩擦係数測定装置を模式的に示している。この動摩擦係数測定装置は、テーブルと、テーブルの上を走行する台車と、台車に固定されたテンションゲージと、台車のフロント部に糸を介して接続された重りと、糸を案内する滑車と、チャンネルと、チャンネル内で摺動する可動物体と、台車に固定されたテンションゲージのリア部にナイロンラインを介して接続された可動物体とを備え、テンションゲージは、ナイロンラインに印加される張力を測定する。
【0038】
動摩擦係数測定装置の主な構成要素の仕様は、例えば、以下のとおりである。
(1)チャンネル
内周面を平滑面としたステンレススチール製の「コ」の字型チャンネルである。
幅50mm 高さ25mm 長さ1500mm 肉厚3mm
(2)可動物体
チャンネル内に収容可能であり、チャンネル長手方向に摺動可能な、外周面が平滑面であるステンレススチール製の「コ」の字型チャンネルである。
幅40mm 高さ30mm 長さ100mm 肉厚 1mm 質量92g
(3)台車
アルミニウム製の車輪を備えた、本体がプラスチック製の実験用簡易力学台車であり、その上に所望の質量の荷物(重り)を載せることができる。
全長135mm 全幅75mm 全高35mm 質量98g(荷物なし)
(4)テンションゲージ
測定範囲が0~50g重又は0~10g重であるばね式の棒型テンションゲージであり、台車に前後方向に伸びるように固定され、ナイロンラインに印加される張力を測定するようになっている。
【0039】
そして、
図5(a)~(c)に示す動摩擦係数測定装置を用いて、水系潤滑液及び潤滑油の摩擦低減特性を、およそ以下のような手順で評価した。
(1)チャンネルの長手方向の両端部を閉止した上で、チャンネル内に可動部材を配置する。
(2)チャンネル内に摩擦低減特性を評価すべき潤滑液を注入し、可動部材とチャンネルとを潤滑液を介して摺接させる。
(3)重りの質量と台車に積載する荷の質量とを調整した上で、重りを重力で落下させることにより、台車を所定の一定速度でチャンネル長手方向に移動させ、可動部材をチャンネル長手方向に摺動させる。
(4)可動部材の移動速度が一定となっているときにテンションゲージでナイロンラインにかかる張力、すなわち可動物体にかかっている前向きの力を測定する。
(5)可動物体にかかっている前向きの力を可動物体にかかっている重力(92g重)で除算することにより、潤滑液が介在するときの可動物体とチャンネルの間の動摩擦係数を算出する。
(6)潤滑液が介在するときの可動物体とチャンネルの間の動摩擦係数の大小に基づいてこの潤滑液の摩擦低減特性を評価する。なお、可動物体とチャンネルの間の動摩擦係数は、歯車装置の歯車間における滑り摩擦の動摩擦係数とほぼ同一である。
【0040】
台車の移動速度は、重りの質量と、台車に積載する荷物の質量とを調整することにより、一定にすることができる。可動物体は、一定速度で移動する台車により牽引され、初期には加速されるが、数秒後には台車と同一の一定速度でチャンネル内を摺動するようになる。この状態でテンションゲージにより、ナイロンラインにかかる張力、すなわち可動物体にかかっている前向きの力を測定する。なお、台車ないしは可動物体の移動速度は、可動物体に対する潤滑液の流動抵抗が、摩擦抵抗に対して実質的に無視できるレベルまで低減されるように非常に小さくした(例えば、1cm/秒以下)。
【0041】
下記表2に、本発明者が、
図5(a)~(c)に示す動摩擦係数測定装置を用いて、常温(25℃)の室内で測定ないしは算出したPANa水溶液が介在する場合の可動物体・チャンネル間の動摩擦係数を示す。なお、表2には、参考のため、本発明者が、PANa水溶液の場合と同様の手法で測定ないしは算出した、潤滑油が介在する場合の可動物体・チャンネル間の動摩擦係数、及び潤滑液が介在しない場合の動摩擦係数も示している。
【0042】
【0043】
図6は、表2に示すデータに基づいて作成した、水系潤滑液が介在する場合の可動物体・チャンネル間の動摩擦係数と、水系潤滑液における水に対するPANa添加量の関係を示すグラフである。
図6から明らかなとおり、水に対するPANa添加量が0.5~5.0wt%の範囲内では、動摩擦係数は0.02以下となっている。前記のとおり、歯車装置の歯車間に潤滑液が介在する場合の、歯車間の滑り摩擦における動摩擦係数は、実用上はおおむね0.02以下であればよい。したがって、水に対するPANa添加量が0.5~5.0wt%の水系潤滑液は、歯車装置の潤滑液として適切な摩擦低減特性を有する。前記のとおり、水系潤滑液の動粘度を潤滑油と同等の動粘度とするには、水に対するPANa添加量を1~5wt%の範囲内で調整すればよいが、このような水系潤滑液が適切な摩擦低減特性を有するのはもちろんである。
