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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023069941
(43)【公開日】2023-05-18
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230511BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20230511BHJP
   C21D 8/12 20060101ALN20230511BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20230511BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
H01F1/147 175
C21D8/12 D
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021182197
(22)【出願日】2021-11-08
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】市原 義悠
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
【テーマコード(参考)】
4K033
5E041
【Fターム(参考)】
4K033AA02
4K033BA01
4K033BA02
4K033CA00
4K033CA01
4K033CA02
4K033CA03
4K033CA04
4K033CA07
4K033CA08
4K033CA09
4K033FA12
4K033HA01
4K033HA03
4K033JA04
4K033LA01
4K033MA00
4K033PA04
4K033PA07
4K033PA08
4K033PA09
5E041AA02
5E041BD10
5E041CA02
(57)【要約】
【課題】溶融凝固部を利用する磁区細分化技術を、透磁率の劣化を招くことなしに確立する。
【解決手段】方向性電磁鋼板の表裏両面の少なくとも一方の面に、該鋼板の圧延方向を横切る向きに延びる溶融凝固部を有する方向性電磁鋼板であって、前記溶融凝固部は、前記方向性電磁鋼板の母相と異なる成分組成および透磁率を有する、ものとする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板の表裏両面の少なくとも一方の面に、該鋼板の圧延方向を横切る向きに延びる溶融凝固部を有する方向性電磁鋼板であって、前記溶融凝固部は、前記方向性電磁鋼板の母相と異なる成分組成および透磁率を有する方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記溶融凝固部は、前記母相と透磁率の異なる成分を含む請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記溶融凝固部は、前記母相とは異なる1種または2種以上の金属元素を含む請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記溶融凝固部は、セラミックス化合物を含む請求項1、2または3に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記溶融凝固部は、前記母相と透磁率の異なる成分の含有量が5mass%以上40mass%以下である請求項2から4のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項6】
前記溶融凝固部は、前記圧延方向に周期的に形成され、前記溶融凝固部同士の圧延方向の間隔が1mm以上10mm以下である請求項1から5のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項7】
前記溶融凝固部は、直線状である請求項1から6のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巻鉄心変圧器などの鉄心材料として好適な方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、例えば、変圧器の鉄心用材料として用いられている。かかる変圧器においてはエネルギー損失及び騒音を抑える必要があるところ、前記エネルギー損失には方向性電磁鋼板の鉄損が、また前記騒音には方向性電磁鋼板の磁歪特性が、それぞれ影響している。
近年では、省エネ・環境規制の観点から、変圧器におけるエネルギー損失、及び、変圧器の動作時における騒音の低減が強く求められている。そのため、鉄損及び磁歪特性の良好な方向性電磁鋼板を開発することが、極めて重要となっている。
【0003】
ここで、方向性電磁鋼板の鉄損は、主としてヒステリシス損と渦電流損とから構成される。ヒステリシス損を改善する手法としては、GOSS方位と呼ばれる(110)[001]方位を鋼板の圧延方向に高度に配向させることや、鋼板中の不純物を低減することなどが開発されている。また、渦電流損を改善する手法としては、Siの添加により鋼板の電気抵抗を増大させることや、鋼板の圧延方向に被膜張力を付与することなどが開発されている。しかしながら、方向性電磁鋼板の更なる低鉄損化を追求する際には、これらの手法では製造上の限界がある。
【0004】
そこで、方向性電磁鋼板の更なる低鉄損化を追求する手法として、磁区細分化技術が開発されている。磁区細分化技術とは、仕上げ焼鈍後、または絶縁被膜の焼き付け後等の鋼板に対し、溝の形成や局所的な歪みの導入といった、物理的な手法で磁束の不均一性を導入することにより、圧延方向に沿って形成される180°磁区(主磁区)の幅を細分化して、方向性電磁鋼板の鉄損、特に渦電流損を低減させる手法である。
【0005】
