(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023069263
(43)【公開日】2023-05-18
(54)【発明の名称】強化繊維積層基材
(51)【国際特許分類】
B32B 5/26 20060101AFI20230511BHJP
B29C 70/10 20060101ALI20230511BHJP
【FI】
B32B5/26
B29C70/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021181012
(22)【出願日】2021-11-05
(71)【出願人】
【識別番号】000010065
【氏名又は名称】フクビ化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100133916
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 興
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 秀武
(72)【発明者】
【氏名】成沢 良輔
【テーマコード(参考)】
4F100
4F205
【Fターム(参考)】
4F100BA02
4F100BA22
4F100DG01A
4F100DG01B
4F100DH02
4F100EC08
4F205AA36
4F205AC05
4F205AD16
4F205HA05
4F205HA27
4F205HA33
4F205HA37
4F205HB02
4F205HC04
4F205HC07
4F205HF05
4F205HL15
4F205HM02
(57)【要約】
【課題】強化繊維樹脂成形体を成形する際に強化繊維が局部的に集束することを抑制することが可能な強化樹脂積層基材を提供する。
【解決手段】強化繊維積層基材は、一定の方向に配向された強化繊維5、6が集合した複数の繊維シート2、3と、複数の繊維シート2、3を一体に固定する糸状体4とを備える。複数の繊維シート2、3は、厚み方向に隣接する繊維シート2、3において強化繊維5、6の配向方向が互いに異なるように積層している。糸状体4は、複数の繊維シート2、3それぞれの強化繊維5、6の配向方向とは異なる方向に延びて複数の繊維シート2、3を積層した状態で固定している。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一定の方向に配向された強化繊維が集合した複数の繊維シートと、
前記複数の繊維シートを一体に固定する糸状体と
を備え、
前記複数の繊維シートは、厚み方向に隣接する繊維シートにおいて前記強化繊維の配向方向が互いに異なるように積層し、
前記糸状体は、前記複数の繊維シートそれぞれの前記強化繊維の配向方向とは異なる方向に延びて前記複数の繊維シートを積層した状態で固定している、
ことを特徴とする強化繊維積層基材。
【請求項2】
請求項1に記載の強化繊維積層基材において、
前記複数の繊維シートは、前記強化繊維が当該繊維シートの長手方向に対して直交する幅方向に配向された繊維シートを含む、
ことを特徴とする強化繊維積層基材。
【請求項3】
請求項1または2に記載の強化繊維積層基材において、
前記糸状体は、前記複数の繊維シートを一体に縫着する縫い糸である、
ことを特徴とする強化繊維積層基材。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の強化繊維積層基材において、
前記糸状体は、前記繊維シートの長手方向に直交する幅方向において幅全体にわたってジグザグに曲がりながら前記長手方向に延びている、
ことを特徴とする強化繊維積層基材。
【請求項5】
請求項4に記載の強化繊維積層基材において、
前記糸状体は、前記繊維シートの前記幅全体の範囲において、前記強化繊維に対して交差した状態で当該強化繊維を固定する、
ことを特徴とする強化繊維積層基材。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載の強化繊維積層基材において、
前記糸状体は、前記繊維シートの長手方向に直交する幅方向における両側の端部でジグザグに曲がりながら前記長手方向に延びている、
ことを特徴とする強化繊維積層基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強化繊維積層基材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、強化繊維を含む樹脂成形体を製造する場合、強化繊維からなる基材に樹脂を含侵させた後に引抜成形などの成形を行うことによって所望の形状の成形体を製造する方法が一般的である。引抜成形などに使用される強化繊維からなる基材には、ロービング、クロス、シートなど種々の形態の基材がある。