【0044】
一般に、歯車装置を構成する機器ないしは部材(部品)は、鉄系材料(例えば、軟鉄、鋼鉄、ステンレススチール等)又はアルミニウム系材料(例えば、アルミニウム、アルミニウム合金等)で形成される。そして、鉄系材料及びアルミニウム系材料は、酸性の液体と接触したときには、水素イオン(H+)により腐食される可能性がある。また、アルミニウム系材料は、水素指数がpH11を超えるアルカリ性の液体と接触したときには水酸化物イオン(OH-)により腐食される可能性がある。そこで、水系潤滑液の水素指数は、必要があれば水酸化ナトリウム又は酢酸を添加することにより、pH7~11の範囲内に調整されている。
【0045】
本発明者が、水素指数が異なる種々の水系潤滑液(PANa添加量:1wt%)に、純アルミニウムの試料を2週間浸漬してその腐食の有無を観察したところ、pH8~10の水系潤滑液では試料の腐食は全く見られなかった。したがって、アルミニウム材料で作成された機器ないしは部材をより完全に保護するために、水系潤滑液の水素指数はpH8~10の範囲とするのがとくに好ましい。なお、歯車装置にアルミニウム材料が使用されていない場合は、水系潤滑液の水素指数は、pH11を超えていてもよい。
【0046】
水系潤滑液の大部分(おおむね、95~99wt%)は水であるので、その凝固点ないしは融点はほぼ0℃であるが、本邦では冬季に気温ないしは歯車装置の温度が0℃より低くなる可能性がある。このため、歯車装置が、その温度が0℃より低くなる可能性があるところに設置される場合は、水系潤滑液に凍結防止剤として、プロピレングリコール又はエタノールが添加されることが好ましい。凍結防止剤としてのプロピレングリコール又はエタノールは、歯車装置ないしは水系潤滑液の使用下限温度に応じて調整される。
【0047】
図7は、プロピレングリコール水溶液及びエタノール水溶液における凝固点(融点)と濃度の関係を示すグラフである。凍結防止剤としてのプロピレングリコール又はエタノールの添加量は、歯車装置ないしは水系潤滑液の使用下限温度と
図7に示すプロピレングリコール水溶液又はエタノール水溶液の凝固点とに基づいて設定される。具体的には、水系潤滑液における水に対するプロピレングリコール又はエタノールの添加量は、0℃より低温側でありかつプロピレングリコール又はエタノールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定された歯車装置の使用下限温度を凝固点とするプロピレングリコール水溶液又はエタノール水溶液における水に対するプロピレングリコール添加量又はエタノール添加量と同量か、あるいはこれよりやや多くするのが好ましい。なお、凍結防止剤としてプロピレングリコールを含む水系潤滑液は、0℃より低い低温状態、とくに凝固点付近では粘度が高くなる。
【0048】
以下、本発明に係る水系潤滑液と、鉱物油を主成分とする潤滑油の特性、性能等を比較する。
(1)圧縮性
潤滑液は非圧縮性であることが必須であるが、水系潤滑液及び潤滑油はいずれも非圧縮性であり、両者間に優劣はない。
【0049】
(2)動粘度
40℃における潤滑液の動粘度は、おおむね20~165mPa・sの範囲内であるが、水系潤滑液では、水に対するPANaの添加量で動粘度を調整する。したがって、基本的には、水とPANaとを準備すれば、所望の動粘度の水系潤滑液を製造することができる。これに対して、潤滑油では、動粘度が異なる多種の鉱物油を混合することにより動粘度を調整するので、多種の鉱物油を準備しなければ、所望の動粘度の潤滑油を製造することができない。潤滑液は、動粘度の温度変化が小さい方が好ましい。
図4から明らかなとおり、水系潤滑液の動粘度の温度変化は、潤滑油の動粘度の温度変化に比べて非常に小さい。したがって、動粘度に係る事項については、水系潤滑液は潤滑油よりも明らかに有利である。
【0050】
(3)摩擦低減特性(動摩擦係数)
本発明者の実験によれば、水に対するPANa添加率が1~5wt%である水系潤滑液が介在する歯車間における滑り摩擦の動摩擦係数は、0.01~0.02(実用上は適切な値)と推定され、とくにPANa添加率が1~2wt%である水系潤滑液では0.01であると推定される。これに対して、潤滑油が介在する歯車間における滑り摩擦の動摩擦係数は0.01であると推定される。したがって、水系潤滑液の摩擦低減特性は、おおむね潤滑油と同等であるといえる。
