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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023069120
(43)【公開日】2023-05-18
(54)【発明の名称】定量分析方法及び定量分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/86 20060101AFI20230511BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20230511BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20230511BHJP
   G01N 30/04 20060101ALI20230511BHJP
   G01N 30/06 20060101ALI20230511BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20230511BHJP
【FI】
G01N30/86 G
G01N27/62 D
G01N27/62 C
G01N30/72 A
G01N30/86 J
G01N30/04 P
G01N30/06 E
G01N30/88 N
G01N30/86 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021180759
(22)【出願日】2021-11-05
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂本 雄紀
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA06
2G041EA12
2G041FA10
2G041GA09
2G041HA01
2G041LA09
2G041MA05
(57)【要約】      (修正有)
【課題】ユーザーが検量線を作成することなく、マトリックス効果を軽減した糖類の定量を可能とする。
【解決手段】生物試料に含まれる目的化合物の定量方法であって、試料について予め定められた複数のカテゴリーの中から、目的試料が含まれる一つのカテゴリーの選択を受け付けるカテゴリー選択ステップS12と、目的試料に対し、誘導体化を含む所定の前処理を実施する前処理ステップS11と、GC/MS分析における分析条件と、複数のカテゴリーの各々について標準添加法による定量のための検量線情報と、が格納されたデータベースから提供された分析条件に基いて、GC/MS分析を実行する測定実行ステップS14、S15と、データベースにより提供された、カテゴリー選択ステップにおいて選択されたカテゴリーに対応する検量線情報を利用して、測定ステップにより得られたデータに基く定量処理を実施する定量処理ステップS13、S16と、を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物由来である試料に含まれる目的化合物を定量する定量分析方法であって、
試料について予め定められた複数のカテゴリーの中から、ユーザーによる、目的試料が含まれる一つのカテゴリーの選択を受け付けるカテゴリー選択ステップと、
前記目的試料に対し、誘導体化を含む所定の前処理を実施する前処理ステップと、
ガスクロマトグラフ質量分析における分析条件と、前記複数のカテゴリーの各々について標準添加法による定量のための検量線情報と、が格納されたデータベースから提供された前記分析条件に基いて、前記前処理ステップによる前処理済みの目的試料に対するガスクロマトグラフ質量分析を実行する測定実行ステップと、
前記データベースにより提供された、前記カテゴリー選択ステップにおいて選択されたカテゴリーに対応する検量線情報を利用して、前記測定ステップにより得られたデータに基く定量処理を実施する定量処理ステップと、
を有する定量分析方法。
【請求項2】
前記試料は生物由来の食品である、請求項1に記載の定量分析方法。
【請求項3】
前記目的化合物は糖類である、請求項2に記載の定量分析方法。
【請求項4】
前記複数のカテゴリーは、農産物、畜産物、水産物、という括り、又はそれらのうちの少なくとも一つを更に細分化した括りである、請求項2又は3に記載の定量分析方法。
【請求項5】
前記検量線情報は、前処理の際に試料に添加された所定の内部標準物質と該試料に添加された目的化合物のクロマトピークの面積又は高さの比を利用して作成された、標準添加法と内部標準法とに基く検量線情報であり、
前記前処理ステップでは前記内部標準物質を目的試料に添加し、前記定量処理ステップでは、該内部標準物質と目的化合物とのクロマトピークの面積比又は高さ比から定量値を求める、請求項1~4のいずれか1項に記載の定量分析方法。
【請求項6】
特定の目的化合物についての検量線情報は、存在比率が相対的に低い重水素又は炭素13を含む目的化合物の安定同位体を用いて標準添加法により作成されたものである、請求項1~5のいずれか1項に記載の定量分析方法。
【請求項7】
前記目的化合物は糖類であり、前記前処理ステップは、試料に含まれる化合物が溶媒に抽出された抽出試料を得る抽出ステップと、該抽出試料に対し誘導体化を行う誘導体化ステップとを含み、該誘導体化ステップでは、非プロトン性溶媒を添加して撹拌する操作と、少なくとも無水酢酸を添加して撹拌する操作とを実施する、請求項1~6のいずれか1項に記載の定量分析方法。
【請求項8】
生物由来である試料に含まれる目的化合物を定量する定量分析装置であって、
ガスクロマトグラフ質量分析における分析条件と、試料について予め定められた複数のカテゴリーの各々について標準添加法による定量のための検量線情報と、が格納されているデータベースと、
前記複数のカテゴリーの中から、ユーザーによる、目的試料が含まれる一つのカテゴリーの選択を受け付けるカテゴリー選択部と、
