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特開2023-7066切削工具の製造方法およびレーザピーニング処理装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007066
(43)【公開日】2023-01-18
(54)【発明の名称】切削工具の製造方法およびレーザピーニング処理装置
(51)【国際特許分類】
   B23P 15/28 20060101AFI20230111BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20230111BHJP
   B23K 26/356 20140101ALI20230111BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20230111BHJP
【FI】
B23P15/28 A
B23B27/14 A
B23K26/356
C23C16/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021110061
(22)【出願日】2021-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼部 涼太
(72)【発明者】
【氏名】久保 拓矢
【テーマコード(参考)】
3C046
4E168
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF10
3C046FF11
3C046FF12
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF19
3C046FF22
3C046FF25
3C046FF32
4E168AC02
4E168CB04
4E168DA32
4E168DA40
4E168DA46
4E168DA47
4E168EA04
4E168EA08
4E168EA15
4E168FB03
4E168JA11
4E168JA27
4K030BA02
4K030BA18
4K030BA27
4K030BA36
4K030BA38
4K030BA41
4K030BA43
4K030BB12
4K030CA03
4K030DA09
4K030LA22
(57)【要約】
【課題】切削加工中に発生する熱によって切削工具の圧縮残留応力が解放されることを抑制でき、刃先温度が高くなる切削においても、切れ刃の耐欠損性を安定して高めることができる切削工具の製造方法、およびこれに用いられるレーザピーニング処理装置を提供する。
【解決手段】焼結合金製の工具基体と、工具基体の表面に配置され、炭化物、窒化物、および炭窒化物のいずれか、あるいはこれらの複合化合物により構成される層を少なくとも有する硬質被膜2と、を備える切削工具10の製造方法であって、硬質被膜2上に、パルスレーザL2を照射するレーザ照射工程を備え、レーザ照射工程では、工具基体の表層および硬質被膜2の加熱された部分に、気体中において、パルス幅が100ps以下のパルスレーザL2を照射することにより圧縮残留応力を付与する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結合金製の工具基体と、前記工具基体の表面に配置され、炭化物、窒化物、および炭窒化物のいずれか、あるいはこれらの複合化合物により構成される層を少なくとも有する硬質被膜と、を備える切削工具の製造方法であって、
前記硬質被膜上に、パルスレーザを照射するレーザ照射工程を備え、
前記レーザ照射工程では、前記工具基体の表層および前記硬質被膜の加熱された部分に、気体中において、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを照射することにより圧縮残留応力を付与する、
切削工具の製造方法。
【請求項2】
前記加熱された部分の温度が、100℃以上400℃以下である、
請求項1に記載の切削工具の製造方法。
【請求項3】
前記レーザ照射工程は、
パルス幅が1ns以上のパルスレーザを照射し、前記工具基体の表層および前記硬質被膜の部分を加熱するレーザ加熱工程と、
前記レーザ加熱工程で加熱された部分に、気体中において、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを照射し、圧縮残留応力を付与するレーザピーニング工程と、を含む、
請求項1または2に記載の切削工具の製造方法。
【請求項4】
前記レーザ加熱工程でレーザ照射した直後に、前記レーザピーニング工程でレーザ照射する、
請求項3に記載の切削工具の製造方法。
【請求項5】
焼結合金製の工具基体と、前記工具基体の表面に配置され、炭化物、窒化物、および炭窒化物のいずれか、あるいはこれらの複合化合物により構成される層を少なくとも有する硬質被膜と、を備える切削工具に、レーザピーニング処理を施すレーザピーニング処理装置であって、
前記硬質被膜上に、パルスレーザを照射するレーザ照射部を備え、
前記レーザ照射部は、第1のレーザ発振器と第2のレーザ発振器とを備え、
前記第1のレーザ発振器は、パルス幅が1ns以上のパルスレーザである加熱用レーザを、前記工具基体の表層および前記硬質被膜の部分に照射し、加熱するように構成され、
前記第2のレーザ発振器は、前記加熱用レーザと同軸でパルス幅が100ps以下のパルスレーザであるピーニング用レーザを、前記加熱用レーザで加熱された部分に、気体中において照射し、圧縮残留応力を付与するように構成された、
レーザピーニング処理装置。
【請求項6】
前記加熱用レーザと前記ピーニング用レーザの各レーザ照射のタイミングを調整可能な調整部を備える、
請求項5に記載のレーザピーニング処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐欠損性を高めることができる切削工具の製造方法、およびレーザピーニング処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
超硬合金製の工具基体上に硬質被膜をコーティングした切削工具(以下、単に工具やワークと呼ぶ場合がある)において、切れ刃の耐欠損性を向上させるための手段の一つとして、切れ刃近傍の硬質被膜や工具基体の表層に圧縮残留応力を付与する方法が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1では、ショットピーニングでサブミリメートルオーダーの鋼球等を工具表面に衝突させることにより発生する衝撃力によって、残留応力を制御している。
特許文献2では、レーザピーニングを行う方法が開示されており、詳しくは、短パルスレーザをワークに照射したときにワーク表面で発生する、微粒子やプラズマなどが飛散する際の力学的反作用による衝撃力によって、残留応力を制御している。