【0051】
(4)酸化による劣化
潤滑液は、酸化反応(とくに高温時)による劣化が生じにくいことが必須である。水系潤滑液は、基本的には水とポリアクリル酸ナトリウムとからなるが、ポリアクリル酸ナトリウムはその燃焼温度(数百℃)未満では酸素と化合しないので、水系潤滑液に酸化による劣化は生じない。他方、鉱物油からなる潤滑油は、必然的に酸化により劣化し、劣化速度は温度が高いほど大きくなる。この点において、水系潤滑液は潤滑油よりも有利である。
【0052】
(5)金属腐食性
歯車装置は、一般に鉄合金及びアルミニウム合金で作成されるが、前記のとおり、水系潤滑液の水素指数がpH7~11(好ましくは、pH8~10)の範囲内に調整されているので、歯車装置に水素イオン(H+)又は水酸化物イオン(OH-)による腐食はほとんど生じない。他方、作動油は、硫黄分が入っていない限り、金属腐食性は比較的低い。したがって、この点については、両者間に優劣はない。
【0053】
(6)水蒸気の混入の影響
歯車装置は、おおむね閉鎖系であり、外部から土塵や埃等の異物が侵入しない構造となっているが、完全な密閉系ではないので、大気中からの水蒸気の侵入は防ぐことができない。このため、歯車装置では、大気中から潤滑液に水蒸気が混入する。このため、潤滑油では劣化や白濁が生じる。これに対して、水系潤滑液は大部分(95~99wt%)が水であるので、大気中からの水蒸気の侵入は、何ら不具合を生じさせない。この点において、水系潤滑液は潤滑油よりも有利である。
【0054】
(7)火災の可能性
水系潤滑液は大部分が水であって不燃性であるので、歯車装置に火災が発生する可能性はない。他方、鉱物油からなる潤滑油は可燃性であるので、失火、延焼、事故等により歯車装置に火災が発生する可能性がある。この点において、水系潤滑液は潤滑油よりも有利である。
【0055】
(8)毒性・環境汚染性
ポリアクリル酸ナトリウムないしはポリアクリル酸は、食品や化粧品の製造分野で増粘剤として用いられているものであり、生体に対する毒性は極めて低いものである。したがって、例えば河川等に流出しても、流域の住人又は水中の生態系に悪影響を及ぼすものではない。また、水系潤滑液は水溶液であり、河川等に漏出した場合、河川等の水と即時に混和し、水底に沈殿したり、水面に浮遊したりすることはない。したがって、水系潤滑液は、河川、湖沼等に漏出した場合でも、自然界の自浄作用により分解され、環境汚染性は非常に低い。これに対して、主として鉱物油からなり、種々の添加剤を含む潤滑油は、生体に対して毒性があり、また河川、湖沼等に漏出した場合、水面に浮遊して水環境を非常に悪化させる。この点において、水系潤滑液は潤滑油よりも有利である。
【0056】
(9)気泡の挙動
一般に、潤滑液は、潤滑液貯槽内で常時空気と接触しているので、ほぼ飽和溶解度まで空気が溶解している。空気飽和溶解度は、おおむね潤滑液の圧力に比例して変化する。このため、潤滑液の循環回路内で潤滑液が減圧状態(大気圧未満)になるところ(例えば、ポンプ吸込口)では、潤滑液中に溶解していた空気の一部が溶解できなくなり微小な気泡が発生する。これらの気泡は、潤滑液の圧力が再び上昇したときに潤滑液に溶解することになるが、気泡が潤滑液に完全に溶解するには、ある程度の時間を必要とする。このため、残留している気泡によって、ポンプのキャビテーションや部品のエロージョンが発生することがある。大気圧下では、鉱物油からなる潤滑油の常温での空気飽和溶解度は体積基準で9%程度であるが、水系潤滑液の場合は体積基準で2%程度である。このように、水系潤滑液の空気飽和溶解度が潤滑油に比べて小さいので、気泡の発生量が少なくなり、ポンプのキャビテーションや部品のエロージョンの発生が低減される。この点において、水系潤滑液は潤滑油よりも有利である。
【0057】
(10)生物的劣化(腐敗)
水系潤滑液の主原料であるポリアクリル酸ナトリウムないしはポリアクリル酸は炭素、水素あるいは酸素を含む有機化合物であり、基本的には微生物の栄養源となりうるものである。したがって、微生物の増殖に必要な窒素化合物、リン化合物等が十分に供給された場合は、水系潤滑液は微生物によって生物分解される(腐敗する)可能性はある。しかし、ほぼ閉鎖系である歯車装置には、微生物の増殖に必須である窒素化合物、リン化合物等が侵入する可能性はないので、水系潤滑液中で通常の微生物が増殖する可能性はなく、水系潤滑液の生物的劣化(腐敗)は生じない。なお、水系潤滑液が河川、湖沼等に排出された場合、外界には窒素化合物、リン化合物等が大量に存在するので、水系潤滑液は生物分解される。他方、潤滑油は、生物分解される(腐敗する)ことはない。
