(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023068716
(43)【公開日】2023-05-18
(54)【発明の名称】ピロロキノリンキノンの微量分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20230511BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20230511BHJP
G01N 30/74 20060101ALI20230511BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20230511BHJP
【FI】
G01N30/88 E
G01N30/06 E
G01N30/74 F
G01N30/72 C
G01N30/06 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021179971
(22)【出願日】2021-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】辻 シャフィカ
(72)【発明者】
【氏名】池本 一人
(57)【要約】
【課題】血液などの対象サンプルから測定用サンプルを調製する過程におけるPQQのロスを低減し、かつ、測定用サンプル中のPQQをより正確に定量することのできる分析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 対象サンプル中で、ピロロキノリンキノン又はその塩と、アセトンと、を反応してアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を生成する反応工程と、
前記アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材処理して精製し、測定用サンプルを得る精製工程と、
クロマトグラフィー法による前記測定用サンプルに含まれる前記アセトン付加ピロロキノリンキノン及びその塩のクロマトグラムに基づいて、前記測定対象物に含有される前記ピロロキノリンキノン及びその塩の量を蛍光検出装置又は質量分析装置で定量する定量分析工程と、を有する、
分析方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象サンプル中で、ピロロキノリンキノン又はその塩と、アセトンと、を反応してアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を生成する反応工程と、
前記アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材処理して精製し、測定用サンプルを得る精製工程と、
クロマトグラフィー法による前記測定用サンプルに含まれる前記アセトン付加ピロロキノリンキノン及びその塩のクロマトグラムに基づいて、前記測定対象物に含有される前記ピロロキノリンキノン及びその塩の量を蛍光検出装置又は質量分析装置で定量する定量分析工程と、を有する、
分析方法。
【請求項2】
前記固相吸着材処理工程に使用する塩基が置換ピリジンである
請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記置換ピリジンが、メチルピリジンを含む、
請求項1又は2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記検出装置が、蛍光検出装置である
請求項1~3のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項5】
測定用サンプルが、血液由来である、
請求項1~4のいずれか1項に記載の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピロロキノリンキノンの微量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ピロロキノリンキノン(Pyrroloquinoline quinone。以下、単に「PQQ」ということがある)は、ピロール環とキノリン環が縮合したものがo-キノン構造をとる物質である。PQQは電子伝達体としての機能が知られており、必須アミノ酸リジンの代謝に関与するアミノアジピン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ(aminoadipate semialdehyde dehydrogenase;AASDH)中に取り込まれることで、AASDHが酸化還元反応できるようになる。すなわち、PQQはAASDHの補酵素と考えられており、このことから、ニコチンアミド(ピリジンヌクレオチド)とフラビンに次ぐ3番目の酸化還元補酵素とされ、新規のビタミンとなる可能性を有する。
【0003】
