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特開2023-72245アシル化キチンナノファイバーの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023072245
(43)【公開日】2023-05-24
(54)【発明の名称】アシル化キチンナノファイバーの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 37/08 20060101AFI20230517BHJP
【FI】
C08B37/08 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021184663
(22)【出願日】2021-11-12
(71)【出願人】
【識別番号】591167430
【氏名又は名称】株式会社KRI
(72)【発明者】
【氏名】林 蓮貞
(72)【発明者】
【氏名】福井 俊巳
(72)【発明者】
【氏名】丸田 彩子
【テーマコード(参考)】
4C090
【Fターム(参考)】
4C090AA05
4C090BA46
4C090BB17
4C090BB18
4C090BB36
4C090BB53
4C090BB62
4C090BB94
4C090CA38
4C090DA23
4C090DA24
4C090DA40
(57)【要約】
【課題】 修飾反応溶液をキチンに浸透させて、キチンを解繊すると同時にアシル化するアシル化キチンナノファイバーの製造方法の提供。
【解決手段】 本発明のアシル化キチンナノファイバーの製造方法は、下記式(1)で示される水酸化テトラアルキルアンモニウム、水、ジメチルスルホキシド及びアシル化剤を含む修飾反応溶液をキチンに浸透させて、キチンをアシル化し解繊することを特徴とする。
OH (1)
(式中、Rはそれぞれ独立して炭素数が2又は3のアルキル基を表す)。
【選択図】 図1


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される水酸化テトラアルキルアンモニウム、水及びジメチルスルホキシドを含む溶液をキチンに浸透させてキチンを膨潤及び/又は部分解繊した後、前記溶液にアシル化剤を添加して修飾反応溶液とし、前記膨潤及び/又は部分解繊したキチンをアシル化し解繊することを含むアシル化キチンナノファイバーの製造方法。
OH (1)
(式中、Rはそれぞれ独立して炭素数が2又は3のアルキル基を表す)。
【請求項2】
下記式(1)で示される水酸化テトラアルキルアンモニウム、水、ジメチルスルホキシド及びアシル化剤を含む修飾反応溶液をキチンに浸透させて、キチンをアシル化し解繊することを含むアシル化キチンナノファイバーの製造方法。
OH (1)
(式中、Rはそれぞれ独立して炭素数が2又は3のアルキル基を表す)。
【請求項3】
前記修飾反応溶液中の水酸化テトラアルキルアンモニウム、水、ジメチルスルホキシド及びアシル化剤の成分比が、水酸化テトラアルキルアンモニウム、水、ジメチルスルホキシド及びアシル化剤の総量に対して、水酸化テトラアルキルアンモニウムが0.1~1.2wt%、水が0.1~1.8wt%、ジメチルスルホキシドが82.0~98.8wt%、アシル化剤が1.0~15.0wt%である、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アシル化キチンナノファイバーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キチンは、地球上でセルロースに次いで2番目に多い多糖類であり、蟹、エビ、昆虫、貝、キノコなど極めて多くの生物に含まれている。キチンは、鎮痛効果、肉芽形成、創傷治癒促進などの生物的効果を有するほか、抗原性を持たないため、火傷や褥瘡等の創傷被覆材として認可を得た商品も上市されている。また、キチンは生体との親和性が非常によく、且つ、人間の体内でリゾチームのような酵素によって分解されるので、抜糸不要手術縫合糸、薬剤の徐放性担体としての応用が期待されている。