前記データベースにより提供された分析条件に基いて、所定の前処理が実施された前記目的試料に対するガスクロマトグラフ質量分析を実行する測定部と、
前記データベースにより提供された、前記カテゴリー選択部により選択された一つのカテゴリーに対応する検量線情報を利用して、前記測定部により得られたデータに基く定量処理を実施する定量処理部と、
を備える定量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物由来である試料に含まれる有機化合物を定量分析する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
農産物、畜産物、水産物などの生物に由来する食品には、糖類、脂肪酸、アミノ酸などの様々な代謝物である有機化合物が含まれている。近年、消費者の健康志向の高まりから機能性食品の開発が活発化しており、それに伴って、様々な食品に含まれる有用な化合物を探索したいという要望が増えている。一般に、試料に含まれるこうした化合物の定性或いは定量には、液体クロマトグラフ(LC)装置やガスクロマトグラフ(GC)装置、又は、それら装置と質量分析装置とを組み合わせた液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)やガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)などの分析装置が広く利用されている。
【0003】
上記分析装置を利用して試料中の目的化合物を定量する場合、一般的に、定量法として外部標準法(絶対検量線法ともいう)又は内部標準法のいずれかが利用される(非特許文献1等参照)。
【0004】
外部標準法では、既知の濃度に調製した目的化合物を含む標準試料を分析装置で分析して、該目的化合物に対応するクロマトピークの面積又は高さを取得し、濃度と面積(又は高さ)との関係を示す検量線を予め作成する。その後、その検量線を参照し、未知試料を分析することで得られた目的化合物に対応するクロマトグラムピークの面積(又は高さ)値から濃度値を算出する。
【0005】
一方、内部標準法では、目的化合物と該目的化合物とはクロマトグラム上で完全に分離される内部標準物質とをそれぞれ既知の濃度で含む標準試料を分析装置で分析し、その両化合物のクロマトピークの面積比(又は高さ比)を取得して、濃度と面積比との関係を示す検量線を予め作成する。その後、その検量線を参照し、既知濃度の内部標準物質が添加された未知試料を分析することで得られたピーク面積比から濃度値を算出する。
【0006】
内部標準法では、未知試料に元々含まれる化合物とクロマトグラム上で重ならないような内部標準物質を用意する必要があるといった煩雑さはあるものの、外部標準法で生じ得る試料の注入量の誤差を補正することができるという利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002-168844号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「GC分析の基礎 2.分析結果 2.4.定量方法」、[Online]、[2021年10月25日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL:https://www.an.shimadzu.co.jp/gc/support/faq/fundamentals/quantitative_method.htm#gc_2_4>
【非特許文献2】Ke Li、ほか8名、「Optimized GC-MS Method To Simultaneously Quantify Acetylated Aldose, Ketose and Alditol for Plant Tissues Based on Derivatization in a Methyl Sulfoxide/1-Methylimidazole System」、Journal of Agricultural and Food Chemistry、2013年、Vol.61、pp.4011-4018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
農産物、畜産物、水産物などの食品試料には、定量対象である糖類等の目的とする有機化合物以外に様々な化合物が多数含まれている。そのため、目的化合物以外のそうした夾雑物によるマトリックス効果によって、未知試料を分析したときの応答が、検量線作成時における標準試料に対する応答と大きく相違し、定量値の正確性を損なうことがしばしばある。マトリックス効果の程度は試料中の複数の夾雑物の組合せやその含有量によって相違するため、食品試料の種類等によって応答の変化の程度は相違し、場合によっては信頼に足る定量性が得られないことがある。
【0010】
こうした問題を解決する一つの方法として、実検体(未知試料)に既知濃度の目的化合物を添加して検量線を作成し、その検量線から実検体中の目的化合物の濃度を求める標準添加法がある。標準添加法がマトリックス効果の軽減に有効であることは、非特許文献1、特許文献1にも記載されている。
【0011】
しかしながら、標準添加法では、検量線を作成するために、複数の濃度の目的化合物をそれぞれ未知試料に添加して複数の標準試料を調製し、その複数の標準試料をそれぞれ分析する必要がある。即ち、目的化合物が同じであっても、未知試料毎に検量線を作成する作業を行う必要がある。また、試料に含まれる複数の目的化合物の定量を行う場合、試料に元々含まれている目的化合物の濃度がその化合物によって大きく相違すると、複数の目的化合物についての濃度算出を1回の標準添加法で行えないことがある。その場合、目的化合物毎に試料に添加する既知濃度の範囲を変えて標準添加法による検量線の作成を行う必要がある。
