(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007234
(43)【公開日】2023-01-18
(54)【発明の名称】メカノクロミズム材料を含む物体、物体の製造方法、及び組成物
(51)【国際特許分類】
C09K 9/02 20060101AFI20230111BHJP
C07D 219/02 20060101ALI20230111BHJP
C09K 3/00 20060101ALN20230111BHJP
【FI】
C09K9/02 Z
C07D219/02
C09K3/00 Y
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021110345
(22)【出願日】2021-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】松尾 豊
(72)【発明者】
【氏名】小汲 佳祐
(72)【発明者】
【氏名】永田 晃基
(72)【発明者】
【氏名】瀧本 悠貴
(72)【発明者】
【氏名】三柴 健太郎
(57)【要約】 (修正有)
【課題】メカノクロミズム材料を含む物体、物体の製造方法、及び組成物を提供する。
【解決手段】物体の製造方法は、特定の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散させた分散溶液を基材に吹き付けるステップを含む。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)
【化1】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散させた分散溶液を基材に吹き付けるステップを含む
物体の製造方法。
【請求項2】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒中で粉砕するステップを更に含む
請求項1に記載の物体の製造方法。
【請求項3】
前記貧溶媒は、エタノール、メタノール、イソプロピルアルコール、及びヘキサンのうち少なくとも1以上を含む
請求項1又は2に記載の物体の製造方法。
【請求項4】
式(1)
【化2】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散させた
組成物。
【請求項5】
前記貧溶媒は、エタノール、メタノール、イソプロピルアルコール、及びヘキサンのうち少なくとも1以上を含む
請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
式(1)
【化3】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を基材の表面に蒸着するステップと、
蒸着されたフルオレニリデン-アクリダン誘導体のうちねじれ型を折れ曲がり型に変換するステップと、
を含む物体の製造方法。
【請求項7】
蒸着されたフルオレニリデン-アクリダン誘導体の膜を保護するために前記膜を覆うように保護部を設けるステップを更に含む
請求項6に記載の物体の製造方法。
【請求項8】
前記保護部は、貧溶媒が通過可能な孔を有する
請求項7に記載の物体の製造方法。
【請求項9】
式(1)
【化4】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む膜
を備える物体。
【請求項10】
前記膜を保護するために前記膜を覆うように設けられた保護部を更に備える
請求項9に記載の物体。
【請求項11】
前記保護部は、貧溶媒が通過可能な孔を有する
請求項10に記載の物体。
【請求項12】
式(1)
【化5】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を樹脂に混練するステップと、
前記樹脂を成型するステップと、
を含む物体の製造方法。
【請求項13】
前記樹脂は、ポリビニルアルコール又はビニロンを含む
請求項12に記載の物体の製造方法。
【請求項14】
式(1)
【化6】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を樹脂に混練されてなる
物体。
【請求項15】
前記樹脂は、ポリビニルアルコール又はビニロンを含む
請求項14に記載の物体。
【請求項16】
基材と、
前記基材の表面に設けられ、押圧により色が変化する表面部と、
を備え、
前記表面部は、
式(1)
【化7】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む
物体。
【請求項17】
基材と、
前記基材の表面に設けられ、アルコールの接触により色が変化する表面部と、
を備え、
前記表面部は、
式(1)
【化8】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む
物体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、メカノクロミズム材料を含む物体、物体の製造方法、及び組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
押すなどの機械的な外部刺激により色が変化する材料は、メカノクロミズム材料と呼ばれ、センサーやスイッチなどに応用可能な新しい機能性材料として注目されている。本発明者らは、機械的刺激により吸収色を大きく変える物質を合成することに成功した(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「A fluorenylidene-acridane that becomes dark in color upon grinding . ground state mechanochromism by conformational change」、Chem. Sci.、2018、第9巻、第475-482頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
