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特開2023-70669人工血管床、人工三次元生体組織及び血管網を備えた人工三次元生体組織の作製方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023070669
(43)【公開日】2023-05-19
(54)【発明の名称】人工血管床、人工三次元生体組織及び血管網を備えた人工三次元生体組織の作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20230512BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022179049
(22)【出願日】2022-11-08
(31)【優先権主張番号】P 2021182725
(32)【優先日】2021-11-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】戸部 友輔
(72)【発明者】
【氏名】本間 順
(72)【発明者】
【氏名】関根 秀一
(72)【発明者】
【氏名】坂口 勝久
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BC25
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】三次元生体組織(例えば、積層化細胞シートやオルガノイドなどの高細胞密度の立体組織)への血管網の導入方法の改善。
【解決手段】本発明は、人工血管床であって、
三次元生体組織の載置面を有する、生体適合性ハイドロゲルを含む組成物により形成された血管床部と;
前記血管床部の内部に設けられた第1流路及び第2流路と;
前記第1流路及び前記第2流路とそれぞれ連通し、前記載置面に設けられた第1穴隙及び第2穴隙と;
前記第1穴隙と前記第2穴隙との間を連通し、かつ、前記載置面に形成された橋渡し流路と;
前記第1流路に流体連通し、培地を供給するための第1送液部と;
前記第2流路に流体連通し、培地を排出するための第2送液部と
を備えた、人工血管床、及びそれを用いる血管網を備えた人工三次元生体組織の作製方法を提供する。
【選択図】図1-2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工血管床であって、
三次元生体組織の載置面を有する、生体適合性ハイドロゲルを含む組成物により形成された血管床部と;
前記血管床部の内部に設けられた第1流路及び第2流路と;
前記第1流路及び前記第2流路とそれぞれ連通し、前記載置面に設けられた第1穴隙及び第2穴隙と;
前記第1穴隙と前記第2穴隙との間を連通し、かつ、前記載置面に形成された橋渡し流路と;
前記第1流路に流体連通し、培地を供給するための第1送液部と;
前記第2流路に流体連通し、培地を排出するための第2送液部と
を備えた、人工血管床。
【請求項2】
前記生体適合性ハイドロゲルが、架橋化された生体適合性ハイドロゲルである、請求項1に記載の人工血管床。
【請求項3】
前記生体適合性ハイドロゲルが、フィブリンゲルを含む、請求項1に記載の人工血管床。
【請求項4】
前記生体適合性ハイドロゲルが、フィブリンゲル安定化因子を含む、請求項3に記載の人工血管床。
【請求項5】
前記第1送液部に接続された培地供給ラインと、
前記培地供給ラインに培地を供給する培地供給槽と、
前記培地供給ラインに培地を送る送液ポンプと、
前記第2送液部に接続された培地排出ラインと、
前記培地排出ラインから排出された培地を貯留する培地排出槽と、
をさらに備える、請求項1~4のいずれか1項に記載の人工血管床。
【請求項6】
前記培地供給槽と、前記培地排出槽が同一であり、培地が循環することを特徴とする、請求項5に記載の人工血管床。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の人工血管床と、
前記載置面の前記橋渡し流路を覆うように載置された三次元生体組織と
を含む、人工三次元生体組織。
【請求項8】
前記三次元生体組織が、細胞を含むシート状組織又はオルガノイドである、請求項7に記載の人工三次元生体組織。
【請求項9】
前記三次元生体組織が、血管内皮細胞を含む、請求項7又は8に記載の人工三次元生体組織。
【請求項10】
血管網を備えた人工三次元生体組織の作製方法であって、
三次元生体組織を、請求項1~6のいずれか1項に記載の人工血管床の前記載置面の前記橋渡し流路を覆うように載置する工程、
前記第1送液部に培地を供給し、かつ、前記第2送液部から培地を排出しながら灌流培養する工程、
を含む、方法。
【請求項11】
前記三次元生体組織が、細胞を含むシート状組織又はオルガノイドである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記三次元生体組織が、血管内皮細胞を含む、請求項10又は11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工血管床、人工三次元生体組織及び血管網を備えた人工三次元生体組織の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、心不全に対する新しい治療法として、筋芽細胞シートや人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来の心筋細胞シートを用いた再生医療が始まっている(非特許文献1及び2)。細胞シートが分泌する多数の成長因子により、ホストの心臓において血管新生などを促進し、心機能を改善させるパラクライン効果による治療である。しかし、これらの治療法では機能的な心筋細胞の増加には至らず、重症心不全には適応できないという課題が存在する。そこで本発明者らは、次世代の再生医療として、力学的な拍動補助機能を有する立体心筋組織移植による治療を目指している。ヒトiPS細胞由来の心筋細胞シートを複数枚積層することによって生体外で作製した立体心筋組織を移植するという治療法である。本治療法の実現により、従来のパラクライン効果に加え、心筋細胞自体による力学的なポンプ機能の補助が期待される。
【0003】
しかしながら、3層以上の細胞シートを作製して得られる積層化組織では、酸素や栄養素の欠乏、および老廃物の蓄積により組織内部が壊死することが報告されている(非特許文献3)。そのため、積層限界を超える立体心筋組織の構築には、栄養供給を担う血管構造を生体外で立体組織内に付与する手法の確立が重要である。
【0004】
生体外における血管構築研究は、細胞密度の低いハイドロゲルを対象とした研究や、細胞密度の高い立体組織を対象とした研究に大別される。ハイドロゲルを対象とした研究では、3Dプリンティングやマイクロ流体デバイスを用いることによって、ハイドロゲル内に懸濁した内皮細胞から灌流可能な管腔構造を有する血管を構築する手法が数多く報告されている(例えば、非特許文献4及び5)。一方、オルガノイドや細胞シートなどの立体組織を対象とした研究では、生体外で構築した内皮細胞のネットワーク構造を持つ組織を、生体へ移植することにより、実際に血液が灌流される血管を作製する報告が大半である(非特許文献6及び7)。つまり、生体外での管腔を有する血管構築法はハイドロゲル内では確立されている一方、高細胞密度の組織では未確立のままである。
【0005】
これまでに本発明者らは、コラーゲンゲルや生体の組織を利用した血管床を開発することで、高細胞密度組織である細胞シートへの生体外での血管網導入を可能にした(特許文献1及び2、並びに非特許文献8及び9)。血管床とは培養液の灌流が可能な流路構造を有する立体組織培養の土台である。コラーゲンゲルの中に構築した血管、又は三次元生体組織内血管を利用し、細胞シートを血管床上に生着させた後に培養液を血管床内血管に灌流することによって、培養液内の血管新生因子が血管を介した拡散によって細胞シートに供給され、細胞シート内で血管新生が誘導されることによってシート内への血管導入が達成される。