【0012】
こうしたことから、未知試料中の複数の目的化合物を定量するための試料調製及び分析にかなりの手間と時間が掛かる。特に、ガスクロマトグラフィを利用して糖類などを定量する場合、誘導体化を含む試料の前処理に手間と時間を要するため、多数の未知試料について複数種類の化合物の定量を行おうとすると多大な時間と手間が掛かる。
【0013】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、ユーザーによる煩雑で手間と時間が掛かる、未知試料毎の標準添加法による検量線の作成に必要な試料調製や分析の作業の負担を軽減しながら、実用上十分な精度での定量結果を得ることができる定量分析方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために成された本発明に係る定量分析方法の一態様は、生物由来である試料に含まれる目的化合物を定量する定量分析方法であって、
試料について予め定められた複数のカテゴリーの中から、ユーザーによる、目的試料が含まれる一つのカテゴリーの選択を受け付けるカテゴリー選択ステップと、
前記目的試料に対し、誘導体化を含む所定の前処理を実施する前処理ステップと、
ガスクロマトグラフ質量分析における分析条件と、前記複数のカテゴリーの各々について標準添加法による定量のための検量線情報と、が格納されたデータベースから提供された前記分析条件に基いて、前記前処理ステップによる前処理済みの目的試料に対するガスクロマトグラフ質量分析を実行する測定実行ステップと、
前記データベースにより提供された、前記カテゴリー選択ステップにおいて選択されたカテゴリーに対応する検量線情報を利用して、前記測定ステップにより得られたデータに基く定量処理を実施する定量処理ステップと、
を有する。
【0015】
上記課題を解決するために成された本発明に係る定量分析装置の一態様は、生物由来である試料に含まれる目的化合物を定量する定量分析装置であって、
ガスクロマトグラフ質量分析における分析条件と、試料について予め定められた複数のカテゴリーの各々について標準添加法による定量のための検量線情報と、が格納されているデータベースと、
前記複数のカテゴリーの中から、ユーザーによる、目的試料が含まれる一つのカテゴリーの選択を受け付けるカテゴリー選択部と、
前記データベースにより提供された分析条件に基いて、所定の前処理が実施された前記目的試料に対するガスクロマトグラフ質量分析を実行する測定部と、
前記データベースにより提供された、前記カテゴリー選択部により選択された一つのカテゴリーに対応する検量線情報を利用して、前記測定部により得られたデータに基く定量処理を実施する定量処理部と、
を備える。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る定量分析方法及び定量分析装置の上記態様によれば、実用上十分な定量精度を確保しながら、ユーザーによる煩雑で手間と時間が掛かる、未知試料毎の標準添加法による検量線の作成に必要な試料調製や分析の作業の負担を軽減することができる。それにより、例えば、大量の未知試料に対する複数種類の糖類の定量分析を、効率的に且つ省力的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態である糖類定量分析システムの概略構成図。
図2】本実施形態の糖類定量分析システムを用いて実施される糖類の定量分析の手順及び処理の流れを示すフローチャート。
図3】本実施形態の糖類定量分析システムを用いて実施される定量分析方法の概要の説明図。
図4】未知試料と同一カテゴリーの食品試料に基く検量線を用いた場合の、糖類の定量結果の一例を示す図。
図5】未知試料とは異なるカテゴリーの食品試料に基く検量線を利用した場合の、糖類の定量結果の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[試料と定量対象の化合物]
本発明に係る定量分析方法及び定量分析装置の上記態様において、「生物由来である試料」の「生物」とは、植物、動物(ヒトを含む)、微生物を含み得る。
【0019】
また、「生物由来である試料」とは具体的には、例えば、生物由来である食品試料であり、野菜(葉茎菜類、根菜類、果菜類、果実的野菜類、香辛野菜など)や果物、きのこ類、穀物などの農産物、主として食肉である畜産物、主として魚である水産物などである。また、農産物、畜産物、及び水産物は、通常、加工されていない又は加工度が低い、つまりは素材そのもの又はそれに近い食品試料であるが、ここでは、例えば発酵、乾燥などの工程を経た加工品を含むものとすることができる。
【0020】
また、「生物由来である試料」は、上記食品試料以外に、生体由来の試料、例えばヒトから採取された血液、尿、汗、体液など、或いはそれから抽出される例えば血漿等を含むものとすることができる。
【0021】
本発明に係る定量分析方法及び定量分析装置の上記態様において、「複数のカテゴリー」とは、上記「生物由来である試料」の種類に応じて異なる。例えば、「生物由来である試料」が上述したような食品試料である場合、例えば、農産物、畜産物、水産物をそれぞれ一つのカテゴリーとすることができる。また、農産物の中を、野菜・果物類、きのこ類、穀物類といったカテゴリーに分けることができるし、さらに、葉茎菜類、根菜類、果菜類、果実的野菜類、香辛野菜類などのより細かいカテゴリーに分けることもできる。また、そうして細かく分けたカテゴリーの複数をまとめて一つのカテゴリーとすることもあり得る。また、水産物では同様に、例えば魚類、貝類、甲殻類などのカテゴリーに分けることができる。
【0022】