メカノクロミズム材料は外部刺激に応答して色が変化してしまうため、それを含む物体の製造は困難であり、具体的な方法は明示されていなかった。本発明者は、この物質をメカノクロミズム材料として応用するための研究を進め、本発明に想到した。
【0005】
本開示は、このような課題に鑑みてなされ、その目的は、メカノクロミズム材料を含む物体、物体の製造方法、及び組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の物体の製造方法は、式(1)
【化1】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散させた分散溶液を基材に吹き付けるステップを含む。
【0007】
本開示の別の態様は、組成物である。この組成物は、式(1)(ここで、R1~R16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散させたものである。
【0008】
本開示のさらに別の態様は、物体の製造方法である。この方法は、式(1)(ここで、R1~R16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を基材の表面に蒸着するステップと、蒸着されたフルオレニリデン-アクリダン誘導体のうちねじれ型を折れ曲がり型に変換するステップと、を含む。
【0009】
本開示のさらに別の態様は、物体である。この物体は、式(1)(ここで、R1~R16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む膜を備える。
【0010】
本開示のさらに別の態様は、物体の製造方法である。この方法は、式(1)(ここで、R1~R16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を樹脂に混練するステップと、樹脂を成型するステップと、を含む。
【0011】
本開示のさらに別の態様は、物体である。この物体は、式(1)(ここで、R1~R16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を樹脂に混練されてなる。
【0012】
本開示のさらに別の態様もまた、物体である。この物体は、基材と、基材の表面に設けられ、押圧により色が変化する表面部と、を備え、表面部は、式(1)(ここで、R1~R16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む。
【0013】
本開示のさらに別の態様もまた、物体である。この物体は、基材と、基材の表面に設けられ、アルコールの接触により色が変化する表面部と、を備え、表面部は、式(1)(ここで、R1~R16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R17は水素原子又は有機基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む。
【発明の効果】
【0014】
本開示によれば、メカノクロミズム材料を含む物体、物体の製造方法、及び組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】フルオレニリデン-アクリダンの分子構造を模式的に示す図である。
【
図2】フルオレニリデン-アクリダンのメカノクロミズムの例を示す図である。
【
図3】フルオレニリデン-アクリダンのエネルギーダイアグラムを示す図である。
【
図4】第1の実施の形態に係る物体の製造方法の手順を示すフローチャートである。
【
図5】第1の実施の形態に係る製造方法により製造した物体の例を示す図である。
【
図6】第2の実施の形態に係る物体の製造方法の手順を示すフローチャートである。
【
図7】第2の実施の形態に係る物体の構成を模式的に示す図である。
【
図8】第2の実施の形態に係る物体の例を示す図である。
【
図9】第2の実施の形態に係る物体の例を示す図である。
【
図10】第2の実施の形態に係る物体の例を示す図である。
【
図11】第3の実施の形態の実施例1に係る物体の製造方法の手順を示すフローチャートである。
【
図12】第3の実施の形態に係る物体の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示の実施の形態として、メカノクロミズム材料であるフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む物体、その物体の製造方法、及びその物体の応用について説明する。
【0017】
本開示に係るフルオレニリデン-アクリダン誘導体は、下記の構造を有する。
【化2】
ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。
【0018】
有機基は、例えば、アルキル基、ヘテロアルキル基、アルケニル基、ヘテロアルケニル基、アルキニル基、ヘテロアルキニル基、シクロアルキル基、ヘテロシクロアルキル基、アリール基、ヘテロアリール基、アルコキシ基、カルボニル基、カルボキシ基、シアノ基、ヒドロキシ基、チオール基、アミノ基、イミノ基、ニトロ基、ハロゲン、又はそれらの組合せなどであってもよい。
【0019】
