(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023069367
(43)【公開日】2023-05-18
(54)【発明の名称】過共晶Al-Si合金及び過共晶Al-Si合金鋳物並びにその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20230511BHJP
C22C 1/02 20060101ALI20230511BHJP
B22D 1/00 20060101ALI20230511BHJP
B22D 21/04 20060101ALI20230511BHJP
【FI】
C22C21/02
C22C1/02 503J
B22D1/00 Z
B22D21/04 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021181160
(22)【出願日】2021-11-05
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】507073859
【氏名又は名称】日軽エムシーアルミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】織田 和宏
(72)【発明者】
【氏名】望月 鉄矢
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼買 瑞樹
(72)【発明者】
【氏名】鍋田 汐南
(72)【発明者】
【氏名】下村 眞美
(72)【発明者】
【氏名】王 多
(57)【要約】
【課題】Si含有量を大幅に増加させることなく簡便かつ安価に17×10-6℃-1以下の線膨張係数を発現させることができる過共晶Al-Si合金鋳物及び当該過共晶Al-Si合金鋳物に好適に用いることができる過共晶Al-Si合金並びに当該過共晶Al-Si合金鋳物の簡便かつ効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】Si:15.0~17.0wt%、Ni:3.0~5.0wt%、P:5~50ppm、を含有し、残部がAlと不可避不純物からなる組成を有すること、を特徴とする過共晶Al-Si合金。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:15.0~17.0wt%、
Ni:3.0~5.0wt%、
P:5~50ppm、を含有し、
残部がAlと不可避不純物からなる組成を有すること、
を特徴とする過共晶Al-Si合金。
【請求項2】
請求項1に記載の過共晶Al-Si合金からなり、
初晶Siの平均粒径(円相当径)が40μm以下であり、
隣接する共晶Si間の平均間隔が20μm以下であり、
線膨張係数が17×10-6℃-1以下であること、
を特徴とする過共晶Al-Si合金鋳物。
【請求項3】
Al3Niが晶出していること、
を特徴とする請求項2に記載の過共晶Al-Si合金鋳物。
【請求項4】
請求項1に記載の過共晶Al-Si合金からなるアルミニウム合金溶湯を1050℃以上の温度で5分以上保持した後、鋳造を行うこと、
を特徴とする過共晶Al-Si合金鋳物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線膨張係数が低い過共晶Al-Si合金鋳物を得るための過共晶Al-Si合金、線膨張係数が低い過共晶Al-Si合金鋳物並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム(Al)は鉄(Fe)やセラミックス等の他の素材と比較すると線膨張係数が高い金属であるが、例えば、エンジンシリンダーのライナー、VTRシリンダー、エンジンピストン、コンプレサーベーン等の高い寸法精度が要求されることに加えて温度変化が大きくなる各種機械部品においては、線膨張係数を低くすることが求められる。また、他の素材と接合して用いられる場合にも、線膨張係数の低いアルミニウム合金が求められる場合が多い。
【0003】
これに対し、アルミニウムの線膨張係数を低下させるために、共晶組成以上のSiを添加し、過共晶Al-Si合金として初晶Siを晶出させることが行われてきた。しかしながら、当該手法でアルミニウムの線膨張係数を低下させるためには大量のSiを添加する必要があり、Si含有量が20質量%以上となる場合はAl-Si合金の鋳造が困難となる。
【0004】
