(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023070880
(43)【公開日】2023-05-22
(54)【発明の名称】エンベロープウイルス不活性化剤
(51)【国際特許分類】
A01N 41/04 20060101AFI20230515BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20230515BHJP
A01N 25/02 20060101ALI20230515BHJP
【FI】
A01N41/04 Z
A01P1/00
A01N25/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021183288
(22)【出願日】2021-11-10
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100087642
【弁理士】
【氏名又は名称】古谷 聡
(74)【代理人】
【氏名又は名称】義経 和昌
(72)【発明者】
【氏名】野田 恵
(72)【発明者】
【氏名】八城 勢造
(72)【発明者】
【氏名】片山 和彦
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 慧
(72)【発明者】
【氏名】戸高 玲子
【テーマコード(参考)】
4H011
【Fターム(参考)】
4H011AA04
4H011BB07
4H011DA13
4H011DD05
(57)【要約】
【課題】引火点の問題もなく、エンベロープウイルスに対して高い不活性効果を有する、エンベロープウイルス不活性化剤、エンベロープウイルス不活性化用組成物、及びエンベロープウイルスの不活性化方法を提供する。
【解決手段】(a)炭素数1以上5以下の炭化水素基が1個以上3個以下置換していてもよいアリールスルホン酸又はその塩〔以下、(a)成分という〕を有効成分として含有する、エンベロープウイルス不活性化剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)炭素数1以上5以下の炭化水素基が1個以上3個以下置換していてもよいアリールスルホン酸又はその塩〔以下、(a)成分という〕を有効成分として含有する、エンベロープウイルス不活性化剤。
【請求項2】
(a)成分が、クメンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、m-キシレンスルホン酸、及びこれらの塩から選ばれる1種以上である、請求項1に記載のエンベロープウイルス不活性化剤。
【請求項3】
(a)成分を、0.01質量%以上100質量%以下含有する、請求項1又は2に記載のエンベロープウイルス不活性化剤。
【請求項4】
(a)炭素数1以上5以下の炭化水素基が1個以上3個以下置換していてもよいアリールスルホン酸又はその塩〔以下、(a)成分という〕を有効成分として含有し、水を含有する、エンベロープウイルス不活性化用組成物。
【請求項5】
(a)成分が、クメンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、m-キシレンスルホン酸、及びこれらの塩から選ばれる1種以上である、請求項4に記載のエンベロープウイルス不活性化用組成物。
【請求項6】
(a)成分を0.01質量%以上20質量%以下含有する、請求項4又は5に記載のエンベロープウイルス不活性化用組成物。
【請求項7】
(a)成分以外の殺菌剤の含有量が5質量%以下である、請求項4~6の何れか1項に記載のエンベロープウイルス不活性化用組成物。
【請求項8】
炭素数1以上3以下の1価アルコールの含有量が10質量%以下である、請求項4~7の何れか1項に記載のエンベロープウイルス不活性化用組成物。
【請求項9】
25℃におけるpHが0以上8以下である、請求項4~8の何れか1項に記載のエンベロープウイルス不活性化用組成物。
【請求項10】
請求項4~9の何れか1項に記載のエンベロープウイルス不活性化用組成物を、エンベロープウイルスが存在する対象表面に接触させる、エンベロープウイルスの不活性化方法。
【請求項11】
前記エンベロープウイルス不活性化用組成物を、エンベロープウイルスが存在する対象表面に1分以上2時間以下接触させる、請求項10に記載のエンベロープウイルスの不活性化方法。
【請求項12】
(a)炭素数1以上5以下の炭化水素基が1個以上3個以下置換していてもよいアリールスルホン酸又はその塩を有効成分として含有する、エンベロープウイルス不活性化剤としての使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンベロープウイルス不活性化剤、エンベロープウイルス不活性化用組成物、及びエンベロープウイルスの不活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザや風邪等に代表されるウイルス性の感染症は、手指や生活環境における硬質表面の洗浄が重要な予防法の1つと考えられている。近年、SARSコロナウイルス-2(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2,;SARS-CoV-2)による感染症の拡大も深刻な問題となっている。病原性ウイルスは、細菌と異なり自己増殖能がなく、ヒトなどの動物や細菌などの細胞に寄生して、その細胞の機能を利用することにより増殖する。従って、細菌などに対する抗生物質のような、罹患後の抗ウイルス薬として有効なものは少なく、消毒剤などにより感染防止を行うのが有効である。
