(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023073582
(43)【公開日】2023-05-26
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2感染症の予後判定補助方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20230519BHJP
【FI】
G01N33/53 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021186126
(22)【出願日】2021-11-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人日本医療研究開発機構、令和2年度ウイルス等感染症対策技術開発事業「COVID-19定量的スクリーニング(抗原・抗体検査)検査法の基盤開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(71)【出願人】
【識別番号】504205521
【氏名又は名称】国立大学法人 長崎大学
(71)【出願人】
【識別番号】516079785
【氏名又は名称】セルスペクト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山下 太郎
(72)【発明者】
【氏名】島上 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】寺島 健志
(72)【発明者】
【氏名】丹尾 幸樹
(72)【発明者】
【氏名】岡島 正樹
(72)【発明者】
【氏名】谷口 巧
(72)【発明者】
【氏名】金子 周一
(72)【発明者】
【氏名】柳原 克紀
(72)【発明者】
【氏名】酒井 博則
(57)【要約】
【課題】SARS-CoV-2感染症患者における重症化リスクを予測可能な判定補助方法を提供する。
【解決手段】SARS-CoV-2感染症患者より採取した検体に含まれる抗SARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗体量を測定し、SARS-CoV-2感染症の予後判定を補助する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SARS-CoV-2感染症患者より採取した検体に含まれる、SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質に結合可能な抗体を測定する工程を含む、SARS-CoV-2感染症の予後判定を補助する方法。
【請求項2】
前記抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド又は配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有するポリペプチドと結合可能な抗体である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記検体が、血液検体である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記抗体が、IgG抗体である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
SARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗原を含み、SARS-CoV-2感染症患者より採取した検体に含まれるSARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質に結合可能な抗体の測定に使用される、SARS-CoV-2感染症の予後判定を補助するための試薬。
【請求項6】
前記SARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗原が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有するポリペプチド、及びこれらの部分断片からなる群から選択される少なくとも1つのポリペプチドである、請求項5に記載の試薬。
【請求項7】
抗ヒトIgG抗体をさらに含む、請求項5又は6に記載の試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SARS-CoV-2感染症の予後判定を補助する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コロナウイルスは、ニドウイルス目コロナウイルス科オルソコロナウイルス亜科よりなるRNAウイルスの一群である。コロナウイルスは、ポジティブセンス一本鎖RNAゲノムと、らせん対称のヌクレオカプシドを持つエンベロープウイルスであり、カプシド表面からこん棒型の突起が突き出た特徴的な形状を有する。コロナウイルスは、RNAウイルスの中でも大型のウイルスであり、そのゲノムサイズは約26~32キロベースである。
【0003】
