(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007381
(43)【公開日】2023-01-18
(54)【発明の名称】隕鉄の鍛錬方法及び刃物の製造方法
(51)【国際特許分類】
B21K 11/02 20060101AFI20230111BHJP
C21D 1/70 20060101ALI20230111BHJP
B26B 9/00 20060101ALI20230111BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230111BHJP
C21D 9/18 20060101ALN20230111BHJP
【FI】
B21K11/02
C21D1/70 P
B26B9/00 A
C22C38/00 301H
C22C38/00 302E
C21D9/18
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022045227
(22)【出願日】2022-03-22
(62)【分割の表示】P 2021106953の分割
【原出願日】2021-06-28
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-11-24
(71)【出願人】
【識別番号】518356844
【氏名又は名称】neten株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 重光
【テーマコード(参考)】
3C061
4E087
4K042
【Fターム(参考)】
3C061DD05
3C061EE13
4E087AA02
4E087BA02
4E087CA02
4E087CA03
4E087CB01
4E087CB04
4E087DB15
4E087DB22
4E087DB23
4E087GA09
4E087HA77
4K042AA10
4K042DA01
4K042DD03
(57)【要約】
【課題】隕鉄の特徴を生かした刃物を製造する。
【解決手段】少なくとも鉄及びニッケルを含む隕鉄10を準備し、炉内にふいご2で風を送りながら隕鉄10を炭で加熱し、1410℃以上でニッケルの融点である1455℃以下の温度で隕鉄10を炉から取り出し、隕鉄10を繰り返し叩く。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも鉄及びニッケルを含む隕鉄を準備し、
炉内にふいごで風を送りながら隕鉄を炭で加熱し、
1410℃以上でニッケルの融点である1455℃以下の温度で上記隕鉄を炉から取り出し、
上記隕鉄を繰り返し叩く
ことを特徴とする隕鉄の鍛錬方法。
【請求項2】
藁灰を上記炉から取り出した隕鉄にまぶした後、繰り返し叩く
ことを特徴とする請求項1に記載の隕鉄の鍛錬方法。
【請求項3】
少なくとも鉄及びニッケルを含む複数の隕鉄を準備し、
炉内にふいごで風を送りながら第1の隕鉄を炭で加熱し、第1温度域で該第1の隕鉄を取り出して繰り返し叩く第1の工程と、
炉内にふいごで風を送りながら第2の隕鉄を炭で加熱し、第2温度域で該第2の隕鉄を取り出して繰り返し叩く第2の工程と、
上記第1の工程を経た第1の隕鉄と、上記第2の工程を経た第2の隕鉄とを重ね合わせて積層体を形成する第3の工程と、
炉内にふいごで風を送りながら上記第3の工程で得られた積層体を炭で加熱し、第3温度域で積層体を取り出して繰り返し叩く第4の工程とを含み、
上記第1温度域、上記第2温度域及び上記第3温度域は、1410℃以上でニッケルの融点である1455℃以下の温度である
