IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JX日鉱日石エネルギー株式会社の特許一覧 ▶ 学校法人関東学院の特許一覧

特開2023-72924グリース組成物、ならびにグリース組成物のトルク性能の向上方法および評価方法
<>
  • 特開-グリース組成物、ならびにグリース組成物のトルク性能の向上方法および評価方法 図1
  • 特開-グリース組成物、ならびにグリース組成物のトルク性能の向上方法および評価方法 図2
  • 特開-グリース組成物、ならびにグリース組成物のトルク性能の向上方法および評価方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023072924
(43)【公開日】2023-05-25
(54)【発明の名称】グリース組成物、ならびにグリース組成物のトルク性能の向上方法および評価方法
(51)【国際特許分類】
   C10M 169/02 20060101AFI20230518BHJP
   C10N 50/10 20060101ALN20230518BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20230518BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20230518BHJP
【FI】
C10M169/02
C10N50:10
C10N30:06
C10N40:02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021185653
(22)【出願日】2021-11-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年10月14日 ウエブサイト(https://www.tribology.jp/conference/tribology_conference/21matsue/portal/participants/program/schedule.html https://www.tribology.jp/conference/tribology_conference/21matsue/portal/)において、文書をもって発表。 令和3年10月27日~令和3年10月29日 トライポロジー会議2021秋 オンライン開催 において、文書をもって発表。
(71)【出願人】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】ENEOS株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】599141227
【氏名又は名称】学校法人関東学院
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒田(伊木) 悠
(72)【発明者】
【氏名】酒井 一泉
(72)【発明者】
【氏名】宮永 宜典
【テーマコード(参考)】
4H104
【Fターム(参考)】
4H104BA02A
4H104BA04A
4H104BA07A
4H104BB33A
4H104BB34A
4H104BB41A
4H104CB14A
4H104DA02A
4H104EA08B
4H104LA03
4H104PA01
4H104QA18
(57)【要約】
【課題】転がり軸受において、トルク性能を向上させることが可能なグリース組成物を提供することを課題とする。
【解決手段】Particle Image Velocimetryを用いた流動性解析において、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5.0%以上である、基油と増ちょう剤とを含むグリース組成物であって、前記トレーサー粒子が、レーザー回析・散乱法による粒径測定で平均粒径3.5μm以上4.5μm以下の蛍光顔料である、前記グリース組成物により前記課題を解決することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Particle Image Velocimetryを用いた流動性解析において、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5.0%以上である、基油と増ちょう剤とを含むグリース組成物であって、
前記トレーサー粒子が、レーザー回析・散乱法による粒径測定で平均粒径3.5μm以上4.5μm以下の蛍光顔料である、前記グリース組成物。
【請求項2】
ボールオンディスク型装置におけるトレーサー粒子の速度の測定条件において、ディスクの周速が210mm/sであり、ボールとディスクとのヘルツ最大面圧が、0.51GPaである、請求項1に記載のグリース組成物。
