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2023-73871吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法
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  • -吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法 図1
  • -吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法 図2
  • -吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法 図3
  • -吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023073871
(43)【公開日】2023-05-26
(54)【発明の名称】吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/26 20060101AFI20230519BHJP
   B01J 20/30 20060101ALI20230519BHJP
   B01D 15/00 20060101ALI20230519BHJP
   C07K 5/11 20060101ALN20230519BHJP
   C07K 7/06 20060101ALN20230519BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20230519BHJP
   C01G 55/00 20060101ALN20230519BHJP
   C01G 21/00 20060101ALN20230519BHJP
   C07B 57/00 20060101ALN20230519BHJP
【FI】
B01J20/26 G
B01J20/26 E ZNA
B01J20/30
B01D15/00 M
B01D15/00 N
C07K5/11
C07K7/06
C12N15/09 Z
C01G55/00
C01G21/00
C07B57/00 346
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021186608
(22)【出願日】2021-11-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.刊行物に発表 発行所名:公益社団法人 日本生物工学会 刊行物名:生物工学若手研究者の集い 第三回オンラインセミナー 要旨集 頒布年月日:令和2年11月19日 2.集会において発表 集会名:生物工学若手研究者の集い 第三回オンラインセミナー 開催日:令和2年11月21日 3.刊行物に発表 発行所名:秋田化学技術協会 刊行物名:秋田化学技術協会 第55回研究技術発表会 要旨集 頒布年月日:令和3年2月18日 4.集会において発表 集会名:秋田化学技術協会 第55回研究技術発表会 開催日:令和3年2月19日 5.ウェブサイトにおいて発表 掲載アドレス:http://www3.scej.org/meeting/thk2020/abst/A122.pdf 掲載年月日:令和3年6月24日 6.集会において発表 集会名:化学工学会 秋田大会 開催日:令和3年7月1日 7.ウェブサイトにおいて発表 掲載アドレス:http://www3.scej.org/meeting/thk2020/abst/B210.pdf 掲載年月日:令和3年6月24日 8.集会において発表 集会名:化学工学会 秋田大会 開催日:令和3年7月2日 9.ウェブサイトにおいて発表 掲載アドレス:http://www3.scej.org/meeting/52f/abst/VJ118.pdf 掲載年月日:令和3年9月8日 10.集会において発表 集会名:化学工学会 第52回秋季大会 開催日:令和3年9月22日 11.ウェブサイトにおいて発表 掲載アドレス:http://www3.scej.org/meeting/52f/abst/PA353.pdf 掲載年月日:令和3年9月8日 12.集会において発表 集会名:化学工学会 第52回秋季大会 掲載年月日:令和3年9月21日~令和3年9月25日
(71)【出願人】
【識別番号】504409543
【氏名又は名称】国立大学法人秋田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】後藤 猛
(72)【発明者】
【氏名】横田 早希
(72)【発明者】
【氏名】モルウ ジーエフ スティーブンス
【テーマコード(参考)】
4D017
4G048
4G066
4H006
4H045
【Fターム(参考)】
4D017AA01
4D017BA03
4D017BA13
4D017CA13
4D017CA14
4D017CB01
4D017DA03
4G048AB09
4G048AD03
4G066AA22C
4G066AC33A
4G066AC33B
4G066CA19
4G066CA46
4G066DA07
4G066EA01
4G066FA36
4G066FA40
4H006AA02
4H006AC83
4H006AD17
4H045BA13
4H045BA14
4H045BA50
4H045BA60
4H045EA61
4H045FA10
(57)【要約】
【課題】環境負荷が小さく、エネルギー消費量が少なく、大規模設備を必要とせず、処理困難な沈殿物や廃液が多量に発生するなどの問題が生じず、分離することが難しいとされている金属イオン、特に、重金属イオン、白金族元素のイオンを選択的に分離可能であり、あるいは、分離することが難しいとされている鏡像異性体の一方を選択的に分離可能である、吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法を提供する。
【手段】接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、前記吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種を選択的に吸着する、吸着剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、
前記吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、
負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種を選択的に吸着する、吸着剤。
【請求項2】
前記吸着ドメインが、KKKXKKK、または、HHHXHHH(Kはリジン残基、XはDOPA残基、Hはヒスチジ残基を示す。)である、
請求項1に記載の吸着剤。
【請求項3】