また、例えば、特許文献1(特開2009-263720号公報)では、低い線熱膨張係数と高い耐力を有するアルミニウム合金板材を得ることを目的として、Si:11.0~15.0質量%、Mg:0.3~1.0質量%、P、Srの一種または二種を合計で0.001~0.02質量%、および、Ti:0.005~0.15質量%またはTi:0.005~0.15質量%およびB:0.0005~0.05質量%を含有し、残分がAlと不可避不純物からなり、室温~100℃の範囲での平均線膨張係数:21×10-6/℃以下、室温における耐力:280N/mm2以上であることを特徴とする耐力に優れた低熱膨張アルミニウム合金板材、が提案されている。
【0005】
上記特許文献1に記載の低熱膨張アルミニウム合金板材においては、Si含有量を低下させ、Mg含有量を0.3~1.0質量%とし、Cu含有量を不純物範囲とした合金鋳塊は、板圧延時のエッジ割れや板切れの不安も無く厚さが2.5mm程度の板材に圧延加工でき、熱処理と冷間圧延を組み合わせることによって耐力が高く、さらに組成を選択することによって室温~100℃の範囲で線膨張係数が低くなる、とされている。
【0006】
また、特許文献2(特開昭62-056551号公報)では、従来の鍛造用耐熱アルミニウム合金程度の強度を有し、かつ線膨張係数の低いアルミニウム合金材料を提供することを目的として、化学組成が重量%で、Si:17~27%、Mg:2~10%および残部実質的にAlからなるAl合金急冷凝固粉末の押出材もしくは鍛造材であって、Al基地中にSiおよびMgが過飽和に固溶されたAl固溶体に主として細粒状の共晶Siが均一に分散してなることを特徴とする線膨張係数の低いAl合金材、が提案されている。
【0007】
上記特許文献2に記載のAl合金材においては、Siを15~25%含有しているので、Mgの添加とあいまって、従来の鍛造用Al合金に対して線膨張係数が300℃以下において20%程度低下する。また、本来機械的性質を劣化させない多量の共晶SiをAl固溶体中に細粒状に均一分散させたものであるから、機械的性質をまったく劣化させずに、良好な耐摩耗性を付与することができる。また、Mgを2~10%含有しているので、基地はMgを過飽和に固溶して固溶体硬化が図られ、強度向上および転位の阻止による線膨張係数の低下に資するものとなる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009-263720号公報
【特許文献2】特開昭62-056551号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載の低熱膨張アルミニウム合金板材は低い線膨張係数と高い耐力を兼ね備えているが、近年ではより低い線膨張係数が切望されている。また、特許文献2に記載のAl合金材はSiの含有量が極めて多く、Al合金急冷凝固粉末の押出材もしくは鍛造材であって、Al基地中にSiおよびMgが過飽和に固溶されたAl固溶体に主として細粒状の共晶Siを均一に分散させて得られるものであり、原料、製造プロセス及び製造コストの観点から適用できる部材が限定される。
【0010】
初晶Siによってアルミニウムの線膨張係数を低下させるためには相応量のSiを添加する必要があるが、近年では17×10-6℃-1以下の線膨張係数が求められているところ、当該熱膨張係数を有するアルミニウム合金を得るためには20質量%以上のSiを添加する必要がある。しかしながら、Si含有量が20質量%以上となる場合はAl-Si合金の鋳造が困難となる。
【0011】
加えて、多量のSiを添加すると粗大な初晶Siが形成しやすくなり、鋳造欠陥が生じやすくなる。また、粗大な初晶Siは大きな外部応力が印加された場合に破壊の起点となることから、靭性低下の原因となる。更に、初晶Siが多いと切削工具の摩耗や鋳物の表面性状の悪化を招く可能性がある。
【0012】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、Si含有量を大幅に増加させることなく簡便かつ安価に17×10-6℃-1以下の線膨張係数を発現させることができる過共晶Al-Si合金鋳物及び当該過共晶Al-Si合金鋳物に好適に用いることができる過共晶Al-Si合金並びに当該過共晶Al-Si合金鋳物の簡便かつ効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、過共晶Al-Si合金の組成、過共晶Al-Si合金鋳物の微細組織と線膨張係数の関係及び過共晶Al-Si合金鋳物の製造方法等について鋭意研究を重ねた結果、過共晶Al-Si合金に適量のPとNiを添加し、当該組成を有するアルミニウム合金溶湯を1050℃の温度で保持した後に鋳造を行い、過共晶Al-Si合金鋳物の初晶Siを微細化すると共に隣接する共晶Si間の平均間隔を低減すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0014】