【0003】
この観点からのアプローチとして、ウイルスを不活性化することはウイルスによる感染防止に役立つと考えられる。従来、ウイルスを不活性化するためにはエタノールなどの揮発性アルコールや殺菌剤を含有する溶剤を用いることが一般的であるが、ウイルス不活化のためには高濃度の揮発性アルコールや殺菌剤を含有する溶剤が必要になる点や、溶剤がエタノールなどを含有する場合に揮発性が高く引火点などの問題がある。さらにエタノールなどの揮発性アルコールを含有する溶剤は、皮膚などの人体に頻繁に接触させた場合に手荒れなどの皮膚トラブルが生じるため、該溶剤に代わる技術が強く求められる。
【0004】
特許文献1には、適用される表面の高水準消毒を達成するための液体組成物であって、酵素、殺生物性第四級アンモニウム殺生物剤、および陰イオン性ヒドロトロープを含む、洗浄および消毒に有用な液体組成物が開示されている。また特許文献1には、前記陰イオン性ヒドロトロープは、液体組成物中の疎水性化合物を可溶化する化合物であると開示されている。
特許文献2には、ウイルスを、殺ウイルス効果が増大されたアルコール組成物と接触させることを含んでなる、エンベロープを持たないウイルス粒子を不活化する方法であって、前記組成物が、アルコール、及びカチオン性オリゴマー又はポリマー、プロトンドナー、カオトロピック剤、及びそれらの混合物からなる群から選ばれるエンハンサーを含む、エンベロープを持たないウイルス粒子を不活化する方法が開示されている。また特許文献2には、前記プロトンドナーとして、p-トルエンスルホン酸が開示されている。
特許文献3には、約10重量%~約75重量%の少なくとも1つの強酸および少なくとも1つの弱酸と、少なくとも1つのスルホネート、スルフェートおよび/またはカルボキシレートアニオン性界面活性剤と、水と、を含む、殺ウイルス組成物であって、前記組成物が、不燃性である希釈可能な酸性液体濃縮物である、組成物が開示されている。また特許文献3には、ヒドロトロープとして、キシレンスルホン酸を含有する組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2019-504077号公報
【特許文献2】特表2009-526060号公報
【特許文献3】特表2020-535155号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これら特許文献の技術は殺菌性4級アンモニウム塩を併用したり、揮発性アルコールを併用したりする技術であり、特定のアリールスルホン酸又はその塩がエンベロープウイルスに対して高い不活性効果を有することを開示するものではなく、また示唆するものでもない。
【0007】
本発明は、引火点の問題がなく、エンベロープウイルスに対して高い不活性効果を有する、エンベロープウイルス不活性化剤、エンベロープウイルス不活性化用組成物、及びエンベロープウイルスの不活性化方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、(a)炭素数1以上5以下の炭化水素基が1個以上3個以下置換していてもよいアリールスルホン酸又はその塩〔以下、(a)成分という〕を有効成分として含有する、エンベロープウイルス不活性化剤に関する。
【0009】
また本発明は、(a)成分を有効成分として含有し、水を含有する、エンベロープウイルス不活性化用組成物に関する。
【0010】
また本発明は、本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物を、エンベロープウイルスが存在する対象表面に接触させる、エンベロープウイルスの不活性化方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、引火点の問題もなく、エンベロープウイルスに対して高い不活性効果を有する、エンベロープウイルス不活性化剤、エンベロープウイルス不活性化用組成物、及びエンベロープウイルスの不活性化方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のエンベロープウイルス不活性化剤、エンベロープウイルス不活性化用組成物、及びエンベロープウイルスの不活性化方法が、エンベロープウイルスに対して高い不活性効果を有する理由は定かではない。一般にスルホン酸基などの陰イオン性基を有する界面活性剤は殺菌効果を有することが知られており、これら界面活性能を有する化合物がウイルス表面に吸着したり、内部に浸透したりすることでウイルスに対して不活化効果が発揮するとされている。しかしながら、本発明の(a)成分は、これら界面活性剤に比べ極めて界面活性能が小さく、このため期待されるようなウイルス不活化能は得られないと考えられていた。それにもかかわらず、本発明者は、このような界面活性能が小さい化合物が、優れたエンベロープウイルス不活性化能を有することを見出した。これは、出願当初の技術常識では予測できない新しい効果であるといえる。
