(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023068279
(43)【公開日】2023-05-17
(54)【発明の名称】α-アルミナの製造方法
(51)【国際特許分類】
C01F 7/30 20220101AFI20230510BHJP
C01F 7/306 20220101ALI20230510BHJP
【FI】
C01F7/30
C01F7/306
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021179199
(22)【出願日】2021-11-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.公益社団法人日本セラミックス協会、第34回秋季シンポジウム講演予稿集、令和3年8月16日、https://fall34.ceramic.or.jp/Program#h.suirxa7apk7g 2.公益社団法人日本セラミックス協会、第34回秋季シンポジウム(オンライン)、令和3年9月2日
(71)【出願人】
【識別番号】000173522
【氏名又は名称】一般財団法人ファインセラミックスセンター
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【弁理士】
【氏名又は名称】東口 倫昭
(74)【代理人】
【識別番号】100196759
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 雪
(72)【発明者】
【氏名】和田 匡史
(72)【発明者】
【氏名】北岡 諭
(72)【発明者】
【氏名】垣澤 英樹
(72)【発明者】
【氏名】下田 一哉
【テーマコード(参考)】
4G076
【Fターム(参考)】
4G076AA01
4G076AA06
4G076AA10
4G076AB01
4G076AB04
4G076AB06
4G076AB10
4G076BA10
4G076BD02
4G076BD04
4G076CA02
4G076CA29
4G076CA33
4G076DA30
4G076FA02
(57)【要約】
【課題】 より低温で主としてα相を有するアルミナを生成することができるα-アルミナの製造方法を提供する。
【解決手段】 α-アルミナの製造方法においては、アルミニウムと塩素とを原子数比でAl:Cl=25:75~80:20の割合で含むアルミニウム化合物を有する原料を、過熱水蒸気を含む雰囲気で熱処理する。アルミニウム化合物としては、化学式AlCl
3で示される塩化アルミニウムおよび化学式[Al
2(OH)
nCl
6-n]
m(0<n<6、m≦10)で示される塩基性塩化アルミニウムから選ばれる一種以上を用いるとよい。熱処理は、原料を900℃以上の温度下で保持する保持工程を有することが望ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムと塩素とを原子数比でAl:Cl=25:75~80:20の割合で含むアルミニウム化合物を有する原料を、過熱水蒸気を含む雰囲気で熱処理して、主としてα相を有するアルミナを生成することを特徴とするα-アルミナの製造方法。
【請求項2】
前記アルミニウム化合物は、化学式AlCl3で示される塩化アルミニウムおよび化学式[Al2(OH)nCl6-n]m(0<n<6、m≦10)で示される塩基性塩化アルミニウムから選ばれる一種以上である請求項1に記載のα-アルミナの製造方法。
【請求項3】
前記塩基性塩化アルミニウムの前記化学式のnの値は、4<n≦5.5である請求項2に記載のα-アルミナの製造方法。
【請求項4】
前記熱処理は、前記原料を900℃以上の温度下で保持する保持工程を有する請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のα-アルミナの製造方法。
【請求項5】
前記保持工程は、前記原料を950℃以上1000℃以下の温度下で2時間以上保持する工程である請求項4に記載のα-アルミナの製造方法。