ことを特徴とする刃物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、隕鉄(鉄隕石)の鍛錬方法及び刃物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属材料からなる細板状の芯材と、芯材を内包し、芯材よりも硬度の高い部分を有する材料からなる外層材から構成される刃体において、芯材と外層材が刃体の両端部又は刃の先端部部において同一平面又は同一曲面を構成し、かつ刃縁の全てが外層材よりなる小刀は知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
一方、流星刀で知られる主成分が鉄とニッケルからなる隕石(隕鉄)を含んだ日本刀が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような隕鉄を材料として、その質感を損なわずに刃物を製造するためには、鍛錬において鉄、炭素以外の非鉄金属(主にニッケルで、他にコバルト、クロム等)を除去するのではなく、互いが溶け合わずにミクロの塊が残った状態で全体にまんべんなく拡散させる必要がある。
【0006】
いわゆる古刀と呼ばれる日本刀には鋼(鉄と炭素の合金)以外の不純物が1割以上含まれている。一方、現代の日本刀は鉄及び炭素以外の成分がほとんど含まれていない。これは日本刀の材料である「けら」(以下、ケラと示す)から玉鋼をつくる際に、不純物が少なく、鉄分が多く、適度な炭素量が含まれる部分を選択的に使用するからである。
【0007】
本願発明者は、古刀と呼ばれる日本刀に近い刃物を再現するにあたってこの不純物に注目し、中でもケイ素化合物(ケイ酸塩)が重要な役割を果たしていることを発見した。
【0008】
そして、一般的に刃物の製造工程において、鍛錬とは、炭素の量を調整し、まんべんなく分散させると共に、鉄以外の不純物を取り除くことを目的としている。一般的な日本刀の材料となる玉鋼の成分は、例えば、炭素が0.9~1.8%、ケイ素が0.05%以下、リンが0.005~0.02%、マンガンと硫黄が痕跡程度である。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、隕鉄の特徴を生かした刃物を製造することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、本願発明者が独自のケラを使用した日本刀造りで得られた知見に基づき、隕鉄を材料として、その質感を維持したまま刃物の製作を可能にするための温度管理の指標を明らかにした。
【0011】
具体的には、第1の発明では、少なくとも鉄及びニッケルを含む隕鉄を準備し、
炉内にふいごで風を送りながら隕鉄を炭で加熱し、
1410℃以上でニッケルの融点である1455℃以下の温度で上記隕鉄を炉から取り出し、
上記隕鉄を繰り返し叩く。
【0012】
上記の構成によると、ニッケルの融点1455℃以下の温度であり、かつ、ニッケルよりも融点が高い鉄が緩む温度で鍛錬を行うことにより、ニッケル及び鉄に加え、コバルト、クロムなどの含有物のいずれもが溶融しない状態で作業を行うことで、隕鉄の特徴である、鉄と非鉄金属が完全に混ざり合わない状態のまま、隕鉄の質感を保持した刃物等を製造することが可能になる。なお、隕鉄は、少なくとも鉄(融点1538℃)及びニッケル(融点1455℃)を含んでいればよく、その他にコバルト(融点1495℃)、クロム(融点1907℃)などが含まれていてもよい。指針となるケイ素の融点である1410℃よりも低い温度であると、鉄やニッケルなどの含有物が十分に緩まず、鍛接が十分に行えない場合がある。ニッケルは部分的に溶けていてもよいが、完全に溶けない必要がある。
【0013】
第2の発明では、第1の発明において、
藁灰を上記炉から取り出した隕鉄にまぶした後、繰り返し叩く。