【0013】
〔エンベロープウイルス不活性化剤〕
<(a)成分>
本発明の(a)成分は、炭素数1以上5以下の炭化水素基が1個以上3個以下置換していてもよいアリールスルホン酸又はその塩である。
前記炭化水素基の炭素数は、1以上、そして、5以下、好ましくは4以下、より好ましくは3以下である。
前記炭化水素基は、好ましくはアルキル基又はアルケニル基であり、より好ましくはアルキル基である。
前記炭化水素基は、アリールスルホン酸に、1個以上、そして、3個以下、好ましくは2個以下置換していてもよい。
前記アリールスルホン酸は、好ましくはベンゼンスルホン酸、又はナフタレンスルホン酸であり、好ましくはベンゼンスルホン酸である。
塩としては、好ましくはアルカリ金属塩、及びアルカリ土類金属塩から選ばれる1種以上であり、より好ましくはアルカリ金属塩であり、更に好ましくはナトリウム塩、及びカリウム塩から選ばれる1種以上である。
【0014】
(a)成分は、具体的には、クメンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、m-キシレンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、7-メチル-1-ナフタレンスルホン酸、8-メチル-2-ナフタレンスルホン酸、5-メチル-2-ナフタレンスルホン酸、及びこれらの塩から選ばれる1種以上が挙げられ、安全性及び配合安定性の観点から、好ましくは、クメンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、m-キシレンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、及びこれらの塩から選ばれる1種以上であり、より好ましくはクメンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、m-キシレンスルホン酸、及びこれらの塩から選ばれる1種以上である。
【0015】
本発明のエンベロープウイルス不活性化剤は、(a)成分を有効成分として含有する。
本発明のエンベロープウイルス不活性化剤は、(a)成分を、ウイルス不活化性能の観点から、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、更に好ましくは0.3質量%以上、更に1質量%以上、更に5質量%以上、更に10質量%以上、更に25質量%以上、更に50質量%以上、更に75質量%以上、更に90質量%以上、そして、好ましくは100質量%以下含有する。
本発明のエンベロープウイルス不活性化剤は、(a)成分を100質量%含有してもよい。すなわち、本発明は、(a)成分からなるエンベロープウイルス不活性化剤であってよい。
【0016】
本発明のエンベロープウイルス不活性化剤は、本発明の効果を阻害しない範囲で、(a)成分以外のその他の成分を含有することができる。
その他成分としては、溶剤、防腐剤、色素、香料、pH調整剤などが挙げられる。
【0017】
本発明のエンベロープウイルス不活性化剤が、対象とするエンベロープウイルスとは、ウイルス表面に脂質層もしくは脂質2重層を持つ、一本鎖(+)RNAウイルス、一本鎖(-)RNAウイルス、二本鎖RNAウイルス、一本鎖DNAウイルス、および二本鎖DNAウイルスを指す。
エンベロープウイルスとしては、ヘルペスウイルス、インフルエンザウイルス、パラミクソウイルス、コロナウイルス(例えばSARSコロナウイルス-2(SARS-CoV-2)、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)、及びMERSコロナウイルス(MERS-CoV)など)、レトロウイルス(HIV、とヒト T 細胞白血病ウイルスなど)、肝炎ウイルス(例えばB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、D型肝炎ウイルスなど)、エボラウイルス、リッサウイルス、ニューモウイルス(RSウイルス、呼吸器合胞体ウイルスなど)が挙げられる。
【0018】
本発明のエンベロープウイルス不活性化剤は、特にSARS-CoV-2に対して、高い不活性効果を有する。
SARS-CoV-2は、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)やMERSコロナウイルス(MERS-CoV)と同様ベータコロナウイルス属に属し、急性呼吸器疾患(COVID-19)の原因となるSARS関連コロナウイルスである。SARS-CoV-2は2019年に中国湖北省武漢市付近で発生が初めて確認され、その後、COVID-19の世界的流行(パンデミック)を引き起こしている。