前記吸着ドメインが、KKKKKK(Kはリジン残基を示す。)である、
白金族金属を選択的に吸着する、請求項1に記載の吸着剤。
【請求項4】
接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、
前記吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、
正電荷を有する鏡像異性体化合物、および、重金属から選ばれる1種を選択的に吸着する、吸着剤。
【請求項5】
前記吸着ドメインが、EEEEEE(Eはグルタミン酸残基を示す。)であり、
Pb(II)を選択的に吸着する、請求項4に記載の吸着剤。
【請求項6】
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを交互に有するペプチド配列である、請求項1~5のいずれか1項に記載の吸着剤。
【請求項7】
前記接着ドメインが、XKXKX(Xは、DOPA残基、Kはリジン残基を示す)である、請求項1~6のいずれか1項に記載の吸着剤。
【請求項8】
前記多孔性粒子が、シリカ粒子である、請求項1~7のいずれか1項に記載の吸着剤。
【請求項9】
接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、
前記吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む、吸着剤を用いて、
負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種を選択的に吸着分離する、分離方法。
【請求項10】
接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、
前記吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む、吸着剤を用いて、
正電荷を有する鏡像異性体化合物、および、重金属から選ばれる1種を選択的に吸着分離する、分離方法。
【請求項11】
接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列を、吸着対象を吸着した状態で、多孔性粒子の細孔内キャビティに固定する工程、pHを調整することで、吸着対象を脱離させる工程、を備え、
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、
前記吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、
前記吸着対象が、負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種である、請求項1~3のいずれか1項に記載の吸着剤の製造方法。
【請求項12】
接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列を、吸着対象を吸着した状態で、多孔性粒子の細孔内キャビティに固定する工程、pHを調整することで、吸着対象を脱離させる工程、を備え、
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、
前記吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、
前記吸着対象が、正電荷を有する鏡像異性体化合物、および、重金属から選ばれる1種である、請求項4または5に記載の吸着剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
混合物の中から目的とする物質を分離することは、化学工業の分野において必要不可欠なプロセスであり、操作条件、簡便性、効率などの観点から、吸着分離を目的とした担体の開発が行われてきた。しかしながら、分子構造や物性が酷似している物質の混合物を対象とする場合は、吸着分離担体には高い選択性も求められる。
【0003】
白金族元素(ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金)は、融点が高く、耐熱性や耐蝕性に優れ、特異な触媒特性を有することから、白金族の金属や合金は、自動車用排ガス触媒や宝飾品、化学工業用の触媒のほか、電気・電子部品、歯科用合金、医療用カテーテル、各種センサ部品など、社会のあらゆる分野に用途が広がっており、需要は増大傾向にある。
【0004】
白金族金属の製錬については、白金族金属が同じ貴金属の金や銀と性質が類似していることに加えて鉄やニッケルと同族であるため、マットとよばれる硫化物を白金族元素の抽出媒体とし、分離・濃縮して抽出される工程が一般的である。乾式法によって得られた高濃度の白金族金属を含む電炉マットは、湿式法によりニッケル、銅、コバルトなどの卑金属成分が浸出分離され、得られた精鉱残差からそれぞれの単体白金族金属が分離抽出されるが、この湿式製錬は多段の処理工程を経る長い時間と手間のかかるものとなっており、白金族金属の製錬は、環境負荷が大きく大量のエネルギーを消費するものとなっている。
【0005】
一方、白金族金属のリサイクルについては、主たる対象の工業製品中の白金族金属の存在形態や濃度が製品によって大きく異なり、共存する元素も多様であるため、テーラーメイドのプロセスとなっている。処理速度が大きく回収効率も高い乾式法が工業的に利用されることが多いが、大規模設備を必要とし立地にも制約がある。湿式法は、廃棄物を直接、酸またはアルカリで溶解処理し、水溶液中の白金族金属を溶媒抽出する方法であり、設備コストが小さいという利点はあるものの、処理困難な沈殿物や廃液が多量に発生するなどの問題がある。
【0006】
一方、鏡像異性体については、医薬や農薬などに使用される化学物質にはキラルな化合物が多く、それらの生理活性は鏡像異性体間で大きな差があるため、これらを高度に分離するための技術開発に対する要求は高い。鏡像異性体はその物理的化学的性質がほとんど同じであるため、鏡像異性体の分離と分取には、キラル固定相を用いる高速液体クロマトグラフィー(HPLC)が適しており、これまで数多くのキラル固定相の開発が行われてきているが、どんな鏡像異性体に対しても万能な固定相はなく、また、既存のキラル固定相では分離困難な化合物も多く存在するため、新しいキラル固定相の開発が常に求められている。
【0007】
上記背景技術を解決するための技術として、金属イオンやアミノ酸誘導体等のキラル分子を鋳型とし、有機モノマーを材料として有機高分子に分子インプリントする研究が数多く行われている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献1】C. Alexander et al., Molecular imprinting science and technology: a survey of the literature for the years up to and including 2003, J. Mol. Recognit., 19 (2006) 106-180