またPQQは、細胞の増殖促進作用、抗白内障作用、肝臓疾患予防・治療作用、創傷治癒促進作用、抗アレルギー作用、逆転写酵素阻害作用、グリオキシラーゼI阻害作用および制癌作用などの多くの重要な生理活性を有するとされ、PQQ利用の産業上の重要性が高まっている。
【0004】
PQQは、細菌並びにカビおよび酵母など真菌に広く存在していることが知られていたが、近年、細菌だけでなく、イネなどの植物や哺乳類に至るまで広く存在することが報告されている。哺乳動物でも様々な組織、器官からその検出が報告されているものの、哺乳動物はPQQの合成経路をもたないため、PQQを食物から摂取しているとされる。
【0005】
このようなPQQの生体への影響をさらに研究し、更なる効果の発見や、PQQの効果を有効に発揮しやすい薬品やサプリメント、飲食用品、該用品などを開発するためには、生体サンプルなどに含まれるPQQを検出する方法の開発が望まれる。例えば、非特許文献1には、血漿中のPQQ濃度を、化学発光検出を備えた高速液体クロマトグラフィー法(HPLC-CL)により実施する方法が開示されている。また、非特許文献2には、アセトン付加体のPQQをHPLCで分離し、UV検出器で検出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Mizuho Fukuda et al., J Pharm Biomed Anal. Vol 145, pp814-820, 2017
【非特許文献2】Kenji. Kano et al., Analytical Science, Vol 7 pp 737, 1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法は、化学発光を利用するため特殊な装置や特殊な内標を必要とするため汎用性に乏しいうえ、操作も複雑になりやすい。また、非特許文献2に記載の方法は、PQQのアセトン付加体をHPLC-UVで分析しているものであるが、夾雑物が含まれる生体サンプルを対象としたものではない。実際、夾雑物が含まれる生体サンプルを対象とした場合には、当該方法では微量分析の感度に問題がある。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、血液などの対象サンプルから測定用サンプルを調製する過程におけるPQQのロスを低減し、かつ、測定用サンプル中のPQQをより正確に定量することのできる分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、アセトンを用いてピロロキノリンキノンをより安定なアセトン付加ピロロキノリンキノン(以下、「ACTPQQ」ともいう)へ変換した後に、所定の精製工程と定量分析工程を経ることにより、上記課題を解決し得ることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕
対象サンプル中で、ピロロキノリンキノン又はその塩と、アセトンと、を反応してアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を生成する反応工程と、
前記アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材処理して精製し、測定用サンプルを得る精製工程と、
クロマトグラフィー法による前記測定用サンプルに含まれる前記アセトン付加ピロロキノリンキノン及びその塩のクロマトグラムに基づいて、前記測定対象物に含有される前記ピロロキノリンキノン及びその塩の量を蛍光検出装置又は質量分析装置で定量する定量分析工程と、を有する、
分析方法。
〔2〕
前記固相吸着材処理工程に使用する塩基が置換ピリジンである
〔1〕に記載の分析方法。
〔3〕
前記置換ピリジンが、メチルピリジンを含む、
〔1〕又は〔2〕に記載の分析方法。
〔4〕
前記検出装置が、蛍光検出装置である
〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の分析方法。
〔5〕
測定用サンプルが、血液由来である、
〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の分析方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、血液などの対象サンプルから測定用サンプルを調製する過程におけるPQQのロスを低減し、かつ、測定用サンプル中のPQQをより正確に定量することのできる分析方法を提供することができる。このような分析方法は、PQQ類に関連した健康食品や医薬品等の開発に資することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】ACTPQQ水溶液:実施例1において測定用サンプルをHPLC分析にて得られたクロマトグラフである。
【
図2】PQQ水溶液:比較例1において測定用サンプルをHPLC分析にて得られたクロマトグラフである。
【
