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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023068327
(43)【公開日】2023-05-17
(54)【発明の名称】加飾部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20230510BHJP
   B32B 15/20 20060101ALI20230510BHJP
   B32B 15/04 20060101ALI20230510BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C23C14/06 N
B32B15/20
B32B15/04 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021179325
(22)【出願日】2021-11-02
(71)【出願人】
【識別番号】000144072
【氏名又は名称】SANEI株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000394
【氏名又は名称】弁理士法人岡田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】元矢 伸二
【テーマコード(参考)】
4F100
4K029
【Fターム(参考)】
4F100AA37C
4F100AB01B
4F100AB01D
4F100AB02A
4F100AB12B
4F100AB13B
4F100AB16A
4F100AB16B
4F100AB17A
4F100AB18A
4F100AB21A
4F100AB23A
4F100AB31A
4F100AD11C
4F100BA03
4F100BA07
4F100DD07C
4F100EH66B
4F100EH66C
4F100EH66D
4F100GB08
4F100HB00
4F100JK09
4F100JK12C
4F100JN18C
4F100YY00B
4F100YY00C
4K029AA02
4K029AA27
4K029BA02
4K029BA07
4K029BA12
4K029BA17
4K029BA34
4K029BA35
4K029BB02
4K029BC01
4K029BC07
4K029CA03
4K029CA05
4K029DC03
4K029DD06
4K029EA01
4K029FA02
4K029FA03
4K029FA04
4K029FA05
(57)【要約】
【課題】水分による耐食性を適切に高めることが可能な銅合金の加飾部材を提供すること。
【解決手段】水分による耐食性が必要な環境下で使用することを目的とした銅合金の加飾部材1であり、銅合金製の母材本体2、金属層3、およびDLC被膜層4を少なくとも含む。金属層3は、DLC被膜層4と母材本体2との間に配置されている。DLC被膜層4は、表層部の屈折率が波長550nmにおいて1.5~3.0のta-C被膜からなる。DLC被膜層4の厚さが、0.5~5.0μmである。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水分による耐食性が必要な環境下で使用することを目的とした銅合金の加飾部材であり、
銅合金製の母材本体、金属層、およびDLC被膜層を少なくとも含み、
前記金属層は、前記DLC被膜層と前記母材本体との間に配置されており、
前記DLC被膜層は、表層部の屈折率が波長550nmにおいて1.5~3.0のta-C被膜からなり、
前記DLC被膜層の厚さが、0.5~5.0μmである、加飾部材。
【請求項2】
前記DLC被膜層が、SP-3構造を50~90%含み、かつ、その被膜のビッカース硬さが、1,500~5,000Hvである、請求項1に記載の加飾部材。
【請求項3】
前記DLC被膜層の表面粗さRaが、0.1μm以下であり、かつ、前記DLC被膜層の表面の欠陥が、20%以下である、請求項1または2に記載の加飾部材。
【請求項4】