例えば、特許文献1には、幅300μm以下かつ深さ100μm以下の線状溝を鋼板表面に導入することにより、0.80W/kg以上であった鉄損を、0.70W/kg以下まで改善する技術が提案されている。また、特許文献2には、二次再結晶後の鋼板表面の板幅方向にプラズマ炎を照射し、局所的に熱歪みを導入することにより、800A/mの磁化力で励磁した際の鋼板の磁束密度(B8)が1.935Tにおいて、最大磁束密度1.7Tかつ周波数50Hzで励磁した際の鉄損(W17/50)を0.680W/kgまで改善する方法が提案されている。
【0006】
なお、特許文献1に記載されるような線状溝を形成する手法は、鉄心成形後に歪み取り焼鈍を行っても磁区細分化効果が消失しないため、耐熱型磁区細分化と称される。ここで、方向性電磁鋼板に溝を形成する方法としては、例えば、電解エッチングによって鋼板表面に溝を形成する電解エッチング法(特許文献2参照)、高出力のレーザーによって鋼板を局所的に溶解・蒸発させるレーザー法(特許文献3参照)、歯車状のロールを鋼板に押し付けることで圧痕を与える歯車プレス法(特許文献4参照)が提案されている。
【0007】
これらの手法においては、溝や圧痕をより深くまで形成させることで優れた鉄損改善効果を得ることが可能であるが、溝や圧痕をより深くすることは通板性の劣化や鋼板の透磁率の劣化を招くため、単独では鉄損改善効果に限界があることが知られている。
【0008】
一般に、従来の溝による磁区細分化効果は、鋼板の溝端部の表面積が大きいほど高い効果が得られることが知られている。しかしながら、溝を板厚方向に深くまで形成すると、溝体積の増加によって、磁束密度の低下などの鋼板の磁気特性劣化に加え、破断などの製造上の不利益も増加する。したがって、従来の耐熱型磁区細分化材では溝の形成深さは制限されており、十分に高い鉄損改善効果を得るのは困難であった。
【0009】
この点を解決する技術として、特許文献5には、鋼板に溝を形成した後、溝部分に磁性体金属またはその合金を充填する手法が提案されている。この手法では溝部に磁性体を充填することにより、溝形成に伴う磁束密度の劣化を抑制できている。
【0010】
しかしながら、この従来手法においては、鋼板に溝を施すことが前提であるがゆえに、鉄損の改善量には限界があり、また溝部に充填した金属と鋼板母相との格子定数の差に起因する歪みによって、磁歪が劣化する不利もある。
【0011】
一方、特許文献6に記載されるような熱歪みを導入する手法では、歪み取り焼鈍によって、熱歪み導入の効果が得られなくなるため、非耐熱型磁区細分化と称される。ここで、非耐熱型磁区細分化では、鋼板に局所的な歪みを導入することにより、渦電流損を大きく低下させることができる。その反面、非耐熱型磁区細分化は、かかる歪みの導入に起因して、ヒステリシス損の劣化や磁歪の劣化を招くため、これ単独では鉄損の改善量に限界があることが知られている。
【0012】
また、特許文献7には、レーザー光を照射して溶融凝固線部を形成し、溶融凝固線部によって磁区細分化をはかることが提案されている。この溶融凝固線部は、方向性電磁鋼板の地鉄をレーザー光によって溶融凝固したものであり、溝のような凹部が形成されることなしに磁区の細分化をはかれることから、上記した溝形成による問題を回避できる利点がある。
【0013】
しかしながら、低鉄損化効果は従来の溝形成などの耐熱型磁区細分化手法と比較して小さいことに改善の余地があった。すなわち、溶融凝固部は母相と同じ組成か、または鋼板表面に形成された絶縁被膜をわずかに含有する組成であり、母相と溶融凝固部相との界面におけるミクロな透磁率差は小さく、磁区細分化効果をさらに引き上げることは難しかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特公平6-22179号公報
【特許文献2】特開2012-77380号公報
【特許文献3】特開2003-129135号公報
【特許文献4】特開昭62-86121号公報
【特許文献5】特開平5-186827号公報
【特許文献6】特開平7-192891号公報
【特許文献7】特開平6-212275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記したように、溶融凝固部を利用する磁区細分化技術を、更なる高特性な耐熱型磁区細分化材の開発に適用するには透磁率が問題になる。したがって、更なる高特性な耐熱型磁区細分化材の開発のためには、高い磁区細分化効果を得ることができる、透磁率の観点からの新しい手法の開発が必要である。そこで、本発明の目的は、この新たな手法を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
発明者らは、上記問題を解決すべく鋭意検討を重ねた。
磁区細分化技術は、鋼板に溝や熱歪みといった圧延方向の透磁率が大きく異なる領域を形成することにより、その領域の界面に磁極を形成させ、この磁極によって増加する静磁エネルギーを低減するために、鋼板の主磁区幅が細分化することを利用するものである。従来の溝形成による耐熱型磁区細分化材では、透磁率の異なる領域として溝の空隙部を利用している。この空隙部は歪み取り焼鈍を施しても変化しないため磁区細分化効果は維持される。しかしながら、この空隙部の存在によって鋼板全体の透磁率(磁束密度)も劣化する。
【0017】
一方、非耐熱型磁区細分化では、エネルギービームの照射によって熱歪みを導入している。この熱歪みによって発生する残留応力により、圧延方向である(001)方向と直交する(100)または(010)方向の磁化成分を有する、新しい磁区(還流磁区)が形成される。このとき、主磁区と還流磁区では磁化の向きが異なるため、圧延方向の局所的な透磁率の変化が生じ、磁区細分化が起こる。この熱歪みは歪み取り焼鈍によって解消されるため、磁区細分化効果も歪み取り焼鈍によって消滅する。しかしながら、主磁区、還流磁区ともに方向性電磁鋼板内部に形成するため磁束密度はほとんど変化しない。
【0018】