【0003】
例えば、特許文献1および2に記載されている基材は、一定の方向に配向された強化繊維が集合した複数の繊維シートを備え、複数の繊維シートが厚み方向に隣接する繊維シートにおいて強化繊維の配向方向が互いに異なるように積層した積層体の構成(例えば、特許文献1に記載された強化繊維が基材の長手方向に対して-α°、90°、+α°、0°にそれぞれ配向された繊維シートの積層体)を有する。このような繊維シートの積層体は、当該積層体の長手方向を基準として0°方向または90°方向に延びるステッチ糸(縫い糸)によって一体に縫着されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-227066号公報
【特許文献2】国際公開第2020/031834号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように繊維シートの積層体が0°方向または90°方向に延びるステッチ糸によって縫着された積層基材では、ステッチ糸が延びる方向と同じ方向に配向された強化繊維はステッチ糸によって固定されていない。例えば、0°方向に延びるステッチ糸では、0°方向に配向された(すなわち、ステッチ糸と平行に延びる)強化繊維を固定することができない。
【0006】
したがって、このような積層基材に樹脂を含浸して引抜成形を行う場合、とくに異形の断面形状(すなわち、点対称または線対称ではない断面形状)の成形体を引抜成形する場合には、成形体の断面におけるコーナー部(屈曲または湾曲した部分)などに向かう方向の張力が強化繊維に作用し、強化繊維がコーナー部に局部的に集束するという問題が生じる。強化繊維の局部的な集束により、成形体のコーナー部以外の部分(例えば、成形体のエッジ部分など)では、強化繊維が減るのに伴って樹脂リッチの状態になるので、成形途中または成形後に成形物の樹脂が欠けるおそれがある。
【0007】
本発明はかかる問題を解消するためになされたものであり、強化繊維樹脂成形体を成形する際に強化繊維が局部的に集束することを抑制することが可能な強化樹脂積層基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の強化繊維積層基材は、一定の方向に配向された強化繊維が集合した複数の繊維シートと、前記複数の繊維シートを一体に固定する糸状体とを備え、前記複数の繊維シートは、厚み方向に隣接する繊維シートにおいて前記強化繊維の配向方向が互いに異なるように積層し、前記糸状体は、前記複数の繊維シートそれぞれの前記強化繊維の配向方向とは異なる方向に延びて前記複数の繊維シートを積層した状態で固定していることを特徴とする。
【0009】
かかる構成によれば、糸状体が複数の繊維シートそれぞれの強化繊維の配向方向とは異なる方向に延びて複数の繊維シートを積層した状態で固定している。このため、強化繊維積層基材を用いて強化繊維樹脂製の成形体を成形する際に成形途中で繊維シートに張力が生じても、各繊維シートの強化繊維が糸状体で固定されているので、強化繊維が局部的に集束することを抑制することが可能になる。これにより、強化繊維の偏在に伴う樹脂リッチな部分の発生などの成形体の欠陥を減少することが可能になる。
【0010】
上記の強化繊維積層基材において、前記複数の繊維シートは、前記強化繊維が当該繊維シートの長手方向に対して直交する幅方向に配向された繊維シートを含むのが好ましい。
【0011】
かかる構成によれば、複数の繊維シートの積層体は、強化繊維が繊維シートの長手方向に対して直交する幅方向に配向された繊維シートを含むので、強化繊維積層基材を用いて製造された強化繊維樹脂成形体は繊維シートの幅方向に対応する方向からの荷重に対する強度が向上する。
【0012】
上記の強化繊維積層基材において、前記糸状体は、前記複数の繊維シートを一体に縫着する縫い糸であるのが好ましい。
【0013】
かかる構成によれば、縫い糸によって、複数の繊維シートを容易かつ確実に一体化することが可能である。
【0014】
上記の強化繊維積層基材において、前記糸状体は、前記繊維シートの長手方向に直交する幅方向において幅全体にわたってジグザグに曲がりながら前記長手方向に延びているのが好ましい。
【0015】