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
標的物質を鋳型として相補的な型をとる分子インプリント技術は、高い特異性を有する分子認識化合物を簡便に得る方法として近年注目されており、その主流は、上記非特許文献1のように、有機高分子の活用である。これは、鋳型分子に有機モノマーを非共有結合的または共有結合的に結合させ、これを架橋剤と共に重合した後に鋳型分子を除去することにより、鋳型分子およびその類似化合物に対して分子認識能を有する分子インプリント高分子を得るものである。これまで、鏡像異性体であるD-あるいはL-アミノ酸およびその誘導体や金属イオンを鋳型とした分子インプリント有機高分子材料の創製も試みられている。しかしながら、得られた有機高分子材料は鋳型分子に対して選択性を有しているが、必ずしも十分とは言えない。
【0010】
以上、本発明は上記課題を解決するものであり、(1)環境負荷が小さく、エネルギー消費量が少なく、(2)大規模設備を必要とせず、処理困難な沈殿物や廃液が多量に発生するなどの問題が生じず、(3)分離することが難しいとされている金属イオン、特に、重金属イオン、白金族元素のイオンを選択的に分離可能であり、あるいは、分離することが難しいとされている鏡像異性体の一方を選択的に分離可能である、吸着剤、該吸着剤を用いた分離方法、および、該吸着剤の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、鋭意検討の結果、特定構造のペプチド配列と多孔性粒子とを組み合わせることにより、上記課題を解決可能であることを見出し、以下の発明を完成させた。
【0012】
[1] 接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、前記吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種を選択的に吸着する、吸着剤。
【0013】
[2] 前記吸着ドメインが、KKKXKKK、または、HHHXHHH(Kはリジン残基、XはDOPA残基、Hはヒスチジ残基を示す。)である、[1]に記載の吸着剤。
【0014】
[3] 前記吸着ドメインが、KKKKKK(Kはリジン残基示す。)である、白金族金属を選択的に吸着する、[1]に記載の吸着剤。
【0015】
[4] 接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、前記吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、正電荷を有する鏡像異性体化合物、および、重金属から選ばれる1種を選択的に吸着する、吸着剤。
【0016】
[5] 前記吸着ドメインが、EEEEEE(Eはグルタミン酸残基示す。)であり、Pb(II)を選択的に吸着する、[4]に記載の吸着剤。
【0017】
[6] 前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを交互に有するペプチド配列である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の吸着剤。
【0018】
[7] 前記接着ドメインが、XKXKX(Xは、DOPA残基、Kはリジン残基を示す)である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の吸着剤。
【0019】
[8] 前記多孔性粒子が、シリカ粒子である、[1]~[7]のいずれか1項に記載の吸着剤。
【0020】
[9] 接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、前記吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む、吸着剤を用いて、負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種を選択的に吸着分離する、分離方法。
【0021】
[10] 接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列、および、多孔性粒子を有し、前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、前記吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む、吸着剤を用いて、正電荷を有する鏡像異性体化合物、および、重金属から選ばれる1種を選択的に吸着分離する、分離方法。
【0022】
[11] 接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列を、吸着対象を吸着した状態で、多孔性粒子の細孔内キャビティに固定する工程、pHを調整することで、吸着対象を脱離させる工程、を備え、前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、前記吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、前記吸着対象が、負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種である、[1]~[3]のいずれか1項に記載の吸着剤の製造方法。
【0023】
[12] 接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列を、吸着対象を吸着した状態で、多孔性粒子の細孔内キャビティに固定する工程、pHを調整することで、吸着対象を脱離させる工程、を備え、前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、前記吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、前記吸着対象が、正電荷を有する鏡像異性体化合物、および、重金属から選ばれる1種である、[4]または[5]に記載の吸着剤の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明の吸着剤を用いた分離方法においては、(1)環境負荷が小さく、エネルギー消費量が少なく、(2)大規模設備を必要とせず、処理困難な沈殿物や廃液が多量に発生するなどの問題が生じず、(3)分離することが難しいとされている金属イオン、特に、重金属イオン、白金族元素のイオンを選択的に分離可能であり、あるいは、分離することが難しいとされている鏡像異性体の一方を選択的に分離可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1図1(a)は、実施例2において、pH6.0で調製したD-Lac-iPSPについて、D‐乳酸の吸着におけるpH依存性を示すグラフである。図1(b)は、実施例2において、pH6.0で調製したL-Lac-iPSPについて、L‐乳酸の吸着におけるpH依存性を示すグラフである。