したがって、磁束密度を劣化させずに、より鉄損の低い耐熱型磁区細分化を行うためには、鋼板中に局所的に透磁率の異なる領域を形成することが重要と考えられる。次に、この実現方法について検討を行ったところ、エネルギービームによって鋼板を局所的に溶融-凝固させることが有利であり、さらにその溶融-凝固過程において、母相とは透磁率の異なる成分系、具体的には金属元素および/またはセラミックス化合物、を混合させることで、局所的な透磁率の変化を実現可能であることを突き止めた。
【0019】
本発明は、上記知見に基づきなされたものである。すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
(1)方向性電磁鋼板の表裏両面の少なくとも一方の面に、該鋼板の圧延方向を横切る向きに延びる溶融凝固部を有する方向性電磁鋼板であって、前記溶融凝固部は、前記方向性電磁鋼板の母相と異なる成分組成および透磁率を有する方向性電磁鋼板。
【0020】
(2)前記溶融凝固部は、前記母相と透磁率の異なる成分を含む前記(1)に記載の方向性電磁鋼板。
【0021】
(3)前記溶融凝固部は、前記母相とは異なる1種または2種以上の金属元素を含む前記(1)または(2)に記載の方向性電磁鋼板。
【0022】
(4)前記溶融凝固部は、セラミックス化合物を含む前記(1)、(2)または(3)に記載の方向性電磁鋼板。
【0023】
(5)前記溶融凝固部は、前記母相と透磁率の異なる成分の含有量が5mass%以上40mass%以下である前記(2)から(4)のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板。
【0024】
(6)前記溶融凝固部は、前記圧延方向に周期的に形成され、前記溶融凝固部同士の圧延方向の間隔が1mm以上10mm以下である前記(1)から(5)のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板。
【0025】
(7)前記溶融凝固部は、直線状である前記(1)から(6)のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、溶融凝固部を線状に形成した耐熱型磁区細分化方向性電磁鋼板において、磁束密度の劣化をまねくことなしに、鉄損の大幅な低減を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】透磁率の異なる成分の含有量と母相に対する比透磁率μとの関係を表すグラフである。
図2】透磁率の異なる成分の含有量と鉄損W17/50との関係を示すグラフである。
図3】透磁率の異なる成分の含有量と磁束密度Bの変化量ΔBとの関係を示すグラフである。
図4】透磁率の異なる成分の含有量と磁歪高調波レベルMHL15/50との関係を示すグラフである。
図5】溶融凝固部間隔Lpと母相に対する比透磁率μとの関係を示すグラフである。
図6】溶融凝固部間隔Lpと鉄損W17/50との関係を示すグラフである。
図7】溶融凝固部間隔Lpと磁束密度B8の変化量ΔBとの関係を示すグラフである。
図8】溶融凝固部間隔Lpと磁歪高調波レベルMHL15/50との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明を完成させるに至った実験結果について説明する。
[実験1]
一般的な方向性電磁鋼板の製造方法に従って冷間圧延工程までを経て製造された、方向性電磁鋼の冷延板鋼帯において、その一部の表面に金属元素またはセラミックスを任意の膜厚で電着させた。ここで、金属元素またはセラミックスには、Ni、Co、Cr、Sn、Cu-Zn、MgSiOおよびSiOを用いた。
この冷延板鋼帯の電着膜を施した部分の表面に対してレーザーを照射して該照射域の電着膜および鋼板地鉄を共に溶融凝固させた。このとき、レーザーの出力密度を、偏向速度vとレーザー出力Pの比P/vとして、1~20[J/m]となる条件で照射を行った。レーザー源としては、シングルモードファイバーレーザーを使用し、アシストガスなどは使用していない。なお、レーザーは、冷延板鋼帯の圧延方向と直交する向きに全幅にわたって直線状に照射した。そして、この照射を圧延方向に5mm間隔で繰り返し行った。
また、前記冷延板鋼帯の電着膜のない非電着部分に対しても、同様にレーザーを照射し、溶融凝固部を形成した。
【0029】
レーザー照射後の冷延板鋼帯について、残存する電着層を除去し、脱炭焼鈍を施した後焼鈍分離剤を塗布してコイル状に巻き取り最終焼鈍を行った。次いで、平坦化焼鈍を施し、張力被膜を鋼帯表面に形成した。得られた鋼帯のレーザーを照射した電着部分(以下、電着部ともいう)およびレーザーを照射した非電着部分(以下、非電着部ともいう)、さらにレーザーを照射していない非照射部分(以下、非照射部ともいう)から、それぞれ試験片を切り出し、JIS C2550に記載のエプスタイン法により、磁気特性としてW17/50及びBを測定した。そして、各試験片のBから、磁束密度Bの変化量ΔB(=電着部または非電着部のB-非照射部のB)を算出した。
【0030】
ここで、W17/50とは、鋼板の圧延方向に1.7T、50Hzの交番磁化を与えたときの鉄損値を意味し、Bとは、磁化力800A/mで圧延方向に磁化したときの磁束密度を意味する。
【0031】
また、上記した電着部、非電着部および非照射部から切り出した各試験片に対し、ヒステリシスループの測定を行い、初期磁化曲線における最大透磁率を測定し、非照射部の最大透磁率に対する電着部の最大透磁率の比μ(=μ電着部/μ非照射部):以下、「母相に対する比透磁率」とも示す)を、透磁率変化の指標として算出した。
【0032】
さらに、各試験片について、レーザードップラー式の磁歪振動計を用いて、1.5T、50Hzの正弦波交流磁化したときの磁歪振動波形を測定した。これを100Hz毎の周波数の振動加速度成分にフーリエ分解し、各周波数成分にAスケールで聴感補正した値を0~1000Hzまで積算した値を、磁歪特性の指標、磁歪高調波MHL15/50として算出した。