前記DLC被膜層が、5質量%以下の水素を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の加飾部材。
【請求項5】
前記母材本体が、50%以上の銅を含有し、残部が、鉛、亜鉛、錫、鉄、ニッケル、およびアンチモンからなる銅合金である、請求項1~4のいずれか1項に記載の加飾部材。
【請求項6】
前記金属層が、ニッケル、チタン、クロム、およびタングステンよりなる群から選択される少なくとも1種の金属を含む層である、請求項1~5のいずれか1項に記載の加飾部材。
【請求項7】
前記金属層が、第1金属層と第2金属層とを含み、前記第2金属層の少なくとも一部が、前記第1金属層上に配置されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の加飾部材。
【請求項8】
前記DLC被膜層の前記表層部の屈折率が、波長550nmにおいて2.0~3.0である、請求項1~7のいずれか1項に記載の加飾部材。
【請求項9】
前記母材本体が、凹凸形状を有し、
前記DLC被膜層において、前記母材本体が前記凹凸形状を有している部分に対して略真上に位置する部分が、前記凹凸形状に依存した形状を有する模様となっている、請求項1~7のいずれか1項に記載の加飾部材。
【請求項10】
前記金属層の厚さが、0.01~10μmである、請求項1~9のいずれか1項に記載の加飾部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加飾部材に関する。詳しくは、水分による耐食性が必要な環境下で使用することを目的とした銅合金の加飾部材に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、屋内水まわり環境で用いられる水まわり用部材の防汚性を高める技術が開示されている。具体的には、水まわり用部材の基材の表面にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)被膜が形成されている。DLC被膜は、その含有される水素原子の量が所定量よりも多く、かつ、密度が所定値よりも小さくされることにより、防汚性および防汚耐久性の双方が高められた構成とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6641596号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の技術では、DLC被膜の密度が小さいことから、被膜表面についた水分が内部に浸透し、基材との間に電位腐食を発生させて被膜剥離を引き起こす懸念がある。そこで、この対策として、DLC被膜を厚膜化することが考えられるが、DLC被膜はその蒸着時に高い残留応力が発生することから、厚膜化により却って被膜剥離が発生しやすくなるため好ましくない。そこで、本発明は、水分による耐食性を適切に高めることが可能な銅合金の加飾部材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の加飾部材は次の手段をとる。すなわち、本発明の加飾部材は、水分による耐食性が必要な環境下で使用することを目的とした銅合金の加飾部材であり、銅合金製の母材本体、金属層、およびDLC被膜層を少なくとも含む。金属層は、DLC被膜層と母材本体との間に配置されている。DLC被膜層は、表層部の屈折率が波長550nmにおいて1.5~3.0のta-C被膜からなる。DLC被膜層の厚さが、0.5~5.0μmである。
【0006】
ここで、DLC被膜は、一般に、SP-3構造を含むアモルファスカーボン被膜として知られるものである。DLCは、そのsp2結合-sp3結合比率や水素含有量に基づいて、ta-C(テトラへドラルアモルファスカーボン)、a-C(アモルファスカーボン)、ta-C:H(水素化テトラへドラルアモルファスカーボン)およびa-C:H(水素化アモルファスカーボン)の4種類に分類される。
【0007】