かかる構成によれば、繊維シートの幅全体にわたって繊維シートに含まれる全ての強化繊維を糸状体によって固定することが可能になり、強化繊維の局部的な集束を確実に抑制することが可能である。
【0016】
上記の強化繊維積層基材において、前記糸状体は、前記繊維シートの前記幅全体の範囲において、前記強化繊維に対して交差した状態で当該強化繊維を固定するのが好ましい。
【0017】
かかる構成によれば、繊維シートの幅全体の範囲において糸状体が強化繊維に対して交差した状態で当該強化繊維を固定するので、強化繊維の局部的な集束をより確実に抑制することが可能である。
【0018】
上記の強化繊維積層基材において、前記糸状体は、前記繊維シートの長手方向に直交する幅方向における両側の端部でジグザグに曲がりながら前記長手方向に延びているのが好ましい。
【0019】
かかる構成によれば、繊維シートの幅方向両側の端部で繊維シートに含まれる強化繊維を糸状体によって固定するので、強化繊維積層基材を用いての強化繊維樹脂成形体の成形時には少なくとも繊維シートの幅方向両側の端部における強化繊維の移動を抑制することが可能になる。このため、繊維シートの幅方向両側端部に対応する成形体の部位において樹脂リッチな部分の発生などの欠陥を減少することが可能になる。また、少ない止め代で強化繊維の局部的な集束を抑制することが可能になるので、強化繊維積層基材の製造コストを低減することが可能である。
【発明の効果】
【0020】
本発明の強化繊維積層基材によれば、強化繊維樹脂成形体を成形する際に強化繊維が局部的に集束することを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の第1実施形態に係る2層構造の強化繊維積層基材の全体構成を示す斜視図である。
【
図2】
図1の強化繊維積層基材の分解斜視図である。
【
図3】
図1の強化繊維積層基材の全ての強化繊維とステッチ糸の平面配置を示す説明図である。
【
図4】
図2の0°シートの一例を示す平面図である。
【
図5】
図2の90°シートの一例を示す平面図である。
【
図6】
図1の積層基材に樹脂を含侵して引抜成形体を製造するために用いられる成形装置の概略構成を示す図である。
【
図7】
図1の積層基材を用いた引抜成形体が
図6の成形型から引き抜かれる状態であって引抜成形体の強化繊維が均一に分散していることを示す斜視説明図である。
【
図8】本発明の比較例として、ステッチ糸が0°方向に延びる従来の積層基材を用いた引抜成形体が
図6の成形型から引き抜かれる状態であって引抜成形体の強化繊維が偏在していることを示す斜視説明図である。
【
図9】本発明の第2実施形態に係る4層構造の強化繊維積層基材の分解斜視図である。
【
図10】
図9の強化繊維積層基材の全ての強化繊維とステッチ糸の平面配置を示す説明図である。
【
図11】
図9の45°シートの一例を示す平面図である。
【
図12】
図9の-45°シートの一例を示す平面図である。
【
図13】本発明の第3実施形態に係る幅方向両側の端部のみステッチ止めした2層構造の強化繊維積層基材の全体構成を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、添付図面を参照しながら本発明の好ましい実施の一形態について詳述する。
【0023】
(第1実施形態)
図1および
図2に示されるように、第1実施形態に係る強化繊維積層基材(以下、積層基材1と言う)は、2層構造の積層基材であり、一定の方向に配向された強化繊維5、6が集合した複数(本実施形態では2枚)の繊維シート2、3と、2枚の繊維シート2、3を一体に固定する糸状体としてのステッチ糸4とを備える。積層基材1は、強化繊維に樹脂を含侵させた樹脂成形体を引抜成形などで成形する際の中間材料として用いられる。例えば、樹脂成形体の引抜成形を行う場合には、繊維シート2、3の長手方向D1を引抜方向DE(
図7、8参照)と一致させて成形作業を行う。
【0024】
2枚の繊維シート2、3は、厚み方向に隣接する繊維シート2、3において強化繊維5、6の配向方向が互いに異なるように積層している。
【0025】
第1実施形態では、繊維シート2、3は、
図1、
図2、
図4、および
図5に示されるように、具体的には、0°シート2、および90°シート3である。
【0026】
0°シート2は、繊維シート2、3の長手方向D1に一致する0°方向に配向された複数の強化繊維5をシート状に並べて固定することにより形成される。例えば、0°シート2は、
図4に示されるように、複数の0°配向の強化繊維5の集合体である繊維束B1を複数本並列させ、糸31で並列状態を保持させたものである。
【0027】