【0006】
またポリジメチルシロキサン(PDMS)製のマイクロ流体デバイスを作製し、ハイドロゲル内に構築した血管構造を利用することにより、ハイドロゲル内に懸濁したスフェロイドに灌流可能な血管構造を導入したことを報告している(非特許文献10)。以上の研究より、ハイドロゲルや三次元生体組織内の血管網を利用することで、生体外での高細胞密度の組織への灌流可能な血管網の導入が可能であることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2012/036225号
【特許文献2】国際公開第2012/036224号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Miyagawa S, et al.: Impaired Myocardium Regeneration With Skeletal Cell Sheets-A Preclinical Trial for Tissue-Engineered Regeneration Therapy. Transplantation, 2010
【非特許文献2】Kawamura M, et al.: Feasibility, Safety, and Therapeutic Efficacy of Human Induced Pluripotent Stem Cell-Derived Cardiomyocyte Sheets in a Porcine Ischemic Cardiomyopathy Model. Circulation, 2012
【非特許文献3】Shimizu T, et al: Polysurgery of cell sheet grafts overcomes diffusion limits to produce thick, vascularized myocardial tissues. The FASEB Journal, 2006
【非特許文献4】Kolesky, D.B., et al.: 3D bioprinting of vascularized, heterogeneous cell-laden tissue constructs. Adv. Mater. 26, 3124‐3130, 2014
【非特許文献5】Nguyen, D.-H.T., et al.: Biomimetic model to reconstitute angiogenic sprouting morphogenesis in vitro. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 110, 6712-6717, 2013
【非特許文献6】Takebe T, et al.: Vascularized and functional human liver from an iPSC-derived organ bud transplant. Nature. 499, 481-485, 2013
【非特許文献7】Sasagawa T, et al.: Comparison of angiogenic potential between prevascular and non-prevascular layered adipose-derived stem cell-sheets in early post-transplanted period. J. Biomed. Mater. Res. A. 102, 358-65, 2014
【非特許文献8】Sakaguchi K, et al.: In vitro engineering of vascularized tissue surrogates, Sci. Rep., 1316, 2013
【非特許文献9】Sekine H, et al.: In vitro fabrication of functional three-dimensional tissues with perfusable blood vessels. Nat. Com, 2013
【非特許文献10】Nashimoto Y, et al.: Integrating perfusable vascular networks with a three-dimensional tissue in a microfluidic device. Integr. Biol., 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ハイドロゲルや三次元生体組織などの血管床内の血管網を利用する、従来技術のインビトロで形成された三次元生体組織(例えば、積層化細胞シートやオルガノイドなどの高細胞密度の立体組織)への血管網の導入法では、血管網の導入までに最低でも5日以上の期間を要したり、また、血管網が導入されたとしても構築される血管の数が著しく少なく、血管網導入効率が悪いという課題があった。また、従来技術では、血管床として用いられるコラーゲンゲル内に構築される新生血管網の位置や、採取される生体組織内の血管の位置を制御することが困難であるため、血管床流路から三次元生体組織までの物理的距離が血管床検体ごとに異なり、血管床自体の質のバラツキが課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて研究開発を行ってきた。その結果、三次元生体組織と血管床内に構築される流路との間の物理的な距離及び形状を制御することにより、三次元生体組織(例えば、積層化細胞シートやオルガノイドなどの高細胞密度の立体組織)内に構築される血管網の質を向上(例えば、血管網の数の増加)させることができ、また、血管網を構築させるまでの期間を短縮させ得るのみならず、再現性よく血管網を構築させ得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、以下の態様を含み得る。
【0011】
[1] 人工血管床であって、
三次元生体組織の載置面を有する、生体適合性ハイドロゲルを含む組成物により形成された血管床部と;
前記血管床部の内部に設けられた第1流路及び第2流路と;
前記第1流路及び前記第2流路とそれぞれ連通し、前記載置面に設けられた第1穴隙及び第2穴隙と;
前記第1穴隙と前記第2穴隙との間を連通し、かつ、前記載置面に形成された橋渡し流路と;
前記第1流路に流体連通し、培地を供給するための第1送液部と;
前記第2流路に流体連通し、培地を排出するための第2送液部と
を備えた、人工血管床。
[2] 前記生体適合性ハイドロゲルが、架橋化された生体適合性ハイドロゲルである、項目1に記載の人工血管床。
[3] 前記生体適合性ハイドロゲルが、フィブリンゲルを含む、項目1に記載の人工血管床。
[4] 前記生体適合性ハイドロゲルが、フィブリンゲル安定化因子を含む、項目3に記載の人工血管床。
[5] 前記第1送液部に接続された培地供給ラインと、
前記培地供給ラインに培地を供給する培地供給槽と、
前記培地供給ラインに培地を送る送液ポンプと、
前記第2送液部に接続された培地排出ラインと、
前記培地排出ラインから排出された培地を貯留する培地排出槽と、
をさらに備える、項目1~4のいずれか1項に記載の人工血管床。
[6] 前記培地供給槽と、前記培地排出槽が同一であり、培地が循環することを特徴とする、項目5に記載の人工血管床。
【0012】
[7] 項目1~6のいずれか1項に記載の人工血管床と、
前記載置面の前記橋渡し流路を覆うように載置された三次元生体組織と
を含む、人工三次元生体組織。
[8] 前記三次元生体組織が、細胞を含むシート状組織又はオルガノイドである、項目7に記載の人工三次元生体組織。
[9] 前記三次元生体組織が、血管内皮細胞を含む、項目7又は8に記載の人工三次元生体組織。