【0033】
上記の各測定を終了した後の電着部の試験片について、溶融凝固部を含むように切り出した小片をモールドに埋め込み、鏡面化研磨を施した後、EPMAを用いて溶融凝固部における電着各成分の量を分析し、鋼板の溶融凝固していない母相とは透磁率の異なる成分(以下、透磁率の異なる成分ともいう)の含有量として計測した。ここで、計測した透磁率の異なる成分の含有量と、上記した各種計測値との関係について、図1から図4に示す。
【0034】
すなわち、図1は透磁率の異なる成分の含有量と母相に対する比透磁率μとの関係を表すグラフ、図2は透磁率の異なる成分の含有量と鉄損W17/50との関係を示すグラフ、図3は透磁率の異なる成分の含有量と磁束密度Bの変化量ΔBとの関係を示すグラフ、図4は透磁率の異なる成分の含有量と磁歪高調波レベルMHL15/50との関係を示すグラフ、である。
【0035】
まず、図1を見ると、透磁率の異なる成分の含有量が増加するにつれ母相の透磁率対比で透磁率が低下していることが分かる。一方、溶融凝固部に何も混合させなかった試料(非電着部)は、溶融凝固部の透磁率が母相と同程度である。すなわち、溶融凝固部に透磁率の異なる成分を含むことによって、該溶融凝固部の透磁率が母相と大きく異なることになり、その結果、磁区細分化効果が高まることが予想される。
【0036】
また、磁性体金属(Ni、Co)よりも非磁性金属(Cr、Sn、Cu-Zn)、セラミックス(MgSiO、SiO)を含有させた方が透磁率の低下が大きいことが分かる。これは透磁率の大きい電磁鋼板の母相中に、それよりも透磁率の低い元素や化合物を混合させたためと考えられる。
【0037】
さらに、図2を見ると、鉄損は、透磁率の異なる成分の含有量が増加するにつれて改善することが分かる。上記透磁率の低下によって、溶融凝固部の界面に磁極が生じ、磁区細分化効果が得られたためと考えられる。一方、溶融凝固部に何も混合させなかった試料(非電着部)では鉄損の改善効果は見られない。これは図1に示したように、溶融凝固部の透磁率が母相と同程度であったために、磁区細分化効果が得られなかったものと考えられる。
【0038】
ここで、非電着部に対して鉄損改善の有意差を持つためには、透磁率の異なる成分の含有量が5mass%以上であることが好ましい。これは、母相の透磁率に対して溶融凝固部の透磁率が5%以上低下したときに、相界面に磁極が形成され、磁区細分化が起こるものと考えている。
【0039】
一方、図3を見ると、透磁率の異なる成分の含有量が40mass%を超えると、Bが大きく低下することが分かった。これは、低透磁率部の増加によって、鋼板の磁化が困難になったためと考えられる。
【0040】
さらに、図4を見ると、透磁率の異なる成分の含有量が40mass%を超えると、磁歪高調波レベルが増加していることが分かった。これは、透磁率の異なる成分の含有量の増加によって、母相との格子定数の差が増加し、鋼板内部にひずみが入ったためと考えている。
【0041】
以上の結果を踏まえ、高い低鉄損効果を発現しつつ、低磁歪かつ高透磁率を実現するには、溶融凝固部に母相とは透磁率の異なる成分、とりわけ母相より透磁率の低い、金属元素および/またはセラミックスを混合することが有効であると結論した。特に、母相と透磁率の異なる成分の含有量が5mass%以上とすれば、鉄損向上において顕著な効果を奏する。一方、磁束密度や騒音の観点からは、母相とは透磁率の異なる成分の含有量を、40mass%以下とすることが好ましい。より好ましい含有量は、30mass%以下である。
【0042】
[実験2]
上記した実験1と同様に方向性電磁鋼の冷延板鋼帯にシリカ(SiO)を部分的に電着し、該電着部に電子ビームを冷延板の圧延方向と直交する向きに照射し溶融凝固部を形成した。このとき、母相とは透磁率の異なる成分であるシリカの含有量が20mass%となるように電着量、電子ビーム照射強度を設定した。また、電子ビームの照射パターンを、走査方向を振幅の中心としてサイン波を描くようにしたもの、直線状に途切れることなく照射したもの、直線かつ破線状のパターンで照射したものとし、溶融凝固部の圧延方向の形成間隔(以下、溶融凝固部間隔とも示す)Lpを0.5~11mmの間で変化させた。また、一部の非電着部に対してもレーザーを照射し、溶融凝固部を形成した。この冷延板鋼帯から電着層を除去し、脱炭焼鈍を施した後焼鈍分離材を塗布してコイル状に巻き取り最終焼鈍を行った。次いで、平坦化焼鈍を施し、張力被膜を鋼板表面に形成した。得られた鋼帯から上記した実験1と同様に、μ、W17/50、ΔB、MHL15/50を算出した。
【0043】
上記の溶融凝固部間隔Lpと、上記した各種計測値との関係について、図5から図8に示す。すなわち、図5は溶融凝固部間隔Lpと母相に対する比透磁率μとの関係を示すグラフ、図6は溶融凝固部間隔Lpと鉄損W17/50との関係を示すグラフ、図7は溶融凝固部間隔Lpと磁束密度B8の変化量との関係を示すグラフ、図8は溶融凝固部間隔Lpと磁歪高調波レベルMHL15/50との関係を示すグラフ、である。
【0044】
まず、図5を見ると、母相に対する比透磁率μは電子ビームの照射パターンがサイン波および直線である場合に、破線の照射パターンである場合よりも低下していた。これは破線パターンでは、溶融凝固部の形成方向(圧延直交方向)において、透磁率の低い成分が混合された領域が少なくなるためと考えられる。また、いずれの照射パターンにおいても、溶融凝固部間隔Lpが狭まるほど比透磁率μが低下している。これは、透磁率の低い領域の体積が増加したためと考えられる。
【0045】