こうしたカテゴリーは、基本的には動物分類学、植物分類学等の分類学上の分類に従って設定することができるが、それは必須ではない。例えば、野菜等では、一般に、植物としての特性のみならず栽培の観点からの分類も考慮されており、それに従ったカテゴライズも可能である。勿論、そうした理論的或いは学問的な定義に基くカテゴライズだけではなく、実験的な検証に基くカテゴライズを行うことも可能である。
【0023】
なお、個々の試料の種類(例えば或る種類の野菜)とカテゴリーとはその対応関係が分かり易いことが望ましい。何故なら、目的試料がどのカテゴリーに含まれるかをユーザーが選択する際に、その選択に迷って時間を費やすことは適切でないからである。そのため、或る試料についてユーザーが常識的に或るカテゴリーに含まれると判断したときに、そのカテゴリーに対応付けられている検量線情報がその試料についての定量性が最も良好になる検量線情報であることは、必ずしも保証されなくてもよい(即ち、他のカテゴリーに対応付けられている検量線情報を使用した方が定量性が高いことがあり得てもよい)。
【0024】
また、本発明に係る定量分析方法及び定量分析装置の上記態様において、定量対象である「目的化合物」は、生物由来である試料に含まれ得る有機化合物であり、典型的には、糖類、脂肪酸、アミノ酸などの代謝物(通常は2次代謝産物)である。但し、一般的に、脂肪酸やアミノ酸は、LC/MS分析などを用いて定量する手法が有効であるのに対し、糖類についてはそうした手法では十分な定量が行いにくい。そうしたことから、本発明は、特に生物由来である試料に含まれる複数種類の糖類の定量に有効であるということができる。
【0025】
[試料の測定手法]
一般に、食品試料中の有機化合物の分析には、LC-MSが用いられることが多い。しかしながら、糖類には構造が類似した異性体が多く、それらは質量電荷比(m/z)での分離は困難である。そのため、クロマトグラフィでの分離が重要である。LCやLC-MSを用いてクロマトグラフィで高い分離性能を得ようとすると、通常、1時間以上もの長い分析時間を必要とする。これに対し、GC-MSでは、LC-MSと同様に、糖類の異性体をm/zで分離することはできないものの、クロマトグラフィの分離性能が高く、LCに比べてより小さい半値幅での分離が可能である。従って、多成分一斉分析を相対的に短い分析時間で以て行うことができる。そこで、本発明の上記態様では、試料に対する測定手法としてGC/MS分析を用いる。
【0026】
なお、よく知られているように、ガスクロマトグラフ-タンデム型質量分析装置(GC-MS/MS)は、2段階の質量分離が可能であるため、食品試料中の糖類と他の含有成分との分離に優れており、検出下限の低減やダイナミックレンジの拡大に有利である。従って、より好ましくは、試料に対する測定手法としてGC/MS/MSを用いるとよい。
【0027】
[本発明の一実施形態である定量分析方法及び装置]
本発明に係る定量分析方法及び定量分析装置の一実施形態について、以下に詳しく説明する。
この実施形態は、主として農産物、畜産物、水産物を中心とする食品試料中の複数種類の糖類の定量分析を行うものである。
【0028】
<定量分析方法の概要>
図3は、本実施形態の定量分析方法を説明するための模式図である。
一般に、GC、LC、GC-MS、LC-MS等の分析装置を用いて定量分析を行う場合、未知試料の定量に先立って、標準試料を用いて検量線を作成する作業が必要である。但し、上述したように、食品試料には目的とする糖類以外に様々な成分が含まれており、そうした夾雑物によるマトリックス効果が問題となる。マトリックス効果を軽減するには、定量法として標準添加法を用いることが望ましいものの、未知試料毎に標準試料を調製して検量線を作成するのは、ユーザーにとって作業の負担が大きい。そこで、この定量分析方法では、定量を行うために使用する標準添加法による検量線を、メーカー側で予め作成しデータベース化してユーザーに提供する。
【0029】
但し、ユーザーが定量分析したい食品の種類は膨大であり、メーカー側でその全ての食品について種類毎に標準添加法による検量線を作成することは、作業量が膨大であって現実的でない。勿論、定量可能である食品の種類をかなり限定すれば、食品の種類毎に検量線を用意することが可能ではあるものの、そうした装置は汎用性に乏しいものとなる。そこで、本実施形態の定量分析方法では、様々な食品が含まれ得る複数(図3の例では5個)の食品カテゴリーを定め、メーカー側でその食品カテゴリー毎に且つ目的化合物毎に検量線を用意する。ユーザーは、定量に先立って目的試料が含まれる食品カテゴリーを指定し、その食品カテゴリーに対応付けられている検量線を使用して目的試料に対する定量分析を実施する。
【0030】
図3に示すように、この定量分析方法では、食品カテゴリーとして、野菜類、根菜類、穀物類、食肉類、魚類の五つが定められている。ここでいう野菜類は、根菜類を除き、葉茎菜類、果菜類、果実的野菜類、香辛野菜類を含むものとする。検量線作成担当である作業者(通常は装置メーカー又は該装置に搭載するソフトウェア開発メーカーの担当者など)は、食品カテゴリー毎に代表的な食品試料(図3中の野菜A、根菜B、穀物C、肉D、魚E)を用意し、その食品試料を用いて以下のような手順で検量線を作成する。
【0031】
糖類をGC/MS分析する場合、そのままでは糖類を十分に分離することができないため、誘導体化を含む前処理を実施する。この前処理の具体的な手順は後述する。
作業者は、検量線作成用の食品試料(例えば野菜A)を複数に分取する。そして、その分取した食品試料に、定量対象である複数種類の化合物(糖類)a、b、…をそれぞれ既知の濃度で添加し、且つ、添加する目的化合物a、b、…の濃度を複数段階に変えることで、複数の標準試料を調製する。そうして用意した複数の標準試料と化合物a、b、…が添加されていない食品試料とに対しそれぞれ前処理を行い、そうして得られた前処理後の試料をそれぞれ、所定の分析条件(GC分析条件及びMS分析条件)の下でGC-MSで測定しデータを取得する。
【0032】