【0013】
[10] 血管網を備えた人工三次元生体組織の作製方法であって、
三次元生体組織を、項目1~6のいずれか1項に記載の人工血管床の前記載置面の前記橋渡し流路を覆うように載置する工程、
前記第1送液部に培地を供給し、かつ、前記第2送液部から培地を排出しながら灌流培養する工程、
を含む、方法。
[11] 前記三次元生体組織が、細胞を含むシート状組織又はオルガノイドである、項目10に記載の方法。
[12] 前記三次元生体組織が、血管内皮細胞を含む、項目10又は11に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、三次元生体組織内に構築される血管網の質の向上させることができ(例えば、血管網の数の増加、及び、直径の大きな成熟した血管の形成等)、また、血管網を構築させるまでの期間を短縮させることが可能となる。また、血管床に設けた穴隙、および橋渡し流路を血管床の流路として直接利用する技術であるため、血管床検体ごとの流路構造のバラツキ問題を解決する。従って、再現性良く質の高い血管網を構築させ得ることが可能となる。また、三次元生体組織に対して流体による力学的刺激を直接負荷可能であるため、力学的刺激が高細胞密度の立体組織内での血管新生に及ぼす影響の解明のための実験モデルとして利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1-1】一実施態様における本発明の人工血管床の概要を示す図である。
図1-2】一実施態様における本発明の人工血管床の概要、および三次元生体組織の灌流培養時の概要を示す図である。
図2】一実施態様における本発明の人工血管床の作成手順を示す概略図である
図3】一実施態様における本発明の人工血管床を示す図である。
図4】一実施態様における本発明の人工血管床に載置した血管内皮網付三次元生体組織(積層化した血管内皮細胞と皮膚線維芽細胞の共培養シート)の蛍光像及び光干渉断層撮影(OCT)画像を示す。
図5】人工血管床作製に適したハイドロゲル組成の選定に関する概要図を示す。
図6-1】異なるハイドロゲルで構成した人工血管床上で細胞シートを5日間静置培養した際の人工血管床の構造の安定性を評価した結果を示す。上段:巨視的観察像(BF)、下段:断面観察像(OCT)。
図6-2】異なるハイドロゲルで構成した人工血管床上で細胞シートを5日間静置培養した際の人工血管床の構造の安定性を評価した結果を示す。図6-1で得られた画像より表面積及び断面積を定量し、初日(Day0)を基準とした場合の各日における表面積比(左)及び断面積比(右)を示している。
図7】一実施態様における本発明の人工血管床を用いた静置培養又は灌流培養の方法、及びその評価方法について示す概略図である。
図8】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて、GFP陽性のヒト臍帯静脈内皮細胞(GFP-HUVEC)を含む細胞シートを静置培養又は灌流培養した場合の細胞シートの蛍光顕微鏡像を示す。
図9】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて、細胞シートを静置培養又は灌流培養した後の、細胞シートに形成された血管を墨汁の灌流により評価した結果を示す。
図10】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて、細胞シートを灌流培養した後の、細胞シートに形成された血管をラット血液の灌流により評価した結果を示す。
図11-1】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて、細胞シートを静置培養した後のHE染色像を示す。
図11-2】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて、細胞シートを静置培養した後の蛍光顕微鏡像を示す。緑:内皮細胞(CD31陽性)、青:核(DAPI)。
図12-1】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて、細胞シートを灌流培養した後のHE染色像を示す。
図12-2】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて、細胞シートを灌流培養した後の蛍光顕微鏡像を示す。緑:内皮細胞(CD31陽性)、青:核(DAPI)。
図13】従来技術と本発明の血管床との比較した結果を示す概略図である。
図14】一実施態様における本発明の人工血管床又は人工三次元生体組織(立体組織)の適用例を示す。
図15】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて、細胞シートを異なる灌流速度(25μL/min(5日間)又は25μL/min(3日間)→100μL/min(2日間))で灌流培養した後の細胞シートに形成された血管を墨汁の灌流により評価した結果を示す。
図16】一実施態様における本発明の人工血管床の例を示す。
図17】一実施態様における本発明の人工血管床を用いた段階的積層による立体組織を構築する方法の概略を示す。
図18】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて構築した立体組織のOCT観察像を示す。
図19】一実施態様における本発明の人工血管床を用いて構築した立体組織の拡大像(左:明視野観察像、左:蛍光観察像)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について、必要に応じて図面を参照にしながら説明する。実施形態の構成は例示であり、本発明の構成は、実施形態の具体的構成に限定されない。
【0017】
本明細書において、「第1」「第2」「第3」等の用語は、1つの要素をもう1つの要素と区別するために用いており、例えば、第1の要素を第2の要素と表現し、同様に第2の要素を第1の要素と表現してもよく、これによって本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0018】
特段の定義がない限り、本明細書で使用する用語(技術的用語および科学的用語)は、当業者が一般に理解している用語と同一の意味を有する。
【0019】
図1-1及び図1-2は、一実施態様における本発明の人工血管床を示す模式図である。一実施態様において、本発明は、
人工血管床であって、
三次元生体組織の載置面を有する、生体適合性ハイドロゲルを含む組成物により形成された血管床部と;
前記血管床部の内部に設けられた第1流路及び第2流路と;
前記第1流路及び前記第2流路とそれぞれ連通し、前記載置面に設けられた第1穴隙及び第2穴隙と;
前記第1穴隙と前記第2穴隙との間を連通し、かつ、前記載置面に形成された橋渡し流路と;
前記第1流路に流体連通し、培地を供給するための第1送液部と;
前記第2流路に流体連通し、培地を排出するための第2送液部と
を備えた、人工血管床を提供する。
【0020】
本明細書において、「人工血管床」とは、三次元生体組織(本明細書において「立体組織」とも称される。)に血管網を構築するために用いられるものであり、従来の血管網が豊富な組織(例えば、国際公開第2012/036224号に示される皮弁などの生体組織)とは区別され、インビトロにおいて作製され得る血管床をいう。
【0021】
一実施態様において、本発明の人工血管床は、灌流可能な血管網の構築を意図する三次元生体組織(本明細書において「立体組織」とも称される。)を載置するための載置面を有する血管床部を備えている。載置面は、三次元生体組織を載置可能な形状であればよいが、平面状であることが好ましい。
【0022】
