(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023068243
(43)【公開日】2023-05-17
(54)【発明の名称】転がり軸受の使用方法、転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/12 20060101AFI20230510BHJP
F16C 19/38 20060101ALI20230510BHJP
F16C 33/58 20060101ALI20230510BHJP
F16C 33/34 20060101ALI20230510BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20230510BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20230510BHJP
【FI】
F16C33/12 Z
F16C19/38
F16C33/58
F16C33/34
F16C33/10 Z
C23C26/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021179141
(22)【出願日】2021-11-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 日本トライボロジー学会 トライボロジー会議2020秋 トライボロジー学会予稿 日本トライボロジー学会 トライボロジー会議2021春 トライボロジー学会予稿
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001977
【氏名又は名称】弁理士法人クスノキ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯田 亜子
(72)【発明者】
【氏名】石森 裕一
(72)【発明者】
【氏名】角田 敏紀
(72)【発明者】
【氏名】内海 学
(72)【発明者】
【氏名】宇佐美 初彦
【テーマコード(参考)】
3J011
3J701
4K044
【Fターム(参考)】
3J011DA01
3J011QA04
3J011SB03
3J011SB04
3J011SB05
3J011SB20
3J701AA01
3J701AA32
3J701AA43
3J701AA54
3J701AA62
3J701BA09
3J701BA69
3J701DA05
3J701EA24
3J701EA25
3J701EA26
3J701EA78
3J701FA31
3J701GA24
3J701GA31
3J701GA34
3J701GA41
3J701GA51
3J701GA60
3J701XB03
3J701XB50
3J701XE03
4K044AA02
4K044AB05
4K044BA10
4K044BB01
4K044BC01
4K044CA18
4K044CA51
(57)【要約】
【課題】稼働中に摺動面粗さが小さくなる安価な金属コーティングを軸受若しくは回転軸に適用し設備の長寿命化を図ること。
【解決手段】設備に組み込む前(実質的に使用する前)の状態において、下記式(A)を満たすことを特徴とする転がり軸受とする。
0.1<h
Zn/Rt
0 (A)
ただし、h
Zn:転がり軸受内面における酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層の厚さ[μm]、Rt
0:摺動を与える前の初期粗度[μm]とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
設備に組み込む前の状態において、下記式(A)を満たすことを特徴とする転がり軸受。
0.1<hZn/Rt0 (A)
ただし、hZn:転がり軸受内面における酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層の厚さ[μm]、Rt0:摺動を与える前の初期粗度[μm]とする。
【請求項2】
設備に組み込む前の状態において、金属層に、Znを質量%で70%以上含み、Sn、Ag、Au、Cu、Pb、Fe、Ni、Al、O、N、C、S、Cl、Na、Mg、Zr、W、V、Ca、B、Si、Mo、Crおよびこれらの化合物の1種または2種以上、と残不可避的不純物を含む請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
金属層が面積率にして40%以上存在する請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
転動体を備える転がり軸受の使用方法であって、
酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層が転動体又は転動体の当接面の少なくとも一方に施され、
当該金属層が備えられた部分にかかる単位面積における1sec当たりの摩擦仕事Wを下記式(1)としたとき、
下記式(2)を満たす範囲で使用することを特徴とする転がり軸受の使用方法。
W=p×μ×L (1)
(-0.19+α+β+γ)・W(2+ζ)+1.48・W+(1-((Rt0)1/2/20))>1 (2)