【請求項6】
前記過熱水蒸気を含む雰囲気は、雰囲気ガスの全体積に対して該過熱水蒸気を20体積%以上含む請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のα-アルミナの製造方法。
【請求項7】
前記過熱水蒸気を含む雰囲気は、酸素ガスを含む請求項1ないし請求項6のいずれかに記載のα-アルミナの製造方法。
【請求項8】
主としてα相を有する前記アルミナは、固体核磁気共鳴(NMR)測定で得られる固体27AlNMRスペクトルにおいて、4配位、5配位、および6配位のピーク強度の積分値の合計を1とした場合に、該6配位のピーク強度比率が0.8以上である請求項1ないし請求項7のいずれかに記載のα-アルミナの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルミニウム化合物を熱処理してα-アルミナを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミナ(酸化アルミニウム)には、結晶性や性質が異なるいくつかの種類があり、その性質に応じて種々の用途に使用されている。なかでも主結晶相がα相であるα-アルミナは、硬度が高く、化学的安定性、機械的強度にも優れることから、工業的に多用されている。近年では、α-アルミナは、セラミックス繊維とセラミックスとを複合化したセラミックス基複合材料(CMC)のマトリックス材料としても期待されている。
【0003】
α-アルミナは、主として高温安定相のα相からなり、水酸化アルミニウム(Al(OH)3)やベーマイト(AlO(OH))などを加熱して、γ-アルミナ、δ-アルミナ、θ-アルミナなどの中間アルミナを経て生成される。中間アルミナを経由したα-アルミナの生成においては、約1300℃以上という高温で加熱することが必要である。このため、より低温でα-アルミナを生成できる方法が望まれる。
【0004】
例えば、特許文献1には、バイヤー法により得られる水酸化アルミニウムまたはそれを仮焼した遷移アルミナを粉砕し、塩化水素ガスを含む雰囲気、または塩素ガスと水蒸気とを含む雰囲気にて600~1400℃下で焼成するα-アルミナの製造方法が記載されている。また、非特許文献1には、γ型、θ型の遷移アルミナからα-アルミナに相転移する際の水蒸気の作用について報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Hiroaki YANAGIDA, Goro YAMAGUCHI and Joe KUBOTA、「The Role of Water Vapor in Formation of Alpha Alumina from Transient Alumina」、窯業協会誌、1966年、第74巻、856号、371-378頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1には、水蒸気は、γ-アルミナまたはθ-アルミナからα-アルミナに相転移する温度を低下させる作用を有することが記載されている。しかしながら、生成されるα-アルミナにおけるα相の割合などは検討されていないし、実験における加熱温度は1000℃以上であるため、低温化としては充分ではない。
【0008】
特許文献1に記載されているα-アルミナの製造方法は、ナトリウム、鉄、およびカルシウムの含有量が極めて少なく、粒度分布が狭いα-アルミナ粉末を得ることを目的としている(段落[0011])。このため、原料としてバイヤー法により得られる水酸化アルミニウムなどの粉砕物を使用し、焼成を塩化水素ガスを含む雰囲気、または塩素ガスと水蒸気とを含む雰囲気で行っている。焼成雰囲気の作用について、特許文献1には詳しく記載されていないが、塩化水素ガスまたは塩素ガスを用いることにより、ナトリウム、鉄、およびカルシウムを塩化物として除去していると考えられる。塩化水素ガスおよび塩素ガスは腐食性のガスであるため、焼成炉などの装置材料には耐腐食性などを考慮しなければならない。また、特許文献1には、焼成温度として600~1400℃が記載されているが、実施例には1100℃で焼成した結果しか記載されていない。このように、より低温でα-アルミナを生成する方法については、未だ検討の余地がある。