【請求項3】
Particle Image Velocimetryを用いて、グリース組成物中に添加したトレーサー粒子の速度の存在割合を測定すること
を含む、基油と増ちょう剤とを含むグリース組成物のトルク性能の評価方法。
【請求項4】
測定した、特定の速度以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合を閾値と比較すること
をさらに含む、請求項3に記載のグリース組成物のトルク性能の評価方法。
【請求項5】
前記存在割合が、速度が1.0mm/s以上のトレーサー粒子の存在割合であり、
前記トレーサー粒子が、平均粒径3.5μm以上4.5μm以下の蛍光顔料である、
請求項3または4に記載のグリース組成物のトルク性能の評価方法。
【請求項6】
Particle Image Velocimetryにおいて、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合を、5.0%以上に調整すること
を含む、グリース組成物のトルク性能の向上方法であって、
前記トレーサー粒子が、平均粒径3.5μm以上4.5μm以下の蛍光顔料である、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物に関する。本発明は、グリース組成物のトルク性能の向上方法および評価方法にも関する。
【0002】
グリースは、基油に親油性の強い固体の増ちょう剤を分散させて半固体状にした潤滑剤である。グリースは、潤滑油に比べ潤滑部に付着しやすく、流出しにくい。そのため、グリースを用いることにより潤滑システムを簡単な構造にすることが可能となる。
グリースは、主に転がり軸受、すべり軸受、ボールネジ、直動ガイド、および歯車等の機械要素の潤滑に用いられる。転がり軸受は、工作機械の主軸、鉄道車両の車両、自動車のオルタネータ等のエンジン補機、等速ジョイント、およびホイール等に幅広く用いられている。省エネの観点からは、転がり軸受のトルクは低い方が望ましい。
【0003】
グリースを封入した転がり軸受のトルクを低減させるために、様々な研究が行われている。例えば、特許文献1には、特定の成分を摩擦調整剤として添加することにより、トルクを低減することができるグリース組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2018-16687公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されている技術では、特定の成分を摩擦調整剤として添加する必要があり、製品設計上の制約が生じ得る。グリースを封入した転がり軸受のトルクを低減させることに関しては、特許文献1のように特定の成分を添加する検討が主流であり、配合上の制約が生じていた。一方で、転がり軸受とグリースとの接触部におけるグリースの流動性に着目して転がり軸受のトルクを低減させる検討は、あまり行われていなかった。
本発明の目的は、グリースの流動性に着目して、転がり軸受のトルクを低減、すなわちトルク性能を向上させることができるグリースを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、グリースの流動性に着目し、転がり軸受のトルク性能を向上させることができないか鋭意検討した。その結果、驚くべきことに、基油と増ちょう剤とを含むグリース組成物において、Particle Image Velocimetry(本明細書において、PIVと称することがある)を用いた流動性解析において、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合を5.0%以上とすることにより上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、以下の通りである。
【0007】
<1>
Particle Image Velocimetryを用いた流動性解析において、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5.0%以上である、基油と増ちょう剤とを含むグリース組成物であって、
前記トレーサー粒子が、レーザー回析・散乱法による粒径測定で平均粒径3.5μm以上4.5μm以下の蛍光顔料である、前記グリース組成物。
<2>
ボールオンディスク型装置におけるトレーサー粒子の速度の測定条件において、ディスクの周速が210mm/sであり、ボールとディスクとのヘルツ最大面圧が、0.51GPaである、<1>に記載のグリース組成物。
<3>
Particle Image Velocimetryを用いて、グリース組成物中に添加したトレーサー粒子の速度の存在割合を測定すること