90°シート3は、繊維シート2、3の長手方向D1に直交する幅方向D2に一致する90°方向に配向された複数の強化繊維6をシート状に並べて固定することにより形成される。例えば、90°シート3は、上記と同様に、
図5に示されるように、複数の90°配向の強化繊維6の集合体である繊維束B2を複数本並列させ、糸32で並列状態を保持させたものである。
【0028】
強化繊維5、6は、炭素繊維またはガラス繊維などから選定された繊維材料で構成される。すなわち、強化繊維5、6としては、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、バサルト繊維、セラミックス繊維などの強化繊維を種々の形態、例えば、繊維束の形態(例えば、繊維を軽く撚り合わせたロービング状の形態)などが用いられるが、開繊した形態(すなわち、繊維束をばらして帯状に広げた形態)も用いることが可能である。
【0029】
なお、強化繊維5、6は、互いに異なる材料や物性であってもよい。
【0030】
本実施形態では2枚の繊維シート2、3を一体に固定する糸状体としてステッチ糸4が用いられる。ステッチ糸4は、2枚の繊維シート2、3を一体に縫着する縫い糸である。ステッチ糸4は、市販されている一般的なミシン糸を用いるが、加熱により繊維シート2、3に溶着する性質を有する材料、例えば熱可塑性樹脂または低融点ポリマーなどからなる糸を用いても良い。ステッチ糸4の太さは、繊維シート2、3を縫い付ける際に切れない程度の太さであればよい。例えば、ステッチ糸4として用いられるミシン糸の太さは、20~100番手が好ましい。なお、ステッチ糸4の縫い方については本発明では特に限定しないが、例えば波縫いなどの縫い方が採用される。
【0031】
図1、3に示されるように、ステッチ糸4は、2枚の繊維シート2、3それぞれの強化繊維5、6の配向方向(すなわち、0°および90°)とは異なる方向に延びて2枚の繊維シート2、3を積層した状態で固定している。
【0032】
図3には、
図1の積層基材1の全ての強化繊維5、6とステッチ糸4の平面配置が示されている。本実施形態では、ステッチ糸4は、
図1~3に示されるように、繊維シート2、3の長手方向D1に直交する幅方向D2において幅全体にわたってジグザグに曲がりながら長手方向D1に延びている。ジグザグに延びるステッチ糸4の各区間の方向P1およびP2は、強化繊維5の配向方向0°および強化繊維6の配向方向90°と異なるように設定されている。すなわち、ジグザグに延びるステッチ糸4の延びる方向(いわゆる止め材方向)P1およびP2は、長手方向D1に対する角度が0°より大きく90°よりも小さい範囲(例えば、5°~85°程度)に設定されている。
【0033】
図3に示されるように、ステッチ糸4は、繊維シート2、3の長手方向D1に直交する幅方向D2において幅全体にわたってジグザグに曲がることにより、繊維シート2、3の幅全体において強化繊維5、6に対して交差した状態になり、強化繊維5、6に対して交差した状態で当該強化繊維5、6を固定している。これにより、樹脂成形体の引抜成形などの成形時において各強化繊維5、6の移動を確実に規制することが可能である。
【0034】
(積層基材1を用いた強化繊維樹脂成形体の製造方法)
つぎに、上記の積層基材1を用いて強化繊維樹脂成形体を製造する一例として、引抜成形を用いて強化繊維樹脂製の引抜成形体100を製造する方法を説明する。
【0035】
強化繊維樹脂製の引抜成形体100を製造する場合、
図6に示される引抜き装置50を用いて引抜成形される。引抜き装置50は、シート送出ローラ51と、上流側ガイド52と、含浸槽53と、下流側ガイド56と、成形型57と、引取機58とを備える。
【0036】
シート送出ローラ51は、4枚の積層基材1を下流側に送り出すローラである。上流側ガイド52は、4枚の積層基材1を集約しながら下流側へ案内し、1つの積層体12を構成する。
【0037】
含浸槽53は、マトリックス樹脂の硬化前の状態のマトリックス樹脂54が張られている。4枚の積層基材1の積層体12は、ガイドローラ55によって案内されながら含浸槽53を通って硬化前のマトリックス樹脂54が含浸される。
【0038】
積層体12に含浸されるマトリックス樹脂54は、引抜成形体の母材となる樹脂である。マトリックス樹脂54としては、種々の熱硬化性樹脂が採用され、例えば、ビニルエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂などが使用される。また、難燃剤などの添加剤をマトリックス樹脂中に加えても良い。
【0039】