また、キチンはセルロースと同じ、優れた機械物性と高い結晶性を持つキチンナノファイバーから構成され、キチンナノファイバーはセルロースナノファイバーのように補強材や機能性材料などへの応用が期待されている。
【0003】
キチンナノファイバーには、原料のキチンを微細化しただけの無修飾のキチンナノファイバーとキチンを修飾した修飾キチンナノファイバーが知られており、それぞれの特徴を生かして用いられている。
修飾キチンナノファイバーは、樹脂との親和性が良く、樹脂へのナノ分散ができることが特徴であり、従来から修飾キチンナノファイバーを製造する方法が開発されてきた。
【0004】
特許文献1には、イオン液体を含む溶液を用いてキチン物質を膨潤及び/または部分溶解させる工程と同時に若しくは前記工程後に、膨潤及び/または部分溶解された成分に化学変性(エステル化、エーテル化)を加える工程により、修飾キチンナノファイバーを製造する方法が開示されている。
【0005】
特許文献2には、テトラアルキルアンモニウムアセテートと非プロトン性極性溶媒により多糖類(セルロース、キチン等)を溶解した後、エステル化及びエーテル化反応して修飾多糖類を製造する方法が開示されている。
【0006】
特許文献3には、テトラアルキルアンモニウムアセテートと非プロトン性極性溶媒により多糖類(セルロース、キチン等)を膨潤および/または部分溶解して解繊した後、化学変性して修飾多糖類ナノファイバーを製造する方法が開示されている。
【0007】
また、修飾セルロース微細繊維の製造方法として、特許文献4には、ドナー数26以上の非プロトン性溶媒と、カルボン酸ビニルエステルまたはアルデヒドとを含む解繊溶液をセルロースに浸透させて修飾セルロース微細繊維を製造する方法が開示されている。
【0008】
さらに、本出願人は、水酸化テトラアルキルアンモニウム、水、ジメチルスルホキシド、アシル化剤と、を含む修飾反応溶液をセルロースに浸透させて、セルロースをアシル化修飾するとともに微細化することにより、樹脂への分散性に優れたアシル化修飾セルロース微細繊維を効率的に製造する方法に関して特許出願している(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010-104768号公報
【特許文献2】特開2012-211302号公報
【特許文献3】特開2013-091874号公報
【特許文献4】国際公開2017/159823号
【特許文献5】特願2021-157322号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、修飾反応溶液をキチンに浸透させて、キチンを微細化解繊すると同時にアシル化することを含むアシル化キチンナノファイバーの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を達成するため鋭意検討した結果、キチンを前処理することなく、水酸化テトラアルキルアンモニウム(以下「TAAH」と略記する場合がある。)、水、ジメチルスルホキシド(以下「DMSO」と略記する場合がある。)と、アシル化剤と、を含む修飾反応溶液をキチンに浸透させて、キチンをアシル化するとともに微細化することにより、樹脂への分散性に優れたアシル化キチンナノファイバーを効率的に製造する方法を見出した。
【0012】
すなわち本発明は、以下の構成からなることを特徴とし、上記課題を解決するものである。
[1] 下記式(1)で示される水酸化テトラアルキルアンモニウム、水及びジメチルスルホキシドを含む溶液をキチンに浸透させてキチンを膨潤及び/又は部分解繊した後、前記溶液にアシル化剤を添加して修飾反応溶液とし、前記膨潤及び/又は部分解繊したキチンをアシル化し解繊することを含むアシル化キチンナノファイバーの製造方法。
OH (1)
(式中、Rはそれぞれ独立して炭素数が2又は3のアルキル基を表す)。
[2] 下記式(1)で示される水酸化テトラアルキルアンモニウム、水、ジメチルスルホキシド及びアシル化剤を含む修飾反応溶液をキチンに浸透させて、キチンをアシル化し解繊することを含むアシル化キチンナノファイバーの製造方法。
OH (1)
(式中、Rはそれぞれ独立して炭素数が2又は3のアルキル基を表す)。