図2図2は、実施例5において、pH2.0で調製したPd(II)-iPSPについて、自動車触媒の粉砕物からの塩酸抽出模擬溶液における各金属濃度(図2(a))、および、脱離回収溶液中の各金属濃度(図2(b))を示すグラフである。
図3図3は、実施例6において、pH2.0で調製したRh(III)-iPSPについて、自動車触媒の粉砕物からの塩酸抽出模擬溶液における各金属濃度(図3(a))、および、脱離回収溶液中の各金属濃度(図3(b))を示すグラフである。
図4図4(a)は、ペプチドの吸着ドメインのヒスチジン残基(H)が、乳酸を吸着する様子を示す模式図である。図4(b)は、吸着ドメインのヒスチジン残基(H)が、白金族塩化物イオン錯体(PtCl 2-))を吸着する様子を示す模式図である。図4(c)は、吸着ドメインのリジン残基(K)が、乳酸を吸着する様子を示す模式図である。図4(d)は、吸着ドメインのリジン残基(K)が、白金族塩化物イオン錯体(PtCl 2-)を吸着する様子を示す模式図である。
図5図5は、本願の吸着剤の製造方法の各工程を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
<吸着剤>
本発明の吸着剤は、特定のペプチド配列、および、多孔性粒子を有する。本発明の吸着剤は、特定のペプチド配列により対象を選択的に吸着するものであるが、分子認識の厳格性を向上すべく、無機材料である多孔性粒子の剛性を利用している。つまり、本発明の吸着剤は、有機物質である特定のペプチド配列と無機多孔性粒子とを活用した、有機‐無機ハイブリッド型のものであり、特定のペプチド配列の柔軟な分子認識構造が無機多孔性粒子によって剛性が付与されている点において、従来の分子インプリント有機高分子とは異なる構造となっている。
【0027】
特定のペプチド配列と、多孔性粒子との結合は、上記したように、特定のペプチド配列に、多孔性粒子の剛性を付与できるのであれば、結合形態は特定に限定されないが、剛性付与を効果的に行う観点から、特定のペプチド配列は、多孔性粒子の細孔内キャビティに保持されるように、両者が結合されていることが好ましい。
【0028】
(ペプチド配列)
ペプチド配列は、接着ドメインと吸着ドメインとを備えている。接着ドメインの多孔性粒子への接着性と、吸着ドメインの対象への吸着性を阻害しない限り、ペプチド配列は、これら以外の他の配列を含んでいても構わない。
なお、接着ドメインの多孔性粒子への接着性と、吸着ドメインの対象への吸着性を効果的に発現する観点から、接着ドメインの間に吸着ドメインがある構造(接着ドメイン-吸着ドメイン-接着ドメイン)をとることが、好ましい。
【0029】
・接着ドメイン
接着ドメインは、DOPA残基とリジン残基を主成分として含有している。ここで、「主成分」とは、接着ドメインを構成するアミノ酸残基の内、好ましくは少なくとも80モル%以上がDOPA残基およびリジン残基であること、より好ましくは少なくとも90モル%以上がDOPA残基およびリジン残基であること、さらに好ましくは接着ドメインを構成するすべてのアミノン酸残基が、DOPA残基およびリジン残基であることをいう。また、接着ドメインを構成するアミノ酸残基の50%以上がDOPA残基であることが好ましい。
【0030】
また、接着ドメインは、DOPA残基とリジン残基とを交互に有するペプチド配列であることが好ましく、これにより、多孔性粒子への接着性を効果的に発現できる。接着ドメインを構成するDOPA残基とリジン残基とを交互に有するペプチド配列は、4つから6つの残基から構成されていることが好ましい。
【0031】
また、前記接着ドメインは、XKXKX(Xは、DOPA残基、Kはリジン残基を示す。)であることが好ましい(末端のXのうち少なくとも1つは、他のアミノ酸と結合している)。これにより、多孔性粒子への接着性を効果的に発現できる。
【0032】
・吸着ドメイン(負電荷を有する鏡像異性体化合物、白金族金属)
吸着対象が、負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種である場合、吸着ドメインは、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む。
ここで、塩基性アミノ酸残基としては、リジン残基(K)、ヒスチジン残基(H)、アルギニン残基(R)を挙げることができる。
【0033】
塩基性アルミ酸残基から選ばれる4または7つの残基を含む吸着ドメインとしては、例えば、KKKXKKK、HHHXHHH、KKKKKK、HHHHHH、RRRXRRR、RRRRRR、および、これら残基から1または2つの残基を欠落させた配列を挙げることができる(末端の残基のうち少なくとも1つは、他のアミノ酸と結合している)。
【0034】
吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基を含む場合、得られる吸着剤は、負電荷を有する鏡像異性体化合物、および、白金族金属からなる群から選ばれる1種を選択的に吸着することができる。
負電荷を有する鏡像異性体化合物を選択的に吸着できるとは、D体、L体などの鏡像異性体の混合物から、いずれか一方を選択的に吸着できることを意味し、白金属金属を選択的に吸着できるとは、白金族金属の塩酸酸性混合溶液から、対象の白金族金属の塩化物イオンを選択的に吸着できることを意味する。
【0035】
吸着対象となる負電荷を有する鏡像異性体化合物としては、吸着剤の吸着ドメインへの吸着性の観点から、その分子量は、80~210が好ましい。負電荷を有する鏡像異性体化合物としては、例えば、弱酸性からアルカリ性の領域で負電荷を有し得る、D,L-乳酸、各D,L-アミノ酸を挙げることができる。鏡像異性体は、物理的化学的性質がほとんど同じであり、その混合物(ラセミ体)等から、一方の鏡像異性体を分離することは容易ではない。本願の吸着剤はこれらの一方の鏡像異性体に選択的に吸着することができ、負電荷を有する鏡像異性体のいずれか一方を分離することが可能である。
【0036】
吸着対象となる電荷を有する白金族金属としては、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、オスミウム、イリジウムを挙げることができ、中でも、白金、パラジウム、ロジウムに好適に適用可能である。白金族金属は、互いに性質が類似していることから、これらの混合物からいずれか一つを分離することは容易ではない。本願の吸着剤は、白金族金属の混合物であっても、白金族金属の一つの金属のみを選択的に吸着することができ、白金族金属の混合物から、白金族金属の一つの金属を分離することが可能である。
【0037】