このうち、ta-Cは、DLCの中では最もSP-3構造の比率が高く、最も高密度でかつ硬質な特徴を備えることが知られている。また、ta-Cは、耐摩耗性、絶縁性、耐熱性、および化学的非反応性にも優れる特徴を持つ。ta-Cは、PVD法(物理蒸着法)に分類される真空アーク蒸着法により形成することが可能とされる。真空アーク蒸着法は、真空中におけるアーク放電(真空アーク放電)によって発生させた高エネルギのイオンを持つ真空アークプラズマ(真空アーク放電プラズマ)を利用してワークに薄膜を蒸着する方法である。
【0008】
上記構成によれば、母材本体上に上記屈折率を備えた高密度なta-C被膜からなるDLC被膜層を設けることで、部材表面からの水分の浸透を適切に防止することができる。DLC被膜層は、中間層となる金属層を間に介して母材本体上に設けられることで、母材本体上に密着性良く成膜される。これらの構成により、加飾部材の水分による耐食性を適切に高めることができる。
【0009】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。DLC被膜層が、SP-3構造を50~90%含み、かつ、その被膜のビッカース硬さが、1,500~5,000Hvである。上記構成によれば、DLC被膜層を、より適切な硬度を備えたta-C被膜からなる耐食被膜として機能させることができる。
【0010】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。DLC被膜層の表面粗さRaが、0.1μm以下であり、かつ、DLC被膜層の表面の欠陥が、20%以下である。上記構成によれば、DLC被膜層を、より表面が平滑で低摩擦なta-C被膜から成る耐食被膜として機能させることができる。
【0011】
ここで、DLC被膜層の「表面の欠陥」としては、例えば、DLC被膜層の表面に膜質低下を引き起こすドロップレット(マクロパーティカル)が付着する状況が挙げられる。ドロップレットとは、真空アーク蒸着法によりta-C被膜を成膜する際に、陰極ターゲットの蒸発源である固体黒鉛から放出され得る電気的に中性な蒸発粒子のことである。ドロップレットが被膜に付着することにより、被膜の表面に凹凸が形成される。また、ドロップレットは、固体黒鉛の組成構造であるSP-2構造あるいはそれに近い組成構造を持つことから、被膜への付着によりその部分の機械特性を低下させる原因となり得る。
【0012】
それゆえ、ドロップレットが被膜表面に付着する状況が存在すると、被膜の幾何学的均一性(平坦性)や化学的均一性が担保されなくなる虞がある。また、ドロップレットが付着した被膜部分は、被膜剥離の起点となったり、保護被膜の劣化の起点となったりする虞がある。ドロップレットの付着を抑制する手法として、プラズマの輸送中にドロップレットをプラズマからフィルタリングする手法(FCVA法(フィルタード陰極真空アーク法)などと呼ばれる)が知られている。
【0013】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。DLC被膜層が、5質量%以下の水素を含む。上記構成によれば、水素含有量の少ないta-C被膜により、DLC被膜層を中間層である金属層に対してより密着性良く成膜することができる。また、DLC被膜層を、より機械特性に優れたta-C被膜からなる耐食被膜として機能させることができる。
【0014】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。母材本体が、50%以上の銅を含有し、残部が、鉛、亜鉛、錫、鉄、ニッケル、およびアンチモンからなる銅合金である。上記構成によれば、上記成分の銅合金から成る水栓用配管等で用いられる母材本体の水分による耐食性を、DLC被膜層の被膜によって適切に高めることができる。
【0015】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。金属層が、ニッケル、チタン、クロム、およびタングステンよりなる群から選択される少なくとも1種の金属を含む層である。上記構成によれば、上記群から選択される金属層を介して、DLC被膜層を母材本体に対してより密着性良く成膜することができる。