即ち、本発明は、
Si:15.0~17.0wt%、
Ni:3.0~5.0wt%、
P:5~50ppm、を含有し、
残部がAlと不可避不純物からなる組成を有すること、
を特徴とする過共晶Al-Si合金、を提供する。
【0015】
本発明の過共晶Al-Si合金においては、5ppm以上のPを含むことで、溶融凝固時に初晶Siの形成核となるAlP化合物が多数形成され、微細な初晶Siが同時に多数形成されることで初晶Siの粗大化が抑制される。一方で、Pの含有量を50ppm以下とすることで、AlP化合物の数が多くなり過ぎず、形成されたAlP化合物は初晶Siに消費されるため、共晶凝固時には殆ど存在しないことになる。その結果、共晶凝固時に残液が過冷され、凝固時間が短くなることで共晶の粗大化が抑制される。これらの機構を用いて初晶Siと共晶Siを微細化するためには、Pの含有量を20~40ppmとすることが好ましい。
【0016】
また、本発明の過共晶Al-Si合金においては、3.0wt%以上のNiを含有することで、Al-Ni系化合物が晶出し、極めて効率的にα相を分断することで線膨張係数を低下させることができる。また、Niの含有量を5.0wt%以下とすることで、Al-Ni系化合物の粗大化による過共晶Al-Si合金鋳物の靭性低下を抑制することができる。
【0017】
ここで、一般的に金属材の線膨張係数は組成の影響が大きいとされているが、α相を微細に分断することによる線膨張係数の低下は本発明者らが初めて見出した現象であり、本発明は当該現象に基づいてなされたものである。
【0018】
また、本発明は、
本発明の過共晶Al-Si合金からなり、
初晶Siの平均粒径(円相当径)が40μm以下であり、
隣接する共晶Si間の平均間隔が20μm以下であり、
線膨張係数が17×10-6℃-1以下であること、
を特徴とする過共晶Al-Si合金鋳物、も提供する。
【0019】
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物は初晶Siの平均粒径(円相当径)が40μm以下となっており、微細な初晶Siの分散によってα相が分断され、線膨張係数が低い値となっている。また、粗大な初晶Siを含まないことから、応力印加時に初晶Siが破壊の起点となることに起因する引張強度や伸びの低下が抑制されている。
【0020】
また、本発明の過共晶Al-Si合金鋳物は隣接する共晶Si間の平均間隔が20μm以下となっており、極めて効果的にα相が分断され、線膨張係数が低い値となっている。また、共晶Siの微細化により、応力印加時に共晶Siが破壊の起点となることに起因する引張強度や伸びの低下が抑制されている。
【0021】
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物は、初晶Si及び共晶Siによるα相の分断により、線膨張係数が17×10-6℃-1以下となっている。線膨張係数は16.8×10-6℃-1以下であることが好ましく、16.5×10-6℃-1以下であることがより好ましい。ここで、本発明における「線膨張係数」とは、30~150℃における平均の線膨張係数を意味する。
【0022】
また、本発明の過共晶Al-Si合金鋳物は、Al3Niが晶出していること、が好ましい。例えば、Al-Ni-Cu系のアルミニウム合金において晶出するAl3Ni2と比較して、Al3Ni晶出物はアスペクト比が大きくなりやすく、効果的にα相を分断することができる。
【0023】
更に、本発明は、
本発明の過共晶Al-Si合金からなるアルミニウム合金溶湯を1050℃以上の温度で5分以上保持した後、鋳造を行うこと、
を特徴とする過共晶Al-Si合金鋳物の製造方法、も提供する。
【0024】
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物の製造方法で用いる過共晶Al-Si合金には5~50ppmのPが含まれており、当該PはAlP化合物として存在しているが、過共晶Al-Si合金の溶湯をAlP化合物の晶出温度以上となる1050℃以上に加熱(溶湯過熱処理)することで、AlP化合物が溶解する。その後、AlP化合物が再凝固する際には溶解前と比較して小さくなり、微細なAlP化合物が大量に分散することになる。
【0025】