図3】牛胎児血清中PQQ:実施例3において測定用サンプルをHPLC分析にて得られたクロマトグラフである。
【
図4】実施例3で得られたACTPQQ濃度の検量線を示す図である。
【
図5】ウサギ血漿中PQQ:実施例4において測定用サンプルをHPLC分析にて得られたクロマトグラフである。
【
図6】実施例4におけるウサギ血漿中PQQ濃度の推移を示す図である。
【
図7】ヒト血漿中PQQ:実施例5において測定用サンプルをHPLC分析にて得られたクロマトグラフである。
【
図8】実施例5で得られたACTPQQ濃度の検量線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態(以下、「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0014】
1.分析方法
本実施形態の分析方法は、対象サンプル中で、ピロロキノリンキノン又はその塩と、アセトンと、を反応してアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を生成する反応工程と、前記アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材処理して精製し、測定用サンプルを得る精製工程と、クロマトグラフィー法による前記測定用サンプルに含まれる前記アセトン付加ピロロキノリンキノン及びその塩のクロマトグラムに基づいて、前記測定対象物に含有される前記ピロロキノリンキノン及びその塩の量を蛍光検出装置又は質量分析装置で定量する定量分析工程と、を有する。
【0015】
ここで、「対象サンプル」とは、後述するように、血液サンプルなどや飲食品など、PQQの分析をする対象物を意味する。また、「測定用サンプル」とは、クロマトグラフィー法にかけることができるように、対象サンプルから夾雑物等を除いたサンプルを意味する。
【0016】
一般に、対象サンプル中に含まれる微量成分の超高感度分析は、MS等の質量分析により行うことが通常である。しかしながら、質量分析によって対象サンプル中に含まれるPQQの分析をしようとすると、PQQのイオン化が進行し難いために、微量分析の感度が低いということが分かってきた。
【0017】
これに対して、本実施形態においては、対象サンプルに含まれるPQQをアセトン付加体にしたうえで、蛍光検出装置又は質量分析装置で定量することにより、PQQの微量分析の感度を向上することができる。
【0018】
1.1.反応工程
反応工程は、対象サンプル中で、ピロロキノリンキノン又はその塩とアセトンとを反応して、アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を生成する工程である。反応方法としては特に限定されないが、例えば、ピロロキノリンキノン又はその塩をアセトンと混合してアルドール反応させる方法が挙げられる。該アルドール反応は、溶液下、懸濁状態、又はゲル状態のいずれで行ってよいが、水中で行うことが好ましい。
【0019】
反応温度は、好ましくは0~80℃であり、より好ましくは15~50℃である。反応温度が0℃以上であることにより、反応速度がより向上するため、工業的に好ましい。また、反応温度が80℃以下であることにより、必要とされる反応容器の耐圧性が低下し、高耐圧性の高価な加圧容器の使用を省くことができるため、工業的に好ましい。また、反応時間は、好ましくは1分~48時間であり、より好ましくは5~60分である。
【0020】
反応系中のアセトンの使用量は、ピロロキノリンキノン1質量部に対して、好ましくは0.1~40質量部であり、より好ましくは0.5~35質量部であり、さらに好ましくは1.0~30質量部である。
【0021】
上記アルドール反応中のpHは、好ましくは7超過であり、より好ましくは8~14であり、さらに好ましくは9~10である。この際、系中をアルカリ性にするために塩基を用いてもよい。そのような塩基としては、特に限定されないが、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが挙げられる。
【0022】
また、反応停止時には、系中のpHを中性もしくは酸性にしてもよく、酸性にすることが好ましい。そのような酸性にするための酸としては、特に限定されないが、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、過塩素酸、酢酸、クエン酸、シュウ酸、コハク酸、酒石酸などが挙げられる。
【0023】
1.1.1.測定対象
本実施形態の分析方法におけるアセトン付加ピロロキノリンキノンを下記式(1)に示す。アセトン付加ピロロキノリンキノンの有する3つのカルボキシル基のうち1~3つは、アルカリ金属塩などと塩を形成していてもよい。アルカリ金属としては、特に限定されないが、例えば、ナトリウムやカリウムなどが挙げられる。
【化1】
【0024】