【0016】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。金属層が、第1金属層と第2金属層とを含み、第2金属層の少なくとも一部が、第1金属層上に配置されている。上記構成によれば、金属層を多層構造とすることで、例えば、DLC被膜層に近い側の層をなす第2金属層をDLC被膜層とより密着性の高い金属により形成し、母材本体に近い側の層をなす第1金属層を母材本体とより密着性の高い金属により形成して、DLC被膜層を母材本体に対してより密着性良く成膜することが可能となる。
【0017】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。DLC被膜層の表層部の屈折率が、波長550nmにおいて2.0~3.0である。上記構成によれば、母材本体上に上記屈折率を備えたより高密度なta-C被膜からなるDLC被膜層を設けることができ、加飾部材の水分による耐食性をより適切に高めることができる。
【0018】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。母材本体が、凹凸形状を有する。DLC被膜層において、母材本体が凹凸形状を有している部分に対して略真上に位置する部分が、凹凸形状に依存した形状を有する模様となっている。
【0019】
上記構成によれば、高密度、硬質、かつ、高い耐摩耗性を備えるta-C被膜からなるDLC被膜層によって、母材本体に施した凹凸形状に依存した形状を加飾部材の表面に鮮明に付与することができる。
【0020】
また、本発明の加飾部材は、更に次のように構成されていてもよい。金属層の厚さが、0.01~10μmである。上記構成によれば、金属層の厚さを0.01~10μmに設定することで、DLC被膜層を母材本体に対して適切に密着させた状態に成膜することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の実施形態に係る加飾部材を模式的に示す概略斜視図である。
図2】加飾部材の断面構造を模式的に示す概略断面図である。
図3】加飾部材の製造方法を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明を実施するための形態について、図面を用いて説明する。
【0023】
(加飾部材1)
始めに、本発明の実施形態に係る加飾部材1の構成について説明する。本実施形態に係る加飾部材1は、図1に示すように、屋内の水まわり環境で使用される水栓用配管として構成される。加飾部材1は、図2に示すように、銅合金製の母材本体2と、母材本体2の表面に被膜された金属層3と、金属層3の表面に被膜されたDLC被膜層4と、を備える。加飾部材1の表面には、装飾模様としての凹部Dが形成されている。凹部Dは、母材本体2がブラスト処理されて凹部2Aを有する形に形成されることで、この凹部2Aに依存した凹凸形状として形成されている。なお、加飾部材1は、凹部Dが形成されない構成であっても良い。
【0024】
(母材本体2)
母材本体2は、銅を主成分とする銅合金からなる。具体的には、母材本体2は、50%以上の銅を含有し、残部が、鉛、亜鉛、錫、鉄、ニッケル、およびアンチモンからなる銅合金からなる。なお、母材本体2は、純銅、真鍮、青銅、白銅、あるいは洋白からなるものであってもよい。母材本体2の具体的な形状は特に限定されず、円管や角管等の管形状の他、円柱や角柱等の柱形状や球形状、あるいは板形状からなるものであってもよい。
【0025】
母材本体2は、鋳造後に切削加工されて所定形状に形作られた後、表面がバフ研磨されて所定粗さに仕上げられる(前工程S1)。その後、母材本体2は、図3に示すように、鉛除去処理工程S2を経てブラスト処理工程S3にかけられて、その表面に上述した装飾模様となる凹部Dの下地形状をなす凹部2Aが陥凹される(図2参照)。その後、母材本体2は、鏡面仕上げ処理工程S4にかけられて、凹部2Aを含む表面全体が鏡のように磨かれた状態に仕上げる。その後、母材本体2は、洗浄処理工程S5にかけられて、表面に付着した汚れが取り除かれて洗浄される。
【0026】
更にその後、母材本体2は、金属層成膜工程S6にかけられて、その表面に中間層となる金属層3が成膜される。その後、母材本体2は、DLC被膜層成膜工程S7にかけられて、その表面に成膜された金属層3の表面にta-Cに分類されるDLC被膜層4が成膜される。以下、各工程について詳細を説明する。