血管床部は、生体適合性ハイドロゲルを含む組成物により形成されている。本発明に適用可能な「生体適合性ハイドロゲル」としては、例えば、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ポリヒドロキシエチルメタアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリ乳酸、ポリグリコール酸などの水溶性、水親和性、若しくは水吸収性合成高分子、多糖、タンパク質、核酸などを化学架橋したハイドロゲルが挙げられる。多糖としては、ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸などのグリコサミノグリカン、デンプン、グリコーゲン、アガロース、ペクチン、セルロース等が挙げられる。また、タンパク質としては、コラーゲン及びその加水分解物であるゼラチン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、エンタクチン、テネイシン、トロンボスポンジン、フォンビルブランド因子、オステオポンチン、フィブリノーゲン(例えば、フィブリノーゲンとトロンビンを反応させたフィブリンゲル)等が挙げられる。これらの生体適合性ハイドロゲルに対し、公知の方法を用いて架橋処理(例えば重合化処理)が行われ、強度が上がった架橋化された生体適合性ハイドロゲルが用いられてもよい。本発明に用いられ得る生体適合性ハイドロゲルとしては、本発明の人工血管床に載置される三次元生体組織(例えば、細胞を含むシート状組織)の収縮に耐えられる力学的特性と高い細胞接着性を有するハイドロゲルであることが好ましく、例えばそれはフィブリンゲルであり、第XIII因子をさらに含むものであってもよい。フィブリンゲルにさらにフィブリンゲル安定化因子が含まれることにより、フィブリンゲルの架橋化が促進され、本発明の人工血管床の載置面に載置された三次元生体組織によって、生体適合性ハイドロゲルが分解されたり、収縮したりすることが防止または遅延し、血管床内の流路の形状が維持される。
【0023】
一実施形態において、本発明の人工血管床の血管床部の内部には、血管床部の外部から培地などの培養に必要な栄養を含む流体を送液可能な第1流路を備えている。また、本発明の人工血管床の血管床部の内部には、載置面の三次元生体組織に供給された、培地などの培養に必要な栄養を含む流体を排出するための第2流路を備えている。
【0024】
一実施態様において、本発明の人工血管床は、前記第1穴隙と前記第2穴隙との間を連通し、かつ、前記載置面に形成された橋渡し流路を備えている(図1-2参照)。橋渡し流路は、第1穴隙と第2穴隙の間を流体連通し、なおかつ、載置面に沿って解放されている、すなわち開口部を有しており、これによって橋渡し流路を覆うように載置された三次元生体組織に、第1流路から送液される培地が直接供給され得る。この時、三次元生体組織の直下からの大量の生化学因子の供給および灌流による機械刺激が供給されることにより、適用される三次元生体組織の内部に、これまでの人工血管床・生体血管床では達成し得なかった量の機能的な血管網の付与が可能となった。
【0025】
第1流路及び第2流路の断面形状は矩形でも概円であっても良い。円状の場合その直径は、人工血管床に適用される三次元生体組織の形状、厚さなどにより調節され得るために特に限定されない。また、橋渡し流路の幅及び深さは、第1流路から送液された培地を、三次元生体組織の直下に曝露可能な形状であればよく、例えば、約0.01~10mm、好ましくは約0.1~5mm程度の幅及び/又は深さで提供されてもよいが、その幅を大きくすると載置面上の三次元生体組織がその部分で沈み込み、流路の抵抗が増大する場合があるので、そのようにならない程度の幅に調節することがより好ましい。第1流路又は第2流路と、橋渡し流路との連通部分には、載置面と第1流路又は第2流路とそれぞれ連通する、縦穴状の第1穴隙及び第2穴隙が設けられている(図1-1,図1-2)。
【0026】
一実施態様において、第1流路及び第2流路は、図1-1に示すように略並行に配置してもよく、橋渡し流路の両側に直線状に配置してもよく、橋渡し流路の両側にV字型に配置されてもよく、限定されない。また、他の態様において、橋渡し流路は、第1流路及び第2流路の間に、1つまたは複数設けられてもよい(例えば、図17)。また、他の態様において、「第1流路-橋渡し流路-第2流路」の組み合わせは、1つであってもよく、複数設けられてもよい。また、橋渡し流路は、より複雑な構造、例えば網目状の構造など、第1流路及び第2流路とを連通する形状であればよく、直線状のものに限定されない。さらに、第1及び第2流路の外周を載置面に接する位置に作製する、又は第1及び第2流路として載置面上に溝を作製しても良く、これらの場合第1穴隙及び第2穴隙は設けなくてもよい。
【0027】
一実施態様において、本発明の人工血管床は、第1流路に流体連通し、培地を供給するための第1送液部を備えており、また、第2流路に流体連通し、培地を排出するための第2送液部を備えている。一実施態様において、第1流路と第1送液部、及び、第2流路と第2送液部は、それぞれが一体となって形成されるものであってもよく、一部が生体適合性ハイドロゲル以外の物質からなる管(例えば、シリコーンチューブ、金属管、カテーテル、サーフロー針、並びに、ポリエステル(例えばDacron(登録商標)、テフロン(登録商標)(ePTEE)又は合成高分子製の人工血管など)であってもよい。
【0028】
例えば、第1送液部及び第2送液部として、サーフロー針を用いる場合、血管床部を形成するモールドに生体適合性ハイドロゲルを含む組成物を流し込み、血管床部からはみ出るように第1送液部及び第2送液部としてのサーフロー針を配置する(図2)。その上から、橋渡し流路形成部と、穴隙形成部とを有する流路形成デバイスを用い、穴隙形成部が第1送液部及び第2送液部としてのサーフロー針に接触するように配置し、生体適合性ハイドロゲルを硬化させる。その後、必要に応じて、流路形成デバイスと、サーフロー針を抜去することで人工血管床として使用することができる(図2)。なお、モールドは、培養時には人工血管床と共に使用してもよく、移植などの用途に用いる場合に必要に応じて除去すればよい。また、サーフロー針の外筒の先端部を、穴隙部よりも第1送液部及び第2送液部側にそれぞれ移動させ、なおかつ、サーフロー針の内筒は抜去することにより、サーフロー針の外筒を、第1流路(又は第2流路)と第1送液部(又は第2送液部)として使用することもできる。これにより、灌流培養時の培地供給ライン(又は培地排出ライン)が容易に接続可能となる。また、流路の耐圧性も向上する。
【0029】
一実施態様において、本発明の人工血管床は、
前記第1送液部に接続された培地供給ラインと、
前記培地供給ラインに培地を供給する培地供給槽と、
前記培地供給ラインに培地を送る送液ポンプと、
前記第2送液部に接続された培地排出ラインと、
前記培地排出ラインから排出された培地を貯留する培地排出槽と、をさらに備えていてもよい。これらの構成によって、継続的又は間歇的に培地を灌流させることが可能となる。送液ポンプとしては、公知のポンプを用いることが可能であり、チューブポンプ(ペリスタポンプ)であってもよく、ピエゾポンプであってもよく、流体を送り出すことができるポンプであれば使用することができる。
【0030】
一実施態様において、培地供給槽と、培地排出槽が同一であり、培地が循環するものであってもよい。これにより、人工血管床に載置される三次元生体組織から産生される細胞成長因子などの液性成分を、培地交換までの一定時間において、循環させることができる。
【0031】