[3] 前記修飾反応溶液中の水酸化テトラアルキルアンモニウム、水、ジメチルスルホキシド及びアシル化剤の成分比が、水酸化テトラアルキルアンモニウム、水、ジメチルスルホキシド及びアシル化剤の総量に対して、水酸化テトラアルキルアンモニウムが0.1~1.2wt%、水が0.1~1.8wt%、ジメチルスルホキシドが82.0~98.8wt%、アシル化剤が1.0~15.0wt%である、前記[1]又は前記[2]に記載の製造方法。
【0013】
なお、上記式(1)(式中、Rはそれぞれ独立して炭素数が2又は3のアルキル基を表す)で示される水酸化テトラアルキルアンモニウムを以下「TAAH」と略記する場合がある。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、機械的に破砕することや乾燥することなく、(1)で示される水酸化テトラアルキルアンモニウム(TAAH)、水、ジメチルスルホキシド(DMSO)と、アシル化剤と、を含む修飾反応溶液を含む修飾反応溶液をキチンに浸透させて、キチンをアシル化するとともに、キチンのミクロフィブリル同士間の相互作用を弱めることによりアシル化キチンナノファイバーを製造する方法に関する。TAAHと水の存在は、修飾反応溶液のキチンフィブリル同士間への浸透効率を向上することだけでなく、水素結合の切断とアシル化反応を促進することもできる。この二重効果により均一性と解繊度の高いアシル化キチンナノファイバーが得られる。そのため、結晶化度が高く、繊維形状の損傷が少なくてアスペクト比が大きく、且つ溶融混錬により樹脂へのナノ分散ができるキチンナノファイバーを効率良く生産できる。さらに、用途に応じて様々なアシル基を導入し、樹脂などの有機媒体との親和性をさらに向上できる。
【0015】
さらに、本発明のアシル化キチンナノファイバーの製造法は、水酸化テトラアルキルアンモニウムと水を添加することにより修飾反応時間又は解繊時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例1、2と比較例1、2でアセチル化処理したキチン及び原料のキチンのIRスペクトル
図2】実施例1で得たアセチル化キチン微細繊維のSEM写真
図3】実施例1で得たアセチル化キチン微細繊維と原料のキチンのXRDパターン
図4】比較例1でアセチル化処理したキチンのSEM写真
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のキチンナノファイバーの製造方法は、キチンの解繊がある程度進んでからアシル化剤を加えてもよい。すなわち、TAAH、水及びDMSOを含む溶液(以下「解繊溶液」という。)をキチンに浸透させてキチンを膨潤及び/又は部分解繊した後、前記溶液にアシル化剤を添加して修飾反応溶液とし、前記膨潤及び/又は部分解繊したキチンをアシル化するとともにキチンミクロフィブリルの間の水素結合を切断することによりアシル化キチンナノファイバーを製造することができる。
【0018】
キチンは、アシル化剤によりキチンの水酸基、特にキチンの表面水酸基がアシル化修飾される。また、キチンに少量のキトサンが含まれる場合は、キトサンは、アシル化剤によりキトサンの水酸基及びアミノ基がアシル化修飾される。
【0019】
アシル化剤の添加は、アシル化剤を添加した修飾反応溶液のキチンへの浸透性を低下させないため、解繊がある程度進んでから加えることが好ましい。アシル化剤を途中から加えることにより、アシル化反応に先立ってTAAH、水とDMSOを含む溶液をキチンに充分に浸透させることができ、キチンのミクロフィブリル同士の間を膨張させたり、ミクロフィブリルの配列を乱れさしたりすることができる。そうすることにより、後に添加するアシル化剤は容易にキチンのフィブリルに作用し修飾反応の効率と均一性を促進できる。
【0020】
また、本発明のキチンナノファイバーの製造方法は、修飾反応溶液に最初からアシル化剤を添加したTAAH、水、DMSO及びアシル化剤を含む修飾反応溶液によって行ってもよい。すなわち、キチンを機械的破砕や乾燥等の前処理することなく、TAAH、水、DMSOと、アシル化剤と、を含む修飾反応溶液をキチンに浸透させて、キチンをアシル化するとともにキチンミクロフィブリルの間の水素結合を切断することによりアシル化キチンナノファイバーを製造することを特徴とする。