なお、前処理の際には、所定の内部標準物質も試料に添加する。これは、化合物a、b、…のクロマトピークの面積(又は高さ)そのものではなく、化合物a、b、…と内部標準物質のクロマトピークの面積比(又は高さ比)を使用して検量線を作成するためである。それによって、前処理時における化合物の回収率の差異を補正する機能を有する検量線を作成することができる。即ち、ここで作成される検量線は、基本的には標準添加法による検量線であるものの、実質的には、内部標準法と標準添加法とを組み合わせたものであるとみることもできる。なお、こうした内部標準法と標準添加法とを併用すること自体は、特許文献1等で知られている。
【0033】
分析の際のGC分析条件には、各化合物a、b、…及び内部標準物質に対応する保持時間の情報が含まれ、MS分析条件には、各化合物a、b、…及び内部標準物質に対応するモニタリングイオンのm/z値情報が含まれる。GC/MS分析では、各化合物a、b、…及び内部標準物質に対応して、その化合物及び内部標準物質が観測される保持時間付近の所定の時間範囲における、その化合物及び内部標準物質に対応するm/z値での抽出イオンクロマトグラムデータを取得する。これにより、抽出イオンクロマトグラムから、各化合物a、b、…のクロマトピーク面積と内部標準物質のクロマトピーク面積との比を求めることができる。そして、複数の標準試料における各化合物a、b、…の濃度とピーク面積比との関係から検量線を作成し、その検量線の傾き、具体的には1次式又は2次式の勾配係数の情報を検量線情報として取得する。
【0034】
これにより、図3に示すように、野菜A等の検量線作成用の食品試料毎に、各化合物a、b、…に対する検量線情報が求まる。試料の種類によって、前処理の際に各化合物が抽出される回収率には差異があるものの、ピーク面積比を利用することで、つまりは内部標準法を利用することで、その回収率の差異が補正された検量線を得ることができる。例えば装置メーカー側では、こうして得られた検量線情報を各食品カテゴリーに対応する検量線情報としてデータベース化し、ユーザーに提供する。
【0035】
ユーザーは、目的試料(未知試料)に含まれる化合物a、b、…の定量を行いたい場合、その目的試料が含まれる食品カテゴリーを選択する。図3に示すように、目的試料がトマトであれば、野菜類のカテゴリーを選択し、目的試料がマグロやイワシであれば、魚類のカテゴリーを選択すればよい。そして、ユーザーは、目的試料に対し規定の前処理を実行し、前処理の済んだ目的試料を所定の分析条件(GC分析条件及びMS分析条件)の下でGC-MSで測定し、データを取得する。
【0036】
前処理は装置メーカー側から指定されている内容であり、基本的には、検量線作成時に実施された前処理と同じである。従って、前処理時に、所定濃度の内部標準物質が目的試料に添加される。また、GC-MSでの分析条件も装置メーカー側から指定されているものであり、基本的には、検量線作成時に実施されたGC/MS分析と同じ分析条件である。
【0037】
目的試料に対するGC/MS分析により、各化合物a、b、…及び内部標準物質に対応して、その化合物及び内部標準物質が観測される保持時間付近の所定の時間範囲における、その化合物及び内部標準物質に対応するm/z値での抽出イオンクロマトグラムデータが得られる。この抽出イオンクロマトグラムから、各化合物a、b、…のクロマトピーク面積と内部標準標準物質のクロマトピーク面積との比を求める。このピーク面積比の値を、始めに選択した食品カテゴリーに対応付けられている各化合物a、b、…の検量線情報に照らしてそれぞれの濃度を算出する。
【0038】
このようにして、本実施形態の定量分析方法では、煩雑で時間が掛かる標準添加法に基く検量線をユーザー側において作成することなく、製造メーカー側において事前に作成された検量線を利用して食品試料に含まれる各種の糖類を定量することができる。このときに使用される検量線は標準添加法により作成されたものであるので、食品に含まれる糖類以外の様々な夾雑物によるマトリックス効果を軽減することができる。また、その検量線の作成時には内部標準法も併せて利用されているので、前処理における化合物の回収率の差異を補正することが可能である。
【0039】
さらにまた、本実施形態の定量分析方法では、多数の食品試料をカテゴリライズし、その食品カテゴリー毎に検量線情報をデータベースに登録して利用しているため、検量線を作成する際に要する労力や手間も軽減することができるのみならず、特定の種類の食品に限らない、様々な食品についての汎用性の高い定量分析を提供することができる。
【0040】
上記定量分析方法では次のような変形を行うことができる。
幾つかの糖類、例えばグルコース、フルクトース、スクロースなどの主要な糖類は、元々比較的高い濃度で以て生物由来の食品に含まれ得る。そのため、そうした化合物を対象とする検量線を作成する場合、使用する標準試料中の当該化合物の濃度が高く、特に低濃度範囲における検量線の精度が低下する可能性がある。そこで、こうした幾つかの特定の化合物については、存在比率が最も大きい同位体ではなく、例えば重水素(2H)や炭素13(13C)などの存在比率が小さい安定同位体元素を含む、化合物の安定同位体を利用して検量線を求め、その検量線の勾配係数を検量線情報としてデータベースに登録する。
【0041】
目的試料中の化合物の定量時には、その化合物の存在比率が小さい上記安定同位体を選択的に検出し、その安定同位体のピーク面積比を検量線情報に照らして濃度を算出する。これにより、上述したように、食品に含まれる濃度が高い化合物についても、つまりは食品に含まれる化合物の濃度の如何に拘わらず、幅広いダイナミックレンジで定量を行うことができる。
【0042】
<前処理方法の具体例>
ここで、食品試料をGC/MS分析する際の前処理の具体例について説明する。勿論、本実施形態の定量分析方法に採用可能な前処理はこれに限るものではない。