【0058】
前記のとおり、水以外の水系潤滑液の原料は、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリル酸、プロピレングリコール、エタノール、水酸化ナトリウム、酢酸等であるが、これらの原料は、人体ないしは生体に対する毒性ないしは有害性はほとんどなく、食品ないしはその添加剤として使用されているものである。以下、これらの原料にかかる法的規制を説明する。
【0059】
(1)ポリアクリル酸ナトリウム又はポリアクリル酸
ポリアクリル酸ナトリウム又はポリアクリル酸は合成系の薬剤であるが、生体に対する毒性ないしは有害性は極めて低く、品質が食品添加レベルのポリアクリル酸ナトリウム又はポリアクリル酸は、食品分野で増粘剤として使用されている。ポリアクリル酸ナトリウム又はポリアクリル酸の使用が、生体の保護の観点から法的に規制されることはない。
【0060】
(2)エタノール
エタノールは、アルコール飲料(酒類)の主成分であり、また医薬品として用いられているものであり、生体に対する毒性ないしは有害性は極めて低いものである。
【0061】
(3)プロピレングリコール
プロピレングリコールは、医薬品や、化粧品や、麺や米飯などの食品に品質改善剤として用いられているものであり、生体に対する毒性ないしは有害性は極めて低いものである。なお、プロピレングリコールは、可燃性であることから消防法では危険物第4類に分類されているが、水系潤滑液のプロピレングリコール濃度は可燃限界濃度よりはるかに低い。したがって、水系潤滑液が、プロピレングリコールを含むことに起因して消防法による規制を受けることはない。
【0062】
(4)水酸化ナトリウム
水酸化ナトリウムは、水中ではナトリウムイオン(Na+)と水酸化物イオン(OH-)とに電離しており、水中の水酸化物イオン濃度が高いとアルカリ性は強くなるものの、両イオンとも元々生体内に存在するイオンであり、物質としては生体にとって有毒ないしは有害なものではない。よって、pHに基づく規制を受ける点はさておき、水酸化ナトリウムの使用自体が、生体の保護の観点から法的に規制されることはない。
【0063】
(5)酢酸
酢酸は、食品として用いられる酢の主成分であり、生体に対する毒性ないしは有害性は極めて低いものである。
【0064】
このように有害物質を含まない水系潤滑液は、耐用年数の経過後には水域に排出され又は廃棄されるものであるが、公共用水域(河川、湖沼、海)に排出される場合は水質汚濁防止法ないしはその上乗せ条例によって規制される可能性があり、公共下水道に排出される場合は下水道法ないしはその上乗せ条例によって規制される可能性がある。水質汚濁防止法又は下水道法ないしはその上乗せ条例は、事業場等から排出される排出水又は汚水が、健康項目に係る所定の有害物質(28種類)を含む場合は、排出量の大小にかかわらず、排出水又は汚水の有害物質の濃度が排出基準以下となるように規制している。
【0065】
一方、生体に対して直接的な毒性又は有害性のない、生活環境項目に係る排出水又は汚水の水質については、水質汚濁防止法又は下水道法では、排出水又は汚水の1日の平均排出量が50m3未満の事業所等については、その排出を何ら規制していない。なお、上乗せ条例により、排出水又は汚水の1日の平均排出量が10m3以上の場合は、その排出を規制している都道府県もある。
【0066】
水系潤滑液は、水質汚濁防止法又は下水道法に規定された健康項目に係る有害物質は何も含んでいない。また、水系潤滑液を用いる歯車装置では、水系潤滑液は循環使用され、耐用年数の経過後に、おおむね1~5m3程度の水系潤滑液が公共用水域又は公共下水道に排出されるだけである。したがって、最も厳しい上乗せ基準が適用される都道府県においても、水系潤滑液を用いる歯車装置から、1日平均で10m3以上の排出水又は汚水が公共用水域又は公共下水道に排出される可能性は皆無である。よって、水系潤滑液を用いる歯車装置において、水系潤滑液を公共用水域又は公共下水道に排出する際に、水質汚濁防止法もしくは下水道法又はその上乗せ条例による規制を受けることはない。
【符号の説明】
【0067】