本発明の人工血管床を用いることにより、載置される三次元生体組織、人工血管床、及びそれらの間に灌流可能な血管網が構築され得る。本明細書において、「三次元生体組織」とは、細胞を含む三次元の構造体をいい、例えば、生体から単離された生体組織(例えば、臓器及び組織またはその一部(例えば、皮膚組織(例えば、毛根付随皮膚組織など)、心筋組織、骨格筋組織、平滑筋組織、肝組織、腎組織、消化管組織、眼組織(例えば角膜組織)、脳組織、胸腺組織、精巣組織、膵臓組織、甲状腺組織、乳腺組織、唾液腺組織、肺組織など)、又は、生体組織を構成する細胞を用いて再構築された三次元細胞構造体、例えば、オルガノイドが本発明に適用され得る。本発明に適用し得る生体から単離された生体組織とは、生体から採取された生体組織そのものであってもよく、生体から採取された生体組織を任意の形状に加工した組織片であってもよい。また、本発明に適用し得る三次元細胞構造体とは、細胞を含む懸濁液とゲル溶液又はゲル化剤とを混合させて形成した三次元細胞構造体であってもよく、複数枚の細胞を含むシート状組織(例えば細胞シート)を積層した三次元細胞構造体であってもよく、オルガノイドを載置した、細胞を含むシート状組織であってもよい。
【0032】
本明細書において、「オルガノイド(Organoid)」とは、臓器又は器官の形成に寄与する前駆細胞等の集合体から、3次元的に試験管内(in vitro)で構築された組織体をいい、当業者にとって最も広義に解釈される「オルガノイド」と同義のものを指す。オルガノイドは、一般に、実際の臓器又は器官よりも小型であり、単純な構造を有するが、解剖学的及び機能的に生体内に存在する臓器又は器官に近い特徴を示す。オルガノイドとしては、例えば、腎オルガノイド、肝臓オルガノイド、消化管オルガノイド(例えば、腸オルガノイド、口腔オルガノイド、胃オルガノイドなど)、眼杯オルガノイド、脳オルガノイド、胸腺オルガノイド、精巣オルガノイド、膵臓オルガノイド、上皮オルガノイド、甲状腺オルガノイド、乳腺オルガノイド、唾液腺オルガノイド及び肺オルガノイド等が挙げられ、また、これらのオルガノイドにがん細胞を含む「がんオルガノイド」なども含まれる。また、本明細書において、オルガノイドとは、生体から採取された臓器および組織またはその一部(例えば、組織片)を含むものであってもよい(例えば、Shamir ER., Nat.Rev.Mol.Cell Biol.2014 Oct;15(10):647-64を参照)。
【0033】
本発明に適用可能な三次元生体組織、例えばオルガノイドを得る方法としては公知の方法を用いればよく、以下に限定されないが、例えば、腎オルガノイドは、Takasato M.,et al.,Nature.2015,Oct.22,526(7574),pp.564-568;肺オルガノイドは、Unbekandt M.,Kidney Int.,2010,Mar.,77(5),pp.407-416;胸腺オルガノイドは、Sheridan JM.,et al.,Genesis,2009 May,47(5),pp.346-351;精巣オルガノイドは、Sanjo H.,et al.,PLoS One.2018,Feb 12,13(2),e0192884などを参考にすればよい。その他、オルガノイドを形成する方法によって得られた任意のオルガノイドも用いることが可能である。
【0034】
本発明に適用可能な三次元生体組織は、例えば、哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類の三次元生体組織である。好ましくは、哺乳動物の三次元生体組織であり、例えば、マウス、ラット、ヒト、サル、ブタ、イヌ、ヒツジ、ネコ、ヤギなどの哺乳動物由来の細胞を含んでいる。
【0035】
本発明に適用可能な三次元生体組織に含まれる細胞は、生体組織から採取された初代細胞であってもよく、株化された細胞であってもよく、多能性幹細胞若しくは組織幹細胞(例えば、間葉系幹細胞)から分化誘導された細胞であってもよい。
【0036】
本明細書において「多能性幹細胞」とは、あらゆる組織の細胞へと分化する能力(分化多能性)を有する幹細胞の総称することを意図する。限定されるわけではないが、多能性幹細胞は胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)、胚性癌腫細胞(embryonic carcinoma cell:EC細胞)、栄養芽幹細胞(trophoblast stem cell:TS細胞)、エピブラスト幹細胞(epiblast stem cell:EpiS細胞)、胚性生殖細胞(embryonic germ cell:EG細胞)、多能性生殖細胞(multipotent germline stem cell:mGS細胞)、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)、Muse細胞等を含む。多能性幹細胞としては公知の任意のものを使用可能であるが、例えば、国際公開第2009/123349号に記載の多能性幹細胞を使用することができる。
【0037】
組織幹細胞や多能性細胞から、任意の三次元生体組織(例えば、オルガノイド)を構築する細胞へと分化させる方法としては、公知の方法を用いることができる。例えば、以下に限定されるわけではないが、腎オルガノイドを構築する細胞は、Takasato M.,et al.,Nature.2015,Oct.22,526(7574),pp.564-568;肝臓オルガノイドを構築する細胞は、Takebe T.,et al.,Nature,2013,Jul,25,499(7459),pp.481-484;消化管オルガノイドを構築する細胞は、Sato T.,et al.,Nature,2009,May 14,459(7244),pp.262-265;眼杯オルガノイドを構築する細胞は、Eiraku M.,et al.,Nature,2011,Apr 7,472(7341)pp.51-56;脳オルガノイドを構築する細胞は、Eiraku M.,et al.,Cell Stem Cell,2008,Nov 6,3(5),pp.519-532及びLancaster MA.,et al.,Nature,2013,Sep 19,501(7467),pp.373-379、肺オルガノイドを構築する細胞は、Yamamoto Y.,et al.,Nat Methods.2017 Nov,14(11),pp.1097-1106;膵臓オルガノイドを構築する細胞は、Raikwar SP.,et al.,PLoS One.2015 Jan 28,10(1),e0116582;甲状腺オルガノイドを構築する細胞は、Ma R.,et al.,Front Endocrinol(Lausanne).2015 Apr 22,6,56.などを参考にすることができる。その他、三次元生体組織を構築する細胞へと分化させる方法によって得られた任意の細胞も用いることが可能である。
【0038】
本明細書において、「細胞を含むシート状組織」とは、生体から採取した生体組織や、細胞を含む薄膜状の組織をいう。細胞を含むシート状組織は、生体から採取した組織そのものや、生体から採取した組織をシート状に加工し、複数層(例えば、3層、4層、5層、6層、7層、8層、9層、10層、20層、25層、30層、またはそれ以上)積層した三次元生体組織であってもよい。また、細胞を含むシート状組織は、細胞を含む懸濁液とゲルとを混合させて形成したシート状組織であってもよく、刺激応答性培養皿(例えば、温度応答性培養皿)を用いて作製した細胞シートであってもよい。さらにまた、細胞を含むシート状組織とは、膜状のゲルの上面に、細胞群を直接播種し、培養することにより形成されるものであってもよい。
【0039】