【0021】
原料となるキチンは、キチン単独の形態であってもよく、蟹、海老又は昆虫などの甲殻類、イカ類、貝類などの非キチン成分を含む混合形態であってもよい。
また、甲殻類、イカ類、貝類などを使用する前に、脱灰処理や脱蛋白質処理してから用いることも好ましい。
【0022】
前記TAAHは、キチンフィブリル間に浸透し、フィブリル同士間の水素結合を切断する効果を有している。加えて、塩基性であるためキチン水酸基のアシル化反応を促進する作用もある。一方、水はDMSOにおけるTAAHの安定性及びDMSOとTAAHの溶媒和を付与する役割として働くと推測する。
【0023】
本発明に用いる水酸化テトラアルキルアンモニウム(TAAH)は、アルキル基の炭素数が2又は3のものであれば何の制限もないが、好ましいTAAHは、水酸化テトラエチルアンモニウム(TEAH)と水酸化テトラプロピルアンモニウム(TPAH)である。TAAHは、水を含んだ方は安定性が高く、加えて、水は修飾反応溶液の成分であるため、TAAHは水溶液の状態で利用できる。その中でも、TEAH、TPAHは、市販の薬品が水溶液で市販されており入手が容易である。前記水酸化テトラアルキルアンモニウムは、単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0024】
一方、水酸化テトラメチルアンモニウムと水酸化テトラブチルアンモニウム(TBAH)は塩基性を有するもののキチンの膨張又は解繊を促進する効果が無かった(特願2020-213169号の比較例1~6)。また、ブチル基より側鎖の長いテトラアルキルアンモニウムは塩基性とDMSOへの溶解性は低く、キチンの解繊と修飾を促進する効果が低いため好ましくない。
【0025】
本発明に用いるアシル化剤としては、カルボン酸ビニルエステル、カルボン酸無水物及びカルボン酸などがあるが、反応効率を維持し副反応を抑えるためカルボン酸ビニルは最も好ましい。これらのアシル化剤は、単独で又は二種以上を組み合わせて使用できる。
【0026】
カルボン酸ビニルエステルとしては、下記式(2)で表されるカルボン酸ビニルエステルを用いることができる。
R5-COO-C(R6)=C(R7)(R8) (2)
(式中、R5は炭素数1~16のアルキル基、アルキレン基シクロアルキル基及びアリール基のいずれかを表わし、R6,R7,R8は水素または炭素数1~16のアルキル基、アルキレン基シクロアルキル基及びアリール基のいずれかを表わす。)
【0027】
さらに、前記カルボン酸ビニルエステルが、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、カプロン酸ビニル、シクロヘキサンカルボン酸ビニル、カプリル酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ミリスチン酸ビニル、パルミチン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、ピバリン酸ビニル、オクチル酸ビニルアジピン酸ジビニル、メタクリル酸ビニル、クロトン酸ビニル、ピバリン酸ビニル、オクチル酸ビニル、安息香酸ビニル、桂皮酸ビニル、酢酸イソプロペニルの群より選択された少なくとも1種であることが好ましい。
【0028】
これらのカルボン酸ビニルは、単独で又は二種以上を組み合わせて使用できる。これらのカルボン酸ビニルのうち、解繊性と反応性の点から、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニルと酪酸ビニル等の炭素数2~7(特に2~5)の低級脂肪族カルボン酸ビニルが好ましく、C1-4アルキルカルボン酸ビニルが特に好ましい。炭素数が大きすぎると、ミクロフィブリル間への浸透性とキチン水酸基に対する反応性が低下するおそれがあるため、低級脂肪族カルボン酸ビニルと併用することが好ましい。
【0029】