成形型57では、含浸後の積層体12を受け入れて加熱および加圧を行う金型であり、所定の断面形状、例えば、
図7に示されるようなL字形断面形状に成形して出口57aから引抜方向DEの下流側に排出する。
【0040】
引取機58は、成形型57から排出された引抜成形体100を引き取る構成を有する。具体的には、引取機58は、複数対のローラ58aと、上下方向に対応配置されかつローラ58aに掛け回された一対の無端ベルト58bとを備える。ローラ58aは、無端ベルト58bを介して引抜成形体100を上下から挟み込んだ状態で回転することにより、引抜成形体100を成形型57から排出させるとともに成形型57のさらに下流側に送り出す。
【0041】
以上のようにして4枚の積層基材1が積層された引抜成形体100を引抜成形によって連続的に成形することが可能である。
【0042】
なお、上記の積層基材1を用いて強化繊維樹脂成形体を製造する方法として、引抜成形以外の成形方法、例えば押出成形やプレス成形などによっても強化繊維樹脂成形体を製造することは可能である。
【0043】
(第1実施形態の特徴)
(1)
第1実施形態の積層基材1は、一定の方向に配向された強化繊維5、6が集合した複数の繊維シート2、3(すなわち、0°シート2および90°シート3)と、複数の繊維シート2、3を一体に固定するステッチ糸4とを備える。複数の繊維シート2、3は、厚み方向に隣接する繊維シート2、3において強化繊維5、6の配向方向が互いに異なるように積層している。ステッチ糸4は、複数の繊維シート2、3それぞれの強化繊維5、6の配向方向とは異なる方向に延びて複数の繊維シート2、3を積層した状態で固定している。
【0044】
かかる構成によれば、ステッチ糸4が複数の繊維シート2、3それぞれの強化繊維5、6の配向方向とは異なる方向に延びて複数の繊維シート2、3を積層した状態で固定している。このため、積層基材1を用いて強化繊維樹脂製の成形体を成形する際に成形途中で繊維シート2、3に張力が生じても、各繊維シート2、3の強化繊維5、6がステッチ糸4で固定されているので、強化繊維5、6が局部的に集束することを抑制することが可能になる。これにより、強化繊維5、6の偏在に伴う物性の低下や樹脂リッチな部分の発生などの成形体の欠陥を減少することが可能になる。
【0045】
例えば、
図6および
図7に示されるように、L字断面形状を有する引抜成形体100を引抜成形によって成形する際に、成形途中では、繊維シート2、3(
図2および
図3参照)には、L字形の引抜成形体100のコーナー部100a(L字状に屈曲した角部)に集まる方向に張力が生じる。この場合でも、
図1~3に示されるように各繊維シート2、3の強化繊維5、6がステッチ糸4で固定されているので、強化繊維5、6が局部的に集束することを抑制することが可能になる。したがって、
図7に示されるように、引抜成形体100に含まれる強化繊維5、6(とくに0°配向の強化繊維5)は均一に分散した状態が維持される。これにより、引抜成形体100のエッジ部分100b(L字形引抜成形体100の縁の部分)などにおいて、強化繊維5、6の偏在に伴う物性の低下や樹脂リッチな部分の発生などの欠陥が引抜成形体100に生じるおそれが減少する。
【0046】
なお、この効果は、引抜成形以外の他の成形方法(押出成形やプレス成形など)でも奏することは可能である。
【0047】
一方、比較例として、
図1の積層基材1におけるステッチ糸4が特許文献2に記載されているステッチ糸のように0°方向に延びている場合には、0°配向の強化繊維5がステッチ糸4によって固定されない。このような積層基材を用いてL字断面形状を有する引抜成形体100を引抜成形によって成形した場合、成形途中に生じるコーナー部100aに向かう方向の張力によって、
図8に示されるように、強化繊維5、6(とくに、0°配向の強化繊維5)がコーナー部100a周辺に局部的に集束する。したがって、引抜成形体100に含まれる強化繊維5、6(とくに0°配向の強化繊維5)が偏在するので、コーナー部100aから離れた引抜成形体100のエッジ部分100bでは強化繊維5、6が少ない樹脂リッチな部分Aが発生するなどの欠陥が生じる。この樹脂リッチな部分Aは引抜成形時または成形後において欠け易く、成形体としての強度を維持できない。
【0048】
この比較例を見ても、
図1~3に示される本実施形態の積層基材1のように、ステッチ糸4が複数の繊維シート2、3それぞれの強化繊維5、6の配向方向とは異なる方向に延びて複数の繊維シート2、3を積層した状態で固定する構成が、成形途中において強化繊維5、6の偏在を抑制し、樹脂リッチな部分などの欠陥を減少させる点で有効なことが理解される。