次いで、本実施形態の分析方法における分析対象となるピロロキノリンキノンを以下に示す。PQQには、下記式(2)で表される酸化型PQQと、下記式(3)で表される還元型PQQがある。対象サンプルに含まれるPQQは、環境に応じて酸化型PQQが相対的に多い状態から還元型PQQが相対的に多い状態まで様々取りうる。例えば、対象サンプルが溶液の場合には溶液中では還元が進みやすいため、還元型PQQが相対的に多く存在する傾向にある。他方で、対象サンプルが酸化環境下に曝されている場合には酸化型PQQが相対的に多く存在するする傾向にある。
【化2】
【0025】
本実施形態の分析方法の反応工程においては、酸化型PQQ及び還元型PQQのいずれからもアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を生成する。そのため、本実施形態の分析方法によれば酸化型PQQ及び還元型PQQの総量を定量することができる。
【0026】
また、分析対象となる上記ピロロキノリンキノンの塩としては、特に制限されないが、例えば、アルカリ金属及びアルカリ土類金属などの金属との塩;アンモニウムカチオン等の非金属との塩が挙げられる。特に、アルカリ金属塩の一種であるジナトリウム塩は、食品として多用されており、分析対象としては重要である。
【0027】
1.1.2.対象サンプル
対象サンプルは、ピロロキノリンキノンを含むものであれば、特に制限されないが、例えば、血液サンプル、組織サンプル、天然素材サンプルなど特に微量分析が求められるサンプル;カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などの経口投与用の薬剤及びサプリメント;飲料、ゼリー、グミ、レトルト食品やその他食品などの飲食品;化粧料、洗浄料、その他外用剤などの外用剤が挙げられる。
【0028】
このなかでも、対象サンプルは血液由来のものが好ましく、そのような対象サンプルとしては、特に限定されないが、例えば、全血、血漿、若しくは血清またはこれらに由来する対象サンプルが挙げられる。このなかでも、血漿若しくは血清またはこれらに由来する対象サンプルが好ましい。例えば、上記のようなPQQを含む、薬剤、サプリメント、飲食品、外用剤などを飲用又は使用した時に、血液中のPQQ量を分析することでPQQの取り込りこみ効率や、PQQが有効に機能を発揮するための血中濃度などの研究をより送信することが可能となる。そのため、このようなサンプルを対象とすることで、PQQ類に関連した健康食品や医薬品等の開発に資することができる。さらに、血液由来の対象サンプルは一般に夾雑物を多く含み、かつ、PQQの含有量が少ないこともありうるため、本実施形態の微量分析がより有効となる
【0029】
対象サンプルに含まれるピロロキノリンキノン又はその塩の含有量は、好ましくは0.0005~100nMであり、より好ましくは0.005~50nMであり、さらに好ましくは0.05~10nMである。本実施形態の分析方法によれば、このように比較的微量のピロロキノリンキノン又はその塩を含む対象サンプルであっても、簡便に定量分析を行うことが可能である。
【0030】
1.2.精製工程
精製工程は、アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材処理して精製し、測定用サンプルを得る工程である。固相吸着材を用いた精製処理としては、対象サンプルを固相吸着材に通過させて、夾雑物を固相吸着材に吸着させて、測定対象とするアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を得る方法や、対象サンプルを固相吸着材に通過させて、測定対象とするアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材に吸着させて、吸着しない夾雑物と分離し、その後、固相吸着材からアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を脱離させて溶出する方法が挙げられる。
【0031】
このなかでも、対象サンプルを固相吸着材に通過させて、測定対象とするアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材に吸着させて、吸着しない夾雑物と分離し、その後、固相吸着材からアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を脱離させて溶出する方法が好ましい。これにより、血液などの対象サンプルから測定用サンプルを調製する過程におけるPQQのロスが低減する傾向にある。
【0032】
ここで、固相吸着材の種類や、洗浄及び溶出用の溶媒の組成は、対象サンプルの種類等の諸条件に応じて適宜選択することができる。固相吸着材としては、特に限定されないが、例えば、疎水性官能基が結合したポリマーや、オクタデシルシリル(ODS)等を充填したカラムや、陽イオン交換体が充填された陽イオン交換カラムを使用することができる。このなかでも、ODSカラムが好ましい。