【0014】
上記の構成によると、藁灰をまぶすことで、藁灰に含まれるガラス質(ケイ酸塩)が被膜をつくり、鉄が酸化するのを防ぐことができる。鉄の融点に近づく(鉄が緩む)につれてニッケルの液状化が進んでいるが、ニッケルの塊が全て液状化するのではなく、周囲が溶けても芯は残っている状態にある。この状態では、藁灰にも含まれるケイ素(ケイ酸塩)が十分に軟化又は液状化しており、炉から隕鉄10を引き出して叩くことにより、ケイ酸塩に取り囲まれた酸化物が叩き出される。鍛接を阻害する酸化物が排除された鉄同士、鉄と非鉄金属が、がっちりと噛み合う。
【0015】
第3の発明では、
少なくとも鉄及びニッケルを含む複数の隕鉄を準備し、
炉内にふいごで風を送りながら第1の隕鉄を炭で加熱し、第1温度域で該第1の隕鉄を取り出して繰り返し叩く第1の工程と、
炉内にふいごで風を送りながら第2の隕鉄を炭で加熱し、第2温度域で該第2の隕鉄を取り出して繰り返し叩く第2の工程と、
上記第1の工程を経た第1の隕鉄と、上記第2の工程を経た第2の隕鉄とを重ね合わせて積層体を形成する第3の工程と、
炉内にふいごで風を送りながら上記第3の工程で得られた積層体を炭で加熱し、第3温度域で積層体を取り出して繰り返し叩く第4の工程とを含み、
上記第1温度域、上記第2温度域及び上記第3温度域は、1410℃以上でニッケルの融点である1455℃以下の温度である構成とする。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、本発明によれば、隕鉄の素材を完全に溶かしてしまうことなく、隕鉄の特徴を生かした刃物を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態に係る包丁の製造方法を示すフローチャートである。
【
図7】実施例にかかるX線成分調査の結果を示す表である。
【
図8】X線成分調査の各調査部位を示す写真である。
【
図9】隕鉄を炉から引き出す際の(a)1回目及び(b)2回目の炎の変化を調べた実験結果を示すグラフである。
【
図10】隕鉄を炉から引き出す際の(c)3回目及び(d)4回目の炎の変化を調べた実験結果を示すグラフである。
【
図11】隕鉄を炉から引き出す際の(e)5回目の炎の変化を調べた実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0019】
図2は本発明の実施形態に係る隕鉄の鍛錬方法に用いる、ふいご1を示す。このふいご1は、古くから日本国内で一般的に用いられており、木製のふいご本体2の内部を板状のピストン3が把手4を押し引きすることで水平移動するようになっている。ピストン3の移動に伴ってふいご本体2上部に設けた吸込弁5から空気を吸い込み、吐出弁6から空気を吐出して送風孔7から空気を勢いよく送風するように構成されている。
【0020】
図示しないが、送風孔7のある部分には、石材などで囲まれた炉が設けられており、炉内の木炭(例えば、
図3に示す松炭に代表される炭8)などを燃やすことができるようになっている。ここでの炭8は、松炭に限定されないが、松炭だと、急速に高温に達し安く、また下降も早い。松炭は、火が起きやすく、ふいご1による火力調整が容易である。さらに、松炭は、ナラ、クヌギなどの堅炭のようにばらけて粉炭になって蓄積することはなく、灰になって飛んでいくので、掻き出さなくてもどんどん継ぎ足せるというメリットがある。
【0021】
現在、一般的に刀工に使われている玉鋼は、畳2~3畳程度の大きさになるケラから、できるだけ不純物のない、鉄分が集中する部分を取り出して使っている。
【0022】
一方、本発明の実施形態で用いるケラ9(