を含む、基油と増ちょう剤とを含むグリース組成物のトルク性能の評価方法。
<4>
測定した、特定の速度以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合を閾値と比較すること
をさらに含む、<3>に記載のグリース組成物のトルク性能の評価方法。
<5>
前記存在割合が、速度が1.0mm/s以上のトレーサー粒子の存在割合であり、
前記トレーサー粒子が、平均粒径3.5μm以上4.5μm以下の蛍光顔料である、
<3>または<4>に記載のグリース組成物のトルク性能の評価方法。
<6>
Particle Image Velocimetryにおいて、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合を、5.0%以上に調整すること
を含む、グリース組成物のトルク性能の向上方法であって、
前記トレーサー粒子が、平均粒径3.5μm以上4.5μm以下の蛍光顔料である、前記方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、転がり軸受において、トルク性能を向上させることが可能なグリース組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】トレーサー粒子の速度の測定機器として使用できる、ボールオンディスク型の実験装置の概略を示す図である。
図2】PIVにおける、グリース組成物の弾道痕の解析写真である。トレーサー粒子の軌跡が無数の線で示され、ボールが移動した痕が木の枝のような模様(ブランチパターン)で示されている。四角形は、後述する単位面積を示す。
図3】実施例で行った評価において、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合と軸受トルクとの関連性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(基油)
本発明のグリース組成物において使用される基油としては、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が組成物全量基準で5.0%以上となる限り、鉱油または合成系基油のいずれも用いることができる。本発明のグリース組成物においては、合成系基油を基油として用いることが好ましい。
【0011】
合成系基油としては、例えば、ポリ-α-オレフィン等のポリオレフィン、ジエステルおよびポリオールエステル等のエステル基油、ポリアルキレングリコール、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、およびGTL基油等が挙げられる。合成系基油のなかでは、ポリ-α-オレフィンが、入手性、コスト、粘度特性、および酸化安定性の面で好ましい。
【0012】
鉱油としては、原油を常圧蒸留して得られる留出油を使用することができる。また、この留出油をさらに減圧蒸留して得られる留出油を、各種の精製プロセスで精製した潤滑油留分も使用することができる。精製プロセスとしては、水素化精製、溶剤抽出、溶剤脱ろう、水素化脱ろう、硫酸洗浄、および白土処理等を、適宜組み合わせることができる。これらの精製プロセスを適宜の順序で組み合わせて処理することにより、本発明で使用できる基油を得ることができる。異なる原油あるいは留出油を異なる精製プロセスの組合せに供することにより得られた、性状の異なる複数の精製油の混合物も使用可能である。
【0013】
本発明のグリース組成物では、鉱油または合成系基油を単独で、あるいは2種以上を混合して用いることができる。
【0014】
本発明のグリース組成物において使用される基油の40℃における動粘度は、好ましくは15mm/s以上、より好ましくは30mm/s以上であり、好ましくは100mm/s以下、より好ましくは70mm/s以下である。一の実施形態において、基油の40℃における動粘度は、好ましくは15mm/s以上100mm/s以下、より好ましくは30mm/s以上70mm/s以下である。
本明細書における40℃における動粘度は、JIS K2283:2000に準拠して測定された40℃における動粘度を意味する。
【0015】
本発明のグリース組成物においては、基油の含有量は、グリース組成物全量基準で、50質量%以上が好ましく、60質量%以上がより好ましく、95質量%以下が好ましく、90質量%以下がより好ましい。また、一の実施形態において、基油の含有量は、50質量%以上95質量%以下が好ましく、60質量%以上90質量%以下とすることがより好ましい。基油の含有量を上記の範囲とすると、所望のちょう度を有するグリース組成物を簡便に調製できる。
【0016】
(増ちょう剤)