コロナウイルスは、哺乳類、鳥類等に感染性疾患を引き起こすRNAウイルスとして知られ、特に、軽度~重篤の気道感染症を引き起こすことが知られる。ヒトにおいては、コロナウイルスは、一般的な風邪の原因ウイルスの一つとしても知られるが、SARS、MERS等の一部のコロナウイルスは、より致命的な症状を引き起こすことが知られる。特に、2019年に中国で発見された新型コロナウイルスであるSARS-CoV-2は、短期間に全世界に蔓延し、有効な治療薬が存在しなかったという背景もあり、多数の感染者及び死者を出すこととなった。
【0004】
SARS-CoV-2には、そのウイルス表面に、宿主細胞の受容体に結合するスパイクタンパク質が存在する。このスパイクタンパク質は、三量体構造を有する糖タンパク質であり、各ポリペプチド鎖は、N末端ドメイン(NTD)、S1ドメイン及びS2ドメインから構成される。S1ドメイン上の受容体結合ドメイン(RBD)には、「ダウン型構造」と「アップ型構造」があり、アップ型構造のRBDが宿主細胞表面のアンジオテンシン変異酵素II(ACE2)受容体に結合することが明らかにされている(非特許文献1)。SARS-CoV-2への感染歴のないヒトであっても、多くに既存の低病原性コロナウイルスに対する獲得免疫が存在すること、この獲得免疫はSARS-CoV-2感染時に増強されるが、感染防御には寄与しないことが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】D. Wrapp et al., Science, Vol. 367, pp. 1260-1263 (2020)
【非特許文献2】E. M. Anderson et al., Cell, Vol. 184, pp. 1858-1864 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
SARS-CoV-2感染症患者について、その重症化率は、患者の年齢(高年齢である程、重症化率が高い)、居住地域によって異なるとされてきたが、若年者や、患者の重症化率の低い地域であっても、重篤な症状を示すことがあり、他にも重症化の要因があると考えられている。患者の重症化リスクを重症化前に予測することができれば、より早期に高度な医学的介入を行うことが可能であり、これにより患者の重症化や死亡のリスクを大幅に低減することが期待できる。
【0007】
本発明は、SARS-CoV-2感染症患者における重症化リスクを予測可能な判定補助方法を提供することを目的とする。また、本発明は、SARS-CoV-2感染症患者における重症化リスクを予測するための判定補助用試薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本明細書によれば、以下の発明が提供される。
(1)SARS-CoV-2感染症患者より採取した検体に含まれる、SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質に結合可能な抗体を測定する工程を含む、SARS-CoV-2感染症の予後判定を補助する方法。
(2)前記抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド又は配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有するポリペプチドと結合可能な抗体である、(1)に記載の方法。
(3)前記検体が、血液検体である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記抗体が、IgG抗体である、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)SARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗原を含み、SARS-CoV-2感染症患者より採取した検体に含まれるSARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質に結合可能な抗体の測定に使用される、SARS-CoV-2感染症の予後判定を補助するための試薬。
(6)前記SARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗原が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有するポリペプチド、及びこれらの部分断片からなる群から選択される少なくとも1つのポリペプチドである、(5)に記載の試薬。
(7)抗ヒトIgG抗体をさらに含む、(5)又は(6)に記載の試薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、SARS-CoV-2感染症患者における重症化リスクを予測可能な判定補助方法を提供することができる。また、本発明によれば、SARS-CoV-2感染症患者における重症化リスクを予測するための判定補助用試薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】各種コロナウイルスのヌクレオカプシドタンパク質のアミノ酸配列の同一性、類似性を示すアラインメント図である。
【
図2】各種コロナウイルスのS1ドメイン上の受容体結合ドメインのアミノ酸配列の同一性、類似性を示すアラインメント図である。
【
図3】2019年以前に採取したSARS-CoV-2非感染者群の血清検体におけるSARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質結合抗体測定値を、採取時期に分けて示した散布図である。