図4に示す)は、砂鉄に炭(落葉樹などの雑木の木炭など)を加えて燃焼(還元)させてつくる。砂鉄は完全には溶融しない。ここでは、還元のための「るつぼ」の役割を果たすためにも、崩れやすい松炭よりも雑木の木炭が適している。鉄鉱石と比べ、砂鉄には鉄以外の成分(例えば、ケイ酸塩、酸化カルシウムなど)が比較的多く入っており、そこに含まれるケイ素(二酸化ケイ素、ケイ酸塩化合物、ケイ酸塩鉱物等)が鉄の酸化を防ぐコーティングとして重要な働きをすることが分かった。場合によって貝殻などのカルシウム成分(例えば、炭酸カルシウムなど)を加えてもよい。貝殻だと藁灰のように飛んでいく心配はない。本実施形態では、一般的な玉鋼のように小割にしない。小割にするときにケイ酸塩等が飛び散ってしまわないようにするためである。
【0023】
このようなケラ9を鍛錬する際、分散して含まれるケイ素(二酸化ケイ素、ケイ酸塩化合物、ケイ酸塩鉱物等)が軟化又は液状化する温度(ケイ素の融点である約1410度)に達すると、ふいご2で風を送ったときに、その液状化したケイ素が「動く」感覚が生じる(具体的には、把手4を押して空気を送るときのピストン3の抵抗が弱くなる感覚が生じる)。炭8のみだと1200℃が最高燃焼温度であるが、鉄が一部燃焼するような現象で、鉄自身は1400℃を超える温度になる。例えば、二酸化ケイ素そのものの融点は1710℃であるが、実際には二酸化ケイ素とその混合物が存在するので、1410℃程度で軟化又は液状化していると考えられる。
【0024】
この「ケイ酸塩が動く感覚」の目安となるのがニッケルの反応である。ニッケルの融点は約1455度(ケイ素の融点は1410度程度で比較的近い)であり、炎全体が部分的に赤っぽくなったときはニッケルが溶け始める状態である。このとき、ケイ酸塩はすでに軟化又は液状化していると考えられる。
【0025】
つまり、炉から鋼(ケラ9)を引き出すタイミングとして1410℃以上で1455℃以下の狭い温度範囲を目指しつつ、同時に、鉄が液状化せずに緩む温度範囲(1538℃未満)にも達する環境を実現するのが望ましい。
【0026】
図5に示すように、隕鉄10としては、ものによってその成分が異なるが、鉄を主成分とし、ニッケルの割合も高い。他にコバルト、クロムなどが含まれていてもよい。融点は、それぞれ、鉄1538℃、ニッケル1455℃、コバルト1495℃及びクロム1907℃である。なお、隕鉄10の中には、18-8ステンレスと成分が極めて近似しているものもある。18-8ステンレスは、鉄、ニッケル及びクロムが全体に均一に分布しているが、隕鉄10の場合は、ニッケル及びクロムは、均一に分布しているのではなく、まばらに分散している。隕鉄10は、大気圏に突入する際に高温で燃えるため、炭素はほぼ燃えてなくなっており、全体としてみると、鋼よりも純鉄に近い柔らかさがある。しかしながら、まばらに分布したニッケル、コバルトやクロムが純鉄にはない、独特の様子を生み出している。この独特の様子は、隕鉄の特徴そのもので、結合が安定している。なお、数十億年の経過で鉄と非鉄金属が極めて強固に結合しているため、人工的にこのような組成を混ぜた合金に比べると結晶構造が安定しているという利点がある。
【0027】
組成の特徴を生かすためには、ニッケル、コバルト、クロム等が完全に溶けて液状化しない結合が安定した状態で隕鉄10の鍛錬を行わなければならない。
【0028】
具体的には、ニッケルの融点1455℃以下の温度であり、かつ、ニッケルよりも融点が高い鉄(融点1538℃)が緩む温度で鍛錬を行う。
【0029】
つまり、炎全体に鉄と関連する(黄色み)が現れ始めた後、炎が部分的にニッケルと関連する赤色を帯び、ニッケルが緩んでいる状態であり、かつ、鉄も緩んでいる状態が望ましい。
【0030】
鉄の融点に近づく(鉄が緩む)につれてニッケルの液状化が進んでいるが、ニッケルの塊が全て液状化するのではなく、周囲が溶けても芯は残っている状態にある。