R17は、非置換又は1以上の置換基を有する芳香環基であってもよい。芳香環は、例えば、ベンゼン環や、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン、ピレンなどの縮合環や、フラン、チオフェン、ピロール、ピラゾール、イミダゾール、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジンなどの複素環などであってもよい。芳香環は、アルキル基、ヘテロアルキル基、アルケニル基、ヘテロアルケニル基、アルキニル基、ヘテロアルキニル基、シクロアルキル基、ヘテロシクロアルキル基、アリール基、ヘテロアリール基、アルコキシ基、カルボニル基、カルボキシ基、シアノ基、ヒドロキシ基、チオール基、アミノ基、イミノ基、ニトロ基、ハロゲンなどの任意の置換基を有していてもよいし、置換基を有しなくてもよい。
【0020】
図1は、フルオレニリデン-アクリダンの分子構造を模式的に示す。フルオレニリデン-アクリダン(9-(9H-フルオレン-9-イリデン)-9,10-ジヒドロアクリジン)は、フルオレン部位とアクリダン部位の対向する位置の水素原子同士の干渉により、分子全体が平面構造を取ることができず、面外に歪んだ分子構造を取る。
図1(a)は、折れ曲がり型の立体配座を示し、
図1(b)は、ねじれ型の立体配座を示す。
図1(a)に示す折れ曲がり型のフルオレニリデン-アクリダンは黄色を呈し、
図1(b)に示すねじれ型のフルオレニリデン-アクリダンは濃い青色を呈する。ねじれ型の濃い青色は、電子ドナーとしての性質を有するアクリダン部位から電子アクセプターとしての性質を有するフルオレン部位への電荷移動吸収に由来する。
【0021】
フルオレニリデン-アクリダンは、通常、固体中では折れ曲がり型(黄色)で存在するが、外部からの機械的刺激によってねじれ型(青色)に変化する。これにより、黄色を呈していた固体が濃い緑色に変化する。ねじれ型に変化したフルオレニリデン-アクリダンは、溶媒蒸気に晒したり、加熱したりすることにより、元の折れ曲がり型に戻る。折れ曲がり型とねじれ型の間の変化は可逆的であり、何度も繰り返し変化させることができる。折れ曲がり型とねじれ型との間で色だけでなく電気的特性も異なることが分かっている。したがって、フルオレニリデン-アクリダンは、このような可逆的な色及び電気的特性の変化を利用して、圧力や応力などを検知するためのセンサ、接触したか否かを検知するためのセンサ、押圧することによりオンオフすることが可能なスイッチ、押圧することにより色が変わるタッチパネル、複写紙、知育玩具、メモ用具などに応用することができる。
【0022】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、黄色の固体に機械的刺激を加えるとすぐに緑色に変色してしまうので、取り扱いが難しい。また、多様な有機溶媒に溶解するが、溶解すると青色の溶液になってしまい、その後溶媒を蒸発させても全てを均一に黄色に戻すことが難しい。
【0023】
本発明者らは、フルオレニリデン-アクリダン誘導体にエタノールなどの貧溶媒を添加すると、機械的刺激により緑色に変化していたフルオレニリデン-アクリダン誘導体を瞬時に黄色に戻すことができることを発見した。また、フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、貧溶媒中では機械的刺激を加えても緑色に変化しないことを発見した。
【0024】
図2は、フルオレニリデン-アクリダンのメカノクロミズムの例を示す。
図2(a)に示すように、フルオレニリデン-アクリダンを含浸させた紙に圧力を加えると、
図2(b)に示すように、圧力を加えた箇所の色が変化する。これにエタノールを添加すると、
図2(c)に示すように、色が変化していた箇所が元の色に戻る。
【0025】
図3は、フルオレニリデン-アクリダンのエネルギーダイアグラムを示す。分子軌道法計算プログラム(Gaussian)により単量体及び二量体のフルオレニリデン-アクリダンの分子軌道のエネルギー準位を計算すると、二量体においては、折れ曲がり型(黄色)の方がねじれ型(青色)よりも安定であるが、単量体においては、ねじれ型(青色)の方が折れ曲がり型(黄色)よりも安定である。すなわち、固体中では、より安定な折れ曲がり型で存在するが、外部から機械的刺激を受けると、分子間の相互作用が弱まって単量体となり(ステップA)、単量体においてより安定なねじれ型に変化し(ステップB)、ねじれ型のまま二量化して固定される(ステップC)。加熱や溶媒との接触などにより、固相においても分子がある程度運動できるようになると、固体中でより安定な折れ曲がり型に戻る(ステップD)。このとき、良溶媒に接触させた場合は、フルオレニリデン-アクリダンが溶媒に溶解して固相から離脱するので、単量体としてより安定なねじれ型のまま変化しないが、貧溶媒に接触させた場合は、フルオレニリデン-アクリダンが固相に束縛されたまま、立体配座が変化可能な程度の自由度が与えられるので、折れ曲がり型に戻ると考えられる。
【0026】
以下の実施の形態において、このようなフルオレニリデン-アクリダン誘導体の特性を利用した物体の製造方法や、物体の応用を提案する。
【0027】
[第1の実施の形態]
本開示の第1の実施の形態に係るメカノクロミズム材料を含む物体の製造方法は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散させた分散溶液を布や繊維などの基材に吹き付けることを特徴とする。
【0028】
