(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023070694
(43)【公開日】2023-05-22
(54)【発明の名称】金型用鋼および金型
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230515BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20230515BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230515BHJP
C21D 7/06 20060101ALI20230515BHJP
B22D 17/22 20060101ALI20230515BHJP
B22C 9/06 20060101ALI20230515BHJP
C21D 6/00 20060101ALN20230515BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/38
C22C38/58
C21D7/06 B
B22D17/22 Q
B22C9/06 Q
C21D6/00 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021182940
(22)【出願日】2021-11-10
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】樋口 成起
【テーマコード(参考)】
4E093
【Fターム(参考)】
4E093NA01
4E093NB08
(57)【要約】
【課題】高硬度と高衝撃値を両立し、熱衝撃に対して高い耐性を示す金型用鋼、および金型を提供する。
【解決手段】質量%で、0.35%≦C≦0.55%、0.05%≦Si≦0.40%、1.50%≦Mn≦2.50%、7.5%≦Cr≦9.0%、0.90%≦Mo≦2.5%、0.40%≦V≦0.80%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる、金型用鋼とする。また、そのような金型用鋼を用いて、金型を構成する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
0.35%≦C≦0.55%、
0.05%≦Si≦0.40%、
1.50%≦Mn≦2.50%、
7.5%≦Cr≦9.0%、
0.90%≦Mo≦2.5%、
0.40%≦V≦0.80%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる、金型用鋼。
【請求項2】
さらに、質量%で、Ni≦1.1%を含有する、請求項1に記載の金型用鋼。
【請求項3】
下記の式(1)によって求められるAの値が、A≧22.0である、請求項1または請求項2に記載の金型用鋼。
A=Si+Mn+2Cr+3Mo+3.5V (1)
ただし、式(1)において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
【請求項4】
510℃未満の焼戻しを経た状態で、硬さが55HRC以上、シャルピー衝撃値が20J・cm-2以上である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の金型用鋼。
【請求項5】
焼入れを経た状態で、残留γ量が15%以上20%以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の金型用鋼。
【請求項6】
残留γ相の分解温度が510℃以上である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の金型用鋼。
【請求項7】
マルテンサイト変態開始点が190℃以上220℃以下である、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の金型用鋼。
【請求項8】
510℃未満の焼戻しを経た状態で、ショットピーニング処理により、表層の硬度が50HV以上向上する、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の金型用鋼。
【請求項9】
請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の金型用鋼よりなる、金型。
【請求項10】
ダイカスト用金型である、請求項9に記載の金型。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型用鋼および金型に関し、さらに詳しくは、ダイカスト用金型等の金型を構成するのに用いることができる金型用鋼、およびそのような金型に関する。
【背景技術】
【0002】