この前処理は、成分抽出工程と誘導体化工程の二つに大別できる。
【0043】
(1)成分抽出工程
まず、凍結乾燥させた食品試料を規定量だけ量り採り、所定量の溶媒(例えば、水 : メタノール : クロロホルム(1 : 2.5 : 1)の混合溶媒)と内部標準物質とを添加する。一例として、内部標準物質として、リビトール(Ribitol)、又は、検量線作成に使用されていない糖類の安定同位体、を用いることができる。そのあと、溶媒等が添加された食品試料を37℃の温度条件で20分間振とうすることで、その食品試料に含まれる化合物を溶媒中に溶解させる。次いで、その溶液を16,000gの条件で遠心分離し、上清を採取する。採取した上清に超純水を加え、再度、撹拌及び遠心分離したあと、規定量の上清を採取する。採取された上清を凍結乾燥させて抽出試料とし、成分抽出工程を終了する。
【0044】
(2)誘導体化工程
凍結乾燥された上記抽出試料に溶媒としてジメチルスルホシキド(DMSO)を添加し、十分に撹拌することで、抽出試料中の成分を溶媒に溶解させる。ここで、溶媒として非プロトン性溶媒であるDMSOを用いることにより、不斉炭素の立体配置が反転するエピメリ化(epimerization)や異性化を防止することができる。その後、溶液に誘導体試薬として1-メチルイミダゾール及び無水酢酸を添加し、撹拌した後、室温で10分間静置することで誘導体化(アセチル化)反応を促進させる。その後、その溶液に超純水を添加することで誘導体化反応を停止させ、ジクロロメタンなどの有機溶媒を用いて誘導体化された成分を抽出し、誘導体化工程を終了する。
【0045】
非特許文献2等でも報告されていることであるが、誘導体化を行う際の溶媒としてDMSOを用いることで、同一化合物の複数の立体異性体にそれぞれ対応してクロマトグラムに現れる複数本のピークを1本に集約することができる。また、誘導体試薬として1-メチルイミダゾールに無水酢酸を組み合わせることで、誘導体化反応の効率を上げることができる。
【0046】
<定量分析システムの一例の構成及び動作>
図1は、上述した定量分析方法を実施可能な、GC-MSを用いた糖類定量分析システムの一例の概略ブロック構成図である。また、図2は、この糖類定量分析システムを用いた定量分析の手順及び処理の流れを示すフローチャートである。
【0047】
図1に示すように、この糖類定量分析システムは、前処理装置2と、ガスクロマトグラフ(GC)部11及び質量分析(MS)部12を含む測定部1と、GC部11及びMS部12の動作をそれぞれ制御する分析制御部3と、測定部1で収集されたデータを処理するデータ処理部4と、システム全体の制御を担う制御部5と、共に制御部5に接続された入力部6及び表示部7と、を備える。データ処理部4は、機能ブロックとして、データ格納部41、クロマトグラム作成部42、定量分析部43、及び糖類定量データベース44、を含む。MS部12は、イオンの解離操作を伴わない通常の質量分析を行う質量分析装置、又は、MS/MS分析若しくはMSn分析が可能なタンデム型質量分析装置のいずれでもよい。
【0048】
糖類定量データベース44には、GC分析条件、MS分析条件、及び食品カテゴリー別検量線情報が格納されている。GC分析条件には例えば、一般的なGC分析条件であるキャリアガスの流量プログラムやカラムオーブンの温度プログラムのほか、定量対象である各糖類(化合物)の保持時間などを含む。MS分析条件には例えば、測定モード(正負の極性、各部への印加電圧など)のほか、定量対象である各糖類のモニタリングイオンのm/z値、確認イオン比などを含む。上述したように、通常、これら分析条件は検量線作成時における分析条件と同じに定められる。食品カテゴリー別検量線情報は、上述したように、例えば装置メーカー側で作成された、各食品カテゴリーに対応する化合物a、b、…毎の検量線情報である。
【0049】
一般に、分析制御部3、データ処理部4、及び制御部5は、CPU、メモリーなどを含んで構成されるパーソナルコンピューター又はより高性能であるワークステーションと呼ばれるコンピューターをハードウェアとし、該コンピューターに予めインストールされた専用の処理・制御ソフトウェア(コンピュータープログラム)を該コンピューター上で実行することによって、その機能の少なくとも一部が実現されるものとすることができる。糖類定量データベース44はその処理・制御ソフトウェアに含まれるものとしてもよいが、それとは別の糖類定量分析用のソフトウェアであってもよい。
【0050】
上記コンピュータープログラムは、例えば、CD-ROM、DVD-ROM、メモリーカード、USBメモリー(ドングル)などの、コンピューター読み取り可能である非一時的な記録媒体に格納されてユーザーに提供されるものとすることができる。また、上記プログラムは、インターネットなどの通信回線を介したデータ転送の形式で、ユーザーに提供されるようにすることもできる。さらにまた、上記プログラムは、ユーザーがシステムを購入する時点で、予めシステムの一部であるコンピューター(厳密にはコンピューターの一部である記憶装置)にプリインストールしておくこともできる。
【0051】
上記糖類定量分析システムを用いて目的試料(食品試料)中の糖類の定量を行う際の手順と動作を説明する。
ユーザーは、前処理装置2に目的試料をセットし、該前処理装置2により、既に例示したような手順に従った前処理を実行する(ステップS11)。ここでは、前処理装置2が自動的に上述したような手順による前処理を実施することを想定しているが、ユーザーが手作業で前処理を実施してもよい。この前処理において、目的試料には所定濃度の内部標準物質が添加され、目的試料中の糖類(化合物)は誘導体化される。
【0052】
