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特開2023-73152細胞培養用温度応答性基材及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023073152
(43)【公開日】2023-05-25
(54)【発明の名称】細胞培養用温度応答性基材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20230518BHJP
【FI】
C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021186004
(22)【出願日】2021-11-15
(71)【出願人】
【識別番号】517317749
【氏名又は名称】一般社団法人細胞シート再生医療推進機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】弁理士法人とこしえ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂井 秀昭
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB01
4B029BB11
4B029CC02
4B029DG08
4B029GA01
4B029GA03
4B029GB05
4B029GB09
(57)【要約】
【課題】新規かつ基材表面全体に均一に温度応答性ポリマーが被覆された温度応答性細胞培養用基材を提供する。
【解決手段】重合度90以上の水不溶ポリマーセグメントと重合度120以上の温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造をとり、温度応答性ポリマー成分の含有率が30~95wt%であるブロックポリマーが、基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8~10.0μg/cm2の割合で被覆され、かつポリマー被覆膜厚が80nm以下であり、当該膜厚の最大値が平均値の2倍以下である。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合度90以上の水不溶ポリマーセグメントと重合度120以上の温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造をとり、温度応答性ポリマー成分の含有率が30~95wt%であるブロックポリマーが、基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8~10.0μg/cm2の割合で被覆され、かつポリマー被覆膜厚が80nm以下であり、当該膜厚の最大値が平均値の2倍以下である、細胞培養用温度応答性基材。
【請求項2】
当該ブロックポリマーの温度応答性ポリマー分が基材表面に所定量の±20%の範囲内に被覆されているものである、請求項1記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項3】
水不溶性ポリマーセグメントを形成するモノマーが、ブチルメタクリレート、またはスチレンである、請求項1、2のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項4】
水不溶ポリマーセグメントの重合度が130未満である、請求項1~3のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項5】
温度応答性ポリマーセグメントを構成するモノマーが、N-イソプロピルアクリルアミドまたはそれを含むものである、請求項1~4のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項6】
温度応答性ポリマーセグメントの重合度が380未満である、請求項1~5のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項7】
温度応答性ポリマーセグメントの末端に当該ブロックポリマー製造時の可逆的付加開裂連鎖移動剤切片が残存しているものである、請求項1~6のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項8】
細胞培養使用後において、基材表面に被覆された当該ブロックポリマーの遊離率が、当該ブロックポリマーの温度応答性ポリマー分として10%以下に被覆である、請求項1~7のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項9】
当該基材がプラスティック製のシャーレ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートのいずれかである、請求項1~8のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項10】
重合度90以上の水不溶ポリマーセグメントと重合度120以上の温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造をとり、温度応答性ポリマー成分の含有率が30~95wt%であるブロックポリマーを有機溶媒に溶解させ、当該ブロックポリマーを基材表面へ滴下後、加速度200rpm/分以上、到達回転数4500rpm以上の条件でスピンコーティングすることで均一に塗布、乾燥させることを特徴とする、細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【請求項11】
有機溶媒が、イソプロピルアルコールとN,N-ジメチルホルムアミドの混合液である、請求項10記載の細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【請求項12】
当該ブロックポリマーの有機溶媒への溶解がN,N-ジメチルホルムアミド単独で行われ、その後、当該溶液にイソプロピルアルコールが加えられる方法である、請求項10記載の細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【請求項13】
イソプロピルアルコールとN,N-ジメチルホルムアミドの混合液の混合比率が、体積比で5:1である、請求項10~12のいずれか1項記載細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【請求項14】