・吸着ドメイン(正電荷を有する鏡像異性体化合物、重金属)
吸着対象が、正電荷を有する鏡像異性体化合物、および、重金属からなる群から選ばれる1種である場合、吸着ドメインは、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む。
ここで、酸性アミノ酸残基としては、グルタミン酸残基(E)、アスパラギン酸残基(D)を挙げることができる。
【0038】
酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む吸着ドメインとしては、例えば、EEEEEE、DDDDDD、EEEXEEE,DDDXDDD、および、これら残基から1または2つの残基を欠落させた配列を挙げることができる(なお、末端の残基のうち少なくとも1つは他のアミノ酸と結合している。)。
【0039】
吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基を含む場合、得られる吸着剤は、正電荷を有する鏡像異性体化合物、および、重金属からなる群から選ばれる1種を選択的に吸着することができる。
正電荷を有する鏡像異性体化合物を選択的に吸着できるとは、D体、L体などの鏡像異性体の混合物から、いずれか一方を選択的に吸着できることを意味し、重金属を選択的に吸着できるとは、重金属の混合物、または、重金属と他の金属との混合物から、対象とする重金属を選択的に吸着できることを意味する。
【0040】
吸着対象となる正電荷を有する鏡像異性体化合物としては、吸着剤の吸着ドメインへの吸着性の観点から、その分子量は、80~210が好ましい。正電荷を有する鏡像異性体化合物としては、例えば、弱アルカリ性から酸性の領域で正電荷を有し得る、各D,L-アミノ酸を挙げることができる。吸着対象となる重金属としては、鉛、カドミウム、亜鉛、銅、マンガン、鉄、コバルト等を挙げることができ、中でも、生体に悪影響がある鉛に好適に適用可能である。
【0041】
なお、本発明の吸着材は、軽金属や重金属を含む混合溶液からの白金族金属の分離にも使用可能である。例えは、自動車触媒の粉砕物の塩酸抽出溶液から、本願の吸着材を用いることにより、Pd(II)、Rh(III)、およびPt(IV)の各塩化物イオンを選択的に吸着して分離することが可能である。
【0042】
(多孔性粒子)
多孔性粒子としては、所定の細孔を備え、その表面は円滑ではなくナノスケールの凹凸やキャビティを有する粒子であれば、特に限定されないが、例えば、シリカ粒子、GL 1641 B/45-75(Mo-Sci Corp.)を挙げることができる。
【0043】
<吸着剤の製造方法>
本発明の吸着剤の製造方法は、接着ドメインと吸着ドメインとを備えたペプチド配列を、吸着対象を吸着した状態で、多孔性粒子の細孔内キャビティに固定する工程、pHを調整することで、吸着対象を脱離させる工程、を備え、
前記接着ドメインが、DOPA残基とリジン残基とを主成分として含有し、
前記吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基、または、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含み、
前記吸着対象が、電荷を有する鏡像異性体化合物、白金族金属の塩化物イオン、重金属からなる群から選ばれる1種である。
図5に、本願の吸着剤の製造方法の各工程を説明する模式図を示す。
【0044】
(ペプチド配列を吸着対象を吸着した状態で、多孔性粒子に固定する工程)
まずは、接着ドメインと吸着ドメインとを備えた所定のペプチド配列を準備する。それぞれ、保護基を付加したアミノ酸から固相合成法によって所望のペプチド配列を合成し、逆相カラムクロマトグラフィーによって精製することができる。アミノ酸としては、上記したチロシン(Y)、および、塩基性アミノ酸、酸性アミノ酸を挙げることができる。合成したペプチド配列は、酵素処理することで、チロシン(Y)残基が、DOPA残基に変換される(DOPA変換ペプチドの合成、工程(a))。
使用できる酵素としては、例えば、チロシナーゼ、を挙げることができる。
なお、固相合成の段階でチロシン(Y)の代わりにDOPAを用いることで、その後の酵素処理を省略することができる。
【0045】
合成したDOPA変換ペプチドは、目的とする吸着対象に吸着させてから、多孔性粒子に固定する(工程(b)、(c))。
・吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む場合
吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む場合、図4に示すように、中性~酸性条件にて、吸着対象を吸着すると考えられる。図4(a)には、ヒスチジン残基(H)が、乳酸を吸着する様子を、図4(b)には、ヒスチジン残基(H)が、白金族塩化物イオン錯体(Pt(IV))を吸着する様子を、図4(c)には、リジン残基(K)が、乳酸を吸着する様子を、図4(d)には、リジン残基(K)が、白金族塩化物イオン錯体(Pt(IV))を吸着する様子を、それぞれ示した。
【0046】
このように、吸着ドメインが、塩基性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む場合においては、DOPA変換ペプチドは、中性~酸性条件において、吸着対象を吸着して、さらに、その状態において多孔性粒子に固定される。
具体的には、pH7.0の中性条件からpH1.0の酸性条件において、吸着対象の吸着および多孔性粒子への固定が行われることが好ましい。
具体的には、DOPA変換ペプチドと、吸着対象とを、モル比1:1~1:2(DOPA変換ペプチド:吸着対象)の範囲で混合し、上記所定のpHに調整し、好ましくは室温下で、好ましくは5~20時間振とうした後、多孔性粒子を加えてさらに好ましくは10~50時間振とうすることで、処理が行われる。
【0047】
その後、上記で得られた多孔性粒子を回収し、アルカリ条件とすることにより、吸着対象を離脱させることにより、本願の吸着剤が製造される(工程(d))。多孔性粒子の回収方法としては、遠心分離、ろ過、磁力を挙げることができる。アルカリ条件は、吸着ドメインの塩基性アミノ酸残基の側鎖のpKaよりも高いpHであることが好ましい。具体的には、例えば吸着ドメインにヒスチジン(H)を有するペプチドを用いた場合、遠心分離などにより回収した多孔性粒子を、リン酸ナトリウム緩衝液(pH9.0)などを用いて洗浄することにより、吸着対象を離脱させることができる。これにより、吸着対象がインプリントされたペプチドシリカ粒子(吸着対象に対して選択的吸着性を有する本願の吸着剤)が得られる。
【0048】
・吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む場合