【
図4】2019年以前に採取したSARS-CoV-2非感染者群の血清検体における、SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質結合抗体測定値(IgG NC)とSARS-CoV-2 S1ドメイン結合抗体測定値(IgG S)とを対比した相関図である。
【
図5】2020年に採取したSARS-CoV-2非感染者群の血清検体における、SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質結合抗体測定値(IgG NC)とSARS-CoV-2 S1ドメイン結合抗体測定値(IgG S)とを対比した相関図である。
【
図6】の中等度及び重症患者の発症後日数と、各種抗体測定値(OD)との関係を示す散布図である。(A)は、SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質結合抗体測定値(IgG NC)を、(B)は、SARS-CoV-2 S1ドメイン結合抗体測定値(IgG S)を示す。
【
図7】SARS-CoV-2感染症の入院重症患者のSARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質結合抗体(抗NC抗体)陽性群、抗NC抗体陰性群の経過日数と死亡率の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[1]定義
本明細書において、「ポリペプチド」とは、複数のアミノ酸がペプチド結合することによって形成される分子をいう。構成するアミノ酸数が多いポリペプチド分子のみならず、アミノ酸数が少ない低分子量の分子(オリゴペプチド)も本発明のポリペプチドに包含される。
【0012】
本明細書において、「抗体」とは、特定の物質(抗原)に特異的に結合するタンパク質を指す。ここでいう抗体は、哺乳類及び鳥類の体内で通常生成されるアイソタイプがいずれも包含される。ヒト由来の抗体においては、IgM、IgD、IgG、IgA及びIgEのいずれのアイソタイプも包含される。本明細書において、「抗原」とは、抗体が結合する対象となる物質を指す。より具体的には、人体においては異物として認識されるべき物質を指す。
【0013】
本明細書において、抗体の「中和活性」とは、抗体が特定タンパク質(抗原)の活性を中和する活性を指す。
【0014】
本明細書において、アミノ酸配列の「配列同一性」及び「配列類似性」とは、BLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)等のタンパク質検索システムを用いて、ギャップを導入して、又はギャップを導入しないで、決定することができる値を指し、「配列同一性」はアミノ酸が一致する割合、「配列類似性」はアミノ酸が一致又は類似アミノ酸に置換されている割合を指す。類似アミノ酸とは、アミノ酸を電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質に基づいて分類した場合に、同一の集団に属するアミノ酸をいう。このような集団には、例えば、塩基性アミノ酸群(アルギニン、リジン、ヒスチジン)、酸性アミノ酸群(アスパラギン酸、グルタミン酸)、非極性アミノ酸群(グリシン、アラニン、フェニルアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、トリプトファン)、極性無電荷アミノ酸群(セリン、スレオニン、アスパラギン、グルタミン、チロシン、システイン)、分枝鎖アミノ酸群(ロイシン、イソロイシン、バリン)、芳香族アミノ酸群(フェニルアラニン、チロシン)、異節環状アミノ酸群(ヒスチジン、トリプトファン、プロリン)、脂肪族アミノ酸群(グリシン、アラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン)が挙げられる。
【0015】
本明細書において「患者」とは、何らかの疾患にり患し、入院又は通院を要するヒトを指す。本明細書において、「予後判定」とは、疾患の進行、治癒に対する医学的な見通しを指す。
【0016】
本明細書において「検体」とは、ヒトから体外に取り出される検体を指す。特に限定さないが、血液(例、全血、血清、血漿)、尿、糞便、乳汁、組織又は細胞抽出液、咽頭ぬぐい液、鼻汁、唾液、喀痰、うがい液、あるいはこれらの混合物とすることができる。特に、血液検体、さらには血清又は血漿検体とすることができる。
【0017】
本明細書において、「試薬」とは、in vitroで検体中の目的物質を検出するために使用される組成物等を指す。ここでいう試薬は、SARS-CoV-2に結合する抗体の検出が可能であれば、その形態は時に限定されず、組成物等の単剤であってもよいが、例えば、マイクロウェルプレート、磁性ビーズ等の固相、洗浄液、検出用試薬等の複数の組成物、基材等を含むキットの形態も包含する。
【0018】
[2]SARS-CoV-2感染症の予後判定を補助する方法
本発明のSARS-CoV-2感染症の予後判定を補助する方法(以下、「本発明の方法」とも称する)は、SARS-CoV-2感染症患者より採取した検体に含まれる、SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質に結合可能な抗体を測定する工程を含む、ことを特徴とする。