ただし、p:接触面1mm2に作用する力の平均値[N]、μ:潤滑油中の摩擦係数、L:1秒あたりのすべり距離[m]、α:下記式(3)で求められる潤滑粘度に関する補正係数、β:下記式(4)で求められる大気中の酸素濃度に関する補正係数、γ: 下記式(5)で求められる大気湿度に関する補正係数、ζ: 下記式(6)で求められる潤滑油中の金属層からの脱落成分に関する補正係数。
α=-(1―(ν/0.000032))/1000 (3)
ここでνは使用する潤滑油の動粘度[m2/s]、
β=(1-(PO2/20))/100 (4)
ここでPO2は大気中の酸素濃度[質量%]、
γ=(1-(M/67))/1000 (5)
ここでMは大気湿度[%]、
ζ=-Dz/84 (6)
ここでDzは潤滑油中の金属層からの脱落成分の蛍光X線Zn強度[cps/μA]、
である。
【請求項5】
酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層に、Znを質量%で70%以上含み、Sn、Ag、Au、Cu、Pb、Fe、Ni、Al、O、N、C、S、Cl、Na、Mg、Zr、W、V、Ca、B、Si、Mo、Crおよびこれらの化合物の1種または2種以上と残不可避的不純物を含む請求項4に記載の転がり軸受の使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の使用方法、転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
多種多様な機械システム、例えば、精密機械、産業機械、輸送機械、測定機器などの摺動部は絶えず摩擦を繰り返し摩耗が避けられない環境となっている。そのため、摺動部には各種の潤滑材がその環境に応じて用いられたり、摺動部を構成する部材自体に優れた潤滑性を有する材料が使用されていたり、潤滑性を付与する表面処理を行うなどの対応がされている。
【0003】
潤滑材の理想的な特性は、高速下においても低速下においても、摩擦損失が少なく、かつ摩耗が少ないことである。油による潤滑において、潤滑性は潤滑油による油膜の形成厚みが摺動面間の粗さよりも大幅に大きい流体潤滑状態が望ましいが、各種機械の稼働条件によって、油膜の形成厚みが摺動面粗さと同等または粗さより小さい混合潤滑状態、境界潤滑状態で稼働するケースも多くある。
【0004】
形成される油膜厚さが決まっている条件下においては、摺動面の粗さを小さくし、より流体潤滑状態に近づけることが摩耗を少なくし、転がり軸受においてはころがり疲労を軽減するのに有効である。例えば、引用文献1には、潤滑油側に自己潤滑性のある固体潤滑物である各種酸化物を分散させたことで、具現化した技術事例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【0006】
ところで、引用文献1に記載されているような各種酸化物は一般的に高価なものであり、潤滑油にこのような高価なものを入れるのはメンテナンス費用がかさむ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような背景でなされた発明であり、本発明が解決しようとする課題は、稼働中に摺動面粗さが小さくなる安価な金属コーティングを軸受若しくは回転軸に適用し設備の長寿命化を図ることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、設備に組み込む前の状態において、下記式(A)を満たすことを特徴とする転がり軸受とする。
0.1<hZn/Rt0 (A)
ただし、hZn:転がり軸受内面における酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層の厚さ[μm]、Rt0:摺動を与える前の初期粗度[μm]とする。
【0009】
また、設備に組み込む前の状態において、金属層に、Znを質量%で70%以上含み、Sn、Ag、Au、Cu、Pb、Fe、Ni、Al、O、N、C、S、Cl、Na、Mg、Zr、W、V、Ca、B、Si、Mo、Crおよびこれらの化合物の1種または2種以上、と残不可避的不純物を含む構成とすることが好ましい。
【0010】
また、金属層が面積率にして40%以上存在する構成とすることが好ましい。
【0011】
また、転動体を備える転がり軸受の使用方法であって、
酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層が転動体又は転動体の当接面の少なくとも一方に施され、
当該金属層が備えられた部分にかかる単位面積における1sec当たりの摩擦仕事Wを下記式(1)としたとき、
下記式(2)を満たす範囲で使用することを特徴とする転がり軸受の使用方法とする。
W=p×μ×L (1)
(-0.19+α+β+γ)・W(2+ζ)+1.48・W+(1-((Rt0)1/2/20))>1 (2)
ただし、p:接触面1mm2に作用する力の平均値[N]、μ:潤滑油中の摩擦係数、L:1秒あたりのすべり距離[m]、α:下記式(3)で求められる潤滑粘度に関する補正係数、β:下記式(4)で求められる大気中の酸素濃度に関する補正係数、γ: 下記式(5)で求められる大気湿度に関する補正係数、ζ: 下記式(6)で求められる潤滑油中の金属層からの脱落成分に関する補正係数。