本発明の修飾反応溶液は、TAAH、水、DMSOとアシル化剤から構成され、その構成比は、TAAHが0.1~1.2wt%、水が0.1~1.8wt%、DMSOが82~98.8wt%、アシル化剤が1~15wt%の濃度範囲内になるように調整される。より好ましくは、TAAHが0.15~1.0wt%、水が0.15~1.6wt%、DMSOが85.4~97.7wt%、アシル化剤が2~12wt%の濃度範囲内になるように調整される。さらに好ましくは、TAAHが0.2~0.9wt%、水が0.2~1.5wt%、DMSOが85.4~97.7wt%、アシル化剤が3~10wt%の濃度範囲内になるように調整される。
【0030】
TAAHの濃度が0.1wt%より低くなると解繊と修飾に与える作用は少ないため好ましくない。一方、1.2wt%より高くなるとキチンは溶解しI型結晶構造を失う恐れがあるため好ましくない。
【0031】
水の濃度は0.1wt%より低くなるとキチンの解繊度が低下したり、TAAHが不安定で分解したりする恐れがあるため好ましくない。一方、1.8wt%より高くなるとキチンの解繊度だけでなく、修飾率も低下するため好ましくない。
【0032】
アシル化剤は1wt%より低くなるとキチンの解繊度合と修飾率(疎水性効果)が低下する恐れがあるため好ましくない。一方、15wt%を超えると修飾反応液のキチンへの浸透性が悪くなるため解繊度合が低下する恐れがあるため好ましくない。
【0033】
本発明の修飾反応溶液は、TAAH、水、アシル化剤及びDMSO以外に、解繊性、修飾反応性の影響を与えない程度であれば、他の有機溶媒を含むこともできる。例えば、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリトン、ピリジンが他の有機溶媒として挙げられる。
【0034】
修飾反応溶液に添加するキチンの量は、修飾反応溶液中のアシル化剤の濃度が前記濃度範囲であれば、キチンに対してアシル化剤が過剰であっても問題はないが、アシル化剤の使用効率が低いため、修飾反応溶液中のアシル化剤1部に対してキチンが1/5~3部が好ましく、より好ましくは1/3~1部、最も好ましくは、1/2~1部である。
【0035】
キチンと修飾反応溶液との重量割合は、修飾反応溶液中のアシル化剤濃度とアシル化剤とキチンの比率を考慮すると、通常、前者/後者=0.5/99.5~20/75程度の範囲から選択でき、例えば1/99~20/80、好ましくは1.5/98.5~15/85、さらに好ましくは2/98~12/88程度である。キチンの割合が少なすぎると、キチンナノファイバーの生産効率が低くなり、多すぎると、修飾反応溶液のキチン繊維間、ラメラ間およびミクロフィブリル間への浸透が不十分なため解繊度合いが低下する恐れがある。また、キチンの割合が多いと溶液の粘度が高くなるため反応時間が長くなる。いずれにしても生産性が低下するおそれがある。さらに、キチンの割合が多すぎると得られたナノファイバーのサイズと修飾率の均一性が低下するおそれがある。
【0036】
本発明の解繊溶液又は修飾反応溶液の調製方法は、特に制限しない。例えば、通常市販から購入したTAAH水溶液を所望のTAAH/水の重量比まで調製した後、解繊溶液であればDMSOを、修飾反応溶液であればDMSOとアシル化剤を加えて攪拌することで解繊溶液又は修飾反応溶液が得られる。市販TAAH水溶液がTAAHの濃度が、水の濃度を最適範囲にしたときに所望濃度より低い場合、使用する前に蒸留し所望水分率まで濃縮してから使用することが好ましい。また、所望濃度より高い場合、水を加え希釈してから使用する。混ぜる時の温度に特に制限しないが、10~70℃が好ましい。
【0037】
本発明の修飾反応溶液にてキチンを修飾する方法は、特に制限しない。例えば、既定量の本発明の修飾反応溶液にキチンを加え、一定な温度と時間で攪拌することでアシル化したキチンナノファイバーの分散液が得られる。攪拌は、通常用いられる機械式撹拌機で攪拌すればよいが、ホモジナイザー等であってもよい。ビーカースケールならマグネティックスターラーの攪拌で十分である。反応温度は、20~80℃であればよく、室温で温度調整せずに攪拌させればよい。20℃より低くなると修飾反応速度が低いため好ましくない。80℃より高くなるとキチンやTAAHが分解したりする恐れがあるため好ましくない。最も好ましくは20~70℃である。