当該ブロックポリマーが可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合によって得られるものである、請求項10~13のいずれか1項記載細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【請求項15】
当該スピンコーティングに使われる有機溶媒に溶解したブロックポリマー溶液の濃度が0.01質量体積%~1.50質量体積%である、請求項10~14のいずれか1項記載細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【請求項16】
当該スピンコーティングに使われる有機溶媒に溶解したブロックポリマー溶液の滴下量が基材表面単位面積あたり1.0μl/cm2~6.0μl/cm2滴下するものである、請求項10~15のいずれか1項記載細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【請求項17】
当該スピンコーティングが、ブロックポリマー溶液が基材表面へ滴下された0秒後~2秒後から回転が始まるものである、請求項10~16のいずれか1項記載細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【請求項18】
当該スピンコーティング回転数が4500rpm~6000rpmである、請求項10~17のいずれか1項記載細胞培養用温度応答性基材製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野において有用な細胞培養基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒト細胞を含めた動物細胞培養技術は、今日の生物学、医学、創薬、再生医療等の各分野の発展に伴って著しく進歩し、こうした細胞を対象とした研究開発もさらにさまざまな分野に広がって実施されるようになってきた。対象となる動物細胞の使われ方も、開発当初の細胞そのものを製品化したり、その産生物を製品化するだけでなく、今や細胞やその表層蛋白質を分析することで有用な医薬品を設計したり、患者本人の細胞を生体外で増殖させたり、或いはその細胞の機能を高めて生体内へ戻し治療することも実施されつつある。現在、動物細胞を培養する技術は、多くの研究者が注目している一分野である。
【0003】
ところで、ヒト細胞を含め動物細胞の多くは付着依存性のものである。すなわち、動物細胞を生体外で培養しようとするときは、それらを一度、どこかに付着させる必要性がある。そのような背景のもと、以前より多くの研究者らによって細胞にとってより好ましい器材表面の設計、考案がなされてきたが、これらの技術は何れも細胞培養時に関係するものばかりであった。付着依存性の培養細胞は何かに付着する際、自ら接着性蛋白質を産生する。従ってその細胞を剥離させるときには、従来技術ではその接着性蛋白質を破壊しなければならず、通常酵素処理が行われる。その際、細胞が培養中に産生した各種細胞固有の細胞表層蛋白も同時に破壊されてしまうという重大な課題であったにもかかわらず、現実には解決する手段が全くなく、特に検討されていなかった。この細胞回収時の課題の解決こそが、今後動物細胞を対象とした研究開発を飛躍的に発展させる上で強く求められるものと考えられる。
【0004】
このような背景のもと、特許文献1には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0~80℃である高分子で器材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、細胞を上限臨界溶解温度以下または下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下にすることにより酵素処理なくして培養細胞を剥離させる新規な細胞培養法が記載されている。また、特許文献2には、この温度応答性細胞培養器材を利用して皮膚細胞を上限臨界溶解温度以下或いは下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上或いは下限臨界溶解温度以下にすることにより培養皮膚細胞を低損傷で剥離させることが記載されている。さらに、特許文献3には、この温度応答性細胞培養器材を用いて培養細胞の表層蛋白質の修復方法が記載されている。温度応答性細胞培養器材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになってきた。
【0005】
温度応答性細胞培養器材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになった。しかしながら、ここでの技術は、化学的に不活性なエンジニアプラスチックの表面を電子線等のような高エネルギーを使って被覆加工するものであり、そのためには電子線照射装置のような大掛かりな装置が必要であり、従って、基材の価格もどうしても高くなる問題点があった。
【0006】
そのような課題を解決するために、これまでに幾つかの技術が開発されてきた。その代表的なものが非特許文献1、2のような特定の分子構造を有するポリマーを合成し、基材表面へ被覆する方法が挙げられるが、いずれの技術も従来の細胞培養用基材と同等に細胞を培養でき、上記電子線を用いて作製した細胞培養用温度応答性基材と同等に細胞を温度変化するだけで剥離させ、また、培養細胞がコンフルエントの状態になった場合には細胞シートとして剥離させる技術レベルには達しておらず、その技術レベルを向上させることが求められていた。
【0007】
また、特許文献4では水不溶性ポリマーセグメントと温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造のブロックポリマーが被覆された温度応答性基材が提案されたものの、この技術においても従来の細胞培養用基材と同等に細胞を培養でき、上記電子線を用いて作製した細胞培養用温度応答性基材と同等に細胞を温度変化するだけで剥離させ、また、培養細胞がコンフルエントの状態になった場合には細胞シートとして剥離させる技術レベルには達しておらず、その技術レベルを向上させることが求められていた。
【0008】