特許文献3では、ワークを100℃以上に加熱しながらショットピーニングを行う方法が開示されており、これにより、切削加工中に発生する熱(切削熱)による圧縮残留応力の解放を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6-108258号公報
【特許文献2】国際公開第2021/037947号
【特許文献3】国際公開第2020/002664号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2のように、室温にて工具にショットピーニングまたはレーザピーニングにより圧縮残留応力を付与した場合、切削加工中に発生する熱によって、圧縮残留応力が解放されやすい。例えば、ステンレス鋼等の被削材を切削する場合には、切削時の刃先温度が高くなりやすいため、切れ刃の耐欠損性を安定して高めることが難しい。
【0006】
また、特許文献1、3のように、ショットピーニング処理を行う場合、処理温度に関わらず、高い圧縮残留応力を付与しすぎると硬質被膜の剥離や、工具使用時の欠損の起点となる垂直クラックの発生が顕著となる。また、垂直クラック周辺の局所的な圧縮応力が解放されるため、製品ロットごとの残留応力のばらつきが大きく、かつある程度の値よりも高い圧縮残留応力付与が困難になる問題がある。なお垂直クラックとは、硬質被膜や工具基体表層を分断する亀裂であり、幅数百nm程度の隙間が発生する。垂直クラックは、膜厚に垂直な方向(面方向)の圧縮残留応力を解放するため、好ましくない。
【0007】
また、特許文献2では、ナノ秒レーザを用いてレーザピーニング処理を行っているが、圧縮残留応力を付与する上で十分な衝撃力を得るためには、ワークを水中にて処理する必要がある。このため、ワークを100℃以上に加熱してレーザピーニング処理することは困難である。
【0008】
本発明は、切削加工中に発生する熱によって切削工具の圧縮残留応力が解放されることを抑制でき、刃先温度が高くなる切削においても、切れ刃の耐欠損性を安定して高めることができる切削工具の製造方法、およびこれに用いられるレーザピーニング処理装置を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一つの態様は、焼結合金製の工具基体と、前記工具基体の表面に配置され、炭化物、窒化物、および炭窒化物のいずれか、あるいはこれらの複合化合物により構成される層を少なくとも有する硬質被膜と、を備える切削工具の製造方法であって、前記硬質被膜上に、パルスレーザを照射するレーザ照射工程を備え、前記レーザ照射工程では、前記工具基体の表層および前記硬質被膜の加熱された部分に、気体中において、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを照射することにより圧縮残留応力を付与する。
【0010】
本発明では、工具基体の表面に硬質被膜が成膜された切削工具に対して、硬質被膜の上から、従来よりもパルス幅が小さい、パルス幅100ps(ピコ秒)以下の短パルスレーザを照射する。これにより、熱影響を抑えつつレーザのピークパワー密度を高められるため、例えば大気中や不活性ガス中などの気体中においても、ワーク(切削工具)表面に大きな衝撃力を作用させることができ、大きな圧縮残留応力を付与できる。この処理はいわゆる超短パルスレーザピーニングであり、レーザ照射したワークの表面を若干加工することで発生するプラズマが爆発的に拡散する際の、力学的な反作用によりワークに衝撃波を発生させ、塑性変形や転位などの結晶欠陥を付与することで、ワーク表面に圧縮残留応力を付与する手法である。
【0011】
詳しくは、本発明では、工具基体の表層および硬質被膜を加熱し、この加熱された部分に対して、パルスレーザ照射によるレーザピーニング処理を行う。すなわち、ワークを加熱した状態でレーザピーニング処理を施すため、熱的に安定なコットレル転位が工具基体の表層および硬質被膜に発生すること等により、例えばステンレス鋼等の被削材を切削する場合など、刃先温度が高くなりやすい切削加工時においても、切削工具に付与された圧縮残留応力が切削熱によって解放されることを抑制できる。
特に本発明では、水中ではなく気体中においてワークにレーザ照射するため、ワークを例えば100℃以上に加熱した状態でレーザピーニング処理することが容易である。このため、上述の作用効果がより格別顕著なものとなる。
【0012】
以上より本発明によれば、切削加工中に発生する熱によって切削工具の圧縮残留応力が解放されることを抑制でき、刃先温度が高くなる切削においても、切れ刃の耐欠損性を安定して高めることができる。
【0013】
上記切削工具の製造方法において、前記加熱された部分の温度が、100℃以上400℃以下であることが好ましい。
【0014】
工具基体の表層および硬質被膜を100℃以上に加熱した状態として、レーザピーニング処理することにより、上述の作用効果がより安定的かつ顕著なものとなる。すなわち、切削加工時に熱が発生しても、切削工具の圧縮残留応力が解放されにくくなり、切れ刃の刃先強度が良好に維持される。
【0015】
また、工具基体の表層および硬質被膜を400℃以下に加熱した状態として、レーザピーニング処理を行うため、加熱温度が高過ぎることにより圧縮残留応力が解放されてしまうような不具合を抑制できる。
【0016】
上記切削工具の製造方法において、前記レーザ照射工程は、パルス幅が1ns以上のパルスレーザを照射し、前記工具基体の表層および前記硬質被膜の部分を加熱するレーザ加熱工程と、前記レーザ加熱工程で加熱された部分に、気体中において、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを照射し、圧縮残留応力を付与するレーザピーニング工程と、を含むことが好ましい。
【0017】
この場合、レーザ加熱工程においてパルス幅1ns(ナノ秒)以上のパルスレーザを照射するので、ワーク表面が瞬間的に加熱され、加熱部分を所望の温度に上昇させるまでの時間が短縮される。このため、加熱した部分に効率よくレーザピーニングを施すことができ、高速で処理することが可能となり、生産性が向上する。また、このようなレーザ加熱の場合、表面温度の急激な下降による冷却効果により、ワーク表面の強度がより安定的に向上する。
なお、レーザ加熱工程におけるパルスレーザのパルス幅が1ns以上であると、ワーク表面を十分に加熱することができる。
【0018】
上記切削工具の製造方法において、前記レーザ加熱工程でレーザ照射した直後に、前記レーザピーニング工程でレーザ照射することが好ましい。
【0019】
レーザ加熱工程において加熱されたワーク表面は、急激に温度が降下するため、レーザ加熱直後にレーザピーニング処理を施すことにより、切削熱によって解放されにくい圧縮残留応力を、安定して付与することができる。なお、本発明でいう上記「直後」とは、レーザ加熱工程でレーザ照射した後、例えば、0.001秒以内であることを指す。
【0020】