α=-(1―(ν/0.000032))/1000 (3)
ここでνは使用する潤滑油の動粘度[m2/s]、
β=(1-(PO2/20))/100 (4)
ここでPO2は大気中の酸素濃度[質量%]、
γ=(1-(M/67))/1000 (5)
ここでMは大気湿度[%]、
ζ=-Dz/84 (6)
ここでDzは潤滑油中の金属層からの脱落成分の蛍光X線Zn強度[cps/μA]、
である。
【0012】
また、前記転がり軸受の使用方法において、酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層に質量%でZnが70%以上含み、Sn、Ag、Au、Cu、Pb、Fe、Ni、Al、O、N、C、S、Cl、Na、Mg、Zr、W、V、Ca、B、Si、Mo、Crおよびこれらの化合物の1種または2種以上と残不可避的不純物を含む構成とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明を用いると、設備の長寿命化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】
図1に示した実験装置で得られた結果を示す図である。
【
図5】「1mm
2における1sec当たりの摩擦仕事」と「Rt
0/Rt」の関係についての実験データを表す図である。
【
図6】軸受のころと外輪及び内輪に金属層を備えた構成としたことを示す図である。
【
図7】ころと外輪に付した金属層を示す図である。ただし、ころと外輪の接触時に生じる応力分布や滑り速度の分布も示している。
【
図8】亜鉛の面積率とRt
0/Rtの関係の実験結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に発明を実施するための形態を示すが、先ず、本実施形態の金属層3について説明をする。金属層3は軸受1で支える回転軸2が回動する際に摩耗しやすい部分において、摩耗による損傷を抑制させるために適用するものである。金属層3には酸化処理がされていない亜鉛を含むが、典型的には亜鉛(Zn)のコーティングと、亜鉛(Zn)と錫(Sn)の合金のコーティングが例示できる。なお、亜鉛と錫の合金のコーティングにおいては、錫は亜鉛を定着させる意味合いのものであり、摩耗に対する寄与は亜鉛程のものでは無い。
【0016】
ここで、亜鉛の薄膜が与える影響についての実験結果について説明する。発明者は
図1に示すような試験機を用いてスラスト軸受の疲労試験を行った。その結果、
図2に示すような結果が得られた。ここでは、亜鉛の他、銅や銀、錫などによる金属層3の試験結果も併せてあげているが、亜鉛が最も疲労寿命が長い結果となったことが理解される。
【0017】
そこで本発明者は軸受1に関連する摩耗を検討するに際し、亜鉛を備えた金属層3を施すことに着目することにしたが、他の金属と比較しても予想以上に寿命を延ばす効果があったため、その原理を検討することにした。
【0018】
検討した結果、亜鉛はイオン化傾向が大きいため、優先して溶出し、母材を保護しているのではないかと推測するに至った。ただし、その他の理由も考えられるため、更に検討していくことにした。その中で、しばらく使用した後の軸受1には、X線光電子分光分析によりZnOのピークが見られることが分かった。ここから、転動体11が動くことにより亜鉛の表面に対して酸化亜鉛の被膜の生成が促進され、水や酸素を通しにくくしているのではないかと考えるに至った。転動体11が動き続けることにより亜鉛の一部の酸化が促進され、酸化亜鉛の緻密な膜を形成し、個体潤滑材として機能していると推察される。
【0019】
また、検討していく中で、使用前の状態において、酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3の厚さは、
hZn:転がり軸受1内面の設置前の酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3の厚さ[μm]、
Rt0:摺動を与える前の初期粗度[μm]、
とした場合に、
0.1<hZn/Rt0
の条件を満たすことが好ましいという結論に至った。
【0020】
なお、
図3に示すことから理解されるように、Rtは最大断面高さであり、いくつかの基準長さ区間にわたる山の最大値から谷の最小値までの鉛直距離である。Rtは軸受1を使用することにより値が変化するが、摺動を与える前の初期粗度Rt
0は、軸受1の使用に関わらず一定である。これに対して、
図4に示すことから理解されるように、h
Znは金属層3の厚みの平均値である。
【0021】
使用前の状態において、転がり軸受1の内面における酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3の厚さが、摺動を与える前の初期粗度に対して薄すぎると潤滑の効果が薄れる。一方、金属層3の厚さが厚ければ平滑化に寄与しやすいが、金属層3の強度は母材に比して弱いため、運転を継続していくにつれて、つぶされたり摩耗したりしやすい。このため、金属層3の厚さが厚すぎると、使用の経過に伴い回転軸2と軸受1の間の隙間が大きくなりすぎる可能性が高くなる。このため、hZnは所定の範囲内にするのが好ましい。例えば0.01μm以上5000μm以下である。なお、接触界面に作用する面圧が転走面や転動体表面の変形を伴わないほどに滑らかな場合は、0.01μmでも作用する。また、5000μmを超えると、経済的なメリットがかなり薄れる。