【0019】
本発明は、(a)成分を有効成分として含有する、エンベロープウイルス不活性化剤としての使用を提供する。
(a)成分は、本発明のエンベロープウイルス不活性化剤で記載した態様と同じである。
本発明のエンベロープウイルス不活性化剤としての使用は、本発明のエンベロープウイルス不活性化剤で記載した態様を適宜適用することができる。
【0020】
〔エンベロープウイルス不活性化用組成物〕
本発明は、(a)成分を有効成分として含有し、水を含有する、エンベロープウイルス不活性化用組成物を提供する。
本発明では(a)成分、及び水を含有するエンベロープウイルス不活性化用組成物として、対象物に接触させる方法が簡便性および不活化効果の点から好ましい。
(a)成分は、本発明のエンベロープウイルス不活性化剤で記載した態様と同じである。
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、本発明のエンベロープウイルス不活性化剤を配合させることで調製されてもよい。すなわち本発明は、本発明のエンベロープウイルス不活性化剤を有効成分として含有し、水を含有する、エンベロープウイルス不活性化用組成物であってもよい。
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、本発明のエンベロープウイルス不活性化剤で記載した態様を適宜適用することができる。
【0021】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、(a)成分を、ウイルス不活化性能の観点から、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、更に好ましくは0.3質量%以上、より更に好ましくは2質量%以上、特に好ましくは4質量%以上、そしてウイルス不活化性能及び組成物の安定性の点から、好ましくは50質量%以下、より好ましくは30質量%以下、更に好ましくは20質量%以下、特に好ましくは15質量%以下含有する。
【0022】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、水を、好ましくは50質量%を超え、より好ましくは70質量%を超え、更に好ましくは80質量%を超え、より更に好ましくは85質量%を超え、そして、好ましくは99.99質量%未満、より好ましくは99.9質量%未満、更に好ましくは99.7質量%未満、より更に好ましくは98質量%未満、より更に好ましくは96質量%未満含有する。
【0023】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、対象物に接触させる方法に供される場合、対象物への濡れ性、及び浸透性の点から、(b)界面活性剤[以下、(b)成分という]を含有することが好ましい。
【0024】
(b)成分としては、例えば、(b1)半極性界面活性剤〔以下、(b1)成分という〕、(b2)両性界面活性剤〔以下、(b2)成分という〕、(b3)陰イオン界面活性剤〔以下、(b3)成分という〕、及び(b4)非イオン界面活性剤〔以下、(b4)成分という〕、から選ばれる一種以上が挙げられる。
【0025】
(b1)成分としては、炭素数8以上14以下のアルキル基を1つ以上、好ましくは1つ有するアミンオキサイド型界面活性剤が挙げられる。
(b2)成分としては、炭素数8以上14以下のアルキル基を1つ以上、好ましくは1つ有するスルホベタイン型界面活性剤、又は炭素数8以上14以下のアルキル基を1つ以上、好ましくは1つ有するカルボベタイン型界面活性剤が挙げられる。
(b3)成分としては、アルキル基の炭素数8以上14以下のアルキル硫酸エステル、アルキル基の炭素数8以上14以下のアルキルベンゼンスルホン酸、アルキル基の炭素数8以上14以下のポリオキシアルキレンアルキルエーテル硫酸塩(オキシアルキレン基は、炭素数は2又は3のオキシアルキレン基であり、好ましくはオキシエチレン基であり、オキシアルキレン基の平均付加モル数は、0.5以上5以下、好ましくは0.5以上3以下である。)、炭素数8以上14以下の脂肪酸、及びこれらの塩から選ばれる1種以上が挙げられる。
(b4)成分としては、アルキル基の炭素数8以上14以下のポリオキシアルキレンアルキルエーテル(オキシアルキレン基は、炭素数2又は3のオキシアルキレン基、好ましくはオキシエチレン基であり、オキシアルキレン基の平均付加モル数は、3以上50以下、好ましくは3以上20以下である。)、及びアルキル基の炭素数が8以上14以下のアルキルグリコシド(グルコース等の糖骨格の平均縮合度は1以上5以下、好ましくは1以上2以下である。)から選ばれる1種以上が挙げられる。