また、本発明の一つの態様は、焼結合金製の工具基体と、前記工具基体の表面に配置され、炭化物、窒化物、および炭窒化物のいずれか、あるいはこれらの複合化合物により構成される層を少なくとも有する硬質被膜と、を備える切削工具に、レーザピーニング処理を施すレーザピーニング処理装置であって、前記硬質被膜上に、パルスレーザを照射するレーザ照射部を備え、前記レーザ照射部は、第1のレーザ発振器と第2のレーザ発振器とを備え、前記第1のレーザ発振器は、パルス幅が1ns以上のパルスレーザである加熱用レーザを、前記工具基体の表層および前記硬質被膜の部分に照射し、加熱するように構成され、前記第2のレーザ発振器は、前記加熱用レーザと同軸でパルス幅が100ps以下のパルスレーザであるピーニング用レーザを、前記加熱用レーザで加熱された部分に、気体中において照射し、圧縮残留応力を付与するように構成される。
【0021】
本発明のレーザピーニング処理装置によれば、上述した本発明の切削工具の製造方法と同様の作用効果が得られる。
また第1のレーザ発振器が、パルス幅1ns以上のパルスレーザ(加熱用レーザ)を照射するので、ワーク表面が瞬間的に加熱され、加熱部分を所望の温度に上昇させるまでの時間が短縮される。このため、第2のレーザ発振器により、加熱した部分にパルス幅100ps以下のパルスレーザ(ピーニング用レーザ)を照射して効率よくレーザピーニングを施すことができ、高速で処理することが可能となり、生産性が向上する。また、このようなレーザ加熱の場合、表面温度の急激な下降による冷却効果により、ワーク表面の強度がより安定的に向上する。
なお、第1のレーザ発振器におけるパルスレーザのパルス幅が1ns以上であると、ワーク表面を十分に加熱することができる。
【0022】
上記レーザピーニング処理装置は、前記加熱用レーザと前記ピーニング用レーザの各レーザ照射のタイミングを調整可能な調整部を備えることが好ましい。
【0023】
この場合、加熱用レーザによって加熱されたワーク表面を、適切なタイミングで、ピーニング用レーザによりレーザピーニング処理することができる。これにより、切削加工時の熱によって解放されにくい圧縮残留応力を、切削工具に安定して付与することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の一つの態様の切削工具の製造方法、およびレーザピーニング処理装置によれば、切削加工中に発生する熱によって切削工具の圧縮残留応力が解放されることを抑制でき、刃先温度が高くなる切削においても、切れ刃の耐欠損性を安定して高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1図1は、本実施形態の切削工具を示す斜視図である。
図2図2は、切削工具の切れ刃近傍を拡大して示す断面図である。
図3図3は、切削工具の製造方法に用いるレーザピーニング処理装置を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の一実施形態の切削工具10、切削工具10の製造方法、およびレーザピーニング処理装置30について、図面を参照して説明する。
本実施形態の切削工具10は、切削インサートである。本実施形態の切削工具10は、例えば、ステンレス鋼等の被削材に旋削加工を施す刃先交換式バイトに用いられる。
【0027】
図1に示すように、本実施形態の切削工具10は、板状である。具体的に、切削工具10は多角形板状であり、図示の例では四角形板状である。なお切削工具10は、四角形板状以外の多角形板状や円板状等であってもよい。
【0028】
本実施形態では、切削工具10の中心軸Cが延びる方向、つまり中心軸Cと平行な方向を、軸方向と呼ぶ。切削工具10の平面視において、中心軸Cは、切削工具10の中心に位置する。中心軸Cは、切削工具10の厚さ方向に沿って延びる。
中心軸Cと直交する方向を径方向と呼ぶ。径方向のうち、中心軸Cに近づく向きを径方向内側と呼び、中心軸Cから離れる向きを径方向外側と呼ぶ。
中心軸C回りに周回する方向を周方向と呼ぶ。
【0029】
図2に示すように、本実施形態の切削工具10は、焼結合金製の工具基体1と、工具基体1の表面に配置され、炭化物、窒化物、および炭窒化物のいずれか、あるいはこれらの複合化合物により構成される層を少なくとも有する硬質被膜2と、工具基体1の稜線部に形成され、硬質被膜2のうち稜線部に位置する部分を含む切れ刃3と、を備える。つまり本実施形態の切削工具10は、工具基体1上に硬質被膜2をコーティングした切削インサートである。図1に示すように、切削工具10は、一対の板面10a,10bと、外周面10cと、貫通孔10dと、を備える。
【0030】
一対の板面10a,10bは、多角形状であり、中心軸Cの軸方向を向く。本実施形態では、一対の板面10a,10bがそれぞれ四角形状である。一対の板面10a,10bは、一方の板面(上面)10aと、他方の板面(下面)10bと、を有する。一方の板面10aと他方の板面10bとは、軸方向に互いに離れて配置され、軸方向において互いに反対側を向く。
【0031】
本実施形態では、軸方向のうち、他方の板面10bから一方の板面10aへ向かう方向を軸方向一方側と呼び、一方の板面10aから他方の板面10bへ向かう方向を軸方向他方側と呼ぶ。なお軸方向は、上下方向と言い換えてもよい。この場合、軸方向一方側は上側に相当し、軸方向他方側は下側に相当する。
一対の板面10a,10bのうち、少なくとも一方の板面10aは、板面10aの一部(コーナ部等)が切削加工時に図示しない被削材と対向する。
【0032】
一対の板面10a,10bのうち、少なくとも一方の板面10aは、すくい面5を有する。すなわち切削工具10は、すくい面5を有する。すくい面5は、板面10aの少なくとも一部を構成する。本実施形態ではすくい面5が、板面10aの周縁部に位置する4つのコーナ部のうち、少なくとも2つのコーナ部にそれぞれ配置される。上記2つのコーナ部は、中心軸Cを中心として互いに180°回転対称となる位置に配置される。
【0033】
図2に示すように、すくい面5は、ランド部5aと、傾斜部5bと、を有する。
ランド部5aは、すくい面5のうち、切れ刃3と接続される部分である。ランド部5aは、切れ刃3の径方向内側に配置される。本実施形態ではランド部5aが、切れ刃3から径方向内側へ向かうに従い軸方向他方側へ向けて傾斜する傾斜面である。なおランド部5aは、中心軸Cと垂直な方向に拡がる平面状でもよい。
【0034】
傾斜部5bは、すくい面5のうち、ランド部5aの径方向内側に位置する部分である。傾斜部5bは、ランド部5aの径方向内端部と接続される。傾斜部5bは、ランド部5aから径方向内側へ向かうに従い軸方向他方側へ向けて傾斜する傾斜面である。傾斜部5bの径方向に沿う単位長さあたりの軸方向へ向けた変位量は、ランド部5aの径方向に沿う単位長さあたりの軸方向へ向けた変位量よりも大きい。すなわち、中心軸Cと垂直な図示しない仮想平面に対する傾斜部5bの傾きは、前記仮想平面に対するランド部5aの傾きよりも大きい。
【0035】