【0038】
本発明での修飾反応時間は、前記修飾反応溶液に含まれるTAAHとアシル化剤の種類と濃度及び反応温度によって適宜に調整すればよい。例えば0.2~24時間、好ましくは0.5~12時間、さらに好ましくは1~8時間程度である。酢酸ビニルなどの低級カルボン酸ビニルを用いる場合、数時間(例えば0.5~5時間)程度の時間であってもよく、好ましくは1~4時間程度である。さらに、前述のように、処理温度(反応温度)を高めたり、攪拌速度を増加したりすることで反応時間を短くしてもよい。この時、カルボン酸ビニルなどの低沸点成分のアシル化剤を含む場合は蒸発を避けるため密閉系統、加圧系統又は還流系統内で行うのが好ましい。反応時間が短すぎると、修飾反応溶液がミクロフィブリル間まで浸透するのが不十分のため、反応が不十分となり、解繊度合いも低下するおそれがある。一方、反応時間が長すぎたり、温度が高すぎたりすることによる過修飾が生じ、キチンナノファイバーの結晶化度と収率が低下するおそれがある。
【0039】
アシル化剤を途中から加える場合、第1段階の解繊溶液によりキチンを膨潤及び/又は部分解繊するのに用いる装置は特に制限しないが、後のアシル化反応/解繊と同じ攪拌装置を備えた装置を使用すればよい。第1段階の膨潤及び/又は部分解繊の時間は、TAAH、水とDMSOの配合比と攪拌機のせん断力により適宜に調整すればよい。例えば、効率の観点から好ましくは5時間以下、より好ましくは4時間以下、最も好ましくは3時間以下である。
そして、アシル化剤を加えてから前記膨潤及び/又は部分解繊したキチンをアシル化し解繊するのにさらに0.5~5時間以上反応させることが好ましい。
修飾反応/解繊溶液からアシル化キチンナノファイバーを回収する方法として、修飾反応/解繊溶液を回収しそのまま再利用するか否かにより2つ方法が挙げられるが、特に制限しない。
【0040】
例えば、修飾反応/解繊溶液を回収しそのまま再利用する場合、反応終了後、遠心分離法、圧搾法、濾過法、沈殿法等の固液分離方法を用いて固形分のアシル化ナノファイバーと修飾反応/解繊溶液をそれぞれ回収する。回収した修飾反応/解繊溶液を組成調製(例えば、消耗されたアシル化剤を追加する)した後次のアシル化ナノファイバーの合成に使用できる。
固形分のアシル化ナノファイバーは、洗浄することで残留した修飾/解繊溶媒を除く。洗浄操作を複数回(例えば、2~5回程度)で行うことによりアシル化キチンナノファイバーが得られる。洗浄溶媒は特に制限しないが、修飾ナノファイバー以外の成分を解ける有機溶媒であればよい。例えば、水、アルコール類、ケトン類、エステル類、トルエン類などが挙げられる。アセチル基等親水性の高いアシル基で修飾する場合は水やアルコールが特に好ましい。一方、ラウリル基等疎水性の高いアシル基で修飾する場合は、アシル化剤を効率的に除くため、水やアルコールで洗浄した後、アセトン、エステル又はトルエン等極性が低い溶媒で洗浄することが好ましい。
【0041】
一方、修飾反応/解繊溶液を再利用しない場合、反応終了後、水又はメタノールなどでアシル化剤を失活させてから前記に記述した固液分離により修飾キチンナノファイバーを回収し、前記と同じ洗浄方法と洗浄溶媒により洗浄する。
【0042】
得られたキチンナノファイバーの形状はFE-SEMを用いて観察することができる。通常、本発明のアシル化キチンナノファイバーの繊維径は数10~数100nm、長さは数μm~数十μmであり、繊維径が数10nmのキチンナノファイバー以外に、サブミクロンオーダーのナノファイバーが、場合によってはサブミクロンオーダーとミクロンオーダー等ナノファイバーが含まれることが予想される。サブミクロンオーダーやミクロンオーダーのナノファイバーに含まれるミクロフィブリルは緩く乱れた状態となっているため、せん断力を加えることでナノ化することができる。せん断力を加える装置は特に制限しないが、例えば二軸混錬機、ホモジナイザー、マスコロイダーとペイントシェーカーなどが挙げられる。
【0043】