【0033】
以降においては、測定対象とするアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材に吸着させる場合の態様を例示するが、本実施形態の分析方法はこれに限定されない。
【0034】
1.2.1.固相吸着材のコンディショニング
アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を通過させる前に固相吸着材に、所定の溶液を通過させるコンディショニングを行ってもよい。
【0035】
このようなコンディショニング用の溶液としては、特に限定されないが、例えば、メタノールなどの低級アルコール、水、酸水溶液などが挙げられる。コンディショニング用の溶液は混合して用いてもよいし、別々に使用してもよい。
【0036】
コンディショニング用の溶液を別々に使用する場合としては、先に低級アルコールを通過させ、次いで水を通過させ、最後に酸水溶液を通過させてもよいし、その他、任意の順で通過させてもよい。このなかでも、先に低級アルコールを通過させ、次いで水を通過させ、最後に酸水溶液を通過させることが好ましい。これにより、血液などの対象サンプルから測定用サンプルを調製する過程におけるPQQのロスが低減する傾向にある。
【0037】
酸水溶液に含まれる酸としては、特に限定されないが、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、過塩素酸、酢酸、クエン酸、シュウ酸、コハク酸、酒石酸等が挙げられる。酸水溶液のpHは、好ましくは1~6であり、より好ましくは1~5であり、さらに好ましくは1~4である。
【0038】
1.2.2.固相吸着材への吸着
固相吸着材にアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を含む対象サンプルを通過させることで、対象サンプルに含まれるアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を固相吸着材に吸着させることができる。
【0039】
この際、対象サンプルは酸性であることが好ましく、pHは、好ましくは1~6であり、より好ましくは1~5であり、さらに好ましくは1~4である。このような酸性の対象サンプルは、上記反応工程において酸を用いて反応停止を行った場合にはその反応液をそのまま用いてもよい。
【0040】
固相吸着材に対象サンプルを通過させる方法としては、固相吸着材の入口側から加圧する加圧法、固相吸着材の出口側から減圧・吸引する減圧法、又は、遠心分力を書ける遠心分離法などが挙げられる。
【0041】
対象サンプルを通過させた固相吸着材に洗浄液を通過させて、夾雑物を洗浄してもよい。この際の洗浄液としては、水や酸水溶液が挙げられる。尚、酸水溶液としては、コンディショニングで例示したものが挙げられる。
【0042】
1.2.3.固相吸着材からの溶出
固相吸着材に溶出液を通過させることで、固相吸着材からアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を脱離し溶出させることができ、これにより測定用サンプルを得ることができる。なお、このようにして得られる測定用サンプルは、夾雑物が分離され、アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩を含むものとなる。
【0043】
このような溶出液としては、特に限定されないが、例えば、塩基水溶液、メタノールなどの低級アルコール、アセトニトリル、水などが挙げられる。溶出液は混合して用いてもよいし、別々に使用してもよい。
【0044】
溶出液を別々に使用する場合としては、先に塩基水溶液を通過させ、次いで水又は低級アルコールを通過させてもよいし、その他、任意の順で洗浄してもよい。このなかでも、先に塩基水溶液を通過させ、次いで水又は低級アルコールを通過させることが好ましい。これにより、血液などの対象サンプルから測定用サンプルを調製する過程におけるPQQのロスが低減する傾向にある。
【0045】
塩基水溶液に含まれる塩基としては、特に限定されないが、例えば、トリエチルアミン、ピリジン、置換ピリジンなどの有機塩基;水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機塩基が挙げられる。このなかでも、有機塩基が好ましく、ピリジン、置換ピリジンなどの複素環式芳香族化合物が好ましく、置換ピリジンがより好ましい。このような塩基を用いることにより、血液などの対象サンプルから測定用サンプルを調製する過程におけるPQQのロスが低減する傾向にある。
【0046】