金型には、高温に加熱された材料と接触した状態での成形に繰り返し使用されることで、熱衝撃を受けるものも多い。金型が熱衝撃を繰り返して受けると、ヒートチェック等の損傷の発生につながり、金型の寿命を低下させるものとなる。特に、ダイカスト工法に用いられる金型においては、溶湯の射出による加熱と、離型剤散布による冷却を繰り返して受けることで、熱応力が発生し、意匠面に熱疲労によるヒートチェックが生じやすい。ヒートチェックが成長すると、大きな亀裂となり、製品に転写されて、製品の品質に影響を与える場合がある。このように製品への転写が問題となる亀裂が金型に生じた場合には、金型に対して、溶接補修や再研磨による補修を行うことになる。あるいは、それらの手段で補修できないほどの損傷が金型に生じている場合には、金型を新しいものに交換せざるをえない。金型の補修や交換に大きな労力やコストが必要となる。
【0003】
熱衝撃に起因する損傷による金型の補修や交換の頻度を下げ、長期に亘って金型を使用できるようにする観点から、金型を構成する金型用鋼として、高い衝撃値(耐衝撃性、靭性)を有するものが求められる。特許文献1~4はそれぞれ、金型用鋼(熱間工具鋼)において、衝撃値を高める観点から、合金の成分組成を規定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-87322号公報
【特許文献2】特開2007-224418号公報
【特許文献3】特開2011-001572号公報
【特許文献4】特開2002-88443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、鋼材の硬さを高めると、衝撃値が低くなる傾向がある。よって、金型用鋼において、高硬度と高衝撃値を両立することは難しく、上記特許文献1~4でも、金型用鋼の硬度は、50HRC以下に留まっている。しかし、熱衝撃による金型の破損を効果的に抑制するためには、金型用鋼が、高衝撃値に加え、高強度を有することが望まれる。例えば、ダイカスト用金型において、焼戻し後の状態で、55HRC以上の硬度を有することが、ヒートチェックの抑制のために望ましい。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、高硬度と高衝撃値を両立し、熱衝撃に対して高い耐性を示す金型用鋼、および金型を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明にかかる金型用鋼は、質量%で、0.35%≦C≦0.55%、0.05%≦Si≦0.40%、1.50%≦Mn≦2.50%、7.5%≦Cr≦9.0%、0.90%≦Mo≦2.5%、0.40%≦V≦0.80%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる。
【0008】
ここで、前記金型用鋼は、さらに、質量%で、Ni≦1.1%を含有するとよい。
【0009】
また、下記の式(1)によって求められるAの値が、A≧22.0であるとよい。
A=Si+Mn+2Cr+3Mo+3.5V (1)
ただし、式(1)において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
【0010】
前記金型用鋼は、510℃未満の焼戻しを経た状態で、硬さが55HRC以上、シャルピー衝撃値が20J・cm-2以上であるとよい。また、焼入れを経た状態で、残留γ量が15%以上20%以下であるとよい。さらに、残留γ相の分解温度が510℃以上であるとよい。前記金型用鋼は、マルテンサイト変態開始点が190℃以上220℃以下であるとよい。前記金型用鋼は、510℃未満の焼戻しを経た状態で、ショットピーニング処理により、表層の硬度が50HV以上向上するとよい。
【0011】
本発明にかかる金型は、上記の金型用鋼よりなる。ここで、前記金型は、ダイカスト用金型であるとよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明にかかる金型用鋼は、上記成分組成を有することにより、高い硬度と、高い衝撃値の両方が得られる。金型用鋼において、焼入れ後の残留γ量がある程度多くなることで、衝撃値向上の効果が得られる反面、残留γ量が多すぎると、硬度が低下してしまうが、上記の成分組成を有することで、残留γ量が適切な範囲に制御されるからである。金型用鋼が高硬度と高衝撃値を両立することで、ヒートチェック等、熱衝撃に由来する損傷が抑制され、金型の耐久性の向上に資するものとなる。
【0013】
ここで、金型用鋼が、さらに、質量%で、Ni≦1.1%を含有する場合には、高硬度を確保しながら、金型用鋼の焼入れ性を向上させることができる。
【0014】
また、上記の式(1)によって求められるAの値が、A≧22.0である場合には、残留γ相の分解温度が510℃以上となる。すると、金型用鋼において、加熱を伴う金型の使用を経ても残留γ量が適切な範囲に保持され、高硬度と高衝撃値を両立する状態が維持される。
【0015】