図1に示すように、外周面10cは、一対の板面10a,10bと接続され、径方向外側を向く。外周面10cは、軸方向の両端部が一対の板面10a,10bと接続される。具体的に、外周面10cのうち軸方向一方側の端部は、一方の板面10aと接続される。外周面10cのうち軸方向他方側の端部は、他方の板面10bと接続される。外周面10cは、切削工具10の周方向全域にわたって延びる。
【0036】
外周面10cは、逃げ面6を有する。すなわち切削工具10は、逃げ面6を有する。逃げ面6は、外周面10cの少なくとも一部を構成する。逃げ面6は、外周面10cのうち各すくい面5と隣接する部分にそれぞれ配置される。
【0037】
貫通孔10dは、切削工具10を軸方向に貫通する。貫通孔10dは、一対の板面10a,10bに開口し、軸方向に延びる。貫通孔10dの中心軸は、中心軸Cと同軸に配置される。図示の例では、貫通孔10dが円孔状である。貫通孔10dには、例えば、図示しないクランプ駒の突起やクランプネジ等が挿入される。
【0038】
切れ刃3は、すくい面5と逃げ面6とが接続される稜線部、つまりすくい面5と逃げ面6との交差稜線部に配置される。本実施形態では切れ刃3が、板面10aの周縁部に位置する4つのコーナ部のうち、少なくとも2つのコーナ部にそれぞれ配置される。図2に示すように、本実施形態では切れ刃3が、丸ホーニングを有する。なお切れ刃3は、チャンファホーニング等の他のホーニング形状を有していてもよい。また切れ刃3が、ホーニング形状を有していなくてもよい。
【0039】
図1に示すように、切れ刃3は、コーナ刃部3aと、一対の直線刃部3bと、を有する。コーナ刃部3aは、径方向外側に向けて突出する凸曲線状である。直線刃部3bは、直線状であり、コーナ刃部3aと接続される。本実施形態では、コーナ刃部3aの刃長方向の両端部に、一対の直線刃部3bが接続される。なお刃長方向とは、切れ刃3が延びる方向であり、具体的には切れ刃3の各刃部3a,3bが延びる方向である。コーナ刃部3aおよび一対の直線刃部3bは、軸方向から見て、全体として略V字状である。
【0040】
切れ刃3は、工具基体1の稜線部(交差稜線部)と、硬質被膜2のうち前記稜線部にコーティングされる部分と、により構成される。
【0041】
工具基体1は、上述した切削工具10の形状と同じ形状を有する。工具基体1は、周期律表の第4,第5,第6族金属の炭化物、窒化物およびこれらの相互固溶体の中の少なくとも1種の硬質相と、Ni,CoまたはNi-Co合金を主成分とする重量比2~15%の結合相と、を有する焼結合金製である。本実施形態では工具基体1が、WC基の超硬合金製である。なお工具基体1は、例えばTiC基またはTi(C,N)基等のサーメット製でもよい。
後述するレーザ照射工程を経ることにより、工具基体1の表層1aの残留応力は、例えば-1000MPa以下、好ましくは-1500MPa以下とされる(マイナスが圧縮側)。なお本実施形態でいう「工具基体1の表層1a」とは、工具基体1のうち、工具基体1の表面(硬質被膜2との界面)から少なくとも深さ1μmの表層部分を指す。
【0042】
図2に示すように、硬質被膜2は、化学蒸着法(CVD法)または物理蒸着法(PVD法)により、工具基体1の表面(外面)上に成膜される。硬質被膜2は、工具基体1の表面のうち、少なくとも切れ刃3を含む領域に配置される。本実施形態では硬質被膜2が、少なくとも切れ刃3、すくい面5および逃げ面6に配置される。なお硬質被膜2は、工具基体1の表面全体に成膜されていてもよい。
【0043】
硬質被膜2の膜厚は、全体として例えば1μm以上30μm以下である。硬質被膜2は、炭化物、窒化物、および炭窒化物のいずれか、あるいはこれらの複合化合物により構成される層(以下、第1層と呼ぶ)を含む単層または複数層で構成される。硬質被膜2が複数層の場合、複数の層の中で最も厚さ(膜厚)が厚い層が、第1層とされる。この場合、第1層の膜厚は、例えば1μm以上20μm以下である。第1層は、例えばTiCN層等である。
後述するレーザ照射工程を経ることにより、硬質被膜2の残留応力、具体的には第1層の残留応力は、0MPa以下(つまり圧縮残留応力が付与)、好ましくは-1000MPa以下とされる。
【0044】
特に図示しないが、硬質被膜2を複数層により構成する場合、硬質被膜2は、第1層の表面に配置される第2層と、第2層の表面に配置される第3層と、を有していてもよい。
第2層および第3層、すなわち第1層以外の層は、例えば、周期律表の第4,第5,第6族金属の炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物、硼化物、Siの炭化物、窒化物、炭窒化物、Alの酸化物、窒化物、およびこれらの相互固溶体、ダイヤモンド、立方晶窒化ホウ素などにより構成される。なお、硬質被膜2のうち第1層以外の層は、第1層の膜種によっては限定されないため、ここでは一般に切削工具の硬質被膜として用いられるものを列挙した。
具体的には、例えば、第2層がAl層であり、第3層がTiN層であってもよい。硬質被膜2にAl層が設けられることによって、切削工具10の耐熱性および耐摩耗性が向上する。硬質被膜2にTiN層が設けられることによって、切削工具10の外観上の美観が高められ、また、切削工具10が使用に供されたか否か、つまり使用済みか未使用かの識別性を容易に付与することができる。
【0045】
次に、レーザピーニング処理装置30について説明する。
図3にレーザピーニング処理装置30を概略構成図として示す。レーザピーニング処理装置30は、ワークW(切削工具10)にパルスレーザを照射することにより、圧縮残留応力を付与する装置である。すなわち、レーザピーニング処理装置30は、切削工具10に少なくともレーザピーニング処理を施す。
【0046】
レーザピーニング処理装置30は、ワークWの硬質被膜2上に、パルスレーザL1,L2を照射するレーザ照射部31と、レーザ照射のタイミングを調整する調整部32と、制御部33と、を備える。
【0047】
レーザ照射部31は、第1のレーザ発振器34と、第2のレーザ発振器35と、偏光ビームスプリッター36と、λ/2波長板37と、ミラー38と、ビームエキスパンダー39と、ガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40と、を有する。
【0048】
第1のレーザ発振器34は、パルス幅が1ns(ナノ秒)以上のパルスレーザL1である加熱用レーザL1を、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の部分に照射し、加熱するように構成される。具体的に、第1のレーザ発振器34は、パルス幅1ns以上のパルスレーザ(加熱用レーザ)L1を、λ/2波長板37、ミラー38、偏光ビームスプリッター36およびガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40を介して、ワークWの硬質被膜2上の一部(上記部分)に照射する。
【0049】