【0009】
ところで、CMCのうち、比較的低温域で使用される酸化物系材料として、アルミナ繊維材料強化アルミナ複合材料(Al2O3/Al2O3)の開発が進められている。アルミナ繊維材料強化アルミナ複合材料は、アルミナ繊維からなる織布に、マトリックス(アルミナ)の前駆体を含む溶液を含浸させた後、焼成して製造される。前述したように、α-アルミナを生成させるためには、1300℃以上という高温で加熱する必要があるが、アルミナ繊維材料強化アルミナ複合材料の製造においては、アルミナ繊維の耐熱性やコストなどを考慮して、1150℃程度の温度で焼成せざるを得ない。α-アルミナへの相転移は、比較的大きな体積収縮を伴うため、相転移温度と焼成温度との差をできるだけ大きくして、マトリックスの機械的強度を高めるなどの観点からも、より低温でα-アルミナを生成できる方法が望まれる。
【0010】
本開示は、このような実状に鑑みてなされたものであり、より低温で主としてα相を有するアルミナを生成することができるα-アルミナの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本開示のα-アルミナの製造方法は、アルミニウムと塩素とを原子数比でAl:Cl=25:75~80:20の割合で含むアルミニウム化合物を有する原料を、過熱水蒸気を含む雰囲気で熱処理して、主としてα相を有するアルミナを生成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本開示のα-アルミナの製造方法は、出発原料として、塩素を所定の割合で含むアルミニウム化合物を使用する。アルミニウム化合物が塩素を有すると、加熱により生成したγ相が安定化されやすく、これによりα相の結晶成長が抑制されて、γ相からα相への相転移は進行しにくくなると考えられる。この点、本開示のα-アルミナの製造方法においては、熱処理を過熱水蒸気を含む雰囲気で行う。本開示における「過熱水蒸気」は、水の沸騰により発生した飽和水蒸気(以下、単に「水蒸気」と称す)がさらに加熱されて100℃を超える温度になっている気体である。過熱水蒸気は、アルミニウム化合物から塩素を抜けやすくする役割を果たす。よって、加熱されて最初にγ相が生成しても、塩素が抜けていくためγ相は安定化されない。また、過熱水蒸気は、α相の核を生成し、結晶成長を促進する役割をも果たす。これにより、熱処理の温度が1000℃以下の比較的低温であっても、γ相からα相への相転移が進行し、主としてα相を有するα-アルミナを生成することができる。このように、本開示のα-アルミナの製造方法においては、原料のアルミニウム化合物の構造の中に塩素を含有させ、その塩素が抜ける効果を利用して、より低温下でのα-アルミナの生成を実現している。したがって、本開示の製造方法を用いると、例えば、アルミナ繊維材料強化アルミナ複合材料の製造において、α-アルミナの生成温度と焼成温度との差を小さくすることができる。これにより、マトリックスを構成する粒子間のネックグロスが促進されるなどして、マトリックスの機械的強度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施例の各粉末のX線回折パターンを示す図である。
【
図2】参考例の各粉末のX線回折パターンを示す図である。
【
図3】混合ガス中で測定した場合の熱重量-示差熱分析結果を示す図である。
【
図4】混合ガス中での昇温過程における発生ガスの分析結果を示す図である。
【
図5】空気中で測定した場合の熱重量-示差熱分析結果を示す図である。
【
図6】空気中での昇温過程における発生ガスの分析結果を示す図である。
【
図7】熱処理の温度に対してCl/Alの値をプロットした図である。
【
図8】実施例の各粉末のNMRスペクトルを示す図である。