さらに、溶出液で用いた塩基は測定用サンプルに含まれるため、後述する定量分析工程に影響の少ない塩基であることが好ましい。このような観点からすると、アセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩の定量分析工程の影響の少ない塩基としては、ピリジンよりは置換ピリジンが好ましい。この理由は特に限定されないが、市販のピリジンには、下記定量分析工程においてPQQと混同される不純物が含まれる場合があり、置換ピリジンを用いることでこのような不純物の影響を受けずにアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩の定量分析工程を実施できるためと考える。
【0047】
置換ピリジンとしては、特に限定されないが、例えば、メチルピリジン、エチルピリジン、ブチルピリジン、ジメチルピリジン等が挙げられる。このなかでも、メチルピリジンが好ましい。
【0048】
溶出液に含まれる塩基の含有量は、溶出液の総量に対して、好ましくは0.1~15質量%であり、より好ましくは2.0~10質量%である。塩基の含有量が上記範囲内であることにより、血液などの対象サンプルから測定用サンプルを調製する過程におけるPQQのロスが低減する傾向にある。
【0049】
1.2.4.希釈又は濃縮
上記のようにして得られた測定用サンプルは、後述する定量分析工程に供するのに適した濃度となるように、希釈又は濃縮してもよい。希釈する場合には、塩基水溶液、メタノールなどの低級アルコール、アセトニトリル、水など上述した溶出液によって、希釈する方法が挙げられる。また、濃縮する場合には、減圧による溶液の留去やガスを吹き付けることで溶液の留去を行い濃縮する方法が挙げられる。
【0050】
また、上記方法の他、上記のようにして得られた測定用サンプルから一度すべての溶媒を除去したのちに、任意の溶媒に再溶解して、任意の溶媒と濃度の測定用サンプルを再調整して、後述する定量分析工程に供してもよい。
【0051】
上記のようにして得られる測定用サンプルは、ピロロキノリンキノン又はその塩とアセトンとが反応して得られたアセトン付加ピロロキノリンキノン又はその塩と、その他の夾雑物が含まれている。
【0052】
1.3.定量分析工程
定量分析工程は、クロマトグラフィー法による測定用サンプルに含まれるアセトン付加ピロロキノリンキノン及びその塩のクロマトグラムに基づいて、測定対象物に含有されるピロロキノリンキノン及びその塩の量を蛍光検出装置又は質量分析装置で定量する工程である。
【0053】
ここで、「クロマトグラム」とは、溶出時間ごとに得られる各成分の信号を、時間(横軸)あたりの信号強度(縦軸)としてプロットすることで得られるチャートである。
【0054】
クロマトグラフィー法による測定用サンプルに含まれるアセトン付加ピロロキノリンキノン及びその塩の定量分析方法としては、常法を用いることができ、例えば、標準添加法、内部標準法、絶対検量線法が挙げられる。定量法は求める精度と補正を考慮して採用することができる。このなかでも、妨害の影響を最小限にして、分析精度を高める観点から、標準添加法が好ましい。
【0055】
本実施形態において用いる検出器は、蛍光検出装置又は質量分析装置である。このなかでも、蛍光検出装置が好ましい。このような、検出器を用いることにより、測定用サンプル中のアセトン付加ピロロキノリンキノン及びその塩の検出精度がより向上する傾向にある。また、蛍光検出装置は測定用サンプル中のアセトン付加ピロロキノリンキノンをイオン化する必要がないため、検出精度がより向上する傾向にある。特に、蛍光検出装置を用いた方法は、溶出液に置換ピリジンを用いる場合に好適である。
【0056】
蛍光検出装置の使用時にはアセトン付加ピロロキノリンキノン及びその塩を検出可能な励起波長と蛍光波長を使用すればよい。具体的には、このような励起波長は300~400nmに設定し,蛍光波長は420~550nmに設定すればよい。
【0057】
本実施形態において用い得るクロマトグラフィー法としては、求める精度と補正を考慮して採用すればよいが、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等の液体クロマトグラフィー(LC)が挙げられる。当該方法におけるカラム及び溶離液の組み合わせは特に制限されない。HPLC装置は、分離カラム、および分離溶液を分離カラムに送り込むポンプ、検出器を備える。HPLC装置は、それ以外の要素、例えば、オートサンプラー、ヒーター等備えていてもよい。
【0058】
分離カラムとしては、逆相カラムを用いることができる。逆相カラムとしては、例えば、オクタデシルシリル化シリカゲル充填剤を充填したカラム(ODSカラム、C8カラム、C2カラム)、これらにイオン交換樹脂を配合したカラムが挙げられるが、特にODSカラムが好ましい。特に、HPLCによる分析を行う場合には、粒径が5.0μm以下のオクタデシルシリル化シリカゲル充填剤を充填したカラム(ODSカラム)を使用することが好ましく、粒径が1.7~5.0μmのODSカラムが更に好ましい。
【0059】