次に、図6を見ると、サイン波パターン、破線パターン、そして直線パターンの順に鉄損W17/50が低下している。これは、サイン波パターンでは主磁区の磁化方向と溶融凝固部のなす角が増加し、界面に形成される磁極の量が効率的に増加しなかったためと考えられる。また、いずれのパターンにおいても、溶融凝固部の間隔Lpが狭まるほど鉄損が改善する傾向が確認された。これは圧延方向の単位長さあたりの溶融凝固部の増加によって、形成される磁極の量が増加し、磁区細分化効果が向上したためと考えられる。但し、溶融凝固部間隔Lpが0.5mmの場合は、鉄損が増加している。これは、鋼板表面に透磁率の低い溶融凝固部が過剰に形成されたことで、ヒステリシス損が劣化したためと考えられる。
【0046】
また、図7および図8を見ると、ΔBおよびMHL15/50は、溶融凝固部の形成パターンから受ける影響は小さいが、溶融凝固部間隔Lpが0.5mmになると劣化する傾向が見られた。この傾向について発明者らは次の様に考えている。
すなわち、ΔBについては、溶融凝固部の形成間隔を狭めたことで鋼板表面における低透磁率領域の占有率が増加し、鋼板の磁化により大きなエネルギーが必要となったため、と考えられる。そして磁歪高調波レベルMHL15/50については、溶融凝固部の形成間隔Lpを狭めることで鋼板に導入された歪みの体積が増加するため、と考えている。
【0047】
上記の図5から図8に示された結果を総合すると、溶融凝固部の形成間隔Lpが1mm以上10mm以下であるときに、より良好な特性を有する方向性電磁鋼板が得られることがわかる。同様に、溶融凝固部の形成パターンは、直線形状または破線形状とすることが特に有利であるのが明らかとなった。
【0048】
以下に、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0049】
[方向性電磁鋼板]
本発明において、方向性電磁鋼板用のスラブの成分組成は、二次再結晶が生じる成分組成であればよい。また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であれば、MnとSe及び/またはSを適量含有させればよい。もちろん両インヒビターを併用してもよい。この場合における、Al、N、S及びSeの好適含有量は、それぞれ
Al:0.010~0.065mass%、
N:0.0050~0.0120mass%、
S:0.005~0.030mass%および
Se:0.005~0.030mass%
である。
【0050】
さらに、本発明はAl、N、S及びSeの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼板にも適用することができる。この場合にはAl、N、S及びSeの含有量はそれぞれ、
Al:0.010mass%以下、
N:0.0050mass%以下、
S:0.0050mass%以下および
Se:0.0050mass%以下
に抑制することが好ましい。
【0051】
本発明の方向性電磁鋼板用の鋼素材(スラブ)に適用する代表的な基本成分および任意添加成分について具体的に述べる。
C:0.08mass%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、Cの含有量が0.08mass%を超えると、製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下まで脱炭することが困難となるため、C含有量は0.08mass%以下とすることが望ましい。また、Cを含まない鋼素材でも二次再結晶することからC含有量の下限については特に設けない。
【0052】
Si:2.0~8.0mass%
Siは鋼の電気抵抗を増大させ鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0mass%未満ではその改善効果が十分に発揮されず、一方8.0mass%を超えると加工性、通板性が著しく劣化することに加え磁束密度も低下する。そのため、Si含有量は2.0~8.0mass%の範囲とすることが望ましい。
【0053】
Mn:0.005~1.0mass%
Mnは、熱間加工性を向上させるうえで必要な元素であるが、含有量が0.005mass%未満ではその効果を十分に得ることが難しい。一方、1.0mass%を超えると磁束密度が劣化する。そのためMn含有量は、0.005~1.0mass%の範囲とすることが好ましい。
【0054】
上記の基本成分以外に磁気特性改善に有効であることが知られている、以下の任意添加成分を適宜含有させることができる。
Ni:0.03~1.50mass%、
Sn:0.01~1.50mass%、
Sb:0.005~1.50mass%、
Cu:0.03~3.0mass%、
P:0.03~0.50mass%、
Mo:0.005~0.10mass%および
Cr:0.03~1.50mass%
のうちから選ばれる1種以上
【0055】
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有効な元素である。しかしながら、含有量が0.03mass%未満では磁気特性への貢献は小さく、一方1.50mass%を超えると二次再結晶が不安定となり磁気特性が劣化する。そのためNiの含有量は0.03~1.50mass%の範囲とすることが望ましい。
【0056】
また、Sn、Sb、Cu、P、Mo、Crも磁気特性を向上させる元素であるが、いずれも含有量が上記の下限未満ではその効果は十分ではなく、また上限を超えると二次再結晶粒の成長が抑制されるために磁気特性が劣化する。そのため、それぞれ上記の含有量の範囲とすることが好ましい。
また、上記成分以外はFe及び不可避的不純物からなる。
【0057】
上記の成分系からなる方向性電磁鋼板の鋼素材(スラブ)に、熱間圧延を施した後、熱延板焼鈍を行う。次いで1回または2回の冷間圧延を施して、最終板厚の鋼帯に仕上げる。その後、前記鋼帯に、脱炭焼鈍を施し、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した後、コイル状に巻き取って、二次再結晶及びフォルステライト被膜の形成を目的とした最終焼鈍を施す。最終焼鈍後の鋼帯に対し、平坦化焼鈍を施した後、リン酸マグネシウム系の張力被膜を形成させて製品板の鋼帯とする。