【0022】
0.1<hZn/Rt0を満たす場合は、転がり軸受1内面の設置前の酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3の厚さhZnは摺動を与える前の初期粗度Rt0の10%より厚くなるため、粗度を低下させる効果が期待できる。
【0023】
一方、hZnの値が比較的小さい値である場合には、hZnの値が大きくなると摺動面を平滑化しやすくなるが、ある程度のところで頭打ちになる。このようなこともあり、実際に利用する転がり軸受1と転動体11の関係を考慮すると、hZnは2000[μm]以上の厚さにしなくても良いことが多い。つまり、hZn<2000を満たす関係の中で諸事情を勘案して定めればよい。この点を考慮すると、0.1<hZn/Rt0<2000/Rt0の条件を満たすことが好ましい。
【0024】
ところで、実用上使用することが多く径が小さめの回転軸2としては、径が25mmの回転軸2がある。径が25mmの回転軸2は、一般的に軸受の転がり疲労寿命50%を確保するラジアル隙間が50μmである。そのようなことを鑑みると、hZn<50を満たす範囲で設定しておけば、何らかの理由で金属層3が全て剥がれたりしても、転がり疲労寿命が非実用的なものになることを回避することが期待できる。したがって、0.1<hZn/Rt0<50/Rt0の条件を満たすことが好ましい。なお、酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3が転動体11及び転動体11の当接面の双方に施される場合は、接触することになる双方の金属層3の厚さを足し合わせたものがhZnである。
【0025】
また、実用上使用しうる回転軸2として大き目の回転軸2としては、径が1000mmの回転軸2がある。径が1000mmの回転軸2は、一般的に軸受の転がり疲労寿命50%を確保するラジアル隙間が2000μmである。そのようなことを鑑みると、hZn<2000を満たす範囲で設定しておけば、何らかの理由で金属層3が全て剥がれたりしても、転がり疲労寿命が非実用的なものになることを回避することが期待できる。したがって、0.1<hZn/Rt0<2000/Rt0の条件を満たすことが好ましい。なお、酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3が転動体11及び転動体11の当接面の双方に施される場合は、接触することになる双方の金属層3の厚さを足し合わせたものがhZnである。
【0026】
また、酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3を設ける場合、軸受1を使用し始めた当初は亜鉛がほとんど酸化亜鉛となっていないため、水や酸素の透過を防止できる緻密な膜は形成されていない。この段階でも亜鉛の犠牲防食作用などが鉄などからできている母材を保護することができるが、速やかに粗度を改善できるようにするのが好ましい。
【0027】
そこで、金属層3が備えられた部分にかかる単位面積における1sec当たりの摩擦仕事Wを下記式(1)としたとき、
下記式(2)を満たす範囲で使用するのが好ましい。
W=p×μ×L (1)
(-0.19+α+β+γ)・W(2+ζ)+1.48・W+(1-((Rt0)1/2/20))>1 (2)
ただし、p:接触面1mm2に作用する力の平均値[N]、μ:潤滑油中の摩擦係数、L:1秒あたりのすべり距離[m]、α:下記式(3)で求められる潤滑粘度に関する補正係数、β:下記式(4)で求められる大気中の酸素濃度に関する補正係数、γ: 下記式(5)で求められる大気湿度に関する補正係数、ζ: 下記式(6)で求められる潤滑油中の金属層3からの脱落成分に関する補正係数。
α=-(1―(ν/0.000032))/1000 (3)
ここでνは使用する潤滑油の動粘度[m2/s]、
β=(1-(PO2/20))/100 (4)
ここでPO2は大気中の酸素濃度[質量%]、
γ=(1-(M/67))/1000 (5)
ここでMは大気湿度[%]、
ζ=-Dz/84 (6)
ここでDzは潤滑油中の金属層3からの脱落成分の蛍光X線Zn強度[cps/μA]、
である。
【0028】
なお、pについて、通常、2つの弾性体の接触は弾性接触理論に基づくヘルツの接触応力式で求まり、接触圧力は接触している範囲で決まった分布をもつといわれているが、ここでは、その分布を簡略化して扱い、ヘルツの接触式から求めた接触面にかかるすべての荷重Pを接触面積Aで除した平均値とした。実験を行ったところ、
図5に示すプロットがなされるような結果が得られた。このプロットは、ある範囲で、Rt
0/Rtが上記式(2)で近似できる分布(
図5の実線で示した曲線のような分布)を示した。なお、実施形態においては、潤滑油中の摩擦係数μが0.1となるものを選択している。
【0029】
図5に示すことから理解されるように、1mm
2における1sec当たりの摩擦仕事は小さすぎても大きすぎてもRt
0/Rtが1以下となり得るが、式(2)を指標にして使用するようにすれば、Rt
0/Rtが1を超えた状態を維持することが期待できる。