【
図9】参考例の各粉末のNMRスペクトルを示す図である。
【
図10】熱処理の温度に対して6配位のピーク強度比率をプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本開示のα-アルミナの製造方法の実施の形態について説明する。なお、実施の形態は以下の形態に限定されるものではなく、当業者が行いうる種々の変形的形態、改良的形態で実施することができる。
【0015】
[原料]
本開示のα-アルミナの製造方法においては、アルミニウムと塩素とを原子数比でAl:Cl=25:75~80:20の割合で含むアルミニウム化合物を有する原料を用いる。アルミニウム化合物については、一種を単独で用いてもよく、二種以上を混合して用いてもよい。塩素の含有量が少なすぎると、低温下でのα-アルミナの生成が難しくなる。また、水への溶解度が非常に小さくなる。これにより、例えばアルミナ繊維材料強化アルミナ複合材料の製造において、アルミニウム化合物を含む溶液を繊維材料に含浸させる際に、アルミニウム化合物を繊維材料中に均一に分散させることが難しくなる。
【0016】
好適なアルミニウム化合物としては、化学式AlCl3で示される塩化アルミニウム、化学式[Al2(OH)nCl6-n]m(0<n<6、m≦10)で示される塩基性塩化アルミニウムが挙げられる。後者の塩基性塩化アルミニウムは無機ポリマーであり、化学式中のnの値により塩基度が変化する。塩基度は、n/6×100(%)で算出される値である。γ相の安定化を抑制しα相への相転移を促進するという理由から、塩基度が高い形態、すなわちnの値が大きくClが少ない形態が望ましい。化学式中、好適なnの値は4<n≦5.5である。
【0017】
アルミニウム化合物は、粉末などの固体、または塩基性塩化アルミニウム溶液など、アルミニウム化合物が溶媒に分散、溶解された液体でもよい。液体の場合、熱処理の前に予め溶媒を除去して固体にしてもよい。原料は、アルミナにおけるα相の生成を阻害しない範囲で、他の成分を有してもよい。
【0018】
[熱処理]
本開示のα-アルミナの製造方法においては、前述した原料を、過熱水蒸気を含む雰囲気で熱処理する。熱処理装置としては、雰囲気制御が可能な焼成炉などを使用すればよい。熱処理の圧力は大気圧でよい。
【0019】
熱処理を行う雰囲気ガスは、過熱水蒸気のみでも、過熱水蒸気に他のガスが混合されてもよい。他のガスとしては、例えば、酸素ガス、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガスなどを含んでもよい。なお、雰囲気ガスは、塩素ガス、塩化水素ガスなどの塩素成分を有するガスを含まないことが望ましい。過熱水蒸気は、水道水、イオン交換水、蒸留水、超純水などの水、またはそれを加熱した湯(以下、まとめて「原料水」と称す)を用いて生成すればよい。過熱水蒸気を含む雰囲気は、予め製造した過熱水蒸気を熱処理装置に供給することにより生成されてもよく、原料水を沸騰させた水蒸気を熱処理装置に供給し、それが熱処理時に100℃を超える温度に加熱されることにより生成されてもよい。他のガスを混合する場合には、他のガスと過熱水蒸気または水蒸気とを予め混合して供給してもよく、他のガスと過熱水蒸気または水蒸気とを別々に供給してもよい。過熱水蒸気による作用を効果的に発揮させるという観点から、過熱水蒸気を含む雰囲気は、雰囲気ガスの全体積に対して過熱水蒸気を20体積%以上含むことが望ましい。より好適な過熱水蒸気の割合は、50体積%以上、80体積%以上、100体積%である。
【0020】
熱処理は、原料を所定の温度まで加熱して、その状態を所定の時間保持すればよい。加熱する際の昇温速度は特に限定されないが、例えば0.5℃/分以上30℃/分以下にすることができる。保持温度は、目的とするα相の割合、原料、雰囲気ガスの構成などに応じて適宜設定すればよく、例えば、850℃以上1050℃以下の範囲で設定することができる。なかでも、熱処理として、原料を900℃以上の温度下で保持する保持工程を有する態様が望ましい。この態様によると、実用的な保持時間で多くのα相を生成させることができる。保持時間も、熱処理の温度、目的とするα相の割合などに応じて適宜設定すればよく、例えば、1時間以上50時間以下の範囲で設定することができる。なかでも、1時間以上10時間以下が実用的である。例えば、好適な保持工程として、原料を950℃以上1000℃以下の温度下で2時間以上保持する工程が挙げられる。