第2のレーザ発振器35は、加熱用レーザL1と同軸でパルス幅が100ps以下のパルスレーザL2であるピーニング用レーザL2を、加熱用レーザL1で加熱されたワークWの部分に、例えば大気中や不活性ガス中などの気体中において照射し、圧縮残留応力を付与するように構成される。具体的に、第2のレーザ発振器35は、パルス幅100ps以下のパルスレーザ(ピーニング用レーザ)L2を、ビームエキスパンダー39、偏光ビームスプリッター36およびガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40を介して、ワークWの硬質被膜2上の一部(上記部分)に照射する。
なお、光学系設計の観点から、第1のレーザ発振器34のパルスレーザL1と、第2のレーザ発振器35のパルスレーザL2とは、互いに同一波長であることが好ましい。
【0050】
偏光ビームスプリッター36は、第1のレーザ発振器34および第2のレーザ発振器35と、ガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40と、の間に配置される。偏光ビームスプリッター36は、第1のレーザ発振器34から発出(発振)されるパルスレーザL1と、第2のレーザ発振器35から発出されるパルスレーザL2とを、互いに同軸に配置して、ガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40に入射させる。本実施形態では、偏光ビームスプリッター36が、第1のレーザ発振器34からのパルスレーザL1の向きを変えて、ガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40に入射させる。
【0051】
λ/2波長板37およびミラー38は、第1のレーザ発振器34と、偏光ビームスプリッター36と、の間に配置される。λ/2波長板37は、第1のレーザ発振器34から入射するパルスレーザL1の直線偏光の偏光方向を回転させる。ミラー38は、パルスレーザL1を反射させて向きを変え、偏光ビームスプリッター36に入射させる。
【0052】
ビームエキスパンダー39は、第2のレーザ発振器35と、偏光ビームスプリッター36と、の間に配置される。ビームエキスパンダー39は、第2のレーザ発振器35から入射するパルスレーザL2のビーム直径を増大させる。これにより、ビームエキスパンダー39からガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40を介してワークWの表面に照射されるパルスレーザL2のスポット直径は、縮小される。すなわち、ビームエキスパンダー39が設けられることで、第2のレーザ発振器35からワークW表面(硬質被膜2上)に照射されるパルスレーザL2のスポット直径(集光直径)が、第1のレーザ発振器34からワークW表面に照射されるパルスレーザL1のスポット直径よりも小さくなる。
【0053】
ガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40は、偏光ビームスプリッター36を介して入射したパルスレーザL1,L2を、集光しつつワークW表面に照射し、かつパルスレーザL1,L2をワークW表面上で走査(スキャン)する。
【0054】
調整部32は、第1のレーザ発振器34および第2のレーザ発振器35と、制御部33と、の間に配置される。調整部32は、例えば、ディレイジェネレータ等である。調整部32は、制御部33からの信号を受け、第1のレーザ発振器34と第2のレーザ発振器35とにタイミングをずらしてそれぞれ信号を出力し、パルスレーザL1,L2を個別にレーザ照射させる。すなわち、調整部32は、加熱用レーザL1とピーニング用レーザL2の各レーザ照射のタイミングを調整可能である。
【0055】
制御部33は、例えば、制御PC・コントローラ等である。制御部33は、調整部32に信号を出力する。
【0056】
次に、切削工具10の製造方法について説明する。
本実施形態の切削工具10の製造方法は、焼結工程(図示省略)と、成膜工程(図示省略)と、レーザ照射工程と、を備える。
【0057】
焼結工程では、工具基体1の形状とされた圧粉体、つまり工具基体1の製造過程において圧粉成形される中間成形体を、焼結する。本実施形態では、圧粉体は板状であり、具体的には多角形板状である。
【0058】
成膜工程では、焼結した工具基体1の表面上に、炭化物、窒化物、および炭窒化物のいずれか、あるいはこれらの複合化合物により構成される層(第1層)を少なくとも有する硬質被膜2を成膜する。硬質被膜2が複数層からなる場合、例えば3層の場合には、工具基体1の表面上に第1層を成膜し、第1層上に第2層を成膜し、第2層上に第3層を成膜する。
【0059】
図3に示すように、レーザ照射工程では、硬質被膜2上に、パルスレーザL1,L2を照射する。本実施形態では、レーザピーニング処理装置30を用いて、ワークW(レーザ未処理の切削工具10)の硬質被膜2上に、パルスレーザL1,L2を個別に照射する。各パルスレーザL1,L2は、交互にワークW表面に照射される。
【0060】
レーザ照射工程は、パルス幅が1ns以上のパルスレーザ(加熱用レーザ)L1を照射し、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の部分を加熱するレーザ加熱工程と、レーザ加熱工程で加熱された部分に、気体中において、パルス幅が100ps以下のパルスレーザ(ピーニング用レーザ)L2を照射し、圧縮残留応力を付与するレーザピーニング工程と、を含む。すなわち、レーザ照射工程では、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の加熱された部分に、気体中において、パルス幅が100ps以下のパルスレーザL2を照射することにより圧縮残留応力を付与する。
【0061】
具体的に、レーザ加熱工程では、第1のレーザ発振器34により、パルス幅が1ns以上のパルスレーザL1をワークW表面に照射することで、ワークWの部分を加熱する。本実施形態では、大気中や不活性ガス中などの気体中において、パルスレーザL1をワークW表面に照射することにより、硬質被膜2および工具基体1の表層1aの部分を加熱する。なお、パルスレーザL1のパルスエネルギーは、ワークW表面が加工されたり溶融されたりしないで加熱効果が十分得られる程度に適宜調整されることが好ましい。
【0062】
また、レーザピーニング工程では、ワークWの加熱された部分に対して、第2のレーザ発振器35により、パルス幅が100ps以下のパルスレーザL2を照射する。本実施形態では、大気中や不活性ガス中などの気体中において、パルスレーザL2をワークW表面に照射することにより、硬質被膜2および工具基体1の表層1aの部分(上記加熱された部分)に圧縮残留応力を付与する。
【0063】
好ましくは、レーザピーニング工程では、硬質被膜2上に、パルス幅が10ps以下のパルスレーザL2を照射する。より望ましくは、レーザピーニング工程では、硬質被膜2上に、パルス幅が2ps以下のパルスレーザL2を照射する。