同様に、特許文献5においても特定の構造をもった温度応答性ポリマーが被覆された温度応答性基材が提案されたものの、この技術においても従来の細胞培養用基材と同等に細胞を培養でき、特に培養用基材表面周辺部を含め基材表面全体に細胞が接着し、上記電子線を用いて作製した細胞培養用温度応答性基材と同等に細胞を温度変化するだけで剥離させ、また、培養細胞がコンフルエントの状態になった場合には細胞シートとして剥離させる技術レベルには達しておらず、その技術レベルを向上させることが求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2-211865号公報
【特許文献2】特開平05-192138号公報
【特許文献3】特願2007-105311号公報
【特許文献4】特許5846584号公報
【特許文献5】特許6447787号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Soft Matter,5,2937-2946(2009)
【非特許文献2】Interface,4,1151-1157(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、従来技術と全く異なった発想から得られた新規で、かつ基材表面全体に均一に温度応答性ポリマーが被覆された温度応答性細胞培養用基材を提供することを目的とする。また、本発明は、その利用法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、重合度90以上の水不溶ポリマーセグメントと重合度120以上の温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造をとり、温度応答性ポリマー成分の含有率が30~95wt%であるブロックポリマーが、基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8~10.0μg/cm2の割合で被覆した細胞培養用温度応答性基材であると、培養したい細胞が基材表面へ良好に付着し、効率良く細胞を培養させられ、しかも基材面の温度を変えるだけで効率良く剥離させられることを見出した。本発明者らはこの方法により得られた温度応答性細胞培養用基材をSSCWと呼んでいる。本発明者らは、水不溶性ポリマーと温度応答性ポリマーが結合した構造をとるブロックコポリマーの持つ立体規則性、物性、並びに基材表面上での形態、均一性に着目し、このものを細胞培養用基材とすれば、従来技術の温度応答性細胞培養用基材より高性能なものが得られるものと大いに期待している。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0013】
すなわち、本発明は、重合度90以上の水不溶ポリマーセグメントと重合度120以上の温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造をとり、温度応答性ポリマー成分の含有率が30~95wt%であるブロックポリマーが、基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8~10.0μg/cm2の割合で被覆した細胞培養用温度応答性基材を提供する。
なお、本発明の細胞培養用温度応答性基材は限定されないが、好ましい態様として下記の態様を含む。
【0014】
本発明の一態様では、本発明の細胞培養用温度応答性基材は、重合度90以上の水不溶ポリマーセグメントと重合度120以上の温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造をとり、温度応答性ポリマー成分の含有率が30~95wt%であるブロックポリマーが、基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8~10.0μg/cm2の割合で被覆されているものである。
本発明の一態様では、本発明の細胞培養用温度応答性基材は、当該ブロックポリマーの温度応答性ポリマー分が基材表面に所定量の±20%の範囲内に被覆されているものであることを特徴とする。
本発明の一態様では、本発明の細胞培養用温度応答性基材は、水不溶性ポリマーセグメントを形成するモノマーが、ブチルメタクリレート、またはスチレンである。
また、本発明の一態様では、本発明の細胞培養用温度応答性基材は、温度応答性ポリマーセグメントを構成するモノマーが、N-イソプロピルアクリルアミドまたはそれを含むものであることを特徴とする。
さらに、本発明の一態様では、本発明の細胞培養用温度応答性基材は、温度応答性ポリマーセグメントの末端に当該ブロックポリマー製造時の可逆的付加開裂連鎖移動剤切片が残存しているものであることを特徴としている。
【0015】
また、また、本発明はその細胞培養用温度応答性基材の製造方法を提供する。
なお、本発明の細胞培養用温度応答性基材の製造方法は限定されないが、好ましい態様として下記の態様を含む。
本発明の一態様では、細胞培養用温度応答性基材の製造方法は、重合度90以上の水不溶ポリマーセグメントと重合度120以上の温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造をとり、温度応答性ポリマー成分の含有率が30~95wt%であるブロックポリマーを有機溶媒に溶解させ、当該ブロックポリマーを基材表面へ滴下後、加速度200rpm/分以上、到達回転数4500rpm以上の条件でスピンコーティングすることで均一に塗布、乾燥させることを特徴とする。
本発明の一態様では、細胞培養用温度応答性基材の製造方法は、有機溶媒が、イソプロピルアルコールとN,N-ジメチルホルムアミドの混合液であることを特徴とする。
本発明の一態様では、細胞培養用温度応答性基材の製造方法は、イソプロピルアルコールとN,N-ジメチルホルムアミドの混合液の混合比率が、体積比で5:1であることを特徴とする。
本発明の一態様では、細胞培養用温度応答性基材の製造方法は、当該ブロックポリマーが可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合によって得られるものであることを特徴とする。
本発明の一態様では、細胞培養用温度応答性基材の製造方法は、当該スピンコーティングに使われる有機溶媒に溶解したブロックポリマー溶液の濃度が0.01質量体積%~1.50質量体積%であることを特徴とする。
本発明の一態様では、細胞培養用温度応答性基材の製造方法は、当該スピンコーティングに使われる有機溶媒に溶解したブロックポリマー溶液の滴下量が基材表面単位面積あたり1.0μl/cm2~6.0μl/cm2滴下するものであることを特徴とする。