【0027】
(ブラスト処理工程S3)
ブラスト処理工程S3では、先ず、母材本体2の表面上に図示しないマスキング材が貼り付けられる。次に、マスキング材が貼り付けられた母材本体2の表面にブラスト処理を行い、マスキング材で被覆されたところ以外の母材本体2の表面部分を陥凹させて、母材本体2の表面に5μm以下の深さを持つ凹部2Aを形成する。
【0028】
マスキング材としては、凹部2Aの形状に対応した刳り貫き形状を備える塩化ビニル等の樹脂製のシートやゴム製のシートを用いることができる。また、マスキング材は、母材本体2の表面に塗布されることで凹部2Aの形状に対応した刳り貫き形状を備える塗膜として形成される塩化ビニル等の樹脂材からなる構成であってもよい。マスキング材を母材本体2の表面に貼り付けて母材本体2の表面上にブラスト加工を施すことで、マスキング材の刳り貫かれた部分にブラスト装置から投射されたメディア(研削材)が叩き付けられる。それにより、母材本体2の表面上に、マスキング材の刳り貫き形状に対応した凹部2Aが形成される。
【0029】
母材本体2の表面のうち、マスキング材で被覆された部分は、メディアが叩き付けられても、マスキング材により保護されるため、陥凹されない。マスキング材は、ブラスト処理の際にメディアが貫通することがないよう、一定以上の厚みを有することが好ましい。凹部2Aの形状に対応するマスキング材の刳り貫き形状は、所望の形状にすることが可能であり、図形、文字または模様等の様々な形状とすることができる。
【0030】
ブラスト処理により、母材本体2が複雑な形状の表面を有していても、表面に均一な深さの凹部2Aを形成することが可能となる。ブラスト処理に用いるブラスト装置としては、例えば、エアーを用いてメディアを投射するエアーブラスト装置(コンプレッサ式、ブロア式等)や、メディアをモータの回転駆動によって投げ付けるショットブラスト装置が挙げられる。
【0031】
メディア(研削材)の材質としては、例えば、アルミナ(白色、褐色)、炭化ケイ素(緑色、黒色)、硅砂、鉄、銅、ステンレス、亜鉛、アルミニウム、ガーネット、樹脂、ガラス等が挙げられる。また、メディアは、弾性母材に微細な砥粒をコートした構成からなるものであっても良い。メディアの形状としては、例えば、球状または鋭角状のものが挙げられる。メディアの粒径としては、例えば、5μm~2mmのものが挙げられる。メディアの投射圧は、0.1~0.5MPaが好ましい。
【0032】
なお、凹部2Aを適度な表面粗さに仕上げる観点から、メディアの材質としては、緑色炭化ケイ素を用いることが好ましい。また、メディアは、粒径が10~60μmのものが好ましい。ブラスト処理により形成する凹部2Aの深さ及び表面粗さは、メディアの粒径、形状、材質、投射圧、投射密度等の調整によって適宜制御することができる。ブラスト処理後、母材本体2の表面からマスキング材が除去される。
【0033】
(鏡面仕上げ処理工程S4)
鏡面仕上げ処理工程S4では、母材本体2の凹部2Aを含む表面全体に、更に粒径の小さなメディア(例えば、SDC:金属被覆合成ダイヤモンド #10000等のメディア)を用いたブラスト処理(鏡面仕上げ処理)を行い、母材本体2の表面全体を鏡のように磨いた状態に仕上げる。この鏡面仕上げ処理により、先のバフ研磨によって母材本体2の表面に付いた傷を除去する。
【0034】
鏡面仕上げ処理工程S4では、母材本体2の凹部2Aを含む表面全体を2μm以下の均一な深さの研削量で研削する。したがって、先のブラスト処理工程S3により母材本体2の表面に凹部2Aを形成した後に、凹部2Aを含む母材本体2の表面全体に鏡面仕上げ処理を行っても、凹部2Aの装飾模様が消えることはない。この鏡面仕上げ処理により、母材本体2の表面を、JIS B 0601-2001に規定される算術平均粗さ(表面粗さ)Raが0.1μm以下となるように仕上げる。
【0035】
鏡面仕上げ処理により仕上げられる母材本体2の表面粗さは、メディアの粒径、形状、材質、投射圧、投射密度等の調整によって適宜制御することができる。なお、母材本体2の表面にマスキング材を貼着して凹部2Aを形成するブラスト処理を、この鏡面仕上げ処理工程S4におけるブラスト処理によって行っても良い。また、母材本体2の表面に凹部2Aを陥凹しない構成であっても良い。