【0026】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、(b)成分を対象物への濡れ性及び浸透性の観点から、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.05質量%以上、更に好ましくは0.1質量%以上、そして、好ましくは20質量%以下、より好ましくは10質量%以下、更に好ましくは5質量%以下含有する。
なお本発明において、(b)成分として、(b3)成分を用いる場合、(b3)成分の質量に関する規定は、ナトリウム塩に換算した値を用いるものとする。
【0027】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、対象物への濡れ性、及び浸透性の点から、(c)水溶性有機溶剤〔以下、(c)成分という〕を含有することができる。
本発明の水溶性有機溶剤とは、100gの20℃の脱イオン水に対して20g以上溶解するものをいう。
【0028】
(c)成分としては、(c1)炭素数2以上4以下の多価アルコール、(c2)アルキレングリコール単位の炭素数が2以上4以下のジ又はトリアルキレングリコール、及び(c3)アルキレングリコール単位の炭素数が2以上4以下のジないしテトラアルキレングリコールのモノアルコキシ(メトキシ、エトキシ、プロポキシ、ブトキシ)エーテル、フェノキシ又はベンゾオキシエーテルから選ばれる1種以上を挙げることができる。
【0029】
(c)成分としては、炭素数2以上、好ましくは炭素数3以上、そして、炭素数10以下、好ましくは炭素数8以下の水溶性有機溶剤が好ましい。
具体的には(c1)として、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、イソプレングリコール、(c2)として、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、(c3)として、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルジグリコールなどとも称される)、フェノキシエタノール、フェノキシトリエチレングリコール、フェノキシイソプロパノールが挙げられ、これらは1種又は2種以上を用いることができる。(c)成分としては、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、フェノキシエタノール、フェニルグリコール、及びフェノキシイソプロパノールから選ばれる1種以上の水溶性有機溶剤が好ましい。(c)成分は、アルコキシ基を有するものが好ましく、ジエチレングリコールモノブチルエーテルがより好ましい。
【0030】
なお、水溶性有機溶剤である炭素数1以上3以下の1価アルコール[以下、(c4)成分という]は、殺菌・消毒用アルコール類として用いられており、高濃度含有することで殺菌効果が得られるものであるが、皮膚などの人体に頻繁に接触させた場合に手荒れなどの皮膚トラブルが生じるため問題となる。
【0031】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、(c4)成分の含有量が、皮膚への刺激性及び経済性の観点から、好ましくは50質量%以下、より好ましくは30質量%以下、更に好ましくは10質量%以下、より更に好ましくは5質量%以下、より更に好ましくは1質量%以下、より更に好ましくは0.5質量%以下、より更に好ましくは0.1質量%以下である。また本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、炭素数1以上3以下のアルコールを含有しなくともよい。
【0032】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、(c)成分(但し、(c4)成分を除く)、特に(c1)~(c3)成分を、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上、更に好ましくは0.5質量%以上、より更に好ましくは1質量%以上、より更に好ましくは3質量%以上、そして、好ましくは50質量%以下、より好ましくは30質量%、更に好ましくは10質量%以下、より更に好ましくは7質量%以下含有することができる。
【0033】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、(a)成分以外の殺菌剤を含有しなくとも、エンベロープウイルスに対して高い不活性効果を有する。
(a)成分以外の殺菌剤としては、塩化ベンザルコニウム、アルキルリン酸ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム等の第4級アンモニウム塩化合物;トリクロサン、イソプロピルメチルフェノール、レゾルシン、トリクロロカルバニド、塩化クロルヘキシジン、グルコン酸クロルヘキシジン、過酸化水素、ポピドンヨード、及びヨードチンキから選ばれる1種以上が挙げられる。