【0019】
本発明において、「SARS-CoV-2感染症患者」は、発熱、呼吸困難、味覚・嗅覚障害等の症状の有無及びPCR法、抗原検査法等の公知の検査の結果等より、臨床医がSARS-CoV-2感染症にり患していると確定診断した患者を指す。
【0020】
本発明の方法において、測定対象となる検体は、SARS-CoV-2感染症患者から体外に取り出された検体であれば特に限定さないが、例えば、血液(例、全血、血清、血漿)、尿、糞便、乳汁、組織又は細胞抽出液、咽頭ぬぐい液、鼻汁、唾液、喀痰、うがい液、あるいはこれらの混合物とすることができる。中でも、血液検体、特に血清又は血漿検体とすることが好ましい。
【0021】
本発明において「SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質に結合可能な抗体(以下、「抗NC抗体」とも称する)」は、SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質を抗原として、これに結合可能な抗体を指す。本発明において、「SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質」は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド又は配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは、85%以上、90%、95%、96%、97%、98%又は99%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有するポリペプチドを指す。
【0022】
図1に、SARS-CoV-2(配列番号1)、SARS-CoV(配列番号2)、低病原性ヒトコロナウイルス(OC43(配列番号3)、HKU1(配列番号4)、229E(配列番号5)及びNL63(配列番号6))におけるヌクレオカプシドタンパク質のアミノ酸配列のアラインメントを示す。また、表1にSARS-CoV、OC43、HKU1、229E及びNL63のヌクレオカプシドタンパク質のアミノ酸配列の、SARS-CoV-2のヌクレオカプシドタンパク質のアミノ酸配列との同一性・類似性を示す。
【0023】
【0024】
図1、表1に示されるように、SARS-CoV-2のヌクレオカプシドタンパク質の構造は、既知のコロナウイルスであるSARS-CoV及び低病原性コロナウイルスと高い類似性を有する。
【0025】
本明細書において、「SARS-CoV-2 S1ドメインと結合可能な抗体(以下、「抗S1抗体」とも称する)」は、SARS-CoV-2 S1ドメイン、特に受容体結合ドメイン(RBD)を抗原として、これに結合する抗体を指す。本発明において、RBDは、配列番号7で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド又は配列番号7で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは、85%以上、90%、95%、96%、97%、98%又は99%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有するポリペプチドを指す。
【0026】
図2に、SARS-CoV-2(配列番号7)、SARS-CoV(配列番号8)、OC43(配列番号9)、HKU1(配列番号10)、229E(配列番号11)及びNL63(配列番号12)におけるRBDのアミノ酸配列のアラインメントを示す。また、表2にSARS-Cov、OC43、HKU1、229E及びNL63のRBDのアミノ酸配列の、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列との同一性・類似性を示す。
【0027】
【0028】
本発明者らは、SARS-CoV-2に感染していないヒトの血清において、抗NC抗体を含むものが一定割合以上存在することを見出した。また、この抗体の存在率(陽性率)が、季節によって大きく変動することを見出した(
図3)。さらに、SARS-CoV-2感染症患者の約半数において、発症初期から抗NC抗体(IgG)が陽性となることを見出した(
図6)。一方で、SARS-CoV-2に感染していないヒトにおいては、抗S1抗体(IgG)は検出できなかった(
図4)。
【0029】
これらの事実より、本発明者らは、以下の仮説を立てた。SARS-CoV-2の流行前より、市中には風邪等の原因ウイルスとして知られる既存のコロナウイルスがあり、これに対する獲得免疫を有するヒトが多数存在する。この中に抗NC抗体を保有しているか、SARS-CoV-2 ヌクレオカプシドタンパク質に反応可能な免疫記憶を有している個体が一定以上存在する。このような個体は、SARS-CoV-2に感染した場合、免疫記憶を有しない個体と比較して早期に抗NC抗体を産生することが可能である。しかし、既存のコロナウイルスとSARS-CoV-2の主要な感染責任部位であるRBDの構造の類似性が低いことから、既存コロナウイルスに対する獲得免疫を有するヒトであっても、抗S1抗体又はSARS-CoV-2 RBDに反応可能な免疫記憶を有する可能性は低く、前記獲得免疫がSARS-CoV-2の感染防御には寄与し難い。
【0030】