上述したように、フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、多様な有機溶媒に溶解し、青色の溶液となる。これは、良溶媒中においては、フルオレニリデン-アクリダンが単量体として存在し、単量体においてより安定なねじれ型をとるためであると考えられる。他方、フルオレニリデン-アクリダン誘導体をエタノール、メタノール、ヘキサンなどの貧溶媒に分散させると、黄色の分散溶液となる。これは、フルオレニリデン-アクリダン誘導体が貧溶媒には完全には溶解せず、固相においてより安定な折れ曲がり型をとるためであると考えられる。したがって、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散させて基材に吹き付けることにより、メカノクロミズムの初期状態である折れ曲がり型(黄色)の状態で基材に実装することができる。
【0029】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体を基材の表面にむらなく実装するためには、分散溶液においてフルオレニリデン-アクリダン誘導体が均一に分散されるように、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を微粒子化することが望ましい。上述したように、貧溶媒中でフルオレニリデン-アクリダン誘導体に機械的刺激を与えてもメカノクロミズムを示さないことが分かったので、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒中で粉砕して微粒子化することにより、折れ曲がり型(黄色)のフルオレニリデン-アクリダン誘導体が均一に分散した分散溶液を調整することができる。
【0030】
図4は、第1の実施の形態に係る物体の製造方法の手順を示すフローチャートである。まず、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒中で粉砕して微粒子化する(S10)。つづいて、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の微粒子を貧溶媒に分散させた分散溶液を基材に吹き付け(S12)、貧溶媒を蒸発させる(S14)。
【0031】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体を実装する基材は、繊維、紙、布、生地、布製品、衣類など、任意の材質のものであってもよい。基材は、板状、紐状、線状など、任意の形状のものであってもよい。基材は、表面に、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の微粒子が吸着可能な孔や凹凸などを有するものであってもよい。基材にフルオレニリデン-アクリダン誘導体を実装したものを物体と呼ぶ。
【0032】
貧溶媒は、エタノールやメタノールなどの低級アルコールや、ヘキサンなどの低級炭化水素などであってもよい。貧溶媒は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の微粒子を分散させたときに、フルオレニリデン-アクリダン誘導体がねじれ型(青色)ではなく折れ曲がり型(黄色)で存在するような溶媒であってもよい。貧溶媒を蒸発させやすくするために、沸点の低い貧溶媒、例えば、メタノールが使用されてもよい。
【0033】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、ビーズミル、ボールミルなどの湿式粉砕機により貧溶媒中で粉砕されてもよい。
【0034】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体の微粒子の粒径は、物体の種類、形状、用途、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を実装する面積、貧溶媒の種類、吹き付けに使用する器具や装置の種類などに応じて調整されてもよい。
【0035】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体の濃度は、分散溶液の総重量を基準として、1~5重量%であってもよい。フルオレニリデン-アクリダン誘導体の濃度の下限値は、分散溶液の総重量を基準として、0.1重量%、0.5重量%、1重量%、1.5重量%、2重量%、2.5重量%、3重量%であってもよい。フルオレニリデン-アクリダン誘導体の濃度の上限値は、分散溶液の総重量を基準として、3重量%、4重量%、5重量%、6重量%、7重量%、8重量%、9重量%、10重量%であってもよい。
【0036】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体の分散溶液を基材に吹き付けるステップは、インクジェットプリンタ、エアスプレーなどにより実行されてもよい。
【0037】
第1の実施の形態に係る組成物は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散させた分散溶液である。この組成物は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を基材に実装するためのインクや塗料などとして利用可能である。
【0038】
図5は、第1の実施の形態に係る製造方法により製造した物体の例を示す。
図5(a)は、フルオレニリデン-アクリダンの固体を布に擦り付けることにより作製した試料(左)と、フルオレニリデン-アクリダンをエタノールに分散させた分散溶液をエアスプレーで布に吹き付けることにより作製した試料(右)を示す。
図5(b)は、フルオレニリデン-アクリダンの固体を紐に擦り付けることにより作製した試料(右)と、フルオレニリデン-アクリダンをエタノールに分散させた分散溶液をエアスプレーで紐に吹き付けることにより作製した試料(左)を示す。第1の実施の形態に係る製造方法の方が、より均一かつ高密度にフルオレニリデン-アクリダンを布及び紐に実装することができた。