吸着ドメインが、酸性アミノ酸残基から選ばれる4から7つの残基を含む場合は、吸着対象の吸着および多孔性粒子への固定は、弱酸性から弱アルカリ性領域、好ましくはpH5.0~7.5において行わる(工程(b)、(c))。また、吸着対象の離脱は、酸性条件、好ましくはpH1.0~3.0において行われる(工程(d))。
【0049】
<分離方法>
本発明の分離方法は、上記した吸着剤を用いて、電荷を有する鏡像異性体化合物、白金族金属、および、重金属からなる群から選ばれる1種を選択的に吸着分離する、分離方法である(工程(e))。
【0050】
(電荷を有する鏡像異性体の分離方法)
本発明の吸着剤を使用することで、電荷を有する鏡像異性体の混合物から、一方の鏡像異性体を吸着して分離することが可能である。例えば、上記した製法により、D-乳酸がインプリントされたペプチドシリカ粒子(本願の吸着剤)を作製した場合は、該ペプチドシリカ粒子を使用して、D/L-乳酸の混合物からD-乳酸を選択的に吸着して分離することができる。
【0051】
(白金族金属の分離方法)
本発明の吸着剤を使用することで、互いに性質が類似した白金族金属(ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金)の混合物から、特定の一種類の白金族金属を吸着して分離することができる。例えば、上記した製法により、Pt(IV)の塩化物イオンがインプリントされたペプチドシリカ粒子(本願の吸着剤)を作製した場合は、該ペプチドシリカ粒子を使用して、白金族金属の塩酸酸性混合溶液からPt(IV)の塩化物イオンを選択的に吸着して分離することができる。
【0052】
(重金属の分離方法)
本発明の吸着剤を使用することで、互いに性質が類似した重金属イオン(例えば、Co(II)、Cu(II)、Zn(II)、Pb(II)など)の各イオン混合物から、特定の一種類の重金属を吸着して分離することができる。例えば、上記した製法により、Pb(II)イオンがインプリントされたペプチドシリカ粒子(本願の吸着剤)を作製した場合は、該ペプチドシリカ粒子を使用して、重金属イオンの混合物からPb(II)イオンを選択的に吸着して分離することができる。
【0053】
(多種の金属混合物からの白金族金属の分離方法)
また、本発明の吸着剤を使用することで、軽金属、重金属、および、白金族金属を含む混合溶液、からの白金族金属の分離にも使用可能である。例えば、自動車触媒の粉砕物の塩酸抽出溶液から、本願の吸着材を用いることにより、Pd(II)、Rh(III)、およびPt(IV)の各塩化物イオンを選択的に吸着して分離することが可能である。
【実施例0054】
<実施例1>
チロシン(Y)およびリジン(K)からなるペプチド(YKYKY-K-YKYKY)を固相合成法によって合成し、チロシナーゼによってYをDOPA(X)に変換した。得られたDOPA変換ペプチド(XKXKX-K-XKXKX)とHPtCl・6HOをモル比1:1で混合し、所定のpH(pH1.0~3.0)に調整して25℃、15時間振とうした後、多孔性シリカ粒子を加え、さらに50時間振とうした。遠心分離によってシリカ粒子を回収し、リン酸ナトリウム緩衝液(pH9.0)で洗浄してPt(IV)塩化物イオンを脱離することでPt(IV)-インプリントペプチドシリカ粒子(Pt(IV)-iPSP、Pt(IV)-imprinted Peptide-Silica Particle)を得た。これを用いて標的イオンおよび競合イオンに対する吸着特性を調べた。ペプチドおよび金属イオンはそれぞれUV-VisおよびICP-OESにより定量した。
【0055】
合成したDOPA変換ペプチドをPtCl 2-共存下で多孔性シリカ粒子と混合したところ、白金はpH1.0~3.0の酸性領域でシリカ粒子によく吸着された。また、吸着した白金はpH9.0でほとんど脱離した。したがって、Pt(IV)‐iPSPへのPtCl 2-の吸着には酸性条件下で正電荷を帯びたリジン残基のδ‐NH基が関与していると考えられる。調製したPt(IV)-iPSPに対するPtCl 2-の平衡吸着挙動を調べたところ、Langmuirの吸着等温式とよく一致し、最大吸着容量は0.05mmol/gであった。さらに他の貴金属を競合イオンとして存在させた場合の各イオンの吸着能を調べた。その結果を表1に示す。Pt(IV)‐iPSPはPtCl 2-に対して高い選択性を示し、Pt(IV)の塩化物イオンに選択的な吸着担体の調製に成功した。例えば、金、ロジウム、またはイリジウムが等モル量存在する白金との塩酸酸性混合溶液にPt(IV)‐iPSPを添加した場合、Pt(IV)の塩化物イオンは、金、ロジウム、またはイリジウムの各塩化物イオンよりも200~300倍の高い選択性でPt(IV)‐iPSPに吸着された。
【0056】
【表1】
【0057】
<実施例2>
K-ペプチド(YKYKY‐KYK‐YKYKY)を固相法により合成した。なお、ペプチド中のリジン(K)は、接着ドメインにおいては接着性に関与することが期待されるが、中性pH下において正電荷を持つため、吸着ドメインにおいては負電荷を持つ乳酸イオンとの結合に寄与することが期待される。K-ペプチド、L‐アスコルビン酸、Shitake Mushroom Tyrosinase(SMT)10Uを含む全量5mLの反応溶液を25℃で1hインキュベートし、チロシン残基をDOPAに変換した。アセトン沈殿によりSMTを除去することでDOPA変換K-ペプチド(XKXKX‐KXK‐XKXKX)を得た。ここにD-またはL-乳酸を加え、25℃で15時間インキュベートした後、多孔性シリカ粒子(GL 1641B/45‐75;MO‐Sci、USA)を加え、25℃でさらにインキュベートした。シリカ粒子をろ過により回収した後、リン酸バッファー(pH10)5mLを加え、25℃で10分間振とうし、これを3回繰り返すことで乳酸を脱離して、Lac‐iPSP(D-Lac‐iPSP、または、L-Lac‐iPSP)を得た。
【0058】
L‐Lac-iPSPおよびD‐Lac‐iPSPについてそれぞれインプリントした鏡像異性体の吸着特性を調べた。さらに、乳酸のD体とL体の混合物を各Lac‐iPSP(D-Lac‐iPSP、または、L-Lac‐iPSP)と2時間混合して洗浄後、吸着した乳酸をpH10のリン酸バッファーで脱離した。得られた溶液は光学分割用カラムORpak CRX‐853を用いたHPLCにより分析し、調製したLac‐iPSPのキラル選択性を調べた。
【0059】
K-ペプチドのチロシン残基をDOPAに変換してDOPA変換ペプチドを調製した後、D‐Lac存在下で多孔性シリカ粒子を添加したところ、ペプチドは調べた全pH領域でシリカ粒子に接着していることが確認された。一方、乳酸は、pH3.0~6.0の間でよく吸着された。さらに、pH6.0でインプリントしたシリカ粒子を回収し、種々のpH溶液で洗浄したところ、乳酸分子はpH10以上で容易に脱離することが分かった。乳酸のpKaは3.8であり、弱酸性以上のpH領域では負電荷を持つ。一方、リジン側鎖のpKaは10.54であり、弱アルカリ性以下のpHでは正電荷を有する。したがって、ねらい通り乳酸は主にペプチドのリジン側鎖のアミノ基と静電的相互作用によって吸着していると考えられる。