本発明者らは、さらに、SARS-CoV-2感染症の重症患者において、血清中に検出可能な量の抗NC抗体が含まれる患者と含まれない患者とで、前者で死亡リスクが低くなることを見出した(
図7)。既存のコロナウイルスとSARS-CoV-2のヌクレオカプシドタンパク質の構造が類似することから、既存コロナウイルスへの獲得免疫を有するヒトの場合、元々抗NC抗体を保有するか、感染初期に免疫記憶により抗NC抗体が産生され得る。この抗NC抗体が、SARS-CoV-2感染症の重症化を抑制し得る。
【0031】
上記の知見より、SARS-CoV-2感染症患者から採取した検体中の抗NC抗体を測定することで、患者の予後判定において、客観的な指標の一つとできることが示された。
【0032】
本発明の方法において、測定対象となる抗体は、IgM、IgD、IgG、IgA及びIgEのいずれのアイソタイプであってもよいが、特にIgM又はIgGであることが好ましい。さらに、長期間の免疫記憶が維持されることから、IgGであることが好ましい。
【0033】
本発明の方法は、検体に含まれる抗NC抗体を検出する工程を含む。抗NC抗体の測定方法は、特に限定されないが、免疫測定を用いて測定することが好ましい。免疫測定は、具体的には、検体を、SARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質又はそのペプチド断片からなる抗原と反応させる工程を含む。このような免疫測定としては、例えば、直接競合法、間接競合法、及びサンドイッチ法が挙げられる。また、このような免疫測定としては、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光イムノアッセイ(CLIA)、免疫比濁法(TIA)、酵素免疫測定法(EIA)(例、直接競合ELISA、間接競合ELISA、及びサンドイッチELISA)、放射イムノアッセイ(RIA)、ラテックス凝集反応法、蛍光イムノアッセイ(FIA)、及びイムノクロマトグラフィー法が挙げられる。上記の免疫測定の原理及び具体的な手法は、いずれも当業者にとって周知である。
【0034】
検体を反応させる抗原は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは、85%以上、90%、95%、96%、97%、98%又は99%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有するポリペプチド、及びこれらの部分断片からなる群から選択される少なくとも1つのポリペプチドである。ここでいう部分断片は、7アミノ酸以上、8アミノ酸以上、9アミノ酸以上、10アミノ酸以上、15アミノ酸以上、20アミノ酸以上、30アミノ酸以上、40アミノ酸以上、50アミノ酸以上、又は100アミノ酸以上の長さを有することが好ましい。
【0035】
本発明の方法において、抗NC抗体の測定は、定性的であっても定量的であってもよい。定性的手法としては、例えば、検体から得られるシグナルを予め設定したカットオフと比較することで、検体中の抗NC抗体の存在の有無を判定する手法をとり得る。定量的手法としては、既知量の抗NC抗体を含む標準液について、検体と同様に免疫測定を行い、検体と標準液より得られるシグナル強度を比較して検体中の抗体量を算出する手法をとり得る。この場合、本発明の方法は、標準液中の抗NC抗体を測定する工程、及び標準液の測定結果より検体中の抗NC抗体を算出する工程を含んでいてもよい。
【0036】
本発明の方法は、得られた抗NC抗体の測定結果を、SARS-CoV-2感染症の予後判定の指標の一つとして提供し、予後判定を補助することを含む。例えば、サンドイッチELISA法を用いる場合、検体から得られたシグナルがカットオフ未満であれば、SARS-CoV-2感染症患者の重症化リスク又は死亡リスクが高く、カットオフ以上であれば、重症化リスク又は死亡リスクが低いという判断の指標となり得る。
【0037】
本発明の方法は、SARS-CoV-2感染症患者の予後判定をより客観的に実施するために有用である。予後判定が正確に行われることで、より患者に適した治療レジメンの作成が可能となる。本発明の方法は、特に中等度から重症のSARS-CoV-2感染症患者において、さらに重症化するリスクを早期に判定するために有用である。
【0038】
本発明の方法に付随して、例えば、健常者の抗NC抗体を測定して、SARS-CoV-2に感染した場合の重症化リスクの指標としてもよい。しかし、獲得免疫を有するヒトであっても、SARS-CoV-2又は他のコロナウイルスに感染していない状態では、検出可能なレベルの抗NC抗体が産生されない可能性があるため、その判定には注意を要する。
【0039】
[3]SARS-CoV-2感染症の予後判定を補助するための試薬
本発明のSARS-CoV-2感染症の予後判定を補助するための試薬(以下、「本発明の試薬」とも称する)は、SARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗原(以下「NC抗原」とも称する)を含み、SARS-CoV-2感染症患者より採取した検体に含まれるSARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質に結合可能な抗体の測定に使用される、ことを特徴とする。
【0040】