また好ましくは、レーザピーニング工程では、硬質被膜2上に、パルス幅が10fs(フェムト秒)以上のパルスレーザL2を照射する。より望ましくは、レーザピーニング工程では、硬質被膜2上に、パルス幅が500fs以上のパルスレーザL2を照射する。
上記パルスレーザL2のピークパワー密度は、1TW(テラワット)/cm以上が好ましく、より好ましくは5TW/cm以上であり、さらに望ましくは、20TW/cm以上である。このように、1TW(テラワット)/cm以上で衝撃を与えることで、工具基体1および硬質被膜2に高い圧縮残留応力を安定して付与することができる。また好ましくは、ピークパワー密度は、10PW(ペタワット)/cm以下である。その理由は、10PW(ペタワット)/cmを超えたあたりから、大気のブレイクダウンによるプラズマが生じ、レーザビームが遮蔽されてしまうためである。なお、ピークパワー密度は、パルスエネルギー/(パルス幅×スポット面積)で計算される値である。
【0064】
また、レーザピーニング処理時における上記加熱された部分の温度は、例えば、100℃以上400℃以下である。なお、第1のレーザ発振器34の加熱用レーザL1によって瞬間的に温度上昇し加熱された部分は、温度降下も急激である。このため、レーザ加熱工程でレーザ照射した直後に、レーザピーニング工程でレーザ照射することが好ましい。なお、本実施形態でいう上記「直後」とは、レーザ加熱工程でレーザ照射した後、例えば、0.001秒以内であることを指す。
【0065】
レーザピーニング工程で照射されるパルスレーザL2は、ビームエキスパンダー39を介することにより、レーザ加熱工程で照射されるパルスレーザL1に比べて、ワークW表面におけるスポット直径が小さくされている。すなわち、本実施形態では、レーザ加熱工程において硬質被膜2上に照射するパルスレーザ(加熱用レーザ)L1のスポット直径を、レーザピーニング工程において硬質被膜2上に照射するパルスレーザ(ピーニング用レーザ)L2のスポット直径よりも大きくしている。例えば、パルスレーザL1のワークW表面のスポット直径は、パルスレーザL2のワークW表面のスポット直径の2倍以上である。
【0066】
また、パルスレーザL2のワークW表面におけるスポット直径は、10μm以上、200μm以下が適切である。すなわちレーザピーニング工程では、硬質被膜2上に照射するパルスレーザL2のスポット直径を、10μm以上200μm以下とすることが好ましい。スポット直径が10μm以上であれば、レーザ照射中に局所的な硬質被膜2の剥離が発生しにくくなる。局所的な硬質被膜2の剥離が発生すると刃先の強度が大幅に低下するため、それを抑制する必要がある。スポット直径が200μm以下であれば、硬質被膜2および工具基体1の表層1aに付与される圧縮残留応力の値が低下するのを抑制できる。なお、パルスレーザL2のスポット直径は、20μm以上100μm以下とすることがより望ましい。
【0067】
また、図1および図2にレーザ照射範囲Aとして示すように、パルスレーザL1,L2は、少なくとも、切れ刃3と、すくい面5のうち切れ刃3に隣接する部分と、にわたって照射される。レーザ照射範囲Aは、切れ刃3に沿って延びる帯状であり、本実施形態では、全体として略V字状である。レーザ照射範囲A(の幅寸法)は、切削加工時に切削条件として設定される送り量に対して、110~200%の範囲であることが好ましい。但し、切削加工時の条件としての送り量は様々な状況によって逐次設定される値であるため、本発明工具の製造時はカタログ等に記載の各工具の推奨送り量範囲の上限値の110~200%の範囲、あるいは推奨送り量が設定されていない場合は、切れ刃3からすくい面5へ向けた200μm以上、1000μm以下の範囲Aで処理(レーザ照射)することが好ましい。
【0068】
具体的に、本実施形態では、傾斜部5bの径方向外端部、ランド部5aおよび切れ刃3にわたるレーザ照射範囲Aに、パルスレーザL1,L2を照射する。なお、本実施形態では、硬質被膜2上に直接的にパルスレーザL1,L2を照射している。つまり本実施形態では、硬質被膜2上に、周知技術(例えば特表2020-525301号公報など)で知られるような犠牲皮膜を設けない。本実施形態では、プロセスが簡便であり、かつ、衝撃波が伝播しやすいため、効率的に高い圧縮残留応力を付与することができる。
【0069】
より詳しくは、上記レーザ照射範囲Aに、図3に示すガルバノスキャナ・Fθレンズユニット40を用いてパルスレーザL1,L2をハッチング走査する。このときの処理雰囲気は、大気中または任意のガス中とする。任意のガスとは、例えば酸化を抑える不活性ガス等である。
【0070】
なお、レーザ照射工程(レーザピーニング工程)では、硬質被膜2および工具基体1の圧縮残留応力に、切れ刃3に平行な方向と、切れ刃3と直交する方向とで異方性を付与してもよい。特に図示しないが、このような異方性を付与するには、レーザ照射工程において、例えば、切れ刃3と平行な方向のパルスレーザ照射点間隔と、切れ刃3と直交する方向のパルスレーザ照射点間隔とを、互いに異ならせればよい。ただしこれに限らず、例えば、切れ刃3と平行な方向のパルスレーザ照射点間隔と、切れ刃3と直交する方向のパルスレーザ照射点間隔とを互いに同じ値(一定)とし、ピークパワー密度を、切れ刃3と直交する方向において変化させたり、切れ刃3と平行な方向において変化させたりすることにより、圧縮残留応力に異方性を付与してもよい。
【0071】
以上説明した本実施形態の切削工具10の製造方法では、工具基体1の表面に硬質被膜2が成膜された切削工具10に対して、硬質被膜2の上から、従来よりもパルス幅が小さい、パルス幅100ps(ピコ秒)以下の短パルスレーザL2を照射する。これにより、熱影響を抑えつつレーザのピークパワー密度を高められるため、例えば大気中や不活性ガス中などの気体中においても、ワークW表面に大きな衝撃力を作用させることができ、大きな圧縮残留応力を付与できる。この処理はいわゆる超短パルスレーザピーニングであり、レーザ照射したワークWの表面を若干加工することで発生するプラズマが爆発的に拡散する際の、力学的な反作用によりワークWに衝撃波を発生させ、塑性変形や転位などの結晶欠陥を付与することで、ワークW表面に圧縮残留応力を付与する手法である。
【0072】
詳しくは、本実施形態では、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2を加熱し、この加熱された部分に対して、パルスレーザL2照射によるレーザピーニング処理を行う。すなわち、ワークWを加熱した状態でレーザピーニング処理を施すため、熱的に安定なコットレル転位が工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2に発生すること等により、例えばステンレス鋼等の被削材を切削する場合など、刃先温度が高くなりやすい切削加工時においても、切削工具10に付与された圧縮残留応力が切削熱によって解放されることを抑制できる。