【0036】
(洗浄処理工程S5)
洗浄処理工程S5では、炭化水素系の洗浄液を用いた洗浄方法により、母材本体2の表面に付着する汚れを取り除いて洗浄する。なお、洗浄処理工程S5は、水系洗浄液、準水系洗浄液、もしくは塩素・臭素・フッ素系の溶剤系洗浄液を用いた洗浄方法により、母材本体2の表面を洗浄する工程であっても良い。
【0037】
洗浄処理工程S5では、先ず、荒洗浄として、水洗浄により母材本体2の表面に付着した研磨材を除去する処理を行う。次に、本洗浄として、エマルジョン洗浄により母材本体2の表面を洗浄する処理を行う。このエマルジョン洗浄では、超音波により水を振動させる超音波洗浄方法と、洗浄槽の内部を真空近くまで減圧したり腹圧したりするのを繰り返す真空洗浄方法と、が組み合わされて洗浄が行われる。
【0038】
エマルジョン洗浄に超音波洗浄方法が組み合わされることで、母材本体2に付着している汚れを効果的に洗浄することが可能となる。また、エマルジョン洗浄に真空洗浄方法が組み合わされることで、大気圧下では洗浄できない止まり穴や袋穴の中まで洗浄液を行き渡らせて、母材本体2の細かい隙間まで効果的に洗浄することが可能となる。特に、真空洗浄方法と超音波洗浄方法とが組み合わされることで、大気圧下と比べて超音波の効果がより高くなるため、より効果的な洗浄を行うことが可能となる。なお、上記洗浄方法に加えて、あるいは上記洗浄方法に代えて、エマルジョン洗浄に脱気洗浄方法、回転洗浄方法、揺動洗浄方法、あるいはシャワー洗浄方法を組み合わせても良い。
【0039】
脱気洗浄方法を組み合わせることで、超音波洗浄方法を用いた際の超音波の効きを更に高めることが可能となる。回転洗浄方法・揺動洗浄方法を組み合わせることで、洗浄液の流れを物理的に作り出して洗浄効果を更に高めることができる。また、超音波が母材本体2の表面に均等に当たりやすくなる。また、その他にも、洗浄液の流れを物理的に作り出す方法として、水を循環させたりバブリングさせたりする方法が挙げられる。また、シャワー洗浄方法を組み合わせることで、母材本体2に対して洗浄液を上からだけでなく、横や下からもかけて、適切な洗浄を行うことが可能となる。なお、その他の洗浄方法として、高圧ジェット洗浄方法、スプレー洗浄方法、あるいはブラシ洗浄方法等が挙げられる。
【0040】
上記洗浄により、母材本体2の表面に付着していた油などの汚れは、洗浄液に溶解して、洗浄液全体へと拡散される。また、母材本体2に付着している汚れは、洗浄液に溶解して洗浄液へと置換される。次に、洗浄処理工程S5では、すすぎ洗浄として、母材本体2の表面をベーパー洗浄する処理を行う。ベーパー洗浄では、洗浄液を沸騰させた蒸気で洗浄することで、母材本体2の表面に残る汚れを更に高精度に洗浄する。
【0041】
次に、洗浄処理工程S5では、乾燥処理として、母材本体2の表面に残る洗浄液を乾燥させる処理を行う。この乾燥処理は、いわゆる真空乾燥により行われる。真空乾燥は、洗浄槽の内部を真空近くまで減圧することで、洗浄液の沸点を急激的に上げて、洗浄液を突沸乾燥させる公知の方法である。真空乾燥を用いることで、先のベーパー洗浄により加温された洗浄槽内の減圧によって洗浄液の突沸乾燥を効果的に促すことができ、母材本体2上にシミなどを残さないように適切に乾燥処理することができる。
【0042】
なお、乾燥処理は、熱風乾燥あるいは吸引乾燥によって行われても良い。熱風乾燥は、熱風を洗浄槽の内部に送り込むことで、母材本体2の表面を乾燥させる公知の方法である。吸引乾燥は、圧縮された熱風を洗浄槽の内部に送り込むと同時に、吸引ブロアで反対側から引き抜くことで、母材本体2の表面を乾燥させる公知の方法である。熱風乾燥及び吸引乾燥は、真空乾燥が行えない水系洗浄液を用いた洗浄槽にも適用することが可能である。
【0043】
(金属層3)