本発明の試薬は、SARS-CoV-2感染症患者から取り出した検体に含まれる抗NC抗体をin vitroで検出することが可能な試薬である。抗NC抗体の測定結果より、SARS-CoV-2感染症の重症化リスク又は死亡リスクの判定を補助することができる。
【0041】
本発明の試薬は、免疫測定用試薬である。免疫測定は、具体的には、検体を、NC抗原と反応させる工程を含む。このような免疫測定としては、例えば、直接競合法、間接競合法、及びサンドイッチ法が挙げられる。また、このような免疫測定としては、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光イムノアッセイ(CLIA)、免疫比濁法(TIA)、酵素免疫測定法(EIA)(例、直接競合ELISA、間接競合ELISA、及びサンドイッチELISA)、放射イムノアッセイ(RIA)、ラテックス凝集反応法、蛍光イムノアッセイ(FIA)、及びイムノクロマトグラフィー法が挙げられる。上記の免疫測定の原理及び具体的な手法は、いずれも当業者にとって周知である。
【0042】
本発明の試薬に含まれる前記NC抗原は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは、85%以上、90%、95%、96%、97%、98%又は99%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有するポリペプチド、及びこれらの部分断片からなる群より選択される少なくとも1つのポリペプチドであることが好ましい。ここでいう部分断片は、7アミノ酸以上、8アミノ酸以上、9アミノ酸以上、10アミノ酸以上、15アミノ酸以上、20アミノ酸以上、30アミノ酸以上、40アミノ酸以上、50アミノ酸以上、又は100アミノ酸以上の長さを有することが好ましい。
【0043】
本発明の試薬は、NC抗原を含み、かつ、検体中の抗NC抗体の検出が可能であれば、単独の組成物等の形態であってもよく、また、複数の組成物、基材等を含むキットの形態であってもよい。
【0044】
本発明の試薬の測定対象である検体は、SARS-CoV-2感染症患者から体外に取り出された検体であれば特に限定さないが、例えば、血液(例、全血、血清、血漿)、尿、糞便、乳汁、組織又は細胞抽出液、咽頭ぬぐい液、鼻汁、唾液、喀痰、うがい液、あるいはこれらの混合物とすることができる。中でも、血液検体、特に血清又は血漿検体とすることが好ましい。
【0045】
本発明の試薬は、ヒト抗体に特異的に結合可能な抗体を含むことが好ましい。ここでいうヒト抗体は、IgM、IgD、IgG、IgA及びIgEのいずれのアイソタイプであってもよいが、特にIgM又はIgGであることが好ましい。さらに、長期間の免疫記憶が維持されることから、IgGであることが好ましい。すなわち、本発明の試薬は、抗ヒトIgG抗体を含むことがより好ましい。例えば、サンドイッチELISA法を用いる場合、抗ヒトIgG抗体は、標識化されていることがさらに好ましい。標識としては、ビオチン、酵素(西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ(ALP)等)、蛍光色素等、当業者にとって公知の標識をいずれも使用できる。
【0046】
抗NC抗体の測定は、定性的であっても定量的であってもよい。定性的手法としては、例えば、検体から得られるシグナルを予め設定したカットオフと比較することで、検体中の抗NC抗体の存在の有無を判定する手法をとり得る。定量的手法としては、既知量の抗NC抗体を含む標準液について、検体と同様に免疫測定を行い、検体と標準液より得られるシグナル強度を比較して検体中の抗体量を算出する手法をとり得る。定性的手法の場合、本発明の試薬は、陽性対照及び/又は陰性対照を含んでいてもよい。また、定量的手法の場合、本発明の試薬は、1以上の標準液を含んでいてもよい。
【0047】
本発明の試薬は、本発明のSARS-CoV-2感染症の予後判定を補助する方法に使用することができる。本発明の試薬を使用することによって、SARS-CoV-2感染症患者の予後判定をより客観的に実施することが可能となる。
【実施例0048】
以下、本発明をより詳細に説明するために実施例を示すが、本発明の範囲を実施例の範囲に限定することを意図するものではない。
【0049】
[参考例]一般患者における各種抗SARS-CoV-2抗体の陽性率
(1)検体採取
2004年7月23日~2019年12月26日に金沢大学付属病院を受診したSARS-CoV-2感染症以外の患者(C型慢性肝炎、B型慢性肝炎、脂肪肝患者)から取得し、冷凍保存していた血清検体のうち、患者のインフォームドコンセントが得られた386検体を使用した(A群)。これとは別に、2020年11月~12月に金沢大学付属病院を受診した一般の通院患者から、インフォームドコンセントを得たうえで採血を行い、血清検体を調製した(B群、1423検体)。
【0050】
(2)抗SARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗体(抗NC抗体)の測定