金型用鋼において、510℃未満の焼戻しを経た状態で、硬さが55HRC以上、シャルピー衝撃値が20J・cm-2以上となる場合には、金型用鋼が、十分に高い硬度と高い衝撃値をともに備えることで、ヒートチェック等、熱衝撃に由来する損傷の発生を、効果的に抑制することができる。
【0016】
また、焼入れを経た状態で、残留γ量が15%以上20%以下である場合には、残留γ相が金型用鋼に十分に含まれることによる衝撃値の向上と、残留γ量の過度の増大による硬度低下の抑制とを、高度に両立することができる。
【0017】
さらに、残留γ相の分解温度が510℃以上である場合には、一般的なダイカスト用金型の使用環境において、残留γ相の分解を抑制し、金型の使用を経ても、高硬度と高衝撃値を両立する状態を維持しやすくなる。
【0018】
金型用鋼のマルテンサイト変態開始点が190℃以上220℃以下である場合には、焼入れ後の残留γ量が、15%以上20%以下の範囲に収まりやすく、金型用鋼が、高硬度と高衝撃値を両立するものとなりやすい。
【0019】
金型用鋼が、510℃未満の焼戻しを経た状態で、ショットピーニング処理により、表層の硬度が50HV以上向上するものである場合には、ショットピーニングによる応力誘起マルテンサイト変態で、金型用鋼の表面の硬度を、効率的に向上させることができる。本発明の金型用鋼は、成分の調整によって、比較的残留γ量が多いものであり、応力誘起マルテンサイト変態による硬度の向上が起こりやすい。
【0020】
本発明にかかる金型は、上記の金型用鋼よりなることで、高い強度と高い衝撃値の両方を兼ね備えたものとなる。その結果、熱衝撃を繰り返し受けても、ヒートチェック等の損傷の発生が抑えられ、長期にわたって使用できる金型となる。金型の耐久性が高くなることで、金型の補修や交換に要する労力およびコストを抑制することができる。
【0021】
ここで、金型が、ダイカスト用金型である場合には、高温の溶湯との接触および離型剤による冷却を繰り返し受ける状況で使用されるものではあるが、熱疲労によるヒートチェックの発生や、ヒートチェックの成長による大きな亀裂の形成が起こりにくい、耐久性の高い金型となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】残留γ量と焼戻し硬さの関係を示す図である。
【
図2】マルテンサイト変態開始点(Ms点)と残留γ量の関係を示す図である。
【
図3】5種の金型用鋼について、焼戻し温度と残留γ量の関係を示すグラフである。
【
図4】A値と残留γ分解温度の関係を示す図である。各データ点の残留γ分解温度は、
図3の結果から得られたものであり、データ点に付した試料番号が
図3のものと対応している。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明の実施形態にかかる金型用鋼および金型について詳細に説明する。本発明の実施形態にかかる金型用鋼より、本発明の実施形態にかかる金型を構成することができる。金型の種類は特に限定されるものではないが、金型用鋼が高硬度と高衝撃値を備えることから、加熱された材料との接触を伴う金型、特にダイカスト用金型とすることが好適である。
【0024】
[成分組成]
まず、本発明の一実施形態にかかる金型用鋼の成分組成について説明する。本発明の一実施形態にかかる金型用鋼は、以下のような元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる。添加元素の種類、成分比、および限定理由などは、以下のとおりである。成分比の単位は、質量%である。
【0025】
・0.35%≦C≦0.55%
Cは、金型用鋼において、焼入れ時や焼戻し時の硬さに大きく影響する。Cは、焼入れ時に母相中に固溶し、マルテンサイト組織化することによって、金型用鋼の硬度を向上させる。また、Cは、Cr、Mo、V等とともに、炭化物を形成することでも、金型用鋼の硬度を向上させる。
【0026】
Cの含有量を、0.35%≦Cとすることで、Cの固溶量および炭化物の生成量が確保され、高硬度が獲得される。本実施形態にかかる金型用鋼においては、十分な耐ヒートチェック性を得る観点から、焼戻し硬さで、55HRC以上の硬度を有することが望ましいが、0.35%≦Cとすることで、焼戻し硬さで55HRC以上の高硬度が達成されやすくなる。好ましくは、0.37%≦Cであるとよい。さらに好ましくは、0.40%≦Cであるとよい。
【0027】
一方、Cの含有量が過剰になると、炭化物の生成量が多くなることで、金型用鋼の被削性の低下を招く。また、マルテンサイト変態開始温度(Ms)が低くなり、残留γ量が増大することで、金型用鋼の硬さがかえって低下する。C≦0.55%とすることで、被削性の低下を抑制するとともに、残留γ量を20%以下の範囲に抑えやすい。好ましくは、C≦0.50%であるとよい。さらに好ましくは、C≦0.45%であるとよい。
【0028】
・0.05%≦Si≦0.40%