本発明のグリース組成物は、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が組成物全量基準で5.0%以上となる限り、任意の増ちょう剤を含むことができる。金属石けん系増ちょう剤およびウレア系増ちょう剤からなる群から選択される少なくとも1つの増ちょう剤を含むことが好ましい。
【0017】
〔金属石けん系増ちょう剤〕
金属石けん系増ちょう剤としては、単一石けんとコンプレックス石けんが挙げられる。単一石けんとは、脂肪酸または油脂をアルカリ金属水酸化物またはアルカリ土類金属水酸化物等でケン化した金属石けんである。コンプレックス石けんとは、単一石けんで用いられている脂肪酸に加え、さらに異なった分子構造の有機酸とを組み合わせて複合化したものである。脂肪酸は、ヒドロキシ基等を有する脂肪酸誘導体であってもよい。脂肪酸としては、1価または2価の脂肪族カルボン酸が好ましい。脂肪酸としては、炭素数6~20の脂肪族カルボン酸が好ましく、炭素数12~20の1価脂肪族カルボン酸または炭素数6~14の2価脂肪族カルボン酸がより好ましい。脂肪酸としては、1個のヒドロキシ基を含む1価脂肪族カルボン酸が好ましい。コンプレックス石けんにおいて脂肪酸と組み合わせる有機酸としては、酢酸、アゼライン酸もしくはセバシン酸等の二塩基酸、または安息香酸等が好ましい。
金属石けん系増ちょう剤の金属としては、リチウム、ナトリウム等のアルカリ金属、カルシウム等のアルカリ土類金属、またはアルミニウムのような両性金属が用いられる。なお、本発明において「炭素数6~20」とは、炭素原子を6個以上20個以下有することを意味する。
【0018】
〔ウレア系増ちょう剤〕
ウレア系増ちょう剤としては、例えば、ジイソシアネートとモノアミンとの反応で得られるジウレア化合物、またはジイソシアネートとモノアミンもしくはジアミンとの反応で得られるポリウレア化合物を用いることができる。
【0019】
ジイソシアネートとは、炭化水素の2つの水素がイソシアネート基で置換された化合物である。炭化水素は、非環状炭化水素でも環状炭化水素でもよく、芳香族炭化水素、脂環族炭化水素、または脂肪族炭化水素のいずれでもよい。これらの炭化水素の炭素数は、好ましくは4~20、より好ましくは8~18である。ジイソシアネートの好ましい具体例としては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ビフェニルジイソシアネート(ジフェニルジイソシアネート)、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜などを挙げることができる。ジイソシアネートは1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0020】
モノアミンとは、1分子中に1個のアミノ基を有する化合物である。モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ステアリルアミン(オクタデシルアミン)、オレイルアミン、アニリン、p‐トルイジン、およびシクロヘキシルアミン等が好ましい。ジアミンとは、1分子中に2個のアミノ基を有する化合物である。ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン、およびジアミノジフェニルメタン等が好ましい。モノアミンまたはジアミンの炭化水素基は、非環状炭化水素基でも環状炭化水素基でもよく、芳香族炭化水素基、脂環族炭化水素基、または脂肪族炭化水素基でもよい。その炭素数は、2~20が好ましく、4~18がより好ましい。
【0021】
ウレア系増ちょう剤としては、ジウレア化合物が好ましく、ジイソシアネートとして芳香族炭化水素基を有するものがより好ましい。また、モノアミンとして、芳香族アミン、脂環式アミンまたは脂肪族アミンを用いることができる。これらを混合した混合アミンを用いることもできる。
【0022】
増ちょう剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。増ちょう剤の含有量は、本発明のグリース組成物全量基準で、好ましくは2質量%以上、より好ましくは3質量%以上、さらに好ましくは5質量%以上であり、好ましくは30質量%以下、より好ましくは20質量%以下である。また、一の実施形態において、ウレア系増ちょう剤の含有量は、好ましくは2質量%以上30質量%以下、より好ましくは3質量%以上20質量%以下、さらに好ましくは5質量%以上20質量%以下である。
【0023】
(1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子)
本発明のグリース組成物では、PIVを用いた流動性解析において、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5.0%以上である。