本明細書において、「細胞シート」とは、複数の任意の細胞を含む細胞群を細胞培養基材上で培養し、細胞培養基材上から剥離することで得られる1層又は複数層のシート状の細胞群をいう。細胞シートを得る方法としては、例えば、温度、pH、光等の刺激によって分子構造が変化する高分子を被覆した刺激応答性培養基材上で細胞を培養し、温度、pH、光等の刺激の条件を変えて刺激応答性培養基材表面を変化させることで、細胞同士の接着状態は維持しつつ、刺激応答性培養基材から細胞をシート状に剥離する方法や、任意の培養基材上で細胞培養し、物理的にピンセット等により剥離して得る方法等が挙げられる。細胞シートを得るための刺激応答性培養基材としては、0~80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを表面に被覆した温度応答性培養基材が知られている。温度応答性培養基材上で、ポリマーの水和力が弱い温度域で細胞を培養し、その後、培養液をポリマーの水和力が強い状態となる温度に変化させることで細胞をシート状の細胞群として剥離させることができる。
【0040】
細胞シートを得るために用いられる温度応答性培養基材は、細胞が培養可能な温度域でその表面の水和力を変化させる基材であることが好ましい。その温度域は、一般に細胞を培養する温度、例えば33℃~40℃であることが好ましい。細胞シートを得るために用いられる培養基材に被覆される温度応答性高分子は、ホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2-211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。
【0041】
刺激応答性高分子、特に温度応答性高分子としてポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)を用いた場合を例(温度応答性培養皿)に説明する。ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)は31℃に下限臨界溶解温度を有するポリマーとして知られ、遊離状態であれば、水中で31℃以上の温度で脱水和を起こしポリマー鎖が凝集して白濁する。逆に31℃未満の温度ではポリマー鎖は水和し、水に溶解した状態となる。本発明は、このポリマーがシャーレなどの基材表面に被覆されて固定されたものである。したがって、31℃以上の温度であれば、培養基材表面のポリマーも同じように脱水和するが、ポリマー鎖が培養基材表面に固定されているため、培養基材表面が疎水性を示すようになる。逆に、31℃未満の温度では、培養基材表面のポリマーは水和するが、ポリマー鎖が培養基材表面に被覆されているため、培養基材表面が親水性を示すようになる。このときの疎水的な表面は細胞が付着し、増殖できる適度な表面であり、また、親水的な表面は細胞が付着できない表面となる。そのため、該基材を31℃未満に冷却すると、細胞が基材表面から剥離する。細胞が培養面一面にコンフルエントになるまで培養されていれば、該基材を31℃未満に冷却することによって細胞シートを回収できる。温度応答性培養基材は、同一の効果を有するものであれば限定されるものではないが、例えば、セルシード社(東京、日本)が市販するUpCell(登録商標)や、一般社団法人細胞シート再生医療推進機構(東京、日本)から提供されるスマート温度応答性培養皿SSCWなどが挙げられる。
【0042】
一実施態様において、本発明は、上記の人工血管床と、前記載置面の前記橋渡し流路を覆うように載置された三次元生体組織と、を含む、人工三次元生体組織が提供され得る。本発明により得られる人工三次元生体組織は、例えば、流路形状や灌流条件の検討を通して、高細胞密度の三次元生体組織内での力学的刺激と血管新生の関係性を明らかにする血管新生研究モデルとして利用することができる他、経血管的に薬剤の投与を可能とし、例えば、形態変化やその代謝産物の増減などを指標とすることで評価可能となる新しい創薬試験モデルとしても利用することができる。また、第1送液部と第2送液部とが、それぞれ動脈又は静脈として吻合可能な人工三次元生体組織として提供され得る(例えば、図14参照)。
【0043】
一実施態様において、本発明は、
三次元生体組織を、上述の人工血管床の前記載置面の前記橋渡し流路を覆うように載置する工程、
前記第1送液部に培地を供給し、かつ、前記第2送液部から培地を排出しながら灌流培養する工程、
を含む、血管網を備えた人工三次元生体組織の作製方法を提供する。
【0044】
培地を供給又は排出する速度は、人工血管床に載置される三次元生体組織に栄養及び酸素を供給可能であり、血管新生を促進可能な速度であればよく、適宜調節することが可能である。
【0045】
本発明に適用される三次元生体組織は、血管内皮細胞を含むものであることが好ましく、それは採取された三次元生体組織に含まれる血管内皮細胞であってもよく、外的に添加される血管内皮細胞であってもよい。
【実施例0046】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を限定することを意図するものではない。
【0047】
<実施例1>
本発明の人工血管床は3Dプリンタで作製した流路形成デバイスの構造をハイドロゲル表面に転写することで作製した。第1および第2流路を構築するために、20Gのサーフローの外筒、および内針を挿入した流路形成デバイスであるシリコーンモールド内にハイドロゲルを注入後、3Dプリンタ製のデバイスを被せて30分間室温で静置することでゲル化させた。ゲル化確認後、3Dプリンタ製のデバイス、およびサーフローを抜去することによって前記穴隙構造、および前記橋渡し流路を有するハイドロゲル人工血管床を作製した(図2)。
【0048】
3Dプリンタ製のデバイス構造をハイドロゲル表面に転写することにより、第1および第2流路へと繋がる直径500μmの2本の穴隙構造(第1穴隙及び第2穴隙)、および2つの穴隙構造を繋ぐ幅300μm、深さ800μm、長さ5mmの橋渡し流路を表面に有するハイドロゲル人工血管床を作製した(図3)。またハイドロゲル人工血管床はサーフローの内針のみを完全に抜去し、外筒は完全に抜去せず留置しておくことによって、血管床流路への送液が容易に可能である。穴隙構造、および橋渡し流路部を光干渉断層撮影(OCT)(Santec Corporation、Japan)によって観察し、ハイドロゲル表面に上記構造を実現できていることを確認した(図3)。
【0049】
<実施例2>
本発明の人工血管床上に積層する血管内皮網を有する細胞シートは、GFP陽性のヒト臍帯静脈内皮細胞(GFP-HUVEC)、およびヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)の共培養により作製した。GFP-HUVECとNHDFを9:1の比率で1.0 × 10 cells /mLの濃度に調製した細胞懸濁液を直径35mmの温度応答性培養皿(Up Cell(登録商標)、セルシード社、東京、日本))、もしくはスマート温度応答性培養皿SSCW(一般社団法人細胞シート再生医療推進機構、東京、日本)に合計2mL播種し、37℃のインキュベーター内で3日間静置培養することで、血管内皮網付細胞シートを作製した。細胞シートは、20℃環境のインキュベーター内で30分から1時間静置培養することによって、温度応答性培養皿より回収した。
【0050】
本発明の人工血管床上での培養を行う立体組織は、血管内皮網付細胞シートを3層積層することで作製した。まず、1枚目の細胞シートを直径100mmの培養皿上に37℃、1時間の静置培養を行うことによって接着させた。続いて、2枚目の細胞シートを1枚目の細胞シート上に積層し、37℃、30分間の培養によって細胞シート同士を接着させた。3枚目の細胞シートも同様に、37℃、30分間の培養によって接着させ、血管内皮網付きの3枚の細胞シートを積層化した組織を得た。積層化組織をOHPフィルムにより人工血管床上へ移動し、穴隙構造、および橋渡し流路を覆うように載置させたのち、37℃、1時間の静置培養により人工血管床上へと生着させた。
【0051】
培養3日目の細胞シートを蛍光顕微鏡によって観察した結果、血管内皮細胞のネットワーク構造の形成を確認した。また積層化組織を本発明の人工血管床の穴隙構造、および橋渡し流路を覆うように載置した状態で静置培養を1時間行った後、OCTを使用した断面構造の観察を行った結果、細胞シートが穴隙構造、および橋渡し流路の直上に生着していることが確認でき、穴隙構造、および橋渡し流路を直接培養液の灌流路とする人工血管床を実現した(図4)。