【0034】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、(a)成分以外の殺菌剤、特に陽イオン性の殺菌剤を含有すると、本発明のエンベロープウイルス不活性化効果を減じる場合があるため、使用する場合には注意を要する。本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、(a)成分以外の殺菌剤の含有量が、好ましくは5質量%以下、より好ましくは1質量%以下、更に好ましくは0.1質量%以下、より更に好ましくは0.01質量%以下である。また本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、(a)成分以外の殺菌剤を含有しなくともよい。
【0035】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、例えば、無機塩、無機酸、キレート剤、香料(天然香料、合成香料)、増粘剤、ゲル化剤、高分子化合物、保湿剤、保存料、酸化防止剤、光安定化剤、防腐剤、緩衝剤などの成分を本発明の効果を損なわない範囲で含有することができる。
【0036】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、pHが酸性~中性領域であっても、エンベロープウイルスに対して高い不活性効果を有する。
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物において、ガラス電極法によって測定される25℃におけるpHは、取扱い時の安心感の観点から、0以上、更に1以上、更に2以上、更に3以上、更に4以上、更に5以上、更に6以上、そして、8以下、更に7.5以下、更に7以下から選択できる。
【0037】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物は、例えば、液状、ゲル状、又はペースト状で用いることができる。それらの使用形態に応じて、本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物、水、溶剤等の可溶化キャリア、ゲル化剤などを適宜含有させることができる。
【0038】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物を用いる対象表面は、(1)身体、例えば人の皮膚、手指、毛髪及び口腔内など、(2)食品、例えば、野菜等の食品素材表面など、(3)硬質物品、(4)繊維製品、例えば、布、糸等の繊維素材及びこれらを用いて製造された製品など、を対象とすることができる。硬質物品としては、例えば、浴室、トイレ、台所、床、ドアノブ、食器、食品加工設備、机、いす、壁、などの硬質表面を硬質物品が挙げられる。これらの硬質物品は、家庭で用いられるものであっても、公共施設や工場、例えばプール、浴場、食堂、病院などで用いられるものであってよい。
【0039】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物が、対象とするエンベロープウイルスは、本発明のエンベロープウイルス不活性化剤で挙げたエンベロープウイルスと同じである。
【0040】
<エンベロープウイルスの不活性化方法>
本発明は、本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物を、エンベロープウイルスが存在する対象表面に接触させる、エンベロープウイルスの不活性化方法を提供する。
エンベロープウイルスの不活性化方法は、本発明のエンベロープウイルス不活性化剤、本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物で記載した態様を適宜適用することができる。
対象表面は、本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物で挙げたものと同じである。
【0041】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物をエンベロープウイルスが存在する硬質表面に接触させるに際しての使用形態に特に制限はないが、本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物を、スプレー、ローション等として用いることができる。例えば、トリガースプレー容器(直圧又は蓄圧型)やディスペンサータイプのポンプスプレー容器等の公知のスプレー容器に充填し、噴霧量を調整して、エンベロープウイルスが存在する、又は存在すると考えられる対象表面に噴霧できるようにしたもの等が挙げられる。
また、ウェット拭取り用品(ぬれナプキン等)として使用することもできる。例えば、天然繊維、レーヨン等の再生繊維、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル等の合成繊維、又は天然繊維と合成繊維との混合物の織布又は不織布ウェブを含む基材に、本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物、可溶化キャリア、及び必要に応じて各種添加剤を含ませて使用することができる。具体的には、皮膚コンディショナーや、ペットの手入れ用品、家庭の台所やバスルーム、トイレ、便座等の表面、運動器具等の表面の殺菌等に使用することができる。