本発明の一態様では、細胞培養用温度応答性基材の製造方法は、当該スピンコーティングがブロックポリマー溶液が基材表面へ滴下された0秒後~2秒後から回転が始まるものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明に記載される基材であれば、培養したい細胞を基材表面全体に良好に付着させ、効率良く細胞を培養させられ、しかも基材面の温度を変えるだけで従来技術に比べ効率良く剥離させられるようになる。また、このような機能性表面を有した基材が本発明の製造方法によれば、簡便に作製できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1の各製造物の合成経路を示す図である。
図2】実施例2で得られた温度応答性表面上で細胞を培養して検討した結果を示す図である。
図3】実施例3で得られた温度応答性表面上で細胞を培養して検討した結果を示す図である。
図4】実施例4で得られた温度応答性表面上で細胞を培養して検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、水不溶性ポリマーと温度応答性ポリマーが結合した構造をとるブロックコポリマーを基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8~10.0μg/cmの割合で被覆された細胞培養用温度応答性基材である。基材表面に被覆されてブロックポリマーの水不溶性ポリマー部分は、細胞の培養のとき、並びに本発明の特徴でもある温度を変えることで培養した細胞を剥離させるときにおいても基材表面から遊離させない効果を有する。また、温度応答性ポリマー部分は、培養終了時に培地を培養中の37℃から31℃以下の温度へ冷却するだけで培養細胞を剥離させる効果を有する。その際、基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8μg/cmより少ないと培養後の細胞を冷却するだけでは剥離し難く、逆に10.0μg/cmより多いと培養したい細胞を良好に付着させられず、本発明の細胞培養用温度応答性基材として好ましくない。また、そのブロックポリマーの被覆は均一であればあるほど、培養したい細胞を良好に付着させられ、基材表面上で細胞を均一に効率良く培養させられ、冷却するだけで感度良く剥離させられるようになり、本発明の細胞培養用温度応答性基材と好ましい。こうした基材表面を得るには、当該ブロックポリマーの温度応答性ポリマー分が基材表面に所定量の±20%の範囲内に被覆されているものが好ましく、また±15%の範囲内に被覆されているものが良く、さらに±10%の範囲内に被覆されているものが良く、最も好ましいものは±5%の範囲内に被覆されているものである。当該ブロックポリマーの温度応答性ポリマー分が基材表面に所定量の±20%の範囲を超えると基材表面上で細胞が均一に培養できなくなり、培地を冷却しても培養細胞に剥離できないところが生じ、効率良く培養細胞を剥がすことができなくなる。
【0019】
ここで、水不溶性ポリマーとしては重合度90以上のものが良く、好ましくは95以上が良く、さらに好ましくは100以上である。その重合度の上限については特に限定されるものではないが、130未満が良く、好ましくは120以下、最も好ましくは110以下である。水不溶性ポリマーの重合度が90より少ないと基材表面に被覆されたブロックポリマーの遊離が多くなり本発明の細胞培養用温度応答性基材として好ましくない。本発明においては、細胞培養使用後において、基材表面に被覆されたブロックポリマーの遊離率が、当該ブロックポリマーの温度応答性ポリマー分として10%以下のものであり、回収した細胞懸濁液、もしくは細胞シート中への当該ブロックポリマーの混入が極めて微量、もしくはあらゆる分析手段を用いても検出できない量でしか遊離されていないものである。逆に、水不溶性ポリマーの重合度が130より多くなると、その水不溶性ポリマーの基材表面への付着性が邪魔をし、基材表面全体へブロックポリマーが均一に広がらないことが分かった。逆に言うと、本発明の水不溶性ポリマーであれば、培養途中でブロックポリマーを遊離させないアンカー効果の優れたものと言える。こうした水不溶性ポリマーとは、本発明においては、ポリ-n-ブチルアクリレート、ポリ-n-ブチルメタクリレート、ポリ-t-ブチルメタクリレート、ポリスチレン等が挙げられる。
【0020】
一方、本発明に用いる温度応答性ポリマーとしては重合度120以上のものが良く、好ましくは200以上が良く、さらに好ましくは340以上が良く、最も好ましくは350以上である。その重合度の上限については特に限定されるものではないが、400未満が良く、好ましくは380以下、さらに好ましくは370以下であり、最も好ましくは360以下である。水不溶性ポリマーの重合度が120より少ないと基材表面で培養した細胞を冷却しても効率良く剥離させることができず、本発明の細胞培養用温度応答性基材として好ましくない。逆に、温度応答性ポリマーの重合度が390を超えると以下に述べるブロックポリマーを製造する際、ポリマー反応溶液中の粘度が極端に上がり、反応溶液を十分に撹拌できなくなり、その結果として製造したブロックポリマーの分子量分布が広がり、そのものを基材表面にコーティングしても本発明の細胞培養用温度応答性基材として十分に性能を発揮できないものとなり好ましくない。本発明においては温度応答性ブロックポリマー内の温度応答性ポリマー成分の含有率は50~95wt%が良く、好ましくは55~90wt%が良く、さらに好ましくは60~85wt%が良く、最も好ましくは65~80wt%が良い。50wt%より少ない場合、温度を変えても当該ポリマー上の培養細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に95wt%より多いと、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となり、本発明の細胞培養基材として好ましくなく、また、本ブロックコポリマーの水不溶性ポリマー部分が少なくなり基材表面から遊離し易くなりこのましくない。