【0024】
トレーサー粒子の速度は、PIVを用いたグリース組成物の流動性解析により、計測することができる。PIVとは、空間上のトレーサー粒子に対してレーザー光を2回連続で照射し、照射と同じタイミングで撮影された連続する2枚のトレーサー粒子群画像における前記トレーサー粒子の輝度分布を解析することにより、方向と速度を計測する流体の可視化手法である。すなわち、トレーサー粒子の速度とは、グリース組成物に含まれるトレーサー粒子が任意の方向に移動する速度を意味する。
PIVを用いたグリース組成物の流動性解析において、グリース組成物中のトレーサー粒子の速度が大きいということは、軸受内部において、グリース組成物の流動が妨げられていないことを意味している。したがって、軸受内部の玉が転送面を通過する際の抵抗を受けないために、転がり軸受のトルクが低減すると考えられる。
【0025】
トレーサー粒子の速度の測定機器としては、図1に示すような、ボールオンディスク型の実験装置を使用することができる。PIV用のトレーサー粒子を分散させたグリース組成物をディスクに塗布し、ボールとディスクをそれぞれ回転させた後のトレーサー粒子の速度を解析する。
図1に示すようなボールオンディスク型の実験装置は、潤滑剤分野の当業者であれば、自ら設計することができる。前記実験装置の構成は、グリースまたは潤滑油による油膜の厚さの測定に用いる実験装置と同様であり、潤滑剤分野の当業者であれば、必要な修正を行い、トレーサー粒子の速度の測定のために使用することができる。グリースまたは潤滑油による油膜の厚さの測定に用いる実験装置の構成は、例えば以下の文献に例示されている。
【0026】
・超薄膜光干渉法による純滑り接触下のナノメートルスケールの油膜厚さと摩耗の測定 トライボロジスト(Journal of Japanese Society of Tribologists)52巻:11号:818-826頁 発行年:2007年11月15日
・Effects of a thickener structure on grease elastohydrodynamic lubrication films,Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers,Part J: Journal of Engineering Tribology Volume:214 Issue:4,page(s):327-336
【0027】
本発明のグリース組成物では、PIVを用いた流動性解析において、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5.0%以上であり、好ましくは5.5%以上であり、より好ましくは6.0%以上である。トレーサー粒子の速度測定時の測定条件は、ディスクの周速が210mm/sであり、ボールとディスクとのヘルツ最大面圧が、0.51GPaである。荷重、ディスクの直径、ならびにボールとディスクの材質は、ディスクの周速が210mm/sとなり、ヘルツ最大面圧が、0.51GPaとなるように適宜選択または調整することができるが、ディスクの材質としてはサファイアガラスを使用し、ボールの材質としては、SUJ2(高炭素クロム軸受鋼鋼材)を用いることが好ましい。ボールの周速は、ディスクの周速と同様に210mm/sに設定することが好ましい。ボールの直径は、20mm以上22mm以下とすることが好ましく、20mmとすることがより好ましい。トレーサー粒子の速度測定時の荷重は、3Nとすることが好ましい。
【0028】
トレーサー粒子は、レーザー光を照射した際に蛍光を発する物質である。トレーサー粒子としては、例えば、平均粒径3.5μm以上4.5μm以下の蛍光顔料を使用することができる。平均粒径はレーザー回析・散乱法により測定することができる。トレーサー粒子としては、SINLOIHI FA-207を使用することが好ましい。
速度測定時のグリース組成物へのトレーサー粒子の添加量は、例えば0.01質量%以上1質量%以下、または0.1質量%以上0.5質量%以下であってよい。
【0029】
PIVにおける、グリース組成物の弾道痕の解析写真を図2に示す。図2中の無数の小さな矢印がトレーサー粒子の軌跡である。この線の長さを2枚の画像の撮影時間の差で除算することにより、トレーサー粒子の速度を解析することができる。
トレーサー粒子の速度測定時には、グリース組成物の弾道痕上の単位面積中のトレーサー粒子の速度を解析する。「1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5%以上である」とは、速度測定時のグリース組成物の弾道痕上の単位面積において、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5.0%以上であること(例えば、弾道痕上の単位面積中にトレーサー粒子が100個存在していれば、5個以上が1.0mm/s以上の速度を有すること)を意味する。