溶離液としては、特に制限されないが、例えば、燐酸バッファー、酢酸バッファー、ギ酸バッファー、炭酸バッファー、及びこれらの混合バッファーが挙げられる。また、必要に応じて有機溶媒を添加してもよい。このような有機溶媒としては、特に制限されないが、例えば、アセトニトリル、メタノールが挙げられる。また、分離度を上げることを目的として、イオンペア試薬を溶離液に添加するイオンペア法を用いてもよい。イオンペア試薬としては、特に制限されないが、例えば、アンモニウム塩、スルホン酸化合物等が挙げられる。
【0060】
溶出法としては、特に制限されないが、例えば、送液中において移動相(溶離液)の組成を変化させないアイソクラティック溶出法、及び、送液中において移動相(溶離液)の組成を変化させるグラジエント溶出法が挙げられる。溶出法は、分離能に応じて適宜選択することができる。
【0061】
本実施形態の分析方法は、PQQ定量分析において以下の利点、特徴を有する。第一に、アセトン付加体へと誘導体化することでPQQが安定になり、精製工程における回収率が高くなる。第二に、アセトン付加体へと誘導体化することで定量分析の感度がより向上できる。さらに、溶出液として所定のものを使用することで、PQQと混同してしまう物質が測定用サンプルに混入することを避けることもできる。
【実施例0062】
以下、本発明を実施例及び比較例を用いてより具体的に説明する。本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0063】
以下に分析に用いた各試料の調製方法を記載する。なお、実施例において用いた試薬は、特に記載がない限り和光特級の試薬を用いた。実験に使用したピロロキノリンキノンジナトリムは三菱瓦斯化学製BioPQQを使用した。固相吸着材はWaters製Sep-Pac C18を使用した。
【0064】
〔HPLC分析条件〕
送液ユニット :(島津製作所社製)
カラム :Inert Sustein C18
(ジーエルサイエンス製、長さ150mm、内径4.6mm)
検出器 :蛍光検出装置、励起355nm、蛍光460nm
HPLC溶離液:0.4%リン酸/27%メタノール水
カラム温度 :30℃
溶離液流速 :1mL/min、
導入量 :20μL
分析時間 :30min
【0065】
250mM炭酸緩衝液:
15.95gのNa2CO3と8.4gのNaHCO3を蒸留水で溶解し、総量が1Lとなるようにメスアップした。
【0066】
〔実施例1:アセトン付加体PQQ標品分析〕
純水に500μg/Lになるようにアセトン付加体PQQ標品(ACTPQQ)を加えて対象サンプルを調製した。
【0067】
そして、固相吸着材(C18カラム、500mg、3mL)をバキュームマニホールドに設置し、大気との圧力差3~5inHgになるように減圧して使用した。具体的には、固相吸着材にメタノール4mLと、水4mLと、0.1M塩酸2mLとをこの順で流してコンディショニングをした。次いで、上記のようにして調製した対象サンプル300μLを流して、ACTPQQを固相吸着材に吸着し、水2mLをさらに流して洗浄した。その後、メチルピリジンの5%水溶液600μLを固相吸着材に流して、ACTPQQを固相吸着材から溶出し、さらにメタノール600μLを2回流して測定用サンプルを得た。
【0068】
〔比較例1:PQQ標準分析〕
純水に500μg/LになるようにPQQ標品を加えて対象サンプルを調製した。そして、上記実施例1と同様の操作を行い測定用サンプルを得た。
【0069】
実施例1で得られた測定用サンプルと比較例1で得られた測定用サンプルを、さらに純水で10倍希釈して、HPLC分析を実施した。この時、HPLC溶離液は0.4%リン酸/35%メタノール水を使用した。HPLC分析の結果を表1に示す。また、
図1に実施例1のクロマトグラムを示し、
図2に比較例1のクロマトグラムを示す。
【0070】
【0071】
表1に示すように、HPLC分析において蛍光検出した場合には、PQQと比べて、ACTPQQのピーク面積が高いことが確認できた。このことから、ACTPQQとすることで分析感度が改善できることが分かった。また、固相抽出後の回収率についてはACTPQQの回収率が高く、ロスが少ないことも分かった。
【0072】
〔比較例2:ピリジンを使い誘導体化なし〕
メチルピリジンをピリジンに変更して、PQQを固相吸着材から溶出したこと以外は、比較例1と同様の操作を行って、測定用サンプルを得た。得られた測定用サンプルを、さらに純水で10倍希釈して、比較例1と同様にHPLC分析を実施した。その結果、PQQの溶出位置に別のピークが存在し、これによってPQQの検出が妨害されていることが分かる。また、この別のピークが存在するために、ピーク面積が大きくなって正しいピーク面積を得ることができなくなり、見かけ回収率が120%と大きく変化した。
【0073】
〔比較例3:誘導体化なし、ピリジン溶液による溶出〕