Siは、脱酸剤としての効果、また金型製造時の被削性を向上させる効果を有する。また、Siは、少量の添加で、金型用鋼の硬さを高めるものとなる。0.05%≦Siとすることで、それらの効果を、十分に得ることができる。好ましくは、0.25%≦Siであるとよい。さらに好ましくは、0.30%≦Siであるとよい。
【0029】
一方、Siの含有量が過剰になると、金型用鋼の熱伝導率が低下する。また、粗大な晶出炭化物の量が増大し、衝撃値の低下が起こりうる。そこで、高熱伝導率を確保するとともに、粗大な晶出炭化物の生成を抑制する観点から、Si≦0.40%とする。好ましくは、Si≦0.35%であるとよい。さらに好ましくはSi≦0.32%であるとよい。
【0030】
・1.50%≦Mn≦2.50%
Mnは金型用鋼の焼入れ性を高める効果、つまり炭化物析出を遅らせる効果を有する。また、Mnは、金型用鋼において、Ms点を低下させ、残留γ量を増大させるものとなり、衝撃値を高める効果を有する。高い焼入れ性と十分に大きな残留γ量を得る観点から、Mnの含有量は、1.50%≦Mnとする。好ましくは、1.90%≦Mnであるとよい。さらに好ましくは、2.00%≦Mnであるとよい。
【0031】
一方、Mnは、金型用鋼において、MnSを生成させる。MnSは金型用鋼の衝撃値を低下させるものとなる。そこで、高い衝撃値を確保する観点から、Mn≦2.50%とする。好ましくは、Mn≦2.30%であるとよい。さらに好ましくは、Mn≦2.10%であるとよい。1.50%≦Mn≦2.50%であれば、金型用鋼が、残留γ量と衝撃値のバランスに優れたものとなり、15~20%の残留γ量と20J/cm2以上の衝撃値(シャルピー衝撃値)を両立しやすくなる。
【0032】
・7.5%≦Cr≦9.0%
Crは、Mnと同様に、金型用鋼の焼入れ性を高める効果を有する。また、Crは、400~500℃程度の温度で焼戻しを行う際に、二次硬化に寄与する。さらに、Crは、Ms点を低下させ、残留γ量を増大させるものとなり、残留γ相を安定化する。金型用鋼において、510℃未満での焼戻しで高い硬度を得るとともに、十分な残留γ量を確保して衝撃値を高める観点から、Crの含有量は、7.5%≦Crとする。好ましくは、7.9%≦Crであるとよい。さらに好ましくは、8.0%≦Crであるとよい。
【0033】
一方、Crが金型用鋼に過剰に含まれると、晶出炭化物量が増大し、衝撃値が低下する。そこで、衝撃値を高く保つ観点から、Cr≦9.0%とする。好ましくは、Cr≦8.5%であるとよい。さらに好ましくは、Cr≦8.1%であるとよい。7.5%≦Cr≦9.0%であれば、金型用鋼が、残留γ量と衝撃値のバランスに優れたものとなり、15~20%の残留γ量と20J/cm2以上の衝撃値を両立しやすくなる。
【0034】
・0.90%≦Mo≦2.5%
Moは、金型用鋼の焼入れ性を高める効果を有する。また、Moは、500~600℃程度の温度で焼戻しを行う際に、二次硬化に寄与する。さらに、Moも、Crと同様に、Ms点を低下させ、残留γ量を増大させるものとなり、残留γ相を安定化する。金型用鋼において、500℃前後での焼戻しで高い硬度を得るとともに、十分な残留γ量を確保して衝撃値を高める観点から、Moの含有量は、0.90%≦Moとされる。好ましくは、1.00%≦Moであるとよい。さらに好ましくは、1.20%≦Moであるとよい。
【0035】
一方、Moが金型用鋼に過剰に含まれると、晶出炭化物量が増大し、衝撃値が低下する。そこで、衝撃値を高く保つ観点から、Moの含有量は、Mo≦2.5%とされる。好ましくは、Mo≦2.0%であるとよい。さらに好ましくは、Mo≦1.5%であるとよい。0.90%≦Mo≦2.5%であれば、金型用鋼が、残留γ量と衝撃値のバランスに優れたものとなり、15~20%の残留γ量と20J/cm2以上の衝撃値を両立しやすくなる。
【0036】
・0.40%≦V≦0.80%
Vは焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制するピン止め粒子を生成する。結晶粒の粗大化が抑制される結果、金型用鋼の衝撃値の低下が抑制される。0.40%≦Vとすることで、焼入れ時の結晶粒の粗大化が効果的に抑制され、衝撃値が高められる。好ましくは、0.45%≦Vであるとよい。さらに好ましくは、0.50%≦Vであるとよい。
【0037】
一方、Vの含有量が多くなりすぎると、粗大な晶出炭化物が多く生成する。粗大な晶出炭化物は、金型用鋼の衝撃値を低下させるものとなる。そこで、粗大な晶出炭化物の生成を抑制し、衝撃値を高く保つ観点から、V≦0.80%とされる。好ましくは、V≦0.70%であるとよい。さらに好ましくは、V≦0.60%であるとよい。0.40%≦V≦0.80%であれば、20J/cm2以上の衝撃値を達成しやすくなる。
【0038】
本実施形態にかかる金型用鋼は、上述した必須元素に加えて、さらにNiを任意に含有していてもよい。Niの含有量および限定理由は、次のとおりである。