【0031】
この状態では、ケイ酸塩が十分に液状化しており、炉から隕鉄10を引き出して叩くことにより、ケイ酸塩に取り囲まれた酸化物が叩き出される。鍛接を阻害する酸化物が排除された鉄はがっちりと噛み合う状態にある。
【0032】
このように、炎全体が赤色でかつ黄色みを帯びている状態でタイミングよく隕鉄10を炉から引き出して叩くことで、鉄同士、又は鉄と非鉄金属(ニッケル、コバルト、クロム)がマジックテープ(登録商標)のように噛み合いやすい状態で鍛接することができる。
【0033】
なお、クロムは、融点が1907度と非常に高いため、炭の燃焼温度では緩まずミクロの塊の状態のまま残っており、鉄がその塊を取り囲むようにしてクロムと強固に噛み合う。これにより、一般的な製造法で隕鉄10の刃物をつくった場合に生じる、金属同士の伸び率の違いによるヒビや剥離の発生率を抑えることができる。
【0034】
以上のように、ニッケル、鉄、コバルト及びクロムがいずれも溶融しない状態で作業を行うことで、隕鉄10の特徴である「鉄と非鉄金属が完全に混ざり合わない状態」のまま、隕鉄10の質感を保持した刃物を製造することが可能になる。
【0035】
-包丁の製造方法-
次に、本実施形態に係る包丁の製造方法について
図1を用いて説明する。
図6に示すような包丁11を製造する場合、皮鉄に靱性のある隕鉄10を使い、芯鉄に硬い鋼(ケラ9)を使用する。
【0036】
まず、ステップS01の前工程で、鉄だけでなく他の混合物を適量に含む砂鉄に炭(木炭)等を混ぜて燃やし、ケラ9を生成しておく。場合によっては貝殻を加えてもよい。上述したように、一般的に流通する玉鋼よりも、ケイ酸塩などが残る、独自に砂鉄から製造したケラ9が望ましい。このケラ9は、従来の玉鋼のような大きなものではなく、台に載る大きさが望ましい。ケラ9を載せる、てこ棒の先端の台は、ケラ9と同じ成分で作成しておく。
【0037】
次いで、ステップS02の準備工程において、台に載る適切なサイズ及び量のケラ9及び隕鉄10を準備する。隕鉄10を載せる、てこ棒の先端の台についても、隕鉄10と同じ成分で作成しておく。
【0038】
そして、第1の工程に入り、ステップS03の隕鉄積み沸かし工程において、皮鉄用の複数の隕鉄10を台の上に載せ、木炭、例えば、炭8を十分に燃やした炉に入れて加熱する。
【0039】
次に、ステップS04の隕鉄取出工程において、炎により隕鉄10の温度が高くなってくると、いわゆる「鉄が沸く」ジューという音が聞こえる。このとき、鉄は、融点には至っていないが、浸炭された表面部分は一部溶けている。浸炭された鉄は、融点が低くなるためである。
【0040】
鉄が沸き始めて例えば10秒から20秒程度立つと、炎の色が部分的に赤っぽくなる。そして、ふいごを押したときの反力が弱くなったころを見計らって隕鉄10を取り出す。このときの隕鉄10の第1温度域T1は、ケイ素の融点1410℃以上であるが、ニッケルの融点である1455℃以下の温度であると考えられる(1410℃≦T1≦1455℃)。1455℃を超えてニッケルが完全に溶けてしまわないように十分に注意する。
【0041】
次いで、ステップS05の隕鉄折り返し鍛錬工程において、赤くなった隕鉄10を藁灰でまぶした後、折り返し鍛錬を行う。最初に叩くときには、積み重ねた隕鉄10を噛み合わせるようにして叩く。その後は、ステップS03~S04を繰り返し、折り返し鍛錬を5回程度行う。折り返すことで層ができ、隕鉄10に粘りが生じる。人力で叩いてもよいし、機械で叩いてもよい。5回という回数は、そのときの材料、温度、気圧などに左右される。藁灰は、例えば、イネ科の植物を乾かした藁を灰にしたものであり、通常は、二酸化ケイ素、酸化カルシウム、リン酸などが多く含まれる。