【0049】
(2)
第1実施形態の積層基材1では、複数の繊維シート2、3は、強化繊維6が当該繊維シート2、3の長手方向D1に対して直交する幅方向D2に配向された繊維シート3(90°シート)を含む。この構成により、積層基材1を用いて製造された強化繊維樹脂成形体は繊維シート2、3の幅方向D2に対応する方向からの荷重に対する強度が向上する。
【0050】
(3)
第1実施形態の積層基材1では、ステッチ糸4は、複数の繊維シート2、3を一体に縫着する縫い糸である。この構成により、縫い糸によって、複数の繊維シート2、3を容易かつ確実に一体化することが可能である。
【0051】
(4)
第1実施形態の積層基材1では、ステッチ糸4は、繊維シート2、3の長手方向D1に直交する幅方向D2において幅全体にわたってジグザグに曲がりながら長手方向D1に延びている。
【0052】
かかる構成によれば、繊維シート2、3の幅全体にわたって繊維シート2、3に含まれる全ての強化繊維5、6をステッチ糸4によって固定することが可能になり、強化繊維5、6の局部的な集束を確実に抑制することが可能である。
【0053】
(5)
第1実施形態の積層基材1では、ステッチ糸4は、繊維シート2、3の幅全体の範囲において、強化繊維5、6に対して交差した状態で当該強化繊維5、6を固定する。
【0054】
かかる構成によれば、繊維シート2、3の幅全体の範囲においてステッチ糸4が強化繊維5、6に対して交差した状態で当該強化繊維5、6を固定するので、強化繊維5、6の局部的な集束をより確実に抑制することが可能である。
【0055】
(第2実施形態)
図9に示されるように、第2実施形態に係る強化繊維積層基材11(以下、積層基材11と言う)は、4層構造の積層基材であり、一定の方向に配向された強化繊維5、6、9、10が集合した複数(第2実施形態では4枚)の繊維シート2、3、7、8と、4枚の繊維シート2、3、7、8を一体に固定する糸状体としてのステッチ糸4とを備える。
【0056】
なお、上記の強化繊維5、6、9、10は、第1実施形態の強化繊維5、6と同様の材料が用いられる。また、ステッチ糸4も第1実施形態のステッチ糸4と同様の材料が用いられる。
【0057】
第2実施形態では、4枚の繊維シート2、3、7、8は、0°シート2、および90°シート3、45°シート7、-45°シート8である。このうち、0°シート2、および90°シート3は第1実施形態と共通の構成を有する。
【0058】
45°シート7は、45°方向に配向された複数の強化繊維9をシート状に並べて固定することにより形成される。例えば、45°シート7は、
図4および
図5の0°シート2および90°シート3と同様に、
図11に示されるように、複数の45°配向(すなわち、積層基材11の長手方向D1に対して時計方向に45°傾斜する
図11の矢印D3の方向)の強化繊維9の集合体である繊維束B3を糸33で並列状態を保持させたものである。
【0059】
-45°シート8は、-45°方向に配向された複数の強化繊維10をシート状に並べて固定することにより形成される。例えば、-45°シート8は、上記の45°シート7と同様に、
図12に示されるように、複数の-45°配向(すなわち、積層基材11の長手方向D1に対して反時計方向に45°傾斜する
図12の矢印D4の方向)の強化繊維10の集合体である繊維束B4を糸34で並列状態を保持させたものである。
【0060】
4枚の繊維シート2、3、7、8は、厚み方向に隣接する繊維シート2、3、7、8において強化繊維5、6、9、10の配向方向が互いに異なるように積層している。具体的には、
図9に示される積層基材11では、0°シート2、45°シート7、90°シート3、および-45°シート10の順で積層されている。
【0061】
第2実施形態の積層基材11では、
図9および
図10に示されるように、ステッチ糸4は、4枚の繊維シート2、3、7、8それぞれの強化繊維5、6、9、10の配向方向(すなわち、0°、90°、45°、-45°)とは異なる方向に延びて4枚の繊維シート2、3、7、8を積層した状態で固定している。
【0062】
図10には、
図9の積層基材11の全ての強化繊維5、6、9、10とステッチ糸4の平面配置が示されている。本実施形態では、ステッチ糸4は、
図9および