【0039】
・Ni≦1.1%
Niは、金型用鋼中でγ相の安定化、およびパーライトの生成の遅延により、焼入れ性を向上させる効果を有する。Niの添加をごく少量としても、その他の元素で十分な焼入れ性を確保できるため、Niの含有量に特に下限は設けられない。ただし、Ni添加による効果を顕著に得るためには、0.10%≦Niとしておけばよい。
【0040】
一方、Niを多量に添加しすぎると、焼入れ時の残留γ量が過剰となり、焼戻し硬さの低下が起こる。また、残留γ相の安定化によって焼戻し後の残留γ量が過剰となり、焼戻し硬さが低くなる。それらの現象を抑制する観点から、Niの含有量は、Ni≦1.1%に抑えられる。好ましくは、Ni≦0.50%であるとよい。さらに好ましくは、Ni≦0.20%であるとよい。
【0041】
本実施形態にかかる金型用鋼は、上記所定量のC、Si、Mn、Cr、Mo、Vと、任意にNiを含有し、残部は、Feと不可避的不純物よりなる。ここで、不可避的不純物としては、以下のような元素が想定される。つまり、Cu≦0.25%、Al≦0.030%、N≦0.0250%、O≦0.0030%、P≦0.030%、S≦0.020%等が想定される。
【0042】
上記の不可避的不純物のうち、NおよびOについては、工業的に金型用鋼を製造する際に、大気中からFeに固溶するため、混入は不可避である。しかし、混入量が多くなりすぎると、組織中にボイドを生じやすくなる。また、合金中で酸化物や窒化物を形成するようになる。特に粗大な酸化物や窒化物は、金型のアブレシブ摩耗の促進や衝撃値の低下を招く。それらの現象を抑制するために、NおよびOの含有量は、上記の上限以下に抑えることが好ましい。
【0043】
本実施形態にかかる金型用鋼においては、必須元素であるC、Si、Mn、Cr、Mo、Vのそれぞれの含有量が、上記所定の範囲を満たすことに加え、それらの元素の含有量から下記の式(1)によって規定されるA値が、十分に大きくなっていることが好ましい。
A=Si+Mn+2Cr+3Mo+3.5V (1)
式(1)において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
【0044】
具体的には、A≧22.0であることが好ましい。後の実施例に示すように、発明者の知見によると、A値は、残留γ分解温度(残留γ相の分解温度)との間に高い相関を有し、A値が大きいほど、残留γ分解温度が高くなる傾向がある(
図4参照)。残留γ相の分解温度が高くなると、金型の使用中に金型用鋼が高温の材料との接触によって加熱されることがあっても、残留γ相の分解が起こりにくくなり、所定の残留γ量を維持しやすい。A≧22.0であれば、残留γ分解温度を510℃以上に高めやすい。さらに好ましくは、A≧23.0、またA≧25.0であるとよい。
【0045】
[金型用鋼の特性]
以下、本実施形態にかかる金型用鋼の特性について説明する。本明細書において、特記しないかぎり、各種特性は、室温(おおむね25℃)にて評価される値とする。また、本明細書において、焼戻しを経た状態について規定される特性については、焼入れ後に、510℃未満の焼戻しを経た際の硬さおよび衝撃値を指すものとする。例えば、焼入れとしては、1030℃での均熱後、油焼入れ相当のガス冷却を行う形態を採用すればよい。また、焼戻しとしては、その後500℃での焼戻しを行う形態を採用すればよい。
【0046】
本実施形態にかかる金型用鋼は、上記の成分組成を有することにより、高い硬度と高い衝撃値(高い耐衝撃性、靭性)をともに備えるものとなる。金型用鋼の衝撃値が高くなると、熱衝撃に対する耐性が高くなり、金型が加熱と冷却を繰り返して受けても、損傷を起こしにくくなる。特に、ダイカスト用金型においては、溶湯の射出による加熱と離型剤の散布による冷却を繰り返して受けることで、熱応力を生じ、意匠面に熱疲労によるヒートチェックが生じやすいが、金型用鋼が高い衝撃値を有することで、ヒートチェックの発生を抑えることができる。さらに、金型用鋼が高硬度を有することで、ヒートチェックの成長による大きな亀裂の発生等、熱衝撃の印加による金型用鋼の損傷を効果的に抑制することができる。つまり、金型用鋼が高硬度と高衝撃値をともに備えることで、金型用鋼において、ヒートチェック等の熱衝撃に由来する損傷の発生を、強力に抑制できる。
【0047】
多くの金型用鋼において、硬度が増すと、衝撃値が低下する傾向があり、高硬度と高衝撃値を両立することは難しい。しかし、本実施形態にかかる金型用鋼は、上記成分組成を有することにより、高硬度と高衝撃値を両立するものとなり、金型において、ヒートチェックや亀裂等、熱衝撃に由来する損傷を抑制し、金型の耐久性を高めるものとなる。加熱と冷却を繰り返しても金型に損傷が生じにくくなることで、金型の補修や交換を行うことなく、金型を長期にわたって使用することができ、金型の補修や交換に要する労力と費用を削減できる。