【0039】
本実施の形態の製造方法によれば、布や繊維などの基材に、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を、迅速に、むらなく、高い密度で実装することができる。また、大面積の基材にも容易にフルオレニリデン-アクリダン誘導体を実装することができる。また、平面状や線状の基材だけでなく、立体的な基材にも均一にフルオレニリデン-アクリダン誘導体を実装することができる。
【0040】
なお、上記の例では、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒に分散した分散溶液を基材に吹き付ける場合について説明したが、分散溶液を基材に塗布してもよい。
【0041】
[第2の実施の形態]
本開示の第2の実施の形態に係るメカノクロミズム物体の製造方法は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を基材の表面に蒸着した後、ねじれ型(青色)を折れ曲がり型(黄色)に変換することを特徴とする。
【0042】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、加熱により昇華する性質を有しているので、任意の材質の基板などに蒸着することができる。蒸着した膜は青色を呈しているので、加熱したり、溶媒の蒸気に曝露したりすることにより、メカノクロミズムの初期状態である黄色に変換する。
【0043】
このようにして製造した膜に機械的刺激を加えると、黄色から緑色に変化させることができるが、機械的刺激によって膜が基板から剥がれたり破れたりする可能性があるので、応用によっては、膜を保護する必要がある。例えば、基板上の膜を透明又は半透明なフィルムなどの保護部で覆ってもよい。また、基板から外した膜を保護部で挟むようにラミネート加工してもよい。緑色に変化した膜を黄色に戻すために貧溶媒を利用する場合は、貧溶媒が通過可能な孔を有する保護部で膜を覆ってもよい。
【0044】
図6は、第2の実施の形態に係る物体の製造方法の手順を示すフローチャートである。まず、基材の表面にフルオレニリデン-アクリダン誘導体を蒸着する(S20)。つづいて、ねじれ型のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を折れ曲がり型に変換する(S22)。必要に応じて、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の膜を保護部により保護する(S24)。
【0045】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体を折れ曲がり型に変換するステップにおいて、密閉した容器内に物体を入れ、エタノールやメタノールなどの貧溶媒の蒸気に膜を曝露させてもよい。
【0046】
図7は、第2の実施の形態に係る物体の構成を模式的に示す。物体1は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の膜2と、膜2を挟むように設けられた保護部3を有する。保護部3には、緑色に変化した膜2を黄色に戻すために貧溶媒を通過させるための孔4が設けられる。
【0047】
保護部3の孔4は、レーザー加工やパンチングなどにより形成されてもよい。保護部3は、メッシュ状の金属などであってもよい。また、保護部3は、膜2に対してより圧力のかかりやすいスパイキー(先端のとがった)な突起部を有していてもよい。
【0048】
膜の厚さは、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の種類や用途などに応じて調整されてもよい。
【0049】
図8は、第2の実施の形態に係る物体の例を示す。
図8(a)は、石英ガラス、
図8(b)は、低密度ポリエチレン(LDPE)、
図8(c)は、ポリエチレン(PE)、
図8(d)は、ポリプロピレン(PP)を、それぞれ基板として作製したフルオレニリデン-アクリダンの膜を示す。いずれの場合も、均一な黄色の膜を作製することができた。
【0050】
図9は、第2の実施の形態に係る物体の例を示す。
図9(a)は、フルオレニリデン-アクリダンの膜を樹脂フィルムでラミネート加工した物体を示す。
図9(b)は、中心部を加圧した後の物体を示す。加圧した箇所の色が変化している。
【0051】
図10は、第2の実施の形態に係る物体の例を示す。
図10(a)は、フルオレニリデン-アクリダンの膜を、細孔を有する樹脂フィルムでラミネート加工した物体を示す。
図10(b)は、中心部を加圧した後の物体を示す。加圧した箇所の色が変化している。
図10(c)は、エタノールを添加した後の物体を示す。加圧により色が変化していた箇所の色が元に戻っている。
【0052】
本実施の形態の製造方法によれば、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の均一な膜を効率良く製造することができる。また、膜を保護部で覆うことにより、膜が剥がれたり破れたりしないように保護することができる。貧溶媒が通過可能な孔を有する保護部で膜を覆うことにより、膜を適切に保護しつつ、緑色に変化した膜を貧溶媒により容易に黄色に戻すことができるので、幅広い分野に応用することができる。
【0053】
[第3の実施の形態]
本開示の第3の実施の形態に係るメカノクロミズム物体の製造方法は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を樹脂に混練することを特徴とする。