本発明において、こうした温度応答性ポリマーとしては、下限臨界溶解温度(LCST)を有するポリマー、それらのホモポリマー、コポリマー、或いは混合物のいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-(若しくはN,N-ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、分離される物質が生体物質であることから、分離が5℃~50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ-N-n-プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ-N-n-プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ-N-イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)等が挙げられる。本発明の温度応答性ポリマーは、分子量として3000以上のものが良く、好ましくは5000以上のものが良く、さらに好ましくは10000以上のものが良く、最も好ましくは12000以上が良い。分子量が3000より少ない場合、温度を変えても当該ポリマー上の培養細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。
【0021】
本発明のブロックコポリマーとは、水不溶性ポリマーと水に親和性を有する温度応答性ポリマーが結合したものである。従って、本ブロックコポリマーを基材表面に被覆、乾燥させると、基材表面に微細な相分離構造を形成することが期待される。相分離構造の形態、サイズ等は特に限定されるものではないが、細胞が基材表面に付着する際に、基材表面に相分離構造があると細胞の変性を抑えることが可能となり好都合である。
【0022】
また、本発明の場合、RAFT剤の構造の一部であるジチオエステル系官能基が生成した高分子の末端に残存することになる。これはRAFT重合法に特徴的な現象であり、重合反応が終了した後、さらにその末端から重合反応を開始させることが可能となる。その際、温度応答性高分子の末端に存在するジチオエステル系官能基は2-エタノールアミンなどを添加することにより、容易にチオール基に置換される。この反応は特別な条件下で行われる必要はなく、簡便でありまた短時間で進行する。その結果、反応性の高いチオール基を有する高分子鎖を得ることができるため、マレイミド基、チオール基などの官能基を有する機能性分子を選択的、効率的に高分子鎖末端に修飾できる。従って、本発明の温度応答性培養用基材表面に新たな機能性を付与することが可能となる。その際、官能基の種類については特に限定されるものではないが、例えば、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、カルボニル基、アルデヒド基、スルホン酸基等が挙げられる。また、そのポリマー鎖末端には細胞接着を促進させるようなペプチドや蛋白質が固定化されていても良い。そして、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミドの下限臨界溶解温度(LCST)が末端官能基の親水性・疎水性に依存して変化することから、本発明のようなポリマー鎖末端への官能基導入は、基材表面の温度応答性を別の観点から制御する新たな手法としても期待される。
【0023】
本発明のブロックコポリマーとは、可逆的付加-開裂連鎖移動型ラジカル重合法(RAFT重合法)でRAFT剤共存下でラジカル重合法により温度応答性ポリマーを成長させる方法で得られる。その際に使用する開始剤は特に限定されるものではないが、例えば、2,2‘-アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ‐2,4-ジメチルバレロニトリル)(V-70)、2,2‘-アゾビス[(2-カルボキシエチル)-2-(メチルプロピオンアミジン)(V-057)などがあげられる。本発明では、この開始剤より高分子鎖を成長させる。その際に使用されるRAFT剤としては特に限定されるものでないが、ベンジルジチオベンゾエート、ジチオ安息香酸クミル、2-シアノプロピルジチオベンゾエート、1-フェニルエチルフェニルジチオアセテート、クミルフェニルジチオアセテート、ベンジル1-ピロールカルボジチオエート、クミル1-ピロールカルボジチオエート等があげられる。
【0024】
本発明で重合時に使用する溶媒については特に限定されないが、ベンゼン、1,4-ジオキサン、ジメチルホルムアルデヒド(DMF)等が好適である。この溶媒についても何ら限定されるものではないが、重合反応に使用するモノマー、RAFT剤および重合開始剤の種類によって、適宜、選択できる。
【0025】
本発明は、1,4-ジオキサンなどの溶媒を使用して、その開始剤からRAFT剤共存下で表面開始型ラジカル重合法により、0~80℃の温度範囲内で水和力が変化する高分子を成長反応させる方法であるが、その他の重合時の開始剤濃度、RAFT剤濃度、反応温度、反応時間等は特に限定されるものではなく、目的に応じて変更して良い。さらに反応液の状態は静置させても攪拌しても良い。本発明であるRAFT法は、金属イオン等を使わずに反応できるため生成物の精製が容易であり、反応工程そのものも簡便な操作で済み好都合である。
【0026】
本発明では、こうして得られたブロックコポリマーを有機溶媒に溶解させ、当該コポリマーを基材表面へ均一に被覆すれば良い。ブロックコポリマーを有機溶媒に溶解する方法としては、自然溶解、或いは加熱、超音波等による溶解方法が挙げられるが特に限定されるものではないが、本発明のブロックコポリマーが異なった特性を持つポリマーが結合されたものであり、有機溶媒中で特殊な状態で存在するものと推測され、超音波による溶解方法が好ましい。その際、使われる溶媒は、当該ブロックコポリマーを溶解させるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、N、N-ジメチルアクリルアミドとイソプロピルアルコールとの混合溶媒、或いはアセトニトリルとN、N-ジメチルホルムアミドの混合溶媒等が挙げられる。複数の溶媒を併用する場合はその混合比は特に限定されるものではなく、例えばN、N-ジメチルホルムアミドとイソプロピルアルコールの混合液の場合、N、N-ジメチルホルムアミドが1、イソプロピルアルコール5の割合、N、N-ジメチルホルムアミドが1、アセトニトリル5の割合が良い。混合溶媒を使用する際は、まず、ブロックコポリマーを良く溶解する良溶媒に上記理由により超音波にて溶解させ、その後、徐々に貧溶媒を加え、最終的に得られたブロックコポリマー溶液に対し、再度、超音波にて溶解させることが良い。得られたブロックコポリマー溶液の保存は、冷暗所、冷蔵庫内で行うことで良いが、本発明におけるブロックコポリマーは溶液中で刻々とポリマー鎖の状態が変わるものと分かり、ブロックコポリマー溶液を使用する少なくとも48時間前までに、好ましくは30時間前までに溶液に超音波による攪拌を行う必要がある。