ここで、微細なAlP化合物は初晶Siの形成核となり、微細な初晶Siが同時に多数形成されることで初晶Siの粗大化が抑制される。一方で、Pの含有量は50ppm以下となっており、AlP化合物の数が多くなり過ぎず、形成されたAlP化合物は初晶Siに消費されるため、共晶凝固時には殆ど存在しない。その結果、共晶凝固時に残液が過冷され、凝固時間が短くなることで共晶Siの粗大化が抑制される。即ち、本発明の過共晶Al-Si合金鋳物の製造方法においては、過共晶Al-Si合金に5~50ppmのPが含まれていることと、過共晶Al-Si合金の溶湯をAlP化合物の晶出温度以上に加熱することが極めて重要である。また、Pの含有量は20~40ppmとすることが好ましい。
【0026】
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物の製造方法においては、過共晶Al-Si合金の溶湯を1050℃以上に保持する時間を5分以上とすることで、AlP化合物の微細化効果を十分に発現させることができる。また、当該保持時間は、30分以下とすることが好ましい。保持時間が30分以下であれば、AlP化合物の微細化効果が失われることがないことに加え、エネルギー消費量の増加や溶解炉等の設備の劣化を抑制することができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、Si含有量を大幅に増加させることなく簡便かつ安価に17×10-6℃-1以下の線膨張係数を発現させることができる過共晶Al-Si合金鋳物及び当該過共晶Al-Si合金鋳物に好適に用いることができる過共晶Al-Si合金並びに当該過共晶Al-Si合金鋳物の簡便かつ効率的な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】実施アルミニウム合金鋳物1~4のミクロ組織写真である。
【
図2】比較アルミニウム合金鋳物1~4のミクロ組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の過共晶Al-Si合金及び過共晶Al-Si合金鋳物並びにその製造方法について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0030】
1.過共晶Al-Si合金
本発明の過共晶Al-Si合金は、適量のPとNiを含有していることを特徴としている。以下、各成分について詳細に説明する。
【0031】
(1)添加元素
(1-1)必須の添加元素
Si:15.0~17.0wt%
Siは、初晶Siや共晶Siとして晶出し、α相を分断し、線膨張係数を低下させる作用を有する。この線膨張係数を低下させる作用は、15.0wt%以上で顕著となる。またSiは鋳造性や耐摩耗性、引張強度、耐力、耐摩耗性等の機械的特性、切粉分断性を向上させる作用も有する。Si含有量が17.0wt%を超えると晶出物が粗大化しやすくなる。初晶Siが粗大化すると鋳造性が悪化するだけでなく、靭性の低下や切削工具の摩耗の悪化の原因となる。
【0032】
Ni:3.0~5.0wt%
Niは、Al-Ni系化合物として晶出して、α相の分断し、熱膨張係数を低下させる作用を有する。また、耐熱性向上にも寄与する。この作用は3.0wt%以上の添加で顕著となる。逆に5.0wt%以上となるとAl-Ni系化合物が粗大化しやすくなり、靭性が低下する可能性がある。
【0033】
P:5~50ppm(好ましくは、20~40ppm)
Pは、アルミニウム溶湯中に添加されると初晶Siの晶出核となるAlP化合物を形成し、初晶Siの微細化に寄与する。この効果は、5ppm以上で顕著となる。逆に50ppmを超えて添加されると粗大なAlP化合物が形成され、粗大なAlP化合物を晶出核として共晶Siが粗大化しやすくなり、α相の分断も不十分となり、線膨張係数の低下の効果が小さくなる。さらに、靭性低下も生じる。Pの好ましい含有量は20~40ppmである。
【0034】
(1-2)任意の添加元素
本発明の過共晶Al-Si合金を用いて得られる過共晶Al-Si合金鋳物の組織を微細化するために、微細化剤を添加してもよい。
【0035】
鋳造組織の微細化剤としては、Ti:0.05~0.20wt%、B:0.005~0.100wt%、Zr:0.05~0.20wt%の内、一種以上を添加することができる。Ti、B、Zrの添加により組織を微細化することで、主に靭性を向上させることができる。下限値未満ではその効果が小さく、上限値を超えて含有させても、すでに十分に微細化されており効果がない上、過剰に加えると粗大晶出物を形成することで延性に悪影響を及ぼすようになるため、上記範囲で制限する必要がある。
【0036】
(1-3)不可避不純物