【0058】
本発明においては、冷間圧延後の任意の工程において、方向性電磁鋼板(鋼帯)の表面に溶融凝固部を形成させる。溶融凝固部は、鋼板の表裏両面の一方または両方の面に形成する。
[溶融凝固部]
本発明における溶融凝固部とは、方向性電磁鋼板の表層(母相)をエネルギービーム照射などによって部分的に溶融し凝固させたものである。この溶融凝固部は、方向性電磁鋼板の母相と異なる成分組成および透磁率を有することが肝要である。
ここで、「方向性電磁鋼板の母相と異なる成分組成を有する」とは、母相の方向性電磁鋼板とは異なる溶融再凝固組織を有する領域に、母相方向性電磁鋼板には含まれない母相と異なる透磁率の成分が凝集または分散した状態を意味する。
また、「方向性電磁鋼板の母相と異なる透磁率を有する」とは、JIS C2550に記載のエプスタイン法、またはJIS C 2556に記載のSST法を用いて取得したヒステリシスループにおいて、最大透磁率が母相の方向性電磁鋼板と異なることを意味する。より具体的には、母相とは透磁率の異なる成分が混合されていることを意味する。
【0059】
なお、本発明の溶融凝固部による磁区細分化手法は、従来の磁区細分化手法と組み合わせることに特に問題はなく、その場合は、両者の効果を併せた高い効果を発揮させることが可能である。
【0060】
上記の溶融凝固部は、鋼板の圧延方向を横切る向き、好ましくは圧延方向±30°以内の向きに鋼板の全幅に亘り連続又は不連続で延びる線状領域である。この溶融凝固部の多数を、鋼板の圧延方向に間隔を置いて配列することによって、磁区細分化に供する。
以下に、溶融凝固部について、具体的に説明する。
【0061】
<溶融凝固部における、鋼板の母相とは透磁率の異なる成分>
・含有率:5mass%以上40mass%以下
溶融凝固部において、上記した実験1の結果に示した通り、母相と透磁率の異なる成分は僅かでも含まれていれば効果を奏するが、その含有量が5mass%以上であることが好ましい。すなわち、母相の透磁率に対して溶融凝固部の透磁率が5%以上低下したときに、相界面に磁極が形成され、磁区細分化が起こるものと考えている。そして、図1に示した結果によれば、鋼板の母相とは透磁率の異なる成分の含有率が5mass%以上になると、透磁率が5%以上低下することになる。
【0062】
一方、母相と透磁率の異なる成分は、上記した実験1の結果に示した通り、磁束密度や騒音の観点からは40 mass%以下であることが好ましい。
【0063】
・成分例
母相とは透磁率の異なる成分は、特に限定する必要はないが、上述したNi、Co、Cr、Sn、Cu-Zn、MgSiO、SiOの典型例のほか、Cu、Alといった遷移金属やそれらの合金、Al2O3、Si3N4、TiNなどのセラミックスなどを適用できる。上記の典型例において、磁性体金属(Ni、Co)よりも非磁性金属(Cr、Sn、Cu-Zn)およびセラミックス(MgSiO、SiO)で透磁率が低くなることから、非磁性金属やセラミックスを適用することが磁気細分化には有利である。これらの成分は複数種を併用してもよい。
【0064】
<溶融凝固部寸法>
・溶融凝固部の幅:10μm以上300μm以下
溶融凝固部の幅、すなわち各溶融凝固部の鋼板表面における圧延方向の幅は、狭いほど鋼板全体の透磁率 (磁束密度B8)の劣化を抑制できるため好ましい。したがって、300μm以下とすることが好ましい。一方、過度に幅を狭めると溶融凝固部の両端に形成される磁極同士が結合するため、磁区細分化効果が低下する。したがって、10μm以上とすることが好ましい。より好ましくは20μm以上、250μm以下である。
【0065】
・溶融凝固部の深さ:板厚の4%以上50%以下
溶融凝固部は深くまで形成するほど鉄損改善に有利である。したがって、鋼板の板厚の4%以上とすることが好ましい。一方で、過度に深くすると溶融凝固部に起因する破断により通板性が著しく劣化することになる。したがって、板厚の50%以下とすることが望ましい。より好ましくは5%以上45%以下である。
【0066】
・溶融凝固部の圧延方向の形成間隔:1mm以上10mm以下
上記した実験2の結果に示した通り、磁気特性および騒音特性を総合して考慮したとき、1mm以上10mm以下であることが好ましい。
・溶融凝固部の圧延方向の形成間隔測定方法
溶融凝固部の圧延方向の形成間隔は、上記した圧延方向に隣り合う溶融凝固部同士の間隔の平均値とする。一例をあげると、ある溶融凝固部をLとし、Lから圧延方向に存在するN番目の溶融凝固部をLとしたとき、溶融凝固部の形成間隔LはL-とLの間の距離をNで除した値となる。なお、溶融凝固部の相互間距離は溶融凝固部の圧延方向幅の中心間距離とする。
【0067】
・溶融凝固部の形成方法
本発明に従う溶融凝固部を形成するには、エネルギービームとしてレーザーまたは電子ビームを用いて、これを照射する方法が挙げられるが、特にこれら手法にのみ限定されるものではなく、母相鋼板を溶融させるのに必要十分な熱量を投入できる手法であればその形態を問わない。レーザーおよび電子ビーム以外には、例えば、プラズマ炎やアーク放電の手法を用いることができる。
【0068】
・溶融凝固部への鋼板母相とは透磁率の異なる成分の混合方法
本発明においては、上記溶融凝固部を形成する際に方向性電磁鋼板の母相とは透磁率の異なる成分系の金属元素および/またはセラミックスを混合する。混合する方法としては、鋼板表面に所定の成分による層を電着、蒸着又は化学反応を用いて形成し、この所定成分による層の上からエネルギービームを照射する方法、または所定の成分系の線材を鋼板表面に配置し、エネルギービームを照射する方法が挙げられるが、特にこれら手法に限定されるものではない。
【0069】
・溶融凝固部の鋼板母相とは透磁率の異なる成分の含有量測定方法
溶融凝固部の鋼板母相とは透磁率の異なる成分の含有量は、電子線プローブマイクロアナライザ(EPMA)を用いて測定を行う。すなわち、溶融凝固部において、鋼板母相の成分元素と混合させた成分元素とについてそれぞれ定量分析を行い、溶融凝固部の面積とそれぞれの元素の原子量・分子量から鋼板母相とは透磁率の異なる成分の含有量をmass%で算出する。