図10に示されるように、繊維シート2、3の長手方向D1に直交する幅方向D2において幅全体にわたってジグザグに曲がりながら長手方向D1に延びている。ジグザグに延びるステッチ糸4の各区間の方向P1およびP2は、すべての強化繊維5、6、9、10の配向方向(すなわち、0°、90°、45°、-45°)と異なるように設定されている。すなわち、ジグザグに延びるステッチ糸4の延びる方向(止め材方向)P1およびP2は、長手方向D1に対する角度が0°より大きく90°よりも小さい範囲(例えば、5°~85°程度)であって、かつ、45°以外の角度に設定されている。
【0063】
図9に示される第2実施形態の積層基材11においても、上記第1実施形態と同様に、ステッチ糸4は、積層基材11の長手方向D1に直交する幅方向D2において幅全体にわたってジグザグに曲がりながら、繊維シート2、3、7、8に含まれる全ての強化繊維5、6、9、10に対して交差した状態で当該強化繊維5、6、9、10を固定している。これにより、樹脂成形体の引抜成形などの成形時において各強化繊維5、6、9、10の移動を確実に規制することが可能である。
【0064】
上記のように構成された第2実施形態の4層構造の積層基材11においても、上記(第1実施形態の特徴)の(1)~(5)の全ての作用効果を奏することが可能である。
【0065】
また、ステッチ糸が積層基材の各繊維シートの強化繊維の配向方向と異なる方向に延びる構成であれば、積層基材の積層数をさらに増やしても、上記第1および第2実施形態と同様の作用効果を奏することが可能である。
【0066】
(第3実施形態)
上記の第1、2実施形態では、ステッチ糸4が繊維シート2、3の長手方向D1に直交する幅方向D2において幅全体にわたってジグザグに曲がりながら長手方向D1に延びているが、本発明はこれに限定されるものではなく、積層基材におけるステッチ糸が配置される範囲を変えてもよい。
【0067】
具体的には、第3実施形態の強化繊維積層基材21(以下、積層基材21と言う)では、
図13および
図14に示されるように、ステッチ糸24は、積層基材21の長手方向D1に直交する幅方向D2における両側の端部(積層基材21の端縁21aに近い部分)でジグザグに曲がりながら長手方向D1に延びている。
【0068】
積層基材21のそれ以外の構成については、
図1~3に示される第1実施形態の積層基材1と共通の構成を有する。すなわち、積層基材21は、0°配向の強化繊維5が集合した繊維シート2(0°シート)と90°配向の強化繊維6が集合した繊維シート3(90°シート)とが積層された2層構造を有する。
【0069】
ステッチ糸24についてさらに詳細に言えば、ジグザグに延びるステッチ糸24の各区間の方向P3およびP4は、強化繊維5の配向方向0°および強化繊維6の配向方向90°と異なるように設定されている。すなわち、ジグザグに延びるステッチ糸24の延びる方向(いわゆる止め材方向)P3およびP4は、長手方向D1に対する角度が0°より大きく90°よりも小さい範囲(例えば、5°~85°程度)に設定されている。
【0070】
図13および
図14に示される第3実施形態の積層基材21の構成では、繊維シート2、3の幅方向D2両側の端部(端縁21aに近い部分)で繊維シート2、3に含まれる強化繊維5、6をステッチ糸24によって固定するので、積層基材1を用いての強化繊維5、6樹脂成形体の成形時には少なくとも繊維シート2、3の幅方向D2両側の端部における強化繊維5、6の移動を抑制することが可能になる。このため、繊維シート2、3の幅方向D2の両側端部に対応する成形体の部位において樹脂リッチな部分の発生などの欠陥を減少することが可能になる。また、少ない止め代で強化繊維5、6の局部的な集束を抑制することが可能になるので、積層基材1の製造コストを低減することが可能である。
【0071】
また、上記のように構成された第3実施形態の積層基材21においても、上記(第1実施形態の特徴)の(1)~(3)の作用効果を奏することが可能である。
【0072】
(変形例)
上記第1、3実施形態では、糸状体の一例としてステッチ糸4、24(縫い糸)を例に挙げて説明しているが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明の糸状体は、ステッチ糸だけでなく、繊維シート間に線状に塗布されたホットメルト系接着剤、または繊維シート間に挟まれた帯状のホットメルト不織布も含む。これらホットメルト系接着剤または不織布を糸状体として採用しても、上記第1~第3実施形態の作用効果を奏することが可能である。
【符号の説明】
【0073】
1、11、21 強化繊維積層基材
2 繊維シート(0°シート)
3 繊維シート(90°シート)
4、24 ステッチ糸(糸状体)
5、6、9、10 強化繊維
7 繊維シート(45°シート)
8 繊維シート(-45°シート)