本発明の過共晶Al-Si合金には再生原料が使用されることが多いため、本発明の過共晶Al-Si合金及び過共晶Al-Si合金鋳物の特性を阻害しない範囲での不可避不純物の含有が許容される。
【0037】
Cuは、機械的特性を向上させる作用を有するが、線膨張係数の低下への寄与がAl-Ni系化合物より少ないAl-Ni―Cu系化合物を形成し、Ni添加の作用効果を低減するため、0.6wt%以下とすることが好ましい。
【0038】
Feは、機械的特性を向上させる作用を有するが、Fe系化合物は針状化し、応力が加わった際に破壊の起点となり、靭性低下の原因となることから、1.0wt%以下とすることが好ましい。
【0039】
その他、Mg、Mn、Cr、V、Zn等の不純物は、本発明の過共晶Al-Si合金及び過共晶Al-Si合金鋳物の特性を阻害しない範囲での含有が許容されるが、0.05wt%以下に規制することが好ましい。
【0040】
2.過共晶Al-Si合金鋳物
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物は本発明の過共晶Al-Si合金からなり、微細組織の制御(α相の微細分断)によって線膨張係数が17×10-6℃-1以下となっていることを特徴としている。以下、過共晶Al-Si合金鋳物の微細組織について詳細に説明する。
【0041】
(1)初晶Si
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物においては、5ppm以上のPを含むことで、溶融凝固時に初晶Siの形成核となるAlP化合物が多数形成され、微細な初晶Siが同時に多数形成されることで初晶Siの粗大化が抑制される。その結果、初晶Siの平均粒径は40μm以下となっている。
【0042】
ここで、初晶Siの平均粒径は円相当径として求めればよい。円相当径とは、金属組織を顕微鏡観察した際に求まる初晶Siの占める面積を円相当の面積に換算したときの直径である。具体的には、顕微鏡写真を画像処理等して容易に求めることができる。初晶Siの領域とその他の領域とは顕微鏡写真上で明瞭にコントラストが異なるため、二値化処理したのち、各種画像計測処理を行う。また、平均粒径としては、例えば、一定視野内(測定面積:1.3mm2、測定視野数:3)の円相当径の平均値を用いることができる。
【0043】
(2)共晶Si
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物においては、Pの含有量を50ppm以下とすることで、AlP化合物の数が多くなり過ぎず、形成されたAlP化合物は初晶Siに消費されるため、共晶凝固時には殆ど存在しないことになる。その結果、共晶凝固時に残液が過冷され、凝固時間が短くなることで共晶の粗大化が抑制され、共晶Siの平均相間隔が20μm以下となっている。
【0044】
共晶Siの層間隔の測定方法は特に限定されず、従来公知の種々の方法によって測定することができるが、例えば、「軽金属学会鋳造・凝固部会:軽金属,38(1988)54-60」に記載されているデンドライトアームスペーシング測定手順の交点法を用いて測定することができる。
【0045】
また、共晶Siの観察方法も、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の方法を用いることができ、例えば、光学顕微鏡観察やSEM観察を用いればよい。共晶Siの領域とその他の領域とは顕微鏡写真やSEM観察像で明瞭にコントラストが異なるため、明瞭に識別することができる。
【0046】
(3)その他の晶出相
本発明の過共晶Al-Si合金には3.0~5.0wt%のNiが含まれているため、過共晶Al-Si合金鋳物にはAl3Niが晶出する。Al3Ni晶出物はアスペクト比が大きくなりやすく、効果的にα相を分断することができる。
【0047】
(4)α相
α相は、微細な初晶Siの分散、隣接する共晶Si間の平均間隔の低減及びAl3Niの晶出により、微細に分断されている。また、当該α相の微細分断によって、過共晶Al-Si合金鋳物の線膨張係数は17×10-6℃-1以下となっている。
【0048】
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物の形状及び大きさは本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、アルミニウム合金鋳物として従来公知の種々の形状及び大きさとすることができる。また、本発明の過共晶Al-Si合金鋳物は、重量鋳造やダイカスト等の特定の鋳造方法で製造されたものに限定されるものではなく、従来公知の種々の鋳造方法で製造されたものが含まれる。