【0021】
熱処理により、主としてα相を有するアルミナが生成される。生成したアルミナにおけるα相の割合は、例えば、固体NMR(核磁気共鳴)測定により得られる固体27AlNMRスペクトルに基づいて求めることができる。固体27AlNMRスペクトルにおいて、α-アルミナは6配位のAlのみからなり、γ-アルミナには6配位のAlと4配位のAlとが共存する。5配位のAlが多くなると非晶質アルミナになる。したがって、後の実施例に示すように、固体27AlNMRスペクトルをピークフィッティングにより4配位、5配位、6配位の各ピークに分離して、三つの配位のピーク強度の積分値を1とした場合の6配位のピークの強度比率を、α相の割合とみなすことができる。この場合、6配位のピーク強度比率は、0.8以上、0.9以上、1.0であることが望ましい。
【実施例0022】
次に、実施例を挙げて本開示をより具体的に説明する。
【0023】
<α-アルミナの製造>
[原料の準備]
[Al2(OH)nCl6-n]m(4.9≦n≦5.1、m≦10)で示される塩基性塩化アルミニウムを含む溶液を、ロータリーエバポレーターを用いて減圧下で加熱して溶媒を除去した。得られた粉末状の塩基性塩化アルミニウム(以下適宜、「塩基性塩化アルミニウム粉末」と称す)を原料とした。
【0024】
[熱処理]
(1)実施例
塩基性塩化アルミニウム粉末を管状炉に設置して、過熱水蒸気および酸素ガスを含む雰囲気で熱処理した。熱処理は、管状炉の昇温速度を5℃/分とし、400~1000℃の範囲の設定温度で2時間保持して行った。管状炉には、流速80mL/分相当の水蒸気と、流速20mL/分の酸素ガスと、を混合して供給した。管状炉内の雰囲気ガスにおける過熱水蒸気の体積割合は80体積%であり、過熱水蒸気の分圧(PH2O)は8×104Paである。
【0025】
(2)参考例
比較のため、管状炉内の雰囲気を空気に変更して、塩基性塩化アルミニウム粉末を熱処理した。管状炉には流速100mL/分の空気を供給し、設定温度の上限を1050℃に変更した以外は、実施例と同様にして熱処理を行った。
【0026】
<結晶相の測定>
熱処理後の粉末における結晶相を、X線回折装置((株)リガク製「RINT2500」)を用いて測定した。測定は、CuKα線を用い、管電圧50kV、管電流300mA、走査速度1°/分にて実施した。測定結果を、
図1および
図2に示す。
図1は、実施例の各粉末のX線回折パターンを示し、
図2は、参考例の各粉末のX線回折パターンを示す。
【0027】
図1に示すように、過熱水蒸気および酸素ガスの混合ガス雰囲気で熱処理した実施例の粉末においては、熱処理の温度が800℃以下の場合はγ相(例えば2θ=46°位置)のみが生成するが、850℃でα相(例えば2θ=25.6°位置)が生成しはじめ、900℃以上で急速にα相への相転移が進行することが確認された。そして、1000℃で熱処理した場合に、α相のみになる、すなわち単一相のα-アルミナが生成することが確認された。他方、
図2に示すように、空気雰囲気で熱処理した参考例の粉末においては、熱処理の温度が400℃、500℃の場合にα相の生成が若干確認されたが、温度が高くなるとα相が成長するのではなくγ相の生成が多くなり、1000℃の場合でもγ相の生成が確認された。そして、1050℃で熱処理した場合に、α相のみになることが確認された。
【0028】
また、熱処理の温度を900℃または950℃とし、各々の保持時間を2時間から10時間、さらには50時間に延長した場合について、熱処理後の粉末の結晶相をX線回折装置(同上)を用いて測定した。表1に、熱処理の雰囲気、温度、および保持時間に対して生成した主な結晶相の種類を示す。