本発明のアシル化キチンナノファイバーの平均置換度(キチンの基本構成単位であるグルコース当たりの置換された水酸基の平均数)は、用途に応じて反応条件で制御することができる。平均置換度は0.1以下になると解繊度合と得られたナノファイバーの疎水性が低いため好ましくない。1.5を超えるとキチンのI型結晶構造を失う恐れがあるため好ましくない。より好ましくは0.2~1.4である。最も好ましくは0.4~1.3である。なお、平均置換度(DS:degree of substitution)は、キチンの基本構成単位であるグルコース当たりの置換された水酸基の平均数であり、Biomacromolecules 2007,8,1973-1978やWO2012/124652A1又はWO2014/142166A1などを参照できる。
【0044】
本発明により作製するキチンナノファイバーは有機溶媒に容易に分散できる。キチンナノファイバーは分散可能の有機溶媒は、アシル基の種類に依存する。例えば、炭素数2~3の脂肪族アシル基で修飾したキチンナノファイバーはアルコール類、アミド類とテトラヒドロフランなどの極性有機溶媒に分散可能である。一方、炭素数4以上の脂肪族アシル基又は芳香族アシル基により修飾したキチンは、極性溶媒から疎水性溶媒まで分散可能である。例えば、ブチリル基、ラウリル基、ベンゾイル基で修飾したキチンナノファイバーは、トルエンやジクロロメタンにも分散可能である。
【実施例0045】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。なお、用いた原料の詳細は以下の通りであり、得られた修飾キチンナノファイバーの特性は以下のようにして測定した。
【0046】
(用いた原料、試薬)
キチン:富士フイルム和光純薬(株)から購入した粉末キチンである。前処理せずそのまま使用した。
40%水酸化テトラプロピルアンモニウム水溶液:東京化成工業株式会社製。
35%水酸化テトラエチルアンモニウム水溶液:東京化成工業株式会社製。
カルボン酸ビニル、DMSO、他の原料:ナカライテスク(株)製の試薬。
【0047】
(アシル化キチンナノファイバーのIRスペクトル)
キチンナノファイバーのIRスペクトルはフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)で測定した。なお、測定は、NICOLET社製「NICOLET MAGNA-IR760 Spectrometer」を用い、反射モードで分析した。アシル化修飾は周波数1730cm-1付近にカルボキシル基に由来する吸収バンドにより確認した。一方、周波数1730cm-1付近にカルボキシル基に由来する吸収と1370cm-1付近のグルカン環内のCHに由来する吸収の強度比をIR Indexで表示にキチンのアシル化修飾率として算出した。
【0048】
(SEM観察)
キチンナノファイバーの形状はFE-SEM(日本電子(株)製「JSM-6700F」、測定条件:20mA、60秒)を用いて観察した。
【0049】
(アシル化キチンナノファイバーの有機溶媒分散性の評価)
アシル化キチンナノファイバーの有機溶媒への分散性は、アシル化率と解繊度合を反映するパラメターである。本発明は以下の方法により評価する。
洗浄したアシル化キチンナノファイバー(乾燥重量0.05g)と分散用溶媒10gをそれぞれ20mlのサンプル瓶に入れ、スターラーでよく撹拌した後、室温で6時間静置した後観察し、沈殿しない場合は分散良好と判断した。一方、沈殿し場合は分散不可と評価した。
【0050】
(アシル化キチンナノファイバーの結晶パターンの評価)
アシル化キチンナノファイバーの分散液を乾燥し、粉末X線結晶回折(XRD)を用いて結晶パターンを測定した。なお、X線回折装置(UltimaIV、株式会社リガク製)を使用して分析した。測定条件を次に示した。
・X線:Cu/40kV/40mA
・スキャンスピード:10°/分
・走査範囲:2θ=5~70°
【0051】
〔実施例1〕