【0049】
3.過共晶Al-Si合金鋳物の製造方法
本発明の過共晶Al-Si合金鋳物の製造方法は、本発明の過共晶Al-Si合金からなるアルミニウム合金溶湯を1050℃以上の温度で5分以上保持した後、鋳造を行うこと、を特徴としている。
【0050】
初晶Siの晶出核となるAlPの晶出温度は、約950℃であり、1050℃以上の温度に保持すると一度AlPが溶融し、その後、鋳造のために溶湯の温度を下げると微細なAlPが多数晶出し、さらに微細なAlPを晶出核とする微細な初晶Siと共晶Siが晶出する。初晶Siと共晶Siが微細に晶出することにより、α相が微細に分断され、過共晶Al-Si合金鋳物の線膨張係数が低下する。
【0051】
過共晶Al-Si合金の溶湯を1050℃以上に保持する時間を5分以上とすることで、AlP化合物の微細化効果を十分に発現させることができる。また、当該保持時間は、30分以下とすることが好ましい。保持時間が30分以下であれば、AlP化合物の微細化効果が失われることがないことに加え、エネルギー消費量の増加や溶解炉等の設備の劣化を抑制することができる。
【0052】
その他の鋳造条件については本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の鋳造方法及び鋳造条件を用いることができる。
【0053】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0054】
≪実施例≫
表1の実施例1~4として示す組成となるように配合した原料を黒鉛坩堝に挿入し、750℃で大気溶解した後、750℃で回転式脱ガス装置による脱ガス処理を施した。次に、大気中で残湯を1080℃まで昇温して10分間保持(溶湯過熱処理)した後に、重力鋳造法により舟型形状(JIS H 5202)に鋳造し、本発明の実施過共晶Al-Si合金鋳物1~4を得た。なお、鋳型温度は150℃とし、Cu及びFeは許容範囲内の不可避不純物として混入したものである。
【0055】
【0056】
≪比較例≫
表1の比較例1~5として示す組成とし、比較例1及び2については溶湯過熱処理を施さなかったこと以外は実施例と同様にして、比較過共晶Al-Si合金鋳物1~5を得た。
【0057】
[評価試験]
(1)微細組織
得られた実施アルミニウム合金鋳物及び比較アルミニウム合金鋳物の底面から13mmの位置を中心として、1cm角の立方体を切り出し、断面にバフ研磨を施して組織観察用試料とした。実施アルミニウム合金鋳物1~4及び比較アルミニウム合金鋳物1~4に関して、光学顕微鏡で観察されたミクロ組織を
図1及び
図2にそれぞれ示す。また、これらの観察結果から測定された初晶Siの平均粒径及び共晶Siの平均相間隔を表1に示す。
【0058】
全ての実施過共晶Al-Si合金鋳物において、初晶Siが微細化されると共に共晶Siの平均相間隔が小さくなっており、初晶Siの平均粒径は40μm以下、共晶Siの平均相間隔は20μm以下となっている。
【0059】
一方で、溶湯過熱処理を施していない比較過共晶Al-Si合金鋳物1及び2では共晶Siの平均相間隔が大きくなっており、20μmを大幅に超える値となっている。また、溶湯過熱処理を施した場合であっても、Siの含有量が多い比較過共晶Al-Si合金鋳物4では初晶Siが粗大化していることが分かる。
【0060】
(2)線膨張係数測定
各アルミニウム合金鋳物について、押棒式熱膨張測定により、30~150℃の平均線膨張係数を測定した。具体的には、φ10mm、長さ50mmのアルミニウム合金試験片を加熱した。棒状試料の伸びの変化は、検出棒によって差動変圧器に伝えられ、電圧の変化に正比例して変換され、記録計に試料温度とともに記録される。なお、加熱時の昇温速度は2℃/分とした。得られた結果を表1に示す。
【0061】
全ての実施過共晶Al-Si合金鋳物において、線膨張係数が17×10-6℃-1以下となっている。これに対し、溶湯過熱処理を施さず、共晶Si間隔が大きい比較過共晶Al-Si合金鋳物1及び2、Siの含有量が少なく初晶Si及び共晶Siによるα相の分断効果が得られていない比較過共晶Al-Si合金鋳物3、及びNi含有量が少なくAl3Ni晶出物によるα相の分断効果が十分に得られていない比較過共晶Al-Si合金鋳物5においては、線膨張係数が17×10-6℃-1よりも大きな値となっている。ここで、比較過共晶Al-Si合金鋳物4の線膨張係数は17×10-6℃-1以下となっているが、Si含有量が多いために初晶Siが粗大化しており、信頼性が要求される構造部材として使用することは困難である。