【0070】
・溶融凝固部の透磁率測定方法
本発明において、溶融凝固部の透磁率が鋼板の母相よりも低下していることが好ましい。なお、本発明における溶融凝固部の透磁率を直接測定することは困難であるため、下記手法によって鋼板の母相に対する比透磁率を算出し、溶融凝固部の透磁率の指標とする。すなわち、本発明に従う溶融凝固部を部分的に形成した方向性電磁鋼帯において、該溶融凝固部を形成していない部分から採取した試料につき、JIS C2550に記載のエプスタイン法にてヒステリシスループ測定を行う。ここで取得したヒステリシスループから初期磁化曲線における最大透磁率μm、pを算出する。同様に、溶融凝固部を形成した部分から採取した試料につきヒステリシスループ測定を行う。このヒステリシスループから最大透磁率μm、m を算出し、最大透磁率μm、pに対する最大透磁率μm、m の比である、比透磁率μを溶融凝固部の透磁率の指標とする。ただし、非耐熱磁区細分化手法と併用する場合においては、JIS C 2556に記載のSST法を用いて測定を行う。
【0071】
・溶融凝固部の延在方向と圧延方向の成す角:±30°以内
溶融凝固部が線状に延びる延在方向が圧延方向(板幅方向)から傾くほど、還流磁区と主磁区の界面に生じる磁極が減少するため、磁区細分化効果が劣化する。したがって、溶融凝固部の延在方向と圧延方向の成す角は±30°以内とすることが好ましい。
【0072】
次に、本発明におけるエネルギービームの照射方法について説明する。
溶融凝固部の形成に際し、金属への吸収率の高い400nm~1200nmの波長をもつレーザーを用いることができるほか、透過能の高い電子ビームを利用することも有効である。
【0073】
[電子ビーム]
以下、本発明の溶融凝固部を形成するにあたって有利である、電子ビームの好適照射条件をさらに詳細に説明する。
・加速電圧:60kV以上300kV以下
加速電圧は、高い方が電子の直進性が増加し、ビーム照射部外側への熱影響が低下するので好ましい。かかる理由から、加速電圧は60kV以上とすることが好ましい。より好ましくは90kV以上であって、120kV以上であればなお良い。
一方、加速電圧を高くしすぎると、電子ビーム照射に伴って発生するX線の遮蔽が困難になる。そのため、実用上の観点から300kV以下にすることが好ましい。より好ましくは、200kV以下である。
【0074】
・ビーム電流:0.5 mA以上40mA以下
ビーム電流は、ビーム径の観点から小さい方が好ましい。これは、電流を大きくするとクーロン反発によってビーム径が広がりやすいためである。そのため、本発明では、ビーム電流を40mA以下とするのが好ましい。一方でビーム電流が小さすぎると、歪みを形成するためのエネルギーが不足する。そのため、0.5mA以上とすることが好ましい。
【0075】
・ビーム照射領域内真空度
電子ビームは、気体分子によって散乱を受け、ビーム径やハロー径の増大、エネルギーの減少等が発生する。そのため、ビーム照射領域の真空度は高い方が良く、圧力にして3Pa以下とすることが望ましい。下限については特に制限を設けないが、過度に低下させると、真空ポンプなどの真空系統にかかるコストが増大する。そのため、実用上は、10-5Pa以上の圧力とすることが望ましい。
【0076】
[レーザービーム]
また、本発明の溶融凝固部を形成するにあたって有利である、レーザーを照射する際の好適条件を詳細に説明する。
・レーザー出力:50W以上5000W以下
レーザーの出力は低出力にすると、鋼板溶融のために走査速度を低速化する必要がある。このとき、過度に低速化すると鋼板へのスパッタの飛散による占積率の低下や、製造効率の劣化を招く。一方、高出力化すると鋼板の溶融は容易になるものの、レーザー搬送系へのダメージも増加し、メンテナンス頻度が増加し、これにより製造効率が低下する。以上の観点から、レーザーの出力は50W以上5000W以下とすることが望ましい。
【0077】
・スポット径:300μm以下
スポット径は、小さいほど局所的に歪みを導入することができるため好ましい。そこで本発明では、エネルギービームのビーム径を300μm以下とすることが好ましい。280μm以下とすることがより好ましく、さらに好ましくは、260μm以下である。ここで、スポット径とは、幅30μmのスリットを用いてスリット法で取得したビームプロファイルの半値全幅を指す。
【0078】
・偏向速度:5~400m/s
ビームの偏向速度は、遅いほど鋼板の単位長さあたりに入射する熱量を増加させることができるため、遅い方が好ましい。しかしながら過度に低速にすると金属蒸気の飛散によって鋼板表面にスパッタが付着し、鉄心として積層した際の占積率を劣化させる。そのため偏向速度は、5m/s以上であることが望ましい。また、過剰に高速化すると、鋼板の溶融に必要な入熱を与えるための電源容量が必要となり、設備の大型化を招く。したがって、400m/s以下であることが望ましい。
【0079】
その他、本発明において、上述した工程や製造条件以外については、公知の方向性電磁鋼板の製造方法を適宜使用することができる。
【実施例0080】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本実施例によって何ら限定を受けるものではない。本発明の趣旨に適合しうる範囲で変更を加えて実施することも可能であり、そのような様態でも本発明の技術範囲に含まれる。
【0081】