特に本実施形態では、水中ではなく気体中においてワークWにレーザ照射するため、ワークWを例えば100℃以上に加熱した状態でレーザピーニング処理することが容易である。このため、上述の作用効果がより格別顕著なものとなる。
【0073】
以上より本実施形態によれば、切削加工中に発生する熱によって切削工具10の圧縮残留応力が解放されることを抑制でき、刃先温度が高くなる切削においても、切れ刃3の耐欠損性を安定して高めることができる。
【0074】
また本実施形態では、パルスレーザL2によるレーザピーニング処理時において、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の予め加熱された部分の温度が、100℃以上400℃以下である。
工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2を100℃以上に加熱した状態として、レーザピーニング処理することにより、上述の作用効果がより安定的かつ顕著なものとなる。すなわち、切削加工時に熱が発生しても、切削工具10の圧縮残留応力が解放されにくくなり、切れ刃3の刃先強度が良好に維持される。
【0075】
また、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2を400℃以下に加熱した状態として、レーザピーニング処理を行うため、加熱温度が高過ぎることにより圧縮残留応力が解放されてしまうような不具合を抑制できる。
【0076】
また本実施形態では、レーザ照射工程が、パルスレーザL1を照射し、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の部分を加熱するレーザ加熱工程と、レーザ加熱工程で加熱された部分に、気体中においてパルスレーザL2を照射し、圧縮残留応力を付与するレーザピーニング工程と、を含む。
この場合、レーザ加熱工程においてパルス幅1ns(ナノ秒)以上のパルスレーザL1を照射するので、ワークW表面が瞬間的に加熱され、加熱部分を所望の温度に上昇させるまでの時間が短縮される。このため、加熱した部分に効率よくレーザピーニングを施すことができ、高速で処理することが可能となり、生産性が向上する。また、このようなレーザ加熱の場合、表面温度の急激な下降による冷却効果により、ワークW表面の強度がより安定的に向上する。
なお、レーザ加熱工程におけるパルスレーザL1のパルス幅が1ns以上であると、ワークW表面を十分に加熱することができる。
【0077】
また本実施形態では、レーザ加熱工程において硬質被膜2上に照射するパルスレーザL1のスポット直径を、レーザピーニング工程において硬質被膜2上に照射するパルスレーザL2のスポット直径よりも大きくする。
この場合、レーザ加熱時のスポット直径が大きいため、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の加熱された部分に対して、その後のレーザピーニング処理を正確にかつ安定して行うことができる。また、例えば連続的なレーザスキャン状態を持続しつつ、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の加熱された部分に対してレーザピーニング処理を行うことも可能となる。したがって、切れ刃3の耐欠損性が高められた切削工具10を、効率よく安定して製造できる。
【0078】
また本実施形態では、レーザ加熱工程でレーザ照射した直後に、レーザピーニング工程でレーザ照射する。
レーザ加熱工程において加熱されたワークW表面は、急激に温度が降下するため、レーザ加熱直後にレーザピーニング処理を施すことにより、切削熱によって解放されにくい圧縮残留応力を、安定して付与することができる。
【0079】
また本実施形態では、レーザ照射範囲Aが、切削加工時に切削条件として設定される送り量(推奨送り量)に対して、110~200%の範囲である。
レーザ照射範囲Aが、送り量の110%以上であると、切削加工時に被削材に直接接触する切削工具10の刃先領域(切削条件の切込み量、送り量)よりも、レーザピーニング処理領域を大きく確保できるため、切れ刃3の耐欠損性がより安定して高められる。
またレーザ照射範囲Aが、送り量の200%以下であると、レーザ照射範囲Aを広げ過ぎることに起因するクレーター摩耗の進行を抑制できる。
【0080】
また本実施形態では、レーザ照射工程において、硬質被膜2および工具基体1の圧縮残留応力に、切れ刃3に平行な方向と、切れ刃3と直交する方向とで異方性を付与する。
この場合、切れ刃3と平行な方向の圧縮残留応力値と、切れ刃3と直交する方向の圧縮残留応力値とに、所定以上の差を設けることができる。例えば上記構成と異なり、切れ刃3と平行な方向と、切れ刃3と直交する方向とで、圧縮残留応力値が互いに同じである場合(等方性を付与した場合)と比べて、本実施形態の上記構成によれば、硬質被膜2の破損を抑制でき、かつ、切削の種類や被削材等に応じて、切れ刃3に必要な耐欠損性能を効率よく付与できる。
【0081】
また、本実施形態のレーザピーニング処理装置30によれば、上述した本実施形態の切削工具10の製造方法と同様の作用効果が得られる。
また第1のレーザ発振器34が、パルス幅1ns以上のパルスレーザ(加熱用レーザ)L1を照射するので、ワークW表面が瞬間的に加熱され、加熱部分を所望の温度に上昇させるまでの時間が短縮される。このため、第2のレーザ発振器35により、加熱した部分にパルス幅100ps以下のパルスレーザ(ピーニング用レーザ)L2を照射して効率よくレーザピーニングを施すことができ、高速で処理することが可能となり、生産性が向上する。また、このようなレーザ加熱の場合、表面温度の急激な下降による冷却効果により、ワークW表面の強度がより安定的に向上する。
なお、第1のレーザ発振器34におけるパルスレーザL1のパルス幅が1ns以上であると、ワークW表面を十分に加熱することができる。
【0082】
また本実施形態のレーザピーニング処理装置30は、加熱用レーザL1とピーニング用レーザL2の各レーザ照射のタイミングを調整可能な調整部32を備える。
この場合、加熱用レーザL1によって加熱されたワークW表面を、適切なタイミングで、ピーニング用レーザL2によりレーザピーニング処理することができる。これにより、切削加工時の熱によって解放されにくい圧縮残留応力を、切削工具10に安定して付与することができる。
【0083】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されず、例えば下記に説明するように、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において構成の変更等が可能である。
【0084】