【0048】
本実施形態にかかる金型用鋼は、上記の成分組成を有することで、510℃未満の焼戻しを経た状態で、55HRC以上の硬度と、20J/cm2以上の衝撃値(シャルピー衝撃値)を両立するものとなる。より好ましくは、硬度は56HRC以上、衝撃値は30J/cm2以上であるとよい。金型用鋼の硬度および衝撃値の上限は特に設けられないが、硬度と衝撃値のバランス等の観点から、おおむね、硬度を60HRC以下、衝撃値を40J/cm2以下としておくとよい。
【0049】
本実施形態にかかる金型用鋼が高硬度と高衝撃値を両立することは、残留γ量が適度な範囲に制御されていることにより、説明される。残留γ量が多くなれば、金型用鋼の衝撃値が向上する一方、残留γ量が過剰となると、焼戻し硬さが著しく低下する。そこで、残留γ量を、適度な大きさを有する範囲に制御することで、高硬度と高衝撃値を両立することができる。本実施形態にかかる金型用鋼においては、上記の成分組成を有することに対応して、残留γ量が、15%以上20%以下の範囲に収まる。残留γ量がその範囲にあることと対応して、55HRC以上の焼戻し硬さと、20J/cm2以上の衝撃値を両立できる。残留γ量は、16%以上、また19%以下であると、さらに好ましい。なお、本明細書において、残留γ量は、焼入れを経た状態(焼入れまま)の金型用鋼において、残留γ相が占める容積割合として評価されるものとする。
【0050】
残留γ量は、マルテンサイト変態開始点(Ms点)との間に相関性を有しており、Ms点が高いほど、残留γ量が少なくなる(
図2参照)。Ms点は、金型用鋼の成分組成と相関を有しており、添加元素を多くするほど低くなる傾向がある。本実施形態にかかる金型用鋼は、上記の組成を有することと対応して、190℃以上220℃のMs点を示す。Ms点がその範囲にあることと対応して、残留γ量が、上記のように高硬度と高衝撃値を与える15%以上20%以下の範囲となる。Ms点は、200℃以上、また210℃以下であると、さらに好ましい。なお、Ms点は、以下の式(2)によって成分組成から見積もることができる。
Ms[K]=812-423C-7.5Si-30.4Mn-17.7Ni-12.1Cr-7.5Mo (2)
式(2)において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
上記式(2)は、Andrewsの式(K.W.Andrews,J. Iron Steel Inst.,203(1965),721)にSiの項を追加したものである。
【0051】
さらに、本実施形態にかかる金型用鋼は、残留γ分解温度(残留γ相が分解を起こす温度)が510℃以上であることが好ましい。残留γ分解温度が十分に高くなっていると、金型の使用中に、成形対象の高温の材料と接触することで金型用鋼が加熱を受けても、残留γ相が分解されにくくなり、残留γ量が、高硬度と高衝撃値を両立できる好適な範囲に維持されやすくなる。典型的なダイカスト工法において、金型の最高到達温度は500℃程度であり、残留γ分解温度が510℃以上であれば、ダイカスト金型において、残留γ相の分解を十分に抑制することができる。上記のように、残留γ量は、成分組成に基づいて式(1)で規定されるA値と高い相関性を示し、A≧22.0であれば、残留γ分解温度を510℃以上とすることができる。残留γ分解温度は、515℃以上であると、さらに好ましい。残留γ分解温度に特に上限は設けられないが、現実的な金型用鋼において、残留γ分解温度は、おおむね560℃以下である。なお、残留γ分解温度は、焼入れ後に焼戻しを行った際に、残留γ量が焼入れ品の90%以下となる焼戻し温度として評価すればよい。
【0052】
以上のように、本実施形態にかかる金型用鋼は、成分組成の効果により、適度な範囲のMs点および残留γ量を有し、それに対応して、高硬度と高衝撃値を両立するものとなる。例えば55HRC以上の硬度と20J/cm2以上の衝撃値を得られるように、焼入れや焼戻しの条件を設定すればよい。好適な条件として、溶製、鋳造後、適宜鍛造および焼ならし、焼なましを行った鋼材に対して、1000~1050℃で30分程度の均熱を行った後、油入れ相当の冷却等、20℃/分以上の冷却速度で40℃以下となるまでの冷却による焼入れを行い、さらに490~510℃での焼戻しを行う形態を、例示することができる。さらに、熱処理後の金型用鋼に対して、ショットピーニングを行い、表面硬度を向上させることが好ましい。
【0053】