【0042】
1410℃の辺りで、藁灰に含まれるケイ酸塩(二酸化ケイ素、ケイ酸カルシウムなど)が溶けてガラス状になり、液状になると、ふいごで風を送ったときに、その液状部分によってふいごを押したときの反力が弱くなると考えることもできる。
【0043】
炉から取り出した隕鉄10を叩くと、隕鉄10内の液状のケイ酸塩が飛び散って鉄同士がっちり噛み合う。藁灰がないと隕鉄10の表面が酸化して酸化物が噛んでしまうため、鉄が噛み合いにくくなる。折り返し鍛錬を繰り返す度にニッケル、コバルト、クロム等がミクロの塊の状態のまま分散していく。
【0044】
次に、ステップS06の皮鉄成形工程において、折り返し鍛錬を行った隕鉄10を叩いて断面U字状に成形する。皮鉄となる断面U字状の隕鉄10は、藁灰を十分にまぶして酸化を防いだ状態で、てこ棒の先端の台に結合されたままの状態で置いておく。このとき、断面をU字状にするのではなく、隕鉄10を2つに割ってもよい。
【0045】
次いで、第2の工程に移り、ステップS07の鋼積み沸かし工程において、芯鉄(刃鉄)用の複数(1つでもよい)のケラ9を台の上に載せ、木炭、例えば、炭8を燃やした炉に入れて加熱する。
【0046】
次に、ステップS08の鋼取出工程において、ふいごを押したときの反力が弱くなったころを見計らってケラ9(鋼)を取り出す。この取り出すタイミングが遅れると、鋼が柔らかくなりすぎてばらけてうまく繋がらない。このときの第2温度域T2は、鋼に含まれるケイ酸塩などが液状になる1410℃程度が適していると考えられるが、この場合は、隕鉄10の場合のように、ニッケルを含まないので、第2温度域T2の上限は1455℃に限定されないが、脱炭が進みすぎないように同様に1455℃よりも低くするのが望ましい。
【0047】
次いで、ステップS09の鋼折り返し鍛錬工程において、赤くなった鋼に対して折り返し鍛錬を行う。隕鉄10のようにニッケル、コバルト、クロム等を含まないので、折り返した場合にも比較的接合しやすい。
【0048】
次いで、第3の工程に移り、ステップS10の積層工程において、芯鉄が断面U字状の皮鉄に嵌合できる板状となったところで、てこ棒から切り離し、皮鉄で嵌め込んで藁灰を十分にまぶす。これにより、3層の積層体のような構造となる。なお、隕鉄10を2つに割った皮鉄の場合には、てこ棒の先の台に結合された芯鉄を2枚の皮鉄で挟み込む。藁灰をまぶすことで、藁に含まれるガラス質が被膜をつくり、鉄が酸化するのを防ぐことができる。
【0049】
次に、ステップS11の積層体加熱工程において、皮鉄で覆われた芯鉄(積層体)を炉に入れて加熱する。下記実施例で示したように、隕鉄10は鉄、ニッケル及びその他微量のコバルト、クロム等が主成分であり、そのままでは鋼と結合しにくい(噛み合わせにくい)。鉄の融点が1538℃、ニッケル1455℃、コバルト1495℃、クロム1907℃であり、鉄が溶けない(柔らかくなって鍛えられる硬さ)程度で温度が上下することで、低いときはニッケルと結合(噛み合わせ)しやすくなり、高いときには鉄の融点に近づいてコバルト、クロム等と結合(噛み合わせ)しやすくなる。このように、どの金属も液状に溶けていない状態が重要で、鋼と、隕鉄10から鍛えた金属が、マジックテープのようにくっつく状態をつくる。
【0050】
ニッケルと結合しやすい温度域では、ニッケルと関連する独特の色(赤みがかった色)が出る。その一瞬の色の変化で温度の上下を「ふいご2」で調節する。このときの積層体の第3温度域T3は、ケイ素の融点1410℃以上で、ニッケルの融点である1455℃以下の温度であると考えられる(1410℃≦T3<1455℃)。
【0051】