A群及びB群の血清検体中に含まれる抗SARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗体(抗NC抗体)を、クオリサーチ COVID-19 Human IgM IgG ELISAキット(Nucleocapsid Protein)(セルスペクト株式会社製)を使用して測定した。当該キットの抗原固相化プレートには、SARS-CoV-2 ヌクレオカプシドタンパク(NCBI Reference Sequence:YP_009724397.2,1-419AA(配列番号13))のリコンビナントタンパク質が固相化されている。キットの手順に従い測定を実施し、反応停止後のプレートの各ウェルの450nmの吸光度をマイクロウェルプレートで測定した。吸光度0.5をカットオフとしてカットオフ以上を「陽性」、カットオフ未満を「陰性」と判定した。
【0051】
A群の抗NC抗体(IgG NC)の測定結果を、採取時期(3月~5月(春)、6~8月(夏)、9~11月(秋)、12~2月(冬))に分けた散布図を
図3に示す。春~冬の陽性率は、それぞれ10.0、9.3、10.7、25.0%であり、風邪やインフルエンザの流行する冬に陽性率が高くなる傾向が示された。
【0052】
B群の抗NC抗体の測定結果において、「陽性」と判定された検体は、全体で6.6%であった。これは、2020年初旬より感染予防対策が我が国全体で強化されたことから、コロナウイルスに限らず、従来の風邪原因ウイルスの無症候感染が抑えられたことが要因と考えられた。
【0053】
A群とB群において、採取時期は異なるものの、同一の患者から採取されたものが219例あった。そのうち、A群で陽性と判定された患者は35例存在したが、そのうち32例は2020年採取時には陰性化していた。また、A群で陰性と判定された184例のうち、16例が2020年採取時に陽性化していた。抗NC抗体量は、経過によって大きく変動することが示唆された。
【0054】
(3)SARS-CoV-2 S1ドメイン質結合抗体(抗S1抗体)の測定
抗NC抗体と同様に、各検体の抗S1抗体を、クオリサーチ COVID-19 Human IgM IgG ELISA キット(Spike Protein)(セルスペクト株式会社製)を使用した。当該キットの抗原固相化プレートには、SARS-CoV-2 スパイクタンパク質S1ドメイン(NCBI Reference Sequence:YP_009724390.1,251-660 AA(配列番号14))のリコンビナントタンパク質が固相化されている。キットの手順に従い測定を実施し、反応停止後のプレートの各ウェルの450nmの吸光度をマイクロウェルプレートで測定した。吸光度0.2をカットオフとしてカットオフ以上を「陽性」、カットオフ未満を「陰性」と判定した。
【0055】
A群の血清検体における、抗NC抗体測定値(IgG NC)と抗S1抗体測定値(IgG S)の対比を
図4に示す。また、B群の血清検体における、抗NC抗体測定値(IgG NC)と抗S1抗体測定値(IgG S)の対比を
図5に示す。A群においては、抗S1抗体が陽性となる検体が5例存在した。一方、抗NC抗体、抗S1抗体の両方が陽性となる検体は見られなかった。B群においては、抗S1抗体が陽性となる患者が20例見られた。また、抗NC抗体、抗S1抗体の両方が陽性となる検体が2例見られた。
【0056】
(4)RBD中和活性の測定
上記(3)の測定で抗S1抗体陽性となった25検体について、SARS-CoV-2 Neutralizing Antibodies Detection Kit(Adipogen AG、スイス、リースタール)を用いて、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)へのRBDの結合阻害活性(中和活性)を測定した。その結果、阻害率が50%を超えたのは、抗NC抗体、抗S1抗体の両方が陽性となった2検体のみであった。別途、ワクチン接種後のボランティアから同様に採取した検体6例においては、いずれも80~100%の高いRBD結合阻害活性を有した。
【0057】
[実施例]SARS-CoV-2感染症患者における各SARS-CoV-2抗体の陽性率と予後観察
(1)検体採取と各種抗SARS-CoV-2抗体測定
SARS-CoV-2への感染が確認された患者のうち、中等度症(「Severe」とも判定される)及び重症(「Critical」とも判定される)の患者より、インフォームドコンセントを得たうえで採血を行い、血清検体を調製した(C群、49検体)。発熱、呼吸困難等の発症から採血までの期間は2週間以内とした。C群の各検体について、[参考例]と同様の方法で、抗NC抗体及び抗S1抗体を測定した。
【0058】
図6に、各検体の発症後日数と各種抗体測定値(OD)との関係を示す。
図6Aは、抗NC抗体測定値(IgG NC)を、
図6Bは、抗S1抗体測定値(IgG S)を示す。SARS-CoV-2感染症患者において、抗NC抗体の陽性率は48.0%と高かったのに対し、抗S1抗体の陽性率は4.2%であった。抗NC抗体は、発症後日数が短い検体においても陽性例が見られたのに対し、抗S1抗体は発症11日後以降に見られた。
【0059】
(2)入院重症患者の予後観察
上記のSARS-CoV-2関連症患者49例のうち、入院重症患者21例については、人工呼吸器装着、薬剤投与等の治療が継続された。21例の患者の死亡率を、抗NC抗体陽性群、抗NC抗体陰性群に分けて調査した。
図7に、入院重症患者の抗NC抗体陽性群、抗NC抗体陰性率群の経過日数と死亡率の関係を示す。抗NC抗体陰性群において、有意に死亡率が高くなることが確認された(p=0.022、ログランク検定)。