40%の水酸化テトラプロピルアンモニウム(TPAH)水溶液0.10g、ジメチルスルホキシド4.90gを10mlのサンプル瓶に入れ、23℃磁性スターラーで混合液が均一に混ざるまで攪拌した。次に、キチン0.3gを加え1.5時間攪拌した後、酢酸ビニル0.25gを入れてさらに1時間攪拌した。次に、蒸留水で洗浄しアセチル化修飾反応溶液(TPAH、酢酸ビニルとDMSO)と副生物(アセトアルデヒド)を除き、アセチル化処理したキチンを得た。アセチル化処理したキチンをFT-IR分析した結果(図1)、周波数1730cm-1付近にカルボニル基の吸収に由来する強い吸収バンドが検出された。また、IRインデクスを算出した結果、0.60であった。SEMでアセチル化処理したキチンの形状を観察した結果(図2)、繊維径数10~数100nm、長さは数μm~数十μmのキチン微細繊維が確認できた。アセチル化キチン微細繊維のXRDパターンとその原料のキチンのXRDパターンは、図3に示すようにほぼ同様であった。この結果よりアセチル化キチン微細繊維は原料のキチンと同じ結晶構造を持つことを確認できる。アセチル化キチン微細繊維をイソプロパノール、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、ジメチルホルム、ジメチルアセトアミド等の溶媒に分散し、得られた分散液は室温で静置しても沈降による層分離が見られなかった。
【0052】
〔実施例2〕
40%TPAH水溶液の添加量を0.06gに代えた以外は実施例1と同様に実施と評価した。得られたアセチル化処理したキチンのIRスペクトルを図1に示した。IRインデクスは0.50であった。SEM観察した結果、繊維径と繊維長は実施例1とほぼ同じのキチン微細繊維であった。アセチル化キチン微細繊維をイソプロパノール、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、ジメチルホルム、ジメチルアセトアミド等の溶媒に分散し、得られた分散液は室温で静置しても沈降による層分離が見られなかった。
【0053】
〔実施例3〕
40%TPAH水溶液に代えて35%TEAH水溶液を用いた以外は実施例1と同様に実施と評価した。得られたアセチル化処理したキチンのIRインデクスは0.62であった。SEM観察した結果、繊維径と繊維長は実施例1とほぼ同じのキチン微細繊維であった。アセチル化キチン微細繊維をイソプロパノール、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、ジメチルホルム、ジメチルアセトアミド等の溶媒に分散し、得られた分散液は室温で静置しても沈降による層分離が見られなかった。
【0054】
〔比較例1〕
40%TPAH水溶液を添加しない以外は実施例1と同様にしてキチンのアセチル化処理を行った。実施例1と同様に洗浄し固形分を回収した。回収した固形分のIRスペクトルを図1、SEM結果を図4に示す。図1のIRスペクトルでアセチル基は全く認められなかった。図4のSEM写真が示すようにキチンは殆ど解繊できず、殆どは粗大繊維であった。
【0055】
〔比較例2〕
40%TPAH水溶液の添加量を0.2gにした以外は実施例1と同様にしてキチンのアセチル化処理を行った。反応後、水を加えたらキチンは塊状ゲルになった。塊状のキチンを水とエタノールで繰り返して洗浄後に水、イソプロパノール、ジメチルホルム、ジメチルアセトアミドに入れ攪拌しながら分散性を確認したが、何れも塊のままであり、分散不可であった。また、乾燥後IR分析を行った。図1に示したようにアセチル修飾を確認できた。しかし、1650cm-1付近にアラミドIのC=Oの吸収に関連するピークの分裂がなくなった。さらに、1000~1100cmー1付近にキチンのCーOーCの吸収が弱くなった。これらの結果より、TPAHの添加量は大きくなるとキチンは溶解し非晶性キチンとなり、非晶性キチンは酢酸ビニルと反応してアセチル化キチン誘導体となることが判明した。
【0056】
以上の実施例と比較例の評価結果から、水酸化テトラアルキルアンモニウム水溶液を添加することでキチンを微細化するとともにアセチル化することができることを検証した。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の修飾キチンナノファイバーは、補強材、不織布材、シート材としての利用が期待できる。

図1
図2
図3
図4