【0052】
<実施例3>
本発明の人工血管床作製に利用可能なハイドロゲルの組成を検討した。本人工血管床は、人工血管床の橋渡し流路と細胞シートの間に構築される空間を直接流路として利用する。そのため、人工血管床上に積層した細胞シートによってハイドロゲルが収縮、もしくは分解されてしまうと、血管床流路である穴隙構造や橋渡し流路が破綻してしまう可能性がある。血管床流路が破綻すれば、灌流培養が困難となるだけでなく、細胞シート、および血管床内流路の距離の制御が困難になり、細胞シート直下への培養液の灌流が生体外での高細胞密度の組織への血管付与手法として有効であるか評価できない。したがって、細胞によるゲルの収縮、および分解によって、構造が変化しにくいハイドロゲルが3次元マイクロ流体システムを利用した人工血管床の作製に適正なハイドロゲルであると考えた(図5)。
【0053】
本発明の人工血管床作製に適正なゲルの検討として、血管新生研究に使用されるハイドロゲルであるコラーゲンゲル、又はフィブリンゲルを候補として選択した。コラーゲンゲル(4mg/mL collagen, 0.3mmol/L NaHCO,及び0.2mmoL/L HEPES)、フィブリンゲル(5mg/mL Fibrinogen, 0.5U/mL thrombin,及び5mM CaCl)、そして第XIII因子を含むフィブリンゲル(0.5U/mL thrombin, 5mM CaCl, 40U/mL Factor XIII)の3種類のゲルを用いて穴隙構造を有する人工血管床を作製した。それぞれのハイドロゲルで作った血管床に三層の細胞シートを移植し、得られた組織をVEC1で5日間静置培養した。光学顕微鏡による血管床上面の観察、および光干渉断層計による橋渡し流路断面の観察を5日間毎日実施した。各ハイドロゲル血管床の構造の安定性は、血管床の上面の表面積、および橋渡し流路の断面積をそれぞれ測定し、3層の細胞シートを移植した直後の面積に対する5日間の変化の比率を計算することで評価した。
【0054】
図6-1は、各ハイドロゲルで構成した人工血管床上で3層の細胞シートを静置培養した際の明視野観察像、および橋渡し流路の断面像をそれぞれ示す。コラーゲンゲルで作製した血管床の上面は、培養1日目に大きく収縮し、その後4日間にわたって収縮し続けた。さらに、橋渡し流路の断面観察より、培養1日目において橋渡し流路がほぼ消失していることが確認された。また、フィブリンゲルで作製した血管床については、培養1日目に上面と橋渡し流路の収縮が確認された。その後、上面は培養1日目から5日目まで変化がなかったが、橋渡し流路はその後4日間にわたって収縮し続けることを確認した。一方、第XIII因子を含むフィブリンゲルで作製した血管床の観察結果より、5日間の培養期間中、上面、および橋渡し流路共に構造を維持していることが確認された。それぞれの面積の経時的な変化比率を評価した結果、第XIII因子を含むフィブリンゲルは、人工血管床の上面、および橋渡し流路の構造を最もよく保持できるハイドロゲルであることがわかった(図6-2)。
【0055】
以上の結果より、穴隙構造、橋渡し流路を直接流路とする本発明の人工血管床の作製のための、細胞によって構造が変化されにくい第XIII因子を含むフィブリンゲルの作製法を明らかにした。
【0056】
<実施例4>
第XIII因子を含むフィブリンゲルで作製した本発明の人工血管床上での細胞シートの静置培養、および灌流培養による、生体外における積層化細胞シート組織内への管腔を伴う血管付与効果を検証した。前述のプロトコルにより構築した血管内皮網付細胞シート3層の積層化組織を人工血管床の穴隙構造上に生着させたのち、37℃、CO 5%環境下において静置培養、および灌流培養を実施した。灌流培養では、第1流路からマイクロチューブポンプを用いて内皮細胞用培地VEC1(Kohjin Bio, Japan)を流量25μL/minで灌流し、橋渡し流路を通過した培地を第2流路からチャンバ内に流出させることによって、細胞シート直下への灌流を行った。チャンバ内に流出して貯まった培地は、細胞シート表面が大気に触れない程度まで毎日廃液することで管理した。また静置培養では、細胞シート直下への灌流は実施せず、チャンバ内に培養液をマイクロチューブポンプでVEC1を流量25μL/minで灌流し、同様に毎日廃液を行って培地量をコントロールすることにより、灌流培養の際に使用する培地と同様の量を使用した。
【0057】
5日間の培養後、蛍光観察による血管内皮細胞の形態評価、送液部からのラット血液の灌流による血管構造の可視化、およびHE染色、CD31を用いた免疫染色による組織学的評価を行い、細胞シート内への管腔を伴う血管構造の付与が達成されているかどうか評価した(図7)。
【0058】
人工血管床上の細胞シートの直上から蛍光顕微鏡を用いて観察し、GFP-HUVECの形態を評価した(図8)。
【0059】
灌流培養、および静置培養を5日間実施した検体それぞれについて、培養前後の弱拡大像(図8左及び真中)、および培養後の組織の強拡大像(図8右)を示した。いずれの条件においても、培養前よりも培養後の組織内の方が血管内皮細胞のネットワーク化が促進されていることが観察された。また、灌流培養を実施した検体では、静置培養の検体と比較して穴隙構造部に細胞が集積している様子が確認された。さらに強拡大の観察像から、灌流培養を実施した組織内では、内皮細胞のネットワーク構造が静置培養の構造と比較して太く、管腔を形成している様子が確認された。
【0060】
<実施例5>
細胞シート内への血管付与効果を検証するため、墨汁の灌流による血管構造の可視化を行った。墨汁を生理食塩水で2倍希釈した墨汁を、灌流培養時と同様の流量25μL/minで1時間灌流することにより、細胞シート内に灌流可能な管腔を伴う血管構造が付与されているか評価した。また、墨汁の灌流にはシリンジポンプを使用した(図9)。
【0061】
静置培養、および灌流培養によって作製した組織への1時間の墨汁灌流後の観察像を図9に示す。静置培養で作製した組織では、図中下側の第1流路から灌流した墨汁は穴隙構造から橋渡し流路を通過し、第2流路へと流出していく様子が観察され、細胞シート内への血管構造の付与は認められなかった。また、組織内には血管内皮細胞のネットワーク構造が形成されていたが、墨汁の灌流が認められず、静置培養では灌流可能な血管網の導入ができないことが明らかとなった。一方、灌流培養で作製した組織では、第1流路上の穴隙構造、および橋渡し流路を起点として形成された組織内の血管構造を通り、組織の上面に墨汁が流出していることを確認した。また、墨汁が流入した血管網を蛍光観察した結果、GFP陽性の血管内皮細胞で構成された血管内腔に墨汁が導入されていることを確認し、灌流可能な血管網が付与されていることを認めた。
【0062】
灌流培養によって作製した組織にシリンジポンプを使用して生理食塩水でラット血液を2倍希釈した調整血液を1時間灌流した。灌流後の組織の観察像を図10に示した。第1流路から流入した調製血液が、細胞シート内の網目状の構造を通り、上部に流出したことを確認した。さらに、上段右の点線部を血流スコープ(TOKU Capillaro)で観察した結果、調製血液中の赤血球が細胞シート内の網目状の構造内を流れている様子を確認した(図10下段左)。以上の結果より、前記載置面の前記橋渡し流路(可能でしたら穴隙も)を利用した人工血管床上での灌流培養によって、細胞シート内に巨視的観察で確認可能なレベルの血管網が形成され、さらに付与された血管は赤血球の灌流が可能であることを確認した。
【0063】
<実施例6>