金属層3は、母材本体2とその表面に成膜されるDLC被膜層4との間に介在して、これらの密着性を向上させるための中間層として機能する。金属層3は、母材本体2上に直接成膜される第1金属層3Aと、第1金属層3A上に積層状に成膜される第2金属層3Bと、からなる。第1金属層3A及び第2金属層3Bとしては、それぞれ、ニッケル、チタン、クロム、タングステン、またはケイ素からなる層を挙げることができる。なお、金属層3は、チタン、クロム、タングステン、またはケイ素からなる単層構造からなるものであっても良い。特に、金属層3を単層構造で成膜する場合には、耐食性に優れ、かつ、母材本体2及びDLC被膜層4との密着性に優れたチタンからなることが好ましい。
【0044】
金属層3が2層で構成される場合において、第1金属層3Aは、母材本体2との密着性に優れ、硬質で、かつ、耐食性および耐熱性に優れたニッケルからなることが特に好ましい。また、第2金属層3Bは、耐食性に優れ、かつ、DLC被膜層4との密着性に優れたチタンからなることが特に好ましい。第2金属層3Bの下地となる第1金属層3Aの厚さは、3μm以下であることが好ましい。第2金属層3Bの厚さは、0.1~1.0μmであることが好ましい。
【0045】
第1金属層3Aは、母材本体2の表面全体に均一な厚さを持つ形に積層状に成膜される。第2金属層3Bは、第1金属層3Aの表面全体に均一な厚さを持つ形に積層状に成膜される。なお、第1金属層3Aは、母材本体2の一部を残す表面に部分的に成膜される構成であっても良い。また、第2金属層3Bも、その少なくとも一部が第1金属層3A上に配置されるように成膜される構成であれば良く、一部が母材本体2上に直接成膜される構成であっても良い。すなわち、第1金属層3Aも、その少なくとも一部がDLC被膜層4の裏面に直接一体的に成膜される構成であっても良い。
【0046】
金属層3を構成する第1金属層3A及び第2金属層3Bは、金属層成膜工程S6において、それぞれ、PVD法(物理蒸着法)に分類されるスパッタリング法により母材本体2の表面上に積層状に成膜される。金属層成膜工程S6では、先ず、アルゴンイオンを用いたイオンボンバードメント処理が行われ、母材本体2の表面に表出する酸化膜や水酸化膜などの不動態被膜が除去される。
【0047】
次いで、スパッタリング法により、不活性ガス(アルゴンガス)の導入された真空中で、陰極ターゲット(成膜材料)にマイナスの電圧を印加してグロー放電を発生させ、ガスイオンを成膜材料に衝突させることで叩き出した成膜材料の粒子を母材本体2の表面に付着・堆積させて緻密な薄膜を形成する。金属層3を構成する第1金属層3A及び第2金属層3Bをそれぞれスパッタリング法で成膜することで、母材本体2を液体や高温気体にさらすことなく母材本体2の表面に緻密でかつ密着性の高い薄膜を成膜することができる。
【0048】
なお、金属層3を構成する第1金属層3A及び第2金属層3Bは、スパッタリング法の他、アークイオンプレーティング法により、母材本体2の表面上に成膜される構成であっても良い。アークイオンプレーティング法は、真空中で成膜材料を蒸発させ、アーク放電によりイオン化(電離)させたプラス電荷の成膜材料を、マイナス電荷が印加された母材本体2の表面に引き寄せて成膜する公知の方法である。
【0049】
(DLC被膜層4)
DLC被膜層4は、DLC被膜層成膜工程S7において、PVD法(物理蒸着法)に分類される真空アーク蒸着法により、母材本体2の表面に成膜された金属層3の表面に均一な厚さを持つ形に積層状に成膜される。DLC被膜層4は、上記真空アーク蒸着法により、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)の中では最もSP-3構造の比率が高く、最も高密度でかつ硬質な特徴を備えるとされるta-Cに分類される被膜層として形成される。ta-Cは、SP-3構造の比率が50%~90%で、かつ、水素含有量が5質量%以下のアモルファスカーボンである。
【0050】
詳しくは、DLC被膜層4は、真空アーク蒸着法の中でも特に表面の欠陥を少なく成膜できる手法として知られる公知のFCVA法(フィルタード陰極真空アーク法)により成膜される。FCVA法は、真空アーク蒸着法によりta-C被膜をワークに蒸着する際、陰極ターゲットの蒸発源である固体黒鉛から放出され得る電気的に中性な蒸発粒子であるドロップレット(SP-2構造あるいはそれに近い組成構造を持つマクロパーティカル)をプラズマの輸送中にプラズマからフィルタリングして、被膜に付着させにくくすることができる公知の手法である。