【0027】
本発明では、上記ブロックコポリマー溶液を基材表面へ均一に塗布する必要がある。本発明の場合、上述した通り、温度応答性ブロックポリマーを均一にコーティングする必要がありスピンコーターを利用する方法が好ましい。コーティング後は、溶媒を除去すれば本発明である細胞培養用温度応答性基材が得られる。その際、溶媒の除去方法は特に限定されるものではないが、室温/大気中で時間をかけてゆっくり蒸発させる方法、室温/溶媒飽和環境下で時間をかけてゆっくり蒸発させる方法、加熱して蒸発させる方法、減圧して蒸発させる方法等が挙げられるが、最終的な細胞培養用温度応答性基材の表面を均一に作製する上で、前2者の方法が良い。
【0028】
本発明者らは基材表面へいかに温度応答性ブロックポリマーを均一にコーティングさせるかを精力的に検討した。その結果、当該ブロックポリマーを良好に溶解するN、N-ジメチルホルムアミドに対し、イソプロピルアルコールを用いることで基材表面の特性を顕著に高めることを見出した。その理由については、詳細なことは解明できていないが、ブロックポリマーが溶解した際の溶液の粘度、溶液中のブロックコポリマー鎖の広がり方が良好であり、本発明である高加速、高到達回転スピンコーティング条件により、基材表面へ均一に広げられるものと考えている。また、当該ブロックコポリマーを有機溶媒へ溶解させる際、まずブロックコポリマーをN,N-ジメチルホルムアミド単独に溶解させ、その後、当該溶液にイソプロピルアルコールが加えられる方法が最も好ましいことも見出している。さらに、有機溶媒中のブロックコポリマー鎖の状態を考慮し、少なくともブロックコポリマー溶液を超音波により攪拌した後に使用する方法が好ましいことも見い出している。
【0029】
本発明におけるスピンコーティングとは温度応答性ブロックポリマーを有機溶媒に溶解した溶液を基材表面へ滴下して行われる。その際の温度応答性ブロックポリマー溶液の濃度は0.01重量%~1.50重量%(以下、この重量%をw%と示すときがある。)の範囲のものが良く、好ましくは0.10重量%~1.25重量%が良く、さらに好ましくは0.15重量%~1.00重量%が良く、最も好ましくは0.20重量%~0.60重量%である。ブロックポリマー溶液の濃度が0.01重量%より少ないとその後の本発明におけるスピンコーティングを行った後に基材表面へ残存するブロックポリマー量が所定量を満たさず、その結果、十分な温度応答性を得られず、本発明として好ましくないものが得られることとなる。逆に溶液濃度が1.50重量%より多くなると細胞の付着性、その後の増殖性が悪くなり本発明として好ましくないものが得られることとなる。また、この温度応答性ブロックポリマー溶液の濃度を温度応答性ブロックポリマーの重量とそれを溶解する有機溶媒の体積の割合で示すと、温度応答性ブロックポリマー溶液の濃度は0.01質量体積%~1.20質量体積%(以下、この質量体積%をw/v%と示すときがある。)の範囲のものが良く、好ましくは0.10質量体積%~1.25質量体積%が良く、さらに好ましくは0.12質量体積%~1.00質量体積%が良く、最も好ましくは0.15質量体積%~0.45質量体積%である。ブロックポリマー溶液の濃度が0.01質量体積%より少ないとその後のスピンコーティングを行った後に基材表面へ残存するブロックポリマー量が所定量を満たさず、その結果、十分な温度応答性を得られず、本発明として好ましくないものが得られることとなる。逆に溶液濃度が0.45質量体積%より多くなると細胞の付着性、その後の増殖性が悪くなり本発明として好ましくないものが得られることとなる。スピンコーティングを行う際のブロックポリマー溶液の基材表面への滴下量は基材表面単位面積あたり1.0μl/cm2~6.0μl/cm2滴下するのが良く、好ましくは2.0μl/cm2~5.0μl/cm2が良く、さらに好ましくは3.0μl/cm2~4.5μl/cm2が良く、最も好ましくは3.5μl/cm2~4.2μl/cm2である。ブロックポリマー溶液の滴下量が1.0μl/cm2より少ないとその後のスピンコーティングを行った後に基材表面へブロックポリマーが均一にコーティングできず、その結果、十分な温度応答性を得られず、本発明として好ましくないものが得られることとなる。逆に滴下量が6.0μl/cm2より多くなっても基材表面上のブロックポリマーが均一にコーティングできないこと、さらには細胞の付着性、その後の増殖性が悪くなり本発明として好ましくないものが得られることとなる。また、スピンコーティングはブロックポリマー溶液が基材表面へ滴下された0秒後~2秒後から回転が始まる条件が良く、好ましくは0.2秒後~1.8秒後が良く、さらに好ましくは0.3秒後~1.5秒後が良く、最も好ましくは0.5秒後~1.0秒後が良い。スピンコーターのスピンが滴下後0秒より前であると(つまり滴下中の意)とブロックポリマーのスピンコーティングが均一にならず、細胞の付着性、増殖性が不均一となり、本発明として好ましくないものが得られることとなる。逆にスピンが滴下後2秒より後に開始してもブロックポリマーのスピンコーティングが均一にならず、細胞の付着性、増殖性が不均一となり、本発明として好ましくないものが得られることとなる。さらに、スピンコーティング時の回転数は4500rpm~6000rpmが良く、好ましくは4700rpm~5500rpmが良く、さらに好ましくは4800rpm~5400rpmが良く、最も好ましくは5000rpm~5200rpmである。回転数が4500rpmより少ないと細胞の付着性、その後の増殖性が悪くなり本発明として好ましくないものが得られることとなる。逆に、回転数が6000rpmより多いと基材表面へ残存するブロックポリマー量が所定量を満たさず、その結果、十分な温度応答性を得られず、本発明として好ましくないものが得られることとなる。本発明は、所定の温度応答性ブロックポリマーを基材表面へスピンコーティングする方法を示すものであるが、そのスピンコーティングは10℃~40℃の温度で行うことで良く、20%~70%の湿度下で行うのが良く、クリーン度の高い環境で行うことが望ましい。スピンコーターのメーカー、機種等については何ら限定されるものでない。