本明細書では、弾道痕の解析写真において、ボールの回転方向に垂直な方向を横方向と呼び、ボールの回転方向と平行な方向を縦方向と呼ぶ。単位面積の横方向の長さ(横辺)は、弾道痕の最大幅である。単位面積の縦方向の長さ(縦辺)は、特に限定されないが、横辺の長さの0.5倍以上1.5倍以下であることが好ましい。
なお、弾道痕とは、PIV用のトレーサー粒子を分散させたグリース組成物をボールオンディスク型の実験装置のディスクに塗布し、ボールとディスクをそれぞれ回転させた場合に、摺動面においてボールがグリース組成物を巻き上げることで形成される、グリース組成物の塗布面に現れるボールの通過痕を意味する。弾道痕は、図2で示すようなブランチパターンとして現れる。
【0030】
本発明のグリース組成物では、0.5mm/s以上1.0mm/s未満の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、9.5%以上15%以下であることが好ましく、10%以上13%以下であることがより好ましい。本発明のグリース組成物では、0.5mm/s未満の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、86%以下であることが好ましく、85%以下であることがより好ましい。
【0031】
1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合を増加させるために、例えば、3本ロールミル処理による均質化を長時間行うことができる。また、粒子を予め細かくした増ちょう剤を添加してもよい。
【0032】
〔その他の添加剤〕
本発明のグリース組成物には、上記成分以外に、一般にグリースに用いられている、固体潤滑剤、摩耗防止剤または極圧剤、酸化防止剤、防錆剤、腐食防止剤等を添加することができる。
【0033】
〔グリース組成物〕
本発明のグリース組成物のちょう度は、150以上350以下が好ましく、200以上350以下がより好ましい。
本明細書におけるちょう度は、JIS K2220:2013に準拠して測定される混和ちょう度を意味する。
【0034】
〔グリース組成物のトルク性能の評価方法〕
本発明のグリース組成物のトルク性能の評価方法は、グリース組成物中のトレーサー粒子の速度の存在割合を確認することを含む。本明細書において、「トレーサー粒子の速度の存在割合を確認すること」とは、一定の速度以上のトレーサー粒子の存在割合を測定することを意味する。
以下、グリース組成物中のトレーサー粒子の速度の存在割合を確認するための手順の一例を説明する。
【0035】
グリース組成物にはトレーサー粒子が分散されている。グリース組成物をディスクの表面に塗布する。塗布するグリース組成物の厚さは、グリース組成物のちょう度やトレーサー粒子の速度の測定条件によって適宜調整できるが、5μm以上15μm以下(例えば、10μm)とすることが好ましい。その後、ディスクの表面に塗布したグリース組成物とボールとを接触させ、荷重をかける。ボールとディスクを駆動させ、一定時間または一定周回数後にディスクを停止させる。その後、ボールが通過した直後の摺動面(弾道痕)を高速度カメラで撮影する。撮影位置はボールとディスクの接触位置から180°の位置とする。
【0036】
本発明のグリース組成物のトルク性能の評価方法は、測定したグリース組成物中のトレーサー粒子の速度の存在割合に関して、特定の速度以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合を閾値と比較することを含むことが好ましい。閾値は、例えば、1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、組成物全量基準で、5.0%である。1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、組成物全量基準で5.0%以上である場合、存在割合が5.0%未満である場合と比較して、トルクが低減されていると評価することができる。
【実施例0037】
本発明の一実施態様である実施例を用いて、以下に本発明を説明する。本発明は、以下の実施態様に限定されるものではない。
【0038】
<グリース組成物の配合>
各実施例1~4および各比較例1~2について表1に示す配合割合で、増ちょう剤、および基油を配合することによって、試験用グリース組成物を調製した。得られた試験用グリース組成物に対して、次に示す評価を行った。評価結果を表1および図2に示す。なお、評価結果は、n=3の平均値である。