【0030】
なお、Rt0/Rt>1とは、摺動後の粗さが摺動前の粗さより小さくなり、摺動前に比べ油膜厚パラメータが大きくなるため、潤滑状態が流体潤滑状態に近づき、摩擦の軽減が期待できる。尚、油膜厚パラメータとは、摺動面の湯膜厚と表面粗度から潤滑状態を示す指標で、油膜厚さ÷表面粗さで表され、粗さに対し油膜厚さが大きいと大きな値を示し、概ね3を超えると流体潤滑状態であることを示す。また流体潤滑状態とは、2面間の接触がなくなるほど充分に厚く油膜厚さが成長した状態である。
【0031】
ところで、αを表す式中の「0.000032」は、実験で使用した潤滑油の動粘度で、実験に用いた潤滑油の動粘度に対する補正の意味を持つ。また、βを表す式中の「20」は実験時の大気酸素濃度で、実験で用いた酸素濃度に対する補正の意味を持つ。また、γを表す式中の「67」は実験時の湿度で、実験で用いた湿度に対する補正の意味を持つ。なお、ζを表す式中の「84」は実用的な範囲より実験結果などから定めたものである。
【0032】
ところで、連続鋳造装置のガイドロールに使用される軸受1などは、高温環境下であるとともに、支える回転軸2の回転速度が比較的遅く、かけられる重量が大きいため、油膜厚が薄くなりがちで、使用環境としては条件が悪い。しかしながら、転動体11である「ころ」及び転動体11の当接面である「転走面」の少なくとも一方に、酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3を施すことで、摺動面に亜鉛を含んだ金属層3を施したものとし、適切に使用することで、耐久性を飛躍的に上げることができる。なお、
図6及び
図7に示す例では、「ころ」及び「転走面」の双方に金属層3を施している。
【0033】
なお、酸化亜鉛で保護することだけ考えると初期段階から金属層3として酸化亜鉛を施すことも考えられるが、高度な処理設備が必要なため、汎用的では無い。一方、酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層3を作ることは比較的容易であり、実用性が高いものとなる。
【0034】
上記実施形態においては酸化処理がされていない亜鉛を含む金属層を施すために、亜鉛を電解鍍金処理をしたり、亜鉛の粉末を加圧流体を用いて投射するショットピーニング成膜をしたりしたが、いずれも効果が見られた。
【0035】
ところで、金属層8は、質量%でZnが70%以上100%以下であることが好ましい。また、Znが100%未満である場合、Sn、Ag、Au、Cu、Pb、Fe、Ni、Al、O、N、C、S、Cl、Na、Mg、Zr、W、V、Ca、B、Si、Mo、Crおよびこれらの化合物(化合物には酸化物、炭化物、塩化物等を含む)の1種または2種以上、と残不可避的不純物を含むようにしても良い。
【0036】
なお、軟質金属であるSn、Ag、Au、Cu、Pb、Fe、Ni、Alは必須金属であるZnの密着(接着)を促進することができる。O、N、C、S、Clは意図せずに生じる化合物として含まれることがある。また、これらは単体で含まれる他、化合物や複合化合物として含まれることもある。
【0037】
Na、Mg、Zr、W、V、Ca、B、Si、Mo、Crはショットピーニングやメカニカルアロイングにて金属層を形成する場合に意図せず混入する場合がある。これらは単体で含まれる他、酸化物、炭化物、窒化物、合金などで含まれる場合もある。
【0038】
ところで使用前の金属層8は40%以上の面積率で存在することが好ましい。例えば金属層8は軸受1の転走面と転動体11が接触する境界面で作用(平滑化と低摩擦係数化)するが、転走面においては、転動体11が通過する範囲が限定的である。この範囲において設置前の転がり軸受1の金属層8の存在面積が100%であることが望ましいといえる。
【0039】
しかし、転走面と転動体11が接触する接触境界面は、瞬間的かつ微視的に見たときには転動体11が通過する範囲のうちで、極わずかな接触界面が複数点在する状態になっており、転動体11が通過する範囲全てで接触界面を形成しているわけではない。複数点在する接触界面は、転動体11が通過するにつれて、(転動体11が通過する範囲内で)ランダムに移動しているため、点在する接触界面のうち、ある割合の接触界面が作用(平滑化と低摩擦係数化)していればよい。このことを調べていくと、転動体11が通過する範囲において、金属層8の存在面積率は40%でも十分に効果があることが分かった(
図8参照)。このことから、使用前の金属層8は40%以上の面積率で存在することが好ましいといえる。なお、割合が低くても、保護する部分は存在するため、40%未満では全く効果が無いというわけでは無い。ただし、7%以下では十分な効果は見られなかった。このため7%を超えていることが好ましいといえる。なお、
図8に示す例においては面積率が64%においてRt
0/Rtが最大値となり1.7となった。
【0040】
以上、実施形態を中心として本発明を説明してきたが、本発明は上記実施形態に限定されることはなく、各種の態様とすることが可能である。例えば亜鉛の他、錫や錫の酸化物、部分的に亜鉛の酸化物などを少なくとも1種以上ふくむものとしても良い。
【符号の説明】
【0041】
1 軸受
2 回転軸
8 金属層
11 転動体