【0054】
樹脂に混練されたフルオレニリデン-アクリダン誘導体を黄色に戻すために低級アルコールなどの貧溶媒を利用する場合は、ポリビニルアルコールやビニロンなどの水酸基を有する樹脂を母材として使用することが望ましい。低級アルコールを樹脂に添加すると、低級アルコール分子が樹脂に浸透して、樹脂の内部のフルオレニリデン-アクリダン誘導体分子に接触するので、柔らかい樹脂の内部でフルオレニリデン-アクリダン誘導体分子の立体配座がねじれ型から折れ曲がり型に変化することができ、黄色に戻る。
【0055】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体を樹脂に均一に混練するために、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を微粒子化することが望ましい。第1の実施の形態と同様に、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒中で粉砕して微粒子化してもよい。
【0056】
図11は、第3の実施の形態に係る物体の製造方法の手順を示すフローチャートである。まず、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を貧溶媒中で粉砕して微粒子化する(S30)。つづいて、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の微粒子を樹脂に混練し(S32)、貧溶媒を蒸発させる(S34)。つづいて、樹脂を成型する(S36)。
【0057】
貧溶媒を蒸発させやすくするために、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を粉砕する際に、沸点の低い貧溶媒、例えば、メタノールが使用されてもよい。
【0058】
第3の実施の形態に係る物体は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を樹脂に混練されてなる。樹脂は、任意の種類の熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂などであってもよい。
【0059】
[実施例1]
第3の実施の形態に係る製造方法により、メカノクロミズムを示す物体を作製した。まず、メタノール中で10mgのフルオレニリデン-アクリダンを粉砕して微細化した。つづいて、微細化されたフルオレニリデン-アクリダンとメタノールの混合物を30mLのポリビニルアルコールに添加し、エバポレーターで可能な限りメタノールを除去した。フルオレニリデン-アクリダンとポリビニルアルコールの混合物を型に入れ、数日間放置して乾固させた。
【0060】
図12は、実施例1の物体の例を示す。本図の例は、フルオレニリデン-アクリダンを混練したポリビニルアルコールで作製したスマートフォンのカバーである。
図12(a)は、スマートフォンを1日使用した後の状態を示す。使用者の指が接触した箇所の色が変化している。
図12(b)は、使用後にエタノールを添加した状態を示す。指が接触することにより色が変化していた箇所の色が元に戻っている。
【0061】
本実施の形態の製造方法によれば、メカノクロミズム材料を含む任意の立体形状の物体を製造することができる。また、ポリビニルアルコールなどの水酸基を含む樹脂を母材とする場合は、低級アルコールを添加することにより色を元に戻すことができる。
【0062】
[第4の実施の形態]
本開示の第4の実施の形態は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む物体において、物体に接触した頻度を可視化したり、アルコールにより除菌された箇所を可視化したりする技術に関する。
【0063】
図12(a)に示したように、基材の表面にフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む表面部が設けられた物体は、使用者の指などにより押圧された頻度に応じて、表面部の色が黄色から緑色に変化する。したがって、表面部の色から、表面部に接触した頻度や位置を認識可能である。すなわち、黄色のままである箇所は接触されておらず、濃い緑色に変化した箇所は高頻度で接触されたことが分かる。
【0064】
また、
図12(b)に示したように、表面部の色が変化していた箇所にエタノールが添加されると、緑色から黄色に戻る。したがって、表面部の色から、エタノールが添加されることにより消毒されたか否かを認識可能である。すなわち、黄色に戻った箇所はエタノールにより消毒済みであり、濃い緑色のままである箇所はエタノールにより消毒されていないことが分かる。
【0065】
また、基材の表面にフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む表面部が設けられた物体を、ねじれ型(青色)の状態で放置しておいたときに、アルコールなどの貧溶媒の蒸気と接触すると、折れ曲がり型(黄色)に変化する。したがって、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む物体を、アルコールガスのセンサとして利用することができる。
【0066】
本実施の形態の技術によれば、物体の使用頻度などを可視化することができる。また、エタノールによる消毒の済否を可視化することができるので、消毒が済んでいない箇所を認識して、より確実に消毒することができる。
【0067】
以上、本開示を、実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【符号の説明】
【0068】
1 物体、2 膜、3 保護部、4 孔。