S ゲート開閉装置、 1 水門、 2 扉体、 3 ワイヤロープ、
4 ワイヤドラム、 5 回転シャフト、 6 ドラム支持部、 7 連結具、
8 歯車式減速装置、 9 出力シャフト、 10 ハウジング、
11 入力シャフト、 12 第1中間シャフト、 13 第2中間シャフト、
14 第3中間シャフト、 15 第1歯車、 16 第2歯車、
17 第3歯車、 18 第4歯車、 19 第5歯車、 20 第6歯車、
21 第7歯車、 22 第8歯車、 25 電動機、 26 導線、
27 制御盤、 30 潤滑液供給装置、 31 潤滑液供給器、 32 ノズル、
33 潤滑液貯槽、 34 潤滑液還流通路、 35 潤滑液排出ポート、
36 潤滑液受入ポート、 37 ポンプ、 38 潤滑液供給通路。
【手続補正書】
【提出日】2023-04-03
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
河川、農業用水路、湖沼又は海岸に設置され扉体の昇降により水門を開閉するワイヤロープウインチ式のゲート開閉装置のための減速装置であって、
該減速装置は、
ハウジングと、
前記ハウジング内にそれぞれ配置され、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有し、前記扉体を上昇させるときにはトルクを増大させる歯車式動力伝達機構と、
前記歯車式動力伝達機構の所定の歯車に接続され、前記ハウジングの外部に突出する第1のシャフトと、
前記所定の歯車以外の歯車に接続され、前記ハウジングの外部に突出する第2のシャフトと、
前記ハウジング内に貯留され、前記歯車式動力伝達機構を部分的又は全面的に浸漬させることにより潤滑する水系潤滑液とを備えており、
前記水系潤滑液は、水とポリアクリル酸ナトリウムとを含み、前記水系潤滑液における水に対するポリアクリル酸ナトリウムの量が0.75~2.1質量パーセントの範囲内であり、
前記水系潤滑液の水素指数がpH8~pH10の範囲内であることを特徴とする減速装置。
【請求項2】
前記水系潤滑液がプロピレングリコールを含み、前記水系潤滑液における水に対するプロピレングリコール添加量が、0℃より低温側でありかつプロピレングリコールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定された前記減速装置の使用下限温度を凝固点とするプロピレングリコール水溶液における水に対するプロピレングリコール添加量と同量であるか又はこれより多いことを特徴とする、請求項1に記載の減速装置。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0001
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0001】
本発明は、ハウジング内に配置され、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有する歯車式動力伝達機構を水系潤滑液で潤滑するようにした減速装置に関するものである。
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0007
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0007】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、歯車式動力伝達機構を円滑に動作させることができ、潤滑液の漏れによる環境汚染を防止することができ、火災の発生を防止することができ、かつ使用済みの潤滑液の処理又は処分が容易である減速装置を提供することを目的とする。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0008
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0008】
前記課題を解決するためになされた本発明は、河川、農業用水路、湖沼又は海岸に設置され扉体の昇降により水門を開閉するワイヤロープウインチ式のゲート開閉装置のための減速装置であって、
該減速装置は、
ハウジングと、
前記ハウジング内にそれぞれ配置され、互いに又は順次に噛み合う複数の歯車を有し、前記扉体を上昇させるときにはトルクを増大させる歯車式動力伝達機構と、
前記歯車式動力機構の所定の歯車に接続され、前記ハウジングの外部に突出する第1のシャフトと、