前述の実施形態では、レーザ照射工程において、パルスレーザL1の照射により工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の部分を加熱する例を挙げたが、これに限らない。ワークWを加熱する方法、すなわち工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の部分を加熱する方法は、パルスレーザ以外の、例えばヒートガン、ホットプレート、誘導加熱、連続波レーザ等でもよい。パルスレーザ以外の加熱方法を用いた場合には、レーザピーニング処理予定の加熱部分の温度を、より安定的に所定範囲(100℃以上400℃以下)とすることができ、切れ刃3に安定した耐欠損性を付与する観点から、より好ましい。
またこの場合、切削工具10の製造方法は、工具基体1の表層1aおよび硬質被膜2の少なくとも一部(部分)を加熱する加熱工程を備えていてもよい。この場合、加熱工程の後に、または加熱工程中において、レーザ照射工程(レーザピーニング工程)によるワークW表面(加熱部分)へのレーザピーニング処理が行われる。
【0085】
前述の実施形態では、切削工具10が刃先交換式バイトに用いられる例を挙げたが、これに限らない。切削工具10は、例えば、被削材に転削加工を施す刃先交換式ドリルや刃先交換式エンドミル等に用いられてもよい。
また、切削工具10が切削インサートである例を挙げたが、これに限らない。切削工具10は、例えばソリッドタイプのバイト、ドリル、エンドミル、リーマおよびそれ以外の切削工具であってもよい。
【0086】
その他、本発明の趣旨から逸脱しない範囲において、前述の実施形態および変形例等で説明した各構成を組み合わせてもよく、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。また本発明は、前述した実施形態等によって限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例0087】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。ただし本発明はこの実施例に限定されない。
【0088】
本発明の実施例および比較例として、前述の実施形態で説明した切削工具10のレーザ未処理品を、複数用意した。具体的に、これらの切削工具10は、JIS規格のCNMG120408形状を有する切削インサートである。工具基体1は、Co8.5質量%の組成を有するWC超硬合金製である。硬質被膜2は、工具基体1の表面上に、第1層としてTiCN層4μm、第2層としてα-Al層1.5μm、および第3層としてTiN層0.3μmを、この順にそれぞれ化学気相成長(CVD)法によって成膜した。
【0089】
この成膜の後工程において、各切削工具10にレーザ照射工程を適宜施した。
具体的に、実施例1~8においては、ホットプレートを用いて切削工具10を50℃以上400℃以下の各温度に加熱しながら、大気中において、硬質被膜2上に、パルス幅1psの短パルスレーザL2を照射し、レーザピーニング処理を施した。なお、レーザピーニング処理を施さなかったものを比較例1とし、室温(25℃)においてレーザピーニング処理を施したものを比較例2とした。
実施例1~8および比較例2のレーザピーニング条件は、レーザ波長1030nm、パルスエネルギー0.4mJ、繰り返し周波数10kHz、ワークW表面でのスポット直径φ30μmとし、切れ刃3稜線からすくい面5の内側500μmのレーザ照射範囲Aをハッチング走査した。
【0090】
また、実施例9の切削工具10には、レーザピーニング処理装置30を用いて、レーザ加熱工程と、レーザピーニング工程と、を施した。具体的には、第1のレーザ発振器34により、パルス幅30ns、レーザ波長1030nm、繰り返し周波数10kHz、ワークW表面でのスポット直径φ100μmのパルスレーザ(加熱用レーザ)L1をワークW表面に照射して加熱し、この直後に、第2のレーザ発振器35により、パルス幅1ps、レーザ波長1030nm、パルスエネルギー0.4mJ、繰り返し周波数10kHz、ワークW表面でのスポット直径φ30μmのパルスレーザ(ピーニング用レーザ)L2をワークW表面(加熱部分)に照射して、レーザピーニング処理を施した。なお、第1のレーザ発振器34のパルスレーザL1のパルスエネルギーは、切削工具10が加工されたり溶融されたりせずに加熱効果が得られる観点から検討した結果、0.5mJが好適であった。
【0091】
実施例1~9および比較例1、2の各切削工具10を用いて、ターニング湿式切削試験評価を実施した。切削条件は下記の通りとした。
<切削条件>
・被削材:SUS304 六角材(φ50mm)
・切削速度:80m/min
・切込み:2mm
・送り:0.3mm/rev
そして、切削開始から逃げ面最大摩耗幅(チッピング長さ)が0.2mmに達するまでの切削時間を工具寿命と設定した。結果を表1に示す。
【0092】
【表1】
【0093】
なお、表1の判定の基準は下記の通りとした。
・A:工具寿命までの切削時間が5分以上であり、工具寿命が特に顕著に延びたもの。
・B:工具寿命までの切削時間が4分以上であり、工具寿命が顕著に延びたもの。
・C:工具寿命までの切削時間が3分以上であり、工具寿命が延びたもの。
・D:工具寿命までの切削時間が3分未満であるもの。
【0094】
表1に示すように、実施例1~9は、A判定、B判定またはC判定となり、いずれも刃先強度が向上して工具寿命が延びることがわかった。
レーザピーニング処理時のワークW表面(加熱部分)の温度が100℃以上400℃以下である実施例2~8については、A判定またはB判定となり、工具寿命が顕著に延びることが確認された。なお実施例2~8は、比較例1に比べて工具寿命が3倍以上にも達する。またその中でも、実施例3~6については、すべてA判定となり、工具寿命が格別顕著に延びることがわかった。
また、レーザ加熱工程およびレーザピーニング工程を経て製造された実施例9については、やはりA判定であり、かつ工具寿命が7分以上(最長時間)にも達して、刃先強度がより安定的に向上することが確認された。
【0095】
試験の結果より、実施例1~9は、ワークW表面を加熱しながらレーザピーニング処理することで、切削加工中に発生する熱によって切削工具10の圧縮残留応力が解放されづらくなったため、工具寿命が延びたものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の切削工具の製造方法、およびレーザピーニング処理装置によれば、切削加工中に発生する熱によって切削工具の圧縮残留応力が解放されることを抑制でき、刃先温度が高くなる切削においても、切れ刃の耐欠損性を安定して高めることができる。したがって、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0097】
1…工具基体、1a…表層、2…硬質被膜、10…切削工具、30…レーザピーニング処理装置、31…レーザ照射部、32…調整部、34…第1のレーザ発振器、35…第2のレーザ発振器、L1…パルスレーザ(加熱用レーザ)、L2…パルスレーザ(ピーニング用レーザ)
図1
図2
図3