前処理済みの目的試料を測定部1でGC/MS分析するに先立って、ユーザーは入力部6で所定の操作を行うことにより、目的試料が含まれる食品カテゴリーを選択する(ステップS12)。即ち、制御部5は、糖類定量データベース44に登録されている複数の食品カテゴリーを一覧で示す画面を作成して表示部7に表示し、ユーザーはそれを見て入力部6により一つの食品カテゴリーを選択する。図1(及び図3)に示す例では、食品カテゴリーとして、食肉類、魚類、野菜類、根菜類、穀物類の五つの食品カテゴリーが示され、ユーザーはその中から一つを選択する。制御部5は、ユーザーによる食品カテゴリーの選択を受け付ける。
【0053】
食品カテゴリーの選択を受けて、データ処理部4において定量分析部43は、選択された食品カテゴリーに対応付けられている各化合物の検量線情報を糖類定量データベース44から取得する(ステップS13)。また、分析制御部3は、GC分析条件及びMS分析条件を、糖類定量データベース44から取得する(ステップS14)。
【0054】
例えばユーザーによる指示を受けて、分析制御部3は、取得したGC分析条件及びMS分析条件に従ってGC部11及びMS部12をそれぞれ制御し、前処理済みの目的試料に対するGC/MS分析を実行する(ステップS15)。分析が進行するのに伴ってMS部12で得られるデータはデータ処理部4に入力され、データ格納部41に格納される。
【0055】
その後、クロマトグラム作成部42は、データ格納部41からデータを読み出して各化合物に対応する抽出イオンクロマトグラムを作成し、各化合物の保持時間と確認イオン比とを用いて各化合物を同定する。つまりは、検出された化合物が目的化合物であるか否かを確認する。そして、目的化合物が検出された場合、定量分析部43は、目的化合物及び内部標準物質に対する抽出イオンクロマトグラムにおいて観測されるピークの面積比を算出し、その面積比の値をその化合物の検量線に照らして定量値(濃度値)を算出する(ステップS16)。制御部5は、目的化合物毎の定量値を定量分析結果として表示部7に表示する。
【0056】
こうして、この糖類定量分析システムでは、ユーザー側において検量線を作成する作業を一切行うことなく、目的試料に含まれる各種の糖類の濃度値を得ることができる。
【0057】
なお、上記説明では、糖類定量データベース44には、食品カテゴリーに含まれる一つの食品試料を実際に分析することで作成された検量線情報が格納されていたが、この検量線情報は適宜に調整し得る。即ち、或る一種類の食品試料に対する検量線情報ではなく、例えば同じ食品カテゴリーに含まれる複数種類の食品試料をそれぞれ実際に分析することで作成された検量線情報を利用し、例えばそれらの平均をとる等の統計処理を行うことで最終的な検量線情報を求めてもよい。それによって、一つの食品カテゴリーに含まれる様々な食品試料に対して、全体的又は平均的な定量精度を向上させ得る。勿論、ユーザーは、どのような方法によって、或いはどのようなアルゴリズムによって検量線情報が作成されたのかを全く意識する必要はない。
【0058】
[定量分析の実験結果]
本実施形態の定量分析方法では、殆どの場合、定量分析に供される食品と、糖類定量データベース44に格納されている検量線情報が作成されたときの食品とでその種類が異なる。そこで、同じ食品カテゴリーに含まれる食品であれば、食品の種類が相違していても検量線情報を利用し得ることを確認するために、次のような実験を行った。
【0059】
まず、野菜類の食品カテゴリーについては果実的野菜の一つであるイチゴを用い、一方、穀物類の食品カテゴリーについては小麦を用い、それぞれ複数の糖類について上述した手順に従って検量線情報を作成した。ここで定量対象とした糖類は、meso-エリトリトール、ラムノース、フコース、リポース、マンニトール、トレハロース、マルトース、イソマルトースである。
【0060】
野菜類の食品カテゴリーに含まれるトマトを目的試料として用意し、該試料に上記糖類をそれぞれ50ng添加したうえで、前処理を実施した。この前処理済みの試料に対しGC/MS分析を行い、それにより得られたデータから、上記野菜類の食品カテゴリー及び穀物類の食品カテゴリーそれぞれの検量線情報を用いて、各糖類の定量値を算出した。但し、目的試料にもともと含まれている糖類の濃度は別途測定し、それを差し引くことで、添加した50ngの量に対応する定量値を求めている。
図4は、野菜類の食品カテゴリー(検量線作成時の食品試料はイチゴ)における検量線情報を用いた定量結果である。図5は、穀物類の食品カテゴリー(検量線作成時の食品試料は小麦)における検量線情報を用いた定量結果である。
【0061】
図4に示すように、同じ食品カテゴリーにおける検量線情報を用いて得られた定量値の真度は100±5%以内である。これに対し、図5に示すように、異なる食品カテゴリーにおける検量線情報を用いて得られた定量値の真度は、マンニトール、トレハロース、マルトース、及びイソマルトースにおいて15%以上外れている。この乖離は、食品の種類の違いによってマトリックスの影響を受けたことが原因であると推察される。換言すれば、マトリックスの影響の程度が類似している食品が含まれるように複数の食品カテゴリーを適切に定めることにより、各食品カテゴリーに対応付けられた、目的試料とは異なる種類の食品試料を用いて作成された検量線情報を使用して該目的試料の定量を行っても、実用的に十分な定量精度を確保可能である、ということができる。
【0062】
なお、上記実施形態や変形例はいずれも本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜修正や変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0063】
例えば、上記実施形態では、試料は食品であるが、上述したように、血液などの生体試料を対象としてもよい。その場合、カテゴリーがそれに合わせて適宜変更されることは当然である。また、定量対象の有機化合物は、糖類のみならず、脂肪酸、アミノ酸などでもよい。それら化合物をGC分析する場合に、誘導体化を行うことはよく知られており、その化合物に応じた前処理法を選択することができる。