【0039】
(1)基油
・基油1 ポリ-α-オレフィン(40℃動粘度=47.5mm/s)
【0040】
(2)増ちょう剤
・増ちょう剤1 リチウムコンプレックス系増ちょう剤(水酸化リチウム、12-ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸との反応で得られる複合リチウム石けん)
・増ちょう剤2 ウレア系増ちょう剤(オクタデシルアミンとジイソシアネートとの反応で得られるジウレア化合物)
・増ちょう剤3 ウレア系増ちょう剤(オクチルアミンとジイソシアネートとの反応で得られるジウレア化合物)
・増ちょう剤4 ウレア系増ちょう剤(シクロヘキシルアミンとジイソシアネートとの反応で得られるジウレア化合物、増ちょう剤の粗大粒子(光学顕微鏡観察において10μm以上)なし)
・増ちょう剤5 ウレア系増ちょう剤(シクロヘキシルアミンとジイソシアネートとの反応で得られるジウレア化合物)
【0041】
<グリース組成物の製造>
・実施例1
基油を表1に示す配合割合でステンレス製容器に入れた。12-ヒドロキシステアリン酸を容器内の基油に加え、70℃に加熱し、マグネチックスターラーで攪拌しながら、水酸化リチウム水溶液を加えた後、加熱脱水した。その後、アゼライン酸を加えて100℃で溶解させ、再度水酸化リチウムを加えた後、加熱脱水し、室温に冷却することで半固体状の組成物を得た。さらに、得られた各半固体状の組成物を3本ロールで分散処理を行い、表1に示す組成を有するグリース組成物を得た。
・実施例2,3、比較例1
原料であるアミンおよびイソシアネートを、表1に示す配合割合となるようにそれぞれ別の容器内の基油に加え、60~65℃に加熱し、マグネチックスターラーで攪拌しながら、混合することでアミンおよびジイソシアネートを反応させた。そして、室温に冷却することで半固体状の組成物を得た。さらに、得られた各半固体状の組成物を3本ロールで分散処理を行い、表1に示す組成を有するグリース組成物を得た。
・実施例4
3本ロールによる分散処理工程をより高圧・高回転数で行い、増ちょう剤粒子を微細化した他は比較例1と同様に製造することにより、表1に示す組成を有するグリース組成物を得た。
【0042】
<評価>
(1)トレーサー粒子の速度の存在割合の測定
表1に記載の通りに配合したグリース組成物に、PIV用のトレーサー粒子を、グリース組成物全量基準で0.2質量%となるように分散させた。トレーサー粒子としては、平均粒径3.5μm以上4.5μm以下のSINLOIHI FA-207を使用した。そして、ボールオンディスク型の装置を用いて、前述のトレーサー粒子を分散させたグリースを、厚さが10μmとなるようにディスクに塗布した。ディスクの周速が210mm/sとなり、ボールとディスクとのヘルツ最大面圧が、0.51GPaとなるように調整した。ディスクの材質としてはサファイアガラスを使用し、ボールの材質としては、SUJ2(高炭素クロム軸受鋼鋼材)を用いた。ボールの周速は、ディスクの周速と同様に210mm/sに設定し、ボールの直径は、20mmとした。トレーサー粒子の速度測定時の荷重は、3Nに設定した。
ボールとディスクを駆動させ、一定時間または一定周回数後にディスクを停止させた。その後、ボールが通過した直後の摺動面を高速度カメラで撮影した。撮影位置はボールとディスクの接触位置から180°の位置とした。
上記条件において、ボールとディスクをそれぞれ回転させた際の、グリース組成物の弾道痕上の単位面積中のトレーサー粒子の速度分布を解析した。単位面積の横方向の長さ(横辺)は、弾道痕の最大幅とした。単位面積の縦方向の長さ(縦辺)は、横辺の長さの0.5倍以上1.5倍以下とした。
【0043】
(2)トルク測定
冠型樹脂保持器を有する非接触シールの深溝玉軸受に、グリース組成物を2g封入したものを評価した。アキシャル荷重50N、ラジアル荷重50Nを負荷し、室温にて回転数200rpmで内輪を回転させたときにハウジングに作用する接線力をロードセルで測定し、回転トルクを算出した。なお、評価時間は10分とした。
【0044】
【表1】
【0045】
1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5.0%以上であった実施例1~4の試験用グリース組成物は、いずれもトルクが20mN・m以下であり、低減されていた。
1.0mm/s以上の速度を有するトレーサー粒子の存在割合が、5.0%未満であった比較例1の試験用グリース組成物は、いずれもトルクが20mN・mを超過し、悪化していた。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、転がり軸受において、トルク性能を向上させることが可能なグリース組成物を提供することができる。
図1
図2
図3