【表1】
【0029】
表1に示すように、熱処理を過熱水蒸気および酸素ガスの混合ガス(H2O/O2)雰囲気で行うと、900℃下で2時間保持するだけで多くはα相に相転移し、50時間保持すると全てα相のみになった。950℃下の場合には、10時間保持すれば全てα相になった。これに対して、熱処理を空気雰囲気で行うと、950℃下で10時間保持すればα相への相転移は進行するが、50時間保持してもγ相が混在した。
【0030】
このように、同じ塩基性塩化アルミニウム粉末を使用しても、熱処理を空気雰囲気で行うとα相への相転移は進行しにくいが、過熱水蒸気を含む雰囲気で行うと、空気雰囲気で行う場合と比較して、100℃程度低い温度でα相への相転移を進行させることができる。そして、本開示のα-アルミナの製造方法によると、従来の1300℃程度の焼結温度と比較して、400℃程度低い温度でα-アルミナを製造することができる。
【0031】
<TG-DTA(熱重量-示差熱分析)/MS(質量分析)>
熱重量-示差熱分析装置(ネッチ・ジャパン(株)製「STA2500」)と、質量分析装置(日本電子(株)製「JMS-Q1500GC」)と、を用いて、原料の塩基性塩化アルミニウム粉末の昇温過程における熱分解挙動および発生ガスの同時分析を行った。昇温速度は10℃/分とした。測定は、流速100mL/分相当の水蒸気と、流速100mL/分の酸素ガスと、の混合ガス中(先の実施例の熱処理に対応、過熱水蒸気の分圧(P
H2O)は5×10
4Pa)と、流速200mL/分の空気中(先の参考例の熱処理に対応)と、の二種類で行った。測定結果を、
図3~
図6に示す。
図3は、混合ガス中で測定した場合の熱重量-示差熱分析結果を示し、
図4は、混合ガス中での昇温過程における発生ガスの分析結果を示す。
図5は、空気中で測定した場合の熱重量-示差熱分析結果を示し、
図6は、空気中での昇温過程における発生ガスの分析結果を示す。説明の便宜上、
図4においては、主な発生ガスであるH
35Cl(m/z=36)およびH
37Cl(m/z=38)の分析結果を示す。同様に、
図6においては、主な発生ガスであるH
2O(m/z=18)、H
35Cl(m/z=36)、H
37Cl(m/z=38)、およびCl
2(m/z=70)の結果を示す。
【0032】
図3に示すように、混合ガス中で昇温した場合、塩基性塩化アルミニウム粉末の重量は徐々に減少し、600℃以上で略一定になった。また、260~500℃に亘って発熱ピークが見られた。これらの熱分解挙動は、
図4に示す発生ガスの分析結果と対応している。
図4に示すように、260℃、350℃付近において、主にHCl(塩化水素)ガスの発生が確認され、600℃以上ではほとんど何も発生しなかった。このように、混合ガス中では、塩基性塩化アルミニウムのClは260~500℃で主にHClガスとして脱離する。混合ガス中では、塩基性塩化アルミニウムは、600℃付近で完全に分解される。
【0033】
これに対して、空気中で昇温した場合、
図5に示すように、塩基性塩化アルミニウム粉末の重量減少はなだらかであり、900℃以上で略一定になった。また、200~500℃に亘って発熱ピークが見られた。そして、
図6に示すように、350℃以下でH
2O(水蒸気)の発生が確認され、500~900℃に亘ってHClガス、Cl
2(塩素)ガスの発生が確認された。このように、空気中では、塩基性塩化アルミニウムにおけるOH基の大部分は350℃以下で脱離し、Clは500~900℃で主にHClガス、Cl
2ガスとして脱離する。空気中では、塩基性塩化アルミニウムは、900℃付近で完全に分解される。
【0034】
以上より、混合ガス中(過熱水蒸気を含む雰囲気)と空気中とにおいては、昇温過程における熱分解挙動が異なり、過熱水蒸気を含む雰囲気においては、HClの生成が促進されることにより、塩基性塩化アルミニウムがより低温で分解されると考えられる。
【0035】
<XPS(X線光電子分光法)測定>