【0042】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物を、水溶性ゲルや油性ゲルを用いてゲル状にしたり、ペースト状とした場合には、医療用品として、人体、ペット等に直接塗布して使用したり、紙や不織布等に担持させたものを、空気清浄器やエアーコンディショナーのフィルターとして用いることもできる。
【0043】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物の使用量は特に限定されるものではないが、例えば、対象物の単位面積1m2あたり、(a)成分の量として、ウイルス不活化性能及び使用後の仕上がり性の観点から、好ましくは0.01g以上、より好ましくは0.1g以上、そして、好ましくは1g以下、より好ましくは10g以下とすることができる。
【0044】
本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物を、エンベロープウイルスが存在する対象表面に接触させる時間(放置させる時間)は、ウイルス不活化性能の観点から、好ましくは1分以上、より好ましくは5分以上、更に好ましくは10分以上、そして、好ましくは2時間以下、より好ましくは1時間以下、更に好ましくは30分以下である。
接触させた後は、そのままでもよいし、綺麗な布などで拭き取ってもよいし、水ですすいでもよい。すすぐ際は、スポンジなどで外力(物理的力)を掛けてもよく、単に水流ですすいでもよい。
【実施例0045】
実施例1~6、比較例1
[VeroC1008 を用いた抗SARS-CoV-2検証試験]
VeroC1008を用いた抗SARS-CoV-2検証試験の概要は以下のとおりである。
【0046】
(材料)
SARS-CoV-2:JPN/TY/WK-521
細胞:Vero C1008 (ATCC CRL-1586)
培地:500mLMEM (Sigma-Aldrich, M4655)
5mL Penicillin-Streptomycin(10,000 U/mL)(Gibco,15140122)
FBS:biosera,FB-1365/500,Lot10259
非働化56℃、30分
通常培養時10%培地に添加
感染時2%培地に添加
Trypsin:TrypLE(登録商標) Select Enzyme (1X), no phenol red(Gibco,12563011)
RT-qPCR:SARS-CoV-2 Detection Kit-N2 set-(東洋紡, NCV-302)
【0047】
(プロトコル)
1.VeroC1008を96well plateに100%コンフルエントとなるようにまいた。
2.オートクレーブした水道水で(a)成分又は(a’)成分((a)成分の比較成分)を希釈し、表1の評価液を調製した。表1の評価液のpHは調整せず、成り行きとした。
3.評価液27μLとSARS-CoV-2液3μL(約4×105TCID50相当)を混合した。
4.室温で10分反応させた。
5.2%FBS培地 270μLを添加し、反応を停止させた。
6.5.の溶液20μLを180μLの2%FBS培地へと事前に培地交換したVero C1008の96plateに添加・混合した。
7.37℃/5%CO2下で1時間感染させた。
8.2%FBS 培地 200μLで2回洗浄した。
9.37℃/5%CO2下で3日間培養した。
10.ウイルス性細胞変性効果とRT-qPCRによりSARS-CoV-2不活化を判断した。
IX73(オリンパス社)を用いた顕微鏡観察でウイルスによる細胞変性効果が認められず、かつ、培養上清のRT-qPCRでウイルスゲノムが検出できなかった場合にSARS-CoV-2を不活化したと判断した。RT-qPCRではCt(Threshold Cycle)値が30未満となった場合にウイルスが増殖したと判断した。
【0048】
[試験結果]
結果を表1に示す。Vero C1008を用いた抗SARS-CoV-2検証試験でSARS-CoV-2不活化が認められたものは「〇」、SARS-CoV-2不活化が認められなかったものは「×」とした。
【0049】
【0050】
<処方例>
表2に本発明のエンベロープウイルス不活性化用組成物の例を示す。下記処方によれば、エンベロープウイルスに対して高い不活性効果を発揮することができる。
【0051】
【0052】
表2のエンベロープウイルス不活性化用組成物で使用する成分を以下に示す。
LAS:ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、富士フイルム和光純薬(株)製
AG:アルキルポリグルコシド、製品名「プランタケア2000UP」、BASF SE社製、アルキル基の炭素数8以上16以下、グルコースの縮合度1以上2以下
アミンオキシド:ラウリルジメチルアミンオキサイド、アンヒトール20N、花王(株)製
BDG:ブチルジグリコール、日本乳化剤(株)製