上記のような炎の色による調整の他に、鉄が柔らかくなったとき、ふいご2を手で調節しているときのその圧がフッと緩むときがある。それも、鉄がニッケル、コバルトやクロムなどの他の金属と接合しやすい状態になったタイミングと考えられる。
【0052】
次いで、ステップS12の沸かし延ばし工程において、赤くなった積層体を繰り返し叩き、包丁11の形に整える。このとき、芯鉄と皮鉄とが接合されにくいときがある。その場合、予め隕鉄10を削ったときに出てくる金属粉を意図的に酸化させた(錆びさせた)接着剤を用いる。この接着剤を芯鉄と皮鉄との間に振りかけることで、接合しやすくなる。
【0053】
成形の際に、時折、水をかけてハンマーで叩く。温度の高い積層体によって水蒸気爆発を起こさせて表面の不純物(酸化物)を飛ばす。柔らかい皮鉄と硬い芯鉄とでは、伸び率が違う(柔らかい皮鉄が伸びやすい)ので、ずれて割れやすいこともあるが、割れないように延ばす。
【0054】
そして、先端を叩いて細くして柄14に入る中子(茎子)15をハンマーで叩き出す。
【0055】
形が整ったところで、寸法を測って刀身12部分を切り出す。
【0056】
切り出した後は、平箸等で掴んで適宜炉で加熱しながらスプリングハンマーなどの機械やハンマーで繰り返し叩いて包丁11の刀身12の形に成形する。この段階では、もう藁灰はまぶさない。
【0057】
そして、適宜、形が整ったところで銘を入れる。
【0058】
次いで、ステップS13の焼き入れ工程において再び炉に入れて加熱した後、水に入れて焼き入れする。すると、
図6に示すように、鋼で構成される刃先13部分は、酸化物がなくなって白くなり、隕鉄10で構成される皮鉄16部分が黒くなっているのが分かる。910℃程度で鉄がオーステナイト組織に変わり、そこから急激に常温程度に下げると、マルテンサイト組織に変わる。炭素がほとんど含まれない隕鉄10で構成される皮鉄16は、全く変化しないが、刃先13を構成する鋼部分が焼き入れされる。
【0059】
次に、ステップS14の焼き戻し工程において、低温で熱し硬さと柔軟性を与える。刀身12にゆがみが生じた場合には、ハンマーで叩く。このとき、外側が隕鉄よりなる皮鉄で覆われているので、割れることはない。鋼だけだと割れやすいこともある。この火の作業だけで3時間程度かかる。
【0060】
次いで、ステップS15の研ぎ工程において、包丁11の刀身12を研ぐ。目の粗い砥石から徐々に目の細かい砥石で研ぐ。ケイ酸塩が含まれていることで、一見、表面が滑らかには見えないが、実はこのケイ酸塩が「遊び」の役割を果たしており、細かい目の砥石で研ぐことで鉄が動いて隙間が少なくなり、錆びにくくなる。あくまでも錆びにくさという実用性を追究した結果ではあるが、この状態では微細な傷が目立たないだけではなく、乱反射が生じるため、現代刀では輝きが平面的であること比べて、輝きが立体的に見えるという美術的価値を生み出すことができる。
【0061】
最後に、中子15の部分に柄14を差し込んで包丁11が完成する。
【0062】
ケラ9から作成した芯鉄で包丁11の刃先13(実際に食材に触れる部分)にしたのは、隕鉄10を刃先にすると、研いだときにニッケル成分やクロム成分が残り、切断したときに引っ掛かり感が生じてしまうためである。また、鋼の方が硬く刃先には適しているからである。
【0063】
皮鉄で芯鉄を包むことで、隕鉄10の特徴が外観に現れる。芯鉄を、炭素を含むケラ9(鋼)から製造するので、全体の硬さも確保される。
【0064】
したがって、本実施形態に係る刃物の製造方法によると、隕鉄10の特徴を生かした包丁11を製造することができる。
【0065】
-実施例-
図7及び
図8に示すように、実際に製造した包丁11について、その材料と共に元素の質量割合をX線分析した。化合物の質量ではなく、元素そのものの質量割合を調べている。