原料の塩基性塩化アルミニウム粉末と熱処理後の粉末とを、X線光電子分光装置(アルバック・ファイ(株)製「ESCA 1800MC」)を用いて測定し、含有されるAlとClとの比率を求めた。X線源にはAlKα線(1486.6eV)を用い、Al2pおよびCl2pのスペクトルを取得して、装置付属の解析ソフトウェア(PHI Multipak v9.4)を用いて、AlとClとの比率を求めた。測定対象にした熱処理後の粉末は、前述した実施例(過熱水蒸気および酸素ガスの混合ガス雰囲気で2時間保持)、または参考例(空気雰囲気で2時間保持)と同様の熱処理を施したものであり、熱処理の雰囲気または温度が異なる18種類である。
図7に、熱処理の温度に対してCl/Alの値をプロットした図を示す。なお、原料の塩基性塩化アルミニウム粉末におけるCl/Alの値は、0.43であった。
図7に示すように、混合ガス雰囲気で熱処理した場合には、600℃でCl/Alの値が0に近づいた。他方、空気雰囲気で熱処理した場合には、900℃でCl/Alの値が0に近づいた。このように、過熱水蒸気を含む雰囲気で熱処理すると、より低温でClが脱離することが確認された。
【0036】
<固体NMR(核磁気共鳴)測定>
核磁気共鳴装置(日本電子(株)製「JNM-ECA600II)を用いて、熱処理後の粉末の固体
27AlNMRスペクトルを測定した。測定は、熱処理後の粉末を直径3.2mmのHXMASプローブに充填し、測定磁場強度14.1T、回転速度20kHzで行った。なお、固体
27AlNMRの化学シフト基準は、Al(NO
3)
3水溶液のピークを0ppmに設定した。
図8に、実施例の各粉末のNMRスペクトルを示し、
図9に、参考例の各粉末のNMRスペクトルを示す。なお、
図8および
図9においては、基準になるα-アルミナ(α-Al
2O
3)およびγ-アルミナ(γ-Al
2O
3)のNMRスペクトルも点線で併せて示す。
図8および
図9に示すように、α-アルミナは6配位のAlのみからなり、γ-アルミナには6配位のAlと4配位のAlとが共存する。5配位のAlが多くなると非晶質アルミナになる。
【0037】
図8に示すように、過熱水蒸気および酸素ガスの混合ガス雰囲気で2時間保持する熱処理を行った実施例によると、800℃以下では4配位と6配位とにピークが見られ、γ相が生成していることがわかる。900℃では6配位のピーク位置が左側に移動していることから、α相への相転移が進行していることがわかり、1000℃で6配位のAlのみ、すなわちα相のみになることが確認された。他方、
図9に示すように、空気雰囲気で2時間保持する熱処理を行った参考例の粉末においては、1000℃以下では4配位と6配位とにピークが見られるが、6配位のピーク位置は、800℃および900℃で若干右側に移動するが、α-アルミナのそれとほとんど変わらなかった。このことから、1000℃以下ではα相とγ相とが混在していることがわかる。そして、1050℃下で6配位のAlのみのα相になることが確認された。
【0038】
また、熱処理後の粉末にけるα相の比率を求めるため、得られた固体
27AlNMRスペクトルをピークフィッティングにより4配位、5配位、6配位の各ピークに分離して、三つの配位のピーク強度の積分値を1とした場合の6配位のピークの強度比率を算出した。
図10に、熱処理の温度に対して6配位のピーク強度比率をプロットした図を示す。
図10に示すように、過熱水蒸気および酸素ガスの混合ガス雰囲気で2時間保持する熱処理を行った実施例の粉末における6配位のピーク強度比率は、900℃で0.8、1000℃では1.0であることが確認された。この結果から、実施例のうち、900℃の熱処理により得られたアルミナにおいては約8割がα相であり、1000℃の熱処理により得られたアルミナにおいては全てがα相であるといえる。
本開示のα-アルミナの製造方法によると、より低温で主としてα相を有するアルミナを生成することができる。本開示のα-アルミナの製造方法は、例えばアルミナ繊維材料強化アルミナ複合材料の製造、アルミナ多孔体やα-アルミナ粉末の低温合成などに有用である。