【0030】
被覆を施される細胞培養基材の材質は、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の物質のみならず、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス、金属類など全て用いることができる。その形状は、シャーレ等の細胞培養皿に限定されることはなく、マルチプレート、セルインサート、ファイバー、(多孔質)粒子であってもよい。また、一般に細胞培養等に用いられる容器の形状(フラスコ等)を有したものであっても差し支えない。
【0031】
本発明で得られる細胞培養用温度応答性基材表面に対して、使用される細胞は動物細胞であれば良く、その入手先、作製方法は特に限定されるものではない。本発明の細胞は、例えば、動物、昆虫、植物等の細胞、細菌類が挙げられる。特に、動物細胞の由来として、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ヌードマウス、マウス、モルモット、ブタ、ヒツジ、チャイニーズハムスター、ウシ、マーモセット、アフリカミドリザル等が挙げられるが特に限定されるものではない。また、本発明で用いる培地は、動物細胞を培養する培地であれば特に限定されないが、例えば、無血清培地、血清含有培地等が挙げられる。そのような培地は、さらにレチノイン酸、アスコルビン酸等の分化誘導物質を添加しても良い。基材表面への播種密度は常法に従えば良く特に限定されるものではない。
【0032】
また、本発明の細胞培養用温度応答性基材であれば、培養基材の温度を培養基材上の被覆高分子の上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって培養細胞を酵素処理なく剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いても良い。
【0033】
本発明に記載される細胞培養用温度応答性基材を利用することで、各組織から得られた細胞を効率良く培養できるようになる。この培養方法を利用すれば、温度を変えるだけで損傷なく、効率良く剥離することができるようになる。従来、こうした作業には手間と作業者の技術を必要としていたが、本発明であればその必要がなくなり、細胞の大量処理ができるようになる。本発明では、このような培養基材表面をリビングラジカル重合法で作製された特定の温度応答性ブロックポリマーをコーティングすることで作製されることを示す。特に可逆的付加-開裂連鎖移動型ラジカル重合法に従えば、培養基材表面を簡便に精密に設計でき、続けて分子鎖末端に対して反応を続ければ簡便に官能基を入れられ、細胞培養用基材表面を設計、作製する上で極めて有利である。
【実施例0034】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例0035】
温度応答性ポリマーであるポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)と疎水性ポリマーであるポリ-n-ブチルメタクリレート(PBMA)からなる温度応答性ブロックコポリマーを図1に示す方法で調製した。具体的には、可逆的付加-開裂型連鎖移動ラジカル(RAFT)重合により合成した疎水性ポリマーPBMA(具体的には図2ポリマー種B90(90量体)~B130(130量体)を作製した。)をマクロRAFT剤として、それへIPAAmを重合し、目的とする各種温度応答性ブロックポリマー(PBMA-b-PIPAAm、PIPAAm成分として具体的には図2ポリマー種IP320(320量体)~IP380(380量体)を作製した。))(図1)。得られたポリマーを核磁気共鳴分光法(1H-NMR)やゲル浸透クロマトグラフィー法(GPC)により評価し、目的とする温度応答性ブロックポリマーが得られたことを確認した。
【実施例0036】
実施例1で得られた各種PBMA-b-PIPAAmブロックポリマーを図2に示す濃度でイソプロピルアルコール/N,N-ジメチルホルムアミド混合溶媒(5/1 in v/v)に超音波攪拌を行うことで溶解した。ブロックポリマー溶液を細胞培養用ポリスチレン基材(3.5cmφdish)表面に滴下し、滴下0.5秒後にスピンコートした(到達回転数5000 rpm,到達時間2秒、スピンコーティング時間10 sec)。得られた基材の表面ポリマー量を全反射型フーリエ変換型赤外分光(ATR/FT-IR)法により決定した。その結果、各ポリマー種においてほぼ共通して、ポリマー溶液濃度0.15重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は1.3μg/cm2、同様にポリマー溶液濃度0.20重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は1.5μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.25重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は1.6μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.30重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は1.9μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.35重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は2.2μg/cm2であった。また、各PIPAAm成分量の測定誤差は±5%以内であった。得られた基材上にL1マウス胎児線維芽細胞を2.5 x 104 cell/3.5cmφディッシュ濃度で播種、培養(培地:DMEM(10%FBS含)、培養期間2日間)し、ポリマーコーティング基材表面上への37°Cにおける細胞の接着性および20°Cでの低温処理による細胞の脱着挙動について評価した(図2)。その結果、本発明の温度応答性ブロックポリマーを基材表面にスピンコーティングする際、ポリマー溶液濃度を0.15重量%~0.35重量%とすることで細胞の良好な付着性、増殖性が認められ、しかも細胞が培養基材周囲まで均一に付着した。さらに、20°Cで15分間冷却した結果、培養細胞は基材表面から自発的に脱着した。以上の結果から、基材表面に導入されたPIPAAm鎖がLCST以下の低温処理により水和することで、基材表面の特性が変化し、接着した細胞が自発的に剥離したと考えられる。PBMA-b-PIPAAmを被覆した基材表面は細胞を培養すること、並びに温度を変化させて剥離させることを効率良く実現するものと確信した。