前記所定の歯車以外の歯車に接続され、前記ハウジングの外部に突出する第2のシャフトと、
前記ハウジング内に貯留され、前記歯車式動力伝達機構を部分的又は全面的に浸漬させることにより潤滑する水系潤滑液とを備えており、
前記水系潤滑液は、水とポリアクリル酸ナトリウムとを含み、前記水系潤滑液における水に対するポリアクリル酸ナトリウムの量が0.75~2.1質量パーセントの範囲内であり、
前記水系潤滑液の水素指数がpH7~pH11(好ましくは、pH8~pH10)の範囲内である。
【手続補正6】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0009
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0009】
本発明に係る減速装置において、水系潤滑液の水素指数は、水酸化ナトリウム又は酢酸を添加することによりpH7~pH11(好ましくは、pH8~pH10)の範囲内に調整されているのが好ましい。
【手続補正7】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0010
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0010】
本発明に係る減速装置において、歯車式動力伝達機構は、複数の歯車を支持する各シャフトが並列に配置された並列型歯車機構であってもよい。この場合、第1のシャフトは、並列型歯車機構に動力を入力する入力シャフトであってもよく、第2のシャフトは、並列型歯車機構から動力を出力する出力シャフトであってもよい。
【手続補正8】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0011
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0011】
本発明に係る減速装置において、歯車式動力伝達機構は遊星歯車機構であってもよい。この場合、第1のシャフトは、遊星歯車機構に動力を入力する入力シャフトであってもよく、第2のシャフトは、遊星歯車機構から動力を出力する出力シャフトであってもよい。
【手続補正9】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0012
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0012】
本発明に係る減速装置において、水系潤滑液はプロピレングリコールを含んでいてもよい。この場合、水系潤滑液における水に対するプロピレングリコール添加量は、0℃より低温側でありかつプロピレングリコールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定された歯車装置の使用下限温度を凝固点とするプロピレングリコール水溶液における水に対するプロピレングリコール添加量と同量であるか又はこれより多いのが好ましい。
【手続補正10】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0013
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0013】
本発明に係る減速装置において、水系潤滑液はエタノールを含んでいてもよい。この場合、水系潤滑液における水に対するエタノール添加量は、0℃より低温側でありかつエタノールの凝固点より高温側の温度範囲内で予め設定された歯車装置の使用下限温度を凝固点とするエタノール水溶液における水に対するエタノール添加量と同量であるか又はこれより多いのが好ましい。
【手続補正11】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0014
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0014】
本発明に係る減速装置によれば、歯車式動力伝達機構の潤滑液として潤滑油ではなく水系潤滑液を用いるので、減速装置で潤滑液の漏れが発生しても、周囲の水環境等の油汚染は生じない。また、水系潤滑液は不燃性であるので、減速装置に火災が発生する可能性はなく、防火の点で極めて有利である。さらに、使用済みの水系潤滑液は、公共用水域又は公共下水道に排出することが可能であるので、その処理又は処分が容易である。