静置培養、および灌流培養を実施した検体の組織切片を作製し、HE染色、およびCD31を用いた蛍光免疫染色による組織学的評価を行った。培養終了後の組織を4%パラホルムアルデヒドで固定した後、パラフィンに包埋した。その後、穴隙構造部、および橋渡し流路部において組織切片を作製し、HE染色を行った。さらに、組織内における血管内皮細胞の分布を評価するために、血管内皮細胞の抗体であるCD31を用いた免疫染色を実施した。また、組織断面の観察像は、灌流培養での送液部、流出部を考慮し、Inflow部、Bridge部、Outflow部と呼称し、それぞれの部分において弱拡大、強拡大での観察像を示した。
【0064】
静置培養でのHE染色像(図11)および、CD31を用いた免疫染色の結果(図11-2)より、いずれの箇所においても静置培養では細胞シート内に管腔を有する血管付与はできていないことが確認された。
【0065】
一方、灌流培養を実施した検体のHE染色像(図12-1)では、Outflow部、Bridge部において細胞が顕著に増殖している様子を確認した。さらに強拡大の観察像より、いずれの部位においても赤の矢印で示すような赤血球を含む管腔構造が多数形成されていることを確認した。
【0066】
また、血管内皮細胞の分布を評価するため、CD31を用いた蛍光免疫染色を行った(図12-2)。その結果、緑色で染色された血管内皮細胞により構成された管腔構造が組織内に均一、かつ密に存在することを確認した。また、血管内皮細胞で構成された管腔構造内に赤血球が含まれていることを確認した。これより、赤血球を含む組織内の多数の管腔構造は、内皮細胞で構成された管腔を伴う血管であることを明らかにした。
【0067】
以上の結果より、本発明の人工血管床による細胞シート直下への灌流培養手法は、生体外での高細胞密度の組織への大量の機能的な血管付与手法として有効であることを明らかにした。
【0068】
本発明の人工血管床が、従来の血管床より多くの血管付与効果を示した要因として、細胞シート近位からの大量の生化学因子の供給、および灌流による機械刺激が考えられる(図13)。従来の血管床では、細胞シート生着面の近位や遠位にあるゲル内の新生血管、または筋肉組織内の血管からのサイトカインなどの生化学因子の拡散により、組織内で血管新生を誘導した。一方、本発明では、細胞によって構造が変化されにくいフィブリンゲルに設けた穴隙構造、および橋渡し流路を直接血管床流路として利用することで、細胞シート直下への安定的な培養液の供給を実現した。これにより、細胞シート生着面近位からのより大量のサイトカインの安定的な供給が可能となった。さらに、培養液の灌流によって細胞シートに直接与えられるせん断流などの血管新生誘導に寄与すると考えられている機械刺激を与えることを可能とした。上記の複合的な要因により、生体外において高細胞密度の組織へのこれまでにない血管付与を実現できたと考えられる。また、フィブリンゲルに設けた穴隙構造を直接流路として利用するという特性上、血管床流路形状のバラツキはなく、組織に対する生化学因子の安定的な供給、および灌流による機械刺激を与えることが可能であるため、血管付与手法として高い再現性を有する(図13)。
【0069】
本研究によって開発した人工血管床は、生体外での立体組織灌流培養の新たなプラットフォーム技術としての活用が期待される。3Dプリンタを活用することによって、フィブリンゲル表面に任意に自在な穴隙構造、および橋渡し流路のデザインが可能であり、かつ本流路は細胞を含まない流路構造であるため、検体差がほとんどない安定的な流路構造を有する血管床を容易に作製可能である。本血管床上に、これまで様々な細胞での臨床研究の実績のある細胞シートを生着させ灌流培養を実施することにより、実際に灌流が可能な血管網を付与した状態での立体組織の作製が可能である。また、細胞シート上にオルガノイド等を始めとした細胞シート以外の組織工学的技術によって作製された立体組織を生着させることによって、生着させた立体組織への生体外での血管付与、および灌流培養が可能であると期待される。これにより、三次元生体組織に対して流体による力学的刺激を直接負荷可能であるため、力学的刺激が高細胞密度の立体組織内での血管新生に及ぼす影響の解明のための実験モデルとして利用可能である。また、付与した血管への薬剤の灌流による生体外で構築した立体組織を用いた創薬試験モデルや、生体外で構築した立体組織を用いた移植治療の研究モデルとしての利用が考えられ、生体外での立体組織構築研究の様々な用途での応用が期待される。
【0070】
<実施例7>
本発明の応用例の一例として、灌流培養時の灌流量の変更が血管新生へと与える影響の有無を確認することによって、血管新生研究モデルとしての利用が可能か検討した。灌流量を25μL/minで5日間の灌流培養を実施した検体を条件1、灌流量を25μL/minで3日間、その後灌流量を4倍の100μL/minに上昇させて2日間灌流培養を実施した検体を条件2とし、各条件で培養した検体に墨汁を灌流することにより、付与された灌流可能な血管構造を比較したところ、灌流量を上昇させた条件2において、より密に、そしてより広範囲に血管網の付与が認められた(図15)。以上の結果より、灌流量の変更は血管新生に与える影響があることが確認された。つまり、本モデルは生体外において高細胞密度の立体組織への効率的な血管新生に必要な生化学条件、力学的条件を明らかにするための血管新生研究モデルとして利用可能であることが示唆された。
【0071】
<実施例8>
本手法の特徴として、Three Dimentsional Computer-Aided Design(3DCAD)を用いた設計により作製したデバイスの構造をフィブリンゲル表面に転写することによって血管床の流路を構築しているため、容易に様々な流路を構築可能である。そのため、立体組織に対して血管新生位置をデザインすることや、複数本流路を設けることで、より広範囲における血管新生誘導を可能にすることが期待される。また、細胞によって構造が変化されにくいフィブリンゲルを採用しているため、数値流体解析を導入することにより、複数本化した際のそれぞれの流路に流れる培養液の速度なども把握することができ、それに応じて適宜流路の設計変更を行うことで流量を制御した複数本流路を構築可能である。図16は、複数の流路を設けた人工血管床の例を示す。
【0072】
<実施例9>
立体組織構築法としての本発明の有用性を示すため、開発した人工血管床を用いた細胞シートの段階的積層による立体組織構築が可能であるか検証した。「段階的積層」とは、培養液の拡散によって維持可能な3層の細胞シートを1セットとし、一定期間を置いて繰り返し人工血管床上に移植することで、血管を段階的に細胞シートに導入し,立体組織を構築する手法である(図17)。
【0073】
本実施例では、実施例2と同様の方法により作製した細胞シートを用いた。人工血管床上で3層の細胞シートを5日間灌流培養した後、次のセットの3層の細胞シートを移植、追加で3日間の灌流培養を実施した。培養後の組織断面をOCTで観察した結果、追加で積層した3層の細胞シート内にも管腔構造の形成が認められた(図18)。さらに、培養後の組織に対して墨汁を灌流した結果、墨汁の灌流が認められる大量の血管網が6層の細胞シートに導入されていることを明らかにした(図19)。以上の結果から、本発明の人工血管床を用いた段階的積層により、灌流可能な血管網を有する立体組織が構築可能であることが示された。これより、段階的積層数を3、6、9、12層と増やすことで、従来作製が困難であるミリメートルオーダーの立体組織構築に応用可能であると期待される。つまり、本手法は生体外における立体組織構築手法として有用であることが示唆された。
図1-1】
図1-2】
図2
図3
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図11-2】
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図12-2】
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