【実施例0037】
実施例1で得られた各種PBMA-b-PIPAAmブロックポリマーを図3に示す濃度でイソプロピルアルコール/N,N-ジメチルホルムアミド混合溶媒(5/1 in v/v)に超音波攪拌を行うことで溶解した。ブロックポリマー溶液を細胞培養用ポリスチレン基材(3.5cmφdish)表面に滴下し、滴下0.5秒後にスピンコートした(到達回転数5000 rpm、到達時間5秒、スピンコーティング時間10 sec)。得られた基材の表面ポリマー量を全反射型フーリエ変換型赤外分光(ATR/FT-IR)法により決定した。その結果、各ポリマー種においてほぼ共通して、ポリマー溶液濃度0.15重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は1.5μg/cm2、同様にポリマー溶液濃度0.20重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は1.8μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.25重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は2.3μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.30重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は2.7μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.35重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は3.2μg/cm2であった。また、各PIPAAm成分量の測定誤差は±5%以内であった。得られた基材上にL1マウス胎児線維芽細胞を2.5 x 104 cell/3.5cmφディッシュ濃度で播種、培養(培地:DMEM(10%FBS含)、培養期間2日間)し、ポリマーコーティング基材表面上への37°Cにおける細胞の接着性および20°Cでの低温処理による細胞の脱着挙動について評価した(図3)。その結果、本発明の温度応答性ブロックポリマーを基材表面にスピンコーティングする際、ポリマー溶液濃度を0.15重量%~0.35重量%とすることで細胞の良好な付着性、増殖性が認められ、しかも細胞が培養基材周囲まで均一に付着した。さらに、20°Cで15分間冷却した結果、培養細胞は基材表面から自発的に脱着した。以上の結果から、基材表面に導入されたPIPAAm鎖がLCST以下の低温処理により水和することで、基材表面の特性が変化し、接着した細胞が自発的に剥離したと考えられる。PBMA-b-PIPAAmを被覆した基材表面は細胞を培養すること、並びに温度を変化させて剥離させることを効率良く実現するものと確信した。
【実施例0038】
実施例1で得られた各種PBMA-b-PIPAAmブロックポリマーを図2に示す濃度でイソプロピルアルコール/N,N-ジメチルホルムアミド混合溶媒(5/1 in v/v)に超音波攪拌を行うことで溶解した。ブロックポリマー溶液を細胞培養用ポリスチレン基材(3.5cmφdish)表面に滴下し、滴下0.5秒後にスピンコートした(到達回転数5000 rpm、到達時間10秒、スピンコーティング時間10 sec)。得られた基材の表面ポリマー量を全反射型フーリエ変換型赤外分光(ATR/FT-IR)法により決定した。その結果、各ポリマー種においてほぼ共通して、ポリマー溶液濃度0.15重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は1.6μg/cm2、同様にポリマー溶液濃度0.20重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は2.2μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.25重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は2.9μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.30重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は3.5μg/cm2、ポリマー溶液濃度0.35重量%使用時の基材表面のPIPAAm成分量は4.1μg/cm2であった。また、各PIPAAm成分量の測定誤差は±5%以内であった。得られた基材上にL1マウス胎児線維芽細胞を2.5 x 104 cell/3.5cmφディッシュ濃度で播種、培養(培地:DMEM(10%FBS含)、培養期間2日間)し、ポリマーコーティング基材表面上への37°Cにおける細胞の接着性および20°Cでの低温処理による細胞の脱着挙動について評価した(図4)。その結果、本発明の温度応答性ブロックポリマーを基材表面にスピンコーティングする際、ポリマー溶液濃度を0.15重量%~0.35重量%とすることで細胞の良好な付着性、増殖性が認められ、しかも細胞が培養基材周囲まで均一に付着した。さらに、20°Cで15分間冷却した結果、培養細胞は基材表面から自発的に脱着した。以上の結果から、基材表面に導入されたPIPAAm鎖がLCST以下の低温処理により水和することで、基材表面の特性が変化し、接着した細胞が自発的に剥離したと考えられる。PBMA-b-PIPAAmを被覆した基材表面は細胞を培養すること、並びに温度を変化させて剥離させることを効率良く実現するものと確信した。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に記載される温度応答性細胞培養基材を利用することで、各組織から得られた細胞は基材表面に良好に付着し培養できる。この培養方法を利用すれば、酵素処理を行うことなく培養細胞を損傷なく、簡便に剥離することができるようになる。本発明の基材は従来の温度応答性細胞培養基材に比べ、細胞培養における細胞の付着性、増殖性、さらには冷却による剥離性の性能が飛躍的に向上させられる。
図1
図2
図3
図4