【0064】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0065】
(第1項)本発明に係る定量分析方法の一態様は、生物由来である試料に含まれる目的化合物を定量する定量分析方法であって、
試料について予め定められた複数のカテゴリーの中から、ユーザーによる、目的試料が含まれる一つのカテゴリーの選択を受け付けるカテゴリー選択ステップと、
前記目的試料に対し、誘導体化を含む所定の前処理を実施する前処理ステップと、
ガスクロマトグラフ質量分析における分析条件と、前記複数のカテゴリーの各々について標準添加法による定量のための検量線情報と、が格納されたデータベースから提供された前記分析条件に基いて、前記前処理ステップによる前処理済みの目的試料に対するガスクロマトグラフ質量分析を実行する測定実行ステップと、
前記データベースにより提供された、前記カテゴリー選択ステップにおいて選択されたカテゴリーに対応する検量線情報を利用して、前記測定ステップにより得られたデータに基く定量処理を実施する定量処理ステップと、
を有する。
【0066】
(第8項)また、本発明に係る定量分析装置の一態様は、生物由来である試料に含まれる目的化合物を定量する定量分析装置であって、
ガスクロマトグラフ質量分析における分析条件と、試料について予め定められた複数のカテゴリーの各々について標準添加法による定量のための検量線情報と、が格納されているデータベースと、
前記複数のカテゴリーの中から、ユーザーによる、目的試料が含まれる一つのカテゴリーの選択を受け付けるカテゴリー選択部と、
前記データベースにより提供された分析条件に基いて、所定の前処理が実施された前記目的試料に対するガスクロマトグラフ質量分析を実行する測定部と、
前記データベースにより提供された、前記カテゴリー選択部により選択された一つのカテゴリーに対応する検量線情報を利用して、前記測定部により得られたデータに基く定量処理を実施する定量処理部と、
を備える。
【0067】
第1項に記載の定量分析方法及び第8項に記載の定量分析装置によれば、実用上十分な定量精度を確保しながら、ユーザーによる煩雑で手間と時間が掛かる、未知試料毎の且つ目的化合物毎の標準添加法による検量線の作成に必要な試料調製や分析の作業の負担を軽減することができる。それにより、例えば、大量の未知試料に対する複数種類の糖類の定量分析を、効率的に且つ省力的に行うことができる。
【0068】
(第2項)第1項に記載の定量分析方法において、前記試料は生物由来の食品であるものとすることができる。
【0069】
第2項に記載の定量分析方法によれば、例えば様々な食品に含まれる人体に有用な有機化合物を探索するのに有効である。
【0070】
(第3項)第2項に記載の定量分析方法において、前記目的化合物は糖類であるものとすることができる。
【0071】
第3項に記載の定量分析方法によれば、食品に含まれる複数種類の糖類を一斉に定量することができる。
【0072】
(第4項)第2項又は第3項に記載の定量分析方法において、前記複数のカテゴリーは、農産物、畜産物、水産物、という括り、又はそれらのうちの少なくとも一つを更に細分化した括りとすることができる。
【0073】
第4項に記載の定量分析方法によれば、マトリックス効果が近い食品を同じカテゴリーに入れることで、定量精度を高めることができる。
【0074】
(第5項)第1項~第4項のいずれか1項に記載の定量分析方法であって、前記検量線情報は、前処理の際に試料に添加された所定の内部標準物質と該試料に添加された目的化合物のクロマトピークの面積又は高さの比を利用して作成された、標準添加法と内部標準法とに基く検量線情報であり、
前記前処理ステップでは前記内部標準物質を目的試料に添加し、前記定量処理ステップでは、該内部標準物質と目的化合物とのクロマトピークの面積比又は高さ比から定量値を求めるものとすることができる。
【0075】
第5項に記載の定量分析方法によれば、試料の前処理時における化合物の回収率の差異や試料をガスクロマトグラフに注入する際の注入量の差異などに起因する定量誤差を補正することができる。それにより、例えば回収率にばらつきが大きい誘導体化を行ったような場合であっても、定量精度を向上させることができる。
【0076】
(第6項)第1項~第5項のいずれか1項に記載の定量分析方法であって、特定の目的化合物についての検量線情報は、存在比率が相対的に低い重水素又は炭素13を含む目的化合物の安定同位体を用いて標準添加法により作成されたものとすることができる。
【0077】
第6項に記載の定量分析方法によれば、試料中に含まれる濃度が元々高いような化合物について、検量線の濃度範囲が広くなり過ぎることを回避し、検量線の精度を向上させることができる。
【0078】
(第7項)第1項~第6項のいずれか1項に記載の定量分析方法であって、前記目的化合物は糖類であり、前記前処理ステップは、試料に含まれる化合物が溶媒に抽出された抽出試料を得る抽出ステップと、該抽出試料に対し誘導体化を行う誘導体化ステップとを含み、該誘導体化ステップでは、ジメチルスルホシキドなどの非プロトン性溶媒を添加して撹拌する操作と、少なくとも無水酢酸を添加して撹拌する操作とを実施するものとすることができる。
【0079】
第7項に記載の定量分析方法によれば、糖類を前処理する際に発生し易い異性体の発生を防止し、目的化合物に対応するクロマトピークを集約することで、定量性を高めることができる。
【符号の説明】
【0080】
1…測定部
11…GC部
12…MS部
2…前処理装置
3…分析制御部
4…データ処理部
41…データ格納部
42…クロマトグラム作成部
43…定量分析部
44…糖類定量データベース
5…制御部
6…入力部
7…表示部
図1
図2
図3
図4
図5