表1に示す成分を含む方向性電磁鋼用の鋼スラブに、熱間圧延を施し、熱延板焼鈍を行った後、中間焼鈍を挟む2回の冷間圧延を施して板厚0.23mmの冷延板鋼帯とする。この冷延板鋼帯を板幅方向中心で2つに分割し、一方の鋼帯の一部に、様々な金属元素またはセラミックスを電着させ、これら電着膜に向けてレーザーまたは電子ビームを照射して溶融凝固部を形成した。なお、一部の金属および合金については、それらのワイヤ(0.1mmφ)を作製し、該ワイヤを前記鋼帯の非電着部の表面に線状に配置し、各ワイヤの上からレーザーまたは電子ビームを照射し、溶融凝固部を形成した。このほか、何も電着させていない箇所についても一部にレーザーまたは電子ビームを照射し溶融凝固させた。他方の鋼帯には、鋼板全面にレジストインクを塗布した後、レーザー照射によって非マスク部を形成した。この鋼帯について電解エッチングを施して溝を形成させた。このコイルの一部についてNiまたはFe-Ni合金を電着させ、溝部にNiまたはFe-Ni合金を充填した。このとき、溶融凝固部または溝部の形成間隔は4mmとし、それぞれの深さは20μmおよび幅は80μmとした。
【0082】
冷延板鋼帯に残存した電着部を除去したのち、これらの鋼帯に脱炭焼鈍を行い、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、コイル状に巻き取ったのち、最終焼鈍を施した。最終焼鈍後の鋼帯に対し、平坦化焼鈍を施した後、その後、リン酸マグネシウム系の張力被膜を形成し、最終製品鋼帯とした。また、溶融凝固部の形成域の一部に、溝または局所ひずみを溶融凝固部と重複しない位置に形成した。さらに、比較として、溶融凝固部を形成していない部分に対して、溝または局所ひずみのみを形成した試料も作製した。
【0083】
【表1】
【0084】
こうして作製した鋼帯から上記の処理毎に試料を切り出し、各試料のBをSST法で測定した。溝、局所ひずみおよび溶融凝固部のいずれも形成していない部位から切り出した試料のB(A)と、溝または局所ひずみ、溶融凝固部、そして溶融凝固部+溝または局所ひずみを形成させた部位から切り出した各試料のB(B)から、磁束密度Bの変化量ΔB(=B-A)を算出した。また、それぞれの鋼帯から3相巻き変圧器(鉄心重量500kg)を製作し、周波数50Hzにて鉄心脚部分の磁束密度が1.7Tとなるときの鉄損特性を測定した。この1.7T、50Hzでの鉄損特性はワットメータを用いて無負荷損を測定した。同時に、このモデルトランスを、防音室内で、最大磁束密度Bm=1.7T、50Hzの条件で励磁し、騒音計を用いて騒音レベル(dBA)を測定した。また、局所ひずみを導入した試料については同重量の積み鉄心を作製し、同様の評価を行った。
【0085】
以上の評価結果を表2にまとめて示す。レーザーおよび電子ビームのいずれの手法で溶融凝固部を作製した試料においても、金属・合金またはセラミックスを溶融部に混合させた溶融凝固部を形成したことで、鋼板の溶融のみを行った試料に対して顕著に鉄損改善効果が確認できる。また、電子ビーム照射試料ではレーザー照射試料よりも鉄損改善効果が高い。これは入熱形態の違い、すなわちレーザー照射では鋼板の表面から溶融するのに対して、電子ビームでは鋼板内部から溶融することで、母相とは異なる成分の分布が変化したためと考えている。
一方、溝のみを形成した試料ではBの劣化が大きく、さらに溝部に磁性体金属を充填した試料ではBの劣化は抑制できているものの、母相との格子定数差に起因したひずみによって騒音が悪化している。この点、本発明に従う試料では、Bおよび騒音のいずれの劣化も抑制され、本発明が優位にあることが分かる。
【0086】
【表2】
【実施例0087】
表1に示した成分を含む方向性電磁鋼用の鋼スラブに熱間圧延を施し、熱延板焼鈍を行った後、中間焼鈍を挟む2回の冷間圧延を施して板厚0.23mmの冷延板鋼帯とする。この冷延板鋼帯の一部において、Ni、Cu-Zn、 SiO2をそれぞれ別の部位に電着させ、これら電着膜に向けて電子ビームを照射して溶融凝固部を形成した。同時に、何も電着していない領域の一部に電子ビームを照射し、鋼板を溶融させた。このとき、溶融凝固部の形成間隔及び形成パターンを様々に変化させ、それぞれの深さは30μm、幅は100μmとした。
【0088】
冷延板鋼帯に残存した電着部を除去したのち、これらの鋼帯に脱炭焼鈍を行い、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、コイル状に巻き取ったのち、最終焼鈍を施した。最終焼鈍後の鋼帯に対し、平坦化焼鈍を施した後、その後、リン酸マグネシウム系の張力被膜を形成させ、最終製品鋼帯とした。
【0089】
こうして作製した鋼帯から上記の処理毎に試料を切り出し、各試料のBをエプスタイン法で測定した。電着膜のない領域(非電着部)に電子ビームを照射した試料のB(A)と、溶融凝固部を形成させた部位(電着部)から切り出した試料のB(B)から、磁束密度Bの変化量ΔB(=B-A)を算出した。
【0090】
さらに、同試料に対しヒステリシスループの測定を行い、初期磁化曲線における最大透磁率を測定し、非電着部の最大透磁率に対する電着部の最大透磁率の比μ(=μ電着部/μ非電着部)を、透磁率変化の指標として算出した。また、磁気測定後の各試料をカーボンモールドに埋め込み、鏡面化研磨を施した後、溶融凝固部の断面をEPMAで観察し、電着物とそれ以外の成分(母相方向性電磁鋼板と同じ成分)の分析を行い、含有率を算出した。
【0091】
また、それぞれの鋼帯から3相巻き変圧器(鉄心重量500kg)を製作し、周波数50Hzにて鉄心脚部分の磁束密度が1.7Tとなるときの鉄損特性を測定した。この1.7T、50Hzでの鉄損特性はワットメータを用いて無負荷損を測定した。同時に、このモデルトランスを、防音室内で、最大磁束密度Bm=1.7T、周波数50Hzの条件で励磁し、騒音計を用いて騒音レベル(dBA)を測定した。
【0092】
以上の評価結果を表3にまとめて示す。鋼板溶融部に母相とは異なる成分を混合させた試料において、μrの低下が確認され、同条件において特性の向上が確認できる。特に、含有量、溶融凝固部の形成間隔、形成パターンが本発明の好適条件にあるとき、特に優れた特性が発現していることが分かる。
【0093】
【表3】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8