【0051】
ドロップレットが被膜に付着されにくくなることで、被膜の表面を凹凸の少ない幾何学的均一性(平坦性)及び化学的均一性を担保した形に形成することができる。その結果、DLC被膜層4を、表面が平滑で、かつ、機械特性の低下しにくい形に形成することができる。DLC被膜層4は、上記FCVA法を用いて、表面粗さRaが0.1μm以下であり、かつ、表面の欠陥が20%以下となるように形成されることが好ましい。また、DLC被膜層4は、厚さが0.5~5.0μmで、かつ、被膜のビッカース硬さが1,500~5,000Hvに形成されることが好ましい。被膜の硬さは、被膜の厚みが数十nm~数十μmの場合には、ナノインデンテーション硬さで示されることがある。
【0052】
また、DLC被膜層4は、上記FCVA法を用いて、表層部の屈折率が波長550nmにおいて1.5~3.0のta-C被膜として形成されることが好ましい。上記屈折率の測定方法としては、薄膜の屈折率を求める手法として知られる公知の分光エリプソメトリー法(薄膜に対する入射光と反射光の偏光状態の変化を測定する分析手法)や光干渉法が挙げられる。
【0053】
DLC被膜層4の表層部の屈折率は、DLC被膜層4の密度が低い場合、入射光が被膜内に吸収されて反射光の光量が少なくなることから小さくなる。反対に、DLC被膜層4の表層部の屈折率は、DLC被膜層4の密度が高い場合、入射光が被膜内に吸収されにくく反射光の光量が多くなることから大きくなる。
【0054】
したがって、母材本体2上に上記屈折率を備えた高密度なta-C被膜からなるDLC被膜層4を設けることで、部材表面からの水分の浸透を適切に防止することができる。DLC被膜層4は、中間層となる金属層3を間に介して母材本体2上に設けられることで、母材本体2上に密着性良く成膜される。これらの構成により、加飾部材1の水分による耐食性を適切に高めることができる。
【0055】
DLC被膜層4の成膜により、加飾部材1の表面には、図2に示すように、凹部2Aが陥凹された母材本体2の凹凸形状に依存した凹凸形状(凹部D)を持つ高密度、硬質、かつ、高い耐摩耗性を備える被膜層が形成される。DLC被膜層4及びその下層に形成される金属層3は、それぞれ、上述した真空アーク蒸着法やスパッタリング法により、母材本体2の表面に均一な厚さを持つ形に積層状に成膜される。したがって、DLC被膜層4及び金属層3は、それぞれ、母材本体2に陥凹された凹部2Aの略真上の位置に、凹部2Aの形状に即して寸胴状に凹んだ装飾模様となる凹部Dを形成する形に成膜される。
【0056】
上記加飾部材1の表面に形成される凹部Dは、その窪んだ先の内角部に被膜が肉盛り状に堆積することなく、内角部が母材本体2の凹部2Aの形状に依存して寸胴状に凹んだ輪郭が鮮明な内角部を成す形に形成される。したがって、母材本体2に陥凹する凹部2Aの形状を深く設定しなくても、加飾部材1の表面に輪郭が鮮明な凹凸模様を形成することができる。DLC被膜層4がta-C被膜から成ることで、加飾部材1の表面に形成される凹部Dを高密度、硬質、かつ、高い耐摩耗性を備える鮮明な模様形状に仕上げることができ、凹部Dの形状を崩しにくくすることができる。
【0057】
《その他の実施形態について》
以上、本発明の実施形態を1つの実施形態を用いて説明したが、本発明は、上記実施形態に示した構成に限定されず、本発明の要旨を変更をしない範囲内で種々の変更、追加、および削除が可能なものである。例えば、本発明の加飾部材は、水分による耐食性が必要な環境下で使用することを目的としたものであれば良く、屋内外の水まわり環境で使用される水栓用配管の他、水栓用配管以外にも適用することができるものである。
【符号の説明】
【0058】
1 加飾部材
2 母材本体
2A 凹部
3 金属層
3A 第1金属層
3B 第2金属層
4 DLC被膜層
D 凹部
S1 前工程
S2 鉛除去処理工程
S3 ブラスト処理工程
S4 鏡面仕上げ処理工程
S5 洗浄処理工程
S6 金属層成膜工程
S7 DLC被膜層成膜工程
図1
図2
図3