【0060】
pH6.0で調製したD-Lac-iPSPについて、D‐乳酸の吸着におけるpH依存性を調べた。その結果pH6.0および7.0において、乳酸の吸着量が最も多いことが分かった(図1(a))。また、L‐Lac‐iPSPについても同様の結果が得られた(図1(b))。
【0061】
D‐Lac‐iPSPおよびL‐Lac‐iPSPについて、それぞれの標的分子の吸着における経時的吸着挙動を調べたところ、標的分子は迅速に吸着し、約30分で平衡に達した。また、得られたデータを速度論モデルに当てはめて解析したところ、どちらのLac‐iPSPの場合も擬二次反応速度式で表されることが分かった。
【0062】
各Lac-iPSPについて、それぞれの標的分子の吸着における平衡吸着挙動を調べたところ、D‐乳酸およりL‐乳酸の最大吸着容量は0.11mmol/g~0.12mmol/gであった。また、得られたデータをLangmuirとFreundlichの2つの吸着等温式に当てはめて解析したところ、どちらもLangmuirモデルとよく一致し、Lac-iPSPへの乳酸の吸着は単層吸着であることが分かった。
【0063】
D-Lac-iPSPおよびL-Lac-iPSPについて、標的キラル分子と非標的競争キラル分子の等モル混合溶液を用い、2成分系における乳酸吸着挙動について調べた。表2に結果を示す。乳酸の非存在下でDOPA変換ペプチドをシリカ粒子に接着させて得られたPSPは、L-乳酸とD-乳酸の分配係数Dに大きな差は認められず、選択係数kは約1であるが、D-Lac-iPSPおよびL-Lac-iPSPはそれぞれの標的とする乳酸鏡像異性体に対する分配係数Dの値が非常に大きく、選択係数kも2から3桁の値となっている。したがって、それぞれのiPSPが標的キラル分子を特異的に吸着し、高い選択性があることが分かった。
【0064】
【表2】
【0065】
以上より、分子インプリント法による乳酸キラル選択性を有するペプチドシリカ担体(Lac-iPSP)を調製し、選択性に優れた吸着特性を明らかにした。これより、鏡像異性体の分離に有用であることが分かった。
【0066】
<実施例3>
チロシン(Y)、リジン(K)およびグルタミン酸(E)からなるペプチド(YKYKY‐E‐YKYKY)を固相合成法によって合成し、チロシナーゼによってYをDOPAに変換した後、得られたDOPA変換ペプチド(XKXKX‐E‐XKXKX)とPb(NOをモル比1:1で混合し、所定のpHに調整して25℃で15時間振とうした。さらに多孔性シリカ粒子(GL1641B/45‐75 Porous Silica,Mo Sci.)を加え、50時間振とうした後、遠心分離によってペプチドが接着したシリカ粒子を回収した。酸性水溶液(pH2.0)で洗浄して Pb(II)イ オンを脱離させ、Pb(II)イオンをインプリントしたペプチドシリカ粒子Pb(II)-iPSPを得た。これを用いて標的イオンおよび競合イオンに対する吸着特性を調べた。ペプチドおよび金属イオンはそれぞれUV-VisおよびICP-OES により定量した。
【0067】
合成したDOPA変換ペプチドをPb(NO共存下で多孔性シリカ粒子と混合したところ、Pb(II)イオンは中性領域でペプチドと共にシリカ粒子に吸着された。また、吸着したペプチドは酸性から中性領域で全く脱離しなかったが、Pb(II)イオンはpH2.0で容易に脱離した。したがって、ペプチドが接着したシリカ粒子へのPb(II)イオンの吸着は、中性条件下で負電荷を帯びたグルタミン酸残基のカルボキシル基との静電的相互作用によるものと考えられる。得られたPb(II)-iPSPに対するPb(II)イオンの平衡吸着挙動を調べたところ、Langmuir型の吸着等温式とよく一致し、最大吸着容量は0.05mmol/gであった。さらに他の重金属が共存した2成分系におけるPb(II)-iPSPに対するPb(II)イオンと競合イオンの分配係数(DPbとD)およびPb(II)イオンに対する選択係数kを調べた結果を表3にまとめた。PSPはPb(II)イオン非共存下でDOPA変換ペプチドを結合させて得られたシリカ粒子である。これより、Pb(II)-iPSPはPb(II)イオンに対して高い選択性を示すことが分かった。
【0068】
【表3】
【0069】
<実施例4>
チロシン(Y)、リジン(K)、ヒスチジン(H)から成るペプチド(YKYKY-HYH-YKYKY)を固相合成し、チロシナーゼによってチロシン残基をDOPA(X)に変換した後、アセトン沈殿法によりチロシナーゼを除去することでDOPA変換ペプチド(XKXKX-HXH-XKXKX)を得た。これにD-/L-乳酸いずれかを加え、HClまたはNaOH水溶液で所定のpHに調整し、25℃で15時間振とうした。さらに、多孔性シリカ粒子を添加して25℃で50時間振とうした後、シリカ粒子と上清に分離し、シリカ粒子は所定のpHに調整したリン酸ナトリウム水溶液で洗浄した。上清および洗浄溶液に含まれるペプチドはUV-Visにより、乳酸はイオンクロマトグラフィーにより定量した。得られた乳酸インプリントシリカ粒子(D-/L-Lac-iPSP)を用いて、それぞれインプリントした一方の乳酸鏡像異性体および競合分子であるもう一方の鏡像異性体について、吸着特性を調べた。
【0070】
DOPA変換ペプチドとD-乳酸に多孔性シリカ粒子を混合したところ、ペプチドは調べた全pH範囲でシリカ粒子に接着したが、D-乳酸はpH6の条件でよく吸着した。また、シリカ粒子を洗浄するとD-乳酸はpH2以下、およびpH7以上の条件でほぼ脱離した。DOPA変換ペプチドのヒスチジン側鎖のイミダゾール基と乳酸のpKaはそれぞれ6.04と3.86であり、pH6付近ではイミダゾール基はほぼ+1価に、乳酸はほぼ-1価に荷電している。また、乳酸はpH2以下で、イミダゾール基はpH7以上で電荷を持たず中性である。このような静電的挙動はpH変化におけるペプチドシリカ粒子へのD-乳酸の吸着・脱離挙動と相関することから、ペプチドへの乳酸の吸着は主にこの静電的相互作用によるものと考えられる。
【0071】
得られたD-Lac-iPSPとD-乳酸を混合すると、D-乳酸は迅速に吸着して約1時間で平衡に達し、吸着速度は擬二次反応速度式で表された。さらに平衡吸着挙動を調べたところ、Langmuirの吸着等温式とよく一致した。また、D-乳酸およびL-乳酸をそれぞれインプリントしたLac-iPSPに対してDL-乳酸(D:L=1:1)を加えた場合の各乳酸の吸着量を表4に示す。Lac-iPSPはインプリントした方の乳酸鏡像異性体を特異的に吸着することが分かる。一方、乳酸分子をインプリントしていないペプチドシリカ粒子(PSP)を用いた場合、D体とL体の吸着量はほぼ同等であり、インプリントした場合と比較して吸着量は減少した。これらのことからLac-iPSPへの乳酸の吸着には、乳酸とイミダゾール基の静電的相互作用の他に、ペプチドにより形成されたインプリント空孔による立体構造認識も寄与していると考えられる。