本実施形態にかかる金型用鋼は、成分組成の効果によって、高硬度を有するものであるが、ショットピーニングによって、表層の硬度をさらに高めることができる。ショットピーニングによって歪みを付与することで、γ相の応力誘起マルテンサイト変態を起こし、金型用鋼の硬度を高めることができるが、本実施形態にかかる金型用鋼は、成分組成の効果により、残留γ量が比較的多くなっており、ショットピーニングによる硬度の向上が効果的に起こる。例えば、510℃未満での焼戻しを経た金型用鋼において、ショットピーニングによる表層の硬化量が、50HV以上であるとよい。つまり、ショットピーニング処理により、表層の硬度が50HV以上向上するものであるとよい。ショットピーニングによる表層の硬化量は、70HV以上、さらには80HV以上であると、より好ましい。例えば、1030℃での均熱後、油焼入れ相当のガス冷却で焼入れを行い、さらに500℃での焼戻しを行っておけばよい。そして、金型用鋼の表層から20μmの深さ位置におけるビッカース硬さを表層の硬さとし、ショットピーニングを経た際のその上昇量を、硬化量とすればよい。ショットピーニングの条件としては、下の表1に示した実施例と同様の条件を、好適に採用することができる。
【実施例0054】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。
【0055】
[試料の作製]
種々の成分組成(単位:質量%)を有する金型用鋼をそれぞれ準備した。具体的には、所定の組成比を有する鋼を真空誘導炉で溶製した後、インゴットを鋳造した。得られたインゴットを1250℃で10時間加熱した後、熱間鍛造を行い、φ80mmとした。鍛造後は、焼ならしとして、1020℃に加熱後冷却し、680℃で6時間焼戻しを行った。さらに、焼なましとして、900℃で2時間加熱し、冷却速度15℃/hで660℃になるまで冷却して、焼なまし材を作製した。
【0056】
[試験方法]
以下に示す方法で、各試料の特性を評価した。特記しない限り、各評価は、室温、大気中にて行っている。
【0057】
<残留γ量>
上記で作製した焼なまし材から12B×20mmの試験片を切り出し、熱処理を行った。熱処理としては、真空炉を用いて1030℃で1時間均熱後、油焼入れ相当のガス冷却で焼入れを行った。焼入れ品の残留γ測定面を粒度#1000まで研磨し、X線応力測定装置で、残留γ量を測定した。
【0058】
<残留γ分解温度>
上記で作製した焼なまし材から12B×20mmの試験片を切り出し、熱処理を行った。熱処理としては、真空炉を用いて1030℃で1時間均熱後、油焼入れ相当のガス冷却で焼入れを行った。その後、焼戻しを、460℃から570℃まで10℃刻みで実施し、1試料ごとに12個の焼入れ焼戻し品を作製した。焼入れ焼戻し品の残留γ測定面を粒度#1000まで研磨し、X線応力測定装置で残留γ量を測定した。残留γ量が、焼入れ品を基準として90%となった時の焼戻し温度を、残留γ分解温度とした。なお、この残留γ分解温度の見積もりに際しては、10℃刻みの焼戻し温度に対して、補間を実施した。
【0059】
<焼戻し硬さ>
上記で作製した焼なまし材から12B×20mmの試験片を切り出し、熱処理を行った。熱処理としては、真空炉を用いて1030℃で1時間均熱後、油焼入れ相当のガス冷却で焼入れを行った。そして、残留γ分解温度以下の温度である500℃で、1時間の焼戻しを2回行った。焼戻し品の測定面と接地面を粒度#400まで研磨し、ロックウェルCスケールによって硬さを測定した。
【0060】
<衝撃値>
上記で作製した焼なまし材から10mm×10mm×55mmの試験片を切り出し、熱処理を行った。熱処理としては、真空炉を用いて1030℃で1時間均熱後、油焼入れ相当のガス冷却で焼入れを行った。そして、残留γ分解温度以下の温度である500℃で、1時間の焼戻しを2回行った。その後、JIS 3号衝撃試験片(2mmUノッチ)を採取し、JIS Z 2242に従って、シャルピー衝撃試験を行った。これにより、シャルピー衝撃値を取得した。
【0061】
<ショットピーニングによる硬化量>
上記で作製した焼なまし材から30B×20mmの試料片を切り出し、熱処理を行った。熱処理としては、真空炉を用いて1030℃で1時間均熱後、油焼入れ相当のガス冷却で焼入れを行った。そして、残留γ分解温度以下の温度である500℃で、1時間の焼戻しを2回行った。その後、試料片に対し、ショットピーニング(SP)を行った。ショットピーニングの条件は下の表1のとおりとした。ショットピーニングは、試料片の30Bの面の半分をマスキングして実施し、ショットピーニングの有無によって断面の硬さを比較できるようにした。ショットピーニング後に、表層から20μmの深さ位置におけるビッカース硬さを測定した。ショットピーニングを受けることで硬さは上昇しており、ショットピーニングの有無による硬さの差を、ショットピーニングによる硬化量とした。
【0062】
【0063】
[試験結果]
<試験1>焼戻し硬さ、残留γ量、Ms点の関係
まず、焼戻し硬さ、残留γ量、Ms点の相互の関係について調査した結果を示す。
【0064】
図1に、複数の成分組成を有する金型用鋼について、上記のように評価した残留γ量と焼戻し硬さの関係を示す。図によると、残留γ量が多くなるに従って、焼戻し硬さが低くなる傾向が見られる。
【0065】
さらに、