0.1M 塩酸に0.5mg/LなるようにPQQを加えて対象サンプルを調製した。そして、固相吸着材(C18カラム、2g、12mL)をバキュームマニホールドに設置し、大気との圧力差3~5inHgになるように減圧して使用した。具体的には、固相吸着材にメタノール4mLと、水4mLと、0.1M塩酸2mLとをこの順で流してコンディショニングをした。次いで、上記のようにして調製した対象サンプル10mLを流して、PQQを固相吸着材に吸着し、1mM塩酸20mLをさらに流して洗浄した。その後、ピリジンの5%3mLを固相吸着材に流して、PQQを固相吸着材から溶出し、測定用サンプルを得た。HPLC分析結果、PQQを検出できず、回収率が0%であった。
【0074】
〔実施例2:PQQアセトン反応の分析〕
PQQ水溶液250μLと250mM炭酸バッファー130μL、アセトン20μLを2mLのテストチューブに入れ50℃30分加熱した。そしてその後、反応停止のため、1M塩酸 100μLを加えた。
【0075】
そして、固相吸着材(C18カラム、500mg、3mL)をバキュームマニホールドに設置し、大気との圧力差3~5inHgになるように減圧して使用した。具体的には、固相吸着材にメタノール4mLと、水4mLと、1M塩酸2mLとをこの順で流してコンディショニングをした。次いで、上記のようにして調製した対象サンプル400μLを流して、ACTPQQを固相吸着材に吸着し、水2mLをさらに流して洗浄した。その後、メチルピリジンの5%水溶液400μLを固相吸着材に流して、PQQを固相吸着材から溶出し、さらにメタノール400μLを2回流して測定用サンプルを得た。
【0076】
実施例2で得られた測定用サンプルを純水で10倍希釈してHPLC分析を実施した。その結果を、初めのPQQ水溶液のPQQ濃度ごとにまとめたものを表2に示す。表2に示されるように、カラム精製による平均回収率は70%であった。また濃度依存性は直線でR2=0.9992であった。
【0077】
【0078】
〔実施例3:ウシ胎児血清中のPQQ微量分析〕
ウシ胎児血清(FBS)に所定量になるようにPQQを加えて、対象サンプルを得た。得られた対象サンプル250μLと250mM炭酸バッファー130μL、アセトン20μLを2mLのテストチューブに入れ50℃30分加熱した。そしてその後、反応停止のため、1M塩酸 100μLを加えた。
【0079】
そして、実施例2と同様の操作により測定用サンプルを得た。次いで、実施例3で得られた測定用サンプルを純水で10倍希釈してHPLC分析を実施した。その結果を、初めのPQQ水溶液のPQQ濃度ごとにまとめたものを表3に示す。また、
図3に濃度121nMのクロマトグラムを示す。検出下限は0.6nMであった。本実施形態の方法によって、高感度分析が可能であることが分かった。この実施例3で得られた検量線(
図4)を用いて以下の実験を行った。
【0080】
【0081】
〔実施例4:ウサギ投与〕
BioPQQ(三菱瓦斯化学社製)のカプセルをウサギに投与した。投与開始から経時的に耳から採血して血漿を準備した。このようにして得られた血漿サンプルを対象サンプルとしてアセトン付加反応を実施後、固相吸着処理とHPCLによる検出を実施例2と同様の操作により行った。なお、ACTPQQ濃度は,実施例3の
図4の検量線の回帰式:y=9897.4+195531にしたがうものとして計算した。これにより、ウサギの本実施形態の方法によれば、血中動態を分析することが可能であることがわかった。
【0082】
実施例4のHPLC分析の結果を表4と
図6に示す。また、
図5に経時間3hのサンプルのクロマトグラムを示す。
【0083】
【0084】
〔実施例5:ヒト血漿中のPQQ分析〕
正常ヒト血漿(コスモ・バイオ(株))に所定量になるようにPQQを加えて、対象サンプルを得た。得られた対象サンプル250μLと250mM炭酸バッファー130μL、アセトン20μLを2mLのテストチューブに入れ50℃30分加熱した。そしてその後、反応停止のため、1M塩酸 100μLを加えた。
【0085】
そして、実施例2と同様の操作により測定用サンプルを得た。次いで、実施例5で得られた測定用サンプルを純水で10倍希釈してHPLC分析を実施した。その結果を、初めのPQQ水溶液のPQQ濃度ごとにまとめたものを表5と
図8に示す。また、
図7に濃度100nMのクロマトグラムを示す。実施例5で示すように、本実施形態によればヒトの血漿も測定対象とすることができることが分かった。
【0086】
【0087】
〔参考例〕
PQQのアセトン付加体標品を希釈して濃度が0.2nMとなるように調整した。これのサンプル20μLを、検出器として蛍光検出装置に代えてUV検出波長259nmのUV検出器を備えること以外は上記HPLC分析条件と同じ条件により分析した。しかしながら、UV検出器ではクロマトグラムのピークは検出できなかった。これに代えて検出器として蛍光分析器を用いたこと以外は同様の条件で分析を行った結果、クロマトグラムのピークが検出された。そのクロマトグラムから算出されるピーク面積は8.13×104であった。このように、UV検出器では検出がむずかしいような低濃度のサンプルであっても蛍光検出装置を用いることで検出が可能だった。