【0072】
【表4】
【0073】
<実施例5>
チロシン(Y)およびリジン(K)およびヒスチジン(H)からなるペプチド(YKYKY-HYH-YKYKY)を固相合成法によって合成し、チロシナーゼによってYをDOPA(X)に変換した後、得られたDOPA変換ペプチド(XKXKX-HXH-XKXKX)と標的イオンの塩であるHPdClをモル比1:1で混合し、所定のpHに調整して25℃で15時間振とうした。さらに、多孔性シリカ粒子(GL1641B/45-75 Porous Silica, Mo Sci.)を加え、50時間振とうした後、遠心分離によってペプチドが接着したシリカ粒子を回収した。pH9.0に調整した蒸留水で洗浄してPd(II)塩化物イオンを脱離させ、Pd(II)塩化物イオンをインプリントしたペプチドシリカ粒子Pd(II)-iPSPを得た。これを用いて標的イオンおよび競合イオンに対する吸着特性を調べた。ペプチドおよび金属イオンはそれぞれUV-VisおよびICP-OESにより定量した。
【0074】
調製したDOPA変換ペプチドをPd(II)塩化物イオン共存下で多孔性シリカ粒子と混合したところ、ペプチドは調べた全pH範囲でシリカ粒子に接着したが、Pd(II)塩化物イオンはpH1.0から3.0の酸性条件でシリカ粒子によく吸着された。また、シリカ粒子を洗浄するとPd(II)塩化物イオンはpH9.0で容易に脱離した。したがって、ペプチドが接着したシリカ粒子へのPd(II)塩化物イオンの吸着は、酸性条件下で正電荷を帯びたヒスチジン残基のイミダゾール基との静電的相互作用によるものと考えられる。得られたPd(II)-iPSPに対するPd(II)塩化物イオンの平衡吸着挙動を調べたところ、 Langmuir型の吸着等温式で表され、最大吸着容量は0.05mmol/gであった。さらに他の金属が共存した2成分系におけるPd(II)-iPSPに対するPd(II)塩化物イオンと競合イオンの分配係数DおよびPd(II)塩化物イオンに対する選択係数kを調べた結果を表5にまとめた。これよりPd(II)-iPSPはPd(II)塩化物イオンに対して高い選択性を示し、一方でPd(II)塩化物イオンをインプリントしていないペプチドシリカ粒子(PSP)を用いた場合、ほとんど選択性を示さなかった。したがって、Pd(II)-iPSPの高い選択性にはインプリント空孔による立体構造認識が寄与していると考えられる。
【0075】
【表5】
【0076】
自動車触媒の粉砕物から5mol/L塩酸によって抽出される金属回収模擬溶液(Pt70mg/L、Pd 56mg/L、Rh 18mg/L、Al 9,205mg/L、Mg 2,785mg/L、Fe 566mg/L、La 112mg/L、Ce 1,603mg/L、Pr 261mg/L)のpHを2.0に調整し、Pd(II)-iPSPを添加して25℃で2時間振とうした後、Pd(II)-iPSPを回収し、pH9.0のリン酸緩衝液で洗浄した。この洗浄液に溶出する各金属イオン濃度をICP-OESにより分析した結果を図2に示す。金属回収模擬溶液には高濃度のアルミニウム、マグネシウム、鉄などを含まれていたが(図2(a))、Pd(II)-iPSPの洗浄溶液には、高純度のパラジウムが含まれ、アルミニウム、マグネシウム、鉄などの他の金属はほとんど検出されなかった(図2(b))。これより、Pd(II)-iPSPは高濃度の重金属や軽金属を含む塩酸酸性溶液からパラジウムをPd(II)塩化物イオンとして簡便に分離回収できることが分かった。
【0077】
<実施例6>
チロシン(Y)およびリジン(K)およびヒスチジン(H)からなるペプチド(YKYKY-HYH-YKYKY)を固相合成法によって合成し、チロシナーゼによってYをDOPA(X)に変換した後、得られたDOPA変換ペプチド(XKXKX-HXH-XKXKX)と標的イオンのRh(III)塩化物をモル比1:1で混合し、所定のpHに調整して25℃で15h振とうした。さらに、多孔性シリカ粒子(GL1641B/45-75 Porous Silica, Mo Sci.)を加え、50時間振とうした後、遠心分離によってペプチドが接着したシリカ粒子を回収した。pH9.0に調整した蒸留水で洗浄してRh(III)塩化物イオンを脱離させ、Rh(III)塩化物イオンをインプリントしたペプチドシリカ粒子Ph(III)-iPSPを得た。これを用いて標的イオンおよび競合イオンに 対する吸着特性を調べた。ペプチドおよび金属イオンはそれぞれUV-VisおよびICP-OESにより定量した。
【0078】
調製したDOPA変換ペプチドをRh(III)塩化物イオン共存下で多孔性シリカ粒子と混合したところ、ペプチドは調べた全pH範囲でシリカ粒子に接着したが、Rh(III)塩化物イオンはpH1.0から3.0の酸性条件でシリカ粒子によく吸着された。また、シリカ粒子を洗浄するとRh(III)塩化物イオンはpH9.0で容易に脱離した。したがって、ペプチドが接着したシリカ粒子へのRh(III)塩化物イオンの吸着は、酸性条件下で正電荷を帯びたヒスチジン残基のイミダゾール基との静電的相互作用によるものと考えられる。さらに他の金属が共存した2成分系におけるRh(III)-iPSP に対するRh(III)塩化物イオンと競合イオンの分配係数DおよびRh(III)塩化物イオンに対する選択係数kを調べた結果を表6にまとめた。これよりRh(III)-iPSPはRh(III)塩化物イオンに対して高い選択性を示し、一方でRh(III)塩化物イオンをインプリントしていないペプチドシリカ粒子(PSP)を用いた場合、ほとんど選択性を示さなかった。この高い選択性にはインプリント空孔による立体構造認識が寄与していると考えられる。
【0079】
【表6】
【0080】
自動車触媒の粉砕物から5mol/L塩酸によって抽出される金属回収模擬溶液(Pt70mg/L、Pd 56mg/L、Rh 18mg/L、Al 9,205mg/L、Mg 2,785mg/L、Fe 566mg/L、La 112mg/L、Ce 1,603mg/L、Pr 261mg/L)のpHを2.0に調整し、Rh(III)-iPSPを添加して25℃で2時間振とうした後、Rh(III)-iPSPを回収し、pH9.0のリン酸緩衝液で洗浄した。この洗浄液に溶出する各金属イオン濃度をICP-OESにより分析した結果を図3に示す。金属回収模擬溶液には高濃度のアルミニウム、マグネシウム、鉄などを含まれていたが、Rh(III)-iPSPの洗浄溶液に高純度のロジウムが含まれ、アルミニウム、マグネシウム、鉄などの他の金属はほとんど検出されなかった。これより、Rh(III)-iPSPは高濃度の重金属や軽金属を含む塩酸酸性溶液からロジウムをRh(III)塩化物イオンとして簡便に分離回収できることが分かった。
図1
図2
図3
図4
図5