【0066】
部位1、2及び7が包丁11の各部を、部位3、4、5及び6が隕鉄10の分析結果を示す。
【0067】
包丁11の部位1は特に刃先13部分であり、鋼であることからニッケルはほとんど含まれていなかった。ケラ9から含まれるケイ素については若干残っている。
【0068】
包丁11の部位2は、隕鉄10で構成される皮鉄部分であり、ニッケルの質量割合が15%と高い。また、コバルトが多少含まれている。
【0069】
隕鉄10は、物や部位によっても含有物の質量割合が異なるようであり、ニッケルは、6~9%は含まれ、他にコバルトやケイ素が含まれている。本実施例ではクロムは少ないかほぼ含まれていなかった。
【0070】
なお、本実施例における、X線分析の特徴としては、指定した元素で合計100%の質量割合を調べたため、指定されていない元素は含まれていない。
【0071】
-実験-
隕鉄10を炉から引き出す際の炎の変化をコニカミノルタ社の分光放射照度計(CL-500A)を使用して計測した。
【0072】
実際に刀工が炉から5回、隕鉄10を引き出したタイミングの炎の色の変化を調べた。その結果を
図9~
図11に示す。
【0073】
各図において、主波長の線は、スペクトル軌跡を示し、単色の光(赤・橙・黄・緑・青・藍・青紫)を波長(mm)で表している。Y軸は、大きいほど緑が強く、小さいほど青が強い。x軸は、小さいほど青が強く、大きいほど赤が強い。△は、鉄が沸く(ジューと音がする)状態が起こる前の20秒間で、□は、鉄が沸いている状態で、○は、炉から隕鉄を引き出すまでの10秒間である。
【0074】
図9(a)1回目から
図11(e)5回目までのそれぞれにおいて、○(隕鉄を引き出す10秒前)が赤の方向に寄っている。1回目から5回目に進むにしたがって、全ての点が一か所に集中している。つまり、鍛錬によって物質(小さい塊が残っていても)が均等になってきていることが分かる。
【0075】
まとめると、各回のポイントにばらつきがあったが、最後に炉から引き出した(e)5回目ではポイントが小さい範囲に集中している。これは「鉄が沸き始める状態」から「隕鉄10を炉から引き出す直前」までのプロセスにおいて炎の色のばらつきが少なくなったことを示している。
【0076】
このことから、鍛錬の最終段階において、非鉄金属をはじめとする組成物がまんべんなく分布する状態になったと推察される。
【0077】
(その他の実施形態)
本発明は、上記実施形態について、以下のような構成としてもよい。
【0078】
すなわち、上記実施形態では、刃物として包丁の例を示したが、隕鉄の鍛錬方法は、日本刀、短刀、ナイフ等の他の刃物にも応用できる。例えば、日本刀では、100%隕鉄10で鍛錬を行うこともできる。この場合は、芯鉄部分も皮鉄部分もそれぞれ隕鉄を鍛錬するとよい。芯鉄部分と皮鉄部分とで材質の異なる隕鉄を用いてもよいし、同様の材質の隕鉄を用いてもよい。いずれの場合においても、第1温度域及び第3温度域と同様に、第2温度域も1410℃≦T2≦1455℃とするとよい。隕鉄と鋼を組み合わせて日本刀を製造する場合、例えば、芯鉄に靱性のある隕鉄10を使い、皮鉄には炭素量が多く硬い鋼(ケラ9)を使用してもよい。
【0079】
上記実施形態では、芯鉄部分を独自のケラ9を用いて鍛錬した。詳しい説明は省略するが、一般的な玉鋼をケラ9の代わりに用いてもよい。
【0080】
なお、以上の実施形態は、本質的に好ましい例示であって、本発明、その適用物や用途の範囲を制限することを意図するものではない。
【符号の説明】
【0081】
1 ふいご
2 ふいご本体
3 ピストン
4 把手
5 吸込弁
6 吐出弁
7 送風孔
8 炭
9 ケラ
10 隕鉄
11 包丁
12 刀身
13 刃先(芯鉄)
14 柄
15 中子
16 皮鉄