図2に、複数の成分組成を有する金型用鋼について、Ms点と残留γ量の関係を示す。ここで、Ms点は、成分組成に基づいて上記式(2)にて見積もったものである。図によると、ばらつきは大きいものの、Ms点が上昇するに従って、残留γ量が減少する傾向が見られている。
【0066】
以上の結果から、焼戻し硬さ、残留γ量、Ms点の間には相関性があり、Ms点が低くなるほど残留γ量が多くなり、残留γ量が多くなると焼戻し硬さが低くなる傾向があることが分かる。Ms点は、式(2)のように成分組成から見積もることができる量であり、所望の残留γ量および焼戻し硬さに対応するMs点が得られるように、金型用鋼の成分組成を調整すればよい。
図2に、データ点を近似した近似曲線も合わせて載せるが、15%以上20%以下の残留γ量に対応するMs点は、おおむね190℃以上220℃以下の範囲となっている。
【0067】
<試験2>成分組成と残留γ分解温度
次に、成分組成と残留γ分解温度の関係について調査した結果を示す。
【0068】
図3に、焼戻し温度と残留γ量の関係を示す。これは、上記で説明した残留γ分解温度の評価において、焼戻し温度を変えながら残留γ量を測定した結果を示すものである。図中の#1~#5は、成分組成の異なる試料の測定結果を示している。図によると、試料によって、データ点が分布している焼戻し温度の領域に大きな幅があるが、いずれの試料においても、残留γ量が20%程度の水準から、焼戻し温度の上昇に伴って、急激に0%に近い水準まで下降する傾向が見られている。この残留γ量の減少は、残留γ相の分解によるものである。この残留γ量が減少する挙動において、残留γ量が、焼入れ品(焼戻し前)の90%以下(ここでは残留γ量18%程度の水準(♯3のみ6%程度))にまで下降した段階の焼戻し温度を、残留γ分解温度と定義した。
【0069】
そのようにして得られた残留γ分解温度を、
図4に示す。ここでは、成分組成に基づいて式(1)によって見積もられたA値(Si+Mn+2Cr+3Mo+3.5V)を横軸にとって、残留γ分解温度を表示している。図中の#1~#5の番号が、
図3の試験に用いた試料の番号と対応している。図によると、A値と残留γ分解温度の間には、良い相関が見られ、A値が大きくなるに従って、残留γ分解温度が高くなっている。このことから、成分組成に基づいて計算されるA値が、残留γ分解温度を予測する良い指標となると言える。例えば、金型の使用条件等から所望される残留γ分解温度が得られるように、A値を指標として成分組成を設定すればよい。
図3の近似曲線によると、残留γ分解温度を510℃以上とするためには、A値を22以上とすればよい。
【0070】
<試験3>成分組成と各種特性
次に、上記試験1,2で得られた知見を参考に、種々の成分組成を有する金型用鋼を準備し、各種特性を評価した。表2に、実施例1~11および比較例1~9について、成分組成と特性評価の結果を示す。
【0071】
【0072】
表2によると、実施例1~11にかかる金型用鋼は、いずれも、上記で説明した本発明に規定される範囲の成分組成を有するものとなっている。そして、実施例1~11では、Ms点が190℃以上220℃以下となっていることと対応して、残留γ量が、15%以上20%以下の範囲にある。これは、上記試験1で得られた知見と同様の結果となっている。さらに、実施例1~11では、55HRC以上の高い焼戻し硬さと、20J・cm-2以上の高い衝撃値がともに得られている。これらの焼戻し硬さと衝撃値は、残留γ量が上記の範囲にあることに対応付けることができる。
【0073】
さらに、実施例1~11ではいずれも、A値が22.0以上となっている。そして、残留γ分解温度が510℃以上となっている。これは、上記試験2で得られた知見と同様の結果となっている。
【0074】
加えて、実施例1~11ではいずれも、ショットピーニングによる硬化量が、50HV以上となっている。つまり、ショットピーニングを経ることで表層の硬さが50HV以上向上している。これは、残留γ量が15%以上と多くなっていることと、対応づけることができる。
【0075】
一方で、比較例1~9では、上記で説明した本発明に規定される成分組成を有していない。それら比較例1~9はいずれも、55HRC以上の焼戻し硬さと、20J・cm-2以上の衝撃値を両立するものとはなっていない。比較例1~6では、主に、Mn,Cr,Moの少なくとも1種の含有量が少なすぎることに対応して、Ms点が220℃を超えるとともに、残留γ量が15%よりも少なくなっている。これらのことが、高硬度と衝撃値を両立できない一因となっていると考えられる。一方、比較例7~9では、主に、Mn,Cr,Moの少なくとも1種の含有量が多すぎることに対応して、残留γ量は十分多い、あるいは過多であるにも拘らず、衝撃値が20J・cm-2に及んでいない。
【0076】
以上、本発明の実施形態、実施例について